ショートストーリィ(しりとり小説)

81「すっぱい葡萄」

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しりとり小説81

「すっぱい葡萄」


 同期の鶴来芳雄は気の弱い奴で、山持三七子は彼にたびたび激励の言葉をかけてやった。

「鶴来は腹は太いんじゃん。中身も太っ腹にならなくちゃ」
「腹のことは言わないでくれよ」
「中身が太っ腹になるのはいいけど、本物の腹は引き締めたほうがいいね」
「山持はきついなぁ」

 太っているわけではないのだが、鶴来は腹部だけがぽってりしている。若いくせに、この腹はなんだ? と叱咤してやっては、勘弁してくれよ、と鶴来が頭をかく。入社以来、ずっとそんな関係だった。

「山持さんは鶴来くんと仲がいいよね」
「同期だから仲はいいけど、歯がゆいんだよね。できの悪い弟みたいだよ」
「好きだとかってのはないの?」
「あるわけないでしょ。あんなの、告白されたってお断りだよ」

 他にも同期はいて、女性の中にはそんなふうに言う者もいる。けれど、山持三七子と鶴来芳雄ほどに、深い関わりのあるふたりはいなかった。

 大学を卒業して就職した会社は、中堅企業といっていい規模の自動車部品メーカーだ。男女ともに総合職だと数年間は地方の支社で修業してから、東京本社に配属になる。三七子と鶴来はペアのようになっていて、この五年、一年ごとの転勤が常に同じ支社になっていた。

 会社が借り上げてくれているコーポが寮のようなもので、鶴来も三七子もその寮の一室に住み、懸命になって企業の一員となって働いていた。住む場所も保証されているし、給与もいいほうだったので、大きな会社ではなくても待遇は優良だった。

 入社したばかりのころはそれこそ仕事に無我夢中だったのだが、二年目あたりになると仕事以外の友達もできる。鶴来にしても三七子にしても、その土地の同年輩の異性との出会いもあったのだが、なにしろ、一年ごとの転勤なのだから、長続きはしなかった。

「山持の大学って、有名人がたくさん出てるんだろ」
「うん、私の同期には綾羅木ミツグがいるよ」
「誰、それ?」

 同じ大学の合唱部出身、綾羅木貢。ルックスもよければ歌もうまくて合唱部では出色の存在だったが、演歌歌手になってしまったので、若い世代にはまるで知られていない。

「鶴来が知らないのは無理もないけど……マルセラ・ユーフェミナだったら知ってる?」
「うん、知ってるよ」
「マルセラはだいぶ後輩だから、彼女は私のことを知らないだろうな。だいぶ先輩にだったら、金子将一、徳永渉、フォレストシンガーズ」
「男はどうでもいいよ」

 同志、戦友のようなものだから、鶴来とは学生時代の話だってした。ミーハー趣味は人の常。鶴来は三七子の同窓生の女性有名人に紹介してほしかったようだ。

「女性キャスターだとか女子アナだとかってのもいるんだけど、かなり年上だな」
「年上かぁ」
「年上だって美人だったり、収入がよくて鶴来に楽させてくれるひとだったらいいんじゃないの?」
「それもいいけどね」

 でもさ、と三七子は言った。

「あんたは背丈は普通、体格も普通で、腹だけ出ててみっともない体格だろ。髭が濃くてむさくて動物っぽいし、そんな男にマルセラや女子アナが興味を持つと思う?」
「持たないかなぁ」
「持つわけないよ。紹介したって無駄無駄」
「そっか」

 笑い飛ばしてやると、鶴来は情けなさそうな顔をしていた。

「それにしても山持ってはっきり言うよな。さばさばしてていっそ気持ちいいよ」
「でしょ。私はさばさばしてるのが取り柄なんだもんね」
 
 そうしてふたりともに、二十代後半にして本社勤務になり、ここからが勝負だ。
 これから数年は本社で腰を据えて仕事をする。三十代になれば役職がついたり、海外勤務になったりもする。やり甲斐のある仕事に不満はなかったが、ちょっとは息抜きもしたくなってきた。

 結婚するんだったら今のうちかな。出産するとなるとキャリアが途切れるけれど、結婚だけならそうは仕事に支障はないはずだ。子どもについては三十をすぎて、仕事の方向性が定まってから考えても遅くはない。

 その気になったら改めて見えてきたのが、鶴来芳雄。
 今後も彼とだったらペアになって、一緒に転勤させられる可能性も大きい。結婚すれば会社だって配慮してくれるのではないか。そういうところは柔軟性のある会社だし、男性だって取れる産休や時短制度なども整っているほうだし。

 外見的には冴えないが、長いつきあいで性格も多少はわかっている。結婚したら豹変するような男ではなく、コントロールしやすい夫になりそうだ。
 こんなに近くにいた夫候補だが、近すぎて恋人同士になる発想がなかった。これまでは、の話なのだから、これから考え直せばいい。鶴来だって三七子に好意は持っているはず。私から告白しよう。

 昼休みにそう決意して、三七子は昼食をすませて会社のビルに戻っていった。今日は鶴来は昼前から仕事で出かけていて、直帰すると言っていたから明日か。三七子と鶴来はいつも同じ支店に勤務していたが、部署は常に別々だった。

 本社でも鶴来は営業一課、三七子は営業十課だ。課はちがってもフロアは同じで、廊下で偶然会って、今夜、飲みにいこうか、などと素早く相談することもあった。

 社内メールでプライベートなやりとりもできる。そういうところもお固くはない職場だから、明日、退勤後に鶴来と飲みにいこう。三七子の中では決定事項になると、すこしだけどきどきしてきた、喉も乾いてきた。私もけっこう純情だね、と苦笑しながら給湯室に行こうとしていると、若い一般職女子たちの話声が聞こえてきた。

「鶴来さん、結婚するんだって?」
「婚約はしたって聞いたよ」
「急だよね。できちゃったのかな」
「そこまでは聞いてないけど、急なのはたしかだよね」
「相手は山持さん……じゃないよね」

 立ち止まってしまった三七子の耳に、まっさかーっ、と笑う声が届いた。

「山持さんのほうは同期なのに姉さん気取りで、鶴来さんにずけずけものを言うじゃない」
「うんうん、山持さんって自称さばさば女だもんね」
「私もきついことを言われるけど、専門職は一般職より上みたいだから、ま、いいとして……」
「それで?」

 給湯室から離れていきたいのに、足が動かなかった。

「鶴来さんは言ってたよ。俺は山持といると疲れるんだ、きみらの気持ちもわかるなぁって。そんななんだから、鶴来さんが山持さんを選ぶわけないじゃない。山持さんは鶴来さんのおなかのことばっか言って、ダイエットしろって言うけど具体的にはなんにもアドバイスもしてくれないんだって。どこやらの会社の女性にこぼしたら、じゃあ、私が食事の献立を考えてあげるって言ってくれたらしいのよ」

「やるね」
「そこから仲良くなって、食事を作りにきてくれるようになって……なんて、鶴来さんは嬉しそうに言ってたよ」
「やっぱ胃袋から攻めると勝てるんだね」
「鶴来さんぐらいじゃ、勝っても嬉しくないけどね」

 言えてるよね、と女子社員たちがきゃらきゃら笑っている。喉が渇いたから給湯室でお茶を淹れようとしていたのも、その気がなくなってしまった。

 山持のはっきりしたところ、さばさばしたところが気持ちいいと言ったのは嘘だったのか。あんたも所詮、食事を作ってくれるようなわかりやすい女につかまったのか。
 なにひとつ知らなかった自分はなんだったのだろう。鶴来は相談もしてくれず、彼女ができたとも話してくれなかった。

「まあいいよ。あんな腹だけでかい男……」
 あんな奴はよその会社の女にくれてやって、私は他のいい男を探すんだ。自分の彼氏でもないのに、くれてやるって……とは三七子には思えなかった。

次は「う」です。

「主人公について」

蛇足ながら、小さなストーリィの各主人公について補記しておきます。
フォレストシンガーズと同じ大学というだけで、別になんの関わりもない山持三七子は、初登場です。今後、どこかに出てくるかもしれませんが。











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~ Comment ~

NoTitle

大体他人から見ると、結婚などは急になったり見えるものですが。
本人たちには本人たちなりに過程があるわけであり、
それを見てない人にとっては急に見えるものですよね。
その過程を見るのが私は好きなわけですが。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。
そうそう、おっしゃる通りですね。

LandMさんがその過程を見るのが好きと言われるのは、リアルででしょうか? 小説でのことでしょうか?

何度か書いていますが、私は「結婚」ってものに首をかしげてしまうほうですので、リアルでではあまり興味ないです。小説のネタとしては書くのも読むのもおいしいですが、料理の仕方はむずかしいですよね。

NoTitle

今回は、甘酸っぱい…ではなくて、本当に酸っぱい・・いや、苦い後味でしたね。
男と女の感覚には、やっぱりズレがあるのか。

どちらにしても、結婚なんて考えていない対象にさえも、やはり微妙な感情が流れているものなんですよね、異性って。そこが、異性の友情は育たないっていう所以なんでしょう。

きっと恋愛対象には見ていなかった三七子でしょうが、なんか釈然としない苦さが残ったのが、感じられました。
男性にとって、さばさばした女性って、どうなんでしょうね。
恋愛対象にはなりにくいのかな?

limeさんへ

いつもコメントありがとうございます。

異性の場合、友達としてだったらいいけど、恋人になったり結婚したりする相手とは考えられないってひと、いますよね。私も男友達を思い出してみれば、ちらほらといます。むこうもそう思ってるでしょうけど(^-^;

ほんとにさばさばした人間なんてのはいないかもしれませんね。男にしろ女にしろ。
私はどっちかっていえばさっぱりしたひとのほうがつきあいやすいですけど、私自身はある面は諦めやすく、ある面はしつこいかな、なんて自己分析しています。

ところで、例の読書バトン、もうひとつのブログのネタがなかったのでこっちで使わせてもらいました。
ひっそりと、ここにアップしています。

http://quianquian.cocolog-nifty.com/blog/2014/04/post-b4dd.html
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