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FS2014・四月「春にしてきみを想う」

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FS四月ストーリィ

「春にしてきみを想う」


1・ロミ

 卒婚などという言葉があると聞いて、私もそんな歌、作ってみようかとふと思う。片想いや恋の賛歌みたいな歌よりも、終わった恋の歌がしっくりくる年頃だ。年ごろもあるのだろうが、ロミには暗い歌が似合うと言われるのは昔からでもあった。

 恋の終わりではなく、結婚生活が終わりに近づいて婚姻から卒業する。そんな発想は流行りだけではなく、季節柄もあるのだろう。世の中は入学式シーズン。パパやママに手を引かれた、真新しいランドセルをしょったぴかぴかの小学一年生やら、生意気そうな中学一年生やら、かっこをつけた高校一年生やらが街にあふれている。

 もしかして、私があのときに彼と結婚して子どもを産んでいたら? あの子は小学一年生ではなくて中学一年生? もうそんなにたつの? 妊娠さえもしなかった、あのときの彼との子どもの年を数えるなんて、愚か以前の問題ではあるけれど。

 結婚はしなかったから、卒婚なんかあり得ない。結婚はしなかったけど、好きになった男は何人もいる。まだ若くて純情さも残っていたころに、ちょっとだけのめり込んだ男もいる。

 彼は売れないヴォーカルグループの一員で、プロとも呼べないほどのシンガーである私とは似た人種だった。シンガー仲間のセナに紹介された夜、三人でお酒を飲んだ。
 酔い潰れてしまった彼を私のアパートに連れていき、介抱し、彼の愚痴を聞き、彼の昔の彼女の話も聞かされて怒って喧嘩をした。

 そんな奴に恋をして、重いと感じられたのだろう。怖そうな目で私を見るようになった彼に捨てられた。
 たったそれだけのこと。その後にだって私は恋をして、恋をすると結婚を望んでしまって、それゆえに重たがられて嫌われた。彼も私を捨てた男のひとりにすぎないのに。

「涙など見せない 強気なあなたを
そんなに悲しませた人は 誰なの?

 終わりを告げた恋に すがるのはやめにして
ふりだしから また始めればいい」

 なのになのに、こんな歌が聴こえてくる。高い声がリードを取る、この声はフォレストシンガーズの木村章。私は売れないシンガーは諦めて、歌は趣味で続けているだけなのに、あんたは売れたのね? だからあんたは私なんか忘れただろうけど、私は時々はあんたを見てしまう。見えてしまう、聞こえてしまう。

 それって不公平だよね。ずるいよね、と言ってみてもどうしようもなくて、彼の声が聞こえてしまうとしようがなくて、過去に身をゆだねてしまうのだった。


2・リリヤ

 ラジオの中でフォレストシンガーズの五人が、司会者を相手にモトカノ談義をやっている。娘たちは学校に行き、夫は仕事に行った四月の午後、私はヨーグルトケーキとレモンティを前に、ソファでラジオを聴いている。のどかなひととき。これだから私は太る一方なんだなぁ、なんて。

「で、本庄さんはどうなんですか?」
「いえ、僕にはまったくモトカノってのはいませんから」
「またまたまたぁ、奥さんも聞いてらっしゃるでしょうけど、過去の話ですから。モトカノってのはすぎたことなんですから、正直に言って下さいよ」
「いいえ、いません」
「またまた」

 司会者は困っているらしくて、シゲさん、言ってもいいんだよ、との三沢さんの声やら、ほんとにいないんだもんね、と言っている木村さんの声やらも聞こえてきていた。

 そうね、私は本庄シゲくんのモトカノにはカウントされないんだな。告白はされたけど、あのときには兄に邪魔をされたし、私だってつきあう気は十パーセントほどしかなかったし。
 ほんとにシゲくんって、モトカノはいないの? もてないもてない、といつも言ってるらしいけど、歌手なんだもの。うちのお兄ちゃんほどではなくてもゼロではないでしょ?

 大学一年生の秋、シゲくんに告白されてつきあっていたとしたら……恋なんてものは遠い遠い日のきらめきになってしまった、それでもシゲくんとはそんな関わりのあった平凡な主婦は、白日夢に浸ってみるのであった。

 
3・詩織

 罪つくりだったのかしら、なんて、そんなふうに考えるのはうぬぼれだとやっつけられるかもしれない。あのときの私はただ軽い軽い気持ちで、彼とベトナムの街を歩いていた。

 英語はスムーズに通じる土地だから、私は英語教師の仕事柄、得意だから。彼は英語は苦手だと言っていたから。ホーチミンでは日本語もある程度は通じるのだが、年下の彼の手助けをしてあげたいと思ったのもあった。フォレストシンガーズの三沢幸生、彼は日本でもそれほどには有名ではなく、ましてや外国では、私とふたりでいても注目されることもなかった。

「私たち、なにに見えるのかな。姉と弟?」
「決まってるでしょ、恋人同士ですよ」
「ずいぶんと歳の差のあるカップルだよね」
「そんなには歳の差はないでしょ」

 戯言めいた彼との会話。私は彼には深い事情は話さなかったが、左手の薬指に強い視線を注がれていたのは感じていた。
 そんな彼が帰国してから我が家を訪ねてきてくれて、好きだと打ち明けられて、離婚が成立するまで待ってほしいと懇願して。そのくせ、夫と離婚はできないままに、彼との不倫のようなものも終わってしまった。

 なんて自分にばかり都合のいい女かしら。こんな想いは誰にも言えなくて、彼が私を忘れてくれるようにとだけ祈っていた。

 まるで悲劇のヒロイン気取り? 客観的に見れば、勘違い喜劇のコメディエンヌ? 彼はきっととうに私を忘れただろうけれど、結婚はしていない。フォレストシンガーズでは結婚しているのはふたりだけで、今どきの三十代男性、あんな仕事をしていればとりわけ、独身なんて珍しくもないけれど、気になってはいた。


4・緋佐子

 ヒステリックに彼を責めて、私のほうから離れてしまったのは、自分に自信がなかったから。近頃はますますそう思う。別れてよかったのね。私では乾さんの彼女だの奥さんだのがつとまるはずがないのだから。

「本橋さん、ご結婚おめでとうございます」
「いやいや、あの、ありがとうございます」

 照れたような顔をして頭を下げる本橋さん、フォレストシンガーズのリーダーに、祝福の拍手が送られる。私がほんの短い間、つきあっていた乾さんも、にこやかに手を叩いていた。

「お相手はマネージャーさんなんですってね」
「ええ、まあね」
「本橋美江子さん」
「はい、まあね。まあ、その話はいいじゃありませんか」
「お写真を公開してもいいですか」
「やめて下さい」

 テレビではネタのように使われていた話題だったが、インターネットには本橋さんの奥さんの写真がアップされていた。あ、このひと……このひとだ。

「彼女は俺たちのマネージャーだよ。仕事の帰りにたまたまふたりで飲みにいっただけだ。チャコが妬くような関係じゃないんだよ」

 一生懸命弁解してくれていた隆也さんの言葉に、私は耳を貸さなかった。
 書道教室で知り合った彼とつきあっていたころの私は実家暮らしだったから、隆也さんは私の家を知らない。私のほうから離れていってしまえば、探し出す手立てもない。探そうとするほどの情熱もなかったのかもしれない。

 そうして別れた彼は、今ではけっこう売れている歌手になった。私が勝手に誤解してやきもちを妬いた彼女は、本橋さんの奥さん。これでよかったんだろうけど、近頃は恋もしていない私としては悔しい気持ちも否めずにいた。


5・ルミ

 今年もまた春が来て、桜の花が咲く。社会人になってはじめての彼氏だった本橋さんと、デートした公園の桜だ。

 高校を卒業して働いていたCDショップのお客だった本橋さんに、つきあってほしいと言われたときには、彼はまだアマチュアだった。フォレストシンガーズのデビューが決まってからつきあうようになって、けれど、プロのシンガーズになった彼はとてもとても忙しくなって。

 かまってもらえないと寂しくて、私はよそ見をしてしまった。職場の先輩に告白されて二股をしていた、とんでもない子だったよね、とあのころの私を怒ってやりたい。

「ルミ、ごめんごめん、もう来てたのか」
「私が早く来すぎただけだから、平気だよ。ほら、ここ。モトカレと来たこともある公園。ここの桜は綺麗でしょ」
「俺もモトカノと花見をしたことはあるよ」
「モトカレやモトカノがいるって、当たり前だよね。ふたりとも三十近いんだもの。私のモトカレ、はじめてつきあった彼は六つ年上だったから、もう結婚したって聞いたよ」

 早出、早帰りのシフトだった今日は彼とお花見デート。彼がデパ地下でお花見弁当を買ってきていくれたのを、ベンチにすわって広げた。

「それが案外、三十代で異性とつきあったこともないって人間もいるらしいんだけどね。ルミだったらモトカレがいるのは当たり前だろうな。だけど、そいつとはまだ関係あるの? 結婚したって知ってるのはどうして?」
「彼は有名人だから。フォレストシンガーズのリーダーなんだよ」
「フォレストシンガーズって知ってるけど、リーダーと言われても誰なんだか……」
「ソウくんがそのぐらいしか知らないんだったら、それほど有名でもないのかもね」

 ルミ、他の男を好きになったんじゃないのか? この間、ここできみと誰かが抱き合ってるのを……そう言いかけた本橋さん。そんなこと、していない!! と否定した私。あのときにも桜が舞っていたのだったか。季節は忘れてしまったが、自分勝手に痛かった胸は覚えていた。

「なんだよ、それ、自慢?」
「うん、自慢」
「俺のモトカノだって……んんと……んんと……銀座の宝石店で店長をしてる女が……」
「うんうん、すごいかも」
「すごいだろ」

 どちらからともなく肩を寄せ合って、桜を見上げる。桜の花びらは想い出の中のモトカレの肩にも、たった今となりにいる彼の肩にも、音もなく舞い降りてきていた。


END







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