ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS春物語「桜坂」

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しだれ
フォレストシンガーズ

「桜坂」


 中年男がふたりいる。
 一方は五十代、細身で中背で、かつては一世を風靡したヴォーカルグループのベースマン。現音楽プロデューサーであり、グループを再結成したときには歌の仕事もして、我々も共演させてもらった。
 もう一方は四十代だから、十歳ほどの年齢差か。長身筋肉質の美丈夫といっていい彼には、売れていないころの俺は憧れと嫉妬を感じていた。

 このふたり、二十歳ほどの年齢差に見える。
 五十代のロクさんは年相応だ。ファッショナブルでダンディではあるのだが、若く見えるわけでもない。ということは、四十代の桜田さんが若すぎるのだろう。下手をしたら俺のほうが年上に見られたりして? この男、アンチエイジングでもやっているのか?

「なにか、本橋くん?」
「いえ、なんでもありません」
「きみは俺に惚れてるのかね」
「……そんなはずないでしょっ!!」
「そうか、そんなに俺が嫌いか」
「嫌いではありませんっ!!」
「だったら好きなんだろ」

 うっ!! と言葉に詰まった俺を見て、ロクさんがげらげら笑う。ロクさんの本名は知らないが、名刺には「ダーティ六輔」と刷ってある。もとダーティ・エンジェルスのメンバーだからの通称なのだろう。

「そんな目で桜田に見つめられると、本橋くんでさえもうろたえるってわけだな」
「ロクさんはどう?」
「ん?」

 歌手としても役者としても売れている桜田忠弘は、芝居っけたっぷりにロクさんを見つめる。ロクさんも調子に乗って見つめ返す。中年男が見つめ合うシーンをはたで眺めているとぞわぞわしてきて、やめろーっ!! と叫びたいのを我慢するのに骨が折れた。

「ロクさん」
「なんだい、忠弘?」
「本橋が言ってるぜ」
「なんにも言ってないけど、心は読めるな。忠弘くんにはなんと読めた?」
「早くキスしないかな、見たいな、って」

 うげ、ちがうちがう、そんなことは思っていない。乾と幸生の変な芝居以上に気味が悪くて、けれど、先輩たちなのだから言えないだけだ。

「する、ロクさん?」
「言わせるなよ」
「していいのかなぁ、奥さんに悪いなぁ」
「いいってことよ。男と浮気するのは別ものなんだから」
「その台詞、どこかで聞いたよ」
「いいからさ、忠弘さん、言わせないで」
「ん、じゃあ……」

 こうなったら俺は出ていくしかない。失礼します、と小声で呟いて、楽屋を出た。
 ここはケーブルテレビ局だ。近くダーティエンジェルスとフォレストシンガーズがメインで出演する、ア・カペラグループジョイントライヴが開催されるので、宣伝のためにロクさんと俺が出してもらった。その番組の司会者が桜田忠弘だったのだ。

 滞りなく収録が終わり、飲みにいこうか、どこに行く? と三人で話していたら、ロクさんと桜田さんがおかしな芝居をはじめた。深夜の街に俺がひとりで出ていこうとしていたら、うしろから中年男たちの忍び笑いが聴こえてきた。

「なあ、桜田、本橋って純情だよな」
「純情ってのは可愛い女の子だとか、美少年だとかいう人種だったらいいけど、中年男にはあてはまらないフレーズだよ」
「いや、シゲだって純情だよ」
「純情フォレストシンガーズってか」

 あんたたちに中年男と言われたくない、俺は桜田さんよりも七つ、八つは年下だ。先輩に向かって荒い口をきくとはよほどの場合でもないとできない、体育会系の俺は心でだけ反駁していた。

「今どきの少年少女には純情なのなんていないから、むしろ中年男のほうが可愛いんだよ、ロクさん」
「中年女は?」
「純情さははなっからない、少女のなれのはてが中年女だろ」
「あんたや俺には、純情さってあったのかな?」
「俺は今でも純情のかたまりさ。なんせ……」
「なんせ?」

 こそこそっと内緒話をして、ふたりしてがははと笑う。長身の男はおおむね声が低いとの定説通り、桜田さんは低音ヴォイスだ。ロクさんはベースマンなのだから、シゲよりも低くて深みのある声をしている。ふたりの中年男の重低音笑い声が地を這って伝わってきた。

「ふーん、そうだったのか」
「そうだよ。ロクさんは?」
「俺なんかはそんな話って、明治時代の出来事だからな」
「幕末だろ。名前からしても六輔だもんな」
「そうだなぁ。古すぎて……」
「どうした、ロクさん? しっかりしろよ」
「いや、泣けてきたんだよ」

 明治時代のギャグみたいなやりとりをして、今度はふたりしてしんみりしている。
 アホらしいので角をまがって別の方向に進もうとしていたら、うしろから腕を引っ張られた。

「本橋、こっちだ」
「俺は帰りますよ」
「いいから来いって。いいものを見せてやるよ」

 いいものとは、そこからちょっと歩いたところにある公園内の桜だった。
 ロクさんや俺はともかく、桜田忠弘が白昼堂々とこんなところにあらわれたら大騒ぎになって、花見なんぞしていられない。深夜だからこそ静かに桜田さんと花が見られるのだろう。

 花の名前なんか知らない俺でも、ひと目見ればわかる、春の盛りの満開の桜だ。絢爛と咲く豪奢な桜が、ささやかにライトアップされていた。

「君よずっと幸せに
 風にそっと歌うよ
 愛は今も 愛のままで

 揺れる木漏れ日 薫る桜坂
 悲しみに似た 薄紅色

 君がいた 恋をしていた
 君じゃなきゃダメなのに
 ひとつになれず」

 この歌を作詞作曲したシンガーと、桜田さんは声が似ている。さながら彼の持ち歌のごとくに、スムーズに歌いこなす桜田さんの声に聞き惚れていると、続きはロクさんが歌った。

「愛と知っていたのに
 春はやってくるのに
 夢は今も 夢のままで

 頬にくちづけ 染まる桜坂
 抱きしめたい気持ちでいっぱいだった

 この街で ずっとふたりで
 無邪気すぎた約束
 涙に変わる」

 我らがベースマン、本庄繁之は時にはリードヴォーカルもやるが、ロクさんはまずベースヴォーカルしかやらない。ロクさんやシゲが臨時結成していたベースマン四人のユニットでも、ロクさんはリードは取っていなかった。

 なのだから、ロクさんのソロなんてのは俺にとってもたいそう珍しい。長年のつきあいらしき桜田さんにも同様なのか、彼も聴き入っている。いい声だ。味のある素晴らしい歌だ。ファンの方にも聴かせてあげたくなってくる。

 桜ってものはこんなにふざけた中年男たちにも、ノスタルジーを呼び起こすのか。桜田さんにもロクさんにも、こんなふうな想い出があるのだろう。

 俺にだってなくもないけど……うん、だけど、腹が減ったな、せっかくの夜桜なんだから、酒とつまみがほしいな、だなんて無粋なことを考えながら、ロクさんと桜田さんのハーモニーに耳を澄ませる。中年男三人で、深夜の桜と歌。それはそれでよいものだ。

END





  
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~ Comment ~

桜坂は好きです。

この歌って本当にいいなあって思います。メロディも落ち着きますからね。
今この季節にはぴったりの曲ですね。
音楽プロデューサーって昔バックバンドやってた人とか多いですね。中には音楽制作会社の人もいたりしますね。
音楽プロデューサーは小室の時に表に出てくる人が増えましたね。今はあんまり名前を聞きませんけど・・。

先程はコメントありがとうございます。コメ返に書いてますけど、私のところは震源地からかなり遠いので、被害と被害はなかったです。
震源地の益城は熊本市から近いし、空港もありますからね。
あかねさんも熊本に来た時にはこの空港に来た事があるかと思います。
私も熊本の天草に友人がいますので、避難したりしたそうです。

阿蘇の方で学生が犠牲になったと聞いた時、私はあの学校のオープンキャンパスに行った事があるので、少しながら縁がある自分としてはショックでした。

あかねさんも阪神大震災を経験してるので、地震の怖さは知ってるでしょうね。
私も大きな経験はないですが、地震の揺れは怖いですね。

心配してくれて感謝してます。嬉しかったです。

想馬涼生さんへ

いつもありがとうございます。

「桜坂」はヒットしそうな要素をそなえた曲ですよねぇ。
桜ソングは売れ筋だそうですが、私は「夜桜お七」がいちばん好きだったりします。

さて、地震。
なんだか範囲が広がっていっているようですし、本当にしつこく何度も何度も揺れているようですから、不安ですよね。
早く川内原発止めろ!! と言いたいです。

阪神大震災のときには大阪はほとんどたいしたこともなく、特に我が家のほうは土地が高いところにあり、地盤も固いので被害はほぼありませんでした。
我が家では積んであったビデオテープが傾いた程度です。

神戸の惨状を知り、西宮の友人のお父さんが亡くなったとも知り、兵庫県の友人を訪ねていったりもして、リアルに実情も見ました。のほほんとしていられる大阪人はうしろめたかったのですが。

対岸の大阪の賑やかなあかりを見ていると、あそこに平和な場所があると思えて安心できる。
と、兵庫県の方が発言したおられたのがいまだに忘れられません。

地震国なのだから仕方ないけど、五年に一度くらいは大震災が起きますね。
熊本には二回ほど行きまして、熊本城も見ました。
あの熊本城が……嗚呼、ですよね。

想馬さんのお住まいの場所をはっきり知らないのでなんとも言えませんが、落ち着かない日々ではありませんか?
早く平穏になるといいですね。
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