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小説365(夕暮れ時は淋しそう)

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フォレストシンガーズ

「夕暮れ時は淋しそう」


1・龍


 ここだったらなんとか……教師にしても保証してくれたのではない。勉強は好きではなかったのだから当然ではあろうが、なんとかなるかな、程度だ。
 その程度の大学をかたっぱしから受けたのは、高校を卒業しても勉強したいからではない。ただただ東京に行きたかったからだ。
「章にも言ったんだよ。大学に行きたいんだったら札幌ぐらいにしておけって」
「なのにね、章は東京に行きたいって言い張って……」
「母さんは章に言ってたよな。悪い女にだまされるよって」
「そうでしたねぇ……悪い女だったら困るけど、今の章には彼女ってのはいるんだろうか」
「知らん」
 自分から言い出したくせに、親父は不機嫌になって黙り込み、母は続けた。
「だからね、龍も東京に行きたいって気持ちはわかるのよ。だけどだけど、章みたいにならないで」
「どうしても行きたいんだったら行ってもいいけど、中退するなよ」
「最初から中退なんて言うなよ」
 合格できるかどうかが大問題なのに、と危惧した通りで、ただのひとつもひっかからなかった。
 稚内の三月は寒い。めぼしい大学は受けつくし、そのすべてに門扉を閉ざされてしまったってやつで、俺は心も身体も寒い。財布だって寒い。東京に行きたかったなぁ。
 試験を受けには行った。東京には兄貴の章がいて、フォレストシンガーズとかいう売れないヴォーカルグループで歌っている。ラジオで兄貴の声を聴いたり、雑誌で兄貴の顔を見たり、CDを買ったりはしたが、親父に勘当されている兄貴とは、十年以上も会ってはいなかった。
 てめえに弟がいるとも忘れてしまっているかもしれない兄貴に、会いにいこうと思えば不可能ではなかったはずだ。
 だけど、会いにいくのは俺が東京の大学生になってからだ。兄ちゃん、俺、○○大学生になったよ。これからは東京で暮らすんだ。小遣いくらいはくれるだろ? どっかに遊びに連れてってだってくれるよな? 突然、兄貴に電話して驚かせてやるつもりだった。
 まちがいなく兄貴よりも俺のほうが背が高い。フォレストシンガーズの五人が全員写っている写真を見れば、兄貴がいちばん小さいのはわかる。うちは両親ともに小さくて、木村家も母の家系も小柄なんだと聞いている。俺は親戚一族の中でもっとも背が高い。
「龍、俺より大きくなるなよ」
 昔、兄貴にそう言われたようなかすかな記憶があるが、とっくに俺は兄貴を追い抜いている。身長だけじゃなくて、あれだってこれだって俺は兄貴よりも上だ。
 自慢したかったのに、兄貴に会いにも行けなくなってしまった。家にいるとおふくろは愚痴っぽく、親父は怒りっぽいのでうっとうしい。寒い夕暮れに外をほっつき歩いていると、こんな歌が聴こえてきた。
 龍は音楽なんかにうつつを抜かすなよ、と父が言うのは、ロックにはまりすぎて大学を中退した長男に懲りているからだろうが、若くて音楽の嫌いな奴なんかめったにいない。母はちょっとはわかってくれて、高校入学祝にipodを買ってはくれたのだが。
 三年も使ったipodがこわれてしまい、仕方なく聴いていたラジオだった。

「田舎の堤防 夕暮れ時に
 ぼんやりベンチに すわるのか
 散歩するのも いいけれど
 よりそう人が 欲しいもの
 あの娘がいれば 僕だって
 淋しい気持ちにゃ ならないさ
 まわりの暗さは 僕たちのため
 あの娘が来るのを 待っている

 夕暮れ時は さみしそう
 とっても一人じゃ いられない

 夕焼け雲さん 伝えて くれよ
 あの娘のお部屋の 窓ぎわへ
 虫にさされるのは いやだけど
 肩をならべて いたいよと

 こんな河原の 夕暮れ時に
 呼びだしたりして ごめんごめん
 笑ってくれよ ウフフとネ
 そんなにふくれちゃ いやだよ」

 寂しいというよりは寒いけど、ひとりでいられないわけでもない。だけど、こんなときに呼び出せる女の子がいたらいいのにな。
 ふっと浮かぶ顔、嵯絢? あいつはいとこだし、ガキだし、あんなのと寄り添っても意味ないし。
 日本最北のJR駅、稚内。俺の家は稚内駅に近いから、それほどの辺境の地というわけでもない。そりゃあ東京の人間が見たら、こんな田舎に人が住んでんの? ってなものだろうし、ド田舎なのは否定できないが。
 それでも北海道の中では、小学校から高校までの生徒数も少なくはないほうだ。兄貴は十二歳も年上だが、教師の中にはあいつを覚えている奴もいて、ああ、章くんの弟さん? 章くんは歌手になったんだね、と言われたこともあった。
 だらーっと歩いていくと港に出る。港の風はますます寒い。雪も残っていて、俺の春は永遠に来ないのかと思ってしまう。
 ほんとに春は来ない、桜も咲く前に散ってしまった。木村龍、十八歳にして人生の黄昏だ。兄貴だったらこんなときには絶望の曲でも作るんだろうか。ちびで頭の悪い兄貴だが、そういう才能はあっていいなぁ。俺には才能なんてなんにもないんだから。
 そのかわり、背が高くて脚が長くて顔もいいけど、俺程度では世渡りの武器にもなりゃしない。みぞれがちらつく中、俺は暗い宗谷湾を眺めていた。
「これからどうしようかなぁ、東京に行きたいなぁ」
 それだけしか俺には望みがない。大学生になれないんだから、東京に行ったって予備校生かフリーターか。そんなもの、親父が許すわけがないじゃないか。
 働くんだったら俺がツテを探してやる、と、昨夜、親父に言われた。一年間だったら浪人してもいいけど、稚内にも予備校はあるだろ、とも言われた。どっちか選べ、ひきこもりになんかなったら叩き出すぞ、と親父は息巻いていた。
 浪人なんかしたくないけど、働くのもいやだ。専門学校は? と母は言ったが、とりたててやりたいことがあるわけでもなく。
「……俺のしたいこと?」
 兄貴のようにロックバンドを組んだりもしないで、兄貴が残していったロックのCDやらラジオを聴いたりするだけだった。歌が上手でもなく、ギターだったら弾けるけどプロになれるはずもないレベルだ。プロのミュージシャンになりたいと思う情熱もない。
 そう思うと、馬鹿だと思っていた兄貴が俺よりは上なのかと思えてくる。
 駄目だ、兄貴が俺よりも上だなんて、そう考えたら俺の世界観が崩壊する。俺は絶望なんかしていないんだよ。だって、俺には……頼みの綱は兄貴だけ? 侘しいけれど、今の俺にはそれしかすがるものはなさそうだった。


2・嵯絢

 
 三つ年上のいとこである龍くんは、私が高校受験のときには大学受験だった。私は地元稚内の高校に合格したのだが、彼は東京の大学全部に落ちて、お父さんと喧嘩したあげくに家出してしまった。
「伯母さん、龍くんは章さんちに……」
 高校生活にすこし慣れてきたころに、章さんと龍くんのお母さん、私から見れば伯母である女性に尋ねてみた。
「そうなのよ。龍ったら、働きたくない、浪人もしたくない、兄ちゃん、俺を養ってよ、稼いでるんだろ、とか言ったらしくてね」
「それで?」
「章だけじゃなくて、章の先輩さんたち……サアヤちゃんは知ってる?」
「フォレストシンガーズの人たちだよね」
 本橋真次郎、乾隆也、本庄繁之、章さんの大学時代からの先輩と、章さんとは同い年の三沢幸生さんがフォレストシンガーズのメンバーだとは、私も知っていた。
「その本橋さんや乾さんにも、お説教されたり叱られたりしたらしいよ。特に乾さんがしっかり言い聞かせてくれて、龍も真面目に浪人するつもりになったらしいの」
「そうなんだ」
「そうなのよ。兄貴に殴られたって、龍は言ってたわ」
 殴られたと言いながら、伯母さんは嬉しそうだった。
「お父さんも怒ってたんだけど、東京で浪人するんだったらまあいいかってね。章が敷金や礼金を出してくれて、龍も東京でアパートを借りたの」
「章さんと同居はしないの?」
「それだけはいやだって章が……」
「そっか。章さんは金持ちだもんね」
「まあね、普通のサラリーマンよりは収入がいいらしいよ」
 丸くおさまってよかったね、結局義兄さんも龍くんには甘いんだから、と私の母も言っていた。
 翌年には龍くんは、フォレストシンガーズのみんなが卒業した大学に合格した。章さんだけは中退している大学の寄生虫学科だそうで、伯父伯母もうちの両親も、変なものを勉強するんだね、と不思議がっていたが。
「章だけじゃなくて龍までがお世話になってるんだから、お中元を贈りたいんだけどね」
 息子がふたりともいなくなったせいか。私もちょっとは大人になってきたせいか、伯母さんに相談を持ちかけられるようにもなってきた。
「昔、本橋さんにはお中元を贈ったんだけど、こういうことはもうなさらないで下さいって言われたの」
「そしたらしないほうがいいんじゃない?」
「そうだよねぇ。本橋さんは東京で歌手をやってる男のひとだもんね。あ、でも、北海道の特産品とかだったらいいかもしれない。本橋さんじゃなくて乾さんに送ろうかね」
 ご自由に、としか言いようがなく、伯母は乾さんにスモークドサーモンやハムの詰め合わせを送ったようだ。生ものや扱いに困るものではないだけ、気が利いているのではないだろうか。
「サアヤちゃん、龍が置いていったパソコン、使う?」
「伯母さんが使えばいいのに」
「伯母さんには無理だよ。携帯電話も怖いのに」
「怖くないでしょ。メールとかしないの?」
「しないんじゃなくてできないの」
 パソコンはもらってきたが、ケータイが怖いって、信じられない。
 父の兄が章、龍の父親だ。私はケータイは怖くないが、伯父はなんとなく怖くて近寄りたくない。伯母は愚痴っぽいけれど優しいので嫌いではなくて、なついてはいたが、母方の伯母や叔母のほうが親しみやすかった。木村の伯母さん、何歳なんだろう?
 小さくて細くて、化粧はほとんどしていない。服装も地味だからぱっと見はおばあさんみたいだが、よくよく見れば美人だ。この伯母さんの息子だから、章さんも龍くんも綺麗な顔をしてるんだ。
 おばあさんでもないのにケータイが怖いって。うちの母さんはケータイだってパソコンだって使うよ、と言ってあげても、伯母さんは気弱に笑っていた。


 四年ぶりに会う龍くんは、私にはほんのちょっぴり眩しい。二十一歳になった「東京」の大学生、龍くんは都会的になって、無造作なファッションがセンス良く見えた。
 いとこは他にもいるが、家が近く、母親同士が仲良しだったのもあって、私には龍くんがいちばん親しみが持てた。私には章さんの記憶はほとんどないけれど、両親やら伯母さんやら龍くんから聞いて、私の親戚に芸能人がいる、だなんて誇らしく感じていた。
「サアヤはあいわらずちびだな」
「背が伸びなかったんだもん」
「十五から十八ったら、女の子はもう伸びないか。調理専門学校に行ってるんだって?」
「そうなんだ」
 返事はあまり来なかったが、メールで近況報告はしていた。ちびだな、が挨拶がわりで、龍くんと並んで歩き出す。
 高校を卒業して進路が決まったら、東京に遊びにいってもいい、ただし、遊びに行くだけ、東京の学校や会社は駄目、と母に約束させられていたのは、章さんや龍くんを見ていて心配だったからか。女の子なんだから、と言われるのは不満だったけど。
 大学を中退して歌手になった章さんは、しっかり成功して有名人になっている。
 受けた大学はみんなすべって、兄を頼って家出して東京に行った龍くんだって、章さんたちのお世話になってしっかり大学生をやっている。
 金持ちでもない家庭の田舎娘は、稚内の専門学校に行くのが精いっぱいだ。私は優等生でもなかったから、大学よりも専門的な資格を取ったほうがいいと、先生にも言われた。十八歳になった私は、アルバイトで貯めたお金で東京に遊びにきた。
「今日は予定あるの?」
「昼間はおまえの行きたいところに連れてってやるよ。どこに行きたい?」
「服が買いたい」
「女の服だろ」
「当たり前じゃん」
 ショッピングはいやだ、と言う龍くんと、浅草に行った。
「あれがスカイツリー? 登らないの?」
「高いから行かない。俺だってまだ登ってないんだぜ」
「スカイツリーは高いのが値打ちじゃないの?」
「登るのの値段が高いんだよ。そんな金があったらうまいもん、食ったほうがいいだろ」
「章さんは収入がいいのに、龍くんはケチだね」
「兄貴の収入は俺とは関係ねえの。あいつは小遣いなんてちょびっとしかくれないんだ。言っとくけど割り勘だからな」
 話には聞いていた。テレビでだって見た。けれど、本当にその場に身を置いてみるとびっくりする。稚内では一度も見たことのないほど大勢の人、人、人。ものすごい人口密度の中を、龍くんと歩いた。
「彼女にだったらおごってあげるの?」
「おごってやるときもあるけど、基本は割り勘だな。俺たちは学生なんだもん。サアヤはデートだと男におごらせるのか?」
「……龍くんは彼女、いるんだ」
「当たり前だろ。おまえにも彼氏、いるのか」
「いるよ」
 彼氏というほどでもなく、デートというほどでもなく一緒に遊ぶ男の子だったらいる。私だって彼とはいつも割り勘だ。
 日曜日でもないのに人だらけの浅草を歩き、兄貴のバンドがここで演奏したことがあるんだって、と龍くんが言うお店でお昼を食べた。高級レストランではなくても、東京のパスタはしゃれた味がする。夜はライヴハウスになるという店も、私にはしゃれたインテリアに見えた。
 隅田川クルーズの舟に乗ったり、ちょっとだけは買い物にもつきあってもらったりして、夕方には電車に乗った。
「フォレストシンガーズは今、日本全国全市踏破ツアーってのをやってるんだよ。東京都下にもまだライヴをやってない市があって、今夜はそこで歌うんだ。おまえが来るって言うから兄貴に頼んでチケットをもらったんだよ。聴きたいだろ」
「うんうん、聴きたいっ!!」
 チケットをもらった、だなんて、さすが。すこしだけ龍くんを尊敬した。
 二十三区内ではなくても、東京には立派なホールがある。それほどに客席数は多くない会場でわくわくと開演を待つ。フォレストシンガーズは北海道各地でもライヴをやったが、なぜか稚内ライヴというのはなかった。だから、私はフォレストシンガーズを生で聴いたことがない。
 全市踏破目標ならばいずれは稚内でもやるはず……もしかしたら章さんがいやがってて、稚内だけは避けたりして? 怪しんでいるうちに、客席が暗くなった。
「きゃ……」
「サアヤ、横できゃあきゃあ言うなよ。俺が恥ずかしいから」
「この席、よく見えるね」
「メンバーが取ってくれた席だもんな」
 ステージを五色のスポットが照らす。黄、オレンジ、緑、青、紫。オレンジのライトが章さんに当たっている。白いシルクのシャツとチェックのパンツの章さんはフォレストシンガーズでは一番小さいが、なんだかかっこよく見える。
 生の章さんに会うのって何年ぶり? 十五年? ライヴを見ているのは生で会ったことにはならないだろうけど、あとで本当に会える。打ち上げに行ってもいいと龍くんが言っていた。
 人気歌手のコンサートにだってめったに行ったことはない。専門学校生になってはじめて、札幌で女性シンガーソングライターのライヴに行ったのが初体験だった。観ているだけでもどきどきするのに、章さんはステージに立っている。
 一曲目は私の知らない歌で、章さんがリードヴォーカルだった。アップテンポの激しい曲を歌う章さんの声は高く高く、目を見張ってしまう。ハイテンションになって叫びたくなってくるのを、龍くんが恥ずかしがるんだったら、と我慢した。
「……歌、うまいね」
 聞こえていないのか、聞こえていても無視しているのか、龍くんは黙っている。激しい曲調の歌やダンスミュージックになると立ち、バラードではすわる他のお客さんの真似をして、龍くんと私も立ったりすわったりしていた。
「……かっこいい。たまんないよ」
 胸がいっぱいになってきて、ぼわーっとしてくる。叫んでいる女性だっているのだから、私も叫びたくて我慢できなくなってきた。
「きゃーーっ!! かっこいいっ!!」
「……おい」
 今度は私が龍くんを無視した。
 サアヤのことなんか、章さんは忘れてるんじゃないの? 龍くんと一緒じゃなかったら、会わせてももらえないはずの章さんはやっぱり、すごいひとになってしまったんだ。
 それからあとは、半分はぼけていた。
 ライヴがおしまいになると楽屋に行って、フォレストシンガーズの五人に紹介してもらった。龍くんは五人の男性たちの弟みたいな感じで、ため口をきく。私はくらくらしそうなのをこらえて、サアヤです、よろしくお願いしますっ、と頭を下げていた。
 打ち上げ会場に移動すると、見たことのある顔がちらほら。ああ、あの女性はテレビに出ていた。あ、あの男性も見たことある。きらびやかな世界だなぁ。東京ってすごいなぁ。章さんってすごいなぁ。龍くんがうらやましいな。
「楽しんでくれてる?」
「あ、はい、本橋さん、とっても楽しいです」
「龍、ちゃんとサアヤちゃんを見ててやれよ」
「へーい」
「返事ははいだろ」
 笑いながらの本橋さんに頭をこづかれて、いてぇな、と口をとがらす龍くんもすごいと思ってしまう。だって、本橋さんって芸能人でしょ? 私たちとは生きてる世界がちがうんじゃないの?
「サアヤちゃんって彼氏はいるの? いるんだろうね」
「三沢さんってロリコンだって兄貴が言ってたけど、十八歳に手出しすると犯罪だよ」
「手出しはしません。龍はうるせえんだよ」
 にこにこと手を振って離れていった三沢さん。
「はい、どうぞ」
 ノンアルコールカクテルを手渡してくれた本庄さん。乾さんは言ってくれた。
「章の一族は美男美女家系だって聞いてたけど、改めて実感したよ。サアヤちゃんはこれからますます綺麗になるんだろうな。将来が楽しみだよ」
「サアヤ、乾さんは口がうまいんだ、気をつけろよ」
 横から口出しした龍くんに、乾さんが言った。バカヤロ、だった。
「さてと、サアヤ、龍、もう一軒行くか」
 もっとここにいたいような気もするが、龍くんや私がいつまでもいるのは変なのかもしれないと考え直して、章さんに別の店に連れられていった。
 飲んだのはノンアルコールカクテルなのに、雰囲気に酔ってしまったんだろうか。こんな華やかな世界があると知って、私の頭の中はぐるぐるくるくる。今夜が終わらなかったらいいのに、と思っていると、章さんが立ち上がった。
「龍、サアヤをホテルに送っていって、おまえはひとりで帰れ。俺は明日も仕事なんだから先に帰るよ。ほら、タクシー代。ここの分は払っていくから」
「うん、わかったよ」
「章さん、帰るの? サアヤ、寂しいな」
 なに言ってるんだろ、私ったら、と正気のサアヤはびっくりしている。章さんは苦笑いして帰っていき、龍くんが言った。
「サアヤ、明日はおごってやるよ」
「章さんにお金、もらったからでしょ。当然じゃん」
 可愛くねー奴、と呟いた龍くんに、心で何度もお礼を言った。ありがとう、龍くん、でもね、楽しいときってじきに終わってしまうんだね。こんなに楽しかったのに、サアヤ、寂しくなってきちゃった。


 息子がふたりともいなくなって、建物そのものが寂しくなったようにも見える伯父さんと伯母さんの家を通りすぎ、稚内の港へと歩いていく。
 休みは終わって学校がはじまって、冬が近づいてくる気配。東京にいた数日は夢を見ているみたいだった。
 最後の日には龍くんがうちの両親にとお土産を買ってくれた。両親が先に龍くんにお礼を送っていたから、そのお返しにと両親におそろいの財布を買ってくれて、父も母も感激していた。
「龍くんも大人になったわね。こんなもん、いらねぇよって言われるかと思ったのに」
「北海道のイクラはおいしいから、シゲさんの奥さんにお願いして、手巻き寿司パーティをするって言ってたよ」
 お土産のお金は本橋さんと乾さんが出してくれたのだそうで、品物を選んだのは私だったのだが、龍くんが自らやったのだと両親には思わせておいた。
「それとこれ……」
 そう言って龍くんがくれたのは、SDカードだった。
「フォレストシンガーズの歌が入ってるんだけど、こんなのもらったってブログに書いたりはするなよ」
「どうして?」
「ファンが妬いてブログが炎上するからだよ」
 ブログはやっていないのでその心配はないが、誰にも口外しないでおこうとは決めた。
「ひとりになったら聴いてみろよ」
「うん、ありがとう。みなさんによろしく……お礼、言っておいてね。私も……メールしていいかな」
「いいからさ、馬鹿、泣くな」
 帰りの飛行機の中で聴いた、フォレストシンガーズの歌を港でもう一度聴いた。

「こんな河原の 夕暮れ時に
 呼び出したりして ごめんごめん
 笑ってくれよ ウフフとね
 そんなにふくれちゃいやだよ

 夕暮れ時は さびしそう
 とっても一人じゃ いられない
 夕暮れ時は さびしそう
 とっても一人じゃ いられない
 夕暮れ時は さびしそう
 とっても一人じゃ いられない……」

 古い古いフォークソングは、乾さんのお気に入りなのだそうだ。そう聞いたせいなのか、私も覚えてしまった。
 嵯絢のためにみんなで歌って、スタジオで録音してくれたという三曲、英語の歌とフォレストシンガーズのオリジナルも入っていたが、私はこれが一番好き。私にとってのお祭りみたいだった休日は終わってしまったけど、この歌があれば、ひとりぼっちの夕暮れどきも寂しくはなかった。

END







 
 
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~ Comment ~

NoTitle

音楽の女性的なノリには・・・というか。
性格上、音楽はストイックに無欲に楽しむのでJPOPのノリは
静かに見ている性格ですね。
まあ、音楽の楽しみ方も人それぞれですね。

LandMさんへ

コメントありがとうございます。

ストイックに音楽を楽しむとおっしゃるのは、解釈がちょっとむずかしいですね。お好きなジャンルなどはおありなのでしょうか。
J-POPってものにもさまざまありますが、私は日本の今どき流行音楽にはもはやついていけません。古い人間ですので、古いタイプの音楽が好きですね。

NoTitle

ありましたよ私も……
「あら、○○君の妹さん?!」
3つしか離れていないのでほとんどの先生が知っているという悲惨な状況でした。
顔も性格も能力もまったく似ていない兄弟なので、
比べられるのが本当に苦痛でした。
上ができれば下も同じように出来ると思ってるんですかね教師は。
どれだけ失礼なことを言っているか分かっていないのか、嫌味なのか。
思い出しただけで腹が立ってきます……いや、もう忘れたい!!


サアヤちゃんかわいいなぁ。
乾くんに「おいで」と言われたらついて行ってしまいそう。
しかもサアヤちゃんの為に歌ったSDカード……欲しい!!


私は名字も名前もどこにでもいる普通の名前です。
病院のカルテに「同姓同名注意」とか書いてあったり(笑)
名字なら100位以内に入ると思います。
なので珍しい名字にとても憧れます。

ハルさんへ

いつもコメントありがとうございます。

あるとき突然出てきた章のいとこ、美少女のサアヤ。可愛いと言っていただけて嬉しいです。フォレストシンガーズの面々も、サアヤを気に入っているようで。
ただのファンだって美少女だったらひいきされそうですものね。

私は弟しかいませんし、私は目立たない子でしたので、弟が「○○さんの弟?」と言われたこともあまりないようです。
そんなにいやなものなんですね。
実感沸かなくてすみません。

子どものころには苗字のせいでコンプレックスを抱いていたところもあります。
前にも書いたかもしれませんが、担任の先生にまでからかわれたりしたので。

これもやっぱり、ないものねだりなのですね。
自分にないものには憧れるんですよねぇ。
珍しい苗字……上品な姓だったら素敵ですけど、私の本名はどっちかっていうと「変な名前」でしたから、ものすごくいやでした。
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