ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS春物語「すみれの花咲くころ」

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フォレストシンガーズ

「すみれの花咲くころ」

 たしか、エリザベス・テイラーの瞳はすみれ色だと言われていたような? 彼女は若き日のエリザベス・テイラーのような、豪奢な美人だった。

「日本人デスカ」
「あ、はい、日本から来ました」
「ワタシ、大学で日本語のベンキョウをしています」

 そんな口調で話しかけてきたのは、ヴィオラと名乗る女性だった。楽器のヴィオラではなく、ヴァイオレットの愛称だそうだ。

「私は美江子っていうんですよ。ミエって呼んで下さいね」
「ミエ? ミエは私と同じくらいの年齢ですか」
「ヴィオラはいくつ?」
「二十三歳です」
「……そしたら私はひと回り年上だわ」
「Please do not tell a lie」

 lie? 嘘をついていると思われているのか。日本人は若く見られがちだが、二十三歳と同い年だと言われて信じるほど、私はあつかましくない。彼女のほうこそお世辞と言う名の嘘をついているのだと笑っておいた。

 フォレストシンガーズのプロモーションのために、シンガポールにやってきた。私はマネージャーとして同行してきたのだが、今日は休日で、美江子さん、デートしましょ、と幸生くんに誘われて、ふたりして植物園に遊びにきた。

 本橋、乾両名はフォレストシンガーズの代表として、こちらのラジオに出演している。通訳さんもいるので、私は休んでいいと言われた。シゲくんと章くんは恭子さんや広大、壮介のお土産を買うと言って別の通訳さんを頼んで出かけ、幸生くんと私は通訳なしで小さな冒険をしているのである。

 英語は大の苦手だと幸生くんは言うが、最近はフォレストシンガーズは日本では自由に出歩けないので、外国ではのびのびできるようだ。美江子さん、通訳してね、と言っていたが、幸生くんはひとりで売店に入っていった。

 その間に、私は春の花を集めた花園を見学していた。世界各国原産のすみれの花々が咲くエリアにいたら、すみれいろの瞳の美女に声をかけられたのである。

「おシゴト?」
「そうです。マスコミの仕事って言ったらいいのかな。あなたは学生さんよね」
「ええ、そうです」

 ちょっぴりぎこちない日本語で、ヴィオラがしきりに話しかけてくる。シンガポールはこのすみれたちと同じで、世界中の人種が集う国だ。公用語は英語で、ただし、アメリカやイギリスの英語とはちがっていて、むしろ日本人にはわかりやすい。

「ヴィオラはどちらの国の方?」
「母がアメリカ人、父がロシア人」
「ああ、そうなのね」

 アメリカもロシアも多民族国家だからなのか、ヴィオラにはエキゾチックな雰囲気もある。現代的な若い女性なのだから、エリザベス・テイラー以上に美人かもしれない。

「美江子さーん、あれ? お友達?」
「あ、幸生くん。ヴィオラ、紹介しますね。私の友達、ユキオ」
「NICE TO MEET YOU」

 かなり、相当にぎこちない英語で、幸生くんが挨拶する。ハジメマシテ、とヴィオラが挨拶を返し、私は言った。

「ヴィオラは日本語が上手なのよ。日本語で話してくれたほうがいいんだって。大学で勉強してるらしいの」
「ああ、そうなんですね。それで美江子さんとお話ししたかったんだ。了解、食べますか?」

 売店で幸生くんが買ってきたのは、シンガポールのお菓子。幸生くんは甘いものは嫌いだが、私のために買ってきてくれたらしい。ヴィオラにも勧める幸生くんに、彼女は手を振って断った。気のせいか、ずいぶんいやそうな顔をしていた。

「ヴィオラも甘いのは嫌い? ヴィオラってこっちに住んでるの? 甘くないおやつってなにかあります? あれぇ、なんだか俺、嫌われちゃってる?」
「宗教的な理由で男性とは話したらいけないとか? あなたってイスラム教?」

 イスラムの女性ならば、ひとりで外出してもいけないのではなかったか。あやふやな知識で尋ねると、ヴィオラは激しく頭を振った。

「私は……ただ……ミエさんと……ミエさんだけが……ごめんなさい。うまく言えない。ごめんなさい……さよなら」
「ヴィオラ……どうしたの?」
「ミエさんは……男のひとと友達……」
「それっていけないの? 私には男性の友達も、夫もいるけど……」
「夫って……夫? ケッコンしているの?」

 うなずくと、ヴィオラの顔がゆがんだ。待ってよ、と言ってみても 待ってはくれずに、彼女は走っていってしまった。気まずい気分で幸生くんの顔を見ると、彼はいつになく寂しげな顔をしていた。

「俺が嫌われちゃったのかな。男嫌いかな」
「そうなのかなぁ。幸生くんとは会ったばかりなんだから、嫌いになるもなにもないでしょ? ってことは男嫌いかもね」
「もしかして……美江子さんに恋したとか?」
「そっちの趣味のひと?」

 男性同性愛の知り合いはいるが、女性同性愛はカミングアウトしにくいのか、それとも、絶対数が少ないせいか、そっちのひとは私の周囲にはいない。女性に恋された? 彼女は私を同い年くらい? と言った、結婚してるなんて……と顔をゆがめたから、その可能性もあったのかもしれない。

「いいなぁ、うるわしいなぁ。美江子さんはそんなのいや? 気持ち悪い?」
「気持ち悪くはないけど、お応えできないしね。ぽかん、って気分よ」
「わかりますけどね」
「帰ろうか」
「そうですね」

 ホテルに戻ると、本橋くんと乾くんも仕事をすませて戻っていた。章くんとシゲくんも戻ってきて、六人で食事に行く。食事のあとで本橋くんが言った。彼は私の夫ではあるが、みんなでいるときにはフォレストシンガーズのリーダーである立場が最優先なので、私も本橋くんと呼んでいた。

「あっちのほうにアミューズメントストリートとかって通称の通りがあるらしいんだ」
「直訳すれば、お楽しみ通り、だね。ちょっと見てみたい気がするな、って本橋と話していたんだけど、ミエちゃんはいやかな?」
「見るだけだったらいいけどね」

 好奇心はある。そんな場所には男性グループと一緒のほうが行きやすいとも言える。本当にちょっと見てみるだけよ、店に入ったら駄目だからね、入るわけねえだろ、といった会話をかわしながら、レストランから徒歩で行けるその通りへと歩いていった。

「ふーん、もっと淫靡な香りが漂ってるのかと思ったら……」
「時間が遅くなればなるほど、淫靡なムードになってくるのかもな」
「まだ宵の口だもんな」
「お、今の女、美人だな」
「章、夜中にこっそり来るなよ」
「来ませんよ、ひとりで来るなんておっかねぇ」

 こそこそ話している男性たちを見やってから、視線を感じたような気がしてビルの窓を見上げた。あそこはビルの三階だろうか。その窓から私を見ていた女性は……ちらりと顔を見た次の瞬間、引っ込んだので確認はしづらかったが。

 そうだったの? ヴィオラ? あなたはこういう仕事をしているから、日本語を勉強している学生だと言ったのも本当で、アルバイトなのかもしれないけど、だけど、だからこそ、あなたは男が……そうなのかもしれない。

 憶測だけでものを言ってはいけないから、幸生くんにだって話すつもりはない。第一、今、垣間見た女性が、すみれの花の咲く園で会ったすみれいろの瞳の美女だったなんて、すみれの花の名前を持つ彼女だったなんて、確認もしていないのだから。

END











 
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