ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「は」

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フォレストシンガーズ

「華やいで」


 約束したこと、あったよね、約束の相手は誰だった? 桜が咲いたら……。
 お弁当を持ってお花見にいこうね、実現したりしなかったりの約束を、何人もの相手とかわした。指切りだってした。母と、父と、弟と、妹と、友達と、恋人と。

 家族は一定だが、友達や恋人は移り変わっていく。生まれてはじめて持ったのは、「夫」。このひととは病めるときも健やかなるときも、一生、一緒にいるんだろうか。そんな保証もないけどね、と肩をすくめてみた。

「美江子、どっか行こうか」
「桜を見にいこうよ」
「それもいいかな」

 人前では、山田、本橋くん、と呼び合っているが、ふたりきりになると彼は照れた顔をしながらも美江子とも呼ぶ。私は「あなた」なんて呼んでみては照れている。
 フォレストシンガーズが桜イベントに出演したり、ついでみたいにお花見したり、みんなで夜桜を見にいったりということだったらしたが、本橋くんとふたりきりははじめてのはず。あったとしても覚えてはいないのだから、はじめてと同じだ。

 すこしはフォレストシンガーズも売れた。リーダー本橋真次郎は中でもいちばんの有名人だと言われている。彼は背が高くてがっしりしているので目立つほうだし、メディアへの露出度もフォレストシンガーズの中では高いほうだから。よって、迂闊に電車には乗れない。

 マネージャーの私は業界以外では無名だから出歩くことも電車も自由自在だが、あの本橋くんが有名人ねぇ、地下鉄になんか乗れないんだね、不自由だね、そうなるなんてねぇ、と感無量になってしまう。

 結婚してふたりで暮らすようになったマンションも、わりあいに高級なほうだ。同じマンションには有名人も住んでいるから、住人同士で詮索したりはしない。稼げるようになったよね、あの本橋くんがね。

 どこかしら他人事のように感じながら、ふたりで車に乗る。私は平素は運転しないのでペーパードライバーのようなものだ。私の立場の都会人は車なんかなくても生きていかれる。有名人は車が必須。へぇぇ、あの本橋くんがねぇ。あのフォレストシンガーズがねぇ。

「なんだよ? なに見てんだ?」
「なんでもない」
「……そうだ、ちょっと待っててくれよ」
「なに?」
「連絡しなくちゃならないのを忘れてた」

 フォレストシンガーズのリーダーとしては、午後から休日だといっても仕事を完全に忘れてはいられない。私だってそうだから理解できる。あんまりかまってほしがる女は苦手だよ、と本橋くんは言い、私だってほったらかしにしても大丈夫な男がいいな、と言った。

 あんたみたいな男を彼氏にするくらいだったら、私は一生ひとりでいるよ。
 おまえみたいのとつきあわなくても、俺は女には不自由してないんだよ。

 憎まれ口を叩き合っていた彼と私が結婚した。ある意味、お似合いのふたりなんだろうな。ドライブインの駐車場に車を駐めて、トイレにでも行ったのか、携帯電話片手に降りていった本橋くんを待つ間、私は昔のことばかり考えていた。

 喧嘩ばっかりしていたよね。今でも喧嘩はたびたびしているけど、もっと幼稚な原因で喧嘩をした。大学のときなんか、ゲームに夢中の本橋くんから携帯用ゲーム機を取り上げたら、あーっ、もうすぐクリアできたのにっ!! と彼が怒り、大喧嘩になった。

 それを見ていた先輩に、あとから怒られたと本橋くんは言っていた。
 いくらなんでも三十二歳にもなったのだから、そんなことでは喧嘩はしない。本橋くんも私もたまにはゲームもやるけれど、夢中にはならなくなった。

「遅ぉい」
「ごめんごめん」
「用事すんだ?」
「すんだよ」

 ほい、と言ってあたたかな缶コーヒーを渡してくれる。気が利くじゃないの。いつもそうだったら喧嘩にならないのにね、と心で言って、彼の分もプルリングを開けてあげた。
 車が向かっていくのはどこだろう。建物の裏口から入っていくと、小さな池があった。池の周囲には桜、桜、桜の樹。今を盛りと咲き誇る、ピンクの花霞の光景が広がっていた。

「ここ、どこ?」
「個人の所有地だから、他人は入ってこないよ」
「どなたかのお屋敷?」
「社長が言ってたんだ。社長の友達の屋敷の桜が見ごろなんだけど、家族は全員留守なんだと。本橋、暇があったら山田と見にいってこいってさ」
「その確認の電話?」
「そんなとこだよ」

 社長もたまには役に立つ、と彼が呟いているのには同感だ。我がオフィス・ヤマザキの山崎社長は多方面に人脈を持っているから、こういったことにも役立ってくれる。さ、どうぞ、だなんて、らしくもなくドアを開けてくれる本橋くんにうなずいて、車から降りた。

「花見弁当はないけど、外で晩飯ってのはちょっと寒いだろ。あとでうまいものを食いにいこう。予約もしてきたよ」
「今夜はとことん気が利くのね」
「ま、たまにはね」
「ああ、だけど、それだったら衣装も気を使いたかったな」
「前にも言わなかったか。山田は仕事着が山田らしいって」
「そうだっけ」

 これだけ見事な桜の華やかさの前では、人間の女なんて点景にすぎないのかもしれない。花を揺らす風、花びらが舞って世界を幻想的な薄ももいろに染める。こんなときにはもう言葉はいらないから、肩を抱き寄せる彼の手に身をまかせてみた。


MIE/33歳/END








 
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~ Comment ~

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う~む、幸せそうな二人ですね(*^-^*)。
花の華やかさと同じぐらい慎ましい雰囲気もあり良い文章ですね。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。
桜は大好きですから、この季節、桜がテーマのストーリィをアップしたくなります。

はい、このふたりは幸せです。
そういう雰囲気が伝わっていましたら、とても嬉しいです。
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