ショートストーリィ(しりとり小説)

79「ニートな彼」

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しりとり小説79

「ニートな彼」


 居酒屋チェーン、「ヤードバーズ」。S支店は店長の村上のみが正社員で、あとは若いアルバイトが大半だ。仕事を教え込んで一人前になったと思うと簡単に辞めてしまう若者も多くて、今日も村上はアルバイト募集に応じてきた青年と面接をしていた。

「木村章くん、十九歳。フリーターだね?」
「はい」
「遅番の時間がいいんだね」
「はい、俺、朝起きは苦手だから……夜更かしも苦手だけど」

 学生でもなく就職もしていない。そんなことで将来はどうするんだね? と説教したくなるのをこらえて、村上は質問した。

「うちの店に応募してきた動機は?」
「店の名前が気に入りました」
「……ああ、そう」

 意味不明ではあるが、人手不足のおり、贅沢は言っていられない。一応、追って連絡するからとは言ったものの、実質は即決だった。

 三日ほど後にはアルバイトとしてスタッフの一員となった木村は、自分でも言っていた通りに夜更かしが苦手であるらしい。隙あらばさぼって居眠りをしている。
 夜遅い時間なのに寝坊して遅刻はする。こんな時間に寝ていたとは、昼間はなにをやっているのだろうか。他のアルバイトに訊いてみると、木村はロックバンドのメンバーなのだと言っていた。

「ロックって……そんなものにうつつをぬかしてまともに就職もしない。そういう若いのは時々いるけど、歳を取ってから困るのは自分なんだよな。わかってないね。木村くんがうちの店の名前を気に入ったってのはどういう意味だか知ってる?」
「ヤードバーズってロックバンドがいるらしいですよ」
「そんなつまらない理由か」

 動機はなんだっていいが、木村はミスが多すぎる。客にクレームをつけられると反抗する。注意するとふてくされる。常に注意力散漫で、店長の叱責も頭に残っていないから、同じミスをする。説教をするとじきに辞めてしまう若者の典型が木村なのだろうから、我慢していたのが耐えられなくなった。

「もうすぐ二十歳になろうっていうのに、アルバイトでしのいでるってのがそもそも間違ってるんだよ。きみみたいなのをニートって言うんじゃないのか」
「ニート?」
「日本には広がっていない言葉みたいだけど、イギリス発祥だったかな。働かない、学校に行っているわけでもない、自分の向上のためになんの努力もしていない。きみみたいな若者を言うんだ」

「俺、バイトしてますけど」
「バイトなんて駄目だ。僕のように正社員になって苦労しなくちゃ、人は一人前にはならないんだよ。きみはニートではないかもしれないが、ニート予備軍ってところだろ」
 
 散々に諭してやったのを聞いていたのかいなかったのか、木村は不満顔をしていた。
 それから村上は、S支店よりも大きな支店に栄転して、木村とは会うこともなくなった。一年後に訪ねていったときには木村はいなかったから、本物のニートになってしまったのかもしれない。

 あれから十年ほど経っただろうか。現在の村上は新規開店した郊外の「ヤードバーズ」店長である。ふたりの子どもも中学生と高校生になり、パートで弁当屋に勤務する妻と四人、住宅ローンや子供たちの教育費のため、夫婦で日夜がんばっていた。

「いいわねぇ、この曲。日ごろのストレス解消になるわ」
「おまえにストレスなんかあるのか?」
「あるに決まってるでしょ。ちょっと黙っててよ」

 休みの少ないサービス業の父親がたまに夕食をともにしていたというのに、子どもたちはろくに話もせず、食べ終えるとさっさと自室に引っ込んでしまった。妻はテレビの歌番組を見ていて、村上が話しかけるといやな顔をして録画をセットした。

「男の歌か。つまらないな。俺は女の子の歌のほうが好きだよ」
「あなたも歌なんか聴くの?」
「積極的には聴かないけど、どうせだったら女の子の声のほうが好きってだけだ。歌手なんてものは、女の子が若いころにアルバイト感覚でやる程度の仕事だろ」
「すごい偏見」

 お茶をすすりながら、村上はテレビに目をやった。
 テレビには男のグループが映っていて、フォレストシンガーズよ、と妻が教えてくれる。そんな奴ら、いたっけな、程度ならば村上も知っている。

 平素はテレビなんか見ない。家に帰ると入浴して食事をして眠る。村上には睡眠がいちばんの娯楽だ。 本も読まない、音楽も聴かない、スポーツ観戦にも興味はない、仕事で酒を扱いすぎているので、家でまで飲む気にはならない。たまにパチンコに行くと金の無駄だと思ってしまう。

 無趣味な俺が仕事に生きているから、家族が平穏に暮らせるのだ。表立っては感謝もしてもらえないのは、父親の宿命だろうと達観している。
 その点、歌手なんて奴らは気楽でいいな。見れば三十歳前後だろうか。グレイのスーツを着た男たちの顔が、交互にアップになった。

「あんまりたいした顔、してないな」
「顔はそれほどでもないけど、かっこいいでしょ」
「そうかぁ」

 黙っててと言った妻は、録画したからもういいのか。夫と会話をするのも珍しいせいか、楽しそうな顔になってきた。

「なんたって声がよくて歌もいいのよ。今度、コンサートに行こうかって、パート先の友達と相談してるの」
「高いんじゃないのか。テレビで見てりゃいいのに、無駄だろ」
「ケチだね」
「……あ? あー」
「なに?」

 画面が全員のロングショットになる。男たちは五人いて、中央にいる男が身長も中間ぐらい、彼の左右には長身の男がいて、両端には小柄な男がいる。妻と喋っているうちにフォレストシンガーズの歌が終わってCMになったので、村上は録画を止めて画面をバックした。

「あ、あ、こいつだ」
「なに? こいつって木村さん?」
「やっぱこいつ、木村だよな。あのころはニートって言葉は日本では使われていなかったのを、俺は知ってたんだよ。木村に教えてやったんだ。きみもそのままじゃニートになるぞって」

 なんで止めるのよ、と文句を言っていた妻が、それがどうしたの? と問い返した。

「俺がS支店の店長になったときだ。店長になったのははじめてだったからS支店は記憶に鮮やかなんだ。木村がいたんだよ」
「あなたの店に?」
「ニートで、アルバイトしてたんだ」
「アルバイトしてたらニートじゃなくない?」

 よみがえってくるのは、小柄で細くて仕事ができなくて、いつも眠そうにしていた木村章。彼についての愚痴は妻にもこぼしたはずだが、妻も夫の話をろくに聞いていなかったのか、木村なんて名前はどこにでもあるのも重なって、覚えていない様子だった。

「よく叱ってやったんだけど、身についてなかったみたいだな。フォレストシンガーズって売れてないんだろ」
「なかなか売れなかったみたいだけど、最近はけっこう売れてるよ。私の友達にはファンが多いみたい」
「おばさんに人気があるのか」
「だったらなんなのよ」

「いや、いいんだけどさ、歌手なんてものは……こんな保証もない仕事は……木村って結婚したのかな」
「木村さんは独身らしいよ」
「ほら見ろ」

 なぜか、勝ったという気分になった村上に、妻が言った。

「だけど、売れてる歌手は収入がいいんでしょ。木村さんはあなたよりもずっと若くてかっこよくて、年収はあなたの何倍なんだろ」
「それほど……それほどよくもないだろ。税金だって莫大だろうし」
「収入が多いほど税率が高いんだよね」
「税金なんてたくさん取られるのは馬鹿馬鹿しいじゃないか」
「そりゃそうだけど、考えようよね」

 どう言ってみたところで、現在の木村章は村上よりも収入が多いだろう。勝利気分はするするっとしぼんで、ぎゃふんかな、と言いたい気分になっていた。

次は「れ」です。

「主人公について」

蛇足ながら、小さなストーリィの各主人公について補記しておきます。
フォレストシンガーズの木村章がフリーター時代にバイトしていた、居酒屋の店長さんです。
村上さん、そのせつは章がご迷惑をかけました。著者からお詫び申し上げます。






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~ Comment ~

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本音と建前って大切なんですよね。
そこを使い分けられない人は坊やなんですよ。。。
( 一一)。

仕事はきっかりやる。
誰にも文句を言わせない。
言っても言い返す。
ニートの坊やは見込みはある。
後は努力次第かな。
いいなあ。リフレッシュできる場面でした。

LandMさんへ

いつもコメント、ありがとうございます。
まあ一応、章はニートではなかったのですが、一所懸命妻子のために働いている中年男性から見れば、ロックバンドやってるアルバイトなんてニートに近いかな、ということで。

私はこれを書いていて、主人公に同情していました。
人生って不公平だなぁ、と思うのは、私は主人公寄りのなんの才能もない人間だからなんですよね。
才能があって、それで収入のあるひと、もちろんそれはとてもとても大変でしょうけど、そんなひとがとてもとてもうらやましいのでした。

本音と建て前、たしかにね。大人はきちんと使い分けができないといけませんよね。
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