ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「ろ」

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フォレストシンガーズ

「驢鳴犬吠(ろめいけんばい)」


 チケットがソールドアウトし、コンサートホールの客席が埋まる。立錐の余地もないほどにぎっしり入ってくれたお客さま。その威容は我々の勲章だ。
 威容と呼ぶのは大仰なのかもしれないが、デビューしてから十年、そのうちの五年は超苦節だった我々としては、舞台の袖からちらっと覗いてみた客席が満員なのは、じーんとするほどの感動なのである。

 初のソールドアウトはデビューしてから六年ほどすぎたクリスマスライヴだった。あれから徐々にチケット売り切れのライヴが増えていき、今では大き目のホールだって満席にできる。俺たちも出世したじゃん? じーん、じじじーーん、ってなものなのだ。

「これで何枚目のアルバムかな?」
「十周年記念アルバムですか? デビューしてから一年半ほどしてようやくファーストアルバムをリリースさせていただいて、それからはほぼ一年半に一枚のペースでしたから、今回で七枚目です」
「だんだん売れるようになってきたんでしょ」
「ええ、おかげさまで、ファーストアルバムにさかのぼって売れたりもするようです」
「そりゃそうだよね」

 打ち上げ会場で乾さんと話している初老の男性は、評論家の団三郎氏だ。ダンって、大学の先輩である実松さんの弾と字は違うけど、同じ音だなと思って俺もその名前を覚えた。
 ベテラン音楽評論家。俺たちはあまり関わりのない立場だが、打ち上げに来てくれているのだからありがたい。俺は彼に会釈をして近くに立った。

「やぁ、三沢くん」
「いらして下さってありがとうございます」
「ライヴも聴きましたよ」
 
 団さんは俺には鷹揚に笑いかけてから、乾さんに向き直った。

「僕もきみらのファーストアルバム。はじめて聴いたときから気に入ったんだよ。きみたちは二十代半ばで、実績もなかったし有名でもなかった。フォレストシンガーズか、日本にもこんなに実力のあるヴォーカルグループが出てきたんだ。前途は明るいなって思ったものだよ」
「……ありがとうございます」
「そう思ったからほうぼうでプッシュしたんだけど、売れなかったね」
「発売当初はまったく、鳴かず飛ばずってやつでしたね」

 どうして無口になって近くに立っていたのかといえば、乾さんの態度が気になったからだ。乾さんは目上の方にはいつだって慇懃で、腰も低く丁重にふるまう。団氏が相手でも表面上はその通りなのだが、どことなし空気が冷やかなのだった。

「きみたちは時代のほんのちょっと先を行っていたのかな。それを見通せる者は希少だったんだ」
「団先生はその数少ないおひとりだったと」
「そうだよ。わかってるじゃないか」
「ありがとうございます」

 にこやかに微笑む乾さんの目は笑っていない。こんなときの乾さんの真意を見抜けるのは、美江子さんか俺くらいのものなのではないだろうか。現在の乾さんに恋人がいるのかどうかは知らないが、彼女にだったらわかるのだろうか。
 心からはにこやかではない。内心にクールな風が吹いている。長年のつきあいで乾さんの裏を読むのにも長けた俺にはわかるが、はたしてその心は? 深い理由は不明だった。

「いいものはいいんだよ。いいものはわかる者にしかわからない。だからこそ僕も、こうして長いこと第一線で活躍できているんだね」
「おっしゃる通りですね」
「いやぁ、今日はいい気分だ」

 わっはははっ、と団さんが豪快に笑う。彼が離れていってしまってから、俺は乾さんに視線で問いかけた。なにを考えながら彼と会話していたんですか?

「驢鳴犬吠」
「ろめいけんばい?」
「驢馬が鳴き、犬が吠える。取るに足りない、聞くに足りない」
「彼のあの台詞が? きついこと言うんだな」
「あとでな」

 もうひとつ意味がわからないでいる俺から、乾さんも離れていってしまった。

 打ち上げが終了すると、各自、ホテルの部屋に引き上げる。今日は関西でのライヴツアー最終日で、大阪でのライヴがすんで一旦打ち上げ、その後は打ち上げ会場の上階にある部屋で眠る段取りになっていた。

 章は酔っぱらっちまって、シゲさんに肩を借りて部屋に戻ったようだ。本橋さんと美江子さんはまだ関係者と話し込んでいる。俺は酔ってしまうと、乾さんの言った「あとでな」が守れなくなりそうなので、適当に切り上げて乾さんの部屋のドアをノックした。

 部屋に入ると、これ、と言って小型のノートを渡された。スクラップブックであるらしく、フォレストシンガーズのライヴやシングル、アルバム、ラジオ番組などに関する評を切り抜いて貼ってあった。開かれたページにはこんな記事があった。

「新人と呼ぶにはデビューからの日時は長いのだが、このたびのアルバムが初なのだから、新人のくくりに入れてもいいだろう。

 彼らのアルバム「愛から恋へ」を聴いてみた。
 仕事であまたアルバムを聴く。仕事でもなかったらこんなもん、聴いてられるか、というようなレベルのものもよくある。「愛から恋へ」を聴いての感想も同様であった。

 フォレストシンガーズの諸君、きみたちにこの言葉をささげよう。
 「驢鳴犬吠」、読み方と意味は辞書を引いてくれたまえ」

 署名は団三郎、日付は八年ほど前だ。
 乾さんってば執念深い……こわっ。

「こういうのはみんな、今に見ていろ、その口を閉じさせてやる、後悔させてやる、謝罪させてやる、面と向かって言ってはくれなくてもいいけど、心の中では、俺がまちがってたって降参させてやる。そのための発奮材料にしようと思ってスクラップしてたんだ。こういう悪口っていうのか、批判の評論だって、目についたら切り抜いてたよ。このころだとフォレストシンガーズを取り上げてくれているだけで、悪口だって嬉しかった。こんなふうに馬鹿にしたような論調だって、注目してくれたってだけでも嬉しかったんだよ」

 ベッドに腰掛けて煙草をくわえて、乾さんは淡々と続けた。

「だけど、発言した本人は忘れちまってるんだな」
「そのようですね。よくも恥ずかしげもなく言ってくれるよって感じ」
「彼が詫びたわけじゃないけど、俺はこの古い前言を撤回してくれたんだと受け取っておくことにしたよ」
「そのわりに目がつめたーかったですよ」
「そうかぁ?」

 とぼけてはいるけれど、乾さんは団氏を嫌いな奴認定している。本人たちのひとり、今の俺が聴いたって、八年前のファーストアルバムはクォリティが高い。決して自画自賛だけではなく、当時は無名だった我々のアルバムが今さら売れてきているのもその証明だろう。

「ミーハーファンが、フォレストシンガーズのアルバムだったら全部ほしいって言って買うんだろ」
「そう思うんだったら、おまえも聴いてみろよ」

 男性ファンが友達に言われて聴いてみた、たしかに唸った、たいしたもんだ、とフォレストシンガーズのファンサイトにだって書き込みがあった。

「この切り抜き、団さんに見せないんですか」
「俺はそこまで意地が悪くはないよ」
「ええ? そうなの? 意地が悪いからこそ乾隆也なんでしょ?」
「勝手に言ってろ」

 こんなことを言ったら嫌われるかな、俺が乾さんの彼女だったとしたら、そんなふうに気を遣ったかもしれない。そんな気を遣う必要もない、後輩でよかったのだろう。勝手に言ってろと笑われて、勝手に言ってても、乾さんは俺を好いていてくれると信じられるから。

END








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~ Comment ~

NoTitle

ストリートで曲を聴いていると、またそれはまたCDとは違う感触がするんですよね。私は時折ストリートだと1000円ぐらい出すときがありますね。そういうひと時があっても良いとゆとりは大切だなと思います。そういうのが、多分シングル・アルバムとなっていくんでしょうね。
…きょうはふつうのコメントでしたね。

LandMさんへ

LandMさんの着眼点はいつも楽しくて、コメントも楽しませていただいていますよ。
いつもありがとうございます。

ストリートとおっしゃいますと、ストリートライヴかな?
ライヴとCDはほんとに全然ちがいますよね。CDだと歌や演奏が上手なのに、生だとがくっと落ちるひともいたりして。日本のミュージシャンにはけっこういる気がしますね。

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