ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS春物語「大阪春の陣」

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フォレストシンガーズ

「大阪春の陣」


 視界いっぱいに広がる肉塊。もとい、肉体。これが女性の裸体ならば、多少ぽっちゃり具合がすぎても愛らしいのかもしれないが……いやぁ、すごい。生で見るのははじめてだ。

「お義兄さん、大阪に行かれるんですってね。雅美から聞きました。その日は僕も大阪出張なんですよ。お会いできませんか」
「いいですよ。前の日だったら夕方からつきあえます」

 電話をしてきたのは上の妹の夫、俺から見れば義弟にあたる高原義時だ。
 こいつは数年前、浮気騒ぎを起こしている。雅美がわざわざフォレストシンガーズがライヴをやっていた名古屋までやってきて、シゲさん、本橋さん、相談に乗って下さい!! と打ち明けたのだ。

 兄貴の俺は独身だから、既婚のシゲさんと本橋さんに頼りたかったらしい。女性の意見は散々聞いたのであろうから、既婚男性のアドバイスがほしかったようだ。
 とはいえ、本橋さんもシゲさんもそういうのには疎いから、結局は乾さんが親身になって雅美の相談に乗ってやってくれた。

 子どももいる男はそうたやすくは離婚しないんだから、雅美ちゃんも夫を愛しているんだったら待て、静観していろ、という月並みな結論に落ち着いた。
 それからどうなったのかは、雅美が言わないから聞かない。うちの両親や下の妹の輝美にしても、雅美から聞いているのかどうかも知らないので俺は言わない。どうやらもとに戻ったようだが、そもそも高原は浮気をしていたのかどうか、俺はそれも確認はしていない。

 したがって、彼が言わないのなら俺は永遠に口にしない。とぼけているのか単なる妻の疑惑にすぎなかったのか、今回もふたりきりで会っても高原はその件には触れず、チケットを二枚取り出したのだった。

「取引先の方にもらったんですよ。義兄さん、ご一緒しませんか?」
「明後日だね。この日だったらオフだから、もう一日泊まったら行けますよ」
「行きましょう、ぜひ」

 ということになってふたりしてやってきた、大阪府立体育館。俺は目の前の肉塊に圧倒されていた。

「誓雅が好きでしてね」
「ああ、そう言ってたっけ」

 セイガとは、義時と雅美のひとり息子、二歳、俺の甥である。
 東京場所だったら息子を連れてきてやれたのに、と残念がっている高原は、いかにも父親の顔をしていた。
 迫力満点の大相撲はつまらなくはなかったが、男の巨体、裸体に食あたりしそうになった。義時は息子のためにパンフレットなどなどのお土産を買い、俺もシゲさんちの広大と壮介と、下の妹の輝美の息子のために、相撲取りの人形を買ってやった。

「北杜くんに渡すように、雅美に言っておきますよ」
「よろしく。飲みに行く?」
「時間はいいんですか」
「もうちょっと遅い時期だったら、夜桜見物で酒ってのもオツなんだけど、花はまだ咲いてないよね。言うまでもなく俺のおごりで、行きましょう」
「……ごちそうになります」

 妹の夫たちとは、俺はさして交流はない。妹たちとだってめったに会わないし、甥たちにもたまに会うと、ユキおじちゃん? 誰? といった顔をして見られる。なのだから、まあ、いい機会だからコミュニケーションをするつもりだった。

 大相撲春場所が行われる大阪府立体育館は、大阪の繁華街ミナミの真ん中にある。この付近は歓楽街で飲み屋もいっぱいある。義時は大阪には仕事でたびたび来るとのことで、行きつけの飲み屋に案内してくれた。

 すこし冷える夜だから、鍋を頼んで日本酒でさしつさされつ。こうしていると、雅美からの報告を聞いた日を思い出した。

「結婚するんだよぉ。プロポーズされちゃった」
「おまえ、彼氏がいたのか?」
「いるよ。同じ銀行のひと。お兄ちゃんとはちがって背が高くて、前途有望なエリートなの。あたしは短大卒だから、一流大学出の高原さんにはふさわしくないかもしれないって悩んだんだけど、どうしても雅美ちゃんと結婚したいんだって。そう言われたらぐっと来ちゃうよね。高原さんはお兄ちゃんとはちがって理知的で頭が良くて、お兄ちゃんとはちがって顔もよくて……」

 お兄ちゃんとはちがって、を頭にくっつけて、彼の賛辞を並べ立てていた妹。俺はふたりの結婚式ではじめて高原義時に会った。

「あんなのをもらってくれる男がいたってだけで、俺は高原くんに感謝してますよ」
「幸生は実は、雅美ちゃんが結婚するのが寂しいのか?」
「乾さん、あなたは兄と妹というものを美しく考えすぎです」
「そうかな」
 
 そんな会話も想い出に残っている。
 そうして人の妻となった雅美は、人の母ともなって幸せに暮らしていたはずだ。ただひとつひっかかるのは浮気騒動。口にはしないが、あれは本当だったのか? との念を込めて義時を見つめてやった。

「なんですか?」
「いやぁ、義時くんっていい男だよね。もてるでしょ」
「もてませんよ」
「俺、癖なんだ。男を見るともてるかどうかを知りたくなる。もてますよ、ってほざく野郎も俺の業界にはいるけど、サラリーマンはもてても言わないよね」
「義兄さんの業界にだったら、もてる男はごろごろいるでしょうね。義兄さんだってもてるでしょうに」
「まぁ、もてますよ」

 いいですね、と義時は無邪気に笑う。彼は雅美と同い年なので、俺よりはひとつ年下だ。年子の妹の場合は兄よりも年上の男と結婚することもあるだろうから、義時が年下でよかった。体育会系合唱部の躾を受けた身としては、年上の男には上から目線ができにくいのだから。

「結婚してる男はむしろもてるって聞くんだけど、義時くんの経験はどう?」
「もてませんよ。子持ちで金のないおっさんなんですから」
「どこがおっさんだよ。きみはすかっとしてるじゃん。金は自由にはならないだろうけど、貢いでくれる女とか、いるんじゃない?」
「いるわけないでしょ。それより義兄さんのもてた話、聞かせて下さい」
「あ、ああっと……」

 あやうくごまかされるところだった。俺は腹に力を入れて言った。

「結婚してから若い女の子に言い寄られたり、それとなく告白されたり、今夜は帰りたくないわ、って態度を取られたりってこと、あるだろ? 俺は歌を作るんだから、そういうのって参考にしたいんだよ」
「僕にはありません。義兄さんの実体験を歌にすればいいじゃありませんか」
「俺の経験って一般的じゃないからさ」
「一般的ではない経験ってどんなのですか?」
「……言わない」
「言って下さいよ」

 いくぶんかは酔ってきているはずだが、義時は口を割らない。こいつは章よりは数倍手ごわいようだ。
 それももっともな話で、鈍感ってわけでもなさそうだから、妻の兄に探りを入れられていると感じているようでもある。なんだか肩が凝ってきた。

「これからだよね。いい話があったら聞かせて」
「これからはますますありませんよ。一直線におじさん度を増すんですから。それより義兄さんは? 一般的じゃない女性の話、聞きたいな」
「俺だって、きみが想像するほどにはないもんなんだよ」
「ほんとに?」
「ほんとに」

 そっちがそうならこっちだってこうだ。こいつは俺の妹の夫。俺が普段の調子で男友達に話すような内容のもて話でもしたら、雅美に筒抜けになる。雅美から輝美にも伝わって、お兄ちゃんったらっ!! そんなことやってるから結婚もできないのよっ!! と金切声で責められる。

 下手をしたらおふくろにも伝わって……ううう、やだやだ、やめてくれ。
 想像力はある俺は、家族に関する悪い想像ばかりしてしまって、悪酔いしそうだ。目を閉じると昼間に見た、男の肉塊が浮かぶ。今夜の酒が気持ちよくはならないのはしようがないのかもしれなかった。


END








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