番外編

番外篇103(あかさたな)

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番外編103

 このシリーズは五十音の各段ごとに、その文字が頭にある単語を使っての寸劇です。
 一部BLもありますので、ご注意下さいませ(^^;

thかな



「あかさたな」


1・妖しい・千鶴

 不可解な心の動きに従順に、身体も動いて哲司と関わった。おおっぴらにこんな態度を取り、こんな生活をしている男の子は周囲にはいなかったから、新鮮だったのもある。

「哲司の両親ってどんなひと?」
「普通だよ。ふたりとも公務員で、島の役場で働いてた。ふたりともに役職っていうのかな。だから忙しくて、息子はほったらかしにされてたんだよ」
「ほったらかして育てるとこうなるのかな」
「さあね」

 ねえ、聞いて、私は子ども嫌いだったのよ、出産してみたら治るのかと思っていたけど、やっぱり子どもは嫌い、自分の子でも嫌い、千鶴は嫌い。
 そう言って、母は私を捨てて家出した。父も私を義務感だけで最小限育てたにすぎないから、叔父夫婦がかまってくれなかったら、私も哲司みたいになっていたんだろうか。

「千鶴、寝る?」
「それってどういう意味?」
「こういう意味だよ」
「……きゃっ」

 スリルを楽しみたいのと暇つぶしとで、哲司のマンションに遊びにくる私もいけないのだろう。乾さんに知られたら叱られるかもしれないから、哲司も言っていないようだ。
 ここは哲司のマンションというよりも、正しくは哲司の同棲相手、田野倉ケイさんの自宅だ。マンションも哲司もケイさんの持ち物なのだそうで、哲司はケイさんの所有物と呼ばれるのが嬉しいらしい。ケイさんがそう呼んでいるのではなく、哲司が自称しているだけのようにも思える。

 こういう意味さ、と言って、哲司が私を抱き上げる。抱き上げておいて、うっ、重い!! 腰をいわしそうだっ!! と叫んで私をわざと落っことす。痛ぁい!! と叫ぶと玄関のほうで物音がした。

「わっ、ケイさんが帰ってきたよ。千鶴、どこかに隠れろ」
「……こんなことしてたって知られたら、哲司のお尻も痛くされちゃう? 嬉しいんじゃないの? あー、哲司、ケイさんが帰ってくると知ってて、時間も見計らっていたずらしてたんでしょ。そんな悪い子はケイさんにお仕置きをしてもらえばいいのよ。隠れないからね」

 隠れたって無駄だし、お仕置きされるのも嬉しいみたいだし、馬鹿馬鹿しいともいえる。私は哲司がケイさんに痴話喧嘩をしかけるのに加担しただけ。

「なにやってんだよ? おや、千鶴さん、来てたんだね」
「こんばんは、お邪魔してます」

 そらぞらしい挨拶をかわしていると、哲司が叫んだ。

「千鶴が闖入してきたから追い出そうとして、抱え上げたらぎっくり腰になっちゃったんだよぉ。ケイさん、こいつを追っ払って!!」
「千鶴さん、送っていきますよ。おまえはあとだ。おとなしく待ってろ」
「ケイさんったら、千鶴には親切なんだから」

 こうなったら帰るしかない。ケイさんは女には一切興味がないようだから、深夜に車で送ってもらってもひとかけらの危険もないはずだ。
 馬鹿馬鹿しいことをしちゃったな、と後悔しながらもケイさんに従う。哲司の部屋の電気が消される。闇の中で振り向くと、哲司の目が野生動物のように光っていた。


2・可愛い・泉水

 出産願望はないのだが、赤ちゃんを見ていると自分の相好が崩れてくるのを感じる。私にも母性本能ってあるんだろうか。
本庄繁之、恭子夫婦の第一子、広大。「こうだい」と読む。笑ってしまいそうなほどに父親に似た赤ちゃんだ。

 三重県の郡部で近所の子同士として生まれたシゲと私は、小学校から大学までが同じだった。高校までは地元だったのだが、大学はふたりで語らって決めた東京に出ていった。そんな仲の女友達が夫にいると知ると、敵対視する妻もよくいるようだが。

「泉水さん、いつもシゲちゃんがお世話になっています。これからもよろしくね」
「こちらこそ。私は一度、離婚してるんだけど、恭子さんたちは幸せに暮らしてるよね。すべてが恭子さんのおかげだよ」

 満面の笑みを見せてくれた恭子さん。彼女の笑顔には曇りも邪心もなかった。シゲが結婚すると知って嬉しくて、そのくせ、ちょっとは腹が立った自分の汚い心を私も反省した。

 そんなふたりの間に生まれた、愛の結晶。赤ちゃんっていいものだな。私は産みたくないけど、この子を甥のように思っていいかしら? ねぇ、広大、迷惑? あんたは外見はお父さんそっくりで、中身はお母さんそっくりに育つといいね。

 
3・爽やか・美江子

 嫌いではないが、憎らしい奴というのはいるものである。親しくなるにつれ、恋愛感情ではなくても彼は好き、なのに憎たらしい、との思いは高まっていくばかり。私は別に乾くんに悪いことをされたわけでもないのに。

 むしろ、彼にはお世話になっている。
 大学生のときにはいやらしい先輩にからまれていたら、いきなりあらわれた乾くんがそいつを口でたぶらかして撃退してくれた。

 フォレストシンガーズの乾隆也とマネージャーの山田美江子という立場になってからだって、いくつもいくつも乾くんに救われた場面があった。
 ひとつずつ思い出すと悔しくなってくる。私は乾隆也が決して嫌いではないのに、友情だったら感じているのに、なぜ?

「美江子さん、乾さんは?」
「今日は彼らは休みよ。それに、彼らは事務所には顔は出さないけど?」
「なーんだ、つまんない。つまんないったらつまんない。美江子さん、乾さんを呼び出してよ」
「休みの日には私は関知しません」

 彼らは休日だが、私は事務所に出勤して事務仕事をこなしている。そこにあらわれて駄々をこねているのは、新人歌手の小春ちゃん。ほっそりした長身が流行している昨今にさからうためとかで、受けを狙ってふっくらタイプの彼女を売り出そうとしている。彼女の事務所社長はうちの社長と親しいそうで、小春ちゃんが挨拶に来て以来、乾くんに恋をしてしまったらしい。

「美江子さんってケチよね。実は美江子さん、乾さんに恋してるんじゃないの?」
「してません。私には恋人はいるのよ」
「恋人って古くない? 美江子さんっていい歳だよね。その歳で彼氏なんてできるの? あ、わかった。シゲさんでしょ」
「なによ、その理屈は」
 
 だってね、と小春ちゃんは言った。

「美江子さんは三十歳をすぎたおばさんじゃん」
「私はまだ二十代です」
「三十近いでしょ」
「……まあね」
「そんなおばさんに彼氏って、そんなおばさんを彼女にしたがる男なんて、もてない奴に決まってるんだもん。そしたらシゲさんだよ」
「……返事をする気になりません」
「シゲさんじゃないの? だったら五十くらいのおっさん?」
「あなたに答える必要はありません」

 どうしてよぉ? と小春ちゃんはしつこく食い下がる。私は忙しい、忙しい、と呟いてノートパソコンを覗き込む。メールチェックをしていると、こんなのを見つけた。

「美江子さん、乾さんのスケジュールを教えて。乾さんには内緒だよ。内緒で教えて。
 だって、会いたいんだもん。会いたくて会いたくてたまらなくて、ノンちゃん、夜も眠れないの。
 今度、ノンちゃんは仕事で韓国に行くんだよ。そしたら美江子さんに韓国コスメをいっぱい買ってきてあげる。だから、ノンちゃんのお願いを聞いて」

 私はコスメなんかで買収されません、とメールに声に出して返事をして、削除した。
 実際に訪ねてきた若いシンガーも、ノンちゃんとか言っている、私よりも年上のはずの女優も、乾さん乾さんって、どこがそんなにいいの? つきあってみたら……うーん、つきあってみたら、もっと好きになるのかもしれない。

 ごめんね、ミエちゃん、迷惑かけて。適当に撃退しておいて。
 そう言いそうな乾くんの顔が浮かんで、あなたのその顔が憎らしいのよ、と言い返す。もしかしたら私、もてすぎる乾くんに嫉妬しているんだろうか。異性なのに? 


4・たくましい・恭子

 男性を我が家にお招きするのははじめてではないが、はじめてのふりをしておこう。シゲちゃんはやきもち妬き傾向があると知るようになっているので、言わぬが花ということもあるのだと思っていた。

「はーい、いらっしゃいませ」
「こんばんは、本日はどうも……」
「堅苦しい挨拶はいいから、上がって」
「これ、お土産」

 照れくさそうな顔をして、シゲちゃんが私のアパートに上がってくる。この部屋にたったひとりでやってきた男性もいたけれど、結婚が決まった相手としてはシゲちゃんが初だ。

「ありがとう。なあに、これ?」
「鍋をするって言ってたから、カニだよ」
「きゃっ、カニは高くて買えなかったの。嬉しい」
「上等なカニでもないけど、たくさん食べて」
「うん、ありがとう」

 とりあえず冷蔵庫に入れておこうと、キッチンに行く。冷蔵庫の中は今夜の料理の下ごしらえをしたものや、明日の朝食の材料で満杯だ。カニが入らないので、野菜室に入れてあった、父が持ってきてくれた梅干し容器を引っ張り出そうとした。

「うっ、重い。うわ、これって忘れてたわ。全然食べてないから減ってないし……重っ、動かないじゃないのよっ」

 この部屋に入ったことのある男性のひとり、実の父が持ってきて冷蔵庫に入れていったので、こんなに重いとは知らなかった。私は運動家なのだから、こんなものを重いと言っていてどうする。がんばって引っ張り出そうとしていたら、横から手が伸びてきた。

「ほんとだ。こりゃ重いよね。これはどうするの?」
「……シゲちゃん?」
「ああ、ごめん。重いって声が聞こえたからさ。どこへ置けばいい?」
「シゲちゃん……」
「恭子、どうしたの?」

 涙が出てきちゃったのは、シゲちゃんが力持ちだから。私だって女の子なんだから、重いものをこれからは無理して運ばなくていいんだね。力持ちの旦那さまに頼ってもいいんだね。そんなことが嬉しくて、じーんとしてしまっていた。


5・なつかしい・英彦

 十代のころから、彼女はわりあいぽっちゃりしていた。三十代になって働く主婦、二児の母になっている彼女は、ふくよかさに力強さも加わって、ニッポンの母、という風情になっていた。

「なによ、じろじろ見て。乃理子はおばさんになったって言いたいの?」
「まあ、俺もおっさんになったきに……」
「男はいいだろうけど、女はそうは言われたくないんだからね」
「そう?」

 ぷふっと笑うと、笑われるほど老けた? と彼女は心配そうに問い返す。老けたせいではない。それもあるけれど、そんなことで笑ったのではない。
 旧姓下川乃理子は、本橋さんの学生時代の彼女だった。本橋さんには彼女がいるんか、えいなぁ、と、俺はこのカップルを羨んでいた。

 なによなによ、とふくれっ面になる彼女を見ていると、あのころが思い出されてならない。
 若くて青くて、俺はけっこうかっこいいよな、と信じていたころ。都会の男に比べればかっこよさは足りないだろうけど、もとがいいんだからじきに本橋さんあたりにだったら追いつくさ、とうぬぼれていた。そしたらノリちゃんなんかよりも可愛い彼女だってできるさ。

 結局はちっともかっこよくもなれず、夢破れた中年になって、あのころの先輩の彼女と再会した。一時の俺ならばノリちゃんを口説きたくなったかもしれないが、人の妻を、婚約者のいる俺が誘惑したりはしない。

 ただただ、彼女を見ていると、あのころが思い出されるばかりだった。


6・華やか・隆也

「桜田さんってデビューなさったばかりですか?」
「いいや。下積みが長かったんだよ。最近になってようやく、桜田忠弘って名前が世間に浸透してきたかな」
「すると、ずいぶん若くしてデビューなさったんですね」
「そうでもないよ。二十代のはじめだから」
「あの、失礼ですがおいくつですか」
「失礼じゃないさ。三十六」

 がんっ!! と頭上から擬音語が降ってきた。
 すこし年上かな、と思っていた桜田忠弘は俺よりも十近くも年長だった。すると、彼はデビューしてから十年以上にもなるのか。男が若く見えてもしようがない、頭が悪いからだよ、と俺の祖母だと毒づきそうだが、彼の立場は若く見えたほうがいい。

 俳優かと思っていたら、もとは歌手としてプロになったのだという桜田忠弘。近頃売り出し中で脚光を浴びているから、デビュー間もない二十代の若者だと思っていて、念のために敬語で話しかけてみたのだった。

 背が高くて秀麗な顔をしていて、声が低くて演技も歌もベスト。芸能人としては非の打ちどころのない男だろう。俺の大学の先輩である星さんや金子さんも相当に容姿端麗だが、桜田さんのほうが癖のない分、万人受けしそうだ。

 これだけのルックスで、性格も明るいいい男だってのに、売れなかったとは……俺もそこに生息している世界は非情なものだ。
 しかし、今は彼はスターへの階段を駆け上っている。やはりルックスがいいって得だよな、俺たちもこんなふうだったらな、せめてフォレストシンガーズのひとりだけでも、桜田さんみたいな男だったらな、と嘆きたくなる。

 顔のいい章は背が低く、背の高い本橋と俺は顔はたいしたこともなく、幸生とシゲも人目を引くルックスではなく、というのも、我々が売れない一因か。落ち込みたくなってきた。

「フォレストシンガーズの歌、聴いたぜ。五人いるって強みだよな。俺はきみらが羨ましいよ」
「桜田さんに羨ましがっていただけるとは……」
「俺にも身に覚えがあるから言うけど、つらいよな。売れてないのはつらいって知ってる。だけど、めげるな。きみらは徐々にステップアップしてるんだ。いずれは……そう信じて励め」
「はい、ありがとうございます」

 経験者の言葉は、なによりも心強かった。


7・まぎらわしい・哲司

 愛されてるんだよ、と他人は言う。けれど、僕には信じられない。中年オヤジのケイさんに言葉にして、哲司、愛してるよ、と言ってほしいなんて求めないけど、態度であらわしてくれればいいのに。

「ケイさん、ただいま」
「ああ」
「久しぶりじゃない? 三日ほど会ってなかったんだから、なにしてたんだ? って訊かないの?」

 デスクに向かっていたケイさんが、僕の質問を無視して立ち上がる。僕の前を横切って寝室に入っていき、着替えをしている。ケイさんの背中に抱きつくと、邪魔っけそうに突き飛ばされた。

「仕事? ケイさんは僕よりも仕事が大事なんだよね。僕が朝帰りどころか、三日も留守にしてても叱りもしないんだ。どこでなにをしてた? って訊いてくれないんだ。僕のことなんかどうでもいいんだ。いいよいいよ、僕は出ていくから。わっ、なんだよっ!!」

 着替えを終えたケイさんが、片腕で僕を抱え上げる。これはついに僕が面倒になって、荷物みたいに抱えていって外にほっぽり出すつもりか? いいよいいよ、好きにすればいいよ。僕も意地になっていたら、ケイさんはずんずん歩いていって車のキーを開け、僕を放り込んだ。

「時間がないんだ。おまえのうだうだにつきあってる暇はないんだよ。車の中でだったら聞けるから、言いたいことがあるんだったら言え」
「……わがまま言ってもいい?」
「車でだったらひっぱたいてもやれるから、言ってもいいぞ」

 そのひとことで、僕の全身が溶け出していく。このまま車をホテルにつけて、なんて言って、ひっぱたかれたくなってきた。

 
8・優しい・蘭子

 今夜は帰らないといけないの? 寂しいな、とは言うものの、幸生くんはたいていは私の意見を通してくれる。キスしたがるから、そんなことをしたら帰れなくなっちゃう、と囁くと、我慢だってしてくれる。けれど、それって無責任だからじゃないの?

 まだ若いから結婚は考えられないと言うのは、幸生くんのほうはそうだろう。私は若いうちに結婚したい。このまま幸生くんとずるずるつきあって、三十代になってしまったらどうしてくれるの? 二十五歳までに結婚したほうが、絶対にいい相手をつかまえられるのに。

「だからね、お見合い結婚するの」
「……そっか。蘭子ちゃんがそう決めたんだったら、俺も従うしかないね」
「止めないんだね」
「俺には止める権利はないよ。蘭子ちゃん、好きだったよ」

 私だって好きだった、好きだったからつきあってたの。幸生くんとデートしたり、たまにはホテルに泊まったり、食事をしたり、歌を聴かせてもらったりするのは最高に楽しかった。

「行って。俺はここで蘭子ちゃんを見てるから」
「……うん、さよなら」

 恋ってこうして終わるのね。
 夜中に捨て猫を見つけて、どうしようかと迷っていた。そんな私に声をかけてきた見知らぬ男は、猫なんかほっぽってお茶でもしようよ、とナンパした。そこにまた声をかけてきたのが幸生くん。彼も私をナンパしたかったようだが、それ以上に猫を気にかけてくれた。

 猫好き同士で恋人同士になったから、よけいに楽しかった。
 あのとき拾って、うちに連れて帰ったノアールは元気にしているよ。私はノアールを連れてお嫁に行くつもり。

 結婚は現実だから夢みたいなことは望まないつもりだけど、これだけは譲れない。幸生くんと同じくらいに猫が好きで、幸生くんよりもはるかに責任感のあるひと。私はそんな男を見つけるから。


9・らしい・章

「だから、あたしはここで章と一緒に暮らしてるんだよ。他の女は立ち入り禁止っ!!」
「そんなの、あたしは聞いてないよ」
「あんたに言う必要もないからだよ。あんた、誰?」
「あたしが誰だかだって、あんたに言う必要ないよ」

 アパートの前でもめているのは、スーと知らない女だ。いや、知らない女ではない。ジギーのファンだと言って近づいてきて、一度か二度、寝たことのある女だ。これはまずいことになったかも?

 ジギーとは、女が四人、ヴォーカルの俺だけが男というロックバンドだ。俺は大学を中退してジギーに加入し、ベーシストのスーとも知り合った。
 楽器が女、歌が男というバンドは比較的珍しいので話題にはなっていたようだが、所詮はアマチュア。インディズレーベルにさえも相手にしてもらえないまま、ジギーは解散した。

 ロッカー志望のフリーター暮らしに戻ってうらぶれていたころ、スーと再会してつきあうようになった。一緒に暮らしているというほどでもないが、半同棲しているのは事実だ。

 そんなところにのこのこ訪ねてきた昔の女、昔の、というほどでもないが、まるで無関係というわけでもない。スーはどうするだろうか。名前も忘れた女はどうでもいいが、気の荒いスーが暴力沙汰でも起こしては大変なので、隠れて見ていた。

「章に会わせてよ。決着つけてもらおうじゃん」
「あんたは章に告白されたの?」
「寝ようって言われたよ」
「寝ようってのは告白じゃなくて、遊びましょ、ってのと同じだよ。あたしは章に、俺とつきあって、って告白されたんだ」
「つきあって、寝よう、どうちがうんだよ」
「心がちがうのっ!!」
「へんっだ」

 女ふたりの口喧嘩は、俺とは関係ないのだったら見ていて面白い。俺を取り合って罵り合うふたりの女を見物していた経験もあるが、今回はスーには本気なので、俺は内心で焦ってもいた。

「そんなのあんたの勘違いだろ。スーって勘違い女だったんだね。あんたみたいな貧相なちび、男にはもてないんだろ? 章にはじめて告白されて舞い上がってんの? 寝ようってのをちがう言い方して、つきあってって言っただけじゃん」
「あのときの章はマジだったんだよ」
「それが勘違いだっての」

 どうしようか。俺が出ていって、俺はマジだよ、スーとだけはマジだよ、と言うべきだろうか。そうしてみたらスーはどんな反応を示すのか。

「告白だったら何度もされたことあるよ。聞きたいんだったら今度ね」
「ここで言ってみなよ。言えないの、スー?」
「あのさ、ここって章のアパートの前なわけね。近所の住民だって聞いてるんだよ。こんなところではあからさまな話はできないの。あんたとこうやって話し合ってるのだって、聞き耳を立ててる人間がいるんだよ、きっと。そんなに話がしたいんだったら、どこかで会って話そうよ」
「……なんかそれって、章への思いやり?」
 
 よく言うぜ、スー。
 一週間に一度ほどは、つかみ合いの喧嘩をしてるじゃないか。大声で叫び合ってものを投げ合って、俺は冷静になると、近所の奴に警察を呼ばれるんじゃないかと思うほどのときもある。あんなことをしておいて、近所の耳が気になる?

 しかし、相手の女は急にしみじみして、スーってほんとに章が好きなんだね、だとか呟いている。俺もゲンキンにも嬉しくなってきて、あの女がいなくなったら、たった今、俺も帰ってきたような顔をして、ただいまってスーを抱きしめるのに、と考えていた。

 そうさ、スー、俺はおまえにだけは本気だよ。この胸いっぱいの愛をおまえに見せてやりたいくらいに本気だよ。


10・わずらわしい・真次郎


 彼女が本橋くんを好きなんだって、といった感じでお節介を焼いた山田がくっつけた、ゆかりと俺。俺もゆかりが嫌いではなかったので、特に告白したわけでもなくつきあうようになった。

「……これ、おいしくないね」
「そっか? ちょいと脂っこいかもしれないな。ゆかりが嫌いだったら俺が食うよ」
「本橋くんってよく食べるね。好き嫌いはないの? 嫌いな料理法とかってないの?」
「ないよ」
 
 七つも年上の空手をやっている双生児がいたから、ガキのころには好き嫌いなど言っているとおかずを全部兄貴たちに奪われてしまった。本橋家は生存競争も激しかったのだ。

 だが、ゆかりにはおとなしい妹がいるのみで、静かに育ったらしい。女にしては無口なゆかりは、文句だけは言うのだが、この細い身体からしても食欲は旺盛ではない。食事は俺と同様によく食う、男友達と一緒のほうが楽しい気もしていた。

「本橋くんって優しくないよね」
「……これ以上、どうしたらいいんだよ」

 優しくしているつもりなのに。ゆかりは俺を好きになってくれた女の子なのだから、荒っぽく接してはいけない。中学生のときに女の子とつきあって以来の彼女だから、大切に尊重しているつもりなのに、彼女の不満が俺には納得できなかった。

「具体的に言ってくれないかな」
「……わからない」

 そのひとことで、ゆかりは黙り込んでしまう。山田だったら機関銃を連射するかのごとく、具体的に俺に言葉をぶつけるのに。俺は山田なんかは女とも思えないけど、少なくともそういうところだけはゆかりよりも好きだ。

 しんねりむっつりして、気に入らないと黙りこくる。無口な女は扱いづらい。山田、こんなときには俺はどうしたらいいんだ? 俺がここにはいない山田に問いかけていると知ったら、ゆかりはいっそう怒るのだろうか。怒ってますます黙ってしまうゆかりを想像すると、肩が落ちていきそうだった。

END








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テンプレート

桜の季節が近づいてきました。
このタイプのテンプレが読んでいただきやすいのかな。
ということで、今春はこれです。
ここを見て下さった方、ご意見があればちょうだいいただけると幸いです。

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鍵コメSさんへ

反応して下さってありがとうございます。
季節ごとにテンプレートを変えるのは趣味のひとつなんですけど、黒っぽいのは読みにくいらしいとか、過去記事を捜しにくいのはよくないとか、ご意見もいただきますので、このタイプのノベルテンプレートが一番、読んでいただきやすいかなと思いました。

それでなくても読者さまはほんの少しなんですから、テンプレートが読みづらいとよけいに減りますものね。
時々、あまりの読みづらさに閉じてしまうブログも、たしかにありますから。
これからはこのタイプのテンプレートの中で、その季節らしいものを選ぶつもりです。

よそさまのサイトとコラボするのは、ほんとにかなり気を使いますね。
私はそういうのも好きですけど、お嫌いな方もいらっしゃるようですから、恐る恐る尋ねてみて感触を探るって感じもありますね。

これからもさまざまな方面で、試行錯誤かなと思っております。
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