ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS春物語「東風(こち)吹かば」

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フォレストシンガーズ

「東風吹かば」


 ハイヒールの踵の高さを省いても、彼女は背は高いほうだ。骨格もしっかりしていて華奢ではないが、細身で贅肉のない身体つきをしている。

 淡い茶色の軽いコートを羽織って、彼女は会場から出ていこうとしている。俺は彼女の長い髪の艶に見とれながら、あとから歩いている。声をかけようか、どうしようか、こんなときには歌手とはいっても売れない身なのがありがたいような、どこの馬の骨かもわからない奴だと警戒されてしまうのか、であるような。

 「古歌に親しむ」という名のついた、古典文学研究者たちの講演のゆうべだった。その道では有名な学者や歌人が複数で講演をする。梅の季節だからということで、「東風吹かば、匂いおこせよ梅の花、あるじなしとて春な忘れそ」の歌にちなんで、お茶とお茶請けの梅が枝餅が出されていた。

 年配の聴衆が多いのもあって、彼女は目立つ。それでも若い女性はちらほらとはいるが、二十代の男なんて俺くらいのものだろう。俺も目立っていたのか、外に出ると彼女が振り向いた。

「乾さん、お久しぶり……」
「は……? あの……」
「覚えてはれへんのやろか。そうかもしれんわな」
「関西の方ですか」
「そう。ねえ、乾さん、あそこの神社に梅が咲いてるみたいよ。見にいきません?」
「あ、あ、はい、喜んで」

 なんとなく彼女のうしろを歩き、声をかけたいなぁと考えていた。彼女が魅力的だったからだが、俺は幸生ではないのだから、むやみに女性をナンパしたりしない。スタジオ近くの古書店で声をかけた女性にはふられたのもあって、このままだと声はかけなかったはずだ。

 なのに、彼女のほうから話しかけてくれた。印象的な黒い大きな瞳……細く高い声は嫋嫋たる響きを帯びていて、どこかで聴いた記憶がある。彼女も久しぶりだと言っているのだから、関西のどこかで会ったのだろうか。

 生まれてから二十五年、金沢出身の俺には子どものころから関西地方にはなじみはあった。祖母に育てられたようなものだから、遠方へ旅行に行くようなことはほとんどなかったが、大学生になると東京暮らしをするようになり、ひとり旅にも出るようになった。

 フォレストシンガーズの乾隆也としてデビューしてからは約半年、その半年にはめまぐるしいほどに日本各地に旅をした。大阪、京都、神戸をはじめとする関西地方にだって、何度も出かけた。

 そのうちのどこかでこの女性に? あっち、と指差す彼女とともに歩き、梅の香が混ざっているような気もする春の夜風に吹かれながら、記憶を探る。このひとは……年頃は俺と同じくらいか? どこで会った? たしかに会っているような気はするが。

「あの、お名前は?」
「カノコ」
「カノコさん? どんな字を書くんですか?」
「字なんかどうでもええやないの。どんな字でも呼び名は「カノコ」やわ」
「それはそうですが……」
「ああ、ここここ」

 広くはない神社の境内には時間的にも人の姿はなく、しだれ梅が芳香をふりまいている。しだれ桜ほどに華やかではないが、しだれた梅も美しい。淡いピンクの花がこぼれるほどに咲いていて、藤原道真の想いを噛みしめたくなった。

 いや、藤原道真は無関係だ。それよりもカノコさんが気になる。
 梅の樹の根元にある大きな石に腰かけて、カノコさんは俺に微笑みかける。春の夜風はつめたくはないが、石なんかにすわって大丈夫だろうか。女性は下半身を冷やしてはよくないのでは……と意識すると、カノコさんの大き目の腰を意識してしまう。

 細身なのに腰や尻はしっかりしてるんだよな。なにかに似た体形だな。だけど、妙齢の女性に、石にすわるとお尻が冷えませんか? なんて言えないしな。

「あの、梅もいいけど寒くなってきませんか。話しだったら近くの喫茶店とか……」
「乾さんは私のこと、なんにも覚えてない?」
「なんにもって……すみません、どこで会いました?」
「あれは紅葉のころやわ。これを見ても思い出せへん?」

 下半身がどうこうとは言えないので、別方面に話をそらそうとしていたのをさらにそらされた。カノコさんはバッグから、小さな包みを取り出す。手渡されたのは「柿の葉寿司」だった。

「あをによし、奈良の都に散るもみじ、寿司のおもてにからくれないかな」
「……奥山にもみじ踏み分け鳴く鹿の声きくときぞ秋はかなしき」
「秋の夕日に照山もみじ」
「濃いも薄いも数ある中で……あの、あのときの……まさか……そんな……」
「お返しのプレゼント」
「カノコさん……」

 カノコ、カノコ、鹿の子? 親父が営む和菓子屋に「鹿の子」という名の菓子があった。もとはシカの子どもという意味だと聞いた。その、カノコなのか。

「乾さんの歌、もういっぺん聴きたいな。あのときは秋の歌やったけど、今度は春の歌を歌って」
「あなたは俺の歌に……?」
「そうや。私、乾さんの歌に恋をしたんかもしれん。鹿の姿をしていたら喋られへんかったけど、心はあるんよ。乾さんが歌ってくれた歌に恋をしたの。乾さんが思ってたことも覚えてるよ。歌手になるって言うてたね。なれたんやね」
「あのときの……」

 二十一歳の秋、奈良に旅をした。紅葉が敷き詰められたどこなのかもわからぬ場所で、鹿のレディと柿の葉寿司を食べ、もみじの歌を歌った。

 あのときの鹿? 鹿の恩返しっていうのか、恩返しをしてもらうようなことはなにもしていないが、俺は鹿に恋された? 乾隆也本人にではなく、乾隆也の歌にか。あのときに口にした夢がかなった今は、歌に恋をしたと言ってもらえたのがなによりも嬉しかった。

「ありがとう、じゃあ、梅の歌を歌いますよ。なにがいいかなぁ。あ、そうだ。これ、カノコさんが食べて。俺は甘いのは苦手だから」
「……はい」

 お茶菓子の梅が枝餅がポケットから出てきたので、この歌を思い出した。

「里庭を拔けて お石の茶屋へ寄って
 君がひとつ 僕が半分 梅ヶ枝餅を食べた
 来年も二人で来れるといいのにねと
 僕の声に君は 答えられなかった

 時間という名の 想い出という落ち葉を
 拾い集めるのに 夢中だったね 
 あなたがもしも 遠くへ行ってしまったら
 私も一夜で 飛んでゆくと云った
 忘れたのかい 飛梅」

 目を閉じて俺の歌を聴いている、淡い茶色のコートの美女。この骨太で腰のたくましい体格は、なるほど女性の鹿だ。三年半ほど前の秋の日にも、彼女は鹿の姿で俺の歌を聴いてくれていた。

 古歌を思い出していたあの日と、古歌のゆうべだった今夜。秋と春のちがいはあれど、カノコさんとは和歌が縁で知り合って再会した。鹿と人間だって、心は通い合う。
 想い出という落ち葉が舞う。梅の香と梅の花びらも舞って、俺も目を閉じた。

「あ……カノコさん? ……いない? 消えた?」

 さして広くもない神社の境内が、眇眇たるまでに果てしなく感じる。夢を見ていたのか? 最初からカノコさんなんかいなかったのか? しだれ梅が見せた幻覚? 

 いや、この神社に入ってカノコさんが出現したのではない。彼女は講演会の会場にいたのだ。俺の足元には梅が枝餅の包み紙が、俺の手には笹の葉寿司の包みが残されている。会場に戻ってスタッフにでも尋ねれば、印象的な彼女を覚えているひとがいそうに思える。

 けれど、そうはしたくなかった。あれは俺の、あのときの鹿のレディと俺だけの秘め事。東風吹かば、毎年思い出してしまいそうな、そんな素敵な秘め事にしておきたくて。


TAKAYA25歳/ END


FS秋物語「紅葉ふみわけ」から続いています。









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~ Comment ~

NoTitle

ああ、あの時の鹿!
やっぱり再登場してくれたのですね。
まさか骨太美人の女性になって、乾君の前に現れるとは。
本当に彼女が鹿なのかは、確かめられませんが、そうだったらいいなあ・・・。
情緒的な歌で綴られる二人の出会い、再開。
なんか、いいですねえ。
乾君、人間の女性よりも、あなたにはぴったりなんじゃないかな・・・とか、つい言ってしまいそうになります。

limeさんへ

覚えていて下さったのですね。ありがとうございます。
前にあれを書いてlimeさんからコメントをいただき、それからずっと考えていました。
紅葉なんだから秋に再登場したほうがいいかとも思ったのですが、春物語のタイミングでもいいかなって。

奈良の鹿が関西弁でやわらかーく喋ると似合うなとか。
鹿の体型って下半身のたくましい、骨太な感じだな、とか。
そんなふうに考えていました。

乾くんには人間の女性よりも、別の生き物の化身がぴったり。
そうかもしれませんね。
雪の精なんかもいいかもしれませんね(^o^)ユキですし。


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