ショートストーリィ(しりとり小説)

78「五つのハーモニー」

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しりとり小説78

「五つのハーモニー」


「リードヴォーカルは本橋真次郎。長身の男は声も太く低いというのを地で行っていて、彼の声も低く太い。

 話している際には太く低い声の人間が、歌うと声が上ずったり高くなったり細くかすれたりとなる場合も間々あるのだが、真次郎の声は歌っていてもあくまでも低く太く、なめらかにまろやかに力強い。
 男声ヴォーカルグループは高音を持ち味にしているところが多いようだから、その点ではリーダー真次郎の声が、他のグループとは一線を画すフォレストシンガーズの特徴になっていた。

 透き通った美しい声で真次郎の歌にハモっているのは、乾隆也。彼もまた長身のほうではあるが、歌うと素晴らしく高い声が出る。

 透明感と清涼感のある隆也の声は、聴衆の耳を魅了する。男性の低い声が好きだと言う女性が多数派であろうが、乾さんの高い声、大好き、と言うファンもまた多いのである。

 次なるフレーズのリードは、真次郎とは打って変わったハイトーンヴォイス、木村章。

 「章のヘヴィメタシャウト」とも呼ばれる彼の声は、高く高く天空へと飛翔していく。それでいて細くはなくパワフルな歌声は、超音波の一種ではないだろうか。

 そこにかぶさっていく三沢幸生のキャンディヴォイス。とろける蜜のように甘く可憐な彼の声は、外国のシンガーに「フォレストシンガーズには女性が加わっているのだろう?」と言わしめた。
 仕草までが少女のように愛らしく、客席の笑いを誘う。そんな仕草で章の肩に頬を寄せる幸生を、章が軽く蹴飛ばしてみせた。

 五つの声がコラボしていくと、声と声とが溶け合ってからみ合う。
 そんな中、低く響くベースヴォーカルは本庄繁之。黒人男性のバスと比較すればやや細い声ではあるが、彼の厚い胸に見合った男性そのものの声も、女心を震わせる。

 絶妙なブレンド、かぐわしき芳香。達人の淹れるコーヒーのような、ベテランソムリエの選んだワインのような、聴く者に極上の味わいと酩酊感をもたらしてくれた」

 フォレストシンガーズのファンクラブ会報に、木村章がイラストを描いていた。
 ステージに立つ五人のイラストの足元を、漢字ひと文字が横切っている。本橋は「円」、乾は「澄」、本庄が「渋」、木村が「高」、三沢が「甘」。

 では、英語だったらどうだろうか。

 本橋真次郎、vintage wine、乾隆也、Little stream、本庄繁之、Bitter chocolate 木村章、Spacecraft、三沢幸生、candybar、なんてどうかな?

 数年前にフォレストシンガーズの家族にインタビューして、彼女が所属しているタウン誌の記事としてまとめたことのある織江は、いつかはフォレストシンガーズ本を出版したいと夢見ていた。織江が記事にした当時は、フォレストシンガーズはやっと売れてきつつあるかな、といったところだったのだが、最近はけっこうなスターになりつつある。

 十周年も超えて、記念ライヴや記念DVDやCDも発売された。各自のソロライヴもあり、全国ツアーもあり、ア・カペラグループ集合ライヴもあり、その上にドラマのモデルにまでなっていた。

 織江は本橋と乾とは大学では同学年で、学生デュオだった彼らにインタビューした経験もある。後に乾隆也と会った際には、ぼんやりとでも彼が記憶していてくれて感激したものだ。
 合唱部ではなく、織江は新聞部だったのだが、本橋と乾とは面識もある。大学の同窓生としても誇らしく感じているのだから、合唱部出身の皆はなおさらだろう。

「英語は得意でもないし、ありふれてるかな。やめたほうがいいかな」

 今、織江は評論エッセイの公募原稿を執筆している。
 三十五歳になった現在も独身で、大学卒業以来勤務しているタウン誌の仕事を続けてはいるが、ステップアップしたいとの気持ちは押さえ切れない。フォレストシンガーズとのわずかな関わりを意識したのもあって、彼らを評論エッセイの題材に選んだ。

評論家を志す音楽好きの人間はどこにでもいるだろうし、フォレストシンガーズと知り合いだといっても、それがどうした? と言われるレベルにすぎない。けれど、チャレンジしたかった。

「今の仕事がいやなわけでもないけどね、私だってライターのはしくれなんだから、描写力を磨くって意味でも……評論家としてデビューするの、著書を出版するんですって言って、会社を辞められたら気持ちいいだろうな」

 つい、そんな想像もしてしまう。
 一般職OLというわけではないのだから、三十代半ばになって独身であることをとやかく言われたり、職場の居心地が悪くなったりするわけではない。織江が所属する小さな編集部にだって、同じような立場の先輩女性はいる。同業他社にだったら何人でもいる。

 時々、小説家としてデビューするんです、と言って退職していく同業者がいる。夫となるひとの転勤で、などという事情で結婚退社する女性もいるが、そっちはうらやましくもなくても、別の場所へと仕事の場を求めていく女性は羨望してしまう。

 なんだかんだと言い訳してみても、やはり一介の編集者では終わりたくないのだ。そのためには……今回は無理でも努力を続けよう。ううん、今回は無理だなんて言っていたらいけないでしょ。がんばれ、織江。

「そうですよ。織江さん、がんばって。弱音を吐いていてはいけません」
「はいっ、がんばります」

 フォレストシンガーズの家族にインタビューしたときには、すでに鬼籍に入っていた乾隆也の祖母、さな子。乾から聞いたさな子像をもとに、織江は架空インタビュー記事を書き上げた。あれ以来、さな子が背後霊になってくれているような気がする。

 そのさな子も励ましてくれているのだから、百人力だ。よっし、書くぞ、と呟いて、織江は改めてパソコンのキーボードを叩きはじめた。

次は「にー」です。

「主人公について」

蛇足ながら、小さなストーリィの各主人公について補記しておきます。
本編第六部スタート、フォレストシンガーズストーリィ172「つづれおり」にて、本橋敬一郎以下、フォレストシンガーズのメンバーの兄、妹、弟、姉などにインタビューした、内村織江が今回の主役をつとめました。









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