ショートストーリィ(花物語)

花物語2014「二月・梅一輪」

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うめ
花物語2014・如月

「梅一輪」

 
 たまには骨休めをしてきなさいと勧められて、まさ子は湯の川の宿にやってきた。
 箱館からだとほど近い温泉宿だ。冬の間は箱館も平和だから、病院につとめる医師も多少はのんびりしていられる。

 自ら望んで渡ってきたとはいえ、春が来るころには新政府軍が攻めてきて、激戦も起きるのかと想像すると身震いが起きる。だから女はよ、と土方にあざ笑われそうなので、決して口にはしないが。

 子どものころから勉強が好きだった。同じ寺子屋で学んでいた男の子たちに、師匠が言ったことがある。女の子のまさ子に負けて、おまえたちは恥ずかしくないのか? しっかりしろ、と。そのせいで妬まれて、男の子たちに姉のふじ子が苛められた。まさ子は気が強いので男の子たちも怖がっていたのかもしれない。

 ふじ子の前に立ちふさがって男の子たちと対決し、衆を頼んだ彼らに小突かれたり突き飛ばされたりして……そんな思い出を話すと、土方は言った。

「情けねえ小僧どもだな。おまえは江戸の寺子屋に通っていたんだろ。そのころって言ったら俺は呉服屋の丁稚をやってたんだ。そこに通りかかったら……いや、おまえだったらそんな奴らに負けはしないだろうから、ほっといたかな」
「むこうは大勢だったから、さすがに負けましたよ」
「泣いたのか?」
「泣きはしません。私のせいで姉が苛められたんだから、申し訳ない気持ちもあって、泣いてる姉をうちに連れて帰って、母が怒ったり父が嘆いたりしたのもなつかしいですよ」

 おまえが目立ちすぎるからよくない、と父に説教され、母までが泣いたあのころは遠い。
 なんと言われても勉強はしたかったから、父の反対を押し切って医学校に通い、周囲の男たちの白眼視にも負けずに医師になった。
 そうしているうちに時代が激しくうねり、幕府が崩壊。父は彰義隊の戦いに加わって果て、母もあとを追うようにして逝ってしまった。

「お姉さま、私は箱館に行きます。幕府のお侍さま方は箱館に集まって共和国をお作りになると聞きました。けれど、政府が黙って見ているはずもないでしょう? きっと戦になる。病にかかる方だっている。医者はいくらも入用になるはずです。行きます」
「……わかりました、行ってらっしゃい。待ってますよ、帰ってくるんですよ」
「そのつもりですよ」

 泣きたいのをこらえている様子で見送ってくれた姉と別れて、まさ子は箱館までやってきた。東国の武士たちは慣れぬ寒さに体調を崩している者も多い。医師の人出は足りなかったから、陰口はきかれていたのかもしれないが、まさ子も重宝された。

「ほお、女の医者とな」
「そうです」

 揶揄しているとも受け取れる皮肉なまなざしで、まさ子を見下ろした土方歳三は、もと新選組副長、箱館では陸軍奉行並の職に就いている男だった。

 意地悪を言われてやり返したり、他の男たちには、あの土方さんと……と驚かれるような口喧嘩をしたり、そんな日々は子どものころに戻ったかのようだ。激務の中の清涼剤のような楽しいひととき、と言えば、土方はあの薄いくちびるをゆがめて笑うだろうか。

 笑われそうだから言わないが、まさ子はひそかにそう思っていた。
 こうして豊かな湯の中で手足を伸ばしていると、居眠りしそうになる。湯の中にゆらゆらと、薄ももいろの花が揺れているのは……私の……こんなのを見たらあのひとはなんて言うかしら。あのひとは梅の花が好きで、私の乳房に咲いている花を愛でて……なんてことが……。

「おまえも女なんだな。どこかで疑ってたよ」
「まっ、ひどい。私のどこが男に見えるんですか」
「中身は男だろ」
「女です」

 半分は眠っているからか、土方歳三の声が耳元で聞こえる気がする。彼の顔はまさ子の斜め後ろにあって、あの無骨な手がうしろから乳房をくるみ、薄ももいろの花を指先で……淫らな想像をしかけていて、はっと我に返った。

「いやだ、はしたない」
 湯から出て、着物の上に宿のどてらを羽織って部屋に戻る。ひとりで静養してあたたかなものを食べてのんびりはできたが、あのひとも一緒だったらなぁ、とどうしても考えてしまった。

「ほぉ、湯の川に行ってらしたんで?」
「そうなんです。のんびりできました」
「おひとりで行かれて平気でしたか」
「平気ですよ。平気じゃないんですか」
「いや、熊でも出なかったかなと思って」
「湯の川はわりと開けていて人も多いですから、熊は出ませんよ」
「トシとかいう熊は……?」
「……まっ」

 関東での戦で腕に傷を負い、肘から下を切断している伊庭八郎が、まさ子が勤めている病院を訪ねてきていた。彼は土方とは昔なじみで、親しくしていた時期もあったという。幕臣でもあり、江戸の剣術道場の跡取りであるはずの彼も、家を捨てて箱館にやってきていた。

「時に……伊庭さん、土方さんは梅の花がお好きなのですよね」
「ああ、俺はトシさんの詠んだ句を聞かせてもらったことがありますよ」
「句?」
「まさ子先生はごぞんじねぇ? トシさんは故郷にてめえの句集を残してきてるんですよ。俺はトシさんの姉上さまに見せてもらったが、いけねぇ。言ったらダメだったのかな」
「箱館にも梅が咲くのかな、ってひとりごとを言ってらして、聞き返したら話をそらしてしまわれたんですけど、お好きなのかと思ったんです。あの方の詠まれた梅の句、教えて下さいな」

 いやぁ、参った、俺は口が軽くて……んんと……なんだっけ? 困った顔をしながらも、伊庭がひとつだけ教えてくれた。

「梅の花、一輪咲いても梅は梅」
「……うふふ」
「まさ子先生、笑っちゃいけませんよ。俺が言ったとはご内聞に」
「承知しました」

 口止めされたのだから、その後もまさ子は土方の前では、彼の俳句については口にはしなかった。彼の腕の中で最後の一夜をすごしたときには、私のここは梅の花に似ていると、あなたは思っていますか? 二輪の梅の花? と、心で質問だけしていた。

「おまさちゃん、女の子ですよ」
「……ああ、お姉さま、ありがとう」
「……なんて名前にするの?」

 明治二年五月のある朝、五稜郭から出陣していって帰ってこなかった男は、まさ子の中にこの娘を残していった。江戸に帰り、姉と暮らしはじめてから、まさ子もその事実を知った。
 うしろ指をさす者もいたが、誰の子だとも告げなかったまさ子に、姉は力を貸してくれた。産婆が取り上げた小さな小さな娘を産着にくるみ、姉がまさ子に抱かせた。

「梅……ほんのちょっと梅には早いけど、季節としてもおかしくはないですよね」
「お梅ちゃん?」
「梅乃っていうのはどうでしょう?」
「ああ、いいね」

 この子が胎内にいると知ったときから、まさ子は決めていた。この子の父親が愛した梅を名前にしたいから、女の子でありますように。
 いつまたこの国に戦が起こり、いつまた私の腕から奪われてしまうかもしれないから、息子はいらない。娘がいい。娘だからって呑気に暮らせる世の中ではないかもしれないけれど、あなたにはあの強かったお父さまがついていて下さるんだから、強く生きられるよね。

「お母さまだって十分に強いさ。おまさ。よくやったな」
「はい、これからだって強く生きます」
「当たり前だろ」

 父を知らずに育つ娘を、娘を知らずに逝った父に見せてやりたくて、まさ子は梅乃を空に近く近くなるように、高く抱き上げた。

END


 まさ子は純然たるフィクションです。
 それ以外の部分はおおむね、史実に基づいているはず、です。


梅が香」→「蔵の中」と続きます。













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~ Comment ~

NoTitle

まさ子というのは、あかねさんの創作なのですか?
最後にフィクションだと書いてあったので。

このまさ子さん、仕事は男勝りだったようですが、本当にしみじみ、女なんですね。好きな人を命がけで想い、慕い、捧げる。
本当に、梅の香りが匂い立つようで、なんとも色っぽい。
こんな風に一途に思える人がいるということは、過酷な時代であっても、うらやましいことです。
そして、本能として、その人の子供を産みたいと思う事、改めて素敵な事だなあと。
そんなことをしみじみ思いました。

limeさんへ

コメントありがとうございます。

もうだいぶ前、新選組ばかり書いていた時期に、土方さんにはまさ子、斎藤さんには葵、という相手役を設定したのです。
ですから、まさ子は完全に私の創作です。

それ以外はおおむね史実に基づいているので、「史実にもとづいたフィクションです」と訂正しておきますね。

色っぽいと言っていただけます?
そしたら、R18指定も入れたほうがいいんでしょうか(^o^)

おっしゃられてみれば、まさ子って根っこのところでは女なのですね。
この時代は男と女が厳密に区別されていましたから、女らしくない女性や男らしくない男性は生きづらかったでしょうけど、自分の性を謳歌できる人間には、今よりもいい部分もあったかもしれませんね。

こんにちは

私も昔、この「梅一輪……」の句を読んで、しみじみしていたことがあります。
そうそう、実は句としての出来栄えはどうとも言えない気がするのですけれど、それを詠んだ時代背景、その人自身の歴史などが相まってその句があると、感慨深いものだと思えます。
どんな苦難の時代にも、女性の強さが底の方で命を繋いでいき、未来へ向かっていくのだなぁと思えます。
そう言えば、かの織田信長は相手の女性を選ぶとき、既婚で出産経験のある女を選んでいたとか。それが自分の命を先へ繋いでいく可能性が高いことを知っていたんだろうなぁ。
歴史に名を遺した男たちも、名は残さなかったけれど命を繋いでいった女たちも、どちらも素晴らしいと思います。

梅、私も好きな花です。
もしかしたら桜よりも好きかもしれない。昔は花といえば桜じゃなくて梅だったんですものね。素敵な掌編ありがとうございました(*^_^*)

NoTitle

二月になってから花物語待っていました。

土方歳三と梅の花。この俳句は知らなかったけれど
この物語にぴったりはまりましたね。
凜としていて仕事も出来るのに決して女性らしさを失わない
まさ子に梅の花が重なります。
あの激動の時代を自分の思うままにかっこよく生きた土方と
あかねさんの創造したまさ子、とてもお似合いのカップルだと
思います。
映画のシーンのような場面もあって、私少しどきどきしました。
また来月楽しみにしています。

大海彩洋さんへ

コメントありがとうございます。
ちょっとこれは説明が足りないかな、なんて思っていたのですが、土方さんは有名ですものね。大海さんも幕末がお好きでしたよね?

私はちょっとだけ短歌の勉強はしたのですが、短歌や俳句の良しあしはわかりません。好き嫌いでしか選べませんが。
「梅の花」の句はたいていの人が悪口を言いますから、駄作なんでしょうね。
でも、可愛くない奴である土方の歳さんの、唯一といっていい可愛い点かと思いまして、私は好きです。

結局のところ、こういうときには残るのは女じゃないと駄目なのですね。
男は残っても子どもが産まれてきませんから。

梅の花、私も大好きです。
あの香気が素晴らしいですよね。梅の花を見にいきたいです。

danさんへ

待っていましたと言っていただけるととっても嬉しいです。ありがとうございます。

「梅の花、一輪咲いても」で検索していただけると、土方歳三の俳句を研究なさっているサイトがいくつも出てきますよ。
彼の号は「豊玉」と申します。
私には幕末好き、新選組の研究をしている、著書もあるという知り合いがけっこういまして、そういう方は子どもさんに、豊だの碧だの誠だのという名前をつけておられます。

お似合い、どきっとした、などと言っていただけるのも嬉しいです。
今年いっぱいくらいは「花物語」、続けられる予定ですので、また読んでやって下さいませね。
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