ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS冬物語「凍った口笛」

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フォレストシンガーズ

「凍った口笛」


 ダウンジャケットの袖口がすり切れてきて、中身のダウンが飛び出してくる。去年の冬から危うかったのが本格的になってきた。

「これって縫ってどうなるものでもないんだよな」
「特別な縫製をしないと、ダウンって細かいから、針目からも出てくるよ」
「そんなの、おまえにはできないよな」
「できるはずないでしょ。そういう機械がいるんだから」

 彼女でもない女に繕ってくれとも言えないし、言ったとしたらこの山田美江子がどう反応するか、想像するのも恐ろしい。言わないし、言ってみても不可能なのだろうし。困ったなぁ、と空気中に散乱しかけているダウンを見ていると、乾隆也も言った。

「本物のダウンなんだな。高級品だろ」
「大学に入った年に買ったから、あのころはまだ金があったからな……」
「本橋くんって、いいものを買って長持ちさせる主義なんだよね」
「何度も買い替えるのが面倒だからだろ」

 安物だって買うが、バーゲンに足を運ぶのも面倒だ。山田や乾の言う通り、多少は高くてもしっかりしたものを買っていつまでも着るのがポリシーだった。

「だけど、高いダウンのわりには破れてきてるんだよね」
「どこかにひっかけたんじゃないのか?」
「幸生くんが猫の爪を出したんじゃない?」
「あいつ、爪まで猫だったのか」

 ごろにゃーご、とか言って猫ポーズを取る三沢幸生の顔を思い出していると、山田が言った。

「別のダウンは持ってないんでしょ?」
「ジャンパーだったらあるけど、これが一番あったかいんだ。ないと寒いよ」
「買い替えるしかなくない?」
「……金が……」

 ここにいる三人は同い年で、春になれば二十五歳になる。乾と俺はフォレストシンガーズという秋にデビューしたばかりのヴォーカルグループのメンバーで、山田は俺たちが所属している音楽事務所の社員、近い将来には我々のマネージャーになるという立場だ。

「去年の収入は少なかったもんね。貸してあげようか?」
「いらねぇよ」
「俺もちょっとだったら貸せるよ」
「いらねぇっての」

 オフィス・ヤマザキの新入社員である山田だって安月給であろうが、俺たちよりは収入は安定しているはずだ。去年の暮れにはボーナスというほどでもないにせよ、金一封はもらったと言っていた。
 正月にはフォレストシンガーズの五人と山田とで初詣に行き、帰りに山田が五人に豪華な天丼をごちそうしてくれた。乾と俺はそこに多少金を出したが、山田がもっともたくさん払った。

 なのにまた借金とは、乾だって山田だってひとり暮らしなのに、甘えられない。新人シンガーはクレジットカードさえ作れないから、現金払いしか方法はない。ポケットを探ると、一万円札が一枚だけ入っていた。

「これで買えるかな」
「ダウンがないと困るもんね。春はまだ遠くて、雪深い地方に仕事に行くってことも考えられるんだもの。お正月すぎたら安くなってるんじゃないかな……んんとね……」
「メシは俺がおごるから、使っちまっても大丈夫だよ」
「私も食事代だったら持ってるよ」
「……うん、夕飯は安いものにしよう」

 んんとね、と山田が考えていたのは、男もののダウンジャケットが安く買える店だったらしい。歩いていこうか、と言って方角を変える山田に、乾と俺も従った。

「金がないって寒いよな」
「あなたたちは意地を張るからよ。後輩にはおごってやらないといけないとか。借金はしたくないっていうのは正しいけどね」

 もっとも、俺はプライドを捨てれば、兄貴にすがるという手はある。子持ちになった兄貴たちは以前ほどには自由に金は使えないようだが、弟の俺よりは余裕のある、それなりの給料はもらっているのだから。
 もしかしたら金銭的には乾は俺以上に大変なのか? 金のためではないけれど、売れたいなぁ。こうしょぼくれていてはいい歌も歌えないではないか。

 見栄や意地はほどほどにね、と山田に説教されて、はい、と素直に返事をしてから、乾が言った。

「もの言えばくちびる寒し……」
「それって秋の空じゃなかった?」
「秋の空でもくちびるが寒いんだから、冬だとよけいに寒いんだよ」
「本橋くんも乾くんも金欠で寒いんでしょ? その俳句……ことわざ? 意味がちがうんじゃない?」

 もとは松尾芭蕉の句で、「ものいえばくちびるさむしあきのかぜ」なのだそうだ。

「人の短所を口にすると、寒々した気持ちになるって意味だな。転じて、なんであっても余計なことを言うと、災いを招く」
「口は禍いのもとって意味だね」
「……俺のことだ」
「言えてる」

 冬空に男と女の笑い声が響く。笑った続きのように、乾が口笛を吹きはじめた。この曲はなんだったか? 歌詞を思い出そうとしながら、昔のことも思い出していた。

 乾は学生時代から、ひとことどころか百言も多くて、そのせいで先輩に疎まれたり殴られたりもしたらしい。乾の口や機転のおかげで、我々が危機から救われたこともあるのだが。

「ただ春を待つのは哀しくも楽しく
 見え隠れ夢の夢
 あなたにも届いたなら
 雪溶けの上で
 黄色い鈴の音が
 密やかに響く」

  
 ああ、この曲は「ただ春を待つ」だ。俺たちもただ……ではなく、春を待ち続けている。
 
 口は禍いのもと。本来の意味はそうなのだろうが、「もの言えばくちびる寒し」は俺の場合は、財布を開くとふところ寒し、でもある。ふところが寒すぎて、乾が吹いている口笛の音までが凍りつくように聴こえてきた。


SHIN/24歳 END






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まとめてのお礼、失礼します。
ありがとうございました。

NoTitle

このころの本橋君、金銭的に厳しかったんですねえ。
フォレストがまだ売れる前だから、メンバーみんな不安だったんでしょうね。
今でこそ売れっ子になって安定してるけど。
確かに、冬って特に、お金がないと辛いです。(夏ならなんとかテンションあげられるけど)

でもダウンジャケットをめぐるやり取りが、温かいですね。
みんな真剣に考えてくれて。いいなあ、仲間って。

limeさんへ

コメントありがとうございます。
そうなんです。
このころはフォレストシンガーズはみんな、ぴぃぴぃしていまして、特にリーダーはつらかったのですね。

冬は寒いから、お金がないと侘しさもひときわっていうのもありますよねぇ。
私も老後の資金が不安で……
いえ、ジョークでもなく……って、私のことはいいんですけどね。

limeさんは八幡早苗って覚えて下さっています?
彼女との後のエピソードとの関連で、本橋くんは人におごってもらったりお金を貸してもらったりするのが大嫌い!! という性格が重要になってくるのですね。
その意味もあって、貧しい時代の本橋くんをこんなふうに書いている……布石と申しますか、著者の自己満足と申しますか。
そんな意味でもあるのでした(^^;)

あかねさんへ!!

真冬日が続く今日はとうとうー10度となり風邪気味です。
道央の旭川は30度でした。
最も私の学生時代の地方では毎日30度でしたがね~~
今のほうが寒く感じるのは歳のせいでしょうかね~~汗)

荒野鷹虎さんへ

コメントありがとうございます。

京都ではちょっと積もったのだそうですが、大阪は寒いといってもたいしたこともなく、今年は雪もまだ降っていません。
雪や寒さの脅威を知らない大阪人は、雪の積もったところに行きたいなぁぁ、なんて、呑気に憧れています。

なのに、私も風邪をひきました。
なかなか治りませんよね。
荒野さんもお大事になさって下さいね。
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