ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS冬物語「白い天使が降りてくる」

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フォレストシンガーズ

「白い天使が降りてくる」


 純和風の家庭なのだから、日本的な行事には熱心だ。祖母と祖母の娘である母、母の夫である父、そして、ひとり息子の隆也。祖母は、ここは日本なんだから、日本の年中行事をやるのは当り前だろ、の主義で、父と母はそれに異を唱えない。

 金沢特有の行事もあるのかもしれなくて、季節季節のならわしを大切にしてきた祖母なのだから、乾家の年中行事は数多いはずだ。隆也はばあちゃんっ子で、祖母のやることなすことに疑問も感じなかった年ごろには、一緒に楽しんできた。

 小さな子どもならばお手伝いというよりも、祖母が家事手伝いのお姉さんたちを陣頭指揮して行事のための準備をしているのを邪魔していたほうが多い。ほら、むこうに行ってなさい、と言われたり、じゃあ、この食器を拭いてね、と言われたり、これ、持ってってと言われて軽いものを運んだりするのが面白かった。

 あれ? 我が家はよその家とはちがうな、と気づいたのは、小学生になってからだ。
 よそにも働く母はいなくはない。祖父母に育てられたり、保育園に預けられたりしている子どももいる。それにしたって、隆也のように両親とは疎遠で祖母べったりという子は少数派なのではなかろうか。

 家からしても乾家はやたらに大きい。一般庶民の家庭は「家」で、乾さんちは「お屋敷」と呼ばれるのだから、僕の家は一般庶民ではないのか? 隆也はふと思ったのだった。

 調度品にしても乾家は純和風で、椅子やベッドを使っていない。食事どきには祖母同様に、隆也も幼いころから正座を強要された。両親とは食卓をともに囲むことがまずなかったのだが、父と母も食事どきには正座でお行儀よくしていたようだ。

「足がしびれるから、ヨシオくんちみたいにテーブルと椅子でごはんを食べるほうがいいな」
「よそはよそ、うちはうちです」
「こんなふうにして食べてると、おいしくないよ」
「だったら食べなくてもいいよ」

 こんな態度なのだから、祖母にはとりつくしまもなかった。
 そうか、僕んちはよそとはちがうんだな。お母さま、お父さま、だなんて呼んでるのも変だし、なんでもかんでもばあちゃんが決めるってのも変なんだ。おまえんちっておかしい、と言われるのもわずらわしいから、よそでは言わないでおこう。

 成長するにつれて隆也はそう考えるようになり、友達とはあまり雑談をしなくなった。その分、脳内でひとりで喋っていたのだが。

「ばあちゃん、今年はクリスマスの飾りつけ、しないの?」
「うちはキリスト教じゃないから、しないの」
「去年まではしたじゃないか」
「あれはね」

 街に初雪がちらついた日、隆也の質問に祖母が応えた。

「隆也がかわいそうだからだよ。夏祭りやら花火大会やら、クリスマスやらっていうのは子どもの楽しみだろ。うちはそんなことをする必要もないんだけど、隆也のためにクリスマスツリーを飾って、プレゼントを用意したの。サンタクロースなんかいないって知ったのは、いくつのときだった?」
「小学校に入ったときには知ってた気がするよ」

 寝つきがよくなくて眠りの浅い隆也が五歳のクリスマスイヴ、部屋に忍び込んできて枕もとに包みを置いていった小柄な人影は年を取った女性だった。
 サンタさんっておじいさんじゃなくておばあさんだったのか。うちだけかな。うちってやっぱり変わってるんだな。と夜中には思っていたのが、翌年になって腑に落ちた。あれはサンタのおばあさんではなくて、うちのばあちゃんじゃないか、そうかそうか、そうだったんだ。

「それでもやっぱり、ごちそうを食べたりプレゼントをもらったりしたかったんだろ。クリスマスツリーって綺麗だから、私も嫌いじゃなかったしね。だけど、隆也は中学生になったんだから、もう子どもってんでもないんだから、去年でおしまいだよ」

 ごちそうといっても和食だったのだが、祖母が家事手伝いの女性に教えて作ったブリの照り焼きや鳥の空揚げは美味ではあった。

「隆也はいつまでクリスマスを喜ぶ子どものつもりかね?」
「子どもじゃないよ。俺は……」
「俺?」
「ガキじゃないんだから、俺って言ったっていいだろ」
「ガキって……私はあんたをそんな言葉を使うような子に育てた覚えはないよ」
「俺が勝手にそう育ったんだよ」

 生意気な、と怒って、祖母がつかみかかってくる。頬をつねるか叩くかされそうだったので、隆也は身軽に避けて逃げた。

「こらっ、待ちなさい!!」
「待つはずないだろ。くそはばっ」
「……隆也……」

 逃げていく背中に、帰ってこなくていいからねっ!! 祖母の怒声が聞こえていた。
 十二月の金沢の街は寒い。父が営む和菓子屋の前を通り、繁華街へと出ていく。子どもに小遣いを持たせると不良になると祖母は信じているので、喫茶店に入る金もない。中学生にコーヒーはまだ早い、とも言われるのだが、飲みたかった。

「俺はクリスマスを喜ぶガキではないけど、コーヒーは飲めないガキなのかよ。中途半端だな。早く大人になりたいな。高校生にならないとバイトもできないのかな」

 店に入っていって父に頼めば、コーヒー代くらいはくれるだろう。あとで祖母に咎められたって、飲んでしまえばこっちのものだ。なのにそうはできないのは、父と息子の関係がいびつだからか。俺はお父さまもお母さまも嫌いだ。

 いや、嫌いだと思っていたけれど、そうでもないと最近は思えてきている。嫌いなのではなく遠すぎる。祖母だけが家族で、親には親しみが持てなかっただけだ。誰が悪いわけでもなくて、そう育ってきただけだ。あんなくそばばあの娘であるお母さまも、お母さまの婿であるお父さまも、けっこう苦労したんだよな。

 そこまでは想いが至るようになったのだから、俺はガキじゃない。だけど、コーヒーを飲む金もない。無銭飲食でもしてみたら、あのばばあ、泡を吹くかな。
 
 想像ならしても、実行するような蛮勇の持ち合わせはない。俺って反抗期かなぁ。ちがうよ、そんな陳腐なものじゃない、俺は俺、よその家庭とはちがった家で育った、ありふれてはいない少年だ。しようがない、金のかからないところに行こう。

 寒い中を歩いて身体をあたためて、寒風吹きすさぶ川べりのベンチにすわる。心頭滅却すれば火もまた涼し、というではないか、心頭滅却すれば冬の風もまたぬくし、だ。

 そのつもりで心頭を滅却して、想像にふける。おりから舞い降りてきた風花をてのひらに受けて、このひとひらが天使だったら……と考えてみる。天使は美しい少女の姿をして、白いかろやかなドレスをまとっている。そっと触れた天使の頬はつめたくて、その微笑みはたまらなく愛らしかった。

「白い天使が降りてくる
 僕らの街に降り積もる
 暖めてあげる ほほも指先も 吐息まで
 だから二人でこの時を 永遠の未来にしよう
 空に祈るよ ずっと君を抱きしめて」

 遠くはない将来、白い天使のような美しい少女が、俺のかたわらに舞い降りてくる。俺は彼女を抱きしめて、永遠の愛を誓うんだ。
 雪のひとひらは天使から人間の少女に姿を変えて、すさみかけていた隆也の心をあたためてくれた。

TAKA/12歳 END








 
 

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~ Comment ~

NoTitle

乾くん、けっこうがんじがらめの幼少期だったのですね。
こうやって、おばあちゃんに育てられると、従順で堅実な坊やに育つ場合と、反発してしまう子とに分かれてしまうようですが。
乾くんは、バランスを取って育ったようですね。

でもその抑圧が、ちょっと変わった、イメージをふくらませがちな(夢見がち?)な面も育ててしまったのかな?
でも、それもひっくるめて乾くんの魅力です。
その後、おなあちゃんとは、どんな感じになったんでしょうね^^

多感な時期の乾くんも、可愛らしくていいなあ。

NoTitle

あかねさん、久しぶりに読ませていただきましたが、すっかり乾さんの心情に引きこまれていました。
素敵ですねえ。乾さんの内面が少しだけわかった気がしました。
また、お邪魔しますね^^

limeさんへ

いつもありがとうございます。

乾くんは結局のところ、ばあちゃんコンプレックスですから、このあとうちに帰って、夜中に熱でも出して、ばあちゃんがすりおろしりんごでも作ってくれて、悔しいけどばあちゃん、好きだな、なんてね。

章だったらこういうシチュエーションだと本当に荒んでしまうんですけど、隆也くんはそこまでは行かずに踏みとどまるのですね。
夢見がちな性格ゆえに、将来あらわれる素敵な恋人を想像してぽわんとしていたりして。
そういうところ、三十代になっても変わっていないみたいです。

美月さんへ

お忙しいところ、ありがとうございます。
こんなちっちゃなストーリィで、乾くんの内面がすこしわかったと言っていただけるのはとても嬉しいです。

フォレストシンガーズはいっぱいありすぎて、その全部がどこかでつながっていますので、どこまで説明するかもむずかしいですよね。
説明ばっかりしててもわずらわしいし、説明がないとわかりづらいし。
これからもいろいろ、試行錯誤していきます。

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