novel

小説358(Kiss kiss kiss)

 ←FS冬物語「トドノネオオワタムシ」 →FS冬物語「白い天使が降りてくる」
grape1-2006-1.jpg
フォレストシンガーズストーリィ358

「Kiss kiss kiss」

注意・微BLシーンがあるかもしれません(^^


1・VIVI

「ブラッディプリンセス」はギターのGOAがリーダーである。
 ヴォーカルの俺は背が低くて華奢で、声が細くて高い。女の子みたいに骨細で食べても飲んでも太らないから、格好も女の子みたいにしようと、メンバーたちが勝手に決めてしまった。
「VIVI、ドレスを着ろよ」
「げーっ、やめてよぉっ!!」
 ここはGOAのマンション。いろいろ相談しようと言われて、メンバーたちが集まっていた。
 逃げようとしたけれど、年齢もこの中ではいちばん下、体格もいちばん小さくて、長身のGOAにだったら一対一でもかなわない。他に三人いるメンバーたちだって、GOAほど大きくはないものの、俺よりは大きくて力も強いのだから、寄ってたかられたらあっけなくつかまってしまった。
「変態ーっ!!」
 抵抗しても虚しく、服を脱がされてしまう。トランクスも脱がされて素っ裸にされ、貞操の危機を感じていたら、ドラムのPACKが言った。
「おまえら、本物の変態か? VIVIをどうしようっての?」
「ドレスを着せるんだよ」
 ベースのYUUが言い、キーボードのTOMも言った。俺たちブラッディプリンセスは、全員がアルファベットの愛称を名乗っている。
「女の子の着物ってのは、本当は下にはなにもつけないんだ。和装の場合は腰巻だけで、下着はつけないんだよ。そうすると楚々としてしとやかな所作になる。VIVIも裸の上にドレスを着たらセクシーなんじゃないかな」
「うわーっ、やだーっ!! やめろーっ!!」
 ま、やってみようぜ、と言いながら、GOAが俺を抱え上げる。抵抗はやめろ、と凄味のある声で言われて諦めたら、三人がかりで俺にドレスを着せようとした。
「はいはい、VIVI、おとなしくしていようね」
「いい子だねぇ。あれぇ? この服、どうなってるんだ?」
「女のワンピース、脱がせたことはあるだろ」
「脱がせたことはあるけど、着せたことはねーよっ」
「ここがこうしてああなって……こら、VIVI、静かにしろ」
「いてーっ!!」
「悪い、ファスナーがはさんだな。VIVIの背中って意外にぽちゃっとしてて肉づきがいいんだよ。もっと痩せろ」
 大騒ぎしながらも、ドレスを着せられた。
「VIVI、可愛いよ。よく似合ってるぜ。鏡を見てみろ」
 ひょいっとGOAの肩に担がれると、ミニドレスの裾がまくれそうになる。おぞましいものを見せるな、などと、勝手な奴らが騒いでいる。脚をばたばたさせたいのに、ミニスカートの裾が気になってできない。降ろせーっ!! と叫びながらもGOAにバスルームまで運ばれていった。
「うげ……俺も変態になったみたい」
「我ながら似合うって言わないのか」
「似合わねーよっ!!」
 鏡の中にはゴシックロリータふう黒のミニドレスの女の子がいる。こいつが俺ではなかったとしたら、可愛いかもしれない、と思ったかもしれない。けれど、こいつは俺だ。可愛いだとか似合うだとかは殺されても言いたくなかった。
 いやだいやだーっ!! と叫んでドレスをむしり取ろうとする。が、自分で着たのではないから、背中がどうなっているのかわかりづらい。暴れているとGOAが言った。
「破ったら弁償させるぞ」
「ねぇ、GOA、こんなの着てステージに立つの?」
「そうだよ。ってーか、俺たちはバンドを結成したばかりで、まだ仕事はない。ステージに立つのはいつになるか不明だ」
「そしたら、こんなの着てなくてもいいじゃん」
「常日頃からドレスを着て、しとやかなふるまいに慣れておけ」
「俺はしとやかになんかしたくないよぉーっ!!」
「女の子が俺と言うな」
 他の三人はバスルームのドアのところで折り重なるようにして見物している。
 GOAは三十歳くらいの年齢に見えるもとバンドマンで、十年ほど前にロックバンドのギタリストとしてデビューし、一年ほどで解散してフリーになったのだそうだ。
 空白の期間には外国に行ったり、昔なじみのアルバムやライヴにギタリストとして加わったりしていたらしい。音楽業界にはそのような人種がうじゃうじゃいて、高校中退十六歳の俺なんかから見ると、化け物のようにも思える。
 そんなGOAがスカウトしてきたのが、YUU、TOM、PACK、三人ともに二十代前半だろう。俺は誰の年齢もはっきりとは知らないが、彼らにも音楽業界でのキャリアはあるらしい。俺だけがズブの素人で、ライヴハウスで遊びで歌っていたらGOAにスカウトされた。
「ヴィジュアル系をやろうって相談がまとまってるんだ。おまえの歌はなかなかだし、ルックスもいい。俺についてこい」
「……んんと……」
「俺はゲイじゃないから、おまえを襲ったりはしないよ」
「そんな心配、してねーよっ」
 口ではそう言ったものの、ちょっとだけ心配だったのは晴れた。
 しかし、これは襲われているに近いのではないか。四人がかりでいたいけな少年を無理やりに裸にして、むさくるしい手で素肌に触れられて、ドレスを着せられたり肩にかつがれたり。男同士だとセクハラにはならないのだろうか。
「俺は女の子じゃないっ!!」
「まあまあ、普段はいいんじゃないか」
 ドアのところからYUUが言い、TOMも言った。
「特別なときにだけドレスを着させたらいいんだよ」
「それでもいいけど、ブラッディプリンセスのVIVIってのは男か女か、って話題にさせるためにも、いつもドレスを着てるってのもいいかもしれないぜ」
「VIVI、そうするか?」
「やだっ!!」
 絶対にやだっ、と首を振ると、GOAはうなずいた。
「そんならいいか。そしたら脱げ」
「脱げないよ。誰か脱がせて」
「いやだ」
 全員そろって首を横に振る。脱がせてよぉっ!! と叫ぶと、PACKが言った。
「男のドレスを脱がせたがる変態は、うちにはいないんだよ」
 みんなそろってうんうんうなずく。みんなそろって勝手な奴らっ!! 


 近頃ぐんぐん人気の出てきている、ヴィジュアル系ロックバンドがいる。俺たちのブラッディプリンセスはGOAのコネでメジャーデビューはしたものの、まるっきり人気が出ないので、俺はそいつらを斜め目線で見ていた。
「燦劇っていうんだって。メイクが濃すぎて素顔はわかんないけど、ヴォーカルのファイって奴は背が高くてものすげぇ綺麗な顔をしてるんだってよ」
「おまえももっとメイクを工夫したら、綺麗な顔になるだろ」
「あんまり濃いメイクはしたくないよ」
 派手な衣装にもメイクにも慣れはしたが、俺はこの格好は好きではない。ドレスを着るのは断固拒否しているから、今のところは避けられているが、そのうちには着させられる恐れもあった。
「VIVI、燦劇、聴きにいくか」
 同じ事務所の先輩シンガー、桜田忠弘が俺を誘ってくれた。
 彼は歌手としてデビューしたのだが、俺たちと同じくらいにまるで売れなかった。旅番組に出たりして糊口をしのいでいたころにドラマ出演の話が来て、それをきっかけにブレイクしたのだそうだ。俺はドラマに出るとは考えもできないが、桜田さんがうらやましいとは思う。
 四十歳ぐらいになる桜田さんは、ブラッディプリンセスと事務所が同じという以前にGOAと親しいらしくて、俺にもメシをおごってくれたりする。桜田さんだったら人気のあるロックバンドのライヴチケットもたやすく手に入るらしくて、当然のように俺の分も払ってくれた。
「VIVIは綺麗な顔はしてるけど、ちょいと癖があるからな、ドラマに出るといっても役柄を選ぶだろ」
「俺は演技なんかできないから、ドラマに出たいとも思わないけど、桜田さんだってそれだけ顔がいいんだもん。役は選ぶでしょ」
「いや、俺は冴えないおっさんサラリーマンだってやるよ」
「冴えないおっさんサラリーマンが怒りそう」
 最近、桜田さんが出たドラマの話、ライヴの話、ライヴのあとで飲みにいって知り合った女の話、売れなかったころの桜田さんがナンパに成功した話。 
 燦劇のライヴ会場へ向かうタクシーの中では、桜田さんがいっぱい話をしてくれた。彼が桜田忠弘だと知っているらしきタクシーの運転手も、聴き耳を立てているようだった。
「VIVIは彼女は?」
「今はいないな」
「今は、はつけないほうがいいんだそうだよ」
「どうして?」
「いかにももてる男ぶってるからだってさ。VIVIはもてるだろうけどな」
「俺はちびだけど、もてなくはないよ」
「ミュージシャンってのは売れてなくてももてるもんな」
 売れていないミュージシャンに狙いを定める女もいるから、俺たちはもてる。独身のメンバーはもとより、結婚しているYUUだってもてまくっていて、奥さん、かわいそ、と俺は思ってしまう。そんな話をしているうちに、タクシーがホールに到着した。
「ヴィジュアル系はファンもすごいよな。コスプレやってるだろ」
「俺たちのライヴのときにも、数は桁ちがいだけど、こういう子はたくさんいるよ」
 メディア席のエリアに桜田さんとふたりしてすわる。桜田忠弘だ、と回りの人が言っている声が聞こえる。VIVIだ、とは誰も言わなくて、俺は桜田さんのなんだと思われているのだろう。私服で化粧もしていないのだから、俺たちが売れていたとしても、桜田さんの付き人くらいに見られるのかもしれない。
 一般の観客席には、燦劇と似たスタイルの女の子たちがいる。宝石をコンセプトにしたきらきら衣装とメイクを真似た女の子たちは、みんな同じ顔に見える。太っていたりブスだったりするほうがむしろ個性的で目立っていた。
「みんなーっ、ようこそーっ!!」
 ヴォーカルのファイが絶叫し、ファンが絶叫で応え、俺はぶっとした顔になる。桜田さんはそんな俺を見て苦笑いを浮かべている。やっかみはまぎれもなくあって、こいつらはこんなに人気があるのに、俺たちはどうして? の気分は去ってくれなかった。
 CDでだったら聴いた燦劇の音が俺を包む。演奏は下手だな。演奏はまちがいなくうちのメンバーたちのほうがうまい。だけど、歌はどうだろ。ファイの甘ったるい声は彼らの楽曲の世界観にとても合っている。毒のしたたるような歌詞と、幻想的だったり幽明ふうだったり冥界ふうだったりする曲が、燦劇のコンセプトにマッチしていた。
「俺はこんなの、嫌いだけどね」
 負け惜しみを呟いてみても、ファンの歓声にかき消されてしまう。ギターも下手、リズムセクションも下手、キーボードだって下手。特にギターは、エミーって言ったっけ? おまえ、GOAに弟子入りしろよ、と言いたくなっていた。
 いくら俺が悪態ついてみても、燦劇のステージは快調に続いていく。桜田さんも楽しそうに聴いている。ファンの子たちは興奮のきわみになって、泣いたり貧血を起こしたりしている子もいるようだった。
「俺たちもここまでファンを興奮させたいな」
 もしかして俺たち、ヴィジュアルって合ってなくない? そこまで考えていたら、ステージでキーボードのパールが言った。
「昨日ね、ショッピングに行ったんだ。かっこいいジーンズがほしくてさ。俺、普段着だったらジーンズだって穿くんだよ。ところが、メンズサイズには俺のサイズがない。ジーンズにも男ものや女ものってあるの、ファイ?」
「俺には女もんなんてまず着られないから、気にしたこともないよ」
 そりゃあそうだろう。ファイはかなり背の高い桜田さん以上に長身で、高いヒールのブーツなど履いていると二メートル近くになるのではないかと思えるひょろ長い体格をしている。パールのほうは体格的には俺に似ていた。
「ファイだったらそうだろうね。で、その店にはレディスのコーナーもあって、店員さんはそこからジーンズを持ってきてくれたんだ。そのジーンズは裾にアップリケがしてあって可愛いんだよね。ファイ、俺ってその店員さんに侮辱されたの?」
「おまえに似合うと思われたんだよ」
 ひどーい、かわいそー、などと近くの席の女の子が呟いている。パールは泣き真似をしてみせ、ファイが彼の肩を抱いた。
「そんなつまんないことで落ち込むなよ」
「ファイにはわかんないんだよ。そんな経験ないんだろ」
「ないけどさ、よしよし、俺のパール、これで元気が出る……」
 元気が出るか? と言ったのだろうが、その先は悲鳴みたいな女の子たちの声に完全に消されてしまった。ファイがパールを抱きしめてキスをしたのだ。ファンたちは大喜び、大騒ぎ、嬉しすぎて失神しそうになっている子もいた。
「なんだ、こりゃ」
「……こういうの、受けるみたいだね」
 桜田さんと俺は顔を寄せ合って、こしょこしょ話しをした。
「アイドルの奴らもわざと、変な関係を装うとは言ってたな」
「でしょ。ああ、やだやだ。こんなのGOAが見たら、俺たちもやろうって言われそうだよ」
「なんだかおかしな視線を感じるぞ」
 顔を寄せ合わないと声が聞こえないからこうしているってのに、誤解している奴がいるらしい。誤解というよりも曲解か。桜田さんの隣の席なのだからメディア関係者らしき若い女が、桜田さんと俺に向かってピンクいろの嬉しそうな視線を向けていた。


2・章

 新曲の歌詞の相談をしているのか。スタジオに入っていくと、乾さんと幸生の声が聞こえてきた。キス、キッス、キスキス、と聞こえる。俺は昨夜見た映画を連想した。
 早めに仕事が終わったのでレンタルショップに寄って、音楽映画を物色していた。めぼしいのがないなぁ、と思いつつも見つけたのが、「デトロイトメタルシティ」。馬鹿馬鹿しすぎてかえって面白かった。なんだってキスからその映画を連想したのかといえば。
 「デトロイトメタルシティ」にはKISSのジーン・シモンズが出演していたのだ。KISSといえばこんな歌がある。俺はスタジオに入っていき、エレキギターを手にして歌った。

「I feel uptight on a Saturday night
 Nine o' clock, the radio's the only light
 I hear my song and it pulls me through
 Comes on strong, tells me what I got to do
 I got to

 Get up
 Everybody's gonna move their feet
 Get down
 Everybody's gonna leave their seat
 You gotta lose your mind in Detroit Rock City」

 最高に気持ちいいっ!! ギターを弾いてハードロックをがなるのはストレス解消に最適だ。俺がロックに浸っていると、猫みたいに目を丸くした幸生と視線が合った。
「お、おー、おはよう」
「突如として凄まじい大音響が轟き渡ったから、雷でも落ちたかと思ったよ」
「雷を落とす奴はまだ来てないんだけどね」
 横に立っている乾さんも言う。雷を落とす奴とは本橋さんのことだろう。
「続けてもいいけど、ちょっとだけヴォリュームダウンして」
「続けていいのか」
「いいよぉ」
 と幸生が言うので、フルコーラス歌った。幸生と乾さんはなにやらやっている。歌い終えてから近づいていくと、筆談していたようだった。
「よほど飢えてる」
「なぜその発想に?」
 上が幸生、下が乾さんの字だ。
「だって、KISSだし」
「意味不明」
「KISSですよ。飢えてるじゃん」
 沈黙の意味なのか。見せられたメモ帳にはそこからは乾さんの発言はなく、幸生がひとりで騒いでいる。性格を知っているせいか、幸生は筆談でも騒いでいるように見えるのだ。
「だからさ、やってもいい? その顔はやったらダメってこと? やってもいいでしょ。隆也さん、やっていいよって言って。許可して」
「いや、やめろ」
「いやーん、バカーん、やめろなんていやーん、いやいやいやーん」
 「やってもいい?」とはなにをだ? 飢えてるとは俺がか? KISSを歌ったら飢えてるのか。KISSだから? するとつまり……うっ、殺気。
 あとずさりしている俺に幸生が迫ってくる。ギターのコードに足を取られてころびそうになって、俺は声を限りに叫んだ。
「飢えてなんかいないよっ!!」
「章ちゃん、遠慮しなくていいのよ」
「遠慮じゃねーよっ!! 乾さんにやれっ!!」
「やってもいいの?」
「俺は逃げるから、俺のいないところでやれ。俺をターゲットにするなっ!! 乾さん、助けて」
 首筋をかきながら、乾さんは呑気な発言をした。
「飢えてるのかどうかは知らないけど、章は鬱屈しているようだから、幸生と取っ組み合いでもやって発散しろ。ジャッジしてやるよ」
「取っ組み合いだったらまだいいけど……」
 KISSはいやだ。ロックバンドのKISSは好きだけど、幸生にキスされるなんて死んでもいやだ。焦ってしまってギターのコードがからまる。俺の大事なくちびるとギターと、両方を死守する手段はないものか。


3・エミー

 燦劇を解散してロスアンジェルスに来てから、どのくらいたったのだろう。二年ぐらいにはなるのか。長い休暇のようなその間には、フォレストシンガーズの木村章やら、燦劇のファイやらパールやらが俺のアパートへ遊びにきた。
 インターネットがあるから、日本の友達や家族ともたやすく連絡は取れる。沖縄のライヴハウスのオーナー夫婦とチャットをしたり、ニューヨークにいる酒巻さんともチャットをしたり、交友の幅は広がったようだ。
「一夫、たまには電話しなさいよ」
 大嫌いな本名でメールをしてくるのは姉だ。俺のことはほっとけ、あんたこそ、結婚はまだか? と返信し、あたしのこともほっとけ、とメールで姉弟喧嘩をしている。
「エミー、元気? 帰ってくるときには教えてね。旦那さまとお出迎えに行ってあげる」
 これは事務所のスタッフ、玲奈で、俺はこう返信した。
「おまえはもういい大人だろ。てめえの旦那に「さま」をつけるな」
「あーら、エミーにそんなお説教をされるなんて世も末だね。エミーには彼女はできたの?」
「人のお節介を焼いてないで、てめえこそ早くガキを作れ。女には出産適齢期ってのはあるんだろ」
「エミー、アメリカにいるとおじいさんみたいになるんだね。うちは旦那さまとラヴラヴなんだから、もっとふたりきりの愛の時間を満喫したいの」
 昔は恋をしていて、ふられたんだと認めざるを得ない玲奈とは、こんなメールのやりとりをしていた。
「エミー、俺は退屈だよ。早く帰ってきてまたバンドやろうぜ」
 他のメンバーたちは各自で適当に仕事もしているようだが、ファイだけはふらふらしていてこんなメールをよこす。おまえがいないと俺は仕事ができない、と言われるのは嬉しくなくもないのだが、わずらわしくもあるのでほっぽっていた。
「ミキちゃんが作詞をしてるんだ。エミー、完成したら曲をつけてやってくれる?」
「ああ、いいよ。どんな詞?」
 パールが送ってきたのは、こんなふうだった。

「好きよ好きよパール
 好きだ好きだミキちゃん

 あたしたち、ふたりでひとつ
 俺たちは、いつだってひとつ
 
 KISSしようよ
 そう、KISSしようよ」

 なんだ、これは? としか感想の持ちようもなかったのだが、パールは書き添えていた。
「パールだのミキちゃんだのって名前を出さないでってお願いしてるんだけど、自分たちの名前を出さなかったら書けないって言うんだよね。それで俺は考えた。パールをクリに換え、ミキをモモに換えてモモクリに歌わせたらいいんじゃない? きちんと完成したらその線で頼むよ」
 この幼稚な詞にどんな曲をつけろってんだ、ってなものではあるが、モモクリが歌うんだったらいいかもしれない。
 同じ事務所の後輩というのか、燦劇が休止すると決めたら社長が連れてきた夫婦デュオは、正式にはフルーツパフェ。フォレストシンガーズの三沢さんがつけた愛称はモモクリ。俺たちもモモクリとしか呼ばない。あのふたりは歌は上手だが見た目がガキそのものなので、この歌詞もしっくりするかもしれない。
 長い休暇のようなこの状況で、俺がやっているのは主にギターと作曲の勉強だ。両方の先生をしてくれているデレックや、彼の友人知人と話をするから、英語もまあまあ喋れるようになった。
 曲を先に書いてから詞を乗せるってのは、ミキちゃんには無理だろうか。パールが高校時代からつきあっている、メイクアップアーティストのミキちゃん、モモクリのモモちゃんとクリちゃん、同じ事務所ってことでつながって出てくる玲奈やフォレストシンガーズのおっさんたち。
 彼や彼女の顔を思い出しながら、バイクに乗ってデレックの住まいに向かう。ガキっぽいストレートなラヴソング……アイドルソングふうかな? 頭の半分を曲に支配されたままバイクを運転して、デレックのマンションにたどりついた。
「ハーイ、デレック」
「ハーイ、エミー」
 マンションに入っていくと、それだけの挨拶で本題に入る。ミキちゃんの詞の話をすると、デレックは大笑いしていた。
 もとは売れないミュージシャンだったらしく、デレックの人脈にはロックバンドの有名人も大勢いて、俺も紹介してもらった。現在はギター教室の講師をしたり、こうして個人教授をしたりしているデレックのギターの腕は相当なものだと、みんなが言っている。
 センスのいいインテリアの部屋に住んでいるのは、同棲している彼女がインテリアデザイナーだからというのもあるのだろう。
「エミーって男のひとにももてるんじゃない? ギターの先生は大丈夫?」
 変な心配メールを送ってきたのは、日本にいる知り合いの女ミュージシャンだ。こういうことを言うのは女ばかりで、デレックには女の恋人がいるよ、と応えるとがっかりする。デレックにはゲイのケはないってのに。
「ただいま」
 作曲の話をしていると、マギーが帰ってきた。太り気味でアメリカ人にすれば背は低いほうのデレックよりも背の高い、華麗なる美女だ。アメリカの男は長身美女が好きらしく、俺にはでかすぎると思えるマギーはもてもてだと聞いていた。
「疲れた顔をしてるね、マギー」
 マギーが自室に入っていくと、デレックが言った。
「それでも帰ってきてくれてよかったよ。昨夜、約束したんだけど、帰ってくるかどうか心配だったんだ」
「喧嘩でもしたの?」
「そうなんだ。パーティで酔っ払って、俺が他の女とキスしたんで彼女が怒ってさ」
「そりゃ怒るでしょ」
「でな、その相談なんだけど」
 ますます声を低めて、デレックが俺に身を寄せてきた。
「あたしだって他の男とキスするからねっ、ってマギーが言うんだよ」
「したらいいじゃん。マギーってもてるんだろ。キスぐらいどうってことないもんな」
「いや、近頃は年齢的にそれほどはもてなくなってきたらしいよ」
 欧米の男は女の年齢を気にしないと言う日本の女はいるが、嘘である。大部分の男は若い女が好きだ。マギーの年齢は知らないが、俺から見ればおばさんだから、もてなくなってきたというのもうなずけた。
「エミーはキスぐらいどうってことないんだな」
「そうだけど……」
「マギーがおまえとキスしたいって言ってる。かなえてやってくれ」
「それが約束?」
 喧嘩の仲直りのダシに俺を使うなっ!! と言いたい。断ってもかまわない。けれど、キスぐらいはたしかにどうってこともないし、でっかいおばさんだとはいえ、美人とキスできるのはいやではなかった。
「ああ、いいよ」
「ありがとう、恩に着るよ」
 ドアが開いて胸元の大きく開いたドレス姿のマギーがコーヒーを運んできた。化粧も綺麗に直していてセクシーだ。彼女はコーヒーをテーブルに置き、俺の頬を大きな両手で包んだ。
「エミー、可愛いわね」
「あのさ……」
 抱きしめられてキスされる俺を、デレックがじっとり見ている。彼女の恋人が見つめている中で、そいつが公認しているとはいえ熱いキスをするのは、妙に刺激的で興奮してきそうだった。


4・キース

 出会ったばかりのころはミズキはガキで、俺には彼女もいたから妹のようにしか思えなかった。いや、そう思い込もうとしていたのだと、今になれば自己分析できる。
 風に揺れるたおやかな花のような、風に乗って舞う妖精のような、浮世離れした美少女だと誰もが言う、中根瑞樹。十七歳のミズキは、しとやかな女の子ではないのまでが絵になる美少女だった。
「高校生?」
「高校は中退した」
「不純異性交遊でもやったのか。ウリとか?」
「そんなのやらないよ。家出したから」
「家出か」
 事情はあるのだろうが、おいおい聞き出せばいいと思ったのは、俺もミズキのルックスに魅せられていたからなのだろう。俺に彼女がいても美少女は別だ。
 その上に、ミズキはフルートの音色のような声を持っていて、歌も天性の才能を感じられるものだった。俺たちのバンド「エターナルスノウ」はメンバーが多く、シンフォニックロックタイプの音楽をやる。当初はヴォーカルがいなかったのだが、メジャーデビューに当たってヴォーカルもいたほうがいいんじゃないか? との案が出たのだった。
 議論を重ね、オーディションしようかという話も出たりしていた中に、プロデューサーに紹介された中根瑞樹。メンバー一同、彼女の歌とルックスには文句のつけようもなく、仲間になってくれと懇願したくなっていた。
「中根って、関係ないよなぁ」
「関係なくはないから、あたしはプロになったらミズキとしか名乗らないの」
「関係なくないのか?」
 みんなで食事をしての帰り道、俺だけが車で来ていたから、ミズキを送る役を獲得できた。ミズキはなんとも思ってもいない様子で車に乗り、他の奴らにはやっかみ半分で冷やかされた。
「ロック界で中根っていえば……」
「そうだよ、グラブダブドリブの中根悠介」
「親戚?」
「妹」
「ええ?」
 デビューしたのは五年ほど前か、最近になってじわりじわりと売れてきているハードロックバンドだ。彼らの総合的な実力は日本ではナンバーワンではないかと、俺も注目していた。
「ギターの中根悠介だろ。雑誌で読んだぞ。彼はフィリピン人と日本人のハーフだろ。おまえもハーフなのか」
「異母兄妹だよ」
「似てるっちゃ似てるけど……」
 実力もナンバーワンならば、グラブダブドリブはルックスもそろいもそろって凄まじいほどによい。俺だってルックスは悪くないはずだが、中根悠介のそばに寄れば凡百の男だろう。
「あの中根の妹だっていっても、おまえだったらおかしくないよ。しかし、彼の両親は早くに亡くなったんだろ。中根悠介とおまえはいくつちがうんだ?」
「十ほどかな」
「そしたら変じゃないか。中根の親父は彼が幼児のときに死んだって……」
「いいのっ!!」
 激しい調子で遮られて、俺は口をつぐんだ。
「だからね、七光りだなんて言われたくないから、中根とは名乗らないの」
「おまえ、中根悠介が好きなのか」
「好きってほどよくは知らないよ。むこうもあたしのことはちょっとしか知らない。ふーん、おまえが俺の妹かって言って……つめたい目であたしを見た。小さいころから悠介さんのことは知ってたけど、その知ってるっていうのは……家出してこんな仕事に関わるようになって、むこうもあたしをちょっとだけ意識したのかな。なんなんだろ。悠介さんを見てると変な気持ちになって、からみたくなるんだ。無茶なわがままを言ったら、うるさいな、ひっぱたくぞ、って言われた。なんなんだろ、あのときの気持ち……」
「エムっ気をくすぐられたとか?」
「馬鹿、あたしはエスだよっ」
 助手席にすわっているミズキが、俺の長い髪を引っ張った。
「兄に恋したってしようがないから、好きなんかじゃないよ」
「そうか。それもそうだな」
 細くて小さな肩、強がっている白い横顔。いつかは俺はミズキを……いつかっていつなのか、ミズキをどうしたいのかもわかっていなかった、あのころは俺も若かった。
「ミズキ、来いよ」
「やだ」
「やだじゃねえだろ。来いって言ってんだよ」
「命令されるのは嫌いだよぉだ」
 あっかんべっ、と舌を出すミズキをとっつかまえて抱き上げてベッドに放り出し、服を脱がせる。ミズキは俺にじゃれついたり噛みついたりする。俺のやんちゃな仔猫……だなんて、陳腐な形容をしそうになっていた。
「おまえは悠介さんにだったら叱られたり、説教されたりするのは嬉しいって言ってたじゃないか」
「昔はそうだったよ。そういえばキース、言ったよね、おまえはエムかって」
「言ったっけな」
 覚えてるんだ、と俺はひそかに笑った。
「エムは男にこんなこと、しなくない?」
「そうなのかもしれないな。いてぇだろ。やめろ」
「やめさせてみな」
 十代のミズキにはなかったもの、それはこの色気だ。兄では断じてない男に恋をして、彼が振り向いてはくれないからこそ、兄だと思い込もうとしていた幼いミズキ。俺はいつしかこいつに恋をした。
 一筋縄ではいかないミズキは簡単には彼女にはなってくれなかったから、セフレからはじめてすこしずつすこしずつ口説いた。今でもミズキは俺ひとりの女ではない気がする。それでもいいと言ってはみても、そんな台詞は俺の気取りだとしかいえない。
 強く抱きしめてキスでくちびるをふさぐ。細くて弾力のある裸身が激しくしなう。このキスでミズキをつなぎとめておきたいと願い、その願いはかなわないのかとこころもとなくて、何度も何度もキスをする。ミズキも応えてはくれるものの、時として心が浮遊してどこかに漂っていくようで、もう一度、もう百度とキスをする。ひたすらにキスをする。

END








 
スポンサーサイト


  • 【FS冬物語「トドノネオオワタムシ」】へ
  • 【FS冬物語「白い天使が降りてくる」】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

色んなシーン満載でしたね

分かるなぁ。某アイドルグループも確信犯的にやっています。
ステージでいちゃつくと、ファンは喜ぶんですよね。
でも私が最も萌えたシーンは……しょっちゅうハンケツになっているAIBAちゃんのズボンを、J-MATSUMOTOが、歩きながらくっと上げてやった場面でした。って、何の話やら。
さてさて、そんなに上手くないのにファンがつく、みんなが楽しむ、そんなグループって確かにいますね。なんだろ。コンセプトがはっきりしているとか、何かしら光るものがあるんでしょうね。ただ上手い人なら山のようにいますもの。
そして、色んなキスの場面。ほんと色々あるんだなぁ。音楽に絡めただけでもこんなに。『ニューシネマパラダイス』のラストシーンを思い出しちゃいました。

大海彩洋さんへ

いつもありがとうございます。

章がKISSを歌っているのを聴いた幸生が、「あいつ、欲求不満?」と妄想するシーンが浮かびまして、そこから話が広がっていきました。

AIBAちゃんにJ-MATSUMOTOさんですか。そっち方面には疎い私も、さすがにその名前でわかります。大海さんはそちらも守備範囲なのですね。
ってことは、ファンクラブに入っておられる? ファンクラブに入っていてもライヴチケットが手に入らないとか聞きますが、なにかしらの手段を持っておられるわけですよね。

私ははるか昔のアイドルグループ、大海さんも私も好きなプロ野球チームと同じ名前のGSのコンサートに行ってきまして、初老男性たちがオヤジギャグでふざけているのを聞いてけっこう萌えてました。(^^;

音楽の世界って上手だとか、歌や楽器の才能があるってだけでは売れませんよね。
小説や絵や写真にしても、強烈なインパクトが大切なのかな。あとは、継続も大事かもしれませんね。継続だけではなく新鮮味とか……うーん、むずかしい。
管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【FS冬物語「トドノネオオワタムシ」】へ
  • 【FS冬物語「白い天使が降りてくる」】へ