ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS冬物語「寒い夜だから」

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フォレストシンガーズ

「寒い夜だから」

 フレンチ・ボウだのジャーマン・ボウだの、運弓だの運指だの、楽器にもクラシックにもなじみの少ない俺は戸惑うことばかりだ。
 
 シューベルトの交響曲「鱒」を五人で演奏する。500回目の単独コンサート、フォレストシンガーズは五人、「鱒」は弦楽五重奏、そのような関連があってこその、クリスマスコンサートでの特別企画だ。ピアノと弦楽器を使う演奏のうちで、俺はコントラバス担当と決まった。

 演奏すべき曲にとりかかる前に、ざっと基本を学ばなくてはならない。ベースギターといえばリズム楽器だが、コントラバスのみで曲を演奏するということもできる。勉強にはなったが、俺にはむずかしすぎる。基本を教えてくれた先生は言っていた。

「この曲はピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロそしてコントラバス、珍しい編成なんですよね。時代背景というものもあって、低音部を充実させるためにコントラバスが用いられたんですよ」

 なるほど……と思うほどの基礎知識もない俺が相手では、先生も講義しにくかっただろう。
 ごくごく基礎というところの勉強をしてからは、俺はひとりで練習している。今夜も乾さんがプレゼントしてくれたコントラバスを持ち込んで、夜中のスタジオにいた。

 ここはフォレストシンガーズが練習するために借りているスタジオではない。俺にコントラバス奏法の基礎を教えてくれた先生が紹介してくれたスタジオで、楽器演奏の練習をするにふさわしい設備がそろっている。

 ギーコギーコ、ガガガガガコガコギーギー。
 シンガーのくせして耳はよくないほうの俺にだって、初心者以下の俺のコントラバスはそんな音を立てているのがわかる。たまさか五人で音合わせをすると、まずは本橋さんが、勘弁してくれっ!! と叫ぶ気持ちもわかる。今回の奏者のうちでは本橋さんただひとりが、プロなのだから。

 変な音を締め出すためにも、俺は考える。ガギガギギシギシ、ギギギギギーッ、けっこう練習を積んでいるつもりなのに、いっこうに上達しない俺のコントラバス。
 ガ行の擬音が頭を混乱させる。その上に、暖房は入っていても、冬の夜は次第に冷えてきていた。

 ピアノの本橋さんに続いては、幸生の耳がいいのだそうだ。幸生はチェロ担当で、器用なおかげもあっていくらかは腕を上げている。幸生だけは聴ける音になってきた、と本橋さんは言っていた。
 はじめのうちはコントラバスはまあましだと言ってもらえていたのだが、章のチェロも乾さんのヴァイオリンも上達してきているから、俺がいちばんひどい。なんとかしなくちゃ、みんなに迷惑をかけてしまう。

「歌ってのは才能もあるよ。生まれ持っての才能があるんだから、てめえの上限を超えるってことは不可能に近いのかもしれない。だけど、上限まではうまくなれるんだ。プロと名乗る以上は、自分にとって最高の歌を聴いていただくのがつとめだろ」

 若いシンガーに説教していた、乾さんの言葉を思い出す。俺の楽器の才能の上限は低く、俺の身長以下なのかもしれないが、まだそこまでは達していないはず。がんばれ、シゲ。

「おー、耳が……耳が……耳が……シゲ、やってるな」
「ロクさん」

 大きな荷物を持ってスタジオに入ってきたのは、先輩シンガーのロクさんだ。ダーティエンジェルズという男性ヴォーカルグループで人気者だった彼は、グループを解散したあとはプロデューサー業に就いている。プロデューサーとしての名刺には「ダーティ六輔」と刷ってあった。

 お笑いの方? と言われるんだよ、と笑っているロクさんは、五十代であろう。中背細身のダンディな男で、時々再結成もするダーティエンジェルズではずっとベースマンだから、俺とは仕事の話も合う。去年は彼に誘われて、ベースマンばかりのユニットに参加させてもらった。

「暇さえあればシゲはバスの練習してるって聞いて、今夜もここにいるんじゃないかって聞いて、来てみたんだよ。ほい、さしいれ」
「ありがとうございます」
「俺が作ったんだ。最近、おにぎりに凝っててさ」
「……感激です」
「泣くなよ、シゲ」

 泣きはしないが、下手なコントラバスを練習していると、空腹感がつのってきていた。いい加減でやめて夜食を食って帰ろうかと思っていたところだから、本当に感激だった。

「これは漬物を刻んで握ったんだ。俺、漬物にも凝っててさ、糠漬けやしょうゆ漬けやピクルスやって、いろいろ漬けてるんだよ。暇な中年だな」
「うまいです」
「泣くなって」
「泣いてませんが……」
「それとさ……」

 荷物の中には握り飯の包みと、楽器が入っていた。十個ほどもあった握り飯を俺が三つほどごちそうになると、みんな食っていいんだぜ、と言いながら、ロクさんはマラカスを取り出した。

「これを振って踊ってやるから、調子のいい曲を弾いてくれよ」
「俺は先生が作ってくれた、簡単な練習曲を練習してるだけですから、他の曲なんか無理ですよ」
「これが楽譜? 見せて」

 楽譜を取り上げたロクさんは、もっと食っていいぞ、と言いつつ、部屋から出ていってしまった。
 もっと食っていいぞと言われても、大きな握り飯を三つも食えば一時的には満腹だ。楽譜もなくなったので無意味にコントラバスをギーギーやっているしかない。そうしているとよけいに冷えてくる。ロクさん、遅いな、なにやってるんだろう。

 どのくらいの時間がすぎたのか、男の声がふたり分ほど、遠くから聞こえてきた。ロクさんがスタジオに顔を出して、俺を手招きした。

「シゲ、あっちのスタジオに来いよ。コントラバスも持ってこい」
「あっちですか」
「握り飯も持ってこい」

 重たい楽器とおにぎりをあっちのスタジオに運び込む。そちらにはピアノがあって、その前に年配の女性がすわっている。この方は……気がついて俺は頭を下げた。

「上久保古都さんでいらっしゃいますよね」
「覚えてて下さった? 弥生ちゃんがいつもお世話になってます」
「こちらこそ、うちの本橋や三沢がお世話になっています」

 幸生の親友だそうな、春日弥生さんの友人であり、本橋さんと弥生さんと三人での小さなライヴをやったこともある、ピアニストの古都さんだ。古都さんがピアノを弾いてくれる? 俺はパニックを起こしそうになった。

「なにを泡食ってんだよ。俺が歌ってやるから、さっさとやれ」
「ほい、アレンジしたよ。俺は踊るから」
「ロクの踊りはろくでもねえだろうけど、真夜中のセッション、やろうぜ」
「ヤスシさん……」

 生まれてはじめて、俺が生で見て聴いたコンサートは高校生のときのダーティエンジェルズだった。なのだから、もしかしたら縁があるのかもしれない。ロクさんがアレンジした曲はラテンふうのダンスミュージックになっていて、楽譜を見て眩暈を感じたのだが。

「俺、ウッドベースだったら弾けるよ。ちょいとちがうのかもしれないけど、コツってのは同じかな。コントラバスは弓を使うのか。ま、堅いことはなしで……」

 こうやってな、とヤスシさんがコツを教えてくれると、やれそうな気がしてきた。
 美しいピアニストのピアノと、ダーティエンジェルズのロクさんのマラカスとダンス、同じくダーティエンジェルズのメインヴォーカリストで、現在は渋い大人の歌手、ヤスシさんの歌。そこに俺のコントラバスをからませるなんて、恐れ多すぎて手が震えるが、やるしかない。

 軽やかなピアノの音、甘く響くヤスシさんのヴォーカル、掛け声とともにステップを踏む、ロクさんの軽妙なダンス。寒い夜が一変して、情熱のラテンの一夜みたいになってきた。

「シゲ、その調子でやればいいんだよ。軽いもんだろ」
「軽くはないですが、はい、がんばります。ヤスシさんもロクさんも古都さんも、ありがとうございました」

 どこかで一緒に飲んででもいたのだろうか、ベテランミュージシャンのお三方ともにほんのり酔っているらしい。この方々と較べれば俺はひよこだ。歌もひよこなのに、楽器なんか卵以下だ。そう考えると気持ちだけは軽くなれた。

SHIGE/34歳 END






 
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~ Comment ~

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しげちゃんのコントラバスのガ行の音が、聞こえてくるようです。
初めてなんですよね?
初めてなのに、コントラバス・・・。
ああ、大変そう。でも、何かとそうやって変わった企画を立ててファンを楽しませてくれるんですよね。本人たちは大変だろうけど。
私の好きな劇団のメンバー5人は、それぞれに作詞作曲をして、自ら歌う・・・という企画をやったんですが、みんなすっごく楽しい歌を作ったりして、びっくり。歌もめっちゃ美声!
秀でたものを持ってる人は、ほかにも優れた何かを持ってるんだなあ・・・なんて、うらやましくなりました。
しげちゃんは、その人望というか、愛され体質が武器かな?
うまくできなくっても、きっとファンは喜びますよ。(ってなんで、慰めモード?)

limeさんへ

いつもありがとうございます。

シゲはコントラバスは、一度だけちょこっと演奏して、ああ、もうこりごり~だった経験があります。私は弦楽器はギターにしか触れたこともないのですけど、ギターがいちばん易しいそうですものね。
ギター以上にむずかしい弦楽器なんて、まともな音も出ないでしょうね。

劇団のみなさんはいわゆる「一芸に秀でたひとは他の才能もある」というやつですね。神さまって不公平ですよねぇ。
limeさんも絵も小説も才能がおありなのですから、きっと私は知らない他の才能も持ってらっしゃるんだろうなぁ。

このあと、幸生視点のクリスマスストーリィで、このコンサートについてちょっと書きます。
シゲとしましては、みんなの邪魔にならない程度に無難にこなせたらそれで万歳、だと思います('◇')ゞ

タイトル通りに寒い日が続きますね。

音楽でユニットやグループを組んでいる人達は若者受けするギターだけでなく、こういったクラシックのような形をたまにするグループもいたりしますよね。

フォレストシンガーズもただのフォークだけでなく、楽器も扱ったりして、幅を広げているなって思いました。

音楽家も耳がいいからって、優秀ではなく、世間にいい音楽を提供できるわけではないですからね。
ベートーベンも難聴になりましたが、いい曲を出し続けましたからね。
基礎は大事ですけどね。私も音楽関連のタイトルの作品の長編がありますが、決して音楽に詳しいわけではなく、ネットで調べたのも、そんなにない方です。

先程はこちらへのコメントありがとうございました。
関心を持ってくれて感謝してます。
以前にBLならぬMLを描きたいと言ってたと思うので、今回書く事になりました。

今年も大変お世話になりました。年末は忙しいでしょうけど、あかねさんもお体に気をつけて、良い年をお迎えください。

想馬涼生さんへ

コメントありがとうございます。

大阪はあまり寒くなくて、年末気分になりにくいのですけど、そちらは寒いですか? まあ、大阪は12月だと例年でもそう寒くもないのですが、今年は特にあったかな冬です。

耳が不自由なのに作曲をしたり、演奏をしたりするひと……想像すると眩暈がしそうです。
そういう人は本当に、俗にいう、心の耳で音を聴いていらっしゃるのでしょうね。

私もまったく音楽には詳しくありませんし、ピアノもギターもかじっただけで投げ出したようなものですが、楽器が好きなんですよね。楽器のフィギュアを集めているほどです。

私なんかはミーハーですから、中年のお相手だったら美少年がいいなぁ、なんて思ってしまうんですけど、BLとなるとファンタジー的にとらえてしまうからなんでしょうね。

想馬さんも楽しい年末年始をおすごしくださいね。
来年もよろしくお願いします。
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