番外編

番外編102(わがままかぐや姫)

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番外編102

「わがままかぐや姫」


 十二単を着てちんまりとスタジオの椅子にすわっている、おちょぼ口の美少女、現代日本にこんな面立ちの若い女の子がまだいたのだと、隆也は感動さえ覚える。
 今宵はことのほか月が美しい。そんな夜だからこその社長の手配か。なんだか変だけどな、と思わなくもないが、隆也は彼女に魅せられていた。この世のものとも思えぬほどに、あえかに現実離れした姫君だった。
 フォレストシンガーズデビュー十二周年記念ビデオクリップ集は、ビデオとはいってもDVDである。十二周年なのだから十二の月をテーマにして、日本らしい風物で各月の映像と歌を入れようということになった。
 猶予はあるので構想がまとまったところから撮影開始。まずは九月の「月」の企画が完成した。
 中秋の名月、月の歌、月といえば日本最古のおとぎばなし、かぐや姫だ。「あなたはもう忘れたかしら」という抒情フォークソングも隆也の頭に浮かんだので、神田川の見えるアパートで暮らす貧乏学生を主人公に設定した。
 そのために社長が手配してくれた、かぐや姫役の美少女なのだろう。社長も素早いな、と思いながら、隆也は彼女に話しかけた。
「はじめまして。乾隆也です。あなたのお名前は?」
「カグヤ」
「もしかしたらこの役で女優デビューなのかな? だから芸名もカグヤにしたの? カグヤちゃんって呼べばいいかな。マネージャーさんなんかは? いない? ひとりで来たの? 荷物は? 着替えは? メイキャップ用品とかバッグとかもない? そんなんで大丈夫?」
 首を縦に振ったり横に振ったり、無口な女の子だ。はい、いいえ、とはきはき返事しなくちゃ、と教えるべきかもしれないのだが、緊張しているのかもしれないと思い直した。
「そんならしようがないね。ケータイくらいは持ってるんだろ。その十二単ってなんでも隠せそうだね。俺はなにをすればいいのか……リハーサルだよな。そのために来てくれたんだよね」
 貧乏学生を演じるには年齢的につらいものがあるが、皆に推されたので隆也が主役と決まった。
 三畳一間の小さなアパート、侘しいひとり暮らしをしている隆也のもとに、月からやってきた美少女。かぐや姫とはいっても比喩なのだから、十二単を着ている必要はない。なのに、どこかで指示をまちがえたのか、平安時代のお姫さまふうの美少女が来てしまった。
 髪はカラスの濡れ羽色、つやつやなめらかなロングヘアが背中に垂れている。メイクも古風で、リハーサルで着物や化粧が崩れたらどうすればいいのだろうか。俺には直してやれないぞ、と隆也は先のことまで心配していた。
「……やはり、きみがひとりだってのは不安だな。マネージャーさんでも誰でもいいから、大人に来てもらってくれない? ケータイは? 持ってきていない? 困ったな」
 小首をかしげて、ううん、ううん、という仕草をするカグヤを見下ろして、隆也は腕組みをした。思案の末、事務所に電話をかける。出てきたのは事務員の玲奈だった。
「社長は出かけてますよ。ええ? DVDのための女の子? そんな子が来るとは聞いてませんけど、社長ったら忘れてたのかしら。カグヤって名前の女の子ねぇ。私も知らないんですよね」
 同行者もいない、荷物も持っていない、隆也が事情を話すと、玲奈が来てくれた。スタジオから事務所は徒歩で行ける距離なので、玲奈は走ってきたようだ。
「きゃあ、かぐや姫」
「だろ。設定にはどんぴしゃなんだけど、俺としてはどう対処すればいいのか、困るんだよ」
「それもそうですよね。この子、いくつですか?」
「カグヤとは名乗ったんだけど、それ以外は首でしか返事をしないんだ」
「お行儀悪いよって、叱らないんですか」
「叱るったってね……」
 行儀の悪い子どもにはお説教をしたがるのが乾隆也だ。二十歳でオフィス・ヤマザキに就職してからの三、四年は、玲奈だってよく叱られた。
 中学生ぐらいにしか見えないカグヤが相手では、隆也も勝手がちがうのか。カグヤから見れば三十代のおじさんである隆也は、彼女を扱いあぐねている。それならば私が、とデスクをはさんで向かいにすわった玲奈を、カグヤは冷たい目つきで見た。
「カグヤちゃんってどこの事務所に所属してるの? 女優さんっていうか、子役かな? 何歳? 苗字は? ねぇ、なんとか言ってよ」
「首の返事もしなくなったね」
 つんっと顎をもたげたカグヤは、玲奈の質問には反応しない。隆也と玲奈がかわるがわる質問しても答えずに、しまいに言った。
「カグヤ、このひと嫌い」
「そういうことを言うもんじゃないよ。しかし、社長が手配してくれたんだよな。俺はカグヤちゃんを相手にリハーサルをやればいいんだろうか」
「神田川プラスかぐや姫の九月篇ですよね。相手役が子どもすぎません?」
「かぐや姫なんだから……ああ、そっか。俺と彼女は同棲しはじめ、彼女は成長して大人になっていくんだ。最初はカグヤちゃんで、後には大人の女優さんが演じてくれるんだよ。紫の上も含んでるのかな。社長も手の込んだことを考えるもんだね」
「そっかなぁ」
 フォレストシンガーズ側から注文が出たなら社長もがんばるだろうが、そこまで自ら考えるおじさんだとは玲奈には思えない。この台詞は隆也の願望も加わっているのだろうか。
「そうすると、彼女は最初のかぐや姫だよね。脚本はできてないから早すぎるかとも思うんだけど、社長が連れてきてくれたんだから第一回目のリハーサルをやるよ。かぐや姫がベースだもんな」
 このスタジオを窓から神田川の見えるアパートだと見立てよう。裏手には竹林がある。今どき、都会の真ん中にそんなものがあるのかどうか知らないが、隆也の学生時代にだったらあったかもしれない。
 セピアトーンにしてもらってノスタルジックな映像にしよう。考えていると隆也のイマジネーションがはばたいていく。カグヤがずっとすわっている椅子を竹に見立てて、かぐや姫を発見するところからスタートした。
「なんて……なんて美しいんだ。きみは俺の……かぐや姫だね。煌々たる月に照らされた、まぶしいまでの姫……我が夫子が 来べきよひなり ささが根の 蜘蛛の行ひ 今宵しるしも」
 古典文学専攻の乾さんらしいセリフだな、と玲奈は隆也の演技を眺めている。
 玲奈にはあんな態度だったくせに、カグヤは隆也にはとろんとした目を向ける。おいで、と囁いた隆也に腕を伸ばし、抱き上げられるのに身をまかせているカグヤはたしかに美少女だが、嫌いと言われたのも手伝って、玲奈としては彼女が気に食わなくなってきていた。
「うん、玲奈ちゃん。この子を見ているとストーリィができてきたよ。漠然としたものが形になってきつつあるから、今日はここまでにして帰って脚本を書こうかな」
「乾さんが脚本を書くんですか?」
「もとになるものを書くよ。カグヤちゃん、ありがとう。きみはどうやって帰るの? あれ? どうした? あれれ?」
 いやいやとかぶりを振って、カグヤは隆也の腕から離れない。仔猫のようにしがみついて、うっとりとした顔をしていた。
「乾さんは慣れてますもんね」
「なにが?」
「とぼけちゃって……カグヤちゃん、今日はリハーサルはおしまいだよ。ちゃんと教えてくれないと、あなたを送っていってあげられないの。どこの事務所から来たの?」
「カグヤちゃん、俺にだったら教えてくれる?」
 まったく憎たらしいことに、カグヤは隆也の耳に口を寄せた。隆也はふむふむと聞いてやってから言った。
「いや、そこまでは送っていけないな。本当はどこに住んでるの? いや、だからさ、冗談じゃないんだから、困らせないで。もう一度言いなさい。んん? カグヤちゃん、いい加減にしなさい」
 自分に向けられると隆也の叱責は少々怖いのだが、憎らしく思える女の子が叱られているのは、玲奈には小気味よく思える。隆也の口調にきびしさがこもってきた。
「ふざけてるんじゃないんだよ。本当のことを言いなさい。カグヤ、いい加減にしろよ」
「乾さんったら、そんなにきつく言ったら泣いちゃいますよ。カグヤちゃんはなんて言ってるの?」
「月」
「へ?」
「もう一度言ってごらん、カグヤちゃん」
 腕の中のカグヤは、隆也の耳元で何度も繰り返したのと同様に、月、と呟いて小さな指で夜空を示した。そこには鮮やかにくっきりと、月が見えていた。
「真実かと聞きてみつれば言の葉を飾れる玉の枝にぞありける」
「乾さん、そういうわけのわからないのはもういいですから」
「わけわからなくはないだろ。名残なく燃ゆとしりせば皮衣思ひの外にをきて見ましを」
「なんなんですか、それ」
「竹取物語に出てくる短歌だよ」
「私には意味わかんない。それよりも、この子をなんとかしなくちゃいけないでしょ」
「それもそうだ。カグヤ、正直に言え」
 小さな指は変わらず、夜空の月をさすばかり。ここに至ると隆也としても、おかしな心持ちになってきた。
 DVDのためのドラマは発案こそしていたが、リハーサル段階には早すぎたはずだ。山崎社長は先走りは好きだが、なんの相談もなく女優を連れてきたりもしないはず。しかも、女優をひとりで来させてほっぽっておくはずもない。
 すると? 十二単……小さくて軽い、本物のお姫さまみたいな女の子。隆也はおとなしくおのれに抱かれている美少女を見つめた。
「乾さん、危ないっ!!」
「うわっ、びっくりした。玲奈ちゃん、なにがっ?!」
「私の目の錯覚だったのかな。その子が牙を出して乾さんに噛みつきそうに見えたんです」
「脅かすなよ。かぐや姫じゃなくて吸血姫だってのか」
 お姫さまはとうてい、脅威には見えない。けれど、これからどうしたらいいのかわからなくなって、隆也は玲奈と見つめ合っていた。
「……ん? あっ?!」
「玲奈ちゃん、また……ええ? あーっ?!」
「UFOだーっ!!」
 夜空を示して、玲奈が叫ぶ。カグヤは隆也にしがみついたまま、茫洋というのか、悠揚迫らずというのか、超然としている。隆也と玲奈が固まっているうちに、閉まっていた窓が開いた。現実では裏手は神田川ではなく、キャッチボールぐらいだったらできる空地だ。そっちのほうからUFOが飛び込んできた。
「きゃっ!!」
「うわっ!!」
 咄嗟に隆也は片腕でカグヤをしっかり抱きしめ、もう片方の腕で玲奈を抱き寄せた。きゃっ、の悲鳴の中にはまぎれもなく、きゃああ、乾さんに抱かれてる、ごめんなさい、旦那さま、との、玲奈から夫への謝罪も混ざっていた。
 なにがなんだかわからないが、女の子たちは守らなくては、隆也は本能的にふたりの女性を抱きしめる。玲奈は身を固くしていたが、カグヤのほうはふわりと隆也の腕から抜け出した。
「……あ……」
「きゃ……」
 UFOとは「未確認飛行物体」なのだから、ここで確認されている物体はUFOではない。流線型の小さなロケットのような飛行物体だ。物体が光線を発射する。宙に浮かんだカグヤは光に包まれて、物体の中に吸い込まれていった。

「呉竹の世々の竹取野山にもさやは侘びしきふしをのみ見し」

 どう考えても物体はカグヤよりも小さいのに、どうやって吸い込んだのだろう。隆也と玲奈はほぼ同じ疑問を胸に、窓から出ていく飛行物体を呆然と見送っていた。

「今はとて天の羽衣着る折ぞ君を哀れと思ひ知りぬる」
「乾さんったらまた。そんな呑気な……」
「今の声は俺じゃないよ。玲奈ちゃんにも聞こえた? あのUFO……じゃないんだけど、UFOでいっか。あいつが喋ったんだ。喋ったってか……ああ、もう、UFOでも喋ったでもなんでもいいよ。まともに考えたら頭が変になる。あいつが竹取物語の和歌を呟いていったんだよ」
「UFOじゃない?」
 意味不明ではあったが、なんだっていいと隆也が言うのならばなんだっていいのだろう。玲奈も隆也の腕から抜け出した。
「玲奈ちゃんは無事だね」
「はい、おかげさまで……今の、なんだったんですか?」
「きみと俺が見た通りだろ。玲奈ちゃん、ケータイが鳴ってるよ」
 事務所の社長からの通話に、玲奈は出た。
「事務所にいないからケータイにかけたんだ。私は遅くなるから、今日は戸締りして帰っていいぞ。あん? カグヤっていう女優? リハーサル、私は知らんよ。なんだね?」
「ああ、そうですか」

「逢ふ事も涙に浮かぶ我が身には死なぬ薬も何にかはせん」

 月に帰っていったかぐや姫をしのんで、主人公が口ずさむ歌はこれで決まりだ。

「年を経て波立ち寄らぬ住の江のまつかひなしと聞くはまことか」

 こんなふうな後日談もあってもいいかもしれない。隆也は玲奈と社長の通話を片耳で聞きながら、そうじゃないかと思ってたんだ、最初から心のどこかには、そうじゃないか、きっとそうだ、との想いがあったんだ、と再確認していた。
 今宵の美しい月が見せたマジック。こんなのを現代的に考えてはいけない。俺の心に美しいイメージを残していったかぐや姫は、想像通りのわがまま姫。それもまた楽しからずや。

END





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~ Comment ~

あらあら

乾さん、月の姫にもファンがいましたか……
月から聴いていたのかもしれませんね、乾さんの声が月まで届いていた??
ちょっと不思議なファンタジー、なかなかいい感じで読ませていただきました。
乾さん、何だか変だとか思いつつ、優雅に歌など口ずさんでいる……らしいなぁ。
でも、やっぱりかぐや姫って我儘イメージ……^^;
あの某金融会社のコマーシャルの、債務があるのに月に帰ろうとして「月からは遠いし」とか勝手なことを言っているかぐや姫のイメージが、結構的を射ているような気がしていたのですが、この幼いかぐやの子どもっぽい我儘も、なかなかの印象深さです。
物語に、古い物語を絡める、さすがあかねさん、と思いながら拝読しました。
和歌の解説を書いておいて欲しいなぁ(*^_^*)

大海彩洋さんへ

いつもありがとうございます。

実は著者は、このかぐや姫はいったいなんだったのか? と無責任にも首をかしげていました。
大海さんのその解釈、いいですね。
それ、いただいて続編を書くつもりでいます。

コマーシャル、ありますね。
あのかぐや姫は白人っぽいので、あんまりびんと来ませんが、かぐや姫はわがまま、日本人共通認識かもしれません。

Alfeeの高見沢さんのソロアルバムに、かぐや姫をモチーフにした曲があります。
「俺はこの命すべて賭けても、必ずあなたをこの腕に抱きしめる」
というような歌詞が激しい曲調に乗って歌われていまして、男はああいう姫が好きなんだろうなぁ、なんて思っていました。

和歌のほうは……私としましてはなんとなく意味がわかるかな、程度ですので、雰囲気を感じていただければと。
重ね重ね、無責任ですみません。
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