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小説356(眠れぬ夜)

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フォレストシンガーズストーリィ356

「眠れぬ夜」


1・翔太

 受験勉強から解放されて約一ヶ月。高校生活にも慣れてきたゴールデン・ウィーク。今年はのびのび遊べるぞーっ、遊ぶぞーっ、と思っていたら、三沢幸生が俺を誘った。
「翔太って彼女はいないんだろ?」
「いないよ。そんなもんほしくもないし」
「はいはい。ほしくないって虚勢を張ってなさい」
「虚勢なんか張ってねえよ。女なんかいらないんだ」
「きみね、それは男としては不健康だよ。うん、その話はまたにしよう」
 またにしても今にしてもいらねえよ、と言う前に、三沢は言った。
「学校ってのはカレンダー通りにしか休めないからゴールデンってほどでもないけど、三笠公園でゴールデンウィークフェスティバルってのがあるんだよ」
「知ってるけど、子どもだましだろ」
「子ども向けのショーだとかもあるけど、音楽祭をやるんだ」
「音楽か。おまえって音楽好き?」
「翔太は嫌いなのか?」
「嫌いじゃないけどさ」
 特別に好きなわけでもないが、たいていの高校生と同じくらいには好きだ。
 三沢幸生とは中学校はちがっていたので、高校に入って同じクラスになって、隣同士の席になった。彼は休憩時間になると喋りまくり、下手をすると授業中も喋りまくり、先生に怒られると言い訳と謝罪を喋りまくり、俺が相手でなくとも誰とでも喋りまくり、の喋りまくり男だった。
 あいうえお順で、松前と三沢という近い姓だったから席が隣同士になったにすぎなくて、それでも気が合ったから親しくなった。俺は彼女なんかいらないけど、友達はいらなくはないので、三沢と親しくなったのは嬉しくなくもない。三沢が俺を翔太と呼ぶので、俺も彼を幸生と呼ぶようになった。
「そしたら行こうよ。おまえは彼女はいらないのかもしれないけど、俺はほしいんだからさ」
「音楽祭に行ったら彼女ができるのか?」
「できるように努力するんだよ」
「意味わかんねえけど、行ってもいいよ」
 おー、行こう行こうということになって、五月最初の日曜日に三笠公園にやってきた。
 横須賀市の観光名所のひとつ、海の見える公園だ。幸生にしても俺にしても横須賀で生まれて十五年もたつので、こんなところは見飽きている。今日はフェスティバルなので賑やかな飾りつけがされていて、楽しげなムードになっていて、いつもとは若干ちがって見えた。
 途中で俺はチョコバナナを買った。幸生は甘いものは嫌いだからと、フランクフルトを買って食べながら歩く。歩いていると音楽が聴こえてきた。
「ああ、白いサンゴ礁だ」
「青いサンゴ礁……じゃないよな」
「青いほうは俺たちがガキのころに流行った歌だろ。白いサンゴ礁は母ちゃんたちが若いころに流行った、グループサウンズの歌だよ。今、むこうのほうでどこかのバンドが演奏してるのは白いほう。ズー・ニー・ブーはルックスが売りのGSとはちがったタイプのグループかな」
「おまえ、なんでそんな古いこと知ってんの?」
「母ちゃんがGS好きなんだ。古いレコードをいーっぱい持ってて、時々かける。親父も嫌いじゃないみたいで、俺もガキのころから散々聴かされたんだ。GSだとか同じ時代の歌謡曲だとか、ロックビートのきいた古いタイプのアップテンポな曲、大好きになったんだよな」
 マザコンかよ、と思わなくもないが、マザコンというのとはちがうのかもしれない。三笠音楽祭の会場につくまでは、幸生はグループサウンズについて語っていた。
「翔太の母ちゃんは若いころに好きだった音楽の話とか、しないのか?」
「してるみたいだけど、まともに聴いてないもんな」
「そのうち、翔太んちに遊びにいっていい?」
「いいよ」
「姉ちゃんか妹っている?」
「弟しかいねえよ」
「母ちゃんはいるんだよな。そんならいいよ」
 母ちゃんになんの用だ? とも思ったのだが、いちいち質問するといちいち答えが百倍になるので訊かない。音楽祭の午後のプログラムが開始れたばかりのようで、人も大勢集まってきていた。
 ステージには全員が二十歳ぐらいに見えるバンドがいる。歌っているのは女の子で、楽器は男だ。幸生は熱心に演奏を聴いては、あ、真っ赤な太陽だ、あ、星のフラメンコだ、と俺の知らないタイトルを口にする。俺は知らない曲なので、タイトルが正しいのかどうかもわからなかった。
「ロカビリータッチの歌謡曲が得意なのかな。あ、えと、これは……」
「これだったら知ってるよ。ヤマトのテーマだ」
 リアルタイムで放映されていた当時には俺は生まれてもいないが、ビデオで見てはまった。歌だってもちろん知っている。俺が歌うと幸生も歌い、演奏が終わるとステージの女の子が言ってくれた。
「そこの彼たち、歌、うまいね。ちっちゃいほうの彼は声が高いんだ。ものすごく上手なんじゃない?」
「えへっ、ありがとうーっ!!」
「じゃあ、次も歌ってね」
 彼らの演奏する曲を幸生は全部知っていて、歌詞も正確に歌った。俺はアニメソングだったら知っているから、幸生と競うようにして歌った。
「幸生、歌いすぎて喉がからからだよ。なにか飲もうぜ」
「そうだな。あー、気持ちよかった」
 グループがステージから引っ込み、幸生と俺はやや離れた売店の並んでいるところに行く。コーラを買って飲みながら、幸生が言った。
「おまえってアニメおたく?」
「おたくじゃないけど、アニメは大好きだよ。おまえは歌謡曲おたくか」
「歌のおたくかもしれないな。翔太、ほんとに歌、うまいじゃん。だけど、俺のほうがもっともっと、ずっとずーっとうまいだろ」
「もっともっと、ずっとずーっとでもないけど……」
 うまいのは認めざるを得ない。あのヴォーカルの女の子も特に幸生をほめていた。幸生は小さな身体をそっくり返らせて言った。
「俺、小学校のときには少年合唱団にいたんだ」
「へぇぇ。中学の部活は?」
「帰宅部」
「高校は?」
「おまえとおんなじ、帰宅部だよ」
「だな」
 話す声も高いが、歌う声はとびきり高い。変声期はまだなのか? というような子どもの声でもないようだが、幸生が変わった声をしているのはまちがいなかった。
 友達になったのは高校生になってからだから、知らないことも多い。幸生はこれからも俺をびっくりさせそうな、そんな予感がした。
「俺、あのヴォーカルのお姉さんに恋されちゃったかなぁ」
「誰が、誰に?」
「だから、ヴォーカルのあのお姉さんが三沢幸生くんにだよ」
「ないないなーい」
「どうしておまえにそう言えるんだ? 彼女は俺を賛美の目で見つめてたよ」
 歌を褒めてくれただけでそんなふうに考えるとは、おめでたい奴だ。
「あのグループの楽屋ってどこにあるんだろ。翔太、行こうよ。絶対に彼女は喜んでくれるから」
「喜んでなんかくれないよ。追い出されるに決まってんだろ」
「そんなことないって。しかし、あのグループには男もいたよな。俺がお姉さんに恋されて、幸生くん、今夜は一緒に……なんて言われたとしたら、男どものジェラシーによって危害を加えられる恐れもある……では、どうする? どうやってあのお姉さんに……翔太、彼女の名前はなんていうんだろ?」
「いいからさ、次、あっちに行こう。ほら、あっちのステージで美少女戦隊ショーをやってるぞ」
「美少女か。それも興味なくもなく、行くのはやぶさかでなくもなく……」
「いいから来いって」
 幸生の着ているシャツの袖を引っ張って、俺の行きたいほうへと連れていく。幸生は俺に引っ張られながらも、永遠に終わらなそうなお喋りを続けていた。


2・蜜魅

幸運にもグラブダブドリブをモデルにした漫画が編集者の目に留まり、プロとしてデビューできた。けれど、私が本気でファンなのはフォレストシンガーズだ。グラブダブドリブのほうがビジュアル的にはずーっとうるわしくて、人気もあるから題材に選んだだけ。
 本音を口にすると怒るひともいる。私だってグラブダブドリブは嫌いってわけでもないし、フォレストシンガーズはあまり有名でもないので、アンケートなどで好きな音楽は? と訊かれると、グラブダブドリブ、と答えてはいる。
 フォレストシンガーズのファンになったのはいつだっただろう、東京に出てきてはいたものの、認められてはいなかったころにラジオを聴いていたら、彼らの歌が流れてきたのだった。
「この歌、誰?」
 もともと音楽は広く浅く聴くほうで、ジャンルへのこだわりはない。好みのCDではなく、音楽を聴きたい気分だとラジオをつける。したがって知識も浅い私は、日本語の歌なのだから日本人だろう、複数のコーラスだからグループだろう、それにしてもこの声、黒っぽい味わいがあるな、と思った。
 後に知った彼らがフォレストシンガーズ。黒っぽい味わいの太くて低くて豊かな声量を持つ彼は、リーダーの本橋真次郎。私はその時点で発売されていたフォレストシンガーズのアルバム、三枚を購入した。
 それからはライヴにだって行った。フォレストシンガーズはさほどに人気もなくて、小さなホールで行うライヴもまずソールドアウトはしない。二十代から、上はおばあさまの年ごろまでの熱心なファンが静かに、それでいてい熱く彼らの生歌を聴いていた。
 インターネットを活用して、フォレストシンガーズのメディアへの出演は余さずチェックした。ラジオ、ケーブルテレビ、セッションライヴ、各自の個別活動などなど。すべては行けなかったが、できる限りはフォレストシンガーズの情報を収集していた。
「こんばんはー、ってか、おはようございます、のひともいますよね。三沢幸生です。みなさま、お元気ですか」
「木村章です、聴いてくれてますかぁ」
「章、眠そうじゃん」
 週に三度、フォレストシンガーズがDJをつとめる深夜ラジオがある。早朝に近いその時間帯には、私はたいてい漫画を描いていた。
「みなさん、知ってますか? 知らないひともいるだろうから、内緒にしてね」
「幸生、ラジオで内緒って言っても……ってさ、言ってて虚しくなるぜ」
「内緒話なんですから、音量を絞って聴いて下さいね」
「それになんか意味があるのか」
「あるんだよ」
 内緒話だと言うのだから、私はラジオに耳を近づけた。
「実はね、章がね……」
「おい、なんだよ。俺がなんだっていうんだ?!」
「にゃはは、章がね、章がね、きゃーーっ」
「早く言え!! いいや、言うな!!」
「どっちなんだよ」
 もったいぶってなかなか言わない三沢さんと、言えよ、言うな、どっちなんだよ、の木村さん。ふたりのやりとりが続いてから三沢さんが言った。
「ただいま、うちのリーダーからの伝言が入ったようです。いつまでも言ってるとラジオを切られるぞ、だそうですので、発表します。章、おまえは口をはさむな……章? 章ちゃん?」
「早く言え」
「実はね……」
 絶妙な間のあとで、三沢さんがおごそかな口調で言った。
「章が婚約しましたーっ!!」
「アホか。誰もだまされねぇっての」
「章、早すぎるだろっ!!」
 だまされる? ああ、日付が変わったのだから、今日は四月一日だ。この時間にエイプリルフールの嘘をつくのはいいのか悪いのか、私はエイプリルフールだと意識していなかったが、本日はなんの日? などと気にしているひとならばじきに気づいただろう。
「せっかくの企画が章のせいで台無しになってしまいました。俺はディテールまで考えてたのにさ。しようがないからエイプリルフールのエピソードでも話しましょうか。ほら、だいぶ前にうちの社長が、美江子さんが結婚するって言い出しただろ」
「あれは五月一日だったんだよな」
「社長の最悪おバカミスでしたね」
「そうそう。みんなで社長を問い詰めにいったときの顔、思い出すと笑えてくるよ」
「ちょっと待て、章」
 またもや間が空いて、木村さんが言った。
「社長からも伝言が入ったそうです、その話はやめろ、続けると給料減らすぞ、だそうですからやめましょう、って、ほんとかよ? あのさ、幸生」
「なんでございましょうか」
「ちなみに、おまえの考えたディテールってのは?」
「聞きたいのぉ?」
 きゃははっと笑ってから、三沢さんがこほんと咳払いをした。
「銀ラメスーツにロンドンブーツの章は、ロッカーファッションのつもりなのでしょうが、お笑い芸人か中学生の学芸会のコスプレにしか見えません」
「それはなんだよ?」
「おまえの結婚式の衣装じゃん」
「……俺の衣装はいいから、花嫁のディテールを言え」
「つややかな髪をアップにして、なんの花だか知らないけど、髪に花とティアラを飾った小柄で華奢な花嫁。新婦が小さいので、新郎はすこしだけ大きく見えます。白いレースの古風なウェディングドレス、なんの花だか知らないけど、白とピンクの花でこしらえたブーケ。ベールは長く長く、美しい。花嫁が花婿に近づいていきます。その顔は……」
「その顔は?」
 三沢さんの語る女性の描写を聞いているうちに手が勝手に動いて、花嫁と花婿を描いていた。
 

3・章

 故郷ではいやってほどに雪に悩まされ、花の東京に来てからはユキに悩まされた。大量の雪は重いが、たったひとりのユキは軽い。軽薄短小というのは幸生のためにある言葉だ。
 もうひとつ、冗談暴走という言葉も幸生のためにある。漢字シャレや四文字熟語や造語の好きな幸生の影響もあるのか、他にも幸生のためにある言葉はないかと頭をひねる。それをとっかかりにして詩が書けないだろうか。本番開始を待つ夜のラジオ局で、眠気覚ましを兼ねて考えていた。

「合縁奇縁」あんな奴と大学で知り合って、俺が大学を中退してからも縁が切れず、再会してあいつにフォレストシンガーズに引っ張り込まれた。これは幸生と俺のためにある言葉かもしれない。
「青息吐息」幸生のマシンガントークにつきあっているときの俺だ。
「悪逆無道」時として幸生は、俺に向かってこのような台詞を吐く。
「悪戦苦闘」これまた幸生とつきあっている俺。
「蛙鳴蝉噪」思い切り内容のない、幸生のお喋り。
「意志薄弱」これは俺。
「石部金吉」これはシゲさん。
「一言居士」これは乾さん。
「一騎当千」これは本橋さんだ。

 脱線している、引き戻そう。幸生幸生、幸生にぴったりの言葉は……「奇想天外」「愚者一得」「厚顔無恥」「荒唐無稽」「夜郎自大」などなどなど、たくさんある。
 その中でも「軽佻浮薄」が一番だろう。「軽佻浮薄」ってタイトルで幸生をテーマにして歌を書いたら、あいつは気分を害するのか? いやいや、きっと喜ぶ。幸生を喜ばせることなどしたくない上に、ひとつまちがえると気持ち悪い方向に曲解して喜ぶ可能性もありそうだから、この案は捨てた。
「木村さん、準備OKです。どうぞ」
 ディレクターに呼ばれてスタジオに入っていく。
 三十歳を目前にして、フォレストシンガーズもすこしだけ売れてきた。フォレストシンガーズ単独ライヴも時にはソールドアウトするようになり、個々の仕事もぼつぼつ入る。今夜はラジオで大ベテランシンガーの野添竜平氏と木村章の番組だ。
 若いころにロックバンドに所属していて、解散なり脱退なりしてソロシンガーになった人間はよくいる。野添さんもそのひとりで、バンドを解散してからソロシンガーになるまでの間はロックの勉強をしていたというから、俺の大好きなものにすこぶる詳しい。今夜の仕事は楽しみだった。
「木村くんが一番好きなバンドはどこ?」
「レッドツェッペリンです」
「すると、好きなシンガーは?」
「ロバート・プラントです」
「ああ、きみの歌声、プラントにちょっと似てるよね。すると、好きなギタリストは?」
「ギターはそのときどきで変わるんですけど、いっぱいいますね。ジミー・ページも好きですよ。野添さんは?」
 こんな調子でロックトークは快調に進んでいく。ロバート・プラントの曲がかかっている間、歌えと言われて俺もロバート・プラントと一緒に歌っていた。
「ファンのみなさんにも聴かせてあげたかったな。木村くんは今、「Good Times Bad Times」をロバート・プラントとデュエットしていたんですよ」
「そのうちフォレストシンガーズのライヴでやるかもしれませんから、来て下さいね」
「では、次は俺の好きなバンドの話をしましょう」
 彼の好きなバンドNO1はジェネシスだそうだ。野添さんは五十代、俺は二十代終わり、世代がちがうのだから好きな音楽もちがう。俺の年齢だとツェッペリン好きでも渋いようだが、野添さんの渋好みは年季が入っていた。
「じゃあ、Dancing with the Moonlit Knightを野添さんも歌いまーす」
「歌いますけどマイクには乗せませーん」
 聴取者にも聴かせてあげたいな、と俺も思うような野添さんの鼻歌が聴こえる。俺も一緒に歌って、トーク再開。おおまかな台本はあるのだが、次第に話がそれていった。
「きみんところの三沢くんは、GSが好きなんだってね」
「そのようです」
「俺はいくらなんでもGSのお歴々よりは年下だけど、リアルタイムで聴いた世代だからね。GSの歌も好きだよ。三沢くんは誰のファンかな?」
「GSの代表です」
「ザ・タイガースね」
 いきなり、野添さんが高音で歌い出した。

「花咲く娘たちは
 花咲く野辺で
 ひなぎくの花の首飾り
 優しく編んでいた」

 平素は低い声の野添さんにもこんなハイトーンヴォイスが出させるんだ。俺は本気で拍手し、野添さんは照れ笑いで言った。
「ただね、日本のラジオでロバート・プラントやフィル・コリンズの悪口を言ってもどうってことはないけど、日本音楽界の大先輩の悪口は言えないから、仕事が終わってからにしようか」
「悪口があるんですか」
「そりゃああるよ。ではでは、閑話休題」
 古いバンドではなくて新しいバンドでは誰がいい? という話題に移っていく。野添さんはDJの仕事もしているからなのか、俺よりもずっと欧米の最新ミュージックシーンには詳しかった。
「さて、行きますか」
 ロックの話だったらいつまでもやっていてもいい。おっさんと話していても他の話題だったら楽しくもないが、これだけは別だ。名残惜しく感じる仕事が終わると、野添さんが彼の行きつけのバーに案内してくれた。
「三沢くんとも話をしたいな。GSの話題なんだから、彼も楽しんでくれるんじゃないかな」
「この時間だと幸生はオフですよ。呼び出しますか」
 どこにいるのかは知らないが、幸生はケータイに出た。
「野添さんとGSの話? おー、行く行く。俺も外にいるんだよ。タクシーでだったらすぐだろ。章、失礼がないようにお相手してろよ」
 えらそうに言いやがって、幸生が電話を切った。
 あいつが来たらきっと、野添さんとの会話はひとりで仕切ってしまうのだろう。幸生は年長者への礼儀も知ってはいるが、人のふところにするっと入り込むのが得意な奴だ。相手が年上ならばなおさら、簡単になついてしまって仲良くなって可愛がられる。
「一瀉千里」、幸生の人づきあいに関しては、この言葉もあてはまるにちがいない。


4・弥生

「えーっと、息子さんでいらっしゃいます?」
「あのね……」
 この店員さんは日本人であろう。日本語はスムーズに話す。が、グァムでの暮らしが長いのか。それでなくても三沢幸生も春日弥生も万人が知っているような歌手ではないので、単に知らないだけかもしれない。抗議しようとしているらしきユキちゃんを制して、私は言った。
「そうなんですよ。うちの息子にはこれが似合うかしら?」
「はい、とってもお似合いです。お母さまもおそろいでいかが?」
「そうしよっか。おそろいで買う?」
「ママがいいんだったらいいよぉ。ごろにゃん」
 即興芝居がお上手なユキちゃんも乗ってくれ、おそろいのアロハシャツを買って店の外に出た。
 二泊三日のグァム旅行は、私のファンクラブの恒例行事である。本人が高齢であるのでファンの方にも経済的余裕のある中高年層が多く、毎年、近場の外国で集まって観光をしたり食事をしたりミニライヴをしたりする。グァムならば日本語も多少は通じて親しみやすいので、ファンクラブツアーはなかなかの盛況だった。
 おそろいのアロハシャツだなんて、店員さんたちはあとで笑っているかもしれない。キモイとか言われているのだろうか。マスコミの一部は、春日弥生は三沢幸生をおもちゃにしている、と言いたがる。知人にも、あんなばあさんとつきあってるの? 気持ち悪っ、と言いたがる奴がいる。
 私のファンの方々はユキちゃんに好意を持ってくれているから、今回はゲストとして来てもらった。ふたりでショッピングモールを歩いていると、ツアーに参加してくれたファンのご夫婦などと会う。彼らは好意的に、あら、三沢さんと弥生さん、お似合いのカップルやね、などと笑ってくれる。
 冗談のつもりでこんなふうに接して、実際に息子のような年ごろのユキちゃんは内心で腹を立てているのではないかと勘繰ったこともなくはない。夫にも、三沢さんに迷惑かけたらあかんで、とは言われる。
 だが、ユキちゃんは本心から私と仲良くしたいと思ってくれている。乾さんだって、幸生は弥生さんを愛してるんですよ、「愛」にはいろんな意味がありますから、察してやって下さいね、と言ってくれた。私としては察して信じているつもりだ。
「ユキちゃんはグァムははじめて?」
「そうですよ。グァムってやっぱ彼女と来るところでしょ」
「そんな彼女はおらんの?」
「いません」
「昔はいたでしょ?」
「昔はね」
 シーフードレストランでランチをしたためながら、ユキちゃんはわざとらしいため息をつく。はじめて来たのならば、というわけで、タクシーで観光に出かけることにした。
「Two Lovers' Point このくらいの英語だったらわかりますよ。弥生さんとユキちゃんの岬ですね」
「ユキちゃん、不倫のお誘いはやめて」
「……そうですか。寂しいけれど我慢しますよ」
 ノリがいいのは毎度のことで、ユキちゃんは私の肩を抱いて恋人岬のビュースポットに立った。グァムではもっとも有名な景勝地なのだから、東洋人も欧米人も観光にきている。
 展望台からはマリンブルーの大海原が見える。海岸線や岬、島も見える。年を忘れてロマンティック気分に浸っていると、ユキちゃんが歌ってくれた。
 
「たとえ君が目の前に ひざまづいてすべてを
「忘れてほしい」と 涙流しても

 僕は君のところへ 二度とは帰らない
 あれが愛の日々なら もういらない

 愛にしばられて 動けなくなる
 なにげないことばは 傷つけてゆく

 愛のない毎日は 自由な毎日
 誰も僕を責めたり できはしないさ」

 この歌はどういう意味だろう? いつか、彼に恋愛相談をされたのを思い出した。
「俺には愛している女性がいるんです。彼女は離婚訴訟中で、離婚が成立するまでは駄目だって言って、素肌を見せてもくれません。それで俺は欲求不満なのかな。ナンパして見知らぬ女の子とホテルに行ったりはします。大学のときに好きだったけど抱けなかった女の子と再会して、今だったらそういうつきあいできるかな、なんて邪な考えにふけったりもします。愛する女性がいてさえも俺はこうなんだな」
「そういう男は結婚はせんとき」
「そうかもしれませんね」
 神妙にうなずいていたユキちゃんの、離婚訴訟中の彼女というのはどうなったのだろうか。言わないものを尋ねる気もないが、めっきり言わなくなったので終わったのかもしれない。
「ユキちゃん、それは?」
「俺はゲストとして呼んでもらってるんですから、弥生さんのライヴのときにも歌わせてもらいたいなって。この歌はどうですか?」
「ええね。ぜひ歌って」
 それだけの意味で歌っているのかどうか、怪しいところだが納得しておいた。

「それでもいま君が あの扉を開けて
 入って来たら 僕には分からない」

 君のよこを通りぬけ とびだしてゆけるか
 暗い暗い暗い 闇の中へ

 眠れない夜と 雨の日には
 忘れかけてた 愛がよみがえる」

 眠れない夜には、ユキちゃんもこんな気分になるのだろうか。ふざけるのが生き甲斐、冗談こそ我が人生、などと言ってはいても、彼もまだ若い男性だ。母親がわりの私としては、そっと見守っているしかなさそうだった。


END





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~ Comment ~

NoTitle

ゆきちゃんの誰とでもすぐ仲良くなれるところが好きです。
私は人見知りが激しいので、どうにもすぐに馴染めません。
仕事で相手と話すのは平気なのですが、
職場や学校となるととても気を遣って疲れてしまいます。
ゆきちゃんのような人が「遊ぼう」と言えばみんな喜んでついていきそうです。

漫画は小さい頃よく見ていましたが大人になってからは見なくなりましたね。
いまだに気になるのはセーラームーンの最終回でしょうか(笑)



先日話したNHKのドキュメント番組ですが、
どうやら来週やる予定のようです。
今日見ていたら次回予告で流れて、
「は、半田屋が!!来た!!」と興奮してしまいました。
予定は未定なのでもしかしたらまた変更になるかもしれませんが、
お時間がありましたらぜひ、見てください!

ハルさんへ

いつもありがとうございます。

私もあまり誰とでも親しくなるほうではなくて、ユキみたいな人はうらやましいです。
ネットでだけは積極的にしようと努力しているのですが、努力の方向をまちがえて図々しくなったりして(^^ゞ

それに近いことで。
恥ずかしがっている自分が恥ずかしい。なにを自意識過剰になってるの? って感覚、あります?
昔はその感覚がわりに強くて、そのせいでエスカレートしすぎたりってこともありましたね。反省してます。

テレビはほとんど見ませんので、もしかしたら忘れてしまうかもしれませんが、覚えておくようにしますね~~。
管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

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