ショートストーリィ(musician)

「likely to faint」

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「likely to faint」


 バンドの名前はなんていうんだろ? 気にはなったけれど、尋ねてみようにも誰に訊けばいいのかわからない。訊ける相手がわかったとしても、気後れしてできなかったかもしれない。バンド名なんかどうでもいいわ、と思い直した。

 ラジオから流れてきた曲を好きになり、タイトルが知りたくて友人にも質問したが、芙二子のハミングが下手だったせいもあって知っているひとはいなかった。思い余ってラジオ局に電話をしたのだから、我ながらたいした執着だったようだ。

「えーっと、それはですね、桜田忠弘の「今夜こそは」ですよ」
「桜田忠弘?」
「今月の注目曲ってことでかけてたんですけど、反響ははかばかしくなかったようで。リクエストいただけるんでしたらまたかけますけどね」
「……そうなんですか」
「えーっと、桜田さんは……」

 親切な女性で、彼女は桜田忠弘のライヴ情報も教えてくれた。
 今月最後の土曜日の夜に、芙二子の会社からでも行きやすい繁華街にあるライヴハウスで桜田忠弘が歌うという。「今夜こそは」をもう一度聴きたくて、芙二子は出かけていった。

 小さなライヴハウスのチケットはスムーズに買えた。土曜日の夜だというのに客の入りも少なくて寂しそうだ。ひとりで行っていた芙二子が隅っこの席にすわると、やがて桜田忠弘がステージにあらわれた。バックで四人のミュージシャンが演奏していた。

 実は顔すらも知らなかった桜田忠弘は、かなり整った容貌をしている。長身ですっきりした顔立ちは美貌といってもいい。体格も格好のいい筋肉質で、二十代後半だろうか。芙二子とは同じくらいの年ごろに見えた。

 バックバンドは桜田忠弘専属? 特に好きな歌手やバンドもなく、音楽には通り一遍の関心しかない芙二子はよく知らないが、ソロシンガーにバックバンドがついていることは一般的だろう。有名な歌手が有名なバンドを従えてライヴをすることも、外国でならあるようだが、桜田忠弘が有名バンドとコラボしているわけではなさそうだ。

 その日から気になるようになった、桜田忠弘のバンド、名前はあるのかないのかも知らないので、桜田バンドと呼んでおくことにした。
 偶然聴いて好きになった「今夜こそ」以外の桜田忠弘の曲も、芙二子の好みだった。なのだから、それからは彼のライヴをチェックしてちょくちょく出かけていくようになった。

「あれ? 前とギターが変わってる」
 むろん桜田忠弘の歌を聴くために行くのだが、気になるので視線はバックバンドのメンバーにもたびたび行く。そうすると、そんなことにも気づくようになった。

 桜田忠弘って知ってる? と尋ねてみても、友人はひとりとして知らない。ライヴに一緒に行ってくれる相手もいなくて、芙二子は常にひとりだ。一年の間に五回もライヴに行き、いつだって隙間の多い客席を見ては、寂しいなぁと我がことのようにため息をついていた。

 約一年経過しても、桜田忠弘の状況は変化していない。ギターとベースとドラムとキーボード、四人のバントのギタリストだけが、二回交代していた。

「いつも来てくれてるよね」
「……え?」

 六度目のライヴ鑑賞が終わり、こっちのほうにおいしそうな店があったから、食べて帰ろうかと足を向けたのはライヴハウスの裏手のほう。そこから出てきた男に声をかけられた。

「桜田のライヴってお客が少ないし、常連なんてめったにいないから目につくんだよ」
「あ……ベースの?」
「俺にも気づいてくれてた? 嬉しいな。俺は天野和義。あなたの記憶通り、桜田のバンドでベースを弾いてるんだよ」
「あ、あ、どうも」
「なんて名前?」
「芙二子です」
「峰フジコちゃんとか?」
「字がちがうんですよ。私はあんなふうじゃないし……見たらわかりますよね」

 アニメキャラと同じ名前で話の糸口ができたのもあり、和義と芙二子は一緒に歩き出した。俺もメシ食って帰ろうと思ってたんだ、うまそうな店があるんだったら連れてって、と言われて、芙二子は彼をその店へと伴っていった。

「私も入るのははじめてだから、ほんとにおいしいのかどうかわからないけど……」
「うん、だけど、雰囲気はうまそうだよ。芙二子ちゃん、入ろうよ」
「そうですね」

「ビストロ・ダニエル」。その名のまんまのビストロだ。店内はこじんまりした居心地よさそうなムードで、にんにくやスパイスの香りが空腹を刺激した。
 料理と白ワインをオーダーし、初対面とは思えない気安さで話がはずむ。芙二子のほうはステージの和義を見ていたのだから初対面とは思えない気がするのだが、彼はなつっこい性格なのだろう。ざっくばらんに話をしてくれた。

「ああ、前の前のギターの奴のときに来てくれたの? 俺らのバンド……ってかさ、臨時編成バンドなんだけど、ギターは三度抜けたよ。ドラムの奴もやめるって言ってたから、またメンバーチェンジしそうだな。キーボードと俺だけはずっといるんだ」
「そうなんですか」

「見ての通り、桜田は売れないんだよね。男前だし、歌にもいいもの持ってるはずなんだけど、それでも売れない奴っていっぱいいるもんな。三十になったら考え直そうかな、なんて弱気になったりもしてるよ」
「桜田さんってもう三十?」
「誕生日が来たら三十になるらしいよ」
「若く見えますね。私と同じ年くらいかと思ってた」

 面白そうに芙二子を見返して、和義は言った。

「芙二子ちゃんはパソコンは持ってる?」
「いえ。職場にだったらありますけど」
「インターネットは見られる?」
「昼休みなんかだったら」
「だったらさ……」

 彼がくれた名刺のような紙片には、桜田忠弘公式サイトのURLが記してあった。

「こんなものがあるんで、見てもらったら桜田の仕事のスケジュールはわかるよ」
「天野さんたちのスケジュールも?」
「桜田と一緒に仕事をするときのだったら、っていうか、ライヴだとたいていはバックで演奏してるよ。俺のスケジュールなんか知りたい? そしたらケータイナンバー、交換しようか」

 ファンとしてミュージシャンの携帯電話の番号や、メールアドレスを知る。とはいっても彼も有名な芸能人というわけでもないのだから、こちらのほうも教える。いけないことでもないのだろう。芙二子は納得して和義の提案に従った。

 その夜は飲んで喋って、和義のほうが三分の二ほどの料金を払ってくれて、駅で別れた。これからも桜田忠弘をよろしく、と言ってもらった。

 あれから五年、桜田忠弘バンドはメンバーチェンジを繰り返していたが、桜田忠弘自身はただのバックバンドと割り切っているらしくて気にもしていない。和義に言わせると、桜田がギタリストを変えたいと言ったりもするのだそうだ。

「俺は頼りにされてるのか、桜田とは合うみたいで、カズだけにはずっとやってほしいって言われてるんだよ。俺も桜田の歌は好きだから、やってやってもいいつもりなんだ。このごろようやく、すこしは売れてきたみたいだな」
「和義さんも人気が出てくるんじゃない?」
「バックのベーシストに眼を留めるような、酔狂なファンはいないよ」
「ここにいますよ」
「そうだったね。芙二子ちゃんは酔狂なんだよな。でも、ありがたいと思ってるよ」

 和義とは同年で、三十五歳になった桜田忠弘は、たしかに名前が売れてきている。和義はそう言うが、バックバンドのメンバーのファンになる酔狂な女性もいなくはないようで、桜田バンドのメンバーが女性に囲まれているのを見かけることもあった。

「芙二子ちゃんって彼氏はいるの? 結婚は?」
「彼氏はいるんだけど、ちょっと特殊な仕事をしてるから、結婚はまだまだかな。結婚はできなくてもいいのよ」
「それって遊ばれてるんじゃないの?」
「そんなことはないから」

 芙二子は三十二歳になったから、友人にはそんな質問をされることも増えてきた。職場の男性につきあってほしいと申し込まれたこともあった。

「ごめんなさい、おつきあいをしている人はいますから」
「そうなの? その彼と結婚するの?」
「そのうちにはするかもしれない」

 プロポーズされたわけでもないのだから、結婚話にはならないかもしれない。けれど、私の彼氏はミュージャンだ、つきあっていれば結婚したがる俗っぽい女ではないからこそ、和義は芙二子との交際を続けているのかもしれない。

 会えないときには長く会えない。すこしは人気の出てきた桜田忠弘の全国コンサートのときなどは、芙二子が時間の都合をつけて会いにいっても、和義には近づけないときもある。和義も芸能人の一員なのだから、恋人の存在は秘密にしているのか。ミュージシャンを彼氏にしているのだから、多少の我慢は必要だろう。

 人目を忍ぶようなスリリングなデートをすることだってある。時間がないんだ、ごめんな、とすまながる和義と、短時間だけ抱き合って満足した夜もあった。

「ああ、そうそう、みなさんに発表します」

 スターとまでは呼べないが、人気が出てくればライヴをするホールも大きくなる。芙二子はいつからか和義のためにライヴに足を運ぶようになっていたが、桜田忠弘が有名になってくるのは誇らしくもある。その桜田がステージで言った。

「カズ、子どもが生まれたんだよな」
「あん? そんな発表しなくていいって」
「しようよ。めでたいんだもん。今流行りのできちゃった結婚したんだろ」
「授かり婚って言って」

 客席にすわっている芙二子の顔から、血の気が引いていくのを感じる。カズとは天野和義だ。芙二子が恋人同士としてつきあっていると信じていた男だった。

「うちのメンバーはいい加減な奴ばっかで、ちゃんと結婚したのってカズだけなんだよな」
「ま、一応はちゃんと結婚しましたよ。メンバーがいい加減な奴ばっかなのは、あんたがそうだからだろ」
「人聞きの悪い。俺は誠実な男だよ」

 掛け合い漫才みたいなステージのやり取りを聞いて、ファンたちが笑っている。カズさーん、おめでとう、との声も飛んで、和義は、ありがとうっ、と叫び返した。

 もしかしたらファンの女性にでも迫られて、出来心で抱いたのではないだろうか。そして責任を取らされた。ミュージシャンには誠実な男などは少ない。そんなこともあるのかもしれない。だからといって許せるものでもないが、ありがちかもしれないと思う。芙二子が自分の胸をなだめていると、桜田が言った。

「いつからつきあってるんだっけ?」
「三年くらいかな。結婚のきっかけができて、彼女が妊娠したのはよかったと思うよ」
「男の子だろ。将来はミュージシャンにするの?」
「絶対にしません!!」
「……うん、おまえの気持ちはわかるよ」

 妙に力強く断言する和義と、妙にしみじみ同意する桜田に、客席の笑い声が高くなる。
 三年……それって二股? それとも……私は和義さんの恋人とはカウントされていなかった? つきあってほしいとか、好きだとか言われたわけではないけれど、ああなったのだから恋人だと信じていた私が馬鹿だったの? 

 じゃあ、次の曲……と桜田が口にして、和義がベースを弾くこのイントロは、「今夜こそは」だ。この曲があったから芙二子はここにいる。でも、ここにいることになんの意味が? 気が遠くなっていきそうだった。

END






 
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~ Comment ~

NoTitle

あれれ~~絶句。
5年も経ってからこれはないよね。反則だよぉ。

芙二子ちゃん・・・飲み行こ、飲み。
で、カラオケで演歌歌って、忘れちゃえ!

けいさんへ

いつもありがとうございます。

どうも私は。ミュージシャンってものに偏見がありますね。
ミュージシャンを書くのは好きですが、基本、いい加減な奴ばっか、と思っていますので。
別にミュージシャンにだまされた経験があるわけでもないのですが。。。
田島くんなんかはこんな奴じゃありませんよね?

芙二子ちゃん、カラオケに連れていってやって下さい。
和義なんか忘れて、新しい恋をするんだよ、って、励ましてやって下さいね。


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