ショートストーリィ(しりとり小説)

68「笑わせるな」

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しりとり小説68

「笑わせるな」

 「レイラ」のライヴが終わってからもなかなか席を立てずに、結愛は警備員に促されるまですわっていた。頭がぼーっとして足がもつれそうになりながら、やっとの思いで歩を進めてホールの外に出ていった。

 なんて素敵だったんだろ。音楽も最高だったけど、レイの素敵さは水際立っていた。
 四人のメンバーはいずれもルックスがいいほうだが、ギターのレイは特別だ。相当に背が高くて、ハーフみたいに彫りの深い整った顔をしている。高めの声で歌うヴォーカルも、素人にもわかりやすいギターも素晴らしい。

 このまま家には帰りたくなくて、結愛はふらふら歩いていく。
 レイはあたしの運命のひと。きっとそうだよ。彼はゲイだとかの噂があるけど、噂だけではないとあたしは知っている。だって……そうなんだもの。

 誰かに話すと馬鹿にされそうだから口にはしない。結愛にもそれくらいの分別はある。「レイラ」のファンサイトに書き込みしてみたいのだって我慢していた。

 ファンになったときに頭の中に生まれた、というよりも、天啓としてひらめいたのだ。事実だからこそ、結愛の身体の奥にどっかり腰をすえてしまった。
 そんな想いを反芻しつつ、結愛は歩き続ける。自らの足がどこに向かっているのかもわからなくて、ただただ、歩き続けていた。

 どのくらい歩いたのかさえわからなくなってきて、足が疲れてもきた。結愛は通りがかったカフェの扉を押す。なにかに導かれたように店の中へと進んでいった結愛は、電撃に打たれたかのごとく立ちすくんだ。

「可愛いね、なんて名前?」

 可愛いなと感じた女の子に声をかけるのは、レイにとってはほんの習慣のようなものだ。
 ライヴを終えて仲間たちと別れ、適当に車を走らせた。車なのだから酒は飲めない、駐車場のある店を、となんとなく探していたら、このカフェを見つけた。

 ホールからはいくぶん離れているので、ファンの女の子がまぎれ込んでくることもないだろう。
 ロックファンにとっては「レイラ」のレイはまあまあ有名だ。レイラのファンならばレイをよくよく知っている。けれど、世間一般の知名度が高いほどでもないので、レイはひとりで街を歩き、ひとりで酒を飲む。女の子とデートだってする。

 長身なのでそこだけは目立つレイを、カフェに入ってきた可愛い女の子が立ちすくんで凝視している。彼女はレイを「レイラのレイ」だと認識しているのか。単にかっこいい男だと思って見つめているのか。

「すわれば、お嬢さん?」
「あ、う、うん」
「なんて名前?」
「ユアラ」

 結ぶ愛と書いてユアラ。昨今流行の名前ではあるが、彼女は二十歳くらいに見えるから、生まれたころにはハシリのしゃれた名前だったのかもしれない。
 カフェオレを飲んでいたレイは、同じものでいい? と尋ねる。ユアラがうなずき、ふたりの前にカフェオレが届くまでは黙って見つめ合っていた。

「お待たせしました」
 ウェイトレスにしても、レイに熱い視線を注いではいたものの、彼が何者なのかは知らない様子だった。あとから女の子があらわれたものだから、なんだ、がっかり、というような表情でカフェオレを運んできた。

「名前まで可愛いね。僕の好みのタイプだよ」
「そ、そりゃあそうだよ」
「そりゃあそう?」

 話してみたくてたまらなくて、話せなかった事実。本人にだったら話してもかまわない、ううん、話すべきだ。

「あたしは……ううん、僕は前世では男の子だったんだよ」
「ほぉ」
「前世っていってもはるか昔。ローマ時代だね。ローマ時代って男同士の恋こそが至高の愛だったんだよ」
「聞いたことはあるね」

 熱っぽい目をしたユアラの口調にも熱がこもってきた。

「女と結婚するのは子孫を残すためで、義理ってか義務ってかのようなものだったんだよね。本当の恋は男と男がするもの。レイと僕もローマのそんな男同士の恋人だったんだ」
「へぇぇ」
「ユアラ、レイ。名前だってそれっぽいでしょ」
「うーん、そうかもね」

 顔だってそれっぽいよ。僕は美少年みたいな凛々しい美貌を持っているといわれる。レイはそのまんまで美青年だ。日本人にすれば陰影の濃い顔立ちは、ふたりともに前世の美貌を残しているから。
 ようやく言えたよ、運命が今日、この時間に、あなた本人に向かって僕の想いを打ち明けさせてくれたんだ。

 感動で胸がいっぱいになっているユアラを、レイは無言で見つめている。その目にも感動があふれそうだとユアラには思えた。

「なんともまぁ……」

 なにもそんな手の込んだことを言わなくても、黙って微笑んでいたら僕が口説いてあげるのに。
 彼女は僕をレイラのレイと知っていて、他のファンの子とは差別化をはかりたくて思いついた妄想を口にして、あたしはあんたの特別な存在だと言いたがっている。

 それって、抱いてほしいって意味? まさか、恋人同士になろうなんて言わないよね。
 抱いてほしいってだけだったら、よけいなことを言わなかったらかなえてあげるのに、馬鹿だね。笑っちゃうよ。

「ユアラ、きみにだけ特別」
「……え?」
「サインしてあげるよ。色紙なんて普通すぎるから、ここがいいかな」

 太いサインペンでユアラが穿いているグレイのブーツにサインをした。グレイに黒い文字のサインは、ブーツのおしゃれなデザインにも見える。

「ミュージシャンとファンの関係ってものは、歩いていれば薄れて消えてしまう、靴のサインのようなものさ。お金は払っていくから、じゃあ、失礼」
「え……レイ……」
「おやすみ」

 微笑んで手を上げて席を立ったレイの口元には冷笑が浮かんでいたはずだが、ユアラには見えなかっただろう。彼女は小声で、そんな……と呟いたが、レイの耳にはその言葉も届かなかった。

次は「な」です。

「主人公について」

蛇足ながら、小さなストーリィの各主人公について補記しておきます。
レイラのレイはフォレストシンガーズの木村章の昔なじみ。
彼のファンであり、私は特別、と信じ込んでいるユアラは新キャラです。



 

 

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