ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS秋物語「ヴィオロンのすすり泣き」

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フォレストシンガーズ

「ヴィオロンのすすり泣き」

 
 こじつけと言えば言えるのだが、ちょっとしたわけがあって、今年のクリスマスコンサートでピアノ五重奏をやることになった。
 曲目はシューベルトの「鱒」。五重奏はピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスだ。

 なんだったらピアノとギター三本、ベース、で変則五重奏でもいいのではないか? と提案してみたのだが、乾が頑固に頭を振って、正しい形でやりたいと言う。

 ガキのころからピアノをやっている俺は当然ピアノ担当となる。フォレストシンガーズのベースマン、シゲはコントラバス。章がヴィオラ、幸生がチェロ、乾がヴァイオリン、相談の結果はそう決まった。しかし、である。

「俺がピアノでいいのか」
「当たり前じゃないのか? 他の誰がピアノを弾くんだよ」
「幸生だってちっとはピアノが弾けるんじゃなかったのか?」
「俺は「猫踏んじゃった」だったら弾けるけど、猫は踏みたくないから弾きたくないんです」

 わけのわからん理屈だが、無類の猫好きはそう思うのだろうか。実際に猫を踏むわけでもないのに。
 ともあれ、他の四人が苦労している中、俺だけはなんの苦も無くピアノを操るのは気が引ける。ピアニスト専業の者だってなんの苦労もなく弾くわけではないのだから、ピアノのプロではない俺にも苦悩や苦難はあるのだが、弾けない楽器を演奏するのとは苦労の種類が異なるのだから。

「おまえがピアノを弾けば、そのパートだけはまともになる。正直、他の四人はガタ落ちクオリティになるに決まってるんだから、おまえだけはこの曲の神髄ってのか……本当はこんな曲なんですよ、というところをお客さまに聴いていただくというのか……嗚呼、言ってて落ち込んできた」

 のだそうで、乾の言いたいことはわかる。はじめっからガタ落ちクオリティだと言っていてどうする?! やるぞっ、おーっ、だった。

「楽器、買ったのか?」
「レンタルって手もあるみたいなんだけど、真剣にやるためにも買ったよ。安いのもあるにはあるけど、腕が悪いんだから楽器くらいはいいものをって、そこそこの価格のを買ったんだ。痛かったけどな」
「シゲや幸生や章の分は?」
「俺が言いだしっぺなんだから、買った」
「おまえが金を出してやったのか?」

「コントラバスは高いのかと思ったら、意外にそうでもないんだな。みんな俺が買ったよ。痛かったけどな」
「……カンパしようか」
「いいさ」

 こういう責任感が乾らしいところなのだから、しつこくは言わないでおこう。
 腕が悪いんだからいい楽器を使っても無駄だともいえるが、ポジティヴに考えよう。そもそも彼らには音楽的才能はあるのだから、ある程度の水準までは行くだろう。

 暇があると個別に先生にレッスンをつけてもらい、秋のある日、五人ではじめて音合わせをした。
 若くて無名だったころ、関東地方でのイベントに出演させてもらった日を思い出す。事前にア・カペラで歌うと言ってあったのに、責任者が納得せずに伴奏がほしいと言い張った。中学校の音楽室に楽器があるとのことで、徹夜で五人で練習したっけ。

 あのときにも俺はピアノだったから、調律には苦労したもののスムーズにこなせた。章と乾はギター、幸生がハモニカ、この三人は得意分野だが、シゲはコントラバスに苦戦していた。あの夜の悪夢がよみがえっているのか、シゲは少々やせたようだ。

「おまえ、やつれたんじゃないのか?」
「いえ、最近、夜泣きに悩まされてまして……」

 次男の夜泣きで眠れないせいだとシゲは言う。そういうことにしたいのだったらそうしておこう。時は流れたのだなぁ、あのころはみんな若者だったが、シゲは親父になり、俺も妻帯者になり、あとの三人もかなりのおっさんになった。

 いや、あとの三人は見た目はちっともおっさんではないが、三十代半ばだ。五人のおっさんが夜中のスタジオに集合して、楽器と向き合った。

「……聴くに堪えない。駄目だ。頭が変になるよ」
 まず音を上げたのは俺だった。

「シゲはまあまあいいんだよ。章はギター奏法が抜けてないだろ。乾も章も、そのたぐいの楽器は弓で弾くってことを根本的に理解してないんだよ。ピックで弾いてるみたいな奏法は捨てろ」
「リーダー、俺は?」
「幸生はギターがいちばん下手だからかな。意外にこなせてる。ただ、三本になると弦楽器が不協和音を奏でるんだ。これでは弦楽四重奏じゃなくて、不協和四重奏だよ」

「本橋は背を向けてピアノを弾いてても、各々の楽器の音を耳で拾えるんだな」
「当たり前だろ」
「当たり前かなぁ。俺にはどれがどの音か区別がつきませんよ」
「シゲみたいな人間もいるんだろうけどな……」

 そのほうが普通の人間だろ、と乾に決めつけられて、そうなのかなぁ? と疑問に感じる。俺たちには誰ひとりして絶対音感はないようだが、相対音感ならば俺がもっとも強いのかもしれない。
 とにもかくにも頭が割れそうに痛くなるので、おまえたちと音を合わせるのはもうすこししてからだ、と宣言してスタジオから出ていった。

 それから数日はフォレストシンガーズとしての仕事はなくて、俺はひとりで働いていた。歌手にだって雑務はあるもので、なんでこんなことを俺がしなくちゃなんねえんだよ、と怒りたくなるような仕事ばかりが続いた一週間後。

「乾、いるんだろ」
 電話もせずに深夜に乾のマンションを訪ねると、こいつもやつれたんじゃないか? と思える顔をして出てきた。

「練習してたのか」
「まあね。だけど、あなたに頭痛を起こさせたくないから、聴いてほしいとは言わないよ」
「ヴァイオリンだけだったら我慢できるんだ。あまりにひどい演奏の弦楽器二台と、ちょっとはましなのが二台、その四重奏になると頭が割れそうになるんだよ」

 あまりにひどいうちの一台、そしたら聴いてもらおうかな、とぶちぶち言いながら、乾がヴァイオリンを構える。俺は目を閉じて言った。

「どうでもいいけどあなたと言うな」
「あんた?」
「それもやめろ」
「へーい」

 お喋り男が口を閉じると、かわりに耳障りな音が聴こえてくる。乾の饒舌ぶりも時には腹立たしいのだが、この音と比較すれば乾隆也の声の心地よいこと。俺は思わず耳をふさいだ。

「う、無理だ。勘弁してくれ」
 そんなにひどいかな? とでも言ったのか、乾はヴァイオリンをサイドテーブルに置き、なにやら口ずさんだ。

「秋風の
ヴィオロンの節(ふし)ながき 啜泣(すすりなき)
もの憂き哀しみに
わが魂を痛ましむ

時の鐘
鳴りも出づれば
せつなくも胸せまり
 思ひぞ出づる来(こ)し方に涙は湧く

落葉ならね
 身をば遣(や)る
われも、かなたこなた
 吹きまくれ逆風(さかかぜ)よ」

 これは詩だ。詩は詩なのだから詩的というのでもなく、詩そのものだ。

「堀口大學訳ポ-ル・ヴェルレーヌ「秋の歌」だよ」
「ヴィオロンってヴァイオリンだろ。秋の日のヴィオロンのため息の身にしみて、ってのは別の詩か」
「そっちは上田敏訳。同じだよ」

 訳によって雰囲気がちがってくるよな、と呟いている乾に言ってみた。

「おまえのヴィオロンはすすり泣いてもいない。ため息をこぼしてもいない。腹が痛いって唸ってるみたいだよ」
「……本橋くん、うまいこと言いますね。あああ、泣いてるのは俺だよ」

 その気持ちはわからなくもない。とにかくがんばれ、励め、練習しろ、としか言いようはなかった。

SHIN/35歳 END


1500コメント&500拍手御礼「」の後日談です。





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~ Comment ~

ふふふ

なるほど。これはファンサービスのためなのでしょうか?
でも不協和四重奏なんですね……^^;
弦楽器は難しいですよね。少なくとも、押さえたら音がでる、というものではないので、音を出すところから勝負ですものね。
それに果敢にチャレンジしているメンバーが、なんだか可愛いです。本当に学生のじゃれあいみたいで。で、その中で過ぎた時をふと思う。感慨深いですね。
堀口大學さんの訳詩は沁みるように抒情的で、私も学生時代にはよく読んだものでした。懐かしいです。
あかねさんの引き出しって、本当に無限ですね。

大海彩洋さんへ

コメントありがとうございます。
愛用のパソコンの調子がおかしくて、今は別のパソコンで書いているのですが、もしかしたら修理に出さなくてはいけないかもしれなくて、訪問や返信ができなくなるかもしれません。
しばらく来なかったらそのせいだと思ってやって下さいね。

はい、ファンサービスとか言って四苦八苦のフォレストシンガーズです。
私はシゲ以下でして、ハモニカも小学校の縦笛も苦手、大嫌い、ギターもピアノも習ったものの、じきに音を上げたというていたらくの楽器ダメ人間です。

そんなのが楽器について書いて、演奏もなさる大海さんに読んでいただくのはお恥ずかしい限りですが。

秋の日のヴィオロンの溜息の身にしみて、ひたぶるにうらがなし。
私は上田敏さんのこっちになじんでいましたが、訳が変わるとほんと、雰囲気がずいぶんちがいますよね。
「みなさーん」というのを大真面目に「皆のもの!!」と訳していた小説があっていたのを思い出します。

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鍵コメSさんへ

コメントありがとうございます。

サッカー、見てましたよ。
なんだかね、こんなふうに言うと悪いのですが、だから野球のほうが面白いのよねー、という感じの試合でした。

タイガースは交流戦の最後近く、あのオリックスと当たったのがまちがいでしたね。
オリックスってひがんでるんですよ。
いくら強くても人気の点では阪神には絶対にかなわないから。

イチローがいたころにオリックスが優勝し、そのときはまだセの優勝チームが決まっていなくて、「どこと日本シリーズやりたいですか?」と質問されたオリックスの選手が「阪神」と答えたのです。
あのときの、田口だったかな? 選手たちの冷笑が忘れられません。
当時の阪神は最弱でしたし。

とかいって、阪神以外と試合をするときにはオリックスを応援していますが、オリックスは巨人にはころころ負け、阪神には無駄な対抗意識を燃やすから……この話題になるとムキになってしまいます。失礼しました(^o^)

フォレストシンガーズは、いろんなことをやらないとファンのみなさまに飽きられますから、彼らもがんばっています。
事務所の社長はわりと彼らの自主性にまかせてくれていますので、うんうん、そうせい、って感じ。
そうせい公みたいですね。

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