ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS秋物語「蟷螂の斧」

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フォレストシンガーズ

「蟷螂の斧」


 みんなはどこに行ってしまったんだろう。遅いな、置いてくぞ、章、早く走れ、だらけてんじゃねえんだぞ!! そんな声も聞こえなくなって、俺は本当に置いてけぼりにされたらしい。

 昼間はまだ暑いってのに、こんなときに走ったら病気になっちまう。置いていってくれてよかったよ。俺はふてくされ気分で木陰にすわる。炎天下を逃れると炎暑も避けられて、木陰の風はいい気持ちだ。朝晩はだいぶ涼しくなっているのだから、走るにしても真昼間はやめておけばいいのに。

 飽きるほどに繰り返す季節ごとのイベント。フォレストシンガーズは売れないヴォーカルグループだから、イベントでの仕事が多い。歌えるのだったらまだしも、下らない芸をやらされたりもして、俺はそのたび腐ってしまう。こんなだったら歌手になった意味もないじゃないか。

 今朝は早くから芸人みたいな仕事半分の難行をこなして、やっと昼メシにありつけた。食事のあとは昼寝でもしたかったのに、腹ごなしに走ろうか、と本橋さんが言い出し、ジョギング好きのシゲさんが張り切り、乾さんも賛成し、幸生も先輩たちにおもねり、俺ひとりがいやがったって聞いてももらえなかった。

 おもねる、なんて言ってやっては幸生が気の毒なのだが、俺の気分としてはそう言いたくなる。あいつは俺の側には立たずに、先輩たちに阿諛追従しては、章、しっかりしろよ、と言いやがる。今日は幸生も大嫌いだ。みんなみんな嫌いだ。

「あ……しまった」
 
 早朝にこの山間の村に到着し、午前中の仕事をすませたばかりだ。夕方から再び仕事があって、宿泊して、明日には都会に帰る。仕事が午前と夕方なのは昼間は暑いからだってのに、なんでジョギングなんだよ。日盛りは休息すべきだろ。

 ぼやきつつも俺は思う。ここは山の中だ。コンビニひとつ、自動販売機ひとつ見当たらない。俺は暑い……このままだと倒れるぞ。

「あ?」

 女の子? 陽炎がゆらゆらと立ち上るあたりから、人影が近づいてくる。疲れて目がかすんでいるようで、もうひとつ焦点が結びにくい。ほっそりした女……女の子?

「なんだ、ガキか」
「そっちもガキでしょ」
「俺は成人だよ。おまえは中学生くらいだろ」
「そうだけど、悪い?」

 ほっそりしているのは成長し切れていないからだ。背が低いのもガキだからだ。俺はこういう体型の女は好みだが、中学生にその気になるロリコンではない。少女っぽい体型の二十代の女が好きなのだ。この女にはそそられないが、俺の近くにすわって彼女が取り出した水筒には焦がれるほどにそそられた。

「ものほしそうな顔して、もしかしてあなた、お水がないの?」
「そうなんだよ。仲間たちとジョギングしてたんだけど、俺は水筒もペットボトルもなんにも持ってなかったんだ」

 章はひ弱だから、荷物はなしにしてやろう、乾さんが言ったのが徒になった。彼女は俺を意地悪な目で見て、水筒の蓋に中身を注ぐ。意地悪な表情が似合う美少女だ。

「おいしい」
「くれるんじゃないのかよ」
「あなたにお水を恵んであげたら、なにかいいことがあるの?」
「……いらねえよ」

 まったくどこにも水がないのだったら、我慢できるかもしれない。けれど、彼女の水筒の中には清らかそうな透明な水がある。想像すると喉が鳴った。

「おまえなんか、殴り倒して水を奪うってこともできるんだぞ。ガキのくせして」
「ふーん」
「いや……そこまでする気はないけどさ。おまえ、なんて名前?」
「おまえと呼ばないんだったら教えてあげる」

 クソガキ、おまえの名前なんか知りたくないよ、と吐き捨てると、彼女は綺麗な声で笑った。

「紗香っていうの。あなたは?」
「ガキのくせして俺と対等のふるまいをしようとしやがって、俺のほうがおまえよりも……きみよりも、サヤカか。紗香よりも身体が大きくて強くて……」
「だからなんなのよ。あなたの名前は?」

 妙に余裕を漂わせたガキだ。俺みたいに細くて背の低い男は怖くもないってか? もっと怖がらせてやりたいと思っていると、紗香が樹の根元を示した。
 そこには緑のバッタがいる。優美とさえいえる細い身体のバッタに、カマキリが小さな小さな斧を振りかざしていた。

「……なんだよ、俺みたいだとでも言いたいのか」
「あ、そか。似てるね」
「なんかこうおまえって……むかつくガキだな」
「あなたはなんて名前?」
「章」

 カマキリがバッタに向かって威嚇している。バッタのほうは気にもしていない様子で、人間から見ればなにをしているのかもわからないふうに、悠然としている。なんだか恥ずかしくなってきて、俺は呟いた。

「ごめん」
「いいのよ。ああ、私のほうこそごめんね。はい、どうぞ」
「くれるのか。ありがとう」

 水筒の水はつめたく心地よく、喉をすべっていった。バッタがぴょーんと跳ね、カマキリも跳ねる。カマキリのほうが怖がっているようにも見えて、ふたりして笑った。

「俺、歌手なんだよ。フォレストシンガーズっていって、売れないシンガーズだから紗香……ちゃんは知らないだろうけど、歌には自信があるんだ。聴きたい?」
「聴いてあげるから歌ったら?」
「生意気なガキだな」

 だけど、俺にできる礼といえばこれしかない。夏は終わり、なのに秋はまだもったいぶってやってこないこんな季節に、恋愛にもなりっこないような、けれど綺麗な顔と好みの肢体をした女の子を前に、俺は歌った。 あれぇ? 紗香ってどこの子だろ? 乾さんだったら、森の精なんじゃないか、って言いそうだな、と思って、フェアリーの歌を歌った。

「He's a Fairy Feller
The fairy folk have gathered round the new-moon shine
To see the Feller crack a nut at night's noon-time
To swing his axe he swears, as it climbs he dares
To deliver...
The master-stroke」


AKIRA/25歳 END






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鍵コメSさんへ

いつもありがとうございます。
Sさんは選挙関係にはかなり関心がおありなのですね。
大阪はもうすぐ都構想の住民選挙です。投票率がめっちゃ低そうな、悪い予感がします。

この時期のフォレストシンガーズはまったく売れていませんので、芸人さんみたいな仕事もしていますよ。
歌手のほうが芸人より上だとは思ってないけど……と言ってる章は、やはり歌手のほうがレベルは上だと思っているようです。

著者としましてはこのころのほうが気楽だったから、書きやすいです。
売れてきて顔が知られるようになると、行動範囲が狭くなりますよね。
もっとも、フォレストシンガーズはあまりテレビには出ませんので、個々人はそれほど顔は知られていませんが。

ブログなんてごく一部の方しか見てないと思ってますけど、口コミはなかなか怖いですよね。

以前に看護師さんがブログかSNSなんかで、仕事で手抜きしたとかあの患者嫌いとか書いて評判になってしまって、免職になったという話を読みました。

都市伝説なのかもしれませんが、迂闊なことを書いてはいけませんね。

鍵コメ……まあ、ブログの主にだけ伝えたいことは、そのほうがいいのかもしれません。
私はどっちでもいいですが、鍵コメへのお返事は、こんなことを書いてもいいかなぁ、駄目かなぁ、といささか悩みます。

今年は優勝候補だった阪神と広島が最弱です。
広島は弱くてもいいんですが(ひどいことを言う私(笑))、いや、もう、今年は阪神と広島で最下位争いしましょうか。

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