novel

小説353(Dear My Friend)

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フォレストシンガーズストーリィ

「Dear My Friend」


1・美子

ふたりともに東京からは遠い故郷を持ち、背の低いところが同じで大学で友達になった沙織ちゃん。
 似ているのはそこだけで、私はころころ、沙織ちゃんはほっそり。故郷にしても沙織ちゃんは岩手、私は佐賀。性格だってずいぶんとちがっていた。
 歌が好きだというところも同じだったから合唱部に入り、ふたりしてお喋りばかりしていた。歌は好きでも特に上手ってわけでもなくて、サークル活動の楽しさのほうが好きだったのも似ていたのかもしれない。
「女子部には趣味でやってるひとが多いけど、男子部は真剣だよね」
「なんだか怖いかも」
 そう言い合っていた通りに、男子部にはプロの歌手になりたいと言っていたひとも何人かいた。そのうちの一組、フォレストシンガーズがこのたび、夢を叶えたのだ。
「サクラサク、フォレストシンガーズデビュー」
 そんな電報を送ってきたのは、フォレストシンガーズのヒデくんとシゲくんとは合唱部時代にアホアホトリオを結成していた実松くんだ。
 ヒデくんはフォレストシンガーズを脱退して行方不明になってしまったらしいが、シゲくんはいる。本庄繁之、彼は私と学年が同じで、大学時代には合唱部のみんなで食事や映画やサイクリングに行ったりもした。あいつは鈍感でたまんないよ、と沙織ちゃんが嘆いていたのを思い出す。
 リーダーは本橋真次郎さん。背が高くてがっしりしていて、一見怖そうだけど頼りになりそうな男らしいひとだった。
 乾隆也さんも背が高くて、本橋さんよりはひょろっとした感じで、女の子にはとっても優しかった。男の子が相手だときびしいので意外に感じたり、乾さんに叱られちゃった、としょぼんとしていた下級生の女の子に、なにをやったの? と問い詰めたりしたこともある。
「お行儀が悪いって……先輩に対して不作法だって。乾さんに不作法だったんじゃなくて、他の先輩になんだけどね。乾さんって素敵だと思ってたんだけど、怖いから嫌い」
 叱られた女の子はそんなふうに言っていた。
 ひとつ年上の本橋さんと乾さん、三沢幸生くんと木村章くんはひとつ年下。三沢くんとは昔々の夏の日にくすぐったい思い出がある。
 あれは十年近く昔だ。佐賀の女子高校生三人グループが、一年早い卒業旅行をした。十六歳の女の子たちの冒険は、憧れていた湘南の海。連れの女の子たちが男の子のグループに誘われて花火をして、私だけは男の子たちに、あんな奴はいらないよ、みたいな扱いをされて傷ついて。
 その翌朝に海岸で会ったのが、十五歳の幸生くん。大きな犬に引きずられるようにして歩いていた彼は、私の耳には甘く優しい言葉を囁いてくれて、おでこにキスして風のように去っていった。
 ただそれだけのことだから、三沢くんは忘れていたらしい。ヒデくんも含めて三人で食事をしたときにほのめかすと思い出して、忘れていたとは痛恨のいたり、なんて言っていた。
 木村章くんは一年だけしか合唱部にいなかったので、私のほうこそ忘れていたが、小柄でハンサムな男の子だ。ああいうタイプの男の子には散々傷つけられたので、あまり近づきたくなかったりして。もっとも、彼のほうも私みたいなチビデブブスの三重苦女には近寄ってほしくないだろうが。
「あ、フォレストシンガーズだ」
 デパート主催のショーのちらしを見ていて気がついた。
 大学を卒業してから、沙織ちゃんは書店勤務、私はデパート勤務になっている。フォレストシンガーズがデビューしてからは、イベントに彼らが出演するとなると誘い合って出かけていたのだが、今回は急だった。
「今日のお昼休憩、二時からでもいいですか」
「いいよ」
 先輩に断ったのは、フォレストシンガーズが見たかったから。当日になって知ったとは迂闊だったが、私の勤務するデパートの屋上で開催される浴衣ショーに、フォレストシンガーズが出演するのだ。
 浴衣ショー自体は知っていた。日替わりで演歌歌手や若い歌手が歌いにくるとも知っていた。昔、大ヒットを飛ばした男性歌手も来るのだそうで、見にいくと言っていた同僚もいた。フォレストシンガーズも来るとは初耳だったのは、大きな扱いをされていなかったからだろう。
 デビューしてから一年もたたない歌手はそんなものかな。同僚たちだってフォレストシンガーズの噂もしていなかったし、私は彼らと大学が同じなんです、と言ってみても、ふーん、それがどうしたの? ってものだろうし。
 なのだから、そんな話は誰にもせず、お昼ごはんを食べるのもやめて屋上の催し会場に行った。
 屋上の一部は小さな遊園地になっていて、半分ほどが催し場になっている。ここではペットコンテストやらこういったイベントやらが開催される。今日は浴衣ショーということで、カラフルな浴衣の綺麗な若い女性がそぞろ歩いていた。
 きっかり二時になると、ステージにフォレストシンガーズが出てきた。彼らも浴衣を着ている。まばらな拍手の中、彼らが歌う。私の知らない歌がおしまいになると、若い男性の司会者が出てきた。
「ありがとうございました。フォレストシンガーズでした」
「ありがとうございました」
 と五人が一礼しても、拍手はぱらぱら。私は思い切り手を叩こうかとも思ったのだが、やりすぎもいけないかと自重しておいた。
「本日は特別企画があるんですよ」
「どんな企画でしょうか? 楽しみですね、みなさん」
 司会者に三沢くんが応じて盛り上げようとしているようだが、まったく盛り上がらない。お客さんたちはてんでに勝手なことをしていて、かき氷食べたい!! 僕はアイスクリーム!! と叫ぶ子どもの声が聞こえていた。
「浴衣をお召しの女性が会場にいらっしゃいますよね。本日は浴衣ショーということで、フォレストシンガーズのみんなにも浴衣を着てもらいました。浴衣カップルを作りましょうよ。我こそはと思われる女性の方、立候補して下さい」
「年齢不問ですよぉ!!」
「三沢さん、当然でしょ。年齢制限なんかしたら……いえ、いいんですけどね」
「女性のみなさまぁ、ふるって立候補なさって下さい!!」
「おっ、そこのお美しい方、来て下さいよ」
 まるきり無視されているわけでもなく、客席もざわめいている。行く? やだぁ、とつつきあっている若い女性たち、あんなおっさんと? と言っている高校生らしい女の子もいて、彼らは二十五歳前後なんだから、おっさんじゃないのよ、と言ってやりたくなった。
 あなた、行きなさいよ、いやよ、恥ずかしい、と言っている年配女性のグループもいる。男は駄目なんですかーっ!! と若い男性が叫んだ。
「三沢さん、男性でもいいですか」
「女性の浴衣を着て、来て下さるんでしたらいいかも」
「小学生だとどうですか?」
「親御さんのお許しが出るのでしたら、僕は大歓迎です」
 ステージでは三沢くんと司会者が掛け合い漫才みたいな会話をしている。と、ひとりの女性が進み出ていった。
「おーっ、いらっしゃいませ」
「さあさ、どうぞどうぞ。お手をどうぞ」
 淡い水色の地に白い花の浴衣をまとった、背の高い綺麗な女性だ。サクラじゃないの? などという声も聞こえる中で、本橋さんとシゲくんが女性に手を貸してステージに引っ張り上げている。女性はマイクは使わずになにやら言った。
「はい、お望み通りに。乾さん、お呼びですよ」
「あ、僕ですか。光栄です」
 誰とペアになりたいのかを言ったらしい。やっぱりね、やっぱり乾さんが一番先なんだ。
 その次には二十歳ぐらいのぽっちゃりした女性が本橋さんとペアになり、続いて高校生くらいの可愛い子が三沢さんか木村さんがいい、と言う。三沢くんと木村くんがじゃんけんをして、木村くんが勝った。
 それから、そこの方、いらして下さいよ、と司会者にお願いされた四十歳前後の女性が三沢くんとペアになる。残ってしまったのは本庄シゲくんだった。
「私が行きたいところだけど、私が行ってもね……ああ、それに、時間が足りないわ。ごめんね、本庄くん」
 お昼休みが終わってしまうから、私は心残りながらもその場所を離れた。あれからシゲくんにはペアになりたいと望む女性はあらわれたのだろうか。質問してみていいのかな。いなかったとしたら傷つくのかなぁ。もてない私にはシゲくんの気持ちがわかるから、私までがしょんぼり気分になっていた。
 

2・英彦

 郷里の土佐からも東京からも遠い土地、意識してそんな場所を渡り歩いていた俺が神戸に流れ着いたのは、里心がついたからなのだろうか。
 一時は大阪に住んでいて、瀬戸内泉水と会ったのが立ち直ろうと決めたきっかけだった。泉水も大阪に住んでいると言っていたから、生活を立て直すまでは会いたくないと決めて大阪からも出ていった。ってことは、俺の生活、ちっとは立て直してこられているのかな。
 東京の大学在学中にフォレストシンガーズを結成して、五人のメンバーでプロになろうと誓い合った。そうたやすくかなう希望ではなかったから、シゲと俺が卒業したときにも我々はアマチュアのままだった。当時、俺には恋人がいて、彼女が妊娠したと言い出したのだ。
 結婚はひとかけらも考えていなかったわけではないが、俺がプロのシンガーになってからだ、もしもなれなかったら? なれないはずはない、俺たちは本気なんだから本気でかなうさ。
 将来の展望は恋人の恵のひとことでもろくも砕け散り、俺はフォレストシンガーズを脱退して結婚した。
 結婚してからは茨城に住み、恵の親父の会社で働き、娘も産まれて傍目には幸せな家族に見えたかもしれない。我慢できないほどの不幸なんてなかったのだし、恵だってこらえていたところもあったのだろうし、と今になれば思うのだが。
 こらえ性がなかった俺はフォレストシンガーズのデビューを知って爆発し、妻に離婚を切り出されて家を出た。あれから四、五年はたつのだろうか。妻にも娘にも一度も会ってはいない。
 なるだけ僻地を選んで放浪して、大阪にたどりついた時点で疲れていたのかもしれない。シゲが結婚したと泉水に聞いて、俺も別れてきた妻と娘を思い出した、故郷にいる父、母、妹、弟をも思い出した。それからだって一年ほどすぎて、神戸にやってきた。
「ヒデさんはなんで神戸に来たん?」
 放浪していた時代にも接触のあった男女はいる。若い男と親しくなりそうになって逃げたり、惚れられたかな? とうぬぼれてみた女から逃げたり、逃げてばかりだったが、今度は逃げるつもりはなかった。
 息子がひとりいる電気屋の家族に関わるようになって、ヒノデ電気で働かせてもらえるようになって、俺は電気の勉強もしている。近所のマンションに引っ越してくる若者がいると聞いて、電気工事の話をしにいって彼に紹介された。
「高畠新之助です。家は大阪なんやけど、神戸の大学に合格したんでこっちに住みます。小笠原さんも近所に住んだはるんでしょ。よろしくお願いします」
「こちらこそ。ヒデって呼んで」
「うん、ヒデさん、ほしたらいっぺん飲みにいこ」
「……大学に入学するって、十八とちがうんかい」
「堅いこと言わんと」
 酒は駄目、だなんて俺は小学生のときから飲んでるくせに、我ながらよく言うよ、であったのだが、それから新之助とは年の離れた友人みたいになった。
「なんでってこともないけど……うん、野球が好きだからもあるかな」
「野球と神戸って関係ある?」
「おまえはプロ野球は?」
「ぜーんぜん興味ない」
 今どきの若者は酒を飲まない奴が多い。昔は十代から酒を飲みたがったものだが、昨今は法律もうるさいし、酔っ払いなんてかっこ悪いとの認識が蔓延していて由々しき事態だ、と俺なんかは思うのだ。
 新之助は酒を飲みたいらしいが、もうひとつ、今どきの若者はサッカーのほうが好きで、プロ野球はおっさん趣味だと言う。じきに三十になる俺はまぎれもなくおっさんではあるが、新之助にも野球の面白さを教えてやりたくなってきた。
「おまえのお父さんは野球は?」
「興味ないんとちゃうかな。両親そろってゴルフやったらやってるけど」
「おまえの家はブルジョワか」
「なんやそれは、古っ」
 ゴルフもブルジョワもどうでもいいのだが、ヒノデ電気の息子も連れてきて、三人でキャッチボールをやることにした。
「お父ちゃんとキャッチボールやったらやったことはあるけど、別に楽しないやん」
「楽しいって。お父ちゃんよりも俺や新之助は若いんだから、敏捷だしな」
「そうかなぁ。僕はアニメのほうがええなぁ」
「アニメとスポーツは別ものだろ。新之助も創始も、そのうちには甲子園に連れてってやるからつきあえ」
 ヒデさんがやりたいんやな、そうかそうか、と笑って、新之助と創始はキャッチボールで遊んでくれた。
 十歳にもならない少年と、二十歳にもならない少年。少年の域の下限と上限といっていい年ごろのふたりだ。創始は小柄できびきびしていて、新之助は俺よりも背が高くてひょろりとしている。敏捷さにかけては俺なんかは彼らの前では年寄りだ。
 太っちまったからな、ダイエットしなくちゃな、ランニングしてるんだけどな、などと言い訳しながらキャッチボールしていると、シゲを思い出す。
 大学の合唱部室ではじめて会ったシゲ、田舎出身の俺以上に田舎っぽくて、四角い身体に四角い顔をしていた。小笠原くん、本庄くん、と呼び合ったのはわずかな時間だけだ。じきにシゲ、ヒデ、おまえ、アホか、と言い合うようになった。
 四年間プラス、アマチュアフォレストシンガーズのメンバー同士としてシゲとつきあっていた日々は、俺の本当の青春だった。
 そんなシゲは念願の歌手になって、フォレストシンガーズもちっとは売れてきているらしい。創始は知らないかもしれないが、新之助だったらフォレストシンガーズを知っているだろうか。創始の両親、特に母親は知っているだろう。フォレストシンガーズには女性ファンが多いと聞く。
 シゲも創始の母ちゃんみたいなおばちゃんに、きゃぁ、本庄さーん!! とかって叫ばれてるのか? 赤くなっているおまえの四角い顔が目に浮かぶよ。
 俺はフォレストシンガーズのメンバーだった、などと、誰にも言うつもりもない。言ったからってそれがどうした? であろう。彼らにしても小笠原英彦を覚えてはいないはず……いや、裏切者として覚えているのだろうか。何年もたってもいまだねちねち考えている自分が腹立たしい。
 腹立たしいくせに、いつかはみんなに会いにいきたいと思う。本橋さんに殴られたいだとか、乾さんにびしっと叱られたいだとか、美江子さんは涙ぐんでくれるかな、だとか、幸生は満面の笑顔を見せてくれるだろうか、章はどうするかな、だとか、考えはじめると想いがめぐりにめぐる。
「甲子園には一回行ってみたいかな。創始は?」
「暑いんとちゃうん?」
「暑いのが醍醐味だろ。よし、そのうちには三人で行こう」
「まぁ、行ってもええよ」
 甲子園が大好きで、俺と同じチームのファンだったシゲ。もしも俺が甲子園に行ったら、テニス選手だという奥さんと一緒に来ているシゲとばったり会ったりして……会いたいのかな? 俺はシゲと奥さんとに会いたいのか、会いたくないのか。
 それすらも判然とはしないおのれがなにをしたいのか、はっきりわかるようになってからだ。そう思いながらも、甲子園球場のスタンドでシゲ夫婦に会う想像は、決して悪いものではなかった。


3・真次郎

 単独での仕事が終了してスタジオに入っていくと、妙な空気になっていた。
「……そうなんです、そう、ほんとにそう、はい、わかりました。伝えておきますから。シゲさんには代わらなくていいの? 恭子さんも気まずい? そうだよね、ほんとにごめんね」
 電話で幸生が話しているのは、シゲの妻の恭子さんらしい。なにをあやまっているのかと思っていたら、こっちでは乾が章に言っていた。
「さっきから同じことばっかり言ってるけど、おまえ、いくつだよ?」
「三十ですが」
「知ってるよ、馬鹿野郎」
「馬鹿野郎ってのも聞き飽きましたよ」
「俺も言い飽きたってんだよ」
 幸生が恭子さんに詫び、章は乾に説教されている。幸生と章がふたりしてシゲか恭子さんになにかやったのか。シゲは離れた場所ですわり込んでいるので、尋ねてみた。
「どうした、章がまたなにかやらかしたのか」
「本橋さんの仕事はいかがでしたか」
「うまく行ったよ。時間はかかったけど、ひとまず終了した。章はどうしたんだ?」
「実はですね」
 昨夜、美江子と俺の結婚式の打ち合わせのために、幸生と章がシゲの住まいを訪ねた。恭子さんは仕事で留守にしていたのだそうで、三人で酒を飲んで音楽を聴いたり、語り合ったりしていたのだそうだ。
「浮気の話なんかもしてましてね、そこへちょうど恭子が帰ってきたんです。精神的浮気だなんて話題が出ていたからまずいとは思ったんだけど、幸生と章も逃げるように帰ってしまって……」
 不機嫌な恭子さんのあとを追って寝室に入り、シゲはなんの気なしにベッドカバーを剥がした。
「するとね、ピアスが出てきたんです」
「……おまえ……」
「ちがいますよ。章のいたずらだったんです。俺にはそのピアスがなんでそこにあったのかわからなくて、恭子は怒るしわけわからんしで落ち込んだまま、スタジオに来たんですよね。乾さんに話したら即座に真相を解明してくれまして」
 乾ならばそういうのはお手のものだろう。
 今日は幸生と章も午後からスタジオに来ることになっていて、先に来た章に乾が問いかけ、章が白状した。あとから来た幸生も言った。
「ごめんなさーい、ごめんなさいったらごめんなさい。章も俺も、恭子さんに発見されないようにと祈ってたんだよ。見つかっちゃったか」
 そこからは幸生の泣き真似とごめんなさいごめんなさいと、章の弁解で大騒ぎ。乾さんの馬鹿野郎も何度か炸裂していた。というようなことがありました、とシゲが語り終え、俺は幸生と章に歩み寄って頭をごちん、ごちんとやってやった。それからシゲにも言った。
「おまえには身に覚えがないんだったら、やったのは幸生か章なんじゃないかって察しろよ。おまえの頭のめぐりは遅すぎるんだ」
「はい、すみません」
 まあ、シゲはこういう奴なのだから、咄嗟にはそんな頭は回らなかったのかもしれない。電話を切った幸生は言った。
「恭子さんはあとからゆっくりじっくり考えて、木村さんがやったのかも、とは思ってたみたいですよ。だから、俺が真相を告げたらすぐに信じてくれました。シゲちゃん、ごめんね、疑ってごめんなさい、今日は早く帰ってきてね、ごちそうを作って待ってるよ、だそうです」
 嬉しそうな顔になったシゲをにたっとして見やってから、幸生は続けて言った。
「だけどさ、リーダーだったら気づきます?」
「気づくさ。当たり前だろうが」
「そっかな。美江子さんと結婚したあとだったら、美江子さんが気づくだろうけど、リーダーは気づかないほうに賭けますよ」
「下らん賭けをするな」
 もう一発殴ってやろうとしたら幸生は飛び退き、シゲが言った。
「幸生、ごめんな。ジュリーのCDが行方不明になったんだ。帰ったら探してみるけど、寝室の窓から飛んでいったんだよ。隣のマンションの駐車場に落ちたのかもな」
「俺も章に加担したようなものだから、CDがなくなったのはその罰だと受け止めます。章、おまえが弁償しろよ」
「こんな大事になるとはね……シゲさん、すみません」
 章も言い、シゲも言った。
「大事でもないよ。誤解が誤解を生んでの喧嘩だ。結婚したらこんなこともあるんだよ。本橋さんも注意して下さいね」
「俺は浮気なんかしないよ」
 と、幸生が歌い出した。

「俺は浮気はしない
 たぶんしないと思う
 しないんじゃないかな
 ま、ちと覚悟はしておけ」

 ジュリーの歌ってのはなんだか知らないが、俺は浮気するくらいだったら結婚はしない。今のところはそのつもりだが、将来も絶対に……そんな約束はしないほうがいいような、とは美江子には口が裂けても言ってはならないとの自覚はあった。


4・恭子


 ともに仕事をすると決まってはいたものの、フォレストシンガーズというグループがいるとも知らなかったころ、ラジオのディレクターさんに教えられて彼らが出演する深夜テレビを見た。
 そんなもん、録画されてなくて俺は嬉しいよ、とシゲちゃんは言うが、私としては保存しておきたかった。
 深夜の繁華街を歩いていく人に突撃リポートするコーナーで、本橋さんがニューハーフらしき人物にインタビューして抱きつかれそうになったり、三沢さんが猫をたくさん連れたホームレスに近づいて、猫泥棒!! と罵られたり。やらせも含まれていたのだそうだが、売れていない歌手って大変なのね、と私はしみじみ思った。
 そのくせ、夜中に大笑いもしたのだが。
 あれから八年? ラジオ番組で本庄繁之さんとペアになって、私が彼を好きになって、彼も私を好きになってくれて、プロポーズしてもらって指環も贈られて結婚して、私たちは二児の親になった。
「なんだかね、恥ずかしいんだよな」
「そうなのかなぁ。だけど、出世したよね」
「出世ってのとはちがうんじゃないか?」
「出世だよ」
 息子たちが眠ってしまった深夜、夫婦でテレビを見る。今夜からフォレストシンガーズをモデルにした、「歌の森」というドラマがはじまるのだ。
 世の中には有名な歌手は大勢いても、彼や彼女をモデルにしたドラマのあるひとはそんなにはいないはず。脚本家のみずき霧笛さんが売れてきて、彼の希望で実現したドラマだというが、メンバーの妻としては出世したと断言したい。
 ああして深夜の街を突撃リポートしていた、名もない若者たちがこうやって、ドラマのモデルになったんだよ。フォレストシンガーズ五人の全関係者のみなさま、見てますか?
 本橋さんのお父さん、お母さん、双生児である兄さんたちとその家族。
 乾さんのお父さんとお母さん、亡くなったおばあさまも天国から見てますか? 
 木村さんのお父さんとお母さん、弟の龍くんも。
 三沢さんのお父さん、お母さん、いとこの雄心くんも、幸生さんの妹さんたちの家族も、リアルタイムでは無理だったら録画してますよね。
 美江子さんのお母さん、お父さん、ふたりの弟さんとその家族も。妹さんはパリ在住だそうだから無理かな。
 それぞれの家族がそれぞれの自宅で今、この瞬間、同じ番組を見ている気がする。
 それから、ヒデさん、泉水さん、見てる? 金子さんや徳永さんや実松さんや、沙織さんやミコさんも家族と見てくれているかな。酒巻さんも一時帰国中だから見られるよね。
 オフィス・ヤマザキの社長さん一家も、ニーナさんや弥生さんも。燦劇のみんなも見てる? モモちゃん、クリちゃん、玲奈さん、千鶴さんも奈々ちゃんも、洋介くんも。
 もしかしたら昔、彼らを愛していた女性も見ているんだろうか。シゲちゃんにもほんとはそんなひと、いるの? 彼らのモトカノさんたちは、どんな気持ちでいるんだろ。
 大学時代からの先輩後輩で、フォレストシンガーズとしてのキャリアも十年以上、シゲちゃんは本橋さん、乾さん、美江子さんとは十六年も一緒にいる。そんな彼らの交友範囲は、私には想像もつかないほど広く深いのではないか。そんなことを考えると気が遠くなりそうだ。
「ほんとに似てるよねぇ」
「こうやってちゃんと見るの、恭子ははじめてだよな」
 大学一年生の本庄繁之を演じるのは、琢磨士朗という名の新人俳優だ。シゲさんにそっくりっ!! と三沢さんからも聞いてはいたが、私は写真でしか見ていなかった。
 低い声もよく似ているし、動いていると本当に似ている。このころのシゲちゃんに会いたかったなぁ、と見入っていると、シゲちゃんが言った。
「この台詞は思い上がってるのかもしれないけど、俺が歴史上の偉人だったりしたら、琢磨士郎は本庄繁之を演じるために生まれてきた男、って言われそうだと思わないか?」
「なるほどね。本人も納得なんだね」
「ああ、俺だってびっくりしたもんな」
「会ったんでしょ」
「あのときには琢磨くんは、俺のほうがかっこいいって言ってた。琢磨くんのほうだよ」
「そんなことないよ。シゲちゃんのほうが大人でかっこいい」
「そう言ってくれるのはきみだけだよ」
 そんなことないってば、と言い募ると、シゲちゃんの腕が伸びてきた。
「ずーっと思ってたんだよ。きみと結婚してから、フォレストシンガーズの運気は上向いてきたんだ」
「偶然ってのか、そういう時期だったんじゃない?」
「いいや、恭子は俺たちの幸運の女神さまだよ」
 たくましい腕にすっぽり抱かれていると、ドラマは明日にでも見ようって気持ちになってくる。録画はしてあるから、幾度だって見られるのだから。
「シゲちゃん、私、女の子も産みたいな」
「うん、俺もほしいよ。三人目は女の子ってのが理想だもんな」
「男の子三人ってのもいいらしいのよ。お母さんは紅一点でお姫さまになれるって」
「そういうの、嬉しいのか?」
 息子三人と旦那さまに囲まれての紅一点は嬉しくなくもないけれど、本物のお姫さまがひとり増えるのも嬉しい。女の子でも男の子でもいいから、もうひとり、子どもがほしい。
「でも、まだちょっと早いよね」
「そうだな。壮介が二歳ぐらいになってからにしようか」
「三人目はそれでいいけど……」
「うん、恭子……」
 愛してるよ、とシゲちゃんの瞳が言っている。私を抱えたままで立ち上がったシゲちゃんは、テレビもそのままに寝室へと歩いていく。テレビからシゲちゃんの声が聞こえた。
「そんな……俺は……別に好きとかいうんじゃ……」
「本人がいなくても言えないのか。情けない奴やきに」
 やきに、と言っているのは土佐弁のヒデさん。小笠原英彦の本名は使っていなくても、ヒデさん以外のなにものでもない。ややあって、シゲちゃんの声もした。
「……好きだよ」
 若返ったシゲちゃんが、恭子、好きだよ、と言っているようで変な感じだ。この台詞には恭子は関係ないけれど、自分の耳に心地よいように変換してみていた。


END




 
 
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