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小説352(いちご白書をもう一度)

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フォレストシンガーズストーリィ352

「いちご白書をもう一度」

1・繁之

 耳からも目からも、なんらかの刺激を受けると過去を思い出すってのはあるようだ。今日の刺激は映画のポスターだった。

「いつか君と行った映画がまた来る
 授業を抜け出して二人で出かけた
 悲しい場面では涙ぐんでた
 素直な横顔が今も恋しい

 雨に破れかけた街角のポスターに
 過ぎ去った昔が鮮やかに甦る
 君も見るだろうか 「いちご白書」を
 二人だけのメモリー どこかでもう一度」

 学生時代には合唱部の行事があった。サイクリングやプールや海や食事や飲み会や、合唱部全体だけではなく、同い年の面々たちで、男子も女子も混じってよく遊んだ。
 その中には映画もあった。
 合唱部員だけではなくて、みんなが友達も誘って大人数になったりもした。俺も幼なじみの瀬戸内泉水と連れ立って、何人ものメンバーで映画館に行った。「いちご白書」ではないが、この映画もみんなで観たから、ポスターがあのころを呼び覚ましたのだろう。
 映画が終わると食事に行って、あの映画のあそこがよかった、ここはちょっと失敗だよな、と話し合う、そのグループにはいつも加わっていたわけでもないのだが、俺の記憶の中にはいつだってヒデと泉水がいる。
 泉水は大阪で暮らしているのだが、ヒデはどこに行ってしまったのやら。
 大学を卒業して間もない梅雨のころ、フォレストシンガーズを脱退します!! と青天の霹靂発言をやらかして、本橋さんや乾さんに反抗的な態度を取って飛び出していったヒデ。幸生はヒデを追いかけていったが、俺は動けなかった。ヒデの決意を知らなかったショックで、口もきけなかった。
 しつこい奴だな、俺は。あれからフォレストシンガーズには章が入り、どうにかプロになれたってのに、なにかことあればおまえを思い出す。
 この歌の「君」っていうのは女の子だろ。俺にはあのころも今もこんなふうに呼べる女性はいない。ヒデにはいたんだな。俺はおまえをもてないと思っていたけど、俺よりはまし程度にはもてていたんだろ。学生時代からの彼女は知ってたけど、他にもちょこちょこ遊んでた女性がいたみたいな? 不実な奴だよな。
 面と向かってだったら怒るのだが、正直、俺にはうらやましい気持ちがある。たったひとりの彼女もできない俺と、適当な遊び相手もいるヒデや章と。どうしてそうも差がつくんだろう。顔の差かな。
 そんなことをうらやましく思ってしまうから、俺はよけいにもてないんだろうか。もてなくてもいいから彼女がひとりだけほしいと思ったり、彼女ができても結婚するには早すぎるから、恋人というよりもちょっとだけもててみたいと思ったり。
「プロのシンガーになるともてるよね」
「おまえはそんなよこしまな考えでプロになりたいのか」
「それだけではないけど、リーダーだって言ってたよ。もてるぞって」
「……本橋さんまで」
 嘆かわしいと言った顔をしてみたものの、本橋さんや幸生の気持ちはわからなくもない。
 プロのシンガーになったら俺以外のメンバーはいっそうもてるようになったはずだが、俺はもてない。あいかわらずいっこうにもてない。なんでだろうなぁ、と悩みつつ、「いちご白書をもう一度」の歌を心の中で歌いつつ、ポスターを眺めていた。
「Long long ago」というタイトルのアメリカ映画だ。若くて可愛い女優と、ジェイムス・ディーンに似た若い男優が共演していた映画を観たときには、泉水もヒデも一緒だった。俺たちが大学生のときに上演されたのだから、四、五年ぶりの再演か。
 初上演のときにはさほどの話題になっていなかったが、再評価でもされたのだろうか。今日は仕事が早く終わったので夕食にはやや早く、時間的にもちょうどよいので映画館に入っていった。
 ひとりで映画館に入るほどのファンではない。レンタルビデオもあまり借りない。映画を観るよりは、他の四人よりも乏しい音楽の知識を得るべく、CDを聴くほうが多い。知識を得ようというだけでもなく、俺にとっては音楽を聴くのは最大の娯楽だ。
 ある意味ではメシも娯楽だから、音楽と食事は俺にとっては常に必要不可欠なもの。これがなくては生きていけない。
 ポップコーンとコーラを買って座席にすわる。平日の夕刻、世間の人はたいていが働いている時間だろうから、映画館は空いていた。
 細かい部分は忘れてしまっていた映画を観ていると、映像に俺たちの現実がかぶさって見えてくる。フットボール選手とチアガールの恋愛は、野球が大好きな俺には共感もできた。俺が野球を続けていたら……などと非現実的な夢を見たくなってくる。
「俺は野球は好きだけど、見るだけでいいよ」
「フットボールは?」
「見るのは野球だけだから、フットボールなんてからっきしわからん」
「私は野球もわかんないよ」
「そうなのか? ガキのシゲの野球の試合、見にいかんかったんか?」
「行ったけど、シゲって打席でバットを振り回すだけなんだもん。つまんないよ」
 そうかそうか、三振ばっかりか、がはは、と笑っていたヒデと、野球なんかどこが面白いんだか、とぼやいていた泉水の声も聞こえてくる。
 スポーツ音痴の泉水と、スポーツは見るだけのヒデ、合唱部仲間なのだから運動よりも音楽が好きだった友人たちも、この映画には深く入り込んでいた。俺も同じだったと、再び見ているとしっかり思い出す。二十歳ぐらいの俺は俺なりに多感だったのだ。
 入り込んではいたけれど、食欲も忘れていなかった。ポップコーンは空になり、映画のエンドロールが流れている。エンディングテーマもまた、記憶を呼び起こす。そうそう、この曲だった。ノスタルジックなフュージョンジャズだ。
「泉水に教えてやりたいな。大阪でも再上演するんだろか」
 大阪では見られないとしても、泉水とならぱこの映画の話はできる。だが、ヒデは?
 ヒデは映画を観られる境遇にいるのだろうか。もしもおまえがこの映画を観たとしたら、俺を思い出すのだろうか。鼻の奥がつんと熱くなって、ひとりで観ていてよかった、と苦笑する。涙がこぼれそうになったのは、映画の主人公ふたりが別れてしまったからだよ。


2・弾

 取引先の社員である彼女と、偶然にも喫茶店で会った。俺は営業マンとしての社外活動中で、空腹になって入った店に、橋本ひとみさんがいたのだ。彼女はフォレストシンガーズのファンだそうで、俺の話に目を輝かせてくれた。
「俺はフォレストシンガーズのシゲとは同級生なんですよ。学部はちがったけど合唱部で一緒でした」
「フォレストシンガーズってみんなが合唱部なんでしょ?」
「そうです。そやから、俺はフォレストシンガーズの全員と知り合いです」
「すごーい」
 別にすごくはないのだが、ひとみさんがそれで俺に興味を持ってくれ、カラオケに行こう、フォレストシンガーズのライヴに行こう、と話が進み、ついに結婚に到達したのはラッキー至極であった。
「弾って名前、嫌いだって言ってたよね」
「嫌いっていうのか、俺には似合えへんから恥ずかしいんやけど、彼女にはそう呼んでもらいたいよ」
「弾を弾って呼んだひと、私で何人目?」
「えーっと……」
 大阪生まれのお笑い体質、俺は他人を笑わせるのが趣味のひとつである。えーとえーと、と手の指を折り、おのれの足を見つめていたら、ひとみにぽかっとやられた。
「手の指も足の指も使わないといけないほどなの?」
「そうや。ひとみちゃんの足も手も貸して」
「……本気にして怒るよ」
「怒るってことは妬いてくれてるんやろ。嬉しいな」
「うん、もうっ」
 怒った顔をしても可愛いひとみと、プロポーズしてからはじめて、ふたりで夜を過ごした。
「俺はひとみちゃんとつきあいたいって決めたときから、シゲに予約を取ってあってん」
「なんの予約?」
「結婚式ではフォレストシンガーズに歌ってもらう!!」
「あらま、歌ってもらえるの?」
「シゲは歌うって約束してくれたんやから、あいつは律儀やねんから守ってくれるよ」
「きゃあ、嬉しい」
 彼女は実家暮らしだから、ふたりきりになるのは俺の部屋だ。ひとみが来る前に一生懸命掃除をした部屋のベットで寄り添って、俺は言った。
「フォレストシンガーズが歌うとなると、マスコミが取材に来るかもな」
「ほんとに?」
「取材に来たら嬉しい?」
「うーーーん、嬉しい……嬉しくない。弾は嬉しい?」
「どうやろ。来たとしても俺らの顔は映さんといてもらおか」
 あるのかないのかわからないような話をしてから、俺はこほんと咳をした。
「ひとみちゃんにはヒデの話、したっけ?」
「ヒデさんって、前にフォレストシンガーズにいたひと?」
「そうそう」
「弾は合唱部の話をいっぱいしてくれたもんね。金子将一さんの妹さんとか……」
「え? そんなんした?」
 したじゃないのよ、と言って、ひとみが流し目で俺を見る。金子将一さんは合唱部の先輩で、現在はフォレストシンガーズよりも人気のあるシンガーだ。なのだからひとみも彼を知っていて、弾は金子さんとも知り合いなんだ、すごーい、と言っていたが、リリヤさんの話までしていたとは迂闊であった。
「あれは俺の片想いやからな」
「リリヤさんって美少女だったんでしょ」
「そうやったけど……」
 兄の将一さん談によると、相当に太ったらしいから、俺はリリヤさんには会いたくない。若き日のロマンはロマンのままで保っておくべきだ。
「リリヤさんはええとして、ヒデ」
「うん、ヒデさんの話もすこしは聞いたよ」
「シゲの結婚式にな……」
 あれはフォレストシンガーズがほんのちょっと売れてきたころ、シゲはラジオ番組でともにDJをやっていた川上恭子さんと結婚式を挙げた。ゲスト席のひとつのテーブルを、合唱部の同い年の者たちと後輩の酒巻國友が占めていた。
「そんで、ヒデの話をしとったんや。ヒデはシゲの結婚式に参列したかったかな。俺としてはシゲの花婿姿というよりも、恭子さんの花嫁姿を見せてやりたかった。あんなにももてへんかったシゲが、結婚できたんやぞって」
「シゲさんってそんなにもてなかったの? もてないってフレーズ、シゲさんの枕詞みたいだよね」
「言えてるな。うん、もてへんかった。それはええとして、あれから何年かたって、今度はひとみちゃんと俺の結婚式や。そやけど、ヒデの行方はまだ知れん」
「そうなんだねぇ。どうしてるんだろ」
「どうしてるんやろな」
 大学の合唱部で出会って、アホトリオと呼ばれるようになったシゲとヒデと実松。あのころの同級生たちのうちでは、転居先不明になってしまった者もいる。あいつ、どうしてるんだろうな、と話題に上る奴は他にもいる。俺がもしもシゲとも疎遠になっていたとしたら、こんなにはヒデを思い出さないのかもしれない。
「男の友情っていいものよね」
「ひとみちゃん、やめて、それ」
「なんで? 女は憧れるのよ、男の友情」
「やめてくれぇ……」
「なんなのよ? なにが恥ずかしいの? 男同士の愛情のほうがいい?」
「もっとやめてくれ。やめっちゅうのに」
 意地悪な婚約者は、男の友情? 愛情も素敵だよね、とわざとしつこく繰り返す。そんな言葉を聞くと全身がむずがゆくなって蕁麻疹が出そうだが、それはそれとして、ヒデに会いたいとは思うのだ。
「俺も結婚するで。おまえも結婚はしたんやろ? なんで隠れてるねん? おまえの嫁さんも子どもも一緒に、結婚式に出てほしいな。隠れてんと出てこいや」
 まちがいなくシゲも同感のはずなのに。

 
 
3・沙織

 橋本ひとみ、実松弾の結婚式、司会は本職のDJである酒巻國友。シークレットゲストはフォレストシンガーズ。実松くん、やるね、であった。
 まだ相手はいないけど、私の結婚式にはもっとゴージャスな司会者や歌で花を添えてもらおう。酒巻くんやフォレストシンガーズに悪いから口に出しては言えないが、決意新たに隣席のミコちゃんと乾杯する。私たちも適齢期なのか、最近は結婚式が多くて物入りでしようがないのだった。
 今日も小笠原くんはいないね。本庄くんの結婚式にもいなかった。あのときも今も、いちばん寂しがっているのは酒巻くん? シゲくん? 今日の主役のかたわれ、実松くんもだね。
 小笠原英彦、あんたはミコちゃんが好きなんじゃなかった? ミコちゃんも結婚したんだよ。ヒデもおそらく合唱部の誰かと結婚したんじゃないかと言われていて、そうすると柳本恵あたりが浮上してくるのだが、確実な情報ではないので口にはできない。
 柳本恵とは一応は親しくしていたが、卒業してからどうしたのかは知らない。ヒデも恵も行方不明だということは、夫婦そろってだとも考えられるわけだが。
 恵とヒデが結婚していて幸せなのならばそれもいいけれど、ヒデがミコちゃんとカップルになっていたらなぁ。そしたらヒデはフォレストシンガーズをやめずにすんで、木村章のかわりにあんたがいたんじゃない? 木村くんにはなじみが少ないもので、私はつい同級生のヒデに思い入れてしまう。
 あつかましい実松くんがシゲにお願いして、このたびの結婚式のメインイベントはフォレストシンガーズの歌。フォレストシンガーズを知らないゲストもいるようだが、私は彼らを見るとヒデを思い出してしまう。
視野が狭すぎて、ひとつのことを考えるそればっかりで頭をいっぱいにしていた十八のころ。
 岩手県から上京して大学に入り、学部では友達ができず、なまりのせいで笑われていると思い込んでいた。そんなころに駅前で歌っていた男女ペアのデュオと親しくなって、私も一緒に歌ったりもした。けれど、彼女と彼も結局は私を仲間はずれにした。
 合唱部に入ったら友達ができて、なまりなんか気にならなくなった。大きな大学の多人数のサークルには、日本全国から東京にやってきた仲間がいたからか。大半の学生はなまっていてもモロには方言は使わなかったのだが、男子部の一年生トリオのうちのふたりは、かなりモロに喋っていた。
「実松くんは大阪だもんね。大阪人ってあつかましいんだから、言葉遣いだってあつかましいんだよね。大阪弁はわかるんだけど、小笠原くんはどこの出身?」
「わしは高知やきに」
「わし……」
「あし、とも言う。あしはおまんに惚れとるきに」
「惚れんといて」
 これは慣用句であって、おまえに惚れとるわけではない、と言ってから、小笠原のヒデはため息をついた。
「シゲがいるとうるさいんだよ。あいつは方言は使わないから、俺の言葉にも駄目だしするんだ」
「シゲってどこの出身?」
「三重県」
「……三重県ってどこにあったかな?」
「ほうやきに、シゲは三重県の言葉は使いとうのうて……」
「なんて言ったの?」
「だからこそ、俺にも方言を使うなとシゲは言う」
 東北の人間と四国の人間には言葉は通じにくいものなのだ。それでも私は九州出身のミコちゃんととてもとても仲良しになり、方言の教えあいっこもするようになった。文学部だったので、卒論には方言について書いた。
「人にはちがいがあるものだって、そんなことを笑うような奴は最低だって、言ってくれたひとがいたな」
「そいつ、男?」 
 シゲくんがうるさいから方言は使わない、と言っていても、ちょこちょこ口から出していたヒデは、そのうちには本当にめったに土佐弁は使わなくなっていた。
「沙織ちゃんの好きな男か」
「すぐにそういうふうに考える奴は下種なんだよ」
「俺は下種っぽい男だよ。悪かったな」
「悪かったと思うんだったら反省しろ」
 遠慮もなく言い合って笑っていたあのころには、もう戻れない。
 知りたくもないことも知り、ピュアだった心をなくしていって、人は大人になっていく。結婚するということは、大人になったというひとつの証明なのだろう。取り残された私は、みんな、すごいなぁ、なんて思って見つめているだけ。
「ヒデはどこにいるのかな。どこかで土佐弁で喋ってる?」
「あれ、小笠原くんにも見せてあげたいよね」
「あれ?」
 想い出に浸っていた私は、ミコちゃんの声で頭をクリアにした。
「あれ……うわ、ミコちゃん、笑ったらダメだよ」
「私は笑ってないよ。沙織ちゃん……う」
「素敵っ!! 実松くん、かっこいいっ!!」
 お色直しタイムで席をはずしていた新郎新婦が戻ってきた。お色直しというのかコスプレというのか。これは新婦の趣味なのだろう。
 南国の島の花嫁さんと花婿さんというコンセプトででもあるのか、実松くんもひとみさんも全身を花で飾っている。ベージュのスーツとドレスが花だらけで、実松くんの帽子は花籠のよう、ひとみさんのブーケは大きすぎて重たそう。
 すでにフォレストシンガーズのみんなは帰ってしまったが、シゲくんにもこんな実松くんを見せてあげたかった。もちろん、ヒデくんにもね。
 

4・泉水

 一般人である小笠原英彦は、役名が別のものになっている。だが、学生時代の彼らを知る者には誰にだって、あ、ヒデだ、とわかるだろう。
 新番組の「歌の森」の主人公はフォレストシンガーズの五人、プラスヒデと美江子さんだ。彼らがまだ知り合いではなかった高校時代からはじまって、回が進んで大学時代になっている。特徴をとらえた配役の五人、木村くんではなくヒデを加えた五人が、合唱部室で話しているシーンだった。
「キヨさんって彼女、いるんでしょ?」
「いたとしても言わない。シゲがひがむもんな」
「キヨ、おまえ、それはシゲに失礼だろ」
「いいんですよ、乾さん、俺は本当のことを言われても怒りませんから」
「ほんまか? 本当のこと、あれもこれも言うちゃろうか」
「キヨ、土佐弁が出てるぞ」
「うるさいんじゃ」
 わいわいがやがや大騒ぎ。私は合唱部ではなかったが、時々はシゲやヒデたちの仲間入りをさせてもらったから、この目で見てこの耳で聞いたこともある。
 彼女の話やら、むふふ、教えてよ、先輩たち、と含み笑いをする幸生くんの脱線話やらにそれつつも、彼らはフォレストシンガーズ結成の話をしている。あのころ、私はヒデに相談されたっけ。ドラマにもちらっと出てくるヒデの彼女を、私は長く知らなかった。
 最初はたしか、みんなで映画を観にいくはずがキャンセル続出で、やむなくヒデとふたりきりになってしまったときだ。そのあとで何度かヒデにデートに誘われた。私はデートのつもり、ヒデは友達づきあいのつもり。つきあってほしい、とは言われなかったのに、私は都合のいいほうに解釈していた。
「この間、ベッドで急に彼女が機嫌悪くなってさ……」
 土佐の酒豪はちっとやそっとでは酔わなかったが、あのときは酔ったふりをしているようにも見えた。
「俺が下手だったのかな。泉水ちゃんもそんな経験ある?」
「そういう話はしたくないよ」
「ああ、そっか。下品でごめん」
 そんな経験、あるはずがない、私は男とベッドに入って経験もないんだよ、と言ったら、ヒデはどう反応しただろうか。あいつのことだから、俺が教えてやろうか、と言ったかもしれない。そんな想像をすること自体が、自分に都合のいい解釈かもしれない。
 その女って彼女? 遊び相手? 私はヒデのなに? 少なくともあんたは私を彼女だと思ってないよね。彼女である私に別の女とのベッドの話をして、私がどうふるまうかを見るほど悪趣味ではないはずだから。
「ヒデ、彼女いるの?」
 ベッドがどうとかいう話をしてから何度目かに、私はさりげなく尋ね、ヒデはこともなげに答えた。
「彼女っていうたらそうなんやろな。一度だけ寝た女を彼女だとか恋人だとかは呼ばないけど、あいつとはけっこう続いてるから」
「そうなんだ」
「いつ切れるかもわからないけどさ」
 それからだってヒデの彼女を気にしながらも、誘われるとふたりきりで飲みにもいった。
「彼女とじゃなくて私とでいいのか?」
「彼女と泉水ちゃんは別だろ」
「彼女には言ってるの?」
「泉水ちゃんと飲みにいくってか? 言ってないよ。面倒だ」
「恵さんって気性がきついんだろ。刺されたりしない?」
「泉水ちゃんが刺されそうになったら、俺は身体を張って守るよ。俺は恵ごときにはやられないから大丈夫だ」
 冗談めいて話していても、あのころの私は本気で嫉妬していた。本気だったからこそ冗談っぽく口にして、本心を絶対にヒデには知られたくなかった。
 テレビ画面と私の現実がオーバーラップしてしまう。フォレストシンガーズの彼らがこうしていたとき、私はどうしていた、と考えるのは、同時代を生きていたから。ヒデやシゲが就職はしないで歌に生きると決めたときには、私は就職を決めていた。
 フォレストシンガーズのデビューが決定して、乾さんとシゲにお祝いを言ったとき。ドラマはまだそこまでは進んでいないが、私の現実は追い越していく。
「私、ヒデとつきあってたんだよ」
 乾さんのアパートで三人で飲んだときに、私はそう告げた。乾さんもシゲもぎょっとしていたようだが、あれは半分以上が見栄。変な見栄を張った私が恥ずかしかったのもあって、あとは寝たふりをした。
 どこかに消えてしまったヒデ……売れないと嘆いていたシゲ……私の住まいに遊びにきてくれた五人……そこへのこのこあらわれたモトカレ。私はヒステリックになって、シゲにしょうゆ入れを投げつけた。モトカレを本橋さんが撃退してくれた。
 なのに、私はそいつと結婚した。あのときのあいつだなんて言えなかったから、シゲには結婚したことを内緒にした。
 じきに結婚生活は破綻して離婚し、鬱気分のような、さっぱりしたような心持でいたころに、シゲから招待状が届いた。自分は結婚して離婚したくせに、シゲのことなんか考えている余裕もなかったくせに、ずるいと思ってしまったりもした。
 シゲの結婚式には欠席し、そのくせ、東京に行って幸生くんに会った。異性だとは意識していなかったシゲなのに、結婚したのがショックだったのは、私が離婚したからもあったのだろう。
 本庄繁之の妻、恭子さんとも親しくなり、フォレストシンガーズは徐々に売れていき、関西でのライヴには私もたびたび足を運んだ。楽屋に顔を出したり、そこらへんでシゲや幸生くんと立ち話をしたりもしていたから、マスコミ人種に声をかけられたこともあった。
「えーっと、フォレストシンガーズとは親しいんですか」
「……どなたですか」
「週刊エックスの者ですが……」
「フォレストシンガーズにだってプライベートで親しいひとはいくらもいるでしょ。いちいちインタビューするんですか」
「いえ、そういうわけでは……」
 じゃ、失礼、と彼の前から去ったこともある。
 そうこうしているうちに、ヒデが戻ってきた。後輩の酒巻くんが仲介してシゲと会わせ、私も彼らと三人で会って泣きそうになったり。シゲに子どもが生まれて、ヒデも一緒に赤ちゃんと対面したり。実松くん一家とシゲ一家とヒデと私、八人で旅行に行ったり。
「泉水ちゃん、俺と結婚してくれないか」
「……友達でいよう」
「そっか」
  なにもかも、今は昔。現在のヒデには婚約者がいるらしいが、彼女にまったく嫉妬は感じない。恋心は冷めてく、醒めて褪めて覚めてしまうもの。そしてすれちがうもの。
 たまには私にも、つきあってほしいと言ってくれる男はいる。しっくりしそうな男とだったら、将来を考えてもいいと思う。たまたまそんなことがあればいいけど、なくてもいい。私はヒデとシゲと三人でいつまでも友達でいたい。それが一番。

「就職が決まって髪を切ってきたとき
 もう若くないさときみに言い訳したね
 君も見るだろうか 「いちご白書」を
 二人だけのメモリー どこかでもう一度」

 ドラマから私自身への過去へと想いをさすらわせているうちに、テレビ画面では五人が歌っていた。木村章ではなく小笠原ヒデでもない男が、ハイパートを歌っている。彼はドラマの中のヒデ別バージョン。わかってはいても、私には彼が若き日のヒデに見える。それだけでもこのドラマは成功しているのではないだろうか。

END





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~ Comment ~

NoTitle

「顔の差」!?胸にグサリとくる言葉ですね……
うらやむことすらマイナスだなんて、そんなの辛すぎます。
実際のところ綺麗な顔というのは色んな意味で得をすると、
大人になって思いました。
あまりの差にげんなりするぐらい。


妬むというよりは憧れの気持ちが大きかったかもしれません。
同じことをしたって一方は許され、一方は嫌味を言われ……。
どうして、なんで、と思う気持ちも顔に出てしまっているんですよね。
でも、本当にどうしようもない、自分に非はないはずのものを叩かれても、
「じゃぁどうしたらいいんだよ!」と言いたくなります(泣
今は開き直っていますけど(笑
綺麗な人は綺麗な人なりに大変な思いをしているのも分かりますが、
……でもやっぱり羨ましいなぁって思います。

そりゃイケメンで歌も上手な人たちに囲まれてたらしんどくもなるよね!シゲ!


結婚式でプロのアーティストに歌ってもらえたら最高の思い出になりますね。
テレビのドッキリ企画?みたいなのを見ると、いいなぁって思います。
あんな近くで生で聞けるっていうだけで贅沢です。

大阪の結婚式特有のものはあるのでしょうか?
沖縄みたいに「とにかく盛大に!お酒ガンガン飲む!」みたいな。
こちらでは至って普通で食事もふつー。
テレビで見るのと一緒です。


あかねさんはNHKの72時間というドキュメント番組を知っていますか?
なんと!来週は仙台なのです!
今日まで全国展開しているものだと思っていた大衆食堂の「半田屋」が特集されます。
まさかの宮城に店舗が集中していたなんて……衝撃が走りました。


お時間があるときは是非、見てください!



ハルさんへ

いつもありがとうございます。

「イケメン(この言葉は嫌いなのですが、みんなが言うので)だったら少々のことは許せる」と言う女性がいますが、私だったら、イケメンだからって許されると思うなよ、よけい腹が立つ、です。

女性もこんな感じですが、男性はもっとですよねぇ。
若い女性は特に、容貌で露骨に差別され。
中年になってくるとそういうのは減っていくけど、やはり美人はもてはやされるようです。

一度は美人に生まれて、私は悪女になってみたいです。
美しくない悪女もいるようですが、そんなのじゃなくて、あんな美人にだったらたぶらかされてみたい、性格悪いところがまた魅力的、と言わせてみたい。

そういえば、「性格がいい」「性格が悪い」ってなんなのでしょうね。
万人に対して「性格が悪い」ってどんな性格? いつも悩んでしまいます。
そんな性格の悪さが可愛いなんて、美人だったら言われるんですよね。

結婚式……考えてみれば、私は大阪府と兵庫県でしか結婚式に参列したことがありません。
ですから、よその地方のことはよく知らないのですが、都市部はごく普通だと思います。

関西の田舎はいまだに、婿養子がほしいの嫁入り道具がどうの、などと言ってるようですが。

そういえばもひとつ、「嫁にもらう」「奥さんもらう」といまだに言う人もいますね。あれ、不思議だとも思わないで口にしてるんでしょうか。

どんどん話がそれていって、すみません(^^;)

大衆食堂「半田屋」ですか?
こっちでは細かい地名、たとえば「永田町食堂」だとか「北ノ町食堂」だとかいう名前の大衆食堂が、各町くらいにありますが、半田屋っていうのは見たことないような。

仙台には一、二度しか行ったことはないのですが、素敵な街ですよねぇ。
関西では過去の人みたいなさとう宗之氏がローカル番組に出ていたのを見たときにも、なつかしかったです。
テレビはほんとに特定の番組しか見ないのですが、できれば見てみますね。

NoTitle

NHKの72時間で仙台の放送はありませんでした。
インタビューやナレーションで地震や震災の話があったのかもしれませんね。

地震、早く落ち着いて欲しいですね。

確かに5年前、あの地震にあったけれど、
私はたいして苦労していないんです。
実家は津波被害の大きかった場所に近いところですが津波は家まで来ず、
地盤が固い土地のおかげで水道管も無事でした。
周囲は都市ガスでみんな使えなかったのですが、
うちはLPガスで鎖で固定してあったため問題なく使えました。

電気が使えず、お湯が出ないというだけ。

そのころ私がひとり暮らししていた場所はライフライン全部だめになりましたが、
すぐに実家に戻ったので食料もお米があったので問題はなく。



水や食料が必要だと分かってもそれを出来るでもなく、
ただテレビを見ているだけ。
仮に近隣に住んでいたとしても免許を持たない私はその場に行くこともできません。
2次被害も考えられるため安易な行動もしてはいけないと頭では分かっているんですけど、
何もできないと言うのも辛いものです。


少しでも早く余震がおちついてくれることを祈るだけです。

ハルさんへ

コメントありがとうございます。
阪神大震災のときには、そばで寝ていた猫が飛び起きて階段を駆け下りていき、それから人間たちも目を覚ましました。

東北地震のときには、大阪でも揺れたところはあるらしいですが、私はなにも感じず。
東北がひどいことになっていると聞いてテレビをつけました。

今回はちょうどNHKを見ていたら、地震速報が出たのです。
五年に一度くらいは大地震がありますね。
地震国だから仕方ないとはいえ、今回の地震はしつこくて何度も何度も、しかも地域的に広がっているようなので、とても不安です。

ハルさんは東北のときに身をもって経験されているのですよね。
神戸のときは大阪はたいしたことがなかったので、私はなにも知らないに等しいですが、ほんとに、なにもできないなぁと無力な自分を痛感します。

せめて募金しにいきます。

ほんとにね、早く日本中が落ち着きますように。
それにそれに、川内原発止めろよな!! と言いたいです。
管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

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