茜いろの森

フォレストシンガーズ、本橋真次郎、乾隆也、本庄繁之、三沢幸生、木村章、そして山田美江子、小笠原英彦。メインキャラに加えて、その他大勢登場する連作短編集がメインです。フォレストシンガーズ以外の小説もあります。

はじめていらして下さった方へ❤

内容紹介

ようこそいらっしゃいませ

はじめて「茜いろの森」をご訪問して下さった方、
ありがとうございます。
当ブログのコンテンツのようなものについて、説明させていただきます。

「NOVEL」と番外編はフォレストシンガーズ小説で、
全部がつながっています。
フォレストシンガーズの五人、
本橋真次郎、乾隆也、本庄繁之、三沢幸生、木村章。
及び、山田美江子、小笠原英彦。

メインとなるのはこの七人で、
彼らとどこかしらでつながりのある人々が、
別の物語になって動いていたりもします。

フォレストシンガーズキャラクター相関図」も、お粗末ながら作ってみました。

番外編はフォレストシンガーズ以外のキャラが主役、
のはずだったのが、
いつしか妄想ストーリィメインになりました。

「未分類」は言い訳、ご挨拶、お願いなどなど。
「FOREST SINGERS」には第一部からの完了記念企画やら、
著者が彼らに書かせたエッセイやら(そうなんですよ)を載せています。

「内容紹介」はあらすじ、タイトルの曲名説明、
などなどです。

「ショートストーリィ」は、茜いろの森の小説は長すぎる、とおっしゃる方のため、
はじめてご訪問くださった方に、おためしで読んでいただくための、ごく短い小説を置いています。
ただいまのところ「ショートストーリィ」カテゴリには、musician、しりとり、などがあります。
興味を持って下さったら、メインのフォレストシンガーズノヴェルも覗いてみて下さいね。

「別小説」は同人誌仲間と書いたリレー小説の番外編、友人のクリエストで書いた小説、
私が昔から書いているフォレストシンガーズではない小説もあります。
そっちにもフォレストシンガーズの誰かが顔を出す場合もあるのは、
著者の趣味です。

そこから独立した、グラブダブドリブやらBL小説家シリーズやら、リクエストいただいて書いた小説などもあります。
BLとはそう、あれ、BL小説家の桜庭しおん作の過激な小説が作中作として出てきますので、お嫌いな方はくれぐれもごらんになりませぬよう。

他にもBLがかった物語もありますので、そういう場合は「注意」と赤字を入れておきます。

「共作」はまやちさんとの共作。
「連載」は私も連載をやってみたくてはじめた、ロックバンドの物語です。
ひとつひとつがおよそ1000字ほどですので、お気軽に入っていってやって下さいませ。

「お遊び篇」は、またややこしくて、
えーと、つまり、フォレストシンガーズストーリィのキャラたちが名前はそのままで、
別人になって別世界に生きている物語です。
すみません。

「リレー」カテゴリもあります。
その他、これからも増やしていく予定であります。

こんなアンケートを作りました。同じものがトップページにもあります。
できましたら投票して下さいな。楽しみにしております。














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どれから読もうかな? の方へ・追伸

内容紹介

フォレストシンガーズについて、などなど


四年ほど前に私の頭の中に生まれてきたアキラ。
「俺はもとからいたんだから、生まれてきたんじゃないんだよ」
と、本人は主張しておりますが。
本人の主張はさておき、アキラが生まれてきたおかげでフォレストシンガーズが誕生しました。

凝り性で、そのくせ飽きると離れていってしまうという著者が、唯一、何十年も飽きずに凝りまくっているのが「小説を書く」ということ。

昔は投稿したり、紙の同人誌を作って発表したりしていました。
この時代になって、ホームページを作ろうかと思い、むずかしそうだから避けていて。
そんなころにフォレストシンガーズの小説を書き溜めていましたので、そうだ、ブログで発表しよう!! と決めたのでした。

そうしてフォレストシンガーズメインの「茜いろの森」を創設してから約二年半。
最近はグラブダブドリブ、ジョーカー、しおんとネネのシリーズや連載。
ショートストーリィなども書いてはいますが、やはりメインはフォレストシンガーズです。

「茜いろの森」をご訪問下さった方で、フォレストシンガーズってなに? と興味を示していただけた方は、「内容紹介」、「forestsingers」カテゴリをお開き下さいませ。
All title list(作品数が多いので、2ページになっています)の中にあります。

そのカテゴリの中の「こんなお話です」に目を通していただけると幸いです。

小説でしたら、ショートストーリィ(musician)の中のフォレストシンガーズ物語、一話~七話までをお読みいただけるのが、いちばん最初でしたら最適かと思われます。
フォレストシンガーズストーリィ1-第一話「はじまり」

どれから読もうかな? の方へ
「The Chronicle・ショートバージョン」
もわりあい短めです。

長くてもいいとおっしゃる方には、「The Chronicle」全11話のロングバージョンもございます。
小説200(The Chronicle)第一部

その他にもフォレストシンガーズストーリィはあちこちに散らばっております。
お急ぎでない方は「あらすじ」なども見ていただいて、お好みに合うストーリィを見つけていって下さいませ。

みなさまのアクセスや拍手、コメントなどは著者の最大の喜び、励みでございます。
変なコメント(変というのは種々ありますが)でない限りは必ずお返事させていただきます。
URLを残していただければ、コメントを下さった方のブログにも遊びにいかせてもらいますねー。

さて。
いついつまでもブログを続けていきたい、というのが私の最大の希望でもありますので、今後ともどうぞよろしくお願いします。
こんなミニアンケートにも、よろしかったらお答え下さいね。




2013/8月
津々井茜



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どれから読もうかな? の方へ

内容紹介

2011/5/28

「The Chronicle・ショートバージョン」

**はじめに

 長い「The Chronicle」をブログにアップしてから、考えました。
 はじめてフォレストシンガーズストーリィを読んで下さる方は、「The Chronicle」から読んでいだけるといいな。彼らの大学一年生から三十歳までの物語だから、ちょうどいいな。
 でも、最初に読んでいただくには長すぎるかも。
 ならば、ショートバージョンを書こうと決めて書いたのがこのストーリィです。「The Chronicle」の抜粋ではなく、エッセンスを抽出して短くまとめたものですので、長いのも短いのも両方読んでいただけると嬉しいです。
 このストーリィを読んでフォレストシンガーズに興味を持って下さった方は、「The Chronicle」本編もぜひどうぞ。もちろんその他のたくさんたくさんあるストーリィも、読んでいただけると嬉しくて嬉しくて、著者は舞い上がってしまいまする。

 なお、これでも長いだろ、とおっしゃる方には、さらに短いのもあります。
フォレストシンガーズストーリィ1-第一話「はじまり」
ここからスタートする七つのストーリィも、よろしくお願いします。

 ではでは、ショートバージョン、お楽しみ下さいませ~。



1・真次郎

 七つも年上の兄貴たちに育てられた十八歳の暴れん坊が、桜の花なんて気にしているわけもない。あのころの俺は桜なんて見てもいなかっただろうけれど、この季節になると思い出す。あの日もこうして桜が満開に咲き誇っていた。
 桜吹雪と聞くと遠山の金さんを思い出す俺にも、自分自身の桜吹雪の思い出はある。大学の入学式、俺の運命を決めた日。大仰に言えばそうだったのかもしれない。
 空手家で双生児の兄貴たちに反発したいためもあって、俺はスポーツ嫌いだった。好きなものはたくさんたくさんあれど、中では音楽がもっとも好き。ピアノも好きでクラシック音楽も好きだったのだが、オーケストラなんて俺のガラじゃねえや、だった。
 サークルに入ろうとして迷った末に、俺は合唱部を選んだ。新入生勧誘パフォーマンスで歌っていた女性たちの美しい声や、当時の女子部キャプテンの美しい容姿に魅せられたせいもあった。
 飛びこんでいった合唱部の部室で、先輩の星さんに会った。彼の人柄に惹かれて、入部してから触れ合った男子の先輩たちにも惹かれていって、俺は強く強く合唱部に傾倒していく。歌というものにものめり込んでいく。
 それからもうひとつ、同級生との出会いもあった。東京生まれの俺がこの大学に入学し、合唱部に入部しなかったとしたら、おそらくは会わなかった乾隆也だ。
「乾、本橋、おまえたち、夏のコンサートでデュエットをやれ」
 キャプテン高倉さんのその命令が、俺たちを結びつけた。いや、高倉さんの言葉がなかったとしても、俺たちは特別な仲になっていただろう。男同士で特別とは気持ちが悪いのだが、そうなのだからどうしようもない。
 金沢生まれの乾と俺、運命論も俺のガラではないけれど、そんなこともあるのかなぁ、と今になれば思う。それからそれから、もうひとり、彼女との出会いはまちがいなく、俺の運命を変えた。
「綺麗だねぇ。あれから何年たつんだろ」
「あれから何年なんて振り返るのは、年を食った証拠だぜ」
「だけど、このシーズンには思い出すでしょ」
「うん、まあ、そうだな」
 近所では一番豪壮な邸宅の塀ごしに、ゴージャスな桜が咲きこぼれている。まるで秀吉が愛でた醍醐の桜のよう……俺はそんなものはこの目で見ていないのは当然だが、こんなだったのだろうと思う桜だ。そんな桜を見上げて、俺は妻と会話をかわす。
 あれから何年、その何年とは、おまえとおまえと出会ってからの歳月と一致する。おまえ、とは乾と美江子だ。美江子とは「あれ」がいつなのかをわかり合っている。仲間たちとの出会いと、美江子との出会いがあって、今、俺はここに立っている。


2・美江子

 母校のキャンパスの花壇には、ポピーの花が並んで咲いていた。
「可愛いチューリップの花ですね」
「……あのね、三沢くん」
「はーい」
 咲いた咲いたチューリップの花が、三沢くんが歌う。十八歳の男の子がそんな可愛い声を出す? キミのほうが花よりも可愛くて、声だけだったら幼稚園児の坊やみたい。顔を見ても中学生みたい。ふたつ年下の三沢幸生を見つめていたら、吹き出して笑い出した。
「美江子さん、なにがそんなにおかしいんですか。そんなに笑わないで」
 笑いすぎて涙が出てきたら、三沢くんは私の背中をとんとん叩いてくれた。
「美江子ちゃーん、泣いたら駄目よ。べろべろばー」
 今、ここにいるのは、その三沢幸生、最年少の大学二年生。彼に較べるとずいぶんとお兄さんに見える、本橋真次郎、乾隆也、彼らは私と同い年の大学四年生だ。そして、大学三年生の小笠原英彦と本庄繁之。五人がキャンパスに集まって、本橋くんが私に正式に紹介してくれた。
「フォレストシンガーズだ。決定したよ」
「……うん」
 詳しくなんか言ってくれなくてもわかる。大学の男子合唱部で知り合った五人が、ヴォーカルグループを結成した。私も話は聞いていたけれど、正式に決定したから改めて紹介してくれたのだ。
「三沢くん、覚えてる?」
「覚えてるってどれですか? あの樹の陰で美江子さんとキスしたこと? むふふ」
「おー、三沢? おまえ……美江子さんと……このぉ」
「きゃああ、小笠原さんっ!! 許してっ!! だって、愛し合ってるんだもんっ」
「許さない。待て」
 逃げていく三沢くんを、小笠原くんが追いかけていく。本庄くんはきょろきょろしてから、私にもの問いたげな目を向ける。乾くんは笑っていて、本橋くんが質問した。
「山田、おまえ、ほんとにあんなガキとキスしたのか?」
「そうじゃなくて、この花壇に咲いてた花よ」
「花なんか咲いてたか?」
「春には咲いてたでしょうが」
「そうだったかなぁ」
「あのへんにはどんな花が咲いてたか、覚えてる?」
 冬枯れの花壇には花はなく、本橋くんと本庄くんは悩んでいる。乾くんは言った。
「花壇なんだから花はあるよ。春の花だったら……あのあたり? ポピーだったな」
「さすが乾くん。花の名前も知ってるし、記憶力もいいよね。本橋くんや本庄くんも見習いなさい」
「はい、すみません」
 本庄くんは素直に答え、本橋くんは言った。
「歌詞は覚えないといけないけど、男は花の名前なんか知らなくていいんだよ」
「でも、本橋さん、歌には花が出てくるでしょ」
「俺は出さないからいいんだ」
 ポピーの花が咲いていたころに知り合った、大学一年生だった三沢くん。二年近くがたっても、彼の声は黄色くて、小笠原くんにつかまえられてきゃあきゃあ悲鳴を上げている。
 なんでおまえは花の名前なんか知ってるんだ、と本橋くん。乾さんのおばあさんは、お華の先生だからでしょ、と本庄くん。ポピーくらいは常識だろ、と乾くん。そんな五人で、歌の道を歩き出すんだね。私も一緒に歩いていく。
 きっと近いうちには、あなたたちはプロになる。私はあなたたちのマネージャーになる。目の前にはお花畑が広がっている。未来をそう考えれば、頬を刺す冬の風までが、あたたかく感じられた。


3・隆也

 アマチュアながらも、ノーギャラながらも、仕事をさせてもらって泊まらせてもらった海の家の庭に、朝顔の花が揺れている。青や紫の暗い色ばかりで、朝から俺の気持ちも暗くなりそうだ。
「……暗い色合いだと思うから暗く感じるんだ。暗いんじゃなくて爽やかで清々しい色の花だと思え、隆也、気は持ちようだ。ものは考えようだ」
 山田、本橋、乾が大学を卒業してから一年余り、今年は一年下の本庄シゲ、小笠原ヒデも卒業した。三沢幸生は大学四年生。俺たちはいまだアマチュアだ。
 プロになるための道は険しくて、真夏の朝に海辺にいても心は浮き立たない。一昨年までは別の海辺で大学合唱部の合宿をしていて、あのころはひたむきに楽しかったのに、俺の青春は卒業とともに終わったのか。
 暗くばかり考えてしまうのは、ヒデがいなくなってしまったから。ヒデは結婚するからと言って、梅雨のころにフォレストシンガーズを脱退してしまった。
 一年生の年にだけ合唱部にいて、大学をも中退してロックに走っていた木村章は、幸生とは仲良くしていた。シゲやヒデとも親しくしていたらしいが、本橋や俺は章とはほとんど交流もなかった。その章を幸生が連れてきて、強引にフォレストシンガーズに参加させた。
 であるから、人数的にはフォレストシンガーズはもとに戻っている。それでもそれでも暗いのは、章が俺を嫌っているから? 俺が悪いから? あいつだって悪いだろ。
 章は彼女のスーちゃんと喧嘩ばかりしていると言う。喧嘩はするのが当然だろうが、彼女と彼は暴力沙汰の喧嘩になって、章はスーちゃんに殴られて殴り返すという。そうと聞いて説教したのがはじまりだった。
 もてるらしき章は、女性の母性本能をくすぐるのだろう。綺麗な顔をしていて細くて小柄で、反抗的なロッカー。彼は小さな薔薇なのか。美しい外見に引きつけられて寄っていく女は、刺にさされて傷つく。女性が守ってやりたいと感じる男の章は、時に牙を剥く。
「あいつは弱気で寂しがりなんですよ。そんなところを隠したくて反抗的になったり、女にばっか強く出たり、実は最弱軟弱脆弱柔弱……」
「幸生、そのへんでいいよ」
 弱のつく単語を並べ立てようとする幸生を、途中でさえぎったこともあった。
 女に暴力はふるうし、遅刻はするし、説教するとふてくされるし、リーダーに殴られるとふくれるし、その上にその上に、あろうことか、ファンの方につっけんどんにする。あまつさえ、突き飛ばしたりもする。あのときは俺は章の頬を軽く張り飛ばした。
「あいつはフォレストシンガーズのファンじゃなくて、ジギーのファンだった女ですよ。乾さんには関係ないじゃん」
 ジギーとは、章がヴォーカリストとして加わっていたロックバンドだ。インディズとしては人気があったのだそうで、章にはそのころからのファンがついている。
「なんであろうとも、ファンの方にそんな態度を取ってると癖になるんだよ。俺たちがメジャーデビューして、支持して下さるファンの方におまえがそんなだと、プロのシンガーとしては最悪だろ」
「ファンなんてうぜえんだもん。それにさ、俺たちがメジャーになるなんて……乾さん……わかりましたから。いやだよ」
 手を上げて顔をかばっている章を、きつく殴る気はなかった。説教だってしたくはなかったのだが、彼は本心からそう思っているのかと、おりに触れては説得してきた。章だってわかっているだろうに、ロッカーらしき反逆心なのか、素直にうなずいてはくれない。
 先輩風を吹かせて説教ばかりするうざい奴。章にはそう思われているのはまちがいない。俺の存在に嫌気が差して、章がフォレストシンガーズを脱退したとしたら……そう思うと気持ちが暗澹としてくる。真夏の朝を俺のグレイの吐息が曇らせていると、幸生の声が聞こえた。
「おはよう。隆也さん、ユキちゃん、キスしてあげようか」
 十八番の幸生の女芝居だ。俺が暗くなっていると察してなぐさめてくれようとしているらしいが、こんななぐさめはいらない。強いて荒々しく言った。
「幸生、おまえ、あの花の名前を知ってるか。まちがえたら罰として、あそこに見えてる灯台までランニングだぞ。言ってみろ」
「あの花? ええとええと……チューリップ、桜、薔薇、菊……他に花ってあったっけ。ええとええと……そうだ、ポピー!! きゃーーっ、乾さんっ、なにをなさるのっ?!」
「ランニングだって言っただろ」
「隆也さんもつきあってくれるの? そしたらね、おんぶして走って。きゃわわーっ!! ひとりで走りますっ!! 先輩ったら怖いんだから。ユキちゃん、そんなことされたら疼いちゃうわ」
「……黙って走れ」
「はいっ!!」
 前を走っていく幸生の髪が朝陽に輝いている。朝顔が幸生と俺を見比べて笑っている。くよくよと考えているよりも、俺たちは走らなくっちゃ。


4・英彦


 暑苦しい花だな、と呟くと、恵が言った。
「夾竹桃。ヒデって花の名前を知らないね」
「男は普通はそうだろ」
 乾さんは別として、シゲも幸生も本橋さんも花の名なんて知らなくて、美江子さんが呆れてたよ、とは口の中で呟く。
 遠い遠い昔の友達なんて、思い出すと虚しいだけなのに、今では気軽に親しくできる男友達がいないせいか。妻と子はいても女友達はさらにいない。友達がいても妻や子はいない男だって多いのだから、俺は幸せだ。
 紫陽花を見ると楽しかった学生時代を思い出すから、あの花は嫌いだ。梅雨がすぎて真夏になり、紫陽花は見なくなったと思ったら、今度は暑苦しい花か。
「濃いピンクは暑苦しいかもしれないけど、白いのはよくない?」
「俺は好きじゃないな」
「たしか夾竹桃って、根だか樹だかに毒があるんだって」
「食うと死ぬのか?」
「そうかもね」
 毒のある樹は食ってもまずいだろう。別に死にたくはないのだから、夾竹桃を食う気もないけれど、最悪、あいつを食えばいいんだな、なんて思って苦く笑った。
 数年前にフォレストシンガーズを脱退して結婚し、子供ができて普通の父、普通の夫、普通のサラリーマンになった。フォレストシンガーズがデビューしたとの噂は聞かないし、シンガーズだって普通の人間なんだから、俺とはなんちゃあ変わりもせんちや、ではあるのだが。
 なのになんだって、俺はこうして鬱々している? 夏の陽射しの中、淡い緑のワンピースを着て、白いパラソルを差した妻はけっこう美人で、妻の押すベビーカーの中の瑞穂は、天使のように愛らしい赤ん坊なのに。
「パパ、買いものしてくるから、見ててね」
「ああ。ゆっくり行ってこい」
 ドラッグストアに入っていく妻を、外で待っている。俺はガードレールに腰かけて、ベビーカーを見つめている。瑞穂がほにゃほにゃと笑っている。可愛いな、おまえは俺の娘なんだもんな。けど、おまえがいなかったら俺は……
 ふっとよくない想いが浮かび、頭を振った。赤ん坊は父親の悪心を感じたのか、唐突に泣き出す。抱き上げるといっそう泣く。ドラッグストアから恵が顔を出した。
「パパ、泣かしたら駄目。ちゃんと見ててよ!!」
 怒鳴られて怒鳴り返した。
「赤ん坊ってのは泣くのが仕事だろ。俺のおふくろはそう言ってたぞ。文句があるんだったらさっさと買い物をすませて出てこいよ」
「もうっ、役に立たないんだから」
 これではまた喧嘩になりそうだ。冷戦になるのか舌戦になるのか。せめて明るい喧嘩だといいな。こうなってくると妻も娘もうっとうしくて、俺は夾竹桃に悪態をついた。
「家出したいよ。失踪したいよ。くそっ!!」
 ベビーカーに戻すと、瑞穂は顔を真っ赤にしていっそういっそう泣き出した。
 

5・繁之


 この花だったら知ってるけど、なんて名前だっけ? 幸生だったらチューリップだと言いそうだが、チューリップではないのは知っている。チューリップは春の花だ。
 アマチュア時代にはこの公園で、五人で練習をしてきた。筋トレやキックボクシングごっこや、ランニングもした。議論もした。コンビニで買ってきた夜食やら、美江子さんがさしいれてくれた手作りの豚汁なんかも食った。
 本橋さんが不良にからまれていた高校生を助けたり、乾さんが女の子をかばったり、章がどこかの男に殴られそうになったり、幸生が泣きそうな顔でブランコにすわっていたり、そんな思い出がたくさんたくさんある。
「俺の書いた曲なんです。乾さん、見て下さい」
「お、書けたか……うんうん……ヒデ、これ、駄目だろ、これは」
「なんでですか」
「自分で考えろ。ほら、ここだよ」
 俺にはできないソングライティングについて、乾さんと話していたヒデの声を思い出す。ここんところは盗作だろ、と指摘されたヒデは、あとから言っていた。
「あのときには乾さんを殴りそうになって、辛抱したんだ。俺、えらいだろ」
「アホか。当然だよ。盗作だって言われて怒って、乾さんを殴ったりしたら、俺が許さんからな」
「……おまえにやり返されたら俺は死ぬから、やらんでよかったな」
 がははっと笑った声までも思い出した。
「とうとうデビューしたんだよ。ヒデは知らないだろ? フォレストシンガーズなんて名前、どこにも出てないもんな。でも、もうじき各地のFM放送挨拶回りをするんだ。おまえはFM放送のある地域に住んでるのか? 茨城や高知だったら聴けるよな。おまえがどこにいるのかは知らないけど、元気なんだろ? 幸せなんだろ? 結婚したのかな。子供もできたのかな。恵さんって……うん、まあ、美人だよな。おまえも顔は整ってるんだから、可愛い子供だろうなぁ。会いたいな」
 ヒデの子供よりもヒデ本人に会いたい。この花、なんて名前だ? ヒデに質問したい。ヒデもきっと知らないだろうから、乾さんと美江子さんにも来てもらおう。花の名前はどうでもいいから、本橋さんと幸生も呼ぼう。章は、呼ばないほうがいいんだろうか。
「みんなで言うんだよな。幸生は言うんだよ。チューリップ? あいつの定番だからさ。本橋さんは薔薇だって言うかもな。そしたら美江子さんか乾さんが……あ? コスモス? そうだったかも。自信はないけどそうかもしれない。誰かが教えてくれたんだ。おまえじゃないだろうけど、ありがとう、ヒデ。コスモスだな」
 自信はないがコスモスだと決めた白や薄桃色の花を見ながら、ヒデに話しかける。繊細で可憐な花だ。俺にもこんな彼女ができたらいいな、ヒデのことばかり考えている女々しい自分が腹立たしいのもあって、コスモスに意識を向けていた。


6・幸生

「悲しくったって、苦しくったって
 ステージの上では平気なの
 だけど、涙が出ちゃう
 だって、ユキちゃん、女の子なんだもんっ!!」

 この替え歌を歌うとシゲさんは脱力し、リーダーはげんこつを固め、章はキックをしかけてきて、美江子さんはため息をつく。乾さんは俺の肩を抱いてくれた。
「そういうタイムリーな歌を歌うな。売れなくて悲しくて苦しいなんてのは、もっと長くやってから言うもんだよ」
「身も心もユキちゃんになっていい?」
「心は見えないから、ユキちゃんになってるんだとおまえが言い張れば、俺もうなずかざるを得ない。身は見えるんだぞ。なってみろ、なれるのか、え、幸生? なれるのか」
「そんなご無体な……」
 変身はできそうにないので諦めて、心だけはユキちゃんになろうと乾さんにくっつく。本橋さんとシゲさんはむこうで、俺たちを見ないように必死で無視しようとしている。章は美江子さんと、虫みたいにちっちゃい花のそばでお話していた。
「俺もやっぱ本物の女性とお話したいなぁ……」
「俺に女になれって言ってるのか」
「乾さんが女になったって……俺の趣味は知ってるでしょ」
「小柄でキュートな美少女だろ」
「そうそう。俺を女の子にしたような美少女ね」
「女性は男装すると十歳若く見え、男は女装すると十歳老けて見えるという。肌の差だそうだな。幸生、不精ひげがはえかけてるぞ」 
 人を現実に立ち返らせる無情な発言をしてから、乾さんは公園のベンチにすわった。
 ここは兵庫県の公園。近隣の人々の憩いの場になっているようで、そぞろ歩くカップルや家族連れや友達連れは大勢目につく。けれども、だあれも俺たちに目を留めてはくれない。俺たち、フォレストシンガーズっていうんだよぉ!! って叫ぼうか。パークライヴをやろうよ。無料だよ。俺たちの歌を聴いて、拍手を、歓声を下さい。
 餓えるほどにそう思う。デビューしてから二年がすぎて、今年も秋になって、いろんないろんな仕事をしてきたけれど、俺たちはまったく認められないまんまだ。
 試行錯誤を繰り返し、多種類の歌のジャンルにチャレンジし、テレビのバラエティ番組に出たり、ラジオに単発で出演したり。そのどれもがフォレストシンガーズの糧にはなっただろうけれど、実を結んではいない。
 乾さんの言う通り、悲しむにはまだ早いと知ってはいるけれど、イベントに出演させてもらって主催者にないがしろな扱いを受けると、へこみたくなる。無名のシンガーって人間じゃないの? 猫だったら不細工でももてはやされるのに、ユキちゃんは可愛くても愛してもらえないんだわ。
 なんてね、こうやって自分の中でもひとり芝居をやって、俺はてめえを鼓舞する。乾さんと美江子さん以外は芝居をやると怒るけど、実はちょっぴり癒されていたりするんでしょ。
「乾さん、あの虫みたいな花、なんて名前ですか」
「紅の虫か。あれはおまえには高度だろうな」
「花に高度や低度ってあるんですか」
「あるんじゃないのか。一般的知名度の高い、おまえでも知っているチューリップや桜から、おまえだと知らなくても普通な萩や竜胆やえのころ草、さらに知名度の低い、イタドリ、ベニタデ、ゲンノショウコ、などなど。知名度レベルでも花は多種に分類できるんだよ」
 それってシンガーになぞらえてる? シンガーとはさかさまに、花は知名度が低いほど高度なのか。俺は今、乾さんが言った花の中から、あの虫のようなちっこい花の名前を探した。
「リンドウかなぁ。ちがう? 萩」
「おまえにだったら推理は簡単だろ。覚えないと意味ないんだぞ」
「はあい」
 我々だって覚えられないと意味がない。しかし、公園でフォレストシンガーズの名を連呼するのは、犯罪に近いのかもしれない。そのためにはどうすればいいのかも、模索しながら歩いていく。それが我らの生きる道?
 これからも俺たちは、シンガーとして高級になるために努力する? 高級とひとことで言うべきなのかどうかもわからない暗い道を、みんなで歩いていく。
 ねえ、隆也さん、頼りにしてるからね。俺はあなたの背中を特に見つめて、一生懸命ついていくよ。どこまでも連れていってね、ごろにゃん。


7・章

 デビューしてから六度目のクリスマス。去年にはシゲさんが結婚し、フォレストシンガーズはほんのちょびっと有名になった。有名になったと口にするのもおこがましいが、デビュー当時から二、三年ほどの真っ暗闇からは抜け出しつつある。
 二十二歳でプロのシンガーズの一員となった俺は、二十七歳になった。愛した女もいるけれど、スー以外の女とはすべてが切れた。スー以外の女はどれもこれもがまやかしだったのだから、切れて後悔もしていないが、心に寒い風が吹く。
 クリスマスのイルミネーションやツリーや、音楽で浮き立つ街で俺はひとり。すこしは売れてきたといっても、ちびの俺がひとりで街を歩いていても、ファンに発見されて騒がれるなんてまずない。そのほうが気楽だけど、時にはこんなこと、ないかなぁ。
 女子大生の集団が俺を見つけ、わーっと取り囲み、サインだ握手だ写真だと騒いだあげくに、その中でもとびきり可愛い子が言う。
「あたしたち、これから女の子ばかりでパーティするの。木村さんも来て」
 五、六人の女の子は全員が、俺の好みの小柄で細身の美人ばっかり。俺は迷惑そうなそぶりをしながらも言うのだ。
「ちょっとだけだったらつきあうよ。ケーキでも買っていこうか」
「木村さんが来てくれるだけで嬉しいの」
「そうは行かないだろ。女子大生のパーティに社会人が手ぶらでは行けないよ。これで好きなものを買えよ」
 札を握らせると、女の子たちは感激して、みんなそろって背伸びして、俺にちゅっちゅっのちゅーっ!! ……ああ、虚しい。
 つまんねえからナンパしようかな。スターになっていない現状の利点は、道行く人々のほとんどが俺を知らないこと。ナンパして釣り上げた女もたいていは俺を知らないから、適当にごまかしてホテルに連れていって寝て、適当にバイバイ。
 乾さんに知られたら叱られるだろう……そう考えてから、あんたもやってんだろっ、と胸のうちで叫び返す。可愛い子はいないかと物色していたら、街角にたたずむ女の姿が見えた。ベージュのコートのすらっとした女は、俺と同じくらいの身長だ。小柄ではないけど、まあ、許容範囲。俺は彼女に近づいていった。
「彼女、ひとり? お茶でもどう?」
 顔が見たいのに、彼女はうつむいたまんまだ。どこかで見た女……有名人かな? 気が逸って気もそぞろになっていた。
「誰か待ってんの? ふられたんだろ。俺とお茶しようよ。メシだっておごるよ」
「……」
「すかすなって」
 苛々してきたので、ちょっとだけ怒らせる手段に出た。
「顔を見せてよ。見せられないってのはブスなんだろ」
「……え……」
「いやいや、ブスじゃねえよな。顔を見せて」
 猫撫で声を出して顎を指でそっと持ち上げる。女は顔を上げてにたっと笑った。
「うぎゃっ!!」
「口裂け女じゃないんだから、悲鳴を上げなくてもいいじゃないの」
「口裂けって……古っ」
 ある意味、妖怪よりも悪い。逃げてもはじまらない相手だからなお悪い。開き直った俺は言った。
「そんなコート、見たことないし、美江子さんだなんて気づきませんでしたよ」
「私は声で章くんだって気づいたから、黙ってうつむいてたの。あなたはいつもこういうことをやってるんですか。お話を聞かせていただこうかしら」
「補導の教師みたいに言わないで」
「食事をおごってくれるんじゃなかったの?」
「美江子さんはデートじゃなかったの?」
 ぎろっと睨まれた。図星だったのかもしれなくて、腕を引っ張られるままになった。
「あれは知ってる?」
「あれって?」
 彼女と腕を組んで歩いているというよりも、教師に腕を取られてどこかへ引きずっていかれる中学生気分。我らがおっかないマネージャーと街を歩くなんて、振り切って逃げたら本橋さんや乾さんに告げ口されるから、逃げるに逃げられない。
 情けなくて返事もしたくなかったのだが、あれって? と彼女の声に反応してしまった。美江子さんが指差す先には、赤と緑の花のような葉っぱのようなものがあった。
「飾りですよね。造花? 乾さんに教わったような……クリスマスの花、クリスマスカラー……なんだっけ。忘れたよ」
「ポインセチアだよ。あんなふうに華やかに……見えてくるの」
 目を閉じて、美江子さんが囁いた。
「あなたたちの将来は、ポインセチアカラーに彩られてるのよ」
「へええ、いいね」
 美江子さんがえらい美人に見える。いや、もともと彼女は美人なのだが、いつだっておっかなさが先に立つ。今夜は優しい気持ちになってくれているのか、彼氏にデートをすっぽかされて不機嫌なのを繕おうとでもして、作為的に優しくふるまっているのか。
 どっちにしても、優しい美江子さんだったら好きだ。クリスマスイヴ当日ではないのだから、美江子さんとデートってのもいいだろう。
「メシ食いにいきます? 酒もいいでしょ」
「いいけどね、章くんはお酒を飲むと潰れるんだから、一杯だけにしなさいね」
 こういうことを言うから、デート気分に水を差すのだ。酒を飲んでいても説教されそうで、俺は美江子さんの腕を静かに静かに、と努力して引き離した。
「急用を思い出しました。帰ります」
「そうなの? ナンパなんかしないようにね」
 うるせえんだよっ!! と怒鳴りそうになったのをこらえて、小走りになる。来年こそはポインセチアのように華やかなクリスマスを迎えたい。優しくて可愛い彼女もほしい。
 今年のクリスマスには間に合いそうもないから、来年こそ、来年こそ、と祈る。俺たちフォレストシンガーズは、ポインセチア程度の知名度を持つシンガーズになれるのだろうか。今年のクリスマスコンサートのチケットは初ソールドアウトだったのだから、近々きっとなれるさ。
 そうと信じていなければ、こんな寒空の下、ひとりで歩いてなんかいられるかよ。きっと俺たち、大物になるんだよっ!!

未完
 



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フォレストシンガーズ人物相関図①

内容紹介

フォレストシンガーズを中心とするキャラクター相関図  
(ver1.大学関係)


修整

以前から相関図モトム、とのリクエストをいただいていました。
このたびも大海彩洋さんからリクエストいただきまして、さあ、どうしよう、と悩んだあげく。

家系図を作れる無料ソフト発見。
ただ、無料の分では印刷もできないし、画像として使えない。
うーん、どうしようかとまたもや迷ったあげく、いい方法を考えてもらいました。

ようやくブログにアップできました。
これはテスト版のようなものですので、簡単すぎてわかりにくいかもしれません。
とりあえず、フォレストシンガーズの五人と大学の仲間たちとの相関図です。

ここはこうしたら? などのご意見があれば、どしどし教えて下さいませね。
お待ちしております。





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FS「いい湯だな」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

「いい湯だな」

 大先輩コーラスグループの持ち歌を、湯の中で六人で歌う。フォレストシンガーズのメンバーは誰も産まれていないころに世に出た歌だが、ある程度の年齢の日本人ならば、誰だって断片的にくらいは知っているだろう。

「いい湯だな いい湯だな 湯気が天井から ポタリと背中に 

 つめてぇな つめてぇな ここは上州 草津の湯」

 で、ここはどこの湯? 有名ではないが質のいい、まさしく、いい湯だな、だ。

「いい湯だな いい湯だな 誰が唄うか 八木節が

 いいもんだ いいもんだ ここは上州 伊香保の湯」

 この六人で温泉に入るのははじめてだろうか。
 真次郎と隆也と繁之と英彦と、幸生と章。英彦がいなかったり、章がいなかったりの五人でならば、何度も何度も温泉の中で語り合った。隣の女湯には美江子がいたりいなかったり、他の女性がいたりいなかったり。

「いい湯だな いい湯だな 湯気にかすんだ 白い人影

 あの娘かな あの娘かな ここは上州 万座の湯」

 フォレストシンガーズを結成してから十五年ばかり。メジャーデビューしてからでも十一年になる。いろんないろんないろんなことがあったのも、お湯に溶かして今夜は六人で歌おう。

「いい湯だな いい湯だな 日本だなぁ 浪花節でも

 うなろうかな うなろうかな ここは上州 水上の湯」

 あれぇ、全部上州? 登別の湯ってなかった?

 紀州白浜の湯じゃないんですか? 南国別府じゃなかった? 南国ったら土佐だろ、南国土佐をあとにして……なんて、別の歌になってしまったりする。

 いやいや、ちょっとちがうバージョンもあるんだよ。

 湯気の中に六人の声も溶けていく。もう一度、最初から歌おうか。自然にハモって、みんなで歌おう。俺たちにとっては歌うことこそ人生なんだから、などと力まなくてもいいから。


END





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186「施餓鬼」

ショートストーリィ(しりとり小説)

しりとり小説

186「施餓鬼」

 爛々と目を輝かせて食い入るようにパソコンの画面を凝視し、舌なめずりしている読者の姿が目に浮かぶ。あまりに嘘っぽいのはすれた読者には見抜かれてしまうが、ありきたりのものだと誰も食いついてくれない。騎士子は頭をフル回転させていた。

「破魔先生、このままでは来年の税金が払えませんよ」
「……そこまでひどいですか」
「ご自分でおわかりでしょうに」

 編集者にはっきり言われ、騎士子は肩を落とした。
 小説家は金の算段などしないものだ。そういった下賤なことどもは編集者が処理してくれる。そう言っていられたのは売れっ子の時期だけで、売れなくなれば誰だって生活費や税金の心配をしなくてはならなくなる。

 最初から売れていなかったらまだしもなのかもしれないが、破魔騎士子は数年間はベストセラー作家だった。私は時代の寵児だと思いあがって、稼いだ金を湯水のごとくに浪費した。田舎の両親に家を建ててやり、親戚にも惜しみなく援助した。借金を申し込んできた、昔お世話になった相手などには、あげるつもりでできるだけ貸してあげた。

 夜の街で豪遊もした。勧められるままに家具や宝飾品や和服や電気製品なども買い込んだ。さすが地方出身者。なにを着ても似合わないところが素敵、田舎っぽさが絶妙にブレンドされているところが、破魔の長所、などと論評されるのも楽しかった。

 親には家を建ててやったものの、自分は高級マンションで暮らしていたのだが、近頃は家賃を捻出するにも汲々している。なのだから、私、収入が減ってきたなぁ、との自覚はあったのだが。

「最近、うちのサイトが寂れてきましてね」
「そうなの? おたくのサイトって「オンナのヒミツ」ってあれでしょ?」
「そうです。あのサイトはもちろん読むのも書くのも無料ですが、広告費などなどはけっこういい収入になっていたんですよ。それが近頃はさっぱりで、ひとつ、人々の耳目を集める面白い記事を載せないとな、って編集長にハッパをかけられているんです」

 この編集者が所属する出版社はWebサイトを主催している。昨今では珍しいことでもないだろう。
 「オンナのヒミツ」というサイト名そのままに、ユーザーが赤裸々な投稿をしてきて、それについてあれこれと意見を交わし合うサイトだ。騎士子も何度かは覗いたことはあった。

「だけど、刺激的な投稿が少ないんですよね。破魔先生、ひとつ書いてみませんか?」
「私の経験談を投稿するの?」
「あなたの経験談なんか無用です。売れなくなった作家の生活なんて、あのサイトに集う暇な女たちの共感は呼びませんよ。それよりも、思い切り反感を買う投稿がいいな」
「反感、ね」

 要するに編集者は、騎士子の作家としての創作能力を使って、読者が集まってきて攻撃できるようなフィクションを書けと言っているのだ。

「そこまでしてサイトを賑やかしたいわけね」
「あれはあれでうちの大切な収入源なんですから、当然ですよ」
「今までに誰が書いたの?」
「今までは読者のみなさんですよ」

 しらっと編集者は言うが、こんなことってあるの? できすぎ、プロが書いたんじゃないの? と疑った投稿があったのだから、きっとそうなのだろう。

「破魔先生は近頃は筆が乾いて、才能の泉も枯渇しかけているでしょう? 完全に干上がらないように、ご自分にも刺激を与えて下さい。雑誌に掲載したり本になったりする原稿よりは少ないですが、稿料もそれなりにはお支払いしますので」
「やってみましょうか」

 多少なりとも収入になるのならばと、騎士子はその気になった。

「なんなのかを書くとばれてしまうくらいには、あたしは有名人なんだよね。
 だから、芸術家だとだけ書いておく。
 女、三十代前半、世界的にもまあまあ有名な芸術家だ。

 長身スリム、モデル体型の美人。もちろんもてる。
 性格はよくはないけど、意地が悪くても料理なんかできなくても女らしくなくても美人がいいって男、いっぱいいるよ。プロポーズだって何度されたか。全部あたしから断ったけどね。

 男性遍歴は何人だか忘れた。男の多い業界だから蹴散らしても蹴散らしても男が寄ってくるんだよ。

 気に入ったらつきあってやって、飽きたら捨てる。
 その繰り返しでこの十数年を生きてきて、ここ数ヶ月はフリーだった。
 フリーになったら寄ってきた男がいた。

「美麗さん、お願いがあるんだよ」

 そいつはマジな顔して言ったよ。

「美麗さんには男の親友がいるだろ。そいつとはあまり関わらないでほしいんだな」
「あいつのマンションに泊まるなってか?」
「泊まったりまでするの?」
「するよ」
「それ、やめてくれ」
「プロレスごっこは?」
「男とプロレスごっこなんかしたら怪我をさせられるだろ。やめろやめろ。そういうのは厳禁だ」
「一緒に風呂に入るのは?」
「……美麗さん……あなたって女は……」

 とうとう、告白してきた男は泣き出してあたしを抱きしめたよ。

「そんなあなたが好きだ。そんなあなたをひとりにしておくと、俺は心配で夜も眠れない。結婚しよう」
「いやだね」
「美麗さん……頼むよ」
「えーい、うっとうしい。くっつくな!!」
「美麗さん、プロポーズは早すぎたね。だったらしばらくつきあって」
「あたしと友達のつきあいの邪魔をしないんだったら、つきあってはやるよ」
「せめてあいつのマンションに泊まるのだけはやめてくれない?」
「やだ」

 というような会話で堂々めぐりしてるんだ。

 告白してきた男はあたし以上に、この業界では有名人だよ。ルックスも実力も申し分なし。あたしは自分で稼ぐから男の収入はどうでもいいんだけど、ここまで有名な男なんだから、年収一億は下らないかな。

 一回くらいは結婚してみるのもいいから、どうせ離婚するんだろうけど、この男とだったらいいかもしれないと思う。
 けど、あたしを束縛したがるのはやめさせたい。
 どうしたらいいと思う?」

 書いているうちにエスカレートしてきて、騎士子の願望が出てきてしまった。芸術家なのだったらこのくらいの女も男もいそうに思えるが、少々やりすぎだろうか。騎士子は執筆を中断し、「オンナのヒミツ」サイトを開いた。

「この記事、アクセスが多いわね」

 こういうのがあると、この出版社はほくほくしているのだろう。突出して一番人気の記事を読んでみた。

「強欲な女っているものなのですよ。
 ブスのくせして彼女は狙った男に猛烈にアタックして、色仕掛けでたらしこみ、妊娠してしまった。

 彼は女にはめられて結婚させられたのです。

 そんな彼が後に出会ったのが私。
 ちびで貧相で教養もない品性低劣な妻とはちがって、長身で豊満な美女、学歴もキャリアも妻よりもはるかに上である私と、彼は即座に恋に落ちました。

 外見に見合って私の品性は上等ですから、彼をだまして妊娠しようなんてたくらんではいません。結婚もしてもらわなくてもいいんです。だって、私は収入もいい、自立した女なのですもの。

 不倫は絶対にいけないと眦をつりあげる主婦のみなさん。
 こんな私と彼でも、既婚者との恋はよくないとおっしゃいますか?
 彼には私がいるからこそ、あんなにもひどい妻との生活に耐えているのです。離婚しないのはただ子どものため。妻には愛はなくても、子どもは可愛い。それは私にもわかりますから。

 私の出産願望?
 そりゃあ、愛する彼との間に子どもができたら嬉しいでしょうけど、ややこしくなるからそれは望みません。
 彼さえいればそれでいい。これはもう「不倫」なんかじゃなくて「純愛」ですよね」

 あれ? この文体、どこかで……そこまで読んだ騎士子は首をかしげた。

「……そうだ!! 鰐淵さんじゃないの」

 不倫ではなく純愛、同業者の鰐淵眉魅の小説に同じフレーズが出てきた記憶がある。これは投稿している女性が鰐淵の小説をぱくったのか? いや、文体自体が鰐淵のものに酷似しているところを見ると、鰐淵も騎士子がしようとしている仕事に手を染めているという可能性のほうが高い。

 その投稿には激烈な調子で、あなたはまちがっている!! なにが純愛だよっ!! 品性が上等な女が妻子を持っている男とつきあったりしないんだよっ!! といった反論がいくつもいくつもいくつもついていた。

 いっときは騎士子と同じく、鰐淵も売れっ子作家だった。不倫ものの恋愛小説を次々に発表してはベストセラーを出していたのだが、世の中の女たちはファンタジーとしての不倫フィクションならば歓迎しても、自らの妻の座をおびやかすような実話、だと彼女たちが思い込んでいる文章には背中の毛を逆立てるのであるらしい。

「負けてる……? ううん、負けないわ。私も鰐淵さんに負けないほどに、レスのいーっぱいつく文章を創作してみせる。飢えたハイエナたちを食いつかせてみせるからねっ」

 作家としての騎士子の闘争本能にも火がついたようだった。

次は「き」です。








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FS超ショートストーリィ・四季の歌・章「春の岬」

番外編

フォレストシンガーズ

四季のうた

「春の岬」


 日本最北端の地、宗谷岬。北海道は稚内生まれの章にとっては、岬といえばそのイメージが強い。宗谷岬は冬の景色ばかりが浮かぶが、この歌の舞台は春だろうか。

「あなたがいつか 話してくれた
 岬を僕は たずねて来た
 二人で行くと 約束したが
 今ではそれも かなわないこと

 岬めぐりの バスは走る
 窓にひろがる 青い海よ
 悲しみ深く 胸に沈めたら
この旅終えて 街に帰ろう」

 なんて女々しくてセンチな歌なのだろう。春というよりも初夏に近いこんな陽気には似合わないようでいて、ひとりでバスに乗っている心境には似合っていなくもないような。

 単独仕事のためにバスに乗り、春の岬に向かっている。気持ちがいいはずなのに、こんな歌ばかりが浮かぶから晴れやかになれないんだ。おい、歌、引っ込め。当たる相手もいないので仕方なく、章は歌に八つ当たりしていた。


END








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185「ルナ寄席」

ショートストーリィ(しりとり小説)

しりとり小説

185「ルナ寄席」

 こんばんは、ようお越し。

 けっこうなおチキュ見日和でございますなぁ。ほら、あっこの窓からあないに綺麗に地球が見えとりますわ。今宵はあのなつかしい母なる星を眺めもって、ルナ亭テラ花の与太話におつきあいのほど、よろしゅうお頼み申します。

 地球にはさまざまな国、民族がございまして、私はその少数民族のひとつ、日本人をご先祖に持っております。今、語っておりますこんな話も、ラクゴていうて、日本人の伝統芸能みたいなもんでおます。
 発祥は江戸と上方で、私は上方落語の流れを引いておりますので、こんなけったいな喋り方をしてますのや。

 前置きはこのくらいで。

 遠い昔、日本には十二支っつうのがおました。
 ね・うし・とら・う・たつ・み・うま・ひつじ・さる・とり・いぬ・いのしし。

 十二種類の動物を毎年の干支ということにしたんですが、なんでなんかは知りまへん。そこらへんはえらい学者さんにおまかせしましょな。

 うし、とら、たつ、うま、ひつじ、さる、とり、いぬ、いのしし、はそのまんまやからわかりますわな。
 人造ビーフのことでしょ、「うし」は。あれ、おいしいねん。そやけど高いからめったに食べられへん。え? そこのお客さん、今度、ビーフステーキごちそうしたろかって? おおきに。

 とらはタイガー・ウッズやたらいう、アメリカのゴルファー。ゴルフっつうのも地球では流行ってたらしいけど、どこが、なにが面白いんでっしゃろな。月面でゴルフやったら、ボールが地球まで飛んでいきまっせ。

 たつ、恐竜のことらしいです。ものすごい昔、地球がえろう若かった時分に、恐竜ゆうのがおったんですて。おっとろしいなぁ。

 うま、はギャンブルの代名詞です。競馬でおます。
 ひつじっつうのはな、「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」とかいう研究書が残されてるんやそうで、ロボットのことらしいです。

 さる、去っていく恋人のことや。
 とり、は人造チキン、これもおいしい。ビーフほど高くはおませんよって、私も自分のお金で食べられます。ギャラをもらったら食べにいこっと。

 いぬ、あのロボットペットのことですわな。昔は地球には生きた犬もおったそうでっせ。可愛らしかったんやろなぁ。
 いのしし、牡丹の花のことやっちゅう説もあるんやけど、そしたら動物やのうて植物なんですな。ものごとにはなんでも例外がある、ちゅうてね。

 で、あとの三つがわかれへん。
 ね、う、み、て、なんで一文字やねん? 親切さの足らん伝説やな。というわけで、研究しているえらいお方はんにもまだわかってないんやそうです。諸説ありましてな。

 そこで私が仮説を立ててみました。

 ね、は猫ですよ。ロボット犬が十二支に入ってるのに、ロボット猫が入ってないはずがない。私は猫のほうが好きやわぁ。入っててほしいわぁ。
 う、はおからとちゃいまっか? 卯の花って言いますもんね。牡丹も入ってるんやから、おからもおってもよろしい。
 み、はなんやろ? さあ、これがわからん。

 ミルクかなぁ? 三毛猫? 猫がおるのにもうひとつ、猫いうのもおかしいな。
 味噌? おからがあったら味噌もあってもええかな。
 蜜……ミニスカート……ちゃうか。箕の笠……耳、なんの耳やねん? うーん、わからん。あっ!!
 
 そうや、未定!! それがよろしいやん。うんうん、未定やねんから未定でええねん。
 うーん、未定が判明してすっきりしたぁ!!

 おあとがよろしいようで。

次は「せ」です。 








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FSファン「A dream is endlessly」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

「A dream is endlessly」

「ドリーさんって、フォレストシンガーズのファンクラブには入ってるんでしょ」
「入ってないよ」
「どうして? 相当なファンなのに」
「どうしてって、私はちょっと特別だからかな」
「特別ってどんなふうに?」

 一年ほど前から、夢子はフォレストシンガーズファンが集うチャット広場に参加するようになった。最初はおっかなびっくりだったのが、最近は積極的に参加するようになって、常連同士でフォレストシンガーズのあれこれを語り合うのが楽しい。

 ハンドルネームはドリームをもじって「ドリー」。今日はチャットルームが森閑としていて、お仲間はあとひとりだけしかいない。二十代の女性だと言っているので信じておくことにしている、「セオドラ」と一対一でチャットをしていると、話題が少々ディープなほうへと展開していった。

「私、フォレストシンガーズのひとりと故郷が同じなのよ」
「誰?」
「それは言えない」
「故郷はどこ?」
「北海道のあるところ」
「北海道だったら彼しかいないじゃん」
「あら、ばれた?」

 チャットはキーボードで打つ文字だけの会話だが、なんとなくは相手の言葉のニュアンスが伝わってくる。ほんとかなぁ? とセオドラが言いたそうな気がした。

「彼が東京に出ていってしまったから別れたんだけど、昔なじみだから特別待遇はしてもらってるの」
「だからファンクラブにも入らなくていいと。今はドリーさんはどこに住んでるの?」
「私も東京に出てきてるよ」
「そしたら、彼と会うこともあったり?」
「私は結婚してるもの」

「ドリーさんっていくつだっけ?」
「セオドラさんと同じくらいの年じゃないかな」
「彼よりは若いの?」
「ちょっとだけね」
「高校のときのモトカノ?」
「まあ、そこまではいいじゃない」
 
 沈黙。チャットボードに文字が出てこない。夢子はここで話題にしている「彼」とのはじめての出会いを想い出していた。

 街の雑踏の中、大荷物を持って夢子は歩いていた。タクシーに乗ったほうがよかったかしら。だけど、うちまでタクシーだと高くつくし、バーゲンでたくさん買ってしまった主婦なんだから節約は当然よね。がんばって電車で帰ろう。

 そのつもりでがんばって歩いていたのだが、足早に歩く若者たちに押されてころびそうになったら、ささえてくれたひとがいた。

「あ、すみません。ありがとうございます」
「大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。あ……」
「もしかして……? やばっ。内緒ね」

 サングラスをかけた小柄な若い男は、いたずらっぽくくちびるに指を当てて、内緒内緒と囁いてから遠ざかっていった。
 もしかして、気がついた? と彼は言いたかったのだろうか。

 どこかで見た顔だ。芸能人だろうか。地方の高校を卒業して東京で就職したばかりのころは、東京の繁華街でだと芸能人にもよく会うよ、と同僚に聞かされて楽しみにしていたのだが、夢子にはついぞそんな機会はなかった。

 あれから二十数年、夢子はいまだ有名人に遭遇するチャンスはない。人だかりができているところに近づいていくとラジオの公開録音で、あのスタジオには有名な女性アイドルがいるのだと知ったが、十重二十重に取り巻く人に阻まれて彼女の顔も見えなかった。

 別段、芸能人に会ったからといって得になるわけでもなし、と自分をなだめていたが、こうして実際に遭遇してみると胸がどきどきした。荷物の重さも忘れて急いで家に帰り、夫のノートパソコンを起動してインターネットにアクセスした。

「……やっぱり、やっぱりそうよ。フォレストシンガーズの木村章だ」

 それほどの有名人でもないが、歌手であるのはまちがいない。か弱い女が人に押されてころびそうになったのを助けてくれた青年の写真が、フォレストシンガーズ公式サイトの中にあった。

 木村章、二十八歳、稚内出身の独身。
 ほっそり小柄な女性が好き。美人だとなおよし。ロック好きだと最高。

 そのようなプロフィルも載っている。これって私のこと? 木村くんの好みのタイプと私はぴったりあてはまる。美人ってのは見解の相違もあるだろうし、私は木村くんよりは年上だけど、年上はお断りとも書いてないし。十五歳くらいの年の差、今どきはアリだよね。

 まだあまり売れていないってのもお買い得だね。木村くんと私には縁があったんだ。よし、CDを買おう。フォレストシンガーズのファンになろう。

 あのできごとから五年。フォレストシンガーズは売れてきた。あのとき、夢子をささえてくれた小柄でか細い若者も三十代になったようだが、木村章は見た目は若い。夢子はあれからずっとフォレストシンガーズを、特に木村を応援していたので、我が子が出世したのを誇りに思う母の気分もあった。

 それだけではなく、故郷の恋人が都会に出ていって捨てられてしまった女の気分もある。木村くんは私のモトカレ。今ではスターになっちゃって、私のことなんか忘れたわよね。だけど、結婚しないのはなぜ? 夢子が気がかりだって気もちょっとはある? そう考えるのも楽しかった。

 五年前だって中年だったわが身をひとときでも忘れられるのは、フォレストシンガーズの歌が素敵だから。十代のころにはロック少女だった夢子は、もとロック少年だったという木村にことさらにシンパシーを感じて、彼を特にひいきしたくなったのもある。

 子どものいない専業主婦の余りすぎる時間を、多忙にさせてくれたのはフォレストシンガーズだ。夫は家事さえ過不足なくやっていれば文句も言わないし、収入には余裕はあるので小遣いももらえる。フォレストシンガーズのアルバムやDVDも買い、行ける範囲のコンサートには欠かさず足を運んだ。

 正直に言えば夢子の「特別」はその程度だ。電波系主婦ではないのだから、妄想と現実の区別はついている。本当はファンクラブにも入っている、一介のファンにすぎないとの自覚もある。

 けれど、インターネットなんてものは夢の世界なのだから、夢子らしく夢を語るのもいいではないか。むこうだってどこまで正直に告げているのかもわからない。こうしてファン同士で語り合っていると、夢子の「夢」は果てしなく広がっていくのであった。

END









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FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2018/5

forestsingers

フォレストシンガーズ


 超ショートストーリィ

 
 桜の花も散ってしまったね。桜ってほんと、あっという間に終わっちゃう。若くても日本人だよね。桜が咲くとうきうきして、花が散ると寂しくなって。高校生でもDNAは日本人なんだよね。

「桜が終わったら次はなんの花?」
「つつじとか五月とか? ポピーなんかも咲くよね。あ、それから」
「それから?」

 藤!!
 ということで、ボーイフレンドと藤の花を見にいった五月はじめ。私の故郷宇都宮には、藤の名所だってある。樹齢120年超らしい藤が、たくさんたくさん咲いていた。

「ほえー……藤なんてまともに見たことなかったけど、綺麗だね」
「うん、綺麗……」

 ふたりして手を握り合って、藤の花を見上げていた十七歳のカップル。あれから私は二倍の年齢になった。

「ミエちゃん、なにか思い出してる?」
「まあね。乾くんは短歌や俳句? 藤の花の歌は?」
「んんと……」

 目を閉じて、乾隆也は彼の十八番を披露してくれた。

「かめにさす 藤の花ぶさ みじかければ たたみの上に とどかざりけり」正岡子規


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184「ウエディングベル」

ショートストーリィ(しりとり小説)

しりとり小説

184「ウエディングベル」

 オルガンの音が静かに流れて、はじまるはじまる。

「……綺麗」
「……ドレスが……」
「……私のほうがずっと……」
「……素敵な……」
「ちょっとだけ……私のほうが」
「私のほうがもっと……綺麗」

 教会のゲスト席に居並んだ女性たち。彼は職業柄女性の知り合いが大勢大勢いるので、結婚式に異性の友人を招待するのはタブーだなんて言っていられない。

 仕事上のつきあいしかない女性が大部分だろうけれど、綺麗ね、ドレスが、だの、私のほうが綺麗よ、私のほうがこのウェディングドレスだったら上手に着こなせそう、だの、なんかださいデザインだね、だのと言っているのは、彼を狙っていた女?

 幸か不幸か私は耳がいいので、女性たちの声は本当に聞こえてくる。

 からかわないでよ、ウェディングベル。
 本気だったのよ、ウェディングベル、ウェディングベル。

 新郎新婦の入場のための曲が終わると、しきりにこんな歌が聞こえてくる。この中にもいるの? この歌みたいに考えている女が? 疑心暗鬼を抱いてゲストの女性たちを眺めまわすと、敵意やらライバル心やら嫉妬やらの視線が突き刺さってくる。え? この女たち全員が?

 たしかに彼はもてるけど、まさか全員じゃないよね?
 彼に片想いしている女、仕事にかこつけて彼と会っては、デートしているつもりだった女、どうにかして彼を落とそうと、なにかしらたくらんでいた女。モトカノなんかもいるの?

 もしかしたら、私と二股をしていて、その女を捨てて私と結婚した、なんて相手もいるの?
 痛いほどの女たちの視線にさらされていると、この歌の歌詞までが突き刺さってきた。

「あなたと 腕を組んで祭壇に
上がる夢を 見ていた私を
なぜなの 協会のいちばん後ろの席に
ひとりぼっちで座らせておいて
二人の幸せ見せるなんて
ひと言 言ってもいいかな

お嫁さんの瞳に 喜びの涙
悲しい涙に ならなきゃいいけど」

 うるさいのよ。彼に選ばれたのは私なんだからねっ!!
 私のほうからあんたたちにこの台詞を贈るわ。

「そうよ もうすぐあなたは私を見つけ
無邪気に 微笑んで見せるでしょう
そしたら こんなふうに言うのよ
お久しぶりね
おめでとう とても素敵な人ね
どうもありがとう 招待状を
私の お祝いの言葉よ」

 この場にいる私以外の女はみんな、くたばっちまえ、アーメン!! 

次は「る」です。








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FS動詞物語「演じる」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

動詞物語

「演じる」

「こんばんは、美江子さん、おひとり?」
「あ、ああ、こんばんは、てい子さん。ひとりです」
「よろしいかしら?」
「ええ、もちろんです。どうぞ」

 穏やかに微笑んで私の隣にすわった女性は、「劇団ぽぽろ」のベテラン女優だ。ここは「向日葵」。大学の先輩か開拓した店のひとつで、フォレストシンガーズの行きつけとなっている。私もひとりででも、友人や知人や仕事関係者ともちょくちょく食事に来ていた。

「美江子さんにお願いがあるの」
「なんでしょうか?」

 最初は乾くんが、中国語の歌をうたうためにネィティヴから教わりたいと言い出して、劇団ぽぽろの主催者である台湾人のゆうゆさんにお願いした。
 そこからつながりができて、幸生くんがこのてい子さんの代役として、おばあさん役で舞台に上がらせてもらったり、章くんが芝居の音楽を作ったり、劇団員にPVに出てもらったり。

 知り合ったばかりのころは無名に近かったぽぽろのKCイッコウさんが見出され、近く大河ドラマに主演するとの話も聞いた。イッコウさんの後継者たるイッセイさんは、フォレストシンガーズのドキュメンタリータッチドラマでは、小笠原英彦役で定着しつつある。

 そのためもあってか、ドラマ「歌の森」でもイッセイさんが小川清彦役だ。フォレストシンガーズを主役とするドラマでは、一応は一般人のヒデくんは別名になっている。

「イッセイくんにお願いしたのもあって、「歌の森」に出してもらえることになったのよ」
「そうなんですか」

 劇団に所属する役者さんにもさまざまあって、アルバイトをしないと食べていけない人もいると聞く。ぽぽろはマニアックなほうでメジャーではないから、てい子さんもその部類なのかもしれない。彼女のプライベートはまったく知らないが、テレビドラマに出るのは嬉しいようだった。

「なんの役だと思う?」
「大学教授とか? 誰かのお母さんとか……? え、まさか、うちの母ですか」

 いたずらな笑みを見ていると、そんな気もしてきた。
 脚本は昔からの知り合いである、みずき霧笛さんが書いている。彼はフォレストシンガーズの誰かをモデルにした短編なども書いていて、今回の脚本のためにもみんなに取材していた。私もいくつも質問された。

「私も出てくるんですか?」
「もちろんですよ。山田美江子さんは実名で、美人女優に演じてもらう予定です」
「うわ……」

 美人女優は阿久津ユカさん。うちの弟などは、あのひとが姉ちゃん……悪夢だ、などと言っていたが、見てはいるらしい。幸生くんは言った。

「いや、美江子さんのほうが美人ですよ。章はどう思う?」
「幸生、それは言いすぎだろ。おまえの眼は節穴か」
「俺にとっては美江子さんのほうが美人だもーん。シゲさんはどう?」
「美江子さんのことはよく知っている分、較べるものでもないけど阿久津さんよりも魅力的だと思います。乾さんは?」
「客観的には見られないのが俺たちの立場だよな。主観的にはミエちゃんのほうがいい女だよ。本橋はコメントしにくいだろうから黙ってていいぞ」
「まぁ、美人度は若い阿久津ユカのほうがな……」

 むにゃむにゃごまかしていた私の夫の言葉が、みんなの本音だったはずだ。
 ドラマの概要は私たちも知っている。放映が開始されてからは毎回熱心に見てもいるのだが、どう進んでどう終わるのかは知らない。キャストについても脇役のことまでは知らなかった。

 毎回、ドラマには有名人のゲストも出ている。深夜枠なので視聴率は高くはないが、相川カズヤくんだの桜田忠弘さんだのが目当てでドラマを見、フォレストシンガーズのファンになってくれた方もいるそうでありがたい。

「うちの母が出るとは聞いてませんが……わ、そうなんですか」

 名前を微妙に変えてうちの家族が出てくるとしたら? 母は大騒ぎして発熱するのではないか? 父は無関心なふりをしつつもそわそわし、弟たちとその妻は……? なんと言おうと内心では嬉しいのか? 先走ってしまった私に、てい子さんは言った。

「近いんだけど、美江子さんのお母さまではないのよ」
「本橋の母ですか? それとも他の誰かの……?」

 故郷にいた高校時代のエピソードが短く語られていたから、みんなの母親も顔を出したことはある。誰が出ていたっけ? 思い出そうとしていると、てい子さんが声を立てて笑った。

「あなたたちが学生のころって、お母さまは四十代か五十代でしょ。私は七十をすぎてるんですよ」
「すると……あ、乾くんのおばあさま?」
「正解です」

 夕食がまだだったのだそうで、てい子さんはオムライスを食べながら言った。

「美江子さんは乾さんのおばあさま、さな子さんに会ったことはおあり?」
「いえ。乾くんと知り合ったのは大学に入ってからでしたから」
「そのころにはさな子さんは他界なさっていたのよね」

 有名人というわけではないさな子さんについては、みずきさんから聞いたのだろう。およその事情をてい子さんは知っていた。

「美江子さんはさな子さんと会っていないそうだけど、お願いっていうのはね……」

 役者さんらしいお願いだった。

「乾さんの前でも予行演習してみたいんだけど、美江子さんも聞いて下さるかしら」
「私でお役に立つんでしたら」

 素はやわらかな雰囲気のある、おっとりしたおばあさんに見える。おばあさんと呼ぶと失礼なのかもしれないが、七十代ならば老人の範囲だ。そんなてい子さんが、では、と言って姿勢を正した途端に、さな子さんに変身した。

「まあまあ、美江子さん? お初にお目にかかります。隆也がお世話になっております」
「いえ、こちらこそ。お世話になりっぱなしです」
「隆也はいまだに結婚もしませんで、美江子さんがそばにいて下さって安心だってところもあるんですのよ」
「いえいえ、そんな……」

 じわーっと冷や汗が出てきそう。
 言葉は標準語だが、そこはかとなくなまっている。乾くんも金沢弁は使わないし、乾家は標準語で会話をしていたのだそうだが、乾くんとはじめて会ったときに本橋くんが言い当てたように、なまりはあった。

 この、どことなし関西弁にも似た柔和なイントネーション。金沢なまりなのね。てい子さんがさな子さんに見えてきた。写真でなら見たこともある、凛とした小柄な老婦人。

 あなたが乾くんを育てて下さったんですよね。おかげで乾くんは、ちょっとばかりひねくれているものの、女性に対する変な幻想も抱いているものの、聡明で素敵な大人の男性になりましたよ。フォレストシンガーズの中でも、女性ファンには乾くんが一番人気です。若い女性のみならず、ご年配の方も、乾さんってかっこいいわね、と言って下さるんですよ。

 写真のさな子さんは笑顔ではなかったけれど、笑み崩れるときっとこんなお顔になったのね。てい子さんとさな子さんは似てもいないのに、私にはさな子さんが生き返ってきたように見えてしまう。孫の隆也くんはなんと思うのかしら?

 役者魂ってこれ? さすがだなぁ、の気分と、さな子さん、これからも私たちを見まもっていて下さいね、の気分が半々で、私はさな子さん……いや、てい子さんに見とれていた。

END






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ガラスの靴74

別小説

ガラスの靴

74・浴室

 年末になるとネットにも神社サイトみたいなものがオープンする。各地に実在する神社のサイトとはちがう、バーチャル神社だ。

 来年は初詣に行きたいな。胡弓も三歳になったから連れていけるんじゃないだろうか。だけど、初詣って十二時になった瞬間に行くんだっけ? それだとおねむの胡弓には無理かな。眠くてぐずったりしたら僕が抱いて歩かなくてはいけない。ベビーカーに乗せるには胡弓は大きすぎるから。

 母に預けていくか、元日の昼間にずらすか。あ、アンヌは休めるのかな?
 などと考えながらも、胡弓がお昼寝をしている時間にはネット神社めぐりをしていた。ネット絵馬に願い事を書いているひともいて、それらを盗み読むのも面白かった。

 面白かったので、夕食をすませて胡弓をベッドに入れてからも続きをやっていて、発見したものがあった。僕は深夜に帰宅したアンヌにパソコンを見せた。

「なんなんだよ、あたしは眠いんだ。メシもいらないから寝るって」
「アンヌ、これ、どういうこと?」
「どれ?」

 文句を言い言い、アンヌが見たパソコンのディスプレイには。

「よそのサイトで新垣アンヌの書き込みを見つけちゃった。アンヌって好きな男がいるんだね」
「アンヌは結婚してて子どももいるよ」
「わっ、アンヌ、不倫してるんだ」
「さすがロッカー、不道徳だね」
「好きな男がいるって、どういう根拠で言ってんの?」

 神社サイトの掲示板に書かれた一連の書き込みは、アンヌのファンのものなのだろう。どういう根拠で? と突っ込まれたひとが、URLを書いていた。そこに飛んでみると。

「来年の抱負ってか、夢? 好きな男と旅行がしたいな。あいつは作曲をするから、ふたりで同じところで同じものを見て、あたしは詩を書くんだ。あいつと共作がしたいよ」

 そこは僕が見なかったバーチャル神社で、バーチャル絵馬が並んでいた。ミュージシャンコーナーもあって、新垣アンヌの実名入りでそんな絵馬が堂々と飾ってあったのだった。

「アホか。あたしがこんな、糖尿病には害になるみたいな書き込みをするかよ」
「糖尿病?」
「甘ったるいって意味だ。前に誰かが言ってたのが面白かったから、ぱくったんだよ」
「バクリはどうでもいいけど、アンヌが書いたんじゃないの?」

 ちげーよっ、と吐き捨てて、アンヌは寝室に行ってしまった。

 ということは、誰かがアンヌの名を騙ったのか。アンヌには星の数ほどいる友人知人か、ファンか。アンヌはロックバンドのヴォーカリストなので、アンヌのほうは知らなくてもむこうは彼女を知っているという人間も相当数いる。

 あてずっぽうを書き込んだファンだとしても、悪意があるのかどうかもわからない。アンヌって好きな男がいるんだね、と発言した女性らしき人物だって、ハンドルネームだけしかわからない。ただのいたずらだとも考えられる。

 しかし、僕は知っている。いい機会だからはっきり聞いておこうか。アンヌはベッドに入ったわけでもなく、バスルームにいるようだから、バスタオルを持っていってあげた。

「ねぇ、アンヌ? ねぇ、アンヌったら……」
「なんだよ、聴こえねーよっ、あとにしろ」

 シャワーの音の中、アンヌの怒鳴り声が聞こえた。

「聞こえなくてもいいから聞いて。あれはアンヌが書いたんじゃないにしても、アンヌには好きな男がいるんだよね。僕は作曲なんかできないんだから、あれが笙じゃないのはわかってる。アンヌに好きな男がいるのもわかってる。僕なんかは平凡な主夫で、アンヌにおいしいものを作ってあげるのと、胡弓を育てる以外にはなんにもできないもんね」

 お弁当を作って持っていってあげたら、あたしの仕事場にのこのこ来るな、と怒られた。
 息子は時々母に預け、僕はひとりでけっこう出歩いている。家事も育児も完璧ではない駄目主夫だ。

「そんな僕なのに、アンヌは寛大だよね。僕が無駄遣いをしても許してくれる。掃除をさぼっても、デパートでおかずを買ってきても、今夜は外で食べようよっておねだりしても、あれ買ってってお願いしても、たいていは聞いてくれる。僕はアルバイトもしなくていいくらいに稼いできてくれて、楽をさせてくれる。僕はそんなアンヌに感謝してるよ」

 なのだから、誰のおかげでのうのうと主夫がやれてるんだよっ、と昭和の亭主関白みたいなことを言われても、切れて喧嘩になったりはしない。ぐっと耐えている。

「僕なんかはなにもできない、若くて顔がいいのだけがとりえだって言われてもしようがないと思うよ。ジムにもちゃんと行ってないけど、そのかわり、胡弓とふたりでトレーニングしてるんだ。ちょっとだけおなかが出てきてたのも引っ込んだでしょ。僕は胡弓のためにはいいパパで、アンヌのためには綺麗な笙でいようと努力してるんだ。子育ては手抜きしてないからね」

 手抜きがしたいときには母が協力してくれるから、胡弓はまともに育っている。駄々をこねたりしたときに、パパ嫌い、ママはもっと嫌い、おばあちゃーん、と泣く以外は、愛しい息子だ。
 トレーニングも胡弓とやっているのだから遊び半分だが、ジムに行くと主婦が主夫の僕にからんでくるからいやなのだ。心で言い訳もしつつ、僕は続けた。

「だけど、ロックスターの奥さんとはつりあいの取れない、つまんない夫だって自覚はしてるよ。自覚なんて言葉だって、アンヌが教えてくれたから身についたんだよね。僕はアンヌのおかげで進歩だってした。いろんな経験をさせてもらってるのも、アンヌが広い世界を見せてくれるからだ。僕が独身だったとしたら、まるでつまんない毎日だったはずだよ」

 バスルームの中は静かになっている。アンヌは聞いているのか、湯船につかってでもいるのか。

「だから僕はアンヌを愛してる。ううん、だからってわけでもなくて、アンヌはアンヌだから愛してる。前にアンヌが、僕のためにってよその夫婦ととりかえっこして楽しもうとしたでしょ。あんなのだったらいいんだよね。僕はいやだったけど、アンヌが遊びでよその男をつまみ食いするってんだったら、僕はかまわないよ。ってか、僕には駄目だって言う権利もないけどね」

 うまく表現できないから、だらだら喋っている。肝心のことを言わなくちゃ。

「アンヌの愛するひと、そのひとと旅をして共作したい。歌を作りたい。あれが僕にはショックだったんだな。僕には絶対にできないことを、そのひととは共有できるんだ。身体の浮気なんかなんでもない。胡弓と僕のところに戻ってきてくれるって信じていられるから、僕は平気だよ」

 平気でもないかもしれないが、僕はアンヌの夫なのだから、どっしり構えていられるはずだ。なにしろ胡弓がいるのだから、僕の主夫の座は強いはずだ。

「あたしはおまえたちには、なに不自由ない暮らしをさせてるだろ」
「ああ、アンヌ、聞いてくれてたんだね。うん、感謝してるよ」
「あたしの好きな男、知ってるのか?」
「……葉月って奴でしょ」

 パーティで会ったことのある、植物的で中性的な暗い空気をまとった男。アンヌが彼をテーマにして、「本気で恋をしたのははじめてだ」みたいな詩を書いていた。

「あたしはあいつとは寝てないよ」
「うん、信じる。でもね……うん、僕にだっているからね」
「おまえもあたし以外の女に恋をしてるのか?」

 おまえも、「も」ってことは、認めたのだ。

「僕は恋されてるの」
「……誰に?」
「浮気する気になったら簡単だよ。彼女はアンヌが僕を虐げてるって信じてて、あなたの魔の手から僕を救い出したいって言ってるんだもの。彼女の腕の中に逃げ込むことはいつでもできるんだ」
「……やりたいのか」

 だんだんとアンヌの声がとがってきて、僕はぞくぞくしてきた。

「やりたいって言ったら怒る?」
「怒ってもしようがないかな。恋心ってのはてめえではどうにもならないんだよ。あたしは葉月を好きな気持ちを消すつもりもないし、葉月のほうはあたしに真剣になる気はさらさらなさそうだから、寝ることはあるかもしれない。でも、それだけだよ。おまえは?」

 蘭々ちゃんは僕を真人間にしたいと言っていた。真人間、すなわち働く男だ。僕はそんなのはまっぴらだから、アンヌと離婚して蘭々ちゃんに走るつもりはないけれど、彼女と寝るだけだったらできそうだった。

「あのバーチャル絵馬、うまくあたしの気持ちを言い当ててたな。誰が書いたんだろ」
「アンヌのことをよく知ってるひと?」
「かもな」

 桃源郷のメンバーだとか、仕事仲間だとか、アンヌが打ち明け話をする女友達だとか、もしかしたら葉月自身だとか? うまく言い当てている? アンヌのその気持ちが、僕にはもっともつらいのに。

「あたしも浮気をするかもしれないんだから、身体の浮気だったらおまえもしてもいいよ」
「離婚はしないの?」
「胡弓のためにはしたくないな。でも、絶対にしないとは言い切れない。あたしがそんな約束をしたら、おまえが図に乗るだろ」
「アンヌ、捨てないで」

 バーカ、と笑ってから、アンヌはなにやら呟いている。うむむ、腹が立ってきたぞ、と言っているのはなにに対してなのだろう? 妬けるからだったら最高に嬉しいのに。

「笙、入ってこい」
「怒ってるの?」
「うるせえ。いいから入ってこい」
「服を脱いで?」
「風呂に入るんだから当たり前だろ」
「……はい」

 入っていくとなにが起きるのか。アンヌとふたりでお風呂に入った経験はあるが、今夜は特別にどきどきする。顔を見ないで本音をぶちまけて、そのあとでバスルームで……ポルノ映画みたいだ。

 素直に服を脱いでアンヌの命令に従う。目を閉じてアンヌに歩み寄っていくと、乱暴に抱き寄せられる。これからはじまるなにごとかは、いつもと同じようでいて同じではない。めくるめくひとときになりそうだった。

つづく








 

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183「もうもうもう」

ショートストーリィ(しりとり小説)

しりとり小説

183「もうもうもう」

 およそ関わりのある人間すべてが、意見を求められれば異口同音に言う。智雄の姉までが言った。

「別れたほうがいいと思うんだけどねぇ……」
「私もわかってるんです。理性ではわかってるんですけど……」

 当事者の翠でさえもが、別れたほうがいいんじゃない、翠? と言いたがる。別れたほうがいいよ、翠……でもでも、だって……だって、なに、翠? ……だって、好きなんだものっ!!

「どうしてそんなに別れろって言われるの?」
「理由はひとつじゃないんだけど、主にギャンブルかな」
「ああ、ねぇ……」

 両親そろって車が好きで、サーキットファン同士が結婚したと聞いている。親の影響なのか、翠も子どものころから車が大好きだった。高校を卒業して自動車整備専門学校に入り、卒業して整備工になった。女の子がその仕事……と他人はいくぶん驚くが、両親はけっこう喜んでいる。

 自動車整備工場で働いている翠は、男性との出会いは多いほうだ。しかし、男性はおおむね、自動車整備工を恋愛対象とは見ない。そんな中、智雄は彼のほうから接近してきて恋仲になった。

「翠ちゃんと結婚したいんだけどね……」
「結婚しようよ」
「だけど、俺、借金が……」
「一緒に返してあげるから」
「ありがとう。でもね……」

 けじめとして、現在抱えている借金返済がすんだら結婚しよう。翠が二十五歳、智雄が二十八歳の年に、一応のプロポーズは受けて翠も承諾した。あれから六年、借金を完済できそうになると新たに借りるので、けじめはつかない。智雄の借金までは知らない知り合いでも、ギャンブル好きなんかとつきあっていてはいけない、と言うのであるが。

 競馬、競輪、パチンコ、合法的なギャンブルにしか手は出さないのだからいいではないか。智雄は賭け麻雀でさえも、法律違反だからとやりたがらない。翠はそんな智雄を潔癖だと思っている。潔癖な人間はギャンブルで借金はこさえないよ、と忠告されるのだが。

 平凡なサラリーマンなのだから、智雄の収入は決して多くない。翠の収入も多くはないが、いずれは修理工場のオーナーになりたいとの夢を持って貯金している。貯金から一括で返済してあげるから結婚しよう、と言ってみても智雄はうなずかない。女にたかりたくない潔癖さのあらわれだと翠は好ましく感じていた。

 大手自動車会社が主催する新車のセミナーで、翠はディーラーの奈緒と知り合った。自動車ディーラーも整備工も女性は少数派であろう。自然、奈緒と翠は親しくなって、プライベートで食事に行ったりするようになる。そうなると彼氏の話もするようになった。

「そっかあ、ギャンブル……それは問題だね。二十四歳からつきあってて、翠ちゃんも三十すぎちゃった、と」
「そうなのよ。智雄にこだわってないで、婚活でもしたら? って親に言われるの。三十一って崖っぷちみたいだよね」
「そうね。私みたいになってからだと手遅れかも」
「奈緒さんって私よりも年上?」
「三十六だよ」

 仕事柄なのか、きりりとした美人なのもあって奈緒は若く見える。翠とは同じくらいの年齢かと思っていた。

「だけど、好きなのよね。恋ってそんなものよ」
「……奈緒さんはわかってくれるんだ」
「わかるよ。他人は簡単に駄目男とは別れろって言うけど、そんなにたやすく別れられるのは恋じゃないんだよ。翠ちゃん、いっそ結婚したら?」
「私はしたいんだけど、彼が……」

 いつだって智雄は借金を抱えているのだから、これを完済してから、とばかり言っている。それは逃げでしょ? 彼は結婚する気はないんだよ、と翠の友人や身内は言う。母はお見合い話を持ってきたし、父などは酒に酔うと、俺が智雄に談判にいって別れさせる、と息巻くこともあった。

「いいな。そんなにも人に恋をしたことはないから、私はうらやましいわよ」
「奈緒さん……そう言ってくれた人は最近では奈緒さんだけだよ。嬉しい」
「うんうん、なんでも相談して。私は応援してあげる。人の感情の中でいちばん美しいものって恋だと思うの。誰がなんと言ったって、愛する人とは簡単に別れられないんだよね。だからこそ「恋」なんだよね」
「そうよ。そうなんだよ」

 話を聞いてくれるばかりで、奈緒は自分のことはほとんど口にしない。そんなに人に恋をしたことはない、と言ってはいたが、経験があるのではないかと翠には思えた。

「でも、結婚だけが愛の形ってわけでもないよね。このままでは翠ちゃんは不満なの?」
「結婚はしたいけど、智雄はけじめをつけてからって言うから、尊重したいの」
「愛する人を尊重したがるのは立派よね」

 そんな奴、のらくら逃げてるだけで結婚する気はないんだよ、と友人は言う。
 弟はいい加減な奴だよね、姉として私はあなたに悪くて恐縮してしまうわ、見切りをつけたほうがよくない? ギャンブルもどうしようもないけど、男として最低だよ、あいつは、と智雄の姉は言う。

 娘が不幸になるのを見ていられないのよ、と母は身をよじる。
 このままでは私たちは孫を抱けないよ、と父は嘆く。
 お姉ちゃんって馬鹿じゃない? とクールな妹は軽蔑のまなざしを向ける。家族といるといたたまれないので、翠は独立してひとり暮らしをはじめた。

「翠ちゃん、とんでもない男とつきあってるらしいね」
「お母さんから聞いたの?」
「そうだよ。別れなさい、そんなのとは別れなさい、後悔するよ」

 電話をかけてきた祖母までがそう言い、整備工の同僚である男性は言った。

「ちらっと聞いたけど、翠ちゃん、彼氏がいるんだってね。けど、そいつは借金まみれのギャンブル好きなんだろ。そんな奴とつきあってるから翠ちゃんはいまだに独身なんだろ。そんな奴とは別れろよ。俺とつきあわないか? 前に翠ちゃん、言ってただろ。将来は整備会社を持ちたいって。俺とふたりでその夢をかなえようよ」

 正直、心が動かなくはなかった。現実的に考えれば同僚の申し出にうなずくべきだったのだろうが、翠は恋を選んだ。だって、私は智雄が好きなんだものっ。

「ごめんなさい。私なんかは忘れて」
「そっか……しようがないね」

 がっかりして引き下がった同僚は、一年後にはお見合いをして別の女性と結婚した。

 ただひとりの味方は奈緒だ。奈緒だけは翠を応援してくれ、智雄も含めて三人で食事に行ったりもした。智雄さん、翠ちゃんのためにしっかりしなくちゃ、と奈緒が叱咤してくれることもあった。

「なんとか、全部の借金を返せる目途がたったよ」
「えっ、そうなの? だったら……」
「うん、だからさ、俺も結婚しようと思うんだ。翠、別れてくれ」
「へ?」

 我が耳を疑った翠に、智雄は吐き捨てた。

「翠のことは好きだったよ。励ましてくれたのはありがたかった。だけど、きみは俺を甘やかしすぎたんだよな。もっときびしくしてくれて、時には突き放したりもして、つかず離れず見守ってくれた女と結婚することにしたんだ。俺には翠は重すぎたんだよ」

 そんな……呆然と、翠は智雄を見つめるしかない。
 恋心は三、四年程度しか継続しないとの説がある。だからこそさっさと結婚して子どもを持って、恋ではなく家族の絆で生活するのがよいと言われているのかもしれない。

 けれど、翠の恋心は、智雄とつきあいはじめて八年以上も経っても冷めたりはしない。いっそう深く深くなり……それゆえに重いなんて言われるようになったのだろうか。

「いつの間に……他に女性ができたの?」
「……翠ちゃんも知ってる女だ。奈緒さんだよ」

 愕然、唖然、呆然、気が遠くなりそうだ。
 重すぎる恋心を捧げていた翠から離れて、智雄は軽やかな奈緒のほうへと飛び去っていくのか。ただひとりの味方だと信じていた奈緒は、そんな裏切りのできる女だったのか。

 それでも、それでも、翠は智雄が好き。智雄が別の女と結婚してさえもなお、私は智雄が好きっ!! と心から言えてこそ、真実の恋なのではあるまいか。

次は「う」です。







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FS動詞物語「期待する」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

動詞物語

「期待する」

 単独首位!! なんと素晴らしい四文字熟語なのだろうか。あれ? これも四文字熟語? 四文字の漢字なのだからそれでいいのだ。

 紙面に燦然と躍る文字。
 口の中で呟けば、I Love You 以上の甘美な響き。
 ずっとずっと永遠に抱きしめていたい。

「幸生、なにをぼけてんだ? なんだって? 単独首位? おまえ、今が何月だかわかってる?」
「四月」
「ペナントレースがはじまって何か月?」
「一週間」

 ふっ、と鼻先で笑って、章は幸生が手にしているスポーツ新聞を指で弾いた。
 これだからプロ野球ファンってのは間抜けなんだ。二十年か三十年に一度しか優勝しないチームのファンは特にだな。ほんの六試合しかやってないってのに、首位も最下位もないもんだろ。

「今しか喜べないんだもんな」
「章ちゃん、それを言わないで」
「幸生は自覚があるだけまだましだけどさ」
「今だけは期待させてくれよ」

 そんな下らないものに期待するよりも……俺はなにに期待しようか? ありゃ、なんも思いつかない。章が首をひねっていると、スタジオに隆也があらわれた。

「春先に期待するっていえば、恋の予感だろ」
「恋……ねぇ、幸生の期待は時期尚早すぎるけど、乾さんや俺が恋愛に期待するってのはtoo lateじゃありません?」
「too lateって、それはおのれを年寄り扱いしすぎだろ」
「章ちゃんったら、そんなときに英語を使わないでよ」
「幸生、俺をちゃん付けで呼ぶな。女言葉もやめろ」

 いやがらせっぽく、章ちゃんったら章ちゃん、と女っぽい声で言っている幸生の横で、隆也は歌った。

「恋がはじまりそうだ
 ずっとひとりでいたけれど
 気づいたこの想い 教えてあげたいよいつか
 今日まで強がった自分も変えられそうよ 
 嘘をつくのはやめた 恋の予感」

 恋の季節、すなわち人間の繁殖期……だなんて直截なことを考えるのはやめて、ざわめく心のままに身をまかせよう。次の恋はいつ、どこで俺を待っているかわからない。隆也が目を閉じると、続いてやってきた繁之の声が聞こえた。

「桜はもうじき散ってしまいそうですよ。花見しましょうよ」
「シゲ、おまえはたった今、なにを期待している?」
「え? えーっと……なんですか、乾さん? そんな唐突に……」

 この瞬間、花見の話をして期待するもの? そんなのうまいものに決まってるじゃないか。名残の桜を見に出かけて、みんなで酒を飲む宴。フォレストシンガーズが五人で夜桜見物なんかしていて、ファンの方に発見されたらちょっとくらい騒がれるかな、との期待もあった。

 昔だったら五人で集まっていても、誰にも注目されなかった。最近はさすがに五人そろっての行動だと目立つから、旅先でもひとりずつで動く。繁之は特に、誰かに囲まれたり騒がれたりという経験もなく、たまさかサインをお願いされる程度だ。

 はらはらと散る花びらの中、きゃあっ、シゲさんっ!! シゲさんよっ!! 写真撮ってもらっていいですかぁ?! と女性たちに囲まれて、百花繚乱、自然の花と人間の花たちと撮影をして……その真ん中で照れている俺を見たら、恭子はちょっとくらい妬くのかな、との期待も起きていた。

「花見、ああ、いいな。でも、それよりも……」

 期待する、という言葉から浮かぶのは、このシーズンならではのもの。

 幸生はプロ野球ひいきチームの優勝。それならば繁之だって真次郎だって同じだ。隆也と章はプロ野球に関心がないので馬鹿にするが、ペナントレース開始早々の今だけは、すべてのチームのファンがわずかにでも期待を持っている。サッカーだってラグビーだってバレーボールだって、スポーツチームのファンは皆同じだろう。

 隆也は恋。隆也らしい。
 繁之は花見のごちそう。これまた繁之らしい。

「で、リーダーは?」
「そう言うおまえは、章?」
「俺は……いい曲ができないかなって。花見じゃなくて桜をひとりで見て、散る花のはかなさをロックにしたいなって。もうだいぶ長年考えてるんですけど、うまく形にならないんですよ」
「そっかぁ」

 うっ、と繁之がひと声発したのは、俺は食いもののことで、章は曲か、という嘆きだろうか。幸生だって考えたことは音楽とは無関係のプロ野球だが、性格上、幸生はけろっとしている。ならば、と真次郎は言った。

「俺はフォレストシンガーズ初の、最大のヒットを期待したいな」
「うんうん、こいつは春から縁起がいいねぇ、ってやつだな」

 もちろん、最大のヒットを願わない者はフォレストシンガーズにはいない。隆也が口を添え、うんうんうん、大賛成!! と幸生が叫ぶ。繁之も力強くうなずく。
 で、それ以上に俺の書いた桜ロックがヒットして、二曲そろってベスト10に名を連ねたりしたら最高だな、と章はそこまで期待していた。

END







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FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2018/4

forestsingers

フォレストシンガーズ

超ショートストーリィ


 多忙になりたいとはっきりと意識した記憶はないが、十年も前ならば、忙しいっていいな、うらやましいな、と、売れている同業者を見て指をくわえたい気分だったはずだ。

 なのに、近頃は贅沢になって、忙しすぎて花見もできやしない、と隆也は嘆きたくなる。
 売れないころには悲しい出来事もたくさんあって侘しい気持ちにも始終なったけれど、売れないなりに楽しいこともいっぱいあったな。

「うすべにに 葉はいちはやく萌(も)えいでて 咲かんとすなり 山ざくらの花」

 せめて若山牧水の短歌を色紙に綴ろう。
 その横にイラストの得意な章が山桜の花の絵でも描いてくれたら、チャリティオークションで売れないだろうか。と、また仕事のことを考えてしまうのだが。

TAKA/35/END



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182「にっちもさっちも」

ショートストーリィ(しりとり小説)

しりとり小説

182「にっちもさっちも」

 コーチと女子アスリートが結婚することはよくある。本木邦孝と新山盛子が夫婦になるに至ったのは、その関係に近かったからだと盛子は思っていた。

 文芸雑誌の新人賞に応募し、一度目は二次予選通過だけだったのだが、二度目で佳作を受賞した。その際に盛子を叱咤激励してくれたのが邦孝だった。

「粗削りだけど魅力はあるって、選考委員の作家たちは口をそろえていましたよ。大賞受賞作は新人離れした傑作だったから、新山さんがその陰に隠れてしまったふしもあります。僕は正直、新山さんの今回の作品はいささか物足りなかったんですけど、けれど、あなたには素晴らしい作品を書く才能があると信じています。僕が保証します。二作目は二人三脚でがんばりましょう。書きましょう、新山さん!!」

 ここまで言ってもらって、張り切らない作家志望がいるだろうか。書きおろし長編ミステリ小説を世に出すために、邦孝は全面的にバックアップしてくれた。

「本木さんのおかげです」
「いやいや、新山さんの才能が花開いたんですよ。今年の鬼木賞候補だって、今から呼び声も高いんですからね」
「鬼木賞? そんな……」
「いや、僕はきっと受賞すると信じてますよ」

 実質的にはデビュー作となる小説が、いきなり鬼木賞受賞などということがあるのだろうか。大正時代に探偵小説で一世を風靡し、いまだ根強い人気のある作家、鬼木破魔矢の名を冠したこの賞は、ミステリ界の直木賞だといわれているとは、盛子だってよく知っていた。

大学四年生になろうとしていた時期だったから、小説がものにならないようだったら就活をするつもりだった。就職なんかしなくても、新山さんは絶対に作家になれます、と本木は言ってくれ、事実、本も出せたのだから、盛子は大学を卒業すると専業作家になった。

「最高の作品は生涯に一度だよね。最高ってのはだからこそ最高なんだもの。きみは鬼木賞を獲得したデビュー作が最高で、その後は後退していくタイプだったのか」
「……そうかもしれないね」

 デビューしてから二十年、盛子は苦悩してきた。書けなくはなかったのだが、前作と比較して今回は……とばかり言われ、新しい本を出すたびにクオリティが落ちていく。本木たち編集者も首をかしげ、評論家にもそう書かれる。誰よりも本人が自覚してもいた。

「でも、エッセイだとかだったら書けるし、文庫になったら旧作も売れる。そうしている間にじっくり構想を練ればまた書けるよ」
「そうだね。あなたもいてくれるんだし」

 女性作家と男性編集者の夫婦もけっこういる。男性作家の場合は売れっ子になると美人女優と結婚したりするのだが、女性作家と美男芸能人のカップルはあまり聞かない。
 ともあれ、盛子と邦孝は結婚し、邦孝は以前以上に盛子のバックアップをしてくれた。が、盛子が作家としての輝きを取り戻すには至らなかった。

 新作を出さないと世の中から忘れ去られていく。結婚してから一度、盛子の小説がサスペンスドラマの原作としてテレビ化されたのだが、視聴率がふるわなかったのもあってそれっきりだった。

 新山盛子? どうしてるんだろうね、書いてないのかな、ミステリ小説好きがそんな噂をしていたのもじきに鎮火し、新山盛子? そんな作家、いたね、から、新山盛子って誰? 知らない、になってしまった。近頃の日本人は本を読まない、本が売れない、という風潮も手伝って、盛子はすっかり過去のひとになってしまった。

「エッセイくらいだったら書けるんだから、あなたのところにページをちょうだいよ」
「なにを書くの?」
「作家の日常生活」
「作家じゃなくて、子どももいない専業主婦の日常生活だろ。そんなもの、うちの読者は読みたがらないよ」

 現在の邦孝は、マニアックな読者に支持されるミステリ専門誌の副編集長だ。たしかに、あの雑誌には私の日常生活を読みたがるファンはいないかな、と盛子も諦めた。

 若き美人ミステリ作家……盛子は美人のつもりはなかったが、若いのは事実だった。二十代はじめの新進気鋭の女性作家ならば、たいていは「美人」とつけてもらえるだろう。将来の不安はゼロではなかったが、最初は順調に書けていた。三十歳になる手前には邦孝にプロポーズされて、人妻作家にもなれた。

「盛子、異動になったよ」
「今度は編集長?」
「……きみは呑気だね」

 翌年、邦孝は成人男性向け風俗系雑誌の編集部に異動になった。左遷? 編集者とてサラリーマンではある。一般的な社会人経験のないまま四十代になった盛子は世間にはきわめて疎いので、その理由を邦孝も明確には説明してくれなかった。

 やむなく親しくしている別の編集者に聞いたところによると。
 昨年まで邦孝のいたミステリ専門誌で、やらせが発覚したのだそうだ。読者の投稿をもとに短編ミステリに仕立てるというコーナーで、一度、盛子もライティングを担当したことがあるが、うまく料理できなかったのでそれも一度限りだった。

 そのコーナーで発覚したやらせが犯罪すれすれで、どうにかもみ消すことは可能だったのだが、副編集長の邦孝が責任を取る形で異動になった。編集長が異動しては大げさになりすぎるから、という口実だったらしい。

 念願の出版社に就職し、特に大好きなミステリ系雑誌の編集者になれた。何人もの作家を見出し、育て、これまでの邦孝の人生は順風満帆に近かった。盛子は作家としては大成しなかったが、邦孝の妻となって家庭を支えている。なのに、中年になってこんなことになるとは……盛子としては夫を見守って支える以外にできることはない気がしていた。

「盛子は読者の投稿を形にするってのもできないもんな。ためしてみたもんな。ポルノも……書けないだろうな」
「あなたのところで使うの? 書いてみようか」
「無理だよ。盛子の筆は枯渇してしまってる。身近にいる僕にはもう十分わかってるんだ。ポルノってのは相当な筆力や文章力が必要なんだよ」

 決めつけられたので悔しくて、盛子はエロティックな短編を書いて邦孝に読んでもらった。

「きみの小説、久しぶりに読んで完全に悟ったよ。終わってる」
「終わってる?」
「それにさ、きみがこんなのを書いて発表したら、本木は奥さんにこんなことをしてるのかって言われるだろ。恥ずかしいからやめてくれ」

 恥ずかしいとはどっちの意味で? 作家として終わってるから? 夫婦としての私生活をさらされるから? 両方だと邦孝が言いそうで、怖くて突っ込んでは聞けなかった。

「取材でスーパー銭湯に行ってきたんだ」
「あら、そうなの、リフレッシュできた?」

 夕食の席で、邦孝は盛子にちらっと妙な目つきを向けた。

「スーパー銭湯ってのはエロっぽいのかと探りにいってみたら、そんな要素はまったくなくて、そのかわりにパートスタッフ募集ってのを聞いたんだよ」
「あなたがパートするの? そんなにお金に困ってるの?」

 家計は邦孝が管理していて、盛子は日々の生活費をもらうだけだから、そんなこともあまり気にしていなかった。

「きみは社会人経験がないんだよな。四十代半ばになるまで、外で働いたこともない。いわば箱入り作家のなれの果て専業主婦だ。けど、パートくらいだったらできるだろ。掃除からはじめて慣れてもらったら大丈夫だって、責任者も言ってたよ。中年だったらまだ体力もあるだろうしってね」
「私? どうして?」
「僕は親切だなぁ。きみとは知り合ったばかりのころから、手助けばかりしてきたもんな。離婚を切り出すにしたって、無職の主婦になってるきみをこのままではほっぽり出せない。だから仕事を探してきてあげたんだよ」
「離婚?」

 重々しく、邦孝はうなずいた。

「お互いさまだよね。きみも僕も、どんどん運気が下がっていくばかりだ。きみのせいでも僕のせいでもないんだろうけど、離れたほうがいいと思う。僕の一方的な言い分なんだから慰謝料として、このマンションはあげるよ。だけど、人生先は長い。仕事をしないと生きていけないだろ」
「離婚……」

 好きな女性でもできたの? こんなとき、よその妻は夫を詰問するのかもしれない。けれど、盛子はそんな気にもなれずに呟いた。

「……結婚したの、まちがいだった……のかな」
「そうかもしれない」

 たとえば女子マラソン選手とコーチが結婚し、彼女が走れなくなったとしたら……有名選手ならばマラソン大会の解説者になったり、その道で仕事をする方法はあるだろう。だが、盛子のように大成しないままに衰えていったのだとしたら? ミステリにこだわらず、そんな小説を書こうかな……何年ぶりだろうか。盛子の胸のうちに創作意欲が湧いてきていた。

次は「も」です。








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FS動詞物語「こじらせる」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

動詞物語

「こじらせる」

 一気に五人が買い換えるということで、店長のお供をして彼らの楽屋を訪ねた。
 三十代の男性が五人、こういった機器には詳しくないほうだというのだし、忙しい身なのだろう。フォレストシンガーズ……聞いたことあるな、程度だった。

「毎度ありがとうございます、丁野と申します」
「岩井です」
「いらっしゃいませー、ポッピーです」
「いらっしゃいませはこっちの台詞だけどね」

 うちの営業所のマスコット、ポッピーも連れていったのだが、ポッピーは臨機応変の対処ができない。こっちの台詞だと言ったのは小柄で愛嬌のある顔をした男性で、名刺を渡した私たちに彼らも自己紹介をしてくれた。

「三沢幸生です」
「本庄繁之です」
「木村章です。岩井さん? よろしく」
「店長さんにはよろしくしないでいいの、章?」
「うるせえんだよ、幸生は」
「こらこら、鎮まれ。乾隆也です」
「リーダーの本橋真次郎です。どうも失礼しました」

 もっとお高くとまったひとたちなのかと想像していたのだが、気さくな感じだったのでほっとした。三沢さんはポッピーの頭を撫でて言った。

「猫型ロボットだったらもっといいんだけど、キミも可愛いね。何歳?」
「製造されてからだと一年になります」
「一歳でそんなにお利口なんだね。さっすがぁ」

 背中についているスイッチを動かして、ポッピーを猫モードにする。ごろにゃーご、とか言い出したポッピーを抱いて、三沢さんは嬉しそうだった。

「というようなことがあったんだよ」
「まだスマホにしてなかったの? スマホにするからってモバイルの会社を呼びつけるんだ。えっらそう」
「こっちに来るのはやりにくいんじゃない? 有名人だし」
「フォレストシンガーズなんてそんなに有名でもないじゃん。フォレストシンガーズって名前は知ってるけど、誰かひとりだったらどこかで会っても気が付かないよ」
「私もそうだったんだけどね」

 有名人に会うと嬉しいのが一般人だろう。そんな仕事のあった数日後に高校時代の友人と会い、その話をした。

 高校を卒業して三年、私たちも二十歳を過ぎた。友人の亜弥は大学に行きたかったのだそうだが、行くのなら奨学金、うちは余裕がないんだから、弟のためにお金を残しておかなくちゃ、女の子は短大で十分でしょ、と言われたのだそうで、怒って進学をあきらめてフリーターになった。

「短大なんて今どき流行らないし、学歴がないと嫁にも行けないんだよ」
「そしたら奨学金を借りれば?」
「奨学金って借金じゃん。そんなのあったら嫁に行けないよ」
「嫁に行く前に返せばいいんじゃない?」
「そんなことしてたら年を取って、嫁に行けなくなるんだよっ!!」

 そんなに嫁に行きたいのかなぁ、と思ったが、それ以上言っても反論が激しくなるばかりなので私も諦めた。フリーターも嫁に行きにくいのではないかとも思うが、そのあたりはどうなのだろう。

「フォレストシンガーズって大学出てるんだよね」
「木村さんは中退だけど、他の人は卒業したって」
「そんなこと訊いたの? なんか卑しい質問だな」
「直接は訊いてないよ」

 実際に会ってみたら興味が出てきたので、インターネットで調べただけだ。公式サイトはもちろん、ファンサイトもいくつもある。出身地から家族から独身なのか既婚なのか、学歴から好きな女性のタイプまで、その気になればすべてを知ることができた。

「ファンサイトなんて嘘も書いてそう」
「そうかもしれないけどね」

 つまらなそうな顔をして、亜弥はりんごサワーを飲んだ。

「そんなんでファンになったのか。たんじゅーん」
「単純だね。でも……」
「もっとなんかあったの? 自慢したいんだったら言ってみな。聞いてあげるよ」
「自慢のつもりはないけどね……」
「嘘だ。早代は亜弥ちゃんのこと、見下してるくせに」
「見下してる?」

 つきあいは五年以上になるのだから、亜弥が自分をちゃん付けで呼ぶのは苛々しているときと、男に媚びるときだけだと知っている。私の気分は一歩引いた。

「早代なんて高卒のくせに、正社員になれたってだけで亜弥ちゃんを見下してんじゃん。高卒のケータイ会社の社員なんて、芸能人が相手にするわけないでしょ。遊ばれるだけだよ」
「ちょっと待って。私はただファンになったってだけで……」
「そぅかぁ? もしもそいつらのうちの誰かが、ううん、五人全部だって、誘われたら寝るでしょ?」
「誘われるわけないし」
「あるかもよ。電話がかかってきたらどうする?」

 スマホの操作がわからなくて、岩井さん、来て教えてよ、って誘われたら行くんじゃないの? ものすごくいやな表情になった亜弥が言う。仕事にかこつけて誘われたら行くだろう。きっといそいそと行くだろう。

「そんなこと、あり得ないから」
「三十代のおっさんなんて、ただで若い女とやれるって言ったらやりたいもんだよ。もしもそんなことになったら、お金はもらいなよね」
「ないってば」
「ただでもいいの? その自慢もいくらでも聞いてあげるから、報告してよね」

 こじらせ女子ってのはこういうのを言うのだろうか。高校生の間は楽しい友達だったのに、卒業してからの亜弥はどんどんどんどん暗くなっていっている。私も亜弥とそうちがった立場でもないのだから、見下すなんて考えてもいなかったのに、亜弥はそう思い込んでしまったようだ。

「今日はどうもありがとう」
「お礼と言うほどでもないんですけど……」
「早代ちゃんのために歌いまーす。お時間がおありでしたら聴いていって」
「店長さん、いいですか」
「はいっ、最高に嬉しいです」
「では、店長さんのためにも歌います」
「ポッピーのためにも歌うよ」

 契約や説明や質疑応答が終了すると、フォレストシンガーズが歌ってくれた。早代ちゃんのために、と三沢さんが言ってくれたのはお愛想だろうが、亜弥に話せば、ほらほら、それだよ、遊ぼうよって狙ってるよ、と言われそうで。

「よかったなぁ、岩井、感激だったよな」
「はい、とーっても素敵でした。連れてきてもらえてよかったです」
「うん、岩井は僕のアシスタントとしても有能だよ。今日はありがとう」

 店長にもお礼を言ってもらって、あの日の仕事は本当に最高だった。その話をしたら、店長にも遊ばれないようにね、と亜弥は言うだろうか。店長には奥さんも子どもさんもいると言っても、浮気したがってるんだ、とでも言うだろうか。

 フォレストシンガーズのハーモニーを聴いてうっとりして、営業所に帰った。ポッピーまでがうっとりしているようだったあの歌。目の前で生で、お世辞とはいえ、早代ちゃんのために、と歌ってくれたあの歌。これでファンにならないほどには私はひねくれていない。

 配信されているアルバムを一枚ずつ買って、フォレストシンガーズの曲を私のスマホに増やしていこう。これ以上亜弥と話していると哀しくなってきそうだから、もう帰ろう。帰りの電車の中でフォレストシンガーズの歌を聴いて、幸せ気分に戻らせてもらおう。

END







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いろはの「京」part2

ショートストーリィ(FSいろは物語)

フォレストシンガーズ

いろはの「京」

「京都慕情」

 一説によると、ビートルズが来日するまでは日本では、ベンチャーズのほうがより以上に人気があったとか。デンデケデケデケだとかテケテケテケだとかいう擬音のエレキギターは、章くんの大好きなもの。ビートルズよりもベンチャーズのほうが大衆受けしたらしい。

「あのころはベンチャーズが歌謡曲を作曲して、ヒットしていたらしいんだな。歌謡曲とはいってもそれまでの日本のはやり歌とは一線を画す、湿っぽさを排除したみたいな……」
「乾くんのおばあさまも好きだった?」
「好きだったんじゃないかな。ばあちゃんとふたりで京都に来たときに、この歌をばあちゃんが歌っていたのを思い出すよ」
「歌って」

 デートしているみたいに四条通を歩きながら、乾くんが歌ってくれた。

「風の噂を信じて今日からは
 あなたと別れ傷ついて 旅に出かけてきたの
 私の心に鐘が鳴る
 白い京都に雨が降る」

 なるほど、歌詞はセンチメンタルだがメロディは軽快で昔の歌謡曲とはちょっと異なる。
 ねぇ、道行くみなさん、私の横で歌っている男性はプロの歌手なのよ。フォレストシンガーズの乾隆也っていって、さすがにすごく歌が上手でしょ? 本来、無料で聴けるものじゃないのよ。

 マネージャーとしては声に出して宣伝したいところだが、フォレストシンガーズってなに? と問い返されるのが関の山だろう。そんなことを私が言ったら、乾くんにここに置いていかれそうでもあるから我慢した。

「このまま死んでしまいたい
 白い京都に包まれて
 恋に汚れた女は明日から
 白い京都の片隅に 想い出を捨てるの」

 去年の初秋にメジャーデビューして半年、ファーストシングル曲はまったく話題にもならなかったが、二枚目のCDが出せるはこびにはなっている。私はフォレストシンガーズのマネージャーだと大きく出られるほどでもなくて、いまだ見習いの身だ。

「京都で街頭ライヴなんてのもいいよね。そういうのってやりたくない?」
「突撃ライヴってのは有名人がやったらニュースになるんだろうけど、俺たちじゃね……ミエちゃん、次に京都に来るときには社長と相談して、きちんと企画を通しておいて」
「承知しました」

 春まだ浅い京都は、白くはない。春の盛りになればほうぼうがピンクに染まるのだろうから、見にきたいな。そのころにはもうすこし、フォレストシンガーズは有名になっているだろうか。

 パーラーも営んでいるお茶を扱う老舗。この店の抹茶パフェや抹茶ソフトは有名だから、平日でも女の子たちが行列を作っている。フォレストシンガーズのライヴがやれたら、こんなふうにファンのみなさんが並んでくれるんだろうか。いつ、単独ライヴがやれるんだろ。

 通りがかった小さな神社で、お賽銭をさしあげてお詣りをする。フォレストシンガーズが成功しますように。私は今は恋なんていらないの。フォレストシンガーズが売れますように。

「ちょっと、あのひと、かっこええかも」
「……あ、ほんまや」

 すれちがった女子高校生たちの噂話が聴こえた。風の噂なんかどうでもいいけど、実在の女の子の噂話は気になる。かっこええって乾くんのこと? よかったらサインしましょうか、なんて言いたくなってしまって困った。

「ミエちゃん、心ここにあらずって風情だね。なにを考えてるんだ?」
「あなたたちのことよ」
「俺のこと?」
「フォレストシンガーズのこと」

 そのひとことで乾くんには通じて、ミエちゃんらしいよね、と微笑む。その微笑が寂しげに映るのは、フォレストシンガーズがちっとも売れないから。

 半年で有名になれるわけないじゃない。音楽業界はそんなに甘くないんだよ。
 わかってはいるけれど、人通りの多い京都の街を乾くんと歩いていても、注目してくれるひとがゼロなのにも微妙にへこみたくなる。今はそんなの当たり前。いつか見ていろ、いつかはきっと。

「乾くん、もっと歌ってよ。京都の歌ってたくさんあるでしょ。乾くんは詳しいよね」
「京都大原三千院、恋に疲れた女がひとり……とか、優しい雨の祇園町、鴨の流れに映るあなたの姿……とか、ひとりぼっち泣きながら探す京都の待ちにのひとの面影……とか、青春いろの京都の町を静かに静かに、歩いていました……とか、どれをお望みですか」
「ラヴソングばっかりなの?」
「京都には恋が似合う、恋をなくしたひとも似合う」

 なんてね、と笑ってみせる乾くん。そうだね、フォレストシンガーズの歌も京都には似合うよ。

 誰ひとりとして注目もしない乾隆也の歌をひとりじめにして歩く京都の町。こんなことはあと二、三年もたったらできなくなるんだから、「今」「売れてはいないとき」を満喫しようと、気持ちを切り替えてみた。


MIEKO/25歳/END









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ポチシリーズ「動物のおしごと」

ショートストーリィ

bigぽち

イラストはたおるさん
http://ll050023.blog.fc2.com/

ポチストーリィ

「動物のおしごと」

 テレビのようでテレビではないのだそうな、パソコンというものに向かっていた京介さんがポチを呼んだ。

「ほら、見てごらん、この猫」
「わんっ!!」

 なんだっていいから京介さんに呼んでもらうのは嬉しい。パソコンやテレビを勝手にさわると叱られるので、興味津々ではあったが我慢していたので、ポチは喜んで京介さんの膝に前足を乗っけた。

 若い柴犬のポチは、定年退職した宮田恭介さんの犬だ。ポチは京介さんを、人間の中ではいちばん好きだと思っている。京介さんもポチを可愛がってくれて、人と犬とはいえ、おじいちゃんと孫のような関係だった。

「ポチは僕が読んでやればわかるだろ? 写真も見えてるよね? ポチは駅には行ったことがあったかな?」
(駅って電車が来るところでしょ? 改札口の外までだったら、京介さんを迎えに行ったことがあるよ)
「ああ、そうだったね」 

 ポチには、京介さんとあと、二、三人、あるいは、数匹だけが知っている秘密がある。

 先祖代々の魔法使い。ポチはそんな犬として生まれて育った。
 現実に役立つ魔法は使えないが、魔法とはファンタジックなものなのだそうだから、これでいいのだろう。ポチは京介さんと、あるいは若い人間の友達と時々魔法を使って冒険をしていた。

 こうしてパソコンを見ている京介さんとポチ、なにも知らない家族は、ポチったらわかったみたいな顔してる、と笑うが、ポチにはわかっているのである。ちゃんとインターネットの写真を見て、内容も京介さんに教えてもらえば理解できるのだ。

「……和歌山に赤字路線があったんだよ。地方鉄道ってのは赤字のところが多いんだね。赤字ってのはお客が少なすぎて儲からない電車ってことだね。ポチ、ここまではいいか?」
「わう」

 テレパシーも使えるのだが、短い返事は犬語で京介さんにも通じる。

「なんとかして儲けを増やして、赤字路線だからって電車そのものをなくならせてしまわないようにしようと、和歌山電鉄の社長さんは考えた。そのひとつがこれだ」
(この猫?)
「そうそう、駅長たま。和歌山電鉄貴志川線、貴志駅の駅長さんだよ」

 大柄な三毛猫が帽子をかぶり、首には大きなメダルをつけた写真がある。漢字はポチにはむずかしいが、メダルに書かれた「たま」のひらがなはすぐに覚えた。

「駅長さんってのは駅の社長みたいなものだよ。たまは猫なのに駅長さんをやってるんだ。そうやってお客をいっぱい招いているんだそうだよ。えらいね」
(犬の駅長はいないの?)
「たまちゃんががんばって、和歌山電鉄貴志川線は盛り返してきているらしいから、よそでも考えるかもしれないね。ポチもやりたいか?」

 うーん、どうだろ。駅長さんって忙しいのかな。忙しい仕事に就いたら、僕は京介さんと遊んであげられなくなっちゃうの? ポチは悩んだが、京介さんとしてもポチに仕事をさせるつもりはないようだった。
 それから何か月かすぎて。

「ポチ、たまちゃんが死んでしまったらしいんだよ」
(駅長のたまちゃん?)
「ああ。もうおばあさん猫だったようだけど、なんだか悲しいね。僕は一度、和歌山までたまちゃんに会いにいきたかったんだ」
(僕も会いたかったよ)
「……たまちゃんは犬が大嫌いだったそうだから、ポチを連れてはいけないなとも思って、だから僕も積極的に行こうとしなかったんだ。和歌山は遠いしね」

 犬が嫌いなのは猫としては当然かもしれない。ポチもよく猫には嫌われる。目が合っただけで猫がしゃーしゃー怒るのは、相手が怖がっているからだと京介さんは言う。僕のほうが怖いよ、とポチは首をすくめる。
 中にはテレパシーで会話のできる猫もいるが、遠い和歌山までポチを連れていっても貴志駅で拒否される可能性のほうが高いはずだから、京介さんは行動を起こさなかったのだろう。

 和歌山ってどこなのかなぁ、と考えているポチの頭を撫で、おやすみ、と挨拶をして、京介さんはベッドに入った。梅雨どきなのだがお天気のいい夜だから、ポチは庭に出ていった。

 夜空を見上げると、星が猫の目のように輝く。たまは二、三日前に亡くなったそうだから、あのお空には到着しているのだろうか。写真でしか見たことのないたまはあの星になってるの? そうと決めて、ポチはたまに心で話しかけた。

(駅長さんって大変だった? お疲れさまだったね。たまちゃんっておばあちゃんだったの? だったらよけい、お仕事して疲れたよね? 京介さんはたまちゃんが好きだったみたいで、僕も時々、たまちゃんの写真を見せてもらったんだよ。貫録のある猫だよね。そのくせ穏やかで優しいんでしょ? たまちゃんって立派だなぁ。尊敬しちゃうよ)

 心地よい夜風に身をまかせ、思いつくままにたまに話しかけていたポチのアンテナが、徐々に人間たちの声をキャッチしはじめた。

(たまちゃん、死んじゃったんだね。寂しいな、会いたかったな)
(今度の夏休みにはたまちゃんに会いにいこうと思ってたのに、夢がかなわなかったよ)
(たまちゃん、駅長さんやってて楽しかった? しんどかった?)
(一度だけたまちゃんに会いに行った、うちの息子が泣いてたよ。さっき、息子は泣き寝入りしてしまった。私も泣けてきちゃうわ)

(たまちゃーん、ゆっくり眠ってね)
(天国でも駅長さんをやって。私もそう遠くない将来には行くから、お出迎えしてね、たまちゃん)
(おやすみ、たまちゃん、安らかに)

 たまちゃんはこんなに大勢の人間に愛されて、その死を悼まれているんだね。僕も泣けてくるよ。
 だけど、僕には涙はないから、そのかわり……ポチは、彼が拾うことができた人間たちの思念をまとめて集めてあの空に向けて飛ばそうとした。

 目を閉じたポチの想いの中では、ポチは人間の姿をしている。ポチが天に向けて伸ばした指先から、無数の人間の想いが星屑になってきらきらと流れていく。たま、このすべてを受け止めて。もちろん、僕の想いも……僕は魔法使いなんだもの。僕のお仕事はこれで決まりだよね。

END







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FS超ショートストーリィ・四季の歌・全員「四季の嵐」

番外編

フォレストシンガーズ

四季のうた

「四季の嵐」

 ホテルの窓から逝く春を惜しむ。
 窓の外は嵐。大きく張り出した桜樹の枝が風に暴れて、花が散るさまが見える。ごーっという音までしてきそうな、春の嵐。旅先でのひとりの夜に、隆也は美しくもあり激しくもある、「春」に触れていた。

 防風林が豪雨と暴風に耐えている。
 夏の嵐は一種爽快だなんて、自分は安全な場所にいるからだよな、と真次郎は反省する。誰にともなく、すみません、と謝ってみた。

 今日は早く帰ろう。
 この嵐が去ったら本当の秋が来て、台風一過の青空が広がる。

「台風一家? 子どもは何人いるの?」
「え? ああ、三人だろ」
「うちと一緒だね」
「そうだな」

 お兄ちゃんったらなに言ってんの、台風は一家じゃなくて一過だよ、と、父との会話に妹たちが割り込んできたのを思い出す。仕事を終えて台風の中に出ていきながら、幸生は幼い日のことを思い出していた。

 冬の嵐といえば吹雪、と連想するのは、章が北海道育ちだからだ。

 吹雪だよな、と金沢生まれの隆也も同意し、あとの三人は、吹雪なんて経験ないな、と言っていた。
 大人になって仕事で旅をするようになり、真次郎と繁之と幸生が初に経験した吹雪。すげぇなぁ、と感心している三人を見て、章は妙な優越感に浸っていた。

 そしてまた春。

 嵐ってのは四季の移ろいに大きく関与しているのだなぁ、と、繁之は窓の外を見る。
 子どもたちが眠ってしまった春の嵐の夜に、家族を守ってくれるマンション。
 肉体的には建物が守ってくれるのだが、精神的には父親の俺が守るんだ、なんて、力んでみたりする自分が可笑しかった。

END









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FS動詞物語「祝う」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

動詞物語

「祝う」

 キッチンに並んでいるふたつの背中。ぽっちゃり気味なのが恭子さんで、すんなりしているのが美江子さん。身長は美江子さんのほうがやや高い。台所に立つ女性の姿って魅力的だな。俺って女性差別主義? それともマザコン……? マザコン傾向はあるけどね。

「男はマザコンでしょ。そうだよね、恭子さん?」
「シゲちゃんは恥ずかしがりだから言わないけど、お母さんが大好きみたいですよ。本橋さんも?」
「そのような話をすると怒るけど、彼も完璧マザコン」

 ふたりの奥さまは、そんなふうに言って笑っていた。

 独身三人組の場合も、乾さんはマザコンというよりもグランマコン、章はひねくれマザコン、俺はありふれたマザコンだ。そうそう、男はマザコンなんだよ。と開き直ったところで。

「幸生くん、明日は暇?」
「明日は休みだから、特に用事はないですよ」
「だったら、シゲくんのマンションに来て」
「俺ひとり?」
「来たらわかるよ」

 近頃は単独仕事も増えているので、全員が休みという日が稀になっている。三月半ばの今日は珍しく全員休日。美江子さんが画策してそうしたのか。シゲさんが恭子さんとふたりの息子と暮らすマンションに、美江子さんに誘われた。到着すると、本庄家の長男である広大が、俺の首にレイをかけてくれた。

「そういやぁ、正月休みには家族でハワイに行ったんだよな? ハワイで買ってきたの?」
「ハワイの、僕が作ったの」

 お母さんに似て三歳のわりにはよく喋る広大ではあるが、幸生はもっとお喋りだったとうちの母は言うだろう。それでも三歳児の言うことは言葉足らずだ。つまり、ハワイで見たレイを真似して、広大が作ったということだ。

 すこし時間が早かったので、俺が一番乗り。三月半ばに全員がシゲさんのマンションに集合するって、あれかな? と予想した通りで、「おたんじょうびおめでとう!!!!!」と幼い字で書いた垂れ幕が下がっている。つまりはそういうこと。フォレストシンガーズの五人は三月生まれなので、パパも含めたみんなのバースディパーティを企画してくれたらしい。

 主催者は本庄広大。主役はきっとパパで、あとの四人は脇役だ。
 料理担当はママと美江子さん。シゲさんは隣室で次男の壮介を寝かしつけているらしく、うんうん、そっかそっか、うんうん、そうだな、みたいな声が途切れ途切れに聴こえてきていた。

 折り紙で作ったらしき、カラフルなレイを首にかけ、広大とお話をする。俺が三歳のときには、二歳の妹と生まれて間もない妹がいたっけ。三歳ちがいの弟がいるってどんな気分だろ。俺はそのあたりを広大にインタビューした。

「んとね、そうすけは時々すき」
「時々は嫌い?」
「きらいだよ。うるさいから」
「おまえもうるさいじゃん」
「ぼくはうるさくないもん」

 ぷっとふくらませた頬をつつくと、空気がぷしゅーっ。不機嫌になりそうだった表情がほどけて、広大はきゃはきゃはと笑った。

「広大の声はおまえに似てるんだ」
「あのね、シゲさん、なんぼなんでも成人男子の俺と三歳児の声をいっしょにしないでね」

 抗議してみたものの、たしかに似ている。俺の声は幼児期から進歩していないのか。いやいや、歌えば大人の男らしくもなるんだから、いいんだいいんだ。

「どんなときに好き?」
「にいちゃ、とか言うんだよ」
「さすがに恭子さんの息子だ。言葉が早いね」
「それからね」

 ママに叱られたときにね……うつむいて恥ずかしそうに、広大は言った。
 ちょこちょこっと近寄ってきた弟が、にいちゃ、と言って頭を撫でてくれたのだそうだ。三歳児にもプライドはあるのだから言わないが、広大は泣いていたのだろう。

「うちの妹なんか、俺が母ちゃんに怒られて泣いてたら馬鹿にしたぞ」
「ユキおじちゃんも泣いたの?」
「ガキのころには泣いたよ。あ、ガキじゃなくって、広大みたいにちっちゃいころね」

 子どもに悪い言葉を教えるな、とシゲさんに怒られて泣かなくちゃいけなくなりそうなので、訂正しておいた。

「壮介は可愛くていいね」
「ときどきね」

 ほわっと小さなあくびをする、小さなにいちゃも眠くなってきたのだろう。俺は広大を膝に抱いて歌った。

「Schlafe, schlafe, holder suser Knabe,
Leise wiegt dich deiner Mutter Hand,
Sanfte Ruhe, milde Labe,
Bringt dir schwebend dieses Wiegenband. 」

 わっ、幸生くん、ドイツ語? と、キッチンにいる美江子さんの声。広大も眠そうな声で言った。

「パパも英語のおうた、歌うよ」
「俺はドイツ語だから、英語より上だよ」
「パパのほうが歌、うまいもん」
「俺もうまいもん」

 広大と張り合ってる、と恭子さんも笑う。パパのほうが……パパのほうが……と呟きながら、ちっちゃな男の子は眠りの中に入っていく。

「はーい、あ、乾くんね?」
「はいはーい、本橋さんもご一緒みたいですね」

 奥さまたちが立っていく。子どもたちが眠ったあとは大人の時間だ。やっぱり章が最後? 遅刻すんなよ、ってメールしてやろうかと思っていたら、シゲさんも隣室から出てきた。

「壮介は寝たよ。広大も寝たか。ベッドに入れてくるよ」
「うん、シゲさん、今日はありがとう」
「いやいや、こっちこそありがとう」

 先輩たちが部屋に入ってくる。乾さんが大きな大きな花束を抱えていて、恭子さんと美江子さんが歓声を上げる。花か、俺は思いつきもしなかった、またやられた、と本橋さんはぼやいている。そこにチャイムの音。章もやってきたようだ。シゲさんは満足そうにみんなを見回して、俺の膝から広大を優しく抱き取った。

END









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「花物語2018/3」野に咲く白い花

ショートストーリィ(花物語)

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花物語

2018/3「野に咲く白い花」

 駅前広場で椅子にすわって、ひとりでなにかしているらしい若者がいる。なにをしているのだろう? 彼はなにかを抱えていて、近寄ってみれば抱えているものがギターだとわかった。
 
「野に咲く花の名前は知らない
だけども野に咲く花が好き
帽子にいっぱいつみゆけば
なぜか涙が 涙が出るの」

 歌っているの? こんなところでひとりで? 町子は彼の歌に耳をかたむけていた。

「戦争の日を何も知らない
だけど私に父はいない
 父を想えば あヽ荒野に
 赤い夕陽が夕陽が沈む」

 単調なメロディ、簡易な歌詞。人間が楽器を演奏して歌うとこんなものなのかもしれない。

「いくさで死んだ悲しい父さん
 私はあなたの娘です
 二十年後のこの故郷で
 明日お嫁にお嫁に行くの」

 ここはあなたのふるさとなの? 町子は彼に話しかけたくなった。

「見ていて下さいはるかな父さん
いわし雲とぶ空の下
 いくさ知らずに二十才になって
 嫁いで母に母になるの」

 これで歌はおしまい? 駅前を行きかう姿はまばらで、足を止めて彼の歌を聴いているような者は誰もいない。町子は目が合った彼に話しかけた。

「おしまい?」
「そうですよ」
「それは歌ですよね? ギター?」
「そう。よく知ってるね」
「質問していいですか?」

 どうぞ、とうなずいてくれたので、町子は疑問点を彼に問いかけた。

「あなたの名前は?」
「市郎。あなたは?」
「町子」
「町子っていうのか、いい名前だね」

 質問していいと言ったではないですか、私があなたに質問しているのですよ、と言い返すと、市郎は笑って答えた。

「そうだったね。続きをどうぞ。この歌についての質問?」
「だから、質問しているのは私です。オヨメニ……オヨメニ行くってなに?」
「んんと、嫁に行くってのは女性が男性と結婚することみたいですね。厳密にいえば女性が男性と結婚して、男性の家に入る。そのことを嫁に行く、嫁ぐと言い表すんだそうです」

 では、嫁いで、という言葉も意味は同じなのだ。町子にはその意味だけはわかった。

「嫁いで母になる? 嫁ぐと母になるのですか」
「そうとは限らないけど、嫁に行かないと母にはなれなかったみたいですよ」
「二十歳で結婚して母になるのですか」
「わりと普通だったみたいですね。僕だって古い時代のことはよく知らないけど、この歌を歌うためにすこしは勉強しました。この歌に出てくる戦争ってのは、第二次世界大戦のことなんです」
「第二次世界大戦……」

 1939年に勃発した、日独伊VS英米中を主とする国々の間の戦争だ。そんなにもはるかな古い時代を歌にしたのか。

「この歌は1960年代にできたんだから、その前の大きな戦といえば第二次大戦ですよ。ってか、それ以降の人間は歌なんか作らなくなった。いや、二十一世紀半ばくらいまでは人間が作って歌う「歌」はあったんだけど、だんだんと機械が作って機械が演奏するって形が主流になっていったんですね。反戦歌なんて作る人間はいなくなったし、作ったとしてもおおっぴらには発表できなかったらしい。そうしている間には人間の数がどんどんどんどん減っていって、音楽だけではなくなにもかもが、人間ではなく機械が行うようになった。こうして道を歩いている者さえもが、人間ではなく機械が大半だ。町子さんだって人間の形をしているけど、中身は機械でしょう?」

 言われている意味が、町子にはわからなかった。

「それとも、あなたにはすこしは人間が入っているのかな。僕の歌に引き寄せられてくれたんだものね。僕がどうしてこんなところ……廃線になってしまった電車の駅前広場、人影……人ではない者の姿さえもまばらなこんなところで歌っているのかといえば、僕が人間だからなんだろうな。こんな古い歌を歌うのも、人間だからこそのノスタルジーのせいなんだろうな」
「ノスタルジー?」
「そんな言葉はあなたたちの辞書にはない? そりゃそうだね。あなたたちには感情はないのだから」

 微笑んで町子を見上げ、市郎は足元の鞄のポケットに挿してあった、白い小さなものを取り出した。

「野に咲く白い花。一度、女性に花をプレゼントしてみたかったんだ。あなたも姿かたちは女性なんだから、女性だと思っていいでしょう?」
「特に支障はありませんが、私にこの花をどうしろと?」
「どうとでもして下さい。ああ、時間が経ってしおれかけているな。水につけてやれば蘇るんだけど、あなたがどうしようと自由ですよ。あなたにあげたんだから」

 ほとんど誰も通らない場所なのだから、設置されたごみ箱にもゴミはほとんど入っていない。町子はそこに歩み寄り、白い花がしおれかけて薄茶色になりかけている、小さなものを捨てた。

END


2013年から2017年までの5年間、毎月「花物語」を連載してきましたが、ネタが枯渇しました。
今後はらしきものが書けたら、ということで、できる限りゆるく続けていきたいと思っています。
これからもよろしくお願いします。








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181「爽やかに」

ショートストーリィ(しりとり小説)

しりとり小説

181「爽やかに」

 ランチ相手が中年女性となると間が持てなくて、彼女の話でもしてみようかと思い立った。
 あのころ、能沢昭義は二十九歳。彼女の千春は三十一歳で、プロポーズしようかどうしようか、と悩んでいた時期だった。十歳年上の職場の先輩である相場ならば、女性の立場からアドバイスもしてくれるのではないか、軽い気持ちで昭義は相場に千春の話をした。

「大学の先輩なのね?」
「そうなんです。とはいっても大学のときには接点はなくて、卒業してから趣味のサークルのオフ会で再会したんですけどね」
「オフ会ってネット?」
「ええ。僕もそのオフ会にははじめて参加して、けっこう慣れてた彼女にいろいろ教えてもらったんですよ」

 初参加の昭義とはちがって、彼女、千春は何度もオフ会に顔を出していたらしい。中年男性の割合の高い釣り好きサークルにいる若い女性だから、彼女は世話役のような立場でもあった。

「能沢さんって○○大学なんだ」
「え? 千春さんもですか? 奇遇ですね」

 ハンドルネームだけしか知らなかった互いの本名も知り、そこから先はスムーズに恋人同士になった。

「だけど、恋人同士になってから、もう一歩が踏み出せないんですよね」
「彼女、年上なのね?」
「ふたつだけですけど、年上は年上です」
「三十過ぎてるんだ。結婚には焦ってないの?」
「焦ってはいないみたいですよ」

 世間的には有名でもないが、業界では名の通った精密機器メーカーで働く正社員。仕事がきちんとしている女性は結婚には焦っていないと昭義は認識していた。

 昼休みには込み入った話をするほどの時間もなく、また、昭義としてもそこまではする気もなかったのだが、相場は昭義の恋愛話に興味津々になったようだ。もっと聞きたいな、と言われて、飲みにいく約束をした。金曜日の夜、相場の指定した店に行くと、相場は友人を連れてきていた。

「はじめまして、安藤です。相場の言ってた通り、かっこいいよね」
「でしょ? とはいっても、能沢くんには彼女はいるんだよ」
「残念……なんて思ってないわよ。その話を聞きにきたんだもんね」
「安藤はコイバナが大好物なのよ。ふたりのほうがいいアドバイスもできるだろうし、話して」

 たじっとはしたものの、昭義としてもじっくり聞いてほしかったので、三人で腰を据えて飲むことにした。

「一歩踏み出したいと思っていたら、彼女が言い出したんですよ。旅行しない? って。これは彼女のほうも、結婚を決める前にあれこれ知っておきたいと……旅行すると普段は見えないものが見えるって言うでしょ。彼女も僕との結婚を見据えてくれてるって思っていいですか?」
「彼女が言い出したの?」
「それ、やっぱ結婚に焦ってるんじゃない?」
「能沢くん、赤ちゃんできないようにしなさいよ」
「ってか、行くの? 大丈夫?」

 どうして大丈夫? という発想になるのだろう。昭義がきょとんとしてしまっていると、安藤が言った。

「どっちがお金、出すの? ってか、どこに行くの?」
「まだ決めてませんけど、ふたりとも釣りが趣味なんで、釣りの穴場に……」
「婚前旅行が釣りって……海外?」
「休みが取れたら海外もいいなと思ってます。彼女はいっそアラスカに行ってキングサーモンを釣りたいと言ってますけどね」

 物理的にアラスカは無理だろう。千春のジョークだと昭義にはわかっていたが、安藤と相場は眉をひそめた。

「はじめての旅行にアラスカって、その彼女、曲者だよね」
「私もそう思う。いくら釣りが好きったって、結婚しようかと思ってるような男とはいかないよね」
「うんうん、それって能沢くんにお金を出させて、自分の行きたいところに行こうっていう、自分のことしか考えてない女の典型?」
「能沢くんはていのいいボディガードだったりして」
「アラスカって何語?」
「英語が通じるよね」

 いや、ジョークですから、と言わせてくれず、女性たちの話題はどんどん脇道にそれていった。

「釣りのオフ会って、二十代の女なんかいるの?」
「実際に彼女はいたわけだけど、怪しくない?」
「おっさんたちのマスコットだったりして?」
「みんなのアイドル。みんなの共有物?」
「釣り旅行とか行ってるんだよね。夜には……」
「きゃ、いかがわしい」

 ちょっとちょっと、やめて下さいよ、と昭義が言ってみると、冗談だよ、とふたりして笑う。こんな女たちに恋愛相談をしようとしたのがまちがいだった。

「この間、職場の先輩に千春ちゃんの話をしたら、からかわれて散々だったよ。アラスカに行きたいって千春ちゃんが言ってるって話したから、そこから横道に入っちまってさ……」
「そんな話、したの?」
「するんじゃなかったね」
「……私も職場の先輩に、男性の気持ちってのを質問してみたわ。煮え切らない男はやめたほうがいいって言われた」
「なんだよ、それは」

 売り言葉に買い言葉だったのか、不機嫌になった千春は言った。

「婚前旅行なんてのもやめたほうがいいって言われたのよ」
「そんなことはしないで結婚すべきだって? 僕の先輩たちも言ってたな。女性のほうから旅行に誘うなんて、三十過ぎてるだけあって焦ってるって」
「旅行、したくないんだ」
「千春ちゃんだってしたくなくなったんだろ」

 内心では、なんだって会話がこんなにもねじれていくんだ? という意味で焦っていたのだが、千春の表情が険しくなっていく。昭義もエスカレートしていって、デートは喧嘩別れで終わってしまった。

 それからはぎくしゃくが続き、こじれてしまった仲が修復できないままに、千春とは結局恋人同士でもなくなってしまった。
 相場とその友人のせいにはできない。彼女たちは昭義のコイバナを肴にして盛り上がっていただけだ。相場たちとの話を千春にしたほうが悪い。千春もそのくらいでかっとして、喧嘩に発展する必要はなかったのに。

 結局はそうなる運命だったのかもしれない。相場が悪いのではないと知ってはいたが、彼女のせいにしたがる自分が腹立たしいのもあって、顔も見たくないと思うようになった。彼女とはどうなったの? と好奇心に満ちた顔で尋ねる相場には、返事もしたくなくなっていた。

 好都合にも人事異動で、昭義は別の営業所に転勤になった。新たな気持ちで仕事に励んで、千春のことは徐々に忘れていけたのも、昭義にはよいことだと思えた。

 が、なぜか相場に似た女性がいた。年ごろも背格好も似ている。長身で骨ばった身体つきやら、化粧っ気も少なく地味な服装をしているところも似ている。独身の四十代。美馬という名前は相場と親戚だとも思えなかったが、それとなく探りを入れてみたところでは、美馬は相場を知っているようにはなかった。

 千春と別れた原因には相場は無関係だ。そうとわかってはいるのだが、相場とは離れたかった。せっかく転勤になったのに、どうしてここに相場を思い出させる女がいる。美馬を見ているとむしゃくしゃして、そのくせ、無視もできないおのれが不思議だった。

「今日も綺麗ですね」
「……え」
「いやぁ、美馬さんに会うのが楽しみで、会社に来てるようなものなんですよ」

 朝、誰もいない場所ですれちがうと、昭義は気持ちとは正反対の台詞を口にした。幾度もやっていると、美馬がぽっと頬を染めるようになる。気持ち悪い……虫唾が走る……そう思いつつも、思わせぶりな態度をやめられなかった。

「……そんなはずないのにね」
「そんなはず、なくもないかもよ」
「ないですよ」
「どうして?」

 通りかかった給湯室から、美馬とパート女性の声が聞こえてきた。昭義は立ち止まり、物陰に隠れて耳を澄ましてみた。

「だって、彼は私よりも十も年下で……」
「十くらい年下の旦那って珍しくないわよ。私の旦那だって七つ下だもん」
「あ、そうなんですか」
「能沢くんって爽やかな好青年じゃないの」
「しっ、名前を……」

 ああ、ごめんごめんと、声をひそめて、パート女性が言った。

「彼が独身なのはびっくりだよね。結婚しない理由ってあるんだろか。ねえねえ、美馬さん、彼の相談に乗ってあげれば? そうして距離を縮めるのよ。毎朝のようにすれちがいざまに、綺麗だとか素敵だとか言われてるんでしょ? 気があるに決まってるってば」
「そんなはずは……」

 ちらっと覗いてみると、喫煙所を兼ねている給湯室で煙草を吸っているパート女性と、そんなはずは、と言いつつもまんざらでもない様子の美馬が見えた。背筋がぞぞーっとしてきた。昭義はわざとふたりの女性によく見えるように、給湯室の前を横切った。

「あら、噂をすれば……」
「しっ、しっ!!」

 慌ててパート女性を牽制している美馬は、昭義を認めて頬を染めた。気持ち悪いんだよっ!! と心で罵っているにも関わらず、美馬に向かって爽やかな微笑と軽く手を振るという行為を送るのだから、俺って最低……ではあった。

次は「に」です。








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FS動詞物語「書く」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

動詞物語

「書く」


 好きなもの、得意なもので決まるのだろうから、俺は理系なのだろうなとの自覚はあった。高校までは一般的な勉強をして、大学では宇宙科学を学び、物理が苦手じゃないなんて信じられない、と山田美江子あたりには意味不明な感嘆をされたのだが、そのかわり、国語は苦手だった。

 幸か不幸か俺には、文系の友達がいる。乾隆也も山田美江子も文系だ。乾は古典文学という、俺からすればそっちのほうが信じられない学問が好きで、山田は教育学部ではあるが、人種的には文系であるらしい。

 よって、苦手分野は乾や山田に頼ってアドバイスをもらい、大学を卒業した。二年ほどはフリーター暮らしだったが、晴れてフォレストシンガーズとしてメジャーデビューし、これで俺のいちばん苦手な、文章を書くという行為からは離れられると思ったのだが。

「詩を書くのはいいんだよな」
「詩っていうか、詞な」
「ポエムじゃなくてリリックだな」

 曲も「書く」というが、これは書いているのではない。楽譜を書くのは文系の行動ではないはずだ。乾とそんな話をしていたら、詞が書ける人間には文学的素養や才能もあるんじゃないか? と言われたが、歌詞を書くのはまたちがうような気がする。

「……なに? 俺にも書けって?」
「そうよ。リーダーの本橋くんが書かなくてどうするのよ。がんばって」
「うう」

 世はインターネット時代、我々フォレストシンガーズの公式サイトもはじまり、全員に挨拶文を書けとの社長命令が下った。なんだか嬉しそうな山田に激励され、俺もなんとかでっち上げたのだが、あれから数年、今度は日記を書けと命じられた。

「日記……乾が書けよ」
「俺も書くけど、全員が交代に書くんだよ」
「毎日じゃないんだよな」
「毎日アップするんじゃないから、五人で書いたら一ヶ月に二、三回だろ」

 それならなんとかなるかとたかをくくってみたのだが、そう簡単なものではないと思い知らされた。

 普段のノリそのままに、軽いタッチで饒舌な文章を書ける幸生。幸生は曲を書くより詞を書くほうが得意なのだから、どっちかといえば文系なのだろう。人間、理系か文系かのいずれかに分類される者ばかりとは限らず、幸生はジョーク系ではあるが、文章も下手ではない。

 もとより乾が、文章を書くのを苦にするわけもないから、すいすいこなしていると俺には見える。
 なにをやってもうまくできませんよぉ、と嘆きつつも、シゲだって彼の持ち味を十分に生かした味わいのある文章を書ける。

 自虐ネタや失言もあるものの、章だって特に瑕疵のない文章が書ける。
 となると、問題は俺だけだ。

 二十二歳から二十四歳のメンバーで構成されていたフォレストシンガーズは、ついに年少の章と幸生も三十路になった。乾と俺は三十二歳だ。単独全国ライヴツアーもできるようになり、すこしずつは上向いている。パーソナリティを担当するラジオ番組もでき、知名度もアップしている。

 シゲは結婚し、俺たちももう、若い!! だけではない年齢になった。そんな気持ちを文章にしてファンのみなさまに読んでいただく。ファンのみなさまはわりに好意的だろうが、こんな奴らは嫌いだと思っているひとがわざわざ読みにくることもあるようで。

「章くんは小柄で細身で、美人の二十代とつきあいたいんですってね。
 章くんって三十でしょ? 私は章くんと同い年だと思って嬉しかったのに、三十歳はお断り?

 私は細いけど背が高くて、アルバイトでモデルをやってるの。美人だけど、章くんよりは背が高いだろうね。そんな女はお断り?
 私だってちびなんか嫌いだ。章くんとなんかつきあってあげない。ファンクラブは退会します」

 わざわざ、こんなことを言ってくるファンもいるのだった。

「興味ない、無視、フォレストシンガーズってなに? と言われるよりは、嫌いだと言ってもらうほうがいいみたいだよ。好きの反対は無関心だそうだもの」
「そうそう、見てくれているから、聴いてくれているからこその「嫌い」だもんな」
「嫌ってるひとを好きにさせる余地はあるんじゃない?」

 山田と乾はそう言うが、そうなのだろうか。

 時々暴走する幸生と章は、公式サイトの日記でもふたりが別方向に暴走しては俺を悩ませる。俺はリーダーだから好き勝手に書くわけにもいかないと悩むと、文章を書くのに時間がかかる。朝まで苦悩して徹夜になったこともあった。

「ファンの方々も、俺たちにすこしは関心を持ってくれている方も、通りすがりの方も、直接は俺たちを知らないひとも知ってるひとも……あと、昔の彼女なんかも読むかもな。本橋、今、ぎくっとしただろ?」
「してねえよ」

 とは言ったものの、俺にだってモトカノはいる。モトカノが読む可能性があると乾に言われたら、いっそう怖気づきそうになった。

「×月×日

 ニューアルバムは買っていただけましたか。聴いていただけましたか。シゲが作曲した曲は「The song and you are my lives」です。「横須賀数え歌」は収録していませんが、もしかして、聴いてみたいとおっしゃる方もいらっしゃるのでしょうか。

 幸生が書いておりましたように、シゲがソロアルバムを出すはこびになりましたら、歌わせます。それまでお待ち下さい。

 章のほうは「ひと夜の夢の数え歌」というタイトルにでもして、章のソロアルバムで歌わせます。いつになるやら不明ですが、我々はいつかは各自のソロアルバムも出したいと夢見ています。買って下さいますか?

 ソロアルバムには各自、数え歌を収録しましょうか。そしたら俺も……って、そんなのばかり書くと読んでいただけなくなりそうですので、自重しておきます。」

 インターネットで発表したなにかは永遠に残る、とも言われている。しかし、怯えていてはなにも書けないのだ。えいっと書いてえいっと投稿する。ホームページ作成会社のプロが管理してくれているので、俺たちは書けばいいだけ。
 そうして書いてそうして日記が溜まっていき、こんな記事も発表された。

「発表します、リーダーが結婚します。
 相手はうちのマネージャーでーす」

 他人のことをネタにしやがって、幸生、この野郎!! と怒ろうとしたのだが、怒るよりは照れてしまった。この文章も永遠に残るのか。残るのだな。

SHIN/32歳/END








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FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2018/3

forestsingers

フォレストシンガーズ

超ショートストーリィ

「忘れられないの あのひとが好きよ
 青いシャツ着てさ 海を見てたわ
 私は裸足で 小さな貝の舟
 浮かべて泣いたの わけもないのに」

 恋は私の恋は空を染めて燃えたよ、夜明けの珈琲、ふたりで飲もうと……
 なぜだかこんな歌が口をついて出てきて、そうだ、コーヒーを飲もうと思いついた。

 夜更けの珈琲、ひとりで飲もうと、僕ちゃんが決めた恋の季節よ、って、恋なんかないんだけどね。
 だけど、どうしてこんな歌を思い出したんだろう。この歌って日本中にGS旋風が吹き荒れていたのと同時期かな? 黒い帽子と黒いスーツのパワフルな女の子が歌っている動画を見たことはあるなぁ。

「あ、そか」

 窓の外、まだ寒いってのに喧嘩している奴らがいる。ふわーっ!! しゃーっ!! うぎゃわぎゃわぎゃわっ!! にゃーーごっ!! はいはい、ご苦労さん、よい子孫を残すために恋の季節を乗り切らないといけないんだね。強くないと女の子は相手にしてくれないんだから、猫の男は大変だ。

 そのかわり、喧嘩に勝って想いを遂げたらあとは彼女にすべてをまかせて、またもやふらふら旅に出たらいいんだから、お気楽ともいえる。

 ああ、そうだ、だから思い出したんだな。「猫の恋」は春の季語だと乾さんが教えてくれた。窓の外で繰り広げられるのは、猫の「恋の季節」。

 夏目漱石がこんな俳句を詠んでるよ、これにもちゃんと季語が入ってるんだ、と乾さんが教えてくれたのは、こんなのだった。

「両方にひげのはえてる猫の恋」夏目漱石

 この句、俺、大好き。大好きだから覚えていた。

YUKI/浅い春に

 k3.jpg

こんなちっちゃくても、ひげアリ。











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FS動詞物語「がんばる」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

動詞物語

「がんばる」

 走りすぎたのか、足が痛い。うちに帰ってみると広大の機嫌が悪くて、俺は罪悪感に駆られた。これはきっと、俺がジョギングに連れていってやらなかったからだ。広大を連れていくと楽しいのだが、トレーニングにはならないので、ごめんごめん、また今度、と言ってひとりで走りに出た。

「広大、わがまま言わないのっ」
「だってだって……」

 ママに叱られてベソかき顔の広大、次男の壮介が泣き出し、広大の顔もくしゃくしゃっと歪む。パパお願い、と言って恭子は奥に行ってしまい、俺は広大を抱き上げた。広大が俺にしがみついて泣き出す。壮介は赤ん坊なのだから盛大に泣いている。恭子に言われるまでもなく、俺が家にいれば俺の出番だ。

「広大、シャワー浴びようか」
「えーん……」
「ごめんな、パパが連れていってやらなかったからだろ。バスルームで遊ぼうな」

 シゲちゃんは甘すぎるんだよね、と恭子には苦笑されるのだが、ママに叱られた息子をあやしてやるのはパパの役目ではないか。シゲちゃんばっかりいい役、ずるーい、とも言われるのだが。

 ぐずっている息子を抱いてバスルームに運び込む。若いころは女性と風呂に入るのに憧れたもんだよ、と乾さんが話していたが、俺は息子と入るほうがいい。恭子とだって恥ずかしいのに、恋人と一緒に入浴って……乾さんってそこだけは変態か? いやいや、もてる男だからこそなのだろう。

「パパ、マラソン大会に出るんだよ」
「マラソン、ママが言ってた」
「そうなんだ。だから、トレーニングしてるんだよ」

 料理が得意な恭子と結婚して、大食い夫婦になった。独身時代から俺は大食漢だったが、食いしん坊で料理が上手な妻ができたら、よりいっそう食うようになった。若いころから走るのは好きだし、恭子も元アスリートなので、妻が妊娠していないときには一緒に走っている。

 息子がふたりになったから、最近は妻が次男を背負い、俺が長男を肩車して負荷をかけて走ったりもしている。太り過ぎ防止にはそのくらいでも効果はあった。

 走るのは大好きとはいえ、本格的なマラソンはやったことがない。が、先だって女性向けマラソン雑誌が創刊され、俺はマラソンファンの間ではわりあい有名な、間中ミチル選手とツーショットで表紙になるという快挙をなしとげたのだ。そんなのが快挙か? 俺にしたら奇跡的快挙だ。

 音楽雑誌にだったらインタビュー記事や写真が載ったことはある。テレビ関係の雑誌にも、フォレストシンガーズの本庄繁之、と紹介されたことはある。幸生と章は劇団に関わって演劇雑誌に出たことがある。乾さんは女性雑誌のファッショコーナーに、センスのいいミュージシャンとして掲載された。

 リーダーの本橋さんも、若者向けの雑誌でフォレストシンガーズの紹介記事に写真が使われていた。全員でならば幾度か、さまざまな雑誌に出た。

 が、表紙は誰にも経験がない。俺が初だった。
 これが快挙でなくてなんなんだ。おまけに、間中ミチルさんは撮影のときに言ってくれた。

「私、フォレストシンガーズのファンなんです。特にシゲさんの低い声が大好き。シゲさんと一緒に表紙になれるなんて感激です」
「いや、俺のほうこそ感激すぎて……」

 緊張もしていたので、幸生じゃないが気絶しそうだった。

「創刊記念のマラソン大会があるんですよ。女性の雑誌だから一般参加は女性のみですけど、ゲストとしては男性にも走ってもらうんです。シゲさんも出て下さいね」
「喜んで出させてもらいます」

 ランニング好きとはいえ、俺は長距離となると早くは走れない。短距離ならば今でもけっこう早い自信があるが、長距離はトレーニングとしての経験しかないのだった。

「うん……遅いよね」
「やっぱり」

 タイムを恭子にはかってもらったら、必死で走っても遅かった。なのだから、ちょっとは早く走れるようにがんばっている。女性が大部分のランナーたちに混ざって走り、女性たちに次々と追い抜かれて置いて行かれては恥ではないか。

 シャワーとは言ったが、ついでに入浴もして、広大に話しかける。パパはマラソンの練習をしてるんだ。でも、だからおまえは邪魔なんだ、なんて言えない。広大の機嫌はよくなっていたが、俺の言っていることをどこまで理解しているのか。息子とのコミュニケーションにかけては俺は恭子の足元にも及ばない。
 
 ともにすごす時間が短いのだから無理もないのだが、寂しい。広大はパパとママのどっちが好き? と質問して、ママ!! と答えられたらがっかりしてしまいそうで。

「あのね、パパ」
「うん?」
「ぼくね、ママと応援に行くから……」
「ああ、来てくれ」
「だからね、だから……」
「だから?」

 がんばって、と広大が俺の眼をまっすぐ見つめる。人生でいちばんの感激だ。これに較べればフォレストシンガーズデビュー!! の決まったあの日なんて……いや、甲乙つけがたい感激だ。

「嬉しいよ」
「パパ、大好き」

 ああ、もう、このまま風呂で溺れて死んでもいい……なんて言ってる場合じゃない。がんばるよ、パパはママと広大と壮介のためにがんばるから、三人で応援してくれ、ずっとずっと。

END







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ガラスの靴73

別小説

「ガラスの靴」

     73・自慢

「胡弓、熱があるみたいなんだよ。微熱だし、元気があるから大丈夫だと思うけど、僕は今夜は行けないな」
「そうか。医者には連れていったのか?」
「いったよ。今夜はあったかくして早く眠りなさいって言われた」

 電話で笙が言っていたから、今夜のパーティにはひとりで出席した。息子が熱を出して寝ているなんて言ったら、なのに母親がパーティに? と非難したがる輩もいる。これはあたしの仕事だ。うるさい奴には胡弓の話などはせず、あたしも早めに帰ろうかとは思っていた。

「あら、久しぶり」
「ああ……深雪だっけ」
「アンヌさんよね。今夜は専業主夫のご主人は?」
「用事があってこられないんだよ。あんたのフランス人のご主人は?」
「来るかもしれないし、来ないかもしれない」

 多彩な異業種人種が集まるパーティだから、あたしのような音楽人も、深雪のような創作系アーティストも来ている。彼女はインテリアデザイナーだと言っていたはずだ。専業主夫と笙のことをイヤミったらしく言うので、あたしもフランス人夫ってのをイヤミに強調しておいた。

 どこかの酒場で共通の知り合いに紹介されたときに、知り合いは深雪とほのかとあたしとを、トンデル女だと評した。知り合いはバブルオヤジなので、ださい言い回しが好きなのだ。

 三児の母、家事と育児は他人に託し、優雅に働いて未婚の母をやっている通訳のほのか。優雅だなどと言うと怒る女もいるが、ほのかは、そうね、私は収入もいいし余裕もあるし、優雅よ、としゃらっと笑う。

 インテリアデザイナーでフランス人の夫を持つ深雪、彼女に関してはその程度しか知らないが、バブルオヤジから見ればトンデイルのだろう。

 そしてあたしは、専業主夫と三歳の息子を抱えるロックヴォーカリスト。あたしは決して優雅ではないが、多少はトンデイルかもしれない。息子が熱を出して家で寝ていたら、普通は母親がそばについているものなのかもしれないから。

 こんなときに笙にまかせておけるのは、あいつを専業主夫にした価値があったってもんだな、なんて思いつつ、深雪と飲んだり食ったりしながら談笑していた。

「今夜はほのかさんは来ないのかしら」
「さあね。ほのかはアーティストってんじゃないから、来ないかもしれないな」
「ほのかさんもアンヌさんも細いよねぇ。ほのかさんってあまり食べないみたいだけど、アンヌさんはよく食べるのに……」
「あたしは肉体労働者だからさ」
「ロックやるひとって活動量がすごいのよね」
 
 この女こそが本当に優雅で、それが肉体にもあらわれている。長身で豊満。ほのかもあたしも背は高いほうだが、ふたりともに細いのがうらやましいのか? ほのかは華奢で、あたしは筋肉質のほうだ。肉体には生活があらわれる。

「フランス人の旦那ってのは美食家なわけ?」
「そうね」
「料理は得意?」
「私が? 苦手ではないけど、私の仕事ではないから気が向いたときしかしないな」
「外食ばっか?」
「そうでもないわ。主人も料理はするし、おいしいものが食べたくなったら料理人を雇うの」

 ほぉ、これはちょいとスケールがちがう。ほのかは家政婦だったら雇っているが、料理人の話をしていたことはない。ほのかの家には小さいのが三人いるから、ホームパーティもしないようだ。
 我が家では料理は笙の仕事。笙がさぼりたいときにはデパ地下の惣菜を買ってきたり、母親に作ってもらったりしている。うまいものが食いたいときには外食もするが、料理人を雇う発想はなかった。

「あの……ミユキ・アルファンさんですよね」
「ええ、さようですわよ」

 そういえばさっきから、この女は近くにいた。深雪とあたしの会話に聞き耳を立てていたようで、我慢できなくなって割って入ってきたのだろうか。

「私、こういう者です」
「はい」

 名刺をもらって一瞥だけして、深雪はそれを小さなバッグにしまう。自分は名刺も出さないのは持っていないからか。相手が彼女を知っているのだから必要ないのか。
 細くて背の高い女はあたしには関心なさげなので、黙って彼女が深雪に話しかけるのを見ていた。

「ご主人はプロデューサーでしたっけ」
「ええ、そうですよ」
「ムッシュ・アルファン、お会いしたことはあります。美食家にしたらやせ形ですよね」
「そうね」

 表面は愛想良くしているが、知り合いでもない相手と本気で話したいわけないだろ、の態度がミエミエだ。深雪の態度に苛立ってきたのか、女の表情が変化してきていた。

「ご主人、かっこいいですよね」
「ありがとうございます」
「おもてになるでしょ」
「どうかしら」
「あれだけの男性なんですもの。若くてスタイルのいい女と恋をするのも全然大丈夫なんじゃありません? すこしダイエットしないと危険かも」
「ご忠告感謝しますわ」

 白々しくも深雪は礼を言い、あたしも言った。

「あんたみたいに細い女が好きな男ばかりとは限らないよな。あんた、なんて名前?」
「心愛です」
「ココア。こりゃまた流行りの名前だな。本名?」
「そうですよ」

 おまえは何者だ、という目であたしを見る女は、桃源郷のヴォーカリスト、新垣アンヌを知らないのだろう。あたしも心愛が何者なのかどうでもいいし、自己紹介する気もなかった。

「深雪って悩みはないのか」
「私? そりゃああるわよ」
「どんな悩み?」
「たとえば、子どものこととか」

 ほえ? 深雪にも子どもがいるのか。まったく生活感のない女なので、不思議でもないはずの事実が不思議に思えた。ほのかにしてもあたしにしても生活感はないほうだが、深雪ほどではない。

「子どもがいるっていうより、子どもができないとか?」
「子どもはいるわよ。息子がひとりいるの。六歳で、来年は小学生になるのね。日本で暮らしてるんだから日本の小学校に通わせようと思って、近くの私立の小学校を受験させて合格したのよ」
「それはそれは」

 息子の話をしていると、深雪も母親の顔になった。

「私立とはいえ自由な校風だから、制服はないの。持ち物にも決まりなんかはないのよ。主人も私もそこが気に入ったっていうのもあるんだけど、子どもの世界って意外と保守的なのよね」
「それはあるかな」

 うちの胡弓は父親に似てひとかけらも男らしくない男の子なので、同世代の女の子に、もっと男らしくしろ、などと怒られている。たまにそんなシーンを目撃すると、あたしは暗澹とした気分になるのである。

「みんな同じがいいって言う子、多いのよ。それが悩み」
「そんなのは深雪が嫌いだから?」
「そうね。私は子どものころから、みんな同じはいやだったわ。デザイナーになりたくて感性を磨いたんだから、人と同じには育たなかった。それで日本ではやりにくくて、フランスに逃亡したってのもあるのよね。主人はフランス人だからもちろん、日本人みたいな横並びの感覚は持ってない。息子も親の影響で、他人とはちがったものをほしがる。女の子用の小物のほうが男の子用よりはおしゃれだし、私が手作りした小物なんかも、おしゃれだと女の子っぽくなるのよね」

 それを友達にからかわれたり、女みたいだと言われたりするのだそうだ。それが悩みなのよ、と深雪はため息をついた。

「私としては、みんなとちがってどこがいけないの? って思うのよ。主人も私に同意してるし、息子もやはり、クリエィティヴな両親から生まれただけに、僕は人とはちがったところがいいんだって思ってるの。でも、子どもの世界では生きづらいわけ」
「うちの息子はまだそこまでは考えてないだろうけど、大きくなってくるとあるのかな」
「あるかもしれないわ。だからね。やっぱり息子はインターナショナルスクールに入れるべきか、あるいは、フランスで学校に行かせようかって、それがいちばんの悩みね」

 この夫婦は浮気公認というわけではなく、互いの浮気に嫉妬しつつ、それを夫婦のこやしにするみたいな? そんな感覚があると聞いた。俗なあたしにはわかりづらい言い分だ。
 そんな夫婦でも子どもの悩みはあるわけで、そんなことを言っているとただの人の親に見えて、あたしにはむしろ好感が持てる。だが、心愛は棘のある口調で言った。

「そんなの悩みじゃなくて、自慢ですよね」
「自慢か? まあ、深雪の台詞には自慢も入ってたけどな」
「全部自慢ですよ。失礼」

 失礼、が挨拶だったようで、心愛は長い脚で歩み去った。

「なんか怒ってたか、あいつ? 知り合いでもないんだろ」
「モデルらしいわね、彼女、もらった名刺にはモデル事務所の名前があったわ。そっかぁ、よっぽど私がうらやましいのよ」
「うらやましいから怒ってるのか?」
「彼女も実はデザイナーになりたかったんじゃない? 才能がないからモデルだなんて、つまらない仕事に甘んじてるの。本当はフランスでクリエィティヴな仕事をして、フランス人と恋愛して結婚したかったんじゃないかしら」

日本ではモデルといえば、若い女の憧れの職業だ。けれど、モデルには外見に恵まれていないとなれない。必ずしも美人ではなくてもいいのだが、洋服の似合うプロポーションと今ふうのルックスが必須。なのだから、なりたくてもなれずに諦める女も多々いる。

 よその女に羨まれる仕事をしていながら、深雪がうらやましいのか? なんたる強欲。
 それもあるが、心愛のつんけんした態度から即、私がうらやましいのだと発想する深雪もたいしたもんだ。深雪の悩みを自慢と受け取った心愛と、心愛の苛立ちを羨望ゆえと受け取った深雪。

 どっちもどっちってのか、深雪の思想のほうが精神衛生にはいいと言うのか。あ、そうか、だから心愛は痩せていて、深雪はふくよかなのだ、おそらく。

つづく







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FS動詞物語「思い出す」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

動詞物語

「思い出す」

 反射的に浮かぶのは、俺が十五歳の高校一年生だったときのこと。

 本庄広大、三歳、彼を見ていると弟の龍が三歳だったころを思い出し、つながって俺自身を思い出す。十二歳年下の龍が三歳だと俺は十五歳だ。俺ってジコチュー? そうなんだろうけどさ。

 三歳だったころの俺自身はあやふやな記憶しかない。当時はひとりっ子で母に思い切り甘えていたものだが、父は甘やかしてはくれなかった。それに引き換え、龍の奴は父にまで甘えている。父も俺にはがみがみばかり言い、三歳だって頭を殴ったりしたくせに、龍にはとことん甘い。

 羨ましいわけではなく、癪に障ったのである。
 
 二十年近く前なのだから、日本人の育児観ってものも変化したのだろう。龍には甘かった親父以上に、シゲさんは広大に甘い気がする。甘いというのではないのか? ほんとにほんとにほんとにほんとに、息子が愛しくて可愛くてたまらない、これぞまさしく「目に入れても痛くない」ってやつか。

 あんたの目は細いんだから、広大は入らないよ、シゲさん。

 と言いたくなるほどに、シゲさんの息子への愛情が伝わってくる。うちの親父だってあいつなりに俺のことも愛していたんだろうけど……ううう、吐き気が……気持ち悪い。こんなところで「愛している」という言葉を使いたくない。

「明日は章も休みだっけ?」
「そうですよ。シゲさんと俺だけが休み」
「予定はあるのか」
「ないなぁ。シゲさん、遊んでくれる?」

 冗談を真に受けられて、そしたら広大と三人でドライヴに行くか、と提案されてしまった。咄嗟に拒否もできなくて、あ、あああ、いいかも、なんて答えてしまった俺が馬鹿だった。

「恭子は今日は壮介だけ連れて、テニスサークルの仲間たちとのランチ会なんだ。誰かの家で開いて下さるらしくて、持ちよりパーティなんだってさ。赤ちゃん連れが多いらしいから壮介は連れていくけど、広大は退屈するだろうし、俺が休みだからこっちはふたりでドライヴだよ。思い出すな、俺もガキのころには親父とふたりで出かけたよ」

 ガキのころの思い出話ってやつは時々する。最近はライヴツアーに出ても五人そろってなにかするということは少なくなったが、昔は五人で露天風呂に入って、温泉の話をしたり。

「うちの弟はまだ二歳だったから、女湯に連れられていってさ、俺は親父と男湯。最低の気分でいたらむこうから女の声が聴こえてくるんだよ」

 きゃああ、可愛い、いやーん、これなになに? きゃああっ、たまんないわっ!! と騒がれているのは、俺の弟の龍だ。龍が二歳、俺は中学三年、十四歳。家族旅行は北海道内しかなかったから、近場の温泉に行ったのだ。

 中三とはいえ中二病の十四歳が親父と温泉に入って楽しいわけがない。龍はおふくろと温泉だと嬉しいだろうし、その上にお姉さんたちに可愛がられて、俺も幼児に戻りたいと思ったよ、と話すと、幸生も言った。

「温泉っていうと、俺もガキのころには母ちゃんと女湯に入ったよ。俺は章とは逆で、妹たちがうるさいし、若い女性なんかひとりもいないし、どっかのばあちゃんにお節介焼かれるし、女湯って楽しくないぜ」
「綺麗なお姉さんがいたら楽しいだろ」
「そんなの、いたためしがないよ」

 中学生のころからつながって、二十代のころも思い出す。想い出をたどるしかない俺をバックシートに乗せ、シゲさんの車は快調に走っていた。

「あ、パトカーだ」
「そうそう。あれは?」
「んとね、えとね、ビーエム……ビーエム……」

 ダブル、と俺が口出しすると、おじちゃん、言ったらだめぇ、と広大に怒られた。

 近頃の若い者は酒も飲まない、車なんかいらない、女もいらない、とか言うらしい。龍の友達連中にも草食や絶食の奴はいるが、広大ほどに若い奴は車が好きらしい。前の座席にいる親子は、あれはベンツ、かっこいい!! シトロエンだよ、わっ、スーパーカー!! 、あれはなんていう車? 僕、あれ好き、ああ、可愛い車だな、なんて会話をしている。

 我が家には車はなかったが、親父がたまに会社のを借りてきたり、レンタカーに乗ったりしてドライヴもした。龍がいなかったころには俺も喜んでいたのだが、龍が生まれてからは家族旅行もドライヴも大嫌いになった。

 龍のせいではなく、十二歳、それから延々と続く反抗期に突入したせいだったのだが、反抗期の記憶の中には龍がいるので、弟にいい印象がないのである。おまけにあいつは俺が反抗期ではなくなった三十歳の年に上京してきて、俺のみならず先輩たちにも厄介かけやがって。

 というような悪しき記憶と、俺のひがみ根性が加わって、広大はいいなぁ、と思ってしまう。恭子さんだって言っていた。

「お兄ちゃんのくせにって言ったらいけないんですよね」
「そうなの?」
「そうなんですって。親の勝手で広大をお兄ちゃんにしてしまっただけなんだから、お兄ちゃんのくせに、は禁句なんですよ。下の子が生まれて独占していた母親の愛情が半分になるっていうのは、妻妾同居している妻と同じような気分らしいんですよね」
「ぼとぼとなるなる」
「三沢さん、なんて言ったの?」
「すみません、なるほどです」

 うちの仲間たちでは、幸生と俺が兄の立場だ。美江子さんが姉の立場だが、シゲさんと本橋さんは弟、乾さんはひとりっ子、ここぞとばかりに、幸生と美江子さんと俺の三人で盛り上がった。

「だから、上の子優先っていうのよね。今どきの育児論はそうらしいよ。私なんか下に三人もいるんだから、お姉ちゃんでしょっ、佳代子と遊んでやりなさい、佳代子の面倒を見てやりなさい、ってどれだけ言われたか」
「俺も俺も。俺だって妹がふたりいるから、ほんとはあいつらのほうが強いのに、お兄ちゃんが妹を叩くとはっ!! って親父に怒られて、押し入れに入れられたりさ……悪いのはあいつらだっての」
「俺もだよ。うちなんか弟は十二も下なんだから、なんでも章が我慢しろって……」

 いやいや、弟は弟で苦労したんだ、と本橋さんとシゲさんも言い、いいねぇ、微笑ましいねぇ、とひとりっ子乾さんが笑っていた。

 独身には縁はないけれど、育児論も時につれ変わっていくらしい。
 ママを弟に取られても、優しいパパが遊んでくれる広大。そんな広大も俺の年になったら思うんだろうか。今どきの子はいいなぁ、って。

 三十年ばかり将来には少子高齢化が加速度をつけて進む。俺も高齢者に近くなる。そんな時代には子どもは文字通りの宝だ。ものすごーく大切にされるんだろうな。

 シゲさんも車好きだが、若いころから恰好よりも実利を尊ぶひとだったので、子持ちになったら当然、ファミリーカーだ。シゲさんはスムーズに運転し、広大はずーっと、ミニクーパーだの黒猫さんだのとはしゃいでいる。弟が広大の年頃だったころ、すなわち、反抗期だった俺を思い出すのはほどほどにして、いつしか俺は夢の中へと……。

END






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いろはの「す」part2

ショートストーリィ(FSいろは物語)

フォレストシンガーズ

いろは物語

「水琴窟」

 個人の邸宅にこの規模の庭園があるとは……明治以前の大富豪の屋敷ならばわかるが、京都在住の芸術家にはこれほどの住まいを持つ者がいる。俺がこんな大きな家を買おうとしたら、百歳まで働いても足りないだろうなと苦笑した。

「変わったコンサートがあるんだ。行きましょうか」
「コンサートですか」

 電機メーカーの音響機器部門勤務だから、女性の部下をコンサートに誘うのも仕事のためだ。ただ、今回は演奏者のひとりが知り合いなので、若い女性を伴うと誤解される恐れがある。かといって男ひとりでは格好がつかないので、部下の三条寿子を誘った。

「水琴窟ですか」
「そう。三条さんだったら知ってるよね」
「うちにはありませんでしたけど、近所の屋敷で見たことはありますよ。地中に空洞を作って水滴を落として、その音を反響させて楽器のようにするんですよね」
「その水琴窟と、ピアノと琴のアンサンブルなんだよ」
「いいですね、ぜひ連れていって下さい」

 名前からもわかるように、彼女は京都の公卿の子孫だ。大正時代に分家して東京暮らしだそうだが、寿子という古風な名前や品のいい顔立ち、育ちの良さを感じさせるおっとりしたたたずまいや所作を持っている。

 その日は京都の取引先との会合を入れ、夕刻から三条とふたり、コンサート会場にある屋敷へと向かった。この家は琴の宗家の持ち物だそうで、琴を演奏するのはこの家とは親戚にあたる琴平清風。ピアノはフォレストシンガーズの本橋真次郎。水琴窟は自然が奏でてくれる。

「いやぁ、寿子さん、久しぶり」
「……彼氏?」
「上司ですよ。変なことを言わないで」

 雅なコンサートには京都の雅な人種も来ていて、三条に内緒話をしかける。彼女の知り合いや親戚もいるらしく、俺を値踏みするような目も感じた。

「部長、すみません不躾で」
「いやいや、光栄ですよ」

 広い広い庭に椅子を並べての野外コンサートだ。琴は縁側に、ピアノはその奥の木の床に置いてあって、吹き渡る風が心地よい。昼間は残暑の残る古都にも、秋の気配が確実に訪れているシーズンだった。

 少人数の客しか入れていない、専門家の比率の高いコンサートだ。俺は本橋真次郎の大学の先輩でもあり、音響機器の専門家ということで、本橋に招待してもらった。京都ですので来られたらどうぞ、と二枚のチケットをもらったのである。男の部下を連れてきてもよかったのだが、女性と来たかったのはコンサートの性質上もあった。

 やや年上でどっしりした体格の三条は独身ではあるらしいが、俺の恋人には見えないはず。けれど、彼女の知り合いからはカレシ? と質問されて、苦笑いして否定していた。

 こっちはこっちで視線を感じる。見ているのは……ああ、美江子。

 俺が大学生四年のときに合唱部に入部してきた新入生の山田美江子。聡明そうで気が強くて、元気で可愛い女の子だった。ひと目惚れして口説いて俺の彼女にし、そのくせ、卒業間際には多忙を理由に捨てた。美江子は二十四歳の年にフォレストシンガーズのマネージャーになり、三十二歳の年には本橋と結婚した。

 うちの大学の先輩後輩の結びつきはしつこく強いので、後輩グループのフォレストシンガーズとは交流が続いていた。本橋は美江子と俺のつきあいも知っている。からまれたこともあるし、俺がお節介を焼いたこともある。最近は本橋家に招待されて、美江子の手料理で飲んだりすることもある。外でなら本橋とふたりだったり、美江子とふたりだったりで飲んだり食ったりしたこともあった。

 モトカレやモトカノと友達に戻れる男や女。美江子はまちがいなくその人種なのだろう。美江子といると彼女の色香に迷いそうになる俺や、嫉妬の視線を向ける本橋は器が小さいのだろう。

 今回はフォレストシンガーズとしてではなく、琴平氏の依頼でピアノを弾くと聞いている本橋の、妻としてなのかマネージャーとしてなのか、美江子も同行しているらしい。美江子が俺を見ている。どこからか注がれる視線は、三条にも向いている。彼女は部下だよ。恋愛感情はないよ、と言いたくなって、言う必要もないと思い直して。

 演奏者があらわれる。拍手が響く。三条も拍手している。俺もむろん拍手する。琴平清風のほうはまったく知らないが、本橋とは目が合って軽く会釈された。星さん、彼女ですか? と本橋の眼も質問したがっているように見えた。

 年上の有能な部下と恋人同士になって、結婚するのもいいかもしれないな。俺が三条さんと結婚したらどうする? 美江子はちょっとだけがっかりして、あんまり似合わないかなぁ、と誰かと噂したりするのか? 俺の自惚れか。本橋は安心するんだろうな。

 起きた邪念を瞬時に吹き飛ばす風。風が水琴窟を震わせる。本橋のピアノと琴平氏の琴が、水琴窟に共鳴しているかのごとくに音を立てる。心の中にも風が吹く。郷愁の香りを帯びた風が吹いた。

END







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FS動詞物語「嫌われる」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

動詞物語

「嫌われる」

 さして遠くもないのだが、近いわけでもない。東京と金沢との距離。俺の現在の居住地と、ふるさとと。
 祖母が生きていれば心情的に近いのだろうが、三十代半ばの人間の祖母が生きていなくても不思議もない。父や母とはすこしずつ、特に父と歩み寄れている気がするのは年齢のゆえもあるのか。

 高校までは金沢で、大学が東京。大学には学園祭のゲストとして呼ばれたり、単に散歩しにいったりするので、時間的な距離もあってけっこう近しい。高校まではとても遠い。

 気まぐれで親の家に行き、東京に戻ろうと駅へと向かいつつ、またもや気まぐれを起こしてもっとも古い母校に寄ってみた。金沢の小学校だ。

 生まれてはじめて通った学校。祖母が買ってくれたのはグレイのランドセルで、女の子にはピンクやオレンジの子もいたが、男子の中ではただひとり、黒ではないランドセルだった。だからって奇異な目で見られたわけでもないが、乾くんはなんでそんな色? と質問した同級生もいた。

 大きなランドセルを背負って通ったこの道を、あのころの五倍の年齢になった俺が歩いている。ちょっとしたとっかかりがあれば詞を書きたい、曲を書きたいと感じるのがソングライターのサガであって、半ばは歌をつかまえたくて歩いていた。

「乾……くん? 乾さん?」
「は、はい」

 伏目がちに歩いていたので、前に人が立っているとは気づかなかった。声をかけられて顔を上げると、年配の男性が小腰をかがめていた。

「はい……あの……」
「乾さんですよね。とわ子さんのお孫さんの……とわ子さんとは姓がちがって……」
「そうです。祖母は母の母で、母は父の姓を名乗っていますから、乾は父の姓です」

 えーっと、あの、どなたでした? は無礼であろう。優し気な面立ちは記憶にあるようなないような。

「小学校になにかご用ですか」
「用事というのでもないんですけど、なつかしくて……ああ、昨今は父兄でも関係者でもない者が、校内に入ってはいけないんですよね」

 父兄も禁句だったか。母はどこにいるんだ? と女性に怒られそうな気もする。じゃあ、外から見るだけでいいか、と思っている俺を、男性が中に連れていってくれた。

「私はだいぶ前に定年退職したんですけど、今は音楽の講師をしているんですよ」
「先生でいらしたんですね」
「出世もしませんでしたから、万年平教師でした。乾さんのおばあさんとは知り合いだったんですよ。子どもたちの合唱クラブの指導もさせてもらっていましてね、乾さん、見学していかれませんか」
「ありがとうございます。ぜひ」

 平川と名乗った彼は、俺がフォレストシンガーズの乾隆也だと知っているのだろう。俺だって合唱に関わる者。急ぐ旅でもあるまいに、母校の合唱クラブを素通りしてどうする。

 ちょうど放課後、ちょうど本日は部活のある日。俺たちのころにも高学年になると部活があり、俺は園芸クラブに入っていた。園芸クラブは人気がなくて、乾くんちはお花屋さんなんだから、入りなさい、と先生に強制的に決められた。実際は花屋ではなく、祖母と母が華道家だったのだが、先生の誤解を訂正するつもりにもなれなかった。

「さあ、みんな、集まってますか」
「はーい、全員そろってまーす」

 三分の一ほど男子がいて、あとは女子だ。十歳以上らしいから、発育のいい子はなかなか大人っぽい。平川先生の登場にざわめいていたのが鎮まり、あんた、誰? と問いたげな視線を全員から注がれた。

「きみたちの先輩だよ」
「……えーと、あっ!!」
「そうだ。お母さんがCD持ってるよ」
「あ、そうだ、知ってるっ!!」
 
 挙手して発言しなさい、と先生に促されたひとりの女の子が言った。

「フォレストシンガーズの乾隆也!!」
「正解だけど、本人を目の前にしてるんだから、乾隆也さんって言ってほしいな」

 少女はぺろっと舌を出し、ああ、知ってる、だの、誰、それ? だの、おばあちゃんが好きなんだよ、だの、テレビで見たことあるよ、だのの小声が飛び交っていた。

「お母さんが言ってたよ。乾さんってこのへんの出身だって。小学校も私と同じで、香林坊にお父さんのお店があるんだって。お母さん、乾さんの大ファンなんだ」
「ありがとうございます。全部当たってるよ」

 さあさあ、静かに、と平川先生が子どもたちを制してから言った。

「せっかく来て下さったんだから、乾さんに指導してもらいましょうね」

 は、はあ……いきなり? とは思ったが、ここに来た以上はそうなるのも自然な流れだろう。覚悟を決めた。
 歌うのは校歌だそうだ。卒業してから十三年、その後に中学、高校、大学と校歌に触れてきたので、最古の記憶があやふやではあったが、どうにか思い出せた。

「力強くも優しくも
 流れる流れる犀川の
 ほとりで育つ僕ら、私ら
 
 明日に向かって元気よく
 集えや学べ、僕ら、私ら
 歌えや読めや
 走れや励め、僕ら、私ら」

 押し寄せてくる怒涛のような幼い日の追憶。ああ、いいなぁ、なつかしいなぁ。上を向いて目を閉じていると、耳を打つ高い歌声が際立って聞こえるのを感じた。
 少女のほうが多い上に、十歳ちょいだと男子にもまだ声変わりしていない子が半数以上いる。ちらほら混じっている大人びた男の声はむしろ耳に立つのだが、その声は女の子だ。力強く響くソプラノだった。

「……あなただね」

 注意深く観察していたら、その女の子がわかった。ややふっくらしたほっぺの赤い子だ。肺活量が豊かなのだろうと思わせる声。上手に成長したら黒人女性のようなソウルシンガーになれそうな気もした。

「嶋さん……将来が楽しみだね」
「え? 私?」

 名札が読めたので名前を読んでしまったのがまちがいだったか。嶋、と姓だけ知った少女は自分の鼻を指さして頓狂な声をあげ、歌が中断してしまった。え、私? との声も素晴らしい声量だった。

「ごめんなさい、気にしないで。嶋さんの声が素晴らしかったから。先生、続けて下さい」
「はい」

 部外者であり、先輩でもある俺が聴いていて緊張したらしく、校歌が終わると先生が休憩を宣言した。児童たちは三人、五人と連れ立って校庭に出ていく。平川先生の案内で、俺も校庭に出た。

「あの樹、まだ元気に立ってるんですね」
「マロニエですね。元気ですよ。近くに行ってみますか」

 ぷらぶら歩いていて発見した樹に近づいていくと、女の子たちの声が聞こえてきた。

「あんたなんか太ってるんだから、大きい声が出て当然じゃない」
「自慢してるんじゃないよ」
「嶋が美人だったらえこひいきされたのかって思うけど、その顔だもんね」
「声だけだろ。顔見てあいつもびっくりしたんじゃないか?」

 男の子も言い、みんなしてわっと笑う。一歩踏み出そうとしたら、先生に止められた。

「この程度だったらよけいなことはしないほうがいいんですよ」
「イジメじゃないんですか」
「乾さん、声が大きい」

 自慢はしてないもん、との歌っているときとは正反対の弱弱しい声は、嶋さんだろう。平川先生は小声で言った。

「ここで嶋さんをかばうと、他の子の親からクレームが来たりするんですよ」
「子どもの指導が複雑だってのは聞いたことはありますが、そしたら俺がいけないんでしょ。俺が特定の子に声をかけたのが悪かったんですよね。俺はどうするべきなんですか」
「いえ、だから、乾さんは知らん顔をしていて下さい」
「いやですね」
「いやって……」

 もめている声が聞こえたのか、ひょいひょいっと子どもの顔が樹のむこうから覗いた。俺も開き直って出ていった。

「俺も軽率だったのかもしれないから謝るよ。ごめんなさい。けど、きみらもそれしきのことで仲間を苛めるなよ」
「苛めてないよ」
「だって、嶋が自慢するんだもん」
「乾さん、どこから聞いてたの?」
「えこひいきとは思わないとかって言ってたあたりからだね」

 男の子がふたり、女の子が三人、嶋さんを囲んでいた子どもたちは一斉に肩をすくめた。

「その前ってのがあるんだよ」
「嶋が自慢したんだよ」
「してないもん。自慢なんかしてない。乾さんが褒めてくれたって言っただけだよ」

 それが自慢って言うんだよ、と子どもたちは嶋さんに言い、先生は頭を抱えた。

「まあね、嶋はこんなデブスなんだから、乾さんがえこひいきするとは思えない。だからいいんだよ。乾さんは悪くないよ。つまらない自慢する嶋が悪いんだ」
「別に誰も悪くないけど、友達にそんな言葉を使うきみは性格がよくないね」
「デブス? ほんとだもん……ほんとだもんっ!!」

 デブスと言った女の子が急に泣き出し、他の女の子が彼女をなぐさめようとする。乾さん、ひどーい!! と女の子のひとりに非難され、どっちがひどいんだ、とも言えずに俺も困ってしまう。だから関わるなと言ったのに、と平川先生は逃げ腰になり、男の子たちは口々に、オレ、しーらないっ、と叫んで本当に逃げていってしまった。

「平川先生が悪いんだよ。こんな人を連れてくるから」
「みっちゃん、泣いちゃったじゃないですか」
「いやいやいや、ごめん、ごめんね」

 どうしてあなたが詫びるんですか、の平川先生は子どもたちに頭を下げつつ、俺に目配せしていた。
 立ち去れと? わかりましたよ。俺が悪いことをしたとしたら、嶋さんひとりを褒めたことだけだ。それについてはあやまったのだから、先生の指示に従おう。

 まったく、子どもを指導するって大変なんだな。いい勉強になったな、と考えておくしかないのだろう。

END








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FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2018/2

forestsingers

FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2018/2

22

 くっそっ!!
 低く罵ったつもりが、思いのほか高い声になってしまった。

「章の声は高いから……どうした?」
「どうもしませんよ。こいつが……」
「うん?」

 心の半分は、こいつは大嫌いだと感じている。なのに章が隆也の部屋に遊びに来たがるのはなぜだろう? 自分の気持ちがわかりづらい。

 大学の先輩ではあるが、章が中退してしまったので、学生時代の触れ合いはほとんどなかった。二十歳を過ぎてから再会し、フォレストシンガーズのメンバー同士になり、やがてプロにはなれたものの、まるっきり売れずに章は苛立ち続けている。隆也はそれほどイライラもしていないのがまた、癪にさわるのだ。

 なにかしらで傷ついた気持ちを抱えて、隆也のアパートにやってくる。優しくしてほしいわけでもなければ、そんなときに甘やかしてくれる奴でもないのは重々承知しているのに、それでも来るのは何故だ? 俺は馬鹿なのか? うん、ま、馬鹿だな。

「こいつですよ。こいつが俺の足にぶつかってきたんです」
「おまえがぶつかったんだろ、とは言うまでもないが……」

 当たり前だ。大きなごみ入れが人間の足に故意にぶつかってくるわけがない。隆也のアパートの狭いキッチンに置かれたシルバーのごみ入れを見下ろしている章に、隆也が言った。

「ブリキ缶がはらだたしげにわれをにらむ つめたき冬の夕方のこと」宮沢賢治

 ふんっ!! だから俺はあんたが嫌いなんだよ。でも、うまいこと言うな、宮沢賢治って。


29

 アンコールの声が響く、ライヴ終了後のホールに。
 もうやったじゃないか。アンコール、三曲も歌ったじゃないか。大サービスしただろ。

「もう一曲、やろうか」
「そうだな。やろう」

 なんだってあんたらにはそんなにスタミナがあるわけ? 俺はバテバテだよ。その歌? それって俺のパートはめっちゃ高いんだよ、人の気も知らないで……もうやめようよぉ。

「アンコールに応えてるとキリがないし……」
「いいから、行くぞ」

 背中を押す乾さんに向かって、つい舌打ちをしてしまった。

 若いころにはファンに邪険にしては、乾さんにひどく怒られた。本橋さんだってシゲさんだって、生意気にも幸生だって、ファンをないがしろにすると怒るのだが、乾さんがもっとも怖い。今夜だって、別にファンを拒否したわけじゃない。こんな大きなホールをソールドアウトできたのも、ファンのおかげだと知っている。

 けど、俺は疲れたんだよ。

「章は出ないでおくか」
「……行きますよ」

 皮肉っぽく言う乾さんに皮肉っぽく答えて、最後のアンコールではことさらに声を張り上げた。幸生の場合は歌えば歌うほどにさらに歌いたくなるらしく、打ち上げの席でまで歌っていたが、俺の喉はギブアップ寸前だ。

「章、大丈夫か?」

 うるせえんだよ、あんたに気遣ってなんかほしくない。
 声に出せばつっかかってしまいそうなので、首で返事をして打ち上げ会場から外に出た。寒い戸外の階段にすわりこんで、煙草でも買ってこようかと考えていたら、なにかに睨まれている気がした。

「ブリキ缶がはらだたしげにわれをにらむ つめたき冬の夕方のこと」宮沢賢治

 この寒いのに誰かが外でビールを飲み、そこらにほっぽり出してから蹴飛ばしたのか、道の真ん中にゴールドの完がころがっている。これはアルミ缶のはずだが、真ん中の模様が目のように見えて、睨まれている気もした。

「こんな短歌、なんで思い出すのかな。教えてくれたのは乾さんに決まってるんだから、忘れたらいいのにさ……あの目も乾さんに似てるよ」

 缶に目があるわけもなく、誰かに似ているはずもないのに、あの缶は妙に苛立つ奴なのだった。

AKIRA/end

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オリキャラ比較バトン

お遊び篇

オリキャラ比較バトン(30問)

1.この質問で比較するオリキャラの名前、出演作品を教えて 下さい(何人、何個でも可)

グラブダブドリブシリーズ、フォレストシンガーズシリーズ、ジョーカーシリーズの三つに限ることにします。
いずれもミュージシャンたちが主役です。
 
2.それでは質問です。一番つき合いの長いキャラクターは誰 ですか?

「ジョーカー」の友永冬紀です。

 
3.そのキャラクターが生まれたのは何年前ですか?
  
20年以上前ですね。


4.キャラクターたちの年齢を教えて下さい。

三つのシリーズのキャラたちの生まれたころから、三十代くらいまでを書いています。  


5.キャラクターたちの身長を教えて下さい。
  
いちばん低いのがフォレストシンガーズの木村章、161センチ。
もっとも高いのはグラブダブドリブのジェイミー・パーソン、189センチ。


6.一番美形なのは誰ですか? よろしければどんな容姿か教えて下さい。
 
ジョーカーの中根悠介。
フィリピンと日本のハーフで、183センチ、細身のギタリストです。
花をもあざむく、紫の似合う女性的な美青年ですが、中身はぶっきらぼうで無愛想で口も悪い。性格も悪い。ギャップ萌えってか。 

7.身体的に一番強いのは誰ですか?

グラブダブドリブのドルフ・バスター。 
  

8.では、一番弱いのは?

フォレストシンガーズシリーズの脇役、フルーツパフェという夫婦デュオの夫のほう、栗原準です。  


9.精神的に一番強いのは誰ですか?
 
栗原準の妻、栗原桃恵かも。 


10.同じく一番弱いのは?

8に同じ、栗原準です。  


11.一番性格が良いのは誰ですか?

「性格がよい」にはさまざまありますから一概には言えませんが。
単純に考えたらフォレストシンガーズのシゲ、本庄繁之です。
  



12.では、一番性格が悪いのは?

6と同じ、中根悠介。いや、フォレストシンガーズシリーズの脇役、徳永渉も悠介に張ります。  



13.一番頭が良いのは誰ですか?

これも同じく、中根悠介。
   


14.では、一番頭が悪いのは?(単に学がない、空気が読めない、普通に馬鹿等なんでも可)
   
頭の悪い奴なんか書きたくないからなぁ。
うーん、フォレストシンガーズシリーズの嫌われ者、溝部貞夫でしょうかね。


15.一番生活力があるのは誰ですか?

グラブダブドリブのジェイミー・パーソン。


16.一番路頭に迷いそうなのは誰ですか?

フォレストシンガーズシリーズの女性の嫌われ者。八幡早苗。お嬢さまはツブシがきかない。   


17.一番真っ当な恋をしそう(あるいはしてる)のは誰ですか ?

フォレストシンガーズのシゲです。
   

18.では、普通の恋と縁遠そうなのは?
 
普通の恋ってなんですかー?
というのは置いておけば、フォレストシンガーズシリーズの名(・・?脇役、真行寺哲司。  



19.一番人づき合いが良いのは誰ですか?
   
フォレストシンガーズの三沢幸生。


20.まともな人間関係が作れないのは誰ですか?

ジョーカーの友永冬紀。
   


21.一番守銭奴なのは誰ですか?
 
フォレストシンガーズの事務所の社長、山崎敦夫。  
 

22.一番苦労性なのは誰ですか?

これも21に同じ。あっちゃんです。   


23.一番ヘビーな過去を持っているのは誰ですか?

あまりそういうひとはいないのですが、強いていえばフォレストシンガーズシリーズの脇役、佐田千鶴。
  


24.一番良い思いをしている(あるいはする予定)なのは誰ですか?

著者がえこひいきをするといぢめますので、そんなひとはいません。
  


25.一番辛い目に遭っている(あるいは遭う予定)なのは誰ですか?

えこひいきの対象、フォレストシンガーズの木村章、かな?
   

26.一番多くの謎を持っているのは誰ですか?

18の哲司の恋人、田野倉ケイ。男性です。  


27.これから最も活躍するのは誰ですか?

フォレストシンガーズの五人の予定です。   


28.最終的に一番成功するのは誰ですか?(出世する、お金持ちになる等)

世界的大スターになる予定の、グラブダブドリブ。
  

29.一番愛着のあるキャラクターは誰ですか? よろしければ 理由もどうぞ(全員
でも構いません)

いちばんといえば中根悠介ですが、フォレストシンガーズの五人にも超多大な愛着があります。
 

30.お疲れ様でした! 最後に一言お願いします。
  
現在のメインはフォレストシンガーズですが、あとふたつのグループももっと書きたいです。
読んで下さった方、ありがとうございました。





--------------------------
このバトンのURL:
http://www.baton-land.com/baton/1303

バトン置場の『バトンランド』:
http://www.baton-land.com/

オリキャラを比較する30の質問
この質問は、オリキャラの中から好きなキャラクターを選び出 し、身長、年齢、美形度などを比較するものです。
複数の作品から一人ずつ(あるいは数人ずつ)選んでも、一つ の作品から複数選んでもかまいません。
オリキャラたちを比較 して遊んでみて下さい(笑)








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180「ブルーな朝」

ショートストーリィ(しりとり小説)

しりとり小説

180「ブルーな朝」

 ごく尋常に、おはようございますと挨拶をかわし合う。高部栄子とパート仲間の毎朝はそんなふうだったのだが、ある朝、深田に挨拶をしたら返事がなかった。

「聞こえなかったのかな。考え事でもしていたのかな」

 深く考えはせずに流したのだが、翌朝も深田からは、おはようございます、の声は聞かれなかった。
 朝の挨拶なんていちいち気にも留めず、顔見知りの相手とならおはようと言い合う。誰が挨拶したのかしなかったのかも気にしていない。が、深田に無視されると気になってきた。

 零細企業の事務パート職。隣接した工場には社員もそれなりにいるのだが、事務所には高部、深田の主婦パートと、主任の肩書のある正社員の広野と、女性が三人だけしかいない。工場の事務室には経理や総務もあるが、こちらは広野が責任者で、細々した事務や雑用を担当していた。

 中年女性ばかりの事務室は賑やかだと思われがちだが、雑談で仕事をおろそかにしたりはしない。昼休みも交代で取るので意外にお喋りはしない。それでもたまには個人的な会話もしていて、三人はお互いの境遇をおよそは知っていた。

 そんな小さな事務室で、深田に無視されていると気になる。仕事の話ならばいつも通りだが、深田は栄子にはそこはかとなくそっけなくて、広野にならば向ける笑顔も見せない。おはよう、お先に失礼します、お疲れさま、というたぐいの挨拶も一切しなくなった。

 夫に話すと、女はめんどくさいな、と鼻であしらわれた。息子には、ふんっ、下らない、と言いたげな視線で見られた。

「お母さん、おばさんたちに嫌われるようなことをしたんじゃないの?」
「なにもしてないはずだけどね……」
「いやなにおいがするってことも……ないか。だったらほっとけば?」

 娘だけはアドバイスしてくれたが、ほっとけば? しかないのだろうか。

「高部さんってブログをやってるんですよね」
「ブログですか? いえ、やってませんが」
「そう?」

 こちらは無視こそしないものの、そこはかとないそっけなさは深田に近い。私、ほんとにふたりに嫌われるようなことをしたのかしら、と悩みはじめたころに、広野に尋ねられた。

「高部さん、けっこう文章うまいよねって、深田さんと話していたのよ」
「私のブログを読んだってことなんですか」
「ほら、やっぱりやってるんだ。A子のブログって……自分のブログなんだから私がタイトルを言う必要もないのよね。うん、面白いわよ」
「いえ、やってませんが……」

 信用してくれないので諦めて、栄子は帰宅して夜になってからスマホで「A子のブログ」を検索してみた。夜にはパソコンは夫が使っている。娘と息子のためのパソコンもあるが、母親が見るとふたりそろって怒る。こうなるとスマホしかないので、読みづらい小さな字を必死で探した。

 A子のブログ、誰でも思いつきそうなタイトルなだけに、同じものがぞろぞろ出てくる。栄子や英子や映子など、えいこという名前は一般的だし、少女Aなどともいうのだから、仮名っぽくて使いやすいのかもしれない。

 エロティックな内容のものやら、主婦のブログ、上司の悪口を書き散らしているOLらしき女性のものやら、ニューハーフのものやら、中学生らしき女の子のものやら、面白いのもあってつい寄り道をしたりして、その日は高部栄子のブログだと思われそうなものは発見できなかった。

 翌日はパートは休みで、夫は仕事、息子と娘は学校に出かけていったので、家事をすませると朝からパソコンに向かった。スマホよりは慣れている分、栄子にはパソコンのほうが扱いやすい。

 職場は日・祝のみが休日で、他の日は皆が仕事をしている。栄子たちは週にもう一日、交代で休みが取れる。私がいないと広野さんと深田さん、悪口でも言ってるんじゃないだろうか、疑心暗鬼になっていたのも一時は忘れて、栄子は「A子のブログ」探しに熱中していた。

「これ?」

 ブログ管理人:パート主夫A子
 性別:主夫なんだから男
 年齢:43歳
 身長:158センチ
 体重:47キロ……だといいなぁ。だけど男だから、身長も体重ももっとあります。
 趣味:他人の悪口
 特技:あらさがし
 家族:夫(戸籍上は妻)、高校生の長男、中学生の長女、ハムスターのピック。

 主夫なんだから男、という以外は、栄子とまったく同じだ。栄子は恐る恐る本文を読んだ。

「某月某日

 私の職場にはセマノ、アサダというふたりの女がいる。セマノは正社員、アサダは私と同じパート主夫だ。いや、アサダはパート主婦である。

 セマノは独身。そりゃそうだね。私だってこんな女よりはうちの夫のほうがましだと思うもん。
 どしっと背が高くて重量挙げでもやってそうな体格で、そのくせ力がなくて、ちょっと重いものを見るとパートに押しつける。正社員だからって笠に着て、パートだといいわよね、やめたって旦那さんが養ってくれるんだもの、私はいやなことがあってもやめられないからつらいわ、が口癖。

 悔しかったら寿退社してみろよ。やーいやーい。

 アサダのほうは結婚してるけど、子どもがいないんだ。デブ女で、不倫したいってよく言ってるよ。不潔ったらしい夢だよね。
 あなたはいいわよね。一姫二太郎って理想的だよね。だってさ。「一姫二太郎」の意味を知らねえだろ? うちは一太郎二姫だっつうの。

 そんな調子で嫉妬されて、あたしゃしんどいよ。
 やめられるものだったらやめたいよ。だけど、うちの旦那は、パートなんて楽だろ。子どもたちももう大きくてこれから金がかかるんだから働け、辞めたら駄目だって言うモラハラ女なんだ。
 
 そのくせ家族三人ともに家事を手伝うでもない。
 あたしが痩せてるのは毎日がしんどすぎるからだよ。誰かなんとかしてくれ」

 このひと、本当に男? 主夫? と首をかしげる文面なのだから、これは「主夫」というのがフェイクなのかもしれない。それ以外はまったく栄子と似ていた。

 広野がセマノ、深田がアサダ、わかるひとには簡単にわかりそうな偽名だ。
 ふたりともにおおまかな特徴はその通りで、広野がなにかといえば、私は正社員だから大変だ、と言いたがるのも同じ、体格もそのまま。
 
 アサダも深田そっくりで、冗談でだったら、いっぺんくらい不倫してみたいわ、と笑っていたことがあった。
 他の日の日記もほぼ全部、そんなふうにセマノとアサダの悪口オンパレードだった。
 そりゃあこれを読めば、栄子が匿名で深田と広野の悪口を書きまくっているととられても仕方ないだろう。

「広野さん、あれ、私じゃありませんから」
「あれって?」
「ブログ、見ました。私が書いたんじゃありません。別人です」
「あんなに似た境遇のひとっているの? 偶然だと言いたいの? あり得ない」

 思い込んでいるようで、広野は取り合ってもくれなかった。

「ふーん、そうなんだ。お母さんじゃないんだね」
「違うわよ。私はブログなんかやってないってば」
「見せて」

 中学生に見せるのは……とためらったものの、唯一の味方だと思える娘にブログを読ませた。

「これってなりすまし?」
「なりすましって、お母さんになりすましてる誰かが書いてるってこと?」
「そういうの、あるらしいよ。ピックまで当たってるんだもん」

 だとしたら、家族か、あるいは会社の誰かか。広野か深田が最有力だが、こんな手の込んだことをするだろうか。

「ただの偶然ってことは?」
「それもあるかなぁ。こんなのありがちだもん。お母さん、どうする?」
「どうにかできるの?」
「あたしにはできないけど、学校の先生にだったら調べられるひともいるかもね」
「そんな大ごとにしたくないわ」

 このブログが原因だとだけはわかったので、それだけでも気分はすっきりした。
 それにそれに……内緒だけど、と栄子は思う。こんなにあからさまに私の本音を書いてもらって、どこのどなただかは知りませんが、ありがとう、そっちもすっきりしたわ、でもあった。

次は「さ」です。








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FS四季の味「香気」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

四季の味物語

「香気」

 人に疲れてしまう、などと言うと、メンタルが弱いとか、今からそんなことを言っててどうする?! 未熟な新人が、とか、子役からやっと脱しつつある程度のくせに、とか叱られるのだが、日々、人と接していると本当に疲れる。僕には人の心の裏なんかわからないから、空気の読めないお子ちゃまだと笑われるし。

 だって、まだ高校生だもん。
 ほんとにお子ちゃまなんだもん。しようがないじゃないか。

「川端としのりさん?」
「わっ、はっ、ちがいますっ!!」
「本当? 似てるね」

 仕事では人と接してばかりいる。俳優の仕事はひとりでなんかできやしない。なのだから、休みの日には雑踏にまぎれてしまいたいと願う。なのにこうして見知らぬ人に声をかけられるようになった。二十代と思しき、背の高いスタイルのいいお姉さん。彼女は僕が川端としのりではないと否定しても信じてくれず、ずっとついてきた。

 フォレストシンガーズをモデルにした深夜ドラマ「歌の森」で三沢幸生を演じるようになってから、川端としのりの知名度は上がってきた。顔も知られるようになってきた。最高じゃん!! よかったね、と本物の三沢さんは言うが、僕としてはあまり嬉しくない。

「ほんとにちがうの? 嘘でしょ」
「……すみません。川端です」
「きゃああ。やっぱりそうだった!!」

 嘘は苦手なので正直に白状すると、彼女は僕の腕に腕を絡めた。身長は同じくらいだろうが、彼女は高いヒールの靴を履いているので、僕の目線が下になる。

「としくん、ファンなんだよ。でも、あんまりとしくんとしくんって連呼しないほうがいいね。注目されちゃうもんね。あたしがひとりじめっ!! あたし、ポンコ、よろしくね」
「ポンコさん? ですか」
「そうだよ。ポンコ」
「は、はあ」

 ニックネームなのか、源氏名ってやつか。
 夕方の繁華街の雑踏の中、これもナンパされたと言うのだろうか。ポンコさんはスタイルがよくて美人だから、遊び人の男だったりしたら嬉しいのだろうか。僕はひたすら気が重かった。

「としくん、彼女はいるの?」
「いません」
「草食系って感じ? そんな感じだね。好きな女とかもいないの?」
「いません」
「好きな男はいるの?」
「恋愛じゃなくて好きな男のひとだったらいますよ」
「そっかぁ。かーわいい!!」

 可愛い可愛い、と言っては、ポンコさんは僕の側頭部にほっぺたをすりすりさせた。

「これからどこ行く? 飲みいく?」
「僕、未成年ですから」
「そんならジュース、飲みにいく? ねっねっ……」

 ホテルでもいいよ、とポンコさんは囁き、困ってしまった僕がうつむくと、可愛いっ!! と叫んでぎゃはぎゃは笑う。いやだなぁ、怪獣みたいだ、怖いよぉ、誰か助けて。

「あの、ですね」
「なに?」
「あなたが男性で、僕が女性だったとしたら……ですね」
「うん?」
「あなたのしていることは犯罪ではないのでしょうか」
「そっか? うん、だからどうした?」
「いえ、あの、だから……」
「なにが言いたいんだ? おまえは女に恥をかかせんのかよ」
「……いえ、あの……」

 急に怖い顔になったポンコさんは腕を振り払い、僕をぐっと睨んだ。

「あんたは若いんだろうが。未成年って、二十歳ちょっと前くらいだろ? やりたい盛りだろ。女のほうから誘ってやってんのに、なんだその態度は。俳優ったってたいして売れてもいないのに、でかい面すんなよな。ネットの掲示板に書いてやろうか、え?」
「えーっとぉ……すみません」

 でもでも、僕は未成年なんだから、無理強いされとしたらポンコさんのほうが罪になるのでは? そこまでは言えずに固まっている僕に、ポンコさんは捨て台詞を吐いた。

「馬鹿野郎!!」

 そして、そのまま行ってしまった。
 ああ、怖かった。解放されてよかった。死にたいほど安心した僕は、慌てて地下鉄の駅へと走っていき、家に帰った。こんなときにはこれに限る。

「……うんうん、ただいま。寂しかった? お茶を淹れるんだから邪魔しないでね。熱いよ。火傷するよ。きみたちは熱いお茶なんて嫌いでしょ。この匂いもいやなんだろ? こらこら、ミーシャ、そんなところで砂かけしないで。こんなにいい香りなのに、きみたちはなぜこれが嫌いなの? お父さんの靴下のにおいのほうが好きなんだから、きみたちとは香りの感覚がちがいすぎるんだよね。はいはい、どいてね。いいよ、ポーラ、膝においで。マリーンも膝がいいの? 喧嘩しないでね。エミリーはなに狙ってるの? 飛びかかってきたりしたら危ないよ。熱いんだからね」

 我が家で暮らしている十二匹の猫のうち、半分くらいは僕の部屋に集まってきている。
 にゃんこたちに邪魔をされつつも日本茶を淹れ、猫たちに囲まれてお茶と猫の香を鼻孔いっぱいに吸い込む。街に出て怖い想いをするよりもずっといい。これからは休みの日には外に出ずに、ひきこもりとしくんになろうっと。

END









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FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2018/1

forestsingers

フォレストシンガーズ

超ショートストーリィ

2018/1

 あけましておめでとうございまーす!!
 元気のいい挨拶をしてから仕事もして、クリちゃんとふたりでスタジオの外に出た。

 大晦日に地方のテレビ局で仕事をして、明けた今朝が本当のお正月。クリちゃんと結婚してから夫婦デュオとして歌手になり、こうしてよそでお正月を迎えるのははじめてだ。

「クリちゃん」
「なあに、モモちゃん? あ、あけまして……」
「こんなときには乾さんだったら、短歌で新年のあいさつをするんだよ。クリちゃんもやってみて」
「え? え……え……短歌?」

 社長にスカウトされて所属することになったオフィス・ヤマザキには、フォレストシンガーズがいる。モモちゃんはフォレストシンガーズの五人のお兄さんたちに憧れていて、なにかといえばクリちゃんとお兄さんたちを較べるので、クリちゃんは困っている。

 むこうは三十代の大人で、クリちゃんは二十代にも見えない頼りない子どもなんだから、較べたらかわいそうだとモモちゃんだって知っている。だけど、苛めたくなるんだもん。こういうのもモモちゃんの愛情表現なんだもん。

「スマホは駄目。自分で書けたらキスしてあげるよ」
「短歌は詠むって言うんだよ。読書の「読む」じゃなくて、「詠嘆」の「詠む」だよ」
「そんなのどうでもいいの。詠んで」
「……んんっと……」

 いつまでもいつまでクリちゃんは悩んでいる。お天気のいい元日の朝だけど、外は寒いから窓は閉まったままだ。綺麗なガラス窓の外には、立派な門松が見えた。

「乾さんって西行って人が好きだって言ってたよ。西行で検索してみたら?」
「スマホ、使っていいの?」
「しようがないな。よその人が詠んだ短歌でもいいから、ぴったりの出してみて」
「わかった。モモちゃん、ありがとう」

 無理難題を吹っ掛けてから譲歩してあげればお礼を言うのだから、クリちゃんって可愛い。
 スマホを操作してからクリちゃんが出してきた短歌は。

「しめかけてたてたる宿の松にきて 春の戸明る鴬のこゑ」西行

 春って新春のことだよ、なのだそうだから、うん、クリちゃん、ぴったりだね。この短歌の意味はモモちゃんにはよくわからないけど、お正月らしいから合格。

MOMO/新婚のお正月に

momo.jpg










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FS四季の味「美味」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

四季の歌・味物語

「美味」

 好き嫌いは特にない。甘いものは嫌いだが、食べなくてはならないのだったら食べる。フォレストシンガーズが売れていなくて、真冬の温泉場でイベントに出演する前夜、みんなで歌の練習をしていたとき。

 宿舎の娘さんが大きな鍋を運んできてくれた。
 中身はみんなが大嫌いな汁粉。関西では善哉と呼ぶ、あんこを煮たのに餅を入れたおやつだった。
 あのときにはみんなして困ったのだが、もちろん食べた。味は問題外で、娘さんの優しさと善哉のあたたかさが全身にしみ渡ったものだ。

 そんなだから、繁之には食べ物の好き嫌いのある人がぴんと来ない。

「幸生は嫌いなものってあるのか?」
「食べもの? 甘いのはいやだな。お菓子も嫌いだし甘いおかずも嫌いだよ」
「好きなものは?」
「んんと……肉じゃが、ブタのしょうが焼き、トンカツ、かつ丼」
「豚肉が好きなんだ」
「牛肉も好きだよ」

 ということで、フォレストシンガーズの他三人にもインタビューしてみた。

「乾さんは?」
「俺はばあちゃんっ子だから、おしゃれな料理は苦手だよ。祖母の作ってくれた鄙びた田舎料理みたいなのが好きだな。ぶり大根、豆腐の田楽、きんぴら牛蒡、切り干し大根の煮物」
「単体の食べ物はなにが好きなんですか」
「大根と豆腐かな。嫌いなのはおまえたちと同じ、甘いもの」

「本橋さんの好きな食べもの、嫌いな食べ物は?」
「乾はさすがに、年寄りくさい趣味だよな。俺も手の込みすぎてる食いものは苦手だ。フレンチもイタリアンもいらない。江戸前の食い物が好きだよ」
「天ぷらとかウナギとか寿司とか?」
「そうそう。寿司、食いたいな」
「嫌いな食べ物は?」
「お好み焼きと汁が白いうどんだ。蕎麦のほうが断然うまい」

 あれは汁が白いんじゃなくて……と繁之としては言いたいところだが、江戸っ子の真次郎は東京の食べ物をひいきしているのだから、関西の肩を持ってはいけないのである。

「俺の嫌いなもの? ネギ、生姜、山椒、とかの薬味類はいやだな。生玉ねぎや茗荷やら山菜やら、刺激の強いのも苦手。俺の好きな食べものかぁ……」
「ジンギスカンか?」
「北海道というとジンギスカンしか知らないんでしょ」

 問題はこの御仁だ。木村章はすべてに於いて偏食が激しい。
 音楽でも人間でも好き、嫌いがはっきりしているのだから、食べ物に関しても同様だ。しかも好きなものよりも嫌いなものが多い。

 地方に仕事に行くと、土地の名物を勧められることもよくある。他の四人はたいていのものはおいしくいただき、健啖家の繁之はいつも喜んでもらえるのだが、章は気難しいので困るのだ。

「きのこだのイノシシの肉だの、そういうのも嫌いだ。俺は大衆食堂で出てくるみたいな、アジのフライやサバの味噌煮がいいですよ」
「安上がりなんだけどな」

 食べものの好みにはノスタルジーがつきまとう。

 肉じゃがが好きって、これはうちの母ちゃんの得意料理。マザコンだって言われそうだから内緒だけどね、と幸生はこっそり呟く。

 俺のグランマ・コンは周知の事実だからいいんだけど、作るほうに得意な料理はたびたびこしらえ、しょっちゅう食べるからなじんでますます好きになる。飽きないのが田舎料理のいいところだな。男は、男は、と言いたがる祖母だったけど……と隆也は思い出す。
 男は台所に入ってはいけません、とは言わず、料理を教えてくれたのは感謝してるよ、ばあちゃん。

 章のことは言えないくらい、俺の好みもかたくなだな、と真次郎は苦笑する。
 やっぱり食べ慣れた味がいちばんかな。素朴で荒っぽい料理で酒を飲む。俺にはそれが一番だ。

 人間、好き嫌いがあって当然だろ。食いものだって音楽だって他人だって、その他諸々にしたって、なんでも好きだって言うほうが変なんだよ、と章は開き直る。頼むから俺に、おいしいよ、食べてみろよ、って言わないでくれ。嫌いなものなんかなんだって食いたくないんだから。
 
「って話を、この間、みんなでしたんだよ。恭子ちゃんには偏食ってある?」
「ない。私は食べものはなんでも好きだよ」
「ゲテモノとかは?」
「ものによるんじゃない? 鳥の赤ちゃんが入ったゆで卵とかってあるんでしょ? アリの載ったバタートーストとか、蜂の子とか、あとはブタの臓物とか? そういうのだったら食べられる。食べたことないのは食べてみたーい」
「そうだよな」

 半年ほど前からラジオの仕事でパートナーになった、テニス選手の川上恭子。彼女の反応は繁之にはたいへんに好もしい。食べものについての趣味が合うというのは、一緒に暮らしていく上では重要だ。一緒に暮らす……それって……つきあってもいない相手なのにそんなふうに想像してしまって、繁之はひとりで照れていた。

END







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179「類は友を呼ぶ」

ショートストーリィ(しりとり小説)

しりとり小説

179「類は友を呼ぶ」

 大きいことはいいことだ。
 一時、流行したフレーズだそうだ。大子の父も大二郎の父もそのフレーズに共感して、娘と息子の名前に「大」の字を使った。

「男の子はまだいいけど、女の名前に大って、まちがってると思わない?」
「大子って書いてヒロコ、おまえは顔がでかいからぴったりじゃないか?」
「……あんたは身体がちっちゃいのに大二郎って、名前負けしてるよね」

 高校で同級生になり、親しくなったのは名前のせいもあったのかもしれない。大子もさして身体が大きいほうではないのだが、すこし太目なのが顔の大きさのせいで際立って見えて、ああ、大きい子なのね、と教師にまで納得顔で言われたりした。

 友達同士だった高校時代には、遠慮もなく罵り合っていた。高校を卒業して大子はコンピュータ専門学校に、大二郎は大学の電子工学科に入学したのは、ふたりともに目指す職業は近く、ただし、大子は実務資格を、大二郎は学歴を望んだせいもあった。

 四年間は離れていたのだが、大子が就職して二年目に、大二郎と再会した。大二郎は同業他社に、大子よりは一年遅れて入社していた。

「大子といると気楽だよ」
「私も、身構える必要がないから、ダイちゃんとこうして喋ってるのは楽しいな」
「高校時代の同級生感覚のまんまだもんな」

 そうして二十代の前半には、ふたりは甘さのない恋人同士としてつきあっていると、大子は認識していた。それにしても私って女としては魅力ないんだろうか? と悩みはじめたのは、大二郎が性的な触れ合いを一切してこないからだった。

「そうなんだ。ヒロコの彼ってキスもしないの? つきあってるんでしょ?」
「つきあってるよ。もう二年はつきあってる」
「ダイちゃんってホモじゃないの?」
「そんなふうじゃ全然ないけどなぁ……」
「私がたしかめてあげようか」

 専門学校時代からの友人、実夕に話すとそう言われて、だったら紹介しようか、となった。実夕は恋愛経験も豊富で、草食系なのかホモなのか、見たらわかるよと言っていたからもあった。

「あれはホモじゃないよ」
「ほんと?」
「ほんとほんと。ヒロコのほうから誘惑したらいいんだよ」
「……ん」

 意を決して、大子は大二郎と食事をした際に言ってみた。

「明日は休みなんだよね」
「明日は土曜日だから休みだよ」
「お金はあるからさ……えと、私がおごるから、いっぺん、あそこに泊まってみない?」
「あそこ?」

 十代から友達だった大二郎には、大子とてセクシャルな誘いはかけにくい。どうにも言いづらくて、レストランの窓から見えるシティホテルを指さした。おそらくは大二郎も、大子と同じ理由でなにもしないのだと思えた。

「あ、ああ、そか」
「そかって……」
「いいよ、行こう。割り勘でいいよ」
「そ、そう?」

 離れていた時期には大二郎にも彼女がいたらしい。大子には彼氏と呼べるほどの存在はいなかったが、二十歳のときに専門学校の講師となんとなくそうなった経験があった。はじめてベッドに入ったとき、彼が大子の顔を両手ではさみ、まじまじと見つめ、言った。

「ほんと、顔、でかいな」

 むかっとしたので、続けてつきあう気にはなれなかった。
 五年ぶりの二度目の経験。ああ、私、やっぱり大ちゃんがいいわ。大ちゃんとは身体もしっくり合うんじゃない? こうして抱き合ったんだから、本当の恋人同士になったんじゃない?

 それからは一週間か十日に一度くらい、デートしてはホテルにも行くようになった。費用は何もかもが割り勘なのも、友達からはじまったのだから当然で、大子にもそのほうが気楽でよかった。

「大子、私、結婚するんだ」
「あ、そうなんだ。おめでとう」
「大子にも結婚式に来てほしいんだけど、まずいかなぁ」
「どうして? お相手は私の知ってるひと?」
「そうなんだ。だからまずいかなって……大ちゃんに聞いて」
「大ちゃん?」

 なぜここに大ちゃんの名前が出てくる? 首をかしげている大子に向かって、くふっというような笑い声を聴かせ、実夕は電話を切ってしまった。

「実夕が結婚するんだって」
「うん、知ってるよ」
「大ちゃんに聞いてって言ってたけど、どういう意味?」
「そういう意味だよ。実夕と結婚するのは俺だもん」

 いやな胸騒ぎがして、電話ではなくメールにした。大子のメールへの大二郎からの返信を読んで、ケータイを取り落としそうになった。

「だって、大ちゃんは私とつきあってるんじゃなかったの?」
「つきあってるってか、友達だろ」
「友達とホテルに行くの?」
「あれはおまえが行きたがったからだよ。楽しかったんだろ? 友達ったって大子は女なんだから、嫌いじゃないんだから抱くことはできたよ」

 嫌いじゃないからできた……そんな感情だったのか。電話は面倒だからメールでいいよ、と書き添えて、大二郎は律儀に返信だけはよこした。

「大子が実夕を紹介してくれたときには、好きなタイプだと思ったんだ。俺はああいう華奢で顔も小さい女の子が好きなんだな」
「そんなこと、ひとことも言わなかったじゃないか」
「おまえの前でおまえの友達を褒めるなんてルール違反だろ」
「それで、私と寝て実夕とも……」
「だから、実夕は彼女、おまえは友達」
「友達と寝るなんて信じられないよ」
「おまえは俺が彼氏のつもりだったのか? 俺、つきあってほしいなんて言ってないよ。おまえもそれは言ってないじゃないか」

 デートだけならば友達同士でもいいかもしれないが、寝た以上は恋人になった、暗黙の了解だと思っていた大子がまちがっていたのか。

「だからさ、実夕と結婚したっておまえは友達だよ」
「寝るのも続けるの?」
「嫁がいてよその女と寝るのもルール違反かな。大子は俺たち夫婦の共通の友達ってことで、これからもよろしく。楽しかったよ」
「……実夕は知ってるんだよね」
「大子とつきあってるの? って訊かれたから、つきあってないって言ったよ。大子は実夕に俺と寝たって言ったのか?」
「ちらっとは……」

 どうだった? と実夕に訊かれ、一応成功、とだけは応じた。やったね、と笑った実夕には、それ以上は話していない。大二郎との間の秘め事を他人に話すのはいやだ、と大子は思っていた。

「すぎたことだな。結婚式には来てくれよ」
「招待するつもりなの?」
「友達だもんな」
「……行きたくない」
「そっか? なんだよ、被害者ぶんなよ。遊ばれたとでも思ってる? 遊んだのはお互いさまだろ」

 被害者ぶんな、との文面が心につきささり、これ以上なにを言っても徒労だと感じた。そこで大子はメールを終了し、遊ばれたんじゃない、私が大二郎と遊んでやったんだ、と気持ちを切り替えることにした。

 冷静に冷静に。被害者ぶりたくはないけれど、悪いのは大二郎だ。あんな男だとは思わなかったおのれの不覚も羞じるべきだ。しらっと友達の彼氏を強奪する実夕も最悪の女だ。けれど、被害者ぶって結婚式には欠席するのも癪だから、なに食わぬ顔で出席してふたりを祝福した。

「大子って心が広いよね」
「さすが、俺が親友だと思ってる女だけあるよ」

 新郎新婦はそう言ったので、大子も広い心で笑っておいた。「大」の字には「ひろい」という意味もあって、父はそのつもりでこの名前をつけてくれたのだ。顔が大きいからではないのである。

「子どもができにくいらしいんだよね。検査してもらったの」
「そうなんだ。まだ二十代なんだから、ゆっくり気長にがんばるしかないんじゃない?」
「人ごとだと思って呑気だね」

 結婚してからも実夕は時々、電話をしてきて愚痴る。大二郎も大子にメールを送ってきた。

「外見は理想のタイプなんだけど、実夕は口うるさくてさ、不妊治療をはじめたから金もかかって、節約節約ってうるさいんだよ。大子からも言ってやって。あんまりガミガミ言ってると旦那に愛想つかされるよって」
「大ちゃんこそ、実夕に捨てられるよ」

 日にち薬、時がすべてを洗い流してくれる、そういう俗説は真実なのかもしれない。五年もたてば大子の中でも大二郎と実夕との当時の関わりは「過去」になっていった。

 去年、駅の改札口近くに落ちていた小銭入れを拾って駅長室に届けた翌日、駅長から電話がかかってきた。小銭入れとはいえ、大切な鍵が入っていたそうなんですよ、持ち主がお礼を言いたいと言われています。えーっと、持ち主は……と駅長が告げたのは、大子も治療してもらったことのある、歯科医師の名だった。

「ああ、斉木大子さん、大のつく名前の女性は珍しいのもあって……あ、失礼。いや、記憶にありますよ」

 ドラマみたいな出会いだった市東医師は、お礼にと食事をごちそうしてくれ、二度、三度とデートに誘ってくれた。

「大子さん、僕と交際してくれませんか」
「そんな……私なんかと……私なんかとつきあわなくても、お医者さんってもてるんでしょ」
「歯科医はたいして収入もよくないし、僕はもうじき四十だし、背も低いし、もてないよ」
「もてないから私と?」
「もてたとしても大子さんとおつきあいして、ゆくゆくはお嫁さんになってほしいな」
「……」

 裏切られるのなんて慣れている。軽い気持ちでつきあえばいい。そのつもりでうなずいたのだが。

「結婚しよう」
「……え? 私と?」
「そうだよ。一年はつきあったんだし、年齢的にも早すぎはしないでしょ? いや?」
「いやなんかじゃ……」

 自分で言うよりも収入はいい。背は低いが見た目には清潔感もある。年齢は三十五歳になった大子の六歳上。市東豊には母親はいない。大子の両親は大喜びし、豊の父親も言った。

「大子さんはコンピュータに精通してるんだね。うちのその方面の責任者になってもらえそうだな。そちらは結婚してからとして、豊をよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

 燃え上がるような恋情はないが、思い起こせば大子はそれほどの恋をしたことがない。どうにか出産も可能な年頃で、じっくりした年上の男性と結婚するのもいいではないか。正式に結婚式の日取りなどが決まってから、大子は大二郎と実夕の夫婦に報告した。

「大子が結婚するの? 物好きもいるもん……いやいや、嘘だよ。何者? 歯医者? うわ、逆転ホームラン。いやいや、いいよ、紹介してよ。大ちゃんと四人でごはん食べようよ」

 実夕は電話でそう言い、大二郎はメールをよこした。

「そっかぁ、大子も結婚か。歯医者かよ。なかなかのおっさんをつかまえたんだな。俺がどんな男か見てやるから、実夕の言う通り四人で食事しよう」

 昔ほどにはつきあいはなくなっているのだが、実夕とは電話で、大二郎とはメールで時々会話をかわす。彼らの結婚式には招待されたのだから、大子の結婚式にも呼ぶのが筋だと思っていた。

「大子って何人目の彼?」
「俺を彼の数に入れるなよ」
「えーっと、初体験の話、聞いたよね。いつだっけ?」
「大子の初体験って俺じゃないのか? あれれ? あ、ごめん。そんな話を大子の婚約者の前でするなよ、実夕」
「そだね、あとでね」

 初対面の挨拶もそこそこに、大二郎と実夕はそんなことばかり言う。豊は苦笑いしていた。

「あのひとたちの言ったこと、気にしてる? そりゃあ、大子さんにだってモトカレくらいいるでしょ」
「豊さんは気にしてないってことね? まあね、なんにもなかったとは言わないけど……」
「僕にだってモトカノはいなくもないし、気にしないのが一番だよ」

 鷹揚にも豊は言ってくれたのだが、腹に据えかねていた大子は実夕に電話をかけた。

「だってさ、大子ばっかり幸せになれるみたいで悔しいんだもん。大子のせいで私たちは離婚の危機なんだよ」
「私のせい?」
「大子はいまだに大ちゃんとメールしてるでしょ。それに、大ちゃんったら喧嘩をしたら、見た目はおまえのほうがいいけど中身は大子のほうが上だって言うんだよ。大子がしゃしゃり出てくるから……」

 そんなもん、知らんがな、であった。一方、大二郎はまたまたメールをくれた。

「大子が実夕によけいなことを吹き込むからもあるんだ。子どもができないのは俺はそれでもいいんだけど、実夕はほしくてたまらないみたいで、不妊治療によけいな金を使うからうちには余裕がない。これで大子が結婚して妊娠でもしてみろ。実夕は手がつけられなくなりそうで恐怖だよ。おまえは子どもなんか産むなよ」

 またまた、知らん知らん、である。
 そうやって不平不満満載になりながらも、離婚はしないのも彼ららしいのかもしれない。まさしく、この夫婦は似たもの同士なのだ。結婚式に呼ぶのもやめたほうがいいかな、徐々に疎遠にして、妊娠したとしても知らせるのはよそう。
 
 知り合ってから、大二郎とも実夕とも二十年前後、ことここに至ってようやく、大子もそれに気がついたのであった。

次は「ぶ」です。








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FS四季の味「甘酸っぱい」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

四季の味物語

「甘酸っぱい」

 カルピスは初恋の味。コマーシャルで聞いたこのフレーズは、ナツのお気に入りだ。

 芸名はハル、ナツ。ふたり合わせてハルナツコンビ、ハルナツデュオ。十六歳の双生児は、アイドルオーディションを受けて不合格になったものの、別の事務所から誘われてデビューした。CDも出したのだが、売れなくて、最近の仕事といえば「歌の森」という深夜ドラマ出演以外には特になかった。

 深夜ドラマとはいえ撮影は深夜ではないので、十六歳にだって働ける。「歌の森」というドラマはフォレストシンガーズの青春時代を描いているのだそうで、ハルナツには古すぎてむしろ新鮮な時代が舞台になっていた。

 リアルな時代としては現在から二十年近く前。ハルナツは当然、生まれてもいない。
 そんな大昔に、東京の大きな大学に本橋真次郎、乾隆也、山田美江子の三人が入学してきた。ドラマはそこから開始する。その後、本庄繁之、小川清彦、木村章、三沢幸生も一年、二年遅れで大学に入学する。小川清彦以外は実名のドラマだ。

 後にフォレストシンガーズを結成する青年たちのうちの、三沢幸生。彼には妹がふたりいる。幸生はひとり暮らしなので妹たちの出番は少ないが、その役がハルナツ。幸生の妹の雅美と輝美は双生児ではないが、ふたつちがいでそっくりなのだそうで、ハルナツにも似合う役柄だ。

 三沢雅美、三沢輝美は実在する一般人なので、ドラマの中ではハルミ、ナツミと、ハルナツに合せた名前になっている。双生児という設定にも変わっている。フォレストシンガーズ以外の登場人物はほぼ全員、微妙になにかを変えてあるのだそうだが、見るひとが見れば誰だかわかるのだそうで。

 フォレストシンガーズ? そんなのいたっけね。
 おじさんたちの歌のグループだよね。おじさんには興味ないんですけど。
 その程度だったのだから、ハルナツはドラマのどの部分がフィクションなのかも知らない。そんなのどうだってよくて、仕事があるのは嬉しいな、の認識だ。本職は高校生なのだから、そうは忙しくないほうがいいのである。

「ああ、この味、これだよね」
「ナツ、おまえ、十六だろ?」
「そうだよ。だからカルピスにしてるんじゃん」
「ただのカルピス?」
「そうだよ」

 昼間は出番があったので仕事をして、終わってからスタッフたちに混ざって食事に行った。いつの間にやらハルが消えてしまい、ナツはやむなく居酒屋に流れた半分ほどのスタッフについてきた。その店にいたのがVIVI。彼もまた「歌の森」の共演者で、木村章を演じている。

 疑わしそうにナツを見て、だったら俺にちょっと飲ませろ、などとVIVIは言う。ナツはVIVIをぐっと睨み据えた。

「あんたに飲まれたらあと、気持ち悪くて飲めなくなるんだよ」
「セクハラだってか?」
「セクハラでもなんでもいいけど、気持ち悪いんだよっ」
「そんなに怒らなくても……男は気持ち悪いってほう?」
「気持ち悪いよ」
「そっかぁ。俺にはハルとナツの区別がつきにくかったけど、おまえの言ってることが本当だとしたら、中身はずいぶんちがうんだな」

 ただのカルピスではなくカルピスチューハイだが、VIVIに咎められる筋合いはない。マスコミの連中がいたとしても、ナツが飲んでいるのはアルコールだとは気づかれないはずだ。喫煙は一目でばれるが、酒とカルピスなんて見た目は同じなのだから。

 それはいいとして、VIVIの言いたいことは、なんとなくナツにもわかった。

「あたしはあんなエロJKじゃねえんだよ」
「あ、なるほど」

 そのひとことで、VIVIにもわかったようだった。

 もてちゃってもてちゃって、困るんだよね、という言葉とは裏腹に、嬉しくてたまらないらしいハルは、売れなくてもアイドル稼業が楽しくてしようがないらしい。あたしたちはふたりだけで、身体を張って働いている、とハルは誇らしそうにしている。

 近頃の女子アイドルはやたらに人数の多いグループだらけなので、ハルナツのようなのは少数派だ。だからってどこがどうちがうの? 人数だけじゃん、とナツは思っているが。

「ナツは昭和時代の女学生みたいだな」
「意味不明」
「俺、今度、昭和の時代のドラマに出るんだよ。「歌の森」は古いったって二十一世紀はじめくらいだけど、次は昭和三十年代、うちの親が生まれたころかな」
「オールディズとかってやつ? 流行だよね。viviはおかまの役とか?」
「そうじゃなくて、エレキ抱えたロカビリーボーイだよ」

 なんとなく聞いたことのあるような言葉ばかり連発しているviviに、ナツは適当に相槌を打つ。なんとなくわかればいいのである。

「主人公はそのころの女子高校生で、当時、自由恋愛ってのが流行り始めた。主人公は潔癖症で、男と立ち話をしている同級生を見ては、不潔!! とか言って怒ったり、先生に言いつけたりするんだ。そしたら先生が、あなたは古いわね、とかって言うんだよな」
「その女子高生があたしに似てるって?」
「ナツのはそんな気分じゃないわけ?」
「ハルが不潔? 意味不明」

 不潔じゃなくて馬鹿なだけさ。
 アイドルと遊びたくてうずうずしている、ちゃらい男の甘言にたぶらかされて、もてるもてるって喜んでる馬鹿。あたしはハルみたいには絶対にならないね。

 恋なんてものはカルピスで味わえばいい。そんなものはなくてもいい。
 それよりもあたしは、アイドルやタレントを売り出す立場になりたい。アイドルなんてのは一瞬で消えていって、ああ、そんなのいたな、と言われるだけだけど、プロデューサーは次々に戦略を打ち出しては、新しいアイドルを世の中に出ていかせる。そっちのほうがずっと面白そう。

 だから、ハルナツとしての仕事はそんなになくてもいいんだ。あたしはこの世界をじっくり見極めて、将来はトッププロデューサーになるんだから。viviの話は聞き流しつつ、ナツはそんなことを考える。そのために……そのためには……。

「ああ、そうだね」
「だろ? ナツ、わかってんじゃん」

 なにがわかっているのか、ナツにはわかっていないが、viviとは会話が成立している。ナツにわかったのは、そのためにはハルも役に立つね、ということだった。ハルには別の面からこの業界を観察してもらって、将来はナツの片腕になってもらうのだ。

 そのためには、大学にも行ったほうがいいかもな。大学院も考えたほうがいいかもな。そういう方面の勉強も必要だよな。俗っぽいことはハルにまかせておいて、あたしは別方面を固めよう。

 そして時々は、カルピスチューハイの甘酸っぱさに身をゆだねる。あたしはこれだけで幸せ……なんだって男とどうこうするのが楽しいのか、ハルの気持ちはさっぱりわからない。酒なんかよりもキスのほうがおいしいよ、とでもハルは言うのだろうか。

END








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燦劇のパール by たおるさん

いただきました

201712252215065ccぱーる

フォレストシンガーズストーリィの脇役として突然出てきた燦劇。
むごたらしい劇ではなく、きらびやかな劇。
美貌が売りのビジュアル系ロックバンドです。

宝石をコンセプトに、サファイア、エメラルド、ルビー、トパーズ、パール。
五人の美青年たちはフォレストシンガーズの後輩バンドです。
やってる音楽はまるっきりちがって、お互いに、理解できん、とか思ってますが。

そのうちのひとり、キーボードのパールをたおるさんが描いて下さいました。

私のサボリのせいで、クリスマスごろには完成していたのに気づかず。
気づくのもアップするのも遅くなって、たおるさん、本当にすみません。

ファイ「おい、これどこの女だ? 綺麗だな。ねえねえ、彼女、俺と……」
トピー「まーたはじまったよ、ファイの美人ナンパ癖。でも、ほんと、綺麗だな」
ルビー「ファイがその気になったんじゃ、俺たちにはどうしようもないね。うん、彼女、可愛い……」
エミー「けどさ、あれ? 胸がないじゃん、女か、あれ?」
パール「うふふ」

他四人「あーっ!!」

仲間たちも一瞬、女の子かと思ったほど美人のパールに描いて下さって、たおるさん、ありがとうございました。
今年もよろしくお願いします。









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FS四季の味「クリスマス・甘ったるい」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

四季の歌・味

「甘ったるい」

 手軽に飲める缶入りの酒なども多種あるが、カクテルだのサワーだの、甘い酒を飲んでおいしいと言う奴を見ているとうげげと思う。人の嗜好は自由なので勝手に飲んでいる分にはいいのだが、おいしいよ、本橋くんもどう? と勧める奴は嫌いだ。

 お菓子も嫌い、甘いおかずも嫌い、甘い酒も嫌い、アイスクリームなんかも食いたくない。甘いものは大嫌いなのはガキのころからだっただろうか? 小学生だったらチョコレートなどは食ったが、バレンタインにチョコレートをもらうのはいやではなくても、食いたくはなくなった。

 ムードにしても甘いのは苦手だ。
 恋人同士ってどうして、甘さを漂わせる必要があるのだろう。女はどうして、甘い言葉を欲するのだろう。ね? 愛してる? と質問して、愛してるよ、と言わせたがるのだろうか。

中学生のときのは幼すぎて恋愛でもなかった。高校のときには彼女はいなかったから、大学生になってから三人の女とつきあった。そうすると、ルミは四人目の彼女か。

 本橋くんは優しくないんだもの……いくら優しくしているつもりでも、すねて口をきかなくなった女。
 女の子の気持ちがわかっていない、とやっぱりすねて、俺を詰った女。
 キスが下手だね、愛がこもってないよ、愛してると言ったら許してあげる、と言いたがる女の口をキスでふさいだ俺。

 すこしずつ大人の恋愛になりつつあるのか? 俺にはわからない。ルミはこの春に高校を卒業してCDショップで働きはじめた十八歳。彼女は年齢的には子どものようなものだが、俺のほうも精神的に大人になっていなくて、ふたりともに戸惑っているような気もしていた。

「クリスマスは休めるよ。本橋さんはアルバイト?」
「いや、俺も休むよ。デートしよっか」
「ほんと?」
「ほんとほんと、約束だ」
「うん、嬉しいな」

 目をキラキラさせて寄り添ってくるルミは背が高くてほっそりしていて、可愛い顔をしている。俺が一目惚れしたのだから、接客業をやっている彼女には誘惑だって多いだろう。しっかりつなぎとめておかなければ。

「どこに行きたい?」
「クリスマスの定番デートってしたいな」
「それってどんな?」
「イタリアンレストランでディナーを食べて、素敵なホテルですごすの」

 雑誌に載っているようなやつか。そんな俗っぽいの……とけなすと嫌われそうだ。イタリアンだったらそんなに高くもないが、ホテルは高いだろう。
 親元から通っているルミ、みすぼらしいアパート暮らしの俺。クリスマスイヴに俺の部屋でなんて、侘しすぎるからホテルを取るのは当然かもしれない。

 レストランもホテルもどうにか予約が取れて、金もなんとかなるかなと胸算用もできた。大学四年の年にフォレストシンガーズを結成し、卒業してからは乾と俺はフリーター暮らしだ。来春にはシゲとヒデも大学を卒業する。来年にはデビューできるだろうか……だろうか、ではいけない。しなくては。

 その翌年には幸生も卒業する。五人のメンバーが全員フリーターにはならないように、一刻も早くプロになりたい。ならねば。

 決意がどれほど堅くても、世の中は無情だ。そうたやすくプロにはしてくれない。してくれない、ではなくて自らならなくちゃ。とはいっても、こればかりは他力本願の部分も多々あって、自力だけではどうにもならないのだった。
 なのだから、むろん金はない。ディナーとホテルは相当に苦しいが、四つも年下の女の子とクリスマスに割り勘だなんてみっともないことはなはだしい。ここは俺ががんばらねば。

「うん、楽しみ。おしゃれするからね」
「俺はおしゃれは得意じゃないから、勘弁してくれよな」
「本橋さんはなにを着ててもかっこいいよ」

 モデル体型というのか、特に俺はそういった体型が好みなのではないが、好きになったルミが長身細身の女の子たち憧れのプロポーションをしていただけだ。が、それだけにルミは着こなしがうまい。なにを着ても似合うのはルミのほうだ。俺もちょっとは服装にもリキを入れないと。

 楽器店なのでクリスマスイヴ当日はさほどに多忙でもなく、休みがもらえた。その分、クリスマス資金稼ぎに前日まではがんばって働く。イヴの一週間前、アルバイトを終えてファッションビルを覗き、うーん、どれがいいのかわからない、服装は乾にアドバイスしてもらおうかな、なんて思いつつアパートに帰宅した。

「……はい、おう、乾か」
「本橋、喜べ。クリスマスイヴの仕事が入ったよ」
「……う、あ? そっか?」
「もしかしたらルミちゃんと約束してるのか?」

 服のことを質問する前に、電話の先制攻撃だった。

 他の奴らには話していないが、乾だけはルミの存在を知っている。幸生は恋愛方面には鋭いので、俺に彼女がいるとは気づいているようだ。シゲとヒデには幸生が喋っているかもしれない。

「い、いや、別に約束はしていないぜ。なんの仕事だ?」
「俺のところの同業者の店で……」

 乾のバイト先は生演奏もする音楽酒場だ。乾が店でギターを弾いたり歌ったりしているところは俺も見たことがある。「月影」という名の酒場のママさんの知り合いのライヴハウスで、クリスマスコンサートを開催する。出演者はとうに決定していたのだが、欠員が出た。フォレストシンガーズはその補欠ってわけだ。

「ま、俺たちは欠員補助でも喜ばなくちゃな」
「そうだな」
「あまり嬉しくないか? ギャラも出るし、仕事がすんだあとでごちそうも出るってよ」
「いやいや、嬉しいさ」

 嬉しいけど、ルミにはなんと言って断ろう。ひとりでレストランに行くか? 金は俺が払うからさ、なんて言ったらふられてしまいそうだ。

 何度も何度もドタキャンばかりする俺を、ルミはいつも許してくれた。寂しそうな声、寂しそうな微笑み、恨み言を言いたそうな表情はしても、そっかぁ、しようがないね、がんぱってね、と言ってくれた。俺はルミに精神的に甘えてばかりで、ついにクリスマスの約束まで破ろうとしている。

 でも、やっぱり俺には仕事が大切だ。
 たかがアマチュアの、たかが欠員補助のライヴの仕事。それでも俺は歌える仕事ができるのが嬉しい。ルミとのデートを優先することは断じてできない。

 金のない俺は携帯電話は持っていないのだが、ルミは持っている。翌日にはインターネットカフェのパソコンで、ルミのケータイにメールをした。

「わかりました。お仕事がんばってね」

 個人的にはメールのできない俺の留守電に、そのまた翌日、ルミの声が吹き込まれていた。猛烈に胸が痛かったが、俺は仕事を選ぶ。これでルミにふられても仕方がないのだった。

「ひとりぼっちのクリスマスイヴ 凍えそうなサイレントナイト
 ここからどこへ行こう
 もう守るものなんて 見つけられない空の下」

 ジャズのインストゥルメンタル中心のライヴハウスだから、フォレストシンガーズの歌はあまり受けなかった。大人客には二十代はじめの男たちの歌なんて幼稚なのか。けっこう入っているお客たちは飲み食いに専念していて、歌が途切れた合間には、つまらないね、早く次のバンドが聴きたいな、歌だったらミヤコさんのほうがいいわぁ、などという声も聞こえてきた。

 ひそやかな陰口は聞き流して歌う。歌っていれば俺は幸せだ。

 受けないからテンションが上がらない……言い訳だけれど、なんだか疲れたような気がするステージを終えて、出演者用のクリスマスのごちそうのテーブルについた。大きなケーキを従業員が切り分けてくれる。今夜はお疲れさまー、乾杯!! の合図でシャンパンを飲み、ケーキを食った。

 大嫌いな甘い酒、甘いケーキ。こんなものを口にするよりも、俺はもっと歌いたかった。
 
 SHIN/22歳/END

どうにか今年もほそぼそ~と続けてこられました。
来年もいっそう、ほそぼそ~と活動していくつもりです。

本年はありがとうございました。
来年もなにとぞよろしくお願いします。

よいお年を!!












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FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2017/12

forestsingers

フォレストシンガーズ

「駒(こま)とめて そでうちはらうかげもなし 佐野のわたりの 雪の夕ぐれ」

 速攻で短歌を詠めるなんてすごい。この雪景色にマッチした短歌……雪の夕暮れ、というラストフレーズ以外は意味不明だったが、俺は乾さんに拍手を送った。

「雪とユキをかけたんでしょ。乾さんってやっぱり、ユキちゃんを愛してるのね」
「定家だよ」
「定価?」
「藤原定家」

 なんだっていいんだ。乾さんらしくて素敵。

 女性とこうして雪の夕暮れに散歩しているときに、短歌を口ずさんだりしたら、むしろ引かれるのかもしれない。けど、ユキちゃんだったらそんな乾さんに惹かれるわ。

「ついでに……」
「ん?」
「冒頭も意味はわかったんですよ。中ほどがよくわからなかったけど……そうそう、ちょうどいいものがあったんだ。このへんって本場でしょ。昨日、もらったんですよ」

 歌のステージのためにやってきた雪国で、このあたりの名物なんですよ、と役場の人がくれた将棋の駒。それをそっと取り出す。とめるってこうかな? こうしたほうがとめる感じ? あれこれやってみている俺を、乾さんは呆れた目で見ている。呆れられるのは慣れているよ、だってその目には、ユキをも、雪をも溶かしてしまいそうなあったかさがあるんだから。

END


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FS四季の味「冬・からい」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

四季の味物語

冬「からい」

 ハワイは年末年始休暇の時期には、日本人観光客であふれると聞く。特に有名人は日本を脱出してハワイに行きたがる。日本にいると顔を知られている者は不自由だから、気持ちはわかるのだが。

「ハワイなんかいやだ。そんな俗っぽいところ」
「きみならそう言いそうな気もしていたよ」
「それよりも日本にいて、隆也さんと初詣に行きたい」
「……初詣か」

 ごくごくたまにテレビ出演をするとなると、我々だって軽くメイクをする。テレビ局ではメイクアップアーティストが大活躍だ。真里菜は大御所メイクアップアーティストのアシスタントとして知り合い、話が合って親しくなった。

 やや小柄でやや細身で、年齢は俺よりもふたつ下の二十九歳。高校を卒業して福井県から上京して美容専門学校に入学し、メイクアップについて学び、先生の弟子になった。二十九歳にして独立はしていないのは、きびしい世界だからだそうだ。ひとり暮らしの彼女の部屋で、俺たちは話していた。

「お正月に神社なんかに行ったら、カメラについてこられそう?」
「メディアじゃなくても、最近はケータイのカメラとブログってやつがね……」

 中途半端とはいえ、俺だって世間に顔も名前もちょっとは知られている。フォレストシンガーズの乾隆也と特定できるのはファンの方だけかもしれないが、女性とふたりで初詣に行けば、ニュースにはならなくもないような。

「それほどのもの?」
「それほどのものだよ、俺は、とは言い切れなくて……」
「煮え切らないね」
「煮え切らないよね」

 はじめて女の子とつきあったのは高校生のとき。あれから十五年も経っているのだから、何人かの女性と恋をした。そうすると誰かが誰かに似ていたりもする。

 基本、俺が恋する女性はタイプが同じなのかもしれない。外見的な好みは真里菜タイプで、やや小柄、やや細身。性格も真里菜タイプ。まゆり……純子……尚子……菜月……緋佐子……美里……つきあった相手も片想いだった相手も、こんな感じの性格をしていた。

 こんな感じ、とはどんな感じか一概にはいえないが、俺は素直で純で可愛いだけの女が好きではないのだから仕方ない。強気の女をこの胸に抱きしめて泣かせたい、なんて、隆也、おまえ、章のことは言えないだろ。

 とはいうものの、好みは好みだ。三十過ぎて好みを変えるのもむずかしいし、第一、好みではない女性とつきあいたいとは思わない。好みゆえに愛する女性に振り回される。それも男の人生で、それはそれで恋の醍醐味にもなるわけで、うまく行く恋なんて恋じゃない、なのである。

「ハワイではない外国は?」
「どこ?」
「三泊四日で行けるところだったらいいよ。真里菜の行きたい場所は?」
「三泊四日で海外なんてもったいないじゃない。アジアしか行けないよね」
「グァムとかは?」
「そんなところ、行きたくない」

 どこにだったら行きたいの? だからぁ、と堂々巡り。

「そんなしょぼい外国なんかじゃなくて、日本で高級旅館に泊まろうよ」
「熱海とか箱根とか? 今からじゃ予約は無理なんじゃないかな」
「どうしてもっと早く行動しないの?」
「休みの予定が決まらなかったから」
「言い訳ばっかり!!」

 ご機嫌ナナメになった真里菜は、立ち上がってバスルームに入っていってしまった。

 十二月三十一日から四日間休み、なんていうのはデビュー以来初だ。ホテルさえ確保できたら、車ならば熱海あたりにだったら行ける。熱海で初詣も可能だ。真里菜のパソコンを拝借してインターネットで検索してみた。

「やっぱりみんな予約でいっぱいだな」
「隆也さんっ!!」
「わっ!!」

 検索に熱中していたら、いきなり怒鳴られた。

「私のパソコンを勝手にさわらないでよっ!!」
「ああ、ごめん」
「パスワードの設定、しておいたらよかった」

 怒っている彼女が俺を押しのけて、パソコンをシャットダウンしている。バスタオルを巻いただけの姿が色っぽい。着やせするようで、真里菜の裸体はけっこう豊満なのだ。怒っているので仕草が荒々しくて、バスタオルからセクシーなパーツがちらちら覗く。

 若くてなにも知らなくて、男の欲望は強かった十代のころ。
 女心にも疎くて、結婚はまったく考えられない相手を抱きたいなんて思ってはいけないとおのれを戒め、戒めすぎて怒らせた。はじめての経験をしたそのあとは、着替えをしている彼女を見つめてまたまた怒られた。

 色っぽい行為をしかけて彼女が怒るのか、それてもとろりととろけてくれるのかは、彼女の気分次第。その程度は学んだが、見極めるのはむずかしい。イチかバチかで、バスタオルからこぼれている丸い尻をくるっと撫でたら、逆鱗に触れてしまったようだった。

「帰って!!」
「わかりました。おやすみなさい」

 こんなときには潔く退散するしかない。俺はコートを抱えて彼女のマンションから出ていった。
 深夜の街は、寒くてひっそりしている。このあたりはマンション街だから、駅前まで行かないと店もない。時間的に終電も出てしまっているから、おりよく通りかかったタクシーを止めた。

「ごめんね。明日連絡するから、機嫌を直して」

 タクシーの中からケータイでしたメールには返事なし。しつこくするとよけいに嫌われそうで、その日はおとなしく帰ってひとりで寝た。

 それっきり、真里菜からメールが来なくなった。俺からはしたのだが返事がない。マンションに訪ねていっても入れてもらえないかもしれなくて、年末に向けて仕事が多忙になっていたのもあって、真里菜のことは忘れたふりをしていた。そうして働いていると、あっという間に十二月三十日。

「……しようがないな」

 こうなりゃ持久戦だ。明日からの休みは俺はひとりですごそう。気が向いたら真里菜から連絡があるだろう。待ちぼうけ、待ちぼうけ、の覚悟を決めて。

「あ……」

 うらぶれて帰る道、なつかしい店を見つけた。

「これしき食えないとは男じゃないぞ。食え」
「はい、食います……ううっ、からい」
「カレーはからいからうまいんだろ」

 ガキのころには家事の指揮者は祖母だった。祖母が自ら料理したり、家に住み込んでいたお姉さんが作ってくれたりするものはたいてい和食で、カレーライスも黄色くて甘かった。
 大学生になって東京に出てきて、先輩がおごってくれた激辛カレー。からすぎて食えなくて怒られた、なつかしいその店のチェーン店だ。

 あれから味覚は鍛えたので、少々からくてもカレーだったら食える。一日早い年越しカレー。

「いちばんからいカレーライスを下さい」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です」

 辛さに幾段階もあるカレーライスの、激辛中の激辛をオーダーしてスプーンを手にする。女に振り回されるのはこれからだって続くんだから、そんなものでめげないように、からいからいカレーで鍛えるんだ。妙な闘志が沸いてきていた。

END







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FS超ショートストーリィ・四季のうた・真次郎「冬の市」

番外編

フォレストシンガーズ

四季のうた

「冬の市」

 マルシェっていうんだよな、市場は。

 日本の市場とちがって、パリのマルシェってしゃれてるな。
 売ってるものがちがうんだよな。

 あれは知ってる、マッシュルーム。
 これだって知ってる、でっかいチーズだ。
 ワインも売っている。パンもたくさん、いい香り。

 チーズとワインとパンを買って昼メシにしようかな。 
 フランス語なんて話せないからレストランには入りづらいけど、買い物だったらできるだろ。

 ひとり歩きのパリ。
 こんなところにひとりで来るなんて、想像もしていなかった若い日。
 しかも仕事で来るなんて、なんかかっこいいよな、俺。

「本橋、パリでピアノを弾かないか?」
「俺が? どういうことですか?」
「仕事だよ、もちろん」

 社長から伝えられて、やってみたいと強く思った。
 歌がうまくてピアノもうまい日本のミュージシャンに、ピアノの弾き語りで日本の歌を紹介してほしいという、パリのプロモーターからの依頼だった。

 日本語は下手なつもりはない、歌もうまいつもりだが、ピアノはなぁ……いやいや、やる。やると決めたんだからやる。

「えと……あの、エクスキューズミー……ええと、シルヴプレ……えーっと、すみません。あ、えと……」

 お目当てのチーズ売りは真次郎を無視している。日本語も英語もフランス語のつもりの言葉も通じていないのか。どうしようかと戸惑っていると、寒さがしみてくる。冬のパリはマロニエの並木道と、そうだ、焼き栗!! 昔聴いたシャンソンのメロディが耳元によみがえってきた。

「あの……」

 焼き栗売りの屋台の前に立つと、あの、とひとこと発しただけで袋にクリを入れてくれた。さりげなくおしゃれに見える中年男がウィンクする。指を三本立てているのは、三ユーロという意味だろう。

 ほかほかの栗を食べてすこしは空腹も落ち着いた。これでこそ冬のパリ。パリは焼き栗だよな。

SHIN/35/END










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FS四季の味「秋・しょっぱい」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

四季の歌・味

「秋・しょっぱい」

 きのこなんてどこがうまいんだろ。こんなものには味がないじゃないか。ダイエットにはいいらしいけど、俺はこれ以上痩せたくないんだし、きのこ鍋なんかよりジンギスカンが食いたいよ。

「……毒きのこじゃないの?」
「章くん、なんて失礼なことを言うんですかっ!!」

 きっ!! とばかりに俺を睨みつけ、きつい口調で叱りつけたのは山田美江子。俺は美江子さんに叱責されると反射的に反抗したくなるのだが、本橋さんと乾さんも同席しているのでできない。

 アマチュアフォレストシンガーズが、将来はマネージャーになると予定している美江子さんとの六人で、本橋さんがバイト先で依頼された仕事にやってきた。地方の秋のイベントだ。ギャラなしで歌ってくれるシンガーズをということで、交通費と宿舎とメシだけは確保されている。

 勝手にマネージャーになると決めてるけど、俺たちがプロになれたとしても、あんたまではその事務所は雇ってくれないかもしれないよ。前に喧嘩をしたときに美江子さんに意地悪を言ってみたら、そんなことまで今から考えたってしようがないでしょ、と反発された。

 学生時代から本橋さんと乾さんとは仲が良くて、歳もシゲさんや幸生や俺よりは上で、五人きょうだいの長女気質の美江子さんは、俺たち全員に姉貴面をする。本橋さんもよく怒っているが、彼の怒りは長引かない。俺だけが美江子さんに不満を持っていて、先輩たちの手前存分にやり合えないだけにくすぶってしまうのだった。

 おい、章、あやまれよ、と目で俺に命令している幸生。
 乾さんは気づいていないのか? そんなはずがない。知らんぷりしているだけだ。
 本庄さんはひたすら食っていて、リーダーの本橋さんは本当に気づいていないのか、地元の人と話して笑っている。
 なにごともなかったようなふりの美江子さん。気まずい空気充満。

 こんな空気の中でまずいもんなんか食いたくねえよ!!

 フォレストシンガーズのメンバーになってから、何度こんな気分に支配されただろう。飛び出していけたら楽になるのに。でも、飛び出したら俺はシンガーにはなれない。俺は歌って生きていきたいんだから。

 グループを飛び出すのは不可能だけど、この部屋から出ていくことだったらできる。
 さりげないふうをよそおって席をはずし、外に出た。

 虫の音に包まれて空を見上げると、澄み切った空には大きな月と星たち。星のまたたきが幸生のお喋り並みにやかましいなんて、俺、病んでるよなぁ。

 道端の岩に腰かけ、膝に肘をついて顎を埋める。ちらっと眼をやった地面にもきのこ……おまえ、サルマタケとかって名前? されとも毒キノコ? きのこってまずいよな。だったら食うなってか? だけど、食わないと怒られるんだぜ。おまえたちがそんなところに生えてるからいけないんだよ。

 キノコに八つ当たりしてみる。

 気持ちのいい空気の中にいるってのに、気持ちはちっともよくない。口の中にはしょっぱい味が残り、その味が目にまで移っていくようで……あーあ、俺、またやっちゃったんだな。

 歌のため……将来のため……俺はフォレストシンガーズにしがみつくんだ。
 幾度も幾度も決意しても、幾度も幾度も気持ちが崩れていく。俺の人生ってこんなふうにしょっぱいまんまで続くのか。それって誰のせい?

 え? 俺のせい?
 ふーむ、なるほど。

akira/21/end










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FS超ショートストーリィ・四季のうた・全員「四季の詞」

番外編

フォレストシンガーズ

四季のうた「四季の詞」


 歌詞? 「し」といえば詩、あるいは「詞」が浮かぶのはソングライターの習性なのかもしれない。そりゃあ他にも「し」はたくさんたくさんあるけれど、やっぱポエムだろ、と章は思う。

「英語では詞はLyricsだよな」
「お、章、さすが」
「幸生、馬鹿にしてんのか」
「してないよ。褒めてんじゃん」

 幸生と章がもめているうちに、隆也が意外なことを言い出していた。

「まくらことば、だってよ。乾さんらしいよな。四季の詞……発想が枕詞に行くのか。やっぱ変態だな」
「枕詞ってのも「詞」だろ」

 意外といえば意外だが、章の言う乾さんらしい、を幸生はいい意味で受け止める。枕詞ねぇ、どんなのがあったっけ? 幸生としてはひとつも浮かばないでいると、繁之が素直に隆也に質問した。

「枕詞にも四季ってあるんですか?」
「春ならばあずさゆみ、などがあるな。あずさゆみ、春の霞のたなびけば……みたいに使う。枕詞ってのはそういうものだろ」
「そうですね、梓弓……なんだか綺麗だな」
「夏は?」

 今度は真次郎が尋ね、隆也が応じた。

「夏っていうか、ぱっと思い浮かぶのは、海にかかる枕詞、いさなとり……いさなってのはクジラだよ」
「桂浜っぽいな」
「たしかに、ぼいね」

 春、夏ときたら次は……?

「つゆしもの、秋の夜長のともしびは……」
「乾さん、その短歌の続きは?」
「今は短歌を詠んでるんじゃなくて、枕詞の話だろ」

 そうだった。では、冬は?

「あまをぶね、冬の水面に漕ぎだせば、肩にふりしく、雨か涙か」

 演歌になっちまったな、と隆也は笑う。枕詞ソングでも作ろうか、それもユニークですよね、などなどと、なにをきっかけにしても五人の会話はそこに行きつくのであった。


END








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FS四季の味「夏・すっぱい」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

「夏・すっぱい」

 名古屋で降りて乗り換えて、三重県にある親の家に向かうつもりが乗り過ごし、大阪まで行ってしまった。仕方ないから大阪城を見に行って再会した合唱部の先輩、八幡早苗さん。

「そうなんだ。本庄くんは歌手になるんだね。フォレストシンガーズって美江子から聞いたことはあるわ。そんなのなれるわけないと言いたいところだけど、私は応援してあげる」

 大阪に本社のある会社に就職して研修にきていたのだそうで、八幡さんと話をして次に会う約束もできた。八幡さんについては姓だけしか知らず、綺麗なひとだな、でも、俺には関係ないか、との関心くらいしか抱いたこともないので、デートしようよと言われたときには泡を食ってしまった。

 デートってのは言葉の綾かな? 社会人になった八幡さんにとっては合唱部の後輩はなつかしいから、東京に戻ったら会って昔話でもしたいって程度かな。

 それでもいい。俺の初デートだ。

 二十一歳、大学四年生。女性とデートもしたことのない俺。片想いだったらあるが、恋愛経験もない。初恋は小学校一年生のときの先生に感じ、それからも女の子を、可愛いな、いいな、友達になりたいな、と何度も何度も思ったが、告白なんかできるわけもない。してもらえるなんて想像もできない。

 十八のときについに告白しようと決意したのだが、彼女の兄貴に邪魔された。その彼女は俺ではない男と電撃結婚し、今では子どもがいるそうな。大学だけは卒業するつもりらしくて、ごくたまに、キャンパスで見かける。すこし太って大人びた彼女はお母さんなのかぁ。

 遠い遠い遠いひとになってしまったリリヤさんのことは、とうに吹っ切ったつもりだ。
 だから、それからだって片想いだったらした。想いが強くはならないせいと、勇気がないせいとで、俺はいまだデートすらしたことのない寂しい男。彼女いない歴イコール年齢。

「本庄くんって彼女はいるの?」
「いません」
「そうなの? 本庄くんは優しそうだし、素朴でいい感じだよ。彼女がいないなんて信じられない」
「いないんですよ」
「いつからいないの?」

 ずっと、とは言えなくて、笑ってごまかした。

 白いパラソルを差してワンピースを着て、ハイヒールのサンダルを履いた八幡さんは、俺よりも背が高くなっている。モデルにならない? 女優になりませんか? というスカウトは子どものころから数え切れぬほどに受けたというのが決して誇張だとは思えない美人だ。

「私も歌手になりたかったのよ。だから、モデルや女優は断ったの。モデルか女優としてデビューしてから歌手になるって方法もあるんだろうけど、私は一途な性格だから、あちこち寄り道するのは向かないと思ったのね」

 夏の街をふたりで歩く。なにを着ていこうかと悩みに悩み。結局は普段と同じセンスもなにもないシャツとジーンズ、そんな俺はおしゃれな八幡さんとは似合わないだろうけど、彼女の綺麗な声を聴いているのは心地よかった。

「両親は言うのよ。女性は結婚して主人を支える立場になるんだから、若いうちに歌手として働くくらいがいいんだって。女優なんかになったらやめられないでしょ? 縁遠くもなりそうだよね」
「そうかもしれませんね」
「うちはすごく金持ちだから、お金のために働く必要もないのよ」

 女子部と男子部は交流も盛んではあったが、女子部の先輩についてはよくは知らない。美江子さんと八幡さんは同い年だが、八幡さんについての話をしていたかどうかは記憶になかった。

「だけど、社会人経験も必要だから就職はしたの。こうなってみたら歌手だなんていう浮ついた仕事よりも、堅実な会社員のほうがいいと思えるんだ。歌手になんかならなくてよかったわ」
「そう……ですか」
「受付に配属されたのよ。上司が言うには……」

 秘書課か受付か……秘書課は軽いイメージがあるみたいだから、八幡さんだったら受付のほうが適任だな、受付は会社の顔だから、だったのだそうだ。

「秘書課っていうのは重役の秘書でしょ。そうすると変な誘惑もあるんだって。お酒の席に行かなくちゃならなかったりもするから、セクハラもあるらしいのよ。八幡さんのような清純なお嬢さまにそんな仕事はさせられないって。そりゃそうよね」
「そうですね」
「今はまだ新人だからいいほうだけど、これからは激務になるのよねぇ」
「がんばって下さいね」

 受付って激務なのかな? とは思ったが、俺には社会人経験はないのだからわからない。質問は控えておいて、八幡さんの会社の話を聞いた。

「早速に交際申し込みを受けたんだけど、私はそんな安い女じゃないわ。今は仕事に必死だから、男性と交際するつもりはないの」
「あ、そうですか」

 つまり、あんたともつきあうわけじゃない、と言いたいのか。八幡さんとつきあいたいだなんて、そんなあつかましいことは考えてもいないが。

 街を歩いていても喫茶店に入っても、八幡さんのお喋りは続いている。女性ってよく喋るな……俺の身近にいる若い女性といえば、幼なじみの泉水と美江子さんと、アルバイト先の社員。彼女たちもよく喋る。とりわけ泉水はマシンガンだ。しかし、美江子さんや泉水は低めの声で、八幡さんは女子アナみたいな美声。俺は八幡さんのような声のほうが好きだな。

「本庄くんはアルバイト? 収入はあるんだよね。男性のプライドってのもあるんでしょ」
「ブライド?」
「そりゃあね、私のほうが収入はぐんっと上なんだろうから、おごるのは簡単だよ」
「あ、ああ、いえ、俺が出します」
「そうだよね。おごらせてあげる」

 鈍いな、俺、そういう意味のプライドだったのか。貧乏学生だってふたり分のお茶代くらいは払えるから、伝票を手にした。

「今日はありがとうございました」
「うん、いいのよ。この次はいつ会える?」

 次があるのか? 嬉しくて舞い上がりそうになっている俺に、私の休みは……と八幡さんが教えてくれる。夏休みだから学校はなく、アルバイトとフォレストシンガーズの歌の練習以外は暇だ。俺も八幡さんのスケジュールに合せて、この次のデートの約束をした。

 女性と会うのだから、デートだと思ってもいいじゃないか。誰にともなく言い訳して、うきうきした気持ちを押し隠そうとしていた。

「歌の練習してるんでしょ? 私も聴きにいきたいな」
「そ、そうですか、ぜひ来て下さい」

 みんなに内緒にしたかったのだが、これでばれてしまう。だけど、八幡さんとは恋人同士ってわけでもなく……友達と呼ぶのも変だけど、そのような関係で……ばれてもいっか。
 開き直ることにしたのだが、八幡さんが上手に言いつくろってくれた。それでもばれてはいたようだが、それならそれでもよかった。

「本庄くんってたくましいよね」
「……八幡さんは、綺麗です」
「綺麗だって飽きるほどに言われたけど、本庄くんの言い方は純朴でいいわ」

 なにがどうしてこうなったのか。八幡さんが俺をホテルに誘ったような気もするのだが、俺が自分に都合のよい解釈をしただけか。
 けれど、女神のように美しい女性との初体験は、俺を天国に連れていってくれた。

 つきあって下さい、と告白はしていない。八幡さんは仕事に夢中だから、男とはつきあわないと言っていた。でも、こうなった以上は恋人同士だろ。こんなふうにはじまる恋愛もあるんだよな。

 この夏は俺に恋をもたらしてくれた。
 もうじきに秋。八幡さんのために特別なことがしたい。フォレストシンガーズのみんなは作詞や作曲ができるのだから、俺にもできないだろうか。八幡さんに捧げる詩だったら、恋をしている今なら書けるんじゃないだろうか。

 故郷から送られてきた夏みかんを横にして、詩を考える。俺の頭では恋の詩を作り出すのに時間と労力がたくさんたくさん必要で、夏みかんもたくさんたくさん食べてしまった。すっぱいな、ちっとも甘くないみかんだな、うまくはないな、苦みもあるのが夏みかんか?

 ようやくひねり出した詩をみんなに見てもらうつもりで、フォレストシンガーズが練習していた公園に持っていったその夜、八幡早苗さんの裏切りを知るとは……裏切りとも呼べないかもしれない彼女の本心を知るとは夢にも思っていなかった。夏みかんのすっぱさは俺の青春の味だったのか。

SHIGE/21歳/END








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花物語2017/12「乙女椿」

ショートストーリィ(花物語)

おとめつばき
花物語2017


十二月「乙女椿」

 可憐なピンクの花には香りがない。香らない花なんてつまらないと、キチ子は子どものころから思っていた。

「早霧ちゃんってなにかの花に似てるね」
「キチ子ちゃんのおうちに、冬に咲くあの花?」
「あれ、なんて花だっけ? 山茶花?」
「山茶花だったらキチ子ちゃんよ。早霧ちゃんは乙女椿」
「ああ、それそれ」

 近所のおばさんたちや女の子たちにも言われ、キチ子は納得したものだ。早霧も内心、その通りだと言いたかったにちがいない。

 同い年の従姉妹同士、母同士が姉妹で家も近い。そんな女の子たちは比べられないのほうがおかしいのであって、キチ子と早霧は小さな小さなころから比較ばかりされてきた。

「キチ子? 古風な名前ね」
「大吉の吉よ。吉子と書くとヨシコと読まれるから、カタカナでキチ子にしたの」

 妹に言われた母が、キチ子の名のいわれをそう話したとはキチ子も聞いている。キチ子もものごころついてからは、幾度も聞かされた。だから、キチ子ってとってもいい名前なのよ、と。それから半年後には早霧の母も娘を産んだ。

「早霧なんて芸名みたいね」
「この子は赤ちゃんのときからこんなに可愛いんだから、ぴったりでしょ」

 叔母は自信満々だったそうだが、キチ子の母は、あまり派手な名前はねぇ……と首をかしげていた。

「いとこ同士なのに早霧とキチ子?」
「キチ子ちゃんの親って変わってるね。おばあさんみたいな名前じゃん」
「でも、逆じゃなくてよかったね」
「……あ、そうかも」

 ね、ねぇぇ、と、小学生にもなると言われるようになった。女の子たちがそういう理由は、キチ子にもわかっていた。早霧は、なんで逆じゃなくてよかったんだろ、と言ったものだが、白々しい。

 名前についてからはじまって、キチ子と早霧は二十年近く、ことごとく比較ばかりされてきた。中学生にもなると、早霧ちゃんには告白する男の子が何人もいるのに、キチ子ちゃんはいないみたいね、どうしてだろ? わかってるくせに、などと、噂話の恰好のネタにもされてきた。

 ようやく比べられないようになったのは、距離が離れてからだ。高校を卒業すると早霧は地元のお嬢さま女子大に進学し、キチ子は北国にある理系大学に進んだ。

「理系なんか出て、キチ子は将来はどうするつもり?」
「卒業したら一年間、あちこち放浪してこようと思うんだ。そのためにバイトしてお金を貯めたから」
「……」

 長い沈黙のあと、電話で母は言った。勝手にしなさい、と。

 娘たちを較べられるのは、母もうんざりしていたのだろう。早霧には弟がふたりいるが、キチ子がひとりっ子なのは母の考えもあってのことらしい。またまた早霧の弟と較べられそうだから、男の子はいらないよ、とも母は言っていた。

「やりたい仕事を見つけたの」
「なんの仕事?」
「調香師」
「調教師? 動物園?」
「ちがうちがう、香りのほうだよ」

 役に立たなくてもいいつもりで日本各地を歩いたキチ子は、大学を卒業してから一年足らずのころに、長崎で香工房と出会った。調香師というものには特別な資格は必要ないようだが、理系の人間にはふさわしい。外国との交渉も必要なので、英語とドイツ語の堪能なキチ子には似合いの職らしかった。

「当分、帰らない。この工房に住み込んで修行するから」
「……勝手にしなさい」

 今回もまた、母はそう言った。

 工房には果樹園が隣接している。植物園のような広大な敷地には、香りのある花や果実が種類ごとに分かれて植わっている。キチ子が知っている花も、かつて見たこともない果樹もあった。

「乙女椿……」
「綺麗だね、乙女椿は」
「でも、香りがないよ」
「そうなんだよね。ここは香りのない花たちが植えられてるんだ。僕はむしろここに来るとほっとするよ」
「そうとも言えるかな」

 同様に工房に住み込んで修行しているジョージは、イギリス人だ。彼はイギリスの大学を卒業して渡日し、和の香に魅せられたという。キチ子が修行しているのは洋の香のほうだが、工房では「和」や「華」なども扱っていた。

「そっか、キチ子さんは里帰りするんだね。僕はキチ子さんの故郷のほうには行ったことないな。一緒に行ったらいけない? 連れてってよ」

 日本人ならば、これはもしかしたら告白の意味? と感じるところだろう。ジョージは日本語は上手だが、そのあたりの感覚は日本人とは異なっているはず。それでもやっぱり、彼は私に好意を持ってくれているのだろう、とキチ子は思った。嫌いな女と一緒に彼女の故郷になど行ったりしないはず。

 故郷に帰るのはずいぶんと久しぶりだ。どこかしら時が止まったままのような田舎の町では、キチ子が外人さんを連れてきた、キチ子ちゃんは外人さんと結婚するんだろうか、などと噂になった。あいかわらずだな、と苦笑しつつも、キチ子も多少は期待していたのだが。

「あら、キチ子ちゃん、久しぶり」
「早霧ちゃんも里帰り? ひとり?」
「うん、たぶんね……うん、決まったら言うわ」

 長く離れているうちに、早霧が結婚したとの話は聞いていた。母はそういうことは言わないのでありがたいが、三十を過ぎて独身のキチ子は、ここにいたらさらに早霧と較べられまくっていただろう。

 けれど、とうとう私も結婚できる、かもしれない、とキチ子は考えかけては、早まるんじゃないよ、と自分を戒めていた。故郷に来て一週間。早霧の家のほうがずっと広いので、ジョージはそちらに泊めてもらっている。ジョージはキチ子には告白めいた言葉などまったくかけないが、こうしているとキチ子のほうが、やはり私は彼が好きみたい、と思うようになってきていた。

「キチ子ちゃんはジョージとはつきあっていないの?」
「同僚みたいものだから、つきあってはいないんだけどね……」
「いないんだけど?」
「うんと……そうね、早霧ちゃんはどう思う? 私の故郷についていきたいって言い出したのはジョージだよ。好きでもない女の故郷には行かない……」
「あのね」

 話しかけたキチ子を早霧が遮った。

「私、離婚したの」
「え?」
「結婚して三年以上たつのに子どもができない。調べたらどうやら、主人のほうに問題があるらしいのね。だったら親戚から養子をもらうなんて親が言うから、私は反対したの。そしたら離婚になったのよ」
「そ、そう」
「でね、ジョージだけど、たしかにジョージはキチ子ちゃんを好きなんでしょうよ。友達として、なのかな。それとも、一時は彼女にしたかったのかな。どっちだかは知らないけど、キチ子ちゃんから告白なんかしないほうがいいよ」
「なぜ?」
「恥をかくから」

 謎めいた微笑を見せて、早霧は帰っていってしまった。

「いいねえ、乙女椿は……僕は普段、香りってものに包まれすぎているから、美しくてなおかつ香りのない花に引きつけられたのかもしれない。キチ子さん、早霧さんと会わせてくれてありがとう」
「早霧ちゃんには香りがない?」
「彼女はまるで乙女椿の花のようなひとだ」

 それってつまらないという意味ではないの? 見つめるキチ子をジョージも見つめ返した。

「彼女こそが日本女性そのものだね。キチ子さんのような香りの強い……言い換えれば我や個性の強い女性に囲まれて生活していると、早霧さんのような女性といると安心するんだよ。結婚したい。告白もしてうなずいてもらったよ」
「ああ、そう言っていたね」

 工房の植物園で乙女椿を見たときにも、ジョージは同じことを口にした。結局は比べられ、彼は早霧を選んだ。キチ子はジョージとは縁がなかったのだ、きっと。


END


2017年も花物語を続けることができました。
最近は私のほうがさぼっているのもありまして、訪問して下さる方もコメント下さる方も激減しておりますが、お読みいただいた方がいらっしゃいましたら、ありがとうございました。

2018年以降の花物語は、もしかしたらなくなってしまうかもしれません。
長らくのご愛顧、重ねてお礼を申し上げます。










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FS四季の味「春・ほろ苦い」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

四季の味

「春・ほろ苦い」

 むかいの席から立ち上がった乾さんが先に店を出ていく。ごちそうさまぁ、と手を振って、俺はこれからどこに行こうかと考えていたら、女の子が近づいてきた。

「幸生っていうの?」
「あ、はい、そうですが……」
「フォレストシンガーズの三沢幸生だよね。今、出てったのが乾隆也。話が聴こえちゃった。あたし、暇だったんだもん」
「あなたはフォレストシンガーズを知ってるんですか」
「知らないけど、歌手なんでしょ」

 シンガーズとは、歌い手たちという意味だ。なのだから、フォレストシンガーズは森の歌い手たち。そんなグループ名であるにもかかわらず、男五人のお笑いグループ? などと訊き返される。俺たちはそれほどにも売れていないってわけだ。

 それでも仕事はあるので、ふたりでお茶していた店から、ラジオ出演のために乾さんが先に出ていった。ここはラジオ局近くのカフェ。俺たちは仕事の話をしていて、三沢だの幸生だの、乾だの隆也だの、フォレストシンガーズだのって名前が会話に頻出していた。

「彼氏にすっぽかされたみたい。幸生も暇なんだったら遊びにいこうよ」
「いいけどさ……きみの名前は? いくつ? 仕事してるの? 学生?」

 矢継ぎ早に質問をぶつけたのは、ちょっとばかり彼女がうさんくさかったからもある。出会いのシチュエーションがわざとらしすぎる。もっと自然に会ったのならば、一日おつきあいするだけならば、愛称でも知っていれば十分なのに。

 彼氏がいるってのに、デートの約束を破られたから別の男とつきあう? そうだとしても俺が怒る筋合もないのだが、この女の子は癇に障るのだった。

「学生だよ。速水淋。二十歳」
「リンちゃんか……」

 淋しいと書いて「リン」。涙の子のルイコなどもあるそうだから、うちの母なんかだと、寂しいだの涙だの哀愁だの、そんな字を子どもにつける親の気がしれないわ、と嘆くだろう。

 漢字はどうでもいい。俺としては響きが気になる。なぜなら……うさんくささは消えてはいなかったので、正直に言ってみた。

「俺のモトカノ、蘭子っていったんだよ」
「モトカノったら別れたの?」
「モトだから別れた彼女だよ」
「そんならいいじゃん。関係ないじゃん」

 たしかに、ということで、俺は淋と店を出た。

「春だね。風が気持ちいいね」
「そだね」

 細くて背が高くて個性的な顔をしている。小顔、細面、丸い目、高い鼻、大きな口、とがった顎、細長い首、腕も脚も細い。ヒールの高いミュールを脱がしても、俺よりも長身だろう。女の守備範囲はかなりかなり広い俺だが、趣味じゃないな。

「蘭子は小さくて可愛かったんだ」
「小さいなんてださいじゃん」
「ださくはないよ」
「太ってた?」
「淋ちゃんよりはふっくらしてたな」
「ちびでぶか。ださっ」

 一日だけかもしれなくても、これからつきあう男のモトカノに嫉妬しているのなら微笑ましい。けれど、淋は本気で俺の蘭子をださいと思っているらしい。背が高くないと、細身じゃないとこんな服は着られないんだよ、と誇らしげに自分のファッションを指さす。

 女の子だったら素敵だと思うのかもしれない。蘭子だったらなんて言う? かっこいいねって皮肉っぽく褒める? 蘭子は可愛いとしか言ってもらえないから、美人だとかかっこいいだとか言ってほしいと愚痴っていた。きみはこんな服が着たかったのかな? 俺は蘭子のファッションのほうが好きだよ。

 いつまでもモトカノのスーちゃんに呪縛されている章みたいには、俺は蘭子にはこだわっていないつもりだ。

 二十代前半の若さで、女は早く結婚したほうが有利だと言い放った蘭子。幸生くんは私と結婚する気はないでしょ? とも言った。そうだね、俺はまだ誰とも結婚する気はないよ。売れないシンガー、二十代半ば、こんな細い肩に愛する女性の人生までは担えない。

 有名になって給料が上がって、俺も精神的に大人になれたら、結婚したくなるんだろうか。蘭子とだってそこまで続く保証はなかった。

「蘭子の性格はそれほど可愛いばかりじゃなかったけど、俺とは相性がよかったんだよね」
「ひねくれ者? 性格の悪い女って嫌い。ってか、淋は女は嫌いだよ」
「それで、男をナンパするんだ」
「そうかもね。男とつきあってるほうが楽しいじゃん。メシだの酒だのって行ってもおごってもらえるしさ」
「ホテル代も出すけどね」
「当たり前じゃん」

 今夜知り合ったばかりなのに、ホテルになんか行かないよ、とは淋は言わない。男漁り……男遊び……俺だって女遊びはするくせに、女性がそんなことをするのはいやだなって、俺は身勝手な奴だ。

「蘭子とどっちがよかった?」
「蘭子」
「ちぇぇ。じゃあさ、次は淋のほうがよかったって言わせてあげるから、また会おうよ」
「いいけどね」

 ベッドインしてから、次の約束をかわした。
 そんなふうにはじまった恋……いや、恋じゃない。男遊びをする女と、女遊びをする男が遊んでいただけだ。

「幸生、昨日、バイト先で言われたんだよ」
「淋ちゃんってなんのバイトしてるんだっけ? 風俗だっけ?」
「内緒」

 どうも風俗っぽいが、恋人でもないんだからなんのバイトをしているんだっていい。淋はホテルのベッドに腹這いになって、自慢話をしていた。

「なんのバイトだっていいけど、お客さんが言うんだよ。男が言うんだったらあたしの気を引こうとしてるのかもしれないけど、おばさんに言われたの。三十近いくらいのおばさんが言ったんだよ」
「三十近い女性っておばさん?」
「おばさんじゃん」

 美江子さんが聞いたら怒るだろうなぁ、と俺はひそかに笑った。

「そのおばさん、ファッション雑誌の編集者なんだって。だからマジで言ってるんだよ。あなたってスーパーモデルみたいね、って」
「スーパーモデルってどんなの? ナオミ・キャンベルくらいしか知らないな」
「幸生、古いよ」

 ジゼル・ブンチェン、アドリアナ・リマ、アレッサンドラ・アンブロジオ、シンディ・クロフォード、ハイジ・クラム、タイラ・バンクス……淋が並べたのは俺の知らない名前ばかりだった。

「外人のモデルは胸のでかいのもよくいるんだけど、あたしはね、ちょっと身長が足りないんだよね。読モくらいしかやれないかと思ってたら、あんなこと言われて嬉しかったかも」
「モデルに憧れてるの?」
「うん。背が伸ばせるものだったらスーパーモデルになりたい」
「スーパー……スーパーマーケットか。うわ、ごめん」

 唐突に淋の目に、めらっと炎が燃え上がった。スーパーマーケットのモデルがスーパーモデルって、その編集者はそう言いたかったんじゃない? と言ってしまったのと同じだ。

「幸生、嫌い、帰る」
「そう……気をつけて」

 嫌いだったらいいよ、帰ればいいよ、俺もおまえなんか嫌いだもんな。
 引き留める気にもならなくて、俺はホテルのベッドで淋が帰っていく物音を聞いていた。俺らしくもなく淋には意地の悪いことばかり言っていたのは、どうしてだったんだろう? 好みじゃないからって苛めるとは、俺はそんな性格じゃないのに。

 そんな性格でもない俺を苛めっ子にしたのは、淋があまりにけろっとしているからだ。そんな淋にも逆鱗はあったんだな。

 ホテルのベッドでひとりで笑う。この数日は春の味。春の味といえばほろ苦いと決まっているのだから、この経験も俺の詞を書くための糧になる。詞というのはフィクションだが、経験談に基づいて書くほうがリアリティがあるのは当然だ。

 スーパーモデルに憧れている女の子との、この数日はスーパーフィクション。ほろ苦い春の味。

YUKI/26歳/END









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FS超ショートストーリィ・四季のうた・繁之「秋の観」

番外編

フォレストシンガーズ

四季のうた

「秋の観」

 ポップコーンとコーラを買って客席に座る。指定席の椅子はふかふかしたソファみたいで快適だ。

 スクリーンでは映画の中で、若いカップルが映画を観ている。彼のほうは彼女の手を握ってもいいかなぁ、なんて雑念を起こしていて、彼女のほうは映画に入り込み、感情移入して涙ぐんでいる。そんなのを見ていると、繁之もはじめて女の子と映画を見にいった日のことを思い出していた。

 幼なじみの泉水とならば、映画に行ったことはある。ふたりっきりだったり、繁之の姉も一緒だったり、クラスメイトたちと何人もでだったり。

 高校生までは、好きな女の子がいてもデートにも誘えなかったから、女の子とふたりきりのデートの経験はない。女性と映画に行くとしたら、姉か母かだった。

「シゲさんって女の話っていうと、姉さんしかないの?」

 うるさい、章、ほっとけ。
 と、架空の後輩に言い返しておいて。

 大学生になってからも、女の子とふたりっきりのデートの経験はない。好きな女性はいたけれど、プールでだったらふたりっきりになったこともあるけれど。
 ほろずっぱくて甘くて、ほろ苦い青春。

 だから、女性とふたりっきりで映画に行ったのは、大学を卒業してからだ。なにかにつけて繁之の初体験は遅かったが、映画も同じ。

「思い出したくないな」

 はじめて女性とデートした想い出って、美しいものなのかな。俺もそうだったらいいのになぁ。
 
 何度も何度も何度も、妻になった恭子とだったらデートをした。あのころはフォレストシンガーズも無名だったから、繁之が映画館にいても注目する人などほとんどいなかった。現在ではフォレストシンガーズはちょっとは名前が売れてきたが、本庄繁之を知る人は少ない。

 目立たないシゲでよかったかな。
 おかげで妻とデートできるんだもんな。そう思いつつ横目で恭子を見ると、ポップコーンを食べるのも忘れてスクリーンを見つめている。

 映画が面白いんだね、よかったな。俺は邪念や雑念にとらわれてまともに観てなかったよ。ちょっと前の映画のシーンとそっくりだ。よし、ここからは真面目に見よう。でないと家に帰ってから、映画の話ができないではないか。


END








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プロフィール

はーい、ユキちゃんでーす。本橋真次郎、乾隆也、本庄繁之、木村章、そして、私、三沢幸生からなる五人のフォレストシンガーズストーリィを、ぜひぜひ読んで下さいませませっ。我々五人と山田美江子、小笠原英彦のメインキャラに加えて、他にもいろんなひとが登場しますが、ストーリィはすべてつながっていますので、どれかから読んでいただいて興味を持ってもらえたら、他のも読んでね。そして、別小説もあります。読んでいただけましたら、コメントなどいただけると最高に嬉しいです。よろしくお願いします。

quian

Author:quian
フォレストシンガーズ
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