茜いろの森

フォレストシンガーズ、本橋真次郎、乾隆也、本庄繁之、三沢幸生、木村章、そして山田美江子、小笠原英彦。メインキャラに加えて、その他大勢登場する連作短編集がメインです。フォレストシンガーズ以外の小説もあります。

はじめていらして下さった方へ❤

内容紹介

ようこそいらっしゃいませ

はじめて「茜いろの森」をご訪問して下さった方、
ありがとうございます。
当ブログのコンテンツのようなものについて、説明させていただきます。

「NOVEL」と番外編はフォレストシンガーズ小説で、
全部がつながっています。
フォレストシンガーズの五人、
本橋真次郎、乾隆也、本庄繁之、三沢幸生、木村章。
及び、山田美江子、小笠原英彦。

メインとなるのはこの七人で、
彼らとどこかしらでつながりのある人々が、
別の物語になって動いていたりもします。

フォレストシンガーズキャラクター相関図」も、お粗末ながら作ってみました。

番外編はフォレストシンガーズ以外のキャラが主役、
のはずだったのが、
いつしか妄想ストーリィメインになりました。

「未分類」は言い訳、ご挨拶、お願いなどなど。
「FOREST SINGERS」には第一部からの完了記念企画やら、
著者が彼らに書かせたエッセイやら(そうなんですよ)を載せています。

「内容紹介」はあらすじ、タイトルの曲名説明、
などなどです。

「ショートストーリィ」は、茜いろの森の小説は長すぎる、とおっしゃる方のため、
はじめてご訪問くださった方に、おためしで読んでいただくための、ごく短い小説を置いています。
ただいまのところ「ショートストーリィ」カテゴリには、musician、しりとり、などがあります。
興味を持って下さったら、メインのフォレストシンガーズノヴェルも覗いてみて下さいね。

「別小説」は同人誌仲間と書いたリレー小説の番外編、友人のクリエストで書いた小説、
私が昔から書いているフォレストシンガーズではない小説もあります。
そっちにもフォレストシンガーズの誰かが顔を出す場合もあるのは、
著者の趣味です。

そこから独立した、グラブダブドリブやらBL小説家シリーズやら、リクエストいただいて書いた小説などもあります。
BLとはそう、あれ、BL小説家の桜庭しおん作の過激な小説が作中作として出てきますので、お嫌いな方はくれぐれもごらんになりませぬよう。

他にもBLがかった物語もありますので、そういう場合は「注意」と赤字を入れておきます。

「共作」はまやちさんとの共作。
「連載」は私も連載をやってみたくてはじめた、ロックバンドの物語です。
ひとつひとつがおよそ1000字ほどですので、お気軽に入っていってやって下さいませ。

「お遊び篇」は、またややこしくて、
えーと、つまり、フォレストシンガーズストーリィのキャラたちが名前はそのままで、
別人になって別世界に生きている物語です。
すみません。

「リレー」カテゴリもあります。
その他、これからも増やしていく予定であります。

こんなアンケートを作りました。同じものがトップページにもあります。
できましたら投票して下さいな。楽しみにしております。














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どれから読もうかな? の方へ・追伸

内容紹介

フォレストシンガーズについて、などなど


四年ほど前に私の頭の中に生まれてきたアキラ。
「俺はもとからいたんだから、生まれてきたんじゃないんだよ」
と、本人は主張しておりますが。
本人の主張はさておき、アキラが生まれてきたおかげでフォレストシンガーズが誕生しました。

凝り性で、そのくせ飽きると離れていってしまうという著者が、唯一、何十年も飽きずに凝りまくっているのが「小説を書く」ということ。

昔は投稿したり、紙の同人誌を作って発表したりしていました。
この時代になって、ホームページを作ろうかと思い、むずかしそうだから避けていて。
そんなころにフォレストシンガーズの小説を書き溜めていましたので、そうだ、ブログで発表しよう!! と決めたのでした。

そうしてフォレストシンガーズメインの「茜いろの森」を創設してから約二年半。
最近はグラブダブドリブ、ジョーカー、しおんとネネのシリーズや連載。
ショートストーリィなども書いてはいますが、やはりメインはフォレストシンガーズです。

「茜いろの森」をご訪問下さった方で、フォレストシンガーズってなに? と興味を示していただけた方は、「内容紹介」、「forestsingers」カテゴリをお開き下さいませ。
All title list(作品数が多いので、2ページになっています)の中にあります。

そのカテゴリの中の「こんなお話です」に目を通していただけると幸いです。

小説でしたら、ショートストーリィ(musician)の中のフォレストシンガーズ物語、一話~七話までをお読みいただけるのが、いちばん最初でしたら最適かと思われます。
フォレストシンガーズストーリィ1-第一話「はじまり」

どれから読もうかな? の方へ
「The Chronicle・ショートバージョン」
もわりあい短めです。

長くてもいいとおっしゃる方には、「The Chronicle」全11話のロングバージョンもございます。
小説200(The Chronicle)第一部

その他にもフォレストシンガーズストーリィはあちこちに散らばっております。
お急ぎでない方は「あらすじ」なども見ていただいて、お好みに合うストーリィを見つけていって下さいませ。

みなさまのアクセスや拍手、コメントなどは著者の最大の喜び、励みでございます。
変なコメント(変というのは種々ありますが)でない限りは必ずお返事させていただきます。
URLを残していただければ、コメントを下さった方のブログにも遊びにいかせてもらいますねー。

さて。
いついつまでもブログを続けていきたい、というのが私の最大の希望でもありますので、今後ともどうぞよろしくお願いします。
こんなミニアンケートにも、よろしかったらお答え下さいね。




2013/8月
津々井茜



どれから読もうかな? の方へ

内容紹介

2011/5/28

「The Chronicle・ショートバージョン」

**はじめに

 長い「The Chronicle」をブログにアップしてから、考えました。
 はじめてフォレストシンガーズストーリィを読んで下さる方は、「The Chronicle」から読んでいだけるといいな。彼らの大学一年生から三十歳までの物語だから、ちょうどいいな。
 でも、最初に読んでいただくには長すぎるかも。
 ならば、ショートバージョンを書こうと決めて書いたのがこのストーリィです。「The Chronicle」の抜粋ではなく、エッセンスを抽出して短くまとめたものですので、長いのも短いのも両方読んでいただけると嬉しいです。
 このストーリィを読んでフォレストシンガーズに興味を持って下さった方は、「The Chronicle」本編もぜひどうぞ。もちろんその他のたくさんたくさんあるストーリィも、読んでいただけると嬉しくて嬉しくて、著者は舞い上がってしまいまする。

 なお、これでも長いだろ、とおっしゃる方には、さらに短いのもあります。
フォレストシンガーズストーリィ1-第一話「はじまり」
ここからスタートする七つのストーリィも、よろしくお願いします。

 ではでは、ショートバージョン、お楽しみ下さいませ~。



1・真次郎

 七つも年上の兄貴たちに育てられた十八歳の暴れん坊が、桜の花なんて気にしているわけもない。あのころの俺は桜なんて見てもいなかっただろうけれど、この季節になると思い出す。あの日もこうして桜が満開に咲き誇っていた。
 桜吹雪と聞くと遠山の金さんを思い出す俺にも、自分自身の桜吹雪の思い出はある。大学の入学式、俺の運命を決めた日。大仰に言えばそうだったのかもしれない。
 空手家で双生児の兄貴たちに反発したいためもあって、俺はスポーツ嫌いだった。好きなものはたくさんたくさんあれど、中では音楽がもっとも好き。ピアノも好きでクラシック音楽も好きだったのだが、オーケストラなんて俺のガラじゃねえや、だった。
 サークルに入ろうとして迷った末に、俺は合唱部を選んだ。新入生勧誘パフォーマンスで歌っていた女性たちの美しい声や、当時の女子部キャプテンの美しい容姿に魅せられたせいもあった。
 飛びこんでいった合唱部の部室で、先輩の星さんに会った。彼の人柄に惹かれて、入部してから触れ合った男子の先輩たちにも惹かれていって、俺は強く強く合唱部に傾倒していく。歌というものにものめり込んでいく。
 それからもうひとつ、同級生との出会いもあった。東京生まれの俺がこの大学に入学し、合唱部に入部しなかったとしたら、おそらくは会わなかった乾隆也だ。
「乾、本橋、おまえたち、夏のコンサートでデュエットをやれ」
 キャプテン高倉さんのその命令が、俺たちを結びつけた。いや、高倉さんの言葉がなかったとしても、俺たちは特別な仲になっていただろう。男同士で特別とは気持ちが悪いのだが、そうなのだからどうしようもない。
 金沢生まれの乾と俺、運命論も俺のガラではないけれど、そんなこともあるのかなぁ、と今になれば思う。それからそれから、もうひとり、彼女との出会いはまちがいなく、俺の運命を変えた。
「綺麗だねぇ。あれから何年たつんだろ」
「あれから何年なんて振り返るのは、年を食った証拠だぜ」
「だけど、このシーズンには思い出すでしょ」
「うん、まあ、そうだな」
 近所では一番豪壮な邸宅の塀ごしに、ゴージャスな桜が咲きこぼれている。まるで秀吉が愛でた醍醐の桜のよう……俺はそんなものはこの目で見ていないのは当然だが、こんなだったのだろうと思う桜だ。そんな桜を見上げて、俺は妻と会話をかわす。
 あれから何年、その何年とは、おまえとおまえと出会ってからの歳月と一致する。おまえ、とは乾と美江子だ。美江子とは「あれ」がいつなのかをわかり合っている。仲間たちとの出会いと、美江子との出会いがあって、今、俺はここに立っている。


2・美江子

 母校のキャンパスの花壇には、ポピーの花が並んで咲いていた。
「可愛いチューリップの花ですね」
「……あのね、三沢くん」
「はーい」
 咲いた咲いたチューリップの花が、三沢くんが歌う。十八歳の男の子がそんな可愛い声を出す? キミのほうが花よりも可愛くて、声だけだったら幼稚園児の坊やみたい。顔を見ても中学生みたい。ふたつ年下の三沢幸生を見つめていたら、吹き出して笑い出した。
「美江子さん、なにがそんなにおかしいんですか。そんなに笑わないで」
 笑いすぎて涙が出てきたら、三沢くんは私の背中をとんとん叩いてくれた。
「美江子ちゃーん、泣いたら駄目よ。べろべろばー」
 今、ここにいるのは、その三沢幸生、最年少の大学二年生。彼に較べるとずいぶんとお兄さんに見える、本橋真次郎、乾隆也、彼らは私と同い年の大学四年生だ。そして、大学三年生の小笠原英彦と本庄繁之。五人がキャンパスに集まって、本橋くんが私に正式に紹介してくれた。
「フォレストシンガーズだ。決定したよ」
「……うん」
 詳しくなんか言ってくれなくてもわかる。大学の男子合唱部で知り合った五人が、ヴォーカルグループを結成した。私も話は聞いていたけれど、正式に決定したから改めて紹介してくれたのだ。
「三沢くん、覚えてる?」
「覚えてるってどれですか? あの樹の陰で美江子さんとキスしたこと? むふふ」
「おー、三沢? おまえ……美江子さんと……このぉ」
「きゃああ、小笠原さんっ!! 許してっ!! だって、愛し合ってるんだもんっ」
「許さない。待て」
 逃げていく三沢くんを、小笠原くんが追いかけていく。本庄くんはきょろきょろしてから、私にもの問いたげな目を向ける。乾くんは笑っていて、本橋くんが質問した。
「山田、おまえ、ほんとにあんなガキとキスしたのか?」
「そうじゃなくて、この花壇に咲いてた花よ」
「花なんか咲いてたか?」
「春には咲いてたでしょうが」
「そうだったかなぁ」
「あのへんにはどんな花が咲いてたか、覚えてる?」
 冬枯れの花壇には花はなく、本橋くんと本庄くんは悩んでいる。乾くんは言った。
「花壇なんだから花はあるよ。春の花だったら……あのあたり? ポピーだったな」
「さすが乾くん。花の名前も知ってるし、記憶力もいいよね。本橋くんや本庄くんも見習いなさい」
「はい、すみません」
 本庄くんは素直に答え、本橋くんは言った。
「歌詞は覚えないといけないけど、男は花の名前なんか知らなくていいんだよ」
「でも、本橋さん、歌には花が出てくるでしょ」
「俺は出さないからいいんだ」
 ポピーの花が咲いていたころに知り合った、大学一年生だった三沢くん。二年近くがたっても、彼の声は黄色くて、小笠原くんにつかまえられてきゃあきゃあ悲鳴を上げている。
 なんでおまえは花の名前なんか知ってるんだ、と本橋くん。乾さんのおばあさんは、お華の先生だからでしょ、と本庄くん。ポピーくらいは常識だろ、と乾くん。そんな五人で、歌の道を歩き出すんだね。私も一緒に歩いていく。
 きっと近いうちには、あなたたちはプロになる。私はあなたたちのマネージャーになる。目の前にはお花畑が広がっている。未来をそう考えれば、頬を刺す冬の風までが、あたたかく感じられた。


3・隆也

 アマチュアながらも、ノーギャラながらも、仕事をさせてもらって泊まらせてもらった海の家の庭に、朝顔の花が揺れている。青や紫の暗い色ばかりで、朝から俺の気持ちも暗くなりそうだ。
「……暗い色合いだと思うから暗く感じるんだ。暗いんじゃなくて爽やかで清々しい色の花だと思え、隆也、気は持ちようだ。ものは考えようだ」
 山田、本橋、乾が大学を卒業してから一年余り、今年は一年下の本庄シゲ、小笠原ヒデも卒業した。三沢幸生は大学四年生。俺たちはいまだアマチュアだ。
 プロになるための道は険しくて、真夏の朝に海辺にいても心は浮き立たない。一昨年までは別の海辺で大学合唱部の合宿をしていて、あのころはひたむきに楽しかったのに、俺の青春は卒業とともに終わったのか。
 暗くばかり考えてしまうのは、ヒデがいなくなってしまったから。ヒデは結婚するからと言って、梅雨のころにフォレストシンガーズを脱退してしまった。
 一年生の年にだけ合唱部にいて、大学をも中退してロックに走っていた木村章は、幸生とは仲良くしていた。シゲやヒデとも親しくしていたらしいが、本橋や俺は章とはほとんど交流もなかった。その章を幸生が連れてきて、強引にフォレストシンガーズに参加させた。
 であるから、人数的にはフォレストシンガーズはもとに戻っている。それでもそれでも暗いのは、章が俺を嫌っているから? 俺が悪いから? あいつだって悪いだろ。
 章は彼女のスーちゃんと喧嘩ばかりしていると言う。喧嘩はするのが当然だろうが、彼女と彼は暴力沙汰の喧嘩になって、章はスーちゃんに殴られて殴り返すという。そうと聞いて説教したのがはじまりだった。
 もてるらしき章は、女性の母性本能をくすぐるのだろう。綺麗な顔をしていて細くて小柄で、反抗的なロッカー。彼は小さな薔薇なのか。美しい外見に引きつけられて寄っていく女は、刺にさされて傷つく。女性が守ってやりたいと感じる男の章は、時に牙を剥く。
「あいつは弱気で寂しがりなんですよ。そんなところを隠したくて反抗的になったり、女にばっか強く出たり、実は最弱軟弱脆弱柔弱……」
「幸生、そのへんでいいよ」
 弱のつく単語を並べ立てようとする幸生を、途中でさえぎったこともあった。
 女に暴力はふるうし、遅刻はするし、説教するとふてくされるし、リーダーに殴られるとふくれるし、その上にその上に、あろうことか、ファンの方につっけんどんにする。あまつさえ、突き飛ばしたりもする。あのときは俺は章の頬を軽く張り飛ばした。
「あいつはフォレストシンガーズのファンじゃなくて、ジギーのファンだった女ですよ。乾さんには関係ないじゃん」
 ジギーとは、章がヴォーカリストとして加わっていたロックバンドだ。インディズとしては人気があったのだそうで、章にはそのころからのファンがついている。
「なんであろうとも、ファンの方にそんな態度を取ってると癖になるんだよ。俺たちがメジャーデビューして、支持して下さるファンの方におまえがそんなだと、プロのシンガーとしては最悪だろ」
「ファンなんてうぜえんだもん。それにさ、俺たちがメジャーになるなんて……乾さん……わかりましたから。いやだよ」
 手を上げて顔をかばっている章を、きつく殴る気はなかった。説教だってしたくはなかったのだが、彼は本心からそう思っているのかと、おりに触れては説得してきた。章だってわかっているだろうに、ロッカーらしき反逆心なのか、素直にうなずいてはくれない。
 先輩風を吹かせて説教ばかりするうざい奴。章にはそう思われているのはまちがいない。俺の存在に嫌気が差して、章がフォレストシンガーズを脱退したとしたら……そう思うと気持ちが暗澹としてくる。真夏の朝を俺のグレイの吐息が曇らせていると、幸生の声が聞こえた。
「おはよう。隆也さん、ユキちゃん、キスしてあげようか」
 十八番の幸生の女芝居だ。俺が暗くなっていると察してなぐさめてくれようとしているらしいが、こんななぐさめはいらない。強いて荒々しく言った。
「幸生、おまえ、あの花の名前を知ってるか。まちがえたら罰として、あそこに見えてる灯台までランニングだぞ。言ってみろ」
「あの花? ええとええと……チューリップ、桜、薔薇、菊……他に花ってあったっけ。ええとええと……そうだ、ポピー!! きゃーーっ、乾さんっ、なにをなさるのっ?!」
「ランニングだって言っただろ」
「隆也さんもつきあってくれるの? そしたらね、おんぶして走って。きゃわわーっ!! ひとりで走りますっ!! 先輩ったら怖いんだから。ユキちゃん、そんなことされたら疼いちゃうわ」
「……黙って走れ」
「はいっ!!」
 前を走っていく幸生の髪が朝陽に輝いている。朝顔が幸生と俺を見比べて笑っている。くよくよと考えているよりも、俺たちは走らなくっちゃ。


4・英彦


 暑苦しい花だな、と呟くと、恵が言った。
「夾竹桃。ヒデって花の名前を知らないね」
「男は普通はそうだろ」
 乾さんは別として、シゲも幸生も本橋さんも花の名なんて知らなくて、美江子さんが呆れてたよ、とは口の中で呟く。
 遠い遠い昔の友達なんて、思い出すと虚しいだけなのに、今では気軽に親しくできる男友達がいないせいか。妻と子はいても女友達はさらにいない。友達がいても妻や子はいない男だって多いのだから、俺は幸せだ。
 紫陽花を見ると楽しかった学生時代を思い出すから、あの花は嫌いだ。梅雨がすぎて真夏になり、紫陽花は見なくなったと思ったら、今度は暑苦しい花か。
「濃いピンクは暑苦しいかもしれないけど、白いのはよくない?」
「俺は好きじゃないな」
「たしか夾竹桃って、根だか樹だかに毒があるんだって」
「食うと死ぬのか?」
「そうかもね」
 毒のある樹は食ってもまずいだろう。別に死にたくはないのだから、夾竹桃を食う気もないけれど、最悪、あいつを食えばいいんだな、なんて思って苦く笑った。
 数年前にフォレストシンガーズを脱退して結婚し、子供ができて普通の父、普通の夫、普通のサラリーマンになった。フォレストシンガーズがデビューしたとの噂は聞かないし、シンガーズだって普通の人間なんだから、俺とはなんちゃあ変わりもせんちや、ではあるのだが。
 なのになんだって、俺はこうして鬱々している? 夏の陽射しの中、淡い緑のワンピースを着て、白いパラソルを差した妻はけっこう美人で、妻の押すベビーカーの中の瑞穂は、天使のように愛らしい赤ん坊なのに。
「パパ、買いものしてくるから、見ててね」
「ああ。ゆっくり行ってこい」
 ドラッグストアに入っていく妻を、外で待っている。俺はガードレールに腰かけて、ベビーカーを見つめている。瑞穂がほにゃほにゃと笑っている。可愛いな、おまえは俺の娘なんだもんな。けど、おまえがいなかったら俺は……
 ふっとよくない想いが浮かび、頭を振った。赤ん坊は父親の悪心を感じたのか、唐突に泣き出す。抱き上げるといっそう泣く。ドラッグストアから恵が顔を出した。
「パパ、泣かしたら駄目。ちゃんと見ててよ!!」
 怒鳴られて怒鳴り返した。
「赤ん坊ってのは泣くのが仕事だろ。俺のおふくろはそう言ってたぞ。文句があるんだったらさっさと買い物をすませて出てこいよ」
「もうっ、役に立たないんだから」
 これではまた喧嘩になりそうだ。冷戦になるのか舌戦になるのか。せめて明るい喧嘩だといいな。こうなってくると妻も娘もうっとうしくて、俺は夾竹桃に悪態をついた。
「家出したいよ。失踪したいよ。くそっ!!」
 ベビーカーに戻すと、瑞穂は顔を真っ赤にしていっそういっそう泣き出した。
 

5・繁之


 この花だったら知ってるけど、なんて名前だっけ? 幸生だったらチューリップだと言いそうだが、チューリップではないのは知っている。チューリップは春の花だ。
 アマチュア時代にはこの公園で、五人で練習をしてきた。筋トレやキックボクシングごっこや、ランニングもした。議論もした。コンビニで買ってきた夜食やら、美江子さんがさしいれてくれた手作りの豚汁なんかも食った。
 本橋さんが不良にからまれていた高校生を助けたり、乾さんが女の子をかばったり、章がどこかの男に殴られそうになったり、幸生が泣きそうな顔でブランコにすわっていたり、そんな思い出がたくさんたくさんある。
「俺の書いた曲なんです。乾さん、見て下さい」
「お、書けたか……うんうん……ヒデ、これ、駄目だろ、これは」
「なんでですか」
「自分で考えろ。ほら、ここだよ」
 俺にはできないソングライティングについて、乾さんと話していたヒデの声を思い出す。ここんところは盗作だろ、と指摘されたヒデは、あとから言っていた。
「あのときには乾さんを殴りそうになって、辛抱したんだ。俺、えらいだろ」
「アホか。当然だよ。盗作だって言われて怒って、乾さんを殴ったりしたら、俺が許さんからな」
「……おまえにやり返されたら俺は死ぬから、やらんでよかったな」
 がははっと笑った声までも思い出した。
「とうとうデビューしたんだよ。ヒデは知らないだろ? フォレストシンガーズなんて名前、どこにも出てないもんな。でも、もうじき各地のFM放送挨拶回りをするんだ。おまえはFM放送のある地域に住んでるのか? 茨城や高知だったら聴けるよな。おまえがどこにいるのかは知らないけど、元気なんだろ? 幸せなんだろ? 結婚したのかな。子供もできたのかな。恵さんって……うん、まあ、美人だよな。おまえも顔は整ってるんだから、可愛い子供だろうなぁ。会いたいな」
 ヒデの子供よりもヒデ本人に会いたい。この花、なんて名前だ? ヒデに質問したい。ヒデもきっと知らないだろうから、乾さんと美江子さんにも来てもらおう。花の名前はどうでもいいから、本橋さんと幸生も呼ぼう。章は、呼ばないほうがいいんだろうか。
「みんなで言うんだよな。幸生は言うんだよ。チューリップ? あいつの定番だからさ。本橋さんは薔薇だって言うかもな。そしたら美江子さんか乾さんが……あ? コスモス? そうだったかも。自信はないけどそうかもしれない。誰かが教えてくれたんだ。おまえじゃないだろうけど、ありがとう、ヒデ。コスモスだな」
 自信はないがコスモスだと決めた白や薄桃色の花を見ながら、ヒデに話しかける。繊細で可憐な花だ。俺にもこんな彼女ができたらいいな、ヒデのことばかり考えている女々しい自分が腹立たしいのもあって、コスモスに意識を向けていた。


6・幸生

「悲しくったって、苦しくったって
 ステージの上では平気なの
 だけど、涙が出ちゃう
 だって、ユキちゃん、女の子なんだもんっ!!」

 この替え歌を歌うとシゲさんは脱力し、リーダーはげんこつを固め、章はキックをしかけてきて、美江子さんはため息をつく。乾さんは俺の肩を抱いてくれた。
「そういうタイムリーな歌を歌うな。売れなくて悲しくて苦しいなんてのは、もっと長くやってから言うもんだよ」
「身も心もユキちゃんになっていい?」
「心は見えないから、ユキちゃんになってるんだとおまえが言い張れば、俺もうなずかざるを得ない。身は見えるんだぞ。なってみろ、なれるのか、え、幸生? なれるのか」
「そんなご無体な……」
 変身はできそうにないので諦めて、心だけはユキちゃんになろうと乾さんにくっつく。本橋さんとシゲさんはむこうで、俺たちを見ないように必死で無視しようとしている。章は美江子さんと、虫みたいにちっちゃい花のそばでお話していた。
「俺もやっぱ本物の女性とお話したいなぁ……」
「俺に女になれって言ってるのか」
「乾さんが女になったって……俺の趣味は知ってるでしょ」
「小柄でキュートな美少女だろ」
「そうそう。俺を女の子にしたような美少女ね」
「女性は男装すると十歳若く見え、男は女装すると十歳老けて見えるという。肌の差だそうだな。幸生、不精ひげがはえかけてるぞ」 
 人を現実に立ち返らせる無情な発言をしてから、乾さんは公園のベンチにすわった。
 ここは兵庫県の公園。近隣の人々の憩いの場になっているようで、そぞろ歩くカップルや家族連れや友達連れは大勢目につく。けれども、だあれも俺たちに目を留めてはくれない。俺たち、フォレストシンガーズっていうんだよぉ!! って叫ぼうか。パークライヴをやろうよ。無料だよ。俺たちの歌を聴いて、拍手を、歓声を下さい。
 餓えるほどにそう思う。デビューしてから二年がすぎて、今年も秋になって、いろんないろんな仕事をしてきたけれど、俺たちはまったく認められないまんまだ。
 試行錯誤を繰り返し、多種類の歌のジャンルにチャレンジし、テレビのバラエティ番組に出たり、ラジオに単発で出演したり。そのどれもがフォレストシンガーズの糧にはなっただろうけれど、実を結んではいない。
 乾さんの言う通り、悲しむにはまだ早いと知ってはいるけれど、イベントに出演させてもらって主催者にないがしろな扱いを受けると、へこみたくなる。無名のシンガーって人間じゃないの? 猫だったら不細工でももてはやされるのに、ユキちゃんは可愛くても愛してもらえないんだわ。
 なんてね、こうやって自分の中でもひとり芝居をやって、俺はてめえを鼓舞する。乾さんと美江子さん以外は芝居をやると怒るけど、実はちょっぴり癒されていたりするんでしょ。
「乾さん、あの虫みたいな花、なんて名前ですか」
「紅の虫か。あれはおまえには高度だろうな」
「花に高度や低度ってあるんですか」
「あるんじゃないのか。一般的知名度の高い、おまえでも知っているチューリップや桜から、おまえだと知らなくても普通な萩や竜胆やえのころ草、さらに知名度の低い、イタドリ、ベニタデ、ゲンノショウコ、などなど。知名度レベルでも花は多種に分類できるんだよ」
 それってシンガーになぞらえてる? シンガーとはさかさまに、花は知名度が低いほど高度なのか。俺は今、乾さんが言った花の中から、あの虫のようなちっこい花の名前を探した。
「リンドウかなぁ。ちがう? 萩」
「おまえにだったら推理は簡単だろ。覚えないと意味ないんだぞ」
「はあい」
 我々だって覚えられないと意味がない。しかし、公園でフォレストシンガーズの名を連呼するのは、犯罪に近いのかもしれない。そのためにはどうすればいいのかも、模索しながら歩いていく。それが我らの生きる道?
 これからも俺たちは、シンガーとして高級になるために努力する? 高級とひとことで言うべきなのかどうかもわからない暗い道を、みんなで歩いていく。
 ねえ、隆也さん、頼りにしてるからね。俺はあなたの背中を特に見つめて、一生懸命ついていくよ。どこまでも連れていってね、ごろにゃん。


7・章

 デビューしてから六度目のクリスマス。去年にはシゲさんが結婚し、フォレストシンガーズはほんのちょびっと有名になった。有名になったと口にするのもおこがましいが、デビュー当時から二、三年ほどの真っ暗闇からは抜け出しつつある。
 二十二歳でプロのシンガーズの一員となった俺は、二十七歳になった。愛した女もいるけれど、スー以外の女とはすべてが切れた。スー以外の女はどれもこれもがまやかしだったのだから、切れて後悔もしていないが、心に寒い風が吹く。
 クリスマスのイルミネーションやツリーや、音楽で浮き立つ街で俺はひとり。すこしは売れてきたといっても、ちびの俺がひとりで街を歩いていても、ファンに発見されて騒がれるなんてまずない。そのほうが気楽だけど、時にはこんなこと、ないかなぁ。
 女子大生の集団が俺を見つけ、わーっと取り囲み、サインだ握手だ写真だと騒いだあげくに、その中でもとびきり可愛い子が言う。
「あたしたち、これから女の子ばかりでパーティするの。木村さんも来て」
 五、六人の女の子は全員が、俺の好みの小柄で細身の美人ばっかり。俺は迷惑そうなそぶりをしながらも言うのだ。
「ちょっとだけだったらつきあうよ。ケーキでも買っていこうか」
「木村さんが来てくれるだけで嬉しいの」
「そうは行かないだろ。女子大生のパーティに社会人が手ぶらでは行けないよ。これで好きなものを買えよ」
 札を握らせると、女の子たちは感激して、みんなそろって背伸びして、俺にちゅっちゅっのちゅーっ!! ……ああ、虚しい。
 つまんねえからナンパしようかな。スターになっていない現状の利点は、道行く人々のほとんどが俺を知らないこと。ナンパして釣り上げた女もたいていは俺を知らないから、適当にごまかしてホテルに連れていって寝て、適当にバイバイ。
 乾さんに知られたら叱られるだろう……そう考えてから、あんたもやってんだろっ、と胸のうちで叫び返す。可愛い子はいないかと物色していたら、街角にたたずむ女の姿が見えた。ベージュのコートのすらっとした女は、俺と同じくらいの身長だ。小柄ではないけど、まあ、許容範囲。俺は彼女に近づいていった。
「彼女、ひとり? お茶でもどう?」
 顔が見たいのに、彼女はうつむいたまんまだ。どこかで見た女……有名人かな? 気が逸って気もそぞろになっていた。
「誰か待ってんの? ふられたんだろ。俺とお茶しようよ。メシだっておごるよ」
「……」
「すかすなって」
 苛々してきたので、ちょっとだけ怒らせる手段に出た。
「顔を見せてよ。見せられないってのはブスなんだろ」
「……え……」
「いやいや、ブスじゃねえよな。顔を見せて」
 猫撫で声を出して顎を指でそっと持ち上げる。女は顔を上げてにたっと笑った。
「うぎゃっ!!」
「口裂け女じゃないんだから、悲鳴を上げなくてもいいじゃないの」
「口裂けって……古っ」
 ある意味、妖怪よりも悪い。逃げてもはじまらない相手だからなお悪い。開き直った俺は言った。
「そんなコート、見たことないし、美江子さんだなんて気づきませんでしたよ」
「私は声で章くんだって気づいたから、黙ってうつむいてたの。あなたはいつもこういうことをやってるんですか。お話を聞かせていただこうかしら」
「補導の教師みたいに言わないで」
「食事をおごってくれるんじゃなかったの?」
「美江子さんはデートじゃなかったの?」
 ぎろっと睨まれた。図星だったのかもしれなくて、腕を引っ張られるままになった。
「あれは知ってる?」
「あれって?」
 彼女と腕を組んで歩いているというよりも、教師に腕を取られてどこかへ引きずっていかれる中学生気分。我らがおっかないマネージャーと街を歩くなんて、振り切って逃げたら本橋さんや乾さんに告げ口されるから、逃げるに逃げられない。
 情けなくて返事もしたくなかったのだが、あれって? と彼女の声に反応してしまった。美江子さんが指差す先には、赤と緑の花のような葉っぱのようなものがあった。
「飾りですよね。造花? 乾さんに教わったような……クリスマスの花、クリスマスカラー……なんだっけ。忘れたよ」
「ポインセチアだよ。あんなふうに華やかに……見えてくるの」
 目を閉じて、美江子さんが囁いた。
「あなたたちの将来は、ポインセチアカラーに彩られてるのよ」
「へええ、いいね」
 美江子さんがえらい美人に見える。いや、もともと彼女は美人なのだが、いつだっておっかなさが先に立つ。今夜は優しい気持ちになってくれているのか、彼氏にデートをすっぽかされて不機嫌なのを繕おうとでもして、作為的に優しくふるまっているのか。
 どっちにしても、優しい美江子さんだったら好きだ。クリスマスイヴ当日ではないのだから、美江子さんとデートってのもいいだろう。
「メシ食いにいきます? 酒もいいでしょ」
「いいけどね、章くんはお酒を飲むと潰れるんだから、一杯だけにしなさいね」
 こういうことを言うから、デート気分に水を差すのだ。酒を飲んでいても説教されそうで、俺は美江子さんの腕を静かに静かに、と努力して引き離した。
「急用を思い出しました。帰ります」
「そうなの? ナンパなんかしないようにね」
 うるせえんだよっ!! と怒鳴りそうになったのをこらえて、小走りになる。来年こそはポインセチアのように華やかなクリスマスを迎えたい。優しくて可愛い彼女もほしい。
 今年のクリスマスには間に合いそうもないから、来年こそ、来年こそ、と祈る。俺たちフォレストシンガーズは、ポインセチア程度の知名度を持つシンガーズになれるのだろうか。今年のクリスマスコンサートのチケットは初ソールドアウトだったのだから、近々きっとなれるさ。
 そうと信じていなければ、こんな寒空の下、ひとりで歩いてなんかいられるかよ。きっと俺たち、大物になるんだよっ!!

未完
 



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フォレストシンガーズ人物相関図①

内容紹介

フォレストシンガーズを中心とするキャラクター相関図  
(ver1.大学関係)


修整

以前から相関図モトム、とのリクエストをいただいていました。
このたびも大海彩洋さんからリクエストいただきまして、さあ、どうしよう、と悩んだあげく。

家系図を作れる無料ソフト発見。
ただ、無料の分では印刷もできないし、画像として使えない。
うーん、どうしようかとまたもや迷ったあげく、いい方法を考えてもらいました。

ようやくブログにアップできました。
これはテスト版のようなものですので、簡単すぎてわかりにくいかもしれません。
とりあえず、フォレストシンガーズの五人と大学の仲間たちとの相関図です。

ここはこうしたら? などのご意見があれば、どしどし教えて下さいませね。
お待ちしております。





FS超ショートストーリィ・四季の歌・章「春の非」

番外編

フォレストシンガーズ

四季のうた

「春の非」

 うらうらと春の陽。
 昼寝がしたくて登ってきた、都会のビルの屋上。ここは空中庭園になっていて、人の目に触れにくい緑の中に隠れていられる。これもフォレストの一種だ。

「フォレストシンガーズの木村章さん?」
 ファンに見つけられて声をかけられるのが嬉しいときもあれば、わずらわしいときもある。今の俺は春の陽の中で、誰でもないひとりの人間でいたかった。なんてかっこつけてみても、別に意味ないんだけどね。

 はるのひ……。
「ひ」っていろんな字があるなぁ、なんて、春の陽の中で考える。ほとんど眠りの中にいながらも、「はるのひ」を考えていた。ねむいときのしこうにはいみがなくて、いみがないのがいいのだから……。

 あ、こんな字もある。
「非常階段」の非。これも、春の「ひ」。

END








 
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FSさくら物語「桜めぐり」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

さくら物語

「さくらめぐり」

1・高知 

ソメイヨシノの開花宣言は、高知城の樹が基本なのだと聞いた。この樹の花がいくつか開いたら、日本中にサクラサクの報告がなされる。

「ああ、咲いてるよ」
「ほんまやきに……もうじきやな」

 その樹をヒデに教えてもらって、俺が見つけた一輪。もうすこし遅く来たら桜満開の高知城が見られたのだろうが、こうしてここにヒデとふたりでいるだけでもいい。俺としては恥ずかしくてそんな台詞は口にできないが、言わなくてもいいのだ。

「シゲ、たこ焼き食おうか」
「高知のたこ焼きってうまいのか?」
「土佐の食いもんはなんでもうまいんじゃきに」
「……うん、食おう」

 花よりも言葉よりもたこ焼き。大人になっても俺たちはちっとも変わっちゃいないのである。


2・和歌山

 この花の下に貴志駅のたまをすわらせたら、猫雑誌や旅雑誌の表紙にできそうだ。俺がたまを抱いていたら、フォレストシンガーズファンクラブ会報の表紙にもぴったり。一度でいいからそうしたかったな。

 昨年、天国の駅長に就任して逝ってしまった猫のたま。俺は彼女とCMに出るのが夢だった。雑誌の表紙もいい。うちの会報にゲスト出演してくれるのでもいい。俺が和歌山県観光大使に選ばれたりしたら最高。たまと共演したいなぁ。そんな夢はかなえてくれず、たまは遠くに行ってしまった。

 日本でもっとも早く咲く部類の、和歌山の桜。たまはきっと和歌山県の桜のもとで、写真を撮ったことはあるよね。ユキとたまの共演は、俺の空想の中でやるよ。猫ってけっこう植物を食べたがるけど、たまももしかしたら、桜の花びらを食べた? おいしかった?

  
3・東京 

 少女だったら知らないが、大半の少年、はっきり言ってしまえば「男のガキ」って奴は、桜になど興味はない。家族で花見をしても、早く弁当にしようよ、としか思っていない。俺ももちろんそんなガキだった。

 そんな俺が東京の桜を見ている。ああ、桜って本当に綺麗だな、なんて思うようになったのは、なんのせいだろう? 歳のせい? 俺はまだそんな年じゃないぞ。もののあわれって奴がわかるようになってきたからか? そういうのを教えてくれた乾のおかげもあるのかな。

「桜舞う……本橋、どう続ける?」
「突然振るな……えっと、俳句だよな。ええーっとぉ……そうだ!!」

 金さんのせな、鮮やかに、と頭に浮かんだフレーズを口にすると、乾は笑い出した。
 いやぁ、実に本橋真次郎らしい。いやいや、グレイト!! などと言って大笑いしている。どうせそうだよ。桜吹雪っていったら遠山金四郎だろうが。江戸っ子はそう思うんだよ。

 うん、時代劇を連想するんだから、歳のせいってのも認めるしかないかな。


4・富山

 北国なのだから当然だが、北陸地方では桜はゆっくりと咲く。北陸以南では花吹雪が舞いはじめるころに、俺の故郷、金沢では桜が見ごろを迎える。年々、積雪が少なくなるのにともなって、桜の開花も早めになっているかもしれない。

「乾くんは石川県出身? 金沢? そっか、俺は富山出身だから、金沢って憧れたもんだよ。妬ましくて嫌いだったりしてな。うん、乾くんって金沢出身って感じだよ。俺は富山のカントリーボーイって感じだろ」
「……とんでもない。そんなふうに言われたら恥ずかしいですよ」

 初対面の際だったか、すこしは話もできるようになってからだったか、桜田忠弘さんにそんなことを言われた。
 富山出身の男性がカントリーボーイなのかどうかは知らないが、桜田さんにはカントリーの匂いなどしない。ただ、富山や福井の人間は金沢に憧れるとは聞いた。金沢以外の石川県出身者でさえも、金沢は別格視するようで。

「そらそうですよ。俺ら、大阪の人間でも金沢は特別って気がします。大阪のもんには京都は近すぎて特別でもないんで、むしろ金沢のほうが特別かな」
「大阪の人って京都に憧れないのか?」
「うーん、富山と大阪はちがいますからね」
「ふむふむ、そういう意味で……」

 これは大阪出身の大学の後輩、実松との会話だ。

 そういう意味とはどういう意味かは、推して知るべし。大阪人は東京にも憧れはしないと実松は言っていたので、大阪人のほうがある意味、特別な日本人かもしれない。

 富山にはなんの思い入れもなかった金沢人の俺が意識するようになったのは、桜田さんと親しくなったからだ。今日は金沢に仕事でやってきて、ふと思い立って富山まで足を延ばした。富山の人間は金沢に観光にも訪れるのだろうが、逆はあまりないかな。なので、俺も富山はよくは知らない。フォレストシンガーズの乾隆也になってから、仕事で幾度か来た程度だ。

「お……」

 思いがけなくも目の保養ができたのは、ここははじめての高岡城址、古城公園になっている高岡城址へと駅から続く道には、八重桜が満開の姿を見せてくれていた。

「金沢では桜は散ってたのに……」

 誰ひとり行きかう人もない桜の道にたたずんで、満開の八重桜を堪能させてもらったのも、ある意味、桜田さんのおかげだったともいえる。

 
5・札幌

 北海道の桜はいきなり咲き、ばっと開いて短期間で散ってしまう。桜なんか見ているようで見ていなかった、俺が北海道にいた十八までのガキのころには、そんなもんだった。

「稚内はまだだけど、札幌は昨日、急に咲いたんだって。綺麗だねぇ」
「瑳絢も桜には負けてないな」
「え?」

 ぽかっと口を開けてから、いとこの瑳絢は俺の腕のあたりをぼかぼか叩いて笑いころげた。

「章さんったらやだっ!! お世辞っ!!」
「いやいや、まあ、これはリップサービスともいうんだけどな」
「それ、綺麗って意味? そんなの言われたの生まれてはじめてだぁっ!!」
「幸生や乾さんには言われただろ?」
「そうだっけ?」

 笑いやんで首をひねっているサアヤには、天然ボケ傾向がある。十八になったいとこのサアヤはフォレストシンガーズのファンなのだそうで、行ける限りはライヴを聴きたいと言う。俺の親の家とサアヤの住まいは近く、彼女も稚内在住だが、札幌でのライヴにも来てくれた。

 いとことはいえ、十八歳のサアヤは瑞々しくも綺麗だ。さすがに章の血縁だよな、と乾さんは言い、俺がもっと若かったらなぁ、と幸生も言っていた。

 恋愛感情など持つはずもない相手のほうが、気楽でいいのかもしれない。それでもやっぱり綺麗な女の子と、日本ではほぼ今年最後になるはずの札幌の桜を見る。故郷は近いとはいってもそれほどでもないのだから、こうしているのはなかなかにいい気分だった。

END








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FS超ショートストーリィ・四季の歌・繁之「春の陽」

番外編

フォレストシンガーズ

四季のうた

「春の陽」

 仔犬みたいな丸い目をした後輩が、無邪気そうに俺の顔を覗きこむ。
 ラジオ番組にゲスト出演しているのだから、聴取者のみなさんには俺の顔は見えないのだが、学生時代の後輩、酒巻國友の視線を意識してしまった。

「シゲさん、どうかしました? 僕、なにか変なこと言いました?」
「いや、変なことなんか言ってませんよ。うん、春ですね、ほんとに」
「春ですよねぇ。陽射しがほんと、春ですね」

 酒巻がDJをつとめる番組を放送しているラジオ局のスタジオ、小さな窓からも陽射しがいっぱいに降り注ぐ。この陽射しってなにかに似ているな……ああ、そうだ、と思い当って、ひとりで照れてしまったのだ。

 なにに似ているのかといえば。
 そう、恭子。俺の奥さん。そんなこと、他人の前では照れくさくて言えない。ファンの方がラジオを聴いてくれているのだから、よけいに言えない。

 でも、寂しくて暗くて真冬みたいだった俺に、ぱっと射し込んだ春の陽。それは恭子そのものだから。嬉しくて恥ずかしくて、俺の頬にも陽射しみたいな明るみが射しているはず。

SHIGE/28/END







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169「白い恋人たち」

ショートストーリィ(しりとり小説)

しりとり小説

169「白い恋人たち」

 函館支店、こんな小さな支店の営業課長だなんて、栄転だとは思えないが、地方であっても課長になれたのは、会社から期待されているからだと山木珠緒は考えることにしていた。

「山木課長は三十二歳なんですか。その年で課長だなんて、すごい出世ですよね」
「そうでもないけどね」
「どこの大学ですか?」

 東京の大学、そこの院を出たの、理系? そうよ、という会話をした相手は、三つ年下の部下、小野田満だった。

「やっぱすげぇですよ。俺は札幌の大学を卒業したんですけど、大学院には行けなかった。俺も理系なんですけど、院まで進まないと大卒と同じような仕事にしか就けませんよね。課長は院まで出てどうしてこの会社に?」
「誘われたのよ」
「縁故入社ですか」
「縁故じゃないよ。教授の勧めだったの」

 三つ年上なだけの女が上司になるとは、と小野田はひがんでいるのかと思ったが、それもあるにしても、珠緒と親しくなりたいとは考えているようだ。課内では小野田と珠緒の年齢がもっとも近いのもあり、いつしか仲良くなっていった。

「課長、彼氏はいないんですか?」
「函館に来るときに別れてきたわ」
「俺を棄てて函館なんかに行くのかって言われたとか?」
「ま、そんなとこ」

 学生時代から十年もつきあっていたモトカレは、あきらかにひがんでいた。

「珠緒は俺の支えになってくれるって気はひとかけらもないんだよな。俺はブラック企業に就職しちまったから、二度、転職をした。珠緒はたまたまいい会社に就職できたから順調に出世して、俺を見下してるんだろ。そうはいっても珠緒の会社なんか、ちっぽけなもんじゃないか」
「まあそうだけど、男女差別はしないいい会社だよ」

 そんな会話は平素から頻繁で、珠緒のほうが収入いいんだから、出しておいて、とデート費用やホテル代も払わされたりした。

「函館支店の課長? 珠緒は俺よりも仕事が大事なのか? 俺を棄てていくのか」
「そんなこと言うんだったら、キミが私についてきてよ」
「俺も函館に? 珠緒のほうが仕事をやめるって気はないのか? 俺を選ぶって言うんだったら、結婚してもいいんだよ。珠緒も三十二だろ。結婚出産を望まないのか」
「キミが函館についてくるんだったら、結婚してあげてもいいよ」
「結婚してやるのは俺のほうだろ」
 
 平行線をたどったあげくに、彼とは別れた。詳しい事情を話す気にもならないでいる珠緒に、小野田は自分のほうの話をした。

「俺も大学のときには何人もの女の子とつきあったんだけど、あのころって俺は結婚なんか考えられなかった。女の子のほうはそうでもなくて、小野田くんだったら有望だから婚約しない? なんて冗談めかして言うんですよ。それで何人もから逃げ出したんだけど、大学三年のときの彼女、いい女だったな」

 金持ちのお嬢さまだから品があっておっとりしていて、結婚などとは言い出さなかった。

「鷹揚で優しくて、今から思えば最高の彼女だったんですけど、俺も若かったし、これからいくらでも女の子とは知り合えると思って、別れました。噂によると彼女は……」

 どこどこの会社の御曹司と結婚したらしい、と小野田は言った。

「卒業して前の会社に就職して、今度は同い年の幹部候補生の女の子とつきあったんですよ。彼女は課長と似たタイプで、仕事命って感じだったな。お嬢さまはなんでも俺に合わせてくれたけど、彼女は自分に合わせさせようとする。俺を操ろうとする。やっぱあのお嬢さまのほうがよかったな、なんて後悔したりしてね」
「ないものねだりだね」

 そうですよね、と小野田は頭をかいていた。

 北海道の中では都会だとはいえ、函館には繁華街がそういくつもあるわけではない。いきおい、社員の行動範囲も限られる。小野田とふたりで飲んでいる姿を目撃されたこともあったし、ひとりで飲みにいった店で、部下と遭遇したこともあった。

「あら、課長、おひとりですか? 小野田さんとじゃなくて?」
「小野田くんとなんかめったに飲みにはきませんよ。古場さんこそ、ご主人と待ち合わせ?」
「私もたまにはひとりで飲みたいんですよ」

 パート社員の古場鶴美、彼女は四十歳で、独身時代は正社員として、結婚してからはパートとして同じ職場で働き続けている。変形お局さまのようなものだが、珠緒の職場では主のようものでもあるので仕事では重宝していた。

「で、小野田さんとはつきあってるんですか?」
「職場恋愛はしたくないな」

 避けるわけにもいかなくて、珠緒は鶴美と同席することにした。

「恋愛にはなってるわけだ」
「そうなのかなぁ」
「告白されました?」
「告白なんかしてこないよ。彼は年下だし、部下だし、思わせぶりは言うけど、遠慮してるんだろか」

 モトカノは何人もいたけど、決め手に欠けたんですよね、今度こそ、結婚相手になる女性とつきあいたいな、と小野田は言い、珠緒の顔をじっと見つめていた。

「年下ったって、たった三つでしょ? 部下だからって遠慮なんかしていたら、今どきは社内結婚できないじゃないですか」
「そうは言ってもね……」

 ため息をつく珠緒に、相談に乗りますからね、と鶴美は言ってくれた。
 彼女も部下ではあるのだが、年上で既婚なのだから人生経験は豊富なはずだ。それからは珠緒は鶴美に小野田とのあれこれを相談するようになり、鶴美も親身になって聞いてくれた。

「そこは珠緒さんがさりげなく一押ししなくちゃ」
「私が押すの?」
「そうですよ。それもさりげなく、さりげなくね。珠緒さんからのアプローチだってむこうに思わせたら、男は図に乗りますから」
「なるほど」

 社内ではパート社員と課長だが、プライベートでは鶴美のほうが先輩だ。珠緒さん、鶴美さんと呼び合うようになって、有益なアドバイスもしてもらった。

「課長……じゃなくて、珠緒さんって呼んでもいいかな」
「ええ?」
「つきあうようになったら、あなたが俺の上司だって忘れていいかな」
「……それ、告白?」
「恋人同士になったら、ため口でもいいかな」
「いいよ。許してあげる」

 仕事一筋で生きるつもりはないから、珠緒は結婚だってしたかった。三十二歳は女としてはぎりぎりに近い年齢だとも聞く。すこしだけ年下の、仕事もルックスもそこそこの男。上昇婚思考のない珠緒には小野田は理想に近かったから、やった、と内心で小躍りした。

「ただし、私は若くもないんだから……」
「もちろん、結婚を前提でつきあって下さい」
「いいわ」

 やったやった、私の勝ち!! 珠緒としてはそのつもりで、鶴美にも報告した。

「よかったですね。近い将来には函館で新家庭を構えるんですか」
「私が本社に戻れたら一番いいんだけどね」
「小野田さんって函館のひとでしょ? ご両親もいらっしゃるんでしょ? 嫁としての立場は……」
「嫁に行くつもりはないから。私は小野田くんと結婚するんだよ」
「そりゃそうですけどね」

 今すぐに結婚するわけでもないのだから、そのあたりはおいおい考えていけばいい。珠緒としては譲れない部分は、小出しにして小野田に伝えていくつもりだった。

 北国で暮らすのははじめての、北海道の冬。函館は積雪は少ないほうだが、それでも雪景色になる日もよくある。白い街がライトアップされた冬は、恋をしている珠緒にはロマンティックで美しかった。

「えと、珠緒さん……」
「なに?」

 本年度の仕事おさめの日、早めに勤務を終えて、珠緒は小野田との待ち合わせ場所に急いだ。小野田は緊張の面持ちで珠緒を迎え、食事に行く前に……と切り出した。

「珠緒さんに言われた通りで、俺ってないものねだりなんだよね」
「ん?」
「癒し系のお嬢さまとつきあっていたら、仕事のできる自立した女がよくなる。キャリアウーマンとつきあっていたら、可愛くてつくしてくれる女に目移りする。その調子で二十代には彼女を何度も取り換えた。今度こそは結婚して落ち着きたかったんだけど、両親に話したら難色を示されて……」
「私が年上だから?」

 その懸念はなくもなかったが、小野田は、俺が説得するからまかせておいてくれ、と言っていた。珠緒の両親は反対はしないだろうから、きちんとまとまってから話すつもりだった。

「それもあるし、職場で奥さんのほうが立場が上だってのもやりにくいだろって」
「だったら、満くんが転職すればいいのよ。私が話にいこうか?」
「いや」

 苦悩のいろをおもてに浮かべて、小野田は首を振った。

「そんなときに、俺はまたないものねだりをやってたんだ。可愛くて若くて、仕事なんかたいしてできはしないけど、この子とだったら親は絶対に反対しないだろうっていう、二十三の子とね……」
「浮気したの? 誰?」

 あなたの知らない女の子だよ、と小野田は言うが、彼女を守ろうとしてかばっているのかもしれない。

「浮気ってか、俺はまだあなたとは結婚してないんだから、心変わりってか気の迷いってかね……だけど、苦しくて相談したんだ。相談相手はあなたもよく知ってるひとだから……古場さん」
「ああ、古場さんね。彼女には私も相談に乗ってもらったよ。古場さんだったら満くんを諌めてくれたでしょ」
「ってかね……」

 いっそう苦しそうに、小野田は言った。

「ないものねだり、そのときにつきあってるのとちがったタイプに走るってのは俺の定番なんだけど、これはかなり異色だなと」
「なんのことなの?」
「熟女ってほどの年齢でもないけど、あのくらいの女は究極に癒してくれるんだよね。珠緒さんとはずいぶんちがったタイプの……深みにはまりそうなんだ」
「誰と? え……えーっ?!」
「そうなんだよ。俺は誠実でありたいから、目移り、心変わりをしたら前の彼女とは別れる主義だ。珠緒さんとは結婚前提のつもりだったけど、あくまでも前提でしょ。決定ではなかったからね。だから、ごめんなさい。俺のことは忘れて下さい。俺が転職するんでもいいよ。あなたは悪くないものね」

 うだうだと弁解している小野田の声は、珠緒の耳を素通りしていく。

 本当なのか? 相談に乗るのが好きな鶴美が、知恵を授けたのではないのか。仕事を辞めてもいいつもりだったら、私との仲をでっちあげれば? 若い子に乗り換えられたら闘志を燃やすかもしれないけど、私とだったら珠緒さんもがっくりして、勝手にしろって言うんじゃない?

 そう考えたがるのは珠緒のプライドゆえか。ふっくら太った鶴美は珠緒にはおばさん以外の何物にも見えないし、既婚でもあるのだから心配もしていなかったが、実は小野田を狙っていたのか。珠緒も鶴美に小野田の情報を与えすぎたのか。いずれにしても、小野田とは別れることになりそうだ。

「いい思い出をありがとう」
「珠緒さん、俺はあなたのそんなところが好きだったよ。潔いよね。男前だよね」

 本当のことなんてわからないけど、ここは私のゆきずりの土地だ。男もゆきずりの相手だと割り切れるはず。割り切れるはずだと、珠緒は自分に言い聞かせた。

次は「ち」です。








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FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2017/4

forestsingers

 FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2017/4

 ぼーっと春霞がかかったような頭の中に、こんな歌が浮かぶ。

 「杏あまさうな人は睡(ね)むさうな」室生犀星

 ひとり、故郷の道を歩いている隆也の頭の中の春霞は、まぼろしの杏の花がつくりだしているのか。この歌の「杏」とは杏の実のことなのだろうが、先に花だ。白い花、杏の花。

 ここは隆也のふるさとでもあり、歌を詠んだ室生犀星のふるさとでもある。

 見たいな、杏の花を。
 俺にもこんな歌が詠めるだろうか。
 あなたに張り合おうなんて、へっぽこ歌人には僭越ですけどね、犀星先生。俺だと犀星氏ではなくて再生紙みたいものだもんな。

 なんて、ひとりごとも頭にのぼせながら歩くのは、金沢は犀川のほとり、「さいせいのみち」。

TAKA/35/END

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あんずではなく、今月も梅の花です。
私も杏の花が見てみたいにゃ。
















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FSさくら物語「さくらガール」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

さくら物語

「さくらガール」

 冬には雪の積もった北国へと旅に出る、傷心の日本人。
 北には別れたひととの思い出や、ふるさとの想い出があちこちにころがっている。

 日本人は北が好きで「北……」とタイトルにつく歌はヒットするのだそうだ。そして冬が終わると春。春には日本人がもっとも好むものがある。「さくら」関連のヒットソングはたくさんありすぎて、俺なんかはどれがどれだかわからない。

「パール、チェリーブロッサム関係の海外ロックって知ってるか?」
「桜だよね。外国人は桜になんか興味ないんじゃないの?」
「ワシントンポトマック河畔に桜並木があるだろ」
「あるらしいけどね」

 フォレストシンガーズの木村章さんに質問されたが、俺も海外の桜の歌ってのは記憶にない。ロックにかけては俺なんかよりも数倍詳しい木村さんが知らないんだったら、俺が知るわけないじゃん。

 小学生のころに叔父の影響で、俺はロック好きになった。俺の母と俺の叔父は当然姉と弟で、ヤンキー姉弟らしく早く結婚した。母と俺の年齢差は十七歳で、叔父はさらに年下なのだから、俺の兄貴に近かった。
 叔父に教えられてボン・ジョヴィの大ファンになり、彼らの歌をピアノで弾きたくて練習を熱心にやった。

 ロックキッズがたどる道としてはありふれたことに、俺もバンドを組んでロックスターを夢見ていた。
 高校生のころにロック雑誌で、ファイとエミーがバンドのメンバーを募集しているのを読んだ。ファイがヴォーカル、エミーがギターだったから、キーボードの俺は彼女のミキちゃんの勧めで応募してみた。

 それからはなかなかのとんとん拍子で、ファイ、エミー、トピー、ルビー、パールの五人組ヴィジュアル系ロックバンド「燦劇」は人気者になっていった。フォレストシンガーズは燦劇をデビューさせてくれた音楽事務所、オフィス・ヤマザキの先輩ヴォーカルグループだ。

 とんとんとスターになった燦劇が分裂するのも早く、一時休止の形を取った俺たちは離れ離れになった。

 ロスアンジェルスでギター修行中のエミー。グラブダブドリブの沢崎司にベースの弟子にしてもらうんだと張り切って、ツアーローディをやっているトピー。アイドルのバックバンドでドラマーをやっているルビー。みんな、したいことがあるのだから、燦劇はもう解散同然だろう。

 ただひとり、ファイだけはふらふらして、神戸でよそのバンドとセッションしたりしているらしい。燦劇は収入もよかったのですぐに金に困ることもなく、充電中ってわけなのだ。ルビーとトピーは結婚して、ルビーには子どもも産まれた。

 そして俺は、メインの仕事としてはDJをやっている。誰かに頼まれてレコーディングを手伝ったりもしているし、歌も書き溜めている。燦劇ではファイが作詞、エミーが作曲をしていたのだが、俺だって歌は作れなくもないのだから、本名磯畑耕史郎のオリジナルソングを書いているのだ。

「パールは作詞も作曲もするんだね。CD発売予定はあるの?」
「特にはないけど、詞も曲もだいぶ溜まったよ」
「私にひとつ、提供して」
「あ、そう? どういう曲がいいの?」
「桜もので起死回生を狙いたいから、桜がいい」

 過去にはヒット曲もあるが、近頃はひっそりしている。それでも昔の固定ファンがついてくれているベテランシンガーの、長渕都。彼女とラジオの仕事を一緒にして頼まれ、木村さんの言っていた桜ロックを思い出した。

 夢よもう一度とでもいうのか。都さんだって新曲をヒットさせたいんだ。気持ちはわかるよ。磯畑耕史郎の名前でCDを出すなり、もと燦劇のパールの名で出すなりするよりも、都さんが歌ってくれたほうがいいかなぁ。なんて、打算もあって引き受けた。

 北は演歌になりがちだが、桜だったらロックにもなりそうだ。長渕都はパワフルなロックお姉さんなんだから、しっとりはしていない桜ソングがいい。

「前に木村さん、言ってたでしょ。海外の桜ロックってないんだよね」
「思いつかないから俺が作ろうと思ってたんだ」
「木村さんだったら男の歌だよね。俺は女の桜ロックを書くから。これ、聴いてみて」

 このメロディに若くはない女性の想いと桜をからめたらどうだろう、そう思って、俺が作って保存してあった曲を木村さんに聴いてもらった。

 正式に解散したわけではないので、燦劇はオフィス・ヤマザキに所属したままだ。俺のDJとしてやその他諸々の仕事もマネジメントしてもらっている。なのだから事務所にも出入りしている。春が近くて桜だよりももうすぐ聴こえてきそうな今日、木村さんと事務所の中庭で話をしていた。

「うーん、弱い」
「どこがどう弱いの?」
「どこもかしこも弱い。こんなのロックじゃない」
「アレンジ次第でロックになるでしょ」
「ならねえよ」

 駄目出しされて言い返していると、おどおどした視線を感じた。

「クリちゃん、これ、聴いてみてよ」
「あいつにロックなんかわからないんじゃないのか」
「クリちゃんだってシンガーでしょ。どうした? 元気ないね」
「あいつは元気ないってか、生まれつき覇気がないんだよ」

 フルーツパフェの栗原準。我々燦劇の後釜みたいにして、オフィス・ヤマザキに入ったフルーツパフェの片割れだ。見た目でいえば三大弱虫男は、酒巻國友、パール、栗原準だ、と木村さんは言うが、クリちゃんと並べないでほしい。
 中身はパールがいちばん強いかな、とあとで訂正してくれたので許すが。

 弱虫きわめつけのくせして、クリちゃんは結婚している。俺だってその気になればミキちゃんと明日にでも結婚できるのでうらやましくはないが、こうおどおどされると嗜虐心をそそられるのだ。

 そのせいで、苛めっ子ファイにクリちゃんはしょっちゅうなぶられている。俺はファイほどの苛めっ子ではないのだが、クリちゃんから見ればもと燦劇はみな同じ。そんな目で見られると意地悪をしたくなる。木村さんはクリちゃんに俺の曲を聴かせ、うーんうーん、と唸っているクリちゃんに、どうなんだ、はっきりしろ、と責めていた。

「日本でいちばん桜の早いのはどこ?」
「遅いのは旭川あたりだな」
「遅いのは聞いてないんだよ。今、どこかで咲いてる?」
「えーと、高知じゃないですかね。和歌山でもぽつぽつ咲いてきているらしいですよ」
「そっか、クリちゃん、サンキュー」

 ワシントンDCポトマック河畔に桜を見にいって、アメリカン美女ふうに元気な曲を書きたいところだが、ワシントンは遠い。それに、アメリカ東部はまだ寒いんじゃないだろうか。そしたら高知だ。

「……急に桜って、パール、どうしたの? こんなのって一部咲きくらいじゃない?」
「目を閉じてこうすると……」

 善は急げ、でミキちゃんとふたり、高知空港へと飛行機に乗った。開花宣言は出ていたものの、さすがに高知でもまだ早い。けれど、そよ吹く風に桜の香りを感じるような気がする。高知城の見えるあたりでミキちゃんの肩を抱き、目を閉じて想像してみた。

 桜の花びらが舞い踊る。桜の花みたいな女の子も踊ってる。きみは誰? ミキちゃん……じゃなくて、あれ? モモちゃんじゃん。クリちゃんの奥さんのモモちゃんだ。

 モモって名前の桜ガール。いいなぁ。
 よしよし、この曲をつかまえて料理して、先にモモクリにプレゼントしよう。モモちゃんのイメージなんだよ、と言ったらミキちゃんが妬くだろうから彼女には内緒だけど、クリちゃんには言ってやろうっと。

 ええ……そんな……モモちゃんは僕の奥さんなのに。
 だったらおまえが桃の花の曲でも書いて捧げろよ。できないんだろ? できないんだったら感謝して、俺の書いた曲を歌え。おまえはモモちゃんのうしろでハーモニーをつけてりゃいいんだからさ。

 頭の中で曲が形をなしてくる。この曲を聴かせてやったときのクリのいじいじっぷりを想像するとぞくぞくして、嗜虐心のまじったいい曲ができそうだった。

END








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FSさくら物語「花しぐれ」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

さくら物語

「花しぐれ」

 はらはら、ひらひら、ちらちら、俺にはそんな言葉でしか表現できないような花びらの中で、乾さんが歌っている。俺は素早くICレコーダーをセットした。

「散る花に 華やいで
 降る雨に 涙して
 自分さえ あざむいて
 舞う花に 想い託して」

 俳句みたいな歌詞は即興なのだろう。ただただ散る花と乾さんの声と、もの哀しいメロディ……いいなぁ、情緒のない俺でさえも涙ぐんでしまいそうに、はかなくて切ない歌になっていた。

「早く行かないと桜が終わっちゃうよ」
「さくらさん、どこに行っちゃうの?」
「来年の春になったらまた会おうねって、準備に行くんだよ」
「どこに?」
「桜さんの国」

 息子の素朴な疑問に、妻が精いっぱいロマンティックに答えている。長男の広大は桜ってものにも意識を向けるようになってきて、近所の公園で拾った花びらをノートにいっぱい貼っていた。
 次男の壮介は桜に関心があるのかないのか、まだまともな言葉は発しないのでわからないが、ばぶばぶ、まままんま、などど言っていた。

「シゲちゃん、明日はお花見ね」
「うん。花見弁当作ってくれよ」

 花より弁当の夫に応じて、妻が張り切って作ってくれた。花も弁当も両方大好きな広大ははしゃいでいて、壮介も嬉しそう。俺が休みで遊んでやると息子たちがたいそう楽しそうにしているのは、親父としても嬉しいものだ。

 盛りをすぎつつある桜の花びらが、盛大に舞い散る。これはこれで豪勢な景色なのではないだろうか。家族四人、車ですこしだけ遠出して、人は少なくて桜の花はたくさんある場所で弁当を広げた。

「こんなところ、はじめて来たかも」
「だろ? ここは前に乾さんが教えてくれた穴場なんだよ。うちからだと近くないけど、フォレストシンガーズのスタジオからだと歩いて来られるんだ。事務所のみんなで花見をしたり、ふらっと五人で来て、買ってきた弁当を食ったりしたな」

 あのころは恭子とは知り合ってもいなくて、俺には一生彼女なんかできないかも、とひがんでいた。それでも花は美しく、弁当はうまかった。

 壮介は恭子の膝で離乳食を食べさせてもらっている。広大はおとなしくおにぎりを食べていたのだが、遊びたくてそわそわしてきたのだろう。食べ終えると花びらの舞う中に駆け出していく。花びらが地面に積もっているところまで走っていって、両手ですくってまき散らし、きゃはははっ、と幸生みたいな声で笑っていた。

「広大の声って三沢さんに似てるよね」
「そうなんだ。俺もそう思ってた。ってか、幸生の声が三歳児みたいなんだよな」

 で、趣味は本橋さんに似ている。広大ってほんとは誰の子? などと章が口走って、乾さんにごつんとやられていたっけ。外見は俺に似ていて、最近いくらかほっそりしてきたものの、それでもお父さんそっくりと言われるのだから、俺の子に決まっているではないか。

 ぶわぁーーっ!! と花の洪水みたいなのが、恭子と俺の上に降り注ぐ。やった広大はきゃあきゃあ笑っていて、壮介もきゃっきゃっ喜んでいる。こらこら、やめなさい、と言いつつも恭子も笑っている。俺は広大に言った。

「今は他の人がいないからいいけど、よその人にやったら駄目だぞ」
「はあい」

 走り回って楽しそうな広大を、夫婦で目を細めて見守る。見渡す限り桜の風景の中、至福のひとときだ。
 やがて、思い切り遊んで走って疲れたのか、広大が戻ってきた。壮介は恭子に抱かれてうつらうつらしていて、広大は俺の膝に乗っかってきた。

「この間、岡山の有名な桜がよく見えるところで、野外ライヴがあっただろ」
「夕方にやったやつでしょ。動画サイトでだったら見たよ」
「そうそう、それだよ。ライヴの前にリハーサルやってて、ハプニングってのかな。共演者たちも聴き惚れてた。最高の瞬間だったんだよ」
「なあに?」

 ICレコーダーを取り出して、乾さんの歌を再生した。
 
 音もなく花びらは降り続き、息子たちは眠っていて、ここには気分的には恭子とふたりきり。低いトーンで乾さんの歌う花時雨の歌……素敵、と恭子が呟くと、広大が目を開いた。

「……パパじゃない」
「この歌?」
「パパの声じゃないもん。ぼく、パパのお歌がいいな」

 言われてちょっと恥ずかしくなった。

 これでも俺だってシンガーなのに、自分では桜の歌なんか作れない。桜、咲いたな、綺麗だな、花見がしたいな。恭子が作ってくれた弁当を持って家族で出かけたいな。ドライブだと酒が飲めないのが寂しいけどな、としか考えられない。

 だからって乾さんの歌を使うなんて、シンガー失格だ。広大にそこを指摘されたようで恥じ入ってしまったのだ。歌は作れないけど歌える。乾さんの歌じゃなくて本庄繁之の歌がいい、なんて言ってくれるのは現時点では広大だけだ。恭子は両方いいと言ってくれそうだが。

「花ぬらす 春の雨降り
 桜の散る切なさ
 花いろの傘に隠れて
 あなたに恋をした」

 即興で作るなんて無理だから、パパは既成の曲を歌うよ。
 桜が散るって切ないな。パパはもう二度と恋なんかしないはず。おまえのママに恋して結ばれたのが最初で最後でいい。でも、広大はいつかこんなふうに……そして、パパとママのそばから離れていってしまうんだね。

 あと二十年くらいかな。それまではこうして四人で、もしかしたらもっと増えるかもしれない家族で、毎年桜を見て、桜の花びらに包まれていたい。パパの願いはそれが一番だよ。

END







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花物語2017/4「花の宴」

ショートストーリィ(花物語)

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2017花物語

四月「花の宴」

 親戚の大部分は近所に住んでいるので、何組もの家族がそろってお花見に出かける。
 年に一度の楽しみなイベントの日が近づいていた。

 同じアパートに住む母の妹が、近所中の近所だ。母と叔母はどこそこの川べりがいいとか、あっちの公園もいいんじゃない? とか、お弁当にはなにを入れる? との相談ばかりしている。おばさんたちの会話を聞いていると、小学生の花絵も楽しみがふくらんでいくのだった。

「千鶴ちゃんちはお花見はどこに行くの?」
「お花見?」
「そうだよ。うちは今年はちょっと遠出をするんだって。いつもは近くの公園とか河原とかなんだけど、今年は城跡公園まで行くの」
「いつもって、花絵ちゃんちでは毎年お花見するの?」
「そうだよ」
「お花見って桜の花を見るんだよね?」
「うん」

 なにを当たり前のことを言っているんだ、この子は? 花絵は若干の苛立ちを込めて千鶴を見つめる。千鶴のほうは怪訝そうに花絵を見返した。

 五年生になって同じクラスになったから、花絵と千鶴は友達になった。仲良くなったころにはお花見の時期はすぎていたので、千鶴と花絵がこんな話をするのははじめて。口にしてしまってから、花絵は母と叔母の会話を思い出した。

「そんなことにお金を使うってもったいなくない? って、ノリママに言われたんだ。これから子どもたちにお金がかかるんだから、親戚づきあいでお金を使うなんてばかばかしいよって」
「ノリママんちってたしか、親戚づきあいしない家なんだったよね」
「そうみたい。噂だけど、ノリママんちの旦那は結婚してたらしくて、ノリちゃんができたから結婚したらしいのね」
「略奪?」
「そうなのよ。それで親戚からも縁を切られたらしいんだよ」
「……あんた、そんな女とつきあわないほうがいいよ」
「そう、かなぁ?」
「そうだよ、なんにしたってね」

 ノリママに限らず、 あんまり言い触らすとやきもちを妬かれるから、家族レジャーの話なんかはしないほうがいいんじゃない? 母が叔母にそう言っていたのを、花絵は思い出した。
 でも、私たちはまだ子どもだし、いいんだよね、いいんだいいんだ、言いたいんだもん。

 だって、他の子たちはお花見なんかじゃなくて、お正月にはハワイに行ったとか、親戚がロンドンにいるから遊びにいくとか、伯母さんがパリに旅行してお土産をくれたとか、うちもアメリカのディズニーランドに行くの、だとか、スケールのちがう自慢をするんだもん。そんな話をしない千鶴くらいしかうらやましがってくれないもん。

「千鶴ちゃんちはお花見ってしないの?」
「お花見のためにどこかに行くなんて、したことないな」
「ええ? ほんとにぃ?」

 略奪という意味は花絵だって知っている。結婚しているおじさんが奥さんではない女のひとを好きになり、そのひともおじさんを好きになり、おじさんは奥さんと離婚してそのひとと結婚する。
 そうなると親戚から縁を切られるらしいから、千鶴の家もそうなのだろうか。仲良しグループの一員のつもりではいるが、花絵は千鶴の家庭の事情などは知らない。はじめてふたりで一緒に帰るのだから、知りたくなった。

「千鶴ちゃんち、親戚から縁を切られたとか?」
「縁を切られたっていうよりも、親戚なんかいないから」
「お父さんやお母さんには兄弟いないの? おじいちゃんやおばあちゃんとかいないの?」
「お父さんには弟がいて、その叔父さんに奥さんがいるから、親戚ってそれだけかな」
「おじいちゃんやおばあちゃんは?」
「いないな」
「……かわいそぉぉぉ」

 けれど、叔父さんとその奥さんとやらとは縁を切っていないらしいから、千鶴の両親は略奪婚ではないのだろう。なんだ、つまんないの、どこがどうつまらないのか定かではないまま、花絵はがっかりした。

「お母さんの兄弟は?」
「お母さん、いないから」
「え? いないの?」

 俄然面白くなってきて、どうして? 離婚したの? と尋ねたかった。千鶴ちゃんのお父さんも不倫してお母さんと離婚したの? でも、それって変だよね。お父さんが不倫したんだったら、千鶴ちゃんはお母さんと一緒に暮らしているはず。母や叔母や伯母の口から出るよそさまの不倫、離婚話の顛末は、母が子を引き取った、で終わるのが常なのだから。

「お母さん、死んだの?」
「そうみたいよ」
「そか……じゃあ、だけど、叔母さんはいるんでしょ? 叔父さんと叔母さんとお父さんと千鶴ちゃんとでお花見すれば? 叔母さんにお弁当作ってもらってさ、いとこはいないの?」
「いない。麦ちゃんは料理も子どもも嫌いだって」
「……変!!」
「そう?」

 変だよ変だよ、そういう女って……なんて言うんだっけ? 女失格? そうだそうだ、これも母と叔母が言っていた。

「タケママはずーっと働いてるんだよね」
「そうよ。さすがに産休は取ったけど、育休は旦那が取ったんだって。それからタケパパがパートになって、タケママが大黒柱なの。大変だねって言ったら、私は育児も家事も嫌いだから、かわりに稼ぐの、だって。なんだかなぁ」
「へぇぇ……うーん……ねぇぇ」
「女失格? 言い過ぎ?」
「言い過ぎじゃないよ。失格だよ」

 そばで子どもたちが聞いていても、母も叔母も頓着はしていない。妹や弟たちは意味もわかっていないのだろうが、花絵はしっかり理解して、母と叔母の価値観を心に吸い込ませていっていた。

「子どもが嫌いとかお弁当作るのが嫌いとか、変だよ。千鶴ちゃんって叔母ちゃんを麦ちゃんって呼ぶの?」
「うん、麦って名前だから。麦ちゃんは千鶴の本当の叔母でもないんだし、おばちゃん扱いされたくないから、麦ちゃんって呼んでねって」
「……変!!」

 失格だとまで言っては失礼かと、変!! にとどめておいたのは、花絵の配慮である。

「お花見って楽しいのに。みんなで行けばいいのに」
「お酒飲んだりごちそう食べたりして、大人は楽しいかもしれないけど、子どもも楽しい? 退屈じゃない?」
「退屈じゃないよ。楽しいよ」
「そっかぁ……」

 想像でもしているのか、千鶴は視線を宙にさまよわせ、それから軽くかぶりを振った。

「私はいいや」
「千鶴ちゃんも変!!」

 なんてかわいそうな子なのだろうか。花絵は去年のお花見風景を想い起こしてみる。

 叔母や伯母や祖母や母がこしらえた豪華なお弁当を広げ、祖父、伯父、叔父、父はお酒も広げる。花絵はいとこたちと追っかけっ子をしたり、ちゃんと食べなさいよ、と母たちに言われてごちそうを食べたりもする。カラオケをしたりお喋りをしたり、最高に楽しいひとときだった。

 他のなんだって、親戚づきあいはたいそう楽しい。母だって親戚の女性たちが近くにいるから、いつだって楽しそうだ。そんな楽しみを知らない千鶴が、花絵にはかわいそうでならなかった。

「桜ってあんまり人のいないところで見たほうが綺麗じゃない?」
「千鶴ちゃんってひねくれてるよね。そんなことないよ。みんなで見る桜は……」

 あれ? その光景の中の桜を思い出そうとしてみても、花絵にはうまく像が結べない。一生懸命記憶を探っても、出てくるのは、テレビニュースで見たどこやらの観光名所の桜ばかり。

END




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FS超ショートストーリィ・四季の歌・隆也「春の火」

番外編

フォレストシンガーズ

四季のうた

「春の火」

 白人さんは暑がりだ。白色人種? 欧米人? との見当がつくだけで、どこの国の人間なのか、なんの言語を話すひとなのかも不明だから、単に「白人さん」だろうと考えるのを許してもらおう。

 真冬に半袖はざら。寒風吹きすさぶ中をショートパンツで自転車をこいでいたりもする。冬の観光地にも半袖の白人さんたちがそぞろ歩いている。
 黒人はどうなのかな? と考えつつ、隆也も観光地を歩く。

 黄色人種も黒色人種もおおむね、白色人種よりはあたたかい土地の出身、ルーツはそうなのではないだろうか。そこで、遺伝子レベルで寒がり、暑がりの人間ができる。
 日本人だって、出身地が左右する、のか?

 いやいや、金沢出身の乾隆也は寒がりでも暑がりでもないが、稚内出身の木村章は寒がりで暑がりで。
 こんなに狭い「フォレストシンガーズ」という範囲でも、出身地に於けるプロファイリングなんて不可能なわけで。

 東京出身本橋真次郎と、三重県出身本庄繁之は主義的に「男は寒いの暑いのがたがた言わないものだ」と考えていそうである。横須賀出身三沢幸生は、寒い暑いよりも意識が別のほうに向いていそうな?

 そんなに理屈っぽく考えなくても、春まだ浅いこの地を歩く人々の中にも半袖がいて、それはたいてい子どもか白人さん。それはたしかだな、と隆也は思う。

「あ……火」

 そのようなことどもを考察しながら歩いていたら、広い野原に出た。
 浅い緑の中にぽっと燃える……燃えて萌える小さな火は。

「赤い花……春の野原に萌えいづる……ほのかな炎」

TAKA/35/END








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FSさくら物語「夜桜お七」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

さくら物語

「夜桜お七」

 笑顔がいちばん、とよく言われるが、女に限って、なのだろうか。「男は度胸、女は愛嬌」という慣用句もある。我々フォレストシンガーズが写真撮影に臨む場合、笑えと命じられることもあるが、おおむねはクールビューティ……って、誰がビューティだ。

 ビューティかどうかは主観の問題なのでいいとしても、男はむやみに笑うものではない、とうちの祖母も言っていた。であるから、笑顔がいちばんなのは女性の場合か。

「あなたはあまり笑わないね」
「どうして笑わないといけないんですか?」
「いや、笑えって言ってるわけじゃないよ」
「面白いことを言ってもらえたら笑いますよ」

 大学の先輩たちの口コミで、常連になった店は何軒かある。この「向日葵」もそのひとつで、ワオンちゃんと俺は大学の同窓生なので、ここではしばしば会う。

 十年以上前、三沢幸生と古久保和音はゼミ仲間として友人になった。男は女に恋をし、肉欲を抱いたが、女は男をそんな目では見なかった。ありふれた話だろう。
 卒業後、自然に疎遠になっていっていたのだが、幸生がシンガーになったと知り、和音も一念発起、声優を目指して歩き始める。

 三十歳になったときにはともに夢をかなえていて、フォレストシンガーズの三沢幸生と声優、古久保ワオンとして再会した。傍観者である俺が知っているのはその程度だ。

「乾さんは煙草を吸うんですよね?」
「最近は外ではあまり吸わなくなったかな。ああ、ワオンちゃんも吸うんだね」

 どうぞ、と彼女のくわえた煙草に火をつけてさしあげる。どうも、と彼女は小さく呟く。面白くも可笑しくもないのに笑えるか、って気持ちもわかるが、ワオンちゃんは笑顔のほうが似合うんじゃないだろうか。

 若くはない大物女優だとか、本当にクールビューティで売っているミュージシャンやモデルだとか、笑わないほうがサマになる女性もいる。章が恋してふられ、それからなんだかんだとあって、どうしたわけだか彼女の敵対心が俺に向いているシンガーのミルキーウェイなどは、顔にも歌にも感情をこめないのがかっこいいと言われて売れている。

 声優であるワオンちゃんは、仕事上では顔はあまり関係ないのかもしれない。ケーブルテレビでリポーターをしたりはすると聞いているから、そんなときには笑顔も見せるのだろうが。

 仕事ではなくプライベートで、彼女の個性には笑顔が映る。小柄で華奢な可愛いタイプなのだから、クールや無感情は似合わない。とはいえ、ワオンちゃんは俺のなにでもないのだから、説教じみた台詞はやめておこう。店内には他に客はいないので、ふたりで煙草を吸っていた。

「……もうじき桜が咲くね」
「そうですね」
「花見したいな」
「花見ねぇ……私は嫌いだな」
「ああ、そう」

 日本人だからといって、誰もが桜好きとは決まったものではない。花見というと飲めや歌えのどんちゃん騒ぎを想像して、それが嫌いだと言う人間は大勢いる。花見したいな、私は嫌い、との反応には苦笑いするしかないが、ワオンちゃんを誘っているわけではないからいいのだ。

 誰かを誘っての花見も俺は決して嫌いではない。大騒ぎするのだって気心の知れた仲間たちとだったら楽しい。けれど、ひとりで花見をするのはもっと好きだ。

 だから、ワオンちゃんと別れてひとりになって、桜を見にきた。

「ああ……」

 フォレストシンガーズがデビューして、オフィス・ヤマザキの事務所と練習用スタジオに日々、通うようになっていた秋。その周辺を散策していて小さな広場を見つけた。一画に桜の樹がかなりたくさん植えられている。わりに年を経た樹だから、これは見事な花を咲かせるだろう。

 若いということの価値を実感していなかった、本当に若いころ。桜は若いのなんて駄目だ。老木に近いほうがいい。俺たちだって桜のごとく、歳を取って見事な花が咲き実を結ぶ樹になれたら。
 
 そんなふうにも思いながら、桜の開花を待っていた。
 やがて蕾がほころび、花が咲く。満開になって風が吹き、雨が降ると潔くぱーっと散る。その過程をこの目でつぶさに見、翌年には仲間たちにも教えた。

 その桜は、あれから十年がすぎていっそう円熟した見事な花を咲かせている。スタジオからだと近いので、うちのメンバーたちも年に一度は見ているのではないだろうか。ミエちゃんが見繕ってくれたり、時には彼女が作ってくれたりした弁当と酒を持って、みんなで花見をしたこともあった。

 毎年毎年、俺はできる限りこの桜を見ている。仕事で桜の時期に丸々、ここに来られなかった年には寂しかったものだ。今年は来られた。満開に間に合った。

「……こんばんは」

 一輪の桜花に代表して挨拶し、樹の下に立って見上げる。ささやかにライトアップされた夜桜は、夜空の濃紺と花のほのかな薄紅と、あたたかな灯りのいろ。

 頭を空白にして桜を見上げる。ただただ見上げていると、鼻先に煙が漂ってきた。

 誰かいるのか? 煙草っていうと幸生か? それとも、近所の住人でもあらわれたかな? 今日はスタジオに立ち寄る用事もなかったので、うちのメンバーたちは各々自由に帰った。どこかで飲んでいてふとその気になって、誰かがこの桜を見にきたってこともあり得るが。

「……章?」

 別の樹のそばに立って、煙草を吸っているのは章だ。彼は俺には気づいていなくて、ぶつぶつとひとりごとを言っていた。

「煙草なんかやめろって言ってるのに……だけど、俺、なんでその煙草を吸ってるんだろ。煙草の煙がきみの煙草を呼んで……なんて、ないないない。あるわけねえだろ。会いたい……のかなぁ。こんなところに来ないかな。きみは言ってたもんな。今度、ロック友達と桜を見にいくんだ、って言ったら、私、花見って嫌い、ってさ。そうかよそうかよ。好きにしろ」

 はあ、つまり、そういうことね。

 煙草にも火はつきものだからか、こんな歌を思い出す。章がお七? うん、変装してステージでやったら受けるかもしれない。振袖の江戸娘だったら俺がやりたい、と幸生は言うかもしれないが、それには深い意味があるんだよ。章じゃないと無意味なんだ。

「赤い鼻緒がぷつりと切れた すげてくれる手ありゃしない
 置いてけ堀をけとばして 駆け出す指に血がにじむ
 
 さくら さくら いつまで待っても来ぬ人と
 死んだひととは おなじこと さくら さくら はな吹雪

 燃えて燃やした肌より白い花 浴びてわたしは 夜 桜お七
 さくら さくら 弥生の空に さくら さくら はな吹雪」

END






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花物語2017/3「歩く姿はアマリリス」

ショートストーリィ(花物語)

あまりりす
2017花物語

3月「歩く姿はアマリリス」

 立てば芍薬、すわれば牡丹、歩く姿は百合の花。

「美人のことをそういうんだけど、リュートだったらさしずめ、歩く姿はアマリリスかしらね。リュートは和風ではないし、美女っていうんでもないし」

 うっとりと流斗に見とれながら言ったのは、誰だっただろうか。誰でもいい。リュートは来るものを拒む気はないのだから。しかし、人間の感情というものが厄介なのは本能的に知っていた。

「公演に行くの? リュートにも役がついたんだね。あ、役がつくのは当たり前か。ごめんね、失礼なことを言っちゃって。どこに行くの? 北海道? 東北? 中部地方? ちがうか。だったら関西? そうね、関西だね。京都にも行く? 行くんだ。わぁ、いいな。紅葉の京都……私も行きたいな。行きたいけど私は仕事だし、リュートも仕事だもんね。留守番してるわ。がんばってね」

 ひとりで喋ってひとりで納得してくれたので、そういうことにしておいた。

 気が向くと顔を出す業界のパーティで、リュートは何人もの人と出会う。この女、メイクもそうだったはずだ。この顔でこの年齢でメイクって名前? 印象としてはそれだけだったが、この女の名前はメイク、とだけは記憶に残った。どんな字を書くのかは覚えていないが。

「昨夜の女とは寝たのか?」

 他人と他人が寝ようがどうしようが、あんたには関係ないじゃん。なんだってそんなに他人を気にする? リュートとしてはそう思うのだが、いちいち言うのも面倒なので曖昧に微笑む。曖昧な態度を取っていれば、人は自分に都合のいいように解釈してくれるのだった。

「おまえって誰とでも寝るんだろ。俺とも寝る? いいのか? 男も好きか? 実は男のほうが好きだとか? 昨夜のあの、メイクだっけ? 下半身デブのおばさん。あのおばさんと較べたら俺のほうが綺麗だよな。おまえは誰だっていいわけ? ま、いいや。俺もおまえだったらなんだっていい。男でもいいさ」

 はじめてメイクと出会った夜に、リュートのかわりにリュートの紹介をしてくれた男だ。リュートは来るものは拒まないのだから、彼とも寝た。

「噂になってるよ。リュートったらついに男とまで……って。ジョーさんとは寝たの? ん、もう、そうやってミステリアスな笑みなんか浮かべちゃってさ。憎たらしいんだから。リュート、あたしとも寝ようよ」
「あなたがそうしたいんだったらいいよ」
「……小面憎い言い方だな。リュート、あたしが誰だかわかってる?」
「さあ?」
「今度、客演するケーコだよっ」
「そっか」
「お近づきのしるしに寝ようか。それでいいよ」
「それでいいなら」

 ジョーとか言う男がメイクに言った通り、リュートが劇団に所属しているのは事実だ。アルルカンだとか大根だとか言われているが、その顔と姿だけでも値打はあるな、と劇団の首脳陣は言い、置いてくれている。劇団の主催者とも寝たのだったか。主催者って誰だったか。リュートの記憶も曖昧だった。

 世間でも名の通ったスターであるらしい、今回の公演のゲスト、ケーコ。ケーコだって望んでいるのだから、拒まずに寝てあげた。

 この世に好きなものはあまりないが、嫌いなものはリュートにはいくつかある。もめ事なんてものは大嫌いなので、今はあなただけだよ、と誰にでも言っているほうが無難だとはリュートも知っている。メイクには同棲を望まれ、断るのもめんどくさくて承諾したのだから、それ以上の面倒ごとなんぞはごめんだった。

 同棲するということは特別な相手? そうなのか、そんなもんか、とリュートは思う程度だが、同棲相手のメイクも世間も、ふたりは特別な仲だと認識しているらしい。そうなのならばそういうことにしておいたほうが面倒がないので、リュートが仕事で留守にするとメイクが思っているのを否定はしないでおいた。

「リュート、休暇が取れたんだ。京都に行かないか?」
「ジョーさんったら、リュートには同棲してる女がいるんだよ。そんな奴を誘惑すんなよ」
「あれぇ? ケーコ、妬いてる? だったらおまえも連れてってやろうか」
「本気にするよ。していいのね? うん、行く」
「そんなら三人で行こう。リュート、おばさんをうまくごまかしてこいよ」

 うまくごまかすまでもなく、メイクは勝手に納得してくれた。
 京都に行くのだけは本当だ。仕事ではないにせよ、複数で京都に行く。根本的事実だけは押さえているわけだ。

「リュートはどうしてあんなおばさんと同棲してるの?」
「金を出してくれるからだろ」
「そうなんだ? ほんとにそう? やだ、ヒモ」
「ジゴロって言えよ」
「ジョーさん、古い」
「ヒモだともっと古いだろ」

 名も知らぬ……というか、名前になんかリュートはまったく興味も持てない京都の神社を三人で歩きながら、ケーコとジョーがリュートの同棲を話題にして盛り上がっている。メイクが同棲したいと言うから、お金は全部出すと言うから、そうしたいんだったら僕はかまわないよ、とリュートは応じた。

「綺麗な葉っぱ……」
「ああ、綺麗だな」
「リュート、たまにはメイクおばちゃんにサービスしてあげれば? この葉っぱ、プレゼントしてあげたら喜ぶよ」
「京都からのプレゼントだって送ってやったら、おばちゃん、感動するんじゃないか?」
「そうだよ、そうだそうだ。送ってあげな。ね?」

 地面に落ちていた真っ赤な落葉を拾ったケーコが、リュートの鼻先で葉っぱをくるくる回してみせる。リュートが知らん顔をしているうちに、ケーコとジョーが勝手にそうすると決めてしまった。

「リュート、住所教えろ」
「あたしが送っておいてあげるよ。リュートを借りてるお礼だね」
「安いお礼だな」
「なんかメイクさんがかわいそうになってくるんだもん。同じ女としては、こんなことでもしてあげたくなるのよ」
「よく言うぜ」

 やりたいならやれば? とリュートとしてはそうとしか言えない。ケーコは翌日、ホテルの封筒に入れて送っておいたよ、と得意げに報告してくれた。

「封筒に葉っぱだけ入れて、メッセージはなし。そのほうがリュートらしいでしょ」
「メイクさんってセンチって感じだから、それを見たら感動のあまり泣くんじゃないのか?」
「そうかも……うわ、あの顔のおばちゃんの泣き顔、キモ……」
「キモってか、ホラーだね。けど、ケーコもメイクと歳は変わらないだろ?」
「あたしのほうが若いよ」
「ちょっとだけ? そんなに歳は変わらなくても、見た目は大違いだな」
「当たり前のことを言うな」

 そうやっていちゃいちゃして、ケーコとジョーがカップルになりそうにも思えたが、リュートとしてはそれはそれでかまわない。どうせ暇なのだから、京都でも東京でも香港でもパリでも、リュートにはどこだって同じだった。

「リュート、楽しかったわ」
「これ、メイクさんにお土産」
「迷惑そうな顔すんなよ。重いからいや? わがままだねぇ。そしたらこれは? これ、メイクさんにあげなよ」

 ジョーが差し出した京都土産を受け取らなかったら、ケーコが白い花をくれた。これならば重くないので持って帰ってもいい。ふたりと別れてメイクの家に帰り、いささかしおれかけた白い花を髪に飾ってやった。

「私のために摘んできてくれたの? 嬉しい。リュート、疲れた?」
「それほどでもないけど、腹減った」
「そっか。おいしいものを作るね」
「宅配のピザがいいなぁ」
「それもたまにはいいね。電話するわ」

 お喋りなケーコとジョーに囲まれていると、リュートはほとんど口をきかなかった気がする。メイクといるときだけは、ほんのすこしリュートの口数が多くなるのだった。

「リュート、これだよ」

 季節はめぐり、今年ももうじき新年度になるから忙しいとメイクは張り切っている。メイクは楽器会社に勤めるキャリアウーマンだから、年度末は相当に多忙なのだそうだ。かまってあげられなくてごめんね、とメイクは申し訳ながるが、放っておいてくれるのはありがたい。同棲暮らしにはリュートは倦んできていた。

「あなたの歩く姿はアマリリスって言ったでしょ。リュートはアマリリスなんてどんな花なのかも知らないだろうから、買ってきたの。似てるでしょ」
「そうかな」

 百合よりは洋風なのだろうか。白くてすんなりした美しい花は、たしかに僕に似ているとリュートは思う。だけどめんどくさいな。いつだってそばにメイクがいるのは疲れてきた。けれど、こっちから別れを切り出すなんて面倒のきわみだ。メイクのほうから僕を捨ててくれないだろうか。

「……あら、嫌い? もしかしてアマリリスって花粉がきついかな? ごめんね。そこまで考えてなかったよ」
「うん」

 花だったらこうやって簡単に捨てられるのに。人間ってめんどくさい。メイクのプレゼントをゴミ箱に入れて、リュートは白い花を見下ろす。僕のこともこうやって捨ててほしいな。

END







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FSさくら物語「花弁乱舞」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

さくら物語

「花弁乱舞」

 空気を吸い込んで呼吸を止め、止めて止めて止めすぎて気絶しそうになった。なにこれ? なにって、桜だろ? 桜以外のなんなんだよ。千本桜っていうのかな?

 弥生の空は見渡す限り……ってこれだね。学生時代に乾さんに教えてもらった短歌も思い出す。
 「願わくば 花のもとにて春死なん その如月の望月のころ」

 如月に花は咲かないでしょ? と尋ねて、旧暦だから咲くんだよ、と乾さんが教えてくれた。俺もこうありたいな、と呟く乾さんに、死なないで!! とすがったっけ。

 二十歳にもならないガキになんかわからなかったが、三十になった大人の俺にだったらわかる。
 日本人だもんね。春の真っ盛りに桜のもとで死にたい。花は桜木、人は武士。いや、人はミュージシャン、ミュージシャンの三沢幸生だ。

 下界では桜はほぼ散ったが、山の上のほうではまだ十分に見ごろだと聞いた。今日は休みだから、人のいないところで名残の桜を見たい。そのつもりで車を走らせて山に登り、人のいないほう、人のいないほうへと進んできた。

 人がいないにしてもいなさすぎて不気味な感さえあるが、どうしてこんな素晴らしい桜スポットに人がいないのだろう? 知られていないせいか。ネットでも紹介されていないのかもしれない。俺にとっては幸いなので、車を止めて降りてみる。絶景ひとりじめ。

「ほーほけきょって、鶯くんだろ? 話をしようよ。デュエットする? コーラスする? 俺が低音パートを歌うから、鶯くんたちが高音ね。他の鳥も……きみたちはなんて鳥?」

 おまえに似た声の鳥ってけっこういるよな、と本橋さんが言っていた。俺には鳥の声で区別はできないが、なんだっていい。鳥が、ワタシ、ユキチャンッテイウノヨ、なんて答えてくれるはずもないが、ひとりで喋っているよりは楽しい。

「鳥と喋るって、ひとりごとと同じだろ」

 口出ししてくる架空の章は無視して、小鳥さんたちと一緒に歌う。鳥たちの美声と俺の美声が溶け合って、観客も聴衆もいないのがもったいなくてたまらない。猫でもやってこないかと期待したが、ここらへんにはいないのか。野生のヤマネコちゃんとか、いない?

 ヤマネコレディが俺の声を聴きつけてあらわれて、恋に落ちる。そんな妄想をしてみても、それからどうするんだ? と現実に戻るのはやめて、ヤマネコちゃん、出ておいで。

 小鳥とは恋はできそうにないので、この歌で猫を呼ぶ。猫とだったら恋ができるのか? この変態、と罵っているのも章の声だ。

「まったくもう、うるせえんだよ。うるさいのは幸生だって? 俺はうるさくないもんね。ああ、でも、やっぱり人間に聴いてもらいたいな。妙齢の美女があらわれないかな」

 いちばんいいのは妙齢の人間美女。
 二番目は妙齢の非美女。
 三番目は妙齢ではない人間女性。

 そのあとは順不同で、三毛猫、ヤマネコ、その他の猫、ただし、メスに限る。
 やや残念ながら、オス猫でも許す。猫ネコ猫、出てこーい。

 願ってみても出てきてくれそうにない。そしたら酒とうまいものでも出てこないかな。いや、運転しなくちゃいけないから酒はなし、極上の花見弁当がいいな。

 話し相手が小鳥しかいないってのはやはり寂しい。応答がないので会話にも限りがあって飽きてきた。俺は人間と、それがかなわないなら猫とでもいいから会話をしていないとつまらない。仕方がないので花のもとで昼寝をしようか。花のもとで俺が死んだら嘆き悲しむ人が莫大な数になりそうだから、寝るだけね。

 桜の巨木にもたれて目を閉じる。花の妖精に取り囲まれて、ユキちゃんユキちゃん、ユキちゃんっ!! ともてまくっている夢を見た。

「ん? ああ……あ? わぁ……」

 起きているのか寝ているのか、夢の続きか幻か現実か。夢幻と紙一重のような薄桃色に包まれた。

 ふわーっと風が吹いて、ふわーっと花びらが舞う。俺の全身に降り注ぐ無数の花びら。花びらたちの一枚、一枚が、文字なのか、音符なのか。ひとつずつつかまえてまとめて歌に……いや、そんなのどうでもいい。この瞬間に身をまかせよう。そうすれば歌も自然にできていく、きっと、いや、たぶん。

END








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FSさくら物語「花霞」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

さくら物語

「花霞」

 季語ってのは旧暦を基準にしているそうだから、現代の季節にはふさわしくない感じがすることもある。けれども、「桜」は春だ。「花」とは桜をさすのだから、「花」は春。

 通りがかった河原に腰を下ろして、霞のかかったような頭で桜霞について考える。遠くに見える花霞。「霞」もいかにも春だなぁ。頭にも霞がかかってくるから、こうしていると居眠りしそうだ。
 あの花霞は対岸の公園か。あんなに広い公園に広範囲の桜……どこの公園かな。どこだっていいけどさ。

「あの……まさかだよね」
「ん?」

 頭に霞がかかっていたものだから、隣に誰かがすわったとは気づかなかった。まさかって? まさか、きみは俺のことを知ってる?

 声をかけてきたのは若い女の子。ただし、彼女は子どもを抱いている。フォレストシンガーズの木村章と知っていて声をかけた? デビューしてから一年半、シングルCDは出しているものの、テレビにもほとんど出ない、ヒット曲もないのだから、俺たちの知名度ははなはだ低い。

 それでも、知っているひとは知っているのかもしれない。今回だって春のイベントで歌うためにこの土地に来て、リハーサルの合間の休憩時間にひとり、散歩に出てきたのだから、彼女は俺を知っていて?

「ああ、ちがうわ」
「ちがうって?」
「ごめん。中学のときの彼氏かと思ったの」
「なんだ、それ。子連れで新手のナンパかよ」
「ナンパなんかしてないし」

 地方都市は結婚が早いと聞く。彼女は二十四歳の俺と似た年頃に見えるから、都会ではガキみたいなものだが、既婚子持ちのほうが多数派の土地もあるだろう。

「きみの子?」
「んと、ちがうよ。ベビーシッターのバイトしてるの」
「そうか。仕事中にさぼってんのか」
「さぼってるんじゃなくて、息抜きだよ」
「息抜きイコールさぼりだろ」
「ちがうってば」

 小柄でスリムな可愛い子だ。初対面の男にぽんぽんものを言う気の強さも好み。じゃあ、俺のほうからナンパしようかな。

「俺も仕事で来てるんだけど、休憩時間なんだよ。きみの仕事は何時まで?」
「えっとね、えっと……六時」
「俺は一旦仕事場に戻らないといけないんだけど、八時くらいには終わるかな。それから一緒にメシ食わない?」
「私と?」

 きょとんとした丸い目をして、彼女は俺に問い返す。きみが声をかけてきたんだろ。だから誘ってるんじゃないか。

「それは、えと、どういう意味?」
「……はぁ」

 ナンパをした女の子に、どういう意味? と訊かれるのははじめてだ。どういう意味もこういう意味も、イエスかノーかしかないのが当然なのだが。

「きみと食事をして話をして、気が合うようだったらもっと深く知り合いたいってか……」
「深く知り合う?」
「いちいち細かく追及すんなよ」
「あ? 怒った?」
「怒ってないけどさ」

 調子の狂う女だ。ナンパはもうヤメ。こうして河原で遠くにぼんやり霞んだ桜を見ているだけでも、隣に可愛い女の子がいるほうがいい。彼女が抱っこしている赤ん坊はすやすや眠っているから邪魔にはならず、彼女も立ち去ろうとはしない。綺麗だなぁ、と呟いて話題を変えた。

「わたし、佳澄っていうの」
「あれ?」
「へ?」
「あれ、花霞っていうんだそうだよ。俺は章」
「章くん……そうなんだ。花霞……私は中学しか出てないから、そんなむずかしい言葉は知らないな」
「知らなくてもいいけどね」

 登校拒否だったの、なんて、佳澄はさらっと重たいことを口にする。そんなこと、俺に言われたって反応のしようもなくて、ふーん、とうなずくだけにした。

「中学のときに彼氏ができて、彼氏に会いたいだけで学校に行ってたんだけど、彼氏が転校しちゃって行く気もなくなって……それでも中学は卒業させてもらって、高校は諦めて家の手伝いしてたんだ。二十歳になって、父さんの知り合いの男のひとにつきあってほしいって言われて、二十一で結婚して、二十二でこの子を産んで……」
「んん? すると、ベビーシッターのアルバイトじゃなくて?」
「あ、ごめんね。私の息子」
「……あっそ」

 ごめんねと言われてしまっては、迷惑をかけられたわけでもないのに怒れない。しつこくナンパしなくてよかった、と考えておこう。

「昨日から全然寝てくれなくて、旦那も旦那のお母さんもお父さんも怒るの。私も参っちゃって、朝からずっと外を歩いてた。今ごろ寝られたらまた夜、起きるんだけどね」
「苦労してるんだ」
「みんなこんなものじゃないの?」
「いや……」

 すると、佳澄は二十三歳くらいだろう。都会の二十三歳女なんて、苦労はしていない奴が大半だ。俺だって好きなことをして生活していけてるんだから、売れない苦労なんて……とちょっと反省した。

「章さんは独身?」
「うん」
「仕事、さぼったら駄目だよ」
「さぼってるわけじゃないんだけどね……俺、シンガーなんだ」
「歌手?」

 へぇぇっ!! とのけぞるほどに驚いた佳澄に俺は笑ってみせた。

「まるっきり売れてないけど、歌手だよ。フォレストシンガーズの木村章。駅の近くにあるリバーサイドホール、ほら、あれ、知ってる?」

 ここからも見えているホールを指さすと、佳澄はこっくりした。

「中学のときにクラシックコンサートに行ったことあるよ。学校行事で」
「そっか。あそこで今夜、スプリングフェスティバルってのがあるんだ。そこで歌うから、嘘じゃないよ」
「……いいなぁ、行きたいな」
「来てよ。俺の名前を出してくれたから入れるようにしておくから」

 この若さで赤ん坊の夜泣きに悩まされて、姑や舅にまで怒られているってのがかわいそうになって言ってみた。もはやナンパ気分ではなく、お気楽な自分が後ろめたくなってきたのもあった。

「無理だよ。赤ちゃんいるのに」
「……そうだね」
「嘘だなんて言わないから。覚えておくから……フォレストシンガーズの章くん」
「そうだよ。売れてないけどね」
「売れるようにがんばって」
「うん、ありがとう」

 遠く遠くに霞んだ桜の花を見れば、俺は佳澄を思い出すかもしれない。せっかく好みの女の子と知り合ったのに、彼女のほうから声をかけてくれたのに、なんと、彼女は子持ち。苦くて甘い、桜霞の想い出として。

AKIRA/24歳/END








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FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2017/3

forestsingers

2017/3 超ショートストーリィ

 また今年も誕生日が来る。
 そりゃあ、生きている限りは誕生日ってのは来るもので。大人になれば誕生日なんてめでたくもないわけで。

 フォレストシンガーズは全員が三月生まれだ。
 だから、三月になると全員がひとつ年を取る。めでたくもないとうそぶいてみたところで、春の息吹を感じる三月になると、過去や未来にも想いを馳せるわけで。

「幾山河 こえさりゆかば さびしさの はてなん国ぞ きょうも旅ゆく」若山牧水

 さびしいってのは、現時点では俺たちはまだ売れてもいないってこと。
 これからだ、これからだと自分にも仲間にも言い聞かせて、今日も旅ゆく。

SHINJIRO/26歳の誕生日近し

ume.jpg







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FS超ショートストーリィ・四季の歌・全員「四季の歯」

番外編

フォレストシンガーズ

四季のうた・超ショートストーリィ

「四季の歯」

1

 煙草を吸う者は歯には細心の注意をするべきだ。めったにテレビに出る機会はないものの、皆無でもないのだから、乾さんの歯、汚いね、幻滅、などとファンの方に言われたくない。歯磨きは当然、自宅でもケアをして、歯科医にも頻繁に通っていた。

「乾さんの歯は丈夫ですよね」
「子どものころの食生活のおかげかもしれませんね」
「どういったものを?」

 年に数回、この歯科医には来ているのだが、患者との世間話は忘れてしまっているのだろう。パソコンに向かっている若い男性医師に、隆也は何度目かの思い出話をした。

「うちは祖母が料理のメニューを決めていましたので、和食ばっかりだったんですよ。小魚や小エビや貝や、青菜の炊き込みごはんやって、意識していたわけでもないのでしょうけど、カルシウム豊富な食事がもっぱらでしたから」
「ほおほお。それはいいな。だから乾さんは虫歯がない、と」
「今回もありませんか」
「ないようです」

 白く美しい歯を維持することもさりながら、虫歯や歯周病にも気をつけなければならない。女性の平均寿命よりは大幅に若い年齢で逝ってしまった祖母は、入れ歯ではなかったはず。こんなところにも祖母のおかげが……隆也は歯医者の椅子で、今日もまた祖母を想った。


2

 芸能人は歯が命、なんて言う。俺たちは芸能人でもないけど、歯は大切だな。昨日の休みはなにしてた? 俺は歯医者に行ってたよ、との隆也の返事を聞いて、俺も行こうと真次郎も思い立った。

「芸能人でなくはないんじゃありません?」
「いや、俺たちは芸能人だなんて、そんなことはこっ恥ずかしくて言えませんよ」
「どうしてですか?」

 自ら歯のケアはしている。現代人ならばたいていはやっているだろう。定期的に歯医者に通っている隆也のような者も多いのだろうが、真次郎はそう頻繁には行っていない。歯医者? 歯が痛くなったら行くもんだろ? との認識があった。

 以前に歯が痛くなって駆け込んだ歯科医で治療してもらい、半年後に葉書を出しますからまた来て下さいね、と言われ、了解はしたものの、忙しさにまぎれて葉書を無視してしまった。なので、そこには行きづらくて別の歯医者にした。真次郎の持っている健康保険証を見れば、彼が歌手だとはわかるのである。

 とはいえ、年配の女性医師はフォレストシンガーズを知らなかったようで、芸能人の定義とはなんですか? などと質問する。これがわずらわしいから医者は嫌いなんだよな、と真次郎はひそかにため息をついた。


3

 この世に嫌いなものは数々あれど、医者は特に嫌いだ。章は子どものころには身体が弱く、しょっちゅう母に医者に連れていかれていた。注射が怖いと泣いたり、入院しなくてはいけないと聞いただけで泣いたり、薬が苦いと泣いたり。

 泣くと医者も看護師もなだめてくれたが、母は嘆き父は怒る。たまに父が付き添っていたりすると、おまえは男のくせにこんなことで泣くな!! と怒鳴って病人を殴ったりする。そばに母がいるとおろおろして、お父さん、やめて、私があやまるから、と泣きそうになる。

 なんか俺の親って、けっこうな問題親だったんだな。
 そんなことまで思い出すので、医者には極力行きたくない。しかし、歯だけはどうしようもない。激痛ではないのだが、しくしく痛む歯。意識しはじめると止まらなくなって、章は夜もやっている歯医者に出向いていった。

 このごろは医者も過当競争だ。特に歯医者は都会にはどこにでもここにでもある。こんな時間に医者が診察しているなんて、章が子どもだった時代の稚内では考えられなかった。救急病院でもあるまいに。

「結婚するのか、おまえが?」
「そうだよん。親父の知り合いの息子とお見合いしたんだ」
「へぇぇ、よくこんなあばずれ、貰い手があったもんだな。どこのどいつ?」
「歯医者だよ」
「……嘘だろ」

 得意満面だった女の顔が浮かぶ。
 章が若いころに歌っていたロックバンドのファンだった女。酔ったはずみに章も寝たことがあるが、あの女は他のミュージシャンとだって気軽に寝ていた。

「結婚したら今まで通りには行かなくなるだろうけど、たまには遊んであげるよ」
「それは、たまには寝たいって意味か?」
「やだ、アキラの馬鹿」

 歯医者の妻ってのは勝ち組なんだろうな。あいつ、幸せになってるかな。だけど、近頃の歯医者の家族は大変かもな。名前も忘れた女、もちろんあれっきり二度と会っていない女の顔が、記憶の中で楽し気に笑っていた。


4

「ママ、どこ行くの?」
「いいところだよ、楽しいところ」
「パパ、ごまかしたら駄目」

 妻の恭子が身をかがめ、長男の広大と視線を同じにして言い聞かせた。

「歯医者さんに行くの」
「おいしゃさん? やだぁ」
「行かなくちゃいけないんだよ。虫歯にはなってないと思うけど、なっちゃってからだと大変だから見てもらうの。痛いことなんかしないから大丈夫」
「ちゅうしゃしない?」
「しないから大丈夫だよ。ね、パパ?」

 甘いものは一切食べさせないというようなきびしい母ではないが、三歳になった息子をこれからは定期的に歯医者に連れていくと恭子は言っていた。

 楽しいところ、だなんてごまかさず、歯医者だとはっきり教えるのは正しいのだろう。
 でもな、いやだよな、広大。パパが替わってやりたいよ、と繁之は思う。だけど、パパも歯医者は嫌いだよ。時々は行かなくちゃいけないんだけど、うちのメンバーたちはちゃんと行ってるみたいだけど、俺はなるべく避けたくて。

 いいや、そんなことを言っていてはいけない。広大だって怖がりながらもママに連れられていった。俺も行くよ、うん、明日な、明日。


5

 リクライニングみたいに椅子を倒して、目を閉じて顔にはタオルが載せられて、耳に流れ込んでくるのは心地よいイージーリスニング。幸生が居眠りしそうになっていると、可愛らしい女性の声が聞こえてきた。

「歯のクリーニングを担当させていただきます、西川です。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。歯科衛生士さんかな?」
「そうです。では、失礼します。お口を……」

 はいはい、と返事をして、幸生は口を大きく開ける。西川さんの顔は見てないけど、可愛い子なんだろうな。若そうで、声が可憐で仕草が優しくていい気持ち。歯医者なんか好きじゃないけど、年に何度かは行け、と乾さんに命令されるのもあって俺も実行している。

 歯のケアは大切だ。真っ白で綺麗な歯は大切だ。けど、楽しみもなくっちゃね。
 口をがばっと開いているとおしゃべりができない。幸生のもっとも大きな楽しみが奪われているのだから、優しくて可愛い女性と接していられるのだけが幸せ。

 西川さんがどんな顔をしているのかは、見ないほうがより以上に幸せなのかもしれない。

END









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FSさくら物語「サクラサク」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

さくら物語

「サクラサク」

 「空き室アリ」

 見学可、とも書いてあったので、お邪魔します、と小声で呟いてアパートの中に入ってみた。今どきのマンションのような堅強なセキュリティなど望むべくもない。俺が住んでいたころは同居者は全員、独身男だと聞いていたから、少々用心がよくなくてもどうってこともなかったのだろう。

 若いとは限らないが、独身で貧しい男たち。そんな奴らのアパートに泥棒に入ったところで、盗むものもない。暇を持て余している奴もいたから、時間を問わず部屋にいて、泥棒は下手をしたらとっつかまってストレス解消だとばかりにぼこぼにされる恐れもある。

 だからさ、鍵もかけなくても大丈夫だよ。
 冗談でもないような顔をして、ご近所さんは言っていた。

 三代続かないと江戸っ子ではないと言われるが、我が家はご先祖さまからずっと江戸、東京だ。父も母も江戸っ子なのだから、俺も江戸っ子。そのわりには貯金はあったのは、末っ子だからこそだったのか。父も母も小遣いにはさほどうるさくなかったし、弟を虐げる罪滅ぼしか、兄貴たちもたびたび小遣いはくれた。

 そのおかげでバイト代は貯金でき、歌手になりたいと告げて家族全員に反対された大学四年の夏に、その貯金を資金にしてアパートを借りた。

 そのアパートだ。

 二十歳になった俺の初の城。大学を卒業してアマチュアシンガーになり、二十四歳でプロになってからも、結婚するまでここに住んでいた。引っ越しが面倒だの、狭いほうが掃除が楽でいいだのと言い訳して、事務所の社長にも言われた。

「本橋、ここはひどすぎるだろ」
「金がないんですよ」
「うー、そうだろうけどな……」

 まだ若いうちは社長も渋々納得していたのだが、俺が三十を過ぎると、思い出したように言っていた。

「まだあそこに住んでるのか? フォレストシンガーズもそこそこは売れてきたんだから、リーダーのお部屋拝見だとかって雑誌のコーナーのインタビュー申し込みが来たらどうする?」
「受けますよ」
「……ひどすぎるだろ。うちの事務所の恥だろ。もしかして誰かと一緒に住んでるとか……まさかなぁ。あの部屋に住める女はいないよな」
「いないでしょうね」

 無意識ではあったが、それもあったのかもしれない。
 本気の恋愛ではなかったと後になれば思うが、当時は本気で好きでつきあった何人かの女たち。真次郎と一緒に住みたいな、だとか、ちゃんと食べてないんでしょ、毎晩、ごはんを作って待っててあげたいよ、と言った女もいた。

 ここまでのボロアパートで同棲はできないから、抑止力にしていたのかもしれない。
 ほんとだぁ、ここは無理、と俺の部屋を見た女はたいてい、肩をすくめた。

 十年以上もひとりで暮らしていたアパート。金はなかったけれど、好き勝手していた。結婚するとどうしたって妻に生活を管理されるようになるのだから、完全な自由が懐かしくもなる。

「あ、ここ、俺の部屋だ」

 毎日毎日ここで寝たのでもないが、長く暮らしていた部屋なのだから、ドアの前に立つと想い出が押し寄せてきた。近所迷惑もかえりみず、仲間たちを連れてきて飲んで歌って雑魚寝して、翌日、隣室の中年男にイヤミを言われたり。

「楽しそうでいいねぇ。俺も仲間に入れてよ」
「この次は参加すればいいよ。呼ぼうか」
「あんたら、仕事はなにをやってんの?」
「プロの歌手。フォレストシンガーズっていうんだ。知らない?」

 嘘つけぇ、と二階の学生に嗤われたり。

「このアパートって女性禁止だっけ?」
「そんなきまりはないと思うけど、ここへ泊めるのか?」
「泊めるってか、同棲したがってる女がいるんだよ」

 一時期、すこしだけ親しくしていたどこかの販売員に相談されたこともあった。

「同棲反対!!」
「やめてくれよな、そんなことされたら俺たちたまんねえよ」
「一人前に同棲するんだったら、もうちょっとましなところへ引っ越せよ」

 住人たちにこぞって猛反対されて、彼は引っ越していった。やっぱりそうだな、ここに女は連れ込めないな、と俺は思っていた。

「結婚しました」

 その彼から一年後、アパートの住人全員あてに葉書が届いた。そこまでしか知らないが、俺と同年配だった彼は幸せな家庭を作っているだろうか。フォレストシンガーズの本橋って、アパートでは隣人だったんだ、と誰かに自慢してくれていたらいいな。
 
 誰、それ? と言われるか、嘘つけ、と嗤われているかもしれないが。

 仕事柄、留守にすることも多く、アパートの住人たちとは表面上のつきあいしかしてこなかったが、ちょっとだけ親しくなったそんな奴もいる。あいつは、あのおっさんはまだいるのだろうか。こんなアパートからは出ていったってほうが、出世したことになるんだろうな。

 鍵はかかっていなかったので、いけないのかもしれないがこっそり中に入り、色の焼けた畳に寝そべって、十年前の気分になってみる。

 こそ泥になった気分もある。
 いいなぁ、ここ、借りようかな。借りてなにをするって? 独身気分に戻るためだ。それだけだ。でも、美江子が誤解して怒るかもな。女を囲うつもり? なんてね。

 ちがうちがう。おまえだってここに来たことあるだろ。女人禁制の掟はないものの、こんな部屋に住むような変人女はこっちからお断り、ってなもんだよ。苦笑いで窓を開けてみた。

「ああ……ピンクが……」

 ここに住んでいたころには見えなかったはずだが、なぜか近くの小学校の校庭が見える。そうか、視界を遮っていたビルが壊されたんだ。校庭の一画がピンクにけぶっているのは桜。花の名前に疎い俺だって、桜くらいはわかる。

「サクラサク……」

 「サクラサク」は高校なり大学なりの受験合格を知らせる電報の決まり文句だ。最近はインターネットで知れるから、地方在住者に電報を送る仕事は消滅したのかもしれないが、俺のときにはあった。俺は東京だから直接見にいったが、高校の同級生が地方大学からのそんな電報を受け取って、ともに喜んだ経験もあった。
 
 俺たちの「サクラサク」はフォレストシンガーズデビューだった。
 うちからデビューしないかね? との電話はここで受けた。あの社長のおっさん声が、天使のように響いた。

 畳に肘をついて顎をのせ、うつぶせのポーズで窓から桜を眺める。
 あのころの想い出にもうちょっと浸っていたくて……俺、疲れてるのかな。精神的に走りっぱなしだもんな。なにをたわけたことを……って、兄貴、怒るなよ。たまには疲れも感じるさ。

 桜が咲いてるってことにも気づいてなかったんだから。

 だから、ここにもうちょっとだけいよう。
 桜が気持ちを癒してくれる。昔の追憶ってやつも慰めてくれる。今の俺の立場ではこんなアパートを借りて隠れ家にするのも現実的ではないけれど、もうちょっとだけだったらこうしていてもいいだろう?

END

sakura.jpg













 
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FS動詞物語「惚れ直す」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

動詞シリーズ

「惚れ直す」


 サプライズがあると聞いていたのはこれだったのか。嬉しいような、恥ずかしいような気分だ。

 もと野球選手の興梠さん、私は知らないタレントのSAKURAさん、彼女は日本人だがSAKURAという芸名らしい。そのふたりが司会担当で、興梠さんは実技もやってみせる。日曜日の朝、アスリートを迎えての番組だ。

 実際には録画なのだが、放映されるのは日曜日午前九時。視聴率はあまり望めないかもしれない。
 ゲストは各種競技のアスリート。興梠さんももとアスリートだから、なにかしらのスポーツで競う。その番組に、なんとっ!!

「あー、パパだ」
「そうだね。パパよ」
「お歌?」
「お歌は歌うのかな。ひとりで歌うってこともなくはないけど……」

 本庄恭子の夫であり、ここにいる広大と壮介の父であり、職業は歌手である本庄繁之は、フォレストシンガーズのベースマンだ。
 フォレストシンガーズデビュー十周年記念として各自のソロコンサートがあり、シゲちゃんは心配しまくっていた。

「俺のソロはキャパ三百人程度の小さいホールでいいと思うんだよ。なのにさ、その十倍くらい入るホールに決まったんだって。乾さんは一万とか言ってたな。章が八千、本橋さんと幸生は五千ってとこだから、それでも俺がいちばん小さいんだけどさ」
「……差別だ」
「差別じゃなくて、現実に即してるんだよ。ああ、だけど、三千人ものお客さまが来てくれるかな」
「来て下さるわよ」

 妻として断言したが、私も不安だった。

「みなさんのソロコンサートのチケット、売れてます?」
「かなり順調にはけてるよ。まだソールドアウトまではいかないけど、乾くんの金沢公演は時間の問題かな。シゲくんももうちょっとね」
「あのね、美江子さん」

 意を決して、私は言ったものだった。

「シゲちゃんのチケットがたくさん余りそうだったら、私が買い取っていいですか」
「恭子さん、それって失礼よ。あなたの夫を信じなさい」

 逆に美江子さんに叱られてしまった私の目論見とは、こうだった。
 もしも本庄繁之ソロコンサートのチケットがだぶついてしまったら、私が買い占めよう。知り合い全部に送りつけて、絶対に来てねと強要しよう。嫌われるかもしれないが、そのうちの半分でも来てくれたら客席が埋まる。

 けれど、そんな心配は無用だった。
 四度のソロコンサートには私もすべて出かけていったが、ソールドアウトとまではいかなくてもそれなりにお客さまが入ってくれていて、シゲさーん、素敵っ!! なんて声も飛んでいた。
 客層は比較的高齢だったが、私が強要したのでもなく、事務所のサクラでもないだろう。自主的に来て下さったみなさまのひとりひとりの手を取ってお礼を言いたかった。

 ソロコンサートをはじめとして、別のシンガーとのデュエットもある。シゲちゃんもフォレストシンガーズのシゲとしてだけの仕事ばかりではない。

「いつかはソロアルバムを出したいんだ。乾さんは出したけど、他のみんなも出したいって野望があるよ。章はロック、本橋さんはクラシックかな。本橋さんのピアノの弾き語りでジャズってのもいいかもね。シゲさんも俺もソロアルバムを出すのは夢だけど、シゲさんとユキのデュエットアルバムなんてどう? 恭子さんは売れると思う?」
「売れなかったら私が買って友達にプレゼントします」

 恭子さんの発想はワンパターンだなぁ、と言われそうなことを口にして、三沢さんに笑われた。
 グループで歌っている歌手には、ソロでやりたいとの夢があるものらしい。シゲちゃんにはその野望は少ないらしく、俺はフォレストシンガーズのシゲでいるのが一番だと言っているが、まったくないわけでもないのかもしれない。

 それでもって、今日はテレビで歌うの、ひとりで?
 日曜日の朝の「興梠オサムのようこそアスリート」を見て、とシゲちゃんが言った。水曜日までシゲちゃんは仕事で帰ってこない。なにがあるの? と尋ねると、サプライズだよ、と言い残して出かけていった。

 プロ野球の大好きなシゲちゃんが応援しているチームのファンになりはしたものの、正直、私は野球にはさほど興味はない。興梠さんの現役時代も知らないので、この番組も見たことはない。テニス選手が出ていたら見たかもしれないが、出るという情報はなかったから。

 三歳の広大と一緒にソファにすわり、ゼロ歳の壮介を抱いてテレビを見つめる。壮介にはまだわからないだろうが、テレビに出ているパパを見せたくて。

「はじめまして。本庄さんは野球がお好きなんですよね」
「はじめまして。はい、そうです」

 視聴者のみなさまへのご挨拶がすむと、興梠さんとシゲちゃんが会話をはじめた。パパパパと言って、広大は食い入るように画面を凝視している。

「俺の現役時代、見てくれてました?」
「見てましたよ。ほら、今日の試合に勝ったらタイガースにマジックが出るってのがあったでしょ」
「ああ、あれね」
「あのとき、九回裏一点差で、あとひとりで勝てそうだってときに、ツーアウト一塁で興梠さんが打席に立ったんです。俺は息を呑んで試合を見ていました。そしたら……」
「俺、なにかしました?」
「逆転サヨナラツーランホームランでしたよね」
「そうでしたか。十年も前のこと、よく覚えてますね」
「忘れられませんよ」

 執念深いなぁ、と興梠さん。恨んでますよ、とシゲちゃん。言い合ってからふたりしてがはがは笑った。マニアックな想い出話のあとで、興梠さんが言った。

「本庄さんは野球、やってたんですよね」
「少年野球ですよ。小学校のときです」
「ヒーローになった想い出は?」
「エラーをやらかして逆ヒーローになった経験だったら、何度かあります」

 またまた、がははは。興梠さんは四十代だろう。引き締まった身体つきの豪快なタイプだ。シゲちゃんは平均的な背丈でがっしりしているほうだが、興梠さんの隣に立っていると華奢にさえ見える。

「パパ」
「そうだね、パパだよね。パパ、トレーニングウェアを着てるから、なにかスポーツをするのよ」
「テニス?」

 じゃないと思うけど……と言いつつ広大とテレビを見続けていると、その話題が出てきた。

「本庄さんの奥さんはテニス選手なんですよね」
「ええ。一応引退して、今は子育てとインストラクターなどやってます」
「うちの奥さんは……っと、それはいいんだった。だったら本庄さんは野球もテニスも得意でしょ」
「いえ、どっちも不得手です」
「なんだったら得意?」

 ママ、と言って広大が私の鼻を押さえたのは、興梠さんとパパの会話の意味を理解しているからだろう。我が息子は頭がいいのだから当然である。なんて、他人がいたら言えないことを呟いてみた。

「駆けっこでしたら……」
「駆けっこって地味だね。ん?」
「はーい、サクラ登場!!」

 そこへ走り込んできたのは、もうひとりの司会者のSAKURAさん。ころっとした小柄な身体をショッキングピンクのトレーニングウェアに包んだ彼女は言った。

「興梠兄さんも本庄シゲさんも、体力は抜群でしょ? トライアスロン勝負にしましょう」
「トライアスロン? 俺、聞いてないよ」
「俺も聞いてませんよ」
「いいからいいから。時間がないんだから早くやりましょう。はーい、さっさとやる!!」

 演出なのかもしれないが、困った顔をしているふたりの男性の背中をSAKURAさんが押して、脱げ脱げ、脱いで脱いで、と言っている。ふたりともに走りながら、トレーニングウェアを脱ぎ捨てた。

 下には水着をつけているから、やはり演出なのだろう。
 トライアスロンとは、水泳、自転車、長距離走の三種を連続して行う競技だ。今日は時間がないから簡易トライアスロンでーす、とSAKURAさんが告げた。

「きゃあ、本庄さん、かっこいい!! 鍛えてますね」
「俺は?」
「興梠兄さんの裸は見飽きたよ。すぐに脱ぎたがるんだもん」
「人を露出趣味みたいに言うな」

 息の合ったやりとりをSAKURAさんとした興梠さんが、プールサイドに立つ。シゲちゃんも立つ。ふたりがプールに飛び込むと、SAKURAさんが実況中継をはじめた。

「本庄さんは駆けっこと水泳が得意だそうですので、トライアスロンにチャレンジしてもらっています。おーっ、本庄選手、早い!! まさにトビウオ!! がんばれ、興梠!! きゃーーっ!! 本庄さん、かっこいい。素敵っ!! 惚れそうっ!!」

 黄色い声でけたたましく騒ぐSAKURAさんを見ていると、ちょっといらっとする。横では広大が、パパどっち? パパがんばれ!! と声援を送っていた。

 僅差で水泳は興梠さんが勝ち、続いて自転車。競輪用のような自転車に、水着のままでふたりがまたがって走り出す。またまたSAKURAさんは三沢さんみたいな声で、きゃあきゃあきゃあ、かっこいいっ!! と騒いでいた。
 
「パパ、かっこいいね」
「うん、かっこいいよね。このひとは広大と壮介のパパだもんね」
「壮介、パパだよ。わかる?」

 お兄ちゃんが弟のちっちゃな手を取って、テレビを指さす。壮介はそうされてきゃきゃっと笑う。シゲちゃんの乗った自転車が疾走して、興梠さんの自転車を追い抜いていく。私の夫の全身の筋肉が躍動して、私は彼に見とれてしまう。

 シゲちゃん、かーっこいいっ!! あなたは私と息子たちのものよっ!!

END








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FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2017/2

forestsingers

2017/2月 超ショートストーリィ

 ほんわりと外が明るいのは、雪景色になっているからだ。冬は夜になるのが早いが、幸生たちが仕事をしている間に雪が積もって白夜みたいになっている。寝る気にもなれなくて、幸生は外に出ていった。

「うわー……」

 空を見上げると感嘆の声がほとばしる。
 下は真っ白な雪。雪の中にはユキオがいて、ブルーブラックの空には星がいっぱい。濃紺と銀いろだけで絵が描けそうな気もした。

「よーし、雪だるまを作ろう。雪だるまってユキちゃんの分身なんだよ。雪だるまって英語ではスノウマンだっけ? だるまってのは日本語か。英語の国には達磨さんっていないんだよな。だけど、スノウマンだったら雪男じゃん? スノウユキってのはどう? ユキは幸生のユキ、ユキは日本語でも英語でもユキだもんね、世界共通語として、雪だるまはスノウユキっての、広めようよ。ね、星さんたち?」

 夜空でまたたく無数の星たちが、それ、いいね、賛成、賛成!! と同意してくれていた。

「ねっ、いいでしょう? そしたら、星さんたちってのは地球のどこにでも行けるんでしょ? 行けるってか、行ってるわけじゃなくてそこにいるわけだけど、地球のどこでも見下ろせるんでしょ。アルファベットで、SNOW YUKI こんな星座を形作って地球全土にアピールしてよ。きっと広まるよ、雪だるまはスノウユキ」

 うんうん、そうしよう、と星たちが応じてくれた。

「沖縄の子どもに、雪ってどんなの? って訊かれたことがあってね、ユキは俺だよって言って笑われた。雪を見たことのない地球人ってけっこういるんだろうな。俺の作った雪だるま……じゃなくて、スノウユキ、見せてあげたいな。星さんたち、世界中に発信して。ほらほら、こんなに大きな雪玉!! スノウユキの素!!」

 一生懸命に雪だるまを作っている幸生の耳に、仲間たちの声が届いてきた。

「妙にうるさいと思ったら……」
「うるさくはないんだけど、こう、なんてか、きらきらっとしたお喋りが聞こえてきてましたよね」
「雪は物音を吸い込むと言うけど。幸生と星たちが喋ってるんだもんな。そりゃあ賑やかだよな」
「乾さん、こういうときにぴったりの短歌はありますか?」
「……ん、そうだな」

 うんうん、ほんと、ぴったり、と幸生も納得した。

「雪だるま 星のおしゃべり ぺちゃくちゃと」
 松本たかし


END
 
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FS超ショートストーリィ・四季の歌・章「冬の旅」

番外編

フォレストシンガーズ

超ショートストーリィ・四季のうた

「冬の旅」

 思い浮かべていたイメージとはちがいすぎるけれど、現実とはこんなものなのだろう。
 東京で暮らしていれば、大嫌いな雪景色などはほとんど見なくてすむと安堵していたのに、旅暮らしになってしまったら雪深い地方にも来なくてはならない。がっかりだ。

「章はなんでそんなに雪が嫌いなの?」
「稚内の生まれだからだよ」
「稚内生まれのひとはみんな、雪が嫌いなのか?」
「たいていは嫌いだろ。横須賀生まれの男がたいていは軟派なのと同じくらいにはさ」
「うちの親父、軟派じゃないぜ」
「その分、おまえが二倍軟派だろうが」

 ほどぼとなるなる、と幸生が大笑いした。
 なにを言ってもこたえない奴なのだから、なにを言っても無駄なのは章にだってわかっているのだが、黙々と歩いていると寒いだけだから、幸生と喋っているほうがましなのだ。

 これから列車に乗って、北国へと旅をする。
 たどりついた北国では、歌える仕事をさせてもらえるのだろうか。まーたお笑い芸人みたいな扱いをされて、怒りたいのを我慢するだけになるのかもしれない。

 稚内で生まれて雪に閉じ込められる冬を十八年間送ったから、章は雪が大嫌いだ。東京暮らしが長くなれば、故郷の雪をなつかしく感じるようになるのかもしれないと思っていたが、そうはなりそうにない。フォレストシンガーズの旅ははじまったばかり。今年の冬雪に悩まされそうだ。

 おまけにこの男の名はユキオ、自称ユキ。
 こんな奴とつきあっていくのだから、章の雪嫌いは年々拍車がかかりそうで、溜息しか出ないのであった。

AKIRA/24/END









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FS動詞物語「打つ」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

動詞物語

「打つ」

 あなたにとってのプロ野球とは? と誰かに質問されれば、章だったらこう答えるだろう。

「そうだな……ガキのころにテレビでアニメだとか歌番組だとかを見たくても、親父がジャイアンツの試合を見たがって見せてもらえなかった、って恨みだね。親父がたまに出張で留守にして、今日はあのアニメが見られるって楽しみにしていたのに、出張は中止だ、とか言って帰ってきたときの失望感、半端ないってあのことだよ。俺はプロ野球は嫌いだ。どこのチームのファンでもない。北海道のチームったって、あそこは札幌だろ。俺は稚内だから関係ないし。野球やるのはもっと嫌いだよ」

 隆也はこうだ。

「スポーツってのは戦争の代償行為だと言うんだよな。俺はスポーツ全般に興味ないから、プロ野球だって同じだよ。金沢にはチームはないし、東北も関西も中部も故郷とはほど遠いし、高校野球で地元のチームを応援するってのもなかったし、我が家はテレビをほとんど見なかったし、興味ないってのが正直なところだね。筋トレだのランニングだの、自分で体力づくりをするのは嫌いじゃないから、野球もするほうが楽しいな」

 真次郎は。

「俺の兄貴があまりにもあまりにもの空手バカだから、俺はスポーツが嫌いだったんだ。走るのは好きだったけど、野球には興味ない。親父はジャイアンツファンだったけど、いつも帰りが遅くてテレビなんか見なかったもんな。それがさ、大学に入ったら合唱部のキャプテンが、野球はカープじゃけんのう、って言う人で、洗脳されてしまった。今では俺も先輩と同じだよ。やるのも好きだ。負けると悔しいけど、スポーツって気分爽快になるんだよな」

 そして、幸生。

「負けず嫌いきわめつけのうちのリーダーと較べたら、俺には闘争心って半分もないんじゃないかと思うんだ。負けるが勝ちって言うじゃん? でも、ベイスターズだけは別だよ。カープやタイガースには特に負けたくないっ!! スポーツは好きなほうでもないんだけど、親父の影響なんだろうな。ガキのころからハマスタやベイスターズのキャンプ地なんかにも連れていってもらって、きっと一生ファンだよ。いつかハマスタで始球式やりたいな。うん、やるのもけっこう好きだね」

 最後に繁之。

「プロ野球に興味ゼロというのは、男としては変だという説がありますが……章はたしかに変かな。乾さんはやるのは好きなんだから変じゃありませんよね。俺はもう、ものごころついたときから、筋金入りのタイガースファンですよ。少年野球をやってましたから、するのも大好き。また試合しましょうよ。今度はヒデも引っ張り込みましょう」

 おまけの英彦。

「俺がシゲと友達になったのは、ひいきのプロ野球チームが同じだったからだよ。最近は時々、シゲとふたりで鳴尾浜だの甲子園だのに行ってる。プロ野球選手から彼のテーマ曲を作ってほしいって依頼を受けたこともあるよ。断ったけどね。うん、プロ野球は好きだ。故郷の高知をフランチャイズとするチームができたら……むしろ困るな。タイガースは捨てられないからね」

 マネージャーの美江子。

「私は浮動票が多いっていう、東京のもうひとつのチームのファンですわよ。それほど熱心ではないけど、観戦は嫌いじゃない。父も弟たちもサッカーのほうが好きみたいだけど、私はプロ野球のほうが楽しいな。フォレストシンガーズのみんなが試合をするときには応援に回ります。陽灼けはお肌の大敵。この年になると日盛りの戸外でスポーツすめるのは勘弁してほしいんだもの」

 観るのもするのも大嫌いだ、と言うのは章だけなので、フォレストシンガーズは時折、ファンの集いや遊びで野球の試合をする。今日は野球日和。真次郎を洗脳した大学の先輩、高倉誠のチームとフォレストシンガーズチームが。初夏の晴天のもとに集まっている。

 ファンのみなさまに参加してもらったこともあるのだが、本日は観客席にファンを招待した。美江子はそちらに回って、フォレストシンガーズチームの応援に加わっている。

「きゃーーっ!! 桜田さーんっ!!」
「タダ坊っ!!」

 バッターボックスに立つのは桜田忠弘。こんなにも観客席が満員なのは、高倉チームのゲストとして参加している大スター、桜田忠弘目当ての女性たちが集まってきたからだろう。おかげで観衆の大多数は高倉チームの応援をしているような……?

 ピッチャーは本橋真次郎、キャッチャーが本庄繁之。ファースト、フルーツパフェの栗原桃恵。紅一点のモモちゃんにも歓声が降り注ぐ。セカンド、劇団ぽぼろの戸蔵一世。ショートは俳優の川端としのり。彼らも一応は有名人といっていいのだろうが、知名度では桜田の足元にも及ばないクラスだ。

 サードは作家のみずき霧笛、監督はフォレストシンガーズ所属事務所の社長、山崎敦夫。モモちゃんの相方である栗原準は、美江子の代理としてマネージャーを務めている。控えメンバーにもミュージシャンや役者がいるが、やはりすべてのメンバー中でのトップスターは桜田忠弘だろう。

「ああ、やだやだ、やだなぁ。美江子さん、替わってよ」

 文句たらたらだった章がライト、幸生がレフト、センターは麻田洋介。彼ももとはアイドルなのだが、グループを解散してただいまは役者修行中。世間に忘れられるのは早いようで、あれ、誰? センター? 誰だろ、見たことあるみたいな……との女性の声が美江子の耳に届いていた。

 みずきさんと社長が平均年齢を上げているとはいえ、こっちのほうが若いんだし、勝ってよーっ!! 
 美江子が叫ぶと、周囲を埋めているフォレストシンガーズファンの女性たちが同調して、一緒に騒いでくれた。

END








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花物語2017/2「年に一度のスノードロップ」

ショートストーリィ(花物語)

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花物語2017

「年に一度のスノードロップ」

 もうじきやってくるはじめての結婚記念日。新婚夫婦にとっては最大のイベントなのだから、夫の孝道はサプライズプレゼントなりなんなりを考えてくれているのだろうか。当日まで素知らぬ顔で待つべきか。今日は孝道のほうが先に帰宅していたので、お帰り、と出迎えてくれた夫になにか言おうか、言わないほうがいいか、と恵梨香は迷っていた。

「あのさ」
「……んん?」

 来た? 寝室で普段着に着替えていた恵梨香は、ドア越しに夫の声を聞いていた。

「明日、墓参りに行くんだ」
「墓参り? 誰の?」
「いとこだよ。俺が中学のときに亡くなったんだけど、小さいころには仲が良かったんだ。明日は命日だから、墓参りだけは欠かさず行ってるんだよ」
「そっか」

 だから、恵梨香も一緒に、と夫は言うのだろう。一度も会ったこともない夫の親戚の墓参りに誘われても気が乗らないし、恵梨香の望みとはまるでちがった話だったのでがっかりして、恵梨香はひとりで口を尖らせた。

「何時から行くの?」
「朝早いから、恵梨香は寝ていたらいいよ。休みにまで早起きするのはつらいもんね」
「あ、そうなの」

 一緒に行こうと言われているのではないらしい。だったらいいか、のような、早くから出かけて墓参りって、どこまで行くんだ? と疑惑が生じるような。

 専門学校を卒業して介護職に就いた恵梨香は、四年ほど前までは老婦人が姪とふたりで暮らす大きな屋敷に住み込んで、老婦人の世話をしていた。通いの家政婦さんが別にいて、口うるさいおばさんがわずらわしくはあったものの、家事はしなくていいので楽だともいえた。

 老婦人が亡くなったので恵梨香の仕事がなくなり、住み込み介護士は辞職した。給料がよかった上に住み込みでお金を使うこともなく、貯金は増える一方。

 仕事はちょっと休んで留学しようと決め、恵梨香は一年間、ハワイですごすことにした。ハワイだったら留学じゃなくて遊びでしょ、と言う者もいたが、ハワイへの語学留学はけっこう流行っている。一年間の楽しい暮らしが終わる直前のある夜、仲間たちと海の見えるクラブでお別れパーティを開いた。

 そこで知り合ったのが、留学生仲間が連れてきていた孝道。仕事でハワイに来ていた孝道の住まいは日本で、彼も恵梨香と同じ日の飛行機で帰国するという。フライト時間までが同じだったので、航空会社に交渉して隣同士の席に変更してもらった。空席もあったので交渉は成立したのだった。

「うちは祖父が輸入雑貨の会社をやっていて、ハワイの雑貨も扱いたいってことになったんだ。それで僕が視察に来たんだよ。なかなかいい感じだったから、これからはハワイに来ることも増えるかな」
「私は留学から帰ったら、日本でまた仕事を見つけなくちゃ」
「介護職だったら仕事はいくらでもあるんじゃない?」
「あるとは思うけど、英語もうまくなったんだから、両方活かせる仕事がしたいな」

 飛行機の中ではそんな話をして、成田に到着すると孝道は言った。

「このままさよならって寂しいな。食事しない?」
「機内食でおなかいっぱいだよ」
「そしたら、また会ってもらえないかな」
「そうだね」

 即座に誘いに乗るよりは、時間を置いたほうがよかったのかもしれない。今度の土曜日、との約束の日まで、孝道は思いを募らせていたとあとから恵梨香に打ち明けた。

 結婚を前提で、と正式に告白されてから半年余りで、孝道にプロポーズされた。
 外見は凡庸だが、孝道の前途は有望だ。恵梨香も二十八歳。帰国してから再び介護職についてはいたが、二十代のうちに結婚したいのだから、四つ年上の孝道とだったらまあいいかと、恵梨香はうなずいた。

 結婚式は二月末日。寒い時期ではあるが、春が近いという意味でわくわくする日でもあった。

 肉体的にハードな介護職は結婚退職し、現在の恵梨香は夫の祖父のつてで雑貨店のパート店員として働いている。将来は夫がまかされる店を共同経営するつもりなのだから、修行の意味もあって有意義だ。

 三十歳になったのだから、そろそろ子どもを……と恵梨香は考えているが、夫も熱望しているようにもないし、夫婦ふたり暮らしは快適だから、もうすこし先でもいいかな、気分でもあった。

 とりたてて不満もない日々だから、小さな疑惑を追及したくなったのかもしれない。翌朝、言った通りに早くマンションを出ていった夫を、恵梨香は尾行した。
 徒歩で最寄りの駅まで出、夫は白い花束を買った。そこから電車を乗り継いで郊外へと、特急で二時間弱かかる駅に夫が降り立ち、恵梨香も続いて降りたときには正午近い時刻になっていた。

 駅からも徒歩で、夫は山道を登っていく。交通の便のいい都会に住んでいるのだから、夫は自家用車は実家に預けていてたまにしか乗らない。マンションの駐車場は高い、実家に広いパーキングがあるのだから、無駄な金は使わなくていいだろ、が夫の主義だ。

 自家用車でここまで来られたら尾行できないところだったし、タクシーも使わないほうが恵梨香はやりやすいのだが、疲れてきた。なんだって電車と歩きなの? こんなに遠いのに。

 今日はそれほど寒い日でもないので、歩いていると汗ばんでくる。孝道の歩調に合せるためには、恵梨香は早歩きしなければならないのでよけいだ。でも、夏じゃなくてよかったよね、と恵梨香は自分に言い聞かせていた。

 いい加減歩くのもいやになってきたころ、夫がどこかの寺の山門をくぐっていった。「宝山寺」。ほうざんじだろうか。わりに大きな寺の中に入っていった夫の横に、すっと並んだ女がいた。え? こんなところでデート? どこかで見たことのある顔だ。女が誰なのかを考えて思い当った。ハワイで知り合った留美子ではないか。

 留学生仲間ではなかったのだが、恵梨香から見れば友達の友達というポジションか。それほど親しくはなかったが、たしか、留美子も仕事でハワイに来ていたはず。ハワイの日本人仲間としては互いに顔も名前も知っていて、パーティなどで会って何度かお喋りもした。

 夫と留美子は黙って連れ立って歩いていく。ふたりは同じ、白い花束を抱えている。

 背の高いすらりとした女と、彼女よりもやや背の低いぽっちゃりした夫。ふたりが入っていったお堂には「水子供養」の大きな文字。どういうこと? 恵梨香は首をかしげたが、お堂の中までは入っていけない。留美子ならば留学生時代の友人に訊けば住所かメルアドか電話番号はわかるだろう。恵梨香はその場を離れた。

「あの……」
「はい?」
「失礼ですが……」

 寺からも出ていったところで、恵梨香は見知らぬ男に声をかけられた。

「留美子とはお知り合いですか?」
「あの……えと……」
「僕は留美子の夫で、狭間といいます」
「あ、そうなんですか」

 こんなところではなんですから……と狭間は言い、駅のほうへと歩き出した。幸いにも人通りはなく、駅まではかなり道のりがあるので、狭間のほうの事情は知れた。

「僕は留美子と結婚して三年以上になるんですけど、去年も一昨年も、今日、この日に墓参りに行くって言って出ていったんです。この寒い時期に? 春になってからにしたら? って言ってみても、今日が命日なんだからって。誰の? 中学生のときに亡くなったいとこだと」
「うちの旦那もそう言ってました。留美子さんとうちの旦那は親戚?」
「そうじゃないんですよ」

 僕も行ってもいい? 一年目には狭間はそう言ってみた。駄目、と断られて諦めた。
 二年目には妙な胸騒ぎを覚えたのだが、ついていきたいのを我慢していた。
 そして三年目の今日、辛抱できなくなってついてきた。

「お寺の中で出会った男性が、あなたのご主人の遠田孝道さん」
「そうです。えーっと、で、入っていったのは水子供養のお堂? なんだ、それ? なんのこと?」
「なんとなくはわかるんですけど、僕はやっぱり知りたい。留美子に訊いてみますよ。遠田さんはどうしますか?」
「んんっと……留美子さんの返事を聞いてから考えます。連絡先、交換してもらっていいですか」

 スマホの電話番号だけ交換し、すこし考えたいと言った狭間とは駅で別れた。

 疲れてしまったので恵梨香はおとなしく帰宅した。孝道は遅くなってから帰ってきたが、特にはなにも言わず、表情も平静だ。次の日は日曜日だったので、スーパーマーケットに買い物にいったり、孝道が掃除をしている間に恵梨香が保存食を作ったりして、常の休日となんの変りもない一日だった。

「留美子から聞きましたよ。遠田さんは?」
「私はなにも聞いてません。私にも話してくれられます?」
「わかりました。会いましょうか」

 月曜日になって、狭間から電話があった。

 あの日は多少気が動転していたので、狭間のルックスなどは気にしていなかった。が、電話で約束して待ち合わせた狭間は、長身で顔立ちも整ったいい男だ。年齢は三十前後か。留美子は孝道と同じくらいの年齢だったはずだから、狭間のほうが年下だろう。

「高校生のときなんだそうです。留美子と遠田さんは同級生で、恋人同士だった。親にも内緒でつきあって、留美子が妊娠してしまって……」

 高校生ならばそうするしかなかったのだろう。留美子は中絶した。孝道は金持ちの息子なのだから、豊富にもらっていた小遣いを貯めていた分で費用は全部出した。

「中絶した日が、二十年近く前のあの日だったみたいですよ。留美子は父子家庭育ちで、大人だったとしても結婚はできない格差があるって、孝道さんもそう言ったらしい。だから、別々の相手と結婚した。それでも産んであげられなかった子の命日にだけは、ふたりでお詣りにいこうって決めてるんだそうです」
「狭間さんは知ってたの?」
「知りませんよ。知るわけないでしょ」
「知ってたら留美子さんと結婚しなかった?」
「……どうだろ」

 それで、知ってしまったらどうするの? 尋ねた恵梨香に、狭間は苦悩の表情で答えた。

「過去のことなんだから、言いたくなかったのもわかるから……だけど、それって精神的浮気ですよね。今は孝道さんとはそれ以外のつきあいはないって留美子は言ってました。信じますけど、そのつきあいだけは絶対にやめないって。わかってあげたいけど……」
「そうだよねぇ」
「あの白い花はスノードロップっていって、死を象徴するとも言われています。アダムとイヴの神話には、もうすぐ春が来るんだからって、希望の花っでもあるらしいですね」
「そうなんだ」
「で、遠田さんはどうなんですか?」

 共犯者というのはおかしいが、それに近い立場のふたりだ。恵梨香はしばし考えてから言った。

「だったら、狭間さんも浮気したらいいんだよ。私もするから」
「はぁ?」
「同罪になってしまったら、許せるんじゃない? 私もこうやってまだ若くて綺麗なうちに、浮気を一回くらいしておいてもいいな。だけど、旦那に落ち度もないのに浮気したら、ばれたらこっちが慰謝料払って離婚ってこともあるじゃん? 今回は旦那に文句言わせなくてもよくない?」
「それはつまり……」

 うつむいて、狭間もなにやら考えていた。

「ある意味では遠田さんは誠実な男なのかな。僕の心が狭いのかなって思ってたけど、遠田さんもたいした男じゃないな」
「そぉ?」
「あなたみたいな奥さんがいるのがその証拠ですよ」
「んん?」
「あなたはあなたでご自由になさって下さい。僕は僕で考えます。あなたと僕は無関係だ。当たり前ですよね。電話番号も削除しますから、あなたもそうして下さいね」
「私って狭間さんのタイプじゃないってこと? 失礼な男だな」

 苦笑してため息ひとつついて、狭間は立ち上がった。
 この機に乗じていい男と遊べると思ったのに、あてがはずれてがっかり。こうなったら私は孝道に、とびきりお金のかかる結婚記念日イベントをねだってみようかな。

 過去なんかどうでもいい。その子は存在しないのだからかまわない。私にとっては現在が大切だ。私も本気で妊活しよう。スノードロップなんかじゃなく、実際にその腕に我が子を抱いたら、孝道も過去は忘れるはずだ。恵梨香はもうすっかり、そっちに気分を切り替えていた。

END








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FS動詞物語「酔いしれる」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

「酔いしれる」

 
 絵馬を買って願い事を書いていると、横から妹が覗き込んでいた。
 恒例の初詣。若いころには大みそかに家を抜け出したり、友達と旅行がてらに遠方へ出かけたり、晴れ着を着て彼氏とふたりきりで、というようなこともあった。

 いつのころからか旅行も億劫になり、友達づきあいも面倒になり、彼氏? 私を何歳だと思ってるのよ、になったのは、妹も同様だったのかもしれない。加寿子と波留子の東姉妹は年子なのだから、四十代後半にもなるとなにもかもが同じようなものだ。

 どっちかが疲れているようなときには、顔が似ているのもあって、疲れているほうが、姉さん? と言われる。波留子が姉かと言われると怒っているが、加寿子としては、どっちでもいいじゃないの、でしかなかった。

「見ないでよ」
「なに書いてるの? 貯金ができますように? カズちゃんには他の願いごとなんてないよね?」
「あんたはなんて書くのよ? 家内安全?」
「カズちゃんとなるだけ喧嘩にならないように、かな」

 先に加寿子が故郷を出てきて、東京で短大に入学した。一年遅れで波留子も東京に来て加寿子と同居になった。最初からそのつもりで、父が広めのマンションを借りてくれていたからだ。
 短大を卒業すると、姉は中堅どころの商事会社に、妹は中堅どころのメーカーにと、職種も似たような一般事務の会社員になった。

 旅行になんか行ってないで、帰省しなさいよ。彼氏はいるのか? そろそろ嫁に行け。加寿子が結婚しないと波留子もしにくいよね。そんな仕事、いつまでもやってても仕方ないんだから故郷に帰ってくれば? 見合いの話だったらあるよ。

 うるさく言ってきていた両親は、波留子が四十歳になった時点で諦めたらしい。故郷の土地と屋敷を売って、わりあい近くにできた老夫婦向け有料マンションに入居し、私たちが死んでもお金が残ったらあげるわよ、と母は言っている。意外にあっさりしたものだった。

 なのだから、加寿子と波留子は東京にマンションを買った。両親も、あんたたちの好きにすればいいと言っていた。
 
 可もなく不可もなく、こんなもんでしょ、の中年姉妹の暮らしが続いていく。今年は両親はマンションの有志で温泉旅行をするのだそうで、帰省する必要もなく、近所の神社へ初詣に来たのだ。加寿子も波留子も相手に見えないように絵馬を書き、相手に見えない場所に吊るした。

 波留子がなにを書いたのかは知らないが、加寿子の願いはかなった。その通知が届いたときは、何年ぶりかと思えるほどの歓喜に包まれた。

「フォレストシンガーズのファンのつどい?」
「そうなのよ。ファンクラブに入ってから十年、毎年毎年応募してたんだけどまるで当たらなかったの。十年前なんてフォレストシンガーズはまるっきり人気なくて、ファンクラブの会員なんか微々たる数だったはずなのに当たらなくて、このごろは人気が出てきてるからますます当たらなくて、諦めかけてたんだけど、今年も抽選に応募してよかった」

「そういえばファンクラブに入ってたよね。部屋で音楽を聴いてるのもフォレストシンガーズだっけ? どうでもいいっちゃどうでもいいけど、ファンのつどいってなにをするの?」
「今年は音楽三昧って書いてあるわ。フォレストシンガーズは歌のグループなんだから、素敵なホールで少人数のファンを集めて、歌をたーっぷり聴かせてくれるのよ」
「ふーん」

 まるっきり興味なさそうに、妹はファンクラブから届いた封筒をひねくっていた。
 わくわくする、心が浮き立つ、そんな気持ちも何年ぶりだろうか。我知らず顔がほころんでしまっている加寿子に、波留子は言った。

「それってそのときに楽しいだけだよね」
「そりゃそうだけど……いいじゃないのよ。ケチつけないで」
「はいはい、よかったね」

 小馬鹿にしているような口調で言って、波留子は封筒をぽいっとテーブルに投げ、自室に入ってしまった。
 人は興味のない事柄にはあんなものだろう。波留子は身体を鍛えるのが趣味で、ジョギングをしたりジムに行ったりしている。そのほうが身体のためになるのだから、歌を聴くのが好きだなんて馬鹿らしいと思うのも無理はないかもしれない。

 姉妹とはいえ性格もちがうのだから、わかってもらえなくてもいい。けれど、誰かに喋りたい。誰に喋ろうか。加寿子の毎日には職場と家とフォレストシンガーズしかない。こんなことだったら友達をキープしておいて、彼女と趣味を共有するんだったか。

 疎遠になってしまった友人にこだわってもしようがないのだから、そっちも諦めた。誰に喋ろうか、言いたい、話したい、自慢したい、口がむずむずしてきて、加寿子はついに職場の後輩に声をかけた。

「白田さん、お昼、食べにいかない?」
「ええ? 東さんがおごってくれるんですか。珍しい」
「……誘ったほうがおごるのは当然よね。行く?」
「はーい、ごちそうさまです」

 十年近く後輩ではあるが、白田だって四十歳近い。あまりに若すぎる女性よりはいいだろうと思ったのだが、普段は同僚と親しくしていない、というのか、敬遠されている気配を感じて近寄っていかないのだから、自分の言いたいことの口火を切るのをためらっていた。

「東さん、気になってたんですか」
「え? なにが?」
「私、モテキが来たみたいで……」
「モテキ? えーっと、聞いたことのある言葉だけど……」
「年を取ったからっていったってそのくらいの流行語は知っておかないと、恥をかきますよ」
「そう? ああ、もてるってこと?」
「そうなんですよ」

 嬉しそうに白田が言うには、髪型と化粧をすこし変えたせいなのか、最近はいやに職場の男性に誘われるようになったのだそうだ。

「東さんくらいの年齢になると、男には見向きもされなくなるんでしょうけど、私はまだ華があるんですよ。四十になるまでには結婚できそう。それが気になってて、東さんも私と話したかったんでしょ?」
「あ、ああ、まあ、ちょっとね」
「なんでも訊いて下さい。年ごろの近い女の子には嫉妬されそうで言いにくいけど、東さんだったらもうそんなもの、超越してますものね」

 この状態ではフォレストシンガーズの話などできそうにない。現実の恋愛にうつつを抜かしている女だと、そんな手の届かない男に興味ないわ、と言いそうだ。もっとも、白田の話にもファンタジーがまぎれ込んでいるようではあったが。

 十年来の夢がかなったと誰かに話すのも諦めて、加寿子はひとり、フォレストシンガーズファンのつどいにやってきた。クラシックの室内楽演奏会に使われることが多いというしゃれたコンサートホールは、ヨーロッパの上流階級が集うサロンのようだった。

 そんなところ、私には無縁だけどね、そんな感じがするじゃない? 素敵。加寿子はひとりで来ているので、胸のうちでひとりごとを呟く。

 こじんまりしたステージを客席が囲んでいる。フォレストシンガーズの五人がステージに登場すると、加寿子の胸がきゅんと締めつけられる。こんなに近くでフォレストシンガーズを見られるなんて……私は特に誰かのファンってわけでもないけど……ううん、ひとりごとだったら正直に言ってもいいじゃない。彼らの歌が好きなだけではなくて、私は木村章がタイプなのよ。大好きなの。

 小さなホールでの小さなコンサートだからか、彼らが選んだ歌はラヴソングが主だった。甘く美しく切ないハーモニー、木村章の高い高い声がとりわけ、加寿子の胸に迫ってくる。何曲ものラヴソングを聴いていると、自分が五十歳に近い独身女だなどとは忘れてしまいそうだ。

「では、次の曲の前に……」
 リーダーの本橋真次郎の合図で、花籠がステージに運ばれてきた。奏でられているイントロは、フォレストシンガーズのプロポーズの歌、「満開の薔薇」だ。その歌に合わせて、真紅の薔薇であふれそうな花籠が運ばれてきたのだった。

「ようこそ、ファンでいて下さるあなたを愛しています、受け取って下さい」
「今夜はいらして下さってありがとうございます」
「俺たちからファンのみなさまへの、愛の贈り物です」
「はいはい、ユキちゃんから愛をこめて。僕らを愛して下さるファンのあなた、大好きですよ」

 他の四人が客席を回って、ファンの女性たちにバラの花を贈っている。わぁ、いいなぁ……他人事だとしか思えなくて、加寿子はぼーっとそちらを眺めていた。

「I love you なんちゃって……」
「え?」
「美しい貴方へ。章から愛をこめて。って、これ、幸生の盗作ですね。受け取って下さい」
「私に?」
「はい。俺たちのファンとしてのあなたを愛しています」
「……アイ、シテル」

 冷静な自分は理解している。誤解するようなファンがいては大変だから「ファンのあなたに」と付け加えているのだ。だけど、だけど、愛してるって、木村章くんが……薔薇の花を私に捧げてくれている。夢を見てるみたい。私、このまま死んでもいいわ。

 ベルベットのような、と形容される真紅の薔薇の花びらの手触り、馥郁たる薔薇の芳香、すこし照れているような木村章の笑顔が視界をいっぱいに占めて、今の私は、モテキなの、と言っていた白田に負けないほどに酔っている、とは思う。だけど、そんなこと、かまっちゃいられないわ、でもあった。


END







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FS超ショートストーリィ・四季の歌・真次郎「冬の曲」

番外編

フォレストシンガーズ

超ショートストーリィ・四季のうた

「冬の曲」

 ベタすぎると笑われそうだが、なんたって「冬」!! 冬なのだから「冬」だ。
 ヴィヴァルディの「四季」より、「冬」。ヴァイオリンの音色が、冬をあらわしている。わりあいに穏やかな気候の「冬」だと真次郎が感じる序盤から、徐々に曲調が高まっていくのは、空が荒れ模様になって雪が舞いはじめているのだろうか。

「冬の曲? 冬っていうと北欧のデスメタルかなぁ」
「デスメタルか。そのジャンルを聞いただけで、俺の趣味じゃないってわかるよ」
「そうやって退けないで、聴いてみて下さいよ。これなんかいいんですよ」
 
 却下!! と言い捨てて章の前から去り、隆也にも尋ねてみた。

「白い冬」
「ああ、俺たちのはじまりの曲だな」
「歌う?」
「あとで」

 十五年以上も前の大学合唱部で、隆也と真次郎がデュエットした曲だ。ヴィヴァルディには歌詞がないから、実際に歌うのは「白い冬」のほうがいい。

「シゲ、おまえは?」
「冬の曲ねぇ……北風小僧のカンタロウとか」
「うんうん、いいな」

 子持ちの繁之が選ぶ曲としては微笑ましくもふさわしい。先刻から真次郎は背中に視線を感じていたのだが、故意にもうひとりには質問をしないでいた。

「ユキの歌っていっぱいあるでしょ」
「ああ、雪の歌はたくさんあるな」
「雪じゃなくてユキですよ」
「ゆきじゃなくてゆきって、禅問答みたいに言うな」
「だから、ユキ。ユキちゃんはね、ユキオっていうんだほんとはね。だけどちっちゃいから自分のことユキちゃんって言うんだよ。可愛いね、ユキちゃん。ねえねえリーダー、無視しないで下さいよぉ」

 三十路を過ぎた男が、ちっちゃいからユキちゃんって……真次郎の頭に、本物の雪の中ではしゃぐ繁之の息子と、この三十代の可愛いユキの姿が浮かびそうになる。ヴィヴァルディの「冬」どころではない、荒れた真冬の風景だ。

SHIN/35/END









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FS動詞物語「歌う」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

「歌う」

 音楽の授業で「作曲」の宿題が出た。一週間後に提出せよと教師に命令されて、生徒たちは大ブーイング。作曲なんてできないよーっ!! との声が大半だったが、俺としては余裕だった。

「……ヒデは得意なんだからいいよな。作曲のできる奴なんて、他にもいるんだろうか」
「小学生の宿題なんだから、なんとなくメロディになってたらいいんだよ」
「それでも俺にはできないよ。ああ、どうしよう、どうしよう、一週間悩み続けて、悩みに悩んでもできないよ。先生は無茶だ」
「言えてるな」

 たしかにシゲの言う通りで、作詞だったらまだしも、作曲のできる小学生は特別な才能の持ち主に限られるだろう。大人だって作詞だったらどうにかでっちあげられても、作曲はお手上げの者が大部分のはずだ。

 学校からの帰り道、苦悩のきわみになっているシゲを見やって考える。
 算数や理科のむずかしい宿題を、シゲに助けてもらったことはあった。書き取りなんかもシゲのほうが得意だし、社会科、特に歴史関係はシゲが強いので教えてもらった。計算問題の宿題を忘れていて、登校してから大慌てでシゲのノートを写させてもらったこともあった。

 要領は俺のほうがいいのだが、シゲはじっくり努力型だから、不得意分野もがんばって時間をかけてこなす。しかし、作曲は無理かもしれない。
 友達は助け合うものだ。よし、こうしよう。

「俺、一週間あったら二曲くらいは作れるよ。もうイメージは湧いてきてるんだ」
「作曲って楽器を使うんだろ」
「俺はハモニカでやろうかな。隣の姉ちゃんのピアノも弾かせてもらえて、ちょっとぐらいだったら演奏できるんだ。ピアノでもいいかな」
「本格的だな。ヒデはいいなぁ。俺、どうしよう」

 だからさ、と、誰も聞いてもいないのに声を低めた。

「俺が二曲、作ってやるよ」
「そんで、どうするんだ?」
「一曲はおまえにやるよ」
「……それって……」

 一瞬、意味が分からなかったらしいが、悟った顔になってからシゲは頭を振った。

「ズルは駄目だよ」
「ズルだって言うんだったら、おまえのイメージを喋ってみろよ。なにを曲にしたい?」
「えーと……川とか……」

 あれ? 俺んちの近くにこんな川、あったか? 四万十川じゃないのか? 清らかな水をたたえた川が流れている。川面に照り返す陽光に、シゲは目を細めていた。

「あの川の流れか……うん、シゲの分はそのイメージで作るよ。俺のは全然ちがった感じ。たとえば、可愛い女の子が体操服を着てテニスでもしてる感じ? まるでちがったタイプの曲をふたつ作ったら、先生にもわからないだろうから大丈夫だ」
「そうかなぁ」
「大丈夫だよ。小学生に作曲しろってのがどだい無茶なんだから」
「そうだけどさ……」

 他のみんなはどうするんだろ、などと呟きつつ、シゲは悩み続けている。俺の頭の中にはすでにメロディが浮かんでいて、川の流れに合わせて踊りはじめていた。

「先生はわからなくても、本橋さんや乾さんや章にはわかるよ。幸生にだってわかるんじゃないかな」
「……かもしれない」
「特に乾さんだよ。乾さんはヒデの曲を高評価している。昔、おまえが書いた曲をそらで歌える。ヒデはまた曲を書かないかなぁ、なんて言ってもいたよ。だから、おまえが書いた曲だったら乾さんにはわかる。俺がヒデにもらった曲を自分で作ったと言うなんて、恥だ。いやだ」
「うーん、そう言われてみれば……シゲ、おまえ、小学生のくせにむずかしいことを言うんだな」

 ん? 小学生? シゲと俺が知り合ったのは東京の大学生になってからで、小学生のときにふたりで四万十川のそばを歩いたことなんかない。俺は小学生で四万十川を見ていたが、シゲは三重県の酒屋の息子で、四国へはガキのころには行ったことがなかったと聞いた。

「なんにしたって、俺はズルはいやだ。ヒデの書いた曲を俺が書いたって提出するなんて、絶対にいやだよ」
「……シゲだったらそうだろうな」

 これって……ええ? 第一、小学生の俺たちは乾さんや本橋さんなんか知らないじゃないか。第一、小学生に作曲の宿題なんか……ああ、そうか。

 納得したら目が覚めた。
 夢だったんだ。俺は布団に起き上がり、夢で見たシゲの顔と、きらきらしていた四万十川を思い出す。
 あのシゲの顔は、小学生というよりは大学生だったかな。会話も小学生のものじゃなかったけど、リアルな夢だった。布団の上で噛みしめると細部まで思い出せる。

 大学生でフォレストシンガーズに加えてもらい、恋人が妊娠したからとだまされて脱退した。妊娠はしていなかったが結婚して、離婚して家を出て、それからは故郷には足を向けていない。プロになったフォレストシンガーズにも故意に背を向けていた。

 後輩のお節介でシゲと再会し、本橋さん、乾さん、章、幸生とも会った。俺の気持ちの中にはわだかまりがなくもないが、彼らのほうは昔通りに接してくれる。本橋さんやシゲの奥さんに、もうどこにも行かないでね、と叱られたりもして。

「ヒデ、作曲はしないのか」
「おまえの曲は乾の好みだって知ってるだろ」
「俺たちはソングライター集団でもあるけど、仲間うちで書いた曲ばかりだとひとりよがりになる傾向もあるんだよ。固まってしまうってところもある。新しい風がほしいな」
「ヒデの曲ってのはこの際、うってつけなんだけどな」

 本橋さんと乾さんに言われ、俺の曲作りは完璧に枯渇してますよ、と答えた。
 けれど、そうだろうか。あんな夢を見たのは天啓の一種なのでは? 歌も楽器も作曲も捨てたから、ラジカセひとつ、CD一枚、ハモニカひとつも持っていなかったが、つい先日、ギターを衝動買いしたばかりだ。

「それにしても、シゲらしいな。絶対にいやだって。だよな。だからおまえはヒデとして曲を書けってか? ああ、なつかしいな」

 ギターを抱えて布団にすわり直し、目を閉じると川面のきらめきが俺を誘っている。ヒデ、おまえの中のそのイメージを曲にしろよ、ほら、こんなメロディだ、と川が教えてくれている。そのメロディに乗せて、俺のギターも歌い出した。

END









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いろはの「し」part2

ショートストーリィ(FSいろは物語)

フォレストシンガーズ

いろはの「し」part2

「島の娘」

 まるでおとぎ話のよう。遠い遠い昔、というほどにも昔ではないけれど、この母が若い女の子だったころだというのだから、唯にはずいぶん昔の物語のように聞こえた。

「お父さんには内緒だよ」
「どうして?」
「どうしても」

 小さいころには意味がわからなかったが、中学生にもなるとわかってきた。ちょっとだけ秘密の香りがしてわくわくして、幼稚園くらいのころから何度も何度も聞かされた母のおとぎ話を、今夜もまたせがんでみた。

「最初から?」
「うん」
「……そうね、あれは十五年くらい前になるのかな。私が二十三だったから、十五年だね。早いね。そりゃあ唯も大きくなるわけだわ」

 幼いころに父親を亡くした母、理恵は、沖縄本島からでもかなり距離のある離島で民宿を営む母親、唯の祖母に当たるひととふたりで生きてきた。
 民宿では近隣の老人や主婦をパートタイムで雇ったりもしていたそうだが、基本的には母と娘の暮らし。十五年も昔ならば、現在よりもさらに不自由だっただろう。

 観光客もやってこないでもないその島に、あるとき、リゾートホテル建築の話が持ち上がった。島民たちにも利益になるだろうとのことで特に反対もなく、完成したホテルのオープニングセレモニーのために、東京から歌手が呼ばれた。

 メインとなるのはセシリアという名の、美人シンガーだ。当時は三十歳くらいだったのか。セシリアは今でもベテランシンガーとして有名だから、唯でもその名前は知っていた。

「だけど、セシリアはどうでもいいんだよ」
「はいはい。ここからが本題だものね」

 セシリアの前座として呼ばれたのが、当時はまったくの無名だったフォレストシンガーズ。セシリアはオープン間近のリゾートホテルに泊まっていたらしいが、フォレストシンガーズは唯の祖母と母の民宿のお客になった。

「リーダーの本橋さんは背が高くて、ちょっと怖い顔をしていたけどたくましくてかっこよかったの。乾さんはすらりとして穏やかで優しくて、お世辞の上手なひとだった。マネージャーの山田さんは都会の綺麗なお姉さんって感じで、憧れたものよ」
「それから?」
「三沢さんはやんちゃ坊やみたいで、木村さんはちょっぴりひねくれ者で、もとはロックバンドやってたって言われたら、ああ、そんな感じ、ってタイプでね」
「それからそれから?」

 いつだって母は、もったいぶって彼を最後にする。

「本橋さんと乾さんと山田さんが二十五で、木村さんと三沢さんは二十三。その真ん中が本庄さんだったんだけど、最初はいちばん年上に見えたのよ。本庄さんの年を聴いてびっくりしたから、失礼だったよね、私」

 若かった母と、たまにはテレビで見るフォレストシンガーズの本庄繁之の若かりし日、ふたりはこの島で出会って恋に落ちた。そりゃあ、お父さんには内緒ね、であろう。

「島に台風が来て、お母さんの大嫌いな雷が……ああ、やだやだ。またもうじき台風が来るよね」
「台風なんかどうでもいいから、続きは?」
「それでね……お母さんは雷が怖いでしょ。このごろだって雷が鳴ったら、唯に抱きしめてもらうもんね」
「そのときには本庄さんに……だったんだよね」
「抱きしめてもらったりはしてないわ。そばにいてもらっただけよ」
 
 そのわりには母の頬が赤くなっているから、本当は抱擁くらいしたのだろうと唯は睨んでいた。

「キスもした?」
「してないって言ってるでしょ。心と心が触れ合っただけの、淡くて綺麗な恋だったの」
「ふーん」

 抱きしめてもらっていない、キスもしていない、というのも、あのおじさんとこのおばさんが恋をしたのも、唯は信じておくことにしていた。

「フォレストシンガーズのみなさんは仕事が終わって東京に帰っていったんだから、お母さんの気持ちもそれでおしまいだったのよ。一年後には結婚して、その一年後には唯が生まれた。本当に昔話、おとぎ話みたいだね」
「ロマンティックなお話だもんね」
「そうよ」

 同じ学校の男の子にほのかな想いを抱いたことならあるけれど、唯には恋の経験はない。いつかは私もお母さんのように……母のこの表情を見ていると、恋っていいものなんだなと思える。
 あのおじさんと淡い恋をしたあとで、その次には本当の恋をして結婚し、母となった理恵。唯もそんな経験をして母となって、この島で暮らしていくのだろうか。

「あ、おばあちゃんの声だ!!」
「お父さんも一緒かな。さ、お昼ごはんを作らなくちゃ」
「私も手伝うよ」

 父と祖母は畑に野菜を取りに言っていたらしい。夏休みに入ったのだから、今夜には民宿にお客さんがやってくる予定になっている。家族四人で昼食をとったら、唯も手伝ってお客さんを迎える支度だ。これから忙しくなりそうだった。

END









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168「てのひら返し」

ショートストーリィ(しりとり小説)

しりとり小説

168「てのひら返し」

 学歴にこだわる親なのは知っていたから、なるべく言いたくはなかった。けれど、結婚したいとの報告なのだから、質問されれば答えるしかない。武志は正直に言った。

「中学生のときに登校拒否になりまして、中学は義務教育だから卒業はしたんですけど、高校には行っていません。叔父がニューヨークに住んでいましたので、叔父のアパートに居候させてもらって、アルバイトをしたり自転車旅行をしたりしていました」
「まぁあ……」
「ふむ……」

 びっくり顔の母、むっつり顔の父。日本では中学までしか卒業していないけど、高校と大学はアメリカで……むにゃむにゃ、とでも濁しておけばいいものを。そこまで正直に言わなくてもいいのにと明美が思っているのをよそに、そうなんですよ、と武志は笑っていた。

「中卒でサラリーマンになんかなれるの?」
「明美、だまされてるんじゃないのか?」
「まともな男性だとは思えないわ」
「中学しか出ていないような男、お父さんは反対だよ」
「もちろん、お母さんもよ」

 案の定、武志が帰っていったあとで両親は口々に反対だととなえた。

 わりあい早めに結婚した大学時代の友人の夫は社交的な男性で、お節介ともいえる。明美にも彼の知人を紹介してくれた。

「三十過ぎても独身の女性は気の毒でならないって言うのよ。明美はもてるほうでもないし、性格はいいけど外見はイマイチでしょ。なにかで妥協するしかないってのがうちの旦那の持論なんだよね。いちぱん妥協しやすいのは学歴じゃない?」

 大学は出ていないけど、旦那の取引先の会社でしっかり働いている。学歴はなくても親戚の会社だから入社できたみたい。高卒なのか専門学校卒なのかは知らないけどね、と友人は言っていた。

 失礼な言い草ではあるが、大学は出ていなくてもちゃんとしたサラリーマンで、収入だって悪くないのならいいではないか。明美には強い結婚願望はなかったのもあり、友人づきあいからはじめて恋人になれたらいいかな、との軽い気持ちでつきあうようになった。

「ほんとは俺の学歴、気になってるんだろ?」
「結婚するっていうんだったら気にならなくはないかな」
「中卒だよ」
「ええ?」

 登校拒否、渡米、十代のころの生活について包み隠さず話してから、武志は言った。

「そんな俺でよかったら結婚しよう」
「……うん、結婚する」

 親はきっと反対するだろうから、そのときには結婚式もなしで入籍だけすればいい。武志も明美も三十二歳なのだから、親の承諾がなくても結婚はできる。

 それにしてもああまで正直に、登校拒否までを明美の親に打ち明けなくてもいいものを。私は武志くんの人間性が好きだし、結婚しても共働きをすれば金銭的にも苦労はしないはず。子どもができたとしてもやっていける。親が悩んでいるのだったら説得するつもりだったが、頭ごなしに反対されたのでは口にする気にもなれなかった。

 就職したときに親元から独立はしていたので、それからの明美は実家には立ち寄らなくなった。電話は無視していれば、親もひとり暮らしのマンションに訪ねてくるほどではない。

 お父さんもお母さんも反対ですよ。中学もまともに行っていない男なんて、結婚生活だって途中で投げ出すに決まってる。明美が不幸になるだけよ。もっともらしい反対理由を綴った母からのメールは何通も届いたが、それも無視した。

「結婚式はしないつもりなんだよね」
「友達だけ呼んでやるって手はあるけど、武志くん、したい?」
「うーん、明美ちゃんがしたくないんだったら、俺はどっちでもいいんだけどね……母がね」
「あれ? お母さんとは疎遠じゃなかったの?」
「疎遠ではあるんだけど、結婚するって報告だけはしたんだよ」

 それはそうだろう。

 中学生のときから親元を離れてしまっている武志は、独立精神旺盛だと明美は思う。マザコンの傾向はなさそうで、そんなところも好きだった。

 両親は離婚していて、父とはまったく交渉もない。母は田舎にいるけど、俺には興味もないみたいだよ、と武志は笑っていた。明美には姉がいるが、結婚して北海道に住んでいる。武志には異母弟がいるらしいが、つきあいはないと言う。だとすると両方の親戚と関わりもない新生活が送れそうで、明美としてはそれもいいかな気分だったのだが。

「俺の親父さ……うーん、やっぱ言わなくちゃいけないかな。明美ちゃんとは結婚するんだから、親父ともまるきり無関係ではないのかな」
「……お父さん、なにか事情があるの?」
「俺が中学を卒業したときには、両親はとうに離婚していたんだよ」

 まずは武志は、母の話からはじめた。
 ぽつぽつと話してくれてはいたが、まとまって聞くのははじめてだ。
 
 学校に行きたくないと言い出した息子に、学校なんか行かなくても別にどうってことはない、けれど長い人生、やりたいこともないんだったら虚しいよ。あんたはなにがしたいの? 学校に行かないんだったら時間はたくさんあるんだから、ゆっくり考えなさい、と母は言った。

「お父さんのところに修行に行く? あんたの弟たちは中学を卒業したらそうするんじゃないかな」
「そんなのやりたくないよ」
「だったら、叔父さんのいるニューヨークは?」

 それもいいな、となったので、武志は中学卒業までの間は、海外旅行の準備をしてすごした。

「本を読んだりあちこち出かけたり、外国にも行ったし、いろんな変な奴に会わせてもらったりもして、人生勉強ってやつはしたよ。叔父も学校には価値なんかないと考えていたから、俺の生き方には文句もつけなかった。そうして十年くらいニューヨークで暮らして、叔父が先に帰国したんだ。叔父は日本で叔父の父、俺から見ると祖父にあたる男の会社に入ることになっていたんだよ。叔父は芸術家になりたかったらしいけど、あてもないのに呑気に修行していられたのは、祖父の会社があったからなんだね」

 ひとりになった武志は、その後も五年ばかり外国を放浪してから、帰国して叔父が継いでいた会社に就職した。日本古来の伝統芸能用品を扱う独占企業なので、好、不景気はさほどに関係ないらしい。堅実な会社といえた。

「そんな会社で拾ってもらったからこそ、学歴なんかどうでもいいって言えるんだけどね」
「うん、それでも武志くんはしっかり働いてるんだから、それはそれでいいんじゃない?」

 ただ、ひっかかったひとことはあった。

「お父さんのところで修行するって、なんの?」
「あ、やっぱそこ、気になるよな? 歌舞伎だよ」
「カブキ?」

 一瞬、単語の意味が理解できなかった。

「母と父は離婚したとはいえ、俺、歌舞伎役者の長男なんだよな。親父と母が離婚後にどう関わっていたのかはよくは知らないけど、俺が結婚するとなると、親父に知らせないわけにもいかないだろ。結婚式はしないって言ったら、なんだかんだ言ってくるかなぁって」
「歌舞伎役者って、私も知ってるひと?」
「知ってるんじゃないかな」

 さらりと武志が告げた名前は、日本人だったら誰でも知っているであろう、大物歌舞伎俳優だった。

「明美、結婚するんだって?」

 呆然としたまま今夜は武志と別れ、彼を紹介してくれた友人にメールをした。この事実を知っていたのか? と確認すると、知ってたよ、でなかったら明美に紹介しないよ、聞いたんだね、びっくりした? と笑顔マークつきの返信があった。

 そんな男だから明美に紹介した? 学歴を妥協しろと言ったのはフェイクだったのか。呆然度が増した気分で帰宅すると、姉から電話がかかってきた。

「中学もまともに出てない男だ、あんたからも明美に説教してやって、ってお母さんに頼まれたんだけど、明美は納得してるんでしょ」
「そうだよ。私は彼の学歴と結婚するわけじゃないもん」
「あんたがいいんだったら私は反対しないけど、中卒だとツブシがきかないかもね。今の会社が倒産したり、また気まぐれを起こして海外放浪の旅に出たいとか言われたらどうする?」

 その可能性もゼロではないだろうが、そうなったとしたらあの大物歌舞伎役者が……両親は離婚していても、武志にとっては父親であるあの大物が……なんとかしてくれる? 頭に浮かんだそちらの可能性に、明美はさらにさらに呆然としてしまった。

「明美、どうしたの? 心配になってきた?」
「っていうよりも……姉さん、聞いて」

 気を取り直して事実を告げる。友人にも確認したから嘘ではないとつけ加えると、姉の声にも呆然とした響きが加わった。

「……それ、お父さんやお母さんは知らないんだよね」
「知らないのよ。私も今日、はじめて知ったんだもの。話すべき?」
「う、うう」

 うーうー唸ってから、姉は言った。

「そういう人なんだったら、って急にてのひらを返したような態度になりそうで、怖いわ。我が親がそんなてのひら返しをするかと想像すると、げんなりしちゃう」
「だよね」

 明美としては実に実に同感だ。それならばいっそ、このまま反対し続けていてほしかった。

次は「し」です。









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FS動詞物語「とける」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

「とける」


 自覚があってもどうなるものでもないみたいだが、俺は短気である。世の中には気の長い奴もいるもので、俺はそういう人間の存在にこそ驚いてしまう。

「本橋って彼女はいないんだっけ?」
「……別れたよ」
「あ、そうだったか」

 乾隆也や山田美江子は俺を鈍感だと言う。俺には短気な自覚はあるが、鈍感のつもりはない。鈍感というんだったらこいつ、高城のほうがよほど鈍いはずだ。

 大学に入学して合唱部に入り、サークル活動のほうでは山田と乾がもっとも親しいといっていい。学部は宇宙科学で、専門課程三年生になった今も、一年生のときから友達だった高城と親しくしている。乾や山田は俺が黙っていても喋りまくるので放っておいてもいいのだが、高城はこっちから水を向けてやらないと喋らない。

 無口な男はかっこいいという説がある。無口ってのは話題がないだけでしょ? とほざく山田みたいな女もいる。俺は乾や山田、二年生の小笠原や実松、一年生の三沢あたりと較べれば非常に寡黙なほうだが、高城と較べたらよく喋るので、どっちの説も支持しないことにしていた。

 ともあれ、高城が珍しく自分から話題を振ってきたと思ったらこれだ。
 一年生のときにだって俺には彼女はいた。今となってみればなんであんな女とつきあってたんだろ、と思うが、山田が、ゆかりって本橋くんを好きなんだって、と言い、俺も別にゆかりが嫌いだったわけでもなく、中学生以来彼女がいなかったので、なりゆきでつきあったにすぎない。

 けれど、ゆかりが先輩と親しくしていたりすると胸がざわめていたから、俺も彼女を好きではあったのだろう。それって独占欲じゃないの? と言われもしたが、女を好きになるということには、独占欲はつきまとうのだ。

 ゆかりと別れて、二年生になってから乃理子とつきあった。高城のほうも女の子となにやらあったようだが、基本的にぼーっとしている奴なので、いいように振り回されたあげく、ふられたのであるらしい。いや、ふられたというのか、ぐずついているというのか。

 だから、俺は高城の女の子関係を知っている。なのに、こいつは俺に彼女がいて、別れたのも知らない。二度ともに知らないというのか。苛々してきた。

「合唱部の子か?」
「そうだけど、別れたんだからどうだっていいだろ。おまえは佐里ちゃんとはどうなったんだよ?」
「彼女のほうから離れていったんだけど……」
「だけど……?」
「気が向くと俺んちに来たり、デートじゃないよって言いながら、飲みにいったり……」

 山田は俺の友達、高城も俺の友達、山田と佐里は友達で、佐里のほうから高城にアプローチした。山田はもう佐里とは離れてしまっているようだが、高城は完全に切れてはいない。
 そうして一時的につきあっても、別れてしまえばおしまいなのが普通だ。

 口の重い奴の言葉を総合してつなげてみると。
 自分からアプローチして自分からふったくせに、あの気まぐれ女は暇になると高城にちょっかいをかけてくる。俺だったらたとえばゆかりがそんな誘いをかけてきても断るが、高城には毅然とした態度が取れない。もっとも、ゆかりとは完全に離れてしまっているので、彼女と俺とは会う機会すらもないのだが。

 恋人同士にだったら許されること、どちらかの部屋でくつろいだり、ふたりっきりで飲みにいったり、酔って帰ってきて帰るのが面倒になって泊まったり。別れたあとにも高城と佐里はぐだぐだとそんなつきあいを続けていると言うのだった。

「けじめがないってか、だらしないだろ」
「本橋って意外と四角四面なんだな。田舎のじいさんみたいだ」
「……なんだよ、その言いぐさは」

 意外にも反撃してきやがったので、俺もむっとした。

「本橋だって山田さんとふたりで飲みにいったりするだろ」
「行ったことはあるよ」
「山田さんの部屋に行ったり、彼女がおまえの部屋に来たりは?」
「俺は親の家にいるから、山田が来るってことはないけど、俺は行くよ」

 一昨年の夏休みに、山田の弟たちを我が家に泊めてやったこともあった。そのせいで母は山田を俺の彼女だと思いたがり、否定するのに苦労したから、家には山田は呼ばない。

「そういうだらしないこと、やってんじゃないか」
「山田と俺は友達同士だよ」
「俺と佐里ちゃんだって、恋人じゃなくなったら友達同士に戻ったんだよ」
「……一度は寝たこともある女と……」

 どうしても俺はそこにひっかかる。山田とは最初から最後まで友達だが、佐里と高城はベッドを共にした関係だ。俺だったらそんな女と別れたら、個人的にはつきあいたくない。

「おまえに迷惑かけてないだろ。ほっとけ」
「そうかよ。ほっとくよ」

 虫の居所でも悪かったのか、今日はやけに挑戦的な高城との口論は決裂した。
 彼女とだって喧嘩ばかりして、ゆかりとはしんねりむっつり黙りこくりになる彼女に嫌気がさした。ゆかりは俺を優しくないと言って、喧嘩しすぎて別れたようなものだ。

 その反省もあったし、ゆかりとの仲よりは乃理子との仲のほうが進んでいたから、喧嘩をするとキスしたり抱きしめたり、ホテルに行って乃理子の好きなお姫さま抱っこをしてやったり、そのあとはベッドに入ったりもして仲直りができた。

 なのだから、彼女と喧嘩をしても修復すれば楽しいことだってある。男友達と喧嘩をしたらどうやって修復するんだろ。
 ガキのころには男友達とだったら殴り合いや取っ組み合いをして、言いたい放題言い合ってあとには残らなかった。仲直りできなくてくよくよしていたら、兄貴が取り持ってくれたこともある。

 小学生のときに大喧嘩をした男友達と、俺の頭を兄貴がごっつんこさせて、いてぇなぁ、なにすんだよっ!! と兄貴に食ってかかり、ふたりともに投げ飛ばされて笑って仲直り。なんて単純なこともあった。あの兄貴、どっちだったかな? 兄貴たちは双生児なので、栄太郎だか敬一郎だか永遠に不明な場合もよくある。

 兄貴たちなんてどっちでもいい。あいつらはふたりでひとりなのだからどうでもいいが、友達と単純に仲直りできないのは、大人になったってことなのかもしれない。

 もうじき俺の誕生日、もうじき俺たちは大学四年生になる。いよいよ来年は卒業で、社会に出たらどうするのか本気で決めなくてはならない。
 就職活動してるの? と聞きたがる母をごまかすにも限度があるだろう。友達なんかかまってられるか、とばかりに高城はほったらかしていた。

「高城? こっちに来いよ」
「あ、ああ、乾くん、久しぶり」

 なのに、学校近くの喫茶店「ペニーレイン」にいると、入ってきた高城を乾が呼んだ。断ればいいものを、高城ものこのこやってきて乾の隣にすわった。

「雪? 肩が濡れてるよ」
「ああ、ちらちら降ってた」
「ほんとだ……降りが激しくなってきたな」
「乾は慣れてるだろ」
「金沢出身だからね。今ごろは故郷は雪景色だよ。高城も東北じゃなかった?」
「うん、うちのほうもまだ真っ白だな」

 東北生まれの高城と、北陸生まれの乾は雪の話題で盛り上がっている。俺は黙ってAランチの大盛りを食っていた。
 生まれも育ちも東京の俺は、雪には慣れていない。一年生の三沢幸生はユキちゃんでーす、などと自称しているが、あいつの性格にも慣れてはいない。

 たまの大雪で交通マヒが起きる東京を、高城も乾も脆弱だと笑っていた。俺はそんなことなども考えながら黙っていたので、食事を終えた高城が先に出ていってから乾に質問された。

「仲たがいしてるのか?」
「意見の相違ってやつだな」
「そんなんで話をしないのか? 意見の相違なんて当たり前だろ」
「……いいんだ、ほっとけ」
「ほっとくよ」

 思い出してみれば、乾とだって意見や見解や価値観の相違は限りなくあった。俺が声を荒げたり、殴ってやろうとしてかわされたり、乾のほうが語気を強めて怒ったり、議論が白熱しすぎて後輩がおろおろしていたり。
 だが、乾と俺は決定的な仲たがいはしない。それすなわち、乾の言う、俺たちは宿命の仲だ、ってやつなのか。気持ち悪い。

 気持ちは悪いが、まあ、そうなのかもしれない。だから俺は、乾を含めた仲間たちと歌っていたい、歌ってメシを食っていきたい。その悲願をかなえるために卒業後は……それを両親に告白するのが大変なんだよな。

 その日は雪が降り続いて積もった。積雪はたいした量ではなく、乾や高城に言わせれば、こんなものでは雪だるまも作れやしない、ではあろうが。

「雪合戦やりたいな。今日は早く学校に行くよ」
「子どもみたいに……」
「早く行かないととけちまうだろ」

 あきれ顔の母に言い置いて、早めに家を出た。誰かしらこんな時間にも来ているだろう、と思っていたのは当たっていたが、その誰かしらとは高城だった。

「……おはよう、本橋くん、高城くん。早いのね」

 もうひとり、来ていたひとがいる。理学部の村瀬教授だ。彼女には孫もいるという年頃なのだが、スキーウェアみたいのを着て張り切っていた。

「もうひとり、誰か来たらいいのにね。雪なんか珍しいから楽しくて。ねえ、雪合戦できそう?」
「雪合戦くらいだったらできると思いますが、教授、無理しないで下さいよ」
「走ったら駄目ですよ」
「……馬鹿にしないで。これでもウィンタースポーツは大好きなのよ」
 
 ったって、そりゃ若いころの話だろ。あんた、いくつだよ? とも言えなくて、教授のあとから高城も俺もキャンパスに出ていった。

「ちっちゃな雪だるまだったら作れそうね。三人で作りましょ」
「はい」
「高城くんって青森だった? 雪だるま、作ったことあるんでしょ」
「ありますよ。本橋だってあるよな」
「ガキのころにたまぁに、雪が積もりましたからね。兄貴が高いところにある雪を集めてくれたりもして……」

 三人で作業をしていると、自然に高城とも言葉をかわしていた。喋っていると、なにを小さいことにこだわって口もきかなくなっていたんだろ、と思う。太陽が照ると雪が解けていくように、俺の気持ちの中のわだかまりも溶けていく。子どもじみた遊びにはそんな効用もあるのだと知った。


SHIN/20歳/END







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FS超ショートストーリィ・四季の歌・繁之「冬の画」

番外編

FS超ショートストーリィ・四季の歌

「冬の画」

 人には意外な才能が隠れていたりするもので、時として本人さえも気づいていないこともあるのかもしれない。

 フォレストシンガーズの場合、音楽関係の才能は当然だといえる。歌。楽器、作曲、作詞も、音楽理論などの知識も。俺は歌だけは並みより上かもしれないけど、うちではいちばん下だしな。その他の音楽的才能はゼロだしな、と繁之は卑下しているのだが。他の四人は立派なミュージシャンだ。

 意外な才能といえば?

 乾さんの俳句や短歌や古典に関する造詣。歌なんだから音楽的なものに近いのか?
 本橋さんのウルトラマン関係は、才能っていうんではないのかな。
 幸生の猫とかジョークとかは……オタクレベルではあるな。

 つらつらと考えてみるに、俺にはそっちもないと繁之は頭をかきたくなる。うちで一番は……そうだ!! 

「だろ?」
「まあ、そうだけどね」

 同い年の男同士は身近にいるとライバル意識を燃やすのが自然であるようで、本橋と乾、幸生と章にもあきらかにある。繁之が幸生に章の才能について話すと、幸生は翌日、一枚の絵を持ってきた。

「幸生が描いたのか?」
「そうだよ。俺にも章以上の絵の才能があるでしょ?」
「これ、なんだ?」
「わかんない?」
「……わかんないよ」

 わからないものを素直にわからないと認められるのは、シゲさんの才能だと幸生は言う。そこがあなたのいいところ~といつもの台詞で繁之をけむに巻いておいて幸生が行ってしまうと、繁之は乾にその絵を見せた。

「俺には真っ白にしか見えないんですけど」
「白いクレヨンで白い紙を塗りつぶしたんだよな」
「単なる白い紙ではないですよね」
「……幸生が描いたんだろ。俺にはタイトルの想像ならできるよ」
「想像して下さい」

 冬の猫、なのだそうだ。
 なるほど、じーっとじーっと見ているとそうも見えてきた。真っ白な雪景色の中、遠ざかっていく真っ白な猫。しっぽが揺れて、ひとあしごとに雪に足跡がつく。猫の鳴き声も聞こえてきそうだ。

 みゃーーご。
 と、たった今、鳴いたのは幸生だろうから、乾の想像は当たっていたということなのであるらしかった。





 




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FS動詞物語「枯れる」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)


フォレストシンガーズ

冬「枯れる」

 
 ませているのかいないのか、身体は小さいけれど、俺は早熟なほうなのかもしれない。十六歳で初体験って早くもないと思っていたが、周囲の男どもの平均よりは早いような。大学生になっても、恥ずかしながら未経験だって奴も数名、いるようだ。

 けれど、あれはもしかしたら、麗子さんにもてあそばれただけなのかも……いや、そんなふうには考えまい。高校生のときに知り合った、妹の家庭教師だった女子大生。ポルノ映画みたいなシチュエィションかもしれないけど、楽しかったからいいんだ。

 北海道出身の麗子さんは俺を捨てて故郷に帰ってしまい、あれから俺は恋をしなかった。中学生のときには彼女はいたが、高校生の間はまっとうな男女交際をしてこなかったのだ。これはやはり、五つも六つも年上の女性に遊ばれたから……ユキ、そんなふうに考えたら駄目だってば。

 そして、十八歳になった俺はめでたく恋をした。
 枯れ木に新たなつぼみが芽吹くように、同い年の可愛い女の子に恋をして告白して、敢えなく撃沈。合唱部のアイちゃんは俺の告白には、女の子の常套句、友達でいましょ、との答えしかくれなかった。

 友達なんかいやだよ、俺はきみを抱きたい、恋人になりたい、彼氏にして、俺をアイちゃんの男にして、駄々をこねてみても、他人の心を強引にわがものにするなんて不可能だとは知っている。友達なんかいやだけど、仕方なく友達づきあいをしていた。

 お互いにその他大勢の異性の友達。合唱部仲間ではあるから、女子部と男子部の合同練習や合同飲み会で顔を合わせたり、合宿でみんなで海に行き、朝、すれちがって、やっぱり可愛いな、キスしたいな、と見とれていたり。

 まだ十八なんだから、それだけで満足できる男もいるんだろうか。そこはそれ、俺が早熟だからなのだろうか。俺の想いは恋心プラス欲望? 肉欲があるって男としては当たり前だろ。肉欲かぁ……生々しくもいかがわしくも、いい言葉だな。女体と口にして麗子さんにいやがられたのも思い出した。

 ガキのころから俺は、あまり寝なくてもいい体質だ。未成年だから合宿では酒を飲んではいけないのだが、同室の一年生たちはこそっとビールを飲んだりして、馬鹿話をして馬鹿笑いをして、部屋のあちこちでごろごろころがって寝てしまった。

 眠くはならない俺は、そっと起き上がって外に出た。
 真夏の夜の海辺には、カップルの姿も見える。俺もアイちゃんを誘い出して散歩したいな。呼びにいったって出てきてくれないだろうし、部屋を覗いたりして先輩に見つかったら殴られるか、最悪、退部させられるかもしれないし。

「ん?」
 身を低くして通り過ぎた男たちがいる。俺と同室ではない一年生と、二年生の男たちが五、六人、俺には気づかずに浜に出ていった。俺もあとからついていってみると、二年生の一色さんの声が聞こえた。

「だからさ、そこでおまえが女の子を脅かすんだよ。女の子は悲鳴を上げるだろ。そしたらうまくいけば抱きしめてなだめてやることだったらできそうじゃないか。駄目モトでやってみようぜ」
「がおっとか?」
「うらめしやぁ、とか?」

 聞き覚えのある一年生の声もする。肝試しか? そうではなくて悪さか? 幼稚な奴らだな、と呆れはしたものの、二年生も混じっているし、一年生だけだとしても正義の味方ぶっているように思われそうで、止められなかった。

 こんなときには小さな身体は有利で、気取られずに見ていられた。女の子ばかりで散歩している可愛い子を発見すると、男子たちが奇声を上げて脅かす。女の子たちは大半が怖がってきゃあきゃあ言う。きゃあきゃあを楽しんでいそうな女の子もいれば、なにすんのよっ!! と怒って男を突き飛ばす女の子もいる。中には先輩に告げ口した子もいたようで、本橋さんがやってきた。

「おまえら、なにをしてたんだ? 大学生にもなって女の子相手にガキみたいないたずらか? 首謀者は……って、どうでもいいな。四年生を呼ぶ必要もないよ。広いところへ……全員、こっちへ来い」

 ただでさえ怖い顔の本橋さんが不機嫌な表情でいると、迫力満点だ。彼の気迫に押された一年、二年たちが広い砂浜に出ていく。あっちからもこっちからも視線を感じる。あそこにアイちゃんとサエちゃんがいる、と気づいてはいたのだが、まずは本橋さんたちを見ていた。

「おまえら、まとめてかかってこい。そんないたずらをするってのはエネルギーが余ってるんだろ。俺が相手してやるからかかってこいよ。来られないのか? 怖いのか?」

 挑発された男たちは顔を見合わせる。本橋さんは余裕の態度で身構える。誰かが合図して、彼らは一斉に本橋さんに飛びかかり、ものの見事に全員、浜辺に投げ飛ばされた。

「さすが……本橋さん、強い。つぇぇぇ……かっこいい。俺はあん中に入ってなくてよかったな。アイちゃんも見てた? 怖そうな顔しちゃって……そんな顔も可愛いね」

 アイちゃんはサエちゃんとひそひそ話をして、手をつないで小走りで行ってしまった。サエちゃん、アイちゃんと手をつなげていいなぁ。俺もアイちゃんの可愛い手を取りたい。だけど、夜中にアイちゃんの顔を見られたのだから、それだけでもよかったことにしよう。

 そんなふうにちっちゃな想い出だったら残してくれたアイちゃんが、お空の上に旅立っていった。
 教えてくれたのはサエちゃんだ。俺はアイちゃんが学校に出てこないのを疑問に感じてサエちゃんに質問し、病気だと知った。知ってはいてもなんの行動も起こせないでいるうちに、アイちゃんの命のともしびは消えてしまった。

 春から夏へ、秋へとうつろった季節はもう冬。芽生えた恋のつぼみは花開くこともなく、枯れてしまった。俺の青春ってやつもこれで枯れてしまうのかな。
 おまけに、合唱部では一の親友だった木村章も退学してしまった。アイちゃんも章も、俺にひとことの相談もなしに消えてしまった。

「だけど……ね」

 逝ってしまったアイちゃんを想って落ち込んでいたくせに、いつしか俺は立ち直ってきている。サエちゃんとつきあうようになって、本橋さんや乾さんに励ましてもらって、元気を取り戻しつつある俺に罪悪感もなくはないのだが。

「だけど、俺は若いんだもん。枯れた樹だって春になればまた花をつけるんだ。二年生になるまでには絶対にもとの幸生に戻るからね。俺と恋人同士にならなかったことを、アイちゃんだって後悔してるんだろ? アイちゃん……好きだったよ」

YUKI/19歳/END










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167「苦労したからって」

ショートストーリィ(しりとり小説)

しりとり小説

167「苦労したからって」

 おばさん女子会、いささかの自虐を込めて恵子たちがそう呼んでいる集まりだ。短大時代の友人グループと三十五年以上、よく続いているものである。

 五十代も終盤になったかつての女の子たちは、最初は八人グループだった。そのうちの三人は海外暮らしだったり親の介護だったりで来られなくなっているので、現在は五人。全員がそろうのは年に一度くらいだが、二ヶ月にいっぺん、ランチ会だの飲み会だのをやっていた。

「息子が結婚するって言い出したのよ」
「あら、おめでとう」
「うちの娘は結婚のケの字も言い出さないなぁ」

 ひとりは独身、ひとりは既婚子どもなし。ひとりはバツイチ、子どもふたり。恵子ともうひとり、好美とには夫と子どもがいる。恵子には息子がひとり、好美には娘と息子がひとりずつ。好美の娘は三年ばかり前に結婚していて、今度は息子が結婚したいと女性を家に連れてきたのだそうだ。

「三つ年下の銀行員なのよ。私たちのころって銀行は高卒で入って結婚までの腰かけって感じだったけど、今どきはそうでもないのね。彼女もいい大学を出て、銀行では一般職だけど給料もよくてしっかりしてるの」
「私たちのころだって大卒の女子銀行員はいなかった?」
「いたかもしれないけど、そんなにたくさんはいなくなかった? 私としても息子の嫁は仕事人間よりも、一般職の正社員くらいのほうがいいからいいんだけどね」

 銀行員についての話、短大時代のあの子も銀行に就職して、すごいエリートと結婚したのよね、というような話題も繰り広げてから、好美は息子の結婚相手について語った。

「美人ってほどでもないけど、まだ三十にはなってないし、細すぎず太すぎずでいい子を産めそうな腰つきをしてるのよ。外見もまあまあかな。私としてはもうちょっと美人のほうがいいんだけどね。うちの息子、けっこうイケメンだもんね」
「そうよね。イケメンだわ」
「イケメンって意外と、相手の顔にはこだわらないものみたいよ」
「顔顔ばっかり言う男よりもいいじゃない」
「好美ちゃんの育て方がよかったんだね」

 そうかなぁ、好美の息子ってイケメンか? とは思ったのだが、恵子も適当に相槌を打っておいた。

「一度は挨拶に来ただけだから、突っ込んだ話はしなかったのね。息子も先方さんに挨拶に行って正式に婚約して、結納の話なんかも出てきたところ」
「結納、するのね? 結婚式もするの?」
「当たり前じゃないの。うちの主人の仕事柄も、結婚式なしなんて駄目よ。娘のときにも豪勢なほうだったんだから、息子も差別なくやるつもり」

 写真を見せてもらった記憶のある、好美の娘の結婚式はたしかに豪勢だった。好美の夫は有名な企業の役職者で、好美は専業主婦。娘も息子も好美の夫のコネで同じ会社に就職したと聞いていたから、父親の立場上、というのもあるのだろう。

「婚約者の家はほんとに庶民で、お母さんは高卒らしいのよね。お父さんは高専卒の技術者だって。親の学歴がないってのは気にならないでもないけど、息子は親と結婚するわけじゃないんだから許したの」
「好美ちゃん、寛大だね」
「私も娘が結婚したがる相手の学歴だったら気になるけど、親まではいいわ」
「そうかなぁ。私に娘がいたら、親の学歴も気になるわよ。だって、それってその男性の家庭のバックボーンってことでしょ」

 子どものいない既婚者も発言し、そんなの気になるの? と独身者も言い、しばしその件についての議論になった。まあね、それでも親だから、問題は本人だから、と好美がしめくくり、そして言った。

「問題は本人。そこにちょっとだけ問題があるのよ」
「なになに?」
「実はね……」

 声をひそめて好美が言うには、彼女、同棲経験があるらしいの、だった。

「何度か彼女を我が家に招いて、食事をしたりしていたのね。彼女のお行儀を見たいからっていうのもあったわ。エプロンを持ってきて手伝いもするし、合格かなって思っていたの。いずれは同居するかもしれないんだから、躾の悪い娘なんていやじゃない?」

 なんとまあ、私と同世代なのに保守的だな、と恵子は呆れていたが、他の三人はうんうんと同意していた。

「そうして結婚式の話なんかをしていて、同棲なんか絶対に駄目よ、って話題になったのね」

 結婚式前に一緒に暮らして、そのあとで式を挙げる。入籍も前後してしまう。そんなの、お母さんは嫌いだな、と好美が言うと、彼女の表情がちらっと動いた。そのことを彼女が帰ったあとで尋ねると、息子が言ったのだそうだ。

「彼女、三年くらい前に婚約したことがあるんだって。お母さんが言ったように、結婚式を挙げてその日に入籍もするつもりで同居してたんだよね。その時点で彼の浮気が発覚して別れたそうなんだよ」
「ええ? 同棲していたってわけ?」
「そうなんだけど、同棲っていってもそういう事情なんだから……」
「だけど、婚約破棄もしたんでしょ? そんなときに浮気されるなんて、彼女のほうにも落ち度はあるんじゃないの?」
「男が浮気性だってだけだろ」
「……なんだかいやだな。真っ白じゃないのよね」
「お母さん、ひどいこと言うなよ」

 息子と喧嘩になったのだと、好美は吐息をついた。

「同棲っていってもそれだったらね……」
「男を見る目がなかったのかもしれないけど、好美ちゃんの息子さんと結婚するって決めたんだから、今度こそよかったんじゃない?」
「私もそれだったら許すわよ」
「そうだよね。だらしない同棲をしてた女なんて絶対にいやだけどね」
「だらしない同棲ってどんなの?」

 浮かない顔の好美をよそに、同棲談義になった。恵子が質問すると、友人たちは口々に応じた。

「結婚する気もないのに同棲したとか」
「軽い気持ちで一緒に暮らしてじきに別れたとか」
「じきに別れたんだったらまだいいけど、ずるずる長く同棲していたとか」
「同棲はしなくても、結婚しないでつきあってるだけのカップルっていやよね」
「独身主義だとかかっこいいこと言っちゃって、だらしないだけじゃない」

 この中で唯一の独身の友人は、私には長年彼氏もいないから、そんな経験ないわ、と笑っていた。

「そんな私も若い子のだらしない同棲はいやよ。けじめがないしふしだらだもの」
「だよね」

 で、好美ちゃんはどうするの? と質問された好美は、悩んでるのよ、と答えた。

「ご主人はなんておっしゃってるの?」
「そのようなのだったら同棲というよりも、結婚がこわれた女だな。うーん、とか言って、主人も悩んでるわ」

 ほんとにまあ、私の友達連中って古いわ。恵子としてはびっくり気分だ。恵子の息子の保が同棲経験のある女性と結婚すると言ったら? 過去は過去として清算しているのだったら、いわゆるだらしない恋愛の果ての同棲だってかまわない。ひきずっていなかったらそれでいい。

 結局、好美の息子はその彼女と結婚したらしいが、そんなお姑だと大変だなと、恵子は彼女に同情していた。
 それから数か月のち、恵子の息子の保も、結婚したい相手だと女性を我が家に連れてきた。

「美保さんはお綺麗ね」
「だろ?」
「いえ、そんな……」

 夫とふたり、美保と名乗った息子の婚約者と向き合う。息子の嫁は美人のほうがいいと言った好美を笑ってはいたが、その気持ちが今になってわかる。が、不安もあった。

「そしたらもてるわよね」
「母さん、失礼だよ」
「失礼かもしれないけど、恋愛経験は豊富なんじゃないの? いえ、それがいけないとは言ってませんよ。美人のお嫁さんだと母親としては心配だなぁって」

 笑い話にしてしまおうとしていたら、息子が真顔になった。

「美保さんは初婚なんだけど……」
「はい?」

 初婚なんて当たり前じゃないか、と感じた恵子に、息子が爆弾発言をした。

「子どもがいるんだよ。男の子だ。美保さんは未婚の母なんだよ」
「恋愛経験は豊富ではありませんけど、そのときには本気で恋をしました。だけど、私は結婚はしたくなかったんです。彼も結婚は考えられないと言って、でも、出産はしたかったから産みました。私にも息子がいますから、保さんのお母さんのお気持ちを考えたら……プロポーズはお断りしたんですけど……」
「母さんはそんな保守的なひとじゃないよね。父さんもだよね。俺は美保さんの息子を、一緒に育てていきたいんだよ」

 ふたりして、恵子を凝視する。夫までもが恵子を見つめる。
 ね、母心がわかったでしょ? 美保さんって苦労はしてるんだろうけど、だからってそれとこれとは話が別よね。友人たちにもそろって見つめられている気がする。

 許したくない……許せない……許せるわけがない……けれど、息子の信頼も裏切りたくない。友人たちにしたり顔で、やっぱりね、と言われたくない。恵子の胸には葛藤が渦巻いていた。

次は「て」です。















 



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FS動詞物語「すだく」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

秋「すだく」


 いささか特異体質なのかな、と俺は思うが、章に面と向かっては言わない。が、彼は次第に酔ってきたらしくて、てめえは変だよ、変態だよ、とまで言い出した。

「変態ってのはちがうだろ」
「変態じゃねえかよ。俺はこんなに苦労してるってのに……」
「苦労なんかしてないじゃないか。努力してないからやめられないんだ」
「そんなに簡単にやめられるもんか」
「俺はやめられたよ」

 酔っ払いがくだを巻いている。章だって飲んでいるし、この店でたまたま近くの席にすわっただけで、音楽が好きだと言うので相席した、佐々木という姓しか知らない男も酔っている。さっきから同じセリフの繰り返しになっていた。

「煙草、吸っていいかな」
「いいよ」
「あんたらは吸わないの?」
「シゲさんはもとから吸わない。俺は二十歳前後くらいには吸ってたけど、やめたんだ」
「禁煙、大変だっただろ」
「いや、別に……」

 そこからはじまった会話だ。
 スタジオで全員で歌の練習をし、本橋さんと乾さんと幸生はさっさと帰ってしまった。デートかな、いいなぁ、と俺がうらやましく思っていると、残っていた章が言ったのだ、うう、金がない、と。
 だったらおごってやろうか、俺はなくもないよ、と応じて、ふたりで飲みに来た居酒屋だ。フォレストシンガーズは全員、現在のところは給料は同額だから、章が金がないのなら俺もない。いや、俺のほうがデートだなんだと使わないから裕福なのかもしれない。

 デートがなくて裕福でも嬉しくないけど、先輩の義務として後輩にはおごってやらなければならない。章とふたりでぐだぐだと酒を飲んでメシを食っていると、佐々木くんが話しかけてきたのだった。

 話題が煙草になり、禁煙になり、果てしもなくふたりで、禁煙は簡単にはできない、簡単だよ、とやりあっている。俺も煙草はたまには吸ってみたが、習慣になるほどではなかったから会話に入っていけない。

 うちでは幸生と乾さんが煙草を吸う。本橋さんは機嫌が悪いと、煙草はやめろ、とふたりに怒っているが、平素は黙認の形だ。喉にはよくないとはいえ、精神にはいいらしい煙草。悪の葉っぱはおいしいな、と幸生は言う。悪ってほどでもないのだから、俺だってとやかく言うつもりはない。

 かつてはロッカーだった章は、ロックバンド時代には吸っていたらしい。ロックバンドの楽屋が煙でもくもくだなんてのは、俺にも想像しやすい。

「煙草なんてのは経済的にもったいないから、やめようと思ったんだよ。俺たちはプロのシンガーではあるけど、金はないんだ。シゲさんがおごってくれるってのもこんな安い店だし、あんたとだって気軽に飲んだり喋ったりしてるだろ。芸能人なんだろ? ってあんたは不思議そうに言ったけど、俺らはそこらへんの芸能人みたいに高級じゃないんだよ。その話はいいとして……」

 変な自慢だと自覚したのか、章は言葉を切って佐々木くんに指をつけつけた。

「デビュー前の俺はフリーターで、もっともっと金がなかったんだ。メシを食うのはやめられないし、家賃や光熱費や洋服代だっている。ギターのピックを買ったりCDを借りたりっていうのもやめられない。やめられるものは……って考えたからまずは煙草だったんだ。よし、煙草をやめようって決めたら簡単にやめられたよ」
「いくつの時?」
「二十一だったかな」

 先刻からこの会話も、何度も聞いた。

「二十一だったら煙草を吸いはじめてから短いだろ」
「大学生になってから吸うようになったんだから、短いな」
「俺は高校のときから吸ってて、十年になるんだ。だから長いんだよ。そんでやめるのがむずかしいんだ」
「ちがうだろ。意志薄弱っていうんだよ」
「そうじゃなくて……」

 ああ、もう、いい加減にしろ、俺の耳にたこができた。たこを刺身にしてもっと酒を……幸生が言いそうな下らないシャレが浮かぶほど、このふたりは堂々巡りで同じことばかり言っていた。

「シゲさんはどう思う?」
「さっきから言ってるじゃないか。体質によってちがうんだろって。佐々木くんは煙草、やめたいのか」
「やめられたらいいけどね。俺はあんたら以上に安月給だもん」
「同じようなものかもしれないけど、だったら努力しろよ」
「あんたまで俺を意志薄弱だって……」
「そうは言ってないよ。そろそろ出ようか」

 キリがないので俺が先に腰を上げた。章は佐々木くんと口論をしていた分、酔いが浅いようなので寝てはしまわないだろう。章と飲んで寝られてしまうと、俺がおぶって送ってやらないといけなくなる。そんなことをしても嬉しくもなんともないので、その事態は避けられるようなのはほっとしていた。

 が、ふたりはまだ口論している。だけどなぁ、煙草はそんなに簡単には……うるせえな、俺はやめられたよ、とのやりとりが続き、俺はとりあえず支払いをしてから外に出た。

「シゲさん、俺にもおごってくれんの?」
「あつかましいんだよ。てめえは払え」
「なんだよ、木村はおごってもらったんだろ」
「シゲさんは俺の先輩だけど、おまえは通りすがりだろ」
「……俺はおまえよりも年上だぞ、なんだよ、その口のききかたは」
「年上なんだったらおまえが払えよ」

 口の達者な男が他にも二名いるので、フォレストシンガーズでは章の口はさほど目立たない。しかし、このメンバーならば目立っていた。章に言われて佐々木くんがぐっとなる。店を出て駅のほうへと先に立って歩いていた俺は、足を止めて言った。

「いいよ、俺が出すから」
「あんたも俺よりも年下だろ」
「俺のほうがひとつだけ下だね。まあ、だけど、いいじゃないか……」
「わっ、シゲさんっ!!」
「え?」

 いきなりもいきなり、佐々木くんが俺の腰にタックルした。他に人通りがなかったからよかったものの、俺ははずみで道端の街路樹に頭から突っ込んでしまった。

「なにすんだよっ、てめえはっ!!」
「くっそーっ!!」
「おい、こら、佐々木!! てめえは酒癖が悪いのかっ!!」
「俺を呼び捨てにすんなっ。年下のくせに……簡単に禁煙できたからって、芸能人だからってえらそうにすんなっ」
「……支離滅裂だな。シゲさん、大丈夫?」

 体格は幸生くらいの佐々木くんなので、章にもなんとか引き剥がせたのだろう。泣き上戸なのか、佐々木くんは地面にすわり込んでうなだれて鼻をすすっている。俺は頭を振った。

「あ、ああ、大丈夫みたいだよ。脳震盪……起きてないみたいだな」
「むかつく奴だな。ここに放っていきましょうか」
「そう言ってやるなよ。あそこに公園があるから、ベンチにすわって佐々木くんを落ち着かせよう」
「シゲさんってつくづく、人がいいよね」

 人が悪いよりはいいだろ、と言い返して、佐々木くんを立たせて公園に連れていった。
 夏の終わりの都会の夜。終電にはまだ十分間に合う。寂しさも感じるような声で、虫が鳴いている。デビューしてちょうど一年、俺たちはこれから、どこに行くんだろう。

「章みたいな声だな」
「なにが?」
「綺麗な虫の声だよ。こういうのを「すだく」っていうんだろ」
「そうだった。俺も乾さんに教えてもらいましたよ」
「俺もだよ」

 慣用句や短歌やことわざや、文系のそれらはなんだって乾さんが教えてくれる。文豪の名前や花の名前も教わって、俺の知識が増えていく。本橋さんのほうは理系だから、そっちの知識は彼が授けてくれていた。

「あの居酒屋でもこんな感じでした?」
「居酒屋の賑わいはこんなに綺麗なもんじゃなかったぞ」
「殷賑とかいうんだっけ?」
「殷賑もちょっとは近いかな。ってよりもあれは喧騒だろ」
「だけど、居酒屋もすだいてましたね」
「すだいてた、って言葉があるんだろうか」

 乾さんに訊いてみよう、と同時に言って、ふたりして笑った。俺は章をあまり好きではないと思ったりもしたが、こんな一瞬、一瞬が積み重なって親しみが増していくのかもしれない。その意味では、佐々木くんがあらわれてくれたのも無駄ではなかったのかもしれない。

 章と俺にはさまれてめそめそしていた佐々木くんは、いつしかいびきをかいている。すだく虫の音、風流さに水を差す無粋な男のいびき。乾さんだったらこんなときには一句ひねるのか。本橋さんだったら空を見上げて、夏の星座を教えてくれるのだろうか。


SHIGE/24/END










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花物語2017/1 「Fluttering petals」

ショートストーリィ(花物語)

kiku.jpg
花物語2017

一月「Fluttering petals」

 店に置く雑誌のたぐいは、半月に一度くらいは入れ替える。菊花が営む大衆食堂の定休日も半月に一度なので、その日に古くなった雑誌を引き上げてきて自室で全部ざっと読む。菊花にとってはいちばん心安らぐときだ。

 パートを何人か雇っているし、娘も一緒に働いてくれているので、菊花の休日は週に一日取れる。忙しいのはありがたいことだと自分に言い聞かせて、それでも休めるのもありがたいと感謝している。今日は休みなので、掃除をすませて洗濯をしながら、店から持ってきた雑誌を読んでいた。

天気が悪くて、今日は洗濯をしても無駄かと思っていたのだが、夕方になって晴れてきた。休みの日に洗濯ができるのもありがたい。

「これ……あの一子?」

 ひとりごとに応える者はいない。このアパートで菊花は娘と同居しているのだが、店の定休日以外の休日は同じではない。今日は菊花だけが休みなのだった。

「……だよね」

 小学校から大学まで、望んだわけではなく偶然同じになった。友達ではなかったのだから、大学を卒業してからはどうしていたのか互いに知らない。菊花のほうはちょっとしたスキャンダルの渦中にいたこともあるので、一子は知っていたかもしれないが、一般人の一子が大人になってからについては、菊花はまったく知らなかった。

 その一子の名前で、週刊誌に手記が掲載されている。菊花の名前も出てきていたので、食い入るように記事を読んだ。

「あの、殿辻リナさんと山村啓二さんの娘、菊花さんとは友達でした。
 生まれつきは全然ちがうんですけど、学校が同じだったんですよね。私のほうが勉強はできたんだけど、菊花さんは有名人枠で大学に入ったんじゃないかな。だって、あの殿辻リナと山村啓二の娘なんですもの」

 なんで友達だったなんて書くの? それよりも、なんであの一般人の一子が手記なんて? 疑問でいっぱいになって記事を読み進めていった。

「あれはもう三十年以上も前の事件だから、覚えてない人も多いでしょうね。
 殿辻リナさんはフランスでも活躍していたトップモデル、山村啓二さんは菊花賞を獲得したキクヒメビジンの騎手として、一躍脚光を浴びた男性です。

 ふたりの娘が菊花さん。
 菊花賞がほしかったからつけた名前だって、山村さんはテレビでも言ってました。
 トップモデルでもあり、後には起業して実業家になったリナさんの名前と、芸能活動もするようになった山村さんとの相乗効果で、あの夫婦はどんどん有名になっていったんですね。

 もちろん、娘も鼻高々でしたよ。
 平凡な公務員夫婦の娘である私なんかは、そのころには菊花さんに見下されるようになっていたんだけど、ま、しようがないかな。

 だから、大学を卒業してからは友達じゃなくなって、菊花さんがどうしてるのかは知らなかったんです。私は平凡に公務員になりました。

「菊花賞騎手の山村啓二、仏ファッション界で活躍中の殿辻リナ夫婦が脱税!!」

 こんな記事が週刊誌に載り。

「結婚するつもりでしたよ。しかし、親があれではね。考え直すつもりでいます。子ども? 彼女は産むと言っていますので、出産したらDNA鑑定をしますよ。認知などについては結果が判明してからですね」

 当時、菊花さんがつきあっていた年配のスター俳優はこう発言しているとも出ていました」

 そう、菊花にとっては苦い想い出だ。

 父親のコネで菊花も芸能活動をするようになっていたものの、思うようには売れない。母は、タレントなんかやめて私の仕事を手伝えと言う。それもいいけど、スターになりたいな、もうちょっとだけ芸能界でがんばろう、と菊花は思っていた。

 つきあっていた年配のスター俳優とは、父の友人だった山田トップ。芸人出身なのでトップという芸名だが、恰幅のいい体格の渋い二枚目だった。
 六十歳近いトップはバツ三だったか。年下好みで、菊花に熱烈なアプローチをしてきた。

「あんたみたいな年寄りに、うちの娘をやりたくないよ」
「そう言わないで。幸せにするからさ」
「いやだ。あんた、あつかましすぎるよ」

 トップと父がもめていた矢先、菊花の妊娠が判明した。菊花としても六十近い男と結婚までは考えていなかったのだが、できてしまったのだし、年を取っていても金持ちだし、サラリーマンではないのだから定年もないし、と考え直した。父も、できちゃったんだったら仕方ない、と肩を落とした。

 結婚は三度もしたものの、子どもはいなかったトップは狂喜し、菊花に改めて熱烈にプロポーズした。ものすごくゴージャスな婚約指輪と、ベンツをプレゼントされた。

 その矢先も矢先だ。両親の脱税が発覚したのは。
 事実なのだから父も母もうなだれるしかなく、菊花も否応なく巻き込まれた。菊花自身の収入はたいしたこともなく、脱税などしていなかったので問題なかったが、友人や取り巻きは遠ざかっていった。

「あんな親の子なんだから、おまえの腹の子だって……」
「DNA鑑定はしますよ。あなたの子にまちがいなかったら認知はしてね」
「認知はするけど、あんな親の娘であるおまえが母親なんだから、その子もなぁ」

 てのひらを返したのはトップも同様。彼はスターだったのだから、婚約者の両親の巻き添えはごめんだったのだろう。

 やがて娘が産まれ、DNA鑑定の結果、トップの子どもであるのはまちがいないと判断された。菊花には他にもボーイフレンドはいたから、実はほっとしたのであるが。

「だけど、そんな態度のあなたとなんか結婚したくない。養育費はお願いしますね」
「あ、ああ、それでいいんだったら出し惜しみはしないよ」

 手切れ金として指輪とベンツはもらい、売り払い、その資金でカフェをはじめた。両親とは縁を切ったような形で、養育費だけはしっかりもらい、トップも約束を守ったので、娘の小菊をちゃんと育てられた。

「小菊もお父さんのコネで、アイドルにでもしてもらう? せっかく可愛く生まれたんだもんね」
「うん」

 幼いころには小菊もそのつもりだったようだが、長ずるにつれて芸能界はいやだと言い出した。いやなものを無理強いする気もないので、娘の望むままにアメリカに留学させた。

 その間にカフェを二軒ほどつぶし、焼肉屋、お好み焼き屋と商売替えをして、トップの援助もあったのでそれほど苦労は知らずに菊花は生きてきた。両親はあの事件のせいで大変なようだが、脱税なんぞするからだ。自業自得だとしか菊花には思えない。おかげで私も巻き込まれて嫌な思いをしたんだからねっ、との怨みがあるので、親には近づかない。

「あら、いつ帰ったの?」
「お母さん、私もお母さんの店で働くよ」
「いいけど……なにがあったの?」
「別に」

 突然帰国した娘は三十歳。菊花は五十五歳。別に、としか小菊は言わないが、手ひどい失恋でもしたのか。なにかを目指して留学したわけでもないので、なににもならずに帰ってきて大衆食堂の看板娘におさまっている。

「看板娘って歳でもないけどね」
「お母さんこそ、いつの間に大衆食堂になったの?」
「なんでだろうね。いつの間にか……」

 それでもまあ、きちんと暮らしていけているのだし、大衆食堂は流行っていて、常連さんたちに小菊はもてている。そのうちには常連さんたちの中の誰かと結婚するのではないかと菊花も期待していた。

 まあまあ幸せな私とちがって、一子は?
 手記を発表するくらいなのだから、なにかあったのだろう。手記は佳境に入ってきていた。

「私は公務員になり、三十一歳で同い年の警察官と結婚しました。
 恋愛というほどでもなかったけど、一生、独身でいるのは避けたいなって、夫も私もその部分で意見が一致したんです。ともに公務員でしたから、親も固い職業でしたから、価値観も似ていたんです。

 特になにもなく、結婚生活は続きました。
 三十二歳で長男を、三十四歳で次男を、三十六歳で三男を、男の子ばかりでしたけど三児の親になれて、人並みの苦労はしましたけど、子どもたちは成績優秀ないい子に育ちましたよ。

 うちの子たちは悪いことなんかしていないんです。
 これだけは絶対に本当なのに、ネット上であることないこと書かれて、夫が逆上してしまったんですね。
 なにが起きたかなんて私は言いたくないけど、書かないとわからないひともいるんですよね。私たちは被害者なのだからはっきり書きます。

 三男がレイプされました。
 そうです、男ですけど、三男は眉目秀麗で、女装趣味がありました。誰にも迷惑かけてないんだからいいでしょう? 似合ってますよ。私もはじめて知ったときにはびっくりしましたけど、できれば性転換したいとまで言って、そうね、ひとりくらい娘でもいいかなって。

 そんな子だからってレイプされていいんですか? そんなはずないでしょう? 妊娠もしないんだからいいって? 三男が誘惑したんだろって? 世論はそうなんですね。

 男性が男性を、という場合、傷害罪にしかならないんですね。
 でも、三男は心をも傷つけられて病んでしまっています。夫は三男の女装趣味は受け入れられなくて怒っていたんですけど、この事件で逆上して、犯人を撃ちました。犯人のところに乗り込んでいって話をしようとして、揶揄されたりしてかっとしたと、私はその場にいたわけではないので又聞きですが。

 どんな事情があれ、警察官が拳銃を私用に使って人を撃った。許されることではありません。犯人は軽傷を負っただけですが、夫は職場に辞表を出しました。当然ですね。
 私も公務員でしたので、夫の懲戒免職に従って職を辞しました。公務員の宿命ですね。

 加害者は軽い罰を受けただけで、フリーターだったらしいから社会的にも特に制裁を受けたほどでもなく、被害者一家はこんなふうになって。
 世の中って変なものですね」

 そうかぁ、手記を読み終えた菊花はため息をついた。
 この記事の中で菊花と一子が友達だったとされている意味は不明だが、話のとっかかりとして菊花の名前を使いたかっただけか。過去とはいえ菊花は一時は時のひとだったのだから。

「ただいまぁ」
「おかえり。ねぇ、小菊、この事件、知ってる?」

 帰宅した娘に雑誌を見せると、タイトルを見ただけでうなずいた。

「知ってるよ。お母さんはネットとか見ないから、なんにも知らないんだよね」
「私はネットって嫌いなのよ」

 三十年前にはインターネットは発達していなかったから、菊花は世間のおもちゃにされるようなことはなかった。だが、最近のネットでの噂話を知ると、こんなものとは関わりたくないと菊花は思うのだった。

「これがどうかしたの?」
「私の名前が出てきてるでしょ」
「あ、ほんとだ。菊花さんって書いてある。じいちゃんばあちゃんのことも書いてあるね。友達だったの?」
「友達ではないけど知り合いよ。一子ちゃんの中では、友達だってことになってるのかね」

 だったら、仕事をなくしたらしき一子を、うちの店で雇ってあげたらどうかと思うの。菊花がそう口にすると、娘はふっと鼻で嗤った。

「あのさ、なんでこんな手記を出したのかっていえば、本が売れたからだよ。本が売れて話題になったの。だからもっと簡単な手記を書いてって頼まれたんじゃないかな。お母さんと知り合いだなんて知らなかったから私も別に興味はなかったんだけど、その本、ベストセラーだってよ。何千万と儲けたはずだよ」
「ほんとに?」
「ほんとほんと。ベストセラーって儲かるんだねぇ」
「本には私の名前は出てないの?」
「聞いてないよ。週刊誌だとお母さんの名前が効くとか?」

 なんだ、同情して損したわ。ならば私も、私が脱税犯の娘として経験したあの事件を本に……いやいや、私には文才がないから無理か。つまらなそうな顔をして着替えにいった娘に、菊花は言った。

「もうこんな時間なんだ。読むのに夢中になってて夕飯、まだだわ。なんかおいしいもの食べにいこうか」
「私は店で食べたよ」

 つきあってよぉ、と言いながら、菊花は雑誌をゴミ箱に放り込んだ。

END

花物語2015/十一月「菊花賞」の続編です。
私は続編を書くのが好きでして。








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FS動詞物語「降りしきる」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

夏「降りしきる」

 けぶるような雨の中、ひとり、歩く。あとは帰るだけだ。夏雨じゃ、濡れて行こう、ってか。ふふっと笑ったとき、むこうから来た男に突き当りそうになった。

「あ、乾さん、こんばんは」
「こんばんは。今から取材ですか」
「そうなんですよ。ああ、そういえば……」
「そういえば……?」

 意味ありげな笑みが神経に触った。
 フォレストシンガーズがデビューして一年ほどたったころだったか、ぼちぼち音楽雑誌に取り上げられるようになって、彼の取材を受けた。

 フリーライター、山崎聡、という名刺をもらい、山崎ってうちの社長と同じ名前ですよ、年齢は? 本橋や俺と同い年だね、と話して親しみを感じた。
 それから二、三度、彼のインタビューを受けたのだが、最近は会う機会がなかった。がっしりした体躯の印象的な男だから、久しぶりでもすぐに思い出した。

「フォレストシンガーズは売れましたな」
「おかげさまで。山崎さんは音楽の仕事を?」
「いや、音楽の記事だけじゃ食っていけないんで、広範囲に手を広げてますよ。今夜はカーディーラーに取材しにいくんですが、乾さんにもまったくの無関係じゃないし、食事がてらご一緒しませんか」
「俺がですか」

 取材に俺が同行してなんになる? とは思ったのだが、俺にも無関係ではない相手だと言われると気になった。若い男のカーディーラー? 俺が車を買った会社の社員でもなさそうだが。

「来ればわかりますよ。忙しくはないんでしょ」
「今夜は帰るだけだし、俺もどうせ食事はするつもりですけど……」
「だったら行きましょうよ」

 たまには早めに帰って自分で料理をしようかと思っていたのだが、この意味ありげな態度はかなり気になる。山崎がカーディーラーと待ち合わせをしている店は近いと言うので、彼が止めたタクシーにともに乗り込んだ。

「織田です。取材ってひとりでするんじゃないんですか」
「彼は俺の助手みたいなもんですから、気にしないで」

 この男はフォレストシンガーズの乾隆也を知らないようだ。そういうシンガーズがいるぐらいは知っていても、個々の顔や名前までは知らない方のほうが多いのだから、珍しい話でもない。山崎が紹介してくれないのは意図があるのだろうから、名前だけを告げた。

「乾です。勉強させてもらいます」
「ああ、どうぞ」

 乾なんてさしたる珍姓ではないし、織田は特段の反応は示さなかった。彼は俺とは無関係ではない? どういう意味なのだろう。なのに、フォレストシンガーズの乾隆也を知らないのか? 俺は彼を知らないが、彼はフォレストシンガーズの乾隆也を知ってはいても、目の前にいる男がその本人だと気づかないだけなのか。

 外には静かな雨の降る夏の夜。なんでも食べて下さい、と山崎が勧め、織田は洋風定食コースを選んだ。山崎も俺も同じものを注文して、食事の間は織田の仕事の話を聞いていた。不景気ですから、我々もつらいですよ、みたいな世間話のようなものだった。

 さて、それでは、といった調子で、食事が終わってコーヒーになったところで、山崎が切り出す。俺は彼の助手だというのだから、そのつもりで聞き役に徹していた。

「千鶴ってほんとに女優なんですね。劇団の研究員とかで、女優だって言ってるのは見栄を張ってるのかと思ってましたよ。こうして雑誌のひとが取材に来るぐらいなんだから、本当だったんだな」
「まあ、レベルとしては無名の劇団員に近いけど、話を聞いておけば使えるかもしれませんからね」
「やっぱその程度? だろうな。あれからだって彼女をテレビで見たりはしませんものね」
「映画の端役では出てるみたいですよ」

 佐田千鶴か。女優の千鶴、俺とは無関係ではないと山崎が言ったことからしても、レベル的な話からしても、この千鶴は佐田千鶴だと思える。俺はまさに、その映画の端役としての関わりで千鶴と知り合った。俺はただ無言で、山崎と織田の会話を聞いていた。

「女優なんてのはあんなもんなんですよね、誰でも」
「それは人によるでしょうけど……千鶴さんはそうだったんですか」
「あいつのほうから誘ってきましたからね。裸を見せてあげようか、みたいな」
「なるほど」
「僕としてはそのときにはお客だとしか思ってなかったけど、綺麗で色っぽい子なんだから、あんな子に誘われて断る男はいないでしょ」
「そうかもしれない」
 
 映画では共演したわけでもないのだが、なぜだか、乾隆也と佐田千鶴のセクシャルなポスターを撮影するという話になった。千鶴はたしかに肉感的で綺麗で、色気もある若い女だ。自分では太っている、特に下半身が太いと嘆いていたが、むっちりしているのはヒップラインだけで、脚は適度に細くて美しくのびやかだった。

 一枚、撮影したポスターで写真監督さんがなにかを感じたのか、セクシーさがエスカレートした写真をたくさん撮った。そうしているうちに千鶴が俺に好意を持ってくれるようになった。

 十六歳も年下の可愛い女の子。兄と妹のように、と呼ぶにはいささか過剰に甘えてくる千鶴に、俺も応えていた。千鶴は俺の恋人になりたがり、真剣なまなざしで、抱いてほしい、と、察してほしい、と訴えてきた。

 これはいけない、俺は十九の女の子とは結婚はできない。抱くだけだったら拒否する必要もないのかもしれないが、将来を考えられない女とそういう仲にだけなるのは、俺がしたくない。この次の恋は結婚に結びつくものにしたいから。

 ひとことで自分の心理を説明するのならば、そういうことだった。だから俺は千鶴を、そこまでは踏み込ませなかった。それでいて抱きしめたりはしたのだから、罪だったのかもしれない。千鶴は思い詰めて、エキセントリックな行動もしていた。

 そんな時期に織田は、千鶴と出会ったのか。彼の語るエピソードには針小棒大な部分もあるのかもしれないが、処女だと言っていた千鶴がはじめてベッドインした相手はこの男だったのか。他にもいたのか。

「ふーん、その程度じゃ使えないかな」
「そうですか……」
「面白いスキャンダル記事になるかと思ったんだけど、そんなもんか。いや、飲食代を払ってけとまでは言わないけど、それだけじゃつまらないな、な、乾くん?」
「そうなんですね、じゃあ、俺は失礼しますよ」
「ええ?」

 その程度なのかもしれないが、俺にしてみれば聞くに堪えない千鶴の痴態などをこれ以上聞かされたくない。織田は俺が千鶴と関わりがあったとは知らないのだからしようがないが、山崎はそうと知っていて俺をここに伴ってきた。なんの意図があって?

「乾くん、それじゃあライターの仕事なんかできないよ」
「そうですね。そうかもしれないけど、いいんですよ。今日はためになりました」
「あれ? きみが払ってくれるの? こんな下らない話を聞いて、食事代を払うのもアホらしくなってたところだったから、助かったな。俺が金欠だって知ってておごってくれるとは、いいひとだね」
「……助手に? いや、いいんだけど、だったらとっておきのこの話、しますよ」

 テーブルに、三人分の食事料金にはなるであろう金額を置いた。

 助手に払わせるのか? と言いかけたらしいのを途中でやめた織田のほうに、山崎が身を乗り出す。これでも帰るの? と俺に問いかける山崎をちらっと見て、俺は席を立った。千鶴と織田のとっておきの話なんぞ聞きたくもない。

 あの山崎の下卑た笑みは、あんな話を俺に聞かせたという意図を物語っていたのだろうか。
 昔は彼も俺たちも、下積みの若者だった。業界はちがっていても、上を目指して努力していた。その努力にどれほどの差があったのかは、俺は知らない。

 時の流れや時代の追い風や、世間の風潮、流行なども加わって、俺たちは一応は名の売れたシンガーズになった。一方、山崎聡は食っていくのにも苦労する売れないライターのままだ。

 つまり、そうなのか。やりきれない思いを抱えて、俺は小雨の中を歩く。努力ではどうにもならないことは、この世の中にはごまんとある。俺たちが嫉妬される立場になったのは喜ぶべきなのかもしれない。そのくらいしたたかでないと、この世の荒波を渡っていけないのかもしれない。

 でも、俺はそんなふうには思えない。甘ちゃんだな、乾隆也は。
 織田とベッドに入ったときの千鶴の心境やら、そんな話を織田がすると知っていて俺に会わせた山崎の心境やらがごっちゃになって、雨に混じって夜空から降ってくる。

 小ぬか雨程度の夏の雨が、妙につめたく鋭く突き刺さる。織田が口にした千鶴のそのときが、俺の耳朶に残っている。そんなものも雨が洗い流してくれればいいのか、そんな必要もないのか。雨は俺の気持ちを知る由もなく、ただ降りしきる。


END










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FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2017/1

forestsingers

2017/1 超ショートストーリィ


 新年度の初仕事、新米シンガーズにとっては元日早々仕事があるということがめでたい。
 顔を合わせたフォレストシンガーズあと四人とも、マネージャーの美江子さんとも、社長とも、事務所の事務員さんとも、それから、仕事先の人々とも。

 おめでとう、おめでとう、と言い合って。

 年賀状なんてものを出す習慣はないが、去年の暮れには故郷の母にだけ出した。

「デビューが決まったよ」
 
 挨拶の他にはそれくらいしか書いていなくて、正月のどこがめでたいんだよ、みたいなことも書いた、章らしくおめでたいのに機嫌が悪いね、と母に笑われそうな賀状だった。

「乾さん、なんで正月がめでたいんですか」
「ふむ」

 改めて問い質すと、乾さんは得意のやつで応じてくれた。

「門松は冥土の旅の一里塚 めでたくもありめでたくもなし」

 それ、誰の俳句? 俳句じゃなくて短歌だ、一般的に一休さんだとされているが、定かではないらしい。
 と、幸生と乾さんが言い合っているが、そんなことはどうでもいい。

 俳句なのか短歌なのかもどうでもいいけど、なんだか生まれてはじめて、そういうのに共感した感じ。
 そうだよな、ひとつ年を取るってことは、一歩死に近づくってこと。この短歌がそう言いたいのだとはわかる。新しい年を迎えたのはめでたくて、だからってめでたいばかりじゃなくて。

 我々のデビュー二年目も、そんなふうになるんだろうか。

AKIRA/22歳/END

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大阪名物冬の御堂筋イルミネーション。















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FS動詞物語「咲き誇る」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

春「咲き誇る」


 舞い込んだのは招待状。
 しかも事務所にやってきた、フォレストシンガーズ、木村章さま宛の結婚式の招待状は、基勝利&山田妙子の連名で届いていた。

「山田って……美江子さんのなにか?」
「私には妙子ちゃんって知り合いも、親戚もいないけどね」
「たとえばいとこの娘とか?」
「私のいとこには、結婚するような娘のいる年齢のひとはいないよ」
「そしたら、もっと遠い親戚とか」
「なんでそんな人が、章くんを招待するわけ?」
「ですよね」

 日本には山田姓は多いのだから、山田美江子さんとは無関係でもおかしくはない。基勝利なんて名前の男だったら知っていたら記憶にあるだろうが、山田妙子……こんな平凡な名前は忘れてしまうかもしれない。

「友達を招待するんだったら、基さんのほうからの招待状じゃないの?」
「結婚式って異性の友達は呼ばないほうがいいって言うんですよね。基は記憶にないなぁ。俺の個人的な知り合いか。親戚にはこんな名前はいないはずだし、いたとしても俺を招待するとは解せないし」

 美江子さんとふたりして悩み、調べてみるか、面倒だったら無視すれば? と言われて調べてみることにした。基だか山田だか、どちらかがブログをやっているようで、URLが小さく記してあったのを見つけたからもあった。

「モトイとローザの結婚式カウントダウン日記」

 ブログタイトルはそうなっている。恥ずかしいタイトルだな、と思いながらも、ピンとくるものがあった、ローザ? もしかしてあのローザか。

 内容をざっと読んでみたところでは、モトイって奴は音楽スタジオを経営していて、ミュージシャンの知り合いも大勢いるようだ。カップルはかわりばんこのように日記を書いていて、Rの署名のある分がローザであるらしい。

「あたしが昔、ロックバンドをやってたのは前にも書いたよね。あたしの腕が今でもけっこう太いのは、ドラマーだったからだね。
 んでね、ロックバンドのメンバーのひとりがけっこう有名になってるんだ。彼に結婚式の招待状を送ったの。モトくんが彼の事務所のアドレス、知ってたから出してみた。
 来てくれるかなぁ、どきどき」

 やはりそうだ。辻褄は合う。このローザはあのローザだ。
 彼女の書いているロックバンドとは、ジギー。俺が大学を中退してその世界に飛び込んだのは、ジギーのギタリストでもあり、リーダーのようでもあったミミに誘われたからだった。

 ジギーのヴォーカル、アキラとしてスーパースターになるんだと夢見て、夢破れ、解散してうらぶれて、ベースのスーと再会して恋人になり、スーに捨てられてフォレストシンガーズの章としてプロになった。振り返ればあの数年間が俺の青春だった。

 ドラムのローザ、あいつの本名は山田妙子というのか。俺はメンバーの本名は知らないままで、スーが末子というのだと聞いたときにも笑ってしまってべそをかかれたが、妙子と末子だったら似たようなものだ。ミミもマリも本名ではなかったのだろうか。

 ハーフだかクォーターだか、ヨーロッパの血が入っていると聞いていたローザが、十年分ほど年を取った姿で写っている写真もあった。まちがいない。あのローザだ。日付を確認して、俺は招待状に出席の返事を出した。

「アキラが来てくれるなんて。嬉しいよ。ありがとう」
「いやぁ、これで僕らの結婚式にも箔がつきますよ。木村さん、ありがとうございます」
「シークレットゲストってことでさ、じゃじゃーんって登場してサプライズをやってくれない?」
「ぜひぜひ、お願いします」

 俺は客寄せパンダか、と言いたくなくもなかったのだが、okしてしまったのは、アキラというなつかしい呼び名のせいだったのかもしれない。
 他人には説明してもわかりにくいらしいが、「章」と「アキラ」にはニュアンスに差がある。俺はロッカーだったころには「アキラ」で、今は「章」だから、最近ではカタカナで呼ばれることははなはだ少ない。ローザと基と三人でチャットをやって、ローザが「アキラ」と表記したことにじんとしてしまったからもあった。

「有名人って誰だよ、って反応もあるんだよ」
「まだ内緒にしてあるんですけど、木村さんが登場してくれたら盛り上がりますよ」
「俺なんか知らないって人も多くない?」

 そんなことはない!! とふたりして断言してくれたので、引き受けた。

「他のみんなは?」
「ジギーの? 知らないんだよね。アキラは有名になってるし、モトちゃんが音楽の仕事をしてるから連絡できたけど、それだって、返事ももらえないかと覚悟してたんだもの」
「山田妙子って誰だ、だったよ」
「えへへ、ごめんね」

 字面でも照れているのが伝わってくる。大柄で気が強くて愛想のない女だったローザは変わったのか。俺が有名になったからだとしたら切なくもあるが。

「ローザって言っても覚えてないかと思ってたからもあったんだけど、嬉しかったよ」
「うん。俺もなつかしいからさ。そっか、他の奴らとは連絡取れないか」
「アキラだったら取れるんじゃないの?」
「ローザ、木村さんにそんなこと言っちゃ……」
「そんなことは言ってないけどね」

 つまり、俺に他のみんなの消息を調べて結婚式に呼んでほしいと? 俺はそこまで暇じゃないよ、と言うまでもなく、むこうはカップルで一緒にいるのだろうから、リアルに話もしているはずで、そんなお願いはされなかった。

 スーは結婚したと聞いた。ミミは俺が臨時ロックバンドをやったときに、ギターのチカの楽屋を訪ねてきたと聞いた。チカは女だから、俺は彼女の楽屋には入れなかったし、俺にはあとからしか教えてくれなかったのは、ミミが俺に会いたくなかったからか。

 あとはマリ、どうでもいいといえばどうでもいい女なのだから、ただなつかしいだけなのだから、会えなくてもいい。ミミにもマリにも会えなくていい。スーには……会わないほうがいいはずだ。

 時間があると三人でチャットをして打ち合わせをすませ、結婚式当日には俺はこっそり、会場のライヴハウスに行った。
 新郎新婦ともに音楽関係者なのだから、一般的な結婚式ではない。基がスタジオの経営者ってことは金持ちか。ローザもいい男をつかまえたってわけだ。音楽にあふれた結婚式になりそうで、俺も楽しみになってきた。

「アキラ、来てくれてありがとう!!」
「……お、ローザ、綺麗じゃん」
「きゃあ、アキラに綺麗だなんて言われるの、はじめてだ」
「はじめまして、木村さん、いらして下さって感激です」
「おめでとうございます」

 式は一般的ではなくても、基と俺の挨拶は常識的だ。ロッカーだって大人にならないと生きていけない。基はローザよりも小さくて、そこもまた微笑ましい。
 デザイナーの友達が作ってくれたというローザのドレスは、ニックネームと言うか、彼女の母親の国の名前としての「ローザ」、薔薇にちなんだデザインになっていた。

 純白のドレスに小さな薔薇の飾りが無数についている。昔からたくましいほうだった彼女がほっそりたおやかに見えて、お世辞ではなく綺麗だった。

「ギターを弾いて歌ってくれるんだよね。アキラ、よろしくね」
「本日のメインイベントですよね。僕も楽しみで感激で……」
「モトくんったら泣かないで」
「泣いてないけどね」

 結婚式というよりもパーティといった感じではじまって、一時間ほど経過。俺の出番だ。俺は銀のジャケットに白い革のパンツ、ロンドンブーツといういでたちでロックギターを弾き、歌った。春爛漫の今日、咲き誇る花は花嫁のローザ、そして、俺の青春だ。

「あー君をただ見つめてる
 咲きほこる花のように
 あー君に寄り添いながら
 咲きほこる花のように

 あの日見ていた 空は続いてる
 雨も風も嵐の日も

 あの日あの時 あの瞬間が
 もしもなかったらどうだろう

 君と逢えたから 僕はここにいて
 こうして生きてる アリガトウ アリガトウ!!

 あー君をただ見つめてる
 咲きほこる花のように
 あー君に寄り添いながら
 咲きほこる花のように」

 ほんのわずかに皮肉も混じっていなくもない。俺がこんな歌を選ぶなんて、それだけでも皮肉? とロック仲間にだったらわかるかもしれない。けど、わずか以外はマジに、俺はローザを祝福していた。

END









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FS超ショートストーリィ・四季の歌・隆也「冬の想」

番外編

フォレストシンガーズ

超ショート

「冬の想」

 寒いほうが好き
 泣きべそ顔をマフラーで隠して歩けるから
 つめたい風がびゅんと
 涙を飛ばしてくれるから

 モモクリ、正しくはフルーツパフェ。オフィス・ヤマザキ所属の後輩夫婦デュオのための歌詞を考えてながら、冬の道を歩く。メインヴォーカルのモモちゃんのイメージから、モモクリには明るいラヴソングが多い。乾隆也が作曲するのだから、今回はしっとりした失恋の歌を……。

 しっとりとはいっても、モモちゃんは元気な若い女の子だ。大人の女性の失恋ソングはまだそぐわない。心の痛みを知りそめて、大人になりつつある少女の気持ちを歌ってもらいたい。

 寒い金沢で育ったせいもあるのか、いや、より以上に寒い稚内で育った章は、冬も雪も大嫌いだが。
 なんのせいかは知らないが、俺も寒いほうが好きだ。俺の場合は、寒いほうが風呂と布団のぬくもりに幸せを感じられるからだが。

「みんなで仲良くぽちゃぽちゃお風呂
 あったかい布団で眠るんだろな
 僕も帰ろうおうちへ帰ろう」

 でんでんでんぐりがえってバイバイバイ。
 なーんて、失恋の涙を浮かべていたはずが、でんぐりがえってこんな歌に方向転換してしまった。

END







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FS動詞物語「寿ぐ」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

「寿ぐ(ことほぐ)」


 六人からひとりになり、ひとりからふたりになった私の家族。結婚してはじめてのお正月を迎えるにあたって、さて、なにをしようかと考えていた。

 母は専業主婦だった時期も、パートをしていた時期も正社員だった時期もある。時によっては父よりも仕事が忙しくてきーきー言っていて、大掃除は子どもたちとお父さんでやっておきなさいっ!! と命令された年の暮れもあった。
 料理は好きなので、私が主になっておせち料理を作ったこともある。大勢のお客を迎えたお正月も、親戚の家に出かけたお正月もあった。

「旦那さまとうちに来たら?」
「うーん、どうしようかな」
「それとも、旦那さまのおうちにご挨拶に行くの?」
「元旦からは行かなくてもいいと思うよ」

 ヒステリック傾向のあった母も、四人の子どものうちの三人が結婚し、次女の佳代子もパリで暮らしはじめてからは穏やかになった。弟たちも結婚してお正月には旅行に行くとか、奥さんのほうに里帰りするのよ、とか言って、と寂しそうでもあった。

 宇都宮の実家に言ったら楽できるけどなぁ、婚家というものに先に行くべきなんだろうか。結婚したらしがらみも増えるんだよね、と考えていたときに、本橋くんが言った。

「正月早々、仕事だってよ」
「あら……社長から聞いた?」
「ああ。おまえは聞いてないのか」
「聞いてないよ」
「さては社長、おまえに言うと怒ると思ったかな」
「本橋くんは怒らないの?」
「年のはじめから仕事だなんて、ありがたいじゃないか」

 いまだに夫を本橋くんって呼んでるの? と呆れられることもあるが、知り合った当初からそうとしか呼んだことがないのだから、今さらなんと呼べと? 彼も私を人前では山田と呼ぶ。人前ではなかったらおまえ、である。

 デビューしてからの数年は不遇で、仕事よりも歌の練習のほうが多かったり、歌えない仕事しか入らなかったり、無料ライヴやキャンペーンのための挨拶回りやらと、ギャラにならない仕事ばかりだったりしたフォレストシンガーズだ。であるから、お正月早々仕事があってありがたいと言う、彼の気持ちもわかるが。

「おまえは主婦なんだから、年末年始は忙しいだろ。暇な独身にマネージャーについてもらうから、山田は休んでもいいって社長が言ってたぜ」
「私ばっかり……」
「ほらほら、どんどん顔がふくらんでいく……」
「なによっ。結婚したらなんで私だけが忙しいのよ」
「しようがないだろ。主婦なんだから」

 主婦の対義語は主人か。不公平だ。主夫っていうのはちょっとちがうし、本橋くんの仕事では兼業主夫にもなれっこないし……私は兼業主婦? 噛みしめてみるとなんだかとても腹立たしかった。

「怒るんだったらおまえも休まなくてもいいよ。仕事をしてりゃいいんだろ」
「大掃除もしないのね」
「したかったらしたらいいだろ。家事がおろそかになるのがいやだったら、仕事を減らしたらいいんだよ。俺の稼ぎで食っていけないわけでもあるまいに」
「あなたも普通の男だね」
「普通だよ。普通で当然だろ」

 よそのカップルの場合、女性が仕事を続けるか否かは問題視されることもある。ふたりで相談して、彼女が退職するのかどうかを決めるという話はよく聞く。
 遠距離恋愛だったりすると、退職して彼のいる土地で新居を構えるという女性もよくいる。現代は女性が仕事を続けるのが前提だから、そんなことは話し合いもしなかったという場合もある。

 私たちもその口で、私が仕事を辞めるとは考えもしなかった。幸生くんが無邪気な顔をして、美江子さんはいつまでだって俺たちのマネージャーだよね? と訊いたので、もちろんよ、と答えたものだ。

 なのに、こういう話になると家事はすべて私の責任みたいに言うのが、男という生き物なのか。いや、本橋真次郎という男がそうなのか。なまじ彼は収入がよくて、私が専業主婦になっても、子どもが五人くらいできても十分に生活できるのがよくない。

 あんたが安月給だったら、私も働かなくちゃやっていけないでしょっ、と言い返してやれるのに。だなんて、ある意味罰当たりな考えが浮かんでいた。

「新築のマンションなんだから、大掃除なんかしなくても大丈夫だろ」
「おせちは?」
「格好だけつけるためだったら買えばいいし、どうせ正月はうちでは食わないんだから、なくてもいいじゃないか」
「初詣とか……いいよ。もういい。私も仕事をするから」
「だったら最初から怒るなよ」

 秋に結婚してからわずか三ヶ月、その間に何度喧嘩をしたか。雨の夜に彼が出ていってしまったり、仕事の帰りがけに喧嘩をして、私がまっすぐ自宅に帰らなかったり。

「いつまでそんなことばかりやってるんですか、あなたたちは」
「本橋くんが悪いのっ!!」
「そうだねぇ。あいつが悪いんだな。俺がぶん殴ってやろうか」
「やめてよ。乾くんには関係ないでしょ」

「昨日、恭子が電話をしたら美江子さんの機嫌が悪かったって言ってましたけど……なにかありました?」
「恭子さんはシゲくんとちがって敏感よね。あ、ごめん、八つ当たり的発言だったね」
「……本橋さんと喧嘩でも?」
「そうなんだけど、毎度のことよ。気にしないで」

「これで意外と、美江子さんもガキっぽいんだよな。リーダーも苦労しますね」
「彼は子どもっぽくないって言うの?」
「リーダーの稚気については熟知してますから。美江子さんも大変だね。俺は当分、結婚なんかしないでおこうっと。あ、目が言ってる。章くんは結婚したくてもできないくせに、って。その通りですよっだ」
「言ってないじゃないの」
「思ってるでしょ」
「……まあね」

「美江子さん、シンちゃんからの伝言ですよ。今日は早く帰れるから、うまいものでも食いにいこうかって」
「あなたたちのスケジュールは私も知ってるから、伝言はけっこうです」
「シンちゃんの男心も察してやって下さいよ。ここは美江子さんのふところの大きさを見せてやって」
「……そうね、ま、許してあげましょうか」
「やっぱりね」
「やっぱりねって。幸生くん、知ってて言ってたくせに……」

 そんなふうに、四人ともが各々のやり方で私たちに気遣ってくれた。こんなじゃリーダー失格だね、マネージャー失格だな、なんて、仲直りすると笑って言い合った。
 そしてまた喧嘩をする。お正月前にちょっと険悪になった空気は、仕事の慌ただしさにごまかされてしまう。大掃除じゃなくても日常的な掃除くらいしたいな、と思っていてもままならず、年末の数日は大忙しだった。

「あのぉ、今日、訪ねてもよろしいでしょうか」
「……夫がお願いしたんですか」
「はい。よろしいですか?」
「ええ、お願いします」

 サプライズプレゼントのつもり? 十二月三十日の朝、彼が先に出かけてから、ハウスクリーニング会社から電話がかかってきた。年末大掃除サービスパックなのだそうだ。
 掃除もできない主婦なんて、失格だよね、とは考えないでおこう。こんなときにはお金には余裕があるのだからありがたいと考えておこう。本橋くんもけっこう気が効くんだね、と笑っておこう。

「山田、ちょっと来いよ」
「なによ?」
「なんかまた怒ってるか?」
「怒ってないよ。ばたばたしてて気が立ってるだけ」
「気が立ってるってのはおまえの常態だけどな。行こう」

 どこへ? とも質問させてくれず、本橋くんが私の手を引っ張った。
 十二月三十日から一月二日までは仕事が忙しすぎて、本橋くんとは個人的な会話もできなかった。私は二、三度は自宅に帰って、プロがやると最高に綺麗になるもんだと、大掃除の出来栄えに感動を覚えたりもしたが、夫は帰宅すらできずにいた。

 一月三日の今日、夜も遅くなってから本橋くんが、事務所にやってきたのだ。私はこっちで事務的な仕事をしていると誰かに聞いたらしい。事務所から出てタクシーに乗り、連れていかれたのは小さな神社だった。

「有名な神社はまだ人がいっぱいみたいだけど、ここだと三日の夜にはもう空くって、ほんとだったな」
「初詣?」
「そのつもりだよ。来たかったんだろ?」
「どうせだったら晴れ着で来たかったけどね」
「おまえは働く女なんだから、仕事着のほうが美江子らしいぜ」
「そっかな」

 上手に私のプライドをくすぐるんだね。言いたいことはいくつもあるけど、三が日最後の日にふたりっきりで初詣に来られたんだもの、文句は言わないでおこう。

 神社の本殿に歩み寄り、お賽銭を投げて手を合わせる。喧嘩はしようがない、私たちなんだからこれからだって喧嘩はするだろうけど、幸せに暮らしていかれますように……心の中で祈りを唱えてから、ちらっと彼を見る。彼も横目で私を見ていたようで、目と目がばちっと合った。

MIEKO/32/END

2017年、あけましておめでとうございます。
今年も何卒よろしくお願い致します。














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FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2016/12&2016ごあいさつ

forestsingers

2016/12 フォレストシンガーズ 超ショートストーリィ


 多感だったあのころ、夜空を見上げて空想した。

 生まれて育った横須賀の地、都会の夜空には星はまばらにしか見えなかったが、それでも幸生は想像していたものだ。いつかどこかで見た満点の星が、今は見えないけどたしかにある。

 あの星は……猫のみーちゃんの瞳だ。
 子どものころからそばにいてくれた何匹も何匹もの猫が、お空に昇ってああして俺を見ていてくれる。
 あっちの星は人間のあの子。大好きだったあの子の瞳も、俺を見ていてくれる。

 なのだから、こんな詩だってあることだし、あるんだよね、あそこに。いるんだよね、空に。

「昼のお星はめにみえぬ。見えぬけれどもあるんだよ。見えぬものでもあるんだよ」

 大人になった現在だって、詩人のつもりの幸生は多感なのだから、見えぬ昼間の星を想像して、あれはあの猫の……これは人間の彼女の……と想像することはできるのだった。

YUKI/30歳の大晦日に。


 みなさま、2016年もありがとうございました。
 秋に我が家の猫が逝ってしまったのもあり、今年いっぱいはブログは最小限、みなさまのサイトにお邪魔するのもさぼってしまっていましたが、新年には復活する予定です。

 来年もよろしくお願いします。
 よいお年を!!



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FS超ショートストーリィ・四季の歌・幸生「冬の傷」

番外編

フォレストシンガーズ

超ショートストーリィ・四季のうた・冬

「冬の傷」

「覚えてくれてないかとも思うんですけど、三沢さんは言ってましたよね。
 俺は一度触れ合った女性は絶対に忘れないって。
 だから、覚えてくれてるかなぁ? 覚えてくれていたらチョーウレピィ!!

 古いか。
 古いのもしようがないのよ。私、三沢さんと同い年だもん。
 合唱部で一緒だったんだよ。覚えてませんか?」

 ファンクラブ限定メールフォームに届いた、ミオという女性からのメールだ。ミオちゃんって合唱部にいたあの子? それだったら覚えてるよ。三沢幸生さんへ、と個人名が宛名だったので、あのミオちゃんだと決めて読んでいた。

「フォレストシンガーズ初の全国ツアー、あれもだいぶ前のことになってしまいましたね。私たち、神奈川コンサートに行ったんですよ。私たちって、サエちゃんと私。

 サエちゃんのことは忘れないよね? 三沢さんはそんなに薄情じゃないよね。
 どうして今さら、そんな前の話をメールしてるのかといえば、同じようなことがあったからなんです」

 ああ、こりゃまちがいなくあのミオちゃんだ。
 大学生のとき、ちょっとだけつきあってすぐに別れてしまったサエちゃんのことを知っているミオちゃんなのだから、あのミオちゃんだ。信じるよ、とメールに声を出して返事をした。

 我々が売れていないころから、昔の友達はCDを買ってくれたりライヴに来てくれたり、ファンクラブに入ってくれたりしている。実松弾……ああ、実松さん、嬉しいな。星丈人……星さんもファンクラブに入会してくれたんですね。高倉誠……高倉さんっ、大先輩っ!! 感激です!!

 そのような男の先輩の名前は、女性の多いファンクラブでは目立つ。女性の場合は埋もれてしまったりもするが、ふとした拍子に思い出す。ファンクラブの名簿を見ていて、これはあのユッコさん? などと想像したりもしていた。

「そっか……」

 メールを読み終えて窓を開けた。

 ちょうど今ごろの季節だったね。アイちゃんがあの空に旅立ったのは。
 サエちゃんはアイちゃんの友達で、哀しみをなめ合うようにして俺と恋人同士になった。ミオちゃんはきっとサエちゃんから、俺に対する愚痴を聞いたりもしていたのだろう。

 じきに別れてしまって、大学を卒業して離れ離れになっても、サエちゃんやミオちゃんは俺を見ていてくれた。それもとっても嬉しいけど、アイちゃんも見てくれていたんだね。

「神奈川でのフォレストシンガーズコンサートの夜、サエちゃんとふたりでいた私は気になっていたの。私の右隣がアイちゃんで、けっこういい席だったのね。で、サエちゃんの隣は空いていた。
 
 コンサートに集中しながらも、私は空席を気にしていました。
 客席は暗いのに、感じるのよ。私たちと一緒にアイちゃんが聴いてくれていたの。
 時々、私はそんな感じになるんだけど、めったに人には言わない。おかしい人だと思われるからね。だけど、サエちゃんは信じてくれた。

 そういうことはしばらくなかったんだけど、この間の東京でのライヴに、久しぶりにサエちゃんと一緒に行ったら、また来てくれたよ。アイちゃんはサエちゃんに会いたくて、フォレストシンガーズの歌も聴きたくて来てくれるのね。

 三沢さんだったら信じてくれるかな。
 信じてもらえなくてもいいけど、アイちゃんとサエちゃんと私、いつまでも応援してるから。がんばってね」

 うん、信じるよ、ありがとう、ミオちゃん。
 心に小さく残った十代最後の傷は、いつまでたっても消えはしない。消えなくってもいいんだね。この傷がアイちゃんと、あのころの仲間たちとの絆になっていると、そう考えればいいのだから。

END










 
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166「カムバック」

ショートストーリィ(しりとり小説)

しりとり小説

166「カムバック」

 はっとした表情になり、わずかに身をすくませるようにしてから、その女は逃げようとした。そんな態度を取らなかったら、登代には彼女が誰なのかわからなかったかもしれない。

「もしかしたら真緒ちゃん……」
「あ、ああ、おばさん、お久しぶりです」
「久しぶりね。元気? 時間があるんだったらお茶でもいかが?」
「え、えっと……ええ、そうですね」

 逃げようとしたのがなぜだったのかを探りたいのもあり、登代は彼女をスーパーマーケットのひと隅にあるティールームに誘った。

 ウィークディの昼下がり、大きなスーパーマーケットには主婦らしき女たちの姿がそこここにある。ショッピングモールの半分ほどを占めるスーパーマーケットなので、よほどに混んででもいなかったら店内にはゆとりがあった。

「何年ぶりかしらね。真緒ちゃんも結婚はしたんでしょ」
「ええ、まあね」
「お子さんは?」
「ふたり」

 四半世紀ほど前に、息子の栄作はつきあっていた女の子と別れた。その相手が真緒だ。真緒はもともと近所に住んでいて、小学校、中学校と息子と同じ学年で同じクラスになったこともあったから、登代とも昔なじみだった。

 高校は別になった真緒に息子が告白して、恋仲になったのだと登代は知っている。高校生の恋仲なんて可愛いものなのか、それとも意外と……と考えたこともあったが、高校を卒業した栄作は大学に進学し、真緒は就職したから、話が合わなくなって別れたのだろうと思っていた。

 それから息子は結婚し、真緒の一家は引っ越していった。真緒がどうしているのかは知らなかったのだが、栄作と同い年の真緒だって四十代になっているのだから、結婚して子どももいるのが順当であろう。

「栄作も結婚はしたのよ」
「そう……ですよね」
「二十年くらい前だったかしらね。真緒ちゃんは結婚して何年?」
「十五年くらいかな」
「栄作のほうが早かったのね」

 詳しい話をしたくない様子の真緒に、栄作はどこの会社に勤めていて、どのくらいの収入があり、だの、栄作の息子は今春、医大に入学したからお金がかかる、娘はピアノを習っていてこれまたお金がかかる、だのと、登代のほうは自慢のオンパレードを繰り広げていた。

「で、真緒ちゃん、なんで逃げようとしたの?」
「逃げようとなんかしてませんよ」
「したわよ。私を見て顔色が変わったし、なんだか全身強張ったように見えたのよ。だから私は真緒ちゃんだって気づいたんだもの。あなた、私にやましいところでもあるの?」

 私にばっかり喋らせて、あんたも自分の話をしなさいよ、登代としては不満がふくらんできていたので、ずばっと斬り込んだ。

「おばさん、知ってるんでしょ」
「なにを? 真緒ちゃんが栄作のモトカノだってことは知ってるわよ。七十すぎのばあさんだって、モトカノって言葉くらいは知ってますよ」
「そんな遠い昔の話じゃなくて……」
「それで、栄作が大学生になって別れたのよね。そのあとで栄作は何人かの女の子とつきあったわ」

 長身でもなくイケメンでもないが、まっとうに大学を出てまあまあの企業に就職し、年齢のわりには収入もよかったのだから、栄作はもてていた。登代は真緒の態度を追求しようとしていたのを忘れて、息子の愚痴をこぼしていた。

「いい家のお嬢さんやら、英語の上手な才媛やらもいたわ。私は息子の嫁は家庭的な女がいいと思ってたから、あんまりキャリアウーマンとかってのは感心しなかったのよ。英語の上手なお嬢さんだったら、アルバイトみたいにして子どもに英語を教えるってのもできるでしょ。だから、そのひとがいいって言ったんだけどね」

 もてるのをいいことにして、息子の女性との交際は長続きしなかった。

「お見合いもさせてみたわ。私としては息子の嫁はしっかり主婦をして、専門的な……英語だの茶道だのピアノだのって、そういう技術ですこしは家計の足しになる仕事のできる、そんな女性が理想的だったのよ。お見合い相手もそんなお嬢さんを選んだ。なのに栄作ったらね……」

 見合い相手はことごとく断ってしまい、登代の友人にも不義理をした。

「二十年ほど前に、栄作は勝手に結婚を決めたのよ。それがまあみっともないったら、できちゃったってやつでね……同じ会社の上司よ。しかも、女が男を差し置いて管理職って、しかもそんな女と栄作が結婚するって……三つも年上よ。三つも年上の上司にだまされて、女はまんまと妊娠しちゃったのよ。私は目の前が真っ暗になったわ。女のほうがたくらんだに決まってるのに、むこうの親が怒ってるって。なに言ってんのよ。三十近い管理職の女が部下をたぶらかして結婚したくて妊娠したんでしょ。そんなの、栄作には責任ないっての。こっちが被害者よ」

 けれど、登代の夫、栄作の父は言った。

「こういうことは男が悪いって言われるんだよ。栄作に罪がないわけでもないし、それよりもなによりも、栄作は優さんが好きなんだろ。栄作だって結婚したがってるんだ。母さんが反対する必要はないよ。優さんは名前の通りに優秀な女性だ。いいご縁だったんだよ」

 仕事はできるのかもしれないが、美人ではない。家事も苦手らしいのは、仕事人間の女にはありがちだと思える。娘に「優」だなどという名前をつける親までが登代には気に入らなかった。

「ユウ、だってよ。女の子だったらユウコにしなさいよねぇ。なんにしたって私が反対してもどうにもならなくて、栄作は結婚しちゃったわよ。私は栄作に家事なんか手伝わせずに育てたのに、嫁は仕事が忙しいからって家では掃除とか洗濯とかまでやらせるの。私は息子をそんなことをさせるために育てたんじゃないのよ。情けないったらありゃしない」

 孫が生まれたら嫁は退職するのかと思っていたが、とんでもない、と笑い飛ばされた。

「お義母さんのお世話にはなりませんから安心して下さいね。保育園はしっかり確保していますし、ベビーシッターも頼めますしから」
「小さい子はよく病気をするものよ。そんなときにはどうするの?」
「かわりばんこに休みを取りますから」
「子どもの病気で栄作を休ませるの?」
「ええ」

 当然でしょ、という態度の嫁に怒りが爆発しそうになって、息子に止められた。
 最初の子どもは男の子、二番目は女の子だったのだが、息子夫婦は登代に助けを求めることもなく、しっかりと子育てもしていた。

「あの嫁でよかったのって、孫たちの成績がいいところくらいよ。親はなくても子は育つっていうか、母親が手をかけてこなかった分は父親が手助けして、おかげでいまだに栄作よりも嫁のほうが会社での地位が上なのよね。癪に障るわ」
「おばさん、お嫁さんが嫌い?」
「当たり前でしょ」

 おとなしく登代の愚痴を聞いていた真緒が、そこではじめて口を開いた。

「だけど、栄作さんは奥さんを愛してると思ってる?」
「癪だけど、そうなんじゃないの? 仲は良いみたいよ」
「……栄作さんも頭がいいから、表面を取り繕うのは上手なんだよね」
「どういう意味?」

 ふっと鼻で笑って、真緒は言った。

「私がおばさんを見て逃げようとしたのは、バツが悪かったからよ。おばさんも知ってるのかと思ってた」
「だから、真緒ちゃんが栄作のモトカノだったのは……」
「そんな昔の話じゃなくて、五年くらい前の二度目のモトカノでもあったんだよ」

 へ? 我ながら間抜け面をしているのではないかと感じた登代に、真緒は真相を語った。

「男って結局、奥さんが自分よりもなにかで優れてるってのはいやみたいね。おばさんの言う通り、ピアノか英会話でもできる奥さんで、ちょっとだけ稼いでくれる専業主婦のほうがよかったな、なんてこぼしてたのを聞いたわ」
「栄作が真緒ちゃんに?」
「そう。五年くらい前に再会したの」

 ちょっとだけ働いて収入を得る主婦。真緒はまさにその通りだった。子どもたちも小学生になって時間のできた真緒は、オフィス街の喫茶店でパートをするようになった。その店に栄作が入ってきたのだと話した。

「モトカノとモトカレだもの。なつかしいじゃない? 私は刺激がほしかったし、栄作さんは奥さんに不満がいっぱい。そうしているうちに不倫になっちゃったってわけ」
「……そう、だったの」

 ならば、真緒が登代を見て逃げそうになった理由も腑に落ちた。

「お互いに遊びのつもりだったんだけど、栄作さん、奥さんにばれちゃったみたい」
「そんなの、私は全然知らなかったわよ」
「そうなんだね。奥さんは子どもたちのために離婚はしない、再構築しようって言ってるって、栄作さんは私から逃げ出してしまったのよ」
「……そ、そう」

 それはそれでいいんだけどさ、と真緒は投げやりに続けた。

「結婚してから不倫したのは、それがはじめてだったのよ。栄作さんでなくてもよかったんだけど、旦那じゃない男とつきあうのって楽しかった。味をしめたっていうのかな。もう一回不倫したんだよね。それが私も旦那にばれちゃって、私は離婚したの」
「あ、ああ、そうだったのね」

 真面目な主婦として生きてきた登代は、息子世代のこんな生々しい話を当事者から聞くのははじめてだった。

「男の浮気と女の浮気はちがうっていうよね。女は損だわ」
「……そ、そうかもしれない。それで、真緒ちゃんはどうしてるの?」
「子どもたちは元旦那のお母さんが育ててるみたい。不倫するような女にはまかせられないって言われて、取られちゃったのよ。養育費を払わなくちゃいけないってこともないから、ひとりだったらそこそこ働いて生活できるから、楽っちゃ楽だよ」
「じゃあ、今は独身なのね」
「うん」

 仕事とは水商売だろうか。改めてじっくり見てみると、真緒は若作りなファッションをしているせいもあって若く見える。息子の嫁は太ってどっしりして貫録もある体型になっているのだから、真緒のほうがはるかに若々しくて綺麗だった。

「ひとりって寂しいでしょ。栄作と会いたくない?」
「やだ、おばさん、なにを考えてるの?」
「真緒ちゃんが寂しいんだったら、栄作とお酒でも飲んで語り合いたいんじゃないかって考えてるだけよ」
「栄作さんを嫌いになって別れたわけじゃないんだから、もう一度会いたいなとは思うよ」
「……そう。だったら私が……」

 やだやだ、おばさんったら、と笑っている真緒の瞳には、妖しい光がちらついている。同じ女と二度も不倫をしたりしたら、嫁だって栄作を許さないのではないだろうか。栄作が真緒を退けたとしたらそれもよし。再び浮気再燃となったらそれもよし。

 どうやって真緒と栄作を自然に再開させるか。そんな妄想を楽しむだけでも、暇つぶしになるではないか。

次は「く」です。









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FSのクリスマス「もろびとこぞりて」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

2016クリスマス

「もろびとこぞりて」

 浅草でシゲとデートして……デートってのは悪い冗談だが、浅草をシゲと歩いてから俺が神戸に帰る前に誘ってもらった。彼女とすごすほうがいいな、とは思ったが、俺にはそこまで深い仲の彼女はいない。家族のパーティに俺が混ざっていいのか? そんな懸念もあったけれど。

「恭子も来てほしいって言ってるよ」
「うん、そんなら……」

 シゲと俺との仲で社交辞令は不要だが、彼には奥さんがいる。奥さんに気を使いつつ、あつかましくも訪ねてきた。

「おじちゃーん、いらっしゃい」
「おう、広大、元気だったか?」
「げんきー!!」

 生まれたばかりのころはシゲに瓜二つで、男なんだからそれでもいいさ、とみんなで笑っていたものだが、徐々に恭子さんにも似てきた。三歳の子なんてのは相当に不細工でも可愛いけれど、広大は本当に可愛い。飛びついてきた広大を抱き上げ、ベビーベッドにいる壮介にも挨拶をした。

 よその子どもを見るたび、俺の娘を思い出す。
 勤務先のヒノデ電気の息子、創始は小学生で、俺の娘は彼と同い年だ。創始は可愛いばかりの年齢でもないが、広大だって壮介だってこんなにも可愛いのに。

 我が子を可愛がらなかった悪い親父だったよな、俺は。瑞穂が可愛くないわけではなかったのだが、おまえのお母さんと不仲になってたせいかな。うるさいだとか邪魔だとか思ってた俺は、ほんとに悪い親父だったよ。

 後悔先に立たず。おまえにはしっかりした母と、金持ちの祖父母がついているんだから、親父なんかいないほうがいいよな。……いや、せっかくのクリスマスパーティなのに、招いてもらった俺が暗くなっていては失礼だ。コートを脱いで別室に置き、広大と壮介へのプレゼントもその部屋に隠した。

 家族水入らずのパーティに、広大は親戚のおっちゃんだと思っているような男をひとり、加えてもらう。広大が三歳、壮介はゼロ歳、壮介は離乳食の夕飯もすんで、形だけパーティに参加する。広大はパーティパーティとはしゃいでいた。

 注意深く抱いた壮介にシゲがグラスを持たせる格好をさせて、五人で乾杯した。恭子さんが作ってくれたごちそうがテーブルに豪勢に並ぶ。部屋はクリスマスの飾りで華やかにきらきらだ。こんな雰囲気、味わうのは何年振りだろうか。

 ガキのころには両親と妹と弟と、庶民のクリスマスを祝った。
 新婚のころにも妻がクリスマスパーティをやりたがって、プレゼント交換だってした。
 娘が生まれて妻がそっちにかかりきりになったころからか、パーティどころじゃなくなったのは。

 離婚して放浪していた時代には、クリスマスも正月も忘れていた。

 ヒノデ電気の家庭でもクリスマスパーティはやっているらしいが、俺は仲間入りはしない。誘われても断っていたのは照れ臭いからもあった。この雰囲気も多少は照れ臭いが、広大は嬉しくて楽しくてたまらないみたいだし、そんな広大を見るパパとママの表情も輝いている。まっこと、この夫婦は幸せそうでうらやましいのぅ、である。

 今夜はダイエットも忘れて、飲むほうはほどほどにしてごちそうをいただこう。アメリカンドッグにかぶりついた広大が口のまわりをケチャップだらけにして、おいしいね、と笑った。

「おまえのママ、料理が上手だよな」
「うんっ。おじちゃんのママもじょうず?」
「俺のママかぁ。うん、俺のママの作ったメシもうまかったぞ。カツオのたたきなんか絶品だった」
「カツオのたたき、食べた」
「そっか。広大のママも作ってくれるか」

 実の母はまあまあ料理はうまかったが、瑞穂の母は上手じゃなかったんだよな、なんて苦笑する。カツオのたたきは作ったんじゃなくて、買ってきたんだけどね、と恭子さんが笑っている。シゲがテレビを操作すると、フォレストシンガーズが歌い出した。

「Joy to the world, the Lord is come!
Let earth receive her King;
Let every heart prepare Him room,
And heaven and nature sing,
And heaven and nature sing,
And heaven, and heaven, and nature sing.

Joy to the earth, the Savior reigns!
Let men their songs employ;
While fields and floods, rocks, hills and plains
Repeat the sounding joy,
Repeat the sounding joy,
Repeat, repeat, the sounding joy. 」

 テレビ番組の録画だろうか。この歌を聴きながらのごちそうって、最高の上にも最高だ。英語? と広大がママに尋ね、そうだよぉ、とママが応じる。シゲは眠くなったらしい壮介をベッドに入れにいき、テレビ画面が切り替わった。

「ヒデさん、いいねぇ。シゲさんちでパーティなんでしょ?
 飲み過ぎないようにね」
「……幸生……わかっとるちゃ」

 これはシゲがわざわざ作った動画なのだろうか。シゲ以外の四人が俺に向かって語りかけていた。

「よっ、ヒデ、メリークリスマス」
「ヒデ、元気か? 正月にはみんなで飲もうぜ」
「シゲさんちでパーティって、ひとり者にはむしろつらくありません?」

 乾さん、メリークリスマス。
 はい、本橋さん、ぜひ誘って下さい。
 うんうん、章、それはなくもないよ。

 心で返事していると、再び幸生が出てきた。

「俺もそこに行きたいな。広大、いい子にしてるか?」

 名前を呼ばれた広大が、俺に言った。

「ユキおじちゃん、にんじんも食べろって」
「幸生にそう言われたのか? そうだな、ニンジンも食べなくちゃ」
「うん、食べる」

 つけあわせのニンジンをぱくっと食べて、おいしくないけどおいしい、と広大が苦い顔をする。その顔を見て大人たちが笑う。テレビの中では歌が続いていた。

「He rules the world with truth and grace,
And makes the nations prove
The glories of His righteousness,
And wonders of His love,
And wonders of His love,
And wonders, wonders, of His love. 」

 歌っているのは五人だが、シゲはここにいるから、俺に挨拶はしないわけだ。おまえも粋な真似をするんだよな、と俺が見つめると、シゲはわざとらしく知らん顔をした。

END


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いろはの「み」part2

ショートストーリィ(FSいろは物語)

フォレストシンガーズいろは物語2

いろはの「み」

「みゃーお」

 リポーターとして取材に出かけるようになったのは、猫番組のためだ。早朝枠の番組だから視聴率はまったく望めないが、早起きのお年寄りや子ども、主婦、早朝出勤の会社員、夜勤明けの看護師さんなど、私のファン、番組のファンだと言ってくれるみなさんから、ファンレターや番組BBSへの書き込みもあるようになった。

「ワオンちゃん、朝の早くからお仕事お疲れさま、眠いでしょ?」

 八十歳のおばあさまからのお葉書。放映は早朝だけど、録画だから早い時間からは仕事はしてないんですよ、と葉書に声で返事をした。

「ワオンちゃんって声優さんなんですってね。孫に聞きました。
 おばあさんは声優というと、映画の吹き替えを想像してしまうのだけど、ワオンちゃんはアニメの声優さん。
 孫の持ってるDVDでアニメを見ましたよ。孫は高校生の男の子で、ふたりでファンになりました。

 孫は「THE・猫」を見てないんです。あんな時間に起きるような子じゃないものね。
 それで、ワオンちゃんのことをずいぶん若いと思っていたみたい。ほんとにワオンちゃんって声は少女みたいですもの。

 私から見ればワオンちゃんは若いですよ。三十代でしょ?
 だけども、孫から見たらおばさんだろうから、失望したらいけないから、「THE・猫」を録画して孫にあげるのはやめました」

 けっこう失礼な文面ではあるが、孫から見て云々……事実でもある。

「僕は「スペースガール戦隊」のころからワオンちゃんのファンです。
 スペースガールズの隊長の紅玉、かっこよくて可愛くて、僕の初恋の女性でした。

 生ワオンちゃんが見られるから、早起きして「THE・猫」を見ています。
 ワオンちゃんを見ると一日中ぽーっとしちゃいます。ワオンちゃん、可愛いね。うちのクラスの女の子たちよりずっと可愛いよ。

 今度、声優さんたちのイベントにも行ってみますね。
 ワオンちゃんと握手できたらうれしいな」

 中学生だと名乗るこの少年は、番組ではなく声優ワオンのファンらしい。彼は私が若くないことには言及していない。他方にはワオンには興味がないような、番組ネタのみのファンレターもあった。

「この間の「猫の駅長」楽しかったわ。
 猫の駅長っていろいろいるんですね。

 私は和歌山に住んでいますので、貴志駅のたまも出てくるのかと楽しみにしていたんだけど、たまは有名すぎるせいか、出さなかったのね。ちょっとがっかり。

 貴志川線を通勤に使っている私は、パートだから朝は遅く、夕方は早く帰ってきます。
 たまちゃんが働いているときには毎日会えるんだよ。いいだろぅ?

 この次はぜひ、たまちゃんの取材に来てね」

 これは和歌山在住の主婦からの書き込み。北海道の小学生からもファックスが届いた。

「猫カフェって行ってみたいなぁ。
 うちの近くに猫カフェがあるんだけど、お父さんもお母さんも猫ぎらいだからつれていってくれないの。

 旭川の猫カフェ「まっくろくろすけ」に取材に来て下さい。
 テレビに出るってきいたらお母さんも行きたがるかもしれないから」

 ファックスに添えられた猫の絵は、なかなかに達者だった。

 その他、おかあさんがねこアレルギーだから猫はだめなの。どうしたらアレルギーがなおりますか? との質問やら、実家が猫屋敷で困ってます、という悩みやら、私にはどうしようもないものもあった。

「いいなぁ、俺もそんな仕事、したいよ」
「フォレストシンガーズは昔、やったことがないの?」
「リポーターはあるけど、猫の仕事ってないな。田舎道を歩いていて猫に遭遇したことだったらあるよ」

 世には猫好きシンガーさんも多々いるが、フォレストシンガーズの三沢幸生も人後に落ちない。大学時代の友人、三沢くんとバーで話していた。

「おふくろの話をするとマザコンだって思われるかもしれないけど……」
「男ってたいていマザコンだよ」
「だよね。うん、聞いてくれる?」

 口うるさくてやかましい母だけど、尊敬しているところもあるんだよ、と三沢くんは語った。

「ガキのころにはよく猫を拾ってきたんだ。俺だけじゃなくてふたりいる妹も、時々拾ってくる。あのころは捨て猫が多かったんだよね。そんなときには母は困った顔はするんだけど、見捨てないんだ。どうにかして貰い手を探してくる。おふくろは押しの強い図々しい女だから、どうにかしちまうんだよ」

 電話でだったら話したこともある、三沢母の愛らしい声を思い出した。あのひとも声優ができそうだ。

「新聞に載っていたんだよ。子どもが猫や犬を拾ってきたら、親は叱らないでやってほしい。もとのところに捨ててきなさいなんて言わないで褒めてやって。小さな生き物をいつくしむ心を大切にしてやって、って。捨て犬ってあまりいないから、主に猫だよね。猫の引き取り手は必ずいるから、ってのはほんとかなぁ、だけど、ああ、うちのおふくろはその点だけはいい母だったなって思ったんだよ」
「その点だけじゃないでしょうに」

 日本の男はたいていマザコンで、その上に照れ屋。三沢くんは臆面もない性格ではあるが、両親や妹たちを悪く言いたがるのは日本人気質なのだろう。

「この次はハワイに取材に行くの。ハワイに捨て猫や迷い猫をいっぱい集めたキャットセンターみたいのがあるんだって」
「ああ、聞いたことはあるよ。そこに行くの? いいな、俺も行きたいな」
「そういうのが日本にもできたらいいね。猫好きは多いんだから、村おこしとかにもなりそうだよね」
「ワオンちゃん、将来やれば?」
「やりたいな」

 誰かと結婚するかどうかはわからないが、まだつきあってもいない男の顔が頭に浮かんだ。将来、彼と一緒に田舎にキャットセンターを作るなんて、素敵な夢だ。

「三沢くんと共同で主催者になるのもいいね」
「それもいいな。章は猫に興味ないから……」
「あ……そうなんだ」

 つきあってもいない男というのは、三沢くんの仲間であるフォレストシンガーズの木村章。むこうも私も意識はしているのはまちがいなくて、三沢くんも木村さんから聞いてはいるのだろう。さりげなく話題に出てくる。

 そんな事実ははじめて聞いたが、そもそも興味がないから、木村章は猫の話をしないのだろう。私が猫番組のリポーターをしているのも知らないのかもしれない。
 木村章ともしも結婚しても、私の夢はかなわない。

 ここにいる三沢くんとだったら、その夢の実現の可能性は高いのに……私は三沢くんには過去も現在も、そして未来も恋はしていない。この先も恋はしない。恋していない相手と結婚はしたくないし、三沢くんもお断りだと言うだろう。

 ならば、結婚じゃなくて共同出資者のセンで考えるほうが、私の将来としては現実的なのだろうか。


END










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FS「切手のない贈り物」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

「切手のない贈りもの」

1・章

「もうっ、乾さん、嫌いっ!!」
「……ふふ、俺は好きだよ」
「乾さん……本気で言ってる?」
「いいや」

 まーたあのふたりは馬鹿なことをやってる。
 ふざけているわけではないのは俺は知っているが、ふざけているとしか見えない。幸生が乾さんにしなだれかかろうとし、すいっと身をかわされてつんのめる。こんなふざけたシーンが、ファンの女性たちには受けるのだ。

 フォレストシンガーズがデビューしてから十年余り、このふざけた芝居をはじめてステージでやったのはいつだったか。あのころはファンなんてほとんどいなくて、我々の単独ライヴもできなくて、何組ものシンガーたちのひとりとしてのステージだった。

「さっきね、乾さん」
「うん? どうした、幸生?」
「本橋さんに苛められたの。しくしくしく」
「そうかそうか、よしよし」

 アマチュア時代から幸生は乾さんにこういう芝居を仕掛けていたのだが、公共の場でやるな!! 俺は焦った。本橋さんとシゲさんも泡を食っていたが、当の本人ふたりは楽し気に芝居を続け、客席は沸いていた。

 なのだから、これはファンサービスなのだと俺は知っている。明日のライヴのリハーサルで、ユキちゃんと隆也くんのコントって感じの芝居の練習をしているのである。

「だけど、受け狙いってのもしつこくやると飽きられるだろ。アイドルの美少年同士がやってるんだったらともかく、三十すぎたおっさんふたりがさ……」
「章はおっさんなんだろうけど、乾さんと俺はおっさんじゃないんだよ」
「だったらなんだよ?」
「やーね、乾さんったら言わせるの?」

 なにを言ってもそっちにつなげるのが幸生って奴なのだから、俺も諦めた。けど、俺たちはシンガーズなんだから、ファンサービスは歌でやろうぜ。

「私からあなたへ
 この歌をとどけよう
 広い世界にたった一人の
 わたしの好きなあなたへ」


2・幸生

 フォレストシンガーズのおっさんふたり、それは誰かといえば、言わずと知れた名前の頭文字がSのふたりだ。そのふたりはいつだっていやぁな顔をし、年齢的にはおっさんだが、中身はガキな奴、頭文字がAのひとりもいやがるが、おっさんではないふたり、TとYはめげずに芝居を続ける。

 芝居のつもりで学生時代に開始したこの寸劇に、俺はてめえで影響を受けていたりして? このまんまじゃ俺、お婿に行けないな、そしたら乾さん、ユキをお嫁にもらってくれる? あれれ? 婿か嫁かどっちだ?!

 どっちでもいいけど、父と母に届けたいこのフレーズ通り、心やさしく育てられたユキを、あなたのものにして、隆也さん。年老いた……なんて歌ったら、両親は怒るだろうけどさ。

「年老いたあなたへ
 この歌をとどけよう
 心やさしく育ててくれた
 お礼がわりにこの歌を」


3・隆也

 大人の男の恋愛を歌う、それがフォレストシンガーズのコンセプトだ。
 ユキ、隆也さん、とやりとりをする芝居は純粋な余興だから、我々の歌とは直接の関係はない。わかっていても怒る章や、いつになっても馴れようとしない本橋やシゲも知っての通り、あれはファンサービスだ。

 恋愛不毛の時代だともいわれる。
 若い男が草食化し、恋愛は面倒だの汗臭いだの不潔だのと忌避するようになり、非婚化、少子化の一途となり……いや、俺も三十代独身なのだから言えた義理ではないが、俺は恋愛には消極的なつもりもない。肉食ではないが、日本男子らしい米食だ。

 米食恋愛ってなんだ? いやいや、それは言葉の綾だが。

 古い男である俺は思う。女性から告白してもらって恋人同士になるのも男冥利に尽きるのかもしれないが、自身も彼女を憎からず思っているのならば、おまえが告白しろよ、そこの男。

 好きではない相手ならば仕方ないが、好意があるならおまえが告白しろ、それが男ってもんだ。
 こと恋愛からはじまる諸々のできごとに関してだけは、俺は男だの女だのと言いたい。男がそっち方面の本能を磨滅させてどうするんだよ?

 だからね、俺たちが盛り上げるよ。この歌詞を頭に置いて、彼女を口説けよ。

「夢のないあなたへ
 この歌をとどけよう
 愛することの喜びを知る
 魔法じかけのこの歌を」


4・真次郎

 そうそう、我々はシンガーズなのだから、ファンサービスは歌だ。章もたまにはいいことを言う。

「切手のない贈りもの」。切手を貼らなくても、風に乗ってどこまでも届いていくのが歌。はじめてコンサートに来て、俺たちの歌を初に生で聴いてくれるお客さまもいるだろう。
 
「知りあえたあなたに
 この歌をとどけよう
 今後よろしくお願いします
 名刺がわりにこの歌を」


5・繁之

 この歌詞を口にのぼせると、俺はかつての別れを思い出す。

 出会いと別れが人生だ、といわれるのであるらしいが、実際、三十数年生きてくればいくつもの別れを経験している。その中でもっとも痛手だったのは、ヒデかなぁ。

 俺にはひとことの相談もなく、結婚するから、フォレストシンガーズは脱退するから、と本橋さんに告げて去っていったヒデ。
 再会するまでの十年以上、俺はそんなヒデにこだわっていた。

 だけど、もういいよな。ヒデは戻ってきたのだから。最初のうちは俺たちに対して妙な……忸怩たる思いってのか? そんなのを抱いていたらしきヒデも、徐々にもとに戻ってきている。昔のまんまではいられないのは、俺たちも大人になったから、だろうけど、基本的には変わっていない。

 今後の人生にだって、別れはやってくるのだろう。そんなの当然だけど、やっぱ寂しい。そんなときにはこの歌を。

「別れゆくあなたに
 この歌をとどけよう
 寂しい時に歌ってほしい
 遠い空からこの歌を」

 この歌をあなたに。

END









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165「伸るか反るか」

ショートストーリィ(しりとり小説)

しりとり小説

165「伸るか反るか」


 デート費用を常に彼が支払ってくれるのが、匡恵としては悪い気がする。彼は高収入なんでしょ? 払ってくれても当たり前なんじゃない? と女友達には言われるのだが、おごってもらいっぱなしは匡恵の性分からしても気持ちよくはなかった。

「保夫さん、そしたらこの次はドライヴするときにお弁当を作っていくわ」
「弁当? いやだな、そんな貧乏くさいのは」
「あ、そう?」
「ドライヴするんだったら葉山あたりのイタリアンレストランがいいよ」
「そ、そうね」
 
 ならば、と別の提案をしてみた。

「私のうちにいらっしゃらない? 母と一緒に料理を作るから、おもてなしさせて」
「いや、まだそれは早いでしょ」
「そ、そうかもしれないね」

 では、とプレゼントしてみた。

「ありがとう。うん、さすがに匡恵さんはセンスがいいね。でも……」
「このネクタイ、趣味じゃなかった?」
「そうじゃなくて、どうして匡恵さんがそんなことばかり言ったりしたりするのか、だよ」
「え?」

 にっこりして、保夫は言った。

「匡恵さんはいいご家庭のお嬢さんだもんな。つまりは躾がいいってことだよ。僕ぱかりお金を使ってるのが気がかりなんでしょ? だからお礼をしてくれる。きみの気持ちは痛いほどに伝わってくるんだから、気にしないでいいんだ」
「だけど……」
「大好きな匡恵さん、もうすこしつきあったらきみと結婚したいとも考えている匡恵さん。僕はこんなにも女性を好きになったのははじめてだ。そんなにも好きな女性のためにお金を使うのは僕の喜びなんだよ。もっと僕を喜ばせて」
「……そんなに言っていただくと……」

 すこし戸惑ってはしまったが、匡恵としても嬉しかった。

「私があなたのお父さんと交際していたころには、男性がデート費用を出すのは当たり前だったわね。今どきはどんなに収入のいい年上の男性でも、お金を出そうとしない女性が嫌われるらしいってのは、私も聞いたことはあるのよ。でも、保夫さんがそうまで言って下さるんだったら、おまかせすれば? 匡恵はそのたびにきちんとお礼を言っていればいいのよ。プロポーズしてもらったら、うちにどんどん連れてらっしゃい。私が腕をふるってごちそうするわ」

 母にもそう言われたので、たまにプレゼントをするだけでいいと匡恵も決めた。

 大学時代の先輩に誘われて、匡恵は彼女が所属している和楽器オーケストラの演奏会に出かけていった。趣味の会なので、聴衆はほとんどがオーケストラメンバーの家族、友人などである。保夫は先輩の和楽器仲間の知人だと紹介された。

「匡恵ちゃんとおつきあいしたいって保夫さんが言ってるそうだよ。彼は吾妻さんの会社の取引先の社長なのね。小さい会社だけど、起業なさったのは保夫さんのお父さんで、業績は悪くはないみたい。保夫さんは副社長だから、お給料もいいみたいよ」

 先輩から電話がかかってきて、その後に保夫とふたりで会った。お見合いに近い形だったから、釣書のようなものも交換した。とはいえ、正式なお見合いではないのだから、必ずしも結婚に到達するとも限らない。

 二歳年長の保夫は三十一歳、匡恵は二十九歳、昨今では適齢期といえる。プロポーズはまだなのだから互いの親には会っていないが、保夫の口ぶりからしても時間の問題だろうと思える。次第にふたりのデートの話題も、結婚式、新婚旅行、新居といったものになりつつあった。

 収入がいいというのを証明するかのごとく、贅沢すぎない程度に豪華なデートを保夫が企画してくれる。匡恵は大企業の重役である父のひとり娘として育てられたのだから、それしきでは気おくれはしない。ただ、いつも払ってもらって悪いなぁ、とは思うのだった。

 けれど、それだけ愛されているからだよね。
 結婚まで考える相手なのだからこそ、保夫さんは私にデート代を払わせたりはしない。大切に想ってくれているからだよね。この間、はじめてホテルに行った。あの夜のひとときも素敵だった。

 早急にホテルに行こうとしなかったのも、私を大切に想っていてくれるからこそ。
 中肉中背でルックスは平凡なほうだけど、私は面食いでもないし、私だって特別な美人でもないんだから、中身のいい男性がいいの。

 だんだんと匡恵はそう考えるようになっていた。

 プロポーズされて結婚しても、子どもができるまでは働こう。父の伝手で就職した匡恵の職場は、既婚女性だって働きやすい。妊娠したら保夫はきっと育児に専念してほしいと言うだろうから、それまでは仕事を続ける。匡恵は気の早い決意もしていた。

「……匡恵さん?」
「はい、あの……」

 仕事を済ませ、今日はデートの約束もしていないから、料理教室で使うエプロンを買いにいこうかな、と街を歩いていたときだった。携帯電話の発信者が「保夫」だったので電話に出たら、女性の声が聞こえてきた。

「保夫さん、私の部屋にケータイを忘れていったんだ。これは彼の私用だし、仕事では別のを使ってるし、私だったら中身を見ても平気だと思ってるんだよね。さっきメールが来て、今度会うときに持ってきてって言われたよ」
「あの、あなたは……」

 胸のうちにむくむくと、黒い雲が湧いてきた。

「私は匡恵さんのこと、知ってたんだ。彼がベッドで匡恵さんの話もするんだもの」
「彼って……保夫さん?」
「そうだよ。これ、保夫さんのケータイだよ。匡恵さんもこの番号も知ってるんだよね」
「保夫さんのケータイが二台あるってのは知ってるけど……」

 だからこそ、保夫という名前でこの番号も登録してあった。

「いいおうちのお嬢さんで、いい会社で働いてるんだよね。大学出てるんでしょ?」
「ええ、でも……」
「私なんか高校中退だもんね。貧乏人の娘だし、まともに就職もできないし。顔やスタイルは匡恵さんよりずーっといいんだけど、品がないって言われるしね」

 ということは、彼女は匡恵の写真でも見たことがあるのだろうか。
 いったいなにが言いたいのか、したいのか、彼女の意図をはかりかねて、匡恵は聞き役に徹して携帯電話を耳に当てたまま歩いていた。

「だからさ、私は保夫とつきあってても、割り勘以上に払ってるよ。保夫は給料たくさんもらってるくせに、匡恵さんに貢がなくちゃならないからお金、ないんだって。私はそれでもいいから保夫とデートしたくて、ごはん食べに連れてってもらうの。そしたらね、ファミレスでもね、払っといて、とか言われるの。匡恵さんとはファミレスなんて安っぽい店には絶対に入らないんだってね? この前のデートではなに食べた?」
「あの……」

 保夫のケータイから電話をかけているのだから、彼女は保夫の知人なのだろう。しかし、保夫の二股相手? 水商売の女性かもしれない。保夫が彼女と遊んだのはまちがいないにしても、それ以外は彼女が嘘をついているのでは? 彼女のけだるげな声を聴きながら、匡恵は頭を回転させていた。

「これを使うと匡恵とデートしたときに困るんだよな、出しといて、とか言われるんだよ。匡恵さんにはお金なんか絶対に出させないらしいのにね。なんだかさ、虚しくなってきちゃうの。でも、私は保夫が好きだから、大好きだから、匡恵さんがあいつと結婚しても別れないよ。保夫はお金を持ってるけど、私なんかのためにはもったいなくて使えない。それでもいいから、私が全部出すから、保夫とつきあいたいの」

 つまるところ、彼女が言いたかったのはそれだったのだろう。保夫、好きだよ、と最後に呟いて、彼女は電話を切った。

 本当だったのか嘘だったのか、保夫に確認することはできるはずだ。
 この話をしつつ彼の顔を見ていれば、およそはわかりそうな気もする。しかし、そうしたらどうなる? 三十歳までには結婚したかった匡恵の希望が潰えてしまうではないか。

 愛されているのは私、大切に想われているのも私。
 男って浮気をするものなのだから、うちの父だってしていたらしいのだから、お金のかからない都合のいい女がいるのはむしろ好都合なのでは? 私にとってもあの彼女は都合のいい女?

 切れてしまった電話を見つめながら、自分がどうしたいのか明確にはわからないままに、匡恵はただただ歩き続けていた。

次は「か」です。










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FS超ショートストーリィ・四季の歌・全員「四季の髪」

番外編

フォレストシンガーズ

超ショートストーリィ・四季のうた

「四季の髪」

1・春

「あの女の子たちの名前と顔は一致します、リーダー?」
「まったく見分けがつかねえよ」
「……老化現象だなぁ」
「うるせえんだよ。幸生にはわかるのか?」

 若い娘たちがラジオ局の廊下で笑いさざめいている。可愛い子ばかりなのでアイドルなのではないかと、真次郎にも想像はできる。アイドルといえばソロではなくグループなのではないかとも思えるが、彼女たちが何人のなんという名前のグループなのかも真次郎は知らない。幸生は知っていて、なんとか学園何年何組のマイちゃんとユナちゃんと……などと教えてくれたのだが、正直、真次郎にはどうだってよかった。

 春は新学期の季節、新しくデビューするアイドルたちが羽ばたく季節でもあるのか。真次郎としてはお父さん気分になって、ま、おまえたちもがんばれよ、と微笑ましく、彼女たちの大騒ぎを遠くに感じていた。距離としては近いのだが、心情的にひどく遠い感じなのだ。

「えーっ、やっだーっ!!」
「うん、やだ、絶対にやだっ!!」

 やだやだやだやだ、あたしも絶対にやだっ!! と、五、六人の女の子たちがものすごい声を出す。本物の女の子の声のやかましさはおまえ以上だな、当然じゃん、と幸生と囁き合ってから、真次郎は尋ねた。

「なにがやだって?」
「禿げた男はやだ、生理的にヤダ、だそうです」
「……」

 思わず自分の頭に手をやりそうになった真次郎を面白そうに見てから、幸生が手を伸ばして真次郎の頭をつんつんとつついた。


2・夏

 直射日光はお肌の大敵なのである。その昔、子どもは夏の間に思い切り陽に灼けておくと健康になって風邪をひかない、などと言われていたものだが、現在では百八十度ちがう。

「けど、日灼けがどうとかって女みたいだろ」
「男だって肌は大切にしないといけないんだよ」
「いいんだよ、若いんだから」

 忠告してやっているのに、章は日焼け止めも塗らずに海辺に出ていこうとしている。こっちだったらどうだ? 幸生は章に言ってみた。

「直射日光は髪にもよくないんだよ。薄毛になるともてなくなるぞぉ」
「……う」

 うるせえな、と言いつつも、章は帽子をかぶった。


3・秋

 髪は女の命ともいわれる。おしゃれにも髪は大切だ。楽屋の鏡の前に並んですわり、章はとなりにいる隆也の髪に視線をやる。真次郎は父親も兄たちも少々髪が寂しくなってきているとかで、抜け毛を気にする。章の父親は昔は角刈りで、髪の毛が多いのか少ないのかも知らなかった。十五年も会っていない父の髪ははたして?

 そんなことが気になる年頃になったんだな、と章はしみじみしてしまうのだが、乾さんは大丈夫だな。髪の毛、ふさふさだもんな、お父さんも髪は多かったよな、いいなぁ。

「すこし伸びてますね、カットしましょうか」
「ああ、お願いします」

 ごくたまにテレビに出ると、ヘアメイクアップアーティストがついてくれる。隆也の髪を調べていた女性アーティストが鋏を手に、隆也に質問した。

「秋ですねぇ。素敵な俳句ってありません?」
「このシチュエイションに合う俳句ですか」

 ほぉ、乾隆也に俳句の話を振るとは、彼女はフォレストシンガーズファンかな。乾さんの個人的ファンかな、と章は思う。しばし考えてから隆也は口にした。

「わが肩に触れし落葉を栞りけり 加藤敦子」
「風情ありますけど、このシチュエィションに合ってます?」
「秋になるとどうしても、髪が抜けますよね。肩に触れる髪を落ち葉になぞらえて……」
「ふむふむ、なるほど」

 それってやっぱ、抜け毛を気にしてるって意味かな。章は横を向いてくすっと笑った。


4・冬

 雪やこんこ、あられやこんこ、降っても降ってもずんずん積もる

 回らぬ舌で広大が歌う。隆也が高いパートを、繁之が低いパートを担当して、ふたりで広大の歌にハーモニーをつける。広大、おまえは今、ものすごく贅沢な遊びをしてるんだぞ、と父の繁之は内心で思っていた。

 今日はとても天気がよくてあったかいから、テニス日和だね、妻はそう言って、週に一度だけ教えているテニススクール講師の仕事に出かけていった。次男の壮介はベビーシッターにお願いし、長男の広大は繁之がお守りをすると決まっていたところへ、隆也が言ったのだ。

「俺も一緒に遊んでいいか」
「ええ、大歓迎ですよ」

 男三人でドライヴに来て、人気のない公園に車を止め、繁之が広大を肩車して歩き出した。晴れたままに雪がちらついてきて、広大ははしゃいでいる。雪やこんこの歌を歌っていた三歳児が、繁之の頭を指さした。

「パパ、雪のぼうしだ」
「ああ、ほんとだな」
「おじちゃんも……」
「帽子にしたらちっちゃいけど、そうだな」
「乾さん、雪のお帽子っていう歌、作って下さいよ」
「それもいいな」

 幼児と大人の混成コーラスのような、そんな歌が、他には人影の見えない公園に流れる。聴衆を求めたくなって隆也が樹の上を見上げると、小鳥が一羽、小首をかしげて三人を見下ろしていた。

END







FSファンシリーズ「ひとり」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ・ファンシリーズ

「ひとり」

 
 観光シーズンでもない山の中のペンションは閑散としている。こんなところでひとりぼっちなんて、帰りたいと思わなくもないけれど。

「あら、久瑠美、もう帰ってきたの?」
「帰ってきたんだったら家でごろごろしてるなんてもったいない。休暇は返上して会社にいけば?」

 母や姉に言われて仕事に行けば。
「え? 久瑠美、どうしたの? 彼氏と旅行じゃなかったの?」
「ふられたのぉ?」
 同僚には好奇心と、いい気味だというまなざしを向けられるに決まっている。

 家に帰って両親や姉や祖父母と会うのもいやだ、会社に行くのもいやだ。どうしてさっさと帰ってきたのかを、いろんなひとに説明するのはいやだ。だから意地でも、予定通りにペンションに泊まるつもりだった。

 お客が少ないので、食堂も閑散としている。寒い時期の高原なんて外に出てもすることもなく、ずっとペンションにいると掃除の邪魔者扱いされてどうしようもないのだが、それでも私は帰らない。かたくなになった気分のままで、もそもそと夕食をつついていた。

「ああ、いいですよ、こっちで食べたほうが後片付けも楽でしょ」
「他のお客さん、いらっしゃるんですね。そちらの方さえよろしかったら……」
「いやぁ、あっちではイベントをやってるせいで、どこもかしこも満員でしてね」
「こちらで泊まらせてもらって助かりましたよ」

 男性の声が数人分聞こえて、食堂にどやどやと彼らが入ってきた。大きいのや小さいのや、五人の男性だ。全員が二十代だろうか。あっちとはどこだか知らないが、イベントをやっているようなところがあるのか。彼らは私を認めてにこっとして、てんでに頭を下げた。

「腹減ったよ」
「シゲさんなんかもう、ぶっ倒れそうじゃないの?」
「それに近いな。寒かったのもあるし、あったかい料理がなによりだよ」
「お、うまそう」
「お手数かけます。すみませんね、急すぎて」

 テーブルを囲んだ五人のところへ、料理が運ばれてくる。彼らはそのイベントとやらのスタッフなのだろうか。こっちはこんなに寂しくてお客もいないのに、イベントのせいであっちはホテルも満員。はみだした彼らがこっちへ回されたということか。

 賑やかに話をしながら食事をはじめた五人を、私はちらちらと見ていた。
 背が高くてがっしりしていて、黒いセーターを着た男性は、リーダーと呼ばれている。
 ダンガリーのシャツを着たさらにがっしりした中背の男性は、シゲさん。

 小柄で可愛らしい感じで、最年少、二十歳の私と同じくらい? に見える、黄色のセーターの男性は幸生。
 ちょっととがった雰囲気があって、幸生さんと同じく小柄で年齢も同じくらいのような、綺麗な顔をしたピンクのシャツの男性が章。

 もうひとり、すらりと背が高くて、他の四人とはちょっと感じのちがったひとは、乾、乾さんと呼ばれている。もしかしたら乾さんだけはスタッフじゃなくて新人歌手だとか? 他のひととは異なったあかぬけた香りがする。白い厚手のシャツとグレイのパンツのファッションもしゃれていた。

 芸能人なんて会ったことないしなぁ、ほんとにそうだったらちょっと楽しいな。だけど、こんなところに芸能人が来るわけないし。ああ、でも、よそがいっぱいでこっちに回されたという事情だったら、売れない芸能人なんだったらあるかもね。

 食事をする手が止まって、私はそんなことばかり考えている。彼らはシチューやパンやハンバーグの食事を賑やかに食べて、おかわりもしていた。

「久瑠美さんはおかわりは? あら、ちっとも食べてないんですね」
「おかわりはいいです」

 今までは私だけしかお客がいなかったせいで、ペンションの奥さんとは個人的な話もしていた。女の子がひとりっきりで? のわけも、彼女は薄々は察しているだろう。細かい質問はせずに楽しい話しだけをして、久瑠美さんと呼んでくれるようになっていた。

「えーっと、久瑠美さんっておっしゃるんですか」
「え? はい」

 こら、幸生、おまえはまた、と章さんに言われながらも、幸生さんが私のテーブルに近づいてきた。

「どことなくは似てるけど、別人だな。すみません」
「くるみっていうお知り合いがいるんですか」
「いるってか、大学のときにいたんです。くるみちゃんって名前には反応してしまうんですよ」
「そうなんですか……」

 常套手段だろうが、と章さんが小声で言い、くるみちゃん? ああ、と乾さんが呟き、なんだよなんだよ、とリーダーさんが突っ込んでいる。ごめんね、と微笑んで、幸生さんは私のテーブルから離れていった。

 何者なんだろう、あのひとたちは。ひと足先に食堂から出て部屋に帰ってからも、私は考え続けていた。服を着たまま、あかりをつけたままでベッドに横たわって天井を見ていたら、歌が聴こえてきた。

「雪の降る夜は 楽しいペチカ ペチカ燃えろよ
  お話しましょ むかしむかしの 燃えろよぺチカ

 雪の降る夜は 楽しいペチカ ペチカ燃えろよ
  おもては寒い 栗や栗やと 呼びますペチカ

 雪の降る夜は 楽しいペチカ ペチカ燃えろよ
  じき春きます いまに柳も 萌えましょペチカ」
 
 なんて綺麗なハーモニー。その歌に誘われて、私は部屋から出ていった。
 小さなペンションだから、客室は少ない。昭和のころにはペンションというものが大流行したのだそうだが、徐々にすたれてきて、廃業したところもあると奥さんが言っていた。うちの母も、若いころにお父さんとペンションに泊まったよね、と言っていた。

 ここは奥さんの料理がおいしいから、細々と続いてはいるけれど、シーズンオフには今夜のように閑散としている。寂しいわね、と奥さんは言っていた。
 そんなペンションの、応接室というのだろうか。歌はそっちのほうから聴こえてきていた。

「雪の降る夜は 楽しいペチカ ペチカ燃えろよ
  誰だか来ます お客さまでしょ うれしいペチカ

 雪の降る夜は 楽しいペチカ ペチカ燃えろよ
  お話しましょ 火の粉ぱちぱち はねろよペチカ」

 そおっと部屋を覗くと、幸生さんと目が合った。慌てて顔を引っ込めようとしたのだが、入っておいで、と手招きしてくれている。私はおずおず部屋に足を踏み入れた。

「こんばんは、久瑠美ちゃん、よかったら俺たちの歌を聴いていって」
「コーヒーや紅茶だと眠れなくなるかもしれないから、ココアを作りましょうか。みなさんはブランディ入りがいいでしょうかね」
「お願いしまーす」

 静かに聴いていた奥さんが出ていくと、私は言った。

「えっと、いいんですか」
「もちろん。いいんですかじゃなくて、聴いてもらえると嬉しいですよ」
「あのぉ、えっと、乾さんって歌手?」
「乾さんだけ? そしたら俺たちは?」
「バックコーラスのひとたちとか……イベントのスタッフとか」
「そっか、そう見えるか」

 会話の相手は幸生さんで、乾さんは苦笑いしている。こちらも苦笑いの章さんが言った。

「そう見えるのも無理はないかな。俺は木村章」
「本庄繁之です」
「乾隆也です。よろしくお願いします」
「で、俺はリーダーをつとめさせてもらっています、本橋真次郎です。幸生、行くぞ」
「はいはーい。あ、俺は三沢幸生。ではでは」

 なにを行くのかと思ったら、こうだった。

「五人合せてフォレストシンガーズ。でゅびでゅびどうわーーー」
「……わ、すごい」

 すごいと思わず言ってしまったのは、自己紹介が素晴らしいハーモニーの歌になっていたからだ。フォレストシンガーズって知らなかったが、五人グループの歌手だったのか。

「去年の秋にデビューして、一年以上はたったんだけど、売れてないんだよね」
「久瑠美ちゃんが知らないのも当然だって感じだけど、乾だけが歌手に見えた?」
「ごめんなさい」
「あやまらなくてもいいよ。乾は……うん、ま、そんなもんだろ」

 苦笑いしっぱなしの本橋さんが言い、乾さんも言った。

「よろしければあなたのお名前も聞かせていただけますか。久瑠美ちゃんだけでもいいんだけどね」
「……ん、じゃ、久瑠美ちゃんって呼んで下さい」
「かしこまりました。さて、リクエストはおありでしょうか」
「えとえと、フォレストシンガーズの歌を聴かせてほしいです」

 デビュー曲を歌ってくれた。

「やわらかな髪を揺らすあなたが
 僕の胸に頬を埋めて囁く
 顔を上げて目を閉じたあなたに
 そっと口づけ

 あなたがここにいるだけで
 僕は他のなんにもほしくない
 愛しているよ
 あなたが僕を愛してくれている以上に
 僕はあなたをこんなにも愛してる」

 聴いていると知らず知らず、涙が出てくる。くしゅっと鼻をすすった私に、幸生さんがハンカチを貸してくれた。

「つらいことでもあった? 俺に話してごらんよ」
「……幸生、そうやってまた……」
「章はうるせえんだ。黙れ。俺は久瑠美ちゃんに訊いてるんだから」
「幸生、無理強いはいけないぞ」
「乾さん、無理強いはしませんから」

 このひとたちって同い年ではなさそうだ。見た目はシゲさんが最年長っぽいが、実際は乾さんと本橋さんが年上なのだろう。彼らの口のききかたでわかる。そんなことも考えてから、私は言った。

「ほんとはね、彼が……私の彼氏が……今ごろしか休暇が取れないから、久瑠美も休みを合わせて旅行しようって言ってくれたんです。あんまり人のいないところがいいな、ふたりっきりでのんぴりゆっくりしたいなって、彼氏はいつも忙しいから、そのつもりでこのペンションを予約したの」

 だからこそ、奥さんは察している。彼氏の名前でふたりで予約したのに、来たのは私ひとりだったのだから。

「なのにね、喧嘩しちゃったんだ。私が悪かったのかな。俺は行かない、行きたいんだったらひとりで行けって言われて……お金がもったいないから行くよ、って言い返して……もうおしまいなのかな。意地っ張りの私なんか嫌われちゃったのかな。今の歌、あなたがここにいるだけで? 私だってそう思ってたのに……」

 駄目だ、涙があふれてくる。幸生さんが私の背中をとんとん叩いてくれ、乾さんが涙をぬぐってくれる。いつの間にか入ってきていつの間にか出ていったのか、奥さんが持ってきてくれたココアをシゲさんが勧めてくれ、章さんはギターを弾いてくれた。

「恋人同士の喧嘩ってのはさ……乾、言えよ」
「俺たちが軽率になんだかんだ言うよりも、歌おうか。章、久瑠美ちゃんの元気が出そうな曲、弾いてくれ」
「ハードロックでもいいですか」
「ロックは合わないだろ」

 それから彼らは、たくさんたくさん歌ってくれた。遅くまで歌を聴いて、私はセンチになって泣いてばかりいた。疲れて眠ってしまったらしくて、ふと気がつくとベッドにいた。服のまんまで眠ってしまったようで、軽くしていた化粧は剥げてしまっている。誰かが私を部屋まで運んでくれたの? 思い当ると頬がかあっと熱くなった。

「うわ、ちょっと外気に当たろう」
 ひとりごとを言って窓を開けると、車が留まっているのが見えた。その車に向かって歩いていく、昨夜の五人の姿も見える。まともな言葉にもならない声で叫んだら、五人が一斉に振り向いた。

「久瑠美ちゃん、昨日はありがとう!!」
「こちらこそっ、ありがとうございますっ!! おかげさまで元気が出ました」
「それはなによりだよ。俺たちも歌をたくさん聴いてもらえて嬉しかった」
「お客さまがいてくれると、単に練習しているよりもずっとずーっと楽しいからね」
「今日はきっといいことあるよ」
「じゃあね!!」

 みんなしてにこにこと手を振ってくれる。私も手を振って、車に乗り込んだ五人に最後に叫んだ。

「ファンになりますからねーっ!! CD、買いますからねっ!!」
「おーっ、期待してますよっ!!」

 幸生さんの声が響いて、車が走り去っていく。車の方向からこちらにやってくる男性は? もしかしたら……? 幸生さんが言った通り、今日はいいことがあるのだろうか。フォレストシンガーズは私の福の神?


END







 
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プロフィール

はーい、ユキちゃんでーす。本橋真次郎、乾隆也、本庄繁之、木村章、そして、私、三沢幸生からなる五人のフォレストシンガーズストーリィを、ぜひぜひ読んで下さいませませっ。我々五人と山田美江子、小笠原英彦のメインキャラに加えて、他にもいろんなひとが登場しますが、ストーリィはすべてつながっていますので、どれかから読んでいただいて興味を持ってもらえたら、他のも読んでね。そして、別小説もあります。読んでいただけましたら、コメントなどいただけると最高に嬉しいです。よろしくお願いします。

quian

Author:quian
フォレストシンガーズ
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