茜いろの森

フォレストシンガーズ、本橋真次郎、乾隆也、本庄繁之、三沢幸生、木村章、そして山田美江子、小笠原英彦。メインキャラに加えて、その他大勢登場する連作短編集がメインです。フォレストシンガーズ以外の小説もあります。

はじめていらして下さった方へ❤

内容紹介

ようこそいらっしゃいませ

はじめて「茜いろの森」をご訪問して下さった方、
ありがとうございます。
当ブログのコンテンツのようなものについて、説明させていただきます。

「NOVEL」と番外編はフォレストシンガーズ小説で、
全部がつながっています。
フォレストシンガーズの五人、
本橋真次郎、乾隆也、本庄繁之、三沢幸生、木村章。
及び、山田美江子、小笠原英彦。

メインとなるのはこの七人で、
彼らとどこかしらでつながりのある人々が、
別の物語になって動いていたりもします。

フォレストシンガーズキャラクター相関図」も、お粗末ながら作ってみました。

番外編はフォレストシンガーズ以外のキャラが主役、
のはずだったのが、
いつしか妄想ストーリィメインになりました。

「未分類」は言い訳、ご挨拶、お願いなどなど。
「FOREST SINGERS」には第一部からの完了記念企画やら、
著者が彼らに書かせたエッセイやら(そうなんですよ)を載せています。

「内容紹介」はあらすじ、タイトルの曲名説明、
などなどです。

「ショートストーリィ」は、茜いろの森の小説は長すぎる、とおっしゃる方のため、
はじめてご訪問くださった方に、おためしで読んでいただくための、ごく短い小説を置いています。
ただいまのところ「ショートストーリィ」カテゴリには、musician、しりとり、などがあります。
興味を持って下さったら、メインのフォレストシンガーズノヴェルも覗いてみて下さいね。

「別小説」は同人誌仲間と書いたリレー小説の番外編、友人のクリエストで書いた小説、
私が昔から書いているフォレストシンガーズではない小説もあります。
そっちにもフォレストシンガーズの誰かが顔を出す場合もあるのは、
著者の趣味です。

そこから独立した、グラブダブドリブやらBL小説家シリーズやら、リクエストいただいて書いた小説などもあります。
BLとはそう、あれ、BL小説家の桜庭しおん作の過激な小説が作中作として出てきますので、お嫌いな方はくれぐれもごらんになりませぬよう。

他にもBLがかった物語もありますので、そういう場合は「注意」と赤字を入れておきます。

「共作」はまやちさんとの共作。
「連載」は私も連載をやってみたくてはじめた、ロックバンドの物語です。
ひとつひとつがおよそ1000字ほどですので、お気軽に入っていってやって下さいませ。

「お遊び篇」は、またややこしくて、
えーと、つまり、フォレストシンガーズストーリィのキャラたちが名前はそのままで、
別人になって別世界に生きている物語です。
すみません。

「リレー」カテゴリもあります。
その他、これからも増やしていく予定であります。

こんなアンケートを作りました。同じものがトップページにもあります。
できましたら投票して下さいな。楽しみにしております。














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どれから読もうかな? の方へ・追伸

内容紹介

フォレストシンガーズについて、などなど


四年ほど前に私の頭の中に生まれてきたアキラ。
「俺はもとからいたんだから、生まれてきたんじゃないんだよ」
と、本人は主張しておりますが。
本人の主張はさておき、アキラが生まれてきたおかげでフォレストシンガーズが誕生しました。

凝り性で、そのくせ飽きると離れていってしまうという著者が、唯一、何十年も飽きずに凝りまくっているのが「小説を書く」ということ。

昔は投稿したり、紙の同人誌を作って発表したりしていました。
この時代になって、ホームページを作ろうかと思い、むずかしそうだから避けていて。
そんなころにフォレストシンガーズの小説を書き溜めていましたので、そうだ、ブログで発表しよう!! と決めたのでした。

そうしてフォレストシンガーズメインの「茜いろの森」を創設してから約二年半。
最近はグラブダブドリブ、ジョーカー、しおんとネネのシリーズや連載。
ショートストーリィなども書いてはいますが、やはりメインはフォレストシンガーズです。

「茜いろの森」をご訪問下さった方で、フォレストシンガーズってなに? と興味を示していただけた方は、「内容紹介」、「forestsingers」カテゴリをお開き下さいませ。
All title list(作品数が多いので、2ページになっています)の中にあります。

そのカテゴリの中の「こんなお話です」に目を通していただけると幸いです。

小説でしたら、ショートストーリィ(musician)の中のフォレストシンガーズ物語、一話~七話までをお読みいただけるのが、いちばん最初でしたら最適かと思われます。
フォレストシンガーズストーリィ1-第一話「はじまり」

どれから読もうかな? の方へ
「The Chronicle・ショートバージョン」
もわりあい短めです。

長くてもいいとおっしゃる方には、「The Chronicle」全11話のロングバージョンもございます。
小説200(The Chronicle)第一部

その他にもフォレストシンガーズストーリィはあちこちに散らばっております。
お急ぎでない方は「あらすじ」なども見ていただいて、お好みに合うストーリィを見つけていって下さいませ。

みなさまのアクセスや拍手、コメントなどは著者の最大の喜び、励みでございます。
変なコメント(変というのは種々ありますが)でない限りは必ずお返事させていただきます。
URLを残していただければ、コメントを下さった方のブログにも遊びにいかせてもらいますねー。

さて。
いついつまでもブログを続けていきたい、というのが私の最大の希望でもありますので、今後ともどうぞよろしくお願いします。
こんなミニアンケートにも、よろしかったらお答え下さいね。




2013/8月
津々井茜



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どれから読もうかな? の方へ

内容紹介

2011/5/28

「The Chronicle・ショートバージョン」

**はじめに

 長い「The Chronicle」をブログにアップしてから、考えました。
 はじめてフォレストシンガーズストーリィを読んで下さる方は、「The Chronicle」から読んでいだけるといいな。彼らの大学一年生から三十歳までの物語だから、ちょうどいいな。
 でも、最初に読んでいただくには長すぎるかも。
 ならば、ショートバージョンを書こうと決めて書いたのがこのストーリィです。「The Chronicle」の抜粋ではなく、エッセンスを抽出して短くまとめたものですので、長いのも短いのも両方読んでいただけると嬉しいです。
 このストーリィを読んでフォレストシンガーズに興味を持って下さった方は、「The Chronicle」本編もぜひどうぞ。もちろんその他のたくさんたくさんあるストーリィも、読んでいただけると嬉しくて嬉しくて、著者は舞い上がってしまいまする。

 なお、これでも長いだろ、とおっしゃる方には、さらに短いのもあります。
フォレストシンガーズストーリィ1-第一話「はじまり」
ここからスタートする七つのストーリィも、よろしくお願いします。

 ではでは、ショートバージョン、お楽しみ下さいませ~。



1・真次郎

 七つも年上の兄貴たちに育てられた十八歳の暴れん坊が、桜の花なんて気にしているわけもない。あのころの俺は桜なんて見てもいなかっただろうけれど、この季節になると思い出す。あの日もこうして桜が満開に咲き誇っていた。
 桜吹雪と聞くと遠山の金さんを思い出す俺にも、自分自身の桜吹雪の思い出はある。大学の入学式、俺の運命を決めた日。大仰に言えばそうだったのかもしれない。
 空手家で双生児の兄貴たちに反発したいためもあって、俺はスポーツ嫌いだった。好きなものはたくさんたくさんあれど、中では音楽がもっとも好き。ピアノも好きでクラシック音楽も好きだったのだが、オーケストラなんて俺のガラじゃねえや、だった。
 サークルに入ろうとして迷った末に、俺は合唱部を選んだ。新入生勧誘パフォーマンスで歌っていた女性たちの美しい声や、当時の女子部キャプテンの美しい容姿に魅せられたせいもあった。
 飛びこんでいった合唱部の部室で、先輩の星さんに会った。彼の人柄に惹かれて、入部してから触れ合った男子の先輩たちにも惹かれていって、俺は強く強く合唱部に傾倒していく。歌というものにものめり込んでいく。
 それからもうひとつ、同級生との出会いもあった。東京生まれの俺がこの大学に入学し、合唱部に入部しなかったとしたら、おそらくは会わなかった乾隆也だ。
「乾、本橋、おまえたち、夏のコンサートでデュエットをやれ」
 キャプテン高倉さんのその命令が、俺たちを結びつけた。いや、高倉さんの言葉がなかったとしても、俺たちは特別な仲になっていただろう。男同士で特別とは気持ちが悪いのだが、そうなのだからどうしようもない。
 金沢生まれの乾と俺、運命論も俺のガラではないけれど、そんなこともあるのかなぁ、と今になれば思う。それからそれから、もうひとり、彼女との出会いはまちがいなく、俺の運命を変えた。
「綺麗だねぇ。あれから何年たつんだろ」
「あれから何年なんて振り返るのは、年を食った証拠だぜ」
「だけど、このシーズンには思い出すでしょ」
「うん、まあ、そうだな」
 近所では一番豪壮な邸宅の塀ごしに、ゴージャスな桜が咲きこぼれている。まるで秀吉が愛でた醍醐の桜のよう……俺はそんなものはこの目で見ていないのは当然だが、こんなだったのだろうと思う桜だ。そんな桜を見上げて、俺は妻と会話をかわす。
 あれから何年、その何年とは、おまえとおまえと出会ってからの歳月と一致する。おまえ、とは乾と美江子だ。美江子とは「あれ」がいつなのかをわかり合っている。仲間たちとの出会いと、美江子との出会いがあって、今、俺はここに立っている。


2・美江子

 母校のキャンパスの花壇には、ポピーの花が並んで咲いていた。
「可愛いチューリップの花ですね」
「……あのね、三沢くん」
「はーい」
 咲いた咲いたチューリップの花が、三沢くんが歌う。十八歳の男の子がそんな可愛い声を出す? キミのほうが花よりも可愛くて、声だけだったら幼稚園児の坊やみたい。顔を見ても中学生みたい。ふたつ年下の三沢幸生を見つめていたら、吹き出して笑い出した。
「美江子さん、なにがそんなにおかしいんですか。そんなに笑わないで」
 笑いすぎて涙が出てきたら、三沢くんは私の背中をとんとん叩いてくれた。
「美江子ちゃーん、泣いたら駄目よ。べろべろばー」
 今、ここにいるのは、その三沢幸生、最年少の大学二年生。彼に較べるとずいぶんとお兄さんに見える、本橋真次郎、乾隆也、彼らは私と同い年の大学四年生だ。そして、大学三年生の小笠原英彦と本庄繁之。五人がキャンパスに集まって、本橋くんが私に正式に紹介してくれた。
「フォレストシンガーズだ。決定したよ」
「……うん」
 詳しくなんか言ってくれなくてもわかる。大学の男子合唱部で知り合った五人が、ヴォーカルグループを結成した。私も話は聞いていたけれど、正式に決定したから改めて紹介してくれたのだ。
「三沢くん、覚えてる?」
「覚えてるってどれですか? あの樹の陰で美江子さんとキスしたこと? むふふ」
「おー、三沢? おまえ……美江子さんと……このぉ」
「きゃああ、小笠原さんっ!! 許してっ!! だって、愛し合ってるんだもんっ」
「許さない。待て」
 逃げていく三沢くんを、小笠原くんが追いかけていく。本庄くんはきょろきょろしてから、私にもの問いたげな目を向ける。乾くんは笑っていて、本橋くんが質問した。
「山田、おまえ、ほんとにあんなガキとキスしたのか?」
「そうじゃなくて、この花壇に咲いてた花よ」
「花なんか咲いてたか?」
「春には咲いてたでしょうが」
「そうだったかなぁ」
「あのへんにはどんな花が咲いてたか、覚えてる?」
 冬枯れの花壇には花はなく、本橋くんと本庄くんは悩んでいる。乾くんは言った。
「花壇なんだから花はあるよ。春の花だったら……あのあたり? ポピーだったな」
「さすが乾くん。花の名前も知ってるし、記憶力もいいよね。本橋くんや本庄くんも見習いなさい」
「はい、すみません」
 本庄くんは素直に答え、本橋くんは言った。
「歌詞は覚えないといけないけど、男は花の名前なんか知らなくていいんだよ」
「でも、本橋さん、歌には花が出てくるでしょ」
「俺は出さないからいいんだ」
 ポピーの花が咲いていたころに知り合った、大学一年生だった三沢くん。二年近くがたっても、彼の声は黄色くて、小笠原くんにつかまえられてきゃあきゃあ悲鳴を上げている。
 なんでおまえは花の名前なんか知ってるんだ、と本橋くん。乾さんのおばあさんは、お華の先生だからでしょ、と本庄くん。ポピーくらいは常識だろ、と乾くん。そんな五人で、歌の道を歩き出すんだね。私も一緒に歩いていく。
 きっと近いうちには、あなたたちはプロになる。私はあなたたちのマネージャーになる。目の前にはお花畑が広がっている。未来をそう考えれば、頬を刺す冬の風までが、あたたかく感じられた。


3・隆也

 アマチュアながらも、ノーギャラながらも、仕事をさせてもらって泊まらせてもらった海の家の庭に、朝顔の花が揺れている。青や紫の暗い色ばかりで、朝から俺の気持ちも暗くなりそうだ。
「……暗い色合いだと思うから暗く感じるんだ。暗いんじゃなくて爽やかで清々しい色の花だと思え、隆也、気は持ちようだ。ものは考えようだ」
 山田、本橋、乾が大学を卒業してから一年余り、今年は一年下の本庄シゲ、小笠原ヒデも卒業した。三沢幸生は大学四年生。俺たちはいまだアマチュアだ。
 プロになるための道は険しくて、真夏の朝に海辺にいても心は浮き立たない。一昨年までは別の海辺で大学合唱部の合宿をしていて、あのころはひたむきに楽しかったのに、俺の青春は卒業とともに終わったのか。
 暗くばかり考えてしまうのは、ヒデがいなくなってしまったから。ヒデは結婚するからと言って、梅雨のころにフォレストシンガーズを脱退してしまった。
 一年生の年にだけ合唱部にいて、大学をも中退してロックに走っていた木村章は、幸生とは仲良くしていた。シゲやヒデとも親しくしていたらしいが、本橋や俺は章とはほとんど交流もなかった。その章を幸生が連れてきて、強引にフォレストシンガーズに参加させた。
 であるから、人数的にはフォレストシンガーズはもとに戻っている。それでもそれでも暗いのは、章が俺を嫌っているから? 俺が悪いから? あいつだって悪いだろ。
 章は彼女のスーちゃんと喧嘩ばかりしていると言う。喧嘩はするのが当然だろうが、彼女と彼は暴力沙汰の喧嘩になって、章はスーちゃんに殴られて殴り返すという。そうと聞いて説教したのがはじまりだった。
 もてるらしき章は、女性の母性本能をくすぐるのだろう。綺麗な顔をしていて細くて小柄で、反抗的なロッカー。彼は小さな薔薇なのか。美しい外見に引きつけられて寄っていく女は、刺にさされて傷つく。女性が守ってやりたいと感じる男の章は、時に牙を剥く。
「あいつは弱気で寂しがりなんですよ。そんなところを隠したくて反抗的になったり、女にばっか強く出たり、実は最弱軟弱脆弱柔弱……」
「幸生、そのへんでいいよ」
 弱のつく単語を並べ立てようとする幸生を、途中でさえぎったこともあった。
 女に暴力はふるうし、遅刻はするし、説教するとふてくされるし、リーダーに殴られるとふくれるし、その上にその上に、あろうことか、ファンの方につっけんどんにする。あまつさえ、突き飛ばしたりもする。あのときは俺は章の頬を軽く張り飛ばした。
「あいつはフォレストシンガーズのファンじゃなくて、ジギーのファンだった女ですよ。乾さんには関係ないじゃん」
 ジギーとは、章がヴォーカリストとして加わっていたロックバンドだ。インディズとしては人気があったのだそうで、章にはそのころからのファンがついている。
「なんであろうとも、ファンの方にそんな態度を取ってると癖になるんだよ。俺たちがメジャーデビューして、支持して下さるファンの方におまえがそんなだと、プロのシンガーとしては最悪だろ」
「ファンなんてうぜえんだもん。それにさ、俺たちがメジャーになるなんて……乾さん……わかりましたから。いやだよ」
 手を上げて顔をかばっている章を、きつく殴る気はなかった。説教だってしたくはなかったのだが、彼は本心からそう思っているのかと、おりに触れては説得してきた。章だってわかっているだろうに、ロッカーらしき反逆心なのか、素直にうなずいてはくれない。
 先輩風を吹かせて説教ばかりするうざい奴。章にはそう思われているのはまちがいない。俺の存在に嫌気が差して、章がフォレストシンガーズを脱退したとしたら……そう思うと気持ちが暗澹としてくる。真夏の朝を俺のグレイの吐息が曇らせていると、幸生の声が聞こえた。
「おはよう。隆也さん、ユキちゃん、キスしてあげようか」
 十八番の幸生の女芝居だ。俺が暗くなっていると察してなぐさめてくれようとしているらしいが、こんななぐさめはいらない。強いて荒々しく言った。
「幸生、おまえ、あの花の名前を知ってるか。まちがえたら罰として、あそこに見えてる灯台までランニングだぞ。言ってみろ」
「あの花? ええとええと……チューリップ、桜、薔薇、菊……他に花ってあったっけ。ええとええと……そうだ、ポピー!! きゃーーっ、乾さんっ、なにをなさるのっ?!」
「ランニングだって言っただろ」
「隆也さんもつきあってくれるの? そしたらね、おんぶして走って。きゃわわーっ!! ひとりで走りますっ!! 先輩ったら怖いんだから。ユキちゃん、そんなことされたら疼いちゃうわ」
「……黙って走れ」
「はいっ!!」
 前を走っていく幸生の髪が朝陽に輝いている。朝顔が幸生と俺を見比べて笑っている。くよくよと考えているよりも、俺たちは走らなくっちゃ。


4・英彦


 暑苦しい花だな、と呟くと、恵が言った。
「夾竹桃。ヒデって花の名前を知らないね」
「男は普通はそうだろ」
 乾さんは別として、シゲも幸生も本橋さんも花の名なんて知らなくて、美江子さんが呆れてたよ、とは口の中で呟く。
 遠い遠い昔の友達なんて、思い出すと虚しいだけなのに、今では気軽に親しくできる男友達がいないせいか。妻と子はいても女友達はさらにいない。友達がいても妻や子はいない男だって多いのだから、俺は幸せだ。
 紫陽花を見ると楽しかった学生時代を思い出すから、あの花は嫌いだ。梅雨がすぎて真夏になり、紫陽花は見なくなったと思ったら、今度は暑苦しい花か。
「濃いピンクは暑苦しいかもしれないけど、白いのはよくない?」
「俺は好きじゃないな」
「たしか夾竹桃って、根だか樹だかに毒があるんだって」
「食うと死ぬのか?」
「そうかもね」
 毒のある樹は食ってもまずいだろう。別に死にたくはないのだから、夾竹桃を食う気もないけれど、最悪、あいつを食えばいいんだな、なんて思って苦く笑った。
 数年前にフォレストシンガーズを脱退して結婚し、子供ができて普通の父、普通の夫、普通のサラリーマンになった。フォレストシンガーズがデビューしたとの噂は聞かないし、シンガーズだって普通の人間なんだから、俺とはなんちゃあ変わりもせんちや、ではあるのだが。
 なのになんだって、俺はこうして鬱々している? 夏の陽射しの中、淡い緑のワンピースを着て、白いパラソルを差した妻はけっこう美人で、妻の押すベビーカーの中の瑞穂は、天使のように愛らしい赤ん坊なのに。
「パパ、買いものしてくるから、見ててね」
「ああ。ゆっくり行ってこい」
 ドラッグストアに入っていく妻を、外で待っている。俺はガードレールに腰かけて、ベビーカーを見つめている。瑞穂がほにゃほにゃと笑っている。可愛いな、おまえは俺の娘なんだもんな。けど、おまえがいなかったら俺は……
 ふっとよくない想いが浮かび、頭を振った。赤ん坊は父親の悪心を感じたのか、唐突に泣き出す。抱き上げるといっそう泣く。ドラッグストアから恵が顔を出した。
「パパ、泣かしたら駄目。ちゃんと見ててよ!!」
 怒鳴られて怒鳴り返した。
「赤ん坊ってのは泣くのが仕事だろ。俺のおふくろはそう言ってたぞ。文句があるんだったらさっさと買い物をすませて出てこいよ」
「もうっ、役に立たないんだから」
 これではまた喧嘩になりそうだ。冷戦になるのか舌戦になるのか。せめて明るい喧嘩だといいな。こうなってくると妻も娘もうっとうしくて、俺は夾竹桃に悪態をついた。
「家出したいよ。失踪したいよ。くそっ!!」
 ベビーカーに戻すと、瑞穂は顔を真っ赤にしていっそういっそう泣き出した。
 

5・繁之


 この花だったら知ってるけど、なんて名前だっけ? 幸生だったらチューリップだと言いそうだが、チューリップではないのは知っている。チューリップは春の花だ。
 アマチュア時代にはこの公園で、五人で練習をしてきた。筋トレやキックボクシングごっこや、ランニングもした。議論もした。コンビニで買ってきた夜食やら、美江子さんがさしいれてくれた手作りの豚汁なんかも食った。
 本橋さんが不良にからまれていた高校生を助けたり、乾さんが女の子をかばったり、章がどこかの男に殴られそうになったり、幸生が泣きそうな顔でブランコにすわっていたり、そんな思い出がたくさんたくさんある。
「俺の書いた曲なんです。乾さん、見て下さい」
「お、書けたか……うんうん……ヒデ、これ、駄目だろ、これは」
「なんでですか」
「自分で考えろ。ほら、ここだよ」
 俺にはできないソングライティングについて、乾さんと話していたヒデの声を思い出す。ここんところは盗作だろ、と指摘されたヒデは、あとから言っていた。
「あのときには乾さんを殴りそうになって、辛抱したんだ。俺、えらいだろ」
「アホか。当然だよ。盗作だって言われて怒って、乾さんを殴ったりしたら、俺が許さんからな」
「……おまえにやり返されたら俺は死ぬから、やらんでよかったな」
 がははっと笑った声までも思い出した。
「とうとうデビューしたんだよ。ヒデは知らないだろ? フォレストシンガーズなんて名前、どこにも出てないもんな。でも、もうじき各地のFM放送挨拶回りをするんだ。おまえはFM放送のある地域に住んでるのか? 茨城や高知だったら聴けるよな。おまえがどこにいるのかは知らないけど、元気なんだろ? 幸せなんだろ? 結婚したのかな。子供もできたのかな。恵さんって……うん、まあ、美人だよな。おまえも顔は整ってるんだから、可愛い子供だろうなぁ。会いたいな」
 ヒデの子供よりもヒデ本人に会いたい。この花、なんて名前だ? ヒデに質問したい。ヒデもきっと知らないだろうから、乾さんと美江子さんにも来てもらおう。花の名前はどうでもいいから、本橋さんと幸生も呼ぼう。章は、呼ばないほうがいいんだろうか。
「みんなで言うんだよな。幸生は言うんだよ。チューリップ? あいつの定番だからさ。本橋さんは薔薇だって言うかもな。そしたら美江子さんか乾さんが……あ? コスモス? そうだったかも。自信はないけどそうかもしれない。誰かが教えてくれたんだ。おまえじゃないだろうけど、ありがとう、ヒデ。コスモスだな」
 自信はないがコスモスだと決めた白や薄桃色の花を見ながら、ヒデに話しかける。繊細で可憐な花だ。俺にもこんな彼女ができたらいいな、ヒデのことばかり考えている女々しい自分が腹立たしいのもあって、コスモスに意識を向けていた。


6・幸生

「悲しくったって、苦しくったって
 ステージの上では平気なの
 だけど、涙が出ちゃう
 だって、ユキちゃん、女の子なんだもんっ!!」

 この替え歌を歌うとシゲさんは脱力し、リーダーはげんこつを固め、章はキックをしかけてきて、美江子さんはため息をつく。乾さんは俺の肩を抱いてくれた。
「そういうタイムリーな歌を歌うな。売れなくて悲しくて苦しいなんてのは、もっと長くやってから言うもんだよ」
「身も心もユキちゃんになっていい?」
「心は見えないから、ユキちゃんになってるんだとおまえが言い張れば、俺もうなずかざるを得ない。身は見えるんだぞ。なってみろ、なれるのか、え、幸生? なれるのか」
「そんなご無体な……」
 変身はできそうにないので諦めて、心だけはユキちゃんになろうと乾さんにくっつく。本橋さんとシゲさんはむこうで、俺たちを見ないように必死で無視しようとしている。章は美江子さんと、虫みたいにちっちゃい花のそばでお話していた。
「俺もやっぱ本物の女性とお話したいなぁ……」
「俺に女になれって言ってるのか」
「乾さんが女になったって……俺の趣味は知ってるでしょ」
「小柄でキュートな美少女だろ」
「そうそう。俺を女の子にしたような美少女ね」
「女性は男装すると十歳若く見え、男は女装すると十歳老けて見えるという。肌の差だそうだな。幸生、不精ひげがはえかけてるぞ」 
 人を現実に立ち返らせる無情な発言をしてから、乾さんは公園のベンチにすわった。
 ここは兵庫県の公園。近隣の人々の憩いの場になっているようで、そぞろ歩くカップルや家族連れや友達連れは大勢目につく。けれども、だあれも俺たちに目を留めてはくれない。俺たち、フォレストシンガーズっていうんだよぉ!! って叫ぼうか。パークライヴをやろうよ。無料だよ。俺たちの歌を聴いて、拍手を、歓声を下さい。
 餓えるほどにそう思う。デビューしてから二年がすぎて、今年も秋になって、いろんないろんな仕事をしてきたけれど、俺たちはまったく認められないまんまだ。
 試行錯誤を繰り返し、多種類の歌のジャンルにチャレンジし、テレビのバラエティ番組に出たり、ラジオに単発で出演したり。そのどれもがフォレストシンガーズの糧にはなっただろうけれど、実を結んではいない。
 乾さんの言う通り、悲しむにはまだ早いと知ってはいるけれど、イベントに出演させてもらって主催者にないがしろな扱いを受けると、へこみたくなる。無名のシンガーって人間じゃないの? 猫だったら不細工でももてはやされるのに、ユキちゃんは可愛くても愛してもらえないんだわ。
 なんてね、こうやって自分の中でもひとり芝居をやって、俺はてめえを鼓舞する。乾さんと美江子さん以外は芝居をやると怒るけど、実はちょっぴり癒されていたりするんでしょ。
「乾さん、あの虫みたいな花、なんて名前ですか」
「紅の虫か。あれはおまえには高度だろうな」
「花に高度や低度ってあるんですか」
「あるんじゃないのか。一般的知名度の高い、おまえでも知っているチューリップや桜から、おまえだと知らなくても普通な萩や竜胆やえのころ草、さらに知名度の低い、イタドリ、ベニタデ、ゲンノショウコ、などなど。知名度レベルでも花は多種に分類できるんだよ」
 それってシンガーになぞらえてる? シンガーとはさかさまに、花は知名度が低いほど高度なのか。俺は今、乾さんが言った花の中から、あの虫のようなちっこい花の名前を探した。
「リンドウかなぁ。ちがう? 萩」
「おまえにだったら推理は簡単だろ。覚えないと意味ないんだぞ」
「はあい」
 我々だって覚えられないと意味がない。しかし、公園でフォレストシンガーズの名を連呼するのは、犯罪に近いのかもしれない。そのためにはどうすればいいのかも、模索しながら歩いていく。それが我らの生きる道?
 これからも俺たちは、シンガーとして高級になるために努力する? 高級とひとことで言うべきなのかどうかもわからない暗い道を、みんなで歩いていく。
 ねえ、隆也さん、頼りにしてるからね。俺はあなたの背中を特に見つめて、一生懸命ついていくよ。どこまでも連れていってね、ごろにゃん。


7・章

 デビューしてから六度目のクリスマス。去年にはシゲさんが結婚し、フォレストシンガーズはほんのちょびっと有名になった。有名になったと口にするのもおこがましいが、デビュー当時から二、三年ほどの真っ暗闇からは抜け出しつつある。
 二十二歳でプロのシンガーズの一員となった俺は、二十七歳になった。愛した女もいるけれど、スー以外の女とはすべてが切れた。スー以外の女はどれもこれもがまやかしだったのだから、切れて後悔もしていないが、心に寒い風が吹く。
 クリスマスのイルミネーションやツリーや、音楽で浮き立つ街で俺はひとり。すこしは売れてきたといっても、ちびの俺がひとりで街を歩いていても、ファンに発見されて騒がれるなんてまずない。そのほうが気楽だけど、時にはこんなこと、ないかなぁ。
 女子大生の集団が俺を見つけ、わーっと取り囲み、サインだ握手だ写真だと騒いだあげくに、その中でもとびきり可愛い子が言う。
「あたしたち、これから女の子ばかりでパーティするの。木村さんも来て」
 五、六人の女の子は全員が、俺の好みの小柄で細身の美人ばっかり。俺は迷惑そうなそぶりをしながらも言うのだ。
「ちょっとだけだったらつきあうよ。ケーキでも買っていこうか」
「木村さんが来てくれるだけで嬉しいの」
「そうは行かないだろ。女子大生のパーティに社会人が手ぶらでは行けないよ。これで好きなものを買えよ」
 札を握らせると、女の子たちは感激して、みんなそろって背伸びして、俺にちゅっちゅっのちゅーっ!! ……ああ、虚しい。
 つまんねえからナンパしようかな。スターになっていない現状の利点は、道行く人々のほとんどが俺を知らないこと。ナンパして釣り上げた女もたいていは俺を知らないから、適当にごまかしてホテルに連れていって寝て、適当にバイバイ。
 乾さんに知られたら叱られるだろう……そう考えてから、あんたもやってんだろっ、と胸のうちで叫び返す。可愛い子はいないかと物色していたら、街角にたたずむ女の姿が見えた。ベージュのコートのすらっとした女は、俺と同じくらいの身長だ。小柄ではないけど、まあ、許容範囲。俺は彼女に近づいていった。
「彼女、ひとり? お茶でもどう?」
 顔が見たいのに、彼女はうつむいたまんまだ。どこかで見た女……有名人かな? 気が逸って気もそぞろになっていた。
「誰か待ってんの? ふられたんだろ。俺とお茶しようよ。メシだっておごるよ」
「……」
「すかすなって」
 苛々してきたので、ちょっとだけ怒らせる手段に出た。
「顔を見せてよ。見せられないってのはブスなんだろ」
「……え……」
「いやいや、ブスじゃねえよな。顔を見せて」
 猫撫で声を出して顎を指でそっと持ち上げる。女は顔を上げてにたっと笑った。
「うぎゃっ!!」
「口裂け女じゃないんだから、悲鳴を上げなくてもいいじゃないの」
「口裂けって……古っ」
 ある意味、妖怪よりも悪い。逃げてもはじまらない相手だからなお悪い。開き直った俺は言った。
「そんなコート、見たことないし、美江子さんだなんて気づきませんでしたよ」
「私は声で章くんだって気づいたから、黙ってうつむいてたの。あなたはいつもこういうことをやってるんですか。お話を聞かせていただこうかしら」
「補導の教師みたいに言わないで」
「食事をおごってくれるんじゃなかったの?」
「美江子さんはデートじゃなかったの?」
 ぎろっと睨まれた。図星だったのかもしれなくて、腕を引っ張られるままになった。
「あれは知ってる?」
「あれって?」
 彼女と腕を組んで歩いているというよりも、教師に腕を取られてどこかへ引きずっていかれる中学生気分。我らがおっかないマネージャーと街を歩くなんて、振り切って逃げたら本橋さんや乾さんに告げ口されるから、逃げるに逃げられない。
 情けなくて返事もしたくなかったのだが、あれって? と彼女の声に反応してしまった。美江子さんが指差す先には、赤と緑の花のような葉っぱのようなものがあった。
「飾りですよね。造花? 乾さんに教わったような……クリスマスの花、クリスマスカラー……なんだっけ。忘れたよ」
「ポインセチアだよ。あんなふうに華やかに……見えてくるの」
 目を閉じて、美江子さんが囁いた。
「あなたたちの将来は、ポインセチアカラーに彩られてるのよ」
「へええ、いいね」
 美江子さんがえらい美人に見える。いや、もともと彼女は美人なのだが、いつだっておっかなさが先に立つ。今夜は優しい気持ちになってくれているのか、彼氏にデートをすっぽかされて不機嫌なのを繕おうとでもして、作為的に優しくふるまっているのか。
 どっちにしても、優しい美江子さんだったら好きだ。クリスマスイヴ当日ではないのだから、美江子さんとデートってのもいいだろう。
「メシ食いにいきます? 酒もいいでしょ」
「いいけどね、章くんはお酒を飲むと潰れるんだから、一杯だけにしなさいね」
 こういうことを言うから、デート気分に水を差すのだ。酒を飲んでいても説教されそうで、俺は美江子さんの腕を静かに静かに、と努力して引き離した。
「急用を思い出しました。帰ります」
「そうなの? ナンパなんかしないようにね」
 うるせえんだよっ!! と怒鳴りそうになったのをこらえて、小走りになる。来年こそはポインセチアのように華やかなクリスマスを迎えたい。優しくて可愛い彼女もほしい。
 今年のクリスマスには間に合いそうもないから、来年こそ、来年こそ、と祈る。俺たちフォレストシンガーズは、ポインセチア程度の知名度を持つシンガーズになれるのだろうか。今年のクリスマスコンサートのチケットは初ソールドアウトだったのだから、近々きっとなれるさ。
 そうと信じていなければ、こんな寒空の下、ひとりで歩いてなんかいられるかよ。きっと俺たち、大物になるんだよっ!!

未完
 



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フォレストシンガーズ人物相関図①

内容紹介

フォレストシンガーズを中心とするキャラクター相関図  
(ver1.大学関係)


修整

以前から相関図モトム、とのリクエストをいただいていました。
このたびも大海彩洋さんからリクエストいただきまして、さあ、どうしよう、と悩んだあげく。

家系図を作れる無料ソフト発見。
ただ、無料の分では印刷もできないし、画像として使えない。
うーん、どうしようかとまたもや迷ったあげく、いい方法を考えてもらいました。

ようやくブログにアップできました。
これはテスト版のようなものですので、簡単すぎてわかりにくいかもしれません。
とりあえず、フォレストシンガーズの五人と大学の仲間たちとの相関図です。

ここはこうしたら? などのご意見があれば、どしどし教えて下さいませね。
お待ちしております。





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ガラスの靴72

別小説

「ガラスの靴」

     72・物欲

 体験入学というのはほうぼうにあるようで、胡弓を連れて前を通りがかった幼稚園の門前にも「体験入園」の看板が立っていた。
 やってみる? うん、と父と息子のやりとりがあって、胡弓のママであるアンヌも賛成してくれたので、僕は胡弓の手を引いて幼稚園に連れていった。

 三歳から五歳くらいの幼児が集まって、先生の指導のもと、みんなで遊ぶ。まずはそこからということで、泣いたり怯えたりはしない子どもの親は、そばについていなくてもいいと言われた。

 園庭に出ていくと、ママさんたちがあっちにふたり、こっちに三人と群れて話している。両親そろって来ている人や、若い祖母なのか年を取った母なのかわからない年齢の女性もいたが、パパひとりで連れてきている人はいない。ママさんたちの輪に入っていきづらくて、僕は木陰に立っていた。

「笙くんじゃない?」
「うん? あれ?」
「そうだよね。大沢笙くんだ。私のこと、覚えてない?」
 
 どこかで会ったような記憶はあるのだが、明確には思い出せない。アンヌと同じくらいの年ごろに見える、ごく平凡な主婦といった感じの女性だった。

「小学校のときに一緒だった、林子だよ。結婚して苗字が変わったんだけど、リンコ、覚えてないかな」
「んんん……そういやぁいたかな。小学校のときなんて十年以上前だもん。よく覚えてないよ」
「笙くんって転校したんだよね。美少年だったのもあって気になってたから、それでかえって私は覚えてるんだよね」

 とすると同い年? ええ? まさか、と思ったら、同い年ではなかった。林子さんの弟が僕の同級生だったのだそうだ。

「ああ、正志だったら覚えてるよ」
「でしょ? 笙くんはうちにも遊びにきてたもんね。笙くんも結婚したの?」
「そうなんだ。僕も結婚して苗字が変わったんだよ」

 子どものころの僕は隣県に住んでいて、東京に引っ越してきたのは十歳くらいのころだった。林子さんも結婚して東京で暮らすようになったというのだから、広い東京で幼友達の姉さんにめぐり会うとは、奇遇だといえた。林子さんは主婦、僕は主夫。林子さんの娘と僕の息子は同い年だ。

「林子の娘だからこう書くの」
「瞳森? ヒトミモリ?」
「読めないの? 教養ないんだね。ま、考えてみて。笙くんの子どもは?」
「こう書くんだよ」
「胡弓……コキュウだよね。そのくらい読めるよ」

 そりゃあ、胡弓と書いてコキュウと読むのは尋常だからだ。コユミ? なんて読まれることもあるが、素直に読めばコキュウだろう。
 しかし、瞳って字の訓読みなんか知らない。いや、訓読みがヒトミ? そしたらなんだっけ。別の読み方はなんだっけ? 「瞳」を別の読み方なんかするのか?

「専門学校を卒業して、できちゃった結婚して主夫か。そういう人間だったら教養なくてもしようがないかな。降参? 教えてあげようか」
「林子さんは大学卒?」
「当たり前よ。私たちの世代で大学も出てないなんて、親の常識疑っちゃう。本人も向上心がなくて、努力もしなかった奴って印象だよね。正志は医大に行ってるんだよ」
「秀才だね」

 勝ち誇ったような顔をしている林子さんのように、人間の値打は第一に学歴だと考えるひとはよくいる。言いたい奴には言わせておくことにして、「瞳」の音読みを思い出そうとしていた。そう、音読みでは「とう」「どう」だ。瞳子と書いて「とうこ」と読む女性がいた。

「どうしん? とうもり?」
「ほんと、常識ないよね。そんな名前を女の子につける? 次に会うまでの宿題にしておくから、奥さんにも聞いてごらん。笙くん、ケータイのアドレスと電話番号交換しよう」
「あ、ああ、いいよ」

 こうやっていばられて、なんでおまえなんかと、とアンヌだったら怒りそうだが、僕は温厚を旨としているので、林子さんの言う通りにした。

「……メモリじゃないか?」
「メモリ?」
「瞳は目だろ」
「あ、そうかも。さすがアンヌ」
「しかし、メモリってのもおかしな名前だよな」

 体験入園の話をし、林子さんの話題も出し、「瞳森」の字も見せるとアンヌが答えてくれた。林子さんから電話がかかってきたときに宿題の答えを言うと、彼女はなぜか不機嫌になった。

「そんなに簡単に読まれるとつまんないな。世界中にひとつしかない名前をつけたのに」
「こんなの読めて当たり前だって言ったじゃん」
「そうなんだけど……ま、いいわ。笙くんちに遊びにいっていい? メリちゃんは体験入園で胡弓と一緒に遊んでたらしいのね。胡弓パパと友達だって言ったら、遊びにいきたいって。行くからね」
「うん、いいけどね」

 我が子はメリちゃんで、よその子は呼び捨てか。胡弓のほうは誰かと遊んだ? と尋ねても、メリちゃんだのメモリちゃんだのの名前は出さなかったが、そう言うと馬鹿にされそうで、遊びにきたいと言う林子さんにOKの返事をした。

 やっぱり笙くんの子だね、記憶力よくないね、受験のときに苦労しそう、だとか言われたくないので、林子さんとメリちゃんが遊びにきたときにも、その話題は出さずにいた。

 おばあちゃんに預けられているときも多く、おばあちゃんの友達にも可愛がってもらっている胡弓は人見知りはあまりしない。特に我が家でだと王子さまなのだから、メリちゃんにおもちゃをいっぱい貸してあげて、仲良く遊んでいた。

「メリちゃんにはおもちゃはあんまり与えてないのよ。胡弓はたくさん買ってもらいすぎだね。そんなだと我慢できない子になりそう。ほどほどにしたほうがよくない?」
「うちはお客さんも多いから、おもちゃはたくさんもらうんだよ。メリちゃんはおもちゃ、ほしがらない?」
「メリちゃんって物欲のない子なんだよね。食事はきっちり食べるけど、お菓子は嫌いなの。身体によくないものって食べさせたくないし、頭が悪くなりそうなおもちゃは与えたくない。親がそう思ってても、子どもはなんにもわからずに駄々をこねたりするじゃない」

 あれ、ほしいな、と言うとわりにすぐに買ってもらえ、堅いことは言わない僕ら夫婦だから、おやつだって好きなものを食べさせている。ほしくなくてもお客さんがおもちゃをくれたりもする。そのせいで胡弓は、あれほしい、買って買って、なんて駄々っ子になったことはないのだった。

「だけど、躾がいいせいもあるし、メリちゃんは聞き分けがよくて頭がよくて、あれほしいこれほしいなんて言わない子だってせいもあって、親の気持ちをよくわかってるのよ。こんな物欲のない子って、かえって心配なんだよね」
「ふーん」

 自慢しているのだろうから、そんなことないよ、という反応はしないでおいた。
 子どもたちは胡弓のおもちゃで仲良く遊ぶ。胡弓はなんでも気前よく貸してあげるし、メリちゃんも無茶は言わないので、お行儀よくおとなしく遊んでいる。僕は林子さんの愛娘自慢や、林子さんがバリキャリだった会社で知り合って結婚した旦那の自慢話やらを、辛抱強く聞いていた。

「あ、電話だ。ちょっと待ってね。もしもし……」

 スマホで通話をはじめた林子さんのそばから離れ、子どもたちにおやつを出してあげることにした。お菓子はやめておいたほうがいいのだろうから、果物にしよう。僕がいろんなフルーツを盛ったお皿を持って胡弓の部屋に戻ると、林子さんが言った。

「主人が届けてほしいものがあるって言うのよ。二時間くらいですむから、メリちゃんを預かってもらえないかな」
「うん、まあ、いいけどね」
「胡弓、メリちゃんと遊んで、メリちゃんを見習っていい子になるんだよ」
「メリちゃんには言わないの?」
「メリちゃんは言わなくてもわかってるから大丈夫。メリちゃん、パパんとこに行ってくるね」
「はい、行ってらっしゃい」
「胡弓も言いなさいよ」

 林子さんに命じられた胡弓が、バイバイと手を振る。メリちゃんはたしかに、三歳にすれば大人びた女の子だ。三人して林子さんを見送ると、メリちゃんが言った。

「……お菓子、ないの?」
「お菓子は食べたらいけないんじゃないの?」
「いいんだよ。ママ、いいって言ったよ」
「そうかなぁ」

 口も達者なメリちゃんだが、思ったことを的確に言葉にするのはむずかしいだろう。プリンくらいだったらいいかな? いやいや、今どきはアレルギーの子もいるんだから、独断でものを食べさせてはいけない。

「僕はママからいいって言われてないから、ママが帰ってきたら訊こうね」
「ママは駄目って言うもん。お菓子、食べたいな」
「ああ、そうなんだ。でもさ、おなかが痛くなったりしたら困るでしょ」

 あらら? 泣いてる? べそかき顔でメリちゃんが訴えた。

「ママに言ったらいやだよ」
「メリちゃんがお菓子がほしいって言ったって? 言わないよ」
「うん」

 この幼さでメリちゃんは、ママの前ではいい子にしようと必死になっているんじゃないだろうか。なんだか痛々しく思えてきた。

「これ、メリちゃんの」
「……胡弓のだよ」
「ちがうもん。これは女の子のおもちゃだから、メリちゃんのだよ」
「……んんと……うん、あげる」

 ま、いいや、とばかりに鷹揚に、胡弓はメリちゃんにおもちゃを取られるままになっている。胡弓がそんな調子だから、これもメリちゃんの、あれもメリちゃんの、と彼女はおもちゃをひとり占めする。あげくはポケットに入れているので、僕は言った。

「そんなの持って帰ったら、ママにばれちゃうよ」
「……おじちゃん、意地悪」
「胡弓、あげる?」
「うん、いいよぉ」

 父親としてはむしろ、胡弓のこの鷹揚さのほうが心配だ。メリちゃんはポケットから出した小さなマスコットを握り締めて、胡弓を睨み据える。それからそのマスコットを、力いっぱい胡弓に投げつけた。

「ほしいよ」
「……あげてもいいんだけど、ママになんて言うの?」
「ううん、いらないもん。いらないもんっ!!」

 悔しくてたまらないように叫んで、またまたメリちゃんは泣き出した。ほんとはほしいんだよね。どこが物欲がないんだか……けど、小さな子はこれが普通だろ。泣いているメリちゃんをきょとんと見てから、胡弓は彼女の背中をよしよしと撫でてやっていた。
 
 どうも林子さんの躾は歪んでるな、とは思うのだが、僕には意見なんかできっこない。胡弓までが変な影響を受けて歪まないように、あの幼稚園に入園させるのはやめておいたほうがいいか。林子さんとは距離を置いて、自衛するべきだろう。

つづく






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FS超ショートストーリィ・四季のうた・真次郎「秋の見」

番外編

フォレストシンガーズ

四季のうた

「秋の見」

 当たるも八卦、当たらぬも八卦。このフレーズはなんだっけ? 枯れた男の声に惹かれて真次郎が近寄っていった先には、「占い」の看板を机に置いた老人がすわっていた。

「八卦見ってやつですね。今夜は冷えるでしょう? 大変ですね」
「仕事ですから……こんばんは。なにを見てしんぜましょうかな」
「仕事運……ですね、やっぱり」

 仕事を終えてひとりで歩いていた秋の夜、盛り場が寂れたあたりにすわっている八卦見に出会ったのもなにかの縁だろう。真次郎は老人の前にすわった。

「これは……大成する手相ですぞ」
「大成っていつですか?」
「いつかはきっと……気長に、おおらかに待てばいつかはきっと……」

 いつかっていつだよ、と突っ込みたいところだが、ぐっと我慢した。
 あんたは一生日の目は見ないままだよ、と言われるよりははるかによい。占い師はまちがいなく、誰にだって大成すると言うのだろう。恋愛相談をする客には、良縁に恵まれるとか、美人の彼女ができるとか言うに決まっている、いつかはきっと。

「いつかはきっと……」
「そうです」

 力強く断言する占い師を信用するしかあるまい。信用しなくちゃはじまらない。信じる者は救われる……と言うではないか。

SHIN/25/END












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FSソングライティング物語「毒蜘蛛になりたい」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

ソングライティング物語

「毒蜘蛛になりたい」

 いつからそうなったのかは知らないが、アイドル業界はどんどんどんどん、ひとつのグループの人数が増えていっている。俺がポンというニックネームで所属していたラヴラヴボーイズは五人グループで、誰が誰だかわからない、なんて言う年寄りもいたものだが、五人なんて少ないほうだ。

「バイトしてるファミレスの店長、四十すぎてて独身なんだよね」
「狙えば?」
「狙えって、あたしが? 馬鹿か、おまえは」

 三十すぎてて独身の女には、四十過ぎてて独身の男が似合うじゃないか。そういう意味で言ったら、サチコさんに蹴られそうになった。

 本職は女優、ファミレスがバイト、なのだそうだが、サチコさんが金を稼いでいるのはウェイトレスとしてだろう。俺には本職なんてなくて、今のところはイベントの大道具係も、マイナーな映画に出演するのもバイト感覚だ。だけど、洋介はいいじゃん、とサチコさんは言う。

「洋介はちょっと前までアイドルだったんでしょ?」
「三年くらい前まではね」
「ラヴラヴボーイズだよね。あたしは覚えてるよ」
「半端に覚えられてるとかえってやりにくいんだよ」
「贅沢言うんじゃねえよ。あたしみたいな完全に無名の女優の前でさ」

 おそろしくガラの悪いサチコさんは、ヴァンプ型と呼ばれるタイプの女優なのだそうだ。ヴァンプとはなんだか知らなかったのだが、ビッチと同じような意味だと乾さんが教えてくれた。
 小柄だけどグラマーで、悪女型でもある。意地の悪そうな顔をしていて荒っぽくて、そんなところが魅力的な女だ。

「バイト先には高校生の女の子もいて、その子たちが言ってたんだよ。店長、キモイって。なんでキモイのかっていえば、アイドルおたくなんだって。ほら、最近うじゃぐじゃいるじゃん? どっかの女子校の一クラスみたいな集団の女子アイドル」
「いるね」
「そういうののファンだからキモイって聞いたから、洋介の話をしてやったんだけどね、男には興味ないみたいだよ」
「そりゃそうでしょ」

 女子高生に気持ち悪がられている店長を、サチコさんはキモイとは思わないらしい。女子高校生の感覚がわからないのだそうで、洋介はわかる? と尋ねた。

「女の歌手のファンだと、その男はキモイのか? って訊いたら、ああいうアイドルのファンってか、おたくはキモイ。だけど、女の歌手でもグループでも、アイドルじゃなくてアーチストだったらキモクないって。アーチストってどんな歌手だ? たとえば……とかって教えてくれたんだけど、店長の好きな法師神宮女子中学校二年十組、ってのとどうちがうのかわかんなかったよ。最近の歌手の業界はややこしいんだね」
「そうなのかなぁ」
「あれはアイドル? アーチスト?」

 そのときちょうど、控室のテレビがついていて、男のシンガーズが歌っているのが聞こえてきた。

「あの空に浮かぶ雲のように
 真っ白な心でいたい
 きみさえいれば
 僕は他にはなにもいらない。
 きみとふたり、あの雲に乗って空に浮かぼう
 それだけで、僕はもうなにもいらない」
 
 五人グループはおさまりがいいのか、ラヴラヴだってフォレストシンガーズだって五人だ。他にも五人のグループはたくさんあって、たいていは男ばっかりのような気もする。女子のアイドルグループはもっと大人数だってのがなぜなのか、俺は知らないが。

 そんな五人グループのひとつ、玲瓏。「レイロウ」とは、珠のように透き通って美しいとか、珠が触れ合って立てる音のように透明で美しい音色とかいう意味だと、これまた乾さんに教わった。

「令郎ってのはご子息って意味だから、その意味も含ませてるみたいだな。玲瓏、珠のごとし、の歌声を持つ、良家のご子息集団だよ」

 全員が百八十センチ以上の長身……俺は百八十にはちょいと足りないが、身長では負けていない。
 そろって美青年……洋介はますます美形になったよ、とみんなが言うのだから、俺は顔でも負けてはいない。
 オーディションで選ばれたグループ……それもラヴラヴと同じだ。

 上流階級出身の帰国子女で英語は日本語と同じくらいに堪能。全員がガキのころには外国で暮らしていて、外国の大学で音楽を学んできた。知性と教養も一級品で、上品で折り目正しい。

 このあたりになってくると、俺は黙るしかない。悪いけど俺は高校中退だよ。両親は青森のモトヤンだよ。英語なんてぜーんぜん喋れないよ。外国には仕事でだったら行ったけど、ガキのころには東北地方だけで遊んでいた。東京にはじめて来たのは中学の修学旅行のときで、それまではもちろん、外国未経験だった。

「歌、うまいね。歌がうまいんだったらアーティストかな」
「歌がうまかったらアーティストになるのかな。フォレストシンガーズは、俺たちは芸術家なんかじゃない、ミュージシャンだって言ってたよ」
「そんなむずかしいこと言われても、あたしにゃわかんねえよ」

 歌の上手い奴は嫌いだ。昔から俺はそう思っていて、フォレストシンガーズのお兄さんたちにしても歌がうますぎてイヤミだと感じたものだ。
 どうして嫌いだったのかといえば、俺は歌が下手だから。

 ラヴラヴの他四人がお話にならないレベルで下手だったから、ポンはうまいとおだてられて本気にしていた。けれど、俺はなりたかったシンガーソングライターには絶対になれないほどに下手だ。そう思い知らされたから、歌手ではなく俳優になろうとしている。

 アクション俳優養成所に通ったりもしていたのだが、あるとき古いテレビドラマを見てはまってしまい、同好の士を発見した。同好の士、監督の香川さんと俳優のイッセイさん。俺も仲間入りさせてもらったので、そのドラマのリメイクに出演させてもらっている。アクションばかりではないドラマであり、サチコさんともその仕事で知り合った。

 でも、今でも歌の上手い奴って嫌いだ。フォレストシンガーズは別だけど、玲瓏みたいな奴らは嫌いだ。こういうのって偏見なのだろうとわかってはいても、玲瓏は嫌いだとインプットされてしまっていた。

 嫌いなもの見たさってのはあるのだろうか。玲瓏はア・カペラグループ集合ライヴに出演すると聞いている。フォレストシンガーズも出るので、ライヴの練習をどこでやるのかも知っている。俺には暇もいっぱいあるから、玲瓏を見るためだか、乾さんに会うだめだか、別に理由はどうでもいいけれど、彼らの練習場に行ってみた。

 そしたら千鶴に会った。

 佐田千鶴、「傷だらけの天使」リメイク版とは別の仕事で知り合った売れない女優だ。売れない女優にもいろんなのがいて、千鶴はサチコさんとは全然ちがう。サチコさんは三十すぎてるんだから、十九の千鶴とはちがってて当然か。千鶴はまだすれていなくて、一途に恋する少女って感じで、俺は彼女にぽーっと見とれたくなる。

 一途に恋してる相手ってのが乾さんなのだから、俺ではかないっこない。乾さんのほうは妹扱いしかしていない様子だが、いつもの調子で千鶴に遊びをしかけたりしたらきっとぶっ飛ばされる。それもあって、俺は千鶴には手を出せない。遠くから見とれているなんて、俺らしくなさすぎるんだけど。

「洋介、久しぶり」
「あ、おまえには会いたくねえんだよ」
「モモちゃんだって会いたくなんかないよっ。なにしに来たの?」
「見学」

 アイドルだったころには俺の天敵だった、フルーツパフェのモモちゃんにも会ってしまった。
 相手は女の子なのに、挑発されてカッとなって喧嘩を買ってしまい、モモちゃんに乱暴をして乾さんに叱りつけられたこともある。モモちゃんじゃなくてフルーツパフェのもうひとり、モモちゃんの夫であるクリちゃんと取っ組み合いをしろとそそのかされたこともあった。

 しかし、クリは喧嘩のできるような奴ではない。モモちゃんのほうが精神的にも肉体的にも強い。モモちゃんはまあ、今どきの女の子としてはありがちなタイプだが、クリほど泣き虫な男は珍しい。ラヴラヴのさあやあたりもたまには泣いていたが、クリほどではなかった。

 あっかんべーっだ、いーっだ、とガキみたいにモモちゃんと言い合っているうちに、千鶴の姿が消えてしまった。見回してみると、千鶴は早足で歩いてどこかに行こうとしているらしい。千鶴は小柄なほうなので、一緒に歩いているのかつきまとわれているのかの男は、悠々と彼女と歩幅を合わせていた。

「あいつ、誰?」
「あいつって? ああ、あいつ? 洋介、千鶴ちゃんに気があるの?」
「千鶴ちゃんじゃなくて、千鶴ちゃんと一緒にいる男だよ」
「んんとね……あのうしろ姿は、玲瓏の田中。洋介、なにするつもり?」
「なんにもしねえよ」
「顔が怒ってるよ。喧嘩しちゃ駄目だよ」

 うるせえんだよ、と言い捨てて小走りになった俺に、モモちゃんもついてくる。千鶴と田中が消えたほうに行ってみると、男の声が聞こえてきた。

「うちのメンバーたちが、きみのことを共有してるみたいな……そんな話を聞いたんだけど、嘘でしょう? 嘘だよね。嘘じゃないんだったら僕も混ぜてほしいなぁ、なんて。ねえ、嘘じゃないの? ほんと? 千鶴ちゃんってまったく売れてないんでしょ? お金には困ってるんだよね。そのために仕事としてやってるのかな? だったら僕もお客になってあげてもいいんだけどな、なんてね。ねえ、なんとか言えば?」

やっぱりあいつら、大嫌いだ。ぶん殴ってやりたい。
 あいつの肩に手をかけて振り向かせ、こっちを向いたところにパンチを一発。俺の本心をモモちゃんに見抜かれたらしく、先に彼女が田中に声をかけた。

「そういうのって下種って言うんだよね。乾さんにそんなの聞かれたらどうなるかなぁ。わー、こわっ!!」
「……モモちゃん。いや、冗談だよ。ってか、噂をたしかめてただけ。そういうのって売れない女優にはあるんじゃないかなぁ、いや、ないかな、ほんとなのかな、って好奇心もあってね……いやいや、ほんと、ジョークだから」

 言いながらあとずさりして、田中はダッシュで逃げていった。

「……あのひとたち、ああいうことばっかり言うの……でも、聞かれたくなかったな。そんな噂を立てられてるってだけで……モモちゃん、洋介さん、乾さんには言わないで」
「言わないよ」
「変な噂を立てるほうが最低なんだからね。千鶴ちゃんは悪くないんだからねっ!!」

 怒っているモモちゃんを、千鶴は涙のいっぱいにたまった目で見つめてうなずく。駄目だ。こんな目をしている千鶴を見ていると、俺とつきあって、なんて言えやしない。

「乾さんは来ないのかな。来たら素敵な歌を歌ってくれるのにね。千鶴ちゃん……」
「うん、ありがとう」
「よしよし。泣いてもいいよ」

 モモちゃんが千鶴の肩を抱いてしまったので、俺にできることはなくなった。
 歌かぁ。俺だってこれでもシンガーソングライターになりたいと夢見ていたこともあるのだから、作詞作曲をして歌える。ただ、千鶴に下手な歌など聴かせたくない。モモちゃんは遠慮ってものを知らないから、洋介、下手っ!! と笑いそうだし。

 ならば歌を書くだけにして、乾さんに歌ってもらえたらいいな。こんな千鶴に捧げる歌は……考えていたら、テレビで聴いたのと同じ、玲瓏の歌が聞こえてきた。

「あんな歌、聴きたくないよね。雲になりたいって、あんたらみたいな最低男に歌われたくないって、雲が言ってるんじゃない? あんたらなんか雲になるんじゃなくて、蜘蛛の巣にひっかかって食われちまったらいいんだ」
「モモちゃん、それ、それだよ」
「それってなに?」

 雲ではなく蜘蛛。俺の作る歌はそっちだ。チョウチョみたいにビジュアルだけは綺麗な奴らを、俺が毒蜘蛛になって食ってしまってやる。そんなホラーみたいな歌が、この俺の才能で書けるのかどうか、自信はないが、千鶴のためならやってやろうじゃん。

END








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いろはの「せ」part2

ショートストーリィ(FSいろは物語)

フォレストシンガーズ

いろはの「せ」

「世話好き」

 グループを解散してラヴラヴボーイズのポンから、本名の麻田洋介に戻った。
 アイドルなんかでいたくなかったから、俺は歌がうまいのだし、作曲だってできるのだからシンガーソングライターになれると信じて疑ってもいなかった。

「もとラヴラヴボーイズってのを売りにしたら、需要はあるわよ。ポンはまだ若くて綺麗なんだから、その気だったら私が売り出してあげる」
「アイドルとして?」
「アイドルって呼ぶには薹が立ってるかな。まだぎりぎり行けるだろうけどね」

 それでは意味がない。アイドルグループの一員をやめて、アイドルのソロシンガーに変わるだけじゃないか。

 その誘いは断って、フォレストシンガーズの本橋さんの押しかけ弟子になった。本橋さんは激しくいやがっていたのだが、親分気質で面倒見のいい彼は、俺のことも親身になってかまってくれた。
 親身になった大人には怒られたりもする。本橋さんにげんこつでごちっとやられるのはなんともないけど、説教されるのは大嫌いだから、喧嘩になったこともあった。

 あのころ、それでもフォレストシンガーズは今ほど売れていなかったから、本橋さんも乾さんも三沢さんも、俺にかまってくれた。
 シゲさんはもてる俺が気に入らなかったらしいけど、話はしてくれた。木村さんはロックライヴに連れていってくれた。

 けれど、フォレストシンガーズは徐々に徐々に売れていき、俺は近寄りがたくなっていった。
 昔は俺のほうが人気者だったのにな。フォレストシンガーズ? なにそれ? って言うひとも、ラヴラヴボーイズのポンは知っていたのに。

「……美江子さん、います?」
「はーい、どなた?」

 ここには何度も来たから、久しぶりでなつかしい気がする。本橋さんと結婚する前から、美江子さんも俺をかまってくれた。気が強くて怒ると怖いけど、優しいところもあるひとだ。

「麻田です」
「麻田って? ええ? 洋介くん? 本物?」
「合言葉、言おうか。あのとき、本橋さんが止めてくれなかったら、俺は美江子さんにフライパンで殴られてたんだよね」
「……いやーね、そんなことは忘れなさい」

 言いながら、美江子さんがマンションのドアロックを解除してくれた。

 学校のことで本橋さんに説教され、頭にきてぶん殴ってしまった。本橋さんは吹っ飛び、タンスに後頭部をぶつけて呻いていた。美江子さんも本橋さんの部屋にいて、仕返しだとばかりに俺を殴ろうとした。そんなことを知っているのは、フォレストシンガーズの関係者以外にはいないはずだ。

「久しぶりだね」
「ご無沙汰してます」

 会うのは何年ぶりだろう。二年くらいか。美江子さんは三十五歳。十二歳も年上なのだからおばさんではあるが、美江子さんさえよかったら寝てもいい……なんて言ったら本気で殴られそうなので、態度にも出さないようにしていた。

「どうぞ」
「上がっていいの? 本橋さんは?」
「今日は私だけが休みなんだけど、本橋くんがいなかったら洋介くんは悪さをするつもりなの?」
「するわけないじゃん」
「でしょ? だったら上がって」

 寝てもいい、なんて妄想は抱くが、行動に移したりはしない。俺は美江子さんにも、フォレストシンガーズのお兄さんたちにも嫌われたくないから。

 独身の本橋さんが暮らしていた部屋は、ええ? 嘘だろぉ!! ってほどに狭くてボロかった。美江子さんと結婚してマンションに引っ越して、俺はどっちにもよく訪ねていった。独身男の部屋は俺の部屋とたいして変わらなかったが、結婚した本橋さんのマンションは「家庭」って感じがした。

「洋介くんはアクション俳優養成所に通ってるんだったかな」
「そう。バイトもしてるよ。ヒーローショーの裏方とかね」
「ヒーローショーかぁ。フォレストシンガーズも昔、そういうのにも出て歌わせてもらったのよ」

 ウルトラマンの好きな本橋さん。古いなぁ、と俺が笑ったら、ウルトラマンは永遠なんだと言ってたっけ。ヒーローショーに出たら本橋さんは嬉しかったのだろうか。

「彼女はできた?」
「できないよ。俺はこんなフリーターみたいな暮らしをしてるんだから、彼女どころじゃないんだ」
「もてなくなったの?」
「もてないよ」

 嘘、今でも俺はもてる。彼女というほどの女はいないが、こっちから声をかければたいていの女の子は落ちる。俺は今どき珍しい肉食系だから、女の子と寝たくなったらナンパのようなことをして、ひとときだけ彼と彼女になるのだった。

 だけど、正直に言ったら怒られそうだから、彼女なんかいないと言う。信じていないような顔で笑っている美江子さんにお願いしてみた。

「卵買ってきたんだ。他になにかいるものがあったらお使いに行くから、美江子さんのあれ、食わせて。時々無性に恋しくなるんだ」
「卵ってことはオムライス?」
「当たり」
「そっかぁ。私のオムライスが恋しくて来たのね。いいよ、卵はもらっておくけど、材料はあるわ。ちょっと待っててね」

 素直に待っていると、なにやら刻んでいる音や、なにやら洗っている音、なにやら炒めている音も聞こえてきて、香ばしさが漂ってきた。

 ほんとは俺は彼女だと思っていた、年上のひとがいたんだよ。
 ちょっとだけ年上だと思っていた彼女に、俺はオムライスを作ってあげようとした。美江子さんに教わった通りに作ったつもりだったのに、悲惨なものができあがった。

 彼女が適当にごまかしてくれて、ふたりでオムライスを食べた。そのあとでテレビでフォレストシンガーズを見ていたら、彼女が急に言い出した。

「洋介、別れようか」
「どうして?」
「隠していたことがあるのよ」
「な、なに?」
「私、三十三だよ。洋介よりも十も年上だよ。彼氏だっているし……」

 びっくりしてしまった俺に、志保さんは言った。
 
「ごめんね、楽しかったよ」
「……志保さん」

 それだけでさよなら。どうしてだよ? 俺の作ったオムライスがひどかったから? 
 そんな理由のはずはないのに、オムライスのせいにして、だったら本物の美江子さんのオムライスが食べたくなって。

「お待たせ、できたよ」
「うわ、大盛り。うまそう。いっただきまーす」

 はしゃいでみせる俺を見て、美江子さんがちょいと首をかしげる。勘の鋭い美江子さんは、洋介、なんだか変だね、と思っているのかもしれない。

 気づいていても言わないのが大人なのか。俺だってあのころよりは大人になったのだから、美江子さん、うまいよ、とは言っても、お礼に抱いてあげようか? などとふざけたりはしない。バレたら本橋さんが怖いから、ではなくて、本橋さんにも美江子さんにも嫌われたくないから。

 こうしてふらっと遊びにきたら、オムライスをごちそうしてくれる世話好きのお姉さん、いつまでもそんな美江子でいてほしいから。たまにでいいから、甘えさせてほしいから。

END







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花物語2017/11「ハマギクシスターズ」

ショートストーリィ(花物語)

はまぎく
花物語2016

11月「ハマギクシスターズ」

 学名はニッポンナンテムム・ニッポニクム。「日本の花」という意味だと教えてくれたのは、濱田練子さんだった。濱田さんは学者だったりするのだろうか。

「マーガレットですか? ちょっとちがうみたいな……」
「ハマギクって言うんですよ」

 それだけでいいだろうに、学名まで教えてくれるとは。

 綺麗な花々が咲き乱れる、濱田さんの庭? 濱本さんの庭? 姉妹で暮らしているらしきふたりの姓はいずれも「ハマ」がつくからハマギクか。シャレがきいていて楽しい。

 旧姓は知るわけもないが、姉妹が結婚して濱本と濱田になった。夫は先に亡くなり、姉妹がふたりで暮らしている。ありふれた話なのかもしれない。都市部の住宅地では近所づきあいも少ないから、登子に詳しく話してくれるひとはいないが、そんなところだろうと推理していた。

 引っ越してきた小さな家にも庭がある。近隣の他の住人とは挨拶程度しかしないが、濱田練子さん、濱本発子さんとは花つながりで話をするようになった。

「登子さんは独身……ですか?」
「はい」

 深く詮索する気はないようで、そうですか、とだけ言って濱田さんは庭作業に戻った。
 七十代くらいなのだろうか。この年頃だとどちらが姉かどちらが妹だかはわからない。痩せていて背が高くて、外見は似ているから、どっちが練子さんでどっちが発子さんなのかもわかりづらかった。

 結婚しろしろとうるさかった母が先に亡くなると、父はめっきり老け込み、あとを追うようにして亡くなってしまった。登子と両親は公営団地暮らしだったので、節約していたせいか登子自身も貯金はたくさんあったし、両親も貯金で残してくれていた。

「マンションを買えば? お母さんもお父さんもあんたに世話してもらったんだし、私は遺産を分けてほしいなんて言わないから、あんたの老後に備えて家を買うといいわ」

 姉はそう言ってくれたので、終の棲家になりそうな家を探した。登子は五十歳にはなっていないのだから「終の棲家」にはまだ時間があるが、月日の経つのはあっという間だ。気長に探していて見つけたこの家がひどく気に入った。

 こじんまりとしていて、ひとり暮らしにも広すぎない。近隣の家とは密集しすぎていなくて空気が爽やかに感じられる。近所の人々の平均年齢は高いのだそうで、登子の大嫌いな子どもは近くにはいない。幼稚園、保育園、小学校、児童公園なども離れた場所にしかない。

 落ち着いた年代の人々が穏やかに暮らす、子どもの姿の少ない街。活気は乏しいのかもしれないが、五十代が近づいてきている登子にはふさわしい。

 通勤にも便利だし、近所の家々がガーデニングに力を入れているようで、四季折々の花も素晴らしいと聞いた。そんなこんなでここに決め、姉夫婦に手伝ってもらって引っ越してきた。
 隣の家にも現在は独身のはずの姉妹がいる。つかず離れずつきあえたらいいな。遠くの親戚よりも近くの他人というのだから、実の姉よりも隣の姉妹のほうが頼りになりそうに思えていた。


****** ***** *****


「やっぱり登子さんも、私たちを姉妹だと思ってるね」
「そうでしょうねぇ。そう思ってるんだったらそれでいいんじゃない?」
「いいよね」

 お母さんたちには常識ってものがないのかっ?!
 十年ほど前、練子の娘と発子の息子は青筋を立てて怒った。若いくせに、つまらない世間の常識にとらわれなくてもいいじゃないの、と練子も発子も同様に吐息をついた。

「どうしてもそうするの?」
「考えを変えるつもりがないんだったら、せめて遠くで暮らしてくれよ」
「せめてそうして。世間体が悪すぎて、近くになんかいてほしくないんだから」

 はいはい、そうしますよ、とうなずいて、発子と練子は娘や息子が暮らす町よりははるか遠くのこの土地に家を買い、一緒に暮らし始めた。

 練子の娘と発子の息子が結婚することになり、練子と発子が引き合わされてはじめて話した際に、ふたりにはさまざまな共通点があると知った。ともに夫を数年前に亡くし、気楽なひとり暮らしであること。夫が亡くなる前から仕事は持っていたので、ひとりになっても収入はあって子どもを育てるのにもさほど困らなかったこと。

 庭仕事が好きなこと。おまけに姓にも「濱」がつく。そのせいかたいそう気が合って、ふたりはじきに友達のようになった。夫と妻の母同士が仲良しで、一緒に旅行に行ったりしても、娘と息子が夫婦でいるうちはなんの支障もなったのであるが。

「そのうちには一緒に暮らしたいね」
「それ、いいね。仕事をリタイヤしたら家を買ってふたりで暮らそうか」

 相談がまとまったころに、娘と息子が言い出したのだ。離婚すると。
 大人なんだから、離婚しようがどうしようが好きにすればいい。夫婦には幸い子どももいないのだから、話し合いでなんでも決めればいい。私たちも好きにする、と発子と練子は宣言した。

「一緒に暮らす?!」
「そんなの前代未聞よ。やめてよ。みっともない」

 最初は反対していた元夫婦は、母たちの決意が固いと知って譲歩した。が、若いくせに頭の固い娘も息子もいまだ怒っていて、母たちの住まいには寄り付きもしないのだった。

「近所の人たちも、真相を知ったらびっくり仰天かしらね」
「いいんじゃない? 私たち、なにも悪いことはしてないじゃないの」
「そうよね」
「そうよそうよ」

 若いころのほうが世間のしがらみに縛られて、好きなことなどできなかったのだ。これからは自由に生きる。手始めのいっぷう変わった関係の女ふたり暮らしは、すこぶる快適である。庭には花々が咲き誇り、ふたりのハマさんを、ハマギクも祝福してくれていた。


END








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177「G線上のアモソーゾ」

ショートストーリィ(しりとり小説)

しりとり小説177

「G線上のアモソーゾ」

 音楽室のピアノを調律してから、根岸は鍵盤に指を乗せた。親の家にならばグランドピアノがあるが、ひとり暮らしのマンションにはとうていあんなに大きなものは置けない。やむなく電子キーボードで作曲をしているのだが、音楽室のピアノとは音がちがいすぎる。音が違うと根岸の熱の入り具合までが変わってくるのだった。

「素敵……」
「ん?」

 熱心に弾いていたので気づかなかったが、いつからいたのだろうか? 生徒たちが帰ってしまった放課後の音楽室は根岸以外は無人だったはずが、ひとりの女子生徒がうしろのほうの席にすわっていた。

「ああ、きみは……もう日も暮れてきてるんだから、早く帰りなさい」
「先生、お話しがあるんです」
「話? 話だったら担任の先生にするほうがいいんじゃないかな?」
「根岸先生に聞いてもらいたくて……」

 またか、と根岸はちらっと思ったが、即座に断るわけにもいかない。

「音大に進学したいとかって話? それだって担任の先生に相談するべきだよ。僕は音大を卒業してはいるけど、うちの学校の生徒を母校に推薦するようなパイプは持ってないんだ」
「そうじゃなくて……」

 正直、名前も知らない生徒だ。根岸が音楽を教えているクラスにいただろうか? 背が低くてぽちゃぽちゃした身体つきの、頬にも顎にもぽつりぽつりとにきびのできた、顔立ちも肌も美しくない女。うちの高校の生徒じゃなかったら、そばにも近寄りたくないタイプだな、と根岸は内心で吐息をついていた。

「卒業後の進路は決めています。そうじゃなくて、卒業まであと半年しかないんだから、駄目だってわかってはいるけど、言うだけ言いたくて……先生、好きでした」
「あっ、あ、ああ……ありがとう。でも、そう言われてもね……教師と生徒がつきあうわけにもいかず……」
「そうですよね、わかってます。先生のピアノが大好きでした」
「ピアノが好きなんだね。ありがとう」

 上手に言い逃れたつもりなのだったら、根岸としても乗ってやるつもりだった。女子生徒は切なげに根岸を見上げ、目を閉じる。キスでもしろってか? やめてくれよ。おまえにキスなんかしたら僕のくちびるが穢れるよ。身の程を知れ、ブス。内心では彼女を罵っていたが、口に出してはこう言った。

「さあ、帰りなさい。女の子が遅くまで外にいちゃいけないよ」
「はい、わかりました」

 目を開き、なおも切ないまなざしで根岸を見つめてから、彼女は一礼して音楽室を出ていった。

 Great woman女子学院、通称はG女。ウーマンと女子がかぶってるじゃん、とも言われているが、女子高校であるだけに、若い男性教師はそれだけで憧れの対象となる。今どきの女子高校生はシビアなので、若い男というだけでは恋はされないが、根岸のようなタイプは人気があった。

 細身で背は高めで、しかし、高すぎない。優し気な顔立ちの芸術家ふう。ふう、ではなく本物の音楽教師であり、作曲もする。アマチュアオーケストラでピアノのソリストをつとめることもある。根岸ってホモっぽい、などと嘲笑う生徒もいるようだが、一部では熱狂的なファンを獲得していた。

 この学校に赴任してきてから五年の間には、生徒からの告白も何度も受けた。

「……くそ、気分が悪くなった」

 品のいい音楽教師の評判にはあるまじき悪態をついて、根岸はピアノの蓋を閉めた。あのブスのせいで興を削がれた。続きはまたにして今日は帰ろう。

「正二……」
「亜萌、来てたのか」

 帰宅すると、アモが首ったまにかじりついてきた。遅かったね、ごはん、作っておいたよ、などと女房気取りで話しかけてくるアモをまずはベッドに連れていって抱いた。

「学校にいたの? なにしてたの?」
「また告白されちまったよ」
「ええ? 誰に?」

 ひとときが終わると、根岸は起き上がってシャワーを浴びた。アモもついてきたので、おまえはメシの支度をしろ、と追い払う。もうできてるよぉ、と不満を漏らしていたアモは、それでも根岸の言いつけを聞いた。

「ねえねえ、誰に告白されたって?」
「名前は知らないんだけど、僕の授業に出てる女だろうな。にきび面のデブブスだよ」
「そんなのが正二に告白したの? あつかましいね。もちろん拒否?」
「僕は品行方正な教師なんだから、生徒の告白は拒否するに決まってんだろ」
「よく言うよ」

 けらけら笑っているアモと食卓についた。

「あたしの告白にはOKだったじゃん? あたしはいいの?」
「アモは可愛いからさ」
「可愛い子だったらOKするの?」
「僕にはアモがいるんだから、おまえ以外とつきあう気はないよ」
「……ほんとかなぁ?」
「からむんだったら帰れ」

 きつめに言ってやると、アモは途端にしゅんとした。

 三ヶ月ほど前に告白してきたアモは、先ほどの生徒と同学年だ。半年もすれば卒業していく。それまでは便利な存在としてそばに置けばいい。掃除や食事作りもしたがるのだし、ベッドでだって楽しい遊び相手になる。おまえ以外はみんな断ったよ、とアモには言ったが、この五年間、年にひとりは告白を受け入れた。

 彼女が卒業すればもっと若くて新鮮な娘が手に入るだろう。アモには少々飽きがきているものの、あと半年の辛抱だと思えば遊びを続けていてもいい。

「それにしても、あれほどのブスに告白されたのははじめてだったな」
「ブスだともの珍しくて、ちょっとその気になった?」
「んん……ちょっとだけ……かもしれない」
「やだぁ、そんなの」

 わざとらしいべそかき顔になって、アモが抱きついてきた。

「メシが食えないだろ。離れろ。邪魔するんだったら帰れよ」
「やだやだぁ、怒ったらやだぁ」

 なんとも他愛なくも幼くも、下らない女なのだろうか。未熟だが若々しく美しい肉体以外にはなんのとりえもありゃしない。けれど、おまえは僕を楽しませてくれたのだから、去っていくおまえにこの曲を捧げるよ。根岸はアモをつき離し、電子キーボードを開いた。

「G線上のアモソーゾ」
「Gってうちの高校のこと? アモってあたし? うわ……正二、あたしのために曲を作ってくれたんだ」

 アモのためでだけではなく、かつてもこれからも、僕のおもちゃになった女の子たちを想って作ったんだ、と根岸は心でひとりごちる。アモソーゾとは、「愛情に満ちて」という意味の音楽用語だ。愛情に満ちているのかどうかは知らないが、僕は可愛い子には優しいのだから。

 かの有名な「G線上のアリア」をもじったのもあり、この曲もヴァイオリンならG線のみで演奏できるように作った。Gは原語では「げー」と発音するが、英語ならば「じー」。根岸もアモも在籍している高校名も、略すれば「じーじょ」である。そんなことを説明してもアモにはわからないだろうから、自分の名前にちなんだと勘違いしているほうが幸せだ。
 
 さて、アモとはどうやって後腐れなく別れるか。そんなふうにも考えはじめながらもキーボードを弾く根岸を見つめるアモの瞳は、呆けたように鈍く光っていた。

次は「ぞ」です。









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FSソングライティング物語「A.K.I.R.A」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

ソングライティング物語

「A.K.I.R.A」

1・繁之

 サプライズだかドッキリだかビックリだか知らないが、幸生のやることは心臓によくない。間を空けて、エー、ケー、アイ、アール、エーと発音されては、俺には瞬時には意味がわからなかったのもあり、毎度のごとく察したのは仲間内では最後だった。

 寒いところで育った男は背が伸びない……そんなことないだろ。乾さんも北陸育ちだけど背は高いじゃないか。
 ふむふむ、稚内生まれの男と横須賀生まれの女か。誰かと誰かみたいだけど、稚内生まれの章と横須賀生まれの幸生は両方が男だし。

 稚内の男に横須賀の女がだまされ、そいつの望み通りに女のほうからふってあげると歌う、幸生が書いたらしい歌詞はそうなっていた。

 悪い奴だな、元気出せよ、と俺だったら、女性のほうと親しかったらそう励ましてあげる。そんな奴とはさっさと別れたほうがいいよ。A……K……I……R……A……って、そいつの名前? あれれ?

「おまえが好きだと耳元で言った
 そんなアキラにだまされ
 渚にたたずむ」

 こっちはわかる。「そんなヒロシにだまされて」の名前だけをアキラにした替え歌だ。あの日のステージでは幸生はAKIRAの歌を先に歌い、替え歌をあとから披露して客席には最高に受けていた。アキラは仲間なのだから、こうやっておもちゃにしてもいいんだろうな。だけど、章、大丈夫か?

「あなたが好きだと耳元で言った
 そんなジュンコにだまされ
 渚にたたずむ」

 そして、アンサーソングを作ろうか、という提案がなされ、みんながわいわい相談している。俺は歌が書けないので、こんなときにはお茶くみだ。章はこのAKIRAの歌については不気味なまでに沈黙を守っていた。


2・真次郎

 余興なのだから説教する必要もない。名前を出された本人の章も気にしていないように見える。ファンの方には好評だったのだから、それでいいではないか。

 というふうに終わった幸生オンステージのあとで、俺がその気になった、「そんなヒロシにだまされて」いや、「そんなアキラにだまされて」のアンサーソング。もと歌は偉大なる大先輩のオリジナルなので、交渉は事務所サイドにまかせることにして、まずは歌を完成させなくては。

 三文字の男の名前は日本中にころがっている。タカヤ、アキラ、ユキオ、カズヤ、エイト、ワタル、タツミ、アツオ、マコト、セイジ、ゴロー、サダオ、タイガ、ユージ、etcetc。

 この歌の主人公の名前としては、ワタル……徳永渉。大学の同期で遊び人代表。タツミ……泉沢達巳、徳永と同類のギタリスト。アツオ……山崎敦夫、うちの社長。ゴロー……音羽吾郎、大学の先輩で性格の悪い男、などが似合うのだが、支障がありそうだ。やはりアキラが最適だろう。

 対する女の名前も三文字。

 ミエコ、キョーコ、イズミ、サナエ、ジュンコ、サオリ、メグミ、カズネ、ミヤコ、ミツミ、イチゴ、ツグミ。キョーコやジュンコは四文字だが語呂は合う。女名前のほうが男よりも三文字のバリエーションは豊富で、サナエにしたい誘惑に駆られたりして。

「文句つけるんだったら、おまえらのモトカノの名前を全部ここに書き出せ」
「リーダーの、先に書きましょうよ。えーっと、ユカリさんだっけ? それから?」
「……やめだ。やめやめ」

 ジュンコはいやだのキョーコはやめようだの、ミヤコは絶対反対だのとうるさいので言ってみたら、幸生にイヤミで切り返されて俺が負けた。ユカリって、幸生がなぜ知っている? いや、偶然だろう。ユカリなんてどこにでもある名前だ。

「美江子でもいいよ」
「性悪女の美江子にただまされ、ひとり酒場でグラスかたむけ……」
「それだったら演歌じゃない?」

 当の美江子は面白がっていたが、俺の妻の名が美江子だとは熱心なファンの方は知っているし、なによりも俺が歌いにくいので却下。


3・隆也

 だまされたことはないが、好きな女の子に翻弄された経験はある。なので、純子の名前を出されるとぎくっとする。ジュンコにしてもユカリにしても、女性の名前としては代表格ではないか。本橋も気にするな。とはいうものの、本橋のモトカノのゆかりさん、どうしてるかなぁ、なんて。

 こうして五人でソングライティングの話をしていると盛り上がる。中心になっているのは幸生と本橋で、このふたりの密談から具体的な案になっていったらしい。

「男の名前はアキラでいいだろ」
「いいんじゃないですか、な、章?」

 勝手にしろ、とでも言いたげに章はそっぽを向き、そうしようそうしようと本橋と幸生がうなずき合っている。俺にも異論はないし、シゲは、章さえいいんだったら、と呟く。シゲは鈍感だとの自覚は強く、本橋のように否定したりもしないが、気遣いも満点だ。俺としても章がなにを考えているのか、非常に気になるのだが。


4・幸生

 問題は女性名なのである。
 
 男女のデュエットふうの歌がフォレストシンガーズの持ち歌にはあるが、その場合、男っぽい声の本橋さんが男パート、俺がとびきりの女らしい声を出して女パートを歌う。今回はちょっと趣向を変えて、俺が男パート、章が女パートにしようと考えていた。

「おまえが好きだと耳元で言った
 そんなアキラにだまされ
 渚にたたずむ」

 このパートを章が、アキラにだまされ……と歌うのがポイントだ。

「おまえが好きだと耳元で言った
 そんなアキラのせいだって
 ぶりっ子しちゃって」

 だまされたのはどっちかな? というふうにストーリィを進めていく。女の名前はどうしようか。夜が更けてきても議論は果てしなく続いているのであった。


5・章

「おまえが好きだと耳元で言った
 そんなアキラにだまされ
 渚にたたずむ

 踊りが上手でうぶなふりをした
 そんなアキラが得意な
 エイトビートのダンス」

 うんうん、アキラは出てこないと格好がつかないけど、女の名前はなくてもよくないか? おまえ、で押し通す? それでもいいかな。だったらこんな感じ?
 自分の名前を歌われていると、俺は議論に入っていきにくい。

 ええい、もう、こうなったら好きにしてくれ。
 いいんだいいんだ、どうせアキラは悪い男さ。へっ!! あれ? でも……?
 
「泣いたりしても いいんだからね
 ディスコティックは 夜通し熱い
 男は泣いちゃいけない
 そんなことはないんだから
 だけどおまえはステキさ
 愛は消えない 横須賀に

 小粋なリードでおいらを誘った
 そんなおまえを許せる
 まだ愛してるから」
 
 とにもかくにも聴いてみて、と幸生が通しで歌う。ああ、そっか。後半は男目線なんだ。
 
「二人の仲は 永遠だもの
 ジュークボックス鳴り続けてる
 だから彼女に伝えて
 戻ってくるのを待っている
 俺の鼓動が激しい
 サイケな夏を横須賀で」

 女々しい奴……だけど、俺はおまえの気持ちがわかるよ。アキラ同士なんだもんな。

 
END








 

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FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2017/11

forestsingers

2017/11 超ショートストーリィ

 びゅんっとばかりに音を立てて、夕暮れの海辺に風が吹いた。うっ、さむっ!! と肩をすぼめた英彦のかたわらで、隆也が呟く。

「こがらしや海に夕陽を吹き落とす」夏目漱石

 思わず笑い出した英彦を、隆也は横目でちらっと見た。

「いやぁ、乾さん、変わりませんね。いつだったかな。同じことがあったでしょ?」
「同じこと? ヒデとこうして海を見ていて?」
「乾さんとふたりきりで海を眺めたことって、学生時代から何度もありましたよね。ちょっと気持ち悪いけど……いやいや、気持ち悪くないんですけど、そして、乾さんが短歌を口にした」
「今のは俳句だ」
「ああ、そうでした」

 ひとつずつは覚えていないが、同じシチュエーションで隆也が短歌なり俳句なりを呟いた、という事実は英彦の心に残っている。同じ大学の先輩と後輩として、並んで海を見ていたころからだと約十五年。こういう男ってもてるのかな、もてるんだったら俺も短歌とか覚えようかな、と考えていた十代の終わりだった。

 もててはいるみたいだけど、乾さんがもてるのは短歌や俳句のせいでもなさそうだし、人にはガラってものがあるもんな。俺が短歌や俳句なんて、女には引かれるよな。俺だってけっこうもてるからいいんだよ。海に沈む夕陽に目をやる、ふたりともに三十代半ばになっていた。

END



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FSソングライティング物語「友に捧げる歌」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

ソングライティング物語

「友に捧げる歌」

 アート・ガーファンクルの歌をカラオケで熱唱していたら、三沢幸生を思い出した。
 老後、晩年とは自称したくないが、春日弥生も六十歳をすぎたのだから、初老なのはまちがいない。平安時代の三十歳、昭和時代の五十歳と同じくらいの感覚だろうか。

「I bruise you
 You bruise me
 We both bruise too easily

 Too easily to let it show
 I love you and that's all I know」

 出会ったのは幸生が二十代、公称年齢不詳の弥生は今とあまり変わらないころで、あれから五年ほど経つ。若いころの友人同士のように、僕はきみを傷つけ、きみはぼくを傷つける、などということはない。幸生は弥生を母親のように見ていて遠慮があり、弥生は幸生を可愛いとしか思えないのだから、友人とはいっても若干ちがった関係ではあった。

「When the singer's gone
 Let the song go on...

 But the ending always comes at last」

 けれど、弥生は幸生が好きだ。ちょうどこの歌詞のように。

「Endings always come too fast

 They come too fast
 But they pass to slow
 I love you and that's all I know」

 年齢は三十歳くらいちがうのだから、順当にいけば弥生が先に逝く。幸生が先立つようなことは絶対にあってはならないが、弥生がこの世からおさらばする形での終わりは、そう遠い将来の話ではないはずだ。

「When the singer's gone
 Let the song go on
 It's a fine line
 between the darkness and the dawn
 They say in the darkest night,
 there's a light beyond」

 歌う者がいなくなっても、きみのための歌は続く。
「きみ」は弥生にとっては何人も何人もいる。プロのシンガーなのだから、ファンも含めて歌を捧げたい「きみ」は何人もいる。その中で特別に、幸生に捧げたかった。

「That's all I kn--ow
 That's all I kn-------ow...」

 気持ちよく歌い終えると、居眠りしていたのかもしれない夫が姿勢を正し、拍手した。

「さすがやなあ。弥生、歌、うまいなぁ」
「おおきにどすえ」
「って、当たり前のことやねんけど、近頃は歌の下手な歌手もおるやろ」
「そんなんも今さらやけど、おるよね。私もちょっと前までは、なんであんたが歌手になれるんよ、とか、日本の歌手の恥さらしやわ、とか思ってたけど、もう諦観してますわ」
「プロのあんたを諦観させるんやから、たいしたもんや」
「それってたいしたもんか?」

 楽器などなくてもコンピュータだけで、レコーディングができてしまう時代だ。弥生は時代遅れなのは自覚していた。
 夫とふたり、カラオケボックスの個室で飲んだり食べたりする。弥生は下戸で、夫にしても酒には強くないが、カラオケ好きなのは共通していた。

「弥生ちゃんは歌手やのに、仕事で歌って趣味でもカラオケ……ほんまに好きやねんなぁ」
「歌こそわが命!!」
「たいしたもんやなぁ」

 昔はそう言っていた夫も、今では驚きもしない。大阪でのライヴを終えて帰宅した弥生に、お疲れさん、カラオケ行くか? 晩ごはんもカラオケで食べよ、と誘う夫だ。そうしようそうしよう、と弥生も喜んで行きつけのカラオケボックスに向かうのであった。

「このごろ仕事してないな。とうとうクビになったか?」
「クビになったら養ってくれる?」
「年金でなんとかなりまっしゃろ。それより、歌わんとストレス溜まるやろ? 行こか」
「うん、行こ」

 夫婦漫才みたいな会話は、大阪の年輩の夫婦としては珍しくもない。今夜もこうしてカラオケにやってきて、ふたりで食事もしたためていた。

「歌う歌が弥生は本格派やわな。あんたのオリジナルも歌って」
「オリジナルが聴きたかったら、ライヴに来てよ」
「僕があんたのライヴに行ったら、弥生さんの旦那さんや!! いうて囲まれへんか?」
「大丈夫。私は仕事場では独身やから」
「ああ、そうか」

 それより、あなたも歌って、と甘い声で言うと、いややいやや、プロの前でなんかよう歌わん、と夫は謙遜してみせる。ミュージシャン志望だった夫は趣味でならば何種類かの楽器を演奏できるが、歌は上手でもない。中年になる前に音楽でプロになるのは断念してサラリーマンになり、現在は年金半分アルバイト半分の暮らしだ。

 歌手、春日弥生にはわりにマニアックな人気があるが、さほどに有名でもない。苗字がちがうのもあり、春日弥生の旦那さん? などとは誰も知らないだろう。春日弥生? 知らん、人種のほうが多数派かもしれない。

 仕事としてでも趣味としてでも歌うのも大好き。夫との平凡な日常も大好き。おかげで友人知人も広い広い範囲にいて、私の人生、ええもんやったわ。なんやかんやとあったけど、過去は忘れたしね、と弥生はひとり、微笑む。
 この夫と出会って結婚したことと、ユキちゃんと友達になれたことが、特にええことかもしれん。

 すこし年上やし、男のほうが平均寿命は短いから、死ぬのは夫のほうが先かなぁ。そのときには夫に捧げる歌も書こう。
 その前に、ユキちゃんに捧げる歌も書く。ユキちゃんが聴いたら、きゃっきゃっと喜んでくれるかな。じきに覚えてデュエットしてくれるかな。そうや、デュエットソングにしよう。

「……ソングライティングのほうに頭が行ってますな」
「うん」

 長年のつきあいなのだから、夫には弥生の頭がどこへ向いているのかわかるようだ。実際に横で微笑んでいる夫と、歌を聴かせたら笑ってくれるであろう幸生、ふたりの笑顔が並んで見えるようで、弥生の表情もほころんでいた。

END







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FS超ショートストーリィ・四季のうた・章「秋の魅」

番外編

フォレストシンガーズ

四季のうた

「秋の魅」

 露出の多い服装をした女が街にも海にもあふれる夏、そっちのほうが俺には魅力的だが、世の中で魅力のあるものは女だけではない。では、俺にはなにが秋の魅力なのか? と木村章は考える。

 リーダーだったらスポーツの秋?
 乾さんは芸術の秋だろう。
 シゲさんはまぎれもなく食欲の秋。

 幸生は?
 猫の秋? ジョークの秋? そんなの秋でなくても全季節だろうから、幸生の場合はやはり恋愛の秋か。

 窓辺に寄ると落ち葉がちらちら舞うのが見える。
 読書の秋ってのもあるなぁ。
 だけど、俺にはやっぱりこれ。

 ギターを抱えて、舞う葉っぱから伝わってくるイメージを曲にしようとこころみる。
 俺にとっては全季節がギター。ギターの春もギターの夏もすぎても、俺にとっての秋の魅力はやっぱり、ギターだ。


END








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いろはの「も」part2

ショートストーリィ(FSいろは物語)

フォレストシンガーズ

いろは物語2

「ももいろ気分」

「モモちゃんがどうしてそんなにうきうきした顔をしてるの?」
「だって、こういうの好きだもん」
「モモちゃんには関係なくない?」
「関係はないんだけどね」

 これでもモモちゃんは人妻なんだから、おおっぴらに恋はできない。だけど、モモちゃんはまだ若い女の子だよ。恋愛には興味津々なのは当たり前でしょ、と栗原桃恵は、夫の準に向かって舌を出した。

 高校を卒業してアルバイトしていたころからつきあっていた準と結婚し、同じくらいの時期にスカウトされて夫婦デュオ、フルーツパフェととしてデビューした。社長は口うるさいし、お兄さんみたいな存在のフォレストシンガーズの男性たちもけっこうきびしくて、準は泣かされてばかりいたが、売れない時期も桃恵には楽しかった。

 近頃ようやく売れてきつつあるので、楽しさは増えていく一方だ。高卒フリーター夫婦だったとしたらとても知り合いにもなれなかった、芸能人たちと親しく交流できる。桃恵としてはそれがもっとも嬉しい。

 事務所の先輩、フォレストシンガーズには昔は別のメンバーがいた。彼の名は小笠原英彦。神戸市須磨区の海岸で歌姫集合ライヴが開催されたときに、フルーツパフェも出演していた。フォレストシンガーズは出ていなかったのだが、メンバーの本庄繁之の妻、恭子が英彦とともにコンサートを聴きにやってきた。

 そのときに紹介してもらったから、桃恵も英彦と親しくなった。そんな趣味だったらなんでクリと結婚したんだ? と皆に不思議がられるが、桃恵は男性的でたくましい男が好きである。英彦も野性的な美貌と強そうな体型をしていて、桃恵の好みの男だった。

「ヒデさんの弟さん? わぁ、かっこいいんだ。土佐弁喋って」
「えーっと、はじめまして、小笠原鋼ぜよっ、こんなんでええですかいのう?」
「きゃあ、かっこいい」

 長身で細マッチョ、年齢は二十八歳。桃恵の好みには鋼もぴったりはまった。

「モモちゃん、あんまりきゃあきゃあ言わないで。あの、僕、栗原準です」
「よろしゅうお頼み申します」

 爽やかに挨拶してくれた鋼には、桃恵は完全に好感を抱いた。
 人妻なのだから公明正大な恋はできないが、あのひと、素敵、かっこいい、と思うのは自由である。桃恵にはその程度に好きな男性は何人も何人もいた。

「鋼くんってのは歌はどうなんだ?」
「この間、みんなでカラオケに行ったんですけど、まあまあ上手でしたよ」
「そうか。演技なんかもできるのかな」
「演技なんかしようと思ったら、モモちゃんにだってできるもーん」
「モモ、年長者の前で自分をちゃん付けするのはやめなさい」

 お説教好きの社長に、桃恵ははーいと殊勝に返事をした。

「小笠原のヒデくんは作曲だってするし、歌も相当にうまいだろ。フォレストシンガーズにいたんだから、本橋や乾が歌の下手な男をメンバーにするはずがないんだから、私は彼らの耳は信用しとるよ。それに、ヒデくんの作る曲もいい。今さらフォレストシンガーズに戻るわけにはいかんだろうけど……」
「フォレストシンガーズが六人になるのもいいんじゃありません?」
「そうはいかんだろ。だから、私はヒデくんにソロシンガーになったらいいって勧めたんだよ」
「いいかもいいかも」
 
 が、英彦には断られたのだそうだ。

「そしたら鋼くんってのはどうかね」
「鋼さんは普通に高知でサラリーマンやってるんですよね。そうやってスカウトされたら喜ぶひともいるんだろうけど、どうだろ。ヒデさんが反対しそうじゃありません?」
「そうなのかなぁ。モモ、それとなく打診してみてくれよ」

 社長に頼まれたので、桃恵は準とふたりして鋼を誘い、三人でお酒を飲んでいる。
 会社のプロジェクトで東京出張の機会が多くなっているのだと話す鋼は、桃恵が生息している世界には珍しいタイプの男だ。それだけに桃恵には新鮮だった。

「このごろは週の半分くらいは東京にいるんで、フォレストシンガーズのみなさんとも時々は飲むんですよ。モモちゃんとも飲めて嬉しいな」
「モモちゃんも嬉しい。ねえねえ、鋼さんって彼女はいるの?」

 気になっていた質問をすると、鋼が話してくれた。

「俺はあまり意識してなかったというか、友達だと思ってたんだけど、彼女のほうが俺を彼氏候補にしてくれていた女性がいるんだ。俺が彼女にそうと打ち明けられる前に、悪いことに……」

 はじめてフォレストシンガーズのライヴを聴きにきた鋼は、本庄繁之の妻、恭子に会って楽屋まで案内してもらった。フォレストシンガーズは英彦の弟を大歓迎してくれて、鋼も打ち上げに参加した。その際に紹介されたのが、往年の大スター俳優、岬太四郎の孫である曜子だったのだと鋼は語った。

「メールアドレスの交換はしたけど、それだけだったんだよ。だのに、その話をしたら阿弓さんっていう同僚が怒ってしまって、最近はつんつんされてるんだ。俺がミーハーだから嫌いになったって。俺は俺で岬曜子さんのことを意識してしまって……馬鹿がやないがか。住んでる世界のちがう女性やのに……」
「鋼さん、その曜子さんを好きになったの?」
「うーん、ようわからん。それに、好きになったって意味ないし……」
「意味なくはないんじゃない?」

 その話題に桃恵が目を輝かせたから、準には言われたのだ。モモちゃんには関係なくない?
 たしかに関係はないが、他人のコイバナは桃恵の大好物である。切なく哀しい恋も、先が見えない恋も、不倫話も好きだ。一般人の鋼と、昔のスターとはいえ有名人の孫との恋となると桃恵にはいっぶう変わったコイバナに思えて、それもまた面白そうだった。

「モモちゃん、社長に頼まれてた質問はした?」
「あ、忘れてた」

 楽しく飲んでお喋りをして、今夜はホテルに泊まるという鋼とは別れてタクシーに乗ると、準が桃恵に尋ねた。鋼さんはソロシンガーになりたくない? 単刀直入に質問するつもりだったのだが、コイバナに熱中して忘れていた。

「でも、また会う口実もできたからいいんだ」
「モモちゃん、鋼さんが好き?」
「好きだよ」

 夫が哀しそうな顔をすると、桃恵は快感を覚える。

 時代劇役者として大物の岬太四郎、桃恵もその名前は知っている。帰宅してからネットで検索してみると、岬は最近は映画監督として活躍していて、邦画ファンの間では「往年の」という位置ではない現役スターであるらしい。桃恵にはおじいさんに見える、迫力も貫録もある男性だ。

 ネットには岬の家族についても載っている。評論家になった長男と、その妻のバレリーナとの娘が曜子で、母が高知県出身だとは鋼も聞いた通りであるらしい。

 これは相当な大物だ。岬曜子自身は舞台芸術家だそうだから一般的には知名度は高くないが、知っている者は知っている。ネットには家族の写真も経歴も出ている。岬太四郎もその長男も中背ででっぷりした体格だが、曜子の母は細身で長身でバレリーナらしく姿勢がいい。彼女は現在はバレーの指導者をしている。

 母に似て背が高く、すらりとしていてセンスもいい曜子は、鋼と並ぶとお似合いだろうと桃恵にも思えた。岬曜子、しっかり覚えておこう。

「モモちゃん、神戸に来てるんだって? 今夜は暇はある?」
「仕事がすんだら帰るつもりだったんだけど、哲司くんも来てるんだったらごはん、食べようか」

 神戸の雑貨店が東京にも進出することになり、桃恵がCMに出ることになった。神戸で有名なスポットをバックにした撮影が終わると、桃恵は真行寺哲司と待ち合わせた。

 準もついてきてはいるのだが、彼には仕事はないので別行動だ。哲司は準と偶然にも会い、桃恵も神戸にいると知ってメールをしてきた。
 二十歳はすぎているのだそうだが、哲司は少年に見える。桃恵はたくましい美青年が好きなので、哲司は子どもだとしか思えない。友達としては面白い奴なので、哲司だって嫌いではないが。

 バイセクシャルだと自称している哲司は男性と同棲している。編曲家である哲司の恋人は哲司には相当にきびしいが、桃恵や準にはなにを言うわけでもない。それでもなんとなく恐いので、哲司がひとりで来ていると知って桃恵はほっとした。

「クリちゃんにも会ったの?」
「そうだよ。クリちゃんにモモちゃんのことを聞いたんだ。モモちゃんはこんなところに僕といて大丈夫?」
「どういう意味で言ってるの? スキャンダルになったりとか?」

 今はまだそれほど有名ではないが、若い女の子たちに好まれる雑貨店のCMが流れて評判にでもなったら、神戸の中華街で若い男性と食事をしていたら盗撮されるかもしれない。

「モモちゃんは玲瓏って知ってるよね」
「知ってるよ。芸術家ぶってるグループでしょ」
「そうそう。あいつら、芸能人ってのを見下げてるんだよね」

 中華料理の皿をずらっと並べて、哲司は小食なので桃恵が大部分を食べていると、哲司が冷笑的に言った。

「あそこのリーダー、村木漣は名前と顔が一致するんだけど、あとはごっちゃになってる。他に四人いるんだったよね」
「このごろけっこう人気が出てきてるから、あたしは知ってるよ」

 全員イケメン、全員長身、全員が帰国子女で海外の大学で音楽を学んだ。芸能人ではなく、本物の芸術家集団、そんなふれこみの「玲瓏」は事実、顔もよければ歌も上手なので、金持ちマダムたちに人気があるらしい。日本の歌手なんてねぇ……と軽蔑するマダムたちは、クラシックならば受け入れるのだそうだ。

「田中、吉田、中井、井村、村木だよ」
「そうだっけね。これはケイさん情報だから、世間には公表されてないんだけどね」
「なになに?」

 田野倉ケイ、哲司の同棲相手である。

「そのうちの……たしか、井村だったな。だっせぇことをやるんだって」
「だせえことってなに?」
「僕には関係ないんだけど、恥かしくてたまんないんだよね。玲瓏ってのはイヤミな奴らばっかりだけど、たしかに軽佻浮薄な芸能人とはちょっとちがうって、僕も見間違っていたんだな。内部ではなんて言われてるんだろ。だせっ、やめろよ、おまえは、やめてくれよって、フォレストシンガーズ内でだったら言わないかな」
「なんのことよ?」

 オーディションで厳選された若い男性たちで結成したグループだから、玲瓏はフォレストシンガーズのような友人関係ではない。彼らが丁寧語で会話をしているのは、桃恵も耳にしたことがあった。

「いいんじゃないの? これで将来安泰だね、うまいことやったな、いいのをつかまえたな、ってところかな。あいつらだったらそうかな。やめろとかださいとか言ったら、妬んでるって思われそうだしね」
「なんなのよ、はっきり言えよ」
「井村が有名人の娘……いや、孫だっけ。そういうのと結婚するんだって」
「へぇぇ」

 そんなの流行ってるの? と言いそうになった桃恵に、哲司は小声で告げた。

「じいさんは超大物俳優で、今は映画監督だそうだよ」
「それってもしかして……」
「モモちゃん、知ってる?」
「その孫って……」
「大きな声で言わないで。僕らってひょっとしたら注目されてるかもしれないんだからね」

 誰も見ても聞いてもいないとは言い切れない程度に、桃恵には知名度もある。桃恵は声を潜めた。

「ミサキヨウコ?」
「知ってたの?」
「そうじゃなくて……」

 えええ? そしたら鋼さん、失恋? それとも、先走っていただけ? 曜子さんって鋼さんのことは、母と同郷だから親しみを覚えて、軽く触れ合っただけ? 鋼さん、かわいそ、なのだろうか。

「僕はその女とはちらっと話したこともあるんだけど、彼女だったら言いそうだな。一般人なんて私にはふさわしくないわ、私を誰だと思ってるのよ、ってね」
「そんな女?」
「取り繕うのはうまいけど、そんな女だって僕は思ったな」

 誰の目も耳もなさそうなのを確認してから、鋼の話をかいつまんでする。哲司は鼻先で笑った。

「結局、玲瓏もただの芸能人なんだよね」
「そうなんじゃないの? 哲司くん、ほんとに見損なってたんだよ」
「ほんとにね」

 偏見や思い込みの激しい哲司の言を鵜呑みにしてはいけないのかもしれないが、桃恵は玲瓏の奴らが大嫌いだから、そのうちのひとりがそんな女と結婚するのはお似合いだと思う。鋼さんはそんなのよりは、同僚と恋人同士になったほうがいいよ、と知らず鋼に心で語りかけていた。

 他人の恋愛話でも桃恵のハートはじきに桃色に染まるのだが、井村と曜子って恋愛なんだろうか……などと失礼な邪推もしてしまうから、ピンクの花は咲きそうになかった。

END







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FSソングライティング物語「Anti-war song」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

ソングライティングシリーズ

「Anti-war song」


 人間は戦争を起こす。
 そして人間は、戦争に反対する歌をつくって歌う

 ひとりの人間は戦争なんて嫌いなはずなのに
 大勢の人間は戦争をしたがる
 戦争を嫌うのも、戦争が好きなのも、同じ人間

 数の波に押し流されるのも人間なのだから
 僕らは歌をつくって歌おう
 
 戦争はいやだ
 戦争はいやだ
 シンブルにそう歌おう。

「乾さん……ずるいよ」
「ずるい?」
「これをやられると反対しにくいじゃないですか」

 口をとがらせているのは章だ。
 こんな曲ができた、乾さん、詞を書いて下さい、と章に譜面を渡された。章にしては静かで穏やかな曲だ。これだったら大人の男女の恋物語かな、と考えつつ、その夜は家に帰って寝た。

「好きだったのよ、今でも好き。ずーっと好き」
「……俺はなんて言ったらいいのか……」
「言ってくれなくてもいいから、乾さんは歌って」
「そうだね」

 その夜の夢に見知らぬ女性が出てきて、日本語ではない言葉で俺に話してくれた。日本語ではなくても理解できた。
 地面に横たわるひとりの男の首を抱いて、彼女は泣いていた。戦で死んだ彼女の愛する男。私は彼を愛していた。彼は死んでしまったけど、永遠に愛し続けていくと。

 そんなとき俺には、彼女にかける言葉は見つけられない。だから、歌詞にした、彼女だけではなく、戦争に関わるすべての人間に向けての詩を書いた。俺は平和な日本に生きているけれど、地球上に戦争がある限り、俺だって無縁ではないのだから。

「このままじゃ歌にはならないから、これは大意だよ。これから練っていくんだ」
「わかりますけど、俺はそんなつもりでこの曲を書いたんじゃないんだよな」
「幸生にラヴソングを書いてもらうか」
「乾さんは変える気はないんですか」
「ないよ」

 たとえばカレーライスが食べたくて、行きつけの店へと出かけていく。ところが、その店は休みだった。連れが、だったらラーメンにしようよ、と言ったとしても、俺は別のカレーショップを探す。気持ちが完全にカレー食いたいモードになっているからだ。

 同じような感覚で、この曲は俺の中ではそういうモードになってしまった。作曲者の章が不満でも俺の中では切り替わらない。

「これもラヴソングなんだよ」
「ラヴソングはいいんだけど、俺はこういうメッセージソングは嫌いなんだよな」
「俺たちらしくないといえばいえるけど、夢のお告げなんだよ」
「……またそういう意味不明なことを……」

 ずるいと章が言ったのは、反戦歌などという大義名分をふりかざされると反対できない、との意味だったのだろう。その気持ちもわかる。

 反戦歌なんてフォレストシンガーズらしくはないけれど、歌うということは俺たちらしいじゃないか。地球や人類のことを考えても、なにひとつできないちっぽけなシンガーたち。この世の中になくても誰も困らない職業のひとつ、シンガー。

 そんな俺たちにできることは、歌を作って歌うことだけ。
 だから、歌おうよ。小さな小さな声で、戦争反対、って歌おうよ。俺たちにできることはそれだけなのだから。

END






 

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花物語2017/10「野葡萄」

ショートストーリィ(花物語)

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2017花物語

11「野葡萄」

 本家の当主などというものは前世紀の遺物のように思われるが、いるところにはいる。早矢香、真美香、亜本気、三姉妹の両親が事故でいちどきに亡くなったとき、三人はその老人の前に並んですわらされた。

「このたびは大変なことになって、私からもお悔やみ申し上げる。これからは姉妹三人で力を合わせて生きていかねばならんな。むろん親族も協力するが、うん、その前に、おまえたちに伝えておかなくてはならないことがあるのだよ。あるいはサヤカなどは薄々気づいていたのかもしれんが、気づいていたかね?」
「なんのことですか?」
「アマジのことだ」
「アマジ? えーっと……」
「気づいてないかね? アマジが生まれたとき、サヤカは四歳……幼すぎたかな。マミカも知らんのだよな」
「なんのこと?」
「アマジは当然知らんわな」

 親戚一同はむろん知っていたのだが、三姉妹には絶対に教えないように、とこの本家の当主が緘口令を敷いたのだそうだ。時期が来たら父親に話させると。

 時期が来るまえに父親は亡くなってしまったのだから、当主が話すしかなくなった。早矢香12歳、真美香10歳、亜本気8歳の秋だった。

「アマジにも理解はできるだろう? おまえたちの両親は、マミカが生まれて間もなく離婚したのだよ。離婚ってわかるな? 三人ともわかるか」

 離婚ならば意味としてはアマジにだってわかるが、初耳だったのでびっくり仰天し、姉たちと顔を見合わせた。

 理由までは話す必要もないだろう、と前置きして、当主は続ける。親戚には口さがない連中も大勢いるし、近隣の住人だって噂話は大好きなのに、三姉妹の耳に入らなかったのもびっくりだ。かの地では当主がさほどに権勢をふるっていて、この老人に睨まれるとあとが怖いからなのではあるまいか。

 結婚し、ふたりの娘を得たあとで、両親は離婚した。親権は母親に渡り、サヤカとマミカは母とともに家を出ていく。父もこの地から出ていき、家族は離れ離れになった。

 次女のマミカが三歳になったときに、父親から元妻に電話がかかってきた。

「故郷に戻ったんだよ。都会にいればひとりでもどうにか生きられたけど、故郷にいるとひとりは寂しい。みんなに責められるんだ。あんなにいい奥さんと可愛い娘たちを捨てて、おまえはなにをやってるんだ、ってね、怒られるんだよ。それもあって後悔している。やり直せないか?」

 覚悟を決めてシングルマザーになった母ではあったが、日々の暮らしに疲れてもいた。母も都会で暮らし、五歳と三歳の娘たちを保育園に預けて日も夜もなく働きづめで生きている。とりたてて資格もない事務員の身では収入も決して潤沢ではなく、父の言葉に心が揺らめいた。

「何度も話し合いをして、サヤカやマミカもまじえて食事をしたり、遊園地に行ったりもした。そのころのことはサヤカやマミカは覚えていないか?」

 姉たちは覚えていないらしく、そろってかぷりを振った。

「そうか……」
「家族みんなで遊園地に行ったことはあるはずだけど、あのときにはアマジもいたような……」
「そうだよね。サヤカちゃんと私とお父さんとお母さん……それって私も覚えてないな」
「マミカはまだ小さかったからな。そして……」

 一度は離婚をした夫婦は、離婚後二年ばかりして復縁した。父も母も故郷のこの地に戻り、ふたりの子どもと四人家族の暮らしが再スタートする。母はこの地の出身ではなかったが、父と父の両親に連れられて親戚筋や近所に挨拶回りをしていたので、皆に好感をもたれていたのだった。

「それから一年もせぬうちに……」

 赤ん坊を抱いた初老の夫婦が、この地にやってきた。

「その夫婦ってのがな、アマジの祖父母だったんだよ」
「え?」
「実は……」

 父は母と離婚してほどなく、再婚していた。実は……母と離婚した原因のひとつは父の不倫だったのではないかと思われるのだが、当主はそのあたりは言葉を濁した。

「できちゃった婚とかいうのだな。おまえたちのお父さんは離婚してすぐに再婚し、アマジが生まれたんだ。ところが、アマジの母親はアマジを置いて失踪した。再婚とはいっても籍を入れていなかったようだが、認知はしていたらしい。そこらへんは子どもにはむずかしいのではしょるとして……」

 新しい妻に子どもを置いていかれた父は、困り果てて妻の両親に子どもを託した。妻の両親もやむを得ず子どもを預かった。その子どもがアマジなのだそうだ。

「自分たちの孫なんだから預かりはしたものの、ふたりともあまり身体が丈夫ではなくて、赤ん坊の世話は難儀だったらしい。そうしているうちに娘の夫が再婚したと聞いた。自分たちの娘も赤ん坊を置いて失踪したという弱みがあるものだから、文句も言えなかったらしいが、ならばとばかりに……」

 再婚というのか事実婚というのか、そういうことをしていたとは父は母には内緒にしていた。むろん子どもがもうひとりできたなどと告げているはずもない。大切なことは隠蔽して元妻と復縁し、のうのうと暮らそうとしていた父は青ざめた。

「そりゃあ、おまえたちのお母さんだって怒るわな。事情をきちんと話して、アマジのことも面倒見てくれと言われたなら、おまえたちのお母さんならば承諾したんだろうが、内緒にされていたんだから許せないとなる。そこで、親族会議が開かれた。アマジを引き取ろうかと言った者もいたよ」

 が、母は言った。

「アマジも私が育てます。ただ、子どもたちにはこんなややこしいことは言わないでいただきたいのです」
「わかった。時期が来ればおまえから話しなさい、いいな」
「……はい」

 恐縮しきりの父は、当主のご託宣にうなだれたままうなずいた。

「というわけだ。なのだから、アマジはサヤカやマミカとは半分しか血がつながっていないのだよ」

 言われてみれば思い当るふしはある。
 字面も読み方も美しい姉たちの名前に対して、末っ子のアマジの名前は少々変である。学校の先生が、ア・マ・ジ? 本気と書いて「マジ」? 本気の名前? と驚いていたことがあったのは、アマジの記憶にも残っていた。

 なんで私だけこんな名前? と両親に尋ねたいのはやまやまだったのだが、父も母も親しみやすい親ではなかったので訊けなかった。両親に親しみにくかったのは姉たちも同じだったようだが、そんな事情があったとは。

「おまえたちの後見人は私がつとめる。三人ともに責任持って学校を終えさせ、嫁に出す。約束はするが、どうかね? サヤカ、おまえはこれからもふたりの妹に分け隔てなく接することができるか?」
「お母さんがしていたように、ですね。できます」
「そうか。では、まかせるよ。おまえたちの家庭では長女のサヤカが家長だ」

 広い広い本家の庭には、野葡萄の蔦があちこちにからまっている。私、野葡萄みたいに生きてきたんだろうか。養母の情けにすがって……? 三人して本家を辞去するときに、八歳のアマジはそんなことを思った。

「野葡萄みたいにからまって? アマジ、野葡萄の花言葉って知ってる?」
「知らない。なに?」
「慈悲、慈愛」

 両親を亡くした姉妹を親戚がバックアップしてくれたのは、田舎ならではの強固な親戚関係だったのだろう。わずらわしくもあり、ありがたくもある絆だ。

 叔母や伯母や従姉妹などが手を貸してくれ、そのうちには自分たちもスムーズにできるようになったから、家事にもさして苦労はしなかった。両親が生きていたころと同様に、三人でもとの家で暮らし、姉妹は成長していく。高校までは地元ですごし、高校を卒業するとそれぞれに別の地方の大学に進学し、卒業して進学した。金銭面でも両親が残してくれたものと、親戚筋の協力でどうにかなった。

 久しぶりに三人そろって本家を訪ねたのは、当主の葬儀のためだった。

 衝撃の事実を知らさせたあの年からだと、二十年近くがすぎている。マミカは結婚して一児の母になったが、サヤカとアマジは独身だ。アマジは二十代だから都会ではまだ未婚でもおかしくないが、サヤカ姉ちゃんは結婚しないのかな、お節介なことを考えているアマジに、サヤカが言った。

「野葡萄……覚えてる?」
「ああ、お姉ちゃんが花言葉を教えてくれたっけね。私がお母さんにからまってたんじゃなくて、お母さんが慈愛を持って、血のつながらない私を育ててくれたんだって意味でしょ」
「そうねぇ。お母さんは私たち三人にわりとそっけなかったけど、差別しないようにって、敢えてそうしていたのかもね。私もお母さんを見習うわ」
「どういうこと?」
「バツイチふたりの子持ちの上司とね……」
「結婚? その子たち、サヤカ姉ちゃんが面倒見るの?」

 そ、とはにかんだように言う姉に、飛びついて祝福するのは躊躇してしまう。母がどれほどに大変だったのか、アマジもわかる年齢になった。実の母、そんなひとはどうでもいい。アマジにとっては育ててくれた母だけが母だ。

 バツイチ男性と結婚して彼の連れ子を育てる、姉の苦労は母の苦労とは別種だろうが、これから姉が歩いていく旅路を想うとアマジの気が遠くなりそうになる。血なのかしらねぇ……と呟く姉。その血は私には流れてないんだよね、と思うと、アマジとしてはちょっとだけ寂しかった。


END







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FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2017/10

forestsingers

フォレストシンガーズ

超ショートストーリィ


 夢の話なんて下らねぇ、と鼻で嗤う奴もいるが、熱心に聞いてくれている人もいるので、美江子としてはちょっと脚色したくなってきた。

「昨日の夢に猫が出てきたの」
「へぇぇ、美江子さんも猫好きになったんですね」
「幸生くんの計略のおかげでね」
「計略だなんて人聞きの悪い、乾さんじゃあるまいし」

 猫となると目を輝かせる幸生と、幸生が話に引っ張り込んだ隆也のふたりに向かって、美江子は話していた。

 とても若かったころ、美江子と幸生が公園で猫を拾ったことがある。仔猫は幸生の両親と妹たちの家に連れていかれ、大人にもなり切れないままトラックに撥ねられて死んでしまったのだが、幸生の実家に行く前に美江子ともすこし触れ合った。

 ぎぇ、猫なんか嫌い、気持ち悪い、怖い、としか思えなかった美江子の気持ちは、あのときの仔猫のおかげで変わった。幸生はそうとたくらんで、美江子と猫を触れ合わせたのだろう。

「ちっちゃい猫が何匹もいて、この子にしようかあの子にしようかって、悩んでるの。てのひらに一匹ずつのせてたんだ。ふわふわもふもふの感覚までがこの手に残ってるみたいだよ」
「美江子さんも猫と暮らしたい?」
「いつか、そうするのもいいなぁ」

 シンガーズのマネージャー稼業は生活が不規則で、ペットと暮らせる境遇ではないのが残念だが、老後あたりにはそうできたらいいとも思うようになった。

「でね」

 ここから脚色。

「この子にしようって決めた仔猫の顔が……」
「顔が?」
「幸生くんにそっくりだったんだっ」
「俺そっくりの猫……」

 きゃああ、実は美江子さんって猫じゃなくて、俺と暮らしたいんでしょっ?! 自分に都合のいい解釈をする幸生の頭を小突く隆也に、美江子は尋ねてみた。

「幸生くんも得意のやつ、やってるんだから、乾くんもやって」
「このシチュエーションにぴったりの俳句か短歌でしょ。乾さん、やってやって」

 しばし閉じていた目を開いて、隆也は口にした。

「掌にのせて子猫の品定め」 富安風生

mie/END



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うちの小梅です。










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ガラスの靴71

別小説

「ガラスの靴」

     71・玄人

 この企画をたくらんだひとりの女と、彼女に呼び出されてやってきた三人の女。四人のうちの三人までが名前に「か」がつく。

 各々父親のちがう三人の子を未婚の母として育てている通訳、ほのか。
 キャバクラ嬢、愛花。
 「か」のつかないただひとり、仕事はなにをしているのか知らないが、常にフェロモン満開、男殺しの優衣子。この三人は独身。

 もうひとりの「か」は、夫との取り決めで浮気は公認の既婚者、デザイン事務所勤務の涼夏。彼女が今回の企てをアンヌに持ちかけた。
 その涼夏さんに連れられてきたのが、仮名、太郎。涼夏さんの取引先の社員だそうで、眉目秀麗なエリート青年だ。エリートだから仮名なのか、涼夏さんが太郎くんと呼んでいるので、みんなもそう呼んでいた。

 低く絞った音量でピアノ曲が流れている場所は、我が家のダイニングルームだ。ホームパーティだと言われて涼夏さんに連れられてきた太郎くんは、誰にも愛想よくふるまっていた。

「息子さんは今夜は……?」
「お母さんの家にいるんだ」
「ああ、そうなんですか。お母さんって胡弓くんのおばあちゃんですよね」
「そうだよ」

 四人の女性にアンヌも加えて、女性たちがこちらを見ているのを感じる。僕は接待役なのだから黒子のようなものなのだが、美女たちの視線を送られると落ち着かない。それに引き換え太郎くんは動じず、僕と世間話をしていた。

「僕の母はバリキャリでしたから、僕も祖母に預けられていることが多かったんですよ。僕への肉親の愛情は、祖母と祖父が主に注いでくれました」
「寂しかった?」
「大人が誰も愛してくれなかったら寂しかったかもしれないけど、祖父母が可愛がってくれたから満足でしたよ。僕がなに不自由なく裕福に暮らせたのは、しっかり働いてる両親のおかげだって、祖母にも言い聞かされてましたから」
「ぐれたりもしなかったんだ」
「するわけないですよ」

 男は二十代後半がいい、と言うのが涼夏さんの趣味だそうで、二十三歳の僕なんかはひよこなのだそうだ。アメリカの大学院を卒業して、広告代理店に入社したと聞く太郎くんは僕よりも年上のはずだが、誰を相手にしても敬語で話すのだった。

「あの女のひとたちの中に。好みのタイプっていないの?」
「どの方も綺麗で、好きですよ」
「特別に誰かとつきあいたくない?」
「いえ、別に」

 彼女のフェロモンにはどの男も一発で降参して、彼女がいようが妻がいようが、バツニバツ三であろうが、なびかない者はない、との評判を持つのが優衣子さんだ。彼女はそれとなく太郎くんにアプローチしていたが、するっとかわされていた。

「笙くんも太郎くんも実は……」
「そうかもしれないね」

 実は……なんと言ったのかは知らないが、男を侮辱するフレーズだったにちがいない。僕はこの世では少数派の、優衣子さんのフェロモンにやられない男。それでも僕は優衣子さんの胸の谷間などを見るとどきっとするが、太郎くんはなんにも感じていないようだ。

 気に食わない顔の優衣子さんに話しかけられたのは涼夏さんで、彼女は太郎くんと遊びの恋がしたくて誘いをかけたのだそうだ。そして、言われた。

「女性とプライベートなおつきあいをしたことはありません。友達だったらいーっぱいいますけど、性的な関心はひとかけらもない。男が好きとかロリコンとかってのもありませんよ。セックスの経験もありませんし、したくもないな。頭の中がそういうのでいっぱいで、いやらしい動画を観たりする男は汚らわしい……うーん、そこまで考えてはいませんよ。ただ、暑苦しくっていやなんですよね。やりたい奴は好きにやってればいいけど、僕にはおかまいなくって感じ? なまぐさいのや暑苦しいのは嫌いなんですよ。結婚なんかしたくありません。恋愛にも興味はありません。僕の好きなこと? ガーデニングかな」

 そんな男に涼夏さんの闘志が湧いた。
 悔しいけど、私じゃ駄目みたい。だけど、他の女だったら? 男を惚れさせることには百戦錬磨、一騎当千のつわものたちが、アンヌの周囲には大勢いるでしょ、みつくろって連れてきてよ。私は太郎くんを連れていくから、と言われたアンヌがその気になった。

 休暇が残っていたのもあって、アンヌが涼夏さん所望の女たちを動員したのだが、そんな遊びに加担しているアンヌも、昔は相当なつわものだったはず。

 真面目な男や堅い男、てめえは遊んでいても女には貞淑を求める自分勝手な男、もてない男、固定観念にかたまっている男、などなどには敬遠されるものの、思考が柔軟な僕みたいな男や、強気の美人を好む男にはもてまくっていたアンヌも、今夜は太郎くんにちょっかいを出していた。

「涼夏さんには誘惑されたんだろ」
「そうなんですか。社会人の先輩としていろいろと教わってはいますが、誘惑じゃないでしょ」
「優衣子さんの色気にもなんにも感じない?」
「色気? 色気ってなんなんですか。色気なんか感じたことはないな」
「アンヌみたいなタイプはどう?」
「かっこいいですね」

 同じ男なのだから、彼が内心ではどきどきしているとしたら多少はわかる。が、彼の心も身体も、美女にはぴくっとも動いていない様子だった。

「愛花、ちょっと酔ってきたみたい」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないよぉ。介抱してよ」
「介抱だったら女性同士でお願いします」
「……うん、もうっ、送ってってくれないの?」
「僕は明日は予定がありますので、あまり遅くなりたくないんです。ごめんなさい」

 業を煮やしたのか、愛花さんがなんともストレートなアプローチをこころみたのも、空振りに終わった。
 ぶすっとした顔になった愛花さんは、まるで酔ってはいない態度に戻って、スマホを取り出してむこうに行ってしまった。キャバクラ嬢というと男をたぶらかすことにかけてはプロなのだから、プライドが傷ついたのかもしれない。

「笙さん、料理が上手ですね。これみんなあなたが作ったんですか」
「ほとんどはね。だって僕、専業主夫だもの」
「主夫の仕事のメインは料理ですね。たしかに」
「褒めてくれてるわりには、おいしそうに食べないね」
「いや、僕は食べものに興味ないから」
「なにに興味あるんだよ?」
「ガーデニングですね」

 またガーデニング。がくっとして、僕はチューハイをがぶ飲みした。女のひとたちはむこうにかたまってこそこそ言いながらも、盛大に飲んで食べている。彼女たちはおいしそうに食べているからいいのだが、僕としても苛立ってきた。

「僕とばかり喋ってるって、太郎くんはほんとは男のほうが好きなんだろ」
「いいえ」
「十五歳以上お断りとか?」
「いいえ」
「十五歳未満にだったら色気を感じる?」
「だから、僕は人間には色気を感じないんです」
「なんにだったら感じるの?」
「見事に咲いた薔薇の花とか……」

 けーっ!! と叫びたくなったのは、僕も酔ってきたからだろうか。
 はじめて涼夏さんから話を聞いたときには、太郎くんのたたずまいは理想の老後の姿だと思った。老後だったらいいが、年頃の近い男としてはじれったい。おまえみたいな奴が増殖すると、少子高齢化が進みすぎて、僕らの老後には年金も出ないぞ。

 おまえは稼ぎがいいんだし、妻も子も持つつもりはないからしっかり貯金すればいいと言うんだろ。うちだってアンヌの稼ぎはいいけど、浪費も激しいから貯金はそんなにしていない。アンヌには定年はないけど、ロックヴォーカリストって何歳までやれるんだろ。

 万が一アンヌに捨てられ、胡弓にもつめたくされ、年金ももらえなかったとしたら……僕の老後は真っ暗闇だ。酔っているせいか悲観的になって、太郎くんにからみたくなってきた。

「太郎くんは主夫なんて馬鹿にしてるだろ」
「してませんよ。他人の生き方は尊重します」
「きみは主夫になりたい?」
「僕がなりたいかどうかは、笙さんの生き様とは無関係でしょう?」
「きみの目に侮蔑を感じるんだよ」
「誤解ですよ」

 あくまでもにこやかな太郎くんと押し問答していると、玄関チャイムの音がした。僕が立っていく前に愛花さんが出ていき、数人の女性を伴って戻ってきた。

「もっとお客さん?」
「笙、こっち来い」
「うん、お客が増えたんだったらグラスとか……」

 呼ばれてアンヌのそばに近づいていくと、僕のかわりのように女性たちが太郎くんを取り囲み、アンヌが言った。

「あれは愛花の仲間たちってのか、男をもてなすのが仕事ってプロの女たちだよ」
「愛花さんの手管が通用しなくて、腹が立ったらしいのね」

 言ったほのかさんは、黙ってそこにいるだけで男に恋されるらしい。僕の知り合いにもほのかさんに片想いをしている男がいた。だが、太郎くんはそんなほのかさんにも興味はないようで、一顧だにしない。ほのかさんはそれでもいいらしいが、内心はむっとしていたりして?

「それで、愛花ちゃんが仲間を呼び出したのよ」
「あんなもんでは太郎くんには通用しないと思うけど、お手並み拝見だね」
「だね」

 優衣子さんと涼夏さんがうなずき合い、アンヌが腕組みをする。太郎くんを囲んでいる華やかな女性たちは、銀座のバーのホステスたちだそうだ。二十代から四十代までの美女集団にかかったら、歌舞伎の大物や政治家や経済業界人や、クラシックの指揮者やマエストロや、なんて人種でもひとたまりもないのだそうだが。

「無駄だよ。あいつはそもそも人類の男じゃないんだから」
「異星人?」
「薔薇の妖精王なんじゃないの」

 やや離れたところから観察していても、案の定、太郎くんが動じていないのが見て取れた。銀座のお姉さんたちに取り囲まれているというよりも、学生時代の女友達たちとグループ討論でもしているかのようだ。
  
 ああいう男になったら感情の波立ちがきわめて少なくて、人生、意外と楽なのかもしれない。けれど、僕は僕でいい。僕はこんなだから、こんな笙だからアンヌに愛してもらえるんだ。僕が太郎くんみたいになったら、アンヌに捨てられるかもしれないんだから、僕はこのままでいい。

つづく









 

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FSソングライティング物語「TOKIO」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

「TOKIO」

 抒情演歌の「金沢のひと」、乾隆也。
 本人談によるとしゃれたボサノバ「横須賀たそがれ」、三沢幸生。
 こうしかならないらしい「稚内ブルース」、木村章。

 これだけ出そろうのならば俺は東京だ。東京生まれの本橋真次郎が東京の歌を書こう。
 とは思うのだが。

「空を飛ぶ 街が飛ぶ
 雲を突き抜け星になる
 火を噴いて 闇を裂き
 スーパーシティが舞い上がる
 
 海に浮かんだ光の泡だとおまえは言ってたね
 見つめていると死にそうだと
 くわえ煙草で涙おとした」

 当時、当代一のコピーライターとの名も高き男が書いた詞だ。ものすごく時代をあらわしていて、眩暈がしそうな気がする。この歌はご当地ソングとは呼べないのかもしれないが、日本で一番ヒット曲に頻出する土地の名は「東京」。銀座や有楽町や西麻布や道玄坂といった地名も含めると、他の追随を許さないらしい。

「二位はどこだ?」
「大阪ですね。京都、長崎あたりが続き、神戸は意外に少なく、中部地方と四国はきわめて少ないようです」
「ご当地ソングの嚆矢ってのは?」
「柳ケ瀬ブルースです」
「柳ケ瀬って岐阜だろ。中部地方だよな」

 専門は昭和歌謡、なのだから専門家といっていい大学の後輩、大河内からレクチャーを受ける。彼は幸生がキャプテンだった年に我が母校の合唱部に入部してきたのだから、俺とは在籍がかぶっていない後輩だ。通称はダイちゃん、俺よりは五つ年下だが、老けて見えるので俺のほうが年下に……は見えないだろう。タイプこそちがえ、俺も老けて見えるタチらしい。

 ご当地ソングの話題を肴に酒を飲む。乾と幸生と章が、故郷の名前をつけた歌を書いたんだよ、とも話す。となると、俺は東京だよな。東京の歌はありすぎてやりにくいんだよな。

「横須賀はかなり多いですし、有名な曲もけっこうありますけど、金沢も意外にないんですよね。稚内というと……」
「氷雪の門って稚内が舞台だろ。章が言ってたよ」
「ああ、そうでした」

 スマホでカンニングはナシだぞ、と言いつつも飲む。
 と、俺のスマホにメール着信があった。カンニングじゃないからな、とダイちゃんに断ってメールを開くと、桜田忠弘からだ。スマホだと着メロは流行らないんだってな、寂しいな、とダイちゃんに話しかけながら文面を読んだ。

「明日、俺の地元でイベントをやるんだ。チャリティイベントだよ。
 地元といっても田舎のほうではあるけど、富山県だ。乾は隣の県の出身だからノーギャラで出演依頼をしてみたんだけど、明日は本橋以外は仕事があるんだってな。

 どう? ノーギャラで来てくれない?
 交通費もそっち持ちだけど、うまいものもあるし、明日は天気がいいみたいだから気持ちもいいと思うよ。
 来られるんだったら返事はいいから、直接頼む」

 場所と開始時間も書き添えてあった。

「桜田さんからなんですか? 桜田忠弘とメールのやりとりって、すごいですよね」
「すごい……かもな」

 デビューしてから五、六年の間と比較すれば、たしかに隔世の感はある。フォレストシンガーズはデビューしてから十一年になるのだが、俺が三十になるくらいまではほぼ無名だった。
 二十八くらいの俺、今の俺くらいの年だったはずの桜田さん。当時だったら、俺たちは遠くから桜田忠弘を見て、あんなふうになれたらな、と思っているだけだっただろう。

 現実には桜田さんは気さくに俺たちにも声をかけて、きみらはいいものを持ってるんだからきっと売れるよ、と励ましてくれたが、精神的には憧れたり羨んだりしていただけに近い。

 そんな大スターとこうして友達づきあいのようなことができる。桜田忠弘と本橋真次郎が親しくしていると、すげぇと言われる。昔だったら、俺を誰だか知っていながら、お、桜田くん、新しいマネージャー? 付き人? などとイヤミを言う輩もいた。

 しかし、本橋さん、すげぇと言われるということは、俺のほうが格下だと言われているようなものだ。桜田さんには誰も、フォレストシンガーズと知り合い? すげぇ、とは言わないだろう。ま、そうではあろうが。

「富山のイベントですか。本橋さん、行きます?」
「気分転換にもなりそうだし、誘ってもらってるんだから行こうかな」
「僕もお供していいですか」
「いいよ。富山までの飛行機のチケット、手配してくれたら俺が金は出すから」
「……ええ? 悪いなぁ。いいんですか。では……」

 まったくスマホってのは便利だ。こんな時間なのに、急なことなのに、明日は土曜日だというのに、ダイちゃんはスマホで飛行機の予約をした。イベントに参加するお客さんたちは、夜行バスで今夜から現地に向かっているひとが多いらしい。

 酒はほどほどで切り上げて、翌日早く、ダイちゃんとふたりして富山空港へ飛んだ。

「よっ、本橋くん、来てくれたんだ」
「返事はいらないとメールで言ってらしたから、直接来ました。紹介します。俺の学生時代の後輩で、音楽評論家の大河内くんです」
「はじめまして」
「評論家なんだ。専門家なんだね。じゃあ、このイベントの紹介記事を書いてよ」
「はいっ!! 喜んでっ!!」
「どっかの居酒屋の店員みたいな台詞だな」

 音楽関係者ではなくても、桜田さんにこんな頼みをされたら張り切るだろう。桜田さんの人徳なのか、居酒屋の店員みたいだとの言い方もイヤミっぽくはなかった。

 ダイちゃんは桜田さんのそばに残し、俺はイベント会場を歩き回る。五箇山近くの広々とした場所で、地元の若者たちが主催しているらしい。桜田さんは賛同者で協力者ではあるが、表立っては名前を出していない。なので、彼の名では人は呼べないのであるらしく、それほどの大盛況でもないようだ。

 グルメ、販売、音楽、パフォーマンス。俺たちが売れないころによく呼ばれた、町おこしイベントのような、学園祭のような、なつかしい雰囲気ではある。

「本橋さん、あとで歌ってほしいって、桜田さんからのご要望ですよ」
「もちろん、歌いますよって伝えてくれ」
「了解。それまでは自由にしていて下さいとのことです」

 本人ではなくダイちゃんからのメールに返信して、なおも歩き回っていると腹が減ってきた。富山県B級グルメ!! とのぼりが立っている屋台を覗いてみる。俺の舌は高級ではないのでB級のほうが口に合う。白エビバーガーってのを買ってみた。

「……あの……」
「あとでね。しっ!!」

 売り子は可愛い若い女の子で、俺が秘密めかしてしっ!! と言うと頬を染めた。会場を歩いていると、時々はこんな目で見られる。俺を知ってくれている人もいるんだと思うと、自己顕示欲も満たされた。
 そのくせ、騒がれたくはない。人間ってのは勝手なものだ。

 白エビバーガーと缶コーヒーで早めの昼飯にする。あとで白エビかき揚げどんぶりってのも食いたいな。揚げ物ばっかりだな、と苦笑いしつつ、景色のいい場所でバーガーに食いついた。うん、なかなかうまい。B級でもC級でも低級でも、うまければいいではないか。

 若いころからひとり旅が好きで、あちこちほっつき歩いた。フォレストシンガーズとしてデビューしてからは、仕事で日本各地に出向いた。近頃は日本全市踏破ツアーに挑戦中でもある。

 そんな俺は、けれど、東京っ子だ。
 自然の真っ只中にいて都会を想い、俺の故郷の歌を作るのもいい。緑に包まれた山を見てから目を閉じて、東京の夜景を思い起こしてみた。

END








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FS超ショートストーリィ・四季のうた・隆也「秋の身」

番外編

フォレストシンガーズ

四季のうた・秋

「秋の身」

 芸術の秋、食欲の秋、読書の秋、それからそれから……そうそう、スポーツの秋。

 シンガーは一種の肉体労働であるのだから、身体を鍛えるのも大切だ。筋トレだってやる。フォレストシンガーズの全員で会員になっているジムがあって、年下の若者を連れてきてやったこともあった。

 昔はなにをするにもつるんでたものだな、なつかしく思い起こしながら、隆也はひとりでスポーツジムに足を運んだ。ウォークマンのイアフォンを耳に入れ、スポーツ用に編集したプレイングリストを聴く。音楽の秋、とも言うかもしれないが、彼らにとっては音楽の四季だ。

 音楽を聴きながらエアロバイクを漕ぐ。
 単調で眠くなってくる。眠気を追い払うために、頭の中で曲に合わせて歌う。英語の歌詞を思い出そうとしていれば寝ずにバイクを漕げた。

「ん?」

 視線を巡らせると、女性インストラクターがフロアでバック転をしているのが目に入った。しなやかな長身が跳躍する、躍動する。女性に続いて筋骨隆々の男性インストラクターが空転をしてみせ、見物していた会員たちが拍手した。

 ああいうのを見ていると、俺もやりたくなってくるんだよな。
 昔はああいうの得意だったけど、まだやれるかな? 最近やってないけど、できるよな?
 身体がむずむず。バイクから飛び降りてあそこに参加したくなる。

 それから今、歌っていた曲を、みなさんにも聴いてもらいたい。俺も拍手がほしい。

「乾さんって根っからのエンターティナーなんですよね」
「やれば?」
「やっていいぞ、乾、やれやれ」
「やらないんですか?」

 頭の中でそそのかしている仲間たちに、やらないよ、と舌を出したら、隣のバイクを漕いでいる初老の男性と目が合った。こほっと咳払いをして会釈し、隆也はバイク漕ぎに戻った。

END











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FSソングライティング物語「ザ・演歌」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

ソングライティング物語

「ザ・演歌」

 
 いっぷう変わったご当地ソングといっていいのか。フォレストシンガーズの面々が個々の故郷を描いた歌を書くと言う。
 作詞作曲はできないと公言しているシゲの分も俺が書くとして、他の四人は……

 本橋真次郎、東京。東京は選択肢がありすぎてむしろ迷うかも。ロックでもジャズでも民謡でもクラシックでも、すべてのジャンルのメロディも歌詞も書けそうだ。
 三沢幸生、横須賀。横須賀もどんな歌にもなりそうで、これまた迷いそうだ。

 乾隆也、金沢。乾さんは「金沢のひと」という演歌を書くのだそうで、すでに完成しつつあるらしい。
 木村章、稚内。稚内も演歌的な気がするが、章はブルースにするという。ブルースまたはエレジー。章の故郷との確執、あるいは父親との関係を知る者には、さもありなんである。

 そして、俺。
 ご当地ソングなぁ、高知の印象は誰だって演歌だと答えるだろうなぁ。俺の故郷の高知県にだってフォークデュオやロックバンドもいるのだが、日本人のイメージでは演歌だ。

「荒波砕ける桂浜やろ? 桂浜ロックはどうや?」
「マスターも曲を書いてみて」
「俺は作曲なんかできんって」
「できそうな気がするけどなぁ。やったことあるんやろ?」
「ないない」

 いつものように神戸港のバー、「Drunken sea gull」にいる。マスターの前身はまちがいもなくミュージシャンだったはずだが、とぼけたがる。いくらとぼけたところで、彼のギターの腕はプロだ。作曲だってできるとしか思えないが、俺にはそんなもん、できん、したこともない、といつだって逃げられていた。

「あの……」
「はい?」

 ここでこうして音楽の話をしている俺が、フォレストシンガーズの関係者だということを察する者はいくらもいる。話しかけてきた男にも予備知識があったのか。このバーは俺がブログでたびたび取り上げているので、フォレストシンガーズの元メンバーに会ってみたくて、との理由で来店する客もいるのだった。

「やっぱり小笠原さんなんですね」
「ええ、まあ」

 自己紹介し合ったところによると、彼の名は高橋。関東出身で大阪の会社で働いている。神戸に仕事でやってきたついでに、「Drunken sea gull」に立ち寄ったのだそうだ。

「いつもブログを読ませてもらってます」
「ありがとうございます」
 
 フォレストシンガーズネタを扱っているがゆえに、「HIDEブログ」はけっこう人気がある。ブログを綴っているヒデに興味を示してくれる人も増えていて、フォレストシンガーズの事務所の社長には、ヒデくんもデビューしないかね? と尋ねられた。なんと、俺の弟にまで社長は接触したがっているとか。

 なんでもいいから売れる題材を探している。人気商売の方々は鵜の目鷹の目ってやつになっているのだろう。
 三十四歳の俺とは同年輩に見えるひょろっと痩せた高橋さんも、フォレストシンガーズとはまったくの無関係でもないんですよ、と笑った。

「とはいえ、僕じゃなくて母がね」
「お母さんですか」
「そうなんです。去年でしたか、実家で母とテレビを観ていたら、母が言い出したんですよ」

 大阪で結婚もして関西暮らしの高橋さんは、その日は出張ついでに実家にひとりで遊びにいっていたのだそうだ。

「……あ、そうだ。あれって本当のことなんだよねぇ」
「あれって?」
「もう十年も前になるのかな。あんたが東京の大学に行ってたころだよ。朝早く外に出たら、五人の若いお兄ちゃんたちと会ったの。このへんって朝だとなにか買うにも食べにいくにも、どこの店も開いてないだろ。それで、朝ごはんを食べてなくておなかがすいたって言うお兄ちゃんたちに、おにぎりを作ってごちそうしてあげたんだよ」
「で、なにかだまし盗られたとか? そんな話は初耳だよ」
「忘れてたんだもの。なんで思い出したのかといえば、この人たち」

 母親が指さしたテレビ画面では、フォレストシンガーズが映っていた。

「なにかを盗られたなんて話じゃなくて、おにぎりをごちそうしてあげたお礼にって、フォレストシンガーズが歌ってくれた。特によく覚えてるのは三沢幸生だって、母は言うんです。フォレストシンガーズってそんなにはテレビには出ないでしょ? 母は音楽に興味があるわけでもないんで、積極的に音楽を聴いたりもしません。あの日は僕が歌番組を見てたんで、フォレストシンガーズが出てきて思い出したって言うんです」
「ふむふむ」

 三沢幸生を覚えて下さいね、フォレストシンガーズの、特に三沢幸生、忘れないで下さいね、と幸生本人が繰り返し言っていた。幸生だったらいかにも言いそうだ。

「僕も正直、フォレストシンガーズに興味があったわけでもないんですけど、母に聞いてからヒデさんのブログを読むようになったんです。そしたら、そのエピソードも書いてましたよね」
「ああ。俺も思い出しましたよ」

 この間、あそこを通りかかったんだよ、と俺に話してくれたのはシゲだった。

「悪いけど忘れてたんだよな。だけど、春の小川はさらさらいくよ、の歌の文句通りの場所に立って、デビューした次の年のことを思い出したよ。腹を減らしてここを歩いていたら、知らないおばさんがおにぎりと漬物をふるまってくれた。そのおばさんが女神に見えたなぁ。俺はもう、メシのことしか考えてなかったんだから」

 そのネタを俺はたしかにブログに書いた。

 彼も彼女も忘れていたこと、そんな想い出がふとしたきっかけで蘇ることがある。ブログにはおばさんの名前は書かなかったが、高橋さんだったはず、とシゲが言っていた。高橋さんの息子は俺のブログを読み、ヒデさん行きつけのバーはここだ、と知って入ってきたのだから、偶然ばかりではないけれど。

「すみません、だまし取られたなんて言って」
「いやいや、そう思うのも無理ないですよ。世知辛い世の中なんですから」

 世知辛い世の中で、売れなくてつらい境遇だった青年たちが、あたたかな人の情けに触れた。そのころの俺はどうしていたんだろう。恵と結婚して歌から離れてしまってはいても、まだ幸せな新婚だった時代のはずだ。

「いいなぁ、それもやっぱり演歌かな」
「演歌ですか」
「人情演歌って感じでしょ。ド演歌のメロディにしてフォレストシンガーズが歌ったら、意外性があるんじゃないかな」
「ヒデさんがド・演歌書くんかい?」
 
 黙って聞いていたマスターが口をはさみ、俺は彼に言った。

「書いてみたいな。マスター、手本を聞かせて」
「そのお話を曲にしたら……」

 ギターを取り上げて弾きかけて、マスターは手を止めた。

「この世の中にない曲は、俺には弾けん」
「弾けそうやったんとちゃうんか」
「弾けん」

 この頑固者、とマスターに向かって言っている俺を、高橋さんが怪訝そうに見る。
 桂浜は桂浜で置いておいて、俺は高橋さんと若きフォレストシンガーズの触れ合いを歌にしよう。それだと童謡ふう演歌かな。演歌ったってさまざまな曲調のものがあるのだから、それもいいんじゃないだろうか。

END









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176「クレイジー」

ショートストーリィ(しりとり小説)

しりとり小説

176「クレイジー」

三角関係というのは下世話に盛り上がるネタだ。当時、高須はたいして有名ではなかったが、人気のあるプロハンドボールチームに所属していたのもあり、イケメン選手だと話題になっていたのもあって、週刊誌やテレビでも取り上げられた。

「そりゃあね、較べれば……」
「うん、俺だったらルンちゃんだな」
「でも、紀里さんのほうがいい奥さんになりそうだから、ルンちゃんは浮気相手ってことで……」
「いやいや、ハンドボールは人気が出てきていますから、近い将来には高須選手は世界的スターになりますよ。そうなると奥さんは華やかなほうがいい」
「そしたらルンちゃん?」
「僕は紀里さんのほうがいいな」
「私も断然、紀里さんがいい。ルンって浮ついて見えるもん」
「女性の目にはそう見えそうですね」

 お昼のワイドショーでまで取り上げられて、勝手なことを……と紀里は歯がみした。

「高須くんは先にルンと知り合ったんだよ」
「高須くんは先に紀里とつきあい出したって言ってたわ」
「両方にそう言ってるんだ」
「……ほんとにあなたにそう言ったの?」
「あんたこそ」

 直接対決だってした。高須の本心はわからなくて、どっちも好きなんだよ、どっちも選べないんだよ、このままじゃ駄目? などとたわけたことを言う。紀里とふたりきりだとこう言った。

「紀里のほうが好きなのはたしかなんだけど、ルンって綺麗なだけで頭悪いだろ。俺がなにを言っても納得してくれなくて、変な写真をネットに流すとまで言い出してるんだ。説得するから待って」

 一方、ルンにはこう言っていたらしい。

「ルンのほうが本命に決まってるだろ。ルンのほうが美人なんだから。けど、紀里にも情はあるんだ。もうちょっと待って、そのうちには紀里と別れるよ」

 第三者にはこう言っていたらしい。

「もてる男ってつらいよな。いやぁ、紀里とルンだけじゃないんだけどね……誰かひとり、選ばなくちゃいけないのか? なんで? 結婚はまだ先でいいんだから、彼女だったら五人くらいいてもいいんじゃないの?」

 フリーライターとして高須と知り合い、つきあうようになった紀里。
 さして売れっ子ではないものの、長身と美貌とファッションセンスとで売っているタレントのルン。ルンは日米ハーフであり、芸能界ではそれも売りになっていた。

 人々が言う通りで、華やかさではルンが格段に上だろう。紀里は中肉中背の平凡な外見だ。紀里のほうが学歴と年齢は上だが、他のすべてでルンのほうが勝っていると、無責任な他人は噂していた。

「うん、覚悟を決めるよ。紀里、結婚しよう」
「なんでそんな気になったの?」
「あみだくじで……嘘だよ。よく考えたら結婚相手は紀里のほうだってわかったんだ」
「ルンとは別れた?」
「きちんと別れる……うん、とっくに別れたよ」

 あみだくじでって……本当なんじゃない? これから別れる? それでもいいわ。ちゃんと別れてくれるなら。選ばれたのは私。紀里は勝ち誇った心持ちになった。

 あれから六年。テレビでスポーツ評論家が予言していた通りにはならなかったが、ハンドボールは野球、サッカーに次ぐ人気スポーツになっている。中でも高須の所属しているチームが一番人気なので、給料も上がり、CM出演もし、ゴーストライターに書いてもらったのではあるが、著書も出した。

 おかげで紀里は専業主婦になっている。主婦になるのは大歓迎でもなかったのだが、ただいま三人目妊娠中でもあり、プロスポーツ選手の妻は夫の健康管理も大切な仕事なので、器用でもない紀里には両立はむずかしかった。

「ものすごい請求額……」
「あ、ああ? 当たり前だろ。後輩にはおごってやらなくちゃなんないし、俺の立場でケチケチできないんだから、これくらいしようがないんだよ」
「女の子にも気前よくしてるんでしょ」
「気前はいいって言われてるよ。誘惑もあるけど、俺は紀里ひとすじだから」
「ほんとかなぁ」

 毎月、バーやクラブから莫大な金額の請求書が届く。夫の台詞にもたしかにうなずけるので、浮気されるよりはいいと紀里も達観していた。水商売の女性とちょっとした火遊びをするくらいは、表沙汰にならないのならば大目に見るつもりでいた。

「ルンと会ったよ」
「ルン? ああ、あのルン? どうしてるの?」
「あんまり綺麗でもないバーでホステスやってた」

 数多い夫のモトカノのひとり、ルン。モトカノなんていちいち気にしてはいられないのだが、ルンは結婚前のスキャンダルのライバルだったので、紀里の記憶に鮮やかに残っていた。

 美人でプロポーションのいいハーフでも、タレントにはそんな男女はいくらでもいる。なにかしらの差別化をはかるなり、特別なインパクトを持っているなり、時代の風だか波だかに巧みに乗ったりでもしないことには、スターにはなれないらしい。ルンはいつの間にか、テレビにも出なくなっていた。

「ルンは社交的だし、まだ美人だから楽しそうにやってたよ」
「だからってあなたの妾にしようなんて考えてないよね?」
「俺は妾を持つほどの甲斐性はないさ。そんな暇もないし、女なんておまえひとりでたくさんだ」
「だったらいいよ」

 ひどい言われ方ではあるが、口のわりには高須はいい夫、いい父親であり、生まれてくる三人目の子どもを楽しみにしていた。

「パパ、遅いね」
「今夜は早く帰るって言っていたのにね……」
「おなかすいたよぉ」
「そうだね、あんたたちは先に食べなさい」

 今夜は長女の誕生日だ。紀里は張り切ってケーキを焼き、長男と三人でデコレーションをした。五歳になった長女は生クリームを絞ってウサギの絵を描き、三歳の長男はチョコレートの飾りのはしっこをかじってから、ケーキに乗せた。パーティの支度が整っても夫が帰宅しないので、子どもたちだけ食事をさせてベッドに入れた。

「……あ、あれ?」

 ケータイにかけてもつながらなかった夫から、深夜に電話があった。

「どこにいるのよ。子どもたちは待ちくたびれて寝ちゃった……ん? どうしたの?」
「刺してしまった……」
「さした? なんのこと?」

 荒い息遣いが聞こえてくる。声はたしかに夫なのだが、いつもと様子がちがいすぎる。もしもし、もしもしっ、と紀里が叫んでみても、夫はそのひとことで電話を切ってしまった。そのあとは何度かけ直しても、ケータイはつながらなかった。

「……大変だったね、紀里さん」
「ルンさん?」

 それから三ヶ月ばかりして、紀里のケータイに電話をしてきたのはルンだった。

「高須さんから紀里さんのアドレスも聞いてたんだ。メールでもしようかと思ったんだけど、しにくくてね。赤ちゃん、生まれたんでしょ。紀里さんも赤ちゃんも元気?」
「ええ、ありがとう」

 さしてしまった、との夫のひとことだけの電話があった翌朝から、紀里は怒涛の日々に巻き込まれていった。
 妊娠九か月の身にはこの日常は過酷すぎるとの判断で、医者の指示で早期入院し、マスコミをシャットアウトしてもらえたのは幸いだった。上の子たちは紀里の両親が預かってくれ、紀里は静かにすごせたのだが、精神的には平穏でいられるはずもなかった。

「人気ハンドボールチーム、東京ハルカスの高須健五、愛人を刺殺?!」

 翌々朝にはフライングでスポーツ新聞に誤報が出、それを皮切りに、虚実入り乱れた報道が飛び交う。高須は警察に留置されていたから、紀里の耳に届く情報もどれが真実なのかわかりづらかった。

「知り合いの弁護士さんにお願いして、やっとおよそはわかったよ」

 入院している紀里のもとに、子どもたちを連れた両親がやってきた。子どもたちは祖父と広い病院の庭を散歩に行き、母が話してくれた。

「健五さんは酔っぱらって、バーで喧嘩に巻き込まれたらしいの。ナイフを持っていた若い男がいて、そいつも酔ってナイフを振り回したらしいのね」

 バーの男性従業員たちが止めに入ったのだが、喧嘩をしている当人たちは興奮していてエスカレートする。ナイフを持っていた男は健五の連れだったので、健五も仲裁しようとした。バーにはホステスたちもいて、その中に健五とかなり深い仲の女性がいたらしい。

 酔っ払いの乱闘だったものだから、全員がなにがなにやらわからなくなってしまったらしい。気がついたときには健五がナイフを手にしていて、健五の愛人女性が腹を押さえて倒れていた。

「健五さんも自分が刺したんだって思ってパニックになったみたいなのよ。紀里に電話したときにはちょっとはおさまっていたみたいだけど、もちろん、警察が来るわよね。その場にいた人たちはほとんどみんな酔ってるから、事情聴取も滅茶苦茶だったそうで、やっと話が整理できた段階だって、弁護士さんがおっしゃってたわ」
「健五がその女を刺したのは事実なの?」
「いえ、健五さんではないみたい。健五さんは彼女を刺した別の女から、ナイフを取り上げたみたいなのよ。そこは目撃者がいるんだからたしかみたい。だけどね……まあ、とにかく、健五さんがその女性に重傷を負わせたのではないけど、ややこしいことになるのもまちがいないわね」

 とにかく紀里は無事に出産しなくちゃ。今後のことはそれからよ、と母はため息をついた。

 次男が無事に生まれると、紀里は退院して両親の家に帰ることにした。五歳と三歳の子どもたちには事情は知らされていないが、両親ともに不在だったのだから不安定になっていたのだろう。長女は指しゃぶりをし、長男は弟が飲んでいる母乳を、僕も飲みたいと言って赤ん坊のように泣いた。

 母親が戻ってきて子どもたちがすこし落ち着き、次男の一ヶ月検診もすんだころには、紀里はこれからどうするの? と母に尋ねられた。

「健五さんは直接その女性を刺したわけじゃないわよ。だけど、ナイフで他の女性や男性に軽傷を負わせていて、取り調べ中。重傷の女性が健五さんの愛人だったのはまちがいないみたいだし、そんな喧嘩に加わっていたんだから、チームはクビ。ハンドボール界からも追放されるんじゃないかって言われてるのよ」
「そうかもしれないね」
「戻ってきたら?」
「……考えさせて」

 さらりと母は言う。離婚しなさい、子どもたちを連れて戻ってきなさいと。

 が、父はすでに定年退職していて、ボランティアに近いアルバイトをしている程度だ。両親の家は決して広くもないし、年金や貯金で夫婦ふたりだったら暮らしていけているものの、そこに四人もの人間が増えるのは無理がありすぎる。紀里がフリーライターとして復職するのも、乳飲み子を抱えた今すぐには無理だ。

 フリーライターとしての仕事があるのかどうかも謎。他の仕事を探すしかないかもしれない。こんな理由で離婚したら、慰謝料も養育費もしっかり請求はできるだろうが。

「ルンさんも高須の愛人だったの?」
「愛人ってほどでもないけど、ちょっとはお世話になってたよ」

 まったく彼女の顔を見なくなってからだと、五年ほどになるだろうか。紀里よりは三つ年下のルンは、少々けばいとはいえ、昔の美貌もプロポーションも維持していた。彼女のほうから電話をくれて、紀里がルンの働く店に出かけていったのだった。

「金遣いは荒いけど、浮気はしてないって、嘘ばっかりだったんだね」
「高須さんの浮気は癖ってか性格ってか、私もあんなのと結婚しなくてよかったな、なんて思ったよ。あ、ごめん」
「いいよ。同感だから」

 選ばれたのは私!! 勝ち誇った六年前が夢のようだ。

「普通は離婚でしょ? だったら私、待っててあげようかな。ムショ帰りの高須さんを」
「ムショには入らないんじゃないかと思うんだけど、ルンさん、本気で言ってる?」
「入らないの?」
「弁護士さんはそう言ってるよ。それに、私、離婚しないから」
「ええ? 離婚しないの? なんだ、がっかり」

 どこまで本心なのかは知らないが、ルンはうなだれてみせ、それから言った。

「じゃあ、私も紀里さんに協力してあげる。三人もの子育てにはお金もかかるでしょ。ここは妾の心意気だ。高須さんに援助してもらってた分、今度は私が紀里さんに還元するよ」
「いらないよ、そんなもの。妾ってなんなのよ。愛人ってほどでもなかったって言ったのは嘘?」
「いやいや、言葉の綾だよ。そしたら紀里さん、うちの店で働く?」

 うちの店とは、ルンが雇われママをしている小さなバーだ。もと芸能人のママがいるということで、けっこう繁盛してるとルン本人は言っていた。

「……紀里さんは所帯やつれしたばばあだし、太目だし、ぜんっぜん美人でもないけどさ」
「悪かったね」
「それは悪いんだけど、ここのママは雇われとはいえ私だから、紀里さんに働かせてあげられるよ。高須健五のモトカノとイマツマの店ってウリにしようか」

 ころんでもただでは起きぬ、とはルンみたいな女のことを言うのだろうか。
 無関係な他人が聞けば、爛れていると感じるのかもしれない。けれど、それもいいかなぁ、などと紀里が思うのは、あんな男と結婚して三人もの子供を持ったのだから、精神がタフになったせいだ。

 そうとでも考えなければ、今後も続いていく長い将来を乗り切っていけないのだから。
 子どもたちのためにがんばろう。ルンとふたりして高須の社会復帰を待とう。

次は「ジー」です。







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FSソングライティング物語「乾いた恋」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

ソングライティング物語

「乾いた恋」

 下手な店に足を踏み入れて下手に気づかれて写真を撮られ、店のブログだか個人ブログだかにアップされたら。木村章がこんな店に来ていたよ、と面白おかしく噂されたらまずい。

 ちょっとばかり名や顔が売れてくると不便なことも増えるのだが、時代が便利さをも増やしてくれた。こんなもの、顔の見える対面では買いにくいよな、というようなものも、ためしに買ってみられる。夜中にネットで遊んでいて見つけた、こんなものも。

 差別用語なのだそうで、以前の名称は使われていない。なんとか風呂がソープになったり、なんとか宿がラヴホになったりしたのと同様なのか、現在の名はラヴドール。

「ほんとだ……あったかい」

 技術の進歩なのか、なめらかな肌があたたかいというのも売りのひとつだった。つめたい人形を抱くのは遠慮したいから、これだったらいいかなと思ったのもある。この肌の下には血管が……想像しそうになって、小難しい理屈はどうでもいいかと考え直した。

 いや、別に俺は欲望処理のためにこいつを買ったんじゃないよ。ただの好奇心だ。ネットだからこそ買えた、おもちゃじゃないか。誰に言い訳しているのか知らないが、俺は彼女を抱き上げてベッドにすわらせた。

「章、お姫さま抱っこして」
「いやだ。重い」
「力ないんだなぁ」
「おまえがデブで重いからだろ」
「あたしは細いよ。デブだって?」

 怒った女の子と喧嘩になって、彼女が本当に帰ってしまったこともあった。その点、ラヴドールはほんとに軽い。俺は彼女の隣にすわり、ギターを抱えた。
 彼女、彼女……外見は女なのだから「彼女」でいい。彼女を見て触れて抱いて、そこまでしているうちに頭の中に曲が湧いてきていた。

 近未来の寂しい男と、そのころには一般的になっている高性能のアンドロイド。
 人間の女では絶対にかなえてくれない、男の変態的な望みまでを受け入れてくれる献身的な女。男は彼女に本気で恋をする。

 同じ時代の寂しい女と、男性型アンドロイド。
 頼りなくて草食系の人間男子ばかりの世の中で、女の理想ぴったりに作られたロボット美青年に、いつしか女は本気で恋をする。

 寂しい時代の恋を曲にしたい。
 ありがちかなぁ。

 発想はありがちだとしても、木村章のカラーを出せばいい。

 最近、うちのリーダーはピアノ曲の作曲をしている。従来通りにフォレストシンガーズの持ち歌であるラヴソングの作詞作曲もしているが、趣味みたいにしてクラシックも書く。現代の曲もクラシックと呼ぶのだそうで、知識に乏しい俺にはそれも驚きだった。

「乾、俺、このごろ作詞ができなくてさ」
「それはあれだろ。おまえがラヴソングの詞を書くと、奥さまに捧げていると思われるからだな」
「……そうなのか。この野郎、俺の心理を裏読みするな」

 というような、本橋さんと乾さんの会話を聞いたこともあるが、新婚当時の本橋さんの作詞できない考えすぎ病は治癒したらしい。それとは別にピアノ曲も書き、別方面でプロであるがゆえに、そっちも発表する場がある。

「曲だけで自身の想いを表現する。いいなぁ、憧れるよ」
「乾さんもやりますか」
「俺は文字人間だからな。幸生もやりたいか?」
「やりたいけど、俺も言葉のほうの人間ですからね」

 乾さんと幸生もそんな会話をしていて、シゲさんは、うん、まあ、がんばって下さい、と呟いていた。俺にはシゲさんのように作曲なんてできないというミュージシャンのほうがびっくりなのだが、世間一般ではそっちが多数派なのだろう。

 そうすると、メロディ人間である俺にならできるのでは?
 先輩たちの影響は、若いころからおおいに受けてきた。悔しいと感じたこともある。今でも癪な気分はちょこっとあるが、これは後輩の役得なのかもしれない。年少者は年長者の模倣をして成長していくものなのだから。

 だから、俺も曲だけ書こう。そのこころみは幾度かしているが、自分でも成功しているとは言い難い。
 今回はできるかな。けど、この曲を聴いた幸生あたりが、人間ではない女に恋をした男? とでも言い当てたらどうしよう? あいつはそういった方面の勘が鋭い。

 言い当てられたら俺はどうするかな、なぁ、どうしたらいい?
 邪念を起こしたり、ラヴドールに話しかけたりしながらも、俺はギターをつまびく。俺が本当にこの彼女に恋したら……それはたぶんヤバイだろうけど、その「ヤバイ」にはいろんな意味があったりして。

END










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花物語2017/9「アレチヌスビトハギ」

ショートストーリィ(花物語)

2017花物語

nusubito.jpg

2016/11「胡蝶蘭」の続編です


9月「アレチヌスビトハギ」

 忘れたころに呼び出されて遊びにつれていってくれる母方の祖父、渡辺壮造。遊園地や外食に連れていってくれるのは嬉しかったが、海那としてはだんだん、祖父に会うのが苦痛になってきていた。

「マリちゃん、おじいちゃんからのお誘いよ」
「……いやだなぁ、行きたくないな」
「行きたくないの?」
「行きたくないよ」

 父方の祖母に言われてはじめて難色を示したのは、海那が十歳くらいのときだっただろうか。そんなこと言わずに、連れていってもらいなさいな、と祖母に諌められて、海那は渋々祖父の呼び出しに応じた。

 お母さんは事情があって海那を残して出ていったの、母がいないことについては海那はそれだけしか知らされていない。父が海那とともに自分の実家に戻ったので、海那を育ててくれたのは主に父方の祖母だ。父方の祖父にはたまさか遊んでもらう程度で、父もあまり海那とは関わろうとしなかったが、優しいおばあちゃんが好きなので、海那は特に寂しいとも感じなかった。

「ディズニーランドに行こう」
「ディズニー? うん、行く行く!!」

 自分では理由も判然としないまま、いつしか好きではなくなっていった壮造だが、ディズニーランドとなると胸が躍る。壮造は孫娘を連れて意気揚々と地下鉄に乗り、ディズニーランドって千葉県じゃなかった? と首をかしげている海那を、ビルの屋上に連れていった。

「トクトク屋スーパーマーケット、デズニーランド」

 特設会場のようなものができていて、そこにはそんな看板がかかっていた。しょぼいスペースに、微妙に本物とはちがったディズニーキャラたちがいた。

「ディズニーじゃないじゃん。デズニーって書いてあるよ」
「同じようなものだろ。ほら、マリーナ、こっちにおいで」
「やだよ。こんなだっさいのいらない」

 思春期の入口あたりに到達していた海那は、微妙に本物とはちがっているという貧相さが我慢できなくて、壮造の手を振り払った。

「おまえが行きたいと言ってたから、連れてきてやったんじゃないか」
「私は本物にだったら行きたいって言ったけど、偽物のださいデズニーになんか行きたくないのっ!!」
「変わりないだろ」
「変わるよ」
「……待ちなさい、マリーナ。こら、待て」

 引き留めようとする壮造を振り切ってエレベータに乗る。壮造も必死で追いかけてきて、エレベータの中でもビルから出てからも怒り続けていた。

「まったく生意気な。やっぱりあんな父親とじいさんばあさんに育てられたのがまちがいだったんだな。俺は反対だったんだけど、どうしてもおまえを引き取るとじいさんばあさんが言い張るんだ。まったく、おまえの親父は女房に浮気されて家出されるような甲斐性なしだし、そんな男に育てたじいさんやばあさんもろくでもない。そんな奴らに育てられたら、俺のたったひとりの孫がこうなっても無理ないんだ」

 十歳にはわかりづらい言葉であったが、いくつかのフレーズが胸につきささった。

 二度とあのおじいちゃんとは会いたくない!! と祖母に宣言したものだから、祖父母が壮造と話し合ってくれた。喧嘩のようになって、あんな躾の悪い娘とはこっちも会いたくもない!! と壮造も言ったらしい。

 それから情報収集をした。あちこちから聞こえる噂をつなぎ合わせ、壮造の台詞を思い起こし、中学生になるころには海那もおよその事情を把握した。

 壮造の娘である則子が十七歳、各子が十六歳の年に、壮造の妻であり姉妹の母である女性が亡くなった。則子は高校を中退して主婦になり、各子は同じく高校を中退して遊び人になった。家出をして何人もいた彼氏の住まいに転がり込んだり出ていったりしていた各子は、あるとき妊娠に気づく。

「あんたの子だよ、結婚しよう」
「え、えーっ?!」

 気の弱い男はさからえず、両親に各子を引き合わせた。その男が海那の父である。

「申し訳ございません。うちの息子がおたくのお嬢さんを……息子と各子さんを結婚させて下さい」
「できちまってるんだからしようがないわな」

 取り急ぎ、屋形和夫と渡辺各子は結婚し、海那が生まれた。

「海ってマリンって読むの?」
「読むよ。知らないの?」
「知らないけど……そしたら、海那ってマリンナって読むんじゃないの?」
「マリンナなんて変だから、マリーナだよ」
「マリナのほうが可愛くない?」
「駄目っ!! マリーナ!!」

 母の言い分が通り、海那と書いてマリーナと読む名前になった。

「お父さん、お母さん、各子がマリーナを置いて出ていっちゃったよ」

 父が娘を抱いて両親に泣きついたのは、海那が一歳をすぎたころらしい。父方の祖父母と母方の祖父の壮造が話し合い、海那は父とその両親に育てられると決まった。

「きゃああ、マリーナ?! やだ、おばさんになっちゃって!!」
「どなたですか?」
「忘れたの? あんたの親だよ」

 どの面下げて今さら娘に会いにこられるんだ、ではあったのだが、記憶にはまったく残っていない母が来てくれたのは嬉しくなくもない。焼肉屋でビールで乾杯してから、母は言った。

「うちの父さんとは長く会ってないんだってね」
「二十年くらい会ってないかな」
「そうみたいね。あんな生意気な娘に育ったのは、屋形のじいさんばあさんのせいだって父さんは言ってたよ。そしたら、マリーナは伯母さんにも会ってないの?」
「母さんの姉さん? 話には聞いたけど、会ったことないな」

 くっくと笑いながら、母が話した。

「姉ちゃんってのは私よりひとつ年上だから、五十一になったのね。その年で結婚したんだってよ」
「ふーん。初婚?」
「そうなの。えーっと、マリーナは何歳だっけ?」
「三十二。独身。悪かったね」
「悪いったってしようがないけど、そっか、そしたら……姉ちゃんが結婚した奴はマリーナよりも年下だよ。二十八だって」
「え? ええ? どういうこと?」
「どういうこともこういうことも、姉ちゃんは五十になって二十八の男と結婚したんだよ。すごいよね。やるよね」
「……」

 その話を聞いたときから、海那は伯母の夫に興味を持っていた。
会いたいけど、会いにいくのも変かな。なにか機会ができないだろうか、そう考え続けて数年。ようやくチャンスがめぐってきた。

 年下の伯父。義理の関係なのだから、昔だったらそういうのもよくあったのかもしれない。けれど、五十歳と二十八歳の夫婦は珍しいだろう。逆ならばまだしも、伯母とその夫は妻のほうが二十二歳も年上なのだから、週刊誌かワイドショーのネタにでもなりそうだ。

「はじめまして」
「マリーナさん。お話は聞いていたんですよ」

 こちらとしても話しだけは聞いて、マリーナは間野次郎についての妄想をふくらませていた。
 貧相な小男だとか、人外魔人みたいな巨漢だとか? ニートだとか? そういうのでもなければ、二十八が五十と結婚しないよね。

 まして、則子伯母は清掃パートをしている太目のおばさんだと言うではないか。母の話によるとぽっちゃりしていて若くは見えるらしいが、太ったおばさんが若く見えたって可愛くもなんともないとマリーナは思う。五十が若く見えたところでたかだか四十代だろうし。

 その上に則子にはあのじじいがついている。マリーナにとってはデズニーランドの想い出とつながる、最悪のじじいだ。あんなのと同居するとなれば、則子が二十八で次郎が五十でも次郎のほうから断られるのではないか。

 なのに、次郎はマリーナの妄想を裏切ってくれた。
 髪が薄いせいで老けて見えるとはいえ、清潔感もあって悪くないルックスをしている。細身で長身。アメリカ帰りのエリートサラリーマン。最近は大学で講師もしているのだそうで、収入もかなりいいらしい。

 しまったな、もうちょい早く会っていたら、私が誘惑してやったのに。マリーナは後悔していた。
 が、マリーナももう四十をすぎた。伯母や母譲りなのか太目で、独身のわりには若々しくもない。おばさん体型のせいか、次郎には言われてしまった。

「マリーナさんとうちの奥さんが一緒にいたら、姉妹に見えるでしょうね。則子さんは若いですよ」
「失礼ね」
「そうですか?」

 こういうところがもてない原因で、そんなにも年上の女としか結婚できなかったんじゃないの? マリーナは内心で言った。次郎はデリカシーがなさすぎる。

「へぇぇ、面白そう」
「面白そうだと思う?」
「うん、やってみてもいいよ。私も暇だし」

 五十をすぎて若く見えても無意味だが、世間には本当に驚異的に実年齢よりも若い女がいるものだ。マリーナの高校時代の後輩、ノアンがその代表格である。

 同じ高校とはいえ、マリーナは成績がよくはなかったので短大にしか進学できず、卒業して一般企業の一般職に就いた。ノアンは理系一流大学から大学院に進み、マリーナの勤務先の親会社である一流企業で研究職に就いている。高校時代はそう親しくしていたわけではないが、三十代になってから再開して仲良くなった。

 性格はよくないが、欠点などは霞んでしまうほど、ノアンはすべてに非の打ちどころがない。美人でプロポーションもよく、学歴も収入も最高だ。その昔、男は三高でないともてないと言われていたが、現在の女は三高だとむしろ結婚から遠ざかる傾向がある。よって、ノアンも四十をすぎて独身なのだった。

 高身長、高学歴、高収入の美女は、マリーナのお遊びに乗ってきてくれた。

「話は合うのよ」
「そうだろうね。で、何歳の設定にしたの?」
「三十四」
「十分、ノアンだったらそのくらいに見えるよ。二十九でもよくなかった?」
「だけど、間野さんってあまり若い女には興味なくない? 三十四くらいがいいんだよ」
「そうかもね。で?」
「五十って言ったほうがよかったかもね」
「そうなの?」

 つまり失敗? ノアンは苦笑して言った。

「しまいにははっきり迫ってみたんだけど、ごめんなさい、僕は妻を愛しているんです、だーって」
「……信じられない」
「でしょう? 腹が立つから別の友人をそそのかして口説かせてみたんだけど、結果は同じだったよ」
「へぇぇ……本気であのばばあを愛してるのか」
「なんだかね、私、むしろ感激しちゃったわ。そんな男もいるんだね」

 これだけの美女に恋のゲームを仕掛けられて、その気にならない男がいるのだろうか。ひょっとしたら間野次郎は……?
 いや、そんな悪しき想像をするのはよそう。男なんて……と失望するしかない人生を送ってきたマリーナの義理の伯父は、高潔でストイックないい男なのだ。そう思っておいたほうがいいではないか。

 この世にはそんな男もいるんだな、と感嘆しようとするマリーナの心の裏側に、そんな男がなんであんな伯母の夫なんだよっ、との黒い感情が忍び込んでくる。そんなことを考えるもんじゃないよ、マリーナ。あのおばさんにだっていいところもあるんだよ。と、否定しようとしても止められなかった。

END







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FS超ショートストーリィ・四季のうた・幸生「秋の実」

番外編

フォレストシンガーズ

四季のうた

「秋の実」

 自然のものが好きなきみのために、部屋いっぱいに敷き詰めてあげる。
 その中で一緒にごろごろしようよ。んーーーー、ね、幸せ?

「幸生」
「はい?」

 夢を語る俺に、乾さんが素朴な疑問をぶつけた。

「きみってのはあれだろ」
「そう、あれですよ」
「あれは動くものに反応する。じゃれつく、おいかける」
「その通り」
「すると、だな」

 う、皆まで言ってくれなくともわかるよ。

「……どんぐりを部屋いっぱいに敷き詰めるとなると、いくついるんだろ。ごくごく狭い部屋だとしても相当な数が必要ですよね。でも、彼女は意外と喜ばない」
「彼女、なんだな」
「もちろんですよ」

 そうなると、二十個から三十個くらいのどんぐりを部屋にころがしておいたほうがいいんだ。なんだ、それだったら楽じゃん。さすが先輩、俺の頭から抜け落ちていたことに気づかせてくれて、どもども、です。

END

 







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FSソングライティング物語「MAN OF MIE」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

ソングライティング物語

「MAN OF MIE」

 金沢、横須賀、東京、歌詞に出てくるとたいへんにかっこいい。
 稚内、高知、宇都宮、まぁ、「稚内哀歌」だとか「恋するよさこい橋」だとか「宇都宮の恋人たち」だとか、おさまりは悪くない。

 その点、三重県北牟婁郡ってのは……同郷の方々に悪いので具体的には言わないが、シゲらしい出身地だね、と言われるのもあって俺にとっては大好きな故郷だが……ま、いいか。俺には歌なんか作れないんだから。
 歌詞も作れない、曲も書けない俺だから、故郷の地名を冠してもさまにならないところの出身なのかな、と考えておくことにしよう。

「あいつ、無礼なんだよな」
「おまえにだけは言われたくないってよ、章」
「……幸生はうるせえんだよっ」

 この木村章に無礼だと言われた男、ハッピィプロジェクトの荻原。彼が乾さんに、演歌を書いてほしいと依頼にきた。乾さんの書く歌には古臭い匂いがしていい、と言ったのだそうだが、褒めてはいないよな? 章だったら激怒して追い返しそうだが、乾さんは人間ができているので依頼を受けた。

 そこからはじまった、「ふるさとの歌を作ろう」フォレストシンガーズ内キャンペーン。

「俺は「横須賀たそがれ」を書くんだ」
「幸生、それ、ぱくりだろ?」
「タイトルはぱくってもいいんだよ。ぱくりってか、リスペクトソングね。「そんなアキラにだまされて」ってのも同じだろ。章は?」
「稚内ブルース」
「本橋さんは?」
「俺は……「TOKIO」でいこうかな。いっそリスペクトソング特集にするか」
「そしたら俺も、「金沢の花嫁」なんてのも作ろうかな」

 詞も曲も作れる仲間たちは盛り上がり、俺はひとり、話の輪の外にいた。

「シゲくんは「宇都宮の夜」って歌を書いてよ」
「俺は「月の桂浜」にしようかな? 「月の法善寺横丁」ってあるだろ」
「ヒデくんも参加するんだ。わぁ、楽しみ」

 気を使ったのか、美江子さんがそう言ってくれたが、マネージャーである美江子さんの故郷は歌にしなくてもいいのだから、俺はやはり無関係みたいなものだ。

「シゲさん、元気なくないですか?」
「モモちゃん、おはよう」

 スタジオに集合した、ヒデも含めての仲間たちがソングライティングの話題で盛り上がっている。俺は参加しにくいので外に出たら、フルーツパフェのモモちゃんに会った。

「奥さんと喧嘩でもしました?」
「喧嘩はしてないし、元気なくもないよ。モモちゃんは仕事は?」
「モモちゃんはクリちゃんと喧嘩したんで、今日は休みなんですけどお兄さんたちに慰めてもらいにきました」
「そっか。だったら俺がうまいものをごちそうして慰めてあげるよ」
「わーい、やったー!!」

 栗原桃恵と栗原準、二十代はじめの夫婦デュオは、我々と同じ事務所所属の後輩だ。か弱い植物……いや、植物ってのはか弱く見えて実は強いのだから、イワシみたいと言ったほうがいいのか。イワシは「鰯」と書くのだから、クリは鰯男なのかもしれない。

 そんな夫を持つモモちゃんこそが、それほど強くは見えないが強くあろうとがんばっている、草花のようにけなげな女の子だ。俺は古いと言われようとなんだろうと、夫が妻より弱くてどうする、と歯がゆく思ってしまう。

 ファンの男にからまれているモモちゃんを助けもできずに震えていたというクリ。そばを通りかかった乾さんが助け舟を出してファンには引き取ってもらい、そのあとでクリを叱って頬を張り飛ばしたと聞いた。クリはモモちゃんに抱かれて泣いたとか……なんと情けない。

 あんな亭主がいたら喧嘩もしたくなるよな、恭子、俺はクリよりはよっぽど強い夫だよな? 横でクリがいかに情けないかを話しているモモちゃんとふたり、よく来る喫茶店に入った。

 小柄でほっそりしてはいるが、モモちゃんは高校時代はソフトボール選手だったのだそうで、野球好きの俺とは話も合う。こう見えてけっこうよく食べるモモちゃんはパンケーキセットとサラダ、俺はハンバーガーセットを注文して、早めのランチにした。

「モモちゃんも作曲、してみてるんですよ」
「クリも作曲はするんだっけ?」
「しなくはないけど、作曲してみては、木村さんみたいにかっこいい曲はできないとか、乾さんみたいな深みのある歌詞は書けないとかって落ち込んでるの。当然じゃん」
「どうして当然?」
「乾さんとは人間の深みがちがうんですから」
「……深みかぁ」

 ずきっと刺さったモモちゃんのひとことを頭を振ってはじき飛ばし、ハンバーガーに噛みついた。

「人間の深みって、その人の作品にあらわれるんじゃない? 木村さんの人間性はともかくとして、乾さんや本橋さんの大きな器は書く曲や詩に出てきてると思うの」
「深み、器ね」
「そうですよ。クリちゃんなんてガキなんだもん。深い詩や曲は書けなくて当然なんだよっだ」
「若くてもいい詞や曲を書くソングライターっているよ」
「それはもともとの人間のできがちがうんじゃない?」

 いちいちずきずきずきっ、とくることを言う子だ。

 喧嘩をしたのだからクリを罵りたいのだろう。モモちゃんはクリのことを言っているのであって、深くても浅くても詩も曲も書けない俺にあてこすっているわけではない。わかっていても俺のほうこそ落ち込みたくなった。

「モモちゃんはどんな曲、書いたの?」
「ちょっとだけね」

 口ずさんでくれたメロディは、モモちゃんの可愛い声とあいまってとても可憐で、俺にはいい曲になりそうに思えた。

「いいんじゃない?」
「全然です。どこかで聴いたようなフレーズでしょ」
「そうかなぁ」
「でもね、モモちゃんだってミュージシャンなんだから、作曲くらいできなくっちゃね。作曲もできないミュージシャンなんて、そんなの音楽やってるって名乗る資格はないのかもしれないって思うの。歌うだけだったらカラオケでもいいんだもん。作詞は日本語の読み書きができたらできるけど、曲を書くってそうはいかないでしょ。素敵な曲を書いてみたい。そうできてこそ本物のミュージシャンだよね」
「う、うん、そうだね」

 十も年下なのに、俺よりはよほどしっかりしていると思われる、モモちゃんのミュージシャン論を聞かされて、しっかり食べてスタジオに帰ると、仲間たちはまだ作詞作曲話を続けていた。

 しようがないからお茶でも淹れようかな。
 コンビニでスナック菓子、買ってきましょうか? 幸生じゃないけど、そんなシャレでも言って笑うしかない。ソングライティングの話題になると俺は入れないのが昔からだから、慣れてるけどさ。

「友がみな、我よりえらく見ゆる日よ、花を買いきて妻と親しむ」

 乾さんに教わったこんな短歌が浮かぶ。そうだ、今夜は花を買って帰ろうっと。

END








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FS超ショートストーリィ・四季のうた・全員「四季の女」

番外編

フォレストシンガーズ・四季のうた

「四季の女」

1春

 市中からは遠く離れて……現代ではたいした距離でもないが、その昔は、なにかしらやらかした貴族が島流しのように送られてくる土地でもあった。

「京都大原三千院
 恋に疲れた女がひとり

 結城に塩瀬の素描の帯が
 池の水面に揺れていた」

 建礼門院も、なにかしらやらかした都の貴族のひとりとみなしていいのか。
 そのころには結城の小袖なんかなかったのではないかと思えるが、恋に疲れたどころか人生に疲れた美しい女がひとり。
 塩瀬の帯のうしろ姿、振り向いたその顔が……母に似ているように思えて、隆也は幻想から覚めた。


2夏

「黒潮黒髪 女身愛しゃ
 想い真胸に 想い真胸に
 織る島紬」

 大島が舞台なのだそうだから、想い出の中にいる沖縄の島娘とはちがう。
 いや、別人なのは当然だが、この歌を聴くとどうしても、繁之の心には若き日のあの娘が浮かんでくるのだ。


3秋

 どうして胸がずきっと痛む?

「私が男になれたなら
 私は女を捨てないわ」

 捨てないよ、俺だって、捨てられたのはこっちだろうが。
 ひとりごとを呟きながら、あてもなく夜の街を歩く。ここは新宿、ネオン暮らしの蝶々が舞う街。。演歌の世界にいるみたいだな、と真次郎は肩をすくめた。


4冬

 はーるばる来たぜはーこだてーっ!! 

 お、意外とそんな歌もうまいじゃん、と自分で自分を褒めてみる。

「あとは追うなと言いながら
 うしろ姿で泣いてたきみを
 思い出すたび会いたくて
 とーっても我慢ができなかったよーーーー」

 函館の女……北の女……俺にも北の女との過去がある。別れのときの彼女のうしろ姿は泣いてもいなかった。というか、自然消滅的に別れてしまったのだけど、そんな失恋も男の人生にはあるものだよね、と幸生は笑ってみた。


5そしてまた春

今年もまた桜が咲く。
 小さなてのひらをいっぱいに広げて、花びらを受け止めていた想い出がある。てのひらが小さいのに視線は高かったから、あれは誰かの背中におんぶされていたのだろう。

「She's my red hot Louisiana Mama
 From a town called New Orleans
 Golden hair and eyes of blue
 My real live Dixie queen
 My Louisiana Mama
 From New Orleans 」

 桜を見て思い出す女が「母」だなんてかっこ悪い。
 照れ隠しに歌おう。ママとタイトルについてはいても、可愛いあの娘はルイジアナ……なのだから、地名ではなく人名なのかもしれないが、俺が歌うんだからこのほうが似合うよな、と章はうなずき、いっそう声を張り上げた。

END








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FSソングライティング物語「トウキョウ・シティ・セレナーデ」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

ソングライティング物語

「トウキョウ・シティ・セレナーデ」

 遠くに島影が見える。目を閉じれば、潮風と心地よい空気を感じる。隣にあのひとがいたら最高なのに。ううん、あのひとがいたのは去年のことでしょ。今年の夏はきっと別の彼女ができて、その女性と海で愛をささやいてるよ。私も早く新しい恋をしなくちゃ。

「気持ちいいね、海は」
「うん、そうね」
「どこから来たの?」
「東京」

 心の隙間にするっと入ってきた、新しい恋の予感?

「へぇぇ、東京かぁ。さすが、都会の女? 名前はなんていうの?」
「山田美江子」
「美江子ちゃん……名前はあまり東京っぽくないね」
「東京っぽい名前ってどんなの?」
「サギリとか……」
「サギリってキミのモトカノの名前?」

 初対面なのに話が弾んで、連絡先を交換した彼。本当に好きで好きでたまらなかった人に捨てられてから半年がすぎて、新しい恋がしたいと思っていた矢先だったから、私も突っ走ってしまった。

「俺は群馬県出身だけど、アパートは東京だから」
「私も出身は栃木だよ。だから名前は都会的じゃないんだよね」
「そんなのどっちでもいいけどさ」

 夏休みが終わったら東京で会おう。義実と名乗った彼と約束した。

「美江子ちゃんは大学生なんだろ。なんの勉強してるの?」
「教育学部だから、二年生になってからは教育についてのあれこれを学んでる。どっちかっていうと文系かな。義実くんの学校は?」
「……ごめん、俺、学生じゃないんだ。今日は正直に言おうと思って、美江子ちゃんの学校のことを聞いたんだよ」

 高校を卒業して就職するために東京に出てきた。しかし、仕事がつらすぎて夏にはやめた。二十歳だと言っていた義実くんは本当はまだ十八で、秋には再就職するつもりで夏場は海辺でバイトしていたのだと打ち明けた。

「シンガーソングライターになりたくて、そういう仕事を探してるんだよ。すぐには無理だろうから、ちょっとでも音楽的な仕事、美江子ちゃんには心当たりはない?」
「ライヴハウスの従業員とか、音楽スタジオで働くとか?」
「そういうの、どうやって探すの?」
「求人情報誌に載ってないかな」
「下働きみたいな仕事で、俺の音楽性を認めてもらえることはあるんだろうか」
「義実くん、歌は書けるの?」

 当然だろ、との答えだったから、当然、どんな歌? 聴かせて、とお願いした。

「Once in your life you will find her 

 Someone that turns your heart around 

And next thing you know you're closing down the town 

 Wake up and it's still with you 

 Even though you left her way across town 

 Wondering to yourself, "Hey, what've I found?"」

 あれ? この歌、知ってる。私は訝しい気持ちで義実くんを見返す。彼は得意げに言った。

「英語の歌なんかきみは知らないだろ。実は俺もよくは知らないんだよ。モトカノのサギリが作詞してくれたんだ。彼女は中学生のときから留学してて、英語で詩が書けるほどの英語力だったんだよね。俺は英語の歌なんてひとつも知らなかったから、尊敬しちゃったな。メロディも半分はサギリが教えてくれたんだ」
「そう? 義実くんもこの歌は知らなかった?」
「俺の中から半分は出てきた歌だもん。それまでは知らなかったよ。いい歌だろ」
「うん、そうだね」

 既成の歌だとも知らないで、俺が作った歌だ、半分はモトカノに協力してもらった、なんて言うのね。なんだか哀れに思えてきた。

「ミエちゃん、彼氏ができたって言ってただろ? 彼とは最近はどう?」
「海辺の恋は蜃気楼みたいなものだったのよ」
「……ああ、そっか」
「乾くん、ニューヨークシティセレナーデを歌って」
「いいよ」

 歌唱力も乾くんのほうがはるかにはるかに上。あれれ? でも、ちょっと歌詞がちがわない?

「When you get caught between the Moon and Tokyo City 

 I know it's crazy, but it's true 

 If you get caught between the Moon and Tokyo City 

 The best that you can do ...... 

 The best that you can do is fall in love」

 TOKYOバージョンです、と乾くんが言い、私は納得した。 

 夕方の海辺で出会った彼は、潮風の中で爽やかな好青年に見えた。彼のほうは私を都会の女だなんて勘違いして、日常生活に帰ってからデートをしたら、お互いがっかりして。

 そういうことにしておこう。プライベートなつきあいについては、乾くんにだって本橋くんにだって、女友達にだって詳しくは話したくない。去年のあのひとは合唱部の先輩だったから、乾くんも本橋くんも彼との触れ合いがあったけれど、義実くんは身近なひとではないのだから。

MIE/19/END









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175「イミテーショントーク」

ショートストーリィ(しりとり小説)

しりとり小説

175「イミテーショントーク」


 両親の方針で、亜湖は単身で帰国して日本の大学に入学した。日本人って真面目なんだろうな、話しは合うだろうか、と亜湖は漠然と懸念していたのだが、案ずるより産むがやすし、であって、学校で友達は大勢できた。

「シンガポールにいたの? 私のパパは外交官で、子どものころにはあっちこっちの国で暮らしたんだ。亜湖とは似てるかな? 私、真織、よろしく」
「よろしく」

 法学部の優等生。英語は当然、ドイツ語とロシア語が堪能で、スキーはプロ級の真織と亜湖ではスケールがちがっていたが、誘われてウィンタースポーツサークルに入部した。真織のほうが一年上なので先輩ではあるが、私たちの感覚は日本人じゃないんだもん、マオでいいよ、と真織が言った。ひとつくらい年上だからってへりくだる習慣はないのは亜湖も同様だったので、マオ、アコと呼び合うようになった。

 二年生ながらウィンタースポーツサークルでは中心人物で、ファンクラブまであるスターの真織。彼女の妹分だと周囲からも認められるようになると、二年生女子たちが亜湖を仲間に入れてくれるようになった。

 華やかな女の子たちの周りには、華美な仲間たちが集まる。亜湖はさほどに美人でもなかったのだが、美人集団にまぎれて悪目立ちするような冴えないルックスでもない。むしろ美人に混ざっている亜湖も美人、とみなされるようになっていった。

「マオ、その髪型よりもこれ、よくない?」
「どれどれ? それは嫌いだ。私は今のまんまでいいんだよ」
「いっぺんためしてみたらいいのに。こんな大胆な髪型、マオにしかできないよ」
「いやだね」

 いつだって話題の中心には真織がいる。ひとりの女の子が雑誌を開いて、似合うよと勧める髪型を、真織は遠慮なく拒否した。

「そうかなぁ。徳武さんだってこのヘアスタイル、いいなって言ってたのに」
「徳武の趣味に合せて髪型を変えるつもりはないから」
「そっかぁ。そんなことしなくても愛されてるんだね。マオ、うまく行ってるんだ」
「むこうはうまく行ってると思ってるんだろうけど、飽きてきたかも」
「うわぁ、あんなこと言ってるよ。マオが飽きたんだったら私がアプローチしていい?」
「いいけど、サッコは徳武のタイプじゃなさそう。太目は嫌いだってよ」
「……そ、そう……」
「ああ、めんどくせっ。亜湖、あっち行こ」

 二十歳前後の女の子は美人であっても、太目だと言われると気分が地に落ちる。知ってか知らずか真織はサッコに痛烈な毒舌を浴びせてその場から去って行った。
 それでも真織は女の子たちに嫌われない。マオは特別だとみんなが思っているようだった。

「徳武さんとは別れたの?」
「うるさいからふってやった」
「もったいなーい」
「あんたらもうるさいね。ほっとけよ。亜湖、行くよ」
 
 また別のある日、真織は女の子たちに囲まれて彼氏の話をしていた。徳武という名の四年生はアパレル会社社長令息で、ルックスも相当によい。真織が入学してきたときには徳武には彼女がいたのだそうだが、彼女をふって真織に猛アプローチをし、つきあうようになったのだとの噂があった。

 それから約一年、徳武は真織と婚約したがっているらしいのだが、それがうるさいからいやだと真織は言う。徳武とつきあいたい女の子は学内女子の半数ほどいるのではないか。その女子たちは歯ぎしりして、中には徳武にアタックした者もいたようだ。

「マオは俺と別れるって言ってるよ。もう手遅れかもしれない。だけど、マオと較べりゃ……きみなんか……これ以上はっきり言わせないでくれよ。俺は当分、マオを想って未練に浸るんだ」

 アタックした数人の女子は、同じような台詞をぶつけられて断られたらしい。

「で、マオ、新しい彼氏はできたの?」
「できたよ」

 春になって徳武は卒業していき、誰かが真織に尋ねた。

「ひとりに絞ると束縛したがったり、婚約してほしいって言われたりでめんどくさいから、ふたりとつきあうことにしたの。誰だって? 見てりゃわかるじゃん。男もうるさいけど女もうるせえな。亜湖、行こうぜ」

 実はマオと亜湖はレズ? 男子たちはそんな噂もしていたらしいが、まったくそんな事実はなかった。

 ただ、自分が中心になるのがいつでも当然だと無意識でも思っているらしき真織からすれば、正反対の性格で表に出たくはない亜湖がつきあいやすかったのだろう。友人たちが面倒になってくると、亜湖、行こうぜ、となるのが真織の常套句だった。

 亜湖が三年生のとき、真織から直接聞いた。テレビ局に就職するんだ、女子アナになるんだ、と。真織の大学は地味なほうで、マスコミ業界に就職するとしても新聞社か堅めの出版社がほとんどで、民放の女子アナは初だった。周囲の者たちは大騒ぎしていたが、当の本人は、そう? そんなに珍しい? という態度だった。

 それから一年、亜湖は教授の推薦もあって中規模の商社に就職した。教授のコネであるだけに、大学の先輩も何人もいる。自然、亜湖はその先輩たちのグループに所属した。

「亜湖ちゃんってあの瀬田真織と仲良しだったんだってね」
「ええ、親しくしてもらってました」

 ここにはいない状態でさえも、真織は女たちの話題の中心人物になる。真織と同年の先輩と、さらにもう一年上の先輩とのいるグループで飲みにいくと、酒の席でも真織の話でもちきりになっていた。

「瀬田真織は学生時代からああだったんでしょ」
「ああってのはどれ?」
「二股、三股は普通ってか?」
「ああ、もて話はよく聞いたね。私はもてて当然じゃん、って態度だったよ」
「どんな感じ?」

 好奇心満々になって、二十代の女たちが身を乗り出す。話題は真織であっても、話の主導権は真織と同い年の郁子が握っていた。

「あの男とつきあってたんだけど別れたの、って真織が言い出した途端に、別の男が言いよってくるんだって。それが全部、どこかの大会社の御曹司だったり、スポーツ選手だったり、大物俳優の息子だったりするんだな。真織ってものすごいブランド好きだよ」
「持ってるものも?」
「真織は男自慢はすごかったけど、持ち物とかは無頓着だったみたい。無頓着なふりしてただけかもしれないけどね」

 この先輩、郁子は真織のグループにはいなかった。郁子のような平凡なタイプは真織の取り巻き連中の中では浮いてしまっていただろう。それでも彼女は真織の学生時代には詳しいらしい。

「学生のころって華やかな女の子がもてるんだよね」
「それってもててるって言うのかな。結婚相手とは思われてなかったんじゃない?」
「学生だったら女のほうも遊びでもいいんだろうけど、あんまり度が過ぎるのもね」
「うんうん、派手すぎる女はいざ結婚となると、素行調査とかされて相手の親に難色を示されたり……」
「ありそうだよね」

 したり顔で、他の女たちもうなずく。亜湖は特にどこかのグループに属したいと思っているのではなく、誘われると拒否しないだけだ。そのせいで学生時代と社会人になってからでは、真逆な女たちに囲まれるようになっていた。

「いつか、ひとりの女の子が真織にしつこく、髪型を変えろって勧めてたんだ」

 その記憶は亜湖の中にもあった。

「真織はなんでもメンドクサイっていうんだけど、その女は真織のつきあってる男の名前まで出してしつこく言ってた。真織がいなくなっちゃってから、別の女に言ってたよ」

 あの髪型だけは真織には似合わないだろうと思って勧めたんだ、残念、乗ってくれなかったか。だっさくなって彼氏にふられる真織を見たかったな、と彼女が言う、数人が同意していたと郁子は笑った。

「そういう女って絶対、結婚できないよね。瀬田真織のことだよ」
「そんで、負け犬だとか自己卑下しつつ、ほんとは私のほうが勝ち組なんだよ、って陰では勝ち誇ってるの」
「結婚なんかしたくないもん、出産だってしたくないもん。パートかなんかしながら家事に子育て、なんてしんどいことはごめんだわ、ってね」
「私のほうがそんな主婦よりも高学歴で美人で、自分に投資もしてるし女磨きもしてるから、もてもてで魅力的なんだよ、ってね。主婦のみなさんお疲れさまぁ、って感じ?」
「そんな女にはなりたくないよね。私は結婚してる勝ち犬になりたいな」
「私も、私も」

 この先輩たちは親しくはなかったのだから、悪口も仕方ないのか。そのくせ、有名人の真織のことはなんでも知っている、と吹聴だけはしたがる。郁子が真織について言い散らしているのを聞いていると、亜湖の気分はどよよん、どよよんとしてきていた。

「マオはあいかわらずもててるよね」
「ほんとだね。だけど、まだ結婚しないんだ」
「するわけないじゃん」

 先輩たちが出席すると聞き、真織も来るとも聞いたので、亜湖も同窓会に出かけていった。真織は忙しいようで、遅れてやってくるという。かつての真織の取り巻き連中が話していたので、亜湖はその会話を聞いていた。

「そう? するわけないの? なんで?」
「私はマオだったらとびきり上等の男を捕まえて、すぐに結婚すると思ってたな」
「だって、マオとつきあいたがる男って遊びでしょ? 本気でつきあう男なんかいないよ。あんな尻軽」
「そこまで言う? だって、マオは言ってたよ。男とつきあうと結婚したがってうるさいから、二、三人いたほうがいいって」
「あんなの見栄だよ」

 決めつけたのは、マオ、この髪型はどう? と提案してはねつけられていた先輩だった。

「マオはもててるんじゃないの。遊び相手にちょうどいいからってだけだよ」
「そうかもしれないけどさ」
「若いうちはいいけど、だんだん年を取ってくるとね……」
「たったひとりでいいのよね。たったひとりの男に愛されて、プロポーズされて結婚するのが女の幸せだよ。古くてもいいの。マオみたいに遊ばれてるだけって不幸だもの」
「そうだよねぇ」

 ここでも女たちは、したり顔でうなずき合う。仲間ではなくなったら、親しくしていた女たちでもこうなのか。それとも以前から本音はこうだった? 男たちも言っていた。

「マオとだったらいっぺんは寝たかったな」
「寝るだけでいいのか?」
「それ以外になにがあるんだよ。寝たいだけだよ」
「俺はマオとだったら結婚したいよ」
「物好きだな。あんな……」

 公衆……とその男が言いかけたとき、マオが来たよ、と誰かが囁いた。途端に皆が駆け寄っていき、マオ、マオ、マオ、と呼びかけて歓迎の言葉を口にする。マオはいつもの面倒そうな表情で、おっす、よぉ、などと挨拶している。虚飾の宴……亜湖の脳裏にはそんな言葉が浮かんでいた。

次は「く」です。








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FSソングライティング物語「鳥の歌」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ


「鳥の歌」

 六百年も前のフランスに、ジャヌカンというシャンソンシンガーソングライターがいた。シャンソンというと我々の大学の先輩である金子将一さんの得意分野なので、彼が教えてくれたのだ。

「この歌は珠玉の擬声シャンソンだなんて言われてるんだな。俺の声だけではこれはちょっと無理かとも思う。女性ヴォーカルグループにバックコーラスをつけてもらったらどうかな、と考えていて思いついた。三沢幸生がいるじゃないか」
「俺ですか」
「そうだ、おまえだよ」
「フランス語でしょ? 英語だって中学生以下なのに、フランス語だと幼稚園以下ですよ。俺は外国語会話をしなくちゃいけないとなると無口になりますよ」
「会話じゃないんだ。おまえの担当はここだよ」
 
 と言われて見せられた詞は、日本語だったので読んでみた。

「エ・ファリラリロン エ・ファリラリロン
 フェルリ ジョリジョリ
 フェルリルリ ティティティ
 ピティ ピティ
 シュティ トゥイトゥィ
 テュディー クディテュ
 フリアン タルタルタルタル テュー
 キララ コキコキ キララ
 フィフィ ウィーウィー テオテオ
 キオ キオ キオキオ ヴェルシー
 トゥルルル オワティ
 クックー ククックー クックックー」

 なるほど、鳥だ。

「なんの鳥なんでしょうね」
「なんの鳥でもいいんだよ。彼には鳥の歌がこう聞こえていたんだ。おまえはオノマトペーが上手だろ」
「オノマ?」
「いわゆる声帯模写だよ」
「……はい、上手なはずです」
「それは本橋の声で言ったんだな」
「わかります? じゃ、今のは?」
「乾の声だな。次は木村かな」
「……お見それしました」
「俺の声だろ」

 シンガーなのだから耳がいいのは当然だろう。次々に言い当てられて悔しくなったので、金子さんの知らない人物の声帯模写もやってみた。それですらも半分は当たる。ヤマ勘だけどな、などと笑いながら、うちの親父や乾さんのお父さんのもの真似までをも当ててしまった。

「乾の親父さんとだったら、そう何度も会ったわけじゃないんだろ。おまえのその能力はたいしたもんだよ。じゃあ、頼んだ」
「えと? これを覚えて完璧に歌えるようになって、金子さんのレコーディングでバックコーラスを務めればいいんですね。えーっと、やっぱり声も使い分けないといけないんですよね」
「それぞれの鳥の声にマッチするように、何色でも使い分けてくれ」
「男の色? あれって「だんしょく」とも読むし、「なんしょく」とも読むんですよね」
「そっちじゃなくて何種類もの色だよ。解釈はおまえにまかせる」
「うへ」

 解釈はおまえにまかせる、と言われると、先輩にテストされるみたいな気分だ。大学合唱部では在籍がかぶっていない、四つ年上の大先輩には卑屈になりそうになる。そんな気持ちを励まして闘志を掻き立ててみた。

 ガキのころから歌うのと喋るのは大好きだったから、小鳥と一緒に歌ったり、小鳥とお喋りだってしていた。人間が相手だとうるさがられる場合もあるが、小鳥は俺のお喋りをいつまでだって聴いてくれて、歌声で応えてくれる。時には無視して飛んでいってしまう。綺麗な声の小鳥さんは、気まぐれに優しい女の子のようだった。

 だから俺は小鳥が好き。鳥の性別はわからないので、出会った鳥はすべて女の子だと思うことにしている。古来から人間は鳥の鳴き声を鳥の「歌」だとして、自分たちも鳥をテーマにした歌をいっぱい作ってきた。俺もものごころついたころから、そんな歌をいくつも歌ってきた。

 フォレストシンガーズの三沢幸生としてデビューしてからだって、俺の書いた詞には「小鳥さん」が出てきたりもする。失恋した哀しみを小鳥さんに聴いてもらって、小鳥さんと歌を歌う、そんな歌詞もあった。

「よし、鳥の声の勉強をしよう」

 鳥は好きだが、知識は乏しい。日本野鳥の会あたりに所属している山ガールだか森ガールだか鳥ガールだかが同行して教えてくれたらいいのだが、高確率でおじさんかおじいさんが同行してくれそうだ。そんならひとりのほうがいい。ひとりで鳥さんたちとお喋りに行こう。

 休日にハイキング支度をして深くはない森に出かけていった。我々の大学合唱部に伝わる組曲「森の静寂と喧騒」を思い出す。シンガーになってから面識のできたクラシック作曲家、真鍋草太先生の作品だ。ここにも小鳥の鳴き声がふんだんに使われていた。

 上質なテナーシンガーがいないとステージに上げられない難曲ということで、合唱部でもめったにコンサートでは歌われてこなかった。そんな曲を俺が一年生の年の男子部キャプテン、渡辺さんが一年生中心に歌わせたいと野望を抱いたのは、木村章と三沢幸生がいたからだったのだ。

 驚異のハイトーンヴォイス、ヘヴィメタシャウトが持ち味だからクラシック系には合わないかと思われがちだが、章の歌の才能は特異なものなのだろう。ロックじゃないのか、つまんねえ、とぶちぶち言うわりには、ド演歌だって「第九」だって高水準で歌いこなす。

 三沢幸生のほうは七色の声の持ち主なのだから、鳥の声だってお手のものだ。
 本橋さんと乾さんにとっては、一年生のときに高倉キャプテンと出会ったのが転機だったらしいが、俺にとっても渡辺さんとの出会いが、歌で生きていきたいと思わせた第一歩だったのかもしれない。

 シゲさんは中学生のときからの合唱部育ち。章も中学生のときからのロックキッズ。なのだから、彼らのほうが歌に傾倒した時期は早かったのだが、ああやって大学で出会った五人が、今ではこうやって歌でメシを食わせてもらっている。音楽の神が俺たちを選んだんだよね。

 なんてことも考えながら、森の中に入っていく。初夏の森は緑いろ濃く、鼻孔にも緑の匂いが流れ込んでくる。むせかえりそうな植物の匂い、見上げれば木漏れ日がきらきら。美少女の姿をした妖精があらわれそうな錯覚が起きる。

「ニンフちゃん、フェアリーちゃん、出ておいで。妖精ってのがいないんだったら猫でもいいよ……いないか……出てこないか。出てこられても困るからいいんだけどね」

 口を閉じて耳を澄ませると、小鳥の声だったら聴こえてきた。春から初夏にかけて、森で見られる鳥、インターネットで調べてきた鳥があの声で鳴いているのか。アオバト、イワツバメ、オオルリ、カイツブリ、カッコウ、キビタキ、クロツグミ、コサメビタキ、コムクドリ、アカハラ、それからそれから、なんだっけ?

 ピピピピー ピーヒョロロ
 ギュクククク キュキュー
 キューヒョヒョー ピーキョキョー
 クックルクー クゥクゥクゥ
 ピヨピヨピピー コココッコッ

 細い声や高い声、太い声も濁った声もある。金子さんが教えてくれたところによると、鳥は全種類が異なる声をしているのだそうだ。猫の鳴き声にだって個体差はあるけれど、そんなものは聞き取れない人間も多い。鳥の声は知識の乏しい俺にだって、あ、別の鳥だ。なにかの鳥となにかの鳥がデュエットしてる、喧嘩してたりするのかな? 程度にはわかる。

 初夏の森はこんなにも歌の宝庫だったんだね。鳥ばかりではなく、木々もざわめいている。小川のせせらぎも歌っている。木漏れ日がダンスしている。リスが鳴いていたりもする。こうして真剣な気分で森に身を置いてみて、真鍋先生のあの曲が実感できた。

「じゃあ、俺も歌っていい? どうやら鳥は女の子ばかりじゃないってことも実感できたから、混声大合唱だね。みんなでなにを歌う? ええ? なんだって? 一斉にさえずらないで。ひとりずつ発言して下さい。んんん……?」

 ぴいっ、くくっ、ちぃー、りりっ、なんて言ってる鳥語を判読するには修行不足だ。だったら俺が勝手に決めよう。金子さんがくれた「鳥の歌」の日本語楽譜は覚えてしまったので、歌ってみる。小鳥たちがコーラスしてくれる。俺もこの小鳥たちに遜色ないバックコーラスをつけてみせよう。金子さんに、さすが三沢幸生、参った!! と言わせてみせるんだ。

END









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FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2017/9

forestsingers

フォレストシンガーズ

超ショートストーリィ


 小川に沿って歩いていく。上流から下流へと、小さくて細い川は秋のはじめの風の中を、静かに流れていく。春の小川はさらさらゆくよ、だけど、初秋の小川はどんな音を立てて流れるのだろう。みんなだったらどう表現しますか? と繁之が尋ねようとしたら、隆也が言った。

「濁れる水のながれつつ澄む」
「それ、俳句なんですか?」
「これも俳句だよ。山頭火の自由律俳句だ」

 五七五ではなく、季語もなさそうでも俳句なのか。繁之には不思議な感覚だった。

 けれど、濁った水が流れつつ澄むって、こうして小川のほとりを歩いているせいか、含蓄深い言葉のように思える。秋の小川がどんな音を立てて流れるのかよりも、この俳句の意味のほうが重要になってきて、繁之はなおも歩を進めながら考えていた。

 考えるのはむずかしい。俺の頭では考えがまとまらない。
 でも、先輩に頼ってばかりではいけない。自分で考えなくちゃ。そうすれば考えも澄んでくるかもしれない。この俳句にはそんな意味もあるのかな。あるかもしれない、よな?

END

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FS食べもの物語「アップルパイ」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

食べ物物語

「アップルパイ」

 無人販売所のりんごをふたつパクって歩き出す。行く手にガキがいて睨んでいたが、無視して歩いていった。

「瑠璃、ワンマンライヴ決定!!
 ○○市民ホール、来る十二月十日来場決定!!」

 でかでかと文字が躍っているポスター。瑠璃、おまえ、ドサ回りやってるんだ。こんな田舎でコンサートやって、じいさんやばあさんが聴きにくるのか? 瑠璃はロックシンガーじゃなかったっけ? 演歌歌手に転向したのか? 落ちぶれたもんだね。

 ろくろく学校にも行かないで遊び歩いていた十代のころ、瑠璃と博人は恋人同士だった。
 
「俺、歌手になりたいんだ。歌手になるためには学校なんかいらないだろ」
「ヒロだったら歌もうまいし、顔もいいからきっとなれるよね」
「フォレストシンガーズって知ってるか?」
「知ってるけど……グループだよね」
「そうだよ。その中の乾隆也って奴、俺と声が似てるんだ。瑠璃はよく知らないんだったら、いっぺんコンサートに行ってみるか」
「うん、行く行く」

 当時のフォレストシンガーズはまったく売れてはいなかったから、横浜でのライヴチケットは簡単に買えた。売れてはいないといっても、徐々に人気が出てきていたようで、ライヴが終わったあとに通用口に行ってみると、出待ちのファンがたむろしていた。

「……女ばっかだ」
「まあそうだろ」
「ヒロも待ってるの?」
「ちょっとだけ待とうよ」

 女のファンたちが群れている場所からやや離れて、瑠璃と博人もフォレストシンガーズの誰かが顔を出すのを待っていた。瑠璃は乗り気ではなかったようだが、博人につきあってくれていた。

 小一時間後、出てきたのは博人お目当ての乾隆也。彼はファンにサインをしてあげていて、博人も近づいていこうとした。邪魔な女たちをかき分けて前に進んでいたら、乾に咎められたのだ。そこの坊や、女性に荒っぽいふるまいをするんじゃないよ。

 無視して進もうとしていたら、ガードマンがあらわれて引っ張っていかれてほっぽり出された。はらはらしていたらしき瑠璃が言った。

「ヒロ、大丈夫?」
「大丈夫じゃねえよっ!! なーにが女性たちだ。女ばっかひいきしやがってよ。ブスばばあばっかじゃねえか」
「八つ当たり」
「うるせえんだ」

 あの一件のせいで瑠璃とは別れてしまった。
 別れたって女には不自由しないのだし、瑠璃には未練もなかったのだが、あるとき、博人は見てしまった。

「近々にはブレイクの予感。
 瑠璃のミニアルバムが発売されます。みなさん、買ってね」

 ん? 瑠璃? こんな名前は珍しくないよな。
 歌手になる予定が未定のままで、高校を卒業してもフリーターにしかなれずにいる博人は、金に余裕があれば音楽雑誌を買う。余裕がなくても立ち読みしたいのだが、行きつけのコンビニでは読ませてもらえない。久しぶりで買った音楽雑誌にそんな記事が掲載されていた。

 姉のパソコンを借りて検索してみたら、瑠璃の写真があらわれてきた。大人びて綺麗になっていたが、その写真はまぎれもなく瑠璃。博人に恋してむこうから告白してきて、博人だったら歌手になれる、応援してあげる、と言っていた瑠璃だった。

「おまえが歌手になったの? 歌手になりたいなんて言ってなかったじゃんよ。嘘つき」

 ずるいずるいずるい、博人の胸はその感情ばかりに支配された。
 が、ロックシンガー瑠璃はブレイクするようにもなく、テレビに出るようなこともない。歌手になるだけなったって売れなきゃ意味ないよな、とせせら笑って、博人は安心していた。

 安心してフリーターを続け、博人も二十歳を過ぎた。ひとつ年下の瑠璃ももう十九か。若くもないんだから、これから売れるってこともないだろうな。瑠璃、歌手なんかやめたら? と笑っていたのだが。

「バンドを結成されたんですってね」
「そうなんですよ。不良おじさんズです」
「defective boys……ボーイなんですよね」

 名前だけは博人も知っている、ドラマーの一柳というおじさんのインタビュー記事を、例の音楽雑誌で読んでしまった。

「ボーイのなれのはてのおじさんですからね」
「ヴォーカルは女性だとか?」
「ええ。シンガーの瑠璃ちゃんに歌ってもらいます」

 この瑠璃もあの瑠理か? 嘘だろ、と思ったのだが、あの瑠璃だった。
 ベテランスタジオミュージシャンたちが結成したお遊びバンドとはいえ、実力は申し分ない。マニアックなファンから初心者までに人気が出て、瑠璃も一躍人気者になった。

「瑠璃は俺の娘みたいなものなんだから、手を出すなよ」
「やだ、そんなこと言ったら瑠璃は嫁かず後家になっちゃうじゃん」
「瑠璃、それは差別用語だぞ」
「きゃあ、失言、ごめんなさい」

 おじさんたちとじゃれて可愛がられている瑠璃を見て、猛然と嫉妬したが、博人には瑠璃に対抗する手段の持ち合わせはなかった。

「瑠璃、ラヴラヴボーイズのポンと深夜のデート」
「瑠璃、レイラのレイとお忍び旅行」
「瑠璃、ギタリストの泉沢達巳と焼き肉デート」

 そのようなスキャンダルも頻発するようになり、恋多き美女との浮名も流すようになった瑠璃は、defective boysから離れて独り立ちしていった。

「けど、こんなところにドサ回りだろ。たいしたことないね」

 強がりだとはわかっている。歌手になりたかった博人はそのあてもなくくすぶっているのに、瑠璃はスターになってしまった。フォレストシンガーズの三沢幸生とデュエットしたシングル曲を発売するとの話を聞くと、俺はフォレストシンガーズのせいで瑠璃と別れる羽目になったんだ、との逆恨みも起きる。

「あんたはいつまでフリーターなんかやってるの?」
「夢をかなえるためだよ」
「夢ってなんの?」
「うるせえな。母ちゃんには関係ねえだろ」

 昨夜も母ともめていたら、姉が冷やかに言った。

「歌手になりたいって言ってたのはあたしは知ってるよ。だけど、そのための努力なんかしてないでしょ? 路上ライヴでもやったらいいじゃない」
「そんなのやったら、警察に引っ張られるよ」
「オーディションに応募するとか、デモテープを送るとかって手もあるんじゃないの?」
「やったって無駄だよ」

 オーディションを受けようと応募したことはあるが、書類選考で不合格になった。もしかしたらフォレストシンガーズが邪魔をしたのではないかと思ったが、証拠もないので泣き寝入りするしかなく、それっきり応募するつもりもなくなってしまった。

「だったら、言ってるだけ?」
「姉ちゃんにも関係ねえだろ」
「関係あるんだよ」
 
 目が据わって怖い顔になった姉が迫ってきた。

「あたし、会社に好きなひとがいるの。彼に告白してつきあうようにはなったんだ。一年ほどたつから結婚したいってほのめかしたら、言われたんだよ」

 弟がフリーターなんだろ。うーん、そいつがひっかかるな。そのまんまニートになられて、将来俺たちが面倒見なくちゃならなくならない? 俺はきみと結婚するのはいやじゃないけど、そんな弟がいるんじゃな、だったのだそうだ。

「あんたのせいで、あたしが結婚できないかもしれないんだよ」
「馬鹿じゃねえのか。俺のせいじゃなくて、姉ちゃんがブスであばずれだからだろ。姉ちゃんみたいな女は遊びだったらいいけど結婚したくないから、俺を口実にされてるだけだよ」

 憤怒の形相になった姉に殴られそうになり、よけたついでに姉を蹴飛ばして、母に泣かれた。姉が組み付いてきたので振り払って、昨夜のうちに家を出た。
 家出をしても行くあてもなく、有り金も乏しいので各駅停車の電車に乗って、終着駅で降りた。駅前はそこそこ賑やかだったが、すこし歩くと畑ばかりだ。こんな田舎に瑠璃が来るのか。おまえもたいしたことないね。

 資金がきわめて乏しいので、朝食はかっぱらったりんごだけ。こんなものでは足りなくて、どうしようかと思案していたら、ネットカフェを発見した。

 バイトの給料をおろしてきたのと、時々姉のパソコンを借りてネットなどをするので、データを保存してあるSDカード。それは大事に持ってきた。瑠璃に対抗する手段……たったひとつ、あるのだが。そんなことをしたらとばっちりがあるのでは? とも思う。

 ネットカフェのパソコンに、SDカードを差し込んでみる。動画があらわれてくる。瑠璃と恋人同士だったころにジョークで撮影した、ホテルの部屋でのワンシーンだ。

「ヒロ、なにやってんの? やだ、撮るなよ」
「いい記念になるだろ」
「やめてってば」

 やめてと言いながらも瑠璃も面白がっていて、煙草をふかしたり脱いだ下着をこちらに投げてきたりしてけらけら笑っている。瑠璃のヌードが一瞬写り、動画は終了した。

 これをネットで公開して拡散させるってことはできる。瑠璃は未成年なのだから、喫煙だけでも問題になるだろう。博人の姿は写り込んでいず、瑠璃、おっぱい見せて、などと言っている声だけが入っている。瑠璃は本名なので、顔と名前で見た者にはあの瑠璃だとわかるだろう。

「でもな、そこまで……」

 堕ちたくはないかな、と博人は思う。
 ひとつは食べてしまったが、もうひとつのりんごを取り出してパソコンの横に置いた。りんご、りんご、おまえは毒りんご?

 夢を見ていられて幸せだったころ、夢はかなうと信じていられたころ、この動画と同時期に、瑠璃の家に遊びにいった。両親は留守だからおいでよ、あたしが夕飯を作ってあげると瑠璃は言い、そのくせ、料理を失敗してどれも食べられるしろものではなかった。

「ひでぇ、そんなんじゃおまえと結婚できないな」
「結婚する気なんかないくせにさ……あ、そうだ。アップルパイがあるよ。これは時間がかかるから、昨夜作ったの。ヒロが来てくれたらデザートに出そうと思ってたんだ」
「デザートだけかよ」
「ごめんね」

 ぺろっと舌を出した、素直で可愛かった瑠璃の顔。俺はたしかにおまえが好きだった。
 りんごを見ていると、あのときのアップルパイの味が思い出される。パソコンの横のりんごは、博人の悪だくみを止めようとしているのか。そこまでしたらいけないよ、と言いたいのかどうか。博人にはわからなかった。

END







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FS超ショートストーリィ・四季のうた・幸生「夏の馬」

番外編

フォレストシンガーズ

四季のうた超ショートストーリィ

「夏の馬」

 マ、今年の夏シリーズは全部「マ」でしたね。
 他の読み方をする漢字もあったけど、「マ」とも読めます。

 フォレストシンガーズ小説は超ショートから長めのNOVELや番外編までありまして、このブログも長くなってくるにつれて、初期とは様相を変えているのです。

 ブログスタート当初は、フォレストシンガーズの小説をひとりでもいいからどなたかに読んでもらいたい一心でした。小説1から開始して、そのうちには訪問して下さる方もできて、その方々の助言もあって気づいたのですね。

 書物で読めば短編でも、こうしてPCやスマホで読む場合、空白の少ない長い文章はたいへんに読みにくい。
 
 事実、よそさまの小説ブログでも、よく知らない方の作品だと長いのは敬遠して、まずはショートストーリィを読ませてもらう。長いのは連載という形になさっている方が大半だ。
 私のブログもすこし読んで下さっても、飽きられるのも早い。

 ということで、ショートストーリィ、超ショートストーリィを充実させていくことにしました。
 加えて、フォレストシンガーズ以外の小説もどんどん載せていこうと。

 雑記のたぐいはこちらにありますので、「茜いろの森」はほぼ全部が小説です。
 んで、長いのは読んでもらえなくてもいいつもりで、自己満足のつもりで。

 番外編とforestsingersカテゴリは超ショートストーリィ、と決めてからでも数年。やはりこのカテゴリを読んで下さる方がもっとも多いようで、まことにありがとうございます。
 多いとはいっても辺境の小さな秘湯ですので、novelなどと比較して、ですけど。

 超ショート、四季のうた、は「春の雨」「夏の朝」「秋の月」「冬の猫」というように、季節の○←一文字の漢字。原則、その形でタイトルをつけています。

 全部が動物だった季節もありましたが、今夏は「マ」。
 さて最後の「マ」は、あれれ? 先にタイトルを出してますね。

****** ***** *****

 なんだか知らないけど、うだうだと説明してる奴がいましたね。奴って……僕らのママでした。ママ、ごめんね。

 みなさま、お待たせしました。ここまでは著者がうだうだ言ってたんですけど、ここからはみなさまお待ちかねのユキちゃんですよぉ。待ってないなんて、そんなに褒めないで。僕、照れちゃうわ。

 高原でひとり、俺は口笛を吹く。ミルクいろの靄が流れて、幻想的な景色だ。ミルクいろの靄の中を動くものがある。闇夜に蠢く黒猫は黒と黒だが、これは白に白。なんだろう。俺は口笛の形に口を開いたままで、目を凝らす。

「……ああ、そっか」

 そうだよな、タイトルに合わせないといけないもんな。
 そうとわかっちゃいるけど、白い景色の中の白馬には見とれてしまう。純白の馬にまたがって、どこか遠いところへ行ってしまいたくなるような。

「俺がいなくなったら、全世界の女性が哀しむから駄目。うん、しかし、この手法って二度と使えないだろうな。一回くらいいいかな。ね、白馬さん?」

END










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FS食べもの物語「宇都宮餃子」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

食べ物物語

「宇都宮餃子」

1

 ジャパニーズロックフェスティバル。とはいっても、近頃流行のロックではなく懐メロだ。一昨年に岡山で初開催され、かつてはロック少年やロック少女だった人々に人気を博した。現役の若者の間でもそこそこ話題になり、気を良くした主催者が二度、三度と開催するようになった。

「木村くん、またやろうや」
「あ、またやるんですか。ぜひ」
「次は栃木県の分に、俺たちも出るんだよ」

 初回の岡山公演の際に、木村章はベテランスタジオミュージシャンたちのバンドでヴォーカルをつとめた。あれから幾度かフェスティバルは開催されているが、彼らもそう毎回は集まれないのだろう。ドラマーの一柳が誘ってくれたので、章もスケジュールを合わせた。

 栃木県は宇都宮市、フォレストシンガーズのマネージャーである山田美江子の出身地だ。若いころには章はちょっとひがんでいたことがある。

「あれ、うまかったよなぁ」
「あれってなんだ?」
「宇都宮に来ると思い出す、美江子さんお手製の……」
「ああ、宇都宮名物だな」
「美江子さんのお母さん特製のタレもうまいんだ」
「あ、あれ、また食いたくなってきましたよ」
「あれってなんだよ?」

 行けばわかるよ、と連れていかれたのは餃子の店。アマチュアフォレストシンガーズ時代には、この土地出身の美江子がたびたび手製の餃子をふるまってくれたのだそうだ。

 大学を中退して一時は彼らとは遠ざかっていた章がフォレストシンガーズに加わり、プロになってからも、美江子は餃子を作ってくれる。美江子の母が送ってくれたという特製のタレは、美江子が本橋と結婚してからもふたりのマンションの冷蔵庫に入っている。

 みんなとは立場が違うから、とひがんでいたあのころ。餃子と聞くと思い出す。宇都宮の餃子は章にだけは、ひねくれ気分の味がしそうだ。


2

 単独仕事は数年前から増えてきている。章がフォレストシンガーズのメンバーとなってから初に、別にロックバンドを組んでライヴをやると言い出したときには、三沢幸生は複雑な気分になったものだ。

 まったくもぅ、章ってほんとにロックが好きなんだな。
 ほんとはフォレストシンガーズを脱退して、ロックバンドやりたいんじゃないの? などと思ったが、今ではもうそこまでは思わない。

 ベテランスタジオミュージシャンたちが章に歌ってほしいと依頼してくるのだから、彼のロックヴォーカリストとしての実力はたいしたものなのだ。

「ユキちゃん、一柳のおじさんたちのロック、聴きにいかない? 暇はない?」
「瑠璃ちゃんは行くの? そしたら行こうかな」

 その日は幸生にも仕事があったが、宇都宮ならば夜にライヴを聴きにいき、とんぼ帰りしてくるのは可能だ。瑠璃の乗ったタクシーが幸生の仕事場に迎えにきてくれた。

 ロックヴォーカリストとしてデビューしたものの、売れずにいた瑠璃を抜擢してくれたのが一柳。彼が仲間たちと結成した「defective boys」のヴォーカルとしてCDを出しているうちに、瑠璃も人気者になった。瑠璃はフォレストシンガーズ全員になついていたし、幸生も彼女と仕事をしたことが何度もあった。

 女は大好き、若い女はとりわけ大好き、な幸生ではあるが、瑠璃ほど若いと少々気が引ける。こうしてタクシーの後部座席で隣り合わせですわっているだけで十分だった。

「餃子食べたいな」
「瑠璃ちゃんも宇都宮ってーと餃子を連想するんだね」
「ライヴまでに時間あるから食べたいけど……」
「周りのお客さんに迷惑でしょ」
「言えてるよね」

 おススメの店、ありますよ、と運転手。だったら、と幸生は言った。

「ライヴが終わったらこのタクシーで迎えに来て下さいよ。三人で餃子食ったら誰にも迷惑はかからないでしょ」
「それ、いいですね。私も嬉しいですよ。東京まで往復の仕事なんてめったにないですから」
「うんうん、毒食らわば皿までだね」
「瑠璃ちゃん、それちがうけど……」

 餃子を食べたあとの匂いは、周囲の人々には毒にも近い。瑠璃と共犯者になるみたいな、運転手は邪魔みたいな……瑠璃が幸生を見てうふっと笑う。残念、きみがもうちょっと大人か、俺がもうちょっと若かったらね。


3

「おまえが作ったのか? こんなの食ったら腹をこわさないかな」

 失礼な台詞を吐いて山田に蹴られそうになり、飛びのいたら乾隆也に首を抱え込まれて頭を殴られた。山田美江子が料理が得意なのは知っていたが、それでもいつだって悪口ばかり言い、乾に怒られたっけ。

 想い出に変わると甘ずっぱい、学生時代。
 大学に入学して知り合い、乾と山田と本橋真次郎、三人でずーっと仲良くしていた。友人たちのみならず、真次郎の母親までが、山田さんってカノジョなんでしょ? と言いたがった。

 ことごとく否定してきたその関係が事実になって、カノジョを飛び越えて妻になってしまった。こいつと結婚するなんて、学生時代の俺が知ったら怒るんじゃないかな? と真次郎は思う。

「宇都宮の餃子っていうと、うちの母か私の作ったのがうちでは定番でしょ」
「そうだよな」
「章くんに頼んで、宇都宮ではいちばんおいしいって弟たちが言ってる店の餃子、買ってきてもらうの」
「そんな頼み、よく章が引き受けたな。脅迫でもしたのか」
「なんの脅迫よ? 人聞き悪いね」

 朝の光の中、妻が怒り顔で笑っている。
 今日は幸生と本庄繁之と隆也は仕事だが、真次郎と章は休日だ。章がロックフェスティバルに出たいというので、フォレストシンガーズの仕事はスケジュールからはずした。

「その餃子、通信販売はやってないのか」
「やっていないみたいよ。冷凍のも作ってないの」
「そしたら、俺たちも食いにいこうか」
「え? 今から行くの? そうだね。行こうか」

 素直じゃないね、章くんのステージを聴きにいくって言えば? 美江子の目がそう言っている。彼女の立場ならばジャパニーズロックフェスの当日券は手に入れられるだろう。ソールドアウトはしていないらしいのだから。


4

 午前中に雑誌の撮影が終了した隆也は、近くのカフェに行ってみまた。繁之がその店ででインタビューを受けているのを知っていたからこそだったのだが、うまい具合に彼の仕事も終わったようだ。

「お疲れさん。昼メシか?」
「そうなんですよ。あの、乾さん、仕事は終わりました?」
「終わったよ。シゲはこのあとは予定は?」
「えーっと……実は……」

 ピラフとポークチョップの皿を並べて昼食中の繁之がポケットを探り、隆也も同様にする。ふたりのポケットから出てきたのは同じものだった。

「予定通りに終わるかどうか微妙だったから、買うのは躊躇したんだけどさ……」
「俺もですよ。今からだったら余裕で間に合いますよね。乾さんもなにか食います?」
「俺はむこうで餃子を……あ、そっか、ライヴホールでいやがられるな。餃子は終わってからのお楽しみにして、サンドイッチでも頼むよ」

 長年グループをやっていると、考えることが似てくるのかもしれない。
 宇都宮で開催されるジャパニーズロックフェスティバルのチケットが二枚、テーブルの上に仲良く並んでいた。

END






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FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2017/8

forestsingers

2017/8

 細くて長い脚……サイズとしては長くもないけれど、身長のわりには長いじゃん?
 そんな僕の脚にからみつく、ごつごつした毛深い脚を想う。それって山鳥のしだり尾? 自由で身勝手なケイさんを山鳥にたとえるのは、ふさわしい気もする。

 本当に長いケイさんの脚を想いながら、長々しい夜にひとり。
 山鳥が呼んでくれないだろうか。哲司、と僕の名を呼んで、それ以上はなにも言わずにかたわらに長く伸びてくれないだろうか。

 ケイさんがいないんだからやむなく、ひとりかもネム。
 かも寝むって意味不明だけど、山鳥がいないんだったらひとりはつまらないから、鴨と寝るとか? でも、鴨もいないから仕方なく、ネムネムネム……。

「あしびきの山鳥の尾のしだり尾の長ながし夜をひとりかも寝む」柿本人麻呂

 俳句だの短歌だのが大好きな、乾さんが教えてくれた昔の恋歌。短歌なんかどうでもいいから、乾さん、鴨になってよ。

TETSUSHI/真夏の夜に


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FS食べもの物語「天むす」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

食べ物物語

「天むす」

 エビの天ぷらを中に入れて作ったおむすびを「天むす」という。発祥は三重県だとか岐阜県だとか諸説あるが、現在では名古屋名物とされていた。

「だからって、なんで天むす……」
「テン、ムー、スーって……」
「サイアク……」

 三人で顔を見合わせてから、天を仰いで嘆いた。

 親のつけてくれた名前はもちろんあるが、子どもをターゲットにしたアイドルグループ、名古屋出身の「天むす」の三人は、愛称がテン、ムー、スー。三人ともに教育テレビの子供番組でデビューしたので、子どもたちには見覚えもあって親しみを感じたのだろう。デビューしたらじきに人気者になった。

 本名は典子、ニックネームがテンちゃんだったので、「テン」は本人にも親しみがあっていやではない。スーとムーは本名とはかけ離れた愛称だが、本人たちもなじんできたようだ。

「おはようございまーす」
「よろしくお願いしまーす」
「わー、いい匂い」

 名古屋出身なのだから、名古屋でもっとも人気があるのも当然かもしれない。このたびは天むすが、名古屋に本社のある食品メーカーの、ダイエットラーメンのCMキャラとして起用された。

「はじめまして。営業担任責任者の本庄です」

 もらった名刺には、プロジェクト担当課長、本庄希恵とある。ほんじょうきえ、とひらがなも振ってあった。
 三十代だろうか。この年の女性で課長って、かしこいんだろうな、とテンは思う。同時に、かしこいかもしれないけど脚太いし、ブスだよね、とも心で言っていた。

 小学校に入学すると、母の趣味でテンは児童劇団に入った。顔が可愛かったのもあり、学校ではかなり勉強ができたのもあって、テレビの子供向け番組に出るようになったのだ。あれから十年、高校生になったテンは勉強はほとんどしないが、頭はいいと自覚している。美人で秀才、あたしは最強。

 子ども番組出身という共通点から、大人たちの思惑に従って結成されて売り出されたグループだ。表面上は親しくしているが、典子は他のふたりなどは歯牙にもかけていない。あたしのほうが上、あたしが最強。

 ダイエットラーメンのCMに起用されたのは、ムーとスーがややぽっちゃり体型だからだろう。テンはスリムで長身だが、子どもたちはモデル体型のテンよりもぽっちゃりお姉さんのほうに親しみを覚える傾向にある。典子としては天むすなんて大人のタレントになる前の通過点にすぎないのだから、子どもに人気などなくてもよかった。事実、テンちゃんいいね、という声は大人の男性たちからあがっているらしい。

「うん、よし、私もつきあってあげよう」

 若いOLに扮したテンが、職場の給湯室でカップラーメンを作っている。テンは太目のスーとムーのためにダイエットラーメンを選び、自分もそれを食べるという設定だった。

「おいしいね、これってダイエット麺なの?」
「これだったら続きそう。これからはずっとランチはこれにしよう!!」
「いろんな味があるから、全種類買ってきたんだよ」
「テンちゃん、気が利くぅ」

 スムーズに撮影を終えると、リアルでのランチタイムになった。名古屋AK食品の製品、今回のカップラーメンや冷凍食品やインスタント食品などがテーブルに並び、天むすの三人もそれらで食事を摂ることになった。

「テンちゃんの意地悪ぶりが出てるCMだよね」
「意地悪なの、あれ?」
「ムーちゃんってば天然? 意地悪じゃん」
「テンちゃが意地悪っていうよりも、会社のひとたちが意地悪なんじゃない?」
「広告代理店が意地悪なのかな」

 意地悪、意地悪を連発しながらも、ムーとスーは食欲旺盛だ。こんな安っぽいインスタント食品で太りたくないから、テンは冷凍おにぎりだけにした。

「えーっと、お食事中すみません」

 そこに入ってきたのは、本庄希恵の部下だと名乗った若い男。田中くんと呼ばれていた青年だった。

「本庄って名前で気づきませんでした?」
「なにに?」
「えーっと、スーさん? スーって名前もフォレストシンガーズに関わりがあるらしいんですよ」
「フォレストシンガーズ?」

 それがいったいなに? フォレストシンガーズというおじさんたちのヴォーカルグループがいるのは知っているが、なんの関わりがあるのだろう? 田中は楽しそうに続けた。

「本庄希恵さんは……っと、部外者の前で社内の人間をさん付けにすると怒られるんだけど、あなたたちにだったらいいよね。うちの課長、本庄希恵さんはフォレストシンガーズの本庄繁之さんのお姉さんなんですよ」

 ふーん、以外の感想は、典子には持ちようもなかった。

「それでね、課長がこのプロジェクトの責任者になったときに、僕は提案したんです。フォレストシンガーズにCMソングを作ってもらえないかなって。イメージじゃないんじゃない? って課長は言ったから、そしたら、本庄繁之さんのソロとか……とも言ったんですよね。そしたら、本庄さんは作詞や作曲ができないって。そんな歌手もいるんですね」
「私も作詞や作曲ってできないな。したらできるのかもしれないけど、やったことないし」

 冷淡に典子が応じ、田中は言った。

「あなたたちはアイドルでしょ。アイドルだったらできなくてもいいんだよ。フォレストシンガーズってシンガーソングライター集団だって言ってるのに、ソングライト……ソングライターができない人もいるんだなって。あ、課長には内緒ね」

 三人は曖昧に微笑んでうなずいた。

「だから、フォレストシンガーズにはCMソングは作ってもらえなかったんですよ。僕としては残念なんだけど、あなたたちは可愛いからいいよね。で、もうひとつ、いや、もうふたつ、大事な情報を手に入れた。そのためにサインしてくれない? 課長をびっくりさせたいってか、喜ばせたいってか、協力してくれないかな?」
「サインが大事な情報?」
「そうなんだ、なんと、本庄繁之さんの息子が、天むすの大ファンなんだって。本庄さんはあなたたちにサインをもらいに行きたくて、行きそびれてるらしいんだよ」

 なんと、ともったいつけるようなことだろうか。本庄と言われても、フォレストシンガーズの個々人の顔は知らない。本庄希恵の弟ならば、イケメンでもないだろうとしか思えなかった。

「もうひとつは?」
「スーって、木村章さんのモトカノの名前なんだって。すごいでしょ」

 どこが? と問い返すのも馬鹿馬鹿しくて、典子は田中が差し出した色紙にサインをした。仕事がらみで知り合った誰かにサインをねだられるのは日常茶飯事だ。

「ありがとう。もう一枚、書いてもらえる? これは僕の……」

 えへへと笑って、田中は尋ねた。

「うちのインスタント食品はけっこうおいしいでしょ。あなたたちはいつだって豪華なものばっかり食べてるんだろうから、たまには粗食もいいよね。あ、そうそう、僕が言ったことは全部、課長には内緒ね。これからも天むすのCD買うからね。コンサートがあったらチケットの便宜とかは……ああ、握手してもらっていいかな」

 ひとりで喋りまくっている田中に握手してやると、今日は手を洗わないでおこっと、とベタな台詞を残して、彼はようやく出ていった。

「それがどうした」

 ぽつっと呟いたムーのひとりごとに、今回ばかりは典子も大賛成だった。

「木村章のモトカノ、スーでーす」

 CMの仕事が終わると、天むすは地元のラジオに出演した。天むすの三人と名古屋では有名な男性DJが担当する番組である。早速、DJの馬原が突っ込んだ。

「フォレストシンガーズって?」
「馬原にぃ、知らないの?」
「知ってるけど、スーちゃんってフォレストシンガーズの木村章のモトカノ? 初耳だよ」
「うん、スーも初耳だった」
「……めちゃんこ意味不明でかんわ」

 彼もまた地元出身なので、定番の名古屋弁でしめくくった。
 なんのつもりだ、この女は? 典子はスーの真意を探ろうとしていた。フォレストシンガーズの木村章のモトカノ、スーという名と偶然、天むすのスーが一致しただけだ。それがなにかいいことにでもつながるのか? ならば、フォレストシンガーズつながりで、本庄繁之の息子があたしたちの大ファンなんだって、というのは?

 内緒にしろと田中は言ったが、本庄課長に告げ口するのではないからいいだろう。本庄さんちの坊やによろしく!! と言ってみようか。
 ただし、この放送は名古屋ローカルなので、フォレストシンガーズはおそらく聴いていない。そこが問題だ。

END








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174「頭が高い」

ショートストーリィ(しりとり小説)

しりとり小説

174「頭が高い」

 平凡ではない私に平凡な名前はふさわしくない。女ではあっても女っぽくはなく、さっぱりした気性は男のようなのだから、女の名前もふさわしくはない。かといって同人誌仲間のように、コータローだの良太だの敬助だの、男名前も名乗りたくない。

「綾小路ミツルさまって、誰よ、これ? まちがって届いたのかな?」
「あ、それ、私」
「誰が綾小路ミツル? あんたは小山満代でしょ」
「いいのっ」

 父親の名前をフルネームで、下に家族の名前を並べた表札の横に、「綾小路ミツル」と手書きで作った名刺を張り付けて、母に呆れられたりもした。

 中学生になると部活をしなくてはならないと校則で定められていた。やりたい部活などなくて、かったるいなぁ、と思っていたら、積極的なクラスメイトが同好会を作ると聞きつけた。

「一年生のくせに生意気だとも言われたけど、ボクは漫研がいいんだもん。だから、先生に交渉したの。先生が顧問もしてくれるって。満代も入らない?」
「漫画研究会だよね。入るっ!!」

 それまでは漫画が好きなだけの少女だった満代は、友人と相談してペンネームも決め、描くようにもなった。
 けれど、漫画を描く才能はなかったらしい。絵は下手ではなかったのだがストーリィが作れなくて、小説を書く友達に頼んで彼女の原作を漫画化してみたりしたのだが。

「やおいにしないでよ。私は男同士の恋愛は嫌いなんだから」
「遅れてるね。漫画の王道はやおいだよ」
「そうだそうだ。やおいのほうが人気が出るんだぜ」
「私はいやっ!!」

 かたくなな原作者だったので、その友人とは喧嘩別れしてしまった。

 漫画研究会を作ったほうの友人とは気が合って、長く続いていた。同じ高校に進学し、そこにはもとから漫研があったのでふたりして入部し、友人のほうは先輩に描いた漫画を褒められ、満代は描くに描けなくて友人にお願いした。

「ボクだって絵だったら描けるんだから、ソージのネタをひとつくれよ」
「やだよ。ボクが描くんだから」
「ケチ」
「ネタも自分で考えろよな」

 友人のペンネームはソージ、彼女は新選組マニアで、幕末の志士たちの男同士恋愛漫画を得意としていた。満代はミツル、ふたりともにボクと自称し、少年っぽい言葉で話すのが楽しかった。

「ソージは卒業したら美大に行きたいのか?」
「うーん、美大じゃなくて短大の保育科にしようかなって……」
「保育科? なんでだよ?」
「私の才能くらいじゃ、漫画家にも画家にもなれそうにない。ほんとに才能があったら、雑誌のコンテストに応募してる漫画がとっくに新人賞くらい受賞してるのよね。私よりも年下の子だって、デビューしてるんだもん」
「そんなことないよ。ソージは才能あるって」

 自分は漫画家にはなれそうにないから、せめて友達がプロになれたら……との想いから躍起になりつつ、満代は気づいた。

「私? ソージ、なんか女みたいじゃね?」
「私は女だもん。ソージなんて呼ぶのもやめて。彼に言われたんだ。満代とおまえは痛いって言われてるの知ってるか? 俺はおまえとつきあいたいけど、そんな痛い女だったら友達にも笑われる。ソージなんてのも痛すぎるよ。ボクもやめてくれ。本当のおまえに戻ってくれよって」
「そんで、つきあうの?」

 うなずいた友人の顔が憂いありげな大人の美女に見えて、満代は叫んだ。

「裏切り者!! 男なんか嫌いだって言ってたくせに!!」
「あれはもてない強がりだったのかもね。満代も高校生でいられるのはもうちょっとなんだから、将来のことを真面目に考えたほうがいいよ。彼も作ったら?」
「満代なんて呼ぶな。その名前は大嫌いだ!!」

 裏切り者とは絶交だ。満代は親友のつもりだった友達とはそこで縁を切った。

 なのだから、ソージがその後どうしたのかは知らない。性転換してその彼と結婚したのか。いや、もとから女なのだが、友人が女に戻ると聞くと不潔ったらしく感じて、性転換でもなんでもしろ、気分になったのだ。

 自覚はあったから、満代には美大や芸大進学は無理だとわかっていた。だったらデザイン専門学校にしよう。推薦入学のできる学校に入学すると、そこにもいっぷう変わった女の子が大勢いたので、むしろ拍子抜けしてしまった。高校のときにはボクって言ってたの? 私は男っぽい? そんなのフツーだね、と笑われた。

 まったく才能がなかったわけでもなく、無難に専門学校を卒業して小さなアパレルメーカーに就職した。
 デザイナーになったつもりでいたから、ペンネームのつもりでミツルとだけ名乗るようにもなった。

 流行りものにはアンテナを敏感にしておきたい。ファッションだけではなく風俗的なこともだ。ダイエット、クラブ、レストラン、酒、音楽、などなど。映画もテレビドラマも、興味のあるものがいっぱいで、漫画からは遠ざかっていく。活字を読むのは面倒だから、漫画の文字だってめんどくさくて読んでられないね、だった。

「泥棒猫っ!!」
「は? すっげぇレトロな言葉。そんなの死語じゃないの?」
「死語もなにもないでしょっ!!」

 不倫は文化だ、とどこかの有名人が言ったとテレビで見た。不倫だってトレンドのひとつだし、あたしは結婚なんかしたくもないんだから、彼氏は既婚者のほうがいいさ、軽い気持ちで妻子のある男とつきあっていた。彼がミツルのマンションに来ていたときに、妻が乗り込んできた。こんなにも激怒している妻を見て、ミツルはむしろびっくりしていた。

「奥さん、そんなに怒らないで。私も本気じゃないんだからさ。ああ、コウちゃん、奥さん怖いよ」

 そのときちょうど、彼はシャワーを浴びていた。ミツル、えーっと俺のシャツ……などと言いながら出てきた彼は、妻の姿を見て硬直していた。

「コウちゃんだって本気じゃないよね」
「あ、あああ、ああ、そうだよ。母さん、落ち着いて。本気のはずないだろ。まあ、いうなれば人助けだよ。この彼女、見ろよ。若いだけがとりえのデブだろ。もてないんだよ、全然。今どきの若い男は細い女が好きらしくて、あんなデブ、気持ち悪いとまで言うんだ。俺は別に太った女も嫌いじゃないし、遊ぶだけだったらいいかなって。それだけだよ。本気のはずないよ。うんうん、落ち着いて。母さん、帰ろうな」

 妻を母さんと呼ぶ男は、ミツルをほったらかして帰っていき、翌日には弁解しまくっていた。

「あの場ではああ言うしかないじゃないか。立場としては妻の座って強いんだよ。ミツルちゃんはうちの女房に慰謝料請求される恐れだってあるんだ。女房は興奮していたから落ち着かすためにああ言ったんだよ。でないと刃傷沙汰だってあり得たんだから」
「だったら私とのほうが本気? 奥さんと離婚して私と結婚するの?」
「ミツルちゃんって……そんなダサいこと言う女だったのか?」
「あ、そだね、嘘嘘。言ってみただけ」

 もっとも嫌悪したい女の台詞が口に出てしまった。そんな自分に嫌気がさしたのもあり、彼はまだ私には未練があるのだろうから、こっちから捨ててやろうと決めたのもあって別れた。

 私がもてないって? デブだから若い男に相手にされないって? 冗談じゃないんだよ。彼の言葉が癇に障ったものだから、もてると証明したくて男遊びをするようになった。ミツルちゃんはデブじゃなくてグラマーなんだろ、と言う男も次々にあらわれて、ほら見ろ、もてるじゃん。今のあたしに会ったら後悔するだろうな、とコウちゃんに舌を出していた。

 そしてこうして、ふと気づくと四十歳が目前に迫ってきている。

 いつのころからか、夜の街で男をナンパしても逃げられるようになった。遊ぶだけだったら大歓迎してくれた男たちが、おばあちゃん、家に帰って孫と遊んだら? などと言うようになった。そろそろ私も潮時か。婚活でもすっかな。そのつもりでずいぶんと久しぶりに書店に入ったのは、婚活特集をしている女性雑誌が目当てだった。

 女性雑誌の横には女性向け漫画本のコーナーがある。少女漫画もレディスコミックも、ミツルが夢中になっていたころと変わらぬ隆盛ぶりだ。小型で分厚い少女漫画誌を手に取ったのは、ソージ・土方という漫画家の名前が目についたから。中学から高校にかけて親友だと思っていたソージを思い出したからだ。

「今どきでもこんな名前、つけたがるんだね、新選組ってまだ流行ってるのかな」

 表紙だけを見て帰宅し、婚活特集の雑誌をぱらぱらめくる。婚活はインターネットを駆使したほうがいいということらしいので、ミツルも雑誌で勧めていた婚活サイトを見ることにした。

「三十歳をすぎると不利だ? 古いなぁ。男女差別だな。女性蔑視だな。抗議のメールを送ってやろうか」

 婚活の現実、というようなサイトもある。見ていると気が滅入ってきたので、書店で見たソージ・土方を検索してみた。

「ファンのみなさん、こんにちは。ソージです。
 私は中学生のときから変わってないみたい。ソージってペンネームもずーっと同じなんですよ。
 さすがに、中学生や高校生のときにボクって言ってたのはやめましたけどね。

 漫画は中学生のときから描いています。中学に入学して漫研を創立して、その漫研、ソージの母校だってことでけっこう人気なんだって。ソージ先生と同じ中学校に入って漫研にも入りたい、なんて言ってくれる女の子もいるらしいの。
 公立中学だから校区がちがったら無理だよ。そう言ってくれるのは嬉しいけど、ご両親を困らせたりしないでね。

 同じ趣味の友達がいて、ふたりで切磋琢磨もできました。
 名前、書いていいかな。ペンネームだからいいよね。ミツル、元気にしてる? あなたも結婚してお母さんになってるかな。
 会いたいな。もしもこれを読んでいたら連絡して。

 わたくしごとで失礼しました。さて。

 高校生になって彼ができて、おまえは痛いなんて言われて漫画から遠ざかろうとしたんだけど、やっぱり捨てられなかった。
 短大は保育科に進んで、保育士にもなったんだけど、それでも漫画は捨てられなかった。高校のときの彼とはすぐに別れて、保育士になってからできた彼と結婚して、毎日忙しかったけど、それでも漫画は捨てられなかった。

 保育士を続けながら、主婦として母としても働きながら、夜中に漫画を描いたりもしていました。
 そうやって苦節十五年、三十五歳にして新人漫画家としてデビューしたの。

 その後のことはファンのみなさんだったらごぞんじでしょう? 母として主婦としては永続するんだろうけど、保育士の仕事はやめて専業漫画家になれたのは、ファンのみなさまのおかげです。
 これからも応援してね」

 ソージ・土方のオフィシャルサイトには、ソージのプロフィルというページがあった。読んでいると中学、高校のときの友達を思い出す。彼女と酷似していて、なにやら吐き気までがしてきた。

 嘘だ、嘘。あのソージのはずがない。生年月日からすると私と同年で、知ってるひとは知ってるんだからいいよね、との但し書き付きで紹介されている中学校も高校も私と同じで、本人の写真には少女のころの面影がある。だけど、信じない。ミツルって私? 信じない。あり得ない。

 サイトに公開されたプロフィルの、ソージの若き日はすべて、ミツルの友人だった彼女と一致する。けれど、信じたくなかった。確認なんか、連絡なんかしたくなかった。

「もしもあんたに会うとしたら、婚活に成功してセレブなマダムになってからだな。見てろよ、ソージ、そうなって会ったら言ってやるんだ」

 あんたはたかが漫画家だろ。私は大金持ちの主婦だよ。結局は私の勝ちだね。頭が高い!! 控えろ!! って、言ってやるんだ。

次は「い」です。







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FS食べもの物語「ラーメン」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

食べ物物語

「ラーメン」

 スープをひと口すすった本橋が、ほっと息をつく。俺は麺をひと筋口に入れ、のびかけてるな、と感じる。夏休み明けの学食には学生の姿は少なく、まだ学校に出てきていない奴も大勢いるらしいと思われた。

「学食って久しぶりだな、うまいよな」
「……うまいか。うん、うまいかな」

 金沢の乾家では、料理は祖母が指揮をして家に住み込んでいる女性がこしらえるのがもっぱらだった。
 家に住み込んでるお姉さん? なんだそりゃ? と友達に不思議がられるので、そういうのは一般的ではないと知ったのだが、乾家は華道の家元だから、行儀見習いや修行のために、日本各地から名家のお嬢さまたちがやってきていたのだ。

 華道の家元は母の仕事で、父は和菓子屋のあるじ。ひとり息子の隆也の養育は祖母の仕事。祖母は家事をとりしきる家刀自でもあって、住み込んでいる女性たちの総監督でもあった。

「大奥さま、今夜はなにを……?」
「ブリの脂が乗ってきているころだから、照り焼きじゃなくて塩焼きにしましょうかね。大根を煮て、ほうれん草のゴマ汚しと、あとは卵を……」

 幼児のころには、食卓に出されたものは文句を言わずに全部食べる。食べ物についてあれこれ言うのは、男のすることじゃないからね、との祖母の教えを忠実に守っていた。

「ばあちゃん、僕、ラーメンが食べたいな」
「ラーメン?」
「うん。インスタントラーメンっておいしいんだって。とっくんが言ってたよ。僕も食べたいな」
「ラーメンなんて夕食にはならないし、インスタントなんて絶対に使いたくないね」
「カレーライスは?」
「それだったら土曜日のお昼に作ってあげるよ」

 小学生にもなると恐る恐る言ってみて、洋風は却下されていた。要するに祖母が好まなかったからだろう。
 誕生日にケーキを焼いてもらったり、クリスマスにはチキンソテーを作ってもらったり、たまにはカレーや麻婆豆腐のメニューもあったが、うちの食事は基本和食だった。

 両親は帰りが遅いので、小学生までだったら俺が寝てしまってから食事をしていた。夫婦での食事だと給仕と後片付けは母がしていたようだが、俺はよくは知らない。外食もほぼない家庭だったので、家族四人で食事をした経験はほとんどなかった。

 高校三年の年に祖母がみまかり、俺は翌春には東京に出て大学生になった。あれから三年、今でも行儀見習いの女性はたまにいるようだが、母が食卓を整えて父と差し向かいで食事しているのだろうか。俺にはうまく像が結べない。うちの両親は仲がいいのか悪いのかも想像しにくいのである。

 父の店でのみアルバイトを許可してもらえるようになってからは、俺も友達とだったり彼女とだったりで、外で飲み食いすることを覚えた。コーヒーやホットケーキやサンドイッチは、彼女とふたりで食べるとたいそう美味だった。

 が、金には困窮していた身だから、高校生までは外食経験に乏しい。大学生になってひとり暮らしとなり、昼は学食で食べるのが嬉しくて、けれど、なるべく自炊するようにしている。俺が中学生になると、男も料理はできたほうがいいかしらね、と言うようになった祖母に教わった田舎の和風料理だ。

 一方、東京生まれの東京育ち、本橋真次郎は。

「高校のときは弁当だったのか?」
「そうだよ。本橋はちがうのか」
「弁当も作ってもらったけど、俺らは三人とも大食いだから、弁当だけじゃ足りないんだよ。弁当にプラスして売店でパンを買ったり、学校の近くの店で安い稲荷寿司とかも買ったりしていたな」

 兄がふたり、そのふたりは七歳年上の空手の猛者で双生児。本橋も大柄なほうだが、兄さんたちは巨漢といっていい。そんな息子三人に食わせなければいけなかったのだから、本橋母の料理は質より量だったと思われる。山盛りにしたコロッケやから揚げが、まごまごしていると真次郎の口には二、三個しか入らなかったというのだから、すさまじい食事風景だったのだろう。

「あ、真次郎、ウルトラマンだ!! って兄貴に言われて窓の外を見てる隙に、半分は残ってた俺のチャーハンが空っぽになってたこともあったよ。兄貴が食っちまったんだ」

 なんかいいな、うらやましいな、と応じると、どこがいいんだ、おまえは馬鹿か、と本橋に呆れられた。

 よって、本橋は食えるものならなんでもうまいと感じるようである。のびかけたラーメンがしみじみうまいとは、幸せな奴だ。

 舌が肥えている人はいる。うちの祖母は頑固ではあったが、昔ながらの金沢料理の作り手としてならば達人に近かった。洋風は食べ慣れないので駄目だったにせよ、料理人としても食する側としても舌は磨かれていた。おばあさまに教わった料理、夫に大好評なんですよ、と、うちに修行に来てのちに結婚した女性から幾度も聞いた。

 子どもの舌には合わなかった田舎料理も、二十歳になって再現してみると、それなりにうまく感じるようになった。俺はまだまだ若造だから、中年にでもなれば祖母の味をなつかしむのか。俺にとってはおふくろの味ではなく、祖母の味。

 皮肉ではなく、金持ちではあってもわりあいに庶民的で、ふたりの兄にもみくちゃにされて育った本橋を俺はうらやましく思う。そのおかげで好き嫌いもなく、なにを食ってもうまいとは最高ではないか。俺もいつか結婚したら、本橋家のような家庭を築きたい。

「全然足りないな。もう一杯買ってくるよ。おまえは?」
「俺はもう腹いっぱいだ」
「……それっぽっちしか食わないのかよ、それでも男かよ」

 小食だと男らしくないと、妙な偏見を持つのはやめろ。とは何度も言ったので言い飽きた。本橋真次郎はいい男ではあるのだが、男らしさにこだわりすぎる傾向がある。あればっかりはどうにかならないものだろうか。

TAKA/20歳/END







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FS超ショートストーリィ・四季のうた・隆也「夏の麻」

番外編

フォレストシンガーズ

四季のうた


「夏の麻」

 春は「ひ」で、火、陽、非、否、灯、だったわけです。
 夏は「ま」。著者のお遊びですね。

 でも、「麻」といえば「ま」というよりは「あさ」、リネンですよね。
 麻薬とか快刀乱麻とか、麻酔とか麻痺とかって言葉もたくさんありますが、俺はリネンの話をしたいな。

 いいですよね、麻。

 麻のシャツ、麻のシーツ、麻のスーツ、麻のハンカチ、麻のナプキンやテーブルクロス。
 生成りの麻のスーツに白い麻のシャツを身につけ、麻づくしのテーブルセッティングをした食卓につく。愛するひととふたり、俺の手料理で遅い朝の食事を……「あさ」ちがいでも朝も麻もさわやかなイメージですよね。

 食事を済ませたらふたりでマルシェに買い物に行こうか。昼は屋台で軽く食べて、夜はきみが作ってくれる? 俺はその間、きみのために歌おうかな。

 そして、夜。

 ふたりして入浴してから素肌で麻のシーツにくるまって……なにをするのかって? 内緒。ここから先はふたりだけの世界ですので、では、おやすみなさい。

TAKA/END






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花物語2017/8「母子草」

ショートストーリィ(花物語)

hahako.jpg
花物語2017

八月「母子草」

 思いがけなくも、母は反対はしなかった。

 父が亡くなったときには兄もほのかもまだ子どもだったので、母が父に苦労していたのかどうかは知らない。父の悪口を言うような母ではなかった。なのだから、父親なんかいなくてもいいのよ、的思想が母にあるのかどうかも、ほのかは知らないのだが。

 大きくはないがしっかりした会社の経営者三代目、父はその立場で、初代と二代目が亡くなってから、父は母と結婚した。父方は特に男が早逝家系らしく、ほのかの曾祖父も祖父も父も中年の年頃で逝去していた。三代目が潰すこともよくあるらしいが、父は可もなく不可もなくといった程度に会社を存続させ、父亡きあとは母が会社を引き継いだ。

 経営者としての能力は、母のほうが父よりも上だったらしい。金銭的にもまったく困窮することなく、母は息子と娘を育てた。母が多忙ゆえに放任されていた部分はあるが、兄は大学院まで終了して文系の学者になった。ほのかは外国語大学英語科を卒業して通訳になった。

「父親がいなくても、ほのかがひとりでしっかり子どもを育てていけるんだったら、母さんは応援するわよ。それに、あんたは母さんが反対したってやりたいことはやるでしょ。そういうところが頼もしいんだから、あんたは我が道を行きなさい」
「兄さんには言わなくてもいいかな」
「あいつは頭の固いところがあるから、言わなくてもいいんじゃない?」

 ルックスがいいのと金を持っているのとで、兄はけっこうもてる。妻と息子がいるにも関わらず適当に遊んでいるようだが、自分はいいけど妹は駄目、の思想の持ち主だ。それでも同居しているわけでもなし、黙ってやればいいとの母の意見に従って、ほのかはひとりで子どもを産んだ。

 仕事で知り合ったイギリス人と、彼が日本に滞在している間だけの恋をしていた。彼は仕事を終えて帰国し、残したものはほのかの胎内の子どもだけ。ほのかには結婚願望はかけらもないが、子どもはほしかったので好都合だった。

 一年間は産休、育休を取るつもりだったので、もしものために蓄えてあった資金を活用した。金髪の可憐な女の子を出産し、ベビーシッターや保育園の手配もし、家政婦さんを雇って家事をまかせ、長女の華子が一か月後には一歳になる時期に、ほのかは仕事に復帰した。

「ほのか、いつの間に結婚したんだ? もう子どもが生まれたのか? できちゃったってやつか?」
「できちゃったから子どもはいるけど、できちゃった婚じゃないよ」
「ってことは?」
「結婚はしてないから」

 黙っていてもどこからか漏れるもので、平素はつきあいもない兄も妹が出産したと知ったらしい。電話をしてきた兄に正直に告げると、兄は長く長く絶句してから言った。

「不倫なのか?」
「彼は独身だって言ってたけど、本当のことはわからない。彼はイギリスに帰っていってしまったし、私が華子を産んだのも知らないはずよ」
「えーっとえーっと……えーっと……なにからどう訊いていいのかわからないよ。俺はたつ子になんて言えばいいんだ」
「義姉さんには本当のことを言って。迷惑はかけないから」
「迷惑はかかるんだよ。おまえがかけてないつもりでも、そんなふしだらな妹を持ったってだけで、俺たちには迷惑がかかるんだよ」
「そぉ? ごめんね」

 面倒なのでそうあしらっておいたら、兄はそれ以上は言わずに荒々しく電話を切ってしまった。

「華子はきょうだいがほしいよね?」
「おにいちゃんがほしい」
「お兄ちゃんか……お兄ちゃんってのは養子でももらうんだったら可能かな」

 しかし、日本の法律では未婚の母に養子を託してはくれないだろう。弟か妹でもいいよね? と質問すると、ようやくお喋りができるようになってきた、一歳半の華子はこっくりうなずいた。

「あらぁ? ふたり目も産むの? 華子のお父さんと再会したとか?」
「産まれてきたらわかるだろうから言うけど、今度はアフリカ人なのよ。華子のパパはアーティスト、次の子のパパはアスリート。誰かまでは言えないけど、生物としてのこの子たちの父はそういった男性よ」
「来日していた金髪のアーティスト……ブラックのアスリート……そう大勢はいないだろうけど、ま、あんたが決めたことなんだから貫きなさい。華子はきちんと育ててるんだから、できるって立証済みだものね」

 今回も母は、反対意見は述べなかった。

 問題は兄だ。華子の出産時には兄は、唖然茫然愕然だったらしい妻のたつ子をなんとか説得というか、きみは俺の妹には関わらなくていいんだからほっとけ、と言ったらしいが、父親のちがうふたり目の子どもとなると、兄も義姉も逆上するかもしれないと思えた。

 通常、まずは母親が大変だろう。父親がいたら大変さが五倍ほどになりそうな気がする。ほのかは親の問題はクリアしているのだから、兄夫婦なんて軽い軽い、と考えることにした。

「ほのか、また産んだんだって?」
「誰だよ、兄さんにそうやって告げ口してるのは……」
「誰だっていいだろ。しかも、今度は黒人とのハーフだって? おまえはなにを考えてるんだ」
「なにを考えてるにしたって、あなたには関係ないんじゃないの?」
「そうは行くかよ。きっちり話そう。おまえのマンションに行くよ」

 電話で宣言されて、仕方がないから承諾した。

「義姉さんまで一緒? ご苦労さまだね」
「なんでひとこと相談くらいしてくれないの?」
「相談したら反対するでしょ」
「するに決まってるだろ」
「ほのかさんったら、ひどすぎるわ」

 長女のときに経験済みなので、今回は前回よりもスムーズに出産できた。お金の面も人手の面も仕事の工面もクリアして、長女の華子と次女の佳子と、家政婦のおばさんと、育休中のほのかは穏やかに暮らしていた。その平穏を破ったのは、血相を変えて乗り込んできた兄夫婦だ。

「うちの竜弥のことも考えてよ」
「竜弥がどう関係するの?」
「竜弥だって何年かしたら、結婚話も出てくるでしょ? そのときに身辺調査でもされたら、未婚の母のほのかさんの存在が障りになるとも考えられるのよ。ひとりだけだったらともかく、一目で父親がちがうって娘がふたり……この子たちだって、華子ちゃんと佳子ちゃんだって、大きくなったら差別にさらされるわ。あなたは自分さえよかったらいいみたいだけど、竜弥と華子ちゃんと佳子ちゃんの気持ちはどうなるの?」

 綿々とかきくどく義姉の横で、兄も重々しくうなずく。竜弥とは兄夫婦のひとり息子だ。

「差別されるのよ。日本では華子ちゃんや佳子ちゃんは差別されるの」
「義姉さん、その差別や偏見っていいこと?」
「いいこと? 差別や偏見はいいことではないけど、現代の日本には厳然と存在するじゃないの」
「悪いことだとわかってて、あなたがその偏見や差別を口にするんだね。悪いことなんだったら、ご自分の意識から変えていかなくちゃ。世間は差別するかもしれないけど、差別するほうが悪いんだもの」
「……あなた、ほのかさんって宇宙人みたいね」
「まったくだ」

 兄夫婦は肩を落とし、ほのかは言った。

「日本ではルックスのいいハーフはもてはやされるけど、アメリカ南部なんかだと佳子みたいな子は差別されるのよ。正式に結婚している黒人と白人の夫婦だって同じ。だったらその夫婦は子どもを産むなって言うの? 差別されるから産むなって、最低の台詞だよね」
「……だって、現に差別は……」
「だから、差別っていけないことなんだから、私たちからなくしていこうよ。それができないって変じゃない? 結婚してるからいいって言うかもしれないけど、結婚したって夫が浮気でもして離婚することはおおいにある。それだって子供はかわいそうよ。そっちのほうが最悪の家庭になりそうじゃない?」

 義姉さんは知らないみたいだから幸せだけど、実はね……とは言わずに、遊びの浮気などはたびたびやっている兄を見やる。こほんと咳をしてから、もういいよ、無駄だよ、と兄は言い、妻の肩を抱いた。

「おまえの屁理屈には俺たちは太刀打ちできないよ。もういいから、俺たちには迷惑かけるなよ」
「縁を切っていただいてもよろしくてよ」

 言ったほのかを、たつ子は恨めしそうに睨んでいた。

「きょうだいは二歳ちがいがベストなのよね。ちょうどよく妊娠したから、理想的な歳の差で出産できるわ」
「……あの、三人目ですか?」
「そうですよ。子どもが増えると大変だろうから、もちろんお給料はアップします。協力してくれますよね」
「は、はい」

 三人目の子どもの生物学的父は日本人、ミュージシャンだ。言い訳などしなくても、三人の子どもの父親がちがうのは一目瞭然。ほのかはそれを望んでいた。家政婦も戸惑っているようだが、彼女は金のために働いているのだから、少なくとも表立ってはとやかくは言わない。妊娠を告げた翌朝、家政婦が花を活けてくれた。

「これ、母子草?」
「そうです。ご無事な出産をお祈りしています」
「ありがとう」

 ふたり目はものすごくとやかく言った兄たちも、三人目となるとむしろ諦観するかもしれない。今度はぜひとも男の子、ほのかの願いはきっとかなうはずだ。

END







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FS食べもの物語「ミートピザ」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

食べ物物語

「ミート・ピザ」

 住まいにも新しい暮らしにも慣れ、大学というものがすこしずつわかってきている。合唱部に入部して、学部にもサークルにも友達ができた。今日は午後からの授業が休講になったので、合唱部の友人である小笠原英彦と昼メシを食いにいこうと語らって、学校近くの店にやってきた。

「ここ、いっぺん入ってみたかったんだ」
「ペニーレイン、俺は入学式の日に入ったよ」
「そうなんか。メシも食えるんだろ」
「食えるよ。ピザとカレーを食ったんだ。どっちもうまかった」

 ビートルズの曲名を店名にしているのだから、ビートルズファンの店なのか。俺もビートルズは嫌いではないが、よくは知らない。合唱部の先輩たちにはビートルズ好きも大勢いるようで、「ペニーレイン」は時として部室での話題に上がっていた。

「ピザとカレーの両方って、豪勢だな。お父さんと一緒に来たのか」
「いや、親父は先に帰ったから、どこかの中年男性におごってもらったんだ」
「どこかの知らないおっさんに? シゲちゃん、知らんひとについていったらあかんよ、ってお母さんに言われなかったのか?」
「ついていったんじゃなくて……」

 この店で同席した男性だ。彼は俺と同郷だと言って、きみはカレーだけじゃ足りないだろ、もっと食べなさい、とも言ってくれたのだ。話の内容から彼は入学式の来賓、音楽関係者、それだけはわかったのだが、あの中年紳士が何者なのかは不明のままだった。
 
「実はシゲにいかがわしいことをしたかったとか」
「アホ」
「うん、アホじゃのぅ」

 高知県出身のヒデは標準語を身につけてかっこいい都会の男になると宣言している。土佐弁は禁止!! と自らに課していてるくせに、土佐弁どころか、合唱部仲間の大阪弁やら、学部の友達の岡山弁やらを口から出す。三重県出身の俺にしてもなまってはいるものの、ヒデのようには方言は使わなくなっていた。

「……肉のピザか。うまそうだけど高いな。ピザよりも米の飯のほうが食いごたえがあるから、カレーの大盛りにしようかな」
「俺もピラフの大盛りにしようかな」
「シゲはそれだけで足りるんか?」
「足りないかもしれないけど……」

 親の家にいれば食べ物にだけは不自由しなかった。俺が大食いなのは母はよくよく知っているから、いつだってごはんをたくさんたくさん炊いてくれた。おかずはさほどに豊かではなくても、味噌汁と魚と漬物でもあれば、ごはんを何杯でもおかわりできた。

 が、ひとり暮らしになってみると、金がない。我が家は三重県で酒屋を経営していて、三つ年上の姉は名古屋で大学に通っている。俺は東京で大学生になったのだから、親は仕送りに汲々としているはずだ。印刷屋のバイトは見つけたが、それでも生活費は潤沢ではない。

 なのだから、おかずなんて買えない。上京するときに母が持たせてくれた米がなくなりそうになっていて、これがなくなったら俺は飢えてしまう……と考えるとよけいに腹が減るのだった。

「久しぶりの贅沢だからピザもいいと思ってたけど、やっぱり米のほうがいいかな」
「米のほうが腹持ちもいいもんな」
「ヒデは食費、足りてるか?」
「俺はおまえほどには食わんから」

 周囲を見回しても、俺がいちばんの大食漢なのはまちがいない。
 本庄くん、すっごく食べるんだね、それで太らないってうらやましい、と大学の女の子やら、バイト先の女性社員には言われる。シゲ、これも食うか? と合唱部の男友達は、消しゴムを食わせようとしたりする。

 あまりによく食べるのって恥ずかしいかなぁ、とも思うのだが、腹が減っては力も出ない。おまえはよく食う、とみんなに言われるのは甘んじて受けるしかないのだった。

「この曲、なに?」
「さあ? 聴いたことはあるけど……」
「シゲは音楽好きじゃろ? 知らんのか」
「ヒデだって知らないんじゃないか」
「俺は歌うのは嫌いじゃないけど、音楽にはそれほど興味ないきに、ビートルズなんかなんちゃあよう知らん」
「ヒデ、土佐弁全開になってるぞ」

 うるさいんじゃ、シゲは、合唱部のくせに。
 合唱部はヒデもだろ、おまえだってビートルズ知らないくせに、と言い合っていると、視線を感じた。

「きみたち……」

 ○○大学の合唱部? と尋ねた男性は、俺たちよりはだいぶ年上に見えた。

「先輩なんですか」
「うん、俺も合唱部出身だよ。お節介を焼きたくなった。この曲は「ストロベリーフィールズフォーエバー」だ」
「苺の歌ですか」
「ビートルズの故郷、リバプールにある孤児院の名前だよ。「ペニーレイン」がシングルレコードで売り出されたときのカップリング曲だ。当時はB面っていったな」

 詳しい……というよりも、音楽好きならば当然の知識なのかもしれない。この男性だったら知っているか、と思って、俺は入学式の日にこの店でピザをごちそうしてくれた紳士の話をした。

「あ、俺、知ってる」

 思いがけなくもヒデが応じた。

「作曲家の真鍋草太!!」
「呼び捨てにすんなよ」
「あ、すみません」

 軽くたしなめられて首を竦めたヒデと俺に、男性は言った。

「そっか、真鍋先生がピザをおごってくれたんだ。きみたち、ピザが食いたかったんだよな。じゃあ、今日は俺がおごろう。学生は金がないのが当たり前なんだから、遠慮しなくていいよ」
「え、えと、いいんですか」
「いやだったら提案しないよ」

 背が高くて都会的なこの男も、音楽関係者だろうか。東京の音楽関係者ってかっこいいよな、と、俺は俺の知っている数少ないミュージシャンたちを思い浮かべる。合唱部の先輩にもキャプテンの金子さんをはじめとして、かっこいい男は多い。

 真鍋草太さんという音楽家は知らなかったが、クラシックの方だそうだ。ヒデは入学式のときに女の子たちが噂していたから名前を覚えたのだそうで、どんな音楽家なのかは知らなかったらしい。

「合唱部のために曲も残して下さってるんだよ」
「そうなんですか」
「真鍋先生と話せたとは、本庄くん、よかったね」
「はい」

 東京のピザはうまいけど高いから、おごってもらったときにしか食えないかな、なんてさもしいことを考えそうになって、俺も首をすくめる。阿部とだけ名乗った男性がミートピザを二枚オーダーしてくれて、単純にも嬉しくなってしまった。


SHIGE/18歳/END








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FS食べもの物語「トロピカルフルーツ」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

「トロピカルフルーツ」


 ずっとひとりっ子だったから、このままひとりっ子でいるのだろうとは考えたこともなかった。十二歳までの人生はひとりっ子で、それが当然だったから。

「章はひとりっ子だから気が弱くてね」
「兄弟がいたらこんなに自分勝手じゃなかったかもしれないのにね」
「だけど、今さらだよね」

 親戚のおばさんや母が話しているのを聞いて、勝手なことを言ってるのはあんたらじゃないかよ、と思ってはいたが、自分がよもやひとりっ子でなくなる日が来るとは、想像もしていなかった。

「章、赤ちゃんが生まれるのよ」
「誰が産むんだよ?」
「母さんに決まってるじゃないの」

 母が何歳なのかは知らないが、いいおばさんが子どもを産む? かっこ悪い!! と叫んで母を悲しませ、父に殴られた。あれから四年、弟の龍は幼稚な語彙ながらも一人前に喋るようになって、母とも会話をしていた。

「食べたかったな」
「だって、高かったんだもの」
「おいしいんでしょ?」
「母さんも食べたことないから知らないわ。癖があるとか言うね」
「くせって?」
「変わった味とか匂いとかがあるんだよ」
「ふーん」

 食べものの話らしいが、なんだろう? 十六歳になった章と話すときとはまったくちがった穏やかに辛抱強い調子で、母は龍と話している。ふーん、とつまらなさそうに応じて、龍が台所から出てきた。

「買ってほしかったのに、お母さん、ケチ」
「なにがほしかったんだ?」
「えっと、トロ……」
「まぐろのトロ? 魚?」
「ちがうよ、マンゴとかいうの」
「マンゴーか」

 果物には興味がないので、章はマンゴーなんぞを食べたいと思ったことはない。トロというのはトロピカルフルーツだろう。マンゴーってそんなに高かったっけ? うちってそんなに貧乏だったっけ?

「よし、そしたら、兄ちゃんが大人になったら買ってやるよ。バイトでもするようになったら買えるだろ。いや、それよりもトロピカルフルーツが実る南の島に連れていってやろうか」
「南の島? そっちがいい!!」

 指切りだよ、なんて、龍は章の指に指をからませてきた。普段はうるさいほうが勝る小さな弟が、あのときばかりは可愛く思えた。

 小さな弟だった龍は、章が親の家には寄りつかないでいた十二年ばかりの間に、兄を身長で追い抜いてしまっていた。章が三十歳、龍が十八歳。大学受験には全部失敗して、それでも東京に行きたくて……と上京してきた龍が、父の金庫からかっぱらってきたキーを使って章の部屋に入り込んでいたのを発見したときには、泥棒かと思った。

「あいつ、俺よりも乾さんに似てません?」
「顔はおまえに似てるよ。木村家って美男美女家系だろ。おまえのお母さんも美人なんだし、お父さんだって……」
「親父の顔なんて思い出したくもないし……おふくろはばあさんになっちまってるけど、ふたりの若かったころの写真だったら……」

 古臭いファッションをしてはいたが、へぇ、なかなか美男美女だな、と感じた記憶はあった。

「その上に龍は背が高いんだから、もてるだろうな」
「どうせ俺はちびですよ」
「……いやいや……」

 父親は章が大学を中退したと聞いて激怒し、勘当だーっ!! と宣言した。章がフォレストシンガーズのメンバーとして有名になってきていても、あの頑固親父は長男と和解しようとしない。そのくせ次男には甘くて、龍が東京で浪人することを許した。

 一浪の末に章が中退した大学に入学した龍は、仕送りもしてもらい、兄に小遣いももらい、時にはフォレストシンガーズの誰彼におごってもらったりもして優雅な学生生活を送っている。どこが優雅だっ?! と龍は怒るが、少なくとも章の学生時代よりははるかに恵まれていた。

 しかし、最近の龍は就活に疲れている。

「兄ちゃんはいいよなぁ。ちびだけど才能があるんだもん。俺の身長と兄ちゃんの才能、取り換えっこしない?」
「いやだ」
「だろうね。言ってみただけだよ」

 第一、章が承諾したとしても不可能ではないか。では、章も言うだけ言ってみよう。

「おまえを慰労してやるために、おまえがガキだったころの約束、実行してやろうか」
「なんの約束?」
「トロピカルフルーツを食いに、南の島に行く。今の俺にはおまえをタイでもセブでもタヒチでもバリでも、セイシェルにでも連れていってやれるぞ」
「……いらねぇよ。その分、小遣いくれ」

 弟の返答は、あまりにもあまりにも章の予想通りだった。

END







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FS食べもの物語「クレームアンジュ」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

「クレームアンジュ」


 おしゃれな店というのだろうか。外観もお菓子のようだ。
 淡いピンクの壁、ケーキみたいにも見える看板に「Un grand reve」とピンクの生クリームみたいな文字で書いてある。「reve」の「e」の上に「^」な記号がついてるってことは、フランス語だろうか。俺は敦子に尋ねた。

「この喫茶店に入るのか?」
「喫茶店じゃないの。カフェ」
「どうちがうんだ?」
「どうって……喫茶店とカフェはちがうのよ。本橋くん、入ろう」
「うん」

 双生児である兄貴たちの空手の試合を見にいったら、同じ中学校の女の子と会った。敦子の姉さんも空手をやっているのだそうで、兄や姉が空手をやっているという似た境遇だと知って話がはずみ、それからつきあうようになったのだ。

 中学三年生、来年は受験だから、先生や親に知られたら、男女交際なんてやってる場合じゃないだろ、と言われるかもしれない。中学生の男女交際はまだ早いと言う者もいるが、早くはない。俺の友達だって敦子の友達だって、彼女や彼氏がいると知るとうらやましがる。

 受験に専心しなくてはならない時期になったら、交際を一時ストップしてもいいかな、と俺は思う。敦子とそんな相談をしたわけではないが、今はまだ必死で勉強しなくてはならないほどでもないのだから、休日にデートするくらいはいいだろう。

 俺は彼女がいることを兄貴たちにだって親にだって内緒にしているが、敦子は姉さんには喋っているらしい。そのおかげで姉さんが遊園地の入園チケットをくれたというので、ふたりで遊んできた。

 乗り物にも乗り放題のチケットだったから、金がかからずにすんでよかった。昼食のハンバーガーは俺が払い、帰りの喫茶店……ではなくてカフェか、それも俺がおごるつもりで、敦子に行きたい店を選べと言ったら、ここに連れてこられたのだった。

「可愛いね、あれ」
「あの人形? まあな」
「素敵なインテリア。あたしも大人になったらこんな店、やりたいな」
「喫茶店を経営するのか」
「カフェだってば」

 ウェイトレスがメニューを持ってくる。うわ、高っ、と叫びそうになる。俺は女の子とデートするなんてはじめてだから、こんなカフェに入るのもはじめてだ。
 男友達とだったら安くて腹がふくれるものを食える店に入る。親とだったら高そうな店にも行くが、兄貴たちとだってこんな店には入らない。兄貴たちは大食らいの大男だから、喫茶店なんてものにもめったに入らない。連れていかれるのは牛丼屋やファストフードショップばかりだ。

 この値段だったら夕飯代より高いよな。中学生なんだからあまり遅くはなれないから、夕飯じゃなくてお茶にしたけど、こんな値段ってぼったくりだろ。
 それに、このメニューの名前はなんだ? ケーキの名前か? コーヒーや紅茶のコーナーにもややこしい外国語が並んでいて、俺にはなんなのかわからない。「ティラミス」「パンナコッタ」「カヌレ」「クイニーアマン」ってなんだろ?

「あたしはクレームアンジュにしようかな」
「なんだ、それ? 安寿と厨子王?」
「……? そっちこそ、なんだ、それ? 本橋くんったら、クレームアンジュを知らないの?」
「知ってるよ。知ってる」

 軽蔑の目で言われたら、知らないとは言えなくなってしまう。俺は甘いものは嫌いだし、メニューの大半が知らない食いものなので、わかやりやすいものを選んだ。

「俺はアイスコーヒーと、チーズとハムのクレープ」
「お茶の時間なのに、甘いものは食べないの?」
「えーっと……」

 美人のウェイトレスに注目されているのもあって、甘いのは嫌いだとは言えなくなってしまった。クレープに包んであるものは惣菜ふうならば、ツナだの卵だのと見当がつくのだが、甘いほうは名前を飾り立ててあってわかりづらい。
 イヴォンヌのクレープってなんだ? ホットケーキはないのか? シュー・ア・ラ・クレームってシュークリームか? ちがうのかもしれないし、シュークリームは嫌いだし。

「えっと……クレームドカカオにしようかな」
「お客さん、未成年でしょ。クレームドカカオはお酒ですよ」
「もうっ、本橋くんったら、恥ずかしいことを言わないで」
「……ごめん」
「だったらね、クレームアンジュをふたつ。それでいいでしょ」
「うん、いいよ」

 クレームアンジュってなんなのか知らないし、第一、高いし、とも言えなくなって、それでいいよ、と呟くしかなかった。

 出てきたものはチーズとも生クリームともつかないデザートで、赤っぽいジャムのようなソースのようなものがかかっている。おしゃれ、おいしい、と敦子ははしゃいでいたが、俺にはおいしくもない。食いものっておしゃれだったらいいのか? 美味のほうが大切じゃないんだろうか。

 甘いのは嫌いってことは、俺は将来は酒飲みになるのかな。兄貴たちは高校のときから、親父と三人でビールを飲んだりしていた。二十歳をすぎた今はふたりともに酒豪だ。俺もああなるのかな。ビールだったら飲んだことはあるけど、そんなにうまいとも思わなかった。コーヒーのほうがうまいよな。

 そんなことを考えながら白い食いものをつついている俺に、敦子が楽しそうに話しかけてくる。敦子はこのクレームアンジュをたいそうおいしいと思っているようでご機嫌だった。

「あのアトラクション、怖かったけど面白かったよね。本橋くんはジェットコースターとか絶叫マシンとかも平気なんだ。そういうところは男らしいかも」
「あ、そう? そうかもな」
「そうだよ。本橋くんは男らしいって、あたしの友達も言ってる。うん、おいしい」
「うん、よかったな」

 女の子ってわがままで口うるさくて、手のかかる存在だけど、やっぱり可愛いかもな。敦子の機嫌がよければ、なぜか俺も気分がよくなってくるのだった。


真次郎14歳/ END








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FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2017/7

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2017/7 フォレストシンガーズ 超ショートストーリィ


 手の中には小さな和菓子がひとつ。汗をかくんだから糖分を補給しなくちゃね、と祖母が言って持たせたものだ。

「あんたは和菓子屋の息子なんだから、甘いものは嫌いだなんて親不孝なことは許されないんだよ」
「汗をかいたら必要なのは、糖分じゃなくて塩分だろ」
「これも持っていけばいいよ」

 もうひとつ、渡されたスポーツドリンクの成分を見れば、ビタミンや塩分の他に糖分も入っている。おばあちゃんの知恵袋とかいうのはまちがってはいないのだろうし、和菓子ひとつくらいは邪魔にもならないので持ってきた。

 金沢の中学一年生、乾隆也。
 夏休みの自由研究の題材を探すために、郊外の森にやってきた。

 自由研究だったら理系じゃなくて、得意な文系のほうがいいな。
 適当な岩に腰かけて、祖母が作ってくれたおにぎりを食べる。和菓子はデザートであろうが、甘いものを最後にすると口の中に甘ったるい味が残りそうで、先に食べてしまうことにした。

「しずけさや岩にしみいる蝉の声」

 そうそう、こっちの研究のほうがいい。

 文字通りというか、俳句通りというか、松尾芭蕉のこの句がぴったりすぎるシチュエーションだ。隆也以外の人間はおそらく誰もいない小さな森の中、静けさに浸る隆也の頭上から蝉の声が降りそそぐ。

「あんたのお父さんは変人だから、このお菓子はね……」

 でこぼこした小豆で覆った水ようかん、見た目が岩に似ているからと、和菓子職人の父がこの菓子に「蝉しぐれ」と命名した。蝉しぐれに包まれて「蝉しぐれ」を食べるのは、中学生には乙すぎて気恥ずかしいような……。

TAKA/12/END



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FS超ショートストーリィ・四季のうた・真次郎「夏の真」

番外編

フォレストシンガーズ

四季のうた

「夏の真」

 脚が四本、砂浜に並んでいる。
 ごつごつしたおのれの脚と並んでいるのは、すらっと長い綺麗な脚。彼女は一般的な意味での美人ではないと真次郎は思う。プロポーションも背が高すぎて細すぎると思うが、着こなしは素晴らしくいい。脚もまっすぐで美しく、さすがモデル、なのだろうとは思えた。

 モデルなんか趣味じゃないのにな。
 シンガーとモデルのカップルなんてありふれすぎてて、恥かしいくらいなのにな。
 でも、彼女がモデルだから好きになったのではなくて。
 好き……好きは好きだけど、ただそれだけで、それよりも。

「なんかちょっと疲れたね。戻らない?」
「そうだな。行こうか」

 ホテルに戻ったら水着をはずしてシャワーを浴びて、それからそれから……それからすることが、俺のいちばんしたいこと。そこに真実なんかあるんだろうか。

 真実の「真」は真次郎の真。俺の名前の中に「真」はあるんだから、俺の想いや行為の中にもあるのかどうかなんて、考えるのはやめておこう。

 陽が翳りはじめている中、長身の彼女の肩を抱いて砂浜を歩いていく。真次郎のしたいこと、彼女もしたがっているはずのこと。それだって「真実」なのはまちがいない。

SHIN/25/END


 







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FS食べもの物語「カツサンド」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

食べもの物語

「カツサンド」

 手をつないでもえいがか? そう訊いてから彼女がうなずいたら手を取る。それが正しい方法なのだろうか。訊くべきかとも思ったのだが、喉にからまったようになって言葉が出てこない。あのときの俺はどうしても訊けなくて、手を伸ばして彼女の指を一本、つまんだ。

「……」
「…………」

 彼女もなにも言わず、赤くなってうつむいていたっけ。

「それが初デート?」
「そうだよ。十二歳のときだったな」

 十二歳なんて純情なのが当たり前だ。変な知識だけは頭の中に詰まっていても、実践はしたことがない。男友達と下ネタで盛り上がったりはしたし、俺には妹がいるので身近に女の子の存在もあったのだが、妹は厳密には女の子ではない。後輩の三沢幸生にも妹がいるので、この感覚は共有できるようだ。

「どこに行く?」
「お母さんが、映画やとかはいかんちゅうて……暗いから……」
「そうか。ほしたら、ハイキングにしよか」
「それやったらえいがかな。うち、お弁当つくるきに」

 四国は高知県の、約十年前の十二歳だ。母親の言いつけを素直に守る女の子、女の子のいやがることはしないと決めていた男の子。

 あの男の子だった小笠原英彦は、成長して大学生になった。高校生で初体験はすませ、最近はすれてしまって、ナンパだってやる。遊びで女の子と寝たりもする。大学の合唱部で知り合い、はじめは喧嘩ばかりしていた柳本恵と、なりゆきでつきあうようになったが、これは遊びではないのか?

 大学生が真剣につきあったところで、普通は結婚までは考えない。恵を好きだからつきあってるんだろ? 恋人なんだろ? と誰かに質問されればうなずくが、情熱のようなものはなかった。

 茨城県の海辺出身の恵と、高知県出身の俺は気性が似ている。どっちも荒い。俺は優しい女の子が好きなはずだったのだが、どうしてだかこんな女につかまってしまった。好都合なのはともにひとり暮らしだから、ホテル代不要。彼女の親の目や耳を気にする必要もないってことか。

 片付いているほどでもないが、俺の部屋よりは整理整頓されている恵のマンションで、ふたりで持ちよりメシ。恵の父親は茨城で水産物会社を経営しているので、上等なスルメや干物なども出てきていた。

 初デートっていつだった? 覚えてる? と言い出したのは恵だ。

「私は高校のときかなぁ。映画を観にいったの」
「俺は中学一年のときだよ」
「ませてたんだね」
「そうかな」

 はじめてのなにか、というのは意外と覚えている。初デート、ファーストキス、初恋、初失恋、ファーストセックス、ファーストナンパ、それらは全部、土佐で高校生の間にすませて東京に出てきた。

「ファーストエッチは?」
「そういうことは訊かないのが礼儀でしょ」
「そうだな」

 ちょっとだけ知りたかったが、しつこくはしないでおこう。
 あら、ヒデとのエッチが初だよ、ととぼけるほどに厚顔無恥ではない女だとわかっただけでも収穫ではないか。

「そんな話題を出したせいで……」
「駄目だよ。食べてから」
「食うのは休憩しようよ」
「ダメダメ」

 こっちは厚顔無恥になってしまって、あの純情な少年はどこに行ったのだ? と苦笑してしまう。十年もたっていないのに、人は変わるものなのだ。

「あ、これも買ったんだった。これ、おいしいよ」
「カツサンド……ますます思い出すよ」

 抱きすくめようとする俺の腕から抜け出して、恵がサンドイッチの箱を差し出した。十二歳のときの彼女が作ってきた弁当もカツサンドだった。

「昨日、お母さんに教えてもらって私が揚げたんぞね」
「うん、上手にできてるな」
「おいしい?」
「うまーい!!」

 見上げた土佐の青空も思い出す。

「まだ初デートの話? 私とおうちデートしてるんだから、そんな大昔のことばかり想い出すなよ」

 自分から初デートの話をはじめたくせに、恵は怒っている。
 怒るってことは、恵はやっぱり俺に惚れてるんだな、とひとりでにやついてみた。

END








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花物語2017/7「段菊」

ショートストーリィ(花物語)

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2017/7 花物語

「段菊」

 面と向かって人にこんなことを言うとは、やはり日本人ではないからなのだろうか。幼いころから祖父母の家にいることが多かった摂子には、謙譲の美徳、人には遠慮を、気遣いを、思いやりを、という教えが身についてしまっていて、ケィティにはむしろ見とれてしまっていた。

「あんたって暗いね」
「そ、そう……? えーっと、ケィティさんって日本語、上手なのね」
「私、語学の天才だから」

 他人を暗いと決めつけるのもだが、自分で自分を天才だと言うのも、摂子には信じられなかった。

 中学生にもなって摂子は字が下手すぎる。幼稚園くらいから習字をやっておくべきだった。摂子のお母さんには余裕がなかったのだから仕方ないし、まだ手遅れではないから、書道教室に通わせよう、そうそう、それがいい。
 本人には相談もせず、祖父母が決めてきた習い事だ。先週、はじめて教室にやってきて、中学生コースの仲間たちとは挨拶だけはかわしていた。

 幼児、小学生、中学生、高校生、成人。
 この書道教室は五つのコースに分かれている。小学生と成人はなかなかに盛況なのだが、幼児のほうは遊びのようなもの。高校生も少ないが、中学生は生徒数がさらに少ない。

 もっとも数の少ない中学生コースには、イギリス人がいるとは聞いていた。先回はケィティという名前だと教わった彼女は欠席だったのだが、摂子についてはケィティも聞かされていたのだろう。イギリス人で摂子と同い年とだけは聞いていたが、摂子は突っ込んだ質問はしなかった。

 イギリス人だったら日本語は得意じゃないんだろうな、と思っていたのだが、ケィティは日本人と変わらない話し方をする。自称天才は本当なのかもしれなかった。

 なんて不躾な子なんだろ、と初対面で感じたケィティとは、それでもじきに雑談だったらする仲になった。ケィティ、セツコ、と呼び合うようになるにつれ、彼女はいくつもの質問をした。

「それでそんなに暗くなったの?」
「きっとそうだね」
「ふぅぅん」

 不審そうな、うさんくさそうな目。ケィティにそんな目で見られて、摂子のほうは目を伏せた。

 起床して身支度をして祖父母の家に送っていかれ、祖母に保育園に連れられていった幼児期。
 小学校にはきっちり戸締りをしてからひとりで登校した。四年生までは学童保育に行き、学童の放課後は祖母の家に帰って夕食と入浴。時にはそのまま泊まることもあった。

「摂子のお父さんは、お母さんが忙しく働きすぎるのが不満なんだって。お母さんの収入がいいからお父さんは楽できたってのもあるはずなのに、結局は家事ができないだとか、摂子の育児を私にまかせすぎだってのが気に入らないみたいだよ。だったらあんたが家事も育児もすればいいんだ」
「おばあちゃん……」
「離婚するらしいけど、摂子は今までとそんなに変わらないから大丈夫」

 たしかに祖母の言う通りで、摂子の生活は両親の離婚後もさして変化しなかった。

 官庁の管理職である母はたいへんに多忙で、だからこそ摂子は母方の祖母に育てられたようなものだ。そうと知るようになったのは、両親が離婚した摂子、小学校五年生のとき。摂子の親権は母が持ち、摂子は母とふたり暮らしになったマンションから小学校に通う。食事や入浴は平日はたいてい祖父母宅でだった。

 離婚にあたって両親がどんな話し合いをしたのかは、摂子は詳らかには聞かされていない。祖母によると、父さんは摂子には別に会いたくもないらしいね、とのことで、事実、父とはあれきり一度も会っていなかった。

「それで傷ついて、摂子は暗い女になったんだ」
「そうかもしれないと思うよ」

 一年ほどの間に、摂子はケィティのさまざまな質問に答えた。ケィティはあまり自分の話をしなかったのだが、摂子からおよその境遇を聴き出してから話してくれた。

「私の親はかなり年取ってるの。摂子のおばあちゃんと変わらない年なんじゃないかな」
「おばあちゃん、六十すぎてるよ」
「うちのパパも五十すぎてるよ」

 中学二年生から見れば、五十代も六十代も似たような年頃である。

「パパもママも何回離婚したかなぁ。私の実のパパは三回、実のママは二回だっけ? 三回だっけ? 離婚しては再婚するから、ステップファーザーやステップマザーも何人も何人もいて、いちいち覚えてらんないの。そのステップの人たちも離婚したり再婚したりしてるから、私と関係のある大人がいーっぱいいるんだよ」
「ほぇぇ」
「もちろんパパやママにもパパやママがいて、生きてたり死んでたりするんだけど、それも覚えてない。だって、グランマやグランパだって何度かは離婚してるよ。一度も離婚したことのない大人なんて、イギリスにはいないんじゃないかな」

 ほぇぇ、へぇぇ、としか摂子には返答できない。これぞまさしくカルチャーショックだ。

「どのパパがどうでどのママがどうで、グランパは? グランマは? ややこしいから覚えてるのもやめたの」
「そうなんだ」
「そうなんだよ。でね、私の親権は実のパパが持ってて、去年、日本人と再婚したのね。三回目だったか四回目だったか忘れたけど、パパは新しい奥さんが大好きで、私を連れて来日したの。パパの新しい奥さんはお喋りだから、私もじきに日本語を覚えたよ」
「パパの新しい奥さん……ケィティの新しいママ……」
「ママってのは世の中にひとりだけだから、あのひとはパパの新しい奥さん。ママじゃないよ」
「そのひと、嫌いなの?」
「ううん。けっこう好き」

 私なんかはそうなのに、明るいでしょ? なんで一回両親が離婚したくらいで暗いの? 馬鹿らしいじゃん、とケィティは言いたかったのだと解釈した。

「摂子、このごろ元気ね。おばあちゃんも安心したわ」
「うん。ケィティのおかげ」

 三年生の夏休みに、摂子はケィティのパパとパパの新しい奥さん、だとケィティの言う女性との家に遊びにいった。庭に咲いていた紫の花を、その女性が摂子にプレゼントしてくれた。

「菊ですか?」
「段菊っていうのよ。シソ科だけど、菊に似てるでしょ。この花の花言葉は、悩みとかわがままとか、あまりよくないんだけど、大人のわがままで悩んでしまう少女のために……なんてね」

 複雑な気分で受け取った摂子を見て、ケィティは笑っていた。

 高校はケィティとは別々になったのだが、淡い茶色の髪にグリーンの瞳の彼女とともに、紫の段菊の花の印象は鮮烈に残った。
 大学を卒業した摂子が一般企業に就職したころには、離婚が珍しかった時代も去って平成の世の中になった。摂子は祖母の友人の紹介で結婚し、子どもが三人できてワーキングマザーとして生きてきた。

 あれっきり一度も父には会っていない。祖父は亡くなったが、祖母と母は摂子の住まいとは近居で元気にしている。母は官庁の重要なポストに就き、祖母が主婦のように家庭の切り盛りをしていた。

「母さん、俺、結婚しようと思うんだ」
「あら、おめでとう。紹介してちょうだいよ」

 三番目の子どもである長男が言い出したとき、摂子は気軽に応じた。

「今どきとしてはちょっと早めだろうけど、いいよね。どんなひと……って、会わせてもらったらわかるから連れておいで」
「彼女……先に言っておくよ。バツ三なんだ。子どもができない体質だからって、一度目は夫に離婚をつきつけられた。二度目と三度目は不妊症だと知ってて結婚したのに、相手に言われたんだそうだよ。やっぱり……子どもがほしいって」
「……そうなの、わかったわ」
「母さん、反対しないの?」
「そんなのするわけないでしょう。彼女が悪いわけじゃなし」

 ありがとう、と息子は言ってくれたが、娘たちは言った。

「えええ? バツ三? あり得ない」
「バツイチだっていやなのに、三回? そんなの、母さん賛成したの? 父さんは?」
「あのね……」

 なぜ三度も離婚を? と夫は言ったが、事情を説明すればわかってくれた。それにしてもな……とぶつぶつぼやいていたのは、もろ手を挙げて賛成というわけでもないのだろう。

 こういう事情で三度の離婚をした女性なのよ、と説明すると、娘たちも納得はしてくれたが、年上なんでしょ? そのひと、男を見る目ないよね、わかるけど、弟がそんな女性と結婚するってのはね、子どもはできないんだよね……と難色を示していた。摂子の母も祖母も、そうと話すとなんとなく渋面を作っていた。

 平成も三十年近くになる現代でも、日本人は離婚に偏見を持っている。息子と彼女はすこしばかり特殊なケースとはいえ、バツ三は相当だろう。摂子だってそんな事情がなければ、いやだなぁと感じたかもしれない。

「母さんだって離婚したくせに」
「私は好きで別れたんじゃないわ。父さんが……」
「彼女も同じよ」
「そうねぇ。でもねぇ、世間がねぇ……」
「ああ、それは私も気になるわ」

 反対したいらしい母の顔を見ながら、摂子は考える。
 中学校を卒業してからは連絡もないケィティは、どこでどうしているのかしら。彼女も結婚して、二度や三度の離婚や再婚を経験しているのだろうか。私は離婚はしなかったけど、息子がそんなことを言い出しているのよ。

 あなたのおかげかしらね。離婚を色眼鏡で見なくなったのは。

 ケィティ、もう一度会いたいわ。あなただったらなんと言うか。息子の結婚についてではなく、周囲の人々の態度についての意見を聴きたい。身内がこうなのだから、他人はなんと噂するのか。それだけは気になって仕方ない私に、あのころのように元気をちょうだい。

 END








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FS食べもの物語「ハンバーグステーキ」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ


「ハンバーグステーキ」

 
 学校から帰ると母は買い物にいっていた。妹たちも幸生よりも早く帰ったようで、母と一緒に出かけていた。幸生は猫のミミとピピをいっぺんに抱き寄せて話しかけた。

「昨日、母さんが言ったんだよ。明日はなにを食べたい? って。だからさ、ハンバーグって言ったんだ。しばらく作ってないからいいかもね、よし、そうしよう、って母さんが言ってた。今夜はハンバーグだぞぉ。ミミとピピも食べたい? ちょっとだけ残しておいてこっそり分けてやるよ」

 ハンバーグが食べられると思うと、口の中がハンバーグモードになる。楽しみにしていたのに、だから宿題も早くすませて、ハンバーグハンバーグやっほー!! と歌いながら二階から降りてきたのに。

「あれぇ? ハンバーグじゃないの?」
「あらっ、そういえば幸生にはそう言ったよね。忘れてたわ」
「ええっ?! そんなぁ……」

 スーパーマーケットで安売りをしていたとかで、今夜はポークステーキなのだそうだ。幸生は心底がっかりして、口をききたくなくなった。

「いっただきまーす」
「ポークステーキだったらりんごとパインも焼いて付け合わせにするといいって、雑誌に載ってたのよ。どう、おいしい、雅美、輝美、幸生?」

 おいしい!! とふたりの妹は叫び、父も、うんうん、うまいな、とにこにこしている。母も満悦の表情になって幸生を見た。

「どうしたの、幸生がごはんのときにお喋りしないなんて、熱でもあるんじゃない?」
「だって、ハンバーグ……口がハンバーグ食べたいって言ってて、お喋りできないんだよ」
「まだ言ってるの?」
「ハンバーグと豚肉なんてよく似たものじゃないか」
「そうだよ。同じお肉だもん」
「お兄ちゃんったらなにをぐだぐだ言ってんの? 男らしくないんだからぁ」

 家族総出で責められて腹が立って、幸生は言い返した。

「こんなのおいしくないよっ。母さんが豚肉食べてたら共食いみたいで、オレは食欲がなくなっちまうんだよっ!!」
「幸生っ!!」
「そんなことを言う子は食べなくていい。二階に行きなさい」

 母は般若の形相になり、父はきびしく言い放つ。こうなれば意地もあるので、幸生としてもあやまる気にもならずに箸を投げ出して二階に上がった。

 階下からは一家団欒の声が聴こえてくる。幸生はひとりぼっちで、猫たちも二階には来てくれない。起きていると泣いてしまいそうだったので、布団にもぐり込んだ。
 が、眠れない。布団の中でぼーっと目を開けていると空腹感がつのる。いつだったか、テレビドラマで見たワンシーンを思い出した。

 小学生の男の子がなにかで父親に叱られて、晩ごはんヌキの罰を言い渡される。おなかがすいたなぁ、としょんぼりしていると、母がそおっと男の子の部屋に入ってきて、お父さんには内緒よ、とおにぎりを置いていってくれるのだ。
 うちの母さんもそうしてくれるかも……と期待していたのだが、ついぞそんな気配もなかった。

「薄情もの。オレって母さんと父さんの実の子じゃないのかも。腹減ったなぁ。ハンバーグ、食べたいなぁ。口の中がまだ、ハンバーグ、ハンバーグって言ってるよ。ポークステーキだったら焼くときの匂いは似てるから、直前までだまされてたんだもんな」

 布団の中でぶちぶち呟いているうちには眠ってしまって、翌日。

「今日はパートに行くからちょっと遅くなるかもしれないの。ごはんの支度はできるように帰ってくるから、お留守番していてね」

 独身時代には銀行員で、父とは職場結婚をして退職した母は、子どもたちが小学生になってからは時たまもとの銀行にパートに行く。そんな日には幸生が妹たちの面倒を見なくてはいけない。もっとも、雅美は幸生とひとつしかちがわないので、輝美の面倒も彼女が見てくれているようなものだ。

「そうだ、よーし」

 貯金箱からとっておきの千円札を出して、幸生は放課後にスーパーマーケットに行った。
 家に帰ると玉ねぎをみじん切りにして、パン粉と合いびき肉と卵を入れて手でぐっちゃぐっちゃとかき混ぜる。大好物のハンバーグの作り方は、母が料理しているのを見て覚えてしまった。

 雅美と輝美はふたりで遊びにいっているから、邪魔される恐れもない。お兄ちゃんったらまだハンバーグって言ってる、男らしくないんだからっ!! とからかわれると怒ってしまって暴力をふるってしまうから、そうすると今夜も父に叱られるから、ひとりでいられてラッキーだった。

「あ、だけど、留守番してるときに火を使ったらいけないって言われてるんだ。ミミ、ピピ、どうしたらいいと思う?」

 いい匂いがするせいなのか、ミミとピピは幸生の足元にいる。ハンバーグのタネを混ぜることはできても、成形して焼き上げる自信がなくて、幸生はボールの中を見つめていた。

「ただいまぁ」
「……父さん、お帰りなさい。早いね」
「今日は母さんが残業だって言うから、父さんが早く帰ってきたんだよ。なにやってんだ?」
「え? えーと……」

 ボールの中でぐちゃぐちゃになっているものを見れば、父にもなにをやっているのかは一目瞭然だったのだろう。呆れたように笑って幸生の頭に手を乗せた。

「一緒に丸めて焼こうか。母さんに頼まれたわけでもないんだろ」
「オレが食べたくて……」
「おかずができてたら母さんも喜ぶかもな。着替えるから待ってろ」
「うん」

 父の足元にすり寄っていく、ミミとピピにも言ってみた。

「おまえたちもハンバーグ、食べたいだろ? オレが作ったんだからちょっとだけあげるよ」
「……馬鹿」
「え? なんで?」
「猫には玉ねぎは厳禁だぞ。知らなかったのか?」
「そうなの?」

 誰も教えてくれなかったのだから、知らないに決まっているではないか。そうなんだって、とミミとピピを見やると、猫たちは不満そうに、にっ、みゃっ、と鳴いた。
 父がエプロンを二枚持ってきて、一枚を幸生につけてくれる。玄関の戸が開いて、ただいまぁ、と妹たちの声がする。幸生は背伸びして父の耳元に素早く囁いた。

「ハンバーグは父さんが作ったんだって言っといて」
「ん? どうして?」
「男らしくないって言われるから」
「……いつまでもこだわってるからってか? ああ、わかった。そう言っておくよ」

 男の気持ちは男同士にしかわかんないんだよね。ウィンクしてくれた父にウィンクを返し、幸生は自分のためには特大ハンバーグを作るつもりで、ボールの中に手を突っ込んだ。

 
幸生10歳/END







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FS超ショートストーリィ・四季のうた・繁之「夏の間」

番外編

フォレストシンガーズ

超ショートストーリィ・四季のうた

「夏の間」

 
 一瞬の沈黙、しらじらーっとした間。
 シラケ鳥飛んでいく……なんて歌があったなぁと、繁之はその場の気まずい空気の中で考えていた。KYなんて言葉もあるよな。俺はこの場の気まずい空気ってやつは読めているけど、KYの「空気」は別の意味なのかな。

 仕事でやってきた夏の海岸。仕事とはいえ若い男女が集まっているのだから、プライベートタイムにはみんなで飲んで食べて騒ごうか、ということになる。

 フォレストシンガーズの仲間たちは、繁之から見ればみんなもてる男だ。次から次へと恋をして、彼女を作っている。そうすることには苦悩もあるのだろうが、そんな苦悩だったら俺もしてみたいよ、である。

 ……これなんだな、俺がもてない理由のひとつは。
 もてない理由はひとつではないだろうが、この白々しい空気を繁之ひとりでは打破できないから、女性を引きつけられないというのはまちがいなくありそうだ。

 理由がわかったからといってどうすることもできず。
 
「ああ、そうそう、それでね……ね、乾さん、この間さ……」
「ん? ああ、そうだった」
「あ、あれですよね。ねぇ、こんな話知ってる?」
「昔々、あるところに……」
「リーダーったら、ちがいますってばっ」

 口火を切ったのは幸生、隆也が振りに乗っかり、章も即座に反応する。「この話」の意味はわかっていないのかもしれないが、真次郎も反応して女の子たちが盛り上がる。

 たったひとり、話題に入っていくこともできなくて、繁之の周りだけ空気がちがっているような。間、間、間だらけみたいな……。

SHIGE/25/END






 


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プロフィール

はーい、ユキちゃんでーす。本橋真次郎、乾隆也、本庄繁之、木村章、そして、私、三沢幸生からなる五人のフォレストシンガーズストーリィを、ぜひぜひ読んで下さいませませっ。我々五人と山田美江子、小笠原英彦のメインキャラに加えて、他にもいろんなひとが登場しますが、ストーリィはすべてつながっていますので、どれかから読んでいただいて興味を持ってもらえたら、他のも読んでね。そして、別小説もあります。読んでいただけましたら、コメントなどいただけると最高に嬉しいです。よろしくお願いします。

quian

Author:quian
フォレストシンガーズ
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