茜いろの森

プロフィール

はーい、ユキちゃんでーす。本橋真次郎、乾隆也、本庄繁之、木村章、そして、私、三沢幸生からなる五人のフォレストシンガーズストーリィを、ぜひぜひ読んで下さいませませっ。我々五人と山田美江子、小笠原英彦のメインキャラに加えて、他にもいろんなひとが登場しますが、ストーリィはすべてつながっていますので、どれかから読んでいただいて興味を持ってもらえたら、他のも読んでね。そして、別小説もあります。読んでいただけましたら、コメントなどいただけると最高に嬉しいです。よろしくお願いします。

quian

Author:quian
フォレストシンガーズ
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はじめていらして下さった方へ❤

ようこそいらっしゃいませ

はじめて「茜いろの森」をご訪問して下さった方、
ありがとうございます。
当ブログのコンテンツのようなものについて、説明させていただきます。

「NOVEL」と番外編はフォレストシンガーズ小説で、
全部がつながっています。
フォレストシンガーズの五人、
本橋真次郎、乾隆也、本庄繁之、三沢幸生、木村章。
及び、山田美江子、小笠原英彦。

メインとなるのはこの七人で、
彼らとどこかしらでつながりのある人々が、
別の物語になって動いていたりもします。

フォレストシンガーズキャラクター相関図」も、お粗末ながら作ってみました。

番外編はフォレストシンガーズ以外のキャラが主役、
のはずだったのが、
いつしか妄想ストーリィメインになりました。

「未分類」は言い訳、ご挨拶、お願いなどなど。
「FOREST SINGERS」には第一部からの完了記念企画やら、
著者が彼らに書かせたエッセイやら(そうなんですよ)を載せています。

「内容紹介」はあらすじ、タイトルの曲名説明、
などなどです。

「ショートストーリィ」は、茜いろの森の小説は長すぎる、とおっしゃる方のため、
はじめてご訪問くださった方に、おためしで読んでいただくための、ごく短い小説を置いています。
ただいまのところ「ショートストーリィ」カテゴリには、musician、しりとり、などがあります。
興味を持って下さったら、メインのフォレストシンガーズノヴェルも覗いてみて下さいね。

「別小説」は同人誌仲間と書いたリレー小説の番外編、友人のクリエストで書いた小説、
私が昔から書いているフォレストシンガーズではない小説もあります。
そっちにもフォレストシンガーズの誰かが顔を出す場合もあるのは、
著者の趣味です。

そこから独立した、グラブダブドリブやらBL小説家シリーズやら、リクエストいただいて書いた小説などもあります。
BLとはそう、あれ、BL小説家の桜庭しおん作の過激な小説が作中作として出てきますので、お嫌いな方はくれぐれもごらんになりませぬよう。

他にもBLがかった物語もありますので、そういう場合は「注意」と赤字を入れておきます。

「共作」はまやちさんとの共作。
「連載」は私も連載をやってみたくてはじめた、ロックバンドの物語です。
ひとつひとつがおよそ1000字ほどですので、お気軽に入っていってやって下さいませ。

「お遊び篇」は、またややこしくて、
えーと、つまり、フォレストシンガーズストーリィのキャラたちが名前はそのままで、
別人になって別世界に生きている物語です。
すみません。

「リレー」カテゴリもあります。
その他、これからも増やしていく予定であります。

こんなアンケートを作りました。同じものがトップページにもあります。
できましたら投票して下さいな。楽しみにしております。














どれから読もうかな? の方へ・追伸

フォレストシンガーズについて、などなど


四年ほど前に私の頭の中に生まれてきたアキラ。
「俺はもとからいたんだから、生まれてきたんじゃないんだよ」
と、本人は主張しておりますが。
本人の主張はさておき、アキラが生まれてきたおかげでフォレストシンガーズが誕生しました。

凝り性で、そのくせ飽きると離れていってしまうという著者が、唯一、何十年も飽きずに凝りまくっているのが「小説を書く」ということ。

昔は投稿したり、紙の同人誌を作って発表したりしていました。
この時代になって、ホームページを作ろうかと思い、むずかしそうだから避けていて。
そんなころにフォレストシンガーズの小説を書き溜めていましたので、そうだ、ブログで発表しよう!! と決めたのでした。

そうしてフォレストシンガーズメインの「茜いろの森」を創設してから約二年半。
最近はグラブダブドリブ、ジョーカー、しおんとネネのシリーズや連載。
ショートストーリィなども書いてはいますが、やはりメインはフォレストシンガーズです。

「茜いろの森」をご訪問下さった方で、フォレストシンガーズってなに? と興味を示していただけた方は、「内容紹介」、「forestsingers」カテゴリをお開き下さいませ。
All title list(作品数が多いので、2ページになっています)の中にあります。

そのカテゴリの中の「こんなお話です」に目を通していただけると幸いです。

小説でしたら、ショートストーリィ(musician)の中のフォレストシンガーズ物語、一話~七話までをお読みいただけるのが、いちばん最初でしたら最適かと思われます。
フォレストシンガーズストーリィ1-第一話「はじまり」

どれから読もうかな? の方へ
「The Chronicle・ショートバージョン」
もわりあい短めです。

長くてもいいとおっしゃる方には、「The Chronicle」全11話のロングバージョンもございます。
小説200(The Chronicle)第一部

その他にもフォレストシンガーズストーリィはあちこちに散らばっております。
お急ぎでない方は「あらすじ」なども見ていただいて、お好みに合うストーリィを見つけていって下さいませ。

みなさまのアクセスや拍手、コメントなどは著者の最大の喜び、励みでございます。
変なコメント(変というのは種々ありますが)でない限りは必ずお返事させていただきます。
URLを残していただければ、コメントを下さった方のブログにも遊びにいかせてもらいますねー。

さて。
いついつまでもブログを続けていきたい、というのが私の最大の希望でもありますので、今後ともどうぞよろしくお願いします。
こんなミニアンケートにも、よろしかったらお答え下さいね。




2013/8月
津々井茜



どれから読もうかな? の方へ

2011/5/28

「The Chronicle・ショートバージョン」

**はじめに

 長い「The Chronicle」をブログにアップしてから、考えました。
 はじめてフォレストシンガーズストーリィを読んで下さる方は、「The Chronicle」から読んでいだけるといいな。彼らの大学一年生から三十歳までの物語だから、ちょうどいいな。
 でも、最初に読んでいただくには長すぎるかも。
 ならば、ショートバージョンを書こうと決めて書いたのがこのストーリィです。「The Chronicle」の抜粋ではなく、エッセンスを抽出して短くまとめたものですので、長いのも短いのも両方読んでいただけると嬉しいです。
 このストーリィを読んでフォレストシンガーズに興味を持って下さった方は、「The Chronicle」本編もぜひどうぞ。もちろんその他のたくさんたくさんあるストーリィも、読んでいただけると嬉しくて嬉しくて、著者は舞い上がってしまいまする。

 なお、これでも長いだろ、とおっしゃる方には、さらに短いのもあります。
フォレストシンガーズストーリィ1-第一話「はじまり」
ここからスタートする七つのストーリィも、よろしくお願いします。

 ではでは、ショートバージョン、お楽しみ下さいませ~。



1・真次郎

 七つも年上の兄貴たちに育てられた十八歳の暴れん坊が、桜の花なんて気にしているわけもない。あのころの俺は桜なんて見てもいなかっただろうけれど、この季節になると思い出す。あの日もこうして桜が満開に咲き誇っていた。
 桜吹雪と聞くと遠山の金さんを思い出す俺にも、自分自身の桜吹雪の思い出はある。大学の入学式、俺の運命を決めた日。大仰に言えばそうだったのかもしれない。
 空手家で双生児の兄貴たちに反発したいためもあって、俺はスポーツ嫌いだった。好きなものはたくさんたくさんあれど、中では音楽がもっとも好き。ピアノも好きでクラシック音楽も好きだったのだが、オーケストラなんて俺のガラじゃねえや、だった。
 サークルに入ろうとして迷った末に、俺は合唱部を選んだ。新入生勧誘パフォーマンスで歌っていた女性たちの美しい声や、当時の女子部キャプテンの美しい容姿に魅せられたせいもあった。
 飛びこんでいった合唱部の部室で、先輩の星さんに会った。彼の人柄に惹かれて、入部してから触れ合った男子の先輩たちにも惹かれていって、俺は強く強く合唱部に傾倒していく。歌というものにものめり込んでいく。
 それからもうひとつ、同級生との出会いもあった。東京生まれの俺がこの大学に入学し、合唱部に入部しなかったとしたら、おそらくは会わなかった乾隆也だ。
「乾、本橋、おまえたち、夏のコンサートでデュエットをやれ」
 キャプテン高倉さんのその命令が、俺たちを結びつけた。いや、高倉さんの言葉がなかったとしても、俺たちは特別な仲になっていただろう。男同士で特別とは気持ちが悪いのだが、そうなのだからどうしようもない。
 金沢生まれの乾と俺、運命論も俺のガラではないけれど、そんなこともあるのかなぁ、と今になれば思う。それからそれから、もうひとり、彼女との出会いはまちがいなく、俺の運命を変えた。
「綺麗だねぇ。あれから何年たつんだろ」
「あれから何年なんて振り返るのは、年を食った証拠だぜ」
「だけど、このシーズンには思い出すでしょ」
「うん、まあ、そうだな」
 近所では一番豪壮な邸宅の塀ごしに、ゴージャスな桜が咲きこぼれている。まるで秀吉が愛でた醍醐の桜のよう……俺はそんなものはこの目で見ていないのは当然だが、こんなだったのだろうと思う桜だ。そんな桜を見上げて、俺は妻と会話をかわす。
 あれから何年、その何年とは、おまえとおまえと出会ってからの歳月と一致する。おまえ、とは乾と美江子だ。美江子とは「あれ」がいつなのかをわかり合っている。仲間たちとの出会いと、美江子との出会いがあって、今、俺はここに立っている。


2・美江子

 母校のキャンパスの花壇には、ポピーの花が並んで咲いていた。
「可愛いチューリップの花ですね」
「……あのね、三沢くん」
「はーい」
 咲いた咲いたチューリップの花が、三沢くんが歌う。十八歳の男の子がそんな可愛い声を出す? キミのほうが花よりも可愛くて、声だけだったら幼稚園児の坊やみたい。顔を見ても中学生みたい。ふたつ年下の三沢幸生を見つめていたら、吹き出して笑い出した。
「美江子さん、なにがそんなにおかしいんですか。そんなに笑わないで」
 笑いすぎて涙が出てきたら、三沢くんは私の背中をとんとん叩いてくれた。
「美江子ちゃーん、泣いたら駄目よ。べろべろばー」
 今、ここにいるのは、その三沢幸生、最年少の大学二年生。彼に較べるとずいぶんとお兄さんに見える、本橋真次郎、乾隆也、彼らは私と同い年の大学四年生だ。そして、大学三年生の小笠原英彦と本庄繁之。五人がキャンパスに集まって、本橋くんが私に正式に紹介してくれた。
「フォレストシンガーズだ。決定したよ」
「……うん」
 詳しくなんか言ってくれなくてもわかる。大学の男子合唱部で知り合った五人が、ヴォーカルグループを結成した。私も話は聞いていたけれど、正式に決定したから改めて紹介してくれたのだ。
「三沢くん、覚えてる?」
「覚えてるってどれですか? あの樹の陰で美江子さんとキスしたこと? むふふ」
「おー、三沢? おまえ……美江子さんと……このぉ」
「きゃああ、小笠原さんっ!! 許してっ!! だって、愛し合ってるんだもんっ」
「許さない。待て」
 逃げていく三沢くんを、小笠原くんが追いかけていく。本庄くんはきょろきょろしてから、私にもの問いたげな目を向ける。乾くんは笑っていて、本橋くんが質問した。
「山田、おまえ、ほんとにあんなガキとキスしたのか?」
「そうじゃなくて、この花壇に咲いてた花よ」
「花なんか咲いてたか?」
「春には咲いてたでしょうが」
「そうだったかなぁ」
「あのへんにはどんな花が咲いてたか、覚えてる?」
 冬枯れの花壇には花はなく、本橋くんと本庄くんは悩んでいる。乾くんは言った。
「花壇なんだから花はあるよ。春の花だったら……あのあたり? ポピーだったな」
「さすが乾くん。花の名前も知ってるし、記憶力もいいよね。本橋くんや本庄くんも見習いなさい」
「はい、すみません」
 本庄くんは素直に答え、本橋くんは言った。
「歌詞は覚えないといけないけど、男は花の名前なんか知らなくていいんだよ」
「でも、本橋さん、歌には花が出てくるでしょ」
「俺は出さないからいいんだ」
 ポピーの花が咲いていたころに知り合った、大学一年生だった三沢くん。二年近くがたっても、彼の声は黄色くて、小笠原くんにつかまえられてきゃあきゃあ悲鳴を上げている。
 なんでおまえは花の名前なんか知ってるんだ、と本橋くん。乾さんのおばあさんは、お華の先生だからでしょ、と本庄くん。ポピーくらいは常識だろ、と乾くん。そんな五人で、歌の道を歩き出すんだね。私も一緒に歩いていく。
 きっと近いうちには、あなたたちはプロになる。私はあなたたちのマネージャーになる。目の前にはお花畑が広がっている。未来をそう考えれば、頬を刺す冬の風までが、あたたかく感じられた。


3・隆也

 アマチュアながらも、ノーギャラながらも、仕事をさせてもらって泊まらせてもらった海の家の庭に、朝顔の花が揺れている。青や紫の暗い色ばかりで、朝から俺の気持ちも暗くなりそうだ。
「……暗い色合いだと思うから暗く感じるんだ。暗いんじゃなくて爽やかで清々しい色の花だと思え、隆也、気は持ちようだ。ものは考えようだ」
 山田、本橋、乾が大学を卒業してから一年余り、今年は一年下の本庄シゲ、小笠原ヒデも卒業した。三沢幸生は大学四年生。俺たちはいまだアマチュアだ。
 プロになるための道は険しくて、真夏の朝に海辺にいても心は浮き立たない。一昨年までは別の海辺で大学合唱部の合宿をしていて、あのころはひたむきに楽しかったのに、俺の青春は卒業とともに終わったのか。
 暗くばかり考えてしまうのは、ヒデがいなくなってしまったから。ヒデは結婚するからと言って、梅雨のころにフォレストシンガーズを脱退してしまった。
 一年生の年にだけ合唱部にいて、大学をも中退してロックに走っていた木村章は、幸生とは仲良くしていた。シゲやヒデとも親しくしていたらしいが、本橋や俺は章とはほとんど交流もなかった。その章を幸生が連れてきて、強引にフォレストシンガーズに参加させた。
 であるから、人数的にはフォレストシンガーズはもとに戻っている。それでもそれでも暗いのは、章が俺を嫌っているから? 俺が悪いから? あいつだって悪いだろ。
 章は彼女のスーちゃんと喧嘩ばかりしていると言う。喧嘩はするのが当然だろうが、彼女と彼は暴力沙汰の喧嘩になって、章はスーちゃんに殴られて殴り返すという。そうと聞いて説教したのがはじまりだった。
 もてるらしき章は、女性の母性本能をくすぐるのだろう。綺麗な顔をしていて細くて小柄で、反抗的なロッカー。彼は小さな薔薇なのか。美しい外見に引きつけられて寄っていく女は、刺にさされて傷つく。女性が守ってやりたいと感じる男の章は、時に牙を剥く。
「あいつは弱気で寂しがりなんですよ。そんなところを隠したくて反抗的になったり、女にばっか強く出たり、実は最弱軟弱脆弱柔弱……」
「幸生、そのへんでいいよ」
 弱のつく単語を並べ立てようとする幸生を、途中でさえぎったこともあった。
 女に暴力はふるうし、遅刻はするし、説教するとふてくされるし、リーダーに殴られるとふくれるし、その上にその上に、あろうことか、ファンの方につっけんどんにする。あまつさえ、突き飛ばしたりもする。あのときは俺は章の頬を軽く張り飛ばした。
「あいつはフォレストシンガーズのファンじゃなくて、ジギーのファンだった女ですよ。乾さんには関係ないじゃん」
 ジギーとは、章がヴォーカリストとして加わっていたロックバンドだ。インディズとしては人気があったのだそうで、章にはそのころからのファンがついている。
「なんであろうとも、ファンの方にそんな態度を取ってると癖になるんだよ。俺たちがメジャーデビューして、支持して下さるファンの方におまえがそんなだと、プロのシンガーとしては最悪だろ」
「ファンなんてうぜえんだもん。それにさ、俺たちがメジャーになるなんて……乾さん……わかりましたから。いやだよ」
 手を上げて顔をかばっている章を、きつく殴る気はなかった。説教だってしたくはなかったのだが、彼は本心からそう思っているのかと、おりに触れては説得してきた。章だってわかっているだろうに、ロッカーらしき反逆心なのか、素直にうなずいてはくれない。
 先輩風を吹かせて説教ばかりするうざい奴。章にはそう思われているのはまちがいない。俺の存在に嫌気が差して、章がフォレストシンガーズを脱退したとしたら……そう思うと気持ちが暗澹としてくる。真夏の朝を俺のグレイの吐息が曇らせていると、幸生の声が聞こえた。
「おはよう。隆也さん、ユキちゃん、キスしてあげようか」
 十八番の幸生の女芝居だ。俺が暗くなっていると察してなぐさめてくれようとしているらしいが、こんななぐさめはいらない。強いて荒々しく言った。
「幸生、おまえ、あの花の名前を知ってるか。まちがえたら罰として、あそこに見えてる灯台までランニングだぞ。言ってみろ」
「あの花? ええとええと……チューリップ、桜、薔薇、菊……他に花ってあったっけ。ええとええと……そうだ、ポピー!! きゃーーっ、乾さんっ、なにをなさるのっ?!」
「ランニングだって言っただろ」
「隆也さんもつきあってくれるの? そしたらね、おんぶして走って。きゃわわーっ!! ひとりで走りますっ!! 先輩ったら怖いんだから。ユキちゃん、そんなことされたら疼いちゃうわ」
「……黙って走れ」
「はいっ!!」
 前を走っていく幸生の髪が朝陽に輝いている。朝顔が幸生と俺を見比べて笑っている。くよくよと考えているよりも、俺たちは走らなくっちゃ。


4・英彦


 暑苦しい花だな、と呟くと、恵が言った。
「夾竹桃。ヒデって花の名前を知らないね」
「男は普通はそうだろ」
 乾さんは別として、シゲも幸生も本橋さんも花の名なんて知らなくて、美江子さんが呆れてたよ、とは口の中で呟く。
 遠い遠い昔の友達なんて、思い出すと虚しいだけなのに、今では気軽に親しくできる男友達がいないせいか。妻と子はいても女友達はさらにいない。友達がいても妻や子はいない男だって多いのだから、俺は幸せだ。
 紫陽花を見ると楽しかった学生時代を思い出すから、あの花は嫌いだ。梅雨がすぎて真夏になり、紫陽花は見なくなったと思ったら、今度は暑苦しい花か。
「濃いピンクは暑苦しいかもしれないけど、白いのはよくない?」
「俺は好きじゃないな」
「たしか夾竹桃って、根だか樹だかに毒があるんだって」
「食うと死ぬのか?」
「そうかもね」
 毒のある樹は食ってもまずいだろう。別に死にたくはないのだから、夾竹桃を食う気もないけれど、最悪、あいつを食えばいいんだな、なんて思って苦く笑った。
 数年前にフォレストシンガーズを脱退して結婚し、子供ができて普通の父、普通の夫、普通のサラリーマンになった。フォレストシンガーズがデビューしたとの噂は聞かないし、シンガーズだって普通の人間なんだから、俺とはなんちゃあ変わりもせんちや、ではあるのだが。
 なのになんだって、俺はこうして鬱々している? 夏の陽射しの中、淡い緑のワンピースを着て、白いパラソルを差した妻はけっこう美人で、妻の押すベビーカーの中の瑞穂は、天使のように愛らしい赤ん坊なのに。
「パパ、買いものしてくるから、見ててね」
「ああ。ゆっくり行ってこい」
 ドラッグストアに入っていく妻を、外で待っている。俺はガードレールに腰かけて、ベビーカーを見つめている。瑞穂がほにゃほにゃと笑っている。可愛いな、おまえは俺の娘なんだもんな。けど、おまえがいなかったら俺は……
 ふっとよくない想いが浮かび、頭を振った。赤ん坊は父親の悪心を感じたのか、唐突に泣き出す。抱き上げるといっそう泣く。ドラッグストアから恵が顔を出した。
「パパ、泣かしたら駄目。ちゃんと見ててよ!!」
 怒鳴られて怒鳴り返した。
「赤ん坊ってのは泣くのが仕事だろ。俺のおふくろはそう言ってたぞ。文句があるんだったらさっさと買い物をすませて出てこいよ」
「もうっ、役に立たないんだから」
 これではまた喧嘩になりそうだ。冷戦になるのか舌戦になるのか。せめて明るい喧嘩だといいな。こうなってくると妻も娘もうっとうしくて、俺は夾竹桃に悪態をついた。
「家出したいよ。失踪したいよ。くそっ!!」
 ベビーカーに戻すと、瑞穂は顔を真っ赤にしていっそういっそう泣き出した。
 

5・繁之


 この花だったら知ってるけど、なんて名前だっけ? 幸生だったらチューリップだと言いそうだが、チューリップではないのは知っている。チューリップは春の花だ。
 アマチュア時代にはこの公園で、五人で練習をしてきた。筋トレやキックボクシングごっこや、ランニングもした。議論もした。コンビニで買ってきた夜食やら、美江子さんがさしいれてくれた手作りの豚汁なんかも食った。
 本橋さんが不良にからまれていた高校生を助けたり、乾さんが女の子をかばったり、章がどこかの男に殴られそうになったり、幸生が泣きそうな顔でブランコにすわっていたり、そんな思い出がたくさんたくさんある。
「俺の書いた曲なんです。乾さん、見て下さい」
「お、書けたか……うんうん……ヒデ、これ、駄目だろ、これは」
「なんでですか」
「自分で考えろ。ほら、ここだよ」
 俺にはできないソングライティングについて、乾さんと話していたヒデの声を思い出す。ここんところは盗作だろ、と指摘されたヒデは、あとから言っていた。
「あのときには乾さんを殴りそうになって、辛抱したんだ。俺、えらいだろ」
「アホか。当然だよ。盗作だって言われて怒って、乾さんを殴ったりしたら、俺が許さんからな」
「……おまえにやり返されたら俺は死ぬから、やらんでよかったな」
 がははっと笑った声までも思い出した。
「とうとうデビューしたんだよ。ヒデは知らないだろ? フォレストシンガーズなんて名前、どこにも出てないもんな。でも、もうじき各地のFM放送挨拶回りをするんだ。おまえはFM放送のある地域に住んでるのか? 茨城や高知だったら聴けるよな。おまえがどこにいるのかは知らないけど、元気なんだろ? 幸せなんだろ? 結婚したのかな。子供もできたのかな。恵さんって……うん、まあ、美人だよな。おまえも顔は整ってるんだから、可愛い子供だろうなぁ。会いたいな」
 ヒデの子供よりもヒデ本人に会いたい。この花、なんて名前だ? ヒデに質問したい。ヒデもきっと知らないだろうから、乾さんと美江子さんにも来てもらおう。花の名前はどうでもいいから、本橋さんと幸生も呼ぼう。章は、呼ばないほうがいいんだろうか。
「みんなで言うんだよな。幸生は言うんだよ。チューリップ? あいつの定番だからさ。本橋さんは薔薇だって言うかもな。そしたら美江子さんか乾さんが……あ? コスモス? そうだったかも。自信はないけどそうかもしれない。誰かが教えてくれたんだ。おまえじゃないだろうけど、ありがとう、ヒデ。コスモスだな」
 自信はないがコスモスだと決めた白や薄桃色の花を見ながら、ヒデに話しかける。繊細で可憐な花だ。俺にもこんな彼女ができたらいいな、ヒデのことばかり考えている女々しい自分が腹立たしいのもあって、コスモスに意識を向けていた。


6・幸生

「悲しくったって、苦しくったって
 ステージの上では平気なの
 だけど、涙が出ちゃう
 だって、ユキちゃん、女の子なんだもんっ!!」

 この替え歌を歌うとシゲさんは脱力し、リーダーはげんこつを固め、章はキックをしかけてきて、美江子さんはため息をつく。乾さんは俺の肩を抱いてくれた。
「そういうタイムリーな歌を歌うな。売れなくて悲しくて苦しいなんてのは、もっと長くやってから言うもんだよ」
「身も心もユキちゃんになっていい?」
「心は見えないから、ユキちゃんになってるんだとおまえが言い張れば、俺もうなずかざるを得ない。身は見えるんだぞ。なってみろ、なれるのか、え、幸生? なれるのか」
「そんなご無体な……」
 変身はできそうにないので諦めて、心だけはユキちゃんになろうと乾さんにくっつく。本橋さんとシゲさんはむこうで、俺たちを見ないように必死で無視しようとしている。章は美江子さんと、虫みたいにちっちゃい花のそばでお話していた。
「俺もやっぱ本物の女性とお話したいなぁ……」
「俺に女になれって言ってるのか」
「乾さんが女になったって……俺の趣味は知ってるでしょ」
「小柄でキュートな美少女だろ」
「そうそう。俺を女の子にしたような美少女ね」
「女性は男装すると十歳若く見え、男は女装すると十歳老けて見えるという。肌の差だそうだな。幸生、不精ひげがはえかけてるぞ」 
 人を現実に立ち返らせる無情な発言をしてから、乾さんは公園のベンチにすわった。
 ここは兵庫県の公園。近隣の人々の憩いの場になっているようで、そぞろ歩くカップルや家族連れや友達連れは大勢目につく。けれども、だあれも俺たちに目を留めてはくれない。俺たち、フォレストシンガーズっていうんだよぉ!! って叫ぼうか。パークライヴをやろうよ。無料だよ。俺たちの歌を聴いて、拍手を、歓声を下さい。
 餓えるほどにそう思う。デビューしてから二年がすぎて、今年も秋になって、いろんないろんな仕事をしてきたけれど、俺たちはまったく認められないまんまだ。
 試行錯誤を繰り返し、多種類の歌のジャンルにチャレンジし、テレビのバラエティ番組に出たり、ラジオに単発で出演したり。そのどれもがフォレストシンガーズの糧にはなっただろうけれど、実を結んではいない。
 乾さんの言う通り、悲しむにはまだ早いと知ってはいるけれど、イベントに出演させてもらって主催者にないがしろな扱いを受けると、へこみたくなる。無名のシンガーって人間じゃないの? 猫だったら不細工でももてはやされるのに、ユキちゃんは可愛くても愛してもらえないんだわ。
 なんてね、こうやって自分の中でもひとり芝居をやって、俺はてめえを鼓舞する。乾さんと美江子さん以外は芝居をやると怒るけど、実はちょっぴり癒されていたりするんでしょ。
「乾さん、あの虫みたいな花、なんて名前ですか」
「紅の虫か。あれはおまえには高度だろうな」
「花に高度や低度ってあるんですか」
「あるんじゃないのか。一般的知名度の高い、おまえでも知っているチューリップや桜から、おまえだと知らなくても普通な萩や竜胆やえのころ草、さらに知名度の低い、イタドリ、ベニタデ、ゲンノショウコ、などなど。知名度レベルでも花は多種に分類できるんだよ」
 それってシンガーになぞらえてる? シンガーとはさかさまに、花は知名度が低いほど高度なのか。俺は今、乾さんが言った花の中から、あの虫のようなちっこい花の名前を探した。
「リンドウかなぁ。ちがう? 萩」
「おまえにだったら推理は簡単だろ。覚えないと意味ないんだぞ」
「はあい」
 我々だって覚えられないと意味がない。しかし、公園でフォレストシンガーズの名を連呼するのは、犯罪に近いのかもしれない。そのためにはどうすればいいのかも、模索しながら歩いていく。それが我らの生きる道?
 これからも俺たちは、シンガーとして高級になるために努力する? 高級とひとことで言うべきなのかどうかもわからない暗い道を、みんなで歩いていく。
 ねえ、隆也さん、頼りにしてるからね。俺はあなたの背中を特に見つめて、一生懸命ついていくよ。どこまでも連れていってね、ごろにゃん。


7・章

 デビューしてから六度目のクリスマス。去年にはシゲさんが結婚し、フォレストシンガーズはほんのちょびっと有名になった。有名になったと口にするのもおこがましいが、デビュー当時から二、三年ほどの真っ暗闇からは抜け出しつつある。
 二十二歳でプロのシンガーズの一員となった俺は、二十七歳になった。愛した女もいるけれど、スー以外の女とはすべてが切れた。スー以外の女はどれもこれもがまやかしだったのだから、切れて後悔もしていないが、心に寒い風が吹く。
 クリスマスのイルミネーションやツリーや、音楽で浮き立つ街で俺はひとり。すこしは売れてきたといっても、ちびの俺がひとりで街を歩いていても、ファンに発見されて騒がれるなんてまずない。そのほうが気楽だけど、時にはこんなこと、ないかなぁ。
 女子大生の集団が俺を見つけ、わーっと取り囲み、サインだ握手だ写真だと騒いだあげくに、その中でもとびきり可愛い子が言う。
「あたしたち、これから女の子ばかりでパーティするの。木村さんも来て」
 五、六人の女の子は全員が、俺の好みの小柄で細身の美人ばっかり。俺は迷惑そうなそぶりをしながらも言うのだ。
「ちょっとだけだったらつきあうよ。ケーキでも買っていこうか」
「木村さんが来てくれるだけで嬉しいの」
「そうは行かないだろ。女子大生のパーティに社会人が手ぶらでは行けないよ。これで好きなものを買えよ」
 札を握らせると、女の子たちは感激して、みんなそろって背伸びして、俺にちゅっちゅっのちゅーっ!! ……ああ、虚しい。
 つまんねえからナンパしようかな。スターになっていない現状の利点は、道行く人々のほとんどが俺を知らないこと。ナンパして釣り上げた女もたいていは俺を知らないから、適当にごまかしてホテルに連れていって寝て、適当にバイバイ。
 乾さんに知られたら叱られるだろう……そう考えてから、あんたもやってんだろっ、と胸のうちで叫び返す。可愛い子はいないかと物色していたら、街角にたたずむ女の姿が見えた。ベージュのコートのすらっとした女は、俺と同じくらいの身長だ。小柄ではないけど、まあ、許容範囲。俺は彼女に近づいていった。
「彼女、ひとり? お茶でもどう?」
 顔が見たいのに、彼女はうつむいたまんまだ。どこかで見た女……有名人かな? 気が逸って気もそぞろになっていた。
「誰か待ってんの? ふられたんだろ。俺とお茶しようよ。メシだっておごるよ」
「……」
「すかすなって」
 苛々してきたので、ちょっとだけ怒らせる手段に出た。
「顔を見せてよ。見せられないってのはブスなんだろ」
「……え……」
「いやいや、ブスじゃねえよな。顔を見せて」
 猫撫で声を出して顎を指でそっと持ち上げる。女は顔を上げてにたっと笑った。
「うぎゃっ!!」
「口裂け女じゃないんだから、悲鳴を上げなくてもいいじゃないの」
「口裂けって……古っ」
 ある意味、妖怪よりも悪い。逃げてもはじまらない相手だからなお悪い。開き直った俺は言った。
「そんなコート、見たことないし、美江子さんだなんて気づきませんでしたよ」
「私は声で章くんだって気づいたから、黙ってうつむいてたの。あなたはいつもこういうことをやってるんですか。お話を聞かせていただこうかしら」
「補導の教師みたいに言わないで」
「食事をおごってくれるんじゃなかったの?」
「美江子さんはデートじゃなかったの?」
 ぎろっと睨まれた。図星だったのかもしれなくて、腕を引っ張られるままになった。
「あれは知ってる?」
「あれって?」
 彼女と腕を組んで歩いているというよりも、教師に腕を取られてどこかへ引きずっていかれる中学生気分。我らがおっかないマネージャーと街を歩くなんて、振り切って逃げたら本橋さんや乾さんに告げ口されるから、逃げるに逃げられない。
 情けなくて返事もしたくなかったのだが、あれって? と彼女の声に反応してしまった。美江子さんが指差す先には、赤と緑の花のような葉っぱのようなものがあった。
「飾りですよね。造花? 乾さんに教わったような……クリスマスの花、クリスマスカラー……なんだっけ。忘れたよ」
「ポインセチアだよ。あんなふうに華やかに……見えてくるの」
 目を閉じて、美江子さんが囁いた。
「あなたたちの将来は、ポインセチアカラーに彩られてるのよ」
「へええ、いいね」
 美江子さんがえらい美人に見える。いや、もともと彼女は美人なのだが、いつだっておっかなさが先に立つ。今夜は優しい気持ちになってくれているのか、彼氏にデートをすっぽかされて不機嫌なのを繕おうとでもして、作為的に優しくふるまっているのか。
 どっちにしても、優しい美江子さんだったら好きだ。クリスマスイヴ当日ではないのだから、美江子さんとデートってのもいいだろう。
「メシ食いにいきます? 酒もいいでしょ」
「いいけどね、章くんはお酒を飲むと潰れるんだから、一杯だけにしなさいね」
 こういうことを言うから、デート気分に水を差すのだ。酒を飲んでいても説教されそうで、俺は美江子さんの腕を静かに静かに、と努力して引き離した。
「急用を思い出しました。帰ります」
「そうなの? ナンパなんかしないようにね」
 うるせえんだよっ!! と怒鳴りそうになったのをこらえて、小走りになる。来年こそはポインセチアのように華やかなクリスマスを迎えたい。優しくて可愛い彼女もほしい。
 今年のクリスマスには間に合いそうもないから、来年こそ、来年こそ、と祈る。俺たちフォレストシンガーズは、ポインセチア程度の知名度を持つシンガーズになれるのだろうか。今年のクリスマスコンサートのチケットは初ソールドアウトだったのだから、近々きっとなれるさ。
 そうと信じていなければ、こんな寒空の下、ひとりで歩いてなんかいられるかよ。きっと俺たち、大物になるんだよっ!!

未完
 



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フォレストシンガーズ人物相関図①

フォレストシンガーズを中心とするキャラクター相関図  
(ver1.大学関係)


修整

以前から相関図モトム、とのリクエストをいただいていました。
このたびも大海彩洋さんからリクエストいただきまして、さあ、どうしよう、と悩んだあげく。

家系図を作れる無料ソフト発見。
ただ、無料の分では印刷もできないし、画像として使えない。
うーん、どうしようかとまたもや迷ったあげく、いい方法を考えてもらいました。

ようやくブログにアップできました。
これはテスト版のようなものですので、簡単すぎてわかりにくいかもしれません。
とりあえず、フォレストシンガーズの五人と大学の仲間たちとの相関図です。

ここはこうしたら? などのご意見があれば、どしどし教えて下さいませね。
お待ちしております。





FS動詞物語「思い出す」

フォレストシンガーズ

動詞物語

「思い出す」

 反射的に浮かぶのは、俺が十五歳の高校一年生だったときのこと。

 本庄広大、三歳、彼を見ていると弟の龍が三歳だったころを思い出し、つながって俺自身を思い出す。十二歳年下の龍が三歳だと俺は十五歳だ。俺ってジコチュー? そうなんだろうけどさ。

 三歳だったころの俺自身はあやふやな記憶しかない。当時はひとりっ子で母に思い切り甘えていたものだが、父は甘やかしてはくれなかった。それに引き換え、龍の奴は父にまで甘えている。父も俺にはがみがみばかり言い、三歳だって頭を殴ったりしたくせに、龍にはとことん甘い。

 羨ましいわけではなく、癪に障ったのである。
 
 二十年近く前なのだから、日本人の育児観ってものも変化したのだろう。龍には甘かった親父以上に、シゲさんは広大に甘い気がする。甘いというのではないのか? ほんとにほんとにほんとにほんとに、息子が愛しくて可愛くてたまらない、これぞまさしく「目に入れても痛くない」ってやつか。

 あんたの目は細いんだから、広大は入らないよ、シゲさん。

 と言いたくなるほどに、シゲさんの息子への愛情が伝わってくる。うちの親父だってあいつなりに俺のことも愛していたんだろうけど……ううう、吐き気が……気持ち悪い。こんなところで「愛している」という言葉を使いたくない。

「明日は章も休みだっけ?」
「そうですよ。シゲさんと俺だけが休み」
「予定はあるのか」
「ないなぁ。シゲさん、遊んでくれる?」

 冗談を真に受けられて、そしたら広大と三人でドライヴに行くか、と提案されてしまった。咄嗟に拒否もできなくて、あ、あああ、いいかも、なんて答えてしまった俺が馬鹿だった。

「恭子は今日は壮介だけ連れて、テニスサークルの仲間たちとのランチ会なんだ。誰かの家で開いて下さるらしくて、持ちよりパーティなんだってさ。赤ちゃん連れが多いらしいから壮介は連れていくけど、広大は退屈するだろうし、俺が休みだからこっちはふたりでドライヴだよ。思い出すな、俺もガキのころには親父とふたりで出かけたよ」

 ガキのころの思い出話ってやつは時々する。最近はライヴツアーに出ても五人そろってなにかするということは少なくなったが、昔は五人で露天風呂に入って、温泉の話をしたり。

「うちの弟はまだ二歳だったから、女湯に連れられていってさ、俺は親父と男湯。最低の気分でいたらむこうから女の声が聴こえてくるんだよ」

 きゃああ、可愛い、いやーん、これなになに? きゃああっ、たまんないわっ!! と騒がれているのは、俺の弟の龍だ。龍が二歳、俺は中学三年、十四歳。家族旅行は北海道内しかなかったから、近場の温泉に行ったのだ。

 中三とはいえ中二病の十四歳が親父と温泉に入って楽しいわけがない。龍はおふくろと温泉だと嬉しいだろうし、その上にお姉さんたちに可愛がられて、俺も幼児に戻りたいと思ったよ、と話すと、幸生も言った。

「温泉っていうと、俺もガキのころには母ちゃんと女湯に入ったよ。俺は章とは逆で、妹たちがうるさいし、若い女性なんかひとりもいないし、どっかのばあちゃんにお節介焼かれるし、女湯って楽しくないぜ」
「綺麗なお姉さんがいたら楽しいだろ」
「そんなの、いたためしがないよ」

 中学生のころからつながって、二十代のころも思い出す。想い出をたどるしかない俺をバックシートに乗せ、シゲさんの車は快調に走っていた。

「あ、パトカーだ」
「そうそう。あれは?」
「んとね、えとね、ビーエム……ビーエム……」

 ダブル、と俺が口出しすると、おじちゃん、言ったらだめぇ、と広大に怒られた。

 近頃の若い者は酒も飲まない、車なんかいらない、女もいらない、とか言うらしい。龍の友達連中にも草食や絶食の奴はいるが、広大ほどに若い奴は車が好きらしい。前の座席にいる親子は、あれはベンツ、かっこいい!! シトロエンだよ、わっ、スーパーカー!! 、あれはなんていう車? 僕、あれ好き、ああ、可愛い車だな、なんて会話をしている。

 我が家には車はなかったが、親父がたまに会社のを借りてきたり、レンタカーに乗ったりしてドライヴもした。龍がいなかったころには俺も喜んでいたのだが、龍が生まれてからは家族旅行もドライヴも大嫌いになった。

 龍のせいではなく、十二歳、それから延々と続く反抗期に突入したせいだったのだが、反抗期の記憶の中には龍がいるので、弟にいい印象がないのである。おまけにあいつは俺が反抗期ではなくなった三十歳の年に上京してきて、俺のみならず先輩たちにも厄介かけやがって。

 というような悪しき記憶と、俺のひがみ根性が加わって、広大はいいなぁ、と思ってしまう。恭子さんだって言っていた。

「お兄ちゃんのくせにって言ったらいけないんですよね」
「そうなの?」
「そうなんですって。親の勝手で広大をお兄ちゃんにしてしまっただけなんだから、お兄ちゃんのくせに、は禁句なんですよ。下の子が生まれて独占していた母親の愛情が半分になるっていうのは、妻妾同居している妻と同じような気分らしいんですよね」
「ぼとぼとなるなる」
「三沢さん、なんて言ったの?」
「すみません、なるほどです」

 うちの仲間たちでは、幸生と俺が兄の立場だ。美江子さんが姉の立場だが、シゲさんと本橋さんは弟、乾さんはひとりっ子、ここぞとばかりに、幸生と美江子さんと俺の三人で盛り上がった。

「だから、上の子優先っていうのよね。今どきの育児論はそうらしいよ。私なんか下に三人もいるんだから、お姉ちゃんでしょっ、佳代子と遊んでやりなさい、佳代子の面倒を見てやりなさい、ってどれだけ言われたか」
「俺も俺も。俺だって妹がふたりいるから、ほんとはあいつらのほうが強いのに、お兄ちゃんが妹を叩くとはっ!! って親父に怒られて、押し入れに入れられたりさ……悪いのはあいつらだっての」
「俺もだよ。うちなんか弟は十二も下なんだから、なんでも章が我慢しろって……」

 いやいや、弟は弟で苦労したんだ、と本橋さんとシゲさんも言い、いいねぇ、微笑ましいねぇ、とひとりっ子乾さんが笑っていた。

 独身には縁はないけれど、育児論も時につれ変わっていくらしい。
 ママを弟に取られても、優しいパパが遊んでくれる広大。そんな広大も俺の年になったら思うんだろうか。今どきの子はいいなぁ、って。

 三十年ばかり将来には少子高齢化が加速度をつけて進む。俺も高齢者に近くなる。そんな時代には子どもは文字通りの宝だ。ものすごーく大切にされるんだろうな。

 シゲさんも車好きだが、若いころから恰好よりも実利を尊ぶひとだったので、子持ちになったら当然、ファミリーカーだ。シゲさんはスムーズに運転し、広大はずーっと、ミニクーパーだの黒猫さんだのとはしゃいでいる。弟が広大の年頃だったころ、すなわち、反抗期だった俺を思い出すのはほどほどにして、いつしか俺は夢の中へと……。

END






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いろはの「す」part2

フォレストシンガーズ

いろは物語

「水琴窟」

 個人の邸宅にこの規模の庭園があるとは……明治以前の大富豪の屋敷ならばわかるが、京都在住の芸術家にはこれほどの住まいを持つ者がいる。俺がこんな大きな家を買おうとしたら、百歳まで働いても足りないだろうなと苦笑した。

「変わったコンサートがあるんだ。行きましょうか」
「コンサートですか」

 電機メーカーの音響機器部門勤務だから、女性の部下をコンサートに誘うのも仕事のためだ。ただ、今回は演奏者のひとりが知り合いなので、若い女性を伴うと誤解される恐れがある。かといって男ひとりでは格好がつかないので、部下の三条寿子を誘った。

「水琴窟ですか」
「そう。三条さんだったら知ってるよね」
「うちにはありませんでしたけど、近所の屋敷で見たことはありますよ。地中に空洞を作って水滴を落として、その音を反響させて楽器のようにするんですよね」
「その水琴窟と、ピアノと琴のアンサンブルなんだよ」
「いいですね、ぜひ連れていって下さい」

 名前からもわかるように、彼女は京都の公卿の子孫だ。大正時代に分家して東京暮らしだそうだが、寿子という古風な名前や品のいい顔立ち、育ちの良さを感じさせるおっとりしたたたずまいや所作を持っている。

 その日は京都の取引先との会合を入れ、夕刻から三条とふたり、コンサート会場にある屋敷へと向かった。この家は琴の宗家の持ち物だそうで、琴を演奏するのはこの家とは親戚にあたる琴平清風。ピアノはフォレストシンガーズの本橋真次郎。水琴窟は自然が奏でてくれる。

「いやぁ、寿子さん、久しぶり」
「……彼氏?」
「上司ですよ。変なことを言わないで」

 雅なコンサートには京都の雅な人種も来ていて、三条に内緒話をしかける。彼女の知り合いや親戚もいるらしく、俺を値踏みするような目も感じた。

「部長、すみません不躾で」
「いやいや、光栄ですよ」

 広い広い庭に椅子を並べての野外コンサートだ。琴は縁側に、ピアノはその奥の木の床に置いてあって、吹き渡る風が心地よい。昼間は残暑の残る古都にも、秋の気配が確実に訪れているシーズンだった。

 少人数の客しか入れていない、専門家の比率の高いコンサートだ。俺は本橋真次郎の大学の先輩でもあり、音響機器の専門家ということで、本橋に招待してもらった。京都ですので来られたらどうぞ、と二枚のチケットをもらったのである。男の部下を連れてきてもよかったのだが、女性と来たかったのはコンサートの性質上もあった。

 やや年上でどっしりした体格の三条は独身ではあるらしいが、俺の恋人には見えないはず。けれど、彼女の知り合いからはカレシ? と質問されて、苦笑いして否定していた。

 こっちはこっちで視線を感じる。見ているのは……ああ、美江子。

 俺が大学生四年のときに合唱部に入部してきた新入生の山田美江子。聡明そうで気が強くて、元気で可愛い女の子だった。ひと目惚れして口説いて俺の彼女にし、そのくせ、卒業間際には多忙を理由に捨てた。美江子は二十四歳の年にフォレストシンガーズのマネージャーになり、三十二歳の年には本橋と結婚した。

 うちの大学の先輩後輩の結びつきはしつこく強いので、後輩グループのフォレストシンガーズとは交流が続いていた。本橋は美江子と俺のつきあいも知っている。からまれたこともあるし、俺がお節介を焼いたこともある。最近は本橋家に招待されて、美江子の手料理で飲んだりすることもある。外でなら本橋とふたりだったり、美江子とふたりだったりで飲んだり食ったりしたこともあった。

 モトカレやモトカノと友達に戻れる男や女。美江子はまちがいなくその人種なのだろう。美江子といると彼女の色香に迷いそうになる俺や、嫉妬の視線を向ける本橋は器が小さいのだろう。

 今回はフォレストシンガーズとしてではなく、琴平氏の依頼でピアノを弾くと聞いている本橋の、妻としてなのかマネージャーとしてなのか、美江子も同行しているらしい。美江子が俺を見ている。どこからか注がれる視線は、三条にも向いている。彼女は部下だよ。恋愛感情はないよ、と言いたくなって、言う必要もないと思い直して。

 演奏者があらわれる。拍手が響く。三条も拍手している。俺もむろん拍手する。琴平清風のほうはまったく知らないが、本橋とは目が合って軽く会釈された。星さん、彼女ですか? と本橋の眼も質問したがっているように見えた。

 年上の有能な部下と恋人同士になって、結婚するのもいいかもしれないな。俺が三条さんと結婚したらどうする? 美江子はちょっとだけがっかりして、あんまり似合わないかなぁ、と誰かと噂したりするのか? 俺の自惚れか。本橋は安心するんだろうな。

 起きた邪念を瞬時に吹き飛ばす風。風が水琴窟を震わせる。本橋のピアノと琴平氏の琴が、水琴窟に共鳴しているかのごとくに音を立てる。心の中にも風が吹く。郷愁の香りを帯びた風が吹いた。

END







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FS動詞物語「嫌われる」

フォレストシンガーズ

動詞物語

「嫌われる」

 さして遠くもないのだが、近いわけでもない。東京と金沢との距離。俺の現在の居住地と、ふるさとと。
 祖母が生きていれば心情的に近いのだろうが、三十代半ばの人間の祖母が生きていなくても不思議もない。父や母とはすこしずつ、特に父と歩み寄れている気がするのは年齢のゆえもあるのか。

 高校までは金沢で、大学が東京。大学には学園祭のゲストとして呼ばれたり、単に散歩しにいったりするので、時間的な距離もあってけっこう近しい。高校まではとても遠い。

 気まぐれで親の家に行き、東京に戻ろうと駅へと向かいつつ、またもや気まぐれを起こしてもっとも古い母校に寄ってみた。金沢の小学校だ。

 生まれてはじめて通った学校。祖母が買ってくれたのはグレイのランドセルで、女の子にはピンクやオレンジの子もいたが、男子の中ではただひとり、黒ではないランドセルだった。だからって奇異な目で見られたわけでもないが、乾くんはなんでそんな色? と質問した同級生もいた。

 大きなランドセルを背負って通ったこの道を、あのころの五倍の年齢になった俺が歩いている。ちょっとしたとっかかりがあれば詞を書きたい、曲を書きたいと感じるのがソングライターのサガであって、半ばは歌をつかまえたくて歩いていた。

「乾……くん? 乾さん?」
「は、はい」

 伏目がちに歩いていたので、前に人が立っているとは気づかなかった。声をかけられて顔を上げると、年配の男性が小腰をかがめていた。

「はい……あの……」
「乾さんですよね。とわ子さんのお孫さんの……とわ子さんとは姓がちがって……」
「そうです。祖母は母の母で、母は父の姓を名乗っていますから、乾は父の姓です」

 えーっと、あの、どなたでした? は無礼であろう。優し気な面立ちは記憶にあるようなないような。

「小学校になにかご用ですか」
「用事というのでもないんですけど、なつかしくて……ああ、昨今は父兄でも関係者でもない者が、校内に入ってはいけないんですよね」

 父兄も禁句だったか。母はどこにいるんだ? と女性に怒られそうな気もする。じゃあ、外から見るだけでいいか、と思っている俺を、男性が中に連れていってくれた。

「私はだいぶ前に定年退職したんですけど、今は音楽の講師をしているんですよ」
「先生でいらしたんですね」
「出世もしませんでしたから、万年平教師でした。乾さんのおばあさんとは知り合いだったんですよ。子どもたちの合唱クラブの指導もさせてもらっていましてね、乾さん、見学していかれませんか」
「ありがとうございます。ぜひ」

 平川と名乗った彼は、俺がフォレストシンガーズの乾隆也だと知っているのだろう。俺だって合唱に関わる者。急ぐ旅でもあるまいに、母校の合唱クラブを素通りしてどうする。

 ちょうど放課後、ちょうど本日は部活のある日。俺たちのころにも高学年になると部活があり、俺は園芸クラブに入っていた。園芸クラブは人気がなくて、乾くんちはお花屋さんなんだから、入りなさい、と先生に強制的に決められた。実際は花屋ではなく、祖母と母が華道家だったのだが、先生の誤解を訂正するつもりにもなれなかった。

「さあ、みんな、集まってますか」
「はーい、全員そろってまーす」

 三分の一ほど男子がいて、あとは女子だ。十歳以上らしいから、発育のいい子はなかなか大人っぽい。平川先生の登場にざわめいていたのが鎮まり、あんた、誰? と問いたげな視線を全員から注がれた。

「きみたちの先輩だよ」
「……えーと、あっ!!」
「そうだ。お母さんがCD持ってるよ」
「あ、そうだ、知ってるっ!!」
 
 挙手して発言しなさい、と先生に促されたひとりの女の子が言った。

「フォレストシンガーズの乾隆也!!」
「正解だけど、本人を目の前にしてるんだから、乾隆也さんって言ってほしいな」

 少女はぺろっと舌を出し、ああ、知ってる、だの、誰、それ? だの、おばあちゃんが好きなんだよ、だの、テレビで見たことあるよ、だのの小声が飛び交っていた。

「お母さんが言ってたよ。乾さんってこのへんの出身だって。小学校も私と同じで、香林坊にお父さんのお店があるんだって。お母さん、乾さんの大ファンなんだ」
「ありがとうございます。全部当たってるよ」

 さあさあ、静かに、と平川先生が子どもたちを制してから言った。

「せっかく来て下さったんだから、乾さんに指導してもらいましょうね」

 は、はあ……いきなり? とは思ったが、ここに来た以上はそうなるのも自然な流れだろう。覚悟を決めた。
 歌うのは校歌だそうだ。卒業してから十三年、その後に中学、高校、大学と校歌に触れてきたので、最古の記憶があやふやではあったが、どうにか思い出せた。

「力強くも優しくも
 流れる流れる犀川の
 ほとりで育つ僕ら、私ら
 
 明日に向かって元気よく
 集えや学べ、僕ら、私ら
 歌えや読めや
 走れや励め、僕ら、私ら」

 押し寄せてくる怒涛のような幼い日の追憶。ああ、いいなぁ、なつかしいなぁ。上を向いて目を閉じていると、耳を打つ高い歌声が際立って聞こえるのを感じた。
 少女のほうが多い上に、十歳ちょいだと男子にもまだ声変わりしていない子が半数以上いる。ちらほら混じっている大人びた男の声はむしろ耳に立つのだが、その声は女の子だ。力強く響くソプラノだった。

「……あなただね」

 注意深く観察していたら、その女の子がわかった。ややふっくらしたほっぺの赤い子だ。肺活量が豊かなのだろうと思わせる声。上手に成長したら黒人女性のようなソウルシンガーになれそうな気もした。

「嶋さん……将来が楽しみだね」
「え? 私?」

 名札が読めたので名前を読んでしまったのがまちがいだったか。嶋、と姓だけ知った少女は自分の鼻を指さして頓狂な声をあげ、歌が中断してしまった。え、私? との声も素晴らしい声量だった。

「ごめんなさい、気にしないで。嶋さんの声が素晴らしかったから。先生、続けて下さい」
「はい」

 部外者であり、先輩でもある俺が聴いていて緊張したらしく、校歌が終わると先生が休憩を宣言した。児童たちは三人、五人と連れ立って校庭に出ていく。平川先生の案内で、俺も校庭に出た。

「あの樹、まだ元気に立ってるんですね」
「マロニエですね。元気ですよ。近くに行ってみますか」

 ぷらぶら歩いていて発見した樹に近づいていくと、女の子たちの声が聞こえてきた。

「あんたなんか太ってるんだから、大きい声が出て当然じゃない」
「自慢してるんじゃないよ」
「嶋が美人だったらえこひいきされたのかって思うけど、その顔だもんね」
「声だけだろ。顔見てあいつもびっくりしたんじゃないか?」

 男の子も言い、みんなしてわっと笑う。一歩踏み出そうとしたら、先生に止められた。

「この程度だったらよけいなことはしないほうがいいんですよ」
「イジメじゃないんですか」
「乾さん、声が大きい」

 自慢はしてないもん、との歌っているときとは正反対の弱弱しい声は、嶋さんだろう。平川先生は小声で言った。

「ここで嶋さんをかばうと、他の子の親からクレームが来たりするんですよ」
「子どもの指導が複雑だってのは聞いたことはありますが、そしたら俺がいけないんでしょ。俺が特定の子に声をかけたのが悪かったんですよね。俺はどうするべきなんですか」
「いえ、だから、乾さんは知らん顔をしていて下さい」
「いやですね」
「いやって……」

 もめている声が聞こえたのか、ひょいひょいっと子どもの顔が樹のむこうから覗いた。俺も開き直って出ていった。

「俺も軽率だったのかもしれないから謝るよ。ごめんなさい。けど、きみらもそれしきのことで仲間を苛めるなよ」
「苛めてないよ」
「だって、嶋が自慢するんだもん」
「乾さん、どこから聞いてたの?」
「えこひいきとは思わないとかって言ってたあたりからだね」

 男の子がふたり、女の子が三人、嶋さんを囲んでいた子どもたちは一斉に肩をすくめた。

「その前ってのがあるんだよ」
「嶋が自慢したんだよ」
「してないもん。自慢なんかしてない。乾さんが褒めてくれたって言っただけだよ」

 それが自慢って言うんだよ、と子どもたちは嶋さんに言い、先生は頭を抱えた。

「まあね、嶋はこんなデブスなんだから、乾さんがえこひいきするとは思えない。だからいいんだよ。乾さんは悪くないよ。つまらない自慢する嶋が悪いんだ」
「別に誰も悪くないけど、友達にそんな言葉を使うきみは性格がよくないね」
「デブス? ほんとだもん……ほんとだもんっ!!」

 デブスと言った女の子が急に泣き出し、他の女の子が彼女をなぐさめようとする。乾さん、ひどーい!! と女の子のひとりに非難され、どっちがひどいんだ、とも言えずに俺も困ってしまう。だから関わるなと言ったのに、と平川先生は逃げ腰になり、男の子たちは口々に、オレ、しーらないっ、と叫んで本当に逃げていってしまった。

「平川先生が悪いんだよ。こんな人を連れてくるから」
「みっちゃん、泣いちゃったじゃないですか」
「いやいやいや、ごめん、ごめんね」

 どうしてあなたが詫びるんですか、の平川先生は子どもたちに頭を下げつつ、俺に目配せしていた。
 立ち去れと? わかりましたよ。俺が悪いことをしたとしたら、嶋さんひとりを褒めたことだけだ。それについてはあやまったのだから、先生の指示に従おう。

 まったく、子どもを指導するって大変なんだな。いい勉強になったな、と考えておくしかないのだろう。

END








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FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2018/2

FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2018/2

22

 くっそっ!!
 低く罵ったつもりが、思いのほか高い声になってしまった。

「章の声は高いから……どうした?」
「どうもしませんよ。こいつが……」
「うん?」

 心の半分は、こいつは大嫌いだと感じている。なのに章が隆也の部屋に遊びに来たがるのはなぜだろう? 自分の気持ちがわかりづらい。

 大学の先輩ではあるが、章が中退してしまったので、学生時代の触れ合いはほとんどなかった。二十歳を過ぎてから再会し、フォレストシンガーズのメンバー同士になり、やがてプロにはなれたものの、まるっきり売れずに章は苛立ち続けている。隆也はそれほどイライラもしていないのがまた、癪にさわるのだ。

 なにかしらで傷ついた気持ちを抱えて、隆也のアパートにやってくる。優しくしてほしいわけでもなければ、そんなときに甘やかしてくれる奴でもないのは重々承知しているのに、それでも来るのは何故だ? 俺は馬鹿なのか? うん、ま、馬鹿だな。

「こいつですよ。こいつが俺の足にぶつかってきたんです」
「おまえがぶつかったんだろ、とは言うまでもないが……」

 当たり前だ。大きなごみ入れが人間の足に故意にぶつかってくるわけがない。隆也のアパートの狭いキッチンに置かれたシルバーのごみ入れを見下ろしている章に、隆也が言った。

「ブリキ缶がはらだたしげにわれをにらむ つめたき冬の夕方のこと」宮沢賢治

 ふんっ!! だから俺はあんたが嫌いなんだよ。でも、うまいこと言うな、宮沢賢治って。


29

 アンコールの声が響く、ライヴ終了後のホールに。
 もうやったじゃないか。アンコール、三曲も歌ったじゃないか。大サービスしただろ。

「もう一曲、やろうか」
「そうだな。やろう」

 なんだってあんたらにはそんなにスタミナがあるわけ? 俺はバテバテだよ。その歌? それって俺のパートはめっちゃ高いんだよ、人の気も知らないで……もうやめようよぉ。

「アンコールに応えてるとキリがないし……」
「いいから、行くぞ」

 背中を押す乾さんに向かって、つい舌打ちをしてしまった。

 若いころにはファンに邪険にしては、乾さんにひどく怒られた。本橋さんだってシゲさんだって、生意気にも幸生だって、ファンをないがしろにすると怒るのだが、乾さんがもっとも怖い。今夜だって、別にファンを拒否したわけじゃない。こんな大きなホールをソールドアウトできたのも、ファンのおかげだと知っている。

 けど、俺は疲れたんだよ。

「章は出ないでおくか」
「……行きますよ」

 皮肉っぽく言う乾さんに皮肉っぽく答えて、最後のアンコールではことさらに声を張り上げた。幸生の場合は歌えば歌うほどにさらに歌いたくなるらしく、打ち上げの席でまで歌っていたが、俺の喉はギブアップ寸前だ。

「章、大丈夫か?」

 うるせえんだよ、あんたに気遣ってなんかほしくない。
 声に出せばつっかかってしまいそうなので、首で返事をして打ち上げ会場から外に出た。寒い戸外の階段にすわりこんで、煙草でも買ってこようかと考えていたら、なにかに睨まれている気がした。

「ブリキ缶がはらだたしげにわれをにらむ つめたき冬の夕方のこと」宮沢賢治

 この寒いのに誰かが外でビールを飲み、そこらにほっぽり出してから蹴飛ばしたのか、道の真ん中にゴールドの完がころがっている。これはアルミ缶のはずだが、真ん中の模様が目のように見えて、睨まれている気もした。

「こんな短歌、なんで思い出すのかな。教えてくれたのは乾さんに決まってるんだから、忘れたらいいのにさ……あの目も乾さんに似てるよ」

 缶に目があるわけもなく、誰かに似ているはずもないのに、あの缶は妙に苛立つ奴なのだった。

AKIRA/end

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オリキャラ比較バトン

オリキャラ比較バトン(30問)

1.この質問で比較するオリキャラの名前、出演作品を教えて 下さい(何人、何個でも可)

グラブダブドリブシリーズ、フォレストシンガーズシリーズ、ジョーカーシリーズの三つに限ることにします。
いずれもミュージシャンたちが主役です。
 
2.それでは質問です。一番つき合いの長いキャラクターは誰 ですか?

「ジョーカー」の友永冬紀です。

 
3.そのキャラクターが生まれたのは何年前ですか?
  
20年以上前ですね。


4.キャラクターたちの年齢を教えて下さい。

三つのシリーズのキャラたちの生まれたころから、三十代くらいまでを書いています。  


5.キャラクターたちの身長を教えて下さい。
  
いちばん低いのがフォレストシンガーズの木村章、161センチ。
もっとも高いのはグラブダブドリブのジェイミー・パーソン、189センチ。


6.一番美形なのは誰ですか? よろしければどんな容姿か教えて下さい。
 
ジョーカーの中根悠介。
フィリピンと日本のハーフで、183センチ、細身のギタリストです。
花をもあざむく、紫の似合う女性的な美青年ですが、中身はぶっきらぼうで無愛想で口も悪い。性格も悪い。ギャップ萌えってか。 

7.身体的に一番強いのは誰ですか?

グラブダブドリブのドルフ・バスター。 
  

8.では、一番弱いのは?

フォレストシンガーズシリーズの脇役、フルーツパフェという夫婦デュオの夫のほう、栗原準です。  


9.精神的に一番強いのは誰ですか?
 
栗原準の妻、栗原桃恵かも。 


10.同じく一番弱いのは?

8に同じ、栗原準です。  


11.一番性格が良いのは誰ですか?

「性格がよい」にはさまざまありますから一概には言えませんが。
単純に考えたらフォレストシンガーズのシゲ、本庄繁之です。
  



12.では、一番性格が悪いのは?

6と同じ、中根悠介。いや、フォレストシンガーズシリーズの脇役、徳永渉も悠介に張ります。  



13.一番頭が良いのは誰ですか?

これも同じく、中根悠介。
   


14.では、一番頭が悪いのは?(単に学がない、空気が読めない、普通に馬鹿等なんでも可)
   
頭の悪い奴なんか書きたくないからなぁ。
うーん、フォレストシンガーズシリーズの嫌われ者、溝部貞夫でしょうかね。


15.一番生活力があるのは誰ですか?

グラブダブドリブのジェイミー・パーソン。


16.一番路頭に迷いそうなのは誰ですか?

フォレストシンガーズシリーズの女性の嫌われ者。八幡早苗。お嬢さまはツブシがきかない。   


17.一番真っ当な恋をしそう(あるいはしてる)のは誰ですか ?

フォレストシンガーズのシゲです。
   

18.では、普通の恋と縁遠そうなのは?
 
普通の恋ってなんですかー?
というのは置いておけば、フォレストシンガーズシリーズの名(・・?脇役、真行寺哲司。  



19.一番人づき合いが良いのは誰ですか?
   
フォレストシンガーズの三沢幸生。


20.まともな人間関係が作れないのは誰ですか?

ジョーカーの友永冬紀。
   


21.一番守銭奴なのは誰ですか?
 
フォレストシンガーズの事務所の社長、山崎敦夫。  
 

22.一番苦労性なのは誰ですか?

これも21に同じ。あっちゃんです。   


23.一番ヘビーな過去を持っているのは誰ですか?

あまりそういうひとはいないのですが、強いていえばフォレストシンガーズシリーズの脇役、佐田千鶴。
  


24.一番良い思いをしている(あるいはする予定)なのは誰ですか?

著者がえこひいきをするといぢめますので、そんなひとはいません。
  


25.一番辛い目に遭っている(あるいは遭う予定)なのは誰ですか?

えこひいきの対象、フォレストシンガーズの木村章、かな?
   

26.一番多くの謎を持っているのは誰ですか?

18の哲司の恋人、田野倉ケイ。男性です。  


27.これから最も活躍するのは誰ですか?

フォレストシンガーズの五人の予定です。   


28.最終的に一番成功するのは誰ですか?(出世する、お金持ちになる等)

世界的大スターになる予定の、グラブダブドリブ。
  

29.一番愛着のあるキャラクターは誰ですか? よろしければ 理由もどうぞ(全員
でも構いません)

いちばんといえば中根悠介ですが、フォレストシンガーズの五人にも超多大な愛着があります。
 

30.お疲れ様でした! 最後に一言お願いします。
  
現在のメインはフォレストシンガーズですが、あとふたつのグループももっと書きたいです。
読んで下さった方、ありがとうございました。





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バトン置場の『バトンランド』:
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オリキャラを比較する30の質問
この質問は、オリキャラの中から好きなキャラクターを選び出 し、身長、年齢、美形度などを比較するものです。
複数の作品から一人ずつ(あるいは数人ずつ)選んでも、一つ の作品から複数選んでもかまいません。
オリキャラたちを比較 して遊んでみて下さい(笑)








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180「ブルーな朝」

しりとり小説

180「ブルーな朝」

 ごく尋常に、おはようございますと挨拶をかわし合う。高部栄子とパート仲間の毎朝はそんなふうだったのだが、ある朝、深田に挨拶をしたら返事がなかった。

「聞こえなかったのかな。考え事でもしていたのかな」

 深く考えはせずに流したのだが、翌朝も深田からは、おはようございます、の声は聞かれなかった。
 朝の挨拶なんていちいち気にも留めず、顔見知りの相手とならおはようと言い合う。誰が挨拶したのかしなかったのかも気にしていない。が、深田に無視されると気になってきた。

 零細企業の事務パート職。隣接した工場には社員もそれなりにいるのだが、事務所には高部、深田の主婦パートと、主任の肩書のある正社員の広野と、女性が三人だけしかいない。工場の事務室には経理や総務もあるが、こちらは広野が責任者で、細々した事務や雑用を担当していた。

 中年女性ばかりの事務室は賑やかだと思われがちだが、雑談で仕事をおろそかにしたりはしない。昼休みも交代で取るので意外にお喋りはしない。それでもたまには個人的な会話もしていて、三人はお互いの境遇をおよそは知っていた。

 そんな小さな事務室で、深田に無視されていると気になる。仕事の話ならばいつも通りだが、深田は栄子にはそこはかとなくそっけなくて、広野にならば向ける笑顔も見せない。おはよう、お先に失礼します、お疲れさま、というたぐいの挨拶も一切しなくなった。

 夫に話すと、女はめんどくさいな、と鼻であしらわれた。息子には、ふんっ、下らない、と言いたげな視線で見られた。

「お母さん、おばさんたちに嫌われるようなことをしたんじゃないの?」
「なにもしてないはずだけどね……」
「いやなにおいがするってことも……ないか。だったらほっとけば?」

 娘だけはアドバイスしてくれたが、ほっとけば? しかないのだろうか。

「高部さんってブログをやってるんですよね」
「ブログですか? いえ、やってませんが」
「そう?」

 こちらは無視こそしないものの、そこはかとないそっけなさは深田に近い。私、ほんとにふたりに嫌われるようなことをしたのかしら、と悩みはじめたころに、広野に尋ねられた。

「高部さん、けっこう文章うまいよねって、深田さんと話していたのよ」
「私のブログを読んだってことなんですか」
「ほら、やっぱりやってるんだ。A子のブログって……自分のブログなんだから私がタイトルを言う必要もないのよね。うん、面白いわよ」
「いえ、やってませんが……」

 信用してくれないので諦めて、栄子は帰宅して夜になってからスマホで「A子のブログ」を検索してみた。夜にはパソコンは夫が使っている。娘と息子のためのパソコンもあるが、母親が見るとふたりそろって怒る。こうなるとスマホしかないので、読みづらい小さな字を必死で探した。

 A子のブログ、誰でも思いつきそうなタイトルなだけに、同じものがぞろぞろ出てくる。栄子や英子や映子など、えいこという名前は一般的だし、少女Aなどともいうのだから、仮名っぽくて使いやすいのかもしれない。

 エロティックな内容のものやら、主婦のブログ、上司の悪口を書き散らしているOLらしき女性のものやら、ニューハーフのものやら、中学生らしき女の子のものやら、面白いのもあってつい寄り道をしたりして、その日は高部栄子のブログだと思われそうなものは発見できなかった。

 翌日はパートは休みで、夫は仕事、息子と娘は学校に出かけていったので、家事をすませると朝からパソコンに向かった。スマホよりは慣れている分、栄子にはパソコンのほうが扱いやすい。

 職場は日・祝のみが休日で、他の日は皆が仕事をしている。栄子たちは週にもう一日、交代で休みが取れる。私がいないと広野さんと深田さん、悪口でも言ってるんじゃないだろうか、疑心暗鬼になっていたのも一時は忘れて、栄子は「A子のブログ」探しに熱中していた。

「これ?」

 ブログ管理人:パート主夫A子
 性別:主夫なんだから男
 年齢:43歳
 身長:158センチ
 体重:47キロ……だといいなぁ。だけど男だから、身長も体重ももっとあります。
 趣味:他人の悪口
 特技:あらさがし
 家族:夫(戸籍上は妻)、高校生の長男、中学生の長女、ハムスターのピック。

 主夫なんだから男、という以外は、栄子とまったく同じだ。栄子は恐る恐る本文を読んだ。

「某月某日

 私の職場にはセマノ、アサダというふたりの女がいる。セマノは正社員、アサダは私と同じパート主夫だ。いや、アサダはパート主婦である。

 セマノは独身。そりゃそうだね。私だってこんな女よりはうちの夫のほうがましだと思うもん。
 どしっと背が高くて重量挙げでもやってそうな体格で、そのくせ力がなくて、ちょっと重いものを見るとパートに押しつける。正社員だからって笠に着て、パートだといいわよね、やめたって旦那さんが養ってくれるんだもの、私はいやなことがあってもやめられないからつらいわ、が口癖。

 悔しかったら寿退社してみろよ。やーいやーい。

 アサダのほうは結婚してるけど、子どもがいないんだ。デブ女で、不倫したいってよく言ってるよ。不潔ったらしい夢だよね。
 あなたはいいわよね。一姫二太郎って理想的だよね。だってさ。「一姫二太郎」の意味を知らねえだろ? うちは一太郎二姫だっつうの。

 そんな調子で嫉妬されて、あたしゃしんどいよ。
 やめられるものだったらやめたいよ。だけど、うちの旦那は、パートなんて楽だろ。子どもたちももう大きくてこれから金がかかるんだから働け、辞めたら駄目だって言うモラハラ女なんだ。
 
 そのくせ家族三人ともに家事を手伝うでもない。
 あたしが痩せてるのは毎日がしんどすぎるからだよ。誰かなんとかしてくれ」

 このひと、本当に男? 主夫? と首をかしげる文面なのだから、これは「主夫」というのがフェイクなのかもしれない。それ以外はまったく栄子と似ていた。

 広野がセマノ、深田がアサダ、わかるひとには簡単にわかりそうな偽名だ。
 ふたりともにおおまかな特徴はその通りで、広野がなにかといえば、私は正社員だから大変だ、と言いたがるのも同じ、体格もそのまま。
 
 アサダも深田そっくりで、冗談でだったら、いっぺんくらい不倫してみたいわ、と笑っていたことがあった。
 他の日の日記もほぼ全部、そんなふうにセマノとアサダの悪口オンパレードだった。
 そりゃあこれを読めば、栄子が匿名で深田と広野の悪口を書きまくっているととられても仕方ないだろう。

「広野さん、あれ、私じゃありませんから」
「あれって?」
「ブログ、見ました。私が書いたんじゃありません。別人です」
「あんなに似た境遇のひとっているの? 偶然だと言いたいの? あり得ない」

 思い込んでいるようで、広野は取り合ってもくれなかった。

「ふーん、そうなんだ。お母さんじゃないんだね」
「違うわよ。私はブログなんかやってないってば」
「見せて」

 中学生に見せるのは……とためらったものの、唯一の味方だと思える娘にブログを読ませた。

「これってなりすまし?」
「なりすましって、お母さんになりすましてる誰かが書いてるってこと?」
「そういうの、あるらしいよ。ピックまで当たってるんだもん」

 だとしたら、家族か、あるいは会社の誰かか。広野か深田が最有力だが、こんな手の込んだことをするだろうか。

「ただの偶然ってことは?」
「それもあるかなぁ。こんなのありがちだもん。お母さん、どうする?」
「どうにかできるの?」
「あたしにはできないけど、学校の先生にだったら調べられるひともいるかもね」
「そんな大ごとにしたくないわ」

 このブログが原因だとだけはわかったので、それだけでも気分はすっきりした。
 それにそれに……内緒だけど、と栄子は思う。こんなにあからさまに私の本音を書いてもらって、どこのどなただかは知りませんが、ありがとう、そっちもすっきりしたわ、でもあった。

次は「さ」です。








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FS四季の味「香気」

フォレストシンガーズ

四季の味物語

「香気」

 人に疲れてしまう、などと言うと、メンタルが弱いとか、今からそんなことを言っててどうする?! 未熟な新人が、とか、子役からやっと脱しつつある程度のくせに、とか叱られるのだが、日々、人と接していると本当に疲れる。僕には人の心の裏なんかわからないから、空気の読めないお子ちゃまだと笑われるし。

 だって、まだ高校生だもん。
 ほんとにお子ちゃまなんだもん。しようがないじゃないか。

「川端としのりさん?」
「わっ、はっ、ちがいますっ!!」
「本当? 似てるね」

 仕事では人と接してばかりいる。俳優の仕事はひとりでなんかできやしない。なのだから、休みの日には雑踏にまぎれてしまいたいと願う。なのにこうして見知らぬ人に声をかけられるようになった。二十代と思しき、背の高いスタイルのいいお姉さん。彼女は僕が川端としのりではないと否定しても信じてくれず、ずっとついてきた。

 フォレストシンガーズをモデルにした深夜ドラマ「歌の森」で三沢幸生を演じるようになってから、川端としのりの知名度は上がってきた。顔も知られるようになってきた。最高じゃん!! よかったね、と本物の三沢さんは言うが、僕としてはあまり嬉しくない。

「ほんとにちがうの? 嘘でしょ」
「……すみません。川端です」
「きゃああ。やっぱりそうだった!!」

 嘘は苦手なので正直に白状すると、彼女は僕の腕に腕を絡めた。身長は同じくらいだろうが、彼女は高いヒールの靴を履いているので、僕の目線が下になる。

「としくん、ファンなんだよ。でも、あんまりとしくんとしくんって連呼しないほうがいいね。注目されちゃうもんね。あたしがひとりじめっ!! あたし、ポンコ、よろしくね」
「ポンコさん? ですか」
「そうだよ。ポンコ」
「は、はあ」

 ニックネームなのか、源氏名ってやつか。
 夕方の繁華街の雑踏の中、これもナンパされたと言うのだろうか。ポンコさんはスタイルがよくて美人だから、遊び人の男だったりしたら嬉しいのだろうか。僕はひたすら気が重かった。

「としくん、彼女はいるの?」
「いません」
「草食系って感じ? そんな感じだね。好きな女とかもいないの?」
「いません」
「好きな男はいるの?」
「恋愛じゃなくて好きな男のひとだったらいますよ」
「そっかぁ。かーわいい!!」

 可愛い可愛い、と言っては、ポンコさんは僕の側頭部にほっぺたをすりすりさせた。

「これからどこ行く? 飲みいく?」
「僕、未成年ですから」
「そんならジュース、飲みにいく? ねっねっ……」

 ホテルでもいいよ、とポンコさんは囁き、困ってしまった僕がうつむくと、可愛いっ!! と叫んでぎゃはぎゃは笑う。いやだなぁ、怪獣みたいだ、怖いよぉ、誰か助けて。

「あの、ですね」
「なに?」
「あなたが男性で、僕が女性だったとしたら……ですね」
「うん?」
「あなたのしていることは犯罪ではないのでしょうか」
「そっか? うん、だからどうした?」
「いえ、あの、だから……」
「なにが言いたいんだ? おまえは女に恥をかかせんのかよ」
「……いえ、あの……」

 急に怖い顔になったポンコさんは腕を振り払い、僕をぐっと睨んだ。

「あんたは若いんだろうが。未成年って、二十歳ちょっと前くらいだろ? やりたい盛りだろ。女のほうから誘ってやってんのに、なんだその態度は。俳優ったってたいして売れてもいないのに、でかい面すんなよな。ネットの掲示板に書いてやろうか、え?」
「えーっとぉ……すみません」

 でもでも、僕は未成年なんだから、無理強いされとしたらポンコさんのほうが罪になるのでは? そこまでは言えずに固まっている僕に、ポンコさんは捨て台詞を吐いた。

「馬鹿野郎!!」

 そして、そのまま行ってしまった。
 ああ、怖かった。解放されてよかった。死にたいほど安心した僕は、慌てて地下鉄の駅へと走っていき、家に帰った。こんなときにはこれに限る。

「……うんうん、ただいま。寂しかった? お茶を淹れるんだから邪魔しないでね。熱いよ。火傷するよ。きみたちは熱いお茶なんて嫌いでしょ。この匂いもいやなんだろ? こらこら、ミーシャ、そんなところで砂かけしないで。こんなにいい香りなのに、きみたちはなぜこれが嫌いなの? お父さんの靴下のにおいのほうが好きなんだから、きみたちとは香りの感覚がちがいすぎるんだよね。はいはい、どいてね。いいよ、ポーラ、膝においで。マリーンも膝がいいの? 喧嘩しないでね。エミリーはなに狙ってるの? 飛びかかってきたりしたら危ないよ。熱いんだからね」

 我が家で暮らしている十二匹の猫のうち、半分くらいは僕の部屋に集まってきている。
 にゃんこたちに邪魔をされつつも日本茶を淹れ、猫たちに囲まれてお茶と猫の香を鼻孔いっぱいに吸い込む。街に出て怖い想いをするよりもずっといい。これからは休みの日には外に出ずに、ひきこもりとしくんになろうっと。

END









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FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2018/1

フォレストシンガーズ

超ショートストーリィ

2018/1

 あけましておめでとうございまーす!!
 元気のいい挨拶をしてから仕事もして、クリちゃんとふたりでスタジオの外に出た。

 大晦日に地方のテレビ局で仕事をして、明けた今朝が本当のお正月。クリちゃんと結婚してから夫婦デュオとして歌手になり、こうしてよそでお正月を迎えるのははじめてだ。

「クリちゃん」
「なあに、モモちゃん? あ、あけまして……」
「こんなときには乾さんだったら、短歌で新年のあいさつをするんだよ。クリちゃんもやってみて」
「え? え……え……短歌?」

 社長にスカウトされて所属することになったオフィス・ヤマザキには、フォレストシンガーズがいる。モモちゃんはフォレストシンガーズの五人のお兄さんたちに憧れていて、なにかといえばクリちゃんとお兄さんたちを較べるので、クリちゃんは困っている。

 むこうは三十代の大人で、クリちゃんは二十代にも見えない頼りない子どもなんだから、較べたらかわいそうだとモモちゃんだって知っている。だけど、苛めたくなるんだもん。こういうのもモモちゃんの愛情表現なんだもん。

「スマホは駄目。自分で書けたらキスしてあげるよ」
「短歌は詠むって言うんだよ。読書の「読む」じゃなくて、「詠嘆」の「詠む」だよ」
「そんなのどうでもいいの。詠んで」
「……んんっと……」

 いつまでもいつまでクリちゃんは悩んでいる。お天気のいい元日の朝だけど、外は寒いから窓は閉まったままだ。綺麗なガラス窓の外には、立派な門松が見えた。

「乾さんって西行って人が好きだって言ってたよ。西行で検索してみたら?」
「スマホ、使っていいの?」
「しようがないな。よその人が詠んだ短歌でもいいから、ぴったりの出してみて」
「わかった。モモちゃん、ありがとう」

 無理難題を吹っ掛けてから譲歩してあげればお礼を言うのだから、クリちゃんって可愛い。
 スマホを操作してからクリちゃんが出してきた短歌は。

「しめかけてたてたる宿の松にきて 春の戸明る鴬のこゑ」西行

 春って新春のことだよ、なのだそうだから、うん、クリちゃん、ぴったりだね。この短歌の意味はモモちゃんにはよくわからないけど、お正月らしいから合格。

MOMO/新婚のお正月に

momo.jpg










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FS四季の味「美味」

フォレストシンガーズ

四季の歌・味物語

「美味」

 好き嫌いは特にない。甘いものは嫌いだが、食べなくてはならないのだったら食べる。フォレストシンガーズが売れていなくて、真冬の温泉場でイベントに出演する前夜、みんなで歌の練習をしていたとき。

 宿舎の娘さんが大きな鍋を運んできてくれた。
 中身はみんなが大嫌いな汁粉。関西では善哉と呼ぶ、あんこを煮たのに餅を入れたおやつだった。
 あのときにはみんなして困ったのだが、もちろん食べた。味は問題外で、娘さんの優しさと善哉のあたたかさが全身にしみ渡ったものだ。

 そんなだから、繁之には食べ物の好き嫌いのある人がぴんと来ない。

「幸生は嫌いなものってあるのか?」
「食べもの? 甘いのはいやだな。お菓子も嫌いだし甘いおかずも嫌いだよ」
「好きなものは?」
「んんと……肉じゃが、ブタのしょうが焼き、トンカツ、かつ丼」
「豚肉が好きなんだ」
「牛肉も好きだよ」

 ということで、フォレストシンガーズの他三人にもインタビューしてみた。

「乾さんは?」
「俺はばあちゃんっ子だから、おしゃれな料理は苦手だよ。祖母の作ってくれた鄙びた田舎料理みたいなのが好きだな。ぶり大根、豆腐の田楽、きんぴら牛蒡、切り干し大根の煮物」
「単体の食べ物はなにが好きなんですか」
「大根と豆腐かな。嫌いなのはおまえたちと同じ、甘いもの」

「本橋さんの好きな食べもの、嫌いな食べ物は?」
「乾はさすがに、年寄りくさい趣味だよな。俺も手の込みすぎてる食いものは苦手だ。フレンチもイタリアンもいらない。江戸前の食い物が好きだよ」
「天ぷらとかウナギとか寿司とか?」
「そうそう。寿司、食いたいな」
「嫌いな食べ物は?」
「お好み焼きと汁が白いうどんだ。蕎麦のほうが断然うまい」

 あれは汁が白いんじゃなくて……と繁之としては言いたいところだが、江戸っ子の真次郎は東京の食べ物をひいきしているのだから、関西の肩を持ってはいけないのである。

「俺の嫌いなもの? ネギ、生姜、山椒、とかの薬味類はいやだな。生玉ねぎや茗荷やら山菜やら、刺激の強いのも苦手。俺の好きな食べものかぁ……」
「ジンギスカンか?」
「北海道というとジンギスカンしか知らないんでしょ」

 問題はこの御仁だ。木村章はすべてに於いて偏食が激しい。
 音楽でも人間でも好き、嫌いがはっきりしているのだから、食べ物に関しても同様だ。しかも好きなものよりも嫌いなものが多い。

 地方に仕事に行くと、土地の名物を勧められることもよくある。他の四人はたいていのものはおいしくいただき、健啖家の繁之はいつも喜んでもらえるのだが、章は気難しいので困るのだ。

「きのこだのイノシシの肉だの、そういうのも嫌いだ。俺は大衆食堂で出てくるみたいな、アジのフライやサバの味噌煮がいいですよ」
「安上がりなんだけどな」

 食べものの好みにはノスタルジーがつきまとう。

 肉じゃがが好きって、これはうちの母ちゃんの得意料理。マザコンだって言われそうだから内緒だけどね、と幸生はこっそり呟く。

 俺のグランマ・コンは周知の事実だからいいんだけど、作るほうに得意な料理はたびたびこしらえ、しょっちゅう食べるからなじんでますます好きになる。飽きないのが田舎料理のいいところだな。男は、男は、と言いたがる祖母だったけど……と隆也は思い出す。
 男は台所に入ってはいけません、とは言わず、料理を教えてくれたのは感謝してるよ、ばあちゃん。

 章のことは言えないくらい、俺の好みもかたくなだな、と真次郎は苦笑する。
 やっぱり食べ慣れた味がいちばんかな。素朴で荒っぽい料理で酒を飲む。俺にはそれが一番だ。

 人間、好き嫌いがあって当然だろ。食いものだって音楽だって他人だって、その他諸々にしたって、なんでも好きだって言うほうが変なんだよ、と章は開き直る。頼むから俺に、おいしいよ、食べてみろよ、って言わないでくれ。嫌いなものなんかなんだって食いたくないんだから。
 
「って話を、この間、みんなでしたんだよ。恭子ちゃんには偏食ってある?」
「ない。私は食べものはなんでも好きだよ」
「ゲテモノとかは?」
「ものによるんじゃない? 鳥の赤ちゃんが入ったゆで卵とかってあるんでしょ? アリの載ったバタートーストとか、蜂の子とか、あとはブタの臓物とか? そういうのだったら食べられる。食べたことないのは食べてみたーい」
「そうだよな」

 半年ほど前からラジオの仕事でパートナーになった、テニス選手の川上恭子。彼女の反応は繁之にはたいへんに好もしい。食べものについての趣味が合うというのは、一緒に暮らしていく上では重要だ。一緒に暮らす……それって……つきあってもいない相手なのにそんなふうに想像してしまって、繁之はひとりで照れていた。

END







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179「類は友を呼ぶ」

しりとり小説

179「類は友を呼ぶ」

 大きいことはいいことだ。
 一時、流行したフレーズだそうだ。大子の父も大二郎の父もそのフレーズに共感して、娘と息子の名前に「大」の字を使った。

「男の子はまだいいけど、女の名前に大って、まちがってると思わない?」
「大子って書いてヒロコ、おまえは顔がでかいからぴったりじゃないか?」
「……あんたは身体がちっちゃいのに大二郎って、名前負けしてるよね」

 高校で同級生になり、親しくなったのは名前のせいもあったのかもしれない。大子もさして身体が大きいほうではないのだが、すこし太目なのが顔の大きさのせいで際立って見えて、ああ、大きい子なのね、と教師にまで納得顔で言われたりした。

 友達同士だった高校時代には、遠慮もなく罵り合っていた。高校を卒業して大子はコンピュータ専門学校に、大二郎は大学の電子工学科に入学したのは、ふたりともに目指す職業は近く、ただし、大子は実務資格を、大二郎は学歴を望んだせいもあった。

 四年間は離れていたのだが、大子が就職して二年目に、大二郎と再会した。大二郎は同業他社に、大子よりは一年遅れて入社していた。

「大子といると気楽だよ」
「私も、身構える必要がないから、ダイちゃんとこうして喋ってるのは楽しいな」
「高校時代の同級生感覚のまんまだもんな」

 そうして二十代の前半には、ふたりは甘さのない恋人同士としてつきあっていると、大子は認識していた。それにしても私って女としては魅力ないんだろうか? と悩みはじめたのは、大二郎が性的な触れ合いを一切してこないからだった。

「そうなんだ。ヒロコの彼ってキスもしないの? つきあってるんでしょ?」
「つきあってるよ。もう二年はつきあってる」
「ダイちゃんってホモじゃないの?」
「そんなふうじゃ全然ないけどなぁ……」
「私がたしかめてあげようか」

 専門学校時代からの友人、実夕に話すとそう言われて、だったら紹介しようか、となった。実夕は恋愛経験も豊富で、草食系なのかホモなのか、見たらわかるよと言っていたからもあった。

「あれはホモじゃないよ」
「ほんと?」
「ほんとほんと。ヒロコのほうから誘惑したらいいんだよ」
「……ん」

 意を決して、大子は大二郎と食事をした際に言ってみた。

「明日は休みなんだよね」
「明日は土曜日だから休みだよ」
「お金はあるからさ……えと、私がおごるから、いっぺん、あそこに泊まってみない?」
「あそこ?」

 十代から友達だった大二郎には、大子とてセクシャルな誘いはかけにくい。どうにも言いづらくて、レストランの窓から見えるシティホテルを指さした。おそらくは大二郎も、大子と同じ理由でなにもしないのだと思えた。

「あ、ああ、そか」
「そかって……」
「いいよ、行こう。割り勘でいいよ」
「そ、そう?」

 離れていた時期には大二郎にも彼女がいたらしい。大子には彼氏と呼べるほどの存在はいなかったが、二十歳のときに専門学校の講師となんとなくそうなった経験があった。はじめてベッドに入ったとき、彼が大子の顔を両手ではさみ、まじまじと見つめ、言った。

「ほんと、顔、でかいな」

 むかっとしたので、続けてつきあう気にはなれなかった。
 五年ぶりの二度目の経験。ああ、私、やっぱり大ちゃんがいいわ。大ちゃんとは身体もしっくり合うんじゃない? こうして抱き合ったんだから、本当の恋人同士になったんじゃない?

 それからは一週間か十日に一度くらい、デートしてはホテルにも行くようになった。費用は何もかもが割り勘なのも、友達からはじまったのだから当然で、大子にもそのほうが気楽でよかった。

「大子、私、結婚するんだ」
「あ、そうなんだ。おめでとう」
「大子にも結婚式に来てほしいんだけど、まずいかなぁ」
「どうして? お相手は私の知ってるひと?」
「そうなんだ。だからまずいかなって……大ちゃんに聞いて」
「大ちゃん?」

 なぜここに大ちゃんの名前が出てくる? 首をかしげている大子に向かって、くふっというような笑い声を聴かせ、実夕は電話を切ってしまった。

「実夕が結婚するんだって」
「うん、知ってるよ」
「大ちゃんに聞いてって言ってたけど、どういう意味?」
「そういう意味だよ。実夕と結婚するのは俺だもん」

 いやな胸騒ぎがして、電話ではなくメールにした。大子のメールへの大二郎からの返信を読んで、ケータイを取り落としそうになった。

「だって、大ちゃんは私とつきあってるんじゃなかったの?」
「つきあってるってか、友達だろ」
「友達とホテルに行くの?」
「あれはおまえが行きたがったからだよ。楽しかったんだろ? 友達ったって大子は女なんだから、嫌いじゃないんだから抱くことはできたよ」

 嫌いじゃないからできた……そんな感情だったのか。電話は面倒だからメールでいいよ、と書き添えて、大二郎は律儀に返信だけはよこした。

「大子が実夕を紹介してくれたときには、好きなタイプだと思ったんだ。俺はああいう華奢で顔も小さい女の子が好きなんだな」
「そんなこと、ひとことも言わなかったじゃないか」
「おまえの前でおまえの友達を褒めるなんてルール違反だろ」
「それで、私と寝て実夕とも……」
「だから、実夕は彼女、おまえは友達」
「友達と寝るなんて信じられないよ」
「おまえは俺が彼氏のつもりだったのか? 俺、つきあってほしいなんて言ってないよ。おまえもそれは言ってないじゃないか」

 デートだけならば友達同士でもいいかもしれないが、寝た以上は恋人になった、暗黙の了解だと思っていた大子がまちがっていたのか。

「だからさ、実夕と結婚したっておまえは友達だよ」
「寝るのも続けるの?」
「嫁がいてよその女と寝るのもルール違反かな。大子は俺たち夫婦の共通の友達ってことで、これからもよろしく。楽しかったよ」
「……実夕は知ってるんだよね」
「大子とつきあってるの? って訊かれたから、つきあってないって言ったよ。大子は実夕に俺と寝たって言ったのか?」
「ちらっとは……」

 どうだった? と実夕に訊かれ、一応成功、とだけは応じた。やったね、と笑った実夕には、それ以上は話していない。大二郎との間の秘め事を他人に話すのはいやだ、と大子は思っていた。

「すぎたことだな。結婚式には来てくれよ」
「招待するつもりなの?」
「友達だもんな」
「……行きたくない」
「そっか? なんだよ、被害者ぶんなよ。遊ばれたとでも思ってる? 遊んだのはお互いさまだろ」

 被害者ぶんな、との文面が心につきささり、これ以上なにを言っても徒労だと感じた。そこで大子はメールを終了し、遊ばれたんじゃない、私が大二郎と遊んでやったんだ、と気持ちを切り替えることにした。

 冷静に冷静に。被害者ぶりたくはないけれど、悪いのは大二郎だ。あんな男だとは思わなかったおのれの不覚も羞じるべきだ。しらっと友達の彼氏を強奪する実夕も最悪の女だ。けれど、被害者ぶって結婚式には欠席するのも癪だから、なに食わぬ顔で出席してふたりを祝福した。

「大子って心が広いよね」
「さすが、俺が親友だと思ってる女だけあるよ」

 新郎新婦はそう言ったので、大子も広い心で笑っておいた。「大」の字には「ひろい」という意味もあって、父はそのつもりでこの名前をつけてくれたのだ。顔が大きいからではないのである。

「子どもができにくいらしいんだよね。検査してもらったの」
「そうなんだ。まだ二十代なんだから、ゆっくり気長にがんばるしかないんじゃない?」
「人ごとだと思って呑気だね」

 結婚してからも実夕は時々、電話をしてきて愚痴る。大二郎も大子にメールを送ってきた。

「外見は理想のタイプなんだけど、実夕は口うるさくてさ、不妊治療をはじめたから金もかかって、節約節約ってうるさいんだよ。大子からも言ってやって。あんまりガミガミ言ってると旦那に愛想つかされるよって」
「大ちゃんこそ、実夕に捨てられるよ」

 日にち薬、時がすべてを洗い流してくれる、そういう俗説は真実なのかもしれない。五年もたてば大子の中でも大二郎と実夕との当時の関わりは「過去」になっていった。

 去年、駅の改札口近くに落ちていた小銭入れを拾って駅長室に届けた翌日、駅長から電話がかかってきた。小銭入れとはいえ、大切な鍵が入っていたそうなんですよ、持ち主がお礼を言いたいと言われています。えーっと、持ち主は……と駅長が告げたのは、大子も治療してもらったことのある、歯科医師の名だった。

「ああ、斉木大子さん、大のつく名前の女性は珍しいのもあって……あ、失礼。いや、記憶にありますよ」

 ドラマみたいな出会いだった市東医師は、お礼にと食事をごちそうしてくれ、二度、三度とデートに誘ってくれた。

「大子さん、僕と交際してくれませんか」
「そんな……私なんかと……私なんかとつきあわなくても、お医者さんってもてるんでしょ」
「歯科医はたいして収入もよくないし、僕はもうじき四十だし、背も低いし、もてないよ」
「もてないから私と?」
「もてたとしても大子さんとおつきあいして、ゆくゆくはお嫁さんになってほしいな」
「……」

 裏切られるのなんて慣れている。軽い気持ちでつきあえばいい。そのつもりでうなずいたのだが。

「結婚しよう」
「……え? 私と?」
「そうだよ。一年はつきあったんだし、年齢的にも早すぎはしないでしょ? いや?」
「いやなんかじゃ……」

 自分で言うよりも収入はいい。背は低いが見た目には清潔感もある。年齢は三十五歳になった大子の六歳上。市東豊には母親はいない。大子の両親は大喜びし、豊の父親も言った。

「大子さんはコンピュータに精通してるんだね。うちのその方面の責任者になってもらえそうだな。そちらは結婚してからとして、豊をよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

 燃え上がるような恋情はないが、思い起こせば大子はそれほどの恋をしたことがない。どうにか出産も可能な年頃で、じっくりした年上の男性と結婚するのもいいではないか。正式に結婚式の日取りなどが決まってから、大子は大二郎と実夕の夫婦に報告した。

「大子が結婚するの? 物好きもいるもん……いやいや、嘘だよ。何者? 歯医者? うわ、逆転ホームラン。いやいや、いいよ、紹介してよ。大ちゃんと四人でごはん食べようよ」

 実夕は電話でそう言い、大二郎はメールをよこした。

「そっかぁ、大子も結婚か。歯医者かよ。なかなかのおっさんをつかまえたんだな。俺がどんな男か見てやるから、実夕の言う通り四人で食事しよう」

 昔ほどにはつきあいはなくなっているのだが、実夕とは電話で、大二郎とはメールで時々会話をかわす。彼らの結婚式には招待されたのだから、大子の結婚式にも呼ぶのが筋だと思っていた。

「大子って何人目の彼?」
「俺を彼の数に入れるなよ」
「えーっと、初体験の話、聞いたよね。いつだっけ?」
「大子の初体験って俺じゃないのか? あれれ? あ、ごめん。そんな話を大子の婚約者の前でするなよ、実夕」
「そだね、あとでね」

 初対面の挨拶もそこそこに、大二郎と実夕はそんなことばかり言う。豊は苦笑いしていた。

「あのひとたちの言ったこと、気にしてる? そりゃあ、大子さんにだってモトカレくらいいるでしょ」
「豊さんは気にしてないってことね? まあね、なんにもなかったとは言わないけど……」
「僕にだってモトカノはいなくもないし、気にしないのが一番だよ」

 鷹揚にも豊は言ってくれたのだが、腹に据えかねていた大子は実夕に電話をかけた。

「だってさ、大子ばっかり幸せになれるみたいで悔しいんだもん。大子のせいで私たちは離婚の危機なんだよ」
「私のせい?」
「大子はいまだに大ちゃんとメールしてるでしょ。それに、大ちゃんったら喧嘩をしたら、見た目はおまえのほうがいいけど中身は大子のほうが上だって言うんだよ。大子がしゃしゃり出てくるから……」

 そんなもん、知らんがな、であった。一方、大二郎はまたまたメールをくれた。

「大子が実夕によけいなことを吹き込むからもあるんだ。子どもができないのは俺はそれでもいいんだけど、実夕はほしくてたまらないみたいで、不妊治療によけいな金を使うからうちには余裕がない。これで大子が結婚して妊娠でもしてみろ。実夕は手がつけられなくなりそうで恐怖だよ。おまえは子どもなんか産むなよ」

 またまた、知らん知らん、である。
 そうやって不平不満満載になりながらも、離婚はしないのも彼ららしいのかもしれない。まさしく、この夫婦は似たもの同士なのだ。結婚式に呼ぶのもやめたほうがいいかな、徐々に疎遠にして、妊娠したとしても知らせるのはよそう。
 
 知り合ってから、大二郎とも実夕とも二十年前後、ことここに至ってようやく、大子もそれに気がついたのであった。

次は「ぶ」です。








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FS四季の味「甘酸っぱい」

フォレストシンガーズ

四季の味物語

「甘酸っぱい」

 カルピスは初恋の味。コマーシャルで聞いたこのフレーズは、ナツのお気に入りだ。

 芸名はハル、ナツ。ふたり合わせてハルナツコンビ、ハルナツデュオ。十六歳の双生児は、アイドルオーディションを受けて不合格になったものの、別の事務所から誘われてデビューした。CDも出したのだが、売れなくて、最近の仕事といえば「歌の森」という深夜ドラマ出演以外には特になかった。

 深夜ドラマとはいえ撮影は深夜ではないので、十六歳にだって働ける。「歌の森」というドラマはフォレストシンガーズの青春時代を描いているのだそうで、ハルナツには古すぎてむしろ新鮮な時代が舞台になっていた。

 リアルな時代としては現在から二十年近く前。ハルナツは当然、生まれてもいない。
 そんな大昔に、東京の大きな大学に本橋真次郎、乾隆也、山田美江子の三人が入学してきた。ドラマはそこから開始する。その後、本庄繁之、小川清彦、木村章、三沢幸生も一年、二年遅れで大学に入学する。小川清彦以外は実名のドラマだ。

 後にフォレストシンガーズを結成する青年たちのうちの、三沢幸生。彼には妹がふたりいる。幸生はひとり暮らしなので妹たちの出番は少ないが、その役がハルナツ。幸生の妹の雅美と輝美は双生児ではないが、ふたつちがいでそっくりなのだそうで、ハルナツにも似合う役柄だ。

 三沢雅美、三沢輝美は実在する一般人なので、ドラマの中ではハルミ、ナツミと、ハルナツに合せた名前になっている。双生児という設定にも変わっている。フォレストシンガーズ以外の登場人物はほぼ全員、微妙になにかを変えてあるのだそうだが、見るひとが見れば誰だかわかるのだそうで。

 フォレストシンガーズ? そんなのいたっけね。
 おじさんたちの歌のグループだよね。おじさんには興味ないんですけど。
 その程度だったのだから、ハルナツはドラマのどの部分がフィクションなのかも知らない。そんなのどうだってよくて、仕事があるのは嬉しいな、の認識だ。本職は高校生なのだから、そうは忙しくないほうがいいのである。

「ああ、この味、これだよね」
「ナツ、おまえ、十六だろ?」
「そうだよ。だからカルピスにしてるんじゃん」
「ただのカルピス?」
「そうだよ」

 昼間は出番があったので仕事をして、終わってからスタッフたちに混ざって食事に行った。いつの間にやらハルが消えてしまい、ナツはやむなく居酒屋に流れた半分ほどのスタッフについてきた。その店にいたのがVIVI。彼もまた「歌の森」の共演者で、木村章を演じている。

 疑わしそうにナツを見て、だったら俺にちょっと飲ませろ、などとVIVIは言う。ナツはVIVIをぐっと睨み据えた。

「あんたに飲まれたらあと、気持ち悪くて飲めなくなるんだよ」
「セクハラだってか?」
「セクハラでもなんでもいいけど、気持ち悪いんだよっ」
「そんなに怒らなくても……男は気持ち悪いってほう?」
「気持ち悪いよ」
「そっかぁ。俺にはハルとナツの区別がつきにくかったけど、おまえの言ってることが本当だとしたら、中身はずいぶんちがうんだな」

 ただのカルピスではなくカルピスチューハイだが、VIVIに咎められる筋合いはない。マスコミの連中がいたとしても、ナツが飲んでいるのはアルコールだとは気づかれないはずだ。喫煙は一目でばれるが、酒とカルピスなんて見た目は同じなのだから。

 それはいいとして、VIVIの言いたいことは、なんとなくナツにもわかった。

「あたしはあんなエロJKじゃねえんだよ」
「あ、なるほど」

 そのひとことで、VIVIにもわかったようだった。

 もてちゃってもてちゃって、困るんだよね、という言葉とは裏腹に、嬉しくてたまらないらしいハルは、売れなくてもアイドル稼業が楽しくてしようがないらしい。あたしたちはふたりだけで、身体を張って働いている、とハルは誇らしそうにしている。

 近頃の女子アイドルはやたらに人数の多いグループだらけなので、ハルナツのようなのは少数派だ。だからってどこがどうちがうの? 人数だけじゃん、とナツは思っているが。

「ナツは昭和時代の女学生みたいだな」
「意味不明」
「俺、今度、昭和の時代のドラマに出るんだよ。「歌の森」は古いったって二十一世紀はじめくらいだけど、次は昭和三十年代、うちの親が生まれたころかな」
「オールディズとかってやつ? 流行だよね。viviはおかまの役とか?」
「そうじゃなくて、エレキ抱えたロカビリーボーイだよ」

 なんとなく聞いたことのあるような言葉ばかり連発しているviviに、ナツは適当に相槌を打つ。なんとなくわかればいいのである。

「主人公はそのころの女子高校生で、当時、自由恋愛ってのが流行り始めた。主人公は潔癖症で、男と立ち話をしている同級生を見ては、不潔!! とか言って怒ったり、先生に言いつけたりするんだ。そしたら先生が、あなたは古いわね、とかって言うんだよな」
「その女子高生があたしに似てるって?」
「ナツのはそんな気分じゃないわけ?」
「ハルが不潔? 意味不明」

 不潔じゃなくて馬鹿なだけさ。
 アイドルと遊びたくてうずうずしている、ちゃらい男の甘言にたぶらかされて、もてるもてるって喜んでる馬鹿。あたしはハルみたいには絶対にならないね。

 恋なんてものはカルピスで味わえばいい。そんなものはなくてもいい。
 それよりもあたしは、アイドルやタレントを売り出す立場になりたい。アイドルなんてのは一瞬で消えていって、ああ、そんなのいたな、と言われるだけだけど、プロデューサーは次々に戦略を打ち出しては、新しいアイドルを世の中に出ていかせる。そっちのほうがずっと面白そう。

 だから、ハルナツとしての仕事はそんなになくてもいいんだ。あたしはこの世界をじっくり見極めて、将来はトッププロデューサーになるんだから。viviの話は聞き流しつつ、ナツはそんなことを考える。そのために……そのためには……。

「ああ、そうだね」
「だろ? ナツ、わかってんじゃん」

 なにがわかっているのか、ナツにはわかっていないが、viviとは会話が成立している。ナツにわかったのは、そのためにはハルも役に立つね、ということだった。ハルには別の面からこの業界を観察してもらって、将来はナツの片腕になってもらうのだ。

 そのためには、大学にも行ったほうがいいかもな。大学院も考えたほうがいいかもな。そういう方面の勉強も必要だよな。俗っぽいことはハルにまかせておいて、あたしは別方面を固めよう。

 そして時々は、カルピスチューハイの甘酸っぱさに身をゆだねる。あたしはこれだけで幸せ……なんだって男とどうこうするのが楽しいのか、ハルの気持ちはさっぱりわからない。酒なんかよりもキスのほうがおいしいよ、とでもハルは言うのだろうか。

END








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燦劇のパール by たおるさん

201712252215065ccぱーる

フォレストシンガーズストーリィの脇役として突然出てきた燦劇。
むごたらしい劇ではなく、きらびやかな劇。
美貌が売りのビジュアル系ロックバンドです。

宝石をコンセプトに、サファイア、エメラルド、ルビー、トパーズ、パール。
五人の美青年たちはフォレストシンガーズの後輩バンドです。
やってる音楽はまるっきりちがって、お互いに、理解できん、とか思ってますが。

そのうちのひとり、キーボードのパールをたおるさんが描いて下さいました。

私のサボリのせいで、クリスマスごろには完成していたのに気づかず。
気づくのもアップするのも遅くなって、たおるさん、本当にすみません。

ファイ「おい、これどこの女だ? 綺麗だな。ねえねえ、彼女、俺と……」
トピー「まーたはじまったよ、ファイの美人ナンパ癖。でも、ほんと、綺麗だな」
ルビー「ファイがその気になったんじゃ、俺たちにはどうしようもないね。うん、彼女、可愛い……」
エミー「けどさ、あれ? 胸がないじゃん、女か、あれ?」
パール「うふふ」

他四人「あーっ!!」

仲間たちも一瞬、女の子かと思ったほど美人のパールに描いて下さって、たおるさん、ありがとうございました。
今年もよろしくお願いします。









FS四季の味「クリスマス・甘ったるい」

フォレストシンガーズ

四季の歌・味

「甘ったるい」

 手軽に飲める缶入りの酒なども多種あるが、カクテルだのサワーだの、甘い酒を飲んでおいしいと言う奴を見ているとうげげと思う。人の嗜好は自由なので勝手に飲んでいる分にはいいのだが、おいしいよ、本橋くんもどう? と勧める奴は嫌いだ。

 お菓子も嫌い、甘いおかずも嫌い、甘い酒も嫌い、アイスクリームなんかも食いたくない。甘いものは大嫌いなのはガキのころからだっただろうか? 小学生だったらチョコレートなどは食ったが、バレンタインにチョコレートをもらうのはいやではなくても、食いたくはなくなった。

 ムードにしても甘いのは苦手だ。
 恋人同士ってどうして、甘さを漂わせる必要があるのだろう。女はどうして、甘い言葉を欲するのだろう。ね? 愛してる? と質問して、愛してるよ、と言わせたがるのだろうか。

中学生のときのは幼すぎて恋愛でもなかった。高校のときには彼女はいなかったから、大学生になってから三人の女とつきあった。そうすると、ルミは四人目の彼女か。

 本橋くんは優しくないんだもの……いくら優しくしているつもりでも、すねて口をきかなくなった女。
 女の子の気持ちがわかっていない、とやっぱりすねて、俺を詰った女。
 キスが下手だね、愛がこもってないよ、愛してると言ったら許してあげる、と言いたがる女の口をキスでふさいだ俺。

 すこしずつ大人の恋愛になりつつあるのか? 俺にはわからない。ルミはこの春に高校を卒業してCDショップで働きはじめた十八歳。彼女は年齢的には子どものようなものだが、俺のほうも精神的に大人になっていなくて、ふたりともに戸惑っているような気もしていた。

「クリスマスは休めるよ。本橋さんはアルバイト?」
「いや、俺も休むよ。デートしよっか」
「ほんと?」
「ほんとほんと、約束だ」
「うん、嬉しいな」

 目をキラキラさせて寄り添ってくるルミは背が高くてほっそりしていて、可愛い顔をしている。俺が一目惚れしたのだから、接客業をやっている彼女には誘惑だって多いだろう。しっかりつなぎとめておかなければ。

「どこに行きたい?」
「クリスマスの定番デートってしたいな」
「それってどんな?」
「イタリアンレストランでディナーを食べて、素敵なホテルですごすの」

 雑誌に載っているようなやつか。そんな俗っぽいの……とけなすと嫌われそうだ。イタリアンだったらそんなに高くもないが、ホテルは高いだろう。
 親元から通っているルミ、みすぼらしいアパート暮らしの俺。クリスマスイヴに俺の部屋でなんて、侘しすぎるからホテルを取るのは当然かもしれない。

 レストランもホテルもどうにか予約が取れて、金もなんとかなるかなと胸算用もできた。大学四年の年にフォレストシンガーズを結成し、卒業してからは乾と俺はフリーター暮らしだ。来春にはシゲとヒデも大学を卒業する。来年にはデビューできるだろうか……だろうか、ではいけない。しなくては。

 その翌年には幸生も卒業する。五人のメンバーが全員フリーターにはならないように、一刻も早くプロになりたい。ならねば。

 決意がどれほど堅くても、世の中は無情だ。そうたやすくプロにはしてくれない。してくれない、ではなくて自らならなくちゃ。とはいっても、こればかりは他力本願の部分も多々あって、自力だけではどうにもならないのだった。
 なのだから、むろん金はない。ディナーとホテルは相当に苦しいが、四つも年下の女の子とクリスマスに割り勘だなんてみっともないことはなはだしい。ここは俺ががんばらねば。

「うん、楽しみ。おしゃれするからね」
「俺はおしゃれは得意じゃないから、勘弁してくれよな」
「本橋さんはなにを着ててもかっこいいよ」

 モデル体型というのか、特に俺はそういった体型が好みなのではないが、好きになったルミが長身細身の女の子たち憧れのプロポーションをしていただけだ。が、それだけにルミは着こなしがうまい。なにを着ても似合うのはルミのほうだ。俺もちょっとは服装にもリキを入れないと。

 楽器店なのでクリスマスイヴ当日はさほどに多忙でもなく、休みがもらえた。その分、クリスマス資金稼ぎに前日まではがんばって働く。イヴの一週間前、アルバイトを終えてファッションビルを覗き、うーん、どれがいいのかわからない、服装は乾にアドバイスしてもらおうかな、なんて思いつつアパートに帰宅した。

「……はい、おう、乾か」
「本橋、喜べ。クリスマスイヴの仕事が入ったよ」
「……う、あ? そっか?」
「もしかしたらルミちゃんと約束してるのか?」

 服のことを質問する前に、電話の先制攻撃だった。

 他の奴らには話していないが、乾だけはルミの存在を知っている。幸生は恋愛方面には鋭いので、俺に彼女がいるとは気づいているようだ。シゲとヒデには幸生が喋っているかもしれない。

「い、いや、別に約束はしていないぜ。なんの仕事だ?」
「俺のところの同業者の店で……」

 乾のバイト先は生演奏もする音楽酒場だ。乾が店でギターを弾いたり歌ったりしているところは俺も見たことがある。「月影」という名の酒場のママさんの知り合いのライヴハウスで、クリスマスコンサートを開催する。出演者はとうに決定していたのだが、欠員が出た。フォレストシンガーズはその補欠ってわけだ。

「ま、俺たちは欠員補助でも喜ばなくちゃな」
「そうだな」
「あまり嬉しくないか? ギャラも出るし、仕事がすんだあとでごちそうも出るってよ」
「いやいや、嬉しいさ」

 嬉しいけど、ルミにはなんと言って断ろう。ひとりでレストランに行くか? 金は俺が払うからさ、なんて言ったらふられてしまいそうだ。

 何度も何度もドタキャンばかりする俺を、ルミはいつも許してくれた。寂しそうな声、寂しそうな微笑み、恨み言を言いたそうな表情はしても、そっかぁ、しようがないね、がんぱってね、と言ってくれた。俺はルミに精神的に甘えてばかりで、ついにクリスマスの約束まで破ろうとしている。

 でも、やっぱり俺には仕事が大切だ。
 たかがアマチュアの、たかが欠員補助のライヴの仕事。それでも俺は歌える仕事ができるのが嬉しい。ルミとのデートを優先することは断じてできない。

 金のない俺は携帯電話は持っていないのだが、ルミは持っている。翌日にはインターネットカフェのパソコンで、ルミのケータイにメールをした。

「わかりました。お仕事がんばってね」

 個人的にはメールのできない俺の留守電に、そのまた翌日、ルミの声が吹き込まれていた。猛烈に胸が痛かったが、俺は仕事を選ぶ。これでルミにふられても仕方がないのだった。

「ひとりぼっちのクリスマスイヴ 凍えそうなサイレントナイト
 ここからどこへ行こう
 もう守るものなんて 見つけられない空の下」

 ジャズのインストゥルメンタル中心のライヴハウスだから、フォレストシンガーズの歌はあまり受けなかった。大人客には二十代はじめの男たちの歌なんて幼稚なのか。けっこう入っているお客たちは飲み食いに専念していて、歌が途切れた合間には、つまらないね、早く次のバンドが聴きたいな、歌だったらミヤコさんのほうがいいわぁ、などという声も聞こえてきた。

 ひそやかな陰口は聞き流して歌う。歌っていれば俺は幸せだ。

 受けないからテンションが上がらない……言い訳だけれど、なんだか疲れたような気がするステージを終えて、出演者用のクリスマスのごちそうのテーブルについた。大きなケーキを従業員が切り分けてくれる。今夜はお疲れさまー、乾杯!! の合図でシャンパンを飲み、ケーキを食った。

 大嫌いな甘い酒、甘いケーキ。こんなものを口にするよりも、俺はもっと歌いたかった。
 
 SHIN/22歳/END

どうにか今年もほそぼそ~と続けてこられました。
来年もいっそう、ほそぼそ~と活動していくつもりです。

本年はありがとうございました。
来年もなにとぞよろしくお願いします。

よいお年を!!












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FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2017/12

フォレストシンガーズ

「駒(こま)とめて そでうちはらうかげもなし 佐野のわたりの 雪の夕ぐれ」

 速攻で短歌を詠めるなんてすごい。この雪景色にマッチした短歌……雪の夕暮れ、というラストフレーズ以外は意味不明だったが、俺は乾さんに拍手を送った。

「雪とユキをかけたんでしょ。乾さんってやっぱり、ユキちゃんを愛してるのね」
「定家だよ」
「定価?」
「藤原定家」

 なんだっていいんだ。乾さんらしくて素敵。

 女性とこうして雪の夕暮れに散歩しているときに、短歌を口ずさんだりしたら、むしろ引かれるのかもしれない。けど、ユキちゃんだったらそんな乾さんに惹かれるわ。

「ついでに……」
「ん?」
「冒頭も意味はわかったんですよ。中ほどがよくわからなかったけど……そうそう、ちょうどいいものがあったんだ。このへんって本場でしょ。昨日、もらったんですよ」

 歌のステージのためにやってきた雪国で、このあたりの名物なんですよ、と役場の人がくれた将棋の駒。それをそっと取り出す。とめるってこうかな? こうしたほうがとめる感じ? あれこれやってみている俺を、乾さんは呆れた目で見ている。呆れられるのは慣れているよ、だってその目には、ユキをも、雪をも溶かしてしまいそうなあったかさがあるんだから。

END


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FS四季の味「冬・からい」

フォレストシンガーズ

四季の味物語

冬「からい」

 ハワイは年末年始休暇の時期には、日本人観光客であふれると聞く。特に有名人は日本を脱出してハワイに行きたがる。日本にいると顔を知られている者は不自由だから、気持ちはわかるのだが。

「ハワイなんかいやだ。そんな俗っぽいところ」
「きみならそう言いそうな気もしていたよ」
「それよりも日本にいて、隆也さんと初詣に行きたい」
「……初詣か」

 ごくごくたまにテレビ出演をするとなると、我々だって軽くメイクをする。テレビ局ではメイクアップアーティストが大活躍だ。真里菜は大御所メイクアップアーティストのアシスタントとして知り合い、話が合って親しくなった。

 やや小柄でやや細身で、年齢は俺よりもふたつ下の二十九歳。高校を卒業して福井県から上京して美容専門学校に入学し、メイクアップについて学び、先生の弟子になった。二十九歳にして独立はしていないのは、きびしい世界だからだそうだ。ひとり暮らしの彼女の部屋で、俺たちは話していた。

「お正月に神社なんかに行ったら、カメラについてこられそう?」
「メディアじゃなくても、最近はケータイのカメラとブログってやつがね……」

 中途半端とはいえ、俺だって世間に顔も名前もちょっとは知られている。フォレストシンガーズの乾隆也と特定できるのはファンの方だけかもしれないが、女性とふたりで初詣に行けば、ニュースにはならなくもないような。

「それほどのもの?」
「それほどのものだよ、俺は、とは言い切れなくて……」
「煮え切らないね」
「煮え切らないよね」

 はじめて女の子とつきあったのは高校生のとき。あれから十五年も経っているのだから、何人かの女性と恋をした。そうすると誰かが誰かに似ていたりもする。

 基本、俺が恋する女性はタイプが同じなのかもしれない。外見的な好みは真里菜タイプで、やや小柄、やや細身。性格も真里菜タイプ。まゆり……純子……尚子……菜月……緋佐子……美里……つきあった相手も片想いだった相手も、こんな感じの性格をしていた。

 こんな感じ、とはどんな感じか一概にはいえないが、俺は素直で純で可愛いだけの女が好きではないのだから仕方ない。強気の女をこの胸に抱きしめて泣かせたい、なんて、隆也、おまえ、章のことは言えないだろ。

 とはいうものの、好みは好みだ。三十過ぎて好みを変えるのもむずかしいし、第一、好みではない女性とつきあいたいとは思わない。好みゆえに愛する女性に振り回される。それも男の人生で、それはそれで恋の醍醐味にもなるわけで、うまく行く恋なんて恋じゃない、なのである。

「ハワイではない外国は?」
「どこ?」
「三泊四日で行けるところだったらいいよ。真里菜の行きたい場所は?」
「三泊四日で海外なんてもったいないじゃない。アジアしか行けないよね」
「グァムとかは?」
「そんなところ、行きたくない」

 どこにだったら行きたいの? だからぁ、と堂々巡り。

「そんなしょぼい外国なんかじゃなくて、日本で高級旅館に泊まろうよ」
「熱海とか箱根とか? 今からじゃ予約は無理なんじゃないかな」
「どうしてもっと早く行動しないの?」
「休みの予定が決まらなかったから」
「言い訳ばっかり!!」

 ご機嫌ナナメになった真里菜は、立ち上がってバスルームに入っていってしまった。

 十二月三十一日から四日間休み、なんていうのはデビュー以来初だ。ホテルさえ確保できたら、車ならば熱海あたりにだったら行ける。熱海で初詣も可能だ。真里菜のパソコンを拝借してインターネットで検索してみた。

「やっぱりみんな予約でいっぱいだな」
「隆也さんっ!!」
「わっ!!」

 検索に熱中していたら、いきなり怒鳴られた。

「私のパソコンを勝手にさわらないでよっ!!」
「ああ、ごめん」
「パスワードの設定、しておいたらよかった」

 怒っている彼女が俺を押しのけて、パソコンをシャットダウンしている。バスタオルを巻いただけの姿が色っぽい。着やせするようで、真里菜の裸体はけっこう豊満なのだ。怒っているので仕草が荒々しくて、バスタオルからセクシーなパーツがちらちら覗く。

 若くてなにも知らなくて、男の欲望は強かった十代のころ。
 女心にも疎くて、結婚はまったく考えられない相手を抱きたいなんて思ってはいけないとおのれを戒め、戒めすぎて怒らせた。はじめての経験をしたそのあとは、着替えをしている彼女を見つめてまたまた怒られた。

 色っぽい行為をしかけて彼女が怒るのか、それてもとろりととろけてくれるのかは、彼女の気分次第。その程度は学んだが、見極めるのはむずかしい。イチかバチかで、バスタオルからこぼれている丸い尻をくるっと撫でたら、逆鱗に触れてしまったようだった。

「帰って!!」
「わかりました。おやすみなさい」

 こんなときには潔く退散するしかない。俺はコートを抱えて彼女のマンションから出ていった。
 深夜の街は、寒くてひっそりしている。このあたりはマンション街だから、駅前まで行かないと店もない。時間的に終電も出てしまっているから、おりよく通りかかったタクシーを止めた。

「ごめんね。明日連絡するから、機嫌を直して」

 タクシーの中からケータイでしたメールには返事なし。しつこくするとよけいに嫌われそうで、その日はおとなしく帰ってひとりで寝た。

 それっきり、真里菜からメールが来なくなった。俺からはしたのだが返事がない。マンションに訪ねていっても入れてもらえないかもしれなくて、年末に向けて仕事が多忙になっていたのもあって、真里菜のことは忘れたふりをしていた。そうして働いていると、あっという間に十二月三十日。

「……しようがないな」

 こうなりゃ持久戦だ。明日からの休みは俺はひとりですごそう。気が向いたら真里菜から連絡があるだろう。待ちぼうけ、待ちぼうけ、の覚悟を決めて。

「あ……」

 うらぶれて帰る道、なつかしい店を見つけた。

「これしき食えないとは男じゃないぞ。食え」
「はい、食います……ううっ、からい」
「カレーはからいからうまいんだろ」

 ガキのころには家事の指揮者は祖母だった。祖母が自ら料理したり、家に住み込んでいたお姉さんが作ってくれたりするものはたいてい和食で、カレーライスも黄色くて甘かった。
 大学生になって東京に出てきて、先輩がおごってくれた激辛カレー。からすぎて食えなくて怒られた、なつかしいその店のチェーン店だ。

 あれから味覚は鍛えたので、少々からくてもカレーだったら食える。一日早い年越しカレー。

「いちばんからいカレーライスを下さい」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です」

 辛さに幾段階もあるカレーライスの、激辛中の激辛をオーダーしてスプーンを手にする。女に振り回されるのはこれからだって続くんだから、そんなものでめげないように、からいからいカレーで鍛えるんだ。妙な闘志が沸いてきていた。

END







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FS超ショートストーリィ・四季のうた・真次郎「冬の市」

フォレストシンガーズ

四季のうた

「冬の市」

 マルシェっていうんだよな、市場は。

 日本の市場とちがって、パリのマルシェってしゃれてるな。
 売ってるものがちがうんだよな。

 あれは知ってる、マッシュルーム。
 これだって知ってる、でっかいチーズだ。
 ワインも売っている。パンもたくさん、いい香り。

 チーズとワインとパンを買って昼メシにしようかな。 
 フランス語なんて話せないからレストランには入りづらいけど、買い物だったらできるだろ。

 ひとり歩きのパリ。
 こんなところにひとりで来るなんて、想像もしていなかった若い日。
 しかも仕事で来るなんて、なんかかっこいいよな、俺。

「本橋、パリでピアノを弾かないか?」
「俺が? どういうことですか?」
「仕事だよ、もちろん」

 社長から伝えられて、やってみたいと強く思った。
 歌がうまくてピアノもうまい日本のミュージシャンに、ピアノの弾き語りで日本の歌を紹介してほしいという、パリのプロモーターからの依頼だった。

 日本語は下手なつもりはない、歌もうまいつもりだが、ピアノはなぁ……いやいや、やる。やると決めたんだからやる。

「えと……あの、エクスキューズミー……ええと、シルヴプレ……えーっと、すみません。あ、えと……」

 お目当てのチーズ売りは真次郎を無視している。日本語も英語もフランス語のつもりの言葉も通じていないのか。どうしようかと戸惑っていると、寒さがしみてくる。冬のパリはマロニエの並木道と、そうだ、焼き栗!! 昔聴いたシャンソンのメロディが耳元によみがえってきた。

「あの……」

 焼き栗売りの屋台の前に立つと、あの、とひとこと発しただけで袋にクリを入れてくれた。さりげなくおしゃれに見える中年男がウィンクする。指を三本立てているのは、三ユーロという意味だろう。

 ほかほかの栗を食べてすこしは空腹も落ち着いた。これでこそ冬のパリ。パリは焼き栗だよな。

SHIN/35/END










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FS四季の味「秋・しょっぱい」

フォレストシンガーズ

四季の歌・味

「秋・しょっぱい」

 きのこなんてどこがうまいんだろ。こんなものには味がないじゃないか。ダイエットにはいいらしいけど、俺はこれ以上痩せたくないんだし、きのこ鍋なんかよりジンギスカンが食いたいよ。

「……毒きのこじゃないの?」
「章くん、なんて失礼なことを言うんですかっ!!」

 きっ!! とばかりに俺を睨みつけ、きつい口調で叱りつけたのは山田美江子。俺は美江子さんに叱責されると反射的に反抗したくなるのだが、本橋さんと乾さんも同席しているのでできない。

 アマチュアフォレストシンガーズが、将来はマネージャーになると予定している美江子さんとの六人で、本橋さんがバイト先で依頼された仕事にやってきた。地方の秋のイベントだ。ギャラなしで歌ってくれるシンガーズをということで、交通費と宿舎とメシだけは確保されている。

 勝手にマネージャーになると決めてるけど、俺たちがプロになれたとしても、あんたまではその事務所は雇ってくれないかもしれないよ。前に喧嘩をしたときに美江子さんに意地悪を言ってみたら、そんなことまで今から考えたってしようがないでしょ、と反発された。

 学生時代から本橋さんと乾さんとは仲が良くて、歳もシゲさんや幸生や俺よりは上で、五人きょうだいの長女気質の美江子さんは、俺たち全員に姉貴面をする。本橋さんもよく怒っているが、彼の怒りは長引かない。俺だけが美江子さんに不満を持っていて、先輩たちの手前存分にやり合えないだけにくすぶってしまうのだった。

 おい、章、あやまれよ、と目で俺に命令している幸生。
 乾さんは気づいていないのか? そんなはずがない。知らんぷりしているだけだ。
 本庄さんはひたすら食っていて、リーダーの本橋さんは本当に気づいていないのか、地元の人と話して笑っている。
 なにごともなかったようなふりの美江子さん。気まずい空気充満。

 こんな空気の中でまずいもんなんか食いたくねえよ!!

 フォレストシンガーズのメンバーになってから、何度こんな気分に支配されただろう。飛び出していけたら楽になるのに。でも、飛び出したら俺はシンガーにはなれない。俺は歌って生きていきたいんだから。

 グループを飛び出すのは不可能だけど、この部屋から出ていくことだったらできる。
 さりげないふうをよそおって席をはずし、外に出た。

 虫の音に包まれて空を見上げると、澄み切った空には大きな月と星たち。星のまたたきが幸生のお喋り並みにやかましいなんて、俺、病んでるよなぁ。

 道端の岩に腰かけ、膝に肘をついて顎を埋める。ちらっと眼をやった地面にもきのこ……おまえ、サルマタケとかって名前? されとも毒キノコ? きのこってまずいよな。だったら食うなってか? だけど、食わないと怒られるんだぜ。おまえたちがそんなところに生えてるからいけないんだよ。

 キノコに八つ当たりしてみる。

 気持ちのいい空気の中にいるってのに、気持ちはちっともよくない。口の中にはしょっぱい味が残り、その味が目にまで移っていくようで……あーあ、俺、またやっちゃったんだな。

 歌のため……将来のため……俺はフォレストシンガーズにしがみつくんだ。
 幾度も幾度も決意しても、幾度も幾度も気持ちが崩れていく。俺の人生ってこんなふうにしょっぱいまんまで続くのか。それって誰のせい?

 え? 俺のせい?
 ふーむ、なるほど。

akira/21/end










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FS超ショートストーリィ・四季のうた・全員「四季の詞」

フォレストシンガーズ

四季のうた「四季の詞」


 歌詞? 「し」といえば詩、あるいは「詞」が浮かぶのはソングライターの習性なのかもしれない。そりゃあ他にも「し」はたくさんたくさんあるけれど、やっぱポエムだろ、と章は思う。

「英語では詞はLyricsだよな」
「お、章、さすが」
「幸生、馬鹿にしてんのか」
「してないよ。褒めてんじゃん」

 幸生と章がもめているうちに、隆也が意外なことを言い出していた。

「まくらことば、だってよ。乾さんらしいよな。四季の詞……発想が枕詞に行くのか。やっぱ変態だな」
「枕詞ってのも「詞」だろ」

 意外といえば意外だが、章の言う乾さんらしい、を幸生はいい意味で受け止める。枕詞ねぇ、どんなのがあったっけ? 幸生としてはひとつも浮かばないでいると、繁之が素直に隆也に質問した。

「枕詞にも四季ってあるんですか?」
「春ならばあずさゆみ、などがあるな。あずさゆみ、春の霞のたなびけば……みたいに使う。枕詞ってのはそういうものだろ」
「そうですね、梓弓……なんだか綺麗だな」
「夏は?」

 今度は真次郎が尋ね、隆也が応じた。

「夏っていうか、ぱっと思い浮かぶのは、海にかかる枕詞、いさなとり……いさなってのはクジラだよ」
「桂浜っぽいな」
「たしかに、ぼいね」

 春、夏ときたら次は……?

「つゆしもの、秋の夜長のともしびは……」
「乾さん、その短歌の続きは?」
「今は短歌を詠んでるんじゃなくて、枕詞の話だろ」

 そうだった。では、冬は?

「あまをぶね、冬の水面に漕ぎだせば、肩にふりしく、雨か涙か」

 演歌になっちまったな、と隆也は笑う。枕詞ソングでも作ろうか、それもユニークですよね、などなどと、なにをきっかけにしても五人の会話はそこに行きつくのであった。


END








FS四季の味「夏・すっぱい」

フォレストシンガーズ

「夏・すっぱい」

 名古屋で降りて乗り換えて、三重県にある親の家に向かうつもりが乗り過ごし、大阪まで行ってしまった。仕方ないから大阪城を見に行って再会した合唱部の先輩、八幡早苗さん。

「そうなんだ。本庄くんは歌手になるんだね。フォレストシンガーズって美江子から聞いたことはあるわ。そんなのなれるわけないと言いたいところだけど、私は応援してあげる」

 大阪に本社のある会社に就職して研修にきていたのだそうで、八幡さんと話をして次に会う約束もできた。八幡さんについては姓だけしか知らず、綺麗なひとだな、でも、俺には関係ないか、との関心くらいしか抱いたこともないので、デートしようよと言われたときには泡を食ってしまった。

 デートってのは言葉の綾かな? 社会人になった八幡さんにとっては合唱部の後輩はなつかしいから、東京に戻ったら会って昔話でもしたいって程度かな。

 それでもいい。俺の初デートだ。

 二十一歳、大学四年生。女性とデートもしたことのない俺。片想いだったらあるが、恋愛経験もない。初恋は小学校一年生のときの先生に感じ、それからも女の子を、可愛いな、いいな、友達になりたいな、と何度も何度も思ったが、告白なんかできるわけもない。してもらえるなんて想像もできない。

 十八のときについに告白しようと決意したのだが、彼女の兄貴に邪魔された。その彼女は俺ではない男と電撃結婚し、今では子どもがいるそうな。大学だけは卒業するつもりらしくて、ごくたまに、キャンパスで見かける。すこし太って大人びた彼女はお母さんなのかぁ。

 遠い遠い遠いひとになってしまったリリヤさんのことは、とうに吹っ切ったつもりだ。
 だから、それからだって片想いだったらした。想いが強くはならないせいと、勇気がないせいとで、俺はいまだデートすらしたことのない寂しい男。彼女いない歴イコール年齢。

「本庄くんって彼女はいるの?」
「いません」
「そうなの? 本庄くんは優しそうだし、素朴でいい感じだよ。彼女がいないなんて信じられない」
「いないんですよ」
「いつからいないの?」

 ずっと、とは言えなくて、笑ってごまかした。

 白いパラソルを差してワンピースを着て、ハイヒールのサンダルを履いた八幡さんは、俺よりも背が高くなっている。モデルにならない? 女優になりませんか? というスカウトは子どものころから数え切れぬほどに受けたというのが決して誇張だとは思えない美人だ。

「私も歌手になりたかったのよ。だから、モデルや女優は断ったの。モデルか女優としてデビューしてから歌手になるって方法もあるんだろうけど、私は一途な性格だから、あちこち寄り道するのは向かないと思ったのね」

 夏の街をふたりで歩く。なにを着ていこうかと悩みに悩み。結局は普段と同じセンスもなにもないシャツとジーンズ、そんな俺はおしゃれな八幡さんとは似合わないだろうけど、彼女の綺麗な声を聴いているのは心地よかった。

「両親は言うのよ。女性は結婚して主人を支える立場になるんだから、若いうちに歌手として働くくらいがいいんだって。女優なんかになったらやめられないでしょ? 縁遠くもなりそうだよね」
「そうかもしれませんね」
「うちはすごく金持ちだから、お金のために働く必要もないのよ」

 女子部と男子部は交流も盛んではあったが、女子部の先輩についてはよくは知らない。美江子さんと八幡さんは同い年だが、八幡さんについての話をしていたかどうかは記憶になかった。

「だけど、社会人経験も必要だから就職はしたの。こうなってみたら歌手だなんていう浮ついた仕事よりも、堅実な会社員のほうがいいと思えるんだ。歌手になんかならなくてよかったわ」
「そう……ですか」
「受付に配属されたのよ。上司が言うには……」

 秘書課か受付か……秘書課は軽いイメージがあるみたいだから、八幡さんだったら受付のほうが適任だな、受付は会社の顔だから、だったのだそうだ。

「秘書課っていうのは重役の秘書でしょ。そうすると変な誘惑もあるんだって。お酒の席に行かなくちゃならなかったりもするから、セクハラもあるらしいのよ。八幡さんのような清純なお嬢さまにそんな仕事はさせられないって。そりゃそうよね」
「そうですね」
「今はまだ新人だからいいほうだけど、これからは激務になるのよねぇ」
「がんばって下さいね」

 受付って激務なのかな? とは思ったが、俺には社会人経験はないのだからわからない。質問は控えておいて、八幡さんの会社の話を聞いた。

「早速に交際申し込みを受けたんだけど、私はそんな安い女じゃないわ。今は仕事に必死だから、男性と交際するつもりはないの」
「あ、そうですか」

 つまり、あんたともつきあうわけじゃない、と言いたいのか。八幡さんとつきあいたいだなんて、そんなあつかましいことは考えてもいないが。

 街を歩いていても喫茶店に入っても、八幡さんのお喋りは続いている。女性ってよく喋るな……俺の身近にいる若い女性といえば、幼なじみの泉水と美江子さんと、アルバイト先の社員。彼女たちもよく喋る。とりわけ泉水はマシンガンだ。しかし、美江子さんや泉水は低めの声で、八幡さんは女子アナみたいな美声。俺は八幡さんのような声のほうが好きだな。

「本庄くんはアルバイト? 収入はあるんだよね。男性のプライドってのもあるんでしょ」
「ブライド?」
「そりゃあね、私のほうが収入はぐんっと上なんだろうから、おごるのは簡単だよ」
「あ、ああ、いえ、俺が出します」
「そうだよね。おごらせてあげる」

 鈍いな、俺、そういう意味のプライドだったのか。貧乏学生だってふたり分のお茶代くらいは払えるから、伝票を手にした。

「今日はありがとうございました」
「うん、いいのよ。この次はいつ会える?」

 次があるのか? 嬉しくて舞い上がりそうになっている俺に、私の休みは……と八幡さんが教えてくれる。夏休みだから学校はなく、アルバイトとフォレストシンガーズの歌の練習以外は暇だ。俺も八幡さんのスケジュールに合せて、この次のデートの約束をした。

 女性と会うのだから、デートだと思ってもいいじゃないか。誰にともなく言い訳して、うきうきした気持ちを押し隠そうとしていた。

「歌の練習してるんでしょ? 私も聴きにいきたいな」
「そ、そうですか、ぜひ来て下さい」

 みんなに内緒にしたかったのだが、これでばれてしまう。だけど、八幡さんとは恋人同士ってわけでもなく……友達と呼ぶのも変だけど、そのような関係で……ばれてもいっか。
 開き直ることにしたのだが、八幡さんが上手に言いつくろってくれた。それでもばれてはいたようだが、それならそれでもよかった。

「本庄くんってたくましいよね」
「……八幡さんは、綺麗です」
「綺麗だって飽きるほどに言われたけど、本庄くんの言い方は純朴でいいわ」

 なにがどうしてこうなったのか。八幡さんが俺をホテルに誘ったような気もするのだが、俺が自分に都合のよい解釈をしただけか。
 けれど、女神のように美しい女性との初体験は、俺を天国に連れていってくれた。

 つきあって下さい、と告白はしていない。八幡さんは仕事に夢中だから、男とはつきあわないと言っていた。でも、こうなった以上は恋人同士だろ。こんなふうにはじまる恋愛もあるんだよな。

 この夏は俺に恋をもたらしてくれた。
 もうじきに秋。八幡さんのために特別なことがしたい。フォレストシンガーズのみんなは作詞や作曲ができるのだから、俺にもできないだろうか。八幡さんに捧げる詩だったら、恋をしている今なら書けるんじゃないだろうか。

 故郷から送られてきた夏みかんを横にして、詩を考える。俺の頭では恋の詩を作り出すのに時間と労力がたくさんたくさん必要で、夏みかんもたくさんたくさん食べてしまった。すっぱいな、ちっとも甘くないみかんだな、うまくはないな、苦みもあるのが夏みかんか?

 ようやくひねり出した詩をみんなに見てもらうつもりで、フォレストシンガーズが練習していた公園に持っていったその夜、八幡早苗さんの裏切りを知るとは……裏切りとも呼べないかもしれない彼女の本心を知るとは夢にも思っていなかった。夏みかんのすっぱさは俺の青春の味だったのか。

SHIGE/21歳/END








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花物語2017/12「乙女椿」

おとめつばき
花物語2017


十二月「乙女椿」

 可憐なピンクの花には香りがない。香らない花なんてつまらないと、キチ子は子どものころから思っていた。

「早霧ちゃんってなにかの花に似てるね」
「キチ子ちゃんのおうちに、冬に咲くあの花?」
「あれ、なんて花だっけ? 山茶花?」
「山茶花だったらキチ子ちゃんよ。早霧ちゃんは乙女椿」
「ああ、それそれ」

 近所のおばさんたちや女の子たちにも言われ、キチ子は納得したものだ。早霧も内心、その通りだと言いたかったにちがいない。

 同い年の従姉妹同士、母同士が姉妹で家も近い。そんな女の子たちは比べられないのほうがおかしいのであって、キチ子と早霧は小さな小さなころから比較ばかりされてきた。

「キチ子? 古風な名前ね」
「大吉の吉よ。吉子と書くとヨシコと読まれるから、カタカナでキチ子にしたの」

 妹に言われた母が、キチ子の名のいわれをそう話したとはキチ子も聞いている。キチ子もものごころついてからは、幾度も聞かされた。だから、キチ子ってとってもいい名前なのよ、と。それから半年後には早霧の母も娘を産んだ。

「早霧なんて芸名みたいね」
「この子は赤ちゃんのときからこんなに可愛いんだから、ぴったりでしょ」

 叔母は自信満々だったそうだが、キチ子の母は、あまり派手な名前はねぇ……と首をかしげていた。

「いとこ同士なのに早霧とキチ子?」
「キチ子ちゃんの親って変わってるね。おばあさんみたいな名前じゃん」
「でも、逆じゃなくてよかったね」
「……あ、そうかも」

 ね、ねぇぇ、と、小学生にもなると言われるようになった。女の子たちがそういう理由は、キチ子にもわかっていた。早霧は、なんで逆じゃなくてよかったんだろ、と言ったものだが、白々しい。

 名前についてからはじまって、キチ子と早霧は二十年近く、ことごとく比較ばかりされてきた。中学生にもなると、早霧ちゃんには告白する男の子が何人もいるのに、キチ子ちゃんはいないみたいね、どうしてだろ? わかってるくせに、などと、噂話の恰好のネタにもされてきた。

 ようやく比べられないようになったのは、距離が離れてからだ。高校を卒業すると早霧は地元のお嬢さま女子大に進学し、キチ子は北国にある理系大学に進んだ。

「理系なんか出て、キチ子は将来はどうするつもり?」
「卒業したら一年間、あちこち放浪してこようと思うんだ。そのためにバイトしてお金を貯めたから」
「……」

 長い沈黙のあと、電話で母は言った。勝手にしなさい、と。

 娘たちを較べられるのは、母もうんざりしていたのだろう。早霧には弟がふたりいるが、キチ子がひとりっ子なのは母の考えもあってのことらしい。またまた早霧の弟と較べられそうだから、男の子はいらないよ、とも母は言っていた。

「やりたい仕事を見つけたの」
「なんの仕事?」
「調香師」
「調教師? 動物園?」
「ちがうちがう、香りのほうだよ」

 役に立たなくてもいいつもりで日本各地を歩いたキチ子は、大学を卒業してから一年足らずのころに、長崎で香工房と出会った。調香師というものには特別な資格は必要ないようだが、理系の人間にはふさわしい。外国との交渉も必要なので、英語とドイツ語の堪能なキチ子には似合いの職らしかった。

「当分、帰らない。この工房に住み込んで修行するから」
「……勝手にしなさい」

 今回もまた、母はそう言った。

 工房には果樹園が隣接している。植物園のような広大な敷地には、香りのある花や果実が種類ごとに分かれて植わっている。キチ子が知っている花も、かつて見たこともない果樹もあった。

「乙女椿……」
「綺麗だね、乙女椿は」
「でも、香りがないよ」
「そうなんだよね。ここは香りのない花たちが植えられてるんだ。僕はむしろここに来るとほっとするよ」
「そうとも言えるかな」

 同様に工房に住み込んで修行しているジョージは、イギリス人だ。彼はイギリスの大学を卒業して渡日し、和の香に魅せられたという。キチ子が修行しているのは洋の香のほうだが、工房では「和」や「華」なども扱っていた。

「そっか、キチ子さんは里帰りするんだね。僕はキチ子さんの故郷のほうには行ったことないな。一緒に行ったらいけない? 連れてってよ」

 日本人ならば、これはもしかしたら告白の意味? と感じるところだろう。ジョージは日本語は上手だが、そのあたりの感覚は日本人とは異なっているはず。それでもやっぱり、彼は私に好意を持ってくれているのだろう、とキチ子は思った。嫌いな女と一緒に彼女の故郷になど行ったりしないはず。

 故郷に帰るのはずいぶんと久しぶりだ。どこかしら時が止まったままのような田舎の町では、キチ子が外人さんを連れてきた、キチ子ちゃんは外人さんと結婚するんだろうか、などと噂になった。あいかわらずだな、と苦笑しつつも、キチ子も多少は期待していたのだが。

「あら、キチ子ちゃん、久しぶり」
「早霧ちゃんも里帰り? ひとり?」
「うん、たぶんね……うん、決まったら言うわ」

 長く離れているうちに、早霧が結婚したとの話は聞いていた。母はそういうことは言わないのでありがたいが、三十を過ぎて独身のキチ子は、ここにいたらさらに早霧と較べられまくっていただろう。

 けれど、とうとう私も結婚できる、かもしれない、とキチ子は考えかけては、早まるんじゃないよ、と自分を戒めていた。故郷に来て一週間。早霧の家のほうがずっと広いので、ジョージはそちらに泊めてもらっている。ジョージはキチ子には告白めいた言葉などまったくかけないが、こうしているとキチ子のほうが、やはり私は彼が好きみたい、と思うようになってきていた。

「キチ子ちゃんはジョージとはつきあっていないの?」
「同僚みたいものだから、つきあってはいないんだけどね……」
「いないんだけど?」
「うんと……そうね、早霧ちゃんはどう思う? 私の故郷についていきたいって言い出したのはジョージだよ。好きでもない女の故郷には行かない……」
「あのね」

 話しかけたキチ子を早霧が遮った。

「私、離婚したの」
「え?」
「結婚して三年以上たつのに子どもができない。調べたらどうやら、主人のほうに問題があるらしいのね。だったら親戚から養子をもらうなんて親が言うから、私は反対したの。そしたら離婚になったのよ」
「そ、そう」
「でね、ジョージだけど、たしかにジョージはキチ子ちゃんを好きなんでしょうよ。友達として、なのかな。それとも、一時は彼女にしたかったのかな。どっちだかは知らないけど、キチ子ちゃんから告白なんかしないほうがいいよ」
「なぜ?」
「恥をかくから」

 謎めいた微笑を見せて、早霧は帰っていってしまった。

「いいねえ、乙女椿は……僕は普段、香りってものに包まれすぎているから、美しくてなおかつ香りのない花に引きつけられたのかもしれない。キチ子さん、早霧さんと会わせてくれてありがとう」
「早霧ちゃんには香りがない?」
「彼女はまるで乙女椿の花のようなひとだ」

 それってつまらないという意味ではないの? 見つめるキチ子をジョージも見つめ返した。

「彼女こそが日本女性そのものだね。キチ子さんのような香りの強い……言い換えれば我や個性の強い女性に囲まれて生活していると、早霧さんのような女性といると安心するんだよ。結婚したい。告白もしてうなずいてもらったよ」
「ああ、そう言っていたね」

 工房の植物園で乙女椿を見たときにも、ジョージは同じことを口にした。結局は比べられ、彼は早霧を選んだ。キチ子はジョージとは縁がなかったのだ、きっと。


END


2017年も花物語を続けることができました。
最近は私のほうがさぼっているのもありまして、訪問して下さる方もコメント下さる方も激減しておりますが、お読みいただいた方がいらっしゃいましたら、ありがとうございました。

2018年以降の花物語は、もしかしたらなくなってしまうかもしれません。
長らくのご愛顧、重ねてお礼を申し上げます。










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FS四季の味「春・ほろ苦い」

フォレストシンガーズ

四季の味

「春・ほろ苦い」

 むかいの席から立ち上がった乾さんが先に店を出ていく。ごちそうさまぁ、と手を振って、俺はこれからどこに行こうかと考えていたら、女の子が近づいてきた。

「幸生っていうの?」
「あ、はい、そうですが……」
「フォレストシンガーズの三沢幸生だよね。今、出てったのが乾隆也。話が聴こえちゃった。あたし、暇だったんだもん」
「あなたはフォレストシンガーズを知ってるんですか」
「知らないけど、歌手なんでしょ」

 シンガーズとは、歌い手たちという意味だ。なのだから、フォレストシンガーズは森の歌い手たち。そんなグループ名であるにもかかわらず、男五人のお笑いグループ? などと訊き返される。俺たちはそれほどにも売れていないってわけだ。

 それでも仕事はあるので、ふたりでお茶していた店から、ラジオ出演のために乾さんが先に出ていった。ここはラジオ局近くのカフェ。俺たちは仕事の話をしていて、三沢だの幸生だの、乾だの隆也だの、フォレストシンガーズだのって名前が会話に頻出していた。

「彼氏にすっぽかされたみたい。幸生も暇なんだったら遊びにいこうよ」
「いいけどさ……きみの名前は? いくつ? 仕事してるの? 学生?」

 矢継ぎ早に質問をぶつけたのは、ちょっとばかり彼女がうさんくさかったからもある。出会いのシチュエーションがわざとらしすぎる。もっと自然に会ったのならば、一日おつきあいするだけならば、愛称でも知っていれば十分なのに。

 彼氏がいるってのに、デートの約束を破られたから別の男とつきあう? そうだとしても俺が怒る筋合もないのだが、この女の子は癇に障るのだった。

「学生だよ。速水淋。二十歳」
「リンちゃんか……」

 淋しいと書いて「リン」。涙の子のルイコなどもあるそうだから、うちの母なんかだと、寂しいだの涙だの哀愁だの、そんな字を子どもにつける親の気がしれないわ、と嘆くだろう。

 漢字はどうでもいい。俺としては響きが気になる。なぜなら……うさんくささは消えてはいなかったので、正直に言ってみた。

「俺のモトカノ、蘭子っていったんだよ」
「モトカノったら別れたの?」
「モトだから別れた彼女だよ」
「そんならいいじゃん。関係ないじゃん」

 たしかに、ということで、俺は淋と店を出た。

「春だね。風が気持ちいいね」
「そだね」

 細くて背が高くて個性的な顔をしている。小顔、細面、丸い目、高い鼻、大きな口、とがった顎、細長い首、腕も脚も細い。ヒールの高いミュールを脱がしても、俺よりも長身だろう。女の守備範囲はかなりかなり広い俺だが、趣味じゃないな。

「蘭子は小さくて可愛かったんだ」
「小さいなんてださいじゃん」
「ださくはないよ」
「太ってた?」
「淋ちゃんよりはふっくらしてたな」
「ちびでぶか。ださっ」

 一日だけかもしれなくても、これからつきあう男のモトカノに嫉妬しているのなら微笑ましい。けれど、淋は本気で俺の蘭子をださいと思っているらしい。背が高くないと、細身じゃないとこんな服は着られないんだよ、と誇らしげに自分のファッションを指さす。

 女の子だったら素敵だと思うのかもしれない。蘭子だったらなんて言う? かっこいいねって皮肉っぽく褒める? 蘭子は可愛いとしか言ってもらえないから、美人だとかかっこいいだとか言ってほしいと愚痴っていた。きみはこんな服が着たかったのかな? 俺は蘭子のファッションのほうが好きだよ。

 いつまでもモトカノのスーちゃんに呪縛されている章みたいには、俺は蘭子にはこだわっていないつもりだ。

 二十代前半の若さで、女は早く結婚したほうが有利だと言い放った蘭子。幸生くんは私と結婚する気はないでしょ? とも言った。そうだね、俺はまだ誰とも結婚する気はないよ。売れないシンガー、二十代半ば、こんな細い肩に愛する女性の人生までは担えない。

 有名になって給料が上がって、俺も精神的に大人になれたら、結婚したくなるんだろうか。蘭子とだってそこまで続く保証はなかった。

「蘭子の性格はそれほど可愛いばかりじゃなかったけど、俺とは相性がよかったんだよね」
「ひねくれ者? 性格の悪い女って嫌い。ってか、淋は女は嫌いだよ」
「それで、男をナンパするんだ」
「そうかもね。男とつきあってるほうが楽しいじゃん。メシだの酒だのって行ってもおごってもらえるしさ」
「ホテル代も出すけどね」
「当たり前じゃん」

 今夜知り合ったばかりなのに、ホテルになんか行かないよ、とは淋は言わない。男漁り……男遊び……俺だって女遊びはするくせに、女性がそんなことをするのはいやだなって、俺は身勝手な奴だ。

「蘭子とどっちがよかった?」
「蘭子」
「ちぇぇ。じゃあさ、次は淋のほうがよかったって言わせてあげるから、また会おうよ」
「いいけどね」

 ベッドインしてから、次の約束をかわした。
 そんなふうにはじまった恋……いや、恋じゃない。男遊びをする女と、女遊びをする男が遊んでいただけだ。

「幸生、昨日、バイト先で言われたんだよ」
「淋ちゃんってなんのバイトしてるんだっけ? 風俗だっけ?」
「内緒」

 どうも風俗っぽいが、恋人でもないんだからなんのバイトをしているんだっていい。淋はホテルのベッドに腹這いになって、自慢話をしていた。

「なんのバイトだっていいけど、お客さんが言うんだよ。男が言うんだったらあたしの気を引こうとしてるのかもしれないけど、おばさんに言われたの。三十近いくらいのおばさんが言ったんだよ」
「三十近い女性っておばさん?」
「おばさんじゃん」

 美江子さんが聞いたら怒るだろうなぁ、と俺はひそかに笑った。

「そのおばさん、ファッション雑誌の編集者なんだって。だからマジで言ってるんだよ。あなたってスーパーモデルみたいね、って」
「スーパーモデルってどんなの? ナオミ・キャンベルくらいしか知らないな」
「幸生、古いよ」

 ジゼル・ブンチェン、アドリアナ・リマ、アレッサンドラ・アンブロジオ、シンディ・クロフォード、ハイジ・クラム、タイラ・バンクス……淋が並べたのは俺の知らない名前ばかりだった。

「外人のモデルは胸のでかいのもよくいるんだけど、あたしはね、ちょっと身長が足りないんだよね。読モくらいしかやれないかと思ってたら、あんなこと言われて嬉しかったかも」
「モデルに憧れてるの?」
「うん。背が伸ばせるものだったらスーパーモデルになりたい」
「スーパー……スーパーマーケットか。うわ、ごめん」

 唐突に淋の目に、めらっと炎が燃え上がった。スーパーマーケットのモデルがスーパーモデルって、その編集者はそう言いたかったんじゃない? と言ってしまったのと同じだ。

「幸生、嫌い、帰る」
「そう……気をつけて」

 嫌いだったらいいよ、帰ればいいよ、俺もおまえなんか嫌いだもんな。
 引き留める気にもならなくて、俺はホテルのベッドで淋が帰っていく物音を聞いていた。俺らしくもなく淋には意地の悪いことばかり言っていたのは、どうしてだったんだろう? 好みじゃないからって苛めるとは、俺はそんな性格じゃないのに。

 そんな性格でもない俺を苛めっ子にしたのは、淋があまりにけろっとしているからだ。そんな淋にも逆鱗はあったんだな。

 ホテルのベッドでひとりで笑う。この数日は春の味。春の味といえばほろ苦いと決まっているのだから、この経験も俺の詞を書くための糧になる。詞というのはフィクションだが、経験談に基づいて書くほうがリアリティがあるのは当然だ。

 スーパーモデルに憧れている女の子との、この数日はスーパーフィクション。ほろ苦い春の味。

YUKI/26歳/END









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FS超ショートストーリィ・四季のうた・繁之「秋の観」

フォレストシンガーズ

四季のうた

「秋の観」

 ポップコーンとコーラを買って客席に座る。指定席の椅子はふかふかしたソファみたいで快適だ。

 スクリーンでは映画の中で、若いカップルが映画を観ている。彼のほうは彼女の手を握ってもいいかなぁ、なんて雑念を起こしていて、彼女のほうは映画に入り込み、感情移入して涙ぐんでいる。そんなのを見ていると、繁之もはじめて女の子と映画を見にいった日のことを思い出していた。

 幼なじみの泉水とならば、映画に行ったことはある。ふたりっきりだったり、繁之の姉も一緒だったり、クラスメイトたちと何人もでだったり。

 高校生までは、好きな女の子がいてもデートにも誘えなかったから、女の子とふたりきりのデートの経験はない。女性と映画に行くとしたら、姉か母かだった。

「シゲさんって女の話っていうと、姉さんしかないの?」

 うるさい、章、ほっとけ。
 と、架空の後輩に言い返しておいて。

 大学生になってからも、女の子とふたりっきりのデートの経験はない。好きな女性はいたけれど、プールでだったらふたりっきりになったこともあるけれど。
 ほろずっぱくて甘くて、ほろ苦い青春。

 だから、女性とふたりっきりで映画に行ったのは、大学を卒業してからだ。なにかにつけて繁之の初体験は遅かったが、映画も同じ。

「思い出したくないな」

 はじめて女性とデートした想い出って、美しいものなのかな。俺もそうだったらいいのになぁ。
 
 何度も何度も何度も、妻になった恭子とだったらデートをした。あのころはフォレストシンガーズも無名だったから、繁之が映画館にいても注目する人などほとんどいなかった。現在ではフォレストシンガーズはちょっとは名前が売れてきたが、本庄繁之を知る人は少ない。

 目立たないシゲでよかったかな。
 おかげで妻とデートできるんだもんな。そう思いつつ横目で恭子を見ると、ポップコーンを食べるのも忘れてスクリーンを見つめている。

 映画が面白いんだね、よかったな。俺は邪念や雑念にとらわれてまともに観てなかったよ。ちょっと前の映画のシーンとそっくりだ。よし、ここからは真面目に見よう。でないと家に帰ってから、映画の話ができないではないか。


END








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178「ぞっとする」

しりとり小説

179「ぞっとする」

 清掃会社のパートタイマーとして勤務しはじめて一年、新人が研修するのでホテルの清掃を指導してほしい、とチーフに頼まれて、吉田次子は力がみなぎってくるのを感じた。

「麻生つぐみと申します。よろしくお願いします」
「つぐみさん? 私はつぐこなのよ。似た名前ね。次女?」
「そうです。ほんとに似た名前ですね。私も結婚前は吉田っていいました。次美って字面が好きじゃないから、つぐみとひらがなにしてますけど、本名は吉田次美だったんですよ」
「あらそう。ふーん」

 結婚してるの? こんな不細工な女が? 
 身長は次子のほうが十センチは高く、体重はつぐみのほうが十キロは多いだろう。年のころはつぐみのほうがやや若いと思われるが、誰が見たって次子が年下だと思われるはず。

「じゃあ、はじめましょうか。麻生さんは掃除は得意なんでしょ? だからこんな仕事を選んだのよね」
「得意でもありませんけど、主婦をしていたら掃除はできますから。この年になると仕事は選べませんものね」
「そんなことないわよ。私は他からだって引く手あまただったんだけど、ぜひにと頼まれてこの会社を選んだんだもの」
「あ、この部屋ですね」

 ビジネスホテルの一室に入り、やってみて、と次子はつぐみに命じた。

「えーっと……手順は……」
「まずはあなたのやり方でやってみてちょうだい。それから教えるわ」
「わかりました」

 会社から支給されている清掃用具を使って、つぐみが仕事を開始する。鈍重そうな体格のわりには動きは悪くない。次子はつぐみを監視しながら考えた。

 四十年前、吉田次子と吉田次美が高校で出会っていたら、と想像してみた。次子が三年生で、よく似た名前の新入生が次子の所属していたテニス部に入部してくるのだ。

「次子に似たかっこいい女の子かと思ったけど、デブブスなんだよ」
「あんな子によしだつぐ、まで同じ名前を名乗ってほしくないわ」
「なんかニックネームつけない?」
「つぐもどき、とか?」
「もどきだと次子に失礼だよ」

 次子ファンの友人たちが憤って、次美を改名させる。そのせいで彼女は麻生つぐみになった。結婚で姓が変わったのではない。本名って、そこらへんの主婦のくせに生意気な。麻生つぐみは芸名のようにしゃれてはいるが、たかが主婦ではないか。掃除のパートをしないといけないような、下流初老主婦ではないか。

「麻生さんのご主人はなにしてるひと?」
「商社マンだったんですよ。転勤族で外国にも赴任して、私はずっとついて歩いていました。そのおかげで片言でも英語や中国語が話せるようになったんですけど、片言ですから仕事に活かせるほどでもないんですよね。友達も増えたし、世界中に遊びにきてって言ってくれるひともいて、文句はないんですけどね」

 お喋りをしながらも、つぐみは手際よく働いていた。

「そんな仕事だったし、見栄っ張りなのもあって、主人は私が働くのをいやがっていたんです。外国暮らしだとホームパーティなんかもあって、主婦も忙しいんですよね。それでもまあ、日本料理を教えてほしいって言われた友達に教えたりして、ちょっとだけは稼いでいたんですけど、主人が定年になって家にいるようになってやっと、働いてもいいよって言ってくれました」

 なんでそんな家庭の主婦が清掃を……悔しいので口にしたくもなかった。

「日本に帰ってきたのは久しぶりだから、こっちでは仕事が見つからないってのもあったんですよね。去年まではドイツにいまして、ドイツのハウスキービングは優秀らしいから、いずれはお掃除の指導者っていうのか、麻生さんだったらなれそうだから修行しない? なんてね、こちらの社長に勧誘されたんです。娘はドイツで結婚しましたし、息子はイギリスにいますから、私も暇だし、主人とはいつも一緒にいたら喧嘩しそうだから、働いたほうがいいかなって」
「麻生さん、手が止まってるわよ」
「……きゃ、すみません」

 なんとお喋りな女なのだろうか。日本語のお喋りに飢えてでもいたのか。友達がたくさんって嘘でしょ? 次子は苛々しつつ、つぐみの仕事ぶりをチェックしていた。

 高校では次子のほうがはるかに上等な女の子だったのに……次子の妄想がその先を描いた。私はどうして結婚しなかったんだっけ?

 高校、大学、大学院と卒業し、理科系の博士号を取得して研究三昧の若き日を送った。男は邪魔になる、家庭はキャリアを妨害する、子どもはほしいけど出産育児をしている時間はない。かたくなにそう思い込んでいたから、五回は受けたプロポーズはすべて断った。

 そのおかげでノーベル賞候補になれたが、あの世界も意外に保守的で女はなかなか受賞できないらしい。悔しくていっそうがんばっているうちに、次子は五十歳をすぎてしまった。

「次子さん、私と結婚してくれませんか」

 久しぶりのプロポーズは、当時の次子が所属していた大学の学長から受けた。彼は妻とは死別していて子どもが三人。子どもたちは成人していたのだが、次子はためらった。そろそろ結婚はしてもいいけど、私は初婚なんだから再婚の男性とはつりあわないんじゃないの?

 そんな理由で断ったものだから学長は激怒し、次子にセクハラやパワハラを仕掛けてきた。次子も闘ったのだが、結局は権力に負けて大学の研究室を追われた。そして今は、世間から身を隠すためにこんな仕事をしている。ノーベル賞候補だった吉田次子は人々の記憶に残っているし、あの卑劣な学長が悪い噂を流したものだから、よくないふうにも世間に知られているのだった。

 という筋書きだったら、ただの主婦よりも上だよね。所詮あんたは、夫のおかげで外国暮らしをしていただけでしょ。いばるんじゃないわよ。

「吉田さん、終わりました。見ていただけますか」
「ああ、はい」

 ベッドメイキングは完璧で、バスルームにも床にもチリひとつ落ちてはいない。細かくチェックしたポイントもすべて合格だった。

「このトイレットペーパーの置き方はまちがってるの。やり直して」
「そんなの決まってるんですか? どう置けばいいんでしょうか」
「まずは自分でやってみてって言ったでしょ」
「でも、会社だとかホテルだとかが決めてるルールがあるんだったら、それに従うんでしょ? 私はそんなルールを知りませんから……」
「あなたは口答えが多いわね」
「は?」

 きょとんとした顔をして、つぐみは言った。

「私がいない間に日本語って変わったんですか。口答えって目上の方にするものだと思ってました」
「私はあなたよりも目上ですよ」
「そんなのも変わったんですね。吉田さんは先輩ではあるけど、目上ではないと思ってたの、私のまちがいなのかしら? 日本の常識って変わったんですか」

 頭がかーっとして、どう言い返せばいいのかわからなくなった。

「あなた、大学出?」
「はい、大学院まで卒業しています」
「私だって……」
「吉田さんも大卒ですか。私たちの年頃だと少ないほうですよね。でも、それがなにか?」

 遠すぎて忘れかけている過去……私、大学になんか行ったっけ? 男にプロポーズされたことはあったっけ? 高校は卒業したけれど、就職もしたけれど、背の低い男にプロポーズされたこともあったけど。

「悪いけど、結婚はできません」
「僕が嫌い?」
「すみません。ご縁がなかったってことで……」

 理想とかけ離れていたから、という理由だったのだが、むろん口にはしなかった。なのにその男が、吉田次子は俺みたいな高卒で安月給の男はいやなんだってよ、てめえは何様なんだよ。ちょっと美人だって、てめえだって高卒じゃないかよ、と周囲に言い触らした。

 きっとそのせいで、吉田次子は二度と誰にもプロポーズされなかったのだ。つきあってもいなかったのに突然プロポーズしてきた、あの男のせいだ。

 だから私は……どの記憶が正しいのかわからなくなってきた。

 どっちでもいいわ。目下のくせに生意気で、目上を敬おうともせずに口答えをする。不細工なくせにましな男をつかまえて、外国で暮らしていたと自慢ばかりする。この女になんとかして勝たなくては。部下のくせに、年下のくせに、よしだつぐみのくせに、こんな女に見下げられるなんてぞっとするわ。

 なんとかしなくちゃ、なんとかしなくちゃ。目下の次子の頭の中は、それだけでいっぱいになっていた。

次は「る」です。








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ガラスの靴72

「ガラスの靴」

     72・物欲

 体験入学というのはほうぼうにあるようで、胡弓を連れて前を通りがかった幼稚園の門前にも「体験入園」の看板が立っていた。
 やってみる? うん、と父と息子のやりとりがあって、胡弓のママであるアンヌも賛成してくれたので、僕は胡弓の手を引いて幼稚園に連れていった。

 三歳から五歳くらいの幼児が集まって、先生の指導のもと、みんなで遊ぶ。まずはそこからということで、泣いたり怯えたりはしない子どもの親は、そばについていなくてもいいと言われた。

 園庭に出ていくと、ママさんたちがあっちにふたり、こっちに三人と群れて話している。両親そろって来ている人や、若い祖母なのか年を取った母なのかわからない年齢の女性もいたが、パパひとりで連れてきている人はいない。ママさんたちの輪に入っていきづらくて、僕は木陰に立っていた。

「笙くんじゃない?」
「うん? あれ?」
「そうだよね。大沢笙くんだ。私のこと、覚えてない?」
 
 どこかで会ったような記憶はあるのだが、明確には思い出せない。アンヌと同じくらいの年ごろに見える、ごく平凡な主婦といった感じの女性だった。

「小学校のときに一緒だった、林子だよ。結婚して苗字が変わったんだけど、リンコ、覚えてないかな」
「んんん……そういやぁいたかな。小学校のときなんて十年以上前だもん。よく覚えてないよ」
「笙くんって転校したんだよね。美少年だったのもあって気になってたから、それでかえって私は覚えてるんだよね」

 とすると同い年? ええ? まさか、と思ったら、同い年ではなかった。林子さんの弟が僕の同級生だったのだそうだ。

「ああ、正志だったら覚えてるよ」
「でしょ? 笙くんはうちにも遊びにきてたもんね。笙くんも結婚したの?」
「そうなんだ。僕も結婚して苗字が変わったんだよ」

 子どものころの僕は隣県に住んでいて、東京に引っ越してきたのは十歳くらいのころだった。林子さんも結婚して東京で暮らすようになったというのだから、広い東京で幼友達の姉さんにめぐり会うとは、奇遇だといえた。林子さんは主婦、僕は主夫。林子さんの娘と僕の息子は同い年だ。

「林子の娘だからこう書くの」
「瞳森? ヒトミモリ?」
「読めないの? 教養ないんだね。ま、考えてみて。笙くんの子どもは?」
「こう書くんだよ」
「胡弓……コキュウだよね。そのくらい読めるよ」

 そりゃあ、胡弓と書いてコキュウと読むのは尋常だからだ。コユミ? なんて読まれることもあるが、素直に読めばコキュウだろう。
 しかし、瞳って字の訓読みなんか知らない。いや、訓読みがヒトミ? そしたらなんだっけ。別の読み方はなんだっけ? 「瞳」を別の読み方なんかするのか?

「専門学校を卒業して、できちゃった結婚して主夫か。そういう人間だったら教養なくてもしようがないかな。降参? 教えてあげようか」
「林子さんは大学卒?」
「当たり前よ。私たちの世代で大学も出てないなんて、親の常識疑っちゃう。本人も向上心がなくて、努力もしなかった奴って印象だよね。正志は医大に行ってるんだよ」
「秀才だね」

 勝ち誇ったような顔をしている林子さんのように、人間の値打は第一に学歴だと考えるひとはよくいる。言いたい奴には言わせておくことにして、「瞳」の音読みを思い出そうとしていた。そう、音読みでは「とう」「どう」だ。瞳子と書いて「とうこ」と読む女性がいた。

「どうしん? とうもり?」
「ほんと、常識ないよね。そんな名前を女の子につける? 次に会うまでの宿題にしておくから、奥さんにも聞いてごらん。笙くん、ケータイのアドレスと電話番号交換しよう」
「あ、ああ、いいよ」

 こうやっていばられて、なんでおまえなんかと、とアンヌだったら怒りそうだが、僕は温厚を旨としているので、林子さんの言う通りにした。

「……メモリじゃないか?」
「メモリ?」
「瞳は目だろ」
「あ、そうかも。さすがアンヌ」
「しかし、メモリってのもおかしな名前だよな」

 体験入園の話をし、林子さんの話題も出し、「瞳森」の字も見せるとアンヌが答えてくれた。林子さんから電話がかかってきたときに宿題の答えを言うと、彼女はなぜか不機嫌になった。

「そんなに簡単に読まれるとつまんないな。世界中にひとつしかない名前をつけたのに」
「こんなの読めて当たり前だって言ったじゃん」
「そうなんだけど……ま、いいわ。笙くんちに遊びにいっていい? メリちゃんは体験入園で胡弓と一緒に遊んでたらしいのね。胡弓パパと友達だって言ったら、遊びにいきたいって。行くからね」
「うん、いいけどね」

 我が子はメリちゃんで、よその子は呼び捨てか。胡弓のほうは誰かと遊んだ? と尋ねても、メリちゃんだのメモリちゃんだのの名前は出さなかったが、そう言うと馬鹿にされそうで、遊びにきたいと言う林子さんにOKの返事をした。

 やっぱり笙くんの子だね、記憶力よくないね、受験のときに苦労しそう、だとか言われたくないので、林子さんとメリちゃんが遊びにきたときにも、その話題は出さずにいた。

 おばあちゃんに預けられているときも多く、おばあちゃんの友達にも可愛がってもらっている胡弓は人見知りはあまりしない。特に我が家でだと王子さまなのだから、メリちゃんにおもちゃをいっぱい貸してあげて、仲良く遊んでいた。

「メリちゃんにはおもちゃはあんまり与えてないのよ。胡弓はたくさん買ってもらいすぎだね。そんなだと我慢できない子になりそう。ほどほどにしたほうがよくない?」
「うちはお客さんも多いから、おもちゃはたくさんもらうんだよ。メリちゃんはおもちゃ、ほしがらない?」
「メリちゃんって物欲のない子なんだよね。食事はきっちり食べるけど、お菓子は嫌いなの。身体によくないものって食べさせたくないし、頭が悪くなりそうなおもちゃは与えたくない。親がそう思ってても、子どもはなんにもわからずに駄々をこねたりするじゃない」

 あれ、ほしいな、と言うとわりにすぐに買ってもらえ、堅いことは言わない僕ら夫婦だから、おやつだって好きなものを食べさせている。ほしくなくてもお客さんがおもちゃをくれたりもする。そのせいで胡弓は、あれほしい、買って買って、なんて駄々っ子になったことはないのだった。

「だけど、躾がいいせいもあるし、メリちゃんは聞き分けがよくて頭がよくて、あれほしいこれほしいなんて言わない子だってせいもあって、親の気持ちをよくわかってるのよ。こんな物欲のない子って、かえって心配なんだよね」
「ふーん」

 自慢しているのだろうから、そんなことないよ、という反応はしないでおいた。
 子どもたちは胡弓のおもちゃで仲良く遊ぶ。胡弓はなんでも気前よく貸してあげるし、メリちゃんも無茶は言わないので、お行儀よくおとなしく遊んでいる。僕は林子さんの愛娘自慢や、林子さんがバリキャリだった会社で知り合って結婚した旦那の自慢話やらを、辛抱強く聞いていた。

「あ、電話だ。ちょっと待ってね。もしもし……」

 スマホで通話をはじめた林子さんのそばから離れ、子どもたちにおやつを出してあげることにした。お菓子はやめておいたほうがいいのだろうから、果物にしよう。僕がいろんなフルーツを盛ったお皿を持って胡弓の部屋に戻ると、林子さんが言った。

「主人が届けてほしいものがあるって言うのよ。二時間くらいですむから、メリちゃんを預かってもらえないかな」
「うん、まあ、いいけどね」
「胡弓、メリちゃんと遊んで、メリちゃんを見習っていい子になるんだよ」
「メリちゃんには言わないの?」
「メリちゃんは言わなくてもわかってるから大丈夫。メリちゃん、パパんとこに行ってくるね」
「はい、行ってらっしゃい」
「胡弓も言いなさいよ」

 林子さんに命じられた胡弓が、バイバイと手を振る。メリちゃんはたしかに、三歳にすれば大人びた女の子だ。三人して林子さんを見送ると、メリちゃんが言った。

「……お菓子、ないの?」
「お菓子は食べたらいけないんじゃないの?」
「いいんだよ。ママ、いいって言ったよ」
「そうかなぁ」

 口も達者なメリちゃんだが、思ったことを的確に言葉にするのはむずかしいだろう。プリンくらいだったらいいかな? いやいや、今どきはアレルギーの子もいるんだから、独断でものを食べさせてはいけない。

「僕はママからいいって言われてないから、ママが帰ってきたら訊こうね」
「ママは駄目って言うもん。お菓子、食べたいな」
「ああ、そうなんだ。でもさ、おなかが痛くなったりしたら困るでしょ」

 あらら? 泣いてる? べそかき顔でメリちゃんが訴えた。

「ママに言ったらいやだよ」
「メリちゃんがお菓子がほしいって言ったって? 言わないよ」
「うん」

 この幼さでメリちゃんは、ママの前ではいい子にしようと必死になっているんじゃないだろうか。なんだか痛々しく思えてきた。

「これ、メリちゃんの」
「……胡弓のだよ」
「ちがうもん。これは女の子のおもちゃだから、メリちゃんのだよ」
「……んんと……うん、あげる」

 ま、いいや、とばかりに鷹揚に、胡弓はメリちゃんにおもちゃを取られるままになっている。胡弓がそんな調子だから、これもメリちゃんの、あれもメリちゃんの、と彼女はおもちゃをひとり占めする。あげくはポケットに入れているので、僕は言った。

「そんなの持って帰ったら、ママにばれちゃうよ」
「……おじちゃん、意地悪」
「胡弓、あげる?」
「うん、いいよぉ」

 父親としてはむしろ、胡弓のこの鷹揚さのほうが心配だ。メリちゃんはポケットから出した小さなマスコットを握り締めて、胡弓を睨み据える。それからそのマスコットを、力いっぱい胡弓に投げつけた。

「ほしいよ」
「……あげてもいいんだけど、ママになんて言うの?」
「ううん、いらないもん。いらないもんっ!!」

 悔しくてたまらないように叫んで、またまたメリちゃんは泣き出した。ほんとはほしいんだよね。どこが物欲がないんだか……けど、小さな子はこれが普通だろ。泣いているメリちゃんをきょとんと見てから、胡弓は彼女の背中をよしよしと撫でてやっていた。
 
 どうも林子さんの躾は歪んでるな、とは思うのだが、僕には意見なんかできっこない。胡弓までが変な影響を受けて歪まないように、あの幼稚園に入園させるのはやめておいたほうがいいか。林子さんとは距離を置いて、自衛するべきだろう。

つづく






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FS超ショートストーリィ・四季のうた・真次郎「秋の見」

フォレストシンガーズ

四季のうた

「秋の見」

 当たるも八卦、当たらぬも八卦。このフレーズはなんだっけ? 枯れた男の声に惹かれて真次郎が近寄っていった先には、「占い」の看板を机に置いた老人がすわっていた。

「八卦見ってやつですね。今夜は冷えるでしょう? 大変ですね」
「仕事ですから……こんばんは。なにを見てしんぜましょうかな」
「仕事運……ですね、やっぱり」

 仕事を終えてひとりで歩いていた秋の夜、盛り場が寂れたあたりにすわっている八卦見に出会ったのもなにかの縁だろう。真次郎は老人の前にすわった。

「これは……大成する手相ですぞ」
「大成っていつですか?」
「いつかはきっと……気長に、おおらかに待てばいつかはきっと……」

 いつかっていつだよ、と突っ込みたいところだが、ぐっと我慢した。
 あんたは一生日の目は見ないままだよ、と言われるよりははるかによい。占い師はまちがいなく、誰にだって大成すると言うのだろう。恋愛相談をする客には、良縁に恵まれるとか、美人の彼女ができるとか言うに決まっている、いつかはきっと。

「いつかはきっと……」
「そうです」

 力強く断言する占い師を信用するしかあるまい。信用しなくちゃはじまらない。信じる者は救われる……と言うではないか。

SHIN/25/END












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FSソングライティング物語「毒蜘蛛になりたい」

フォレストシンガーズ

ソングライティング物語

「毒蜘蛛になりたい」

 いつからそうなったのかは知らないが、アイドル業界はどんどんどんどん、ひとつのグループの人数が増えていっている。俺がポンというニックネームで所属していたラヴラヴボーイズは五人グループで、誰が誰だかわからない、なんて言う年寄りもいたものだが、五人なんて少ないほうだ。

「バイトしてるファミレスの店長、四十すぎてて独身なんだよね」
「狙えば?」
「狙えって、あたしが? 馬鹿か、おまえは」

 三十すぎてて独身の女には、四十過ぎてて独身の男が似合うじゃないか。そういう意味で言ったら、サチコさんに蹴られそうになった。

 本職は女優、ファミレスがバイト、なのだそうだが、サチコさんが金を稼いでいるのはウェイトレスとしてだろう。俺には本職なんてなくて、今のところはイベントの大道具係も、マイナーな映画に出演するのもバイト感覚だ。だけど、洋介はいいじゃん、とサチコさんは言う。

「洋介はちょっと前までアイドルだったんでしょ?」
「三年くらい前まではね」
「ラヴラヴボーイズだよね。あたしは覚えてるよ」
「半端に覚えられてるとかえってやりにくいんだよ」
「贅沢言うんじゃねえよ。あたしみたいな完全に無名の女優の前でさ」

 おそろしくガラの悪いサチコさんは、ヴァンプ型と呼ばれるタイプの女優なのだそうだ。ヴァンプとはなんだか知らなかったのだが、ビッチと同じような意味だと乾さんが教えてくれた。
 小柄だけどグラマーで、悪女型でもある。意地の悪そうな顔をしていて荒っぽくて、そんなところが魅力的な女だ。

「バイト先には高校生の女の子もいて、その子たちが言ってたんだよ。店長、キモイって。なんでキモイのかっていえば、アイドルおたくなんだって。ほら、最近うじゃぐじゃいるじゃん? どっかの女子校の一クラスみたいな集団の女子アイドル」
「いるね」
「そういうののファンだからキモイって聞いたから、洋介の話をしてやったんだけどね、男には興味ないみたいだよ」
「そりゃそうでしょ」

 女子高生に気持ち悪がられている店長を、サチコさんはキモイとは思わないらしい。女子高校生の感覚がわからないのだそうで、洋介はわかる? と尋ねた。

「女の歌手のファンだと、その男はキモイのか? って訊いたら、ああいうアイドルのファンってか、おたくはキモイ。だけど、女の歌手でもグループでも、アイドルじゃなくてアーチストだったらキモクないって。アーチストってどんな歌手だ? たとえば……とかって教えてくれたんだけど、店長の好きな法師神宮女子中学校二年十組、ってのとどうちがうのかわかんなかったよ。最近の歌手の業界はややこしいんだね」
「そうなのかなぁ」
「あれはアイドル? アーチスト?」

 そのときちょうど、控室のテレビがついていて、男のシンガーズが歌っているのが聞こえてきた。

「あの空に浮かぶ雲のように
 真っ白な心でいたい
 きみさえいれば
 僕は他にはなにもいらない。
 きみとふたり、あの雲に乗って空に浮かぼう
 それだけで、僕はもうなにもいらない」
 
 五人グループはおさまりがいいのか、ラヴラヴだってフォレストシンガーズだって五人だ。他にも五人のグループはたくさんあって、たいていは男ばっかりのような気もする。女子のアイドルグループはもっと大人数だってのがなぜなのか、俺は知らないが。

 そんな五人グループのひとつ、玲瓏。「レイロウ」とは、珠のように透き通って美しいとか、珠が触れ合って立てる音のように透明で美しい音色とかいう意味だと、これまた乾さんに教わった。

「令郎ってのはご子息って意味だから、その意味も含ませてるみたいだな。玲瓏、珠のごとし、の歌声を持つ、良家のご子息集団だよ」

 全員が百八十センチ以上の長身……俺は百八十にはちょいと足りないが、身長では負けていない。
 そろって美青年……洋介はますます美形になったよ、とみんなが言うのだから、俺は顔でも負けてはいない。
 オーディションで選ばれたグループ……それもラヴラヴと同じだ。

 上流階級出身の帰国子女で英語は日本語と同じくらいに堪能。全員がガキのころには外国で暮らしていて、外国の大学で音楽を学んできた。知性と教養も一級品で、上品で折り目正しい。

 このあたりになってくると、俺は黙るしかない。悪いけど俺は高校中退だよ。両親は青森のモトヤンだよ。英語なんてぜーんぜん喋れないよ。外国には仕事でだったら行ったけど、ガキのころには東北地方だけで遊んでいた。東京にはじめて来たのは中学の修学旅行のときで、それまではもちろん、外国未経験だった。

「歌、うまいね。歌がうまいんだったらアーティストかな」
「歌がうまかったらアーティストになるのかな。フォレストシンガーズは、俺たちは芸術家なんかじゃない、ミュージシャンだって言ってたよ」
「そんなむずかしいこと言われても、あたしにゃわかんねえよ」

 歌の上手い奴は嫌いだ。昔から俺はそう思っていて、フォレストシンガーズのお兄さんたちにしても歌がうますぎてイヤミだと感じたものだ。
 どうして嫌いだったのかといえば、俺は歌が下手だから。

 ラヴラヴの他四人がお話にならないレベルで下手だったから、ポンはうまいとおだてられて本気にしていた。けれど、俺はなりたかったシンガーソングライターには絶対になれないほどに下手だ。そう思い知らされたから、歌手ではなく俳優になろうとしている。

 アクション俳優養成所に通ったりもしていたのだが、あるとき古いテレビドラマを見てはまってしまい、同好の士を発見した。同好の士、監督の香川さんと俳優のイッセイさん。俺も仲間入りさせてもらったので、そのドラマのリメイクに出演させてもらっている。アクションばかりではないドラマであり、サチコさんともその仕事で知り合った。

 でも、今でも歌の上手い奴って嫌いだ。フォレストシンガーズは別だけど、玲瓏みたいな奴らは嫌いだ。こういうのって偏見なのだろうとわかってはいても、玲瓏は嫌いだとインプットされてしまっていた。

 嫌いなもの見たさってのはあるのだろうか。玲瓏はア・カペラグループ集合ライヴに出演すると聞いている。フォレストシンガーズも出るので、ライヴの練習をどこでやるのかも知っている。俺には暇もいっぱいあるから、玲瓏を見るためだか、乾さんに会うだめだか、別に理由はどうでもいいけれど、彼らの練習場に行ってみた。

 そしたら千鶴に会った。

 佐田千鶴、「傷だらけの天使」リメイク版とは別の仕事で知り合った売れない女優だ。売れない女優にもいろんなのがいて、千鶴はサチコさんとは全然ちがう。サチコさんは三十すぎてるんだから、十九の千鶴とはちがってて当然か。千鶴はまだすれていなくて、一途に恋する少女って感じで、俺は彼女にぽーっと見とれたくなる。

 一途に恋してる相手ってのが乾さんなのだから、俺ではかないっこない。乾さんのほうは妹扱いしかしていない様子だが、いつもの調子で千鶴に遊びをしかけたりしたらきっとぶっ飛ばされる。それもあって、俺は千鶴には手を出せない。遠くから見とれているなんて、俺らしくなさすぎるんだけど。

「洋介、久しぶり」
「あ、おまえには会いたくねえんだよ」
「モモちゃんだって会いたくなんかないよっ。なにしに来たの?」
「見学」

 アイドルだったころには俺の天敵だった、フルーツパフェのモモちゃんにも会ってしまった。
 相手は女の子なのに、挑発されてカッとなって喧嘩を買ってしまい、モモちゃんに乱暴をして乾さんに叱りつけられたこともある。モモちゃんじゃなくてフルーツパフェのもうひとり、モモちゃんの夫であるクリちゃんと取っ組み合いをしろとそそのかされたこともあった。

 しかし、クリは喧嘩のできるような奴ではない。モモちゃんのほうが精神的にも肉体的にも強い。モモちゃんはまあ、今どきの女の子としてはありがちなタイプだが、クリほど泣き虫な男は珍しい。ラヴラヴのさあやあたりもたまには泣いていたが、クリほどではなかった。

 あっかんべーっだ、いーっだ、とガキみたいにモモちゃんと言い合っているうちに、千鶴の姿が消えてしまった。見回してみると、千鶴は早足で歩いてどこかに行こうとしているらしい。千鶴は小柄なほうなので、一緒に歩いているのかつきまとわれているのかの男は、悠々と彼女と歩幅を合わせていた。

「あいつ、誰?」
「あいつって? ああ、あいつ? 洋介、千鶴ちゃんに気があるの?」
「千鶴ちゃんじゃなくて、千鶴ちゃんと一緒にいる男だよ」
「んんとね……あのうしろ姿は、玲瓏の田中。洋介、なにするつもり?」
「なんにもしねえよ」
「顔が怒ってるよ。喧嘩しちゃ駄目だよ」

 うるせえんだよ、と言い捨てて小走りになった俺に、モモちゃんもついてくる。千鶴と田中が消えたほうに行ってみると、男の声が聞こえてきた。

「うちのメンバーたちが、きみのことを共有してるみたいな……そんな話を聞いたんだけど、嘘でしょう? 嘘だよね。嘘じゃないんだったら僕も混ぜてほしいなぁ、なんて。ねえ、嘘じゃないの? ほんと? 千鶴ちゃんってまったく売れてないんでしょ? お金には困ってるんだよね。そのために仕事としてやってるのかな? だったら僕もお客になってあげてもいいんだけどな、なんてね。ねえ、なんとか言えば?」

やっぱりあいつら、大嫌いだ。ぶん殴ってやりたい。
 あいつの肩に手をかけて振り向かせ、こっちを向いたところにパンチを一発。俺の本心をモモちゃんに見抜かれたらしく、先に彼女が田中に声をかけた。

「そういうのって下種って言うんだよね。乾さんにそんなの聞かれたらどうなるかなぁ。わー、こわっ!!」
「……モモちゃん。いや、冗談だよ。ってか、噂をたしかめてただけ。そういうのって売れない女優にはあるんじゃないかなぁ、いや、ないかな、ほんとなのかな、って好奇心もあってね……いやいや、ほんと、ジョークだから」

 言いながらあとずさりして、田中はダッシュで逃げていった。

「……あのひとたち、ああいうことばっかり言うの……でも、聞かれたくなかったな。そんな噂を立てられてるってだけで……モモちゃん、洋介さん、乾さんには言わないで」
「言わないよ」
「変な噂を立てるほうが最低なんだからね。千鶴ちゃんは悪くないんだからねっ!!」

 怒っているモモちゃんを、千鶴は涙のいっぱいにたまった目で見つめてうなずく。駄目だ。こんな目をしている千鶴を見ていると、俺とつきあって、なんて言えやしない。

「乾さんは来ないのかな。来たら素敵な歌を歌ってくれるのにね。千鶴ちゃん……」
「うん、ありがとう」
「よしよし。泣いてもいいよ」

 モモちゃんが千鶴の肩を抱いてしまったので、俺にできることはなくなった。
 歌かぁ。俺だってこれでもシンガーソングライターになりたいと夢見ていたこともあるのだから、作詞作曲をして歌える。ただ、千鶴に下手な歌など聴かせたくない。モモちゃんは遠慮ってものを知らないから、洋介、下手っ!! と笑いそうだし。

 ならば歌を書くだけにして、乾さんに歌ってもらえたらいいな。こんな千鶴に捧げる歌は……考えていたら、テレビで聴いたのと同じ、玲瓏の歌が聞こえてきた。

「あんな歌、聴きたくないよね。雲になりたいって、あんたらみたいな最低男に歌われたくないって、雲が言ってるんじゃない? あんたらなんか雲になるんじゃなくて、蜘蛛の巣にひっかかって食われちまったらいいんだ」
「モモちゃん、それ、それだよ」
「それってなに?」

 雲ではなく蜘蛛。俺の作る歌はそっちだ。チョウチョみたいにビジュアルだけは綺麗な奴らを、俺が毒蜘蛛になって食ってしまってやる。そんなホラーみたいな歌が、この俺の才能で書けるのかどうか、自信はないが、千鶴のためならやってやろうじゃん。

END








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いろはの「せ」part2

フォレストシンガーズ

いろはの「せ」

「世話好き」

 グループを解散してラヴラヴボーイズのポンから、本名の麻田洋介に戻った。
 アイドルなんかでいたくなかったから、俺は歌がうまいのだし、作曲だってできるのだからシンガーソングライターになれると信じて疑ってもいなかった。

「もとラヴラヴボーイズってのを売りにしたら、需要はあるわよ。ポンはまだ若くて綺麗なんだから、その気だったら私が売り出してあげる」
「アイドルとして?」
「アイドルって呼ぶには薹が立ってるかな。まだぎりぎり行けるだろうけどね」

 それでは意味がない。アイドルグループの一員をやめて、アイドルのソロシンガーに変わるだけじゃないか。

 その誘いは断って、フォレストシンガーズの本橋さんの押しかけ弟子になった。本橋さんは激しくいやがっていたのだが、親分気質で面倒見のいい彼は、俺のことも親身になってかまってくれた。
 親身になった大人には怒られたりもする。本橋さんにげんこつでごちっとやられるのはなんともないけど、説教されるのは大嫌いだから、喧嘩になったこともあった。

 あのころ、それでもフォレストシンガーズは今ほど売れていなかったから、本橋さんも乾さんも三沢さんも、俺にかまってくれた。
 シゲさんはもてる俺が気に入らなかったらしいけど、話はしてくれた。木村さんはロックライヴに連れていってくれた。

 けれど、フォレストシンガーズは徐々に徐々に売れていき、俺は近寄りがたくなっていった。
 昔は俺のほうが人気者だったのにな。フォレストシンガーズ? なにそれ? って言うひとも、ラヴラヴボーイズのポンは知っていたのに。

「……美江子さん、います?」
「はーい、どなた?」

 ここには何度も来たから、久しぶりでなつかしい気がする。本橋さんと結婚する前から、美江子さんも俺をかまってくれた。気が強くて怒ると怖いけど、優しいところもあるひとだ。

「麻田です」
「麻田って? ええ? 洋介くん? 本物?」
「合言葉、言おうか。あのとき、本橋さんが止めてくれなかったら、俺は美江子さんにフライパンで殴られてたんだよね」
「……いやーね、そんなことは忘れなさい」

 言いながら、美江子さんがマンションのドアロックを解除してくれた。

 学校のことで本橋さんに説教され、頭にきてぶん殴ってしまった。本橋さんは吹っ飛び、タンスに後頭部をぶつけて呻いていた。美江子さんも本橋さんの部屋にいて、仕返しだとばかりに俺を殴ろうとした。そんなことを知っているのは、フォレストシンガーズの関係者以外にはいないはずだ。

「久しぶりだね」
「ご無沙汰してます」

 会うのは何年ぶりだろう。二年くらいか。美江子さんは三十五歳。十二歳も年上なのだからおばさんではあるが、美江子さんさえよかったら寝てもいい……なんて言ったら本気で殴られそうなので、態度にも出さないようにしていた。

「どうぞ」
「上がっていいの? 本橋さんは?」
「今日は私だけが休みなんだけど、本橋くんがいなかったら洋介くんは悪さをするつもりなの?」
「するわけないじゃん」
「でしょ? だったら上がって」

 寝てもいい、なんて妄想は抱くが、行動に移したりはしない。俺は美江子さんにも、フォレストシンガーズのお兄さんたちにも嫌われたくないから。

 独身の本橋さんが暮らしていた部屋は、ええ? 嘘だろぉ!! ってほどに狭くてボロかった。美江子さんと結婚してマンションに引っ越して、俺はどっちにもよく訪ねていった。独身男の部屋は俺の部屋とたいして変わらなかったが、結婚した本橋さんのマンションは「家庭」って感じがした。

「洋介くんはアクション俳優養成所に通ってるんだったかな」
「そう。バイトもしてるよ。ヒーローショーの裏方とかね」
「ヒーローショーかぁ。フォレストシンガーズも昔、そういうのにも出て歌わせてもらったのよ」

 ウルトラマンの好きな本橋さん。古いなぁ、と俺が笑ったら、ウルトラマンは永遠なんだと言ってたっけ。ヒーローショーに出たら本橋さんは嬉しかったのだろうか。

「彼女はできた?」
「できないよ。俺はこんなフリーターみたいな暮らしをしてるんだから、彼女どころじゃないんだ」
「もてなくなったの?」
「もてないよ」

 嘘、今でも俺はもてる。彼女というほどの女はいないが、こっちから声をかければたいていの女の子は落ちる。俺は今どき珍しい肉食系だから、女の子と寝たくなったらナンパのようなことをして、ひとときだけ彼と彼女になるのだった。

 だけど、正直に言ったら怒られそうだから、彼女なんかいないと言う。信じていないような顔で笑っている美江子さんにお願いしてみた。

「卵買ってきたんだ。他になにかいるものがあったらお使いに行くから、美江子さんのあれ、食わせて。時々無性に恋しくなるんだ」
「卵ってことはオムライス?」
「当たり」
「そっかぁ。私のオムライスが恋しくて来たのね。いいよ、卵はもらっておくけど、材料はあるわ。ちょっと待っててね」

 素直に待っていると、なにやら刻んでいる音や、なにやら洗っている音、なにやら炒めている音も聞こえてきて、香ばしさが漂ってきた。

 ほんとは俺は彼女だと思っていた、年上のひとがいたんだよ。
 ちょっとだけ年上だと思っていた彼女に、俺はオムライスを作ってあげようとした。美江子さんに教わった通りに作ったつもりだったのに、悲惨なものができあがった。

 彼女が適当にごまかしてくれて、ふたりでオムライスを食べた。そのあとでテレビでフォレストシンガーズを見ていたら、彼女が急に言い出した。

「洋介、別れようか」
「どうして?」
「隠していたことがあるのよ」
「な、なに?」
「私、三十三だよ。洋介よりも十も年上だよ。彼氏だっているし……」

 びっくりしてしまった俺に、志保さんは言った。
 
「ごめんね、楽しかったよ」
「……志保さん」

 それだけでさよなら。どうしてだよ? 俺の作ったオムライスがひどかったから? 
 そんな理由のはずはないのに、オムライスのせいにして、だったら本物の美江子さんのオムライスが食べたくなって。

「お待たせ、できたよ」
「うわ、大盛り。うまそう。いっただきまーす」

 はしゃいでみせる俺を見て、美江子さんがちょいと首をかしげる。勘の鋭い美江子さんは、洋介、なんだか変だね、と思っているのかもしれない。

 気づいていても言わないのが大人なのか。俺だってあのころよりは大人になったのだから、美江子さん、うまいよ、とは言っても、お礼に抱いてあげようか? などとふざけたりはしない。バレたら本橋さんが怖いから、ではなくて、本橋さんにも美江子さんにも嫌われたくないから。

 こうしてふらっと遊びにきたら、オムライスをごちそうしてくれる世話好きのお姉さん、いつまでもそんな美江子でいてほしいから。たまにでいいから、甘えさせてほしいから。

END







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花物語2017/11「ハマギクシスターズ」

はまぎく
花物語2016

11月「ハマギクシスターズ」

 学名はニッポンナンテムム・ニッポニクム。「日本の花」という意味だと教えてくれたのは、濱田練子さんだった。濱田さんは学者だったりするのだろうか。

「マーガレットですか? ちょっとちがうみたいな……」
「ハマギクって言うんですよ」

 それだけでいいだろうに、学名まで教えてくれるとは。

 綺麗な花々が咲き乱れる、濱田さんの庭? 濱本さんの庭? 姉妹で暮らしているらしきふたりの姓はいずれも「ハマ」がつくからハマギクか。シャレがきいていて楽しい。

 旧姓は知るわけもないが、姉妹が結婚して濱本と濱田になった。夫は先に亡くなり、姉妹がふたりで暮らしている。ありふれた話なのかもしれない。都市部の住宅地では近所づきあいも少ないから、登子に詳しく話してくれるひとはいないが、そんなところだろうと推理していた。

 引っ越してきた小さな家にも庭がある。近隣の他の住人とは挨拶程度しかしないが、濱田練子さん、濱本発子さんとは花つながりで話をするようになった。

「登子さんは独身……ですか?」
「はい」

 深く詮索する気はないようで、そうですか、とだけ言って濱田さんは庭作業に戻った。
 七十代くらいなのだろうか。この年頃だとどちらが姉かどちらが妹だかはわからない。痩せていて背が高くて、外見は似ているから、どっちが練子さんでどっちが発子さんなのかもわかりづらかった。

 結婚しろしろとうるさかった母が先に亡くなると、父はめっきり老け込み、あとを追うようにして亡くなってしまった。登子と両親は公営団地暮らしだったので、節約していたせいか登子自身も貯金はたくさんあったし、両親も貯金で残してくれていた。

「マンションを買えば? お母さんもお父さんもあんたに世話してもらったんだし、私は遺産を分けてほしいなんて言わないから、あんたの老後に備えて家を買うといいわ」

 姉はそう言ってくれたので、終の棲家になりそうな家を探した。登子は五十歳にはなっていないのだから「終の棲家」にはまだ時間があるが、月日の経つのはあっという間だ。気長に探していて見つけたこの家がひどく気に入った。

 こじんまりとしていて、ひとり暮らしにも広すぎない。近隣の家とは密集しすぎていなくて空気が爽やかに感じられる。近所の人々の平均年齢は高いのだそうで、登子の大嫌いな子どもは近くにはいない。幼稚園、保育園、小学校、児童公園なども離れた場所にしかない。

 落ち着いた年代の人々が穏やかに暮らす、子どもの姿の少ない街。活気は乏しいのかもしれないが、五十代が近づいてきている登子にはふさわしい。

 通勤にも便利だし、近所の家々がガーデニングに力を入れているようで、四季折々の花も素晴らしいと聞いた。そんなこんなでここに決め、姉夫婦に手伝ってもらって引っ越してきた。
 隣の家にも現在は独身のはずの姉妹がいる。つかず離れずつきあえたらいいな。遠くの親戚よりも近くの他人というのだから、実の姉よりも隣の姉妹のほうが頼りになりそうに思えていた。


****** ***** *****


「やっぱり登子さんも、私たちを姉妹だと思ってるね」
「そうでしょうねぇ。そう思ってるんだったらそれでいいんじゃない?」
「いいよね」

 お母さんたちには常識ってものがないのかっ?!
 十年ほど前、練子の娘と発子の息子は青筋を立てて怒った。若いくせに、つまらない世間の常識にとらわれなくてもいいじゃないの、と練子も発子も同様に吐息をついた。

「どうしてもそうするの?」
「考えを変えるつもりがないんだったら、せめて遠くで暮らしてくれよ」
「せめてそうして。世間体が悪すぎて、近くになんかいてほしくないんだから」

 はいはい、そうしますよ、とうなずいて、発子と練子は娘や息子が暮らす町よりははるか遠くのこの土地に家を買い、一緒に暮らし始めた。

 練子の娘と発子の息子が結婚することになり、練子と発子が引き合わされてはじめて話した際に、ふたりにはさまざまな共通点があると知った。ともに夫を数年前に亡くし、気楽なひとり暮らしであること。夫が亡くなる前から仕事は持っていたので、ひとりになっても収入はあって子どもを育てるのにもさほど困らなかったこと。

 庭仕事が好きなこと。おまけに姓にも「濱」がつく。そのせいかたいそう気が合って、ふたりはじきに友達のようになった。夫と妻の母同士が仲良しで、一緒に旅行に行ったりしても、娘と息子が夫婦でいるうちはなんの支障もなったのであるが。

「そのうちには一緒に暮らしたいね」
「それ、いいね。仕事をリタイヤしたら家を買ってふたりで暮らそうか」

 相談がまとまったころに、娘と息子が言い出したのだ。離婚すると。
 大人なんだから、離婚しようがどうしようが好きにすればいい。夫婦には幸い子どももいないのだから、話し合いでなんでも決めればいい。私たちも好きにする、と発子と練子は宣言した。

「一緒に暮らす?!」
「そんなの前代未聞よ。やめてよ。みっともない」

 最初は反対していた元夫婦は、母たちの決意が固いと知って譲歩した。が、若いくせに頭の固い娘も息子もいまだ怒っていて、母たちの住まいには寄り付きもしないのだった。

「近所の人たちも、真相を知ったらびっくり仰天かしらね」
「いいんじゃない? 私たち、なにも悪いことはしてないじゃないの」
「そうよね」
「そうよそうよ」

 若いころのほうが世間のしがらみに縛られて、好きなことなどできなかったのだ。これからは自由に生きる。手始めのいっぷう変わった関係の女ふたり暮らしは、すこぶる快適である。庭には花々が咲き誇り、ふたりのハマさんを、ハマギクも祝福してくれていた。


END








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177「G線上のアモソーゾ」

しりとり小説177

「G線上のアモソーゾ」

 音楽室のピアノを調律してから、根岸は鍵盤に指を乗せた。親の家にならばグランドピアノがあるが、ひとり暮らしのマンションにはとうていあんなに大きなものは置けない。やむなく電子キーボードで作曲をしているのだが、音楽室のピアノとは音がちがいすぎる。音が違うと根岸の熱の入り具合までが変わってくるのだった。

「素敵……」
「ん?」

 熱心に弾いていたので気づかなかったが、いつからいたのだろうか? 生徒たちが帰ってしまった放課後の音楽室は根岸以外は無人だったはずが、ひとりの女子生徒がうしろのほうの席にすわっていた。

「ああ、きみは……もう日も暮れてきてるんだから、早く帰りなさい」
「先生、お話しがあるんです」
「話? 話だったら担任の先生にするほうがいいんじゃないかな?」
「根岸先生に聞いてもらいたくて……」

 またか、と根岸はちらっと思ったが、即座に断るわけにもいかない。

「音大に進学したいとかって話? それだって担任の先生に相談するべきだよ。僕は音大を卒業してはいるけど、うちの学校の生徒を母校に推薦するようなパイプは持ってないんだ」
「そうじゃなくて……」

 正直、名前も知らない生徒だ。根岸が音楽を教えているクラスにいただろうか? 背が低くてぽちゃぽちゃした身体つきの、頬にも顎にもぽつりぽつりとにきびのできた、顔立ちも肌も美しくない女。うちの高校の生徒じゃなかったら、そばにも近寄りたくないタイプだな、と根岸は内心で吐息をついていた。

「卒業後の進路は決めています。そうじゃなくて、卒業まであと半年しかないんだから、駄目だってわかってはいるけど、言うだけ言いたくて……先生、好きでした」
「あっ、あ、ああ……ありがとう。でも、そう言われてもね……教師と生徒がつきあうわけにもいかず……」
「そうですよね、わかってます。先生のピアノが大好きでした」
「ピアノが好きなんだね。ありがとう」

 上手に言い逃れたつもりなのだったら、根岸としても乗ってやるつもりだった。女子生徒は切なげに根岸を見上げ、目を閉じる。キスでもしろってか? やめてくれよ。おまえにキスなんかしたら僕のくちびるが穢れるよ。身の程を知れ、ブス。内心では彼女を罵っていたが、口に出してはこう言った。

「さあ、帰りなさい。女の子が遅くまで外にいちゃいけないよ」
「はい、わかりました」

 目を開き、なおも切ないまなざしで根岸を見つめてから、彼女は一礼して音楽室を出ていった。

 Great woman女子学院、通称はG女。ウーマンと女子がかぶってるじゃん、とも言われているが、女子高校であるだけに、若い男性教師はそれだけで憧れの対象となる。今どきの女子高校生はシビアなので、若い男というだけでは恋はされないが、根岸のようなタイプは人気があった。

 細身で背は高めで、しかし、高すぎない。優し気な顔立ちの芸術家ふう。ふう、ではなく本物の音楽教師であり、作曲もする。アマチュアオーケストラでピアノのソリストをつとめることもある。根岸ってホモっぽい、などと嘲笑う生徒もいるようだが、一部では熱狂的なファンを獲得していた。

 この学校に赴任してきてから五年の間には、生徒からの告白も何度も受けた。

「……くそ、気分が悪くなった」

 品のいい音楽教師の評判にはあるまじき悪態をついて、根岸はピアノの蓋を閉めた。あのブスのせいで興を削がれた。続きはまたにして今日は帰ろう。

「正二……」
「亜萌、来てたのか」

 帰宅すると、アモが首ったまにかじりついてきた。遅かったね、ごはん、作っておいたよ、などと女房気取りで話しかけてくるアモをまずはベッドに連れていって抱いた。

「学校にいたの? なにしてたの?」
「また告白されちまったよ」
「ええ? 誰に?」

 ひとときが終わると、根岸は起き上がってシャワーを浴びた。アモもついてきたので、おまえはメシの支度をしろ、と追い払う。もうできてるよぉ、と不満を漏らしていたアモは、それでも根岸の言いつけを聞いた。

「ねえねえ、誰に告白されたって?」
「名前は知らないんだけど、僕の授業に出てる女だろうな。にきび面のデブブスだよ」
「そんなのが正二に告白したの? あつかましいね。もちろん拒否?」
「僕は品行方正な教師なんだから、生徒の告白は拒否するに決まってんだろ」
「よく言うよ」

 けらけら笑っているアモと食卓についた。

「あたしの告白にはOKだったじゃん? あたしはいいの?」
「アモは可愛いからさ」
「可愛い子だったらOKするの?」
「僕にはアモがいるんだから、おまえ以外とつきあう気はないよ」
「……ほんとかなぁ?」
「からむんだったら帰れ」

 きつめに言ってやると、アモは途端にしゅんとした。

 三ヶ月ほど前に告白してきたアモは、先ほどの生徒と同学年だ。半年もすれば卒業していく。それまでは便利な存在としてそばに置けばいい。掃除や食事作りもしたがるのだし、ベッドでだって楽しい遊び相手になる。おまえ以外はみんな断ったよ、とアモには言ったが、この五年間、年にひとりは告白を受け入れた。

 彼女が卒業すればもっと若くて新鮮な娘が手に入るだろう。アモには少々飽きがきているものの、あと半年の辛抱だと思えば遊びを続けていてもいい。

「それにしても、あれほどのブスに告白されたのははじめてだったな」
「ブスだともの珍しくて、ちょっとその気になった?」
「んん……ちょっとだけ……かもしれない」
「やだぁ、そんなの」

 わざとらしいべそかき顔になって、アモが抱きついてきた。

「メシが食えないだろ。離れろ。邪魔するんだったら帰れよ」
「やだやだぁ、怒ったらやだぁ」

 なんとも他愛なくも幼くも、下らない女なのだろうか。未熟だが若々しく美しい肉体以外にはなんのとりえもありゃしない。けれど、おまえは僕を楽しませてくれたのだから、去っていくおまえにこの曲を捧げるよ。根岸はアモをつき離し、電子キーボードを開いた。

「G線上のアモソーゾ」
「Gってうちの高校のこと? アモってあたし? うわ……正二、あたしのために曲を作ってくれたんだ」

 アモのためでだけではなく、かつてもこれからも、僕のおもちゃになった女の子たちを想って作ったんだ、と根岸は心でひとりごちる。アモソーゾとは、「愛情に満ちて」という意味の音楽用語だ。愛情に満ちているのかどうかは知らないが、僕は可愛い子には優しいのだから。

 かの有名な「G線上のアリア」をもじったのもあり、この曲もヴァイオリンならG線のみで演奏できるように作った。Gは原語では「げー」と発音するが、英語ならば「じー」。根岸もアモも在籍している高校名も、略すれば「じーじょ」である。そんなことを説明してもアモにはわからないだろうから、自分の名前にちなんだと勘違いしているほうが幸せだ。
 
 さて、アモとはどうやって後腐れなく別れるか。そんなふうにも考えはじめながらもキーボードを弾く根岸を見つめるアモの瞳は、呆けたように鈍く光っていた。

次は「ぞ」です。









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FSソングライティング物語「A.K.I.R.A」

フォレストシンガーズ

ソングライティング物語

「A.K.I.R.A」

1・繁之

 サプライズだかドッキリだかビックリだか知らないが、幸生のやることは心臓によくない。間を空けて、エー、ケー、アイ、アール、エーと発音されては、俺には瞬時には意味がわからなかったのもあり、毎度のごとく察したのは仲間内では最後だった。

 寒いところで育った男は背が伸びない……そんなことないだろ。乾さんも北陸育ちだけど背は高いじゃないか。
 ふむふむ、稚内生まれの男と横須賀生まれの女か。誰かと誰かみたいだけど、稚内生まれの章と横須賀生まれの幸生は両方が男だし。

 稚内の男に横須賀の女がだまされ、そいつの望み通りに女のほうからふってあげると歌う、幸生が書いたらしい歌詞はそうなっていた。

 悪い奴だな、元気出せよ、と俺だったら、女性のほうと親しかったらそう励ましてあげる。そんな奴とはさっさと別れたほうがいいよ。A……K……I……R……A……って、そいつの名前? あれれ?

「おまえが好きだと耳元で言った
 そんなアキラにだまされ
 渚にたたずむ」

 こっちはわかる。「そんなヒロシにだまされて」の名前だけをアキラにした替え歌だ。あの日のステージでは幸生はAKIRAの歌を先に歌い、替え歌をあとから披露して客席には最高に受けていた。アキラは仲間なのだから、こうやっておもちゃにしてもいいんだろうな。だけど、章、大丈夫か?

「あなたが好きだと耳元で言った
 そんなジュンコにだまされ
 渚にたたずむ」

 そして、アンサーソングを作ろうか、という提案がなされ、みんながわいわい相談している。俺は歌が書けないので、こんなときにはお茶くみだ。章はこのAKIRAの歌については不気味なまでに沈黙を守っていた。


2・真次郎

 余興なのだから説教する必要もない。名前を出された本人の章も気にしていないように見える。ファンの方には好評だったのだから、それでいいではないか。

 というふうに終わった幸生オンステージのあとで、俺がその気になった、「そんなヒロシにだまされて」いや、「そんなアキラにだまされて」のアンサーソング。もと歌は偉大なる大先輩のオリジナルなので、交渉は事務所サイドにまかせることにして、まずは歌を完成させなくては。

 三文字の男の名前は日本中にころがっている。タカヤ、アキラ、ユキオ、カズヤ、エイト、ワタル、タツミ、アツオ、マコト、セイジ、ゴロー、サダオ、タイガ、ユージ、etcetc。

 この歌の主人公の名前としては、ワタル……徳永渉。大学の同期で遊び人代表。タツミ……泉沢達巳、徳永と同類のギタリスト。アツオ……山崎敦夫、うちの社長。ゴロー……音羽吾郎、大学の先輩で性格の悪い男、などが似合うのだが、支障がありそうだ。やはりアキラが最適だろう。

 対する女の名前も三文字。

 ミエコ、キョーコ、イズミ、サナエ、ジュンコ、サオリ、メグミ、カズネ、ミヤコ、ミツミ、イチゴ、ツグミ。キョーコやジュンコは四文字だが語呂は合う。女名前のほうが男よりも三文字のバリエーションは豊富で、サナエにしたい誘惑に駆られたりして。

「文句つけるんだったら、おまえらのモトカノの名前を全部ここに書き出せ」
「リーダーの、先に書きましょうよ。えーっと、ユカリさんだっけ? それから?」
「……やめだ。やめやめ」

 ジュンコはいやだのキョーコはやめようだの、ミヤコは絶対反対だのとうるさいので言ってみたら、幸生にイヤミで切り返されて俺が負けた。ユカリって、幸生がなぜ知っている? いや、偶然だろう。ユカリなんてどこにでもある名前だ。

「美江子でもいいよ」
「性悪女の美江子にただまされ、ひとり酒場でグラスかたむけ……」
「それだったら演歌じゃない?」

 当の美江子は面白がっていたが、俺の妻の名が美江子だとは熱心なファンの方は知っているし、なによりも俺が歌いにくいので却下。


3・隆也

 だまされたことはないが、好きな女の子に翻弄された経験はある。なので、純子の名前を出されるとぎくっとする。ジュンコにしてもユカリにしても、女性の名前としては代表格ではないか。本橋も気にするな。とはいうものの、本橋のモトカノのゆかりさん、どうしてるかなぁ、なんて。

 こうして五人でソングライティングの話をしていると盛り上がる。中心になっているのは幸生と本橋で、このふたりの密談から具体的な案になっていったらしい。

「男の名前はアキラでいいだろ」
「いいんじゃないですか、な、章?」

 勝手にしろ、とでも言いたげに章はそっぽを向き、そうしようそうしようと本橋と幸生がうなずき合っている。俺にも異論はないし、シゲは、章さえいいんだったら、と呟く。シゲは鈍感だとの自覚は強く、本橋のように否定したりもしないが、気遣いも満点だ。俺としても章がなにを考えているのか、非常に気になるのだが。


4・幸生

 問題は女性名なのである。
 
 男女のデュエットふうの歌がフォレストシンガーズの持ち歌にはあるが、その場合、男っぽい声の本橋さんが男パート、俺がとびきりの女らしい声を出して女パートを歌う。今回はちょっと趣向を変えて、俺が男パート、章が女パートにしようと考えていた。

「おまえが好きだと耳元で言った
 そんなアキラにだまされ
 渚にたたずむ」

 このパートを章が、アキラにだまされ……と歌うのがポイントだ。

「おまえが好きだと耳元で言った
 そんなアキラのせいだって
 ぶりっ子しちゃって」

 だまされたのはどっちかな? というふうにストーリィを進めていく。女の名前はどうしようか。夜が更けてきても議論は果てしなく続いているのであった。


5・章

「おまえが好きだと耳元で言った
 そんなアキラにだまされ
 渚にたたずむ

 踊りが上手でうぶなふりをした
 そんなアキラが得意な
 エイトビートのダンス」

 うんうん、アキラは出てこないと格好がつかないけど、女の名前はなくてもよくないか? おまえ、で押し通す? それでもいいかな。だったらこんな感じ?
 自分の名前を歌われていると、俺は議論に入っていきにくい。

 ええい、もう、こうなったら好きにしてくれ。
 いいんだいいんだ、どうせアキラは悪い男さ。へっ!! あれ? でも……?
 
「泣いたりしても いいんだからね
 ディスコティックは 夜通し熱い
 男は泣いちゃいけない
 そんなことはないんだから
 だけどおまえはステキさ
 愛は消えない 横須賀に

 小粋なリードでおいらを誘った
 そんなおまえを許せる
 まだ愛してるから」
 
 とにもかくにも聴いてみて、と幸生が通しで歌う。ああ、そっか。後半は男目線なんだ。
 
「二人の仲は 永遠だもの
 ジュークボックス鳴り続けてる
 だから彼女に伝えて
 戻ってくるのを待っている
 俺の鼓動が激しい
 サイケな夏を横須賀で」

 女々しい奴……だけど、俺はおまえの気持ちがわかるよ。アキラ同士なんだもんな。

 
END








 
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FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2017/11

2017/11 超ショートストーリィ

 びゅんっとばかりに音を立てて、夕暮れの海辺に風が吹いた。うっ、さむっ!! と肩をすぼめた英彦のかたわらで、隆也が呟く。

「こがらしや海に夕陽を吹き落とす」夏目漱石

 思わず笑い出した英彦を、隆也は横目でちらっと見た。

「いやぁ、乾さん、変わりませんね。いつだったかな。同じことがあったでしょ?」
「同じこと? ヒデとこうして海を見ていて?」
「乾さんとふたりきりで海を眺めたことって、学生時代から何度もありましたよね。ちょっと気持ち悪いけど……いやいや、気持ち悪くないんですけど、そして、乾さんが短歌を口にした」
「今のは俳句だ」
「ああ、そうでした」

 ひとつずつは覚えていないが、同じシチュエーションで隆也が短歌なり俳句なりを呟いた、という事実は英彦の心に残っている。同じ大学の先輩と後輩として、並んで海を見ていたころからだと約十五年。こういう男ってもてるのかな、もてるんだったら俺も短歌とか覚えようかな、と考えていた十代の終わりだった。

 もててはいるみたいだけど、乾さんがもてるのは短歌や俳句のせいでもなさそうだし、人にはガラってものがあるもんな。俺が短歌や俳句なんて、女には引かれるよな。俺だってけっこうもてるからいいんだよ。海に沈む夕陽に目をやる、ふたりともに三十代半ばになっていた。

END



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FSソングライティング物語「友に捧げる歌」

フォレストシンガーズ

ソングライティング物語

「友に捧げる歌」

 アート・ガーファンクルの歌をカラオケで熱唱していたら、三沢幸生を思い出した。
 老後、晩年とは自称したくないが、春日弥生も六十歳をすぎたのだから、初老なのはまちがいない。平安時代の三十歳、昭和時代の五十歳と同じくらいの感覚だろうか。

「I bruise you
 You bruise me
 We both bruise too easily

 Too easily to let it show
 I love you and that's all I know」

 出会ったのは幸生が二十代、公称年齢不詳の弥生は今とあまり変わらないころで、あれから五年ほど経つ。若いころの友人同士のように、僕はきみを傷つけ、きみはぼくを傷つける、などということはない。幸生は弥生を母親のように見ていて遠慮があり、弥生は幸生を可愛いとしか思えないのだから、友人とはいっても若干ちがった関係ではあった。

「When the singer's gone
 Let the song go on...

 But the ending always comes at last」

 けれど、弥生は幸生が好きだ。ちょうどこの歌詞のように。

「Endings always come too fast

 They come too fast
 But they pass to slow
 I love you and that's all I know」

 年齢は三十歳くらいちがうのだから、順当にいけば弥生が先に逝く。幸生が先立つようなことは絶対にあってはならないが、弥生がこの世からおさらばする形での終わりは、そう遠い将来の話ではないはずだ。

「When the singer's gone
 Let the song go on
 It's a fine line
 between the darkness and the dawn
 They say in the darkest night,
 there's a light beyond」

 歌う者がいなくなっても、きみのための歌は続く。
「きみ」は弥生にとっては何人も何人もいる。プロのシンガーなのだから、ファンも含めて歌を捧げたい「きみ」は何人もいる。その中で特別に、幸生に捧げたかった。

「That's all I kn--ow
 That's all I kn-------ow...」

 気持ちよく歌い終えると、居眠りしていたのかもしれない夫が姿勢を正し、拍手した。

「さすがやなあ。弥生、歌、うまいなぁ」
「おおきにどすえ」
「って、当たり前のことやねんけど、近頃は歌の下手な歌手もおるやろ」
「そんなんも今さらやけど、おるよね。私もちょっと前までは、なんであんたが歌手になれるんよ、とか、日本の歌手の恥さらしやわ、とか思ってたけど、もう諦観してますわ」
「プロのあんたを諦観させるんやから、たいしたもんや」
「それってたいしたもんか?」

 楽器などなくてもコンピュータだけで、レコーディングができてしまう時代だ。弥生は時代遅れなのは自覚していた。
 夫とふたり、カラオケボックスの個室で飲んだり食べたりする。弥生は下戸で、夫にしても酒には強くないが、カラオケ好きなのは共通していた。

「弥生ちゃんは歌手やのに、仕事で歌って趣味でもカラオケ……ほんまに好きやねんなぁ」
「歌こそわが命!!」
「たいしたもんやなぁ」

 昔はそう言っていた夫も、今では驚きもしない。大阪でのライヴを終えて帰宅した弥生に、お疲れさん、カラオケ行くか? 晩ごはんもカラオケで食べよ、と誘う夫だ。そうしようそうしよう、と弥生も喜んで行きつけのカラオケボックスに向かうのであった。

「このごろ仕事してないな。とうとうクビになったか?」
「クビになったら養ってくれる?」
「年金でなんとかなりまっしゃろ。それより、歌わんとストレス溜まるやろ? 行こか」
「うん、行こ」

 夫婦漫才みたいな会話は、大阪の年輩の夫婦としては珍しくもない。今夜もこうしてカラオケにやってきて、ふたりで食事もしたためていた。

「歌う歌が弥生は本格派やわな。あんたのオリジナルも歌って」
「オリジナルが聴きたかったら、ライヴに来てよ」
「僕があんたのライヴに行ったら、弥生さんの旦那さんや!! いうて囲まれへんか?」
「大丈夫。私は仕事場では独身やから」
「ああ、そうか」

 それより、あなたも歌って、と甘い声で言うと、いややいやや、プロの前でなんかよう歌わん、と夫は謙遜してみせる。ミュージシャン志望だった夫は趣味でならば何種類かの楽器を演奏できるが、歌は上手でもない。中年になる前に音楽でプロになるのは断念してサラリーマンになり、現在は年金半分アルバイト半分の暮らしだ。

 歌手、春日弥生にはわりにマニアックな人気があるが、さほどに有名でもない。苗字がちがうのもあり、春日弥生の旦那さん? などとは誰も知らないだろう。春日弥生? 知らん、人種のほうが多数派かもしれない。

 仕事としてでも趣味としてでも歌うのも大好き。夫との平凡な日常も大好き。おかげで友人知人も広い広い範囲にいて、私の人生、ええもんやったわ。なんやかんやとあったけど、過去は忘れたしね、と弥生はひとり、微笑む。
 この夫と出会って結婚したことと、ユキちゃんと友達になれたことが、特にええことかもしれん。

 すこし年上やし、男のほうが平均寿命は短いから、死ぬのは夫のほうが先かなぁ。そのときには夫に捧げる歌も書こう。
 その前に、ユキちゃんに捧げる歌も書く。ユキちゃんが聴いたら、きゃっきゃっと喜んでくれるかな。じきに覚えてデュエットしてくれるかな。そうや、デュエットソングにしよう。

「……ソングライティングのほうに頭が行ってますな」
「うん」

 長年のつきあいなのだから、夫には弥生の頭がどこへ向いているのかわかるようだ。実際に横で微笑んでいる夫と、歌を聴かせたら笑ってくれるであろう幸生、ふたりの笑顔が並んで見えるようで、弥生の表情もほころんでいた。

END







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FS超ショートストーリィ・四季のうた・章「秋の魅」

フォレストシンガーズ

四季のうた

「秋の魅」

 露出の多い服装をした女が街にも海にもあふれる夏、そっちのほうが俺には魅力的だが、世の中で魅力のあるものは女だけではない。では、俺にはなにが秋の魅力なのか? と木村章は考える。

 リーダーだったらスポーツの秋?
 乾さんは芸術の秋だろう。
 シゲさんはまぎれもなく食欲の秋。

 幸生は?
 猫の秋? ジョークの秋? そんなの秋でなくても全季節だろうから、幸生の場合はやはり恋愛の秋か。

 窓辺に寄ると落ち葉がちらちら舞うのが見える。
 読書の秋ってのもあるなぁ。
 だけど、俺にはやっぱりこれ。

 ギターを抱えて、舞う葉っぱから伝わってくるイメージを曲にしようとこころみる。
 俺にとっては全季節がギター。ギターの春もギターの夏もすぎても、俺にとっての秋の魅力はやっぱり、ギターだ。


END








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いろはの「も」part2

フォレストシンガーズ

いろは物語2

「ももいろ気分」

「モモちゃんがどうしてそんなにうきうきした顔をしてるの?」
「だって、こういうの好きだもん」
「モモちゃんには関係なくない?」
「関係はないんだけどね」

 これでもモモちゃんは人妻なんだから、おおっぴらに恋はできない。だけど、モモちゃんはまだ若い女の子だよ。恋愛には興味津々なのは当たり前でしょ、と栗原桃恵は、夫の準に向かって舌を出した。

 高校を卒業してアルバイトしていたころからつきあっていた準と結婚し、同じくらいの時期にスカウトされて夫婦デュオ、フルーツパフェととしてデビューした。社長は口うるさいし、お兄さんみたいな存在のフォレストシンガーズの男性たちもけっこうきびしくて、準は泣かされてばかりいたが、売れない時期も桃恵には楽しかった。

 近頃ようやく売れてきつつあるので、楽しさは増えていく一方だ。高卒フリーター夫婦だったとしたらとても知り合いにもなれなかった、芸能人たちと親しく交流できる。桃恵としてはそれがもっとも嬉しい。

 事務所の先輩、フォレストシンガーズには昔は別のメンバーがいた。彼の名は小笠原英彦。神戸市須磨区の海岸で歌姫集合ライヴが開催されたときに、フルーツパフェも出演していた。フォレストシンガーズは出ていなかったのだが、メンバーの本庄繁之の妻、恭子が英彦とともにコンサートを聴きにやってきた。

 そのときに紹介してもらったから、桃恵も英彦と親しくなった。そんな趣味だったらなんでクリと結婚したんだ? と皆に不思議がられるが、桃恵は男性的でたくましい男が好きである。英彦も野性的な美貌と強そうな体型をしていて、桃恵の好みの男だった。

「ヒデさんの弟さん? わぁ、かっこいいんだ。土佐弁喋って」
「えーっと、はじめまして、小笠原鋼ぜよっ、こんなんでええですかいのう?」
「きゃあ、かっこいい」

 長身で細マッチョ、年齢は二十八歳。桃恵の好みには鋼もぴったりはまった。

「モモちゃん、あんまりきゃあきゃあ言わないで。あの、僕、栗原準です」
「よろしゅうお頼み申します」

 爽やかに挨拶してくれた鋼には、桃恵は完全に好感を抱いた。
 人妻なのだから公明正大な恋はできないが、あのひと、素敵、かっこいい、と思うのは自由である。桃恵にはその程度に好きな男性は何人も何人もいた。

「鋼くんってのは歌はどうなんだ?」
「この間、みんなでカラオケに行ったんですけど、まあまあ上手でしたよ」
「そうか。演技なんかもできるのかな」
「演技なんかしようと思ったら、モモちゃんにだってできるもーん」
「モモ、年長者の前で自分をちゃん付けするのはやめなさい」

 お説教好きの社長に、桃恵ははーいと殊勝に返事をした。

「小笠原のヒデくんは作曲だってするし、歌も相当にうまいだろ。フォレストシンガーズにいたんだから、本橋や乾が歌の下手な男をメンバーにするはずがないんだから、私は彼らの耳は信用しとるよ。それに、ヒデくんの作る曲もいい。今さらフォレストシンガーズに戻るわけにはいかんだろうけど……」
「フォレストシンガーズが六人になるのもいいんじゃありません?」
「そうはいかんだろ。だから、私はヒデくんにソロシンガーになったらいいって勧めたんだよ」
「いいかもいいかも」
 
 が、英彦には断られたのだそうだ。

「そしたら鋼くんってのはどうかね」
「鋼さんは普通に高知でサラリーマンやってるんですよね。そうやってスカウトされたら喜ぶひともいるんだろうけど、どうだろ。ヒデさんが反対しそうじゃありません?」
「そうなのかなぁ。モモ、それとなく打診してみてくれよ」

 社長に頼まれたので、桃恵は準とふたりして鋼を誘い、三人でお酒を飲んでいる。
 会社のプロジェクトで東京出張の機会が多くなっているのだと話す鋼は、桃恵が生息している世界には珍しいタイプの男だ。それだけに桃恵には新鮮だった。

「このごろは週の半分くらいは東京にいるんで、フォレストシンガーズのみなさんとも時々は飲むんですよ。モモちゃんとも飲めて嬉しいな」
「モモちゃんも嬉しい。ねえねえ、鋼さんって彼女はいるの?」

 気になっていた質問をすると、鋼が話してくれた。

「俺はあまり意識してなかったというか、友達だと思ってたんだけど、彼女のほうが俺を彼氏候補にしてくれていた女性がいるんだ。俺が彼女にそうと打ち明けられる前に、悪いことに……」

 はじめてフォレストシンガーズのライヴを聴きにきた鋼は、本庄繁之の妻、恭子に会って楽屋まで案内してもらった。フォレストシンガーズは英彦の弟を大歓迎してくれて、鋼も打ち上げに参加した。その際に紹介されたのが、往年の大スター俳優、岬太四郎の孫である曜子だったのだと鋼は語った。

「メールアドレスの交換はしたけど、それだけだったんだよ。だのに、その話をしたら阿弓さんっていう同僚が怒ってしまって、最近はつんつんされてるんだ。俺がミーハーだから嫌いになったって。俺は俺で岬曜子さんのことを意識してしまって……馬鹿がやないがか。住んでる世界のちがう女性やのに……」
「鋼さん、その曜子さんを好きになったの?」
「うーん、ようわからん。それに、好きになったって意味ないし……」
「意味なくはないんじゃない?」

 その話題に桃恵が目を輝かせたから、準には言われたのだ。モモちゃんには関係なくない?
 たしかに関係はないが、他人のコイバナは桃恵の大好物である。切なく哀しい恋も、先が見えない恋も、不倫話も好きだ。一般人の鋼と、昔のスターとはいえ有名人の孫との恋となると桃恵にはいっぶう変わったコイバナに思えて、それもまた面白そうだった。

「モモちゃん、社長に頼まれてた質問はした?」
「あ、忘れてた」

 楽しく飲んでお喋りをして、今夜はホテルに泊まるという鋼とは別れてタクシーに乗ると、準が桃恵に尋ねた。鋼さんはソロシンガーになりたくない? 単刀直入に質問するつもりだったのだが、コイバナに熱中して忘れていた。

「でも、また会う口実もできたからいいんだ」
「モモちゃん、鋼さんが好き?」
「好きだよ」

 夫が哀しそうな顔をすると、桃恵は快感を覚える。

 時代劇役者として大物の岬太四郎、桃恵もその名前は知っている。帰宅してからネットで検索してみると、岬は最近は映画監督として活躍していて、邦画ファンの間では「往年の」という位置ではない現役スターであるらしい。桃恵にはおじいさんに見える、迫力も貫録もある男性だ。

 ネットには岬の家族についても載っている。評論家になった長男と、その妻のバレリーナとの娘が曜子で、母が高知県出身だとは鋼も聞いた通りであるらしい。

 これは相当な大物だ。岬曜子自身は舞台芸術家だそうだから一般的には知名度は高くないが、知っている者は知っている。ネットには家族の写真も経歴も出ている。岬太四郎もその長男も中背ででっぷりした体格だが、曜子の母は細身で長身でバレリーナらしく姿勢がいい。彼女は現在はバレーの指導者をしている。

 母に似て背が高く、すらりとしていてセンスもいい曜子は、鋼と並ぶとお似合いだろうと桃恵にも思えた。岬曜子、しっかり覚えておこう。

「モモちゃん、神戸に来てるんだって? 今夜は暇はある?」
「仕事がすんだら帰るつもりだったんだけど、哲司くんも来てるんだったらごはん、食べようか」

 神戸の雑貨店が東京にも進出することになり、桃恵がCMに出ることになった。神戸で有名なスポットをバックにした撮影が終わると、桃恵は真行寺哲司と待ち合わせた。

 準もついてきてはいるのだが、彼には仕事はないので別行動だ。哲司は準と偶然にも会い、桃恵も神戸にいると知ってメールをしてきた。
 二十歳はすぎているのだそうだが、哲司は少年に見える。桃恵はたくましい美青年が好きなので、哲司は子どもだとしか思えない。友達としては面白い奴なので、哲司だって嫌いではないが。

 バイセクシャルだと自称している哲司は男性と同棲している。編曲家である哲司の恋人は哲司には相当にきびしいが、桃恵や準にはなにを言うわけでもない。それでもなんとなく恐いので、哲司がひとりで来ていると知って桃恵はほっとした。

「クリちゃんにも会ったの?」
「そうだよ。クリちゃんにモモちゃんのことを聞いたんだ。モモちゃんはこんなところに僕といて大丈夫?」
「どういう意味で言ってるの? スキャンダルになったりとか?」

 今はまだそれほど有名ではないが、若い女の子たちに好まれる雑貨店のCMが流れて評判にでもなったら、神戸の中華街で若い男性と食事をしていたら盗撮されるかもしれない。

「モモちゃんは玲瓏って知ってるよね」
「知ってるよ。芸術家ぶってるグループでしょ」
「そうそう。あいつら、芸能人ってのを見下げてるんだよね」

 中華料理の皿をずらっと並べて、哲司は小食なので桃恵が大部分を食べていると、哲司が冷笑的に言った。

「あそこのリーダー、村木漣は名前と顔が一致するんだけど、あとはごっちゃになってる。他に四人いるんだったよね」
「このごろけっこう人気が出てきてるから、あたしは知ってるよ」

 全員イケメン、全員長身、全員が帰国子女で海外の大学で音楽を学んだ。芸能人ではなく、本物の芸術家集団、そんなふれこみの「玲瓏」は事実、顔もよければ歌も上手なので、金持ちマダムたちに人気があるらしい。日本の歌手なんてねぇ……と軽蔑するマダムたちは、クラシックならば受け入れるのだそうだ。

「田中、吉田、中井、井村、村木だよ」
「そうだっけね。これはケイさん情報だから、世間には公表されてないんだけどね」
「なになに?」

 田野倉ケイ、哲司の同棲相手である。

「そのうちの……たしか、井村だったな。だっせぇことをやるんだって」
「だせえことってなに?」
「僕には関係ないんだけど、恥かしくてたまんないんだよね。玲瓏ってのはイヤミな奴らばっかりだけど、たしかに軽佻浮薄な芸能人とはちょっとちがうって、僕も見間違っていたんだな。内部ではなんて言われてるんだろ。だせっ、やめろよ、おまえは、やめてくれよって、フォレストシンガーズ内でだったら言わないかな」
「なんのことよ?」

 オーディションで厳選された若い男性たちで結成したグループだから、玲瓏はフォレストシンガーズのような友人関係ではない。彼らが丁寧語で会話をしているのは、桃恵も耳にしたことがあった。

「いいんじゃないの? これで将来安泰だね、うまいことやったな、いいのをつかまえたな、ってところかな。あいつらだったらそうかな。やめろとかださいとか言ったら、妬んでるって思われそうだしね」
「なんなのよ、はっきり言えよ」
「井村が有名人の娘……いや、孫だっけ。そういうのと結婚するんだって」
「へぇぇ」

 そんなの流行ってるの? と言いそうになった桃恵に、哲司は小声で告げた。

「じいさんは超大物俳優で、今は映画監督だそうだよ」
「それってもしかして……」
「モモちゃん、知ってる?」
「その孫って……」
「大きな声で言わないで。僕らってひょっとしたら注目されてるかもしれないんだからね」

 誰も見ても聞いてもいないとは言い切れない程度に、桃恵には知名度もある。桃恵は声を潜めた。

「ミサキヨウコ?」
「知ってたの?」
「そうじゃなくて……」

 えええ? そしたら鋼さん、失恋? それとも、先走っていただけ? 曜子さんって鋼さんのことは、母と同郷だから親しみを覚えて、軽く触れ合っただけ? 鋼さん、かわいそ、なのだろうか。

「僕はその女とはちらっと話したこともあるんだけど、彼女だったら言いそうだな。一般人なんて私にはふさわしくないわ、私を誰だと思ってるのよ、ってね」
「そんな女?」
「取り繕うのはうまいけど、そんな女だって僕は思ったな」

 誰の目も耳もなさそうなのを確認してから、鋼の話をかいつまんでする。哲司は鼻先で笑った。

「結局、玲瓏もただの芸能人なんだよね」
「そうなんじゃないの? 哲司くん、ほんとに見損なってたんだよ」
「ほんとにね」

 偏見や思い込みの激しい哲司の言を鵜呑みにしてはいけないのかもしれないが、桃恵は玲瓏の奴らが大嫌いだから、そのうちのひとりがそんな女と結婚するのはお似合いだと思う。鋼さんはそんなのよりは、同僚と恋人同士になったほうがいいよ、と知らず鋼に心で語りかけていた。

 他人の恋愛話でも桃恵のハートはじきに桃色に染まるのだが、井村と曜子って恋愛なんだろうか……などと失礼な邪推もしてしまうから、ピンクの花は咲きそうになかった。

END







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FSソングライティング物語「Anti-war song」

フォレストシンガーズ

ソングライティングシリーズ

「Anti-war song」


 人間は戦争を起こす。
 そして人間は、戦争に反対する歌をつくって歌う

 ひとりの人間は戦争なんて嫌いなはずなのに
 大勢の人間は戦争をしたがる
 戦争を嫌うのも、戦争が好きなのも、同じ人間

 数の波に押し流されるのも人間なのだから
 僕らは歌をつくって歌おう
 
 戦争はいやだ
 戦争はいやだ
 シンブルにそう歌おう。

「乾さん……ずるいよ」
「ずるい?」
「これをやられると反対しにくいじゃないですか」

 口をとがらせているのは章だ。
 こんな曲ができた、乾さん、詞を書いて下さい、と章に譜面を渡された。章にしては静かで穏やかな曲だ。これだったら大人の男女の恋物語かな、と考えつつ、その夜は家に帰って寝た。

「好きだったのよ、今でも好き。ずーっと好き」
「……俺はなんて言ったらいいのか……」
「言ってくれなくてもいいから、乾さんは歌って」
「そうだね」

 その夜の夢に見知らぬ女性が出てきて、日本語ではない言葉で俺に話してくれた。日本語ではなくても理解できた。
 地面に横たわるひとりの男の首を抱いて、彼女は泣いていた。戦で死んだ彼女の愛する男。私は彼を愛していた。彼は死んでしまったけど、永遠に愛し続けていくと。

 そんなとき俺には、彼女にかける言葉は見つけられない。だから、歌詞にした、彼女だけではなく、戦争に関わるすべての人間に向けての詩を書いた。俺は平和な日本に生きているけれど、地球上に戦争がある限り、俺だって無縁ではないのだから。

「このままじゃ歌にはならないから、これは大意だよ。これから練っていくんだ」
「わかりますけど、俺はそんなつもりでこの曲を書いたんじゃないんだよな」
「幸生にラヴソングを書いてもらうか」
「乾さんは変える気はないんですか」
「ないよ」

 たとえばカレーライスが食べたくて、行きつけの店へと出かけていく。ところが、その店は休みだった。連れが、だったらラーメンにしようよ、と言ったとしても、俺は別のカレーショップを探す。気持ちが完全にカレー食いたいモードになっているからだ。

 同じような感覚で、この曲は俺の中ではそういうモードになってしまった。作曲者の章が不満でも俺の中では切り替わらない。

「これもラヴソングなんだよ」
「ラヴソングはいいんだけど、俺はこういうメッセージソングは嫌いなんだよな」
「俺たちらしくないといえばいえるけど、夢のお告げなんだよ」
「……またそういう意味不明なことを……」

 ずるいと章が言ったのは、反戦歌などという大義名分をふりかざされると反対できない、との意味だったのだろう。その気持ちもわかる。

 反戦歌なんてフォレストシンガーズらしくはないけれど、歌うということは俺たちらしいじゃないか。地球や人類のことを考えても、なにひとつできないちっぽけなシンガーたち。この世の中になくても誰も困らない職業のひとつ、シンガー。

 そんな俺たちにできることは、歌を作って歌うことだけ。
 だから、歌おうよ。小さな小さな声で、戦争反対、って歌おうよ。俺たちにできることはそれだけなのだから。

END






 

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花物語2017/10「野葡萄」

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2017花物語

11「野葡萄」

 本家の当主などというものは前世紀の遺物のように思われるが、いるところにはいる。早矢香、真美香、亜本気、三姉妹の両親が事故でいちどきに亡くなったとき、三人はその老人の前に並んですわらされた。

「このたびは大変なことになって、私からもお悔やみ申し上げる。これからは姉妹三人で力を合わせて生きていかねばならんな。むろん親族も協力するが、うん、その前に、おまえたちに伝えておかなくてはならないことがあるのだよ。あるいはサヤカなどは薄々気づいていたのかもしれんが、気づいていたかね?」
「なんのことですか?」
「アマジのことだ」
「アマジ? えーっと……」
「気づいてないかね? アマジが生まれたとき、サヤカは四歳……幼すぎたかな。マミカも知らんのだよな」
「なんのこと?」
「アマジは当然知らんわな」

 親戚一同はむろん知っていたのだが、三姉妹には絶対に教えないように、とこの本家の当主が緘口令を敷いたのだそうだ。時期が来たら父親に話させると。

 時期が来るまえに父親は亡くなってしまったのだから、当主が話すしかなくなった。早矢香12歳、真美香10歳、亜本気8歳の秋だった。

「アマジにも理解はできるだろう? おまえたちの両親は、マミカが生まれて間もなく離婚したのだよ。離婚ってわかるな? 三人ともわかるか」

 離婚ならば意味としてはアマジにだってわかるが、初耳だったのでびっくり仰天し、姉たちと顔を見合わせた。

 理由までは話す必要もないだろう、と前置きして、当主は続ける。親戚には口さがない連中も大勢いるし、近隣の住人だって噂話は大好きなのに、三姉妹の耳に入らなかったのもびっくりだ。かの地では当主がさほどに権勢をふるっていて、この老人に睨まれるとあとが怖いからなのではあるまいか。

 結婚し、ふたりの娘を得たあとで、両親は離婚した。親権は母親に渡り、サヤカとマミカは母とともに家を出ていく。父もこの地から出ていき、家族は離れ離れになった。

 次女のマミカが三歳になったときに、父親から元妻に電話がかかってきた。

「故郷に戻ったんだよ。都会にいればひとりでもどうにか生きられたけど、故郷にいるとひとりは寂しい。みんなに責められるんだ。あんなにいい奥さんと可愛い娘たちを捨てて、おまえはなにをやってるんだ、ってね、怒られるんだよ。それもあって後悔している。やり直せないか?」

 覚悟を決めてシングルマザーになった母ではあったが、日々の暮らしに疲れてもいた。母も都会で暮らし、五歳と三歳の娘たちを保育園に預けて日も夜もなく働きづめで生きている。とりたてて資格もない事務員の身では収入も決して潤沢ではなく、父の言葉に心が揺らめいた。

「何度も話し合いをして、サヤカやマミカもまじえて食事をしたり、遊園地に行ったりもした。そのころのことはサヤカやマミカは覚えていないか?」

 姉たちは覚えていないらしく、そろってかぷりを振った。

「そうか……」
「家族みんなで遊園地に行ったことはあるはずだけど、あのときにはアマジもいたような……」
「そうだよね。サヤカちゃんと私とお父さんとお母さん……それって私も覚えてないな」
「マミカはまだ小さかったからな。そして……」

 一度は離婚をした夫婦は、離婚後二年ばかりして復縁した。父も母も故郷のこの地に戻り、ふたりの子どもと四人家族の暮らしが再スタートする。母はこの地の出身ではなかったが、父と父の両親に連れられて親戚筋や近所に挨拶回りをしていたので、皆に好感をもたれていたのだった。

「それから一年もせぬうちに……」

 赤ん坊を抱いた初老の夫婦が、この地にやってきた。

「その夫婦ってのがな、アマジの祖父母だったんだよ」
「え?」
「実は……」

 父は母と離婚してほどなく、再婚していた。実は……母と離婚した原因のひとつは父の不倫だったのではないかと思われるのだが、当主はそのあたりは言葉を濁した。

「できちゃった婚とかいうのだな。おまえたちのお父さんは離婚してすぐに再婚し、アマジが生まれたんだ。ところが、アマジの母親はアマジを置いて失踪した。再婚とはいっても籍を入れていなかったようだが、認知はしていたらしい。そこらへんは子どもにはむずかしいのではしょるとして……」

 新しい妻に子どもを置いていかれた父は、困り果てて妻の両親に子どもを託した。妻の両親もやむを得ず子どもを預かった。その子どもがアマジなのだそうだ。

「自分たちの孫なんだから預かりはしたものの、ふたりともあまり身体が丈夫ではなくて、赤ん坊の世話は難儀だったらしい。そうしているうちに娘の夫が再婚したと聞いた。自分たちの娘も赤ん坊を置いて失踪したという弱みがあるものだから、文句も言えなかったらしいが、ならばとばかりに……」

 再婚というのか事実婚というのか、そういうことをしていたとは父は母には内緒にしていた。むろん子どもがもうひとりできたなどと告げているはずもない。大切なことは隠蔽して元妻と復縁し、のうのうと暮らそうとしていた父は青ざめた。

「そりゃあ、おまえたちのお母さんだって怒るわな。事情をきちんと話して、アマジのことも面倒見てくれと言われたなら、おまえたちのお母さんならば承諾したんだろうが、内緒にされていたんだから許せないとなる。そこで、親族会議が開かれた。アマジを引き取ろうかと言った者もいたよ」

 が、母は言った。

「アマジも私が育てます。ただ、子どもたちにはこんなややこしいことは言わないでいただきたいのです」
「わかった。時期が来ればおまえから話しなさい、いいな」
「……はい」

 恐縮しきりの父は、当主のご託宣にうなだれたままうなずいた。

「というわけだ。なのだから、アマジはサヤカやマミカとは半分しか血がつながっていないのだよ」

 言われてみれば思い当るふしはある。
 字面も読み方も美しい姉たちの名前に対して、末っ子のアマジの名前は少々変である。学校の先生が、ア・マ・ジ? 本気と書いて「マジ」? 本気の名前? と驚いていたことがあったのは、アマジの記憶にも残っていた。

 なんで私だけこんな名前? と両親に尋ねたいのはやまやまだったのだが、父も母も親しみやすい親ではなかったので訊けなかった。両親に親しみにくかったのは姉たちも同じだったようだが、そんな事情があったとは。

「おまえたちの後見人は私がつとめる。三人ともに責任持って学校を終えさせ、嫁に出す。約束はするが、どうかね? サヤカ、おまえはこれからもふたりの妹に分け隔てなく接することができるか?」
「お母さんがしていたように、ですね。できます」
「そうか。では、まかせるよ。おまえたちの家庭では長女のサヤカが家長だ」

 広い広い本家の庭には、野葡萄の蔦があちこちにからまっている。私、野葡萄みたいに生きてきたんだろうか。養母の情けにすがって……? 三人して本家を辞去するときに、八歳のアマジはそんなことを思った。

「野葡萄みたいにからまって? アマジ、野葡萄の花言葉って知ってる?」
「知らない。なに?」
「慈悲、慈愛」

 両親を亡くした姉妹を親戚がバックアップしてくれたのは、田舎ならではの強固な親戚関係だったのだろう。わずらわしくもあり、ありがたくもある絆だ。

 叔母や伯母や従姉妹などが手を貸してくれ、そのうちには自分たちもスムーズにできるようになったから、家事にもさして苦労はしなかった。両親が生きていたころと同様に、三人でもとの家で暮らし、姉妹は成長していく。高校までは地元ですごし、高校を卒業するとそれぞれに別の地方の大学に進学し、卒業して進学した。金銭面でも両親が残してくれたものと、親戚筋の協力でどうにかなった。

 久しぶりに三人そろって本家を訪ねたのは、当主の葬儀のためだった。

 衝撃の事実を知らさせたあの年からだと、二十年近くがすぎている。マミカは結婚して一児の母になったが、サヤカとアマジは独身だ。アマジは二十代だから都会ではまだ未婚でもおかしくないが、サヤカ姉ちゃんは結婚しないのかな、お節介なことを考えているアマジに、サヤカが言った。

「野葡萄……覚えてる?」
「ああ、お姉ちゃんが花言葉を教えてくれたっけね。私がお母さんにからまってたんじゃなくて、お母さんが慈愛を持って、血のつながらない私を育ててくれたんだって意味でしょ」
「そうねぇ。お母さんは私たち三人にわりとそっけなかったけど、差別しないようにって、敢えてそうしていたのかもね。私もお母さんを見習うわ」
「どういうこと?」
「バツイチふたりの子持ちの上司とね……」
「結婚? その子たち、サヤカ姉ちゃんが面倒見るの?」

 そ、とはにかんだように言う姉に、飛びついて祝福するのは躊躇してしまう。母がどれほどに大変だったのか、アマジもわかる年齢になった。実の母、そんなひとはどうでもいい。アマジにとっては育ててくれた母だけが母だ。

 バツイチ男性と結婚して彼の連れ子を育てる、姉の苦労は母の苦労とは別種だろうが、これから姉が歩いていく旅路を想うとアマジの気が遠くなりそうになる。血なのかしらねぇ……と呟く姉。その血は私には流れてないんだよね、と思うと、アマジとしてはちょっとだけ寂しかった。


END







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FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2017/10

フォレストシンガーズ

超ショートストーリィ


 夢の話なんて下らねぇ、と鼻で嗤う奴もいるが、熱心に聞いてくれている人もいるので、美江子としてはちょっと脚色したくなってきた。

「昨日の夢に猫が出てきたの」
「へぇぇ、美江子さんも猫好きになったんですね」
「幸生くんの計略のおかげでね」
「計略だなんて人聞きの悪い、乾さんじゃあるまいし」

 猫となると目を輝かせる幸生と、幸生が話に引っ張り込んだ隆也のふたりに向かって、美江子は話していた。

 とても若かったころ、美江子と幸生が公園で猫を拾ったことがある。仔猫は幸生の両親と妹たちの家に連れていかれ、大人にもなり切れないままトラックに撥ねられて死んでしまったのだが、幸生の実家に行く前に美江子ともすこし触れ合った。

 ぎぇ、猫なんか嫌い、気持ち悪い、怖い、としか思えなかった美江子の気持ちは、あのときの仔猫のおかげで変わった。幸生はそうとたくらんで、美江子と猫を触れ合わせたのだろう。

「ちっちゃい猫が何匹もいて、この子にしようかあの子にしようかって、悩んでるの。てのひらに一匹ずつのせてたんだ。ふわふわもふもふの感覚までがこの手に残ってるみたいだよ」
「美江子さんも猫と暮らしたい?」
「いつか、そうするのもいいなぁ」

 シンガーズのマネージャー稼業は生活が不規則で、ペットと暮らせる境遇ではないのが残念だが、老後あたりにはそうできたらいいとも思うようになった。

「でね」

 ここから脚色。

「この子にしようって決めた仔猫の顔が……」
「顔が?」
「幸生くんにそっくりだったんだっ」
「俺そっくりの猫……」

 きゃああ、実は美江子さんって猫じゃなくて、俺と暮らしたいんでしょっ?! 自分に都合のいい解釈をする幸生の頭を小突く隆也に、美江子は尋ねてみた。

「幸生くんも得意のやつ、やってるんだから、乾くんもやって」
「このシチュエーションにぴったりの俳句か短歌でしょ。乾さん、やってやって」

 しばし閉じていた目を開いて、隆也は口にした。

「掌にのせて子猫の品定め」 富安風生

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うちの小梅です。










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ガラスの靴71

「ガラスの靴」

     71・玄人

 この企画をたくらんだひとりの女と、彼女に呼び出されてやってきた三人の女。四人のうちの三人までが名前に「か」がつく。

 各々父親のちがう三人の子を未婚の母として育てている通訳、ほのか。
 キャバクラ嬢、愛花。
 「か」のつかないただひとり、仕事はなにをしているのか知らないが、常にフェロモン満開、男殺しの優衣子。この三人は独身。

 もうひとりの「か」は、夫との取り決めで浮気は公認の既婚者、デザイン事務所勤務の涼夏。彼女が今回の企てをアンヌに持ちかけた。
 その涼夏さんに連れられてきたのが、仮名、太郎。涼夏さんの取引先の社員だそうで、眉目秀麗なエリート青年だ。エリートだから仮名なのか、涼夏さんが太郎くんと呼んでいるので、みんなもそう呼んでいた。

 低く絞った音量でピアノ曲が流れている場所は、我が家のダイニングルームだ。ホームパーティだと言われて涼夏さんに連れられてきた太郎くんは、誰にも愛想よくふるまっていた。

「息子さんは今夜は……?」
「お母さんの家にいるんだ」
「ああ、そうなんですか。お母さんって胡弓くんのおばあちゃんですよね」
「そうだよ」

 四人の女性にアンヌも加えて、女性たちがこちらを見ているのを感じる。僕は接待役なのだから黒子のようなものなのだが、美女たちの視線を送られると落ち着かない。それに引き換え太郎くんは動じず、僕と世間話をしていた。

「僕の母はバリキャリでしたから、僕も祖母に預けられていることが多かったんですよ。僕への肉親の愛情は、祖母と祖父が主に注いでくれました」
「寂しかった?」
「大人が誰も愛してくれなかったら寂しかったかもしれないけど、祖父母が可愛がってくれたから満足でしたよ。僕がなに不自由なく裕福に暮らせたのは、しっかり働いてる両親のおかげだって、祖母にも言い聞かされてましたから」
「ぐれたりもしなかったんだ」
「するわけないですよ」

 男は二十代後半がいい、と言うのが涼夏さんの趣味だそうで、二十三歳の僕なんかはひよこなのだそうだ。アメリカの大学院を卒業して、広告代理店に入社したと聞く太郎くんは僕よりも年上のはずだが、誰を相手にしても敬語で話すのだった。

「あの女のひとたちの中に。好みのタイプっていないの?」
「どの方も綺麗で、好きですよ」
「特別に誰かとつきあいたくない?」
「いえ、別に」

 彼女のフェロモンにはどの男も一発で降参して、彼女がいようが妻がいようが、バツニバツ三であろうが、なびかない者はない、との評判を持つのが優衣子さんだ。彼女はそれとなく太郎くんにアプローチしていたが、するっとかわされていた。

「笙くんも太郎くんも実は……」
「そうかもしれないね」

 実は……なんと言ったのかは知らないが、男を侮辱するフレーズだったにちがいない。僕はこの世では少数派の、優衣子さんのフェロモンにやられない男。それでも僕は優衣子さんの胸の谷間などを見るとどきっとするが、太郎くんはなんにも感じていないようだ。

 気に食わない顔の優衣子さんに話しかけられたのは涼夏さんで、彼女は太郎くんと遊びの恋がしたくて誘いをかけたのだそうだ。そして、言われた。

「女性とプライベートなおつきあいをしたことはありません。友達だったらいーっぱいいますけど、性的な関心はひとかけらもない。男が好きとかロリコンとかってのもありませんよ。セックスの経験もありませんし、したくもないな。頭の中がそういうのでいっぱいで、いやらしい動画を観たりする男は汚らわしい……うーん、そこまで考えてはいませんよ。ただ、暑苦しくっていやなんですよね。やりたい奴は好きにやってればいいけど、僕にはおかまいなくって感じ? なまぐさいのや暑苦しいのは嫌いなんですよ。結婚なんかしたくありません。恋愛にも興味はありません。僕の好きなこと? ガーデニングかな」

 そんな男に涼夏さんの闘志が湧いた。
 悔しいけど、私じゃ駄目みたい。だけど、他の女だったら? 男を惚れさせることには百戦錬磨、一騎当千のつわものたちが、アンヌの周囲には大勢いるでしょ、みつくろって連れてきてよ。私は太郎くんを連れていくから、と言われたアンヌがその気になった。

 休暇が残っていたのもあって、アンヌが涼夏さん所望の女たちを動員したのだが、そんな遊びに加担しているアンヌも、昔は相当なつわものだったはず。

 真面目な男や堅い男、てめえは遊んでいても女には貞淑を求める自分勝手な男、もてない男、固定観念にかたまっている男、などなどには敬遠されるものの、思考が柔軟な僕みたいな男や、強気の美人を好む男にはもてまくっていたアンヌも、今夜は太郎くんにちょっかいを出していた。

「涼夏さんには誘惑されたんだろ」
「そうなんですか。社会人の先輩としていろいろと教わってはいますが、誘惑じゃないでしょ」
「優衣子さんの色気にもなんにも感じない?」
「色気? 色気ってなんなんですか。色気なんか感じたことはないな」
「アンヌみたいなタイプはどう?」
「かっこいいですね」

 同じ男なのだから、彼が内心ではどきどきしているとしたら多少はわかる。が、彼の心も身体も、美女にはぴくっとも動いていない様子だった。

「愛花、ちょっと酔ってきたみたい」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないよぉ。介抱してよ」
「介抱だったら女性同士でお願いします」
「……うん、もうっ、送ってってくれないの?」
「僕は明日は予定がありますので、あまり遅くなりたくないんです。ごめんなさい」

 業を煮やしたのか、愛花さんがなんともストレートなアプローチをこころみたのも、空振りに終わった。
 ぶすっとした顔になった愛花さんは、まるで酔ってはいない態度に戻って、スマホを取り出してむこうに行ってしまった。キャバクラ嬢というと男をたぶらかすことにかけてはプロなのだから、プライドが傷ついたのかもしれない。

「笙さん、料理が上手ですね。これみんなあなたが作ったんですか」
「ほとんどはね。だって僕、専業主夫だもの」
「主夫の仕事のメインは料理ですね。たしかに」
「褒めてくれてるわりには、おいしそうに食べないね」
「いや、僕は食べものに興味ないから」
「なにに興味あるんだよ?」
「ガーデニングですね」

 またガーデニング。がくっとして、僕はチューハイをがぶ飲みした。女のひとたちはむこうにかたまってこそこそ言いながらも、盛大に飲んで食べている。彼女たちはおいしそうに食べているからいいのだが、僕としても苛立ってきた。

「僕とばかり喋ってるって、太郎くんはほんとは男のほうが好きなんだろ」
「いいえ」
「十五歳以上お断りとか?」
「いいえ」
「十五歳未満にだったら色気を感じる?」
「だから、僕は人間には色気を感じないんです」
「なんにだったら感じるの?」
「見事に咲いた薔薇の花とか……」

 けーっ!! と叫びたくなったのは、僕も酔ってきたからだろうか。
 はじめて涼夏さんから話を聞いたときには、太郎くんのたたずまいは理想の老後の姿だと思った。老後だったらいいが、年頃の近い男としてはじれったい。おまえみたいな奴が増殖すると、少子高齢化が進みすぎて、僕らの老後には年金も出ないぞ。

 おまえは稼ぎがいいんだし、妻も子も持つつもりはないからしっかり貯金すればいいと言うんだろ。うちだってアンヌの稼ぎはいいけど、浪費も激しいから貯金はそんなにしていない。アンヌには定年はないけど、ロックヴォーカリストって何歳までやれるんだろ。

 万が一アンヌに捨てられ、胡弓にもつめたくされ、年金ももらえなかったとしたら……僕の老後は真っ暗闇だ。酔っているせいか悲観的になって、太郎くんにからみたくなってきた。

「太郎くんは主夫なんて馬鹿にしてるだろ」
「してませんよ。他人の生き方は尊重します」
「きみは主夫になりたい?」
「僕がなりたいかどうかは、笙さんの生き様とは無関係でしょう?」
「きみの目に侮蔑を感じるんだよ」
「誤解ですよ」

 あくまでもにこやかな太郎くんと押し問答していると、玄関チャイムの音がした。僕が立っていく前に愛花さんが出ていき、数人の女性を伴って戻ってきた。

「もっとお客さん?」
「笙、こっち来い」
「うん、お客が増えたんだったらグラスとか……」

 呼ばれてアンヌのそばに近づいていくと、僕のかわりのように女性たちが太郎くんを取り囲み、アンヌが言った。

「あれは愛花の仲間たちってのか、男をもてなすのが仕事ってプロの女たちだよ」
「愛花さんの手管が通用しなくて、腹が立ったらしいのね」

 言ったほのかさんは、黙ってそこにいるだけで男に恋されるらしい。僕の知り合いにもほのかさんに片想いをしている男がいた。だが、太郎くんはそんなほのかさんにも興味はないようで、一顧だにしない。ほのかさんはそれでもいいらしいが、内心はむっとしていたりして?

「それで、愛花ちゃんが仲間を呼び出したのよ」
「あんなもんでは太郎くんには通用しないと思うけど、お手並み拝見だね」
「だね」

 優衣子さんと涼夏さんがうなずき合い、アンヌが腕組みをする。太郎くんを囲んでいる華やかな女性たちは、銀座のバーのホステスたちだそうだ。二十代から四十代までの美女集団にかかったら、歌舞伎の大物や政治家や経済業界人や、クラシックの指揮者やマエストロや、なんて人種でもひとたまりもないのだそうだが。

「無駄だよ。あいつはそもそも人類の男じゃないんだから」
「異星人?」
「薔薇の妖精王なんじゃないの」

 やや離れたところから観察していても、案の定、太郎くんが動じていないのが見て取れた。銀座のお姉さんたちに取り囲まれているというよりも、学生時代の女友達たちとグループ討論でもしているかのようだ。
  
 ああいう男になったら感情の波立ちがきわめて少なくて、人生、意外と楽なのかもしれない。けれど、僕は僕でいい。僕はこんなだから、こんな笙だからアンヌに愛してもらえるんだ。僕が太郎くんみたいになったら、アンヌに捨てられるかもしれないんだから、僕はこのままでいい。

つづく









 
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FSソングライティング物語「TOKIO」

フォレストシンガーズ

「TOKIO」

 抒情演歌の「金沢のひと」、乾隆也。
 本人談によるとしゃれたボサノバ「横須賀たそがれ」、三沢幸生。
 こうしかならないらしい「稚内ブルース」、木村章。

 これだけ出そろうのならば俺は東京だ。東京生まれの本橋真次郎が東京の歌を書こう。
 とは思うのだが。

「空を飛ぶ 街が飛ぶ
 雲を突き抜け星になる
 火を噴いて 闇を裂き
 スーパーシティが舞い上がる
 
 海に浮かんだ光の泡だとおまえは言ってたね
 見つめていると死にそうだと
 くわえ煙草で涙おとした」

 当時、当代一のコピーライターとの名も高き男が書いた詞だ。ものすごく時代をあらわしていて、眩暈がしそうな気がする。この歌はご当地ソングとは呼べないのかもしれないが、日本で一番ヒット曲に頻出する土地の名は「東京」。銀座や有楽町や西麻布や道玄坂といった地名も含めると、他の追随を許さないらしい。

「二位はどこだ?」
「大阪ですね。京都、長崎あたりが続き、神戸は意外に少なく、中部地方と四国はきわめて少ないようです」
「ご当地ソングの嚆矢ってのは?」
「柳ケ瀬ブルースです」
「柳ケ瀬って岐阜だろ。中部地方だよな」

 専門は昭和歌謡、なのだから専門家といっていい大学の後輩、大河内からレクチャーを受ける。彼は幸生がキャプテンだった年に我が母校の合唱部に入部してきたのだから、俺とは在籍がかぶっていない後輩だ。通称はダイちゃん、俺よりは五つ年下だが、老けて見えるので俺のほうが年下に……は見えないだろう。タイプこそちがえ、俺も老けて見えるタチらしい。

 ご当地ソングの話題を肴に酒を飲む。乾と幸生と章が、故郷の名前をつけた歌を書いたんだよ、とも話す。となると、俺は東京だよな。東京の歌はありすぎてやりにくいんだよな。

「横須賀はかなり多いですし、有名な曲もけっこうありますけど、金沢も意外にないんですよね。稚内というと……」
「氷雪の門って稚内が舞台だろ。章が言ってたよ」
「ああ、そうでした」

 スマホでカンニングはナシだぞ、と言いつつも飲む。
 と、俺のスマホにメール着信があった。カンニングじゃないからな、とダイちゃんに断ってメールを開くと、桜田忠弘からだ。スマホだと着メロは流行らないんだってな、寂しいな、とダイちゃんに話しかけながら文面を読んだ。

「明日、俺の地元でイベントをやるんだ。チャリティイベントだよ。
 地元といっても田舎のほうではあるけど、富山県だ。乾は隣の県の出身だからノーギャラで出演依頼をしてみたんだけど、明日は本橋以外は仕事があるんだってな。

 どう? ノーギャラで来てくれない?
 交通費もそっち持ちだけど、うまいものもあるし、明日は天気がいいみたいだから気持ちもいいと思うよ。
 来られるんだったら返事はいいから、直接頼む」

 場所と開始時間も書き添えてあった。

「桜田さんからなんですか? 桜田忠弘とメールのやりとりって、すごいですよね」
「すごい……かもな」

 デビューしてから五、六年の間と比較すれば、たしかに隔世の感はある。フォレストシンガーズはデビューしてから十一年になるのだが、俺が三十になるくらいまではほぼ無名だった。
 二十八くらいの俺、今の俺くらいの年だったはずの桜田さん。当時だったら、俺たちは遠くから桜田忠弘を見て、あんなふうになれたらな、と思っているだけだっただろう。

 現実には桜田さんは気さくに俺たちにも声をかけて、きみらはいいものを持ってるんだからきっと売れるよ、と励ましてくれたが、精神的には憧れたり羨んだりしていただけに近い。

 そんな大スターとこうして友達づきあいのようなことができる。桜田忠弘と本橋真次郎が親しくしていると、すげぇと言われる。昔だったら、俺を誰だか知っていながら、お、桜田くん、新しいマネージャー? 付き人? などとイヤミを言う輩もいた。

 しかし、本橋さん、すげぇと言われるということは、俺のほうが格下だと言われているようなものだ。桜田さんには誰も、フォレストシンガーズと知り合い? すげぇ、とは言わないだろう。ま、そうではあろうが。

「富山のイベントですか。本橋さん、行きます?」
「気分転換にもなりそうだし、誘ってもらってるんだから行こうかな」
「僕もお供していいですか」
「いいよ。富山までの飛行機のチケット、手配してくれたら俺が金は出すから」
「……ええ? 悪いなぁ。いいんですか。では……」

 まったくスマホってのは便利だ。こんな時間なのに、急なことなのに、明日は土曜日だというのに、ダイちゃんはスマホで飛行機の予約をした。イベントに参加するお客さんたちは、夜行バスで今夜から現地に向かっているひとが多いらしい。

 酒はほどほどで切り上げて、翌日早く、ダイちゃんとふたりして富山空港へ飛んだ。

「よっ、本橋くん、来てくれたんだ」
「返事はいらないとメールで言ってらしたから、直接来ました。紹介します。俺の学生時代の後輩で、音楽評論家の大河内くんです」
「はじめまして」
「評論家なんだ。専門家なんだね。じゃあ、このイベントの紹介記事を書いてよ」
「はいっ!! 喜んでっ!!」
「どっかの居酒屋の店員みたいな台詞だな」

 音楽関係者ではなくても、桜田さんにこんな頼みをされたら張り切るだろう。桜田さんの人徳なのか、居酒屋の店員みたいだとの言い方もイヤミっぽくはなかった。

 ダイちゃんは桜田さんのそばに残し、俺はイベント会場を歩き回る。五箇山近くの広々とした場所で、地元の若者たちが主催しているらしい。桜田さんは賛同者で協力者ではあるが、表立っては名前を出していない。なので、彼の名では人は呼べないのであるらしく、それほどの大盛況でもないようだ。

 グルメ、販売、音楽、パフォーマンス。俺たちが売れないころによく呼ばれた、町おこしイベントのような、学園祭のような、なつかしい雰囲気ではある。

「本橋さん、あとで歌ってほしいって、桜田さんからのご要望ですよ」
「もちろん、歌いますよって伝えてくれ」
「了解。それまでは自由にしていて下さいとのことです」

 本人ではなくダイちゃんからのメールに返信して、なおも歩き回っていると腹が減ってきた。富山県B級グルメ!! とのぼりが立っている屋台を覗いてみる。俺の舌は高級ではないのでB級のほうが口に合う。白エビバーガーってのを買ってみた。

「……あの……」
「あとでね。しっ!!」

 売り子は可愛い若い女の子で、俺が秘密めかしてしっ!! と言うと頬を染めた。会場を歩いていると、時々はこんな目で見られる。俺を知ってくれている人もいるんだと思うと、自己顕示欲も満たされた。
 そのくせ、騒がれたくはない。人間ってのは勝手なものだ。

 白エビバーガーと缶コーヒーで早めの昼飯にする。あとで白エビかき揚げどんぶりってのも食いたいな。揚げ物ばっかりだな、と苦笑いしつつ、景色のいい場所でバーガーに食いついた。うん、なかなかうまい。B級でもC級でも低級でも、うまければいいではないか。

 若いころからひとり旅が好きで、あちこちほっつき歩いた。フォレストシンガーズとしてデビューしてからは、仕事で日本各地に出向いた。近頃は日本全市踏破ツアーに挑戦中でもある。

 そんな俺は、けれど、東京っ子だ。
 自然の真っ只中にいて都会を想い、俺の故郷の歌を作るのもいい。緑に包まれた山を見てから目を閉じて、東京の夜景を思い起こしてみた。

END








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FS超ショートストーリィ・四季のうた・隆也「秋の身」

フォレストシンガーズ

四季のうた・秋

「秋の身」

 芸術の秋、食欲の秋、読書の秋、それからそれから……そうそう、スポーツの秋。

 シンガーは一種の肉体労働であるのだから、身体を鍛えるのも大切だ。筋トレだってやる。フォレストシンガーズの全員で会員になっているジムがあって、年下の若者を連れてきてやったこともあった。

 昔はなにをするにもつるんでたものだな、なつかしく思い起こしながら、隆也はひとりでスポーツジムに足を運んだ。ウォークマンのイアフォンを耳に入れ、スポーツ用に編集したプレイングリストを聴く。音楽の秋、とも言うかもしれないが、彼らにとっては音楽の四季だ。

 音楽を聴きながらエアロバイクを漕ぐ。
 単調で眠くなってくる。眠気を追い払うために、頭の中で曲に合わせて歌う。英語の歌詞を思い出そうとしていれば寝ずにバイクを漕げた。

「ん?」

 視線を巡らせると、女性インストラクターがフロアでバック転をしているのが目に入った。しなやかな長身が跳躍する、躍動する。女性に続いて筋骨隆々の男性インストラクターが空転をしてみせ、見物していた会員たちが拍手した。

 ああいうのを見ていると、俺もやりたくなってくるんだよな。
 昔はああいうの得意だったけど、まだやれるかな? 最近やってないけど、できるよな?
 身体がむずむず。バイクから飛び降りてあそこに参加したくなる。

 それから今、歌っていた曲を、みなさんにも聴いてもらいたい。俺も拍手がほしい。

「乾さんって根っからのエンターティナーなんですよね」
「やれば?」
「やっていいぞ、乾、やれやれ」
「やらないんですか?」

 頭の中でそそのかしている仲間たちに、やらないよ、と舌を出したら、隣のバイクを漕いでいる初老の男性と目が合った。こほっと咳払いをして会釈し、隆也はバイク漕ぎに戻った。

END











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FSソングライティング物語「ザ・演歌」

フォレストシンガーズ

ソングライティング物語

「ザ・演歌」

 
 いっぷう変わったご当地ソングといっていいのか。フォレストシンガーズの面々が個々の故郷を描いた歌を書くと言う。
 作詞作曲はできないと公言しているシゲの分も俺が書くとして、他の四人は……

 本橋真次郎、東京。東京は選択肢がありすぎてむしろ迷うかも。ロックでもジャズでも民謡でもクラシックでも、すべてのジャンルのメロディも歌詞も書けそうだ。
 三沢幸生、横須賀。横須賀もどんな歌にもなりそうで、これまた迷いそうだ。

 乾隆也、金沢。乾さんは「金沢のひと」という演歌を書くのだそうで、すでに完成しつつあるらしい。
 木村章、稚内。稚内も演歌的な気がするが、章はブルースにするという。ブルースまたはエレジー。章の故郷との確執、あるいは父親との関係を知る者には、さもありなんである。

 そして、俺。
 ご当地ソングなぁ、高知の印象は誰だって演歌だと答えるだろうなぁ。俺の故郷の高知県にだってフォークデュオやロックバンドもいるのだが、日本人のイメージでは演歌だ。

「荒波砕ける桂浜やろ? 桂浜ロックはどうや?」
「マスターも曲を書いてみて」
「俺は作曲なんかできんって」
「できそうな気がするけどなぁ。やったことあるんやろ?」
「ないない」

 いつものように神戸港のバー、「Drunken sea gull」にいる。マスターの前身はまちがいもなくミュージシャンだったはずだが、とぼけたがる。いくらとぼけたところで、彼のギターの腕はプロだ。作曲だってできるとしか思えないが、俺にはそんなもん、できん、したこともない、といつだって逃げられていた。

「あの……」
「はい?」

 ここでこうして音楽の話をしている俺が、フォレストシンガーズの関係者だということを察する者はいくらもいる。話しかけてきた男にも予備知識があったのか。このバーは俺がブログでたびたび取り上げているので、フォレストシンガーズの元メンバーに会ってみたくて、との理由で来店する客もいるのだった。

「やっぱり小笠原さんなんですね」
「ええ、まあ」

 自己紹介し合ったところによると、彼の名は高橋。関東出身で大阪の会社で働いている。神戸に仕事でやってきたついでに、「Drunken sea gull」に立ち寄ったのだそうだ。

「いつもブログを読ませてもらってます」
「ありがとうございます」
 
 フォレストシンガーズネタを扱っているがゆえに、「HIDEブログ」はけっこう人気がある。ブログを綴っているヒデに興味を示してくれる人も増えていて、フォレストシンガーズの事務所の社長には、ヒデくんもデビューしないかね? と尋ねられた。なんと、俺の弟にまで社長は接触したがっているとか。

 なんでもいいから売れる題材を探している。人気商売の方々は鵜の目鷹の目ってやつになっているのだろう。
 三十四歳の俺とは同年輩に見えるひょろっと痩せた高橋さんも、フォレストシンガーズとはまったくの無関係でもないんですよ、と笑った。

「とはいえ、僕じゃなくて母がね」
「お母さんですか」
「そうなんです。去年でしたか、実家で母とテレビを観ていたら、母が言い出したんですよ」

 大阪で結婚もして関西暮らしの高橋さんは、その日は出張ついでに実家にひとりで遊びにいっていたのだそうだ。

「……あ、そうだ。あれって本当のことなんだよねぇ」
「あれって?」
「もう十年も前になるのかな。あんたが東京の大学に行ってたころだよ。朝早く外に出たら、五人の若いお兄ちゃんたちと会ったの。このへんって朝だとなにか買うにも食べにいくにも、どこの店も開いてないだろ。それで、朝ごはんを食べてなくておなかがすいたって言うお兄ちゃんたちに、おにぎりを作ってごちそうしてあげたんだよ」
「で、なにかだまし盗られたとか? そんな話は初耳だよ」
「忘れてたんだもの。なんで思い出したのかといえば、この人たち」

 母親が指さしたテレビ画面では、フォレストシンガーズが映っていた。

「なにかを盗られたなんて話じゃなくて、おにぎりをごちそうしてあげたお礼にって、フォレストシンガーズが歌ってくれた。特によく覚えてるのは三沢幸生だって、母は言うんです。フォレストシンガーズってそんなにはテレビには出ないでしょ? 母は音楽に興味があるわけでもないんで、積極的に音楽を聴いたりもしません。あの日は僕が歌番組を見てたんで、フォレストシンガーズが出てきて思い出したって言うんです」
「ふむふむ」

 三沢幸生を覚えて下さいね、フォレストシンガーズの、特に三沢幸生、忘れないで下さいね、と幸生本人が繰り返し言っていた。幸生だったらいかにも言いそうだ。

「僕も正直、フォレストシンガーズに興味があったわけでもないんですけど、母に聞いてからヒデさんのブログを読むようになったんです。そしたら、そのエピソードも書いてましたよね」
「ああ。俺も思い出しましたよ」

 この間、あそこを通りかかったんだよ、と俺に話してくれたのはシゲだった。

「悪いけど忘れてたんだよな。だけど、春の小川はさらさらいくよ、の歌の文句通りの場所に立って、デビューした次の年のことを思い出したよ。腹を減らしてここを歩いていたら、知らないおばさんがおにぎりと漬物をふるまってくれた。そのおばさんが女神に見えたなぁ。俺はもう、メシのことしか考えてなかったんだから」

 そのネタを俺はたしかにブログに書いた。

 彼も彼女も忘れていたこと、そんな想い出がふとしたきっかけで蘇ることがある。ブログにはおばさんの名前は書かなかったが、高橋さんだったはず、とシゲが言っていた。高橋さんの息子は俺のブログを読み、ヒデさん行きつけのバーはここだ、と知って入ってきたのだから、偶然ばかりではないけれど。

「すみません、だまし取られたなんて言って」
「いやいや、そう思うのも無理ないですよ。世知辛い世の中なんですから」

 世知辛い世の中で、売れなくてつらい境遇だった青年たちが、あたたかな人の情けに触れた。そのころの俺はどうしていたんだろう。恵と結婚して歌から離れてしまってはいても、まだ幸せな新婚だった時代のはずだ。

「いいなぁ、それもやっぱり演歌かな」
「演歌ですか」
「人情演歌って感じでしょ。ド演歌のメロディにしてフォレストシンガーズが歌ったら、意外性があるんじゃないかな」
「ヒデさんがド・演歌書くんかい?」
 
 黙って聞いていたマスターが口をはさみ、俺は彼に言った。

「書いてみたいな。マスター、手本を聞かせて」
「そのお話を曲にしたら……」

 ギターを取り上げて弾きかけて、マスターは手を止めた。

「この世の中にない曲は、俺には弾けん」
「弾けそうやったんとちゃうんか」
「弾けん」

 この頑固者、とマスターに向かって言っている俺を、高橋さんが怪訝そうに見る。
 桂浜は桂浜で置いておいて、俺は高橋さんと若きフォレストシンガーズの触れ合いを歌にしよう。それだと童謡ふう演歌かな。演歌ったってさまざまな曲調のものがあるのだから、それもいいんじゃないだろうか。

END









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176「クレイジー」

しりとり小説

176「クレイジー」

三角関係というのは下世話に盛り上がるネタだ。当時、高須はたいして有名ではなかったが、人気のあるプロハンドボールチームに所属していたのもあり、イケメン選手だと話題になっていたのもあって、週刊誌やテレビでも取り上げられた。

「そりゃあね、較べれば……」
「うん、俺だったらルンちゃんだな」
「でも、紀里さんのほうがいい奥さんになりそうだから、ルンちゃんは浮気相手ってことで……」
「いやいや、ハンドボールは人気が出てきていますから、近い将来には高須選手は世界的スターになりますよ。そうなると奥さんは華やかなほうがいい」
「そしたらルンちゃん?」
「僕は紀里さんのほうがいいな」
「私も断然、紀里さんがいい。ルンって浮ついて見えるもん」
「女性の目にはそう見えそうですね」

 お昼のワイドショーでまで取り上げられて、勝手なことを……と紀里は歯がみした。

「高須くんは先にルンと知り合ったんだよ」
「高須くんは先に紀里とつきあい出したって言ってたわ」
「両方にそう言ってるんだ」
「……ほんとにあなたにそう言ったの?」
「あんたこそ」

 直接対決だってした。高須の本心はわからなくて、どっちも好きなんだよ、どっちも選べないんだよ、このままじゃ駄目? などとたわけたことを言う。紀里とふたりきりだとこう言った。

「紀里のほうが好きなのはたしかなんだけど、ルンって綺麗なだけで頭悪いだろ。俺がなにを言っても納得してくれなくて、変な写真をネットに流すとまで言い出してるんだ。説得するから待って」

 一方、ルンにはこう言っていたらしい。

「ルンのほうが本命に決まってるだろ。ルンのほうが美人なんだから。けど、紀里にも情はあるんだ。もうちょっと待って、そのうちには紀里と別れるよ」

 第三者にはこう言っていたらしい。

「もてる男ってつらいよな。いやぁ、紀里とルンだけじゃないんだけどね……誰かひとり、選ばなくちゃいけないのか? なんで? 結婚はまだ先でいいんだから、彼女だったら五人くらいいてもいいんじゃないの?」

 フリーライターとして高須と知り合い、つきあうようになった紀里。
 さして売れっ子ではないものの、長身と美貌とファッションセンスとで売っているタレントのルン。ルンは日米ハーフであり、芸能界ではそれも売りになっていた。

 人々が言う通りで、華やかさではルンが格段に上だろう。紀里は中肉中背の平凡な外見だ。紀里のほうが学歴と年齢は上だが、他のすべてでルンのほうが勝っていると、無責任な他人は噂していた。

「うん、覚悟を決めるよ。紀里、結婚しよう」
「なんでそんな気になったの?」
「あみだくじで……嘘だよ。よく考えたら結婚相手は紀里のほうだってわかったんだ」
「ルンとは別れた?」
「きちんと別れる……うん、とっくに別れたよ」

 あみだくじでって……本当なんじゃない? これから別れる? それでもいいわ。ちゃんと別れてくれるなら。選ばれたのは私。紀里は勝ち誇った心持ちになった。

 あれから六年。テレビでスポーツ評論家が予言していた通りにはならなかったが、ハンドボールは野球、サッカーに次ぐ人気スポーツになっている。中でも高須の所属しているチームが一番人気なので、給料も上がり、CM出演もし、ゴーストライターに書いてもらったのではあるが、著書も出した。

 おかげで紀里は専業主婦になっている。主婦になるのは大歓迎でもなかったのだが、ただいま三人目妊娠中でもあり、プロスポーツ選手の妻は夫の健康管理も大切な仕事なので、器用でもない紀里には両立はむずかしかった。

「ものすごい請求額……」
「あ、ああ? 当たり前だろ。後輩にはおごってやらなくちゃなんないし、俺の立場でケチケチできないんだから、これくらいしようがないんだよ」
「女の子にも気前よくしてるんでしょ」
「気前はいいって言われてるよ。誘惑もあるけど、俺は紀里ひとすじだから」
「ほんとかなぁ」

 毎月、バーやクラブから莫大な金額の請求書が届く。夫の台詞にもたしかにうなずけるので、浮気されるよりはいいと紀里も達観していた。水商売の女性とちょっとした火遊びをするくらいは、表沙汰にならないのならば大目に見るつもりでいた。

「ルンと会ったよ」
「ルン? ああ、あのルン? どうしてるの?」
「あんまり綺麗でもないバーでホステスやってた」

 数多い夫のモトカノのひとり、ルン。モトカノなんていちいち気にしてはいられないのだが、ルンは結婚前のスキャンダルのライバルだったので、紀里の記憶に鮮やかに残っていた。

 美人でプロポーションのいいハーフでも、タレントにはそんな男女はいくらでもいる。なにかしらの差別化をはかるなり、特別なインパクトを持っているなり、時代の風だか波だかに巧みに乗ったりでもしないことには、スターにはなれないらしい。ルンはいつの間にか、テレビにも出なくなっていた。

「ルンは社交的だし、まだ美人だから楽しそうにやってたよ」
「だからってあなたの妾にしようなんて考えてないよね?」
「俺は妾を持つほどの甲斐性はないさ。そんな暇もないし、女なんておまえひとりでたくさんだ」
「だったらいいよ」

 ひどい言われ方ではあるが、口のわりには高須はいい夫、いい父親であり、生まれてくる三人目の子どもを楽しみにしていた。

「パパ、遅いね」
「今夜は早く帰るって言っていたのにね……」
「おなかすいたよぉ」
「そうだね、あんたたちは先に食べなさい」

 今夜は長女の誕生日だ。紀里は張り切ってケーキを焼き、長男と三人でデコレーションをした。五歳になった長女は生クリームを絞ってウサギの絵を描き、三歳の長男はチョコレートの飾りのはしっこをかじってから、ケーキに乗せた。パーティの支度が整っても夫が帰宅しないので、子どもたちだけ食事をさせてベッドに入れた。

「……あ、あれ?」

 ケータイにかけてもつながらなかった夫から、深夜に電話があった。

「どこにいるのよ。子どもたちは待ちくたびれて寝ちゃった……ん? どうしたの?」
「刺してしまった……」
「さした? なんのこと?」

 荒い息遣いが聞こえてくる。声はたしかに夫なのだが、いつもと様子がちがいすぎる。もしもし、もしもしっ、と紀里が叫んでみても、夫はそのひとことで電話を切ってしまった。そのあとは何度かけ直しても、ケータイはつながらなかった。

「……大変だったね、紀里さん」
「ルンさん?」

 それから三ヶ月ばかりして、紀里のケータイに電話をしてきたのはルンだった。

「高須さんから紀里さんのアドレスも聞いてたんだ。メールでもしようかと思ったんだけど、しにくくてね。赤ちゃん、生まれたんでしょ。紀里さんも赤ちゃんも元気?」
「ええ、ありがとう」

 さしてしまった、との夫のひとことだけの電話があった翌朝から、紀里は怒涛の日々に巻き込まれていった。
 妊娠九か月の身にはこの日常は過酷すぎるとの判断で、医者の指示で早期入院し、マスコミをシャットアウトしてもらえたのは幸いだった。上の子たちは紀里の両親が預かってくれ、紀里は静かにすごせたのだが、精神的には平穏でいられるはずもなかった。

「人気ハンドボールチーム、東京ハルカスの高須健五、愛人を刺殺?!」

 翌々朝にはフライングでスポーツ新聞に誤報が出、それを皮切りに、虚実入り乱れた報道が飛び交う。高須は警察に留置されていたから、紀里の耳に届く情報もどれが真実なのかわかりづらかった。

「知り合いの弁護士さんにお願いして、やっとおよそはわかったよ」

 入院している紀里のもとに、子どもたちを連れた両親がやってきた。子どもたちは祖父と広い病院の庭を散歩に行き、母が話してくれた。

「健五さんは酔っぱらって、バーで喧嘩に巻き込まれたらしいの。ナイフを持っていた若い男がいて、そいつも酔ってナイフを振り回したらしいのね」

 バーの男性従業員たちが止めに入ったのだが、喧嘩をしている当人たちは興奮していてエスカレートする。ナイフを持っていた男は健五の連れだったので、健五も仲裁しようとした。バーにはホステスたちもいて、その中に健五とかなり深い仲の女性がいたらしい。

 酔っ払いの乱闘だったものだから、全員がなにがなにやらわからなくなってしまったらしい。気がついたときには健五がナイフを手にしていて、健五の愛人女性が腹を押さえて倒れていた。

「健五さんも自分が刺したんだって思ってパニックになったみたいなのよ。紀里に電話したときにはちょっとはおさまっていたみたいだけど、もちろん、警察が来るわよね。その場にいた人たちはほとんどみんな酔ってるから、事情聴取も滅茶苦茶だったそうで、やっと話が整理できた段階だって、弁護士さんがおっしゃってたわ」
「健五がその女を刺したのは事実なの?」
「いえ、健五さんではないみたい。健五さんは彼女を刺した別の女から、ナイフを取り上げたみたいなのよ。そこは目撃者がいるんだからたしかみたい。だけどね……まあ、とにかく、健五さんがその女性に重傷を負わせたのではないけど、ややこしいことになるのもまちがいないわね」

 とにかく紀里は無事に出産しなくちゃ。今後のことはそれからよ、と母はため息をついた。

 次男が無事に生まれると、紀里は退院して両親の家に帰ることにした。五歳と三歳の子どもたちには事情は知らされていないが、両親ともに不在だったのだから不安定になっていたのだろう。長女は指しゃぶりをし、長男は弟が飲んでいる母乳を、僕も飲みたいと言って赤ん坊のように泣いた。

 母親が戻ってきて子どもたちがすこし落ち着き、次男の一ヶ月検診もすんだころには、紀里はこれからどうするの? と母に尋ねられた。

「健五さんは直接その女性を刺したわけじゃないわよ。だけど、ナイフで他の女性や男性に軽傷を負わせていて、取り調べ中。重傷の女性が健五さんの愛人だったのはまちがいないみたいだし、そんな喧嘩に加わっていたんだから、チームはクビ。ハンドボール界からも追放されるんじゃないかって言われてるのよ」
「そうかもしれないね」
「戻ってきたら?」
「……考えさせて」

 さらりと母は言う。離婚しなさい、子どもたちを連れて戻ってきなさいと。

 が、父はすでに定年退職していて、ボランティアに近いアルバイトをしている程度だ。両親の家は決して広くもないし、年金や貯金で夫婦ふたりだったら暮らしていけているものの、そこに四人もの人間が増えるのは無理がありすぎる。紀里がフリーライターとして復職するのも、乳飲み子を抱えた今すぐには無理だ。

 フリーライターとしての仕事があるのかどうかも謎。他の仕事を探すしかないかもしれない。こんな理由で離婚したら、慰謝料も養育費もしっかり請求はできるだろうが。

「ルンさんも高須の愛人だったの?」
「愛人ってほどでもないけど、ちょっとはお世話になってたよ」

 まったく彼女の顔を見なくなってからだと、五年ほどになるだろうか。紀里よりは三つ年下のルンは、少々けばいとはいえ、昔の美貌もプロポーションも維持していた。彼女のほうから電話をくれて、紀里がルンの働く店に出かけていったのだった。

「金遣いは荒いけど、浮気はしてないって、嘘ばっかりだったんだね」
「高須さんの浮気は癖ってか性格ってか、私もあんなのと結婚しなくてよかったな、なんて思ったよ。あ、ごめん」
「いいよ。同感だから」

 選ばれたのは私!! 勝ち誇った六年前が夢のようだ。

「普通は離婚でしょ? だったら私、待っててあげようかな。ムショ帰りの高須さんを」
「ムショには入らないんじゃないかと思うんだけど、ルンさん、本気で言ってる?」
「入らないの?」
「弁護士さんはそう言ってるよ。それに、私、離婚しないから」
「ええ? 離婚しないの? なんだ、がっかり」

 どこまで本心なのかは知らないが、ルンはうなだれてみせ、それから言った。

「じゃあ、私も紀里さんに協力してあげる。三人もの子育てにはお金もかかるでしょ。ここは妾の心意気だ。高須さんに援助してもらってた分、今度は私が紀里さんに還元するよ」
「いらないよ、そんなもの。妾ってなんなのよ。愛人ってほどでもなかったって言ったのは嘘?」
「いやいや、言葉の綾だよ。そしたら紀里さん、うちの店で働く?」

 うちの店とは、ルンが雇われママをしている小さなバーだ。もと芸能人のママがいるということで、けっこう繁盛してるとルン本人は言っていた。

「……紀里さんは所帯やつれしたばばあだし、太目だし、ぜんっぜん美人でもないけどさ」
「悪かったね」
「それは悪いんだけど、ここのママは雇われとはいえ私だから、紀里さんに働かせてあげられるよ。高須健五のモトカノとイマツマの店ってウリにしようか」

 ころんでもただでは起きぬ、とはルンみたいな女のことを言うのだろうか。
 無関係な他人が聞けば、爛れていると感じるのかもしれない。けれど、それもいいかなぁ、などと紀里が思うのは、あんな男と結婚して三人もの子供を持ったのだから、精神がタフになったせいだ。

 そうとでも考えなければ、今後も続いていく長い将来を乗り切っていけないのだから。
 子どもたちのためにがんばろう。ルンとふたりして高須の社会復帰を待とう。

次は「ジー」です。







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FSソングライティング物語「乾いた恋」

フォレストシンガーズ

ソングライティング物語

「乾いた恋」

 下手な店に足を踏み入れて下手に気づかれて写真を撮られ、店のブログだか個人ブログだかにアップされたら。木村章がこんな店に来ていたよ、と面白おかしく噂されたらまずい。

 ちょっとばかり名や顔が売れてくると不便なことも増えるのだが、時代が便利さをも増やしてくれた。こんなもの、顔の見える対面では買いにくいよな、というようなものも、ためしに買ってみられる。夜中にネットで遊んでいて見つけた、こんなものも。

 差別用語なのだそうで、以前の名称は使われていない。なんとか風呂がソープになったり、なんとか宿がラヴホになったりしたのと同様なのか、現在の名はラヴドール。

「ほんとだ……あったかい」

 技術の進歩なのか、なめらかな肌があたたかいというのも売りのひとつだった。つめたい人形を抱くのは遠慮したいから、これだったらいいかなと思ったのもある。この肌の下には血管が……想像しそうになって、小難しい理屈はどうでもいいかと考え直した。

 いや、別に俺は欲望処理のためにこいつを買ったんじゃないよ。ただの好奇心だ。ネットだからこそ買えた、おもちゃじゃないか。誰に言い訳しているのか知らないが、俺は彼女を抱き上げてベッドにすわらせた。

「章、お姫さま抱っこして」
「いやだ。重い」
「力ないんだなぁ」
「おまえがデブで重いからだろ」
「あたしは細いよ。デブだって?」

 怒った女の子と喧嘩になって、彼女が本当に帰ってしまったこともあった。その点、ラヴドールはほんとに軽い。俺は彼女の隣にすわり、ギターを抱えた。
 彼女、彼女……外見は女なのだから「彼女」でいい。彼女を見て触れて抱いて、そこまでしているうちに頭の中に曲が湧いてきていた。

 近未来の寂しい男と、そのころには一般的になっている高性能のアンドロイド。
 人間の女では絶対にかなえてくれない、男の変態的な望みまでを受け入れてくれる献身的な女。男は彼女に本気で恋をする。

 同じ時代の寂しい女と、男性型アンドロイド。
 頼りなくて草食系の人間男子ばかりの世の中で、女の理想ぴったりに作られたロボット美青年に、いつしか女は本気で恋をする。

 寂しい時代の恋を曲にしたい。
 ありがちかなぁ。

 発想はありがちだとしても、木村章のカラーを出せばいい。

 最近、うちのリーダーはピアノ曲の作曲をしている。従来通りにフォレストシンガーズの持ち歌であるラヴソングの作詞作曲もしているが、趣味みたいにしてクラシックも書く。現代の曲もクラシックと呼ぶのだそうで、知識に乏しい俺にはそれも驚きだった。

「乾、俺、このごろ作詞ができなくてさ」
「それはあれだろ。おまえがラヴソングの詞を書くと、奥さまに捧げていると思われるからだな」
「……そうなのか。この野郎、俺の心理を裏読みするな」

 というような、本橋さんと乾さんの会話を聞いたこともあるが、新婚当時の本橋さんの作詞できない考えすぎ病は治癒したらしい。それとは別にピアノ曲も書き、別方面でプロであるがゆえに、そっちも発表する場がある。

「曲だけで自身の想いを表現する。いいなぁ、憧れるよ」
「乾さんもやりますか」
「俺は文字人間だからな。幸生もやりたいか?」
「やりたいけど、俺も言葉のほうの人間ですからね」

 乾さんと幸生もそんな会話をしていて、シゲさんは、うん、まあ、がんばって下さい、と呟いていた。俺にはシゲさんのように作曲なんてできないというミュージシャンのほうがびっくりなのだが、世間一般ではそっちが多数派なのだろう。

 そうすると、メロディ人間である俺にならできるのでは?
 先輩たちの影響は、若いころからおおいに受けてきた。悔しいと感じたこともある。今でも癪な気分はちょこっとあるが、これは後輩の役得なのかもしれない。年少者は年長者の模倣をして成長していくものなのだから。

 だから、俺も曲だけ書こう。そのこころみは幾度かしているが、自分でも成功しているとは言い難い。
 今回はできるかな。けど、この曲を聴いた幸生あたりが、人間ではない女に恋をした男? とでも言い当てたらどうしよう? あいつはそういった方面の勘が鋭い。

 言い当てられたら俺はどうするかな、なぁ、どうしたらいい?
 邪念を起こしたり、ラヴドールに話しかけたりしながらも、俺はギターをつまびく。俺が本当にこの彼女に恋したら……それはたぶんヤバイだろうけど、その「ヤバイ」にはいろんな意味があったりして。

END










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花物語2017/9「アレチヌスビトハギ」

2017花物語

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2016/11「胡蝶蘭」の続編です


9月「アレチヌスビトハギ」

 忘れたころに呼び出されて遊びにつれていってくれる母方の祖父、渡辺壮造。遊園地や外食に連れていってくれるのは嬉しかったが、海那としてはだんだん、祖父に会うのが苦痛になってきていた。

「マリちゃん、おじいちゃんからのお誘いよ」
「……いやだなぁ、行きたくないな」
「行きたくないの?」
「行きたくないよ」

 父方の祖母に言われてはじめて難色を示したのは、海那が十歳くらいのときだっただろうか。そんなこと言わずに、連れていってもらいなさいな、と祖母に諌められて、海那は渋々祖父の呼び出しに応じた。

 お母さんは事情があって海那を残して出ていったの、母がいないことについては海那はそれだけしか知らされていない。父が海那とともに自分の実家に戻ったので、海那を育ててくれたのは主に父方の祖母だ。父方の祖父にはたまさか遊んでもらう程度で、父もあまり海那とは関わろうとしなかったが、優しいおばあちゃんが好きなので、海那は特に寂しいとも感じなかった。

「ディズニーランドに行こう」
「ディズニー? うん、行く行く!!」

 自分では理由も判然としないまま、いつしか好きではなくなっていった壮造だが、ディズニーランドとなると胸が躍る。壮造は孫娘を連れて意気揚々と地下鉄に乗り、ディズニーランドって千葉県じゃなかった? と首をかしげている海那を、ビルの屋上に連れていった。

「トクトク屋スーパーマーケット、デズニーランド」

 特設会場のようなものができていて、そこにはそんな看板がかかっていた。しょぼいスペースに、微妙に本物とはちがったディズニーキャラたちがいた。

「ディズニーじゃないじゃん。デズニーって書いてあるよ」
「同じようなものだろ。ほら、マリーナ、こっちにおいで」
「やだよ。こんなだっさいのいらない」

 思春期の入口あたりに到達していた海那は、微妙に本物とはちがっているという貧相さが我慢できなくて、壮造の手を振り払った。

「おまえが行きたいと言ってたから、連れてきてやったんじゃないか」
「私は本物にだったら行きたいって言ったけど、偽物のださいデズニーになんか行きたくないのっ!!」
「変わりないだろ」
「変わるよ」
「……待ちなさい、マリーナ。こら、待て」

 引き留めようとする壮造を振り切ってエレベータに乗る。壮造も必死で追いかけてきて、エレベータの中でもビルから出てからも怒り続けていた。

「まったく生意気な。やっぱりあんな父親とじいさんばあさんに育てられたのがまちがいだったんだな。俺は反対だったんだけど、どうしてもおまえを引き取るとじいさんばあさんが言い張るんだ。まったく、おまえの親父は女房に浮気されて家出されるような甲斐性なしだし、そんな男に育てたじいさんやばあさんもろくでもない。そんな奴らに育てられたら、俺のたったひとりの孫がこうなっても無理ないんだ」

 十歳にはわかりづらい言葉であったが、いくつかのフレーズが胸につきささった。

 二度とあのおじいちゃんとは会いたくない!! と祖母に宣言したものだから、祖父母が壮造と話し合ってくれた。喧嘩のようになって、あんな躾の悪い娘とはこっちも会いたくもない!! と壮造も言ったらしい。

 それから情報収集をした。あちこちから聞こえる噂をつなぎ合わせ、壮造の台詞を思い起こし、中学生になるころには海那もおよその事情を把握した。

 壮造の娘である則子が十七歳、各子が十六歳の年に、壮造の妻であり姉妹の母である女性が亡くなった。則子は高校を中退して主婦になり、各子は同じく高校を中退して遊び人になった。家出をして何人もいた彼氏の住まいに転がり込んだり出ていったりしていた各子は、あるとき妊娠に気づく。

「あんたの子だよ、結婚しよう」
「え、えーっ?!」

 気の弱い男はさからえず、両親に各子を引き合わせた。その男が海那の父である。

「申し訳ございません。うちの息子がおたくのお嬢さんを……息子と各子さんを結婚させて下さい」
「できちまってるんだからしようがないわな」

 取り急ぎ、屋形和夫と渡辺各子は結婚し、海那が生まれた。

「海ってマリンって読むの?」
「読むよ。知らないの?」
「知らないけど……そしたら、海那ってマリンナって読むんじゃないの?」
「マリンナなんて変だから、マリーナだよ」
「マリナのほうが可愛くない?」
「駄目っ!! マリーナ!!」

 母の言い分が通り、海那と書いてマリーナと読む名前になった。

「お父さん、お母さん、各子がマリーナを置いて出ていっちゃったよ」

 父が娘を抱いて両親に泣きついたのは、海那が一歳をすぎたころらしい。父方の祖父母と母方の祖父の壮造が話し合い、海那は父とその両親に育てられると決まった。

「きゃああ、マリーナ?! やだ、おばさんになっちゃって!!」
「どなたですか?」
「忘れたの? あんたの親だよ」

 どの面下げて今さら娘に会いにこられるんだ、ではあったのだが、記憶にはまったく残っていない母が来てくれたのは嬉しくなくもない。焼肉屋でビールで乾杯してから、母は言った。

「うちの父さんとは長く会ってないんだってね」
「二十年くらい会ってないかな」
「そうみたいね。あんな生意気な娘に育ったのは、屋形のじいさんばあさんのせいだって父さんは言ってたよ。そしたら、マリーナは伯母さんにも会ってないの?」
「母さんの姉さん? 話には聞いたけど、会ったことないな」

 くっくと笑いながら、母が話した。

「姉ちゃんってのは私よりひとつ年上だから、五十一になったのね。その年で結婚したんだってよ」
「ふーん。初婚?」
「そうなの。えーっと、マリーナは何歳だっけ?」
「三十二。独身。悪かったね」
「悪いったってしようがないけど、そっか、そしたら……姉ちゃんが結婚した奴はマリーナよりも年下だよ。二十八だって」
「え? ええ? どういうこと?」
「どういうこともこういうことも、姉ちゃんは五十になって二十八の男と結婚したんだよ。すごいよね。やるよね」
「……」

 その話を聞いたときから、海那は伯母の夫に興味を持っていた。
会いたいけど、会いにいくのも変かな。なにか機会ができないだろうか、そう考え続けて数年。ようやくチャンスがめぐってきた。

 年下の伯父。義理の関係なのだから、昔だったらそういうのもよくあったのかもしれない。けれど、五十歳と二十八歳の夫婦は珍しいだろう。逆ならばまだしも、伯母とその夫は妻のほうが二十二歳も年上なのだから、週刊誌かワイドショーのネタにでもなりそうだ。

「はじめまして」
「マリーナさん。お話は聞いていたんですよ」

 こちらとしても話しだけは聞いて、マリーナは間野次郎についての妄想をふくらませていた。
 貧相な小男だとか、人外魔人みたいな巨漢だとか? ニートだとか? そういうのでもなければ、二十八が五十と結婚しないよね。

 まして、則子伯母は清掃パートをしている太目のおばさんだと言うではないか。母の話によるとぽっちゃりしていて若くは見えるらしいが、太ったおばさんが若く見えたって可愛くもなんともないとマリーナは思う。五十が若く見えたところでたかだか四十代だろうし。

 その上に則子にはあのじじいがついている。マリーナにとってはデズニーランドの想い出とつながる、最悪のじじいだ。あんなのと同居するとなれば、則子が二十八で次郎が五十でも次郎のほうから断られるのではないか。

 なのに、次郎はマリーナの妄想を裏切ってくれた。
 髪が薄いせいで老けて見えるとはいえ、清潔感もあって悪くないルックスをしている。細身で長身。アメリカ帰りのエリートサラリーマン。最近は大学で講師もしているのだそうで、収入もかなりいいらしい。

 しまったな、もうちょい早く会っていたら、私が誘惑してやったのに。マリーナは後悔していた。
 が、マリーナももう四十をすぎた。伯母や母譲りなのか太目で、独身のわりには若々しくもない。おばさん体型のせいか、次郎には言われてしまった。

「マリーナさんとうちの奥さんが一緒にいたら、姉妹に見えるでしょうね。則子さんは若いですよ」
「失礼ね」
「そうですか?」

 こういうところがもてない原因で、そんなにも年上の女としか結婚できなかったんじゃないの? マリーナは内心で言った。次郎はデリカシーがなさすぎる。

「へぇぇ、面白そう」
「面白そうだと思う?」
「うん、やってみてもいいよ。私も暇だし」

 五十をすぎて若く見えても無意味だが、世間には本当に驚異的に実年齢よりも若い女がいるものだ。マリーナの高校時代の後輩、ノアンがその代表格である。

 同じ高校とはいえ、マリーナは成績がよくはなかったので短大にしか進学できず、卒業して一般企業の一般職に就いた。ノアンは理系一流大学から大学院に進み、マリーナの勤務先の親会社である一流企業で研究職に就いている。高校時代はそう親しくしていたわけではないが、三十代になってから再開して仲良くなった。

 性格はよくないが、欠点などは霞んでしまうほど、ノアンはすべてに非の打ちどころがない。美人でプロポーションもよく、学歴も収入も最高だ。その昔、男は三高でないともてないと言われていたが、現在の女は三高だとむしろ結婚から遠ざかる傾向がある。よって、ノアンも四十をすぎて独身なのだった。

 高身長、高学歴、高収入の美女は、マリーナのお遊びに乗ってきてくれた。

「話は合うのよ」
「そうだろうね。で、何歳の設定にしたの?」
「三十四」
「十分、ノアンだったらそのくらいに見えるよ。二十九でもよくなかった?」
「だけど、間野さんってあまり若い女には興味なくない? 三十四くらいがいいんだよ」
「そうかもね。で?」
「五十って言ったほうがよかったかもね」
「そうなの?」

 つまり失敗? ノアンは苦笑して言った。

「しまいにははっきり迫ってみたんだけど、ごめんなさい、僕は妻を愛しているんです、だーって」
「……信じられない」
「でしょう? 腹が立つから別の友人をそそのかして口説かせてみたんだけど、結果は同じだったよ」
「へぇぇ……本気であのばばあを愛してるのか」
「なんだかね、私、むしろ感激しちゃったわ。そんな男もいるんだね」

 これだけの美女に恋のゲームを仕掛けられて、その気にならない男がいるのだろうか。ひょっとしたら間野次郎は……?
 いや、そんな悪しき想像をするのはよそう。男なんて……と失望するしかない人生を送ってきたマリーナの義理の伯父は、高潔でストイックないい男なのだ。そう思っておいたほうがいいではないか。

 この世にはそんな男もいるんだな、と感嘆しようとするマリーナの心の裏側に、そんな男がなんであんな伯母の夫なんだよっ、との黒い感情が忍び込んでくる。そんなことを考えるもんじゃないよ、マリーナ。あのおばさんにだっていいところもあるんだよ。と、否定しようとしても止められなかった。

END







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FS超ショートストーリィ・四季のうた・幸生「秋の実」

フォレストシンガーズ

四季のうた

「秋の実」

 自然のものが好きなきみのために、部屋いっぱいに敷き詰めてあげる。
 その中で一緒にごろごろしようよ。んーーーー、ね、幸せ?

「幸生」
「はい?」

 夢を語る俺に、乾さんが素朴な疑問をぶつけた。

「きみってのはあれだろ」
「そう、あれですよ」
「あれは動くものに反応する。じゃれつく、おいかける」
「その通り」
「すると、だな」

 う、皆まで言ってくれなくともわかるよ。

「……どんぐりを部屋いっぱいに敷き詰めるとなると、いくついるんだろ。ごくごく狭い部屋だとしても相当な数が必要ですよね。でも、彼女は意外と喜ばない」
「彼女、なんだな」
「もちろんですよ」

 そうなると、二十個から三十個くらいのどんぐりを部屋にころがしておいたほうがいいんだ。なんだ、それだったら楽じゃん。さすが先輩、俺の頭から抜け落ちていたことに気づかせてくれて、どもども、です。

END

 







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FSソングライティング物語「MAN OF MIE」

フォレストシンガーズ

ソングライティング物語

「MAN OF MIE」

 金沢、横須賀、東京、歌詞に出てくるとたいへんにかっこいい。
 稚内、高知、宇都宮、まぁ、「稚内哀歌」だとか「恋するよさこい橋」だとか「宇都宮の恋人たち」だとか、おさまりは悪くない。

 その点、三重県北牟婁郡ってのは……同郷の方々に悪いので具体的には言わないが、シゲらしい出身地だね、と言われるのもあって俺にとっては大好きな故郷だが……ま、いいか。俺には歌なんか作れないんだから。
 歌詞も作れない、曲も書けない俺だから、故郷の地名を冠してもさまにならないところの出身なのかな、と考えておくことにしよう。

「あいつ、無礼なんだよな」
「おまえにだけは言われたくないってよ、章」
「……幸生はうるせえんだよっ」

 この木村章に無礼だと言われた男、ハッピィプロジェクトの荻原。彼が乾さんに、演歌を書いてほしいと依頼にきた。乾さんの書く歌には古臭い匂いがしていい、と言ったのだそうだが、褒めてはいないよな? 章だったら激怒して追い返しそうだが、乾さんは人間ができているので依頼を受けた。

 そこからはじまった、「ふるさとの歌を作ろう」フォレストシンガーズ内キャンペーン。

「俺は「横須賀たそがれ」を書くんだ」
「幸生、それ、ぱくりだろ?」
「タイトルはぱくってもいいんだよ。ぱくりってか、リスペクトソングね。「そんなアキラにだまされて」ってのも同じだろ。章は?」
「稚内ブルース」
「本橋さんは?」
「俺は……「TOKIO」でいこうかな。いっそリスペクトソング特集にするか」
「そしたら俺も、「金沢の花嫁」なんてのも作ろうかな」

 詞も曲も作れる仲間たちは盛り上がり、俺はひとり、話の輪の外にいた。

「シゲくんは「宇都宮の夜」って歌を書いてよ」
「俺は「月の桂浜」にしようかな? 「月の法善寺横丁」ってあるだろ」
「ヒデくんも参加するんだ。わぁ、楽しみ」

 気を使ったのか、美江子さんがそう言ってくれたが、マネージャーである美江子さんの故郷は歌にしなくてもいいのだから、俺はやはり無関係みたいなものだ。

「シゲさん、元気なくないですか?」
「モモちゃん、おはよう」

 スタジオに集合した、ヒデも含めての仲間たちがソングライティングの話題で盛り上がっている。俺は参加しにくいので外に出たら、フルーツパフェのモモちゃんに会った。

「奥さんと喧嘩でもしました?」
「喧嘩はしてないし、元気なくもないよ。モモちゃんは仕事は?」
「モモちゃんはクリちゃんと喧嘩したんで、今日は休みなんですけどお兄さんたちに慰めてもらいにきました」
「そっか。だったら俺がうまいものをごちそうして慰めてあげるよ」
「わーい、やったー!!」

 栗原桃恵と栗原準、二十代はじめの夫婦デュオは、我々と同じ事務所所属の後輩だ。か弱い植物……いや、植物ってのはか弱く見えて実は強いのだから、イワシみたいと言ったほうがいいのか。イワシは「鰯」と書くのだから、クリは鰯男なのかもしれない。

 そんな夫を持つモモちゃんこそが、それほど強くは見えないが強くあろうとがんばっている、草花のようにけなげな女の子だ。俺は古いと言われようとなんだろうと、夫が妻より弱くてどうする、と歯がゆく思ってしまう。

 ファンの男にからまれているモモちゃんを助けもできずに震えていたというクリ。そばを通りかかった乾さんが助け舟を出してファンには引き取ってもらい、そのあとでクリを叱って頬を張り飛ばしたと聞いた。クリはモモちゃんに抱かれて泣いたとか……なんと情けない。

 あんな亭主がいたら喧嘩もしたくなるよな、恭子、俺はクリよりはよっぽど強い夫だよな? 横でクリがいかに情けないかを話しているモモちゃんとふたり、よく来る喫茶店に入った。

 小柄でほっそりしてはいるが、モモちゃんは高校時代はソフトボール選手だったのだそうで、野球好きの俺とは話も合う。こう見えてけっこうよく食べるモモちゃんはパンケーキセットとサラダ、俺はハンバーガーセットを注文して、早めのランチにした。

「モモちゃんも作曲、してみてるんですよ」
「クリも作曲はするんだっけ?」
「しなくはないけど、作曲してみては、木村さんみたいにかっこいい曲はできないとか、乾さんみたいな深みのある歌詞は書けないとかって落ち込んでるの。当然じゃん」
「どうして当然?」
「乾さんとは人間の深みがちがうんですから」
「……深みかぁ」

 ずきっと刺さったモモちゃんのひとことを頭を振ってはじき飛ばし、ハンバーガーに噛みついた。

「人間の深みって、その人の作品にあらわれるんじゃない? 木村さんの人間性はともかくとして、乾さんや本橋さんの大きな器は書く曲や詩に出てきてると思うの」
「深み、器ね」
「そうですよ。クリちゃんなんてガキなんだもん。深い詩や曲は書けなくて当然なんだよっだ」
「若くてもいい詞や曲を書くソングライターっているよ」
「それはもともとの人間のできがちがうんじゃない?」

 いちいちずきずきずきっ、とくることを言う子だ。

 喧嘩をしたのだからクリを罵りたいのだろう。モモちゃんはクリのことを言っているのであって、深くても浅くても詩も曲も書けない俺にあてこすっているわけではない。わかっていても俺のほうこそ落ち込みたくなった。

「モモちゃんはどんな曲、書いたの?」
「ちょっとだけね」

 口ずさんでくれたメロディは、モモちゃんの可愛い声とあいまってとても可憐で、俺にはいい曲になりそうに思えた。

「いいんじゃない?」
「全然です。どこかで聴いたようなフレーズでしょ」
「そうかなぁ」
「でもね、モモちゃんだってミュージシャンなんだから、作曲くらいできなくっちゃね。作曲もできないミュージシャンなんて、そんなの音楽やってるって名乗る資格はないのかもしれないって思うの。歌うだけだったらカラオケでもいいんだもん。作詞は日本語の読み書きができたらできるけど、曲を書くってそうはいかないでしょ。素敵な曲を書いてみたい。そうできてこそ本物のミュージシャンだよね」
「う、うん、そうだね」

 十も年下なのに、俺よりはよほどしっかりしていると思われる、モモちゃんのミュージシャン論を聞かされて、しっかり食べてスタジオに帰ると、仲間たちはまだ作詞作曲話を続けていた。

 しようがないからお茶でも淹れようかな。
 コンビニでスナック菓子、買ってきましょうか? 幸生じゃないけど、そんなシャレでも言って笑うしかない。ソングライティングの話題になると俺は入れないのが昔からだから、慣れてるけどさ。

「友がみな、我よりえらく見ゆる日よ、花を買いきて妻と親しむ」

 乾さんに教わったこんな短歌が浮かぶ。そうだ、今夜は花を買って帰ろうっと。

END








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