茜いろの森

フォレストシンガーズ、本橋真次郎、乾隆也、本庄繁之、三沢幸生、木村章、そして山田美江子、小笠原英彦。メインキャラに加えて、その他大勢登場する連作短編集がメインです。フォレストシンガーズ以外の小説もあります。

はじめていらして下さった方へ❤

内容紹介

ようこそいらっしゃいませ

はじめて「茜いろの森」をご訪問して下さった方、
ありがとうございます。
当ブログのコンテンツのようなものについて、説明させていただきます。

「NOVEL」と番外編はフォレストシンガーズ小説で、
全部がつながっています。
フォレストシンガーズの五人、
本橋真次郎、乾隆也、本庄繁之、三沢幸生、木村章。
及び、山田美江子、小笠原英彦。

メインとなるのはこの七人で、
彼らとどこかしらでつながりのある人々が、
別の物語になって動いていたりもします。

フォレストシンガーズキャラクター相関図」も、お粗末ながら作ってみました。

番外編はフォレストシンガーズ以外のキャラが主役、
のはずだったのが、
いつしか妄想ストーリィメインになりました。

「未分類」は言い訳、ご挨拶、お願いなどなど。
「FOREST SINGERS」には第一部からの完了記念企画やら、
著者が彼らに書かせたエッセイやら(そうなんですよ)を載せています。

「内容紹介」はあらすじ、タイトルの曲名説明、
などなどです。

「ショートストーリィ」は、茜いろの森の小説は長すぎる、とおっしゃる方のため、
はじめてご訪問くださった方に、おためしで読んでいただくための、ごく短い小説を置いています。
ただいまのところ「ショートストーリィ」カテゴリには、musician、しりとり、などがあります。
興味を持って下さったら、メインのフォレストシンガーズノヴェルも覗いてみて下さいね。

「別小説」は同人誌仲間と書いたリレー小説の番外編、友人のクリエストで書いた小説、
私が昔から書いているフォレストシンガーズではない小説もあります。
そっちにもフォレストシンガーズの誰かが顔を出す場合もあるのは、
著者の趣味です。

そこから独立した、グラブダブドリブやらBL小説家シリーズやら、リクエストいただいて書いた小説などもあります。
BLとはそう、あれ、BL小説家の桜庭しおん作の過激な小説が作中作として出てきますので、お嫌いな方はくれぐれもごらんになりませぬよう。

他にもBLがかった物語もありますので、そういう場合は「注意」と赤字を入れておきます。

「共作」はまやちさんとの共作。
「連載」は私も連載をやってみたくてはじめた、ロックバンドの物語です。
ひとつひとつがおよそ1000字ほどですので、お気軽に入っていってやって下さいませ。

「お遊び篇」は、またややこしくて、
えーと、つまり、フォレストシンガーズストーリィのキャラたちが名前はそのままで、
別人になって別世界に生きている物語です。
すみません。

「リレー」カテゴリもあります。
その他、これからも増やしていく予定であります。

こんなアンケートを作りました。同じものがトップページにもあります。
できましたら投票して下さいな。楽しみにしております。














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どれから読もうかな? の方へ・追伸

内容紹介

フォレストシンガーズについて、などなど


四年ほど前に私の頭の中に生まれてきたアキラ。
「俺はもとからいたんだから、生まれてきたんじゃないんだよ」
と、本人は主張しておりますが。
本人の主張はさておき、アキラが生まれてきたおかげでフォレストシンガーズが誕生しました。

凝り性で、そのくせ飽きると離れていってしまうという著者が、唯一、何十年も飽きずに凝りまくっているのが「小説を書く」ということ。

昔は投稿したり、紙の同人誌を作って発表したりしていました。
この時代になって、ホームページを作ろうかと思い、むずかしそうだから避けていて。
そんなころにフォレストシンガーズの小説を書き溜めていましたので、そうだ、ブログで発表しよう!! と決めたのでした。

そうしてフォレストシンガーズメインの「茜いろの森」を創設してから約二年半。
最近はグラブダブドリブ、ジョーカー、しおんとネネのシリーズや連載。
ショートストーリィなども書いてはいますが、やはりメインはフォレストシンガーズです。

「茜いろの森」をご訪問下さった方で、フォレストシンガーズってなに? と興味を示していただけた方は、「内容紹介」、「forestsingers」カテゴリをお開き下さいませ。
All title list(作品数が多いので、2ページになっています)の中にあります。

そのカテゴリの中の「こんなお話です」に目を通していただけると幸いです。

小説でしたら、ショートストーリィ(musician)の中のフォレストシンガーズ物語、一話~七話までをお読みいただけるのが、いちばん最初でしたら最適かと思われます。
フォレストシンガーズストーリィ1-第一話「はじまり」

どれから読もうかな? の方へ
「The Chronicle・ショートバージョン」
もわりあい短めです。

長くてもいいとおっしゃる方には、「The Chronicle」全11話のロングバージョンもございます。
小説200(The Chronicle)第一部

その他にもフォレストシンガーズストーリィはあちこちに散らばっております。
お急ぎでない方は「あらすじ」なども見ていただいて、お好みに合うストーリィを見つけていって下さいませ。

みなさまのアクセスや拍手、コメントなどは著者の最大の喜び、励みでございます。
変なコメント(変というのは種々ありますが)でない限りは必ずお返事させていただきます。
URLを残していただければ、コメントを下さった方のブログにも遊びにいかせてもらいますねー。

さて。
いついつまでもブログを続けていきたい、というのが私の最大の希望でもありますので、今後ともどうぞよろしくお願いします。
こんなミニアンケートにも、よろしかったらお答え下さいね。




2013/8月
津々井茜



どれから読もうかな? の方へ

内容紹介

2011/5/28

「The Chronicle・ショートバージョン」

**はじめに

 長い「The Chronicle」をブログにアップしてから、考えました。
 はじめてフォレストシンガーズストーリィを読んで下さる方は、「The Chronicle」から読んでいだけるといいな。彼らの大学一年生から三十歳までの物語だから、ちょうどいいな。
 でも、最初に読んでいただくには長すぎるかも。
 ならば、ショートバージョンを書こうと決めて書いたのがこのストーリィです。「The Chronicle」の抜粋ではなく、エッセンスを抽出して短くまとめたものですので、長いのも短いのも両方読んでいただけると嬉しいです。
 このストーリィを読んでフォレストシンガーズに興味を持って下さった方は、「The Chronicle」本編もぜひどうぞ。もちろんその他のたくさんたくさんあるストーリィも、読んでいただけると嬉しくて嬉しくて、著者は舞い上がってしまいまする。

 なお、これでも長いだろ、とおっしゃる方には、さらに短いのもあります。
フォレストシンガーズストーリィ1-第一話「はじまり」
ここからスタートする七つのストーリィも、よろしくお願いします。

 ではでは、ショートバージョン、お楽しみ下さいませ~。



1・真次郎

 七つも年上の兄貴たちに育てられた十八歳の暴れん坊が、桜の花なんて気にしているわけもない。あのころの俺は桜なんて見てもいなかっただろうけれど、この季節になると思い出す。あの日もこうして桜が満開に咲き誇っていた。
 桜吹雪と聞くと遠山の金さんを思い出す俺にも、自分自身の桜吹雪の思い出はある。大学の入学式、俺の運命を決めた日。大仰に言えばそうだったのかもしれない。
 空手家で双生児の兄貴たちに反発したいためもあって、俺はスポーツ嫌いだった。好きなものはたくさんたくさんあれど、中では音楽がもっとも好き。ピアノも好きでクラシック音楽も好きだったのだが、オーケストラなんて俺のガラじゃねえや、だった。
 サークルに入ろうとして迷った末に、俺は合唱部を選んだ。新入生勧誘パフォーマンスで歌っていた女性たちの美しい声や、当時の女子部キャプテンの美しい容姿に魅せられたせいもあった。
 飛びこんでいった合唱部の部室で、先輩の星さんに会った。彼の人柄に惹かれて、入部してから触れ合った男子の先輩たちにも惹かれていって、俺は強く強く合唱部に傾倒していく。歌というものにものめり込んでいく。
 それからもうひとつ、同級生との出会いもあった。東京生まれの俺がこの大学に入学し、合唱部に入部しなかったとしたら、おそらくは会わなかった乾隆也だ。
「乾、本橋、おまえたち、夏のコンサートでデュエットをやれ」
 キャプテン高倉さんのその命令が、俺たちを結びつけた。いや、高倉さんの言葉がなかったとしても、俺たちは特別な仲になっていただろう。男同士で特別とは気持ちが悪いのだが、そうなのだからどうしようもない。
 金沢生まれの乾と俺、運命論も俺のガラではないけれど、そんなこともあるのかなぁ、と今になれば思う。それからそれから、もうひとり、彼女との出会いはまちがいなく、俺の運命を変えた。
「綺麗だねぇ。あれから何年たつんだろ」
「あれから何年なんて振り返るのは、年を食った証拠だぜ」
「だけど、このシーズンには思い出すでしょ」
「うん、まあ、そうだな」
 近所では一番豪壮な邸宅の塀ごしに、ゴージャスな桜が咲きこぼれている。まるで秀吉が愛でた醍醐の桜のよう……俺はそんなものはこの目で見ていないのは当然だが、こんなだったのだろうと思う桜だ。そんな桜を見上げて、俺は妻と会話をかわす。
 あれから何年、その何年とは、おまえとおまえと出会ってからの歳月と一致する。おまえ、とは乾と美江子だ。美江子とは「あれ」がいつなのかをわかり合っている。仲間たちとの出会いと、美江子との出会いがあって、今、俺はここに立っている。


2・美江子

 母校のキャンパスの花壇には、ポピーの花が並んで咲いていた。
「可愛いチューリップの花ですね」
「……あのね、三沢くん」
「はーい」
 咲いた咲いたチューリップの花が、三沢くんが歌う。十八歳の男の子がそんな可愛い声を出す? キミのほうが花よりも可愛くて、声だけだったら幼稚園児の坊やみたい。顔を見ても中学生みたい。ふたつ年下の三沢幸生を見つめていたら、吹き出して笑い出した。
「美江子さん、なにがそんなにおかしいんですか。そんなに笑わないで」
 笑いすぎて涙が出てきたら、三沢くんは私の背中をとんとん叩いてくれた。
「美江子ちゃーん、泣いたら駄目よ。べろべろばー」
 今、ここにいるのは、その三沢幸生、最年少の大学二年生。彼に較べるとずいぶんとお兄さんに見える、本橋真次郎、乾隆也、彼らは私と同い年の大学四年生だ。そして、大学三年生の小笠原英彦と本庄繁之。五人がキャンパスに集まって、本橋くんが私に正式に紹介してくれた。
「フォレストシンガーズだ。決定したよ」
「……うん」
 詳しくなんか言ってくれなくてもわかる。大学の男子合唱部で知り合った五人が、ヴォーカルグループを結成した。私も話は聞いていたけれど、正式に決定したから改めて紹介してくれたのだ。
「三沢くん、覚えてる?」
「覚えてるってどれですか? あの樹の陰で美江子さんとキスしたこと? むふふ」
「おー、三沢? おまえ……美江子さんと……このぉ」
「きゃああ、小笠原さんっ!! 許してっ!! だって、愛し合ってるんだもんっ」
「許さない。待て」
 逃げていく三沢くんを、小笠原くんが追いかけていく。本庄くんはきょろきょろしてから、私にもの問いたげな目を向ける。乾くんは笑っていて、本橋くんが質問した。
「山田、おまえ、ほんとにあんなガキとキスしたのか?」
「そうじゃなくて、この花壇に咲いてた花よ」
「花なんか咲いてたか?」
「春には咲いてたでしょうが」
「そうだったかなぁ」
「あのへんにはどんな花が咲いてたか、覚えてる?」
 冬枯れの花壇には花はなく、本橋くんと本庄くんは悩んでいる。乾くんは言った。
「花壇なんだから花はあるよ。春の花だったら……あのあたり? ポピーだったな」
「さすが乾くん。花の名前も知ってるし、記憶力もいいよね。本橋くんや本庄くんも見習いなさい」
「はい、すみません」
 本庄くんは素直に答え、本橋くんは言った。
「歌詞は覚えないといけないけど、男は花の名前なんか知らなくていいんだよ」
「でも、本橋さん、歌には花が出てくるでしょ」
「俺は出さないからいいんだ」
 ポピーの花が咲いていたころに知り合った、大学一年生だった三沢くん。二年近くがたっても、彼の声は黄色くて、小笠原くんにつかまえられてきゃあきゃあ悲鳴を上げている。
 なんでおまえは花の名前なんか知ってるんだ、と本橋くん。乾さんのおばあさんは、お華の先生だからでしょ、と本庄くん。ポピーくらいは常識だろ、と乾くん。そんな五人で、歌の道を歩き出すんだね。私も一緒に歩いていく。
 きっと近いうちには、あなたたちはプロになる。私はあなたたちのマネージャーになる。目の前にはお花畑が広がっている。未来をそう考えれば、頬を刺す冬の風までが、あたたかく感じられた。


3・隆也

 アマチュアながらも、ノーギャラながらも、仕事をさせてもらって泊まらせてもらった海の家の庭に、朝顔の花が揺れている。青や紫の暗い色ばかりで、朝から俺の気持ちも暗くなりそうだ。
「……暗い色合いだと思うから暗く感じるんだ。暗いんじゃなくて爽やかで清々しい色の花だと思え、隆也、気は持ちようだ。ものは考えようだ」
 山田、本橋、乾が大学を卒業してから一年余り、今年は一年下の本庄シゲ、小笠原ヒデも卒業した。三沢幸生は大学四年生。俺たちはいまだアマチュアだ。
 プロになるための道は険しくて、真夏の朝に海辺にいても心は浮き立たない。一昨年までは別の海辺で大学合唱部の合宿をしていて、あのころはひたむきに楽しかったのに、俺の青春は卒業とともに終わったのか。
 暗くばかり考えてしまうのは、ヒデがいなくなってしまったから。ヒデは結婚するからと言って、梅雨のころにフォレストシンガーズを脱退してしまった。
 一年生の年にだけ合唱部にいて、大学をも中退してロックに走っていた木村章は、幸生とは仲良くしていた。シゲやヒデとも親しくしていたらしいが、本橋や俺は章とはほとんど交流もなかった。その章を幸生が連れてきて、強引にフォレストシンガーズに参加させた。
 であるから、人数的にはフォレストシンガーズはもとに戻っている。それでもそれでも暗いのは、章が俺を嫌っているから? 俺が悪いから? あいつだって悪いだろ。
 章は彼女のスーちゃんと喧嘩ばかりしていると言う。喧嘩はするのが当然だろうが、彼女と彼は暴力沙汰の喧嘩になって、章はスーちゃんに殴られて殴り返すという。そうと聞いて説教したのがはじまりだった。
 もてるらしき章は、女性の母性本能をくすぐるのだろう。綺麗な顔をしていて細くて小柄で、反抗的なロッカー。彼は小さな薔薇なのか。美しい外見に引きつけられて寄っていく女は、刺にさされて傷つく。女性が守ってやりたいと感じる男の章は、時に牙を剥く。
「あいつは弱気で寂しがりなんですよ。そんなところを隠したくて反抗的になったり、女にばっか強く出たり、実は最弱軟弱脆弱柔弱……」
「幸生、そのへんでいいよ」
 弱のつく単語を並べ立てようとする幸生を、途中でさえぎったこともあった。
 女に暴力はふるうし、遅刻はするし、説教するとふてくされるし、リーダーに殴られるとふくれるし、その上にその上に、あろうことか、ファンの方につっけんどんにする。あまつさえ、突き飛ばしたりもする。あのときは俺は章の頬を軽く張り飛ばした。
「あいつはフォレストシンガーズのファンじゃなくて、ジギーのファンだった女ですよ。乾さんには関係ないじゃん」
 ジギーとは、章がヴォーカリストとして加わっていたロックバンドだ。インディズとしては人気があったのだそうで、章にはそのころからのファンがついている。
「なんであろうとも、ファンの方にそんな態度を取ってると癖になるんだよ。俺たちがメジャーデビューして、支持して下さるファンの方におまえがそんなだと、プロのシンガーとしては最悪だろ」
「ファンなんてうぜえんだもん。それにさ、俺たちがメジャーになるなんて……乾さん……わかりましたから。いやだよ」
 手を上げて顔をかばっている章を、きつく殴る気はなかった。説教だってしたくはなかったのだが、彼は本心からそう思っているのかと、おりに触れては説得してきた。章だってわかっているだろうに、ロッカーらしき反逆心なのか、素直にうなずいてはくれない。
 先輩風を吹かせて説教ばかりするうざい奴。章にはそう思われているのはまちがいない。俺の存在に嫌気が差して、章がフォレストシンガーズを脱退したとしたら……そう思うと気持ちが暗澹としてくる。真夏の朝を俺のグレイの吐息が曇らせていると、幸生の声が聞こえた。
「おはよう。隆也さん、ユキちゃん、キスしてあげようか」
 十八番の幸生の女芝居だ。俺が暗くなっていると察してなぐさめてくれようとしているらしいが、こんななぐさめはいらない。強いて荒々しく言った。
「幸生、おまえ、あの花の名前を知ってるか。まちがえたら罰として、あそこに見えてる灯台までランニングだぞ。言ってみろ」
「あの花? ええとええと……チューリップ、桜、薔薇、菊……他に花ってあったっけ。ええとええと……そうだ、ポピー!! きゃーーっ、乾さんっ、なにをなさるのっ?!」
「ランニングだって言っただろ」
「隆也さんもつきあってくれるの? そしたらね、おんぶして走って。きゃわわーっ!! ひとりで走りますっ!! 先輩ったら怖いんだから。ユキちゃん、そんなことされたら疼いちゃうわ」
「……黙って走れ」
「はいっ!!」
 前を走っていく幸生の髪が朝陽に輝いている。朝顔が幸生と俺を見比べて笑っている。くよくよと考えているよりも、俺たちは走らなくっちゃ。


4・英彦


 暑苦しい花だな、と呟くと、恵が言った。
「夾竹桃。ヒデって花の名前を知らないね」
「男は普通はそうだろ」
 乾さんは別として、シゲも幸生も本橋さんも花の名なんて知らなくて、美江子さんが呆れてたよ、とは口の中で呟く。
 遠い遠い昔の友達なんて、思い出すと虚しいだけなのに、今では気軽に親しくできる男友達がいないせいか。妻と子はいても女友達はさらにいない。友達がいても妻や子はいない男だって多いのだから、俺は幸せだ。
 紫陽花を見ると楽しかった学生時代を思い出すから、あの花は嫌いだ。梅雨がすぎて真夏になり、紫陽花は見なくなったと思ったら、今度は暑苦しい花か。
「濃いピンクは暑苦しいかもしれないけど、白いのはよくない?」
「俺は好きじゃないな」
「たしか夾竹桃って、根だか樹だかに毒があるんだって」
「食うと死ぬのか?」
「そうかもね」
 毒のある樹は食ってもまずいだろう。別に死にたくはないのだから、夾竹桃を食う気もないけれど、最悪、あいつを食えばいいんだな、なんて思って苦く笑った。
 数年前にフォレストシンガーズを脱退して結婚し、子供ができて普通の父、普通の夫、普通のサラリーマンになった。フォレストシンガーズがデビューしたとの噂は聞かないし、シンガーズだって普通の人間なんだから、俺とはなんちゃあ変わりもせんちや、ではあるのだが。
 なのになんだって、俺はこうして鬱々している? 夏の陽射しの中、淡い緑のワンピースを着て、白いパラソルを差した妻はけっこう美人で、妻の押すベビーカーの中の瑞穂は、天使のように愛らしい赤ん坊なのに。
「パパ、買いものしてくるから、見ててね」
「ああ。ゆっくり行ってこい」
 ドラッグストアに入っていく妻を、外で待っている。俺はガードレールに腰かけて、ベビーカーを見つめている。瑞穂がほにゃほにゃと笑っている。可愛いな、おまえは俺の娘なんだもんな。けど、おまえがいなかったら俺は……
 ふっとよくない想いが浮かび、頭を振った。赤ん坊は父親の悪心を感じたのか、唐突に泣き出す。抱き上げるといっそう泣く。ドラッグストアから恵が顔を出した。
「パパ、泣かしたら駄目。ちゃんと見ててよ!!」
 怒鳴られて怒鳴り返した。
「赤ん坊ってのは泣くのが仕事だろ。俺のおふくろはそう言ってたぞ。文句があるんだったらさっさと買い物をすませて出てこいよ」
「もうっ、役に立たないんだから」
 これではまた喧嘩になりそうだ。冷戦になるのか舌戦になるのか。せめて明るい喧嘩だといいな。こうなってくると妻も娘もうっとうしくて、俺は夾竹桃に悪態をついた。
「家出したいよ。失踪したいよ。くそっ!!」
 ベビーカーに戻すと、瑞穂は顔を真っ赤にしていっそういっそう泣き出した。
 

5・繁之


 この花だったら知ってるけど、なんて名前だっけ? 幸生だったらチューリップだと言いそうだが、チューリップではないのは知っている。チューリップは春の花だ。
 アマチュア時代にはこの公園で、五人で練習をしてきた。筋トレやキックボクシングごっこや、ランニングもした。議論もした。コンビニで買ってきた夜食やら、美江子さんがさしいれてくれた手作りの豚汁なんかも食った。
 本橋さんが不良にからまれていた高校生を助けたり、乾さんが女の子をかばったり、章がどこかの男に殴られそうになったり、幸生が泣きそうな顔でブランコにすわっていたり、そんな思い出がたくさんたくさんある。
「俺の書いた曲なんです。乾さん、見て下さい」
「お、書けたか……うんうん……ヒデ、これ、駄目だろ、これは」
「なんでですか」
「自分で考えろ。ほら、ここだよ」
 俺にはできないソングライティングについて、乾さんと話していたヒデの声を思い出す。ここんところは盗作だろ、と指摘されたヒデは、あとから言っていた。
「あのときには乾さんを殴りそうになって、辛抱したんだ。俺、えらいだろ」
「アホか。当然だよ。盗作だって言われて怒って、乾さんを殴ったりしたら、俺が許さんからな」
「……おまえにやり返されたら俺は死ぬから、やらんでよかったな」
 がははっと笑った声までも思い出した。
「とうとうデビューしたんだよ。ヒデは知らないだろ? フォレストシンガーズなんて名前、どこにも出てないもんな。でも、もうじき各地のFM放送挨拶回りをするんだ。おまえはFM放送のある地域に住んでるのか? 茨城や高知だったら聴けるよな。おまえがどこにいるのかは知らないけど、元気なんだろ? 幸せなんだろ? 結婚したのかな。子供もできたのかな。恵さんって……うん、まあ、美人だよな。おまえも顔は整ってるんだから、可愛い子供だろうなぁ。会いたいな」
 ヒデの子供よりもヒデ本人に会いたい。この花、なんて名前だ? ヒデに質問したい。ヒデもきっと知らないだろうから、乾さんと美江子さんにも来てもらおう。花の名前はどうでもいいから、本橋さんと幸生も呼ぼう。章は、呼ばないほうがいいんだろうか。
「みんなで言うんだよな。幸生は言うんだよ。チューリップ? あいつの定番だからさ。本橋さんは薔薇だって言うかもな。そしたら美江子さんか乾さんが……あ? コスモス? そうだったかも。自信はないけどそうかもしれない。誰かが教えてくれたんだ。おまえじゃないだろうけど、ありがとう、ヒデ。コスモスだな」
 自信はないがコスモスだと決めた白や薄桃色の花を見ながら、ヒデに話しかける。繊細で可憐な花だ。俺にもこんな彼女ができたらいいな、ヒデのことばかり考えている女々しい自分が腹立たしいのもあって、コスモスに意識を向けていた。


6・幸生

「悲しくったって、苦しくったって
 ステージの上では平気なの
 だけど、涙が出ちゃう
 だって、ユキちゃん、女の子なんだもんっ!!」

 この替え歌を歌うとシゲさんは脱力し、リーダーはげんこつを固め、章はキックをしかけてきて、美江子さんはため息をつく。乾さんは俺の肩を抱いてくれた。
「そういうタイムリーな歌を歌うな。売れなくて悲しくて苦しいなんてのは、もっと長くやってから言うもんだよ」
「身も心もユキちゃんになっていい?」
「心は見えないから、ユキちゃんになってるんだとおまえが言い張れば、俺もうなずかざるを得ない。身は見えるんだぞ。なってみろ、なれるのか、え、幸生? なれるのか」
「そんなご無体な……」
 変身はできそうにないので諦めて、心だけはユキちゃんになろうと乾さんにくっつく。本橋さんとシゲさんはむこうで、俺たちを見ないように必死で無視しようとしている。章は美江子さんと、虫みたいにちっちゃい花のそばでお話していた。
「俺もやっぱ本物の女性とお話したいなぁ……」
「俺に女になれって言ってるのか」
「乾さんが女になったって……俺の趣味は知ってるでしょ」
「小柄でキュートな美少女だろ」
「そうそう。俺を女の子にしたような美少女ね」
「女性は男装すると十歳若く見え、男は女装すると十歳老けて見えるという。肌の差だそうだな。幸生、不精ひげがはえかけてるぞ」 
 人を現実に立ち返らせる無情な発言をしてから、乾さんは公園のベンチにすわった。
 ここは兵庫県の公園。近隣の人々の憩いの場になっているようで、そぞろ歩くカップルや家族連れや友達連れは大勢目につく。けれども、だあれも俺たちに目を留めてはくれない。俺たち、フォレストシンガーズっていうんだよぉ!! って叫ぼうか。パークライヴをやろうよ。無料だよ。俺たちの歌を聴いて、拍手を、歓声を下さい。
 餓えるほどにそう思う。デビューしてから二年がすぎて、今年も秋になって、いろんないろんな仕事をしてきたけれど、俺たちはまったく認められないまんまだ。
 試行錯誤を繰り返し、多種類の歌のジャンルにチャレンジし、テレビのバラエティ番組に出たり、ラジオに単発で出演したり。そのどれもがフォレストシンガーズの糧にはなっただろうけれど、実を結んではいない。
 乾さんの言う通り、悲しむにはまだ早いと知ってはいるけれど、イベントに出演させてもらって主催者にないがしろな扱いを受けると、へこみたくなる。無名のシンガーって人間じゃないの? 猫だったら不細工でももてはやされるのに、ユキちゃんは可愛くても愛してもらえないんだわ。
 なんてね、こうやって自分の中でもひとり芝居をやって、俺はてめえを鼓舞する。乾さんと美江子さん以外は芝居をやると怒るけど、実はちょっぴり癒されていたりするんでしょ。
「乾さん、あの虫みたいな花、なんて名前ですか」
「紅の虫か。あれはおまえには高度だろうな」
「花に高度や低度ってあるんですか」
「あるんじゃないのか。一般的知名度の高い、おまえでも知っているチューリップや桜から、おまえだと知らなくても普通な萩や竜胆やえのころ草、さらに知名度の低い、イタドリ、ベニタデ、ゲンノショウコ、などなど。知名度レベルでも花は多種に分類できるんだよ」
 それってシンガーになぞらえてる? シンガーとはさかさまに、花は知名度が低いほど高度なのか。俺は今、乾さんが言った花の中から、あの虫のようなちっこい花の名前を探した。
「リンドウかなぁ。ちがう? 萩」
「おまえにだったら推理は簡単だろ。覚えないと意味ないんだぞ」
「はあい」
 我々だって覚えられないと意味がない。しかし、公園でフォレストシンガーズの名を連呼するのは、犯罪に近いのかもしれない。そのためにはどうすればいいのかも、模索しながら歩いていく。それが我らの生きる道?
 これからも俺たちは、シンガーとして高級になるために努力する? 高級とひとことで言うべきなのかどうかもわからない暗い道を、みんなで歩いていく。
 ねえ、隆也さん、頼りにしてるからね。俺はあなたの背中を特に見つめて、一生懸命ついていくよ。どこまでも連れていってね、ごろにゃん。


7・章

 デビューしてから六度目のクリスマス。去年にはシゲさんが結婚し、フォレストシンガーズはほんのちょびっと有名になった。有名になったと口にするのもおこがましいが、デビュー当時から二、三年ほどの真っ暗闇からは抜け出しつつある。
 二十二歳でプロのシンガーズの一員となった俺は、二十七歳になった。愛した女もいるけれど、スー以外の女とはすべてが切れた。スー以外の女はどれもこれもがまやかしだったのだから、切れて後悔もしていないが、心に寒い風が吹く。
 クリスマスのイルミネーションやツリーや、音楽で浮き立つ街で俺はひとり。すこしは売れてきたといっても、ちびの俺がひとりで街を歩いていても、ファンに発見されて騒がれるなんてまずない。そのほうが気楽だけど、時にはこんなこと、ないかなぁ。
 女子大生の集団が俺を見つけ、わーっと取り囲み、サインだ握手だ写真だと騒いだあげくに、その中でもとびきり可愛い子が言う。
「あたしたち、これから女の子ばかりでパーティするの。木村さんも来て」
 五、六人の女の子は全員が、俺の好みの小柄で細身の美人ばっかり。俺は迷惑そうなそぶりをしながらも言うのだ。
「ちょっとだけだったらつきあうよ。ケーキでも買っていこうか」
「木村さんが来てくれるだけで嬉しいの」
「そうは行かないだろ。女子大生のパーティに社会人が手ぶらでは行けないよ。これで好きなものを買えよ」
 札を握らせると、女の子たちは感激して、みんなそろって背伸びして、俺にちゅっちゅっのちゅーっ!! ……ああ、虚しい。
 つまんねえからナンパしようかな。スターになっていない現状の利点は、道行く人々のほとんどが俺を知らないこと。ナンパして釣り上げた女もたいていは俺を知らないから、適当にごまかしてホテルに連れていって寝て、適当にバイバイ。
 乾さんに知られたら叱られるだろう……そう考えてから、あんたもやってんだろっ、と胸のうちで叫び返す。可愛い子はいないかと物色していたら、街角にたたずむ女の姿が見えた。ベージュのコートのすらっとした女は、俺と同じくらいの身長だ。小柄ではないけど、まあ、許容範囲。俺は彼女に近づいていった。
「彼女、ひとり? お茶でもどう?」
 顔が見たいのに、彼女はうつむいたまんまだ。どこかで見た女……有名人かな? 気が逸って気もそぞろになっていた。
「誰か待ってんの? ふられたんだろ。俺とお茶しようよ。メシだっておごるよ」
「……」
「すかすなって」
 苛々してきたので、ちょっとだけ怒らせる手段に出た。
「顔を見せてよ。見せられないってのはブスなんだろ」
「……え……」
「いやいや、ブスじゃねえよな。顔を見せて」
 猫撫で声を出して顎を指でそっと持ち上げる。女は顔を上げてにたっと笑った。
「うぎゃっ!!」
「口裂け女じゃないんだから、悲鳴を上げなくてもいいじゃないの」
「口裂けって……古っ」
 ある意味、妖怪よりも悪い。逃げてもはじまらない相手だからなお悪い。開き直った俺は言った。
「そんなコート、見たことないし、美江子さんだなんて気づきませんでしたよ」
「私は声で章くんだって気づいたから、黙ってうつむいてたの。あなたはいつもこういうことをやってるんですか。お話を聞かせていただこうかしら」
「補導の教師みたいに言わないで」
「食事をおごってくれるんじゃなかったの?」
「美江子さんはデートじゃなかったの?」
 ぎろっと睨まれた。図星だったのかもしれなくて、腕を引っ張られるままになった。
「あれは知ってる?」
「あれって?」
 彼女と腕を組んで歩いているというよりも、教師に腕を取られてどこかへ引きずっていかれる中学生気分。我らがおっかないマネージャーと街を歩くなんて、振り切って逃げたら本橋さんや乾さんに告げ口されるから、逃げるに逃げられない。
 情けなくて返事もしたくなかったのだが、あれって? と彼女の声に反応してしまった。美江子さんが指差す先には、赤と緑の花のような葉っぱのようなものがあった。
「飾りですよね。造花? 乾さんに教わったような……クリスマスの花、クリスマスカラー……なんだっけ。忘れたよ」
「ポインセチアだよ。あんなふうに華やかに……見えてくるの」
 目を閉じて、美江子さんが囁いた。
「あなたたちの将来は、ポインセチアカラーに彩られてるのよ」
「へええ、いいね」
 美江子さんがえらい美人に見える。いや、もともと彼女は美人なのだが、いつだっておっかなさが先に立つ。今夜は優しい気持ちになってくれているのか、彼氏にデートをすっぽかされて不機嫌なのを繕おうとでもして、作為的に優しくふるまっているのか。
 どっちにしても、優しい美江子さんだったら好きだ。クリスマスイヴ当日ではないのだから、美江子さんとデートってのもいいだろう。
「メシ食いにいきます? 酒もいいでしょ」
「いいけどね、章くんはお酒を飲むと潰れるんだから、一杯だけにしなさいね」
 こういうことを言うから、デート気分に水を差すのだ。酒を飲んでいても説教されそうで、俺は美江子さんの腕を静かに静かに、と努力して引き離した。
「急用を思い出しました。帰ります」
「そうなの? ナンパなんかしないようにね」
 うるせえんだよっ!! と怒鳴りそうになったのをこらえて、小走りになる。来年こそはポインセチアのように華やかなクリスマスを迎えたい。優しくて可愛い彼女もほしい。
 今年のクリスマスには間に合いそうもないから、来年こそ、来年こそ、と祈る。俺たちフォレストシンガーズは、ポインセチア程度の知名度を持つシンガーズになれるのだろうか。今年のクリスマスコンサートのチケットは初ソールドアウトだったのだから、近々きっとなれるさ。
 そうと信じていなければ、こんな寒空の下、ひとりで歩いてなんかいられるかよ。きっと俺たち、大物になるんだよっ!!

未完
 



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フォレストシンガーズ人物相関図①

内容紹介

フォレストシンガーズを中心とするキャラクター相関図  
(ver1.大学関係)


修整

以前から相関図モトム、とのリクエストをいただいていました。
このたびも大海彩洋さんからリクエストいただきまして、さあ、どうしよう、と悩んだあげく。

家系図を作れる無料ソフト発見。
ただ、無料の分では印刷もできないし、画像として使えない。
うーん、どうしようかとまたもや迷ったあげく、いい方法を考えてもらいました。

ようやくブログにアップできました。
これはテスト版のようなものですので、簡単すぎてわかりにくいかもしれません。
とりあえず、フォレストシンガーズの五人と大学の仲間たちとの相関図です。

ここはこうしたら? などのご意見があれば、どしどし教えて下さいませね。
お待ちしております。





FS超ショートストーリィ・四季の歌・章「冬の旅」

番外編

フォレストシンガーズ

超ショートストーリィ・四季のうた

「冬の旅」

 思い浮かべていたイメージとはちがいすぎるけれど、現実とはこんなものなのだろう。
 東京で暮らしていれば、大嫌いな雪景色などはほとんど見なくてすむと安堵していたのに、旅暮らしになってしまったら雪深い地方にも来なくてはならない。がっかりだ。

「章はなんでそんなに雪が嫌いなの?」
「稚内の生まれだからだよ」
「稚内生まれのひとはみんな、雪が嫌いなのか?」
「たいていは嫌いだろ。横須賀生まれの男がたいていは軟派なのと同じくらいにはさ」
「うちの親父、軟派じゃないぜ」
「その分、おまえが二倍軟派だろうが」

 ほどぼとなるなる、と幸生が大笑いした。
 なにを言ってもこたえない奴なのだから、なにを言っても無駄なのは章にだってわかっているのだが、黙々と歩いていると寒いだけだから、幸生と喋っているほうがましなのだ。

 これから列車に乗って、北国へと旅をする。
 たどりついた北国では、歌える仕事をさせてもらえるのだろうか。まーたお笑い芸人みたいな扱いをされて、怒りたいのを我慢するだけになるのかもしれない。

 稚内で生まれて雪に閉じ込められる冬を十八年間送ったから、章は雪が大嫌いだ。東京暮らしが長くなれば、故郷の雪をなつかしく感じるようになるのかもしれないと思っていたが、そうはなりそうにない。フォレストシンガーズの旅ははじまったばかり。今年の冬雪に悩まされそうだ。

 おまけにこの男の名はユキオ、自称ユキ。
 こんな奴とつきあっていくのだから、章の雪嫌いは年々拍車がかかりそうで、溜息しか出ないのであった。

AKIRA/24/END









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FS動詞物語「打つ」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

動詞物語

「打つ」

 あなたにとってのプロ野球とは? と誰かに質問されれば、章だったらこう答えるだろう。

「そうだな……ガキのころにテレビでアニメだとか歌番組だとかを見たくても、親父がジャイアンツの試合を見たがって見せてもらえなかった、って恨みだね。親父がたまに出張で留守にして、今日はあのアニメが見られるって楽しみにしていたのに、出張は中止だ、とか言って帰ってきたときの失望感、半端ないってあのことだよ。俺はプロ野球は嫌いだ。どこのチームのファンでもない。北海道のチームったって、あそこは札幌だろ。俺は稚内だから関係ないし。野球やるのはもっと嫌いだよ」

 隆也はこうだ。

「スポーツってのは戦争の代償行為だと言うんだよな。俺はスポーツ全般に興味ないから、プロ野球だって同じだよ。金沢にはチームはないし、東北も関西も中部も故郷とはほど遠いし、高校野球で地元のチームを応援するってのもなかったし、我が家はテレビをほとんど見なかったし、興味ないってのが正直なところだね。筋トレだのランニングだの、自分で体力づくりをするのは嫌いじゃないから、野球もするほうが楽しいな」

 真次郎は。

「俺の兄貴があまりにもあまりにもの空手バカだから、俺はスポーツが嫌いだったんだ。走るのは好きだったけど、野球には興味ない。親父はジャイアンツファンだったけど、いつも帰りが遅くてテレビなんか見なかったもんな。それがさ、大学に入ったら合唱部のキャプテンが、野球はカープじゃけんのう、って言う人で、洗脳されてしまった。今では俺も先輩と同じだよ。やるのも好きだ。負けると悔しいけど、スポーツって気分爽快になるんだよな」

 そして、幸生。

「負けず嫌いきわめつけのうちのリーダーと較べたら、俺には闘争心って半分もないんじゃないかと思うんだ。負けるが勝ちって言うじゃん? でも、ベイスターズだけは別だよ。カープやタイガースには特に負けたくないっ!! スポーツは好きなほうでもないんだけど、親父の影響なんだろうな。ガキのころからハマスタやベイスターズのキャンプ地なんかにも連れていってもらって、きっと一生ファンだよ。いつかハマスタで始球式やりたいな。うん、やるのもけっこう好きだね」

 最後に繁之。

「プロ野球に興味ゼロというのは、男としては変だという説がありますが……章はたしかに変かな。乾さんはやるのは好きなんだから変じゃありませんよね。俺はもう、ものごころついたときから、筋金入りのタイガースファンですよ。少年野球をやってましたから、するのも大好き。また試合しましょうよ。今度はヒデも引っ張り込みましょう」

 おまけの英彦。

「俺がシゲと友達になったのは、ひいきのプロ野球チームが同じだったからだよ。最近は時々、シゲとふたりで鳴尾浜だの甲子園だのに行ってる。プロ野球選手から彼のテーマ曲を作ってほしいって依頼を受けたこともあるよ。断ったけどね。うん、プロ野球は好きだ。故郷の高知をフランチャイズとするチームができたら……むしろ困るな。タイガースは捨てられないからね」

 マネージャーの美江子。

「私は浮動票が多いっていう、東京のもうひとつのチームのファンですわよ。それほど熱心ではないけど、観戦は嫌いじゃない。父も弟たちもサッカーのほうが好きみたいだけど、私はプロ野球のほうが楽しいな。フォレストシンガーズのみんなが試合をするときには応援に回ります。陽灼けはお肌の大敵。この年になると日盛りの戸外でスポーツすめるのは勘弁してほしいんだもの」

 観るのもするのも大嫌いだ、と言うのは章だけなので、フォレストシンガーズは時折、ファンの集いや遊びで野球の試合をする。今日は野球日和。真次郎を洗脳した大学の先輩、高倉誠のチームとフォレストシンガーズチームが。初夏の晴天のもとに集まっている。

 ファンのみなさまに参加してもらったこともあるのだが、本日は観客席にファンを招待した。美江子はそちらに回って、フォレストシンガーズチームの応援に加わっている。

「きゃーーっ!! 桜田さーんっ!!」
「タダ坊っ!!」

 バッターボックスに立つのは桜田忠弘。こんなにも観客席が満員なのは、高倉チームのゲストとして参加している大スター、桜田忠弘目当ての女性たちが集まってきたからだろう。おかげで観衆の大多数は高倉チームの応援をしているような……?

 ピッチャーは本橋真次郎、キャッチャーが本庄繁之。ファースト、フルーツパフェの栗原桃恵。紅一点のモモちゃんにも歓声が降り注ぐ。セカンド、劇団ぽぼろの戸蔵一世。ショートは俳優の川端としのり。彼らも一応は有名人といっていいのだろうが、知名度では桜田の足元にも及ばないクラスだ。

 サードは作家のみずき霧笛、監督はフォレストシンガーズ所属事務所の社長、山崎敦夫。モモちゃんの相方である栗原準は、美江子の代理としてマネージャーを務めている。控えメンバーにもミュージシャンや役者がいるが、やはりすべてのメンバー中でのトップスターは桜田忠弘だろう。

「ああ、やだやだ、やだなぁ。美江子さん、替わってよ」

 文句たらたらだった章がライト、幸生がレフト、センターは麻田洋介。彼ももとはアイドルなのだが、グループを解散してただいまは役者修行中。世間に忘れられるのは早いようで、あれ、誰? センター? 誰だろ、見たことあるみたいな……との女性の声が美江子の耳に届いていた。

 みずきさんと社長が平均年齢を上げているとはいえ、こっちのほうが若いんだし、勝ってよーっ!! 
 美江子が叫ぶと、周囲を埋めているフォレストシンガーズファンの女性たちが同調して、一緒に騒いでくれた。

END








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花物語2017/2「年に一度のスノードロップ」

ショートストーリィ(花物語)

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花物語2017

「年に一度のスノードロップ」

 もうじきやってくるはじめての結婚記念日。新婚夫婦にとっては最大のイベントなのだから、夫の孝道はサプライズプレゼントなりなんなりを考えてくれているのだろうか。当日まで素知らぬ顔で待つべきか。今日は孝道のほうが先に帰宅していたので、お帰り、と出迎えてくれた夫になにか言おうか、言わないほうがいいか、と恵梨香は迷っていた。

「あのさ」
「……んん?」

 来た? 寝室で普段着に着替えていた恵梨香は、ドア越しに夫の声を聞いていた。

「明日、墓参りに行くんだ」
「墓参り? 誰の?」
「いとこだよ。俺が中学のときに亡くなったんだけど、小さいころには仲が良かったんだ。明日は命日だから、墓参りだけは欠かさず行ってるんだよ」
「そっか」

 だから、恵梨香も一緒に、と夫は言うのだろう。一度も会ったこともない夫の親戚の墓参りに誘われても気が乗らないし、恵梨香の望みとはまるでちがった話だったのでがっかりして、恵梨香はひとりで口を尖らせた。

「何時から行くの?」
「朝早いから、恵梨香は寝ていたらいいよ。休みにまで早起きするのはつらいもんね」
「あ、そうなの」

 一緒に行こうと言われているのではないらしい。だったらいいか、のような、早くから出かけて墓参りって、どこまで行くんだ? と疑惑が生じるような。

 専門学校を卒業して介護職に就いた恵梨香は、四年ほど前までは老婦人が姪とふたりで暮らす大きな屋敷に住み込んで、老婦人の世話をしていた。通いの家政婦さんが別にいて、口うるさいおばさんがわずらわしくはあったものの、家事はしなくていいので楽だともいえた。

 老婦人が亡くなったので恵梨香の仕事がなくなり、住み込み介護士は辞職した。給料がよかった上に住み込みでお金を使うこともなく、貯金は増える一方。

 仕事はちょっと休んで留学しようと決め、恵梨香は一年間、ハワイですごすことにした。ハワイだったら留学じゃなくて遊びでしょ、と言う者もいたが、ハワイへの語学留学はけっこう流行っている。一年間の楽しい暮らしが終わる直前のある夜、仲間たちと海の見えるクラブでお別れパーティを開いた。

 そこで知り合ったのが、留学生仲間が連れてきていた孝道。仕事でハワイに来ていた孝道の住まいは日本で、彼も恵梨香と同じ日の飛行機で帰国するという。フライト時間までが同じだったので、航空会社に交渉して隣同士の席に変更してもらった。空席もあったので交渉は成立したのだった。

「うちは祖父が輸入雑貨の会社をやっていて、ハワイの雑貨も扱いたいってことになったんだ。それで僕が視察に来たんだよ。なかなかいい感じだったから、これからはハワイに来ることも増えるかな」
「私は留学から帰ったら、日本でまた仕事を見つけなくちゃ」
「介護職だったら仕事はいくらでもあるんじゃない?」
「あるとは思うけど、英語もうまくなったんだから、両方活かせる仕事がしたいな」

 飛行機の中ではそんな話をして、成田に到着すると孝道は言った。

「このままさよならって寂しいな。食事しない?」
「機内食でおなかいっぱいだよ」
「そしたら、また会ってもらえないかな」
「そうだね」

 即座に誘いに乗るよりは、時間を置いたほうがよかったのかもしれない。今度の土曜日、との約束の日まで、孝道は思いを募らせていたとあとから恵梨香に打ち明けた。

 結婚を前提で、と正式に告白されてから半年余りで、孝道にプロポーズされた。
 外見は凡庸だが、孝道の前途は有望だ。恵梨香も二十八歳。帰国してから再び介護職についてはいたが、二十代のうちに結婚したいのだから、四つ年上の孝道とだったらまあいいかと、恵梨香はうなずいた。

 結婚式は二月末日。寒い時期ではあるが、春が近いという意味でわくわくする日でもあった。

 肉体的にハードな介護職は結婚退職し、現在の恵梨香は夫の祖父のつてで雑貨店のパート店員として働いている。将来は夫がまかされる店を共同経営するつもりなのだから、修行の意味もあって有意義だ。

 三十歳になったのだから、そろそろ子どもを……と恵梨香は考えているが、夫も熱望しているようにもないし、夫婦ふたり暮らしは快適だから、もうすこし先でもいいかな、気分でもあった。

 とりたてて不満もない日々だから、小さな疑惑を追及したくなったのかもしれない。翌朝、言った通りに早くマンションを出ていった夫を、恵梨香は尾行した。
 徒歩で最寄りの駅まで出、夫は白い花束を買った。そこから電車を乗り継いで郊外へと、特急で二時間弱かかる駅に夫が降り立ち、恵梨香も続いて降りたときには正午近い時刻になっていた。

 駅からも徒歩で、夫は山道を登っていく。交通の便のいい都会に住んでいるのだから、夫は自家用車は実家に預けていてたまにしか乗らない。マンションの駐車場は高い、実家に広いパーキングがあるのだから、無駄な金は使わなくていいだろ、が夫の主義だ。

 自家用車でここまで来られたら尾行できないところだったし、タクシーも使わないほうが恵梨香はやりやすいのだが、疲れてきた。なんだって電車と歩きなの? こんなに遠いのに。

 今日はそれほど寒い日でもないので、歩いていると汗ばんでくる。孝道の歩調に合せるためには、恵梨香は早歩きしなければならないのでよけいだ。でも、夏じゃなくてよかったよね、と恵梨香は自分に言い聞かせていた。

 いい加減歩くのもいやになってきたころ、夫がどこかの寺の山門をくぐっていった。「宝山寺」。ほうざんじだろうか。わりに大きな寺の中に入っていった夫の横に、すっと並んだ女がいた。え? こんなところでデート? どこかで見たことのある顔だ。女が誰なのかを考えて思い当った。ハワイで知り合った留美子ではないか。

 留学生仲間ではなかったのだが、恵梨香から見れば友達の友達というポジションか。それほど親しくはなかったが、たしか、留美子も仕事でハワイに来ていたはず。ハワイの日本人仲間としては互いに顔も名前も知っていて、パーティなどで会って何度かお喋りもした。

 夫と留美子は黙って連れ立って歩いていく。ふたりは同じ、白い花束を抱えている。

 背の高いすらりとした女と、彼女よりもやや背の低いぽっちゃりした夫。ふたりが入っていったお堂には「水子供養」の大きな文字。どういうこと? 恵梨香は首をかしげたが、お堂の中までは入っていけない。留美子ならば留学生時代の友人に訊けば住所かメルアドか電話番号はわかるだろう。恵梨香はその場を離れた。

「あの……」
「はい?」
「失礼ですが……」

 寺からも出ていったところで、恵梨香は見知らぬ男に声をかけられた。

「留美子とはお知り合いですか?」
「あの……えと……」
「僕は留美子の夫で、狭間といいます」
「あ、そうなんですか」

 こんなところではなんですから……と狭間は言い、駅のほうへと歩き出した。幸いにも人通りはなく、駅まではかなり道のりがあるので、狭間のほうの事情は知れた。

「僕は留美子と結婚して三年以上になるんですけど、去年も一昨年も、今日、この日に墓参りに行くって言って出ていったんです。この寒い時期に? 春になってからにしたら? って言ってみても、今日が命日なんだからって。誰の? 中学生のときに亡くなったいとこだと」
「うちの旦那もそう言ってました。留美子さんとうちの旦那は親戚?」
「そうじゃないんですよ」

 僕も行ってもいい? 一年目には狭間はそう言ってみた。駄目、と断られて諦めた。
 二年目には妙な胸騒ぎを覚えたのだが、ついていきたいのを我慢していた。
 そして三年目の今日、辛抱できなくなってついてきた。

「お寺の中で出会った男性が、あなたのご主人の遠田孝道さん」
「そうです。えーっと、で、入っていったのは水子供養のお堂? なんだ、それ? なんのこと?」
「なんとなくはわかるんですけど、僕はやっぱり知りたい。留美子に訊いてみますよ。遠田さんはどうしますか?」
「んんっと……留美子さんの返事を聞いてから考えます。連絡先、交換してもらっていいですか」

 スマホの電話番号だけ交換し、すこし考えたいと言った狭間とは駅で別れた。

 疲れてしまったので恵梨香はおとなしく帰宅した。孝道は遅くなってから帰ってきたが、特にはなにも言わず、表情も平静だ。次の日は日曜日だったので、スーパーマーケットに買い物にいったり、孝道が掃除をしている間に恵梨香が保存食を作ったりして、常の休日となんの変りもない一日だった。

「留美子から聞きましたよ。遠田さんは?」
「私はなにも聞いてません。私にも話してくれられます?」
「わかりました。会いましょうか」

 月曜日になって、狭間から電話があった。

 あの日は多少気が動転していたので、狭間のルックスなどは気にしていなかった。が、電話で約束して待ち合わせた狭間は、長身で顔立ちも整ったいい男だ。年齢は三十前後か。留美子は孝道と同じくらいの年齢だったはずだから、狭間のほうが年下だろう。

「高校生のときなんだそうです。留美子と遠田さんは同級生で、恋人同士だった。親にも内緒でつきあって、留美子が妊娠してしまって……」

 高校生ならばそうするしかなかったのだろう。留美子は中絶した。孝道は金持ちの息子なのだから、豊富にもらっていた小遣いを貯めていた分で費用は全部出した。

「中絶した日が、二十年近く前のあの日だったみたいですよ。留美子は父子家庭育ちで、大人だったとしても結婚はできない格差があるって、孝道さんもそう言ったらしい。だから、別々の相手と結婚した。それでも産んであげられなかった子の命日にだけは、ふたりでお詣りにいこうって決めてるんだそうです」
「狭間さんは知ってたの?」
「知りませんよ。知るわけないでしょ」
「知ってたら留美子さんと結婚しなかった?」
「……どうだろ」

 それで、知ってしまったらどうするの? 尋ねた恵梨香に、狭間は苦悩の表情で答えた。

「過去のことなんだから、言いたくなかったのもわかるから……だけど、それって精神的浮気ですよね。今は孝道さんとはそれ以外のつきあいはないって留美子は言ってました。信じますけど、そのつきあいだけは絶対にやめないって。わかってあげたいけど……」
「そうだよねぇ」
「あの白い花はスノードロップっていって、死を象徴するとも言われています。アダムとイヴの神話には、もうすぐ春が来るんだからって、希望の花っでもあるらしいですね」
「そうなんだ」
「で、遠田さんはどうなんですか?」

 共犯者というのはおかしいが、それに近い立場のふたりだ。恵梨香はしばし考えてから言った。

「だったら、狭間さんも浮気したらいいんだよ。私もするから」
「はぁ?」
「同罪になってしまったら、許せるんじゃない? 私もこうやってまだ若くて綺麗なうちに、浮気を一回くらいしておいてもいいな。だけど、旦那に落ち度もないのに浮気したら、ばれたらこっちが慰謝料払って離婚ってこともあるじゃん? 今回は旦那に文句言わせなくてもよくない?」
「それはつまり……」

 うつむいて、狭間もなにやら考えていた。

「ある意味では遠田さんは誠実な男なのかな。僕の心が狭いのかなって思ってたけど、遠田さんもたいした男じゃないな」
「そぉ?」
「あなたみたいな奥さんがいるのがその証拠ですよ」
「んん?」
「あなたはあなたでご自由になさって下さい。僕は僕で考えます。あなたと僕は無関係だ。当たり前ですよね。電話番号も削除しますから、あなたもそうして下さいね」
「私って狭間さんのタイプじゃないってこと? 失礼な男だな」

 苦笑してため息ひとつついて、狭間は立ち上がった。
 この機に乗じていい男と遊べると思ったのに、あてがはずれてがっかり。こうなったら私は孝道に、とびきりお金のかかる結婚記念日イベントをねだってみようかな。

 過去なんかどうでもいい。その子は存在しないのだからかまわない。私にとっては現在が大切だ。私も本気で妊活しよう。スノードロップなんかじゃなく、実際にその腕に我が子を抱いたら、孝道も過去は忘れるはずだ。恵梨香はもうすっかり、そっちに気分を切り替えていた。

END








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FS動詞物語「酔いしれる」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

「酔いしれる」

 
 絵馬を買って願い事を書いていると、横から妹が覗き込んでいた。
 恒例の初詣。若いころには大みそかに家を抜け出したり、友達と旅行がてらに遠方へ出かけたり、晴れ着を着て彼氏とふたりきりで、というようなこともあった。

 いつのころからか旅行も億劫になり、友達づきあいも面倒になり、彼氏? 私を何歳だと思ってるのよ、になったのは、妹も同様だったのかもしれない。加寿子と波留子の東姉妹は年子なのだから、四十代後半にもなるとなにもかもが同じようなものだ。

 どっちかが疲れているようなときには、顔が似ているのもあって、疲れているほうが、姉さん? と言われる。波留子が姉かと言われると怒っているが、加寿子としては、どっちでもいいじゃないの、でしかなかった。

「見ないでよ」
「なに書いてるの? 貯金ができますように? カズちゃんには他の願いごとなんてないよね?」
「あんたはなんて書くのよ? 家内安全?」
「カズちゃんとなるだけ喧嘩にならないように、かな」

 先に加寿子が故郷を出てきて、東京で短大に入学した。一年遅れで波留子も東京に来て加寿子と同居になった。最初からそのつもりで、父が広めのマンションを借りてくれていたからだ。
 短大を卒業すると、姉は中堅どころの商事会社に、妹は中堅どころのメーカーにと、職種も似たような一般事務の会社員になった。

 旅行になんか行ってないで、帰省しなさいよ。彼氏はいるのか? そろそろ嫁に行け。加寿子が結婚しないと波留子もしにくいよね。そんな仕事、いつまでもやってても仕方ないんだから故郷に帰ってくれば? 見合いの話だったらあるよ。

 うるさく言ってきていた両親は、波留子が四十歳になった時点で諦めたらしい。故郷の土地と屋敷を売って、わりあい近くにできた老夫婦向け有料マンションに入居し、私たちが死んでもお金が残ったらあげるわよ、と母は言っている。意外にあっさりしたものだった。

 なのだから、加寿子と波留子は東京にマンションを買った。両親も、あんたたちの好きにすればいいと言っていた。
 
 可もなく不可もなく、こんなもんでしょ、の中年姉妹の暮らしが続いていく。今年は両親はマンションの有志で温泉旅行をするのだそうで、帰省する必要もなく、近所の神社へ初詣に来たのだ。加寿子も波留子も相手に見えないように絵馬を書き、相手に見えない場所に吊るした。

 波留子がなにを書いたのかは知らないが、加寿子の願いはかなった。その通知が届いたときは、何年ぶりかと思えるほどの歓喜に包まれた。

「フォレストシンガーズのファンのつどい?」
「そうなのよ。ファンクラブに入ってから十年、毎年毎年応募してたんだけどまるで当たらなかったの。十年前なんてフォレストシンガーズはまるっきり人気なくて、ファンクラブの会員なんか微々たる数だったはずなのに当たらなくて、このごろは人気が出てきてるからますます当たらなくて、諦めかけてたんだけど、今年も抽選に応募してよかった」

「そういえばファンクラブに入ってたよね。部屋で音楽を聴いてるのもフォレストシンガーズだっけ? どうでもいいっちゃどうでもいいけど、ファンのつどいってなにをするの?」
「今年は音楽三昧って書いてあるわ。フォレストシンガーズは歌のグループなんだから、素敵なホールで少人数のファンを集めて、歌をたーっぷり聴かせてくれるのよ」
「ふーん」

 まるっきり興味なさそうに、妹はファンクラブから届いた封筒をひねくっていた。
 わくわくする、心が浮き立つ、そんな気持ちも何年ぶりだろうか。我知らず顔がほころんでしまっている加寿子に、波留子は言った。

「それってそのときに楽しいだけだよね」
「そりゃそうだけど……いいじゃないのよ。ケチつけないで」
「はいはい、よかったね」

 小馬鹿にしているような口調で言って、波留子は封筒をぽいっとテーブルに投げ、自室に入ってしまった。
 人は興味のない事柄にはあんなものだろう。波留子は身体を鍛えるのが趣味で、ジョギングをしたりジムに行ったりしている。そのほうが身体のためになるのだから、歌を聴くのが好きだなんて馬鹿らしいと思うのも無理はないかもしれない。

 姉妹とはいえ性格もちがうのだから、わかってもらえなくてもいい。けれど、誰かに喋りたい。誰に喋ろうか。加寿子の毎日には職場と家とフォレストシンガーズしかない。こんなことだったら友達をキープしておいて、彼女と趣味を共有するんだったか。

 疎遠になってしまった友人にこだわってもしようがないのだから、そっちも諦めた。誰に喋ろうか、言いたい、話したい、自慢したい、口がむずむずしてきて、加寿子はついに職場の後輩に声をかけた。

「白田さん、お昼、食べにいかない?」
「ええ? 東さんがおごってくれるんですか。珍しい」
「……誘ったほうがおごるのは当然よね。行く?」
「はーい、ごちそうさまです」

 十年近く後輩ではあるが、白田だって四十歳近い。あまりに若すぎる女性よりはいいだろうと思ったのだが、普段は同僚と親しくしていない、というのか、敬遠されている気配を感じて近寄っていかないのだから、自分の言いたいことの口火を切るのをためらっていた。

「東さん、気になってたんですか」
「え? なにが?」
「私、モテキが来たみたいで……」
「モテキ? えーっと、聞いたことのある言葉だけど……」
「年を取ったからっていったってそのくらいの流行語は知っておかないと、恥をかきますよ」
「そう? ああ、もてるってこと?」
「そうなんですよ」

 嬉しそうに白田が言うには、髪型と化粧をすこし変えたせいなのか、最近はいやに職場の男性に誘われるようになったのだそうだ。

「東さんくらいの年齢になると、男には見向きもされなくなるんでしょうけど、私はまだ華があるんですよ。四十になるまでには結婚できそう。それが気になってて、東さんも私と話したかったんでしょ?」
「あ、ああ、まあ、ちょっとね」
「なんでも訊いて下さい。年ごろの近い女の子には嫉妬されそうで言いにくいけど、東さんだったらもうそんなもの、超越してますものね」

 この状態ではフォレストシンガーズの話などできそうにない。現実の恋愛にうつつを抜かしている女だと、そんな手の届かない男に興味ないわ、と言いそうだ。もっとも、白田の話にもファンタジーがまぎれ込んでいるようではあったが。

 十年来の夢がかなったと誰かに話すのも諦めて、加寿子はひとり、フォレストシンガーズファンのつどいにやってきた。クラシックの室内楽演奏会に使われることが多いというしゃれたコンサートホールは、ヨーロッパの上流階級が集うサロンのようだった。

 そんなところ、私には無縁だけどね、そんな感じがするじゃない? 素敵。加寿子はひとりで来ているので、胸のうちでひとりごとを呟く。

 こじんまりしたステージを客席が囲んでいる。フォレストシンガーズの五人がステージに登場すると、加寿子の胸がきゅんと締めつけられる。こんなに近くでフォレストシンガーズを見られるなんて……私は特に誰かのファンってわけでもないけど……ううん、ひとりごとだったら正直に言ってもいいじゃない。彼らの歌が好きなだけではなくて、私は木村章がタイプなのよ。大好きなの。

 小さなホールでの小さなコンサートだからか、彼らが選んだ歌はラヴソングが主だった。甘く美しく切ないハーモニー、木村章の高い高い声がとりわけ、加寿子の胸に迫ってくる。何曲ものラヴソングを聴いていると、自分が五十歳に近い独身女だなどとは忘れてしまいそうだ。

「では、次の曲の前に……」
 リーダーの本橋真次郎の合図で、花籠がステージに運ばれてきた。奏でられているイントロは、フォレストシンガーズのプロポーズの歌、「満開の薔薇」だ。その歌に合わせて、真紅の薔薇であふれそうな花籠が運ばれてきたのだった。

「ようこそ、ファンでいて下さるあなたを愛しています、受け取って下さい」
「今夜はいらして下さってありがとうございます」
「俺たちからファンのみなさまへの、愛の贈り物です」
「はいはい、ユキちゃんから愛をこめて。僕らを愛して下さるファンのあなた、大好きですよ」

 他の四人が客席を回って、ファンの女性たちにバラの花を贈っている。わぁ、いいなぁ……他人事だとしか思えなくて、加寿子はぼーっとそちらを眺めていた。

「I love you なんちゃって……」
「え?」
「美しい貴方へ。章から愛をこめて。って、これ、幸生の盗作ですね。受け取って下さい」
「私に?」
「はい。俺たちのファンとしてのあなたを愛しています」
「……アイ、シテル」

 冷静な自分は理解している。誤解するようなファンがいては大変だから「ファンのあなたに」と付け加えているのだ。だけど、だけど、愛してるって、木村章くんが……薔薇の花を私に捧げてくれている。夢を見てるみたい。私、このまま死んでもいいわ。

 ベルベットのような、と形容される真紅の薔薇の花びらの手触り、馥郁たる薔薇の芳香、すこし照れているような木村章の笑顔が視界をいっぱいに占めて、今の私は、モテキなの、と言っていた白田に負けないほどに酔っている、とは思う。だけど、そんなこと、かまっちゃいられないわ、でもあった。


END







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FS超ショートストーリィ・四季の歌・真次郎「冬の曲」

番外編

フォレストシンガーズ

超ショートストーリィ・四季のうた

「冬の曲」

 ベタすぎると笑われそうだが、なんたって「冬」!! 冬なのだから「冬」だ。
 ヴィヴァルディの「四季」より、「冬」。ヴァイオリンの音色が、冬をあらわしている。わりあいに穏やかな気候の「冬」だと真次郎が感じる序盤から、徐々に曲調が高まっていくのは、空が荒れ模様になって雪が舞いはじめているのだろうか。

「冬の曲? 冬っていうと北欧のデスメタルかなぁ」
「デスメタルか。そのジャンルを聞いただけで、俺の趣味じゃないってわかるよ」
「そうやって退けないで、聴いてみて下さいよ。これなんかいいんですよ」
 
 却下!! と言い捨てて章の前から去り、隆也にも尋ねてみた。

「白い冬」
「ああ、俺たちのはじまりの曲だな」
「歌う?」
「あとで」

 十五年以上も前の大学合唱部で、隆也と真次郎がデュエットした曲だ。ヴィヴァルディには歌詞がないから、実際に歌うのは「白い冬」のほうがいい。

「シゲ、おまえは?」
「冬の曲ねぇ……北風小僧のカンタロウとか」
「うんうん、いいな」

 子持ちの繁之が選ぶ曲としては微笑ましくもふさわしい。先刻から真次郎は背中に視線を感じていたのだが、故意にもうひとりには質問をしないでいた。

「ユキの歌っていっぱいあるでしょ」
「ああ、雪の歌はたくさんあるな」
「雪じゃなくてユキですよ」
「ゆきじゃなくてゆきって、禅問答みたいに言うな」
「だから、ユキ。ユキちゃんはね、ユキオっていうんだほんとはね。だけどちっちゃいから自分のことユキちゃんって言うんだよ。可愛いね、ユキちゃん。ねえねえリーダー、無視しないで下さいよぉ」

 三十路を過ぎた男が、ちっちゃいからユキちゃんって……真次郎の頭に、本物の雪の中ではしゃぐ繁之の息子と、この三十代の可愛いユキの姿が浮かびそうになる。ヴィヴァルディの「冬」どころではない、荒れた真冬の風景だ。

SHIN/35/END









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FS動詞物語「歌う」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

「歌う」

 音楽の授業で「作曲」の宿題が出た。一週間後に提出せよと教師に命令されて、生徒たちは大ブーイング。作曲なんてできないよーっ!! との声が大半だったが、俺としては余裕だった。

「……ヒデは得意なんだからいいよな。作曲のできる奴なんて、他にもいるんだろうか」
「小学生の宿題なんだから、なんとなくメロディになってたらいいんだよ」
「それでも俺にはできないよ。ああ、どうしよう、どうしよう、一週間悩み続けて、悩みに悩んでもできないよ。先生は無茶だ」
「言えてるな」

 たしかにシゲの言う通りで、作詞だったらまだしも、作曲のできる小学生は特別な才能の持ち主に限られるだろう。大人だって作詞だったらどうにかでっちあげられても、作曲はお手上げの者が大部分のはずだ。

 学校からの帰り道、苦悩のきわみになっているシゲを見やって考える。
 算数や理科のむずかしい宿題を、シゲに助けてもらったことはあった。書き取りなんかもシゲのほうが得意だし、社会科、特に歴史関係はシゲが強いので教えてもらった。計算問題の宿題を忘れていて、登校してから大慌てでシゲのノートを写させてもらったこともあった。

 要領は俺のほうがいいのだが、シゲはじっくり努力型だから、不得意分野もがんばって時間をかけてこなす。しかし、作曲は無理かもしれない。
 友達は助け合うものだ。よし、こうしよう。

「俺、一週間あったら二曲くらいは作れるよ。もうイメージは湧いてきてるんだ」
「作曲って楽器を使うんだろ」
「俺はハモニカでやろうかな。隣の姉ちゃんのピアノも弾かせてもらえて、ちょっとぐらいだったら演奏できるんだ。ピアノでもいいかな」
「本格的だな。ヒデはいいなぁ。俺、どうしよう」

 だからさ、と、誰も聞いてもいないのに声を低めた。

「俺が二曲、作ってやるよ」
「そんで、どうするんだ?」
「一曲はおまえにやるよ」
「……それって……」

 一瞬、意味が分からなかったらしいが、悟った顔になってからシゲは頭を振った。

「ズルは駄目だよ」
「ズルだって言うんだったら、おまえのイメージを喋ってみろよ。なにを曲にしたい?」
「えーと……川とか……」

 あれ? 俺んちの近くにこんな川、あったか? 四万十川じゃないのか? 清らかな水をたたえた川が流れている。川面に照り返す陽光に、シゲは目を細めていた。

「あの川の流れか……うん、シゲの分はそのイメージで作るよ。俺のは全然ちがった感じ。たとえば、可愛い女の子が体操服を着てテニスでもしてる感じ? まるでちがったタイプの曲をふたつ作ったら、先生にもわからないだろうから大丈夫だ」
「そうかなぁ」
「大丈夫だよ。小学生に作曲しろってのがどだい無茶なんだから」
「そうだけどさ……」

 他のみんなはどうするんだろ、などと呟きつつ、シゲは悩み続けている。俺の頭の中にはすでにメロディが浮かんでいて、川の流れに合わせて踊りはじめていた。

「先生はわからなくても、本橋さんや乾さんや章にはわかるよ。幸生にだってわかるんじゃないかな」
「……かもしれない」
「特に乾さんだよ。乾さんはヒデの曲を高評価している。昔、おまえが書いた曲をそらで歌える。ヒデはまた曲を書かないかなぁ、なんて言ってもいたよ。だから、おまえが書いた曲だったら乾さんにはわかる。俺がヒデにもらった曲を自分で作ったと言うなんて、恥だ。いやだ」
「うーん、そう言われてみれば……シゲ、おまえ、小学生のくせにむずかしいことを言うんだな」

 ん? 小学生? シゲと俺が知り合ったのは東京の大学生になってからで、小学生のときにふたりで四万十川のそばを歩いたことなんかない。俺は小学生で四万十川を見ていたが、シゲは三重県の酒屋の息子で、四国へはガキのころには行ったことがなかったと聞いた。

「なんにしたって、俺はズルはいやだ。ヒデの書いた曲を俺が書いたって提出するなんて、絶対にいやだよ」
「……シゲだったらそうだろうな」

 これって……ええ? 第一、小学生の俺たちは乾さんや本橋さんなんか知らないじゃないか。第一、小学生に作曲の宿題なんか……ああ、そうか。

 納得したら目が覚めた。
 夢だったんだ。俺は布団に起き上がり、夢で見たシゲの顔と、きらきらしていた四万十川を思い出す。
 あのシゲの顔は、小学生というよりは大学生だったかな。会話も小学生のものじゃなかったけど、リアルな夢だった。布団の上で噛みしめると細部まで思い出せる。

 大学生でフォレストシンガーズに加えてもらい、恋人が妊娠したからとだまされて脱退した。妊娠はしていなかったが結婚して、離婚して家を出て、それからは故郷には足を向けていない。プロになったフォレストシンガーズにも故意に背を向けていた。

 後輩のお節介でシゲと再会し、本橋さん、乾さん、章、幸生とも会った。俺の気持ちの中にはわだかまりがなくもないが、彼らのほうは昔通りに接してくれる。本橋さんやシゲの奥さんに、もうどこにも行かないでね、と叱られたりもして。

「ヒデ、作曲はしないのか」
「おまえの曲は乾の好みだって知ってるだろ」
「俺たちはソングライター集団でもあるけど、仲間うちで書いた曲ばかりだとひとりよがりになる傾向もあるんだよ。固まってしまうってところもある。新しい風がほしいな」
「ヒデの曲ってのはこの際、うってつけなんだけどな」

 本橋さんと乾さんに言われ、俺の曲作りは完璧に枯渇してますよ、と答えた。
 けれど、そうだろうか。あんな夢を見たのは天啓の一種なのでは? 歌も楽器も作曲も捨てたから、ラジカセひとつ、CD一枚、ハモニカひとつも持っていなかったが、つい先日、ギターを衝動買いしたばかりだ。

「それにしても、シゲらしいな。絶対にいやだって。だよな。だからおまえはヒデとして曲を書けってか? ああ、なつかしいな」

 ギターを抱えて布団にすわり直し、目を閉じると川面のきらめきが俺を誘っている。ヒデ、おまえの中のそのイメージを曲にしろよ、ほら、こんなメロディだ、と川が教えてくれている。そのメロディに乗せて、俺のギターも歌い出した。

END









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いろはの「し」part2

ショートストーリィ(FSいろは物語)

フォレストシンガーズ

いろはの「し」part2

「島の娘」

 まるでおとぎ話のよう。遠い遠い昔、というほどにも昔ではないけれど、この母が若い女の子だったころだというのだから、唯にはずいぶん昔の物語のように聞こえた。

「お父さんには内緒だよ」
「どうして?」
「どうしても」

 小さいころには意味がわからなかったが、中学生にもなるとわかってきた。ちょっとだけ秘密の香りがしてわくわくして、幼稚園くらいのころから何度も何度も聞かされた母のおとぎ話を、今夜もまたせがんでみた。

「最初から?」
「うん」
「……そうね、あれは十五年くらい前になるのかな。私が二十三だったから、十五年だね。早いね。そりゃあ唯も大きくなるわけだわ」

 幼いころに父親を亡くした母、理恵は、沖縄本島からでもかなり距離のある離島で民宿を営む母親、唯の祖母に当たるひととふたりで生きてきた。
 民宿では近隣の老人や主婦をパートタイムで雇ったりもしていたそうだが、基本的には母と娘の暮らし。十五年も昔ならば、現在よりもさらに不自由だっただろう。

 観光客もやってこないでもないその島に、あるとき、リゾートホテル建築の話が持ち上がった。島民たちにも利益になるだろうとのことで特に反対もなく、完成したホテルのオープニングセレモニーのために、東京から歌手が呼ばれた。

 メインとなるのはセシリアという名の、美人シンガーだ。当時は三十歳くらいだったのか。セシリアは今でもベテランシンガーとして有名だから、唯でもその名前は知っていた。

「だけど、セシリアはどうでもいいんだよ」
「はいはい。ここからが本題だものね」

 セシリアの前座として呼ばれたのが、当時はまったくの無名だったフォレストシンガーズ。セシリアはオープン間近のリゾートホテルに泊まっていたらしいが、フォレストシンガーズは唯の祖母と母の民宿のお客になった。

「リーダーの本橋さんは背が高くて、ちょっと怖い顔をしていたけどたくましくてかっこよかったの。乾さんはすらりとして穏やかで優しくて、お世辞の上手なひとだった。マネージャーの山田さんは都会の綺麗なお姉さんって感じで、憧れたものよ」
「それから?」
「三沢さんはやんちゃ坊やみたいで、木村さんはちょっぴりひねくれ者で、もとはロックバンドやってたって言われたら、ああ、そんな感じ、ってタイプでね」
「それからそれから?」

 いつだって母は、もったいぶって彼を最後にする。

「本橋さんと乾さんと山田さんが二十五で、木村さんと三沢さんは二十三。その真ん中が本庄さんだったんだけど、最初はいちばん年上に見えたのよ。本庄さんの年を聴いてびっくりしたから、失礼だったよね、私」

 若かった母と、たまにはテレビで見るフォレストシンガーズの本庄繁之の若かりし日、ふたりはこの島で出会って恋に落ちた。そりゃあ、お父さんには内緒ね、であろう。

「島に台風が来て、お母さんの大嫌いな雷が……ああ、やだやだ。またもうじき台風が来るよね」
「台風なんかどうでもいいから、続きは?」
「それでね……お母さんは雷が怖いでしょ。このごろだって雷が鳴ったら、唯に抱きしめてもらうもんね」
「そのときには本庄さんに……だったんだよね」
「抱きしめてもらったりはしてないわ。そばにいてもらっただけよ」
 
 そのわりには母の頬が赤くなっているから、本当は抱擁くらいしたのだろうと唯は睨んでいた。

「キスもした?」
「してないって言ってるでしょ。心と心が触れ合っただけの、淡くて綺麗な恋だったの」
「ふーん」

 抱きしめてもらっていない、キスもしていない、というのも、あのおじさんとこのおばさんが恋をしたのも、唯は信じておくことにしていた。

「フォレストシンガーズのみなさんは仕事が終わって東京に帰っていったんだから、お母さんの気持ちもそれでおしまいだったのよ。一年後には結婚して、その一年後には唯が生まれた。本当に昔話、おとぎ話みたいだね」
「ロマンティックなお話だもんね」
「そうよ」

 同じ学校の男の子にほのかな想いを抱いたことならあるけれど、唯には恋の経験はない。いつかは私もお母さんのように……母のこの表情を見ていると、恋っていいものなんだなと思える。
 あのおじさんと淡い恋をしたあとで、その次には本当の恋をして結婚し、母となった理恵。唯もそんな経験をして母となって、この島で暮らしていくのだろうか。

「あ、おばあちゃんの声だ!!」
「お父さんも一緒かな。さ、お昼ごはんを作らなくちゃ」
「私も手伝うよ」

 父と祖母は畑に野菜を取りに言っていたらしい。夏休みに入ったのだから、今夜には民宿にお客さんがやってくる予定になっている。家族四人で昼食をとったら、唯も手伝ってお客さんを迎える支度だ。これから忙しくなりそうだった。

END









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168「てのひら返し」

ショートストーリィ(しりとり小説)

しりとり小説

168「てのひら返し」

 学歴にこだわる親なのは知っていたから、なるべく言いたくはなかった。けれど、結婚したいとの報告なのだから、質問されれば答えるしかない。武志は正直に言った。

「中学生のときに登校拒否になりまして、中学は義務教育だから卒業はしたんですけど、高校には行っていません。叔父がニューヨークに住んでいましたので、叔父のアパートに居候させてもらって、アルバイトをしたり自転車旅行をしたりしていました」
「まぁあ……」
「ふむ……」

 びっくり顔の母、むっつり顔の父。日本では中学までしか卒業していないけど、高校と大学はアメリカで……むにゃむにゃ、とでも濁しておけばいいものを。そこまで正直に言わなくてもいいのにと明美が思っているのをよそに、そうなんですよ、と武志は笑っていた。

「中卒でサラリーマンになんかなれるの?」
「明美、だまされてるんじゃないのか?」
「まともな男性だとは思えないわ」
「中学しか出ていないような男、お父さんは反対だよ」
「もちろん、お母さんもよ」

 案の定、武志が帰っていったあとで両親は口々に反対だととなえた。

 わりあい早めに結婚した大学時代の友人の夫は社交的な男性で、お節介ともいえる。明美にも彼の知人を紹介してくれた。

「三十過ぎても独身の女性は気の毒でならないって言うのよ。明美はもてるほうでもないし、性格はいいけど外見はイマイチでしょ。なにかで妥協するしかないってのがうちの旦那の持論なんだよね。いちぱん妥協しやすいのは学歴じゃない?」

 大学は出ていないけど、旦那の取引先の会社でしっかり働いている。学歴はなくても親戚の会社だから入社できたみたい。高卒なのか専門学校卒なのかは知らないけどね、と友人は言っていた。

 失礼な言い草ではあるが、大学は出ていなくてもちゃんとしたサラリーマンで、収入だって悪くないのならいいではないか。明美には強い結婚願望はなかったのもあり、友人づきあいからはじめて恋人になれたらいいかな、との軽い気持ちでつきあうようになった。

「ほんとは俺の学歴、気になってるんだろ?」
「結婚するっていうんだったら気にならなくはないかな」
「中卒だよ」
「ええ?」

 登校拒否、渡米、十代のころの生活について包み隠さず話してから、武志は言った。

「そんな俺でよかったら結婚しよう」
「……うん、結婚する」

 親はきっと反対するだろうから、そのときには結婚式もなしで入籍だけすればいい。武志も明美も三十二歳なのだから、親の承諾がなくても結婚はできる。

 それにしてもああまで正直に、登校拒否までを明美の親に打ち明けなくてもいいものを。私は武志くんの人間性が好きだし、結婚しても共働きをすれば金銭的にも苦労はしないはず。子どもができたとしてもやっていける。親が悩んでいるのだったら説得するつもりだったが、頭ごなしに反対されたのでは口にする気にもなれなかった。

 就職したときに親元から独立はしていたので、それからの明美は実家には立ち寄らなくなった。電話は無視していれば、親もひとり暮らしのマンションに訪ねてくるほどではない。

 お父さんもお母さんも反対ですよ。中学もまともに行っていない男なんて、結婚生活だって途中で投げ出すに決まってる。明美が不幸になるだけよ。もっともらしい反対理由を綴った母からのメールは何通も届いたが、それも無視した。

「結婚式はしないつもりなんだよね」
「友達だけ呼んでやるって手はあるけど、武志くん、したい?」
「うーん、明美ちゃんがしたくないんだったら、俺はどっちでもいいんだけどね……母がね」
「あれ? お母さんとは疎遠じゃなかったの?」
「疎遠ではあるんだけど、結婚するって報告だけはしたんだよ」

 それはそうだろう。

 中学生のときから親元を離れてしまっている武志は、独立精神旺盛だと明美は思う。マザコンの傾向はなさそうで、そんなところも好きだった。

 両親は離婚していて、父とはまったく交渉もない。母は田舎にいるけど、俺には興味もないみたいだよ、と武志は笑っていた。明美には姉がいるが、結婚して北海道に住んでいる。武志には異母弟がいるらしいが、つきあいはないと言う。だとすると両方の親戚と関わりもない新生活が送れそうで、明美としてはそれもいいかな気分だったのだが。

「俺の親父さ……うーん、やっぱ言わなくちゃいけないかな。明美ちゃんとは結婚するんだから、親父ともまるきり無関係ではないのかな」
「……お父さん、なにか事情があるの?」
「俺が中学を卒業したときには、両親はとうに離婚していたんだよ」

 まずは武志は、母の話からはじめた。
 ぽつぽつと話してくれてはいたが、まとまって聞くのははじめてだ。
 
 学校に行きたくないと言い出した息子に、学校なんか行かなくても別にどうってことはない、けれど長い人生、やりたいこともないんだったら虚しいよ。あんたはなにがしたいの? 学校に行かないんだったら時間はたくさんあるんだから、ゆっくり考えなさい、と母は言った。

「お父さんのところに修行に行く? あんたの弟たちは中学を卒業したらそうするんじゃないかな」
「そんなのやりたくないよ」
「だったら、叔父さんのいるニューヨークは?」

 それもいいな、となったので、武志は中学卒業までの間は、海外旅行の準備をしてすごした。

「本を読んだりあちこち出かけたり、外国にも行ったし、いろんな変な奴に会わせてもらったりもして、人生勉強ってやつはしたよ。叔父も学校には価値なんかないと考えていたから、俺の生き方には文句もつけなかった。そうして十年くらいニューヨークで暮らして、叔父が先に帰国したんだ。叔父は日本で叔父の父、俺から見ると祖父にあたる男の会社に入ることになっていたんだよ。叔父は芸術家になりたかったらしいけど、あてもないのに呑気に修行していられたのは、祖父の会社があったからなんだね」

 ひとりになった武志は、その後も五年ばかり外国を放浪してから、帰国して叔父が継いでいた会社に就職した。日本古来の伝統芸能用品を扱う独占企業なので、好、不景気はさほどに関係ないらしい。堅実な会社といえた。

「そんな会社で拾ってもらったからこそ、学歴なんかどうでもいいって言えるんだけどね」
「うん、それでも武志くんはしっかり働いてるんだから、それはそれでいいんじゃない?」

 ただ、ひっかかったひとことはあった。

「お父さんのところで修行するって、なんの?」
「あ、やっぱそこ、気になるよな? 歌舞伎だよ」
「カブキ?」

 一瞬、単語の意味が理解できなかった。

「母と父は離婚したとはいえ、俺、歌舞伎役者の長男なんだよな。親父と母が離婚後にどう関わっていたのかはよくは知らないけど、俺が結婚するとなると、親父に知らせないわけにもいかないだろ。結婚式はしないって言ったら、なんだかんだ言ってくるかなぁって」
「歌舞伎役者って、私も知ってるひと?」
「知ってるんじゃないかな」

 さらりと武志が告げた名前は、日本人だったら誰でも知っているであろう、大物歌舞伎俳優だった。

「明美、結婚するんだって?」

 呆然としたまま今夜は武志と別れ、彼を紹介してくれた友人にメールをした。この事実を知っていたのか? と確認すると、知ってたよ、でなかったら明美に紹介しないよ、聞いたんだね、びっくりした? と笑顔マークつきの返信があった。

 そんな男だから明美に紹介した? 学歴を妥協しろと言ったのはフェイクだったのか。呆然度が増した気分で帰宅すると、姉から電話がかかってきた。

「中学もまともに出てない男だ、あんたからも明美に説教してやって、ってお母さんに頼まれたんだけど、明美は納得してるんでしょ」
「そうだよ。私は彼の学歴と結婚するわけじゃないもん」
「あんたがいいんだったら私は反対しないけど、中卒だとツブシがきかないかもね。今の会社が倒産したり、また気まぐれを起こして海外放浪の旅に出たいとか言われたらどうする?」

 その可能性もゼロではないだろうが、そうなったとしたらあの大物歌舞伎役者が……両親は離婚していても、武志にとっては父親であるあの大物が……なんとかしてくれる? 頭に浮かんだそちらの可能性に、明美はさらにさらに呆然としてしまった。

「明美、どうしたの? 心配になってきた?」
「っていうよりも……姉さん、聞いて」

 気を取り直して事実を告げる。友人にも確認したから嘘ではないとつけ加えると、姉の声にも呆然とした響きが加わった。

「……それ、お父さんやお母さんは知らないんだよね」
「知らないのよ。私も今日、はじめて知ったんだもの。話すべき?」
「う、うう」

 うーうー唸ってから、姉は言った。

「そういう人なんだったら、って急にてのひらを返したような態度になりそうで、怖いわ。我が親がそんなてのひら返しをするかと想像すると、げんなりしちゃう」
「だよね」

 明美としては実に実に同感だ。それならばいっそ、このまま反対し続けていてほしかった。

次は「し」です。









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FS動詞物語「とける」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

「とける」


 自覚があってもどうなるものでもないみたいだが、俺は短気である。世の中には気の長い奴もいるもので、俺はそういう人間の存在にこそ驚いてしまう。

「本橋って彼女はいないんだっけ?」
「……別れたよ」
「あ、そうだったか」

 乾隆也や山田美江子は俺を鈍感だと言う。俺には短気な自覚はあるが、鈍感のつもりはない。鈍感というんだったらこいつ、高城のほうがよほど鈍いはずだ。

 大学に入学して合唱部に入り、サークル活動のほうでは山田と乾がもっとも親しいといっていい。学部は宇宙科学で、専門課程三年生になった今も、一年生のときから友達だった高城と親しくしている。乾や山田は俺が黙っていても喋りまくるので放っておいてもいいのだが、高城はこっちから水を向けてやらないと喋らない。

 無口な男はかっこいいという説がある。無口ってのは話題がないだけでしょ? とほざく山田みたいな女もいる。俺は乾や山田、二年生の小笠原や実松、一年生の三沢あたりと較べれば非常に寡黙なほうだが、高城と較べたらよく喋るので、どっちの説も支持しないことにしていた。

 ともあれ、高城が珍しく自分から話題を振ってきたと思ったらこれだ。
 一年生のときにだって俺には彼女はいた。今となってみればなんであんな女とつきあってたんだろ、と思うが、山田が、ゆかりって本橋くんを好きなんだって、と言い、俺も別にゆかりが嫌いだったわけでもなく、中学生以来彼女がいなかったので、なりゆきでつきあったにすぎない。

 けれど、ゆかりが先輩と親しくしていたりすると胸がざわめていたから、俺も彼女を好きではあったのだろう。それって独占欲じゃないの? と言われもしたが、女を好きになるということには、独占欲はつきまとうのだ。

 ゆかりと別れて、二年生になってから乃理子とつきあった。高城のほうも女の子となにやらあったようだが、基本的にぼーっとしている奴なので、いいように振り回されたあげく、ふられたのであるらしい。いや、ふられたというのか、ぐずついているというのか。

 だから、俺は高城の女の子関係を知っている。なのに、こいつは俺に彼女がいて、別れたのも知らない。二度ともに知らないというのか。苛々してきた。

「合唱部の子か?」
「そうだけど、別れたんだからどうだっていいだろ。おまえは佐里ちゃんとはどうなったんだよ?」
「彼女のほうから離れていったんだけど……」
「だけど……?」
「気が向くと俺んちに来たり、デートじゃないよって言いながら、飲みにいったり……」

 山田は俺の友達、高城も俺の友達、山田と佐里は友達で、佐里のほうから高城にアプローチした。山田はもう佐里とは離れてしまっているようだが、高城は完全に切れてはいない。
 そうして一時的につきあっても、別れてしまえばおしまいなのが普通だ。

 口の重い奴の言葉を総合してつなげてみると。
 自分からアプローチして自分からふったくせに、あの気まぐれ女は暇になると高城にちょっかいをかけてくる。俺だったらたとえばゆかりがそんな誘いをかけてきても断るが、高城には毅然とした態度が取れない。もっとも、ゆかりとは完全に離れてしまっているので、彼女と俺とは会う機会すらもないのだが。

 恋人同士にだったら許されること、どちらかの部屋でくつろいだり、ふたりっきりで飲みにいったり、酔って帰ってきて帰るのが面倒になって泊まったり。別れたあとにも高城と佐里はぐだぐだとそんなつきあいを続けていると言うのだった。

「けじめがないってか、だらしないだろ」
「本橋って意外と四角四面なんだな。田舎のじいさんみたいだ」
「……なんだよ、その言いぐさは」

 意外にも反撃してきやがったので、俺もむっとした。

「本橋だって山田さんとふたりで飲みにいったりするだろ」
「行ったことはあるよ」
「山田さんの部屋に行ったり、彼女がおまえの部屋に来たりは?」
「俺は親の家にいるから、山田が来るってことはないけど、俺は行くよ」

 一昨年の夏休みに、山田の弟たちを我が家に泊めてやったこともあった。そのせいで母は山田を俺の彼女だと思いたがり、否定するのに苦労したから、家には山田は呼ばない。

「そういうだらしないこと、やってんじゃないか」
「山田と俺は友達同士だよ」
「俺と佐里ちゃんだって、恋人じゃなくなったら友達同士に戻ったんだよ」
「……一度は寝たこともある女と……」

 どうしても俺はそこにひっかかる。山田とは最初から最後まで友達だが、佐里と高城はベッドを共にした関係だ。俺だったらそんな女と別れたら、個人的にはつきあいたくない。

「おまえに迷惑かけてないだろ。ほっとけ」
「そうかよ。ほっとくよ」

 虫の居所でも悪かったのか、今日はやけに挑戦的な高城との口論は決裂した。
 彼女とだって喧嘩ばかりして、ゆかりとはしんねりむっつり黙りこくりになる彼女に嫌気がさした。ゆかりは俺を優しくないと言って、喧嘩しすぎて別れたようなものだ。

 その反省もあったし、ゆかりとの仲よりは乃理子との仲のほうが進んでいたから、喧嘩をするとキスしたり抱きしめたり、ホテルに行って乃理子の好きなお姫さま抱っこをしてやったり、そのあとはベッドに入ったりもして仲直りができた。

 なのだから、彼女と喧嘩をしても修復すれば楽しいことだってある。男友達と喧嘩をしたらどうやって修復するんだろ。
 ガキのころには男友達とだったら殴り合いや取っ組み合いをして、言いたい放題言い合ってあとには残らなかった。仲直りできなくてくよくよしていたら、兄貴が取り持ってくれたこともある。

 小学生のときに大喧嘩をした男友達と、俺の頭を兄貴がごっつんこさせて、いてぇなぁ、なにすんだよっ!! と兄貴に食ってかかり、ふたりともに投げ飛ばされて笑って仲直り。なんて単純なこともあった。あの兄貴、どっちだったかな? 兄貴たちは双生児なので、栄太郎だか敬一郎だか永遠に不明な場合もよくある。

 兄貴たちなんてどっちでもいい。あいつらはふたりでひとりなのだからどうでもいいが、友達と単純に仲直りできないのは、大人になったってことなのかもしれない。

 もうじき俺の誕生日、もうじき俺たちは大学四年生になる。いよいよ来年は卒業で、社会に出たらどうするのか本気で決めなくてはならない。
 就職活動してるの? と聞きたがる母をごまかすにも限度があるだろう。友達なんかかまってられるか、とばかりに高城はほったらかしていた。

「高城? こっちに来いよ」
「あ、ああ、乾くん、久しぶり」

 なのに、学校近くの喫茶店「ペニーレイン」にいると、入ってきた高城を乾が呼んだ。断ればいいものを、高城ものこのこやってきて乾の隣にすわった。

「雪? 肩が濡れてるよ」
「ああ、ちらちら降ってた」
「ほんとだ……降りが激しくなってきたな」
「乾は慣れてるだろ」
「金沢出身だからね。今ごろは故郷は雪景色だよ。高城も東北じゃなかった?」
「うん、うちのほうもまだ真っ白だな」

 東北生まれの高城と、北陸生まれの乾は雪の話題で盛り上がっている。俺は黙ってAランチの大盛りを食っていた。
 生まれも育ちも東京の俺は、雪には慣れていない。一年生の三沢幸生はユキちゃんでーす、などと自称しているが、あいつの性格にも慣れてはいない。

 たまの大雪で交通マヒが起きる東京を、高城も乾も脆弱だと笑っていた。俺はそんなことなども考えながら黙っていたので、食事を終えた高城が先に出ていってから乾に質問された。

「仲たがいしてるのか?」
「意見の相違ってやつだな」
「そんなんで話をしないのか? 意見の相違なんて当たり前だろ」
「……いいんだ、ほっとけ」
「ほっとくよ」

 思い出してみれば、乾とだって意見や見解や価値観の相違は限りなくあった。俺が声を荒げたり、殴ってやろうとしてかわされたり、乾のほうが語気を強めて怒ったり、議論が白熱しすぎて後輩がおろおろしていたり。
 だが、乾と俺は決定的な仲たがいはしない。それすなわち、乾の言う、俺たちは宿命の仲だ、ってやつなのか。気持ち悪い。

 気持ちは悪いが、まあ、そうなのかもしれない。だから俺は、乾を含めた仲間たちと歌っていたい、歌ってメシを食っていきたい。その悲願をかなえるために卒業後は……それを両親に告白するのが大変なんだよな。

 その日は雪が降り続いて積もった。積雪はたいした量ではなく、乾や高城に言わせれば、こんなものでは雪だるまも作れやしない、ではあろうが。

「雪合戦やりたいな。今日は早く学校に行くよ」
「子どもみたいに……」
「早く行かないととけちまうだろ」

 あきれ顔の母に言い置いて、早めに家を出た。誰かしらこんな時間にも来ているだろう、と思っていたのは当たっていたが、その誰かしらとは高城だった。

「……おはよう、本橋くん、高城くん。早いのね」

 もうひとり、来ていたひとがいる。理学部の村瀬教授だ。彼女には孫もいるという年頃なのだが、スキーウェアみたいのを着て張り切っていた。

「もうひとり、誰か来たらいいのにね。雪なんか珍しいから楽しくて。ねえ、雪合戦できそう?」
「雪合戦くらいだったらできると思いますが、教授、無理しないで下さいよ」
「走ったら駄目ですよ」
「……馬鹿にしないで。これでもウィンタースポーツは大好きなのよ」
 
 ったって、そりゃ若いころの話だろ。あんた、いくつだよ? とも言えなくて、教授のあとから高城も俺もキャンパスに出ていった。

「ちっちゃな雪だるまだったら作れそうね。三人で作りましょ」
「はい」
「高城くんって青森だった? 雪だるま、作ったことあるんでしょ」
「ありますよ。本橋だってあるよな」
「ガキのころにたまぁに、雪が積もりましたからね。兄貴が高いところにある雪を集めてくれたりもして……」

 三人で作業をしていると、自然に高城とも言葉をかわしていた。喋っていると、なにを小さいことにこだわって口もきかなくなっていたんだろ、と思う。太陽が照ると雪が解けていくように、俺の気持ちの中のわだかまりも溶けていく。子どもじみた遊びにはそんな効用もあるのだと知った。


SHIN/20歳/END







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FS超ショートストーリィ・四季の歌・繁之「冬の画」

番外編

FS超ショートストーリィ・四季の歌

「冬の画」

 人には意外な才能が隠れていたりするもので、時として本人さえも気づいていないこともあるのかもしれない。

 フォレストシンガーズの場合、音楽関係の才能は当然だといえる。歌。楽器、作曲、作詞も、音楽理論などの知識も。俺は歌だけは並みより上かもしれないけど、うちではいちばん下だしな。その他の音楽的才能はゼロだしな、と繁之は卑下しているのだが。他の四人は立派なミュージシャンだ。

 意外な才能といえば?

 乾さんの俳句や短歌や古典に関する造詣。歌なんだから音楽的なものに近いのか?
 本橋さんのウルトラマン関係は、才能っていうんではないのかな。
 幸生の猫とかジョークとかは……オタクレベルではあるな。

 つらつらと考えてみるに、俺にはそっちもないと繁之は頭をかきたくなる。うちで一番は……そうだ!! 

「だろ?」
「まあ、そうだけどね」

 同い年の男同士は身近にいるとライバル意識を燃やすのが自然であるようで、本橋と乾、幸生と章にもあきらかにある。繁之が幸生に章の才能について話すと、幸生は翌日、一枚の絵を持ってきた。

「幸生が描いたのか?」
「そうだよ。俺にも章以上の絵の才能があるでしょ?」
「これ、なんだ?」
「わかんない?」
「……わかんないよ」

 わからないものを素直にわからないと認められるのは、シゲさんの才能だと幸生は言う。そこがあなたのいいところ~といつもの台詞で繁之をけむに巻いておいて幸生が行ってしまうと、繁之は乾にその絵を見せた。

「俺には真っ白にしか見えないんですけど」
「白いクレヨンで白い紙を塗りつぶしたんだよな」
「単なる白い紙ではないですよね」
「……幸生が描いたんだろ。俺にはタイトルの想像ならできるよ」
「想像して下さい」

 冬の猫、なのだそうだ。
 なるほど、じーっとじーっと見ているとそうも見えてきた。真っ白な雪景色の中、遠ざかっていく真っ白な猫。しっぽが揺れて、ひとあしごとに雪に足跡がつく。猫の鳴き声も聞こえてきそうだ。

 みゃーーご。
 と、たった今、鳴いたのは幸生だろうから、乾の想像は当たっていたということなのであるらしかった。





 




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FS動詞物語「枯れる」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)


フォレストシンガーズ

冬「枯れる」

 
 ませているのかいないのか、身体は小さいけれど、俺は早熟なほうなのかもしれない。十六歳で初体験って早くもないと思っていたが、周囲の男どもの平均よりは早いような。大学生になっても、恥ずかしながら未経験だって奴も数名、いるようだ。

 けれど、あれはもしかしたら、麗子さんにもてあそばれただけなのかも……いや、そんなふうには考えまい。高校生のときに知り合った、妹の家庭教師だった女子大生。ポルノ映画みたいなシチュエィションかもしれないけど、楽しかったからいいんだ。

 北海道出身の麗子さんは俺を捨てて故郷に帰ってしまい、あれから俺は恋をしなかった。中学生のときには彼女はいたが、高校生の間はまっとうな男女交際をしてこなかったのだ。これはやはり、五つも六つも年上の女性に遊ばれたから……ユキ、そんなふうに考えたら駄目だってば。

 そして、十八歳になった俺はめでたく恋をした。
 枯れ木に新たなつぼみが芽吹くように、同い年の可愛い女の子に恋をして告白して、敢えなく撃沈。合唱部のアイちゃんは俺の告白には、女の子の常套句、友達でいましょ、との答えしかくれなかった。

 友達なんかいやだよ、俺はきみを抱きたい、恋人になりたい、彼氏にして、俺をアイちゃんの男にして、駄々をこねてみても、他人の心を強引にわがものにするなんて不可能だとは知っている。友達なんかいやだけど、仕方なく友達づきあいをしていた。

 お互いにその他大勢の異性の友達。合唱部仲間ではあるから、女子部と男子部の合同練習や合同飲み会で顔を合わせたり、合宿でみんなで海に行き、朝、すれちがって、やっぱり可愛いな、キスしたいな、と見とれていたり。

 まだ十八なんだから、それだけで満足できる男もいるんだろうか。そこはそれ、俺が早熟だからなのだろうか。俺の想いは恋心プラス欲望? 肉欲があるって男としては当たり前だろ。肉欲かぁ……生々しくもいかがわしくも、いい言葉だな。女体と口にして麗子さんにいやがられたのも思い出した。

 ガキのころから俺は、あまり寝なくてもいい体質だ。未成年だから合宿では酒を飲んではいけないのだが、同室の一年生たちはこそっとビールを飲んだりして、馬鹿話をして馬鹿笑いをして、部屋のあちこちでごろごろころがって寝てしまった。

 眠くはならない俺は、そっと起き上がって外に出た。
 真夏の夜の海辺には、カップルの姿も見える。俺もアイちゃんを誘い出して散歩したいな。呼びにいったって出てきてくれないだろうし、部屋を覗いたりして先輩に見つかったら殴られるか、最悪、退部させられるかもしれないし。

「ん?」
 身を低くして通り過ぎた男たちがいる。俺と同室ではない一年生と、二年生の男たちが五、六人、俺には気づかずに浜に出ていった。俺もあとからついていってみると、二年生の一色さんの声が聞こえた。

「だからさ、そこでおまえが女の子を脅かすんだよ。女の子は悲鳴を上げるだろ。そしたらうまくいけば抱きしめてなだめてやることだったらできそうじゃないか。駄目モトでやってみようぜ」
「がおっとか?」
「うらめしやぁ、とか?」

 聞き覚えのある一年生の声もする。肝試しか? そうではなくて悪さか? 幼稚な奴らだな、と呆れはしたものの、二年生も混じっているし、一年生だけだとしても正義の味方ぶっているように思われそうで、止められなかった。

 こんなときには小さな身体は有利で、気取られずに見ていられた。女の子ばかりで散歩している可愛い子を発見すると、男子たちが奇声を上げて脅かす。女の子たちは大半が怖がってきゃあきゃあ言う。きゃあきゃあを楽しんでいそうな女の子もいれば、なにすんのよっ!! と怒って男を突き飛ばす女の子もいる。中には先輩に告げ口した子もいたようで、本橋さんがやってきた。

「おまえら、なにをしてたんだ? 大学生にもなって女の子相手にガキみたいないたずらか? 首謀者は……って、どうでもいいな。四年生を呼ぶ必要もないよ。広いところへ……全員、こっちへ来い」

 ただでさえ怖い顔の本橋さんが不機嫌な表情でいると、迫力満点だ。彼の気迫に押された一年、二年たちが広い砂浜に出ていく。あっちからもこっちからも視線を感じる。あそこにアイちゃんとサエちゃんがいる、と気づいてはいたのだが、まずは本橋さんたちを見ていた。

「おまえら、まとめてかかってこい。そんないたずらをするってのはエネルギーが余ってるんだろ。俺が相手してやるからかかってこいよ。来られないのか? 怖いのか?」

 挑発された男たちは顔を見合わせる。本橋さんは余裕の態度で身構える。誰かが合図して、彼らは一斉に本橋さんに飛びかかり、ものの見事に全員、浜辺に投げ飛ばされた。

「さすが……本橋さん、強い。つぇぇぇ……かっこいい。俺はあん中に入ってなくてよかったな。アイちゃんも見てた? 怖そうな顔しちゃって……そんな顔も可愛いね」

 アイちゃんはサエちゃんとひそひそ話をして、手をつないで小走りで行ってしまった。サエちゃん、アイちゃんと手をつなげていいなぁ。俺もアイちゃんの可愛い手を取りたい。だけど、夜中にアイちゃんの顔を見られたのだから、それだけでもよかったことにしよう。

 そんなふうにちっちゃな想い出だったら残してくれたアイちゃんが、お空の上に旅立っていった。
 教えてくれたのはサエちゃんだ。俺はアイちゃんが学校に出てこないのを疑問に感じてサエちゃんに質問し、病気だと知った。知ってはいてもなんの行動も起こせないでいるうちに、アイちゃんの命のともしびは消えてしまった。

 春から夏へ、秋へとうつろった季節はもう冬。芽生えた恋のつぼみは花開くこともなく、枯れてしまった。俺の青春ってやつもこれで枯れてしまうのかな。
 おまけに、合唱部では一の親友だった木村章も退学してしまった。アイちゃんも章も、俺にひとことの相談もなしに消えてしまった。

「だけど……ね」

 逝ってしまったアイちゃんを想って落ち込んでいたくせに、いつしか俺は立ち直ってきている。サエちゃんとつきあうようになって、本橋さんや乾さんに励ましてもらって、元気を取り戻しつつある俺に罪悪感もなくはないのだが。

「だけど、俺は若いんだもん。枯れた樹だって春になればまた花をつけるんだ。二年生になるまでには絶対にもとの幸生に戻るからね。俺と恋人同士にならなかったことを、アイちゃんだって後悔してるんだろ? アイちゃん……好きだったよ」

YUKI/19歳/END










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167「苦労したからって」

ショートストーリィ(しりとり小説)

しりとり小説

167「苦労したからって」

 おばさん女子会、いささかの自虐を込めて恵子たちがそう呼んでいる集まりだ。短大時代の友人グループと三十五年以上、よく続いているものである。

 五十代も終盤になったかつての女の子たちは、最初は八人グループだった。そのうちの三人は海外暮らしだったり親の介護だったりで来られなくなっているので、現在は五人。全員がそろうのは年に一度くらいだが、二ヶ月にいっぺん、ランチ会だの飲み会だのをやっていた。

「息子が結婚するって言い出したのよ」
「あら、おめでとう」
「うちの娘は結婚のケの字も言い出さないなぁ」

 ひとりは独身、ひとりは既婚子どもなし。ひとりはバツイチ、子どもふたり。恵子ともうひとり、好美とには夫と子どもがいる。恵子には息子がひとり、好美には娘と息子がひとりずつ。好美の娘は三年ばかり前に結婚していて、今度は息子が結婚したいと女性を家に連れてきたのだそうだ。

「三つ年下の銀行員なのよ。私たちのころって銀行は高卒で入って結婚までの腰かけって感じだったけど、今どきはそうでもないのね。彼女もいい大学を出て、銀行では一般職だけど給料もよくてしっかりしてるの」
「私たちのころだって大卒の女子銀行員はいなかった?」
「いたかもしれないけど、そんなにたくさんはいなくなかった? 私としても息子の嫁は仕事人間よりも、一般職の正社員くらいのほうがいいからいいんだけどね」

 銀行員についての話、短大時代のあの子も銀行に就職して、すごいエリートと結婚したのよね、というような話題も繰り広げてから、好美は息子の結婚相手について語った。

「美人ってほどでもないけど、まだ三十にはなってないし、細すぎず太すぎずでいい子を産めそうな腰つきをしてるのよ。外見もまあまあかな。私としてはもうちょっと美人のほうがいいんだけどね。うちの息子、けっこうイケメンだもんね」
「そうよね。イケメンだわ」
「イケメンって意外と、相手の顔にはこだわらないものみたいよ」
「顔顔ばっかり言う男よりもいいじゃない」
「好美ちゃんの育て方がよかったんだね」

 そうかなぁ、好美の息子ってイケメンか? とは思ったのだが、恵子も適当に相槌を打っておいた。

「一度は挨拶に来ただけだから、突っ込んだ話はしなかったのね。息子も先方さんに挨拶に行って正式に婚約して、結納の話なんかも出てきたところ」
「結納、するのね? 結婚式もするの?」
「当たり前じゃないの。うちの主人の仕事柄も、結婚式なしなんて駄目よ。娘のときにも豪勢なほうだったんだから、息子も差別なくやるつもり」

 写真を見せてもらった記憶のある、好美の娘の結婚式はたしかに豪勢だった。好美の夫は有名な企業の役職者で、好美は専業主婦。娘も息子も好美の夫のコネで同じ会社に就職したと聞いていたから、父親の立場上、というのもあるのだろう。

「婚約者の家はほんとに庶民で、お母さんは高卒らしいのよね。お父さんは高専卒の技術者だって。親の学歴がないってのは気にならないでもないけど、息子は親と結婚するわけじゃないんだから許したの」
「好美ちゃん、寛大だね」
「私も娘が結婚したがる相手の学歴だったら気になるけど、親まではいいわ」
「そうかなぁ。私に娘がいたら、親の学歴も気になるわよ。だって、それってその男性の家庭のバックボーンってことでしょ」

 子どものいない既婚者も発言し、そんなの気になるの? と独身者も言い、しばしその件についての議論になった。まあね、それでも親だから、問題は本人だから、と好美がしめくくり、そして言った。

「問題は本人。そこにちょっとだけ問題があるのよ」
「なになに?」
「実はね……」

 声をひそめて好美が言うには、彼女、同棲経験があるらしいの、だった。

「何度か彼女を我が家に招いて、食事をしたりしていたのね。彼女のお行儀を見たいからっていうのもあったわ。エプロンを持ってきて手伝いもするし、合格かなって思っていたの。いずれは同居するかもしれないんだから、躾の悪い娘なんていやじゃない?」

 なんとまあ、私と同世代なのに保守的だな、と恵子は呆れていたが、他の三人はうんうんと同意していた。

「そうして結婚式の話なんかをしていて、同棲なんか絶対に駄目よ、って話題になったのね」

 結婚式前に一緒に暮らして、そのあとで式を挙げる。入籍も前後してしまう。そんなの、お母さんは嫌いだな、と好美が言うと、彼女の表情がちらっと動いた。そのことを彼女が帰ったあとで尋ねると、息子が言ったのだそうだ。

「彼女、三年くらい前に婚約したことがあるんだって。お母さんが言ったように、結婚式を挙げてその日に入籍もするつもりで同居してたんだよね。その時点で彼の浮気が発覚して別れたそうなんだよ」
「ええ? 同棲していたってわけ?」
「そうなんだけど、同棲っていってもそういう事情なんだから……」
「だけど、婚約破棄もしたんでしょ? そんなときに浮気されるなんて、彼女のほうにも落ち度はあるんじゃないの?」
「男が浮気性だってだけだろ」
「……なんだかいやだな。真っ白じゃないのよね」
「お母さん、ひどいこと言うなよ」

 息子と喧嘩になったのだと、好美は吐息をついた。

「同棲っていってもそれだったらね……」
「男を見る目がなかったのかもしれないけど、好美ちゃんの息子さんと結婚するって決めたんだから、今度こそよかったんじゃない?」
「私もそれだったら許すわよ」
「そうだよね。だらしない同棲をしてた女なんて絶対にいやだけどね」
「だらしない同棲ってどんなの?」

 浮かない顔の好美をよそに、同棲談義になった。恵子が質問すると、友人たちは口々に応じた。

「結婚する気もないのに同棲したとか」
「軽い気持ちで一緒に暮らしてじきに別れたとか」
「じきに別れたんだったらまだいいけど、ずるずる長く同棲していたとか」
「同棲はしなくても、結婚しないでつきあってるだけのカップルっていやよね」
「独身主義だとかかっこいいこと言っちゃって、だらしないだけじゃない」

 この中で唯一の独身の友人は、私には長年彼氏もいないから、そんな経験ないわ、と笑っていた。

「そんな私も若い子のだらしない同棲はいやよ。けじめがないしふしだらだもの」
「だよね」

 で、好美ちゃんはどうするの? と質問された好美は、悩んでるのよ、と答えた。

「ご主人はなんておっしゃってるの?」
「そのようなのだったら同棲というよりも、結婚がこわれた女だな。うーん、とか言って、主人も悩んでるわ」

 ほんとにまあ、私の友達連中って古いわ。恵子としてはびっくり気分だ。恵子の息子の保が同棲経験のある女性と結婚すると言ったら? 過去は過去として清算しているのだったら、いわゆるだらしない恋愛の果ての同棲だってかまわない。ひきずっていなかったらそれでいい。

 結局、好美の息子はその彼女と結婚したらしいが、そんなお姑だと大変だなと、恵子は彼女に同情していた。
 それから数か月のち、恵子の息子の保も、結婚したい相手だと女性を我が家に連れてきた。

「美保さんはお綺麗ね」
「だろ?」
「いえ、そんな……」

 夫とふたり、美保と名乗った息子の婚約者と向き合う。息子の嫁は美人のほうがいいと言った好美を笑ってはいたが、その気持ちが今になってわかる。が、不安もあった。

「そしたらもてるわよね」
「母さん、失礼だよ」
「失礼かもしれないけど、恋愛経験は豊富なんじゃないの? いえ、それがいけないとは言ってませんよ。美人のお嫁さんだと母親としては心配だなぁって」

 笑い話にしてしまおうとしていたら、息子が真顔になった。

「美保さんは初婚なんだけど……」
「はい?」

 初婚なんて当たり前じゃないか、と感じた恵子に、息子が爆弾発言をした。

「子どもがいるんだよ。男の子だ。美保さんは未婚の母なんだよ」
「恋愛経験は豊富ではありませんけど、そのときには本気で恋をしました。だけど、私は結婚はしたくなかったんです。彼も結婚は考えられないと言って、でも、出産はしたかったから産みました。私にも息子がいますから、保さんのお母さんのお気持ちを考えたら……プロポーズはお断りしたんですけど……」
「母さんはそんな保守的なひとじゃないよね。父さんもだよね。俺は美保さんの息子を、一緒に育てていきたいんだよ」

 ふたりして、恵子を凝視する。夫までもが恵子を見つめる。
 ね、母心がわかったでしょ? 美保さんって苦労はしてるんだろうけど、だからってそれとこれとは話が別よね。友人たちにもそろって見つめられている気がする。

 許したくない……許せない……許せるわけがない……けれど、息子の信頼も裏切りたくない。友人たちにしたり顔で、やっぱりね、と言われたくない。恵子の胸には葛藤が渦巻いていた。

次は「て」です。















 



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FS動詞物語「すだく」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

秋「すだく」


 いささか特異体質なのかな、と俺は思うが、章に面と向かっては言わない。が、彼は次第に酔ってきたらしくて、てめえは変だよ、変態だよ、とまで言い出した。

「変態ってのはちがうだろ」
「変態じゃねえかよ。俺はこんなに苦労してるってのに……」
「苦労なんかしてないじゃないか。努力してないからやめられないんだ」
「そんなに簡単にやめられるもんか」
「俺はやめられたよ」

 酔っ払いがくだを巻いている。章だって飲んでいるし、この店でたまたま近くの席にすわっただけで、音楽が好きだと言うので相席した、佐々木という姓しか知らない男も酔っている。さっきから同じセリフの繰り返しになっていた。

「煙草、吸っていいかな」
「いいよ」
「あんたらは吸わないの?」
「シゲさんはもとから吸わない。俺は二十歳前後くらいには吸ってたけど、やめたんだ」
「禁煙、大変だっただろ」
「いや、別に……」

 そこからはじまった会話だ。
 スタジオで全員で歌の練習をし、本橋さんと乾さんと幸生はさっさと帰ってしまった。デートかな、いいなぁ、と俺がうらやましく思っていると、残っていた章が言ったのだ、うう、金がない、と。
 だったらおごってやろうか、俺はなくもないよ、と応じて、ふたりで飲みに来た居酒屋だ。フォレストシンガーズは全員、現在のところは給料は同額だから、章が金がないのなら俺もない。いや、俺のほうがデートだなんだと使わないから裕福なのかもしれない。

 デートがなくて裕福でも嬉しくないけど、先輩の義務として後輩にはおごってやらなければならない。章とふたりでぐだぐだと酒を飲んでメシを食っていると、佐々木くんが話しかけてきたのだった。

 話題が煙草になり、禁煙になり、果てしもなくふたりで、禁煙は簡単にはできない、簡単だよ、とやりあっている。俺も煙草はたまには吸ってみたが、習慣になるほどではなかったから会話に入っていけない。

 うちでは幸生と乾さんが煙草を吸う。本橋さんは機嫌が悪いと、煙草はやめろ、とふたりに怒っているが、平素は黙認の形だ。喉にはよくないとはいえ、精神にはいいらしい煙草。悪の葉っぱはおいしいな、と幸生は言う。悪ってほどでもないのだから、俺だってとやかく言うつもりはない。

 かつてはロッカーだった章は、ロックバンド時代には吸っていたらしい。ロックバンドの楽屋が煙でもくもくだなんてのは、俺にも想像しやすい。

「煙草なんてのは経済的にもったいないから、やめようと思ったんだよ。俺たちはプロのシンガーではあるけど、金はないんだ。シゲさんがおごってくれるってのもこんな安い店だし、あんたとだって気軽に飲んだり喋ったりしてるだろ。芸能人なんだろ? ってあんたは不思議そうに言ったけど、俺らはそこらへんの芸能人みたいに高級じゃないんだよ。その話はいいとして……」

 変な自慢だと自覚したのか、章は言葉を切って佐々木くんに指をつけつけた。

「デビュー前の俺はフリーターで、もっともっと金がなかったんだ。メシを食うのはやめられないし、家賃や光熱費や洋服代だっている。ギターのピックを買ったりCDを借りたりっていうのもやめられない。やめられるものは……って考えたからまずは煙草だったんだ。よし、煙草をやめようって決めたら簡単にやめられたよ」
「いくつの時?」
「二十一だったかな」

 先刻からこの会話も、何度も聞いた。

「二十一だったら煙草を吸いはじめてから短いだろ」
「大学生になってから吸うようになったんだから、短いな」
「俺は高校のときから吸ってて、十年になるんだ。だから長いんだよ。そんでやめるのがむずかしいんだ」
「ちがうだろ。意志薄弱っていうんだよ」
「そうじゃなくて……」

 ああ、もう、いい加減にしろ、俺の耳にたこができた。たこを刺身にしてもっと酒を……幸生が言いそうな下らないシャレが浮かぶほど、このふたりは堂々巡りで同じことばかり言っていた。

「シゲさんはどう思う?」
「さっきから言ってるじゃないか。体質によってちがうんだろって。佐々木くんは煙草、やめたいのか」
「やめられたらいいけどね。俺はあんたら以上に安月給だもん」
「同じようなものかもしれないけど、だったら努力しろよ」
「あんたまで俺を意志薄弱だって……」
「そうは言ってないよ。そろそろ出ようか」

 キリがないので俺が先に腰を上げた。章は佐々木くんと口論をしていた分、酔いが浅いようなので寝てはしまわないだろう。章と飲んで寝られてしまうと、俺がおぶって送ってやらないといけなくなる。そんなことをしても嬉しくもなんともないので、その事態は避けられるようなのはほっとしていた。

 が、ふたりはまだ口論している。だけどなぁ、煙草はそんなに簡単には……うるせえな、俺はやめられたよ、とのやりとりが続き、俺はとりあえず支払いをしてから外に出た。

「シゲさん、俺にもおごってくれんの?」
「あつかましいんだよ。てめえは払え」
「なんだよ、木村はおごってもらったんだろ」
「シゲさんは俺の先輩だけど、おまえは通りすがりだろ」
「……俺はおまえよりも年上だぞ、なんだよ、その口のききかたは」
「年上なんだったらおまえが払えよ」

 口の達者な男が他にも二名いるので、フォレストシンガーズでは章の口はさほど目立たない。しかし、このメンバーならば目立っていた。章に言われて佐々木くんがぐっとなる。店を出て駅のほうへと先に立って歩いていた俺は、足を止めて言った。

「いいよ、俺が出すから」
「あんたも俺よりも年下だろ」
「俺のほうがひとつだけ下だね。まあ、だけど、いいじゃないか……」
「わっ、シゲさんっ!!」
「え?」

 いきなりもいきなり、佐々木くんが俺の腰にタックルした。他に人通りがなかったからよかったものの、俺ははずみで道端の街路樹に頭から突っ込んでしまった。

「なにすんだよっ、てめえはっ!!」
「くっそーっ!!」
「おい、こら、佐々木!! てめえは酒癖が悪いのかっ!!」
「俺を呼び捨てにすんなっ。年下のくせに……簡単に禁煙できたからって、芸能人だからってえらそうにすんなっ」
「……支離滅裂だな。シゲさん、大丈夫?」

 体格は幸生くらいの佐々木くんなので、章にもなんとか引き剥がせたのだろう。泣き上戸なのか、佐々木くんは地面にすわり込んでうなだれて鼻をすすっている。俺は頭を振った。

「あ、ああ、大丈夫みたいだよ。脳震盪……起きてないみたいだな」
「むかつく奴だな。ここに放っていきましょうか」
「そう言ってやるなよ。あそこに公園があるから、ベンチにすわって佐々木くんを落ち着かせよう」
「シゲさんってつくづく、人がいいよね」

 人が悪いよりはいいだろ、と言い返して、佐々木くんを立たせて公園に連れていった。
 夏の終わりの都会の夜。終電にはまだ十分間に合う。寂しさも感じるような声で、虫が鳴いている。デビューしてちょうど一年、俺たちはこれから、どこに行くんだろう。

「章みたいな声だな」
「なにが?」
「綺麗な虫の声だよ。こういうのを「すだく」っていうんだろ」
「そうだった。俺も乾さんに教えてもらいましたよ」
「俺もだよ」

 慣用句や短歌やことわざや、文系のそれらはなんだって乾さんが教えてくれる。文豪の名前や花の名前も教わって、俺の知識が増えていく。本橋さんのほうは理系だから、そっちの知識は彼が授けてくれていた。

「あの居酒屋でもこんな感じでした?」
「居酒屋の賑わいはこんなに綺麗なもんじゃなかったぞ」
「殷賑とかいうんだっけ?」
「殷賑もちょっとは近いかな。ってよりもあれは喧騒だろ」
「だけど、居酒屋もすだいてましたね」
「すだいてた、って言葉があるんだろうか」

 乾さんに訊いてみよう、と同時に言って、ふたりして笑った。俺は章をあまり好きではないと思ったりもしたが、こんな一瞬、一瞬が積み重なって親しみが増していくのかもしれない。その意味では、佐々木くんがあらわれてくれたのも無駄ではなかったのかもしれない。

 章と俺にはさまれてめそめそしていた佐々木くんは、いつしかいびきをかいている。すだく虫の音、風流さに水を差す無粋な男のいびき。乾さんだったらこんなときには一句ひねるのか。本橋さんだったら空を見上げて、夏の星座を教えてくれるのだろうか。


SHIGE/24/END










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花物語2017/1 「Fluttering petals」

ショートストーリィ(花物語)

kiku.jpg
花物語2017

一月「Fluttering petals」

 店に置く雑誌のたぐいは、半月に一度くらいは入れ替える。菊花が営む大衆食堂の定休日も半月に一度なので、その日に古くなった雑誌を引き上げてきて自室で全部ざっと読む。菊花にとってはいちばん心安らぐときだ。

 パートを何人か雇っているし、娘も一緒に働いてくれているので、菊花の休日は週に一日取れる。忙しいのはありがたいことだと自分に言い聞かせて、それでも休めるのもありがたいと感謝している。今日は休みなので、掃除をすませて洗濯をしながら、店から持ってきた雑誌を読んでいた。

天気が悪くて、今日は洗濯をしても無駄かと思っていたのだが、夕方になって晴れてきた。休みの日に洗濯ができるのもありがたい。

「これ……あの一子?」

 ひとりごとに応える者はいない。このアパートで菊花は娘と同居しているのだが、店の定休日以外の休日は同じではない。今日は菊花だけが休みなのだった。

「……だよね」

 小学校から大学まで、望んだわけではなく偶然同じになった。友達ではなかったのだから、大学を卒業してからはどうしていたのか互いに知らない。菊花のほうはちょっとしたスキャンダルの渦中にいたこともあるので、一子は知っていたかもしれないが、一般人の一子が大人になってからについては、菊花はまったく知らなかった。

 その一子の名前で、週刊誌に手記が掲載されている。菊花の名前も出てきていたので、食い入るように記事を読んだ。

「あの、殿辻リナさんと山村啓二さんの娘、菊花さんとは友達でした。
 生まれつきは全然ちがうんですけど、学校が同じだったんですよね。私のほうが勉強はできたんだけど、菊花さんは有名人枠で大学に入ったんじゃないかな。だって、あの殿辻リナと山村啓二の娘なんですもの」

 なんで友達だったなんて書くの? それよりも、なんであの一般人の一子が手記なんて? 疑問でいっぱいになって記事を読み進めていった。

「あれはもう三十年以上も前の事件だから、覚えてない人も多いでしょうね。
 殿辻リナさんはフランスでも活躍していたトップモデル、山村啓二さんは菊花賞を獲得したキクヒメビジンの騎手として、一躍脚光を浴びた男性です。

 ふたりの娘が菊花さん。
 菊花賞がほしかったからつけた名前だって、山村さんはテレビでも言ってました。
 トップモデルでもあり、後には起業して実業家になったリナさんの名前と、芸能活動もするようになった山村さんとの相乗効果で、あの夫婦はどんどん有名になっていったんですね。

 もちろん、娘も鼻高々でしたよ。
 平凡な公務員夫婦の娘である私なんかは、そのころには菊花さんに見下されるようになっていたんだけど、ま、しようがないかな。

 だから、大学を卒業してからは友達じゃなくなって、菊花さんがどうしてるのかは知らなかったんです。私は平凡に公務員になりました。

「菊花賞騎手の山村啓二、仏ファッション界で活躍中の殿辻リナ夫婦が脱税!!」

 こんな記事が週刊誌に載り。

「結婚するつもりでしたよ。しかし、親があれではね。考え直すつもりでいます。子ども? 彼女は産むと言っていますので、出産したらDNA鑑定をしますよ。認知などについては結果が判明してからですね」

 当時、菊花さんがつきあっていた年配のスター俳優はこう発言しているとも出ていました」

 そう、菊花にとっては苦い想い出だ。

 父親のコネで菊花も芸能活動をするようになっていたものの、思うようには売れない。母は、タレントなんかやめて私の仕事を手伝えと言う。それもいいけど、スターになりたいな、もうちょっとだけ芸能界でがんばろう、と菊花は思っていた。

 つきあっていた年配のスター俳優とは、父の友人だった山田トップ。芸人出身なのでトップという芸名だが、恰幅のいい体格の渋い二枚目だった。
 六十歳近いトップはバツ三だったか。年下好みで、菊花に熱烈なアプローチをしてきた。

「あんたみたいな年寄りに、うちの娘をやりたくないよ」
「そう言わないで。幸せにするからさ」
「いやだ。あんた、あつかましすぎるよ」

 トップと父がもめていた矢先、菊花の妊娠が判明した。菊花としても六十近い男と結婚までは考えていなかったのだが、できてしまったのだし、年を取っていても金持ちだし、サラリーマンではないのだから定年もないし、と考え直した。父も、できちゃったんだったら仕方ない、と肩を落とした。

 結婚は三度もしたものの、子どもはいなかったトップは狂喜し、菊花に改めて熱烈にプロポーズした。ものすごくゴージャスな婚約指輪と、ベンツをプレゼントされた。

 その矢先も矢先だ。両親の脱税が発覚したのは。
 事実なのだから父も母もうなだれるしかなく、菊花も否応なく巻き込まれた。菊花自身の収入はたいしたこともなく、脱税などしていなかったので問題なかったが、友人や取り巻きは遠ざかっていった。

「あんな親の子なんだから、おまえの腹の子だって……」
「DNA鑑定はしますよ。あなたの子にまちがいなかったら認知はしてね」
「認知はするけど、あんな親の娘であるおまえが母親なんだから、その子もなぁ」

 てのひらを返したのはトップも同様。彼はスターだったのだから、婚約者の両親の巻き添えはごめんだったのだろう。

 やがて娘が産まれ、DNA鑑定の結果、トップの子どもであるのはまちがいないと判断された。菊花には他にもボーイフレンドはいたから、実はほっとしたのであるが。

「だけど、そんな態度のあなたとなんか結婚したくない。養育費はお願いしますね」
「あ、ああ、それでいいんだったら出し惜しみはしないよ」

 手切れ金として指輪とベンツはもらい、売り払い、その資金でカフェをはじめた。両親とは縁を切ったような形で、養育費だけはしっかりもらい、トップも約束を守ったので、娘の小菊をちゃんと育てられた。

「小菊もお父さんのコネで、アイドルにでもしてもらう? せっかく可愛く生まれたんだもんね」
「うん」

 幼いころには小菊もそのつもりだったようだが、長ずるにつれて芸能界はいやだと言い出した。いやなものを無理強いする気もないので、娘の望むままにアメリカに留学させた。

 その間にカフェを二軒ほどつぶし、焼肉屋、お好み焼き屋と商売替えをして、トップの援助もあったのでそれほど苦労は知らずに菊花は生きてきた。両親はあの事件のせいで大変なようだが、脱税なんぞするからだ。自業自得だとしか菊花には思えない。おかげで私も巻き込まれて嫌な思いをしたんだからねっ、との怨みがあるので、親には近づかない。

「あら、いつ帰ったの?」
「お母さん、私もお母さんの店で働くよ」
「いいけど……なにがあったの?」
「別に」

 突然帰国した娘は三十歳。菊花は五十五歳。別に、としか小菊は言わないが、手ひどい失恋でもしたのか。なにかを目指して留学したわけでもないので、なににもならずに帰ってきて大衆食堂の看板娘におさまっている。

「看板娘って歳でもないけどね」
「お母さんこそ、いつの間に大衆食堂になったの?」
「なんでだろうね。いつの間にか……」

 それでもまあ、きちんと暮らしていけているのだし、大衆食堂は流行っていて、常連さんたちに小菊はもてている。そのうちには常連さんたちの中の誰かと結婚するのではないかと菊花も期待していた。

 まあまあ幸せな私とちがって、一子は?
 手記を発表するくらいなのだから、なにかあったのだろう。手記は佳境に入ってきていた。

「私は公務員になり、三十一歳で同い年の警察官と結婚しました。
 恋愛というほどでもなかったけど、一生、独身でいるのは避けたいなって、夫も私もその部分で意見が一致したんです。ともに公務員でしたから、親も固い職業でしたから、価値観も似ていたんです。

 特になにもなく、結婚生活は続きました。
 三十二歳で長男を、三十四歳で次男を、三十六歳で三男を、男の子ばかりでしたけど三児の親になれて、人並みの苦労はしましたけど、子どもたちは成績優秀ないい子に育ちましたよ。

 うちの子たちは悪いことなんかしていないんです。
 これだけは絶対に本当なのに、ネット上であることないこと書かれて、夫が逆上してしまったんですね。
 なにが起きたかなんて私は言いたくないけど、書かないとわからないひともいるんですよね。私たちは被害者なのだからはっきり書きます。

 三男がレイプされました。
 そうです、男ですけど、三男は眉目秀麗で、女装趣味がありました。誰にも迷惑かけてないんだからいいでしょう? 似合ってますよ。私もはじめて知ったときにはびっくりしましたけど、できれば性転換したいとまで言って、そうね、ひとりくらい娘でもいいかなって。

 そんな子だからってレイプされていいんですか? そんなはずないでしょう? 妊娠もしないんだからいいって? 三男が誘惑したんだろって? 世論はそうなんですね。

 男性が男性を、という場合、傷害罪にしかならないんですね。
 でも、三男は心をも傷つけられて病んでしまっています。夫は三男の女装趣味は受け入れられなくて怒っていたんですけど、この事件で逆上して、犯人を撃ちました。犯人のところに乗り込んでいって話をしようとして、揶揄されたりしてかっとしたと、私はその場にいたわけではないので又聞きですが。

 どんな事情があれ、警察官が拳銃を私用に使って人を撃った。許されることではありません。犯人は軽傷を負っただけですが、夫は職場に辞表を出しました。当然ですね。
 私も公務員でしたので、夫の懲戒免職に従って職を辞しました。公務員の宿命ですね。

 加害者は軽い罰を受けただけで、フリーターだったらしいから社会的にも特に制裁を受けたほどでもなく、被害者一家はこんなふうになって。
 世の中って変なものですね」

 そうかぁ、手記を読み終えた菊花はため息をついた。
 この記事の中で菊花と一子が友達だったとされている意味は不明だが、話のとっかかりとして菊花の名前を使いたかっただけか。過去とはいえ菊花は一時は時のひとだったのだから。

「ただいまぁ」
「おかえり。ねぇ、小菊、この事件、知ってる?」

 帰宅した娘に雑誌を見せると、タイトルを見ただけでうなずいた。

「知ってるよ。お母さんはネットとか見ないから、なんにも知らないんだよね」
「私はネットって嫌いなのよ」

 三十年前にはインターネットは発達していなかったから、菊花は世間のおもちゃにされるようなことはなかった。だが、最近のネットでの噂話を知ると、こんなものとは関わりたくないと菊花は思うのだった。

「これがどうかしたの?」
「私の名前が出てきてるでしょ」
「あ、ほんとだ。菊花さんって書いてある。じいちゃんばあちゃんのことも書いてあるね。友達だったの?」
「友達ではないけど知り合いよ。一子ちゃんの中では、友達だってことになってるのかね」

 だったら、仕事をなくしたらしき一子を、うちの店で雇ってあげたらどうかと思うの。菊花がそう口にすると、娘はふっと鼻で嗤った。

「あのさ、なんでこんな手記を出したのかっていえば、本が売れたからだよ。本が売れて話題になったの。だからもっと簡単な手記を書いてって頼まれたんじゃないかな。お母さんと知り合いだなんて知らなかったから私も別に興味はなかったんだけど、その本、ベストセラーだってよ。何千万と儲けたはずだよ」
「ほんとに?」
「ほんとほんと。ベストセラーって儲かるんだねぇ」
「本には私の名前は出てないの?」
「聞いてないよ。週刊誌だとお母さんの名前が効くとか?」

 なんだ、同情して損したわ。ならば私も、私が脱税犯の娘として経験したあの事件を本に……いやいや、私には文才がないから無理か。つまらなそうな顔をして着替えにいった娘に、菊花は言った。

「もうこんな時間なんだ。読むのに夢中になってて夕飯、まだだわ。なんかおいしいもの食べにいこうか」
「私は店で食べたよ」

 つきあってよぉ、と言いながら、菊花は雑誌をゴミ箱に放り込んだ。

END

花物語2015/十一月「菊花賞」の続編です。
私は続編を書くのが好きでして。








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FS動詞物語「降りしきる」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

夏「降りしきる」

 けぶるような雨の中、ひとり、歩く。あとは帰るだけだ。夏雨じゃ、濡れて行こう、ってか。ふふっと笑ったとき、むこうから来た男に突き当りそうになった。

「あ、乾さん、こんばんは」
「こんばんは。今から取材ですか」
「そうなんですよ。ああ、そういえば……」
「そういえば……?」

 意味ありげな笑みが神経に触った。
 フォレストシンガーズがデビューして一年ほどたったころだったか、ぼちぼち音楽雑誌に取り上げられるようになって、彼の取材を受けた。

 フリーライター、山崎聡、という名刺をもらい、山崎ってうちの社長と同じ名前ですよ、年齢は? 本橋や俺と同い年だね、と話して親しみを感じた。
 それから二、三度、彼のインタビューを受けたのだが、最近は会う機会がなかった。がっしりした体躯の印象的な男だから、久しぶりでもすぐに思い出した。

「フォレストシンガーズは売れましたな」
「おかげさまで。山崎さんは音楽の仕事を?」
「いや、音楽の記事だけじゃ食っていけないんで、広範囲に手を広げてますよ。今夜はカーディーラーに取材しにいくんですが、乾さんにもまったくの無関係じゃないし、食事がてらご一緒しませんか」
「俺がですか」

 取材に俺が同行してなんになる? とは思ったのだが、俺にも無関係ではない相手だと言われると気になった。若い男のカーディーラー? 俺が車を買った会社の社員でもなさそうだが。

「来ればわかりますよ。忙しくはないんでしょ」
「今夜は帰るだけだし、俺もどうせ食事はするつもりですけど……」
「だったら行きましょうよ」

 たまには早めに帰って自分で料理をしようかと思っていたのだが、この意味ありげな態度はかなり気になる。山崎がカーディーラーと待ち合わせをしている店は近いと言うので、彼が止めたタクシーにともに乗り込んだ。

「織田です。取材ってひとりでするんじゃないんですか」
「彼は俺の助手みたいなもんですから、気にしないで」

 この男はフォレストシンガーズの乾隆也を知らないようだ。そういうシンガーズがいるぐらいは知っていても、個々の顔や名前までは知らない方のほうが多いのだから、珍しい話でもない。山崎が紹介してくれないのは意図があるのだろうから、名前だけを告げた。

「乾です。勉強させてもらいます」
「ああ、どうぞ」

 乾なんてさしたる珍姓ではないし、織田は特段の反応は示さなかった。彼は俺とは無関係ではない? どういう意味なのだろう。なのに、フォレストシンガーズの乾隆也を知らないのか? 俺は彼を知らないが、彼はフォレストシンガーズの乾隆也を知ってはいても、目の前にいる男がその本人だと気づかないだけなのか。

 外には静かな雨の降る夏の夜。なんでも食べて下さい、と山崎が勧め、織田は洋風定食コースを選んだ。山崎も俺も同じものを注文して、食事の間は織田の仕事の話を聞いていた。不景気ですから、我々もつらいですよ、みたいな世間話のようなものだった。

 さて、それでは、といった調子で、食事が終わってコーヒーになったところで、山崎が切り出す。俺は彼の助手だというのだから、そのつもりで聞き役に徹していた。

「千鶴ってほんとに女優なんですね。劇団の研究員とかで、女優だって言ってるのは見栄を張ってるのかと思ってましたよ。こうして雑誌のひとが取材に来るぐらいなんだから、本当だったんだな」
「まあ、レベルとしては無名の劇団員に近いけど、話を聞いておけば使えるかもしれませんからね」
「やっぱその程度? だろうな。あれからだって彼女をテレビで見たりはしませんものね」
「映画の端役では出てるみたいですよ」

 佐田千鶴か。女優の千鶴、俺とは無関係ではないと山崎が言ったことからしても、レベル的な話からしても、この千鶴は佐田千鶴だと思える。俺はまさに、その映画の端役としての関わりで千鶴と知り合った。俺はただ無言で、山崎と織田の会話を聞いていた。

「女優なんてのはあんなもんなんですよね、誰でも」
「それは人によるでしょうけど……千鶴さんはそうだったんですか」
「あいつのほうから誘ってきましたからね。裸を見せてあげようか、みたいな」
「なるほど」
「僕としてはそのときにはお客だとしか思ってなかったけど、綺麗で色っぽい子なんだから、あんな子に誘われて断る男はいないでしょ」
「そうかもしれない」
 
 映画では共演したわけでもないのだが、なぜだか、乾隆也と佐田千鶴のセクシャルなポスターを撮影するという話になった。千鶴はたしかに肉感的で綺麗で、色気もある若い女だ。自分では太っている、特に下半身が太いと嘆いていたが、むっちりしているのはヒップラインだけで、脚は適度に細くて美しくのびやかだった。

 一枚、撮影したポスターで写真監督さんがなにかを感じたのか、セクシーさがエスカレートした写真をたくさん撮った。そうしているうちに千鶴が俺に好意を持ってくれるようになった。

 十六歳も年下の可愛い女の子。兄と妹のように、と呼ぶにはいささか過剰に甘えてくる千鶴に、俺も応えていた。千鶴は俺の恋人になりたがり、真剣なまなざしで、抱いてほしい、と、察してほしい、と訴えてきた。

 これはいけない、俺は十九の女の子とは結婚はできない。抱くだけだったら拒否する必要もないのかもしれないが、将来を考えられない女とそういう仲にだけなるのは、俺がしたくない。この次の恋は結婚に結びつくものにしたいから。

 ひとことで自分の心理を説明するのならば、そういうことだった。だから俺は千鶴を、そこまでは踏み込ませなかった。それでいて抱きしめたりはしたのだから、罪だったのかもしれない。千鶴は思い詰めて、エキセントリックな行動もしていた。

 そんな時期に織田は、千鶴と出会ったのか。彼の語るエピソードには針小棒大な部分もあるのかもしれないが、処女だと言っていた千鶴がはじめてベッドインした相手はこの男だったのか。他にもいたのか。

「ふーん、その程度じゃ使えないかな」
「そうですか……」
「面白いスキャンダル記事になるかと思ったんだけど、そんなもんか。いや、飲食代を払ってけとまでは言わないけど、それだけじゃつまらないな、な、乾くん?」
「そうなんですね、じゃあ、俺は失礼しますよ」
「ええ?」

 その程度なのかもしれないが、俺にしてみれば聞くに堪えない千鶴の痴態などをこれ以上聞かされたくない。織田は俺が千鶴と関わりがあったとは知らないのだからしようがないが、山崎はそうと知っていて俺をここに伴ってきた。なんの意図があって?

「乾くん、それじゃあライターの仕事なんかできないよ」
「そうですね。そうかもしれないけど、いいんですよ。今日はためになりました」
「あれ? きみが払ってくれるの? こんな下らない話を聞いて、食事代を払うのもアホらしくなってたところだったから、助かったな。俺が金欠だって知ってておごってくれるとは、いいひとだね」
「……助手に? いや、いいんだけど、だったらとっておきのこの話、しますよ」

 テーブルに、三人分の食事料金にはなるであろう金額を置いた。

 助手に払わせるのか? と言いかけたらしいのを途中でやめた織田のほうに、山崎が身を乗り出す。これでも帰るの? と俺に問いかける山崎をちらっと見て、俺は席を立った。千鶴と織田のとっておきの話なんぞ聞きたくもない。

 あの山崎の下卑た笑みは、あんな話を俺に聞かせたという意図を物語っていたのだろうか。
 昔は彼も俺たちも、下積みの若者だった。業界はちがっていても、上を目指して努力していた。その努力にどれほどの差があったのかは、俺は知らない。

 時の流れや時代の追い風や、世間の風潮、流行なども加わって、俺たちは一応は名の売れたシンガーズになった。一方、山崎聡は食っていくのにも苦労する売れないライターのままだ。

 つまり、そうなのか。やりきれない思いを抱えて、俺は小雨の中を歩く。努力ではどうにもならないことは、この世の中にはごまんとある。俺たちが嫉妬される立場になったのは喜ぶべきなのかもしれない。そのくらいしたたかでないと、この世の荒波を渡っていけないのかもしれない。

 でも、俺はそんなふうには思えない。甘ちゃんだな、乾隆也は。
 織田とベッドに入ったときの千鶴の心境やら、そんな話を織田がすると知っていて俺に会わせた山崎の心境やらがごっちゃになって、雨に混じって夜空から降ってくる。

 小ぬか雨程度の夏の雨が、妙につめたく鋭く突き刺さる。織田が口にした千鶴のそのときが、俺の耳朶に残っている。そんなものも雨が洗い流してくれればいいのか、そんな必要もないのか。雨は俺の気持ちを知る由もなく、ただ降りしきる。


END










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FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2017/1

forestsingers

2017/1 超ショートストーリィ


 新年度の初仕事、新米シンガーズにとっては元日早々仕事があるということがめでたい。
 顔を合わせたフォレストシンガーズあと四人とも、マネージャーの美江子さんとも、社長とも、事務所の事務員さんとも、それから、仕事先の人々とも。

 おめでとう、おめでとう、と言い合って。

 年賀状なんてものを出す習慣はないが、去年の暮れには故郷の母にだけ出した。

「デビューが決まったよ」
 
 挨拶の他にはそれくらいしか書いていなくて、正月のどこがめでたいんだよ、みたいなことも書いた、章らしくおめでたいのに機嫌が悪いね、と母に笑われそうな賀状だった。

「乾さん、なんで正月がめでたいんですか」
「ふむ」

 改めて問い質すと、乾さんは得意のやつで応じてくれた。

「門松は冥土の旅の一里塚 めでたくもありめでたくもなし」

 それ、誰の俳句? 俳句じゃなくて短歌だ、一般的に一休さんだとされているが、定かではないらしい。
 と、幸生と乾さんが言い合っているが、そんなことはどうでもいい。

 俳句なのか短歌なのかもどうでもいいけど、なんだか生まれてはじめて、そういうのに共感した感じ。
 そうだよな、ひとつ年を取るってことは、一歩死に近づくってこと。この短歌がそう言いたいのだとはわかる。新しい年を迎えたのはめでたくて、だからってめでたいばかりじゃなくて。

 我々のデビュー二年目も、そんなふうになるんだろうか。

AKIRA/22歳/END

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大阪名物冬の御堂筋イルミネーション。















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FS動詞物語「咲き誇る」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

春「咲き誇る」


 舞い込んだのは招待状。
 しかも事務所にやってきた、フォレストシンガーズ、木村章さま宛の結婚式の招待状は、基勝利&山田妙子の連名で届いていた。

「山田って……美江子さんのなにか?」
「私には妙子ちゃんって知り合いも、親戚もいないけどね」
「たとえばいとこの娘とか?」
「私のいとこには、結婚するような娘のいる年齢のひとはいないよ」
「そしたら、もっと遠い親戚とか」
「なんでそんな人が、章くんを招待するわけ?」
「ですよね」

 日本には山田姓は多いのだから、山田美江子さんとは無関係でもおかしくはない。基勝利なんて名前の男だったら知っていたら記憶にあるだろうが、山田妙子……こんな平凡な名前は忘れてしまうかもしれない。

「友達を招待するんだったら、基さんのほうからの招待状じゃないの?」
「結婚式って異性の友達は呼ばないほうがいいって言うんですよね。基は記憶にないなぁ。俺の個人的な知り合いか。親戚にはこんな名前はいないはずだし、いたとしても俺を招待するとは解せないし」

 美江子さんとふたりして悩み、調べてみるか、面倒だったら無視すれば? と言われて調べてみることにした。基だか山田だか、どちらかがブログをやっているようで、URLが小さく記してあったのを見つけたからもあった。

「モトイとローザの結婚式カウントダウン日記」

 ブログタイトルはそうなっている。恥ずかしいタイトルだな、と思いながらも、ピンとくるものがあった、ローザ? もしかしてあのローザか。

 内容をざっと読んでみたところでは、モトイって奴は音楽スタジオを経営していて、ミュージシャンの知り合いも大勢いるようだ。カップルはかわりばんこのように日記を書いていて、Rの署名のある分がローザであるらしい。

「あたしが昔、ロックバンドをやってたのは前にも書いたよね。あたしの腕が今でもけっこう太いのは、ドラマーだったからだね。
 んでね、ロックバンドのメンバーのひとりがけっこう有名になってるんだ。彼に結婚式の招待状を送ったの。モトくんが彼の事務所のアドレス、知ってたから出してみた。
 来てくれるかなぁ、どきどき」

 やはりそうだ。辻褄は合う。このローザはあのローザだ。
 彼女の書いているロックバンドとは、ジギー。俺が大学を中退してその世界に飛び込んだのは、ジギーのギタリストでもあり、リーダーのようでもあったミミに誘われたからだった。

 ジギーのヴォーカル、アキラとしてスーパースターになるんだと夢見て、夢破れ、解散してうらぶれて、ベースのスーと再会して恋人になり、スーに捨てられてフォレストシンガーズの章としてプロになった。振り返ればあの数年間が俺の青春だった。

 ドラムのローザ、あいつの本名は山田妙子というのか。俺はメンバーの本名は知らないままで、スーが末子というのだと聞いたときにも笑ってしまってべそをかかれたが、妙子と末子だったら似たようなものだ。ミミもマリも本名ではなかったのだろうか。

 ハーフだかクォーターだか、ヨーロッパの血が入っていると聞いていたローザが、十年分ほど年を取った姿で写っている写真もあった。まちがいない。あのローザだ。日付を確認して、俺は招待状に出席の返事を出した。

「アキラが来てくれるなんて。嬉しいよ。ありがとう」
「いやぁ、これで僕らの結婚式にも箔がつきますよ。木村さん、ありがとうございます」
「シークレットゲストってことでさ、じゃじゃーんって登場してサプライズをやってくれない?」
「ぜひぜひ、お願いします」

 俺は客寄せパンダか、と言いたくなくもなかったのだが、okしてしまったのは、アキラというなつかしい呼び名のせいだったのかもしれない。
 他人には説明してもわかりにくいらしいが、「章」と「アキラ」にはニュアンスに差がある。俺はロッカーだったころには「アキラ」で、今は「章」だから、最近ではカタカナで呼ばれることははなはだ少ない。ローザと基と三人でチャットをやって、ローザが「アキラ」と表記したことにじんとしてしまったからもあった。

「有名人って誰だよ、って反応もあるんだよ」
「まだ内緒にしてあるんですけど、木村さんが登場してくれたら盛り上がりますよ」
「俺なんか知らないって人も多くない?」

 そんなことはない!! とふたりして断言してくれたので、引き受けた。

「他のみんなは?」
「ジギーの? 知らないんだよね。アキラは有名になってるし、モトちゃんが音楽の仕事をしてるから連絡できたけど、それだって、返事ももらえないかと覚悟してたんだもの」
「山田妙子って誰だ、だったよ」
「えへへ、ごめんね」

 字面でも照れているのが伝わってくる。大柄で気が強くて愛想のない女だったローザは変わったのか。俺が有名になったからだとしたら切なくもあるが。

「ローザって言っても覚えてないかと思ってたからもあったんだけど、嬉しかったよ」
「うん。俺もなつかしいからさ。そっか、他の奴らとは連絡取れないか」
「アキラだったら取れるんじゃないの?」
「ローザ、木村さんにそんなこと言っちゃ……」
「そんなことは言ってないけどね」

 つまり、俺に他のみんなの消息を調べて結婚式に呼んでほしいと? 俺はそこまで暇じゃないよ、と言うまでもなく、むこうはカップルで一緒にいるのだろうから、リアルに話もしているはずで、そんなお願いはされなかった。

 スーは結婚したと聞いた。ミミは俺が臨時ロックバンドをやったときに、ギターのチカの楽屋を訪ねてきたと聞いた。チカは女だから、俺は彼女の楽屋には入れなかったし、俺にはあとからしか教えてくれなかったのは、ミミが俺に会いたくなかったからか。

 あとはマリ、どうでもいいといえばどうでもいい女なのだから、ただなつかしいだけなのだから、会えなくてもいい。ミミにもマリにも会えなくていい。スーには……会わないほうがいいはずだ。

 時間があると三人でチャットをして打ち合わせをすませ、結婚式当日には俺はこっそり、会場のライヴハウスに行った。
 新郎新婦ともに音楽関係者なのだから、一般的な結婚式ではない。基がスタジオの経営者ってことは金持ちか。ローザもいい男をつかまえたってわけだ。音楽にあふれた結婚式になりそうで、俺も楽しみになってきた。

「アキラ、来てくれてありがとう!!」
「……お、ローザ、綺麗じゃん」
「きゃあ、アキラに綺麗だなんて言われるの、はじめてだ」
「はじめまして、木村さん、いらして下さって感激です」
「おめでとうございます」

 式は一般的ではなくても、基と俺の挨拶は常識的だ。ロッカーだって大人にならないと生きていけない。基はローザよりも小さくて、そこもまた微笑ましい。
 デザイナーの友達が作ってくれたというローザのドレスは、ニックネームと言うか、彼女の母親の国の名前としての「ローザ」、薔薇にちなんだデザインになっていた。

 純白のドレスに小さな薔薇の飾りが無数についている。昔からたくましいほうだった彼女がほっそりたおやかに見えて、お世辞ではなく綺麗だった。

「ギターを弾いて歌ってくれるんだよね。アキラ、よろしくね」
「本日のメインイベントですよね。僕も楽しみで感激で……」
「モトくんったら泣かないで」
「泣いてないけどね」

 結婚式というよりもパーティといった感じではじまって、一時間ほど経過。俺の出番だ。俺は銀のジャケットに白い革のパンツ、ロンドンブーツといういでたちでロックギターを弾き、歌った。春爛漫の今日、咲き誇る花は花嫁のローザ、そして、俺の青春だ。

「あー君をただ見つめてる
 咲きほこる花のように
 あー君に寄り添いながら
 咲きほこる花のように

 あの日見ていた 空は続いてる
 雨も風も嵐の日も

 あの日あの時 あの瞬間が
 もしもなかったらどうだろう

 君と逢えたから 僕はここにいて
 こうして生きてる アリガトウ アリガトウ!!

 あー君をただ見つめてる
 咲きほこる花のように
 あー君に寄り添いながら
 咲きほこる花のように」

 ほんのわずかに皮肉も混じっていなくもない。俺がこんな歌を選ぶなんて、それだけでも皮肉? とロック仲間にだったらわかるかもしれない。けど、わずか以外はマジに、俺はローザを祝福していた。

END









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FS超ショートストーリィ・四季の歌・隆也「冬の想」

番外編

フォレストシンガーズ

超ショート

「冬の想」

 寒いほうが好き
 泣きべそ顔をマフラーで隠して歩けるから
 つめたい風がびゅんと
 涙を飛ばしてくれるから

 モモクリ、正しくはフルーツパフェ。オフィス・ヤマザキ所属の後輩夫婦デュオのための歌詞を考えてながら、冬の道を歩く。メインヴォーカルのモモちゃんのイメージから、モモクリには明るいラヴソングが多い。乾隆也が作曲するのだから、今回はしっとりした失恋の歌を……。

 しっとりとはいっても、モモちゃんは元気な若い女の子だ。大人の女性の失恋ソングはまだそぐわない。心の痛みを知りそめて、大人になりつつある少女の気持ちを歌ってもらいたい。

 寒い金沢で育ったせいもあるのか、いや、より以上に寒い稚内で育った章は、冬も雪も大嫌いだが。
 なんのせいかは知らないが、俺も寒いほうが好きだ。俺の場合は、寒いほうが風呂と布団のぬくもりに幸せを感じられるからだが。

「みんなで仲良くぽちゃぽちゃお風呂
 あったかい布団で眠るんだろな
 僕も帰ろうおうちへ帰ろう」

 でんでんでんぐりがえってバイバイバイ。
 なーんて、失恋の涙を浮かべていたはずが、でんぐりがえってこんな歌に方向転換してしまった。

END







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FS動詞物語「寿ぐ」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

「寿ぐ(ことほぐ)」


 六人からひとりになり、ひとりからふたりになった私の家族。結婚してはじめてのお正月を迎えるにあたって、さて、なにをしようかと考えていた。

 母は専業主婦だった時期も、パートをしていた時期も正社員だった時期もある。時によっては父よりも仕事が忙しくてきーきー言っていて、大掃除は子どもたちとお父さんでやっておきなさいっ!! と命令された年の暮れもあった。
 料理は好きなので、私が主になっておせち料理を作ったこともある。大勢のお客を迎えたお正月も、親戚の家に出かけたお正月もあった。

「旦那さまとうちに来たら?」
「うーん、どうしようかな」
「それとも、旦那さまのおうちにご挨拶に行くの?」
「元旦からは行かなくてもいいと思うよ」

 ヒステリック傾向のあった母も、四人の子どものうちの三人が結婚し、次女の佳代子もパリで暮らしはじめてからは穏やかになった。弟たちも結婚してお正月には旅行に行くとか、奥さんのほうに里帰りするのよ、とか言って、と寂しそうでもあった。

 宇都宮の実家に言ったら楽できるけどなぁ、婚家というものに先に行くべきなんだろうか。結婚したらしがらみも増えるんだよね、と考えていたときに、本橋くんが言った。

「正月早々、仕事だってよ」
「あら……社長から聞いた?」
「ああ。おまえは聞いてないのか」
「聞いてないよ」
「さては社長、おまえに言うと怒ると思ったかな」
「本橋くんは怒らないの?」
「年のはじめから仕事だなんて、ありがたいじゃないか」

 いまだに夫を本橋くんって呼んでるの? と呆れられることもあるが、知り合った当初からそうとしか呼んだことがないのだから、今さらなんと呼べと? 彼も私を人前では山田と呼ぶ。人前ではなかったらおまえ、である。

 デビューしてからの数年は不遇で、仕事よりも歌の練習のほうが多かったり、歌えない仕事しか入らなかったり、無料ライヴやキャンペーンのための挨拶回りやらと、ギャラにならない仕事ばかりだったりしたフォレストシンガーズだ。であるから、お正月早々仕事があってありがたいと言う、彼の気持ちもわかるが。

「おまえは主婦なんだから、年末年始は忙しいだろ。暇な独身にマネージャーについてもらうから、山田は休んでもいいって社長が言ってたぜ」
「私ばっかり……」
「ほらほら、どんどん顔がふくらんでいく……」
「なによっ。結婚したらなんで私だけが忙しいのよ」
「しようがないだろ。主婦なんだから」

 主婦の対義語は主人か。不公平だ。主夫っていうのはちょっとちがうし、本橋くんの仕事では兼業主夫にもなれっこないし……私は兼業主婦? 噛みしめてみるとなんだかとても腹立たしかった。

「怒るんだったらおまえも休まなくてもいいよ。仕事をしてりゃいいんだろ」
「大掃除もしないのね」
「したかったらしたらいいだろ。家事がおろそかになるのがいやだったら、仕事を減らしたらいいんだよ。俺の稼ぎで食っていけないわけでもあるまいに」
「あなたも普通の男だね」
「普通だよ。普通で当然だろ」

 よそのカップルの場合、女性が仕事を続けるか否かは問題視されることもある。ふたりで相談して、彼女が退職するのかどうかを決めるという話はよく聞く。
 遠距離恋愛だったりすると、退職して彼のいる土地で新居を構えるという女性もよくいる。現代は女性が仕事を続けるのが前提だから、そんなことは話し合いもしなかったという場合もある。

 私たちもその口で、私が仕事を辞めるとは考えもしなかった。幸生くんが無邪気な顔をして、美江子さんはいつまでだって俺たちのマネージャーだよね? と訊いたので、もちろんよ、と答えたものだ。

 なのに、こういう話になると家事はすべて私の責任みたいに言うのが、男という生き物なのか。いや、本橋真次郎という男がそうなのか。なまじ彼は収入がよくて、私が専業主婦になっても、子どもが五人くらいできても十分に生活できるのがよくない。

 あんたが安月給だったら、私も働かなくちゃやっていけないでしょっ、と言い返してやれるのに。だなんて、ある意味罰当たりな考えが浮かんでいた。

「新築のマンションなんだから、大掃除なんかしなくても大丈夫だろ」
「おせちは?」
「格好だけつけるためだったら買えばいいし、どうせ正月はうちでは食わないんだから、なくてもいいじゃないか」
「初詣とか……いいよ。もういい。私も仕事をするから」
「だったら最初から怒るなよ」

 秋に結婚してからわずか三ヶ月、その間に何度喧嘩をしたか。雨の夜に彼が出ていってしまったり、仕事の帰りがけに喧嘩をして、私がまっすぐ自宅に帰らなかったり。

「いつまでそんなことばかりやってるんですか、あなたたちは」
「本橋くんが悪いのっ!!」
「そうだねぇ。あいつが悪いんだな。俺がぶん殴ってやろうか」
「やめてよ。乾くんには関係ないでしょ」

「昨日、恭子が電話をしたら美江子さんの機嫌が悪かったって言ってましたけど……なにかありました?」
「恭子さんはシゲくんとちがって敏感よね。あ、ごめん、八つ当たり的発言だったね」
「……本橋さんと喧嘩でも?」
「そうなんだけど、毎度のことよ。気にしないで」

「これで意外と、美江子さんもガキっぽいんだよな。リーダーも苦労しますね」
「彼は子どもっぽくないって言うの?」
「リーダーの稚気については熟知してますから。美江子さんも大変だね。俺は当分、結婚なんかしないでおこうっと。あ、目が言ってる。章くんは結婚したくてもできないくせに、って。その通りですよっだ」
「言ってないじゃないの」
「思ってるでしょ」
「……まあね」

「美江子さん、シンちゃんからの伝言ですよ。今日は早く帰れるから、うまいものでも食いにいこうかって」
「あなたたちのスケジュールは私も知ってるから、伝言はけっこうです」
「シンちゃんの男心も察してやって下さいよ。ここは美江子さんのふところの大きさを見せてやって」
「……そうね、ま、許してあげましょうか」
「やっぱりね」
「やっぱりねって。幸生くん、知ってて言ってたくせに……」

 そんなふうに、四人ともが各々のやり方で私たちに気遣ってくれた。こんなじゃリーダー失格だね、マネージャー失格だな、なんて、仲直りすると笑って言い合った。
 そしてまた喧嘩をする。お正月前にちょっと険悪になった空気は、仕事の慌ただしさにごまかされてしまう。大掃除じゃなくても日常的な掃除くらいしたいな、と思っていてもままならず、年末の数日は大忙しだった。

「あのぉ、今日、訪ねてもよろしいでしょうか」
「……夫がお願いしたんですか」
「はい。よろしいですか?」
「ええ、お願いします」

 サプライズプレゼントのつもり? 十二月三十日の朝、彼が先に出かけてから、ハウスクリーニング会社から電話がかかってきた。年末大掃除サービスパックなのだそうだ。
 掃除もできない主婦なんて、失格だよね、とは考えないでおこう。こんなときにはお金には余裕があるのだからありがたいと考えておこう。本橋くんもけっこう気が効くんだね、と笑っておこう。

「山田、ちょっと来いよ」
「なによ?」
「なんかまた怒ってるか?」
「怒ってないよ。ばたばたしてて気が立ってるだけ」
「気が立ってるってのはおまえの常態だけどな。行こう」

 どこへ? とも質問させてくれず、本橋くんが私の手を引っ張った。
 十二月三十日から一月二日までは仕事が忙しすぎて、本橋くんとは個人的な会話もできなかった。私は二、三度は自宅に帰って、プロがやると最高に綺麗になるもんだと、大掃除の出来栄えに感動を覚えたりもしたが、夫は帰宅すらできずにいた。

 一月三日の今日、夜も遅くなってから本橋くんが、事務所にやってきたのだ。私はこっちで事務的な仕事をしていると誰かに聞いたらしい。事務所から出てタクシーに乗り、連れていかれたのは小さな神社だった。

「有名な神社はまだ人がいっぱいみたいだけど、ここだと三日の夜にはもう空くって、ほんとだったな」
「初詣?」
「そのつもりだよ。来たかったんだろ?」
「どうせだったら晴れ着で来たかったけどね」
「おまえは働く女なんだから、仕事着のほうが美江子らしいぜ」
「そっかな」

 上手に私のプライドをくすぐるんだね。言いたいことはいくつもあるけど、三が日最後の日にふたりっきりで初詣に来られたんだもの、文句は言わないでおこう。

 神社の本殿に歩み寄り、お賽銭を投げて手を合わせる。喧嘩はしようがない、私たちなんだからこれからだって喧嘩はするだろうけど、幸せに暮らしていかれますように……心の中で祈りを唱えてから、ちらっと彼を見る。彼も横目で私を見ていたようで、目と目がばちっと合った。

MIEKO/32/END

2017年、あけましておめでとうございます。
今年も何卒よろしくお願い致します。














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FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2016/12&2016ごあいさつ

forestsingers

2016/12 フォレストシンガーズ 超ショートストーリィ


 多感だったあのころ、夜空を見上げて空想した。

 生まれて育った横須賀の地、都会の夜空には星はまばらにしか見えなかったが、それでも幸生は想像していたものだ。いつかどこかで見た満点の星が、今は見えないけどたしかにある。

 あの星は……猫のみーちゃんの瞳だ。
 子どものころからそばにいてくれた何匹も何匹もの猫が、お空に昇ってああして俺を見ていてくれる。
 あっちの星は人間のあの子。大好きだったあの子の瞳も、俺を見ていてくれる。

 なのだから、こんな詩だってあることだし、あるんだよね、あそこに。いるんだよね、空に。

「昼のお星はめにみえぬ。見えぬけれどもあるんだよ。見えぬものでもあるんだよ」

 大人になった現在だって、詩人のつもりの幸生は多感なのだから、見えぬ昼間の星を想像して、あれはあの猫の……これは人間の彼女の……と想像することはできるのだった。

YUKI/30歳の大晦日に。


 みなさま、2016年もありがとうございました。
 秋に我が家の猫が逝ってしまったのもあり、今年いっぱいはブログは最小限、みなさまのサイトにお邪魔するのもさぼってしまっていましたが、新年には復活する予定です。

 来年もよろしくお願いします。
 よいお年を!!



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FS超ショートストーリィ・四季の歌・幸生「冬の傷」

番外編

フォレストシンガーズ

超ショートストーリィ・四季のうた・冬

「冬の傷」

「覚えてくれてないかとも思うんですけど、三沢さんは言ってましたよね。
 俺は一度触れ合った女性は絶対に忘れないって。
 だから、覚えてくれてるかなぁ? 覚えてくれていたらチョーウレピィ!!

 古いか。
 古いのもしようがないのよ。私、三沢さんと同い年だもん。
 合唱部で一緒だったんだよ。覚えてませんか?」

 ファンクラブ限定メールフォームに届いた、ミオという女性からのメールだ。ミオちゃんって合唱部にいたあの子? それだったら覚えてるよ。三沢幸生さんへ、と個人名が宛名だったので、あのミオちゃんだと決めて読んでいた。

「フォレストシンガーズ初の全国ツアー、あれもだいぶ前のことになってしまいましたね。私たち、神奈川コンサートに行ったんですよ。私たちって、サエちゃんと私。

 サエちゃんのことは忘れないよね? 三沢さんはそんなに薄情じゃないよね。
 どうして今さら、そんな前の話をメールしてるのかといえば、同じようなことがあったからなんです」

 ああ、こりゃまちがいなくあのミオちゃんだ。
 大学生のとき、ちょっとだけつきあってすぐに別れてしまったサエちゃんのことを知っているミオちゃんなのだから、あのミオちゃんだ。信じるよ、とメールに声を出して返事をした。

 我々が売れていないころから、昔の友達はCDを買ってくれたりライヴに来てくれたり、ファンクラブに入ってくれたりしている。実松弾……ああ、実松さん、嬉しいな。星丈人……星さんもファンクラブに入会してくれたんですね。高倉誠……高倉さんっ、大先輩っ!! 感激です!!

 そのような男の先輩の名前は、女性の多いファンクラブでは目立つ。女性の場合は埋もれてしまったりもするが、ふとした拍子に思い出す。ファンクラブの名簿を見ていて、これはあのユッコさん? などと想像したりもしていた。

「そっか……」

 メールを読み終えて窓を開けた。

 ちょうど今ごろの季節だったね。アイちゃんがあの空に旅立ったのは。
 サエちゃんはアイちゃんの友達で、哀しみをなめ合うようにして俺と恋人同士になった。ミオちゃんはきっとサエちゃんから、俺に対する愚痴を聞いたりもしていたのだろう。

 じきに別れてしまって、大学を卒業して離れ離れになっても、サエちゃんやミオちゃんは俺を見ていてくれた。それもとっても嬉しいけど、アイちゃんも見てくれていたんだね。

「神奈川でのフォレストシンガーズコンサートの夜、サエちゃんとふたりでいた私は気になっていたの。私の右隣がアイちゃんで、けっこういい席だったのね。で、サエちゃんの隣は空いていた。
 
 コンサートに集中しながらも、私は空席を気にしていました。
 客席は暗いのに、感じるのよ。私たちと一緒にアイちゃんが聴いてくれていたの。
 時々、私はそんな感じになるんだけど、めったに人には言わない。おかしい人だと思われるからね。だけど、サエちゃんは信じてくれた。

 そういうことはしばらくなかったんだけど、この間の東京でのライヴに、久しぶりにサエちゃんと一緒に行ったら、また来てくれたよ。アイちゃんはサエちゃんに会いたくて、フォレストシンガーズの歌も聴きたくて来てくれるのね。

 三沢さんだったら信じてくれるかな。
 信じてもらえなくてもいいけど、アイちゃんとサエちゃんと私、いつまでも応援してるから。がんばってね」

 うん、信じるよ、ありがとう、ミオちゃん。
 心に小さく残った十代最後の傷は、いつまでたっても消えはしない。消えなくってもいいんだね。この傷がアイちゃんと、あのころの仲間たちとの絆になっていると、そう考えればいいのだから。

END










 
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166「カムバック」

ショートストーリィ(しりとり小説)

しりとり小説

166「カムバック」

 はっとした表情になり、わずかに身をすくませるようにしてから、その女は逃げようとした。そんな態度を取らなかったら、登代には彼女が誰なのかわからなかったかもしれない。

「もしかしたら真緒ちゃん……」
「あ、ああ、おばさん、お久しぶりです」
「久しぶりね。元気? 時間があるんだったらお茶でもいかが?」
「え、えっと……ええ、そうですね」

 逃げようとしたのがなぜだったのかを探りたいのもあり、登代は彼女をスーパーマーケットのひと隅にあるティールームに誘った。

 ウィークディの昼下がり、大きなスーパーマーケットには主婦らしき女たちの姿がそこここにある。ショッピングモールの半分ほどを占めるスーパーマーケットなので、よほどに混んででもいなかったら店内にはゆとりがあった。

「何年ぶりかしらね。真緒ちゃんも結婚はしたんでしょ」
「ええ、まあね」
「お子さんは?」
「ふたり」

 四半世紀ほど前に、息子の栄作はつきあっていた女の子と別れた。その相手が真緒だ。真緒はもともと近所に住んでいて、小学校、中学校と息子と同じ学年で同じクラスになったこともあったから、登代とも昔なじみだった。

 高校は別になった真緒に息子が告白して、恋仲になったのだと登代は知っている。高校生の恋仲なんて可愛いものなのか、それとも意外と……と考えたこともあったが、高校を卒業した栄作は大学に進学し、真緒は就職したから、話が合わなくなって別れたのだろうと思っていた。

 それから息子は結婚し、真緒の一家は引っ越していった。真緒がどうしているのかは知らなかったのだが、栄作と同い年の真緒だって四十代になっているのだから、結婚して子どももいるのが順当であろう。

「栄作も結婚はしたのよ」
「そう……ですよね」
「二十年くらい前だったかしらね。真緒ちゃんは結婚して何年?」
「十五年くらいかな」
「栄作のほうが早かったのね」

 詳しい話をしたくない様子の真緒に、栄作はどこの会社に勤めていて、どのくらいの収入があり、だの、栄作の息子は今春、医大に入学したからお金がかかる、娘はピアノを習っていてこれまたお金がかかる、だのと、登代のほうは自慢のオンパレードを繰り広げていた。

「で、真緒ちゃん、なんで逃げようとしたの?」
「逃げようとなんかしてませんよ」
「したわよ。私を見て顔色が変わったし、なんだか全身強張ったように見えたのよ。だから私は真緒ちゃんだって気づいたんだもの。あなた、私にやましいところでもあるの?」

 私にばっかり喋らせて、あんたも自分の話をしなさいよ、登代としては不満がふくらんできていたので、ずばっと斬り込んだ。

「おばさん、知ってるんでしょ」
「なにを? 真緒ちゃんが栄作のモトカノだってことは知ってるわよ。七十すぎのばあさんだって、モトカノって言葉くらいは知ってますよ」
「そんな遠い昔の話じゃなくて……」
「それで、栄作が大学生になって別れたのよね。そのあとで栄作は何人かの女の子とつきあったわ」

 長身でもなくイケメンでもないが、まっとうに大学を出てまあまあの企業に就職し、年齢のわりには収入もよかったのだから、栄作はもてていた。登代は真緒の態度を追求しようとしていたのを忘れて、息子の愚痴をこぼしていた。

「いい家のお嬢さんやら、英語の上手な才媛やらもいたわ。私は息子の嫁は家庭的な女がいいと思ってたから、あんまりキャリアウーマンとかってのは感心しなかったのよ。英語の上手なお嬢さんだったら、アルバイトみたいにして子どもに英語を教えるってのもできるでしょ。だから、そのひとがいいって言ったんだけどね」

 もてるのをいいことにして、息子の女性との交際は長続きしなかった。

「お見合いもさせてみたわ。私としては息子の嫁はしっかり主婦をして、専門的な……英語だの茶道だのピアノだのって、そういう技術ですこしは家計の足しになる仕事のできる、そんな女性が理想的だったのよ。お見合い相手もそんなお嬢さんを選んだ。なのに栄作ったらね……」

 見合い相手はことごとく断ってしまい、登代の友人にも不義理をした。

「二十年ほど前に、栄作は勝手に結婚を決めたのよ。それがまあみっともないったら、できちゃったってやつでね……同じ会社の上司よ。しかも、女が男を差し置いて管理職って、しかもそんな女と栄作が結婚するって……三つも年上よ。三つも年上の上司にだまされて、女はまんまと妊娠しちゃったのよ。私は目の前が真っ暗になったわ。女のほうがたくらんだに決まってるのに、むこうの親が怒ってるって。なに言ってんのよ。三十近い管理職の女が部下をたぶらかして結婚したくて妊娠したんでしょ。そんなの、栄作には責任ないっての。こっちが被害者よ」

 けれど、登代の夫、栄作の父は言った。

「こういうことは男が悪いって言われるんだよ。栄作に罪がないわけでもないし、それよりもなによりも、栄作は優さんが好きなんだろ。栄作だって結婚したがってるんだ。母さんが反対する必要はないよ。優さんは名前の通りに優秀な女性だ。いいご縁だったんだよ」

 仕事はできるのかもしれないが、美人ではない。家事も苦手らしいのは、仕事人間の女にはありがちだと思える。娘に「優」だなどという名前をつける親までが登代には気に入らなかった。

「ユウ、だってよ。女の子だったらユウコにしなさいよねぇ。なんにしたって私が反対してもどうにもならなくて、栄作は結婚しちゃったわよ。私は栄作に家事なんか手伝わせずに育てたのに、嫁は仕事が忙しいからって家では掃除とか洗濯とかまでやらせるの。私は息子をそんなことをさせるために育てたんじゃないのよ。情けないったらありゃしない」

 孫が生まれたら嫁は退職するのかと思っていたが、とんでもない、と笑い飛ばされた。

「お義母さんのお世話にはなりませんから安心して下さいね。保育園はしっかり確保していますし、ベビーシッターも頼めますしから」
「小さい子はよく病気をするものよ。そんなときにはどうするの?」
「かわりばんこに休みを取りますから」
「子どもの病気で栄作を休ませるの?」
「ええ」

 当然でしょ、という態度の嫁に怒りが爆発しそうになって、息子に止められた。
 最初の子どもは男の子、二番目は女の子だったのだが、息子夫婦は登代に助けを求めることもなく、しっかりと子育てもしていた。

「あの嫁でよかったのって、孫たちの成績がいいところくらいよ。親はなくても子は育つっていうか、母親が手をかけてこなかった分は父親が手助けして、おかげでいまだに栄作よりも嫁のほうが会社での地位が上なのよね。癪に障るわ」
「おばさん、お嫁さんが嫌い?」
「当たり前でしょ」

 おとなしく登代の愚痴を聞いていた真緒が、そこではじめて口を開いた。

「だけど、栄作さんは奥さんを愛してると思ってる?」
「癪だけど、そうなんじゃないの? 仲は良いみたいよ」
「……栄作さんも頭がいいから、表面を取り繕うのは上手なんだよね」
「どういう意味?」

 ふっと鼻で笑って、真緒は言った。

「私がおばさんを見て逃げようとしたのは、バツが悪かったからよ。おばさんも知ってるのかと思ってた」
「だから、真緒ちゃんが栄作のモトカノだったのは……」
「そんな昔の話じゃなくて、五年くらい前の二度目のモトカノでもあったんだよ」

 へ? 我ながら間抜け面をしているのではないかと感じた登代に、真緒は真相を語った。

「男って結局、奥さんが自分よりもなにかで優れてるってのはいやみたいね。おばさんの言う通り、ピアノか英会話でもできる奥さんで、ちょっとだけ稼いでくれる専業主婦のほうがよかったな、なんてこぼしてたのを聞いたわ」
「栄作が真緒ちゃんに?」
「そう。五年くらい前に再会したの」

 ちょっとだけ働いて収入を得る主婦。真緒はまさにその通りだった。子どもたちも小学生になって時間のできた真緒は、オフィス街の喫茶店でパートをするようになった。その店に栄作が入ってきたのだと話した。

「モトカノとモトカレだもの。なつかしいじゃない? 私は刺激がほしかったし、栄作さんは奥さんに不満がいっぱい。そうしているうちに不倫になっちゃったってわけ」
「……そう、だったの」

 ならば、真緒が登代を見て逃げそうになった理由も腑に落ちた。

「お互いに遊びのつもりだったんだけど、栄作さん、奥さんにばれちゃったみたい」
「そんなの、私は全然知らなかったわよ」
「そうなんだね。奥さんは子どもたちのために離婚はしない、再構築しようって言ってるって、栄作さんは私から逃げ出してしまったのよ」
「……そ、そう」

 それはそれでいいんだけどさ、と真緒は投げやりに続けた。

「結婚してから不倫したのは、それがはじめてだったのよ。栄作さんでなくてもよかったんだけど、旦那じゃない男とつきあうのって楽しかった。味をしめたっていうのかな。もう一回不倫したんだよね。それが私も旦那にばれちゃって、私は離婚したの」
「あ、ああ、そうだったのね」

 真面目な主婦として生きてきた登代は、息子世代のこんな生々しい話を当事者から聞くのははじめてだった。

「男の浮気と女の浮気はちがうっていうよね。女は損だわ」
「……そ、そうかもしれない。それで、真緒ちゃんはどうしてるの?」
「子どもたちは元旦那のお母さんが育ててるみたい。不倫するような女にはまかせられないって言われて、取られちゃったのよ。養育費を払わなくちゃいけないってこともないから、ひとりだったらそこそこ働いて生活できるから、楽っちゃ楽だよ」
「じゃあ、今は独身なのね」
「うん」

 仕事とは水商売だろうか。改めてじっくり見てみると、真緒は若作りなファッションをしているせいもあって若く見える。息子の嫁は太ってどっしりして貫録もある体型になっているのだから、真緒のほうがはるかに若々しくて綺麗だった。

「ひとりって寂しいでしょ。栄作と会いたくない?」
「やだ、おばさん、なにを考えてるの?」
「真緒ちゃんが寂しいんだったら、栄作とお酒でも飲んで語り合いたいんじゃないかって考えてるだけよ」
「栄作さんを嫌いになって別れたわけじゃないんだから、もう一度会いたいなとは思うよ」
「……そう。だったら私が……」

 やだやだ、おばさんったら、と笑っている真緒の瞳には、妖しい光がちらついている。同じ女と二度も不倫をしたりしたら、嫁だって栄作を許さないのではないだろうか。栄作が真緒を退けたとしたらそれもよし。再び浮気再燃となったらそれもよし。

 どうやって真緒と栄作を自然に再開させるか。そんな妄想を楽しむだけでも、暇つぶしになるではないか。

次は「く」です。









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FSのクリスマス「もろびとこぞりて」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

2016クリスマス

「もろびとこぞりて」

 浅草でシゲとデートして……デートってのは悪い冗談だが、浅草をシゲと歩いてから俺が神戸に帰る前に誘ってもらった。彼女とすごすほうがいいな、とは思ったが、俺にはそこまで深い仲の彼女はいない。家族のパーティに俺が混ざっていいのか? そんな懸念もあったけれど。

「恭子も来てほしいって言ってるよ」
「うん、そんなら……」

 シゲと俺との仲で社交辞令は不要だが、彼には奥さんがいる。奥さんに気を使いつつ、あつかましくも訪ねてきた。

「おじちゃーん、いらっしゃい」
「おう、広大、元気だったか?」
「げんきー!!」

 生まれたばかりのころはシゲに瓜二つで、男なんだからそれでもいいさ、とみんなで笑っていたものだが、徐々に恭子さんにも似てきた。三歳の子なんてのは相当に不細工でも可愛いけれど、広大は本当に可愛い。飛びついてきた広大を抱き上げ、ベビーベッドにいる壮介にも挨拶をした。

 よその子どもを見るたび、俺の娘を思い出す。
 勤務先のヒノデ電気の息子、創始は小学生で、俺の娘は彼と同い年だ。創始は可愛いばかりの年齢でもないが、広大だって壮介だってこんなにも可愛いのに。

 我が子を可愛がらなかった悪い親父だったよな、俺は。瑞穂が可愛くないわけではなかったのだが、おまえのお母さんと不仲になってたせいかな。うるさいだとか邪魔だとか思ってた俺は、ほんとに悪い親父だったよ。

 後悔先に立たず。おまえにはしっかりした母と、金持ちの祖父母がついているんだから、親父なんかいないほうがいいよな。……いや、せっかくのクリスマスパーティなのに、招いてもらった俺が暗くなっていては失礼だ。コートを脱いで別室に置き、広大と壮介へのプレゼントもその部屋に隠した。

 家族水入らずのパーティに、広大は親戚のおっちゃんだと思っているような男をひとり、加えてもらう。広大が三歳、壮介はゼロ歳、壮介は離乳食の夕飯もすんで、形だけパーティに参加する。広大はパーティパーティとはしゃいでいた。

 注意深く抱いた壮介にシゲがグラスを持たせる格好をさせて、五人で乾杯した。恭子さんが作ってくれたごちそうがテーブルに豪勢に並ぶ。部屋はクリスマスの飾りで華やかにきらきらだ。こんな雰囲気、味わうのは何年振りだろうか。

 ガキのころには両親と妹と弟と、庶民のクリスマスを祝った。
 新婚のころにも妻がクリスマスパーティをやりたがって、プレゼント交換だってした。
 娘が生まれて妻がそっちにかかりきりになったころからか、パーティどころじゃなくなったのは。

 離婚して放浪していた時代には、クリスマスも正月も忘れていた。

 ヒノデ電気の家庭でもクリスマスパーティはやっているらしいが、俺は仲間入りはしない。誘われても断っていたのは照れ臭いからもあった。この雰囲気も多少は照れ臭いが、広大は嬉しくて楽しくてたまらないみたいだし、そんな広大を見るパパとママの表情も輝いている。まっこと、この夫婦は幸せそうでうらやましいのぅ、である。

 今夜はダイエットも忘れて、飲むほうはほどほどにしてごちそうをいただこう。アメリカンドッグにかぶりついた広大が口のまわりをケチャップだらけにして、おいしいね、と笑った。

「おまえのママ、料理が上手だよな」
「うんっ。おじちゃんのママもじょうず?」
「俺のママかぁ。うん、俺のママの作ったメシもうまかったぞ。カツオのたたきなんか絶品だった」
「カツオのたたき、食べた」
「そっか。広大のママも作ってくれるか」

 実の母はまあまあ料理はうまかったが、瑞穂の母は上手じゃなかったんだよな、なんて苦笑する。カツオのたたきは作ったんじゃなくて、買ってきたんだけどね、と恭子さんが笑っている。シゲがテレビを操作すると、フォレストシンガーズが歌い出した。

「Joy to the world, the Lord is come!
Let earth receive her King;
Let every heart prepare Him room,
And heaven and nature sing,
And heaven and nature sing,
And heaven, and heaven, and nature sing.

Joy to the earth, the Savior reigns!
Let men their songs employ;
While fields and floods, rocks, hills and plains
Repeat the sounding joy,
Repeat the sounding joy,
Repeat, repeat, the sounding joy. 」

 テレビ番組の録画だろうか。この歌を聴きながらのごちそうって、最高の上にも最高だ。英語? と広大がママに尋ね、そうだよぉ、とママが応じる。シゲは眠くなったらしい壮介をベッドに入れにいき、テレビ画面が切り替わった。

「ヒデさん、いいねぇ。シゲさんちでパーティなんでしょ?
 飲み過ぎないようにね」
「……幸生……わかっとるちゃ」

 これはシゲがわざわざ作った動画なのだろうか。シゲ以外の四人が俺に向かって語りかけていた。

「よっ、ヒデ、メリークリスマス」
「ヒデ、元気か? 正月にはみんなで飲もうぜ」
「シゲさんちでパーティって、ひとり者にはむしろつらくありません?」

 乾さん、メリークリスマス。
 はい、本橋さん、ぜひ誘って下さい。
 うんうん、章、それはなくもないよ。

 心で返事していると、再び幸生が出てきた。

「俺もそこに行きたいな。広大、いい子にしてるか?」

 名前を呼ばれた広大が、俺に言った。

「ユキおじちゃん、にんじんも食べろって」
「幸生にそう言われたのか? そうだな、ニンジンも食べなくちゃ」
「うん、食べる」

 つけあわせのニンジンをぱくっと食べて、おいしくないけどおいしい、と広大が苦い顔をする。その顔を見て大人たちが笑う。テレビの中では歌が続いていた。

「He rules the world with truth and grace,
And makes the nations prove
The glories of His righteousness,
And wonders of His love,
And wonders of His love,
And wonders, wonders, of His love. 」

 歌っているのは五人だが、シゲはここにいるから、俺に挨拶はしないわけだ。おまえも粋な真似をするんだよな、と俺が見つめると、シゲはわざとらしく知らん顔をした。

END


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いろはの「み」part2

ショートストーリィ(FSいろは物語)

フォレストシンガーズいろは物語2

いろはの「み」

「みゃーお」

 リポーターとして取材に出かけるようになったのは、猫番組のためだ。早朝枠の番組だから視聴率はまったく望めないが、早起きのお年寄りや子ども、主婦、早朝出勤の会社員、夜勤明けの看護師さんなど、私のファン、番組のファンだと言ってくれるみなさんから、ファンレターや番組BBSへの書き込みもあるようになった。

「ワオンちゃん、朝の早くからお仕事お疲れさま、眠いでしょ?」

 八十歳のおばあさまからのお葉書。放映は早朝だけど、録画だから早い時間からは仕事はしてないんですよ、と葉書に声で返事をした。

「ワオンちゃんって声優さんなんですってね。孫に聞きました。
 おばあさんは声優というと、映画の吹き替えを想像してしまうのだけど、ワオンちゃんはアニメの声優さん。
 孫の持ってるDVDでアニメを見ましたよ。孫は高校生の男の子で、ふたりでファンになりました。

 孫は「THE・猫」を見てないんです。あんな時間に起きるような子じゃないものね。
 それで、ワオンちゃんのことをずいぶん若いと思っていたみたい。ほんとにワオンちゃんって声は少女みたいですもの。

 私から見ればワオンちゃんは若いですよ。三十代でしょ?
 だけども、孫から見たらおばさんだろうから、失望したらいけないから、「THE・猫」を録画して孫にあげるのはやめました」

 けっこう失礼な文面ではあるが、孫から見て云々……事実でもある。

「僕は「スペースガール戦隊」のころからワオンちゃんのファンです。
 スペースガールズの隊長の紅玉、かっこよくて可愛くて、僕の初恋の女性でした。

 生ワオンちゃんが見られるから、早起きして「THE・猫」を見ています。
 ワオンちゃんを見ると一日中ぽーっとしちゃいます。ワオンちゃん、可愛いね。うちのクラスの女の子たちよりずっと可愛いよ。

 今度、声優さんたちのイベントにも行ってみますね。
 ワオンちゃんと握手できたらうれしいな」

 中学生だと名乗るこの少年は、番組ではなく声優ワオンのファンらしい。彼は私が若くないことには言及していない。他方にはワオンには興味がないような、番組ネタのみのファンレターもあった。

「この間の「猫の駅長」楽しかったわ。
 猫の駅長っていろいろいるんですね。

 私は和歌山に住んでいますので、貴志駅のたまも出てくるのかと楽しみにしていたんだけど、たまは有名すぎるせいか、出さなかったのね。ちょっとがっかり。

 貴志川線を通勤に使っている私は、パートだから朝は遅く、夕方は早く帰ってきます。
 たまちゃんが働いているときには毎日会えるんだよ。いいだろぅ?

 この次はぜひ、たまちゃんの取材に来てね」

 これは和歌山在住の主婦からの書き込み。北海道の小学生からもファックスが届いた。

「猫カフェって行ってみたいなぁ。
 うちの近くに猫カフェがあるんだけど、お父さんもお母さんも猫ぎらいだからつれていってくれないの。

 旭川の猫カフェ「まっくろくろすけ」に取材に来て下さい。
 テレビに出るってきいたらお母さんも行きたがるかもしれないから」

 ファックスに添えられた猫の絵は、なかなかに達者だった。

 その他、おかあさんがねこアレルギーだから猫はだめなの。どうしたらアレルギーがなおりますか? との質問やら、実家が猫屋敷で困ってます、という悩みやら、私にはどうしようもないものもあった。

「いいなぁ、俺もそんな仕事、したいよ」
「フォレストシンガーズは昔、やったことがないの?」
「リポーターはあるけど、猫の仕事ってないな。田舎道を歩いていて猫に遭遇したことだったらあるよ」

 世には猫好きシンガーさんも多々いるが、フォレストシンガーズの三沢幸生も人後に落ちない。大学時代の友人、三沢くんとバーで話していた。

「おふくろの話をするとマザコンだって思われるかもしれないけど……」
「男ってたいていマザコンだよ」
「だよね。うん、聞いてくれる?」

 口うるさくてやかましい母だけど、尊敬しているところもあるんだよ、と三沢くんは語った。

「ガキのころにはよく猫を拾ってきたんだ。俺だけじゃなくてふたりいる妹も、時々拾ってくる。あのころは捨て猫が多かったんだよね。そんなときには母は困った顔はするんだけど、見捨てないんだ。どうにかして貰い手を探してくる。おふくろは押しの強い図々しい女だから、どうにかしちまうんだよ」

 電話でだったら話したこともある、三沢母の愛らしい声を思い出した。あのひとも声優ができそうだ。

「新聞に載っていたんだよ。子どもが猫や犬を拾ってきたら、親は叱らないでやってほしい。もとのところに捨ててきなさいなんて言わないで褒めてやって。小さな生き物をいつくしむ心を大切にしてやって、って。捨て犬ってあまりいないから、主に猫だよね。猫の引き取り手は必ずいるから、ってのはほんとかなぁ、だけど、ああ、うちのおふくろはその点だけはいい母だったなって思ったんだよ」
「その点だけじゃないでしょうに」

 日本の男はたいていマザコンで、その上に照れ屋。三沢くんは臆面もない性格ではあるが、両親や妹たちを悪く言いたがるのは日本人気質なのだろう。

「この次はハワイに取材に行くの。ハワイに捨て猫や迷い猫をいっぱい集めたキャットセンターみたいのがあるんだって」
「ああ、聞いたことはあるよ。そこに行くの? いいな、俺も行きたいな」
「そういうのが日本にもできたらいいね。猫好きは多いんだから、村おこしとかにもなりそうだよね」
「ワオンちゃん、将来やれば?」
「やりたいな」

 誰かと結婚するかどうかはわからないが、まだつきあってもいない男の顔が頭に浮かんだ。将来、彼と一緒に田舎にキャットセンターを作るなんて、素敵な夢だ。

「三沢くんと共同で主催者になるのもいいね」
「それもいいな。章は猫に興味ないから……」
「あ……そうなんだ」

 つきあってもいない男というのは、三沢くんの仲間であるフォレストシンガーズの木村章。むこうも私も意識はしているのはまちがいなくて、三沢くんも木村さんから聞いてはいるのだろう。さりげなく話題に出てくる。

 そんな事実ははじめて聞いたが、そもそも興味がないから、木村章は猫の話をしないのだろう。私が猫番組のリポーターをしているのも知らないのかもしれない。
 木村章ともしも結婚しても、私の夢はかなわない。

 ここにいる三沢くんとだったら、その夢の実現の可能性は高いのに……私は三沢くんには過去も現在も、そして未来も恋はしていない。この先も恋はしない。恋していない相手と結婚はしたくないし、三沢くんもお断りだと言うだろう。

 ならば、結婚じゃなくて共同出資者のセンで考えるほうが、私の将来としては現実的なのだろうか。


END










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FS「切手のない贈り物」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

「切手のない贈りもの」

1・章

「もうっ、乾さん、嫌いっ!!」
「……ふふ、俺は好きだよ」
「乾さん……本気で言ってる?」
「いいや」

 まーたあのふたりは馬鹿なことをやってる。
 ふざけているわけではないのは俺は知っているが、ふざけているとしか見えない。幸生が乾さんにしなだれかかろうとし、すいっと身をかわされてつんのめる。こんなふざけたシーンが、ファンの女性たちには受けるのだ。

 フォレストシンガーズがデビューしてから十年余り、このふざけた芝居をはじめてステージでやったのはいつだったか。あのころはファンなんてほとんどいなくて、我々の単独ライヴもできなくて、何組ものシンガーたちのひとりとしてのステージだった。

「さっきね、乾さん」
「うん? どうした、幸生?」
「本橋さんに苛められたの。しくしくしく」
「そうかそうか、よしよし」

 アマチュア時代から幸生は乾さんにこういう芝居を仕掛けていたのだが、公共の場でやるな!! 俺は焦った。本橋さんとシゲさんも泡を食っていたが、当の本人ふたりは楽し気に芝居を続け、客席は沸いていた。

 なのだから、これはファンサービスなのだと俺は知っている。明日のライヴのリハーサルで、ユキちゃんと隆也くんのコントって感じの芝居の練習をしているのである。

「だけど、受け狙いってのもしつこくやると飽きられるだろ。アイドルの美少年同士がやってるんだったらともかく、三十すぎたおっさんふたりがさ……」
「章はおっさんなんだろうけど、乾さんと俺はおっさんじゃないんだよ」
「だったらなんだよ?」
「やーね、乾さんったら言わせるの?」

 なにを言ってもそっちにつなげるのが幸生って奴なのだから、俺も諦めた。けど、俺たちはシンガーズなんだから、ファンサービスは歌でやろうぜ。

「私からあなたへ
 この歌をとどけよう
 広い世界にたった一人の
 わたしの好きなあなたへ」


2・幸生

 フォレストシンガーズのおっさんふたり、それは誰かといえば、言わずと知れた名前の頭文字がSのふたりだ。そのふたりはいつだっていやぁな顔をし、年齢的にはおっさんだが、中身はガキな奴、頭文字がAのひとりもいやがるが、おっさんではないふたり、TとYはめげずに芝居を続ける。

 芝居のつもりで学生時代に開始したこの寸劇に、俺はてめえで影響を受けていたりして? このまんまじゃ俺、お婿に行けないな、そしたら乾さん、ユキをお嫁にもらってくれる? あれれ? 婿か嫁かどっちだ?!

 どっちでもいいけど、父と母に届けたいこのフレーズ通り、心やさしく育てられたユキを、あなたのものにして、隆也さん。年老いた……なんて歌ったら、両親は怒るだろうけどさ。

「年老いたあなたへ
 この歌をとどけよう
 心やさしく育ててくれた
 お礼がわりにこの歌を」


3・隆也

 大人の男の恋愛を歌う、それがフォレストシンガーズのコンセプトだ。
 ユキ、隆也さん、とやりとりをする芝居は純粋な余興だから、我々の歌とは直接の関係はない。わかっていても怒る章や、いつになっても馴れようとしない本橋やシゲも知っての通り、あれはファンサービスだ。

 恋愛不毛の時代だともいわれる。
 若い男が草食化し、恋愛は面倒だの汗臭いだの不潔だのと忌避するようになり、非婚化、少子化の一途となり……いや、俺も三十代独身なのだから言えた義理ではないが、俺は恋愛には消極的なつもりもない。肉食ではないが、日本男子らしい米食だ。

 米食恋愛ってなんだ? いやいや、それは言葉の綾だが。

 古い男である俺は思う。女性から告白してもらって恋人同士になるのも男冥利に尽きるのかもしれないが、自身も彼女を憎からず思っているのならば、おまえが告白しろよ、そこの男。

 好きではない相手ならば仕方ないが、好意があるならおまえが告白しろ、それが男ってもんだ。
 こと恋愛からはじまる諸々のできごとに関してだけは、俺は男だの女だのと言いたい。男がそっち方面の本能を磨滅させてどうするんだよ?

 だからね、俺たちが盛り上げるよ。この歌詞を頭に置いて、彼女を口説けよ。

「夢のないあなたへ
 この歌をとどけよう
 愛することの喜びを知る
 魔法じかけのこの歌を」


4・真次郎

 そうそう、我々はシンガーズなのだから、ファンサービスは歌だ。章もたまにはいいことを言う。

「切手のない贈りもの」。切手を貼らなくても、風に乗ってどこまでも届いていくのが歌。はじめてコンサートに来て、俺たちの歌を初に生で聴いてくれるお客さまもいるだろう。
 
「知りあえたあなたに
 この歌をとどけよう
 今後よろしくお願いします
 名刺がわりにこの歌を」


5・繁之

 この歌詞を口にのぼせると、俺はかつての別れを思い出す。

 出会いと別れが人生だ、といわれるのであるらしいが、実際、三十数年生きてくればいくつもの別れを経験している。その中でもっとも痛手だったのは、ヒデかなぁ。

 俺にはひとことの相談もなく、結婚するから、フォレストシンガーズは脱退するから、と本橋さんに告げて去っていったヒデ。
 再会するまでの十年以上、俺はそんなヒデにこだわっていた。

 だけど、もういいよな。ヒデは戻ってきたのだから。最初のうちは俺たちに対して妙な……忸怩たる思いってのか? そんなのを抱いていたらしきヒデも、徐々にもとに戻ってきている。昔のまんまではいられないのは、俺たちも大人になったから、だろうけど、基本的には変わっていない。

 今後の人生にだって、別れはやってくるのだろう。そんなの当然だけど、やっぱ寂しい。そんなときにはこの歌を。

「別れゆくあなたに
 この歌をとどけよう
 寂しい時に歌ってほしい
 遠い空からこの歌を」

 この歌をあなたに。

END









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165「伸るか反るか」

ショートストーリィ(しりとり小説)

しりとり小説

165「伸るか反るか」


 デート費用を常に彼が支払ってくれるのが、匡恵としては悪い気がする。彼は高収入なんでしょ? 払ってくれても当たり前なんじゃない? と女友達には言われるのだが、おごってもらいっぱなしは匡恵の性分からしても気持ちよくはなかった。

「保夫さん、そしたらこの次はドライヴするときにお弁当を作っていくわ」
「弁当? いやだな、そんな貧乏くさいのは」
「あ、そう?」
「ドライヴするんだったら葉山あたりのイタリアンレストランがいいよ」
「そ、そうね」
 
 ならば、と別の提案をしてみた。

「私のうちにいらっしゃらない? 母と一緒に料理を作るから、おもてなしさせて」
「いや、まだそれは早いでしょ」
「そ、そうかもしれないね」

 では、とプレゼントしてみた。

「ありがとう。うん、さすがに匡恵さんはセンスがいいね。でも……」
「このネクタイ、趣味じゃなかった?」
「そうじゃなくて、どうして匡恵さんがそんなことばかり言ったりしたりするのか、だよ」
「え?」

 にっこりして、保夫は言った。

「匡恵さんはいいご家庭のお嬢さんだもんな。つまりは躾がいいってことだよ。僕ぱかりお金を使ってるのが気がかりなんでしょ? だからお礼をしてくれる。きみの気持ちは痛いほどに伝わってくるんだから、気にしないでいいんだ」
「だけど……」
「大好きな匡恵さん、もうすこしつきあったらきみと結婚したいとも考えている匡恵さん。僕はこんなにも女性を好きになったのははじめてだ。そんなにも好きな女性のためにお金を使うのは僕の喜びなんだよ。もっと僕を喜ばせて」
「……そんなに言っていただくと……」

 すこし戸惑ってはしまったが、匡恵としても嬉しかった。

「私があなたのお父さんと交際していたころには、男性がデート費用を出すのは当たり前だったわね。今どきはどんなに収入のいい年上の男性でも、お金を出そうとしない女性が嫌われるらしいってのは、私も聞いたことはあるのよ。でも、保夫さんがそうまで言って下さるんだったら、おまかせすれば? 匡恵はそのたびにきちんとお礼を言っていればいいのよ。プロポーズしてもらったら、うちにどんどん連れてらっしゃい。私が腕をふるってごちそうするわ」

 母にもそう言われたので、たまにプレゼントをするだけでいいと匡恵も決めた。

 大学時代の先輩に誘われて、匡恵は彼女が所属している和楽器オーケストラの演奏会に出かけていった。趣味の会なので、聴衆はほとんどがオーケストラメンバーの家族、友人などである。保夫は先輩の和楽器仲間の知人だと紹介された。

「匡恵ちゃんとおつきあいしたいって保夫さんが言ってるそうだよ。彼は吾妻さんの会社の取引先の社長なのね。小さい会社だけど、起業なさったのは保夫さんのお父さんで、業績は悪くはないみたい。保夫さんは副社長だから、お給料もいいみたいよ」

 先輩から電話がかかってきて、その後に保夫とふたりで会った。お見合いに近い形だったから、釣書のようなものも交換した。とはいえ、正式なお見合いではないのだから、必ずしも結婚に到達するとも限らない。

 二歳年長の保夫は三十一歳、匡恵は二十九歳、昨今では適齢期といえる。プロポーズはまだなのだから互いの親には会っていないが、保夫の口ぶりからしても時間の問題だろうと思える。次第にふたりのデートの話題も、結婚式、新婚旅行、新居といったものになりつつあった。

 収入がいいというのを証明するかのごとく、贅沢すぎない程度に豪華なデートを保夫が企画してくれる。匡恵は大企業の重役である父のひとり娘として育てられたのだから、それしきでは気おくれはしない。ただ、いつも払ってもらって悪いなぁ、とは思うのだった。

 けれど、それだけ愛されているからだよね。
 結婚まで考える相手なのだからこそ、保夫さんは私にデート代を払わせたりはしない。大切に想ってくれているからだよね。この間、はじめてホテルに行った。あの夜のひとときも素敵だった。

 早急にホテルに行こうとしなかったのも、私を大切に想っていてくれるからこそ。
 中肉中背でルックスは平凡なほうだけど、私は面食いでもないし、私だって特別な美人でもないんだから、中身のいい男性がいいの。

 だんだんと匡恵はそう考えるようになっていた。

 プロポーズされて結婚しても、子どもができるまでは働こう。父の伝手で就職した匡恵の職場は、既婚女性だって働きやすい。妊娠したら保夫はきっと育児に専念してほしいと言うだろうから、それまでは仕事を続ける。匡恵は気の早い決意もしていた。

「……匡恵さん?」
「はい、あの……」

 仕事を済ませ、今日はデートの約束もしていないから、料理教室で使うエプロンを買いにいこうかな、と街を歩いていたときだった。携帯電話の発信者が「保夫」だったので電話に出たら、女性の声が聞こえてきた。

「保夫さん、私の部屋にケータイを忘れていったんだ。これは彼の私用だし、仕事では別のを使ってるし、私だったら中身を見ても平気だと思ってるんだよね。さっきメールが来て、今度会うときに持ってきてって言われたよ」
「あの、あなたは……」

 胸のうちにむくむくと、黒い雲が湧いてきた。

「私は匡恵さんのこと、知ってたんだ。彼がベッドで匡恵さんの話もするんだもの」
「彼って……保夫さん?」
「そうだよ。これ、保夫さんのケータイだよ。匡恵さんもこの番号も知ってるんだよね」
「保夫さんのケータイが二台あるってのは知ってるけど……」

 だからこそ、保夫という名前でこの番号も登録してあった。

「いいおうちのお嬢さんで、いい会社で働いてるんだよね。大学出てるんでしょ?」
「ええ、でも……」
「私なんか高校中退だもんね。貧乏人の娘だし、まともに就職もできないし。顔やスタイルは匡恵さんよりずーっといいんだけど、品がないって言われるしね」

 ということは、彼女は匡恵の写真でも見たことがあるのだろうか。
 いったいなにが言いたいのか、したいのか、彼女の意図をはかりかねて、匡恵は聞き役に徹して携帯電話を耳に当てたまま歩いていた。

「だからさ、私は保夫とつきあってても、割り勘以上に払ってるよ。保夫は給料たくさんもらってるくせに、匡恵さんに貢がなくちゃならないからお金、ないんだって。私はそれでもいいから保夫とデートしたくて、ごはん食べに連れてってもらうの。そしたらね、ファミレスでもね、払っといて、とか言われるの。匡恵さんとはファミレスなんて安っぽい店には絶対に入らないんだってね? この前のデートではなに食べた?」
「あの……」

 保夫のケータイから電話をかけているのだから、彼女は保夫の知人なのだろう。しかし、保夫の二股相手? 水商売の女性かもしれない。保夫が彼女と遊んだのはまちがいないにしても、それ以外は彼女が嘘をついているのでは? 彼女のけだるげな声を聴きながら、匡恵は頭を回転させていた。

「これを使うと匡恵とデートしたときに困るんだよな、出しといて、とか言われるんだよ。匡恵さんにはお金なんか絶対に出させないらしいのにね。なんだかさ、虚しくなってきちゃうの。でも、私は保夫が好きだから、大好きだから、匡恵さんがあいつと結婚しても別れないよ。保夫はお金を持ってるけど、私なんかのためにはもったいなくて使えない。それでもいいから、私が全部出すから、保夫とつきあいたいの」

 つまるところ、彼女が言いたかったのはそれだったのだろう。保夫、好きだよ、と最後に呟いて、彼女は電話を切った。

 本当だったのか嘘だったのか、保夫に確認することはできるはずだ。
 この話をしつつ彼の顔を見ていれば、およそはわかりそうな気もする。しかし、そうしたらどうなる? 三十歳までには結婚したかった匡恵の希望が潰えてしまうではないか。

 愛されているのは私、大切に想われているのも私。
 男って浮気をするものなのだから、うちの父だってしていたらしいのだから、お金のかからない都合のいい女がいるのはむしろ好都合なのでは? 私にとってもあの彼女は都合のいい女?

 切れてしまった電話を見つめながら、自分がどうしたいのか明確にはわからないままに、匡恵はただただ歩き続けていた。

次は「か」です。










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FS超ショートストーリィ・四季の歌・全員「四季の髪」

番外編

フォレストシンガーズ

超ショートストーリィ・四季のうた

「四季の髪」

1・春

「あの女の子たちの名前と顔は一致します、リーダー?」
「まったく見分けがつかねえよ」
「……老化現象だなぁ」
「うるせえんだよ。幸生にはわかるのか?」

 若い娘たちがラジオ局の廊下で笑いさざめいている。可愛い子ばかりなのでアイドルなのではないかと、真次郎にも想像はできる。アイドルといえばソロではなくグループなのではないかとも思えるが、彼女たちが何人のなんという名前のグループなのかも真次郎は知らない。幸生は知っていて、なんとか学園何年何組のマイちゃんとユナちゃんと……などと教えてくれたのだが、正直、真次郎にはどうだってよかった。

 春は新学期の季節、新しくデビューするアイドルたちが羽ばたく季節でもあるのか。真次郎としてはお父さん気分になって、ま、おまえたちもがんばれよ、と微笑ましく、彼女たちの大騒ぎを遠くに感じていた。距離としては近いのだが、心情的にひどく遠い感じなのだ。

「えーっ、やっだーっ!!」
「うん、やだ、絶対にやだっ!!」

 やだやだやだやだ、あたしも絶対にやだっ!! と、五、六人の女の子たちがものすごい声を出す。本物の女の子の声のやかましさはおまえ以上だな、当然じゃん、と幸生と囁き合ってから、真次郎は尋ねた。

「なにがやだって?」
「禿げた男はやだ、生理的にヤダ、だそうです」
「……」

 思わず自分の頭に手をやりそうになった真次郎を面白そうに見てから、幸生が手を伸ばして真次郎の頭をつんつんとつついた。


2・夏

 直射日光はお肌の大敵なのである。その昔、子どもは夏の間に思い切り陽に灼けておくと健康になって風邪をひかない、などと言われていたものだが、現在では百八十度ちがう。

「けど、日灼けがどうとかって女みたいだろ」
「男だって肌は大切にしないといけないんだよ」
「いいんだよ、若いんだから」

 忠告してやっているのに、章は日焼け止めも塗らずに海辺に出ていこうとしている。こっちだったらどうだ? 幸生は章に言ってみた。

「直射日光は髪にもよくないんだよ。薄毛になるともてなくなるぞぉ」
「……う」

 うるせえな、と言いつつも、章は帽子をかぶった。


3・秋

 髪は女の命ともいわれる。おしゃれにも髪は大切だ。楽屋の鏡の前に並んですわり、章はとなりにいる隆也の髪に視線をやる。真次郎は父親も兄たちも少々髪が寂しくなってきているとかで、抜け毛を気にする。章の父親は昔は角刈りで、髪の毛が多いのか少ないのかも知らなかった。十五年も会っていない父の髪ははたして?

 そんなことが気になる年頃になったんだな、と章はしみじみしてしまうのだが、乾さんは大丈夫だな。髪の毛、ふさふさだもんな、お父さんも髪は多かったよな、いいなぁ。

「すこし伸びてますね、カットしましょうか」
「ああ、お願いします」

 ごくたまにテレビに出ると、ヘアメイクアップアーティストがついてくれる。隆也の髪を調べていた女性アーティストが鋏を手に、隆也に質問した。

「秋ですねぇ。素敵な俳句ってありません?」
「このシチュエイションに合う俳句ですか」

 ほぉ、乾隆也に俳句の話を振るとは、彼女はフォレストシンガーズファンかな。乾さんの個人的ファンかな、と章は思う。しばし考えてから隆也は口にした。

「わが肩に触れし落葉を栞りけり 加藤敦子」
「風情ありますけど、このシチュエィションに合ってます?」
「秋になるとどうしても、髪が抜けますよね。肩に触れる髪を落ち葉になぞらえて……」
「ふむふむ、なるほど」

 それってやっぱ、抜け毛を気にしてるって意味かな。章は横を向いてくすっと笑った。


4・冬

 雪やこんこ、あられやこんこ、降っても降ってもずんずん積もる

 回らぬ舌で広大が歌う。隆也が高いパートを、繁之が低いパートを担当して、ふたりで広大の歌にハーモニーをつける。広大、おまえは今、ものすごく贅沢な遊びをしてるんだぞ、と父の繁之は内心で思っていた。

 今日はとても天気がよくてあったかいから、テニス日和だね、妻はそう言って、週に一度だけ教えているテニススクール講師の仕事に出かけていった。次男の壮介はベビーシッターにお願いし、長男の広大は繁之がお守りをすると決まっていたところへ、隆也が言ったのだ。

「俺も一緒に遊んでいいか」
「ええ、大歓迎ですよ」

 男三人でドライヴに来て、人気のない公園に車を止め、繁之が広大を肩車して歩き出した。晴れたままに雪がちらついてきて、広大ははしゃいでいる。雪やこんこの歌を歌っていた三歳児が、繁之の頭を指さした。

「パパ、雪のぼうしだ」
「ああ、ほんとだな」
「おじちゃんも……」
「帽子にしたらちっちゃいけど、そうだな」
「乾さん、雪のお帽子っていう歌、作って下さいよ」
「それもいいな」

 幼児と大人の混成コーラスのような、そんな歌が、他には人影の見えない公園に流れる。聴衆を求めたくなって隆也が樹の上を見上げると、小鳥が一羽、小首をかしげて三人を見下ろしていた。

END







FSファンシリーズ「ひとり」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ・ファンシリーズ

「ひとり」

 
 観光シーズンでもない山の中のペンションは閑散としている。こんなところでひとりぼっちなんて、帰りたいと思わなくもないけれど。

「あら、久瑠美、もう帰ってきたの?」
「帰ってきたんだったら家でごろごろしてるなんてもったいない。休暇は返上して会社にいけば?」

 母や姉に言われて仕事に行けば。
「え? 久瑠美、どうしたの? 彼氏と旅行じゃなかったの?」
「ふられたのぉ?」
 同僚には好奇心と、いい気味だというまなざしを向けられるに決まっている。

 家に帰って両親や姉や祖父母と会うのもいやだ、会社に行くのもいやだ。どうしてさっさと帰ってきたのかを、いろんなひとに説明するのはいやだ。だから意地でも、予定通りにペンションに泊まるつもりだった。

 お客が少ないので、食堂も閑散としている。寒い時期の高原なんて外に出てもすることもなく、ずっとペンションにいると掃除の邪魔者扱いされてどうしようもないのだが、それでも私は帰らない。かたくなになった気分のままで、もそもそと夕食をつついていた。

「ああ、いいですよ、こっちで食べたほうが後片付けも楽でしょ」
「他のお客さん、いらっしゃるんですね。そちらの方さえよろしかったら……」
「いやぁ、あっちではイベントをやってるせいで、どこもかしこも満員でしてね」
「こちらで泊まらせてもらって助かりましたよ」

 男性の声が数人分聞こえて、食堂にどやどやと彼らが入ってきた。大きいのや小さいのや、五人の男性だ。全員が二十代だろうか。あっちとはどこだか知らないが、イベントをやっているようなところがあるのか。彼らは私を認めてにこっとして、てんでに頭を下げた。

「腹減ったよ」
「シゲさんなんかもう、ぶっ倒れそうじゃないの?」
「それに近いな。寒かったのもあるし、あったかい料理がなによりだよ」
「お、うまそう」
「お手数かけます。すみませんね、急すぎて」

 テーブルを囲んだ五人のところへ、料理が運ばれてくる。彼らはそのイベントとやらのスタッフなのだろうか。こっちはこんなに寂しくてお客もいないのに、イベントのせいであっちはホテルも満員。はみだした彼らがこっちへ回されたということか。

 賑やかに話をしながら食事をはじめた五人を、私はちらちらと見ていた。
 背が高くてがっしりしていて、黒いセーターを着た男性は、リーダーと呼ばれている。
 ダンガリーのシャツを着たさらにがっしりした中背の男性は、シゲさん。

 小柄で可愛らしい感じで、最年少、二十歳の私と同じくらい? に見える、黄色のセーターの男性は幸生。
 ちょっととがった雰囲気があって、幸生さんと同じく小柄で年齢も同じくらいのような、綺麗な顔をしたピンクのシャツの男性が章。

 もうひとり、すらりと背が高くて、他の四人とはちょっと感じのちがったひとは、乾、乾さんと呼ばれている。もしかしたら乾さんだけはスタッフじゃなくて新人歌手だとか? 他のひととは異なったあかぬけた香りがする。白い厚手のシャツとグレイのパンツのファッションもしゃれていた。

 芸能人なんて会ったことないしなぁ、ほんとにそうだったらちょっと楽しいな。だけど、こんなところに芸能人が来るわけないし。ああ、でも、よそがいっぱいでこっちに回されたという事情だったら、売れない芸能人なんだったらあるかもね。

 食事をする手が止まって、私はそんなことばかり考えている。彼らはシチューやパンやハンバーグの食事を賑やかに食べて、おかわりもしていた。

「久瑠美さんはおかわりは? あら、ちっとも食べてないんですね」
「おかわりはいいです」

 今までは私だけしかお客がいなかったせいで、ペンションの奥さんとは個人的な話もしていた。女の子がひとりっきりで? のわけも、彼女は薄々は察しているだろう。細かい質問はせずに楽しい話しだけをして、久瑠美さんと呼んでくれるようになっていた。

「えーっと、久瑠美さんっておっしゃるんですか」
「え? はい」

 こら、幸生、おまえはまた、と章さんに言われながらも、幸生さんが私のテーブルに近づいてきた。

「どことなくは似てるけど、別人だな。すみません」
「くるみっていうお知り合いがいるんですか」
「いるってか、大学のときにいたんです。くるみちゃんって名前には反応してしまうんですよ」
「そうなんですか……」

 常套手段だろうが、と章さんが小声で言い、くるみちゃん? ああ、と乾さんが呟き、なんだよなんだよ、とリーダーさんが突っ込んでいる。ごめんね、と微笑んで、幸生さんは私のテーブルから離れていった。

 何者なんだろう、あのひとたちは。ひと足先に食堂から出て部屋に帰ってからも、私は考え続けていた。服を着たまま、あかりをつけたままでベッドに横たわって天井を見ていたら、歌が聴こえてきた。

「雪の降る夜は 楽しいペチカ ペチカ燃えろよ
  お話しましょ むかしむかしの 燃えろよぺチカ

 雪の降る夜は 楽しいペチカ ペチカ燃えろよ
  おもては寒い 栗や栗やと 呼びますペチカ

 雪の降る夜は 楽しいペチカ ペチカ燃えろよ
  じき春きます いまに柳も 萌えましょペチカ」
 
 なんて綺麗なハーモニー。その歌に誘われて、私は部屋から出ていった。
 小さなペンションだから、客室は少ない。昭和のころにはペンションというものが大流行したのだそうだが、徐々にすたれてきて、廃業したところもあると奥さんが言っていた。うちの母も、若いころにお父さんとペンションに泊まったよね、と言っていた。

 ここは奥さんの料理がおいしいから、細々と続いてはいるけれど、シーズンオフには今夜のように閑散としている。寂しいわね、と奥さんは言っていた。
 そんなペンションの、応接室というのだろうか。歌はそっちのほうから聴こえてきていた。

「雪の降る夜は 楽しいペチカ ペチカ燃えろよ
  誰だか来ます お客さまでしょ うれしいペチカ

 雪の降る夜は 楽しいペチカ ペチカ燃えろよ
  お話しましょ 火の粉ぱちぱち はねろよペチカ」

 そおっと部屋を覗くと、幸生さんと目が合った。慌てて顔を引っ込めようとしたのだが、入っておいで、と手招きしてくれている。私はおずおず部屋に足を踏み入れた。

「こんばんは、久瑠美ちゃん、よかったら俺たちの歌を聴いていって」
「コーヒーや紅茶だと眠れなくなるかもしれないから、ココアを作りましょうか。みなさんはブランディ入りがいいでしょうかね」
「お願いしまーす」

 静かに聴いていた奥さんが出ていくと、私は言った。

「えっと、いいんですか」
「もちろん。いいんですかじゃなくて、聴いてもらえると嬉しいですよ」
「あのぉ、えっと、乾さんって歌手?」
「乾さんだけ? そしたら俺たちは?」
「バックコーラスのひとたちとか……イベントのスタッフとか」
「そっか、そう見えるか」

 会話の相手は幸生さんで、乾さんは苦笑いしている。こちらも苦笑いの章さんが言った。

「そう見えるのも無理はないかな。俺は木村章」
「本庄繁之です」
「乾隆也です。よろしくお願いします」
「で、俺はリーダーをつとめさせてもらっています、本橋真次郎です。幸生、行くぞ」
「はいはーい。あ、俺は三沢幸生。ではでは」

 なにを行くのかと思ったら、こうだった。

「五人合せてフォレストシンガーズ。でゅびでゅびどうわーーー」
「……わ、すごい」

 すごいと思わず言ってしまったのは、自己紹介が素晴らしいハーモニーの歌になっていたからだ。フォレストシンガーズって知らなかったが、五人グループの歌手だったのか。

「去年の秋にデビューして、一年以上はたったんだけど、売れてないんだよね」
「久瑠美ちゃんが知らないのも当然だって感じだけど、乾だけが歌手に見えた?」
「ごめんなさい」
「あやまらなくてもいいよ。乾は……うん、ま、そんなもんだろ」

 苦笑いしっぱなしの本橋さんが言い、乾さんも言った。

「よろしければあなたのお名前も聞かせていただけますか。久瑠美ちゃんだけでもいいんだけどね」
「……ん、じゃ、久瑠美ちゃんって呼んで下さい」
「かしこまりました。さて、リクエストはおありでしょうか」
「えとえと、フォレストシンガーズの歌を聴かせてほしいです」

 デビュー曲を歌ってくれた。

「やわらかな髪を揺らすあなたが
 僕の胸に頬を埋めて囁く
 顔を上げて目を閉じたあなたに
 そっと口づけ

 あなたがここにいるだけで
 僕は他のなんにもほしくない
 愛しているよ
 あなたが僕を愛してくれている以上に
 僕はあなたをこんなにも愛してる」

 聴いていると知らず知らず、涙が出てくる。くしゅっと鼻をすすった私に、幸生さんがハンカチを貸してくれた。

「つらいことでもあった? 俺に話してごらんよ」
「……幸生、そうやってまた……」
「章はうるせえんだ。黙れ。俺は久瑠美ちゃんに訊いてるんだから」
「幸生、無理強いはいけないぞ」
「乾さん、無理強いはしませんから」

 このひとたちって同い年ではなさそうだ。見た目はシゲさんが最年長っぽいが、実際は乾さんと本橋さんが年上なのだろう。彼らの口のききかたでわかる。そんなことも考えてから、私は言った。

「ほんとはね、彼が……私の彼氏が……今ごろしか休暇が取れないから、久瑠美も休みを合わせて旅行しようって言ってくれたんです。あんまり人のいないところがいいな、ふたりっきりでのんぴりゆっくりしたいなって、彼氏はいつも忙しいから、そのつもりでこのペンションを予約したの」

 だからこそ、奥さんは察している。彼氏の名前でふたりで予約したのに、来たのは私ひとりだったのだから。

「なのにね、喧嘩しちゃったんだ。私が悪かったのかな。俺は行かない、行きたいんだったらひとりで行けって言われて……お金がもったいないから行くよ、って言い返して……もうおしまいなのかな。意地っ張りの私なんか嫌われちゃったのかな。今の歌、あなたがここにいるだけで? 私だってそう思ってたのに……」

 駄目だ、涙があふれてくる。幸生さんが私の背中をとんとん叩いてくれ、乾さんが涙をぬぐってくれる。いつの間にか入ってきていつの間にか出ていったのか、奥さんが持ってきてくれたココアをシゲさんが勧めてくれ、章さんはギターを弾いてくれた。

「恋人同士の喧嘩ってのはさ……乾、言えよ」
「俺たちが軽率になんだかんだ言うよりも、歌おうか。章、久瑠美ちゃんの元気が出そうな曲、弾いてくれ」
「ハードロックでもいいですか」
「ロックは合わないだろ」

 それから彼らは、たくさんたくさん歌ってくれた。遅くまで歌を聴いて、私はセンチになって泣いてばかりいた。疲れて眠ってしまったらしくて、ふと気がつくとベッドにいた。服のまんまで眠ってしまったようで、軽くしていた化粧は剥げてしまっている。誰かが私を部屋まで運んでくれたの? 思い当ると頬がかあっと熱くなった。

「うわ、ちょっと外気に当たろう」
 ひとりごとを言って窓を開けると、車が留まっているのが見えた。その車に向かって歩いていく、昨夜の五人の姿も見える。まともな言葉にもならない声で叫んだら、五人が一斉に振り向いた。

「久瑠美ちゃん、昨日はありがとう!!」
「こちらこそっ、ありがとうございますっ!! おかげさまで元気が出ました」
「それはなによりだよ。俺たちも歌をたくさん聴いてもらえて嬉しかった」
「お客さまがいてくれると、単に練習しているよりもずっとずーっと楽しいからね」
「今日はきっといいことあるよ」
「じゃあね!!」

 みんなしてにこにこと手を振ってくれる。私も手を振って、車に乗り込んだ五人に最後に叫んだ。

「ファンになりますからねーっ!! CD、買いますからねっ!!」
「おーっ、期待してますよっ!!」

 幸生さんの声が響いて、車が走り去っていく。車の方向からこちらにやってくる男性は? もしかしたら……? 幸生さんが言った通り、今日はいいことがあるのだろうか。フォレストシンガーズは私の福の神?


END







 
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いろはの「め」part2

ショートストーリィ(FSいろは物語)

フォレストシンガーズ

いろはの「め」

「めだかの学校」

 オーディションに合格したタレントの卵が、インタビューに応じる答えの定番はこれだ。

「友達が応募してしまって、断れなくて受けたんです」

「一緒に受けようよって友達に言われて、どうせ駄目だろうから軽い気持ちで応募したんです。友達は不合格だったんだけど僕だけ合格しちゃって、びっくりしてるんですよ」

 あんなの嘘だよね、と美鈴と湖鈴は言い合ったものだが、彼女たちがその「友達」の立場になってしまった。友達ではなく「姉」。アイドル雑誌にこんな記事があったのが事の発端だったのだ。美少年アイドル募集!! 

「瑛斗がアイドルになったらいいだろうな」
「うん、絶対になれないってことはないんじゃない?」
「そうだよね。瑛斗はあたしたちの弟だけあって可愛いし、合格するかもしれないよね」
「応募してみようか」

 合格するかもしれない、というのは甘い見通しだとわかっていたが、ダメでもともとのつもりで応募したら、書類選考を通ってしまった。

「瑛斗は歌は下手だけどね」
「アイドルは歌なんか上手じゃなくてもいいんだもんね」
「ルックスで勝負だよ。がんばれ」

 うるせぇなぁ、と口では言っていたが、瑛斗本人も決していやではなかったはずだ。

 姉がふたりいる三人きょうだいの末っ子として育った瑛斗は、姉たちの影響でけっこうアイドルの出る歌番組も見ていた。ラヴラヴボーイズやパッション6などなど、美少年アイドルグループに歓声を送る姉たちを、ばっかじゃないの、と笑いつつも、瑛斗も熱心に番組を見ていたものだ。

「……合格……したみたい、優勝した……みたい」
「うっそぉ!!」
「嘘じゃないよっ!! 美鈴ちゃん、瑛斗がアイドルになるんだよ」
「湖鈴ちゃん……なんか夢みたい」

 抱き合って喜んでいる姉たちを、瑛斗はしらーっと見ていた。
 とはいえ、本当にいやだったら断ることも可能だったのだから、流されていた部分もあったにせよ、瑛斗も張り切ってアイドルの世界に飛び込んでいったのである。

 三人の子どもと両親が暮らしていた群馬県の家から、もっとも若い瑛斗がいちばんに独立していった。瑛斗は十六歳、湖鈴が十八歳、美鈴が二十歳。

「ほんとにデビューしちゃったね」
「エイトGOGO!! ……ださすぎない?」
「アイドルってちょっとださいほうがいいみたいよ」

 エイトマンみたいなタイトルの歌だな、と父が言っていたが、美鈴たちはエイトマンなんて知らない。母も少年アイドルは嫌いではないから、心配はしていても瑛斗がデビューするのを喜んでいる。父も、おまえたちが嬉しいんだったらいいんじゃないのかな、のスタンスだった。

 事務所の方針で仮面ライダーみたいな衣装を着せられて、「エイトGOGO!!」という変な歌を下手くそに歌う。下手くそなのは作っているわけでもないから、自然と言えば自然な少年アイドルができあがった。

 弟がアイドル……自分たちがオーディションに応募したにも関わらず、美鈴も湖鈴も呆然としていたりもする。

「湖鈴ちゃん、東京はどうだった?」
「なんだかぼーっとしちゃった」
「どういう意味で?」
「いろいろ」

 春休みに瑛斗のいる東京に遊びにいっていた湖鈴が帰ってきたのだが、詳しくは話してくれない。たしかにぼーっとした顔をしていて、甘いため息をついたりしている。私も行くんだった、と思っていた美鈴は、夏休みになって瑛斗にお願いしてみた。

「そうだね、美鈴ちゃんもおいでよ」
「かまわないの?」
「マネージャーの木田さんも、美鈴ちゃんも来たらよかったのにって言ってたよ。僕は暇じゃないからあまり遊んであげられないけど、美鈴ちゃんは大人なんだから平気だよね」

 ひとりぼっちにされるのは平気だとも思えなかったが、平気だと言っておいた。

 そして当日、美鈴は精一杯のおしゃれをして東京に向かった。アイドル鈴木瑛斗はスターというほどでもないが、新鮮な若い子に目をつける新しもの好きファンにはぼつぼつ人気も出ている。美鈴と瑛斗が一緒にいると、姉と弟ではなく、アイドルと年上の恋人として写真を撮られる恐れもありそうだ。

 もしかして写真を撮られたとしたら、なに、このぱっとしない女は……と言われないように、美鈴も一生懸命おしゃれをしたのだった。

「はじめまして、畠田と申します。瑛斗くんと社長から言付かってますから、私にまかせて下さいね」
「あの……」
「私は瑛斗くんの所属事務所の社員ですから、ご心配なく」

 ところが、美鈴の世話係としてつけられたのは、中年女性だった。こんな知らないおばさんとふたりきりにされるんだったら、ひとりのほうがいいかも。気づまりではあったが逃げるわけにもいかなくて、美鈴は畠田に言われるままにタクシーに乗った。

「ここは……?」
「瑛斗くんから聞いてますよ。美鈴さんの好きなものをお見せしようと思って」
「私の好きなもの?」
「はい、どうぞ」

 ビルの一室に案内されると、畠田が満面の笑みでドアを開ける。そこでは少年たちがダンスのレッスンをしていた。

「うちには以前はパッション6ってグループがいたんです」
「知ってます、大城ジュンさんのいたグループですよね」
「そうそう。彼らが解散して以来、うちにはアイドルグループはいないんですよね。うちのトップは大城ジュンで、現在は俳優として大活躍しています。女の子のアイドルと瑛斗くんとはいますけど、うちでも男の子のアイドルグループを売り出そうということになって、育ててるところなんですよ」

 畠田が説明してくれている間にも、少年たちはダンスに汗を流している。瑛斗ったら、私はアイドルが大好きだって事務所の人に言ったのね。少々恥ずかしくも腹立たしくもあったが、美少年の集団を見ているのはやはり嬉しかった。

「瑛斗の姉さん?」
「……あ!!」

 あらわれた男を見て、美鈴は硬直した。

「そんな化け物を見るみたいに見ないでよ。俺、知ってる?」
「大城……ジュンさん」
「湖鈴ちゃんも美人だったけど、上の姉さんも可愛いんだ。瑛斗の姉だもんな、可愛くて当然だよな」
「ジュンさんったら、いきなりあらわれないで下さいな。美鈴さんが失神しそうになってるじゃありませんか」

 文句を言いながらも、畠田も嬉しそうだ。本当に失神しかけている美鈴に、ジュンが笑いかけた。

「失神したらこの王子のキスで目覚めさせてやるよ」
「ジュンさん、冗談はほどほどにして下さい」
「畠田さんもキスしてほしい? おばさんと寝る趣味はないけど、キスくらいだったらしてあげるよ」
「いい加減にして下さい」

 あーあ、怒られちゃったよ、とジュンが舌を出す。軽い男だ、美鈴はどこか遠いところでそう考えてはいるのだが、均整の取れた長身といささか皮肉っぽい美貌がこんなにも近くにあると、冷静にはなれなかった。

「あ、歌い出しやがった。俺、帰るよ」
「歌い出すと帰りたくなるんですか?」
「あいつら、ちーちーぱっぱのスズメの学校みたいなんだもんな。それとも、メダカの学校。メダカのほうが言えてるかな」

 めーだかーの学校は川の中、そーっと覗いてみてごらん、とジュンが歌う。みんなでお遊戯しているよ、言われてみれば、あのアイドルの卵たちにはそんなところがある。

 けど、ジュンさんも歌はうまくないよね。頭の大部分はぽわーっとしつつ、美鈴はそうも思う。でも、だからってジュンさんのかっこよさはまるっきり損なわれない。
 そっか、湖鈴もこんな経験をしたんだ、きっと。だから家に帰ってきてもずっとぽっとしたままなんだ。気持ちはわかる。私もそうなりそう。

 たったこれだけの経験でも、瑛斗がアイドルになってつくづくよかったと思う。あんたが私たちの弟でほんとによかったよ、姉孝行な子だよね、と瑛斗に言ってやりたくなってきていた。

END








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2016/花物語/十二月「ランタナの花言葉」

ショートストーリィ(花物語)

ランタナ

花物語2016/12

「ランタナの花言葉」

 太く短く華々しく生きたい。高校生くらいから時枝はそう考えていた。芸能界に入りたい。モデルでもアイドルでもいいから芸能人になって、将来は女優になりたい。中学生のときにはそんな夢を見て、オーディションも受けた。スカウトされた経験もあった。

「ちょっとね、脚がね……」
「あどけない顔をしていて胸も大きくて、小柄だけどプロポーションは悪くないんだけどね」
「その身長ではモデルは無理かなぁ」
「読者モデルってんだったら、小柄な女の子向けファッション特集には行けるね」
「アイドルとしてだったら……」
「うーん、しかし……」

 顔はもともと可愛いし、多少の難は整形手術で修整できる。身長は高くても低くてもそれなりに需要はある。胸が大きいのはよいアピールポイントになる。グラビアアイドルって手もあるな。

 芸能事務所のスタッフたちはさまざまな意見を述べたが、ただひとつ、共通しているのは時枝のこの欠点だった。脚が短くて太い。脚の形が悪い。これはもう矯正のしようがない。芸能人は歯が命だといわれるが、歯はどうにでもなる。が、時枝の脚だけはどうにもならないと。

「どうにかします。してみせます」
「身体のパーツにはどうにかなるところはあるけど、この脚は無理だよ」

 高校二年の春、最終宣告されたのだと時枝はうなだれた。

「だったら、これ、読んで下さい」
「なに? 小説でも書いたの? エッセイ? 写真も? 写真も自分で撮ったんだね?」

 デジカメ写真を添えたエッセイを一読して、芸能事務所のスカウト担当者は言った。

「行けるかも……」
「私、才能あります?」
「才能というよりも、センスはあるよね」

 可愛らしい女子高校生がしゃれた写真を撮り、感性の光る文章を書く。アイドル市場に出てくる女の子は大勢いるが、ルックス以外のなにかを持っている子は少数派だ。こっちでだったら売れるかも、と担当者は目を輝かせた。

「出版業界だって若くて可愛い、売れ筋の女の子を求めてるんだよ。昔、美人の女子大生を作家として売り出そうとした出版社があった。彼女がデスクに向かっている写真に「女子大生作家、処女作執筆中」とキャプションをつけて、おばさん作家の妬みを買ったりもしたもんだ」
「はあ……」
「意味わからない? それはいいんだけどね……ただ、彼女は処女作はどうにか書けたものの、あとが続かなかった。今では風俗系ライターだか、風俗系で働いてるだとか、噂だけは聞くね」
「……はあ」

 その点、時枝ちゃんは書けるし、撮れるよね、と担当者は大きくうなずいた。

「フォトエッセイで売り出すんだったら、脚の短さも太さも関係ないってか、ネタにもできるもんな」
「ネタにしてみせます」
「うんうん。時枝ちゃんは自虐ネタもできそうだもんね」

 あのとき、諦めずにアタックしてよかった、と後に時枝は思うようになる。芸能界のアイドルにはなれなかったが、出版業界ではおじさん作家や編集者たちのアイドルになれた。

 芳紀十六歳。若い作家も続々と登場してはいるものの、十代はほとんどいない。二十代でさえも少なく、三十代が若手扱いされる業界だ。時として若い才能があらわれても、潰されてしまう場合もある。驕り高ぶって自ら消えてしまう場合もある。スランプを乗り越えられずに自暴自棄になったり、どうしても書けなくなったり。

「時枝ちゃんは大切に育てたいな。アドバイスもするし協力もするから、近いうちには小説を書いてみない?」
「書きたいです。ってか、書いたものだったらあるんですよ」
「小説? ぜひ見せて」

 旬の時期にはなんだって売れるものなのである。十二月生まれで十二月に処女作小説を出版するのだからと、大御所作家のつけてくれたペンネーム、師走時枝の名前で出した処女小説はベストセラーになった。

 大学には特別才能枠で入学し、在学中に出したエッセイ、小説、写真集などはことごとく爆発的に売れた。師走時枝が写真を撮ったフォトエッセイも、師走時枝が被写体になった本物のアイドルみたいな写真集も売れ、時枝は特に執筆に苦労するわけでもなく、学生生活と作家生活を両立させて謳歌していた。

「時枝ちゃん、俺と結婚しようよ」
「なに言ってんだよ。俺とだよね」
「僕は時枝ちゃんと結婚したら、主夫になってあげてもいいよ。時枝ちゃんの秘書としてというか、マネージャーとして支えるよ。僕、そういう仕事は得意なんだ」
「あんなこと言ってる奴はヒモになるつもりなんだよ。俺は時枝ちゃんが書けなくなったら、養ってあげるから」
「不吉なことを言うなよ。俺はきみを愛してる。卒業前に結婚しよう」
「時枝ちゃーん、僕をお婿にもらって」

 同級生も先輩も後輩も、学生たちにはひきも切らずプロポーズされた。適当に遊んだ相手は何人かいたが、二十歳そこそこの男なんて物足りない。それに、そんなに早く結婚するつもりは時枝には毛頭なかった。

「時枝ちゃんを僕がもっともっと磨いてあげたいな」
「時枝ちゃんは小説家としてもエッセイストとしても立派なものなんだけど、さらに日本語力を向上させる必要はあるね。私が個人教授しましょうか」

 大学教授たちからも口説かれ、編集者や作家仲間からも求愛された。自然、同性の同業者たちからは嫉妬も浴びたのだが、妬まれるのも心地よかった。

「師走時枝、力丸剣と結婚!!」

 週刊誌にすっぱ抜かれた記事が出たときには、姉が言ったものだった。

「力丸剣って何者?」
「そこに書いてあるでしょ。お姉ちゃんは歴史小説の大家の名前も知らないの? 力丸剣の小説を読んだことはないの?」
「私は小説なんか読まないけど、力丸剣くらいは知らないこともなく……それにしたって目を疑ったよ。力丸剣ってもうおじいさんでしょ? あんた、いくつよ?」
「お姉ちゃん、認知症じゃない? 妹の年齢を忘れたの?」

 同性の嫉妬ナンバーワンはこの姉からのものである。三つ年上の姉は、ええ? あの師走時枝の姉さんなの? ぜんっぜん似てないよね、と嘲笑された、としょっちゅう言っていて、妹を憎悪しているようにも見える。

 平凡な妹ならば、姉も平凡でも当然かもしれない。なのに、ルックスも才能も極上のベストセラー作家を妹に持ったばかりに、なにもかもが地味な姉が割を食う。あんたなんかいなかったらいいのに、と実の姉妹であるだけに言うことも辛辣だ。辛辣というよりも幼稚でさえあった。

「力丸剣って独身なの?」
「離婚が成立したから、私と結婚することにしたんだ」
「……略奪婚ってわけ? 最低。本気で結婚するつもりだったら、私はあんたとは縁を切るからね」
「どうーーぞ」
 
 そうして時枝は、二十四歳にして三十歳以上も年上の大作家と結婚した。子どもはさすがにできなかったが、娘のように甘やかして可愛がって、ほしいものはなんでも買ってくれる、行きたいところにはどこにでも行かせてくれる、彼との結婚生活はなかなか楽しかった。

「豪華客船をチャーターして、その中で夫妻での共作ミステリを執筆なさっていたそうですね」
「ええ。世界一周旅行を兼ねた執筆生活でした。スタッフ以外の乗客は私たち夫婦だけでしたから、快適でしたよ」
「豪勢ですなぁ」

 桁外れの費用はかかったが、共作ミステリがベストセラーになったので、豪華客船貸し切りツアー代金以上の稼ぎになったのだった。

「剣ちゃん、離婚しない?」
「……そのうち時枝ちゃんがそう言い出すと思っていたよ。二十年間ありがとう」
「さすがに作家よね。妻の心を読むのも長けてるんだ。それで、剣ちゃんはどうするつもり?」
「もとの妻がもう一度一緒に暮らそうと言ってくれてるんだ。彼女の住んでる家は俺が慰謝料としてあげたマンションだから、そこに行くよ」
「そう。余生を幸せに送ってね」
「時枝ちゃんも、今度の相手とは添い遂げるように祈っているよ」

 七十代になった夫を棄てるのも、モトツマが引き取ってくれると聞けば罪悪感もなく別れられた。

「またまた略奪婚!! 師走時枝、今度は二十歳年下のバーテンダーと!!」

 離婚してから一年も経たぬ間にそんな記事が出て、疎遠になっていた姉からメールが届いた。二度も略奪婚だなんて、お天道さまが許しちゃくれないよ!! とメールの文面は怒っていたが、五十歳近くなった姉は独身のままなのだから、あいかわらず妬いてるんだね、と笑っておいた。

 そして、また二十年。時枝は病室で臥せっていた。

「……やっばりね。死期の近い妹にこんなことを言うのはなんだけど、あんたに余命宣告が出たってのを聞いて、私はやっぱりって思ったわよ」
「なんのこと?」
「略奪婚を二度もやった女は、絶対に幸せにはなれないの」
「私、幸せだったよ」
「そうだったのかもしれないけど……でも……」

 平均寿命が九十歳になんなんとするこの時代に、あんたは六十代で死ぬんじゃないの、と姉は言いたいらしい。

 二十四歳で三十歳年上の男を元妻から略奪して結婚した。一度目の夫は十年ほど前に、元妻に看取られて逝った。彼は年下好きだから、元妻にしても力丸剣よりも二十歳近く年下だったのだ。彼は最後まで現役作家であり、絶筆となった歴史小説の短編は「時枝に捧ぐ」との献辞つきで発表された。

 四十四歳で二十歳年下の男と再婚した。彼は二十四歳にして妻子持ちだったのだが、時枝に狂おしいほどの恋をして、妻も子も捨ててふところに飛び込んで来たのだ。新しい夫の享也はルックスがよかったので、バツイチ子持ち再婚アイドルという新しいジャンルのスターにしようと、時枝がプロデュースした。

 アイドルとしてはさほどに成功しなかったのだが、享也の才能は別のところで発揮された。スマホのための小さな部品を発明し、特許を取り、それだけで起業した享也は、三十代になるころにはひとかどの実業家になっていた。

 前の夫は年を取りすぎ、今度は私が年を取りすぎ。こればっかりは無理かな、と諦めつつあった子どもにも、ひとりだけは恵まれた。享也は意外に頭がいいようで、その遺伝なのか娘も頭脳明晰だ。十九歳になった娘はドイツに留学して医化学を学んでいるが、母の病を知って一時帰国し、病院にも毎日見舞いにきてくれている。

 見舞客が多すぎて病院から注意を受けるほどの六十四歳。そんな師走時枝になれたのだから、ほしいものはすべて手に入れたのだから、そんな私が幸せではないって、このひとはなにを寝言いってるの? 時枝はぽかんと姉の顔を見た。

「私は結婚もできなかったし、子どもだっていない。妹があんたなんだから、恩恵は受けてるでしょって言われるけど、なんにもしてもらってないよね」
「してほしかったの?」
「してほしくはないけど……だけど、私にはたったひとつ、あんたより上だってものがある。私はあんたよりも長く生きるわ。今だって健康でどこにも悪いところはないの。事故にでも遭わない限りはあんたよりも長生きする。やっぱりお天道さまは見てくれてるんだよ」

 姉がお見舞いとして持ってきてくれたのは、ランタナの鉢植え。見舞いの品に鉢植えとは、姉の最後のいやがらせか。姉の言いたいこともわからなくはないけれど、私は太く短く華々しく生きたかったんだから、望みはすべてかなったのよ。早死にったって六十過ぎまで生きたら十分じゃないの。

 ランタナの花言葉は「心変わり」。人間らしくていい。心変わりする生き物なのだからこそ、「人間」と呼べるのだ。

END








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FS「OH MY LITTLE GIRL」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

「OH MY LITTLE GIRL」

 涼しい目元が誰かに似ている。しかも、誰かと誰かに面差しが似ている。とは思うのだが、誰なのかはピンと来ていなかった。

「フォレストシンガーズのマネージャー?」
「ええ、そうですけど……」
「山田美江子さんだよね」
「ええ」

 こう言って訪ねてきたひとは、フォレストシンガーズがデビューしてから何人も何人もいた。無名だったころはともかく、最近は急にやってきても彼らには会えないから、マネージャーの私を通すというのがある。私だって誰にでもは会わないが、彼女は私を知っていると見えたので反応した。

 子どもといっていいのだろう。行っても中学生くらいの年齢……小学生かもしれない。少女らしく伸びやかな肢体を、流行りのジュニアファッションに包んでいる。すらっとした美少女なのでよく似合っていた。

 弟には男の子しかいないが、夫には姪がいる。義理の姪とはたまに話をしたりもするので、少女のファッションにもまったくの無知ではない。仕事柄少女アイドルとも触れ合うので、彼女の衣装が流行のブランドものらしいのもわかった。金持ちの娘なのか、母親がファッションに関心が高いのか。

「あの……」
「忙しいの?」
「ひとまずは仕事がすんだばかりだから、忙しくはないのよ。あなたはどなた?」
「美江子さんをナンパしたいの」
「いいわよ」

 身分を明かしたくないのか。事情があるのか。誰に似ているのかを明確には思い出せないが、私の知り合いの身内のような気がする。こんな若い女の子に誘拐もされないだろうし……などと言うと、おまえが誘拐犯とまちがえられるぞ、と笑いそうな夫は、今は打ち合わせ中だ。

 名乗ってもくれない少女とふたり、コンサートホールの外に出ていく。ライヴ開始時間まではまだだいぶあるが、ファンの方々が集まってきて下さっていた。

 誰に似てるんだろう。
 
 目元が涼しいのは乾くん? いや、乾くんみたいな優しい目ではない。章くんは切れ長の綺麗な目をしているが、涼しいという感じではない。幸生くんは丸い目、シゲくんは細い目、本橋真次郎は鋭い目。この五人ではないはずだ。

 徳永くんは皮肉な目、金子さんは頭脳明晰そうな目。星さん? もしかして星さんの身内? 大学一年生のときの恋人で、長く長くひきずっていた星さんを想い出す。彼は独身のはずだから、彼の姪だとか? でも、どうして星さんの姪が私を訪ねてくるの?

「デザートハウス、ここがいいな」
「そうね。ね、なんて名前?」
「みーちゃんって呼んで」
「みーちゃんね」

 猫みたいな愛称だ。

 ケーキやスイーツをメインとするカフェの名は「フローラ」。彼女がみーちゃんと呼んでと言ったものだから、変な妄想が起きた。

 この目は猫にも似ている。もしかしたら幸生くん、猫と恋愛状態に陥って、美女猫に子どもを産ませなかった? その子がみーちゃん。お父さんに会いたいの、って私に頼みにきたんじゃない? おかしなことを考えているうちに、みーちゃんはチョコレートケーキとミルクティをオーダーし、私も同じものを、とウェイトレスに告げていた。

「みーちゃんがナンパしたんだったらおごってくれるの?」
「……」
「ごめん。嘘よ。大人なんだから私が出します。安心して食べて」
「割り勘にしようよ。美江子さんにおごってもらういわれはないもん」

 気が強そうなところは私にも似ているが、性格ではなく顔だ。けれど、性格は顔にあらわれる。気の強そうな……こんな顔の女の子、たしかにいた。

「みーちゃんは何年生?」
「小学校の六年生」
「大人っぽいんだね。背が高くてプロポーションいいからかな」
「老けてるっていいたいの?」
「小学生が老けてるわけないじゃないの」
「そんなことないよ。同級生にもおばちゃんみたいな子がいるもん」

 まあたしかに、小学生でも少女ではなく中年っぽい子はいるものだ。が、大人としてそこは同意してはいけない。

「大人っぽいって褒めてるんだよ」
「嘘だぁ。そんなの嬉しくないよ」
「そしたら、なんていえばいいの? みーちゃんはどんな褒め言葉だったら嬉しい?」
「……そうだなぁ。でも、あたしが言ったことを美江子さんがそのまま言ってくれても嬉しくないよ」
「それもそうだ」

 気難しいお嬢さん。けれど、この子だったらあと五年もたてば、わがままで高飛車なのも魅力的な美少女としてもてもてになりそうだ。

「それで、私になにかご用?」
「ううん、別に……」

 チョコレートケーキを食べ、ん、おいしい、と呟く。涼しい目が誰かに似ていて、すっきり通った鼻筋は別の誰かに似ていて、口元も誰かに似ていて……誰だろう。

「美江子さんと話がしてみたかったの」
「フォレストシンガーズのファンだから?」
「ファンじゃないよ。おじさんの歌に興味ない。お母さんが好きみたいでCDかけるから、やめてって言うんだ」
「お母さんがファンでいて下さるのね。サインをもらってきてあげようとか?」
「いらねえよ」

 クールに乱暴に言い捨てて、みーちゃんはミルクティを飲んだ。

「砂糖を入れないとおいしくないね」
「そうかなぁ」
「ダイエットしなくちゃいけないんだけど、甘いの好きだからな」
「みーちゃんにダイエットの必要なんてまるでないじゃない。痩せすぎてるくらいよ」
「いいんだ。痩せてるほうがかっこいいもん」

 小学生がこの思想とは大丈夫だろうか、とも思うが、流行なのだから仕方ないのか。ちょっとだけね、と言いながらみーちゃんはミルクティに砂糖を入れ、やっぱりこっちのほうがいい、と呟いた。

「あたしが生まれた年に、フォレストシンガーズってデビューしたんだってね」
「そうなるかな。十一年だからね」
「その前……ううん、いいか」
「え?」

 その前? そのひとことで、目の前に像を結んだ男性の姿があった。

 フォレストシンガーズがアマチュアだった時代のメンバー。彼の目は涼しいというよりも鋭いほうだが、みーちゃんと似ている。鼻筋は彼が結婚した女性に似ている。彼女も同じ合唱部のメンバーだったので、私も知っているひとだ。

 口元も彼に似ている。そうか、そうだったんだ。みーちゃんの両親が誰なのかわかったけれど、あなたの名前は柳本瑞穂さん? と言っていいものかどうかは判断できなかった。

「……なに言っていのかわかんない」
「私もどう言っていいのかわからないけど、元通りに親しくしてるのよ」
「……ん?」
「みーちゃんのお母さんがもしもその気になられたら、私を訪ねてきて。お母さんにだったら話してもいいのかもしれない。聞きたくもないのかもしれないから、私が勝手な真似はできないよね。みーちゃんが私に会いにきてくれたって……内緒にしたほうがいいのかな」
「お父さんに?」

 認めたわけだ。私の推理はまちがってはいなかった。

「そりゃあね、会いたくないって言ったら嘘になりますよ。俺が働いてる電気屋の息子は、俺の娘と同い年です。あいつの顔を見るたび、瑞穂はどうしてるんだろ、大きくなっただろな、俺に似てたらけっこう美人だよな、なんて考えます。だけど、俺は妻子を捨てて出て行った身勝手な親父だ。娘にも恨まれてるかもしれないんだもんな。連絡なんかできませんよ」

 お酒を飲んだときにふっと、そんなふうに言っていた彼の声がよみがえってきた。

「言ったら駄目」
「わかりました。言わない、約束ね」
「うん」

 みーちゃんにとっての「これから」はとてもとても長いはず。長い長い時間考えて結論を出せばいい。私に協力できることがあればするけれど、お節介は焼かない。

「おまえは世話焼きなんだよ。他人のことはほっとけ」

 そうだよね、真次郎くん、今回ばかりはお節介はやめておくわ。
 真摯な表情で私を見つめるみーちゃん、小笠原英彦のもと妻の旧姓を名乗っているはずの柳本瑞穂。今度はいつ会えるのか謎なのだから、こんなにもヒデくんに似た顔の美少女を、しっかり記憶しておこう。

END








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164「どうすりゃいいの」

ショートストーリィ(しりとり小説)

しりとり小説

164「どうすりゃいいの」

 人づきあいは大の苦手だから、職場のひとたちと深くは交流しなくていい仕事に就きたかった。薫の現在の仕事だって人づきあいの必要はなくもないのだが、最小限でいいような気もする。

 身体は大きいほうで力もあるほうだから、重いものを運ぶのもさほど苦にはならない。とはいえ薫の担当する郵便物は小型がほとんどだから、家庭のポストに入れてくればいい。
 軽トラックに乗って郵便物を届ける仕事。届け先のひとと会話をかわすこともそれほどにはなく、薫には向いた仕事だ。届け先の範囲は狭く、自宅と仕事先を車で行ったり来たりしている毎日だった。

 なのだから、電車に乗るなんて久しぶりだ。いとこに子どもが産まれたと母親から電話があって、お金ではなくて品物を送ってあげなさい、Tシャツだったら安いからいいんじゃない? と言われたので、デパートに行くつもりだ。デパートに行くのも実に久しぶりである。

 子どものころにはいっしょに遊んだ、年齢の近いいとこだ。彼も結婚して子どもを持ったのかぁ。薫が薄給なのは彼も知っているから、安いTシャツでも笑って受け取ってくれるだろう。

 どんなのにしようかな、と薫自身もけっこう楽しみにして、肩にかけたバッグから赤ちゃん服のパンフレットを取り出したり、またしまったり、再び取り出しては、やっぱこっちがいいかな、と比較したりしていた。夕方の地下鉄は思いのほか混み合っていて、薫の手が幾度かとなりに立つ人の身体に触れていた。

「ちょっと、やめてもらえませんか」
「……あ、え、えと……」
「わざとやってますよね?」
「え、えと……わざとって……」

 相手は怖い顔で薫を見据える。身長は薫よりもやや高いが、体重は薫よりも少なそうなほっそりした学生に見えた。

「……降りましょうか」
「え、えと……あの……」

 次の駅についたとき、大学生だか専門学校生だかに見える相手に促されて、薫は地下鉄から降りるしかなくなった。突然の思いもかけぬ攻撃を受けてしどろもどろになってしまい、口下手な薫では反論もできなかった。

「駅員さん、このひと、痴漢です」
「あ、そうですか」
「ち、ちかんって……」

 わざとってそんな意味で言っていたのか? だけど……だけど……そんなの、そんなのってあるの? 薫としてはいまだ反論もできず、そんなはずはないじゃないか、との想いで駅員を見返すしかなかった。

「わかりました。被害届を出されますか」
「ええ」
「では、こちらへ」

 冷静に言った駅員が、薫の腕をがしっとつかむ。学生は軽蔑のまなざしで薫を一瞥し、三人して駅員室へと歩いていく。そ、そんな、そんな……そんなはずないじゃないか、と口の中でもごもご言っていた薫の気持ちが、ようやく言葉になった。

「そ、そんな……見てもわからないのかもしれないけど、私は女ですよ」
「いや、見たらわかりますよ」
「で、この学生さん? このひと、男でしょ」
「そうですよ」

 それがなにか? という目でふたりに見つめられ、学生は言った。

「たまに好色なおばさんにさわられるんですよ。おじさんにさわられたこともあるけど、たいていはおばさんですね」
「痴漢ってのは本来は男をさすんですが、近ごろの女性は怖いってんで、だんだん男の痴漢は減ってきていますね。かわりにこうなっている。嘆かわしいというのか」
「肉食女が男に相手にしてもらえなくなって、痴漢に走るようになったんですかね」
「おかしな時代ですね」

 ふたりしてため息をつき、駅員は言った。

「あなたが女性で被害者は男性、ちゃんとわかっていますし、昨今は珍しくもないんですよ」
「まったく、おばさんってのは不潔ですよね」
「いや、まあ、すべての中年女性が不潔ってのでもないでしょうけど……」

 やってません、痴漢なんてやってません!! と抗弁すべきなのに、薫の口が止まってしまった。
 長く電車に乗らない生活をしているうちに、痴漢までがさまがわりしたのか。薫の学生時代……二十年ばかり前だったら、完全に男女が逆だった。

 冤罪なども問題になり、男性は電車の中では別の意味で身を守るようになった。そんなニュースならば薫の記憶にもある。女性専用車ができたのもそのせいだったはずだ。が、現代はこうなった? 男性専用車も作って下さいよ、本気で検討中です、とのふたりの会話が、薫の耳に遠く近く聞こえる。

 痴漢なんかやっていないのはまちがいないが、誤解を解く方法は思いつかない。仕事、クビになっちゃうんだろうか、お祝いはどうしよう、薫の頭の中には大小の心配ごとばかりがぽこぽこ浮かんできていた。

次は「の」です。









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FS「待ち伏せ」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

「待ち伏せ」

 高飛車な口調にひそむ、少女の感情。そんなものは俺には関係ない、とはねつけてしまうのも可能だが、ほだされてしまうところが俺の甘さなのだろう。

 レコーディングスタジオの外で俺を待っていた奈々に、乾さん、ごはんに連れてって!! と半ば命令されてこの店に連れてこられた。食事をしていても奈々は不機嫌だったから、機嫌を取るのはやめておいた。さて、送っていくよ、と言いかけたときに、奈々のマネージャー氏が出現したのだった。

「いやだ、帰らない」
「奈々ちゃん、明日は仕事でしょ。乾さんだってお疲れなんだから迷惑だよ」
「迷惑じゃないもん。乾さん、デザートにだって行くんだよね」
「ここで吉田さんに会ったのはありがたかったよ。帰りなさい、奈々」
「乾さんなんか……」

 押し殺した声で、だいっ嫌いっ!! と言い捨てて、奈々はマネージャー氏とともに店から出ていった。

 五歳と二十五歳ではじめて出会い、十年後に再会し、乾さんは奈々の初恋のひとなんだよ、と言われ、それからはからまれているというのか、慕われているというのか。
 この店は食事もできるが、酒だって飲める。よそに行くのも億劫になってカウンターに席を移し、酒にしようとしたところで、奥の席にいた女性と目が合った。

「あ、時松寿々さん……」
「え、え? 私をごぞんじで……」
「そりゃ知ってますよ。おひとりですか? ご一緒させてもらってもかまいませんか」
「えええ……そんなぁ、いいんでしょうか」
「あなたさえよかったら」

 この女性とはいささか不思議な縁がある。

 旧知のシナリオライター、みずき霧笛さんが脚本を書いた。我々フォレストシンガーズをモデルにしたテレビドラマ「歌の森」。我々の学生時代がメインなので、若い俳優たちが大勢出演している。

 メインキャストはオーディションで選ばれ、シゲ役の俳優なんぞは本人にそっくりで笑いたくなるほどだ。乾隆也役の彼は美青年すぎてみんなに冷やかされ、気障な台詞なども多くて俺そのまんまだとも言われ、俺としては気持ちよくはないのだが、みずきさんの意地悪なのだろうか。

 脇役たちは別の方法で選ばれたようだが、そのうちのひとり、合唱部の女性部員のチャコを演じているのがこの、時松寿々さんである。

 その上に寿々さんは、千鶴と旅行番組で共演している。「歌の森」がクランクインするときに出演者たちに紹介はしてもらっていたが、千鶴から、乾さんも寿々さんに挨拶してね、と頼まれていたのは実現していなかった。いい機会だから話がしたくて、俺は彼女のむかいの席にかけさせてもらった。

「聞こえてました?」
「奈々ちゃん? ええ、ちょっと……」
「すみませんね、お聞き苦しいところを」
「いいえ、全然」

 二十五歳だそうだとは、千鶴から聞いている。大柄なのでいくぶん老けて見えなくもない寿々さんは、今夜はこの店にひとりでやってきて食事をしていたのだと言った。

 さして売れてはいない女優なのは、寿々、千鶴、奈々に共通している。その中では奈々がもっとも有名なほうだ。奈々は十六、千鶴が十九、寿々は二十五歳、三十五歳の俺から見れば、三人とも若いね。だけど、寿々さんだったらまともに話し相手になってもらえる年齢かな、ってところであった。

はじめまして、ではないので、まずは「歌の森」の話をした。「歌の森」に出演したいと言ってくれるスターはけっこういて、桜田忠弘さんをはじめとして、幾人かが特別出演してくれていた。

「メインキャストはそんなに有名じゃない役者が多いんですよね。石川くんやら阿久津ユカちゃんやらがCMに出て顔が売れてきたり、VIVIくんのバンドが売れてきたりはしてるけど、まだそんなに格は高くないみたいな」
「役者さんにも格ってのはあるよね」

 石川くんとは、乾隆也を演じる美青年。阿久津ユカは山田美江子役の美女。VIVIは木村章を演じるビジュアルロックヴォーカリストだ。この三人は特にルックスがいいので注目されやすかったのもあるのだろう。

「そんな若い役者たちと仕事をしていて、桜田忠弘さんとお話ができたりして、緊張してしまいました」
「みずきさんもさすがに、桜田さんが出たいと言ってくれたのには感激していたよ」

 脚本が魅力的なんですよ、と俺が言うと、いえいえ、フォレストシンガーズのみなさんの人徳です、とみずきさんは謙遜していた。

「桜田さんは男から見てもかっこいいですからね。女性たちは憧れのまなざしで見てるんじゃありません?」
「誰がとは言いませんけど、抱かれたいなって言ってる子もいましたよ。自分が口説かれなかったからって、あんなおじさん興味ないわって言ってる子も……あ、すみません」
「ん? どうしてあやまるの?」
「悪口なんか聞きたくありませんよね。ごめんなさい」
「いや……」

 しゅんとしてしまった寿々さんが、やけに可愛らしく見えた。

「俺の友人や知人の悪口を言われたら気分がよくないかもしれないけど、知らないひとのうわさ話はただの世間話なんだから、気にしなくてもいいよ」
「桜田さんは乾さんのお友達でしょう?」
「友達は恐れ多いな。仰ぎ見る対象だよ」
「そうなんですね。スターですもんね」
「寿々さんも彼には憧れた?」
「そんな無駄なことはしません。感情の無駄遣いです」
「……ん? そ、そうなの?」

 どういう意味なのだろうか。質問はしにくかった。

「乾さん、寿々ちゃんとお酒を飲んだんだってね。ずるい。大嫌い」
「なんだっておまえに怒られなくちゃいけないんだ?」
「寿々ちゃんは……乾さんは罪深いのよ。寿々ちゃんは乾さんに……もうっ、馬鹿!!」

 意味が分かるようなわからないようなメールを千鶴がよこし、つきあい切れないので返事もそこまでにしておくと、翌日には待ち伏せされた。

「寿々ちゃんが嬉しそうに、私に報告してくれたの」

 挨拶もなしで、千鶴は恨みがましい口調で言った。

「乾さんと偶然会って、お酒をごちそうしてもらったの。おごってもらういわれはないって言ったんだけど、俺は年上なんだから、って払ってくれた。どうやってお礼をしたらいいんだろうね、なんて言うから、乾さんのほうがずーっと収入いいんだし、年上なのもほんとなんだから平気だよ、って言っておいたよ」
「ああ、それでいいよ」
「寿々ちゃん、乾さんを好きになったの? って訊いたらね」

 そんな無駄なことはしないよ、感情の無駄遣いだもの、と寿々さんは答えた。ああ、そういう意味だったのか。

「乾さんだってそうだよね。あんなにぬぼっと大きいブス、好きになられたら迷惑だよね」
「千鶴……」
「正直に言ってよ。千鶴のほうが可愛いよね。千鶴だったらこうして乾さんに片想いしていて、ちょっとかまってもらえたら嬉しいって思ってても迷惑ってほどじゃないでしょ? だけど、寿々ちゃんなんかに好かれたら迷惑だよね。ホルスタインみたいなブスが乾さんを好きになるなんて、身の程知らずっていうんでしょ。……乾さん、なにやってんの?」

 立ち止まり、俺はむこうからやってくるタクシーに手を挙げた。

「帰れって?」
「そんなことを言っている気持ちのままで、タクシーの中で鏡を見てみろ。今のおまえは最悪に醜い表情でいるんだよ。俺はそんなおまえを見ていたくない」
「……乾さん……」
「帰りなさい」

 涙があふれそうな目で俺を見上げてから、千鶴は止まったタクシーに素直に乗り込んだ。もはや表情は平素のものに戻っているから、タクシーの中で鏡を見てもおのれが醜くは感じないだろう。

 まったく、女ってやつは……いやいや、訂正。女のすべてがああだというわけではない。千鶴ってやつは……だ。あんなときにはきつく叱りつけたりすると逆効果だから、つめたく突き放すほうがいいといつしか俺は学んだ。千鶴は家に帰り、甘い自己憐憫に浸って泣くのだろう。泣いて悪感情を洗い流せるものならば、思う存分泣けばいい。

END







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FS超ショートストーリィ・四季の歌・隆也「秋の彩」

番外編

フォレストシンガーズ

四季のうた・超ショートストーリィ


「秋の彩」

 錦紗のごとき、金、紅、黄……山々が豪奢に彩られている。

 たとえれば女性の和服の裾模様のような。

 母がこんな和服をまとっていた記憶があるような。
 そんな風景。

 目を閉じれば金沢にいるような、そんな気分に包まれて。
 そして目を開けば、秋の夕陽にてるやまもみじ……。

 
 TAKAYA/35歳の晩秋に











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いろはの「ゆ」part2

ショートストーリィ(FSいろは物語)

フォレストシンガーズ

いろはの「ゆ」

「夢見たものは」

 銀行で知り合った三沢修一と結婚したのが二年前。お決まりの、子どもはまだ? 攻撃にさらされるようになってきたころ、幸美は妊娠を知った。

「これで自由な日々とはさよならだね」
「そんな言い方をするわけ?」
「いやがってるわけじゃないけど、とうとうお母さんかって……」
「嬉しくないの?」
「嬉しいよ」

 だけど、自分で産むわけではないあなたほどではないかもね、と幸美は思う。

 夫の修一は手放しで喜んでいるが、幸美はつわりもつらかった。つわりがおさまったらどんどん腹部がせり出してきて、食欲が高まって太ってくる。手足がむくんだりもする。おまけにおなかの中で子どもがあばれるようにもなってきた。

「うっ!! 地震っ?!」
「幸美っ、どうしたっ?!」
「……ああ、びっくりした。赤ちゃんが蹴ったんだ」
「そっか。俺のほうこそびっくりしたよ」

 夜中に胎内から蹴られて飛び起きた幸美の腹部を、夫がいとおしそうに撫でる。うちの旦那、子どもなんて面倒だなって言うのよ、と嘆いていた友人もいたのだから、夫が喜んでいるのは喜ばしいのだが、自分で産まなくていいんだからいいよね、と幸美はどうしても考えてしまうのだった。

「男の子ですよ」
「ちょっと小さいけど、元気な赤ちゃん」

 やがて生まれた長男は、幸生と命名された。母親の「幸美」から一字取って、幸多き人生を送るようにとの名づけだった。

 たしかにまったく元気な赤ん坊で、幸美は一日中振り回されている。泣くよりも機嫌よくしているときのほうが多いのだが、幸生は寝ない。幸生がお昼寝をしたらあれもやってこれもやって、と考えているのに寝ない。

「早く寝なさいよ。幸生が寝たら母さんはヘッドフォンで音楽を聴くんだからね」
「……ばぶ?」
「音楽を聴いていると没頭してしまうから、幸生を見ていられなくなるの。そしたらあんたはひとりで勝手にどこかに行っちゃうでしょ? ベッドに戻すと怒るでしょ? あんたはそこらへんでばぶばぶ言ってるのが好きなんでしょ? 泣かないから助かってはいるけど、寝ないのは困るの。寝なさい」
「あぶぶ」

 喃語というのらしいが、生後三ヶ月程度にすれば幸生はよく喋る。幸美にしても生まれついてのお喋りで、赤ん坊相手にそんなに喋ることがあるのか? と修一に呆れられるほどなのだから、母に似たのだろう。

「よく喋るしよく動く赤ちゃんなんだよね。そのわりにミルクはあまり飲まないから、幸生は大きくならないのよ。まだ寝ないの? 母さんのお喋りがうるさい? そんなことないよね。幸生は母さんの声が大好きだよね。寝ないんだったら子守唄……そうそう」

 少女時代に大好きになり、一緒にはまっていた友人たちが飽きて離れていっても、幸美だけは捨てなかったGSのレコードが山ほどある。ファンたちどころか、バンドをやっていた当人たちも飽きたのか、GSなんてものはすっかりすたれているが、幸美はいまだに大好きだ。

 赤ん坊にこういう音楽はいけないのかしら? 毒や害になるってことはないよね? 誰かに相談して、やめなさいと言われたらいやだから、私の判断で聴かせよう。

「幸生、これ、一緒に聴こう。あんたが寝ないんだったらそれがいいね」
「ぶぶ……」
「ぶぶってバンドはないなぁ。ブルーシャトーとか? ブルーコメッツは演歌ってのかムードミュージックみたいだから、母さんの好みじゃないのよ。タイガースにしよう。「ぶ」のつく歌がいいの?」
「あば……」
「アバ? アバはGSじゃないもんね。どれがいいの?」

 十年以上も前に小遣いを貯めて買った、幸美の宝物だ。かさばるLPレコードを全部、結婚するときに持ってきた。夫は文句も言わないが、好きでもないようなので、ひとりのときに聴く。けれど、息子だったらまっさらなのだから、もしかしたら洗脳できるのではないだろうか。

「洗脳って人聞きよくないよね。音楽で洗脳するのはいいのよ。幸生、どれか選んで」

 ずらっと並べたLPレコードに、幸生が小さな小さな指で触れる。そのうちの一枚、「ザ・タイガース・世界はぼくらを待っている」を指で押して、幸生はにこっと幸美を見上げた。

「これ? 幸生、センスあるよ。よし、かけようね」

 CDも出回ってきているが、幸美はレコードのほうが好きだ。なつかしくも愛しいレコードを、そおっとターンテーブルに乗せる。注意深く針を落とすと、ほどなく演奏が聴こえてきた。

「踊ろうか」

 小さな幸生を抱いて、音楽に合わせて踊る。幸生は幸美の腕の中できゃっきゃっと喜んでいる。話せるじゃん、幸生。母さんの息子なんだもん。あんたも音楽が好きだよね。

 赤ん坊を抱いて踊るのはわりに重労働だったようで、幸美はけっこうくたびれた。幸生も疲れたようで、ようやく眠った。ベビーベッドのかたわらで幸生の寝顔を見ていると、幸美もうたた寝してしまったので家事ができないままだったが、楽しかったからいいのだ。

「……お父さん」
「どうした、真剣な顔して? 幸生になにかあったんじゃないだろうな」

 それから数日後、帰宅した修一に幸美は告げた。

「幸生は元気よ。そうじゃなくて、またできたらしいの」
「は? え?」
「そうなのよ。おめでただって。そしたら年子だよね」
「あ、ああ、そうなのか、よかったな」
「うん、まあね」

 幸生を妊娠したときにも、嬉しいけれど……と言いつつ不平もとなえた幸美だ。修一がいささか心配そうにしているのは、そのときを思い出したからだろう。

「今度は女の子がいいよね」
「女の子もほしいけど、俺はどっちでも嬉しいよ」
「お父さん、がんばってね。私もがんばるから」
「うん。幸美……お母さんらしくなってきたのかな。今回は落ち着いてるな」
「楽しみがひとつ、増えたんだもの」

 すこしずつ大きくなってくるにつれ、幸生はレコードから流れる音楽に深い興味を示すようになってきている。最近ではベッドの中で、音楽に合わせて身体を動かしている。ハミングすらしているように幸美には思える。

 きっと次の子も音楽好きになるはずだ。将来は幸美を真ん中に、幸生と二番目の子どもとでトリオになって、聴くだけではなくて歌って踊るなんてのはどう? 三人でGSみたいのを結成できるかもね。幸美の夢はふくらんでいく。

 そうそう、物事はポジティブに考えなくちゃね。年子は大変だろうなんて思わないで、いいことだけを考えるの。幸美はおなかに向かって、あんたにもGSを聴かせてあげるからね、早く出ておいでよね、と語りかけようとして思いとどまった。

 そんなに早く出てこなくていいよ。月満ちてしっかり成長してから出てきなさい。お母さんもお父さんもお兄ちゃんも、あんたの誕生をじっくりと待ってるからね。

END








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2016/花物語/十一月「胡蝶蘭」

ショートストーリィ(花物語)

胡蝶蘭

2016花物語

「胡蝶蘭」


1

 残業をしていて気がつくと、課内の人間は誰もいなかった。僕のミスによる残業なんだからしようがないが、ひとりぼっちになると寂しい。もうじき仕事が完成する。そしたら帰ろう。自分に言い聞かせてパソコンに向き直って、またもや発見した。ここにもミスが……うわわ、これは長引きそうだ。

 覚悟を決めて性根を据え直して仕事を再開する。ようやく終わったときには夜が明けていて、これでは帰宅しても仮眠をとる時間もない。ならば応接室のソファで寝よう。

「……ん?」
「間野次郎さんだよね? こんなとこで寝たら風邪引くよ」
「あ、ああ……すみません」

 ソファで目を開けた僕を覗きこんでいたのは、掃除のおばさんだ。オフィスの掃除は契約している清掃会社から派遣されてきたスタッフが主に早朝に行う。掃除がすんでから僕らが出勤するので、掃除人と顔を合わせることはない。四十すぎくらいに見える女性は渡辺という名札をつけていて、彼女も僕が首からぶらさげているIDカードを見て名前を知ったのだろう。

「仕事で徹夜? 大変だね」
「いや、僕のミスですから」
「そっか。だったら当然か」
「当然ですね」

 起き上がった僕を、渡辺さんは母のようなまなざしで見てくれて微笑んでいる。ふっくらした身体を淡いピンクのユニフォームに包んで、時計を見上げて、始業時間まではだいぶあるな、と考えている僕に話しかけてきた。

「間野さんって独身?」
「そうですよ」
「いくつ?」
「二十七です」
「二十七? そーんな若いの?!」

 大げさにびっくりしてみせる渡辺さんに、僕も笑ってみせた。

「髪の毛が薄いですしね」
「それもあるかなぁ。三十五くらいに見えるね」
「よく言われます」
「それに、えらい痩せてる。ちゃんと食べてるの? ひとり暮らし?」
「そうです。大学からアメリカに留学して、むこうで院も終了して、その間に両親は田舎に引っ込んでしまったので、帰国してからはひとりです。食べても胃弱だから太らないんですよ」
「そんなだったら彼女、いないんだろ」
「図星です」

 応接室を片づけている渡辺さんにことわって、社外のコンビニへ朝食を買いにいった。戻ってきてもまだ始業時間までは間があるので、掃除をしながらの渡辺さんとさらに話をした。

「私は高校のときに母ちゃんを亡くして、親父の世話をしたり家事をしたりしなくちゃなんないから、学校は中退したんだよ。二十五歳も年上の男と結婚してからもパート主婦。十七歳からずっとパート主婦。私、いくつに見える?」

 四十歳はすぎているだろうと思えたが、やや少なめの年齢を口にした。

「三十八、九?」
「うん、もうじき四十」
「そうですか」
「ねえねえ、間野くん、遊ばない?」
「は?」

 遊ぶ、の意味が咄嗟にはわからないでいる僕に、渡辺さんはちょっぴり卑猥な笑みを向けた。

「独身で彼女もいないんだろ? 背は高いけど痩せすぎてるしハゲかけてるし、もてないよね。私は結婚してるけど、旦那は二十五も年上だから枯れちまってるんだよ。夜中にやろうよって言ったら、勘弁してくれ、そんなにしたいんだったら若い男と遊んでもいいぞって言うの。だからいいんだよ。気にしなくていいの。遊んであげるからホテルに行こうよ」
「は、はあ」

 昨夜はほぼ徹夜で働いたのだから、今日は定時で帰ろう。とはいえ、ひとり暮らしのマンションに帰ったところですることもない。だったら、渡辺さんとデートするのもいいではないか。十歳以上年上だけど、僕が三十五歳くらいに見えるのだから、見た目はそんなにちがわない。

 背が低くてふっくらぽってりした渡辺さんは、美人でもないけれど可愛らしくなくもない。嫌いなタイプではない。デートくらいだったらいいだろう。

 そんなつもりではじめた関係だったのだが、彼女とはすべてがしっくり合う。性格も趣味も、食べものの好みもあっちの相性も合いすぎるほどで、話をしているとすこぶる楽しい。姉さんのような恋人のような渡辺さんは世故長けていて、世間知らずの僕にさまざまなことを教えてくれる。人生勉強までさせてくれた。

「でしょう? 相性いいよね。そしたらさ、結婚してあげるよ」
「結婚? 則子さんと?」
「そう。私だって次郎といると楽しいし、なんでもかんでも気が合うってほんとだもの。結婚しよ、しよしよ」
「いや、しかし、あなたは結婚してるんでしょ?」
「ああ、あれ? 嘘だよ。馬鹿だね」
「嘘?!」

 お気楽に笑って、渡辺則子さんは本当のことを話してくれた。

「セックスレスの二十五歳年上の旦那と、二十五歳年上の実の親父。同じようなものじゃん?」
「お父さん?」
「そうだよ。十七歳で母ちゃんが死んじまって、私はそれからはほぼずっと団地の3LDKで父と娘のふたり暮らしさ」
「あああ、そうだったんだ」
「だから、気にしなくていいんだよ。結婚しよ」

 拒否する理由はなにひとつない気がした。

「えーっと、だけど、則子さんはお父さんを置いて出ていけるの?」
「なんで出ていかなくちゃいけないの? 次郎がうちに来ればいいんだよ」
「お父さんと三人で暮らすわけ?」
「そうだよ。決まったら善は急げ。うちの親父に挨拶に行かなくちゃ。いつだったらいい?」
「え、えと、えとえと……そうだね」

 手帳を取り出した僕に、則子さんはけろっと告げた。

「結婚するんだったら私の年、教えておかなくちゃ。遊び相手だったらあんたが想像してる通りでいいと思ってたんだけど、私、ほんとは五十だから」
「へ?」
「でも、四十くらいにしか見えないだろ? あんたは三十五にしか見えないんだから、五つくらいの年の差、どうってことないない。気にすんな」

 そう言われれば、そうだな。


2

 もと公務員だそうな則子さんの父、壮造さんは、娘に似た小太りで小柄な老人だ。御年七十五歳。健康で頑健そうだ。

「ふむ……則子と結婚したいとな? ならばきちんと挨拶しなさい」
「は、はいっ!! えとえと、お嬢さんを僕に下さい。幸せにしますっ!!」
「うむ、よろしい」

 お父さんったら古臭いんだから、と則子さんは笑っていて、義父になる人はいかめしい調子で言った。

「我が家に入るんだったら、俺の出す条件を飲みなさい。なに、条件といってもたいしたことはない。これからは俺の年金は小遣いにするから、おまえの収入で家賃やら光熱費やら食費を出すんだ」
「お父さんったら、そんなの当たり前じゃん」
「当たり前だな。あとは、月に一度の外食、年に四度の旅行程度か」
「そんなのお安い御用だよ。次郎はけっこう高給取りなんだから」
「……見た目はぱっとしないが、収入がいいんだったらそれだけはとりえだな」
「そうみたいね」

 ふむふむとうなずいてから、壮造さんは言った。

「ところで、おまえの両親は我が家に挨拶に来んのか」
「あ、は、うちの両親は……」
「次郎のお母さんもお父さんも、私と結婚するってのに反対してるんだって。なにが気に入らないんだか、失礼な親だよね」
「反対している? なぜだ? 則子が次郎よりも年上だからか」
「そうなんじゃない? 心が狭いんだから」
「まったくだな」

 憤慨した表情で僕をねめつけてから、壮造さんは腕を組んだ。

「息子が結婚してもらう女、女の家に同居もさせてもらう。ここは団地だから家賃も安くて助かる。なのに親は礼儀知らずで挨拶にもやってこない。なんたることだ。そんなだったらおまえも親とは縁を切れ、二郎」
「そうだよ。こんな不細工な息子、私が拾ってやらなかったら一生独身なのにね」
「かもしれんな」
「ま、いいじゃん。じゃあ、三人で焼き肉でも食いにいこっ」

 そうして、渡辺則子と間野次郎は結婚した。

「こんなの送ってきてさ……」
「うわ、豪華な花だね。どなたから?」
「妹」
「則子さん、妹さんがいたの?」
「いるんだよ。その話はまたね」

 諸般の事情により結婚式はしなかった。義父と則子さんと僕とで食事会をしただけだ。その日に送られてきた花は胡蝶蘭。華やかさは皆無の新婚家庭が華やいでいいではないか、と僕は嬉しかったのだが、則子さんはなぜか不満げだった。

「年子だから、母ちゃんが死んだときには妹は十六だったんだ」

 新婚旅行のようなものには、壮造さんと三人で北海道に行った。寒いの疲れたのと不平たらたらだった壮造さんが眠ってしまうと、則子さんが話してくれた。

「私は高校やめて家事をやってるってのに、妹は遊び歩いてばっかりで、親父に怒られて家出しちゃったんだよ」

 写真を見せてもらったところでは、母と次女、父と長女が似ている。母と次女、すなわち則子さんの妹は、すんなりした美人。それもあって、妹は男にもてたらしい。家出をして男のマンションを渡り歩き、妊娠した。則子さんに言わせると、父親が誰なのか定かではなかったらしいが、そのうちの確実性の高い男と結婚した。

「その男は妹の見た目に惚れてたらしいんだよね。で、結婚して子どもを産んだ。女の子だよ。姪はマリーナっていうの」
「マリナちゃん? 今どきの名前だね」
「マリナじゃなくてマリーナ、こう書くんだ」
「海那……ふぅん」

 海はマリンだから「海那」と書くのだそうだ。マリナではなくマリーナなのは、母親のこだわりであるらしい。

「そんでじきに離婚しちゃったよ。妹が浮気したからなんだって。マリーナは父ちゃんの親に引き取られて、妹は行方不明になっちまった。二度目の結婚をしたときに親父とは会ったらしいけど、姉ちゃんは独身? ひがむから会わないほうがいいね、なんて言って、ずーっと会ってない。失礼な奴だよ」

 離婚した夫の両親のもとで暮らす孫に、壮造さんは会いたかった。そういうところはおじいちゃんらしいのだ。

「おまえんちのバカ息子がしっかりしてないから、女房が浮気して家出したりするんだ。そんな息子に育てた親に育てられるマリーンの将来が心配だし、たまには小遣いだってやるから、どこそこへ来させなさい」

 と、次女の元夫両親に命令し、壮造さんはマリーンちゃんと時々デートしていたのだと、則子さんは語った。

「私はマリーンには会ったことないんだけど、親父もマリーンが小さいころにしか遊んでないはずだよ。ガキって十くらいになったら生意気になるもんね。こんな娘に育ったのは案の定だ、って、親父はよくこぼしてた」
「なるほどね」
「マリーンっていくつだっけ?」

 指を折っていた則子さんは、ああ、あんたより年上だ、三十すぎてるよ、結婚したって話は聞かないな。あんな躾の悪い娘が結婚できるはずないもんね、と笑い飛ばした。


3


 婿養子に入ったのではないが、3LDK団地の所帯主は渡辺壮造、娘の則子とその夫が間野姓で同居しているという形だ。僕は近所の方には渡辺さんのお婿さん? と訊かれたが、則子さんが、ううん、マスオさんだよ、と説明してくれた。

 サザエさんの夫であるマスオさんも婿養子なのかと思われがちだが、マスオサザエの姓はフグタである。あの漫画は第二次大戦後間もない時期にはじまったのだから、当時、長男のカツオがいるイソノ家に婿養子は取らないはず。

 漫画の詳細までは知らない人もよくいるので、マスオさんなら養子でしょ? と言われることもある。則子さんは、面倒だからと適当にあしらう。よって、僕に渡辺さんと呼びかけるご近所さんもいる。僕もめんどくさいので、近所での呼び名などはどうでもよかった。

 あれから十五年、親父もそう長くは生きないよ、と則子さんは言っていたのだが、齢九十歳の壮造さんはますます矍鑠としている。

「えええ? 間野先生って四十三歳なんですか?!」
「そうですよ。そんなにびっくりしなくてもいいでしょう?」
「いえ、あの……」
「五十五歳くらいに見えます?」
「そこまでは……」

 薄毛は進行するばかりだが、完全に禿げてはしまわなくて、いわゆるバーコードである。いっそスキンヘッドにしたいのだが、大学講師もしている身としては、堅気に見えないかもしれない髪型はご法度だ。百八十センチ弱で六十キロ強の痩せた身体も変わりない。渡辺さんたちって五つほど奥さんが年上? と長年言われてきた。

「ご結婚なさってるんですよね?」
「してますよ。うちの奥さんは逆に若く見えるから、僕ら、見た目は年の近い夫婦なんですよね」
「えーっと……それって……」

 講師としてときおり講義に赴く大学の同僚になった、新任の女性、天見さんは怪訝そうにしている。僕は常に持ち歩いている妻の写真を見せた。

「この方ですか……」
「僕とは正反対で、太ってるから肌もつやつやしてるでしょ。いくつに見えます? って質問をされてもあなたも困るだろうけど、僕よりちょっと年上に見えるでしょ?」
「まあ、そうですね」
「実は六十六歳なんですよ」

 絶句……といった表情の天見さん。僕の妻は実は……と告白するとこんな顔をする人は多い。その顔を見るのは僕には快感だった。

「間野先生……私の話も聞いて下さいます?」
「いいですよ」

 非常勤だから毎日は天見さんとは顔を合わせない。そんな話をしてから一ヶ月ほど後に、彼女に相談を持ちかけられた。

「私は三十九歳なんです」
「ああ、そうなんですか」
「私には恋人がいまして、彼、十一歳も年下なんですね」
「ふむふむ」
「プロポーズされまして……」
「それはそれは、おめでとうございます」
「嬉しくなくはないんですけど……」

 他人は皆、異口同音に言う。
 今はまだ天見さんだってそれほど年を取っていなくて、まだまだ綺麗だ。けれど、あなたが五十歳になったらどう? そのときには彼はまだ三十代だよ。彼はきっと後悔する。若い女性と浮気をしたくなる。そんなの惨めでしょ? やめておいたほうがいいよ。

「彼はそんなことはないって言います。私も信じたいけど、みんなの言うことも正しいんじゃないかって……」
「それで、僕に相談ですか」
「そうです。先生、後悔なさっていませんか?」
「ええ、後悔なんてしたことは一度もありませんよ」
「本心で?」
「本心です」

 うちの奥さんは出会ったときにも若くも綺麗でもなかったから、もっともっと年を取っている今だってたいして変わりはしない。義父は元気だとはいえ、さすがに年に四度の旅行が半分に減り、あとの半分は夫婦だけで出かけられる。僕たちが留守のときには老人施設のショートステイに行ってくれている。

 外食は僕も楽しみだし、義父が最初に言った通り、団地暮らしは家賃が安くて助かる。光熱費なんて二人でも三人でも大差ないし、子どもなんて考えられもしなかったのだから、お金がかからなくて貯金は増える一方だ。

「結婚することになったんだ。彼女、いくつだと思う? 二十八だよ」
「へぇぇ。おめでとう」
「間野くんの奥さんとだといくつちがう? 祖母と孫だよね」

 勝ち誇ったように報告してくれた友人もいたが、そんな小娘、どこがいいんだろ。
 こう見えて僕はまるでもてなかったわけでもなく、アメリカにいたときには欧米人女性と何度かつきあった。則子さんと結婚してからも誘惑がちらほらあったのだが、僕は妻一筋だ。

「相思相愛なんだったら結婚すればいいじゃないですか」
「先生は今も、奥さまを愛していらっしゃいますか?」
「んんん……」

 恋愛ではないので愛していると思ったことはないが、愛と結婚は別だ。天見さんが結婚すると決めたら、僕も彼女に胡蝶蘭を贈ろう。則子さんの妹とは一度も会っていないが、彼女が送ってくれた胡蝶蘭は記憶に鮮やかに残っている。胡蝶蘭は幸せな結婚の守り神なのだから。

END








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ガラスの靴68

別小説

「ガラスの靴」

     68・母心

 ミルクティを三つ淹れて、母と伯母の前にすわる。伯母は母の姉で、会うのは実に久しぶりだ。母は晩婚、伯母は母よりもだいぶ年上で早婚だったので、息子も娘も結婚していて孫もいる。いとこのお姉ちゃんとお兄ちゃんには、小さいときに遊んでもらった記憶ならあった。

「うちの血筋なのかしらね」
「血筋ってなに? おばさんちの息子も専業主夫?」
「男の主夫ねぇ。笙くんはそうなんでしょ。それだったらかえってまだいいかもしれない」

 よく覚えていないので確認したところによると、伯母には四十代の息子、四十代の娘、三十代の娘、と三人の子どもがいるのだそうだ。上から、既婚、未婚、既婚なのだそうで、長男と次女には子どもがいる。

「息子と嫁は同じ大学を卒業してるのよ。結婚したいってうちに連れてきたときには、嫁は普通のOLだったの。子どもができて仕事を辞めて、すこししたらとんでもないことを言い出したのよ」
「あれはたしかにとんでもなかったね」

 母は伯母から聞いていたのだろう。僕も聞いたのかもしれないが、親戚なんてどうでもいいので覚えてはいなかった。

「息子はあのころは一流企業の花形部署で働いていたから、収入もよかったわ。だから、させてやりたいって言うのよ」
「なにを?」
「もう一度音楽の勉強がしたいって。嫁は息子と大学は同じだけど、音楽を勉強していたらしいのね。中途半端に終わってしまったから、ドイツに留学して勉強したいって。子どものころからなにやら楽器はやってたらしいんだけど、ただの趣味だと思ってたのよ」
「耕一くんもまあ、よく許したわよね」

 舅、姑の反対を押し切って、嫁は幼子を連れてベルリンに留学した。僕のいとこにあたる耕一くんは、妻に仕送りをしてやり、時々は妻に会いにいっていた。であるから、二番目の子どももできた。

「外国で勉強しながら出産なんて絶対に無理でしょっ、帰ってきなさいっ、って、私は悲鳴を上げたわよ」
「そうだったわね」

 ところが、現地でお手伝いさんを頼んで、嫁は出産を乗り切ってしまう。耕一さんも手伝いにいき、嫁は留学をまっとうしてから帰国した。

「それからは音楽の仕事をしていたの。私にはもひとつわからない仕事だったけどね」
「アンヌと似た仕事?」
「アンヌさんはロックでしょうが。うちの嫁はクラシックよ」

 ロックよりもクラシックのほうが上? このおばさんは嫁の悪口が言いたいのか、自慢がしたいのか、どっちなんだ。

「クラシックっていうのはなんでも、高尚な音楽なんだから一般受けはしないみたいね。流行歌手だとか、アンヌさんみたいな俗っぽい仕事とはちがうのよ」
「アンヌさんだって簡単に成功したわけではないわよ」
「そりゃそうね。桃源郷なんか私は知らないもの」
「姉さんはおばあさんだもの。年寄りはロックバンドなんて知らないよね」

 ふんっだ、という感じで母が言うのは、このおばさんとおばあさんは、対抗意識を燃やし合っているのか。面白くなってきた。

「アンヌさんはどっちでもいいんだけど、うちの嫁よ。そんなふうだから、お金をかけさせたり耕一に寂しい想いをさせたり、子どもたちをほったらかしにしたりしたあげく、たいしてお金にもならない仕事をしていたの。そのくせ、外国に行くからって耕一に子どもをまかせて、子どもたちにも寂しい想いをさせてるのよ。電話をかけたら孫が出て、お母さんはイギリスに出張してるとか言うの。なにが出張よ」
「仕事なんでしょ」
「仕事ってのはお金になることを言うのっ」

 不満いっぱいの表情で、伯母が続けた。

「だったら同居して、私が孫の世話をしてあげようかって言ってみても、耕一がするからいいって言うのよ。耕一は家事も育児も上手になったし、孫たちはお父さんっ子になったって」
「そこは笙と同じね」
「同じとはいってもね……私は情けなかったわ。そんなだから耕一は……」
「それはあるかもしれないわね」

 そんなだから耕一が……どうしたのかは言わず、伯母は嫁の愚痴ばかりを言っていた。

「不細工な女なのよ。がりがりぎすぎすで、うちに来ても私の手伝いをしようともしない。昔からそうだったからイヤミを言ってやったら、耕一が立ってきて皿洗いをするの。私は実家に帰ったら母の手伝いをするんですから、こちらでは実の息子の耕一さんがするべきですよね、ですって」
「今どきはそうなのよね」

 アンヌには如才ないところがあるので、母が来ているとさりげなくお茶を入れたり、肩をもんでやったりはする。ただし、母はアンヌといると居心地がよくないようで、彼女が帰ってくるとさっさと出ていってしまうのだが。

「耕一は男前なのに、もっと若くて可愛い女の子と結婚できるのに、最初から反対だったのよ、今からでも遅くないわ。母さんが孫たちを育ててあげるから、離婚したら? って言ってみたら逆上したみたいに怒って、あれからは私が遊びに行くって言ってもいい顔しないの」
「姉さん、それは禁句だったかもね」
「どうしてよっ」

 姉妹喧嘩が勃発しそうになったので、僕が横から質問した。

「で、それからどうなったの? 耕一くんはどうしたの?」
「耕一は一家の主人なのに、嫁があんなだから家事や育児にかまけなくちゃいけなくなって、エリートの座からは脱落したのよね。課長どまりだったわ。中間管理職ってのはリストラに遭いやすいらしいのよ。耕一がリストラされたのはみんな、嫁のせいよ」
「じゃあ、耕一くんも主夫になったの?」
「耕一は笙くんみたいなプライドのない男じゃないわ。働いてます」

 横から母も言った。

「工員さんみたいな仕事よね」
「工員じゃなくて技術者よ」

 それでもブルーカラーだろうから、プライドの高い伯母さんは言いたくなかったのだろう。どうせ僕には、男としてのこりかたまったプライドなんかないよ。だから幸せなんだ。

「嫁の収入がよくなったから、生活の心配はないんですって」
「だったらよかったじゃん」
「よくないわよっ!! いつの間にか、嫁の収入は耕一の十倍だって言うじゃない。それに引き換え、うちの次女は稼ぎなんかない専業主婦よ。私も兄さんみたいなものわかりのいい男と結婚してたら、義姉さん以上に稼げるようになれたのに、失敗したわぁなんて文句言ってる。そんなの、私は知らないわ。あんたが選んだ旦那でしょうが」
「上のお姉ちゃんは?」
「ニート」
 
 ニートじゃないでしょ、アルバイトはしてるじゃないの、と母が言ったが、伯母にとってはフリーターとニートは同じらしい。母ってのは子どもがいくつになっても気になるものなのだ。うちの母は主夫の僕を受け入れてくれているのだから、ものわかりのいいひとなのだろう。

「この間、嫁が浮気してるのも見つけたのよ」
「浮気? お嫁さんのケータイでも見たの?」
「ちがうわよ。そんなことはしないわ。パソコンよ」

 遊びにいくと息子は疎ましがるが、お嫁さんは意外に歓迎してくれる。伯母が息子の家を訪ねていくと、テーブルのパソコンが開いていた。

「なにをしていたの?」
「仕事でチャットしていたんです」
「チャット……メールみたいなものよね。相手は男性?」
「そうですよ」

 チャットとはなんだか知らないが、教わるのも悔しいので、伯母はその画面を覗いた。
 さすがだな、僕はあなたを誇りに思うよ。同窓生として、あなたは僕らの理想の星だ、素晴らしい。僕の心にあふれる愛と尊敬を贈ります。
 相手の文面はそんなふうで、ありがとう、私もあなたに愛を贈ります、とお嫁さんは返信していた。

「愛ですって。汚らわしい」
「チャットなんだからジョークみたいなものじゃないの? お嫁さんってなんでそんなに尊敬されてるの?」
「どこやらの国のオーケストラの指揮者に選ばれて、外国でコンサートやるらしいわよ。だから尊敬されてるんだって」
「……すげぇじゃん」

 それはほんとに、アンヌとはスケールがちがう。チャットの文面は大学だか留学先だかの同窓生からのお祝いのメッセージだろう。日本語でやりとりしていても外国人なのかもしれない。

 が、伯母としてはそのすごさがぴんと来ていないようで、またあの嫁は孫をほっといて外国に出張だなんて……だったら私が孫の世話をしてあげるのに……いらないって言うのよ、息子もなにを考えているのか、などなど、延々と文句を垂れ流していた。

つづく







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FS「シャトン・ノア(黒猫)」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

「シャトン・ノア」


 引退したらキャットカフェをやりたいな、と漠然と考える。ロマンスグレイの痩せた小柄な紳士と、お年を召しても可愛いマダムの夫婦で、猫だらけのカフェを経営する。紳士は俺で、マダムは俺の未来の奥さん。

 無邪気な夢ではあるが、俺が一生独身だとしても、いつまでも歌手を続けていけない可能性もあるわけで、そしたらやっぱりキャットカフェかな、貯金しておかなくちゃな。
 東京のキャットカフェなんかに入ると、三沢幸生は猫好きだと知っているファンの女性が待ち伏せしていて取り囲まれる恐れがある。俺は嬉しいけど、お店や相客に迷惑がかかるし。

 なのだから、実際には三沢幸生を待ち伏せするほどのファンはいないとしても、迂闊に知らない店には入れない。だけど、ここだったらいいかな。

 「シャトン・ノア」。ほっそりした黒猫がセクシーなポーズを取っている看板からしても、この店名はフランス語で「黒猫」だ。英語以上にフランス語は解さない俺ではあるが、ノア……ノアールという単語に胸を締め付けられたようになって、扉を押した。

 信州のすこし寂れた街にあるカフェだ。フォレストシンガーズ日本全国全市踏破ツアーの一環として訪れたこの町での、仕事の合間の休憩時間。中には黒猫も、長毛の洋猫も日本猫もいる。お客に向かってつんっとする高嶺の猫もいたが、茶色の大型長毛猫が、テーブルに着いた俺の膝に乗ってきた。

「おー、いい子だね。きみは……ノルウェイジャンフォレストキャットじゃないのかね? そしたら俺とは縁があるんだ。なんて名前?」

 首輪には迷子札がついていて、フォーレスと名前が刻んである。フォーレス……駄目だ、泣けてきそう。水を運んできたおじいさんが、うるうるしている俺を不思議そうに見ている。店内には二組の客がいて、全員男。全員が老人だから、俺のことはまったく知らない様子だった。

 十年も前に拾って母に託し、ほどなく死んでしまったフォーレスは、ノルウェイジャンフォレストキャットなんていう高価な猫ではなかった。ただの駄猫だったけれど、可愛かった。過去には猫にまつわる悲話がいっぱいある俺にとっても、近くて悲しい想い出だ。

 さらに近い悲話に出てくるのが黒猫ノアール。大切にされている健康な猫は二十年ぐらいはざらに生きるから、猫好き蘭子に拾われたノアールもまだ生きているはず。でも、俺のことは忘れたよね? 猫だもんね。

 安普請のアパートに住んでいたから夜には自宅では歌の練習ができなくて、ジョギングがてら公園に出かけていた。三沢幸生専用スタジオがほしいとの夢も今ならば笑い話でもないのだが、あのころは個人的にスタジオを借りて練習する金も惜しかったものだ。
 
 無料で練習できるように工夫して、公園に走っていった夜、蘭子とノアールに出会った。黒猫が縁ではじまった俺の恋。俺の上を通り過ぎていった女はひとりずつは覚えてもいないほどに多いが、その大半は恋愛ではない。蘭子にはまぎれもなく恋をしていた。

 でも、当時の俺には結婚願望はなかった。今でも結婚願望は希薄だが、当時はゼロだった。願望があったとしても、二十代半ばの売れない歌うたいが結婚なんてできるわけもない。

 蘭子は俺よりもひとつ年下だったが、女は若いほどいい条件で結婚できる、と言って、お見合いするの、と宣言して俺を捨てた。あのときにはやさぐれたっけ。ナンパで傷心をまぎらわせようと、あの時期にだけでも相当な数の女と寝た。恋ではなく寝ただけだ。

 ナンパをしては相当数の女と寝ていた時期は、俺には複数回ある。学生時代には数的には可愛いものだったが、高校生だと親父に叱られ、大学生だと乾さんに叱られたから、歯止めになっていたのだろう。誰にも叱られなくなってからは、数も飛躍的にアップした。

 自慢にもならないそんな時期を経て、次の恋、その次の恋と経験したような……あれって恋だったのか? であるような。

 シゲさんが結婚してから一年ほどすぎたころ、金子さんとふたりして公園にいて、蘭子に再会してしまったのだ。蘭子は夫を従えていて、蘭子のおなかはふっくらふくらんでいた。そんなのがショックだったなんて、俺はやっぱり蘭子が好きだったんだ。

「ノアールは元気にしてるよ」
「そう。蘭子ちゃんも元気そうだね」
「幸生くんも、有名になってきたんだよね。よかったね」

 そんな会話をかわしたのは覚えている。幸せになれよって叫べよ、と金子さんに促されて、蘭子とその夫が見えなくなってから叫んだのも覚えている。

 黒猫につながって思い出されるのは、いまだ蘭子だ。あんな女、打算的で依存心が強くて、やきもち妬きで怒りっぼくて、俺の先輩たちや仕事にまで嫉妬したのに。可愛い顔をしてるからってわがままで高慢で、実家暮らしだったからめったに一緒に夜もすごせなくて。

 なのに、俺は蘭子が好きだった。章がスーに執着しているほどではないが、時折は蘭子を思い出す。あんな女と結婚していたら、俺は苦労していただろうにさ。けど、何匹もの猫と、蘭子に似たちっちゃくて可愛い子どもたちに囲まれて、幸せだったかもしれないな。

 我がものにはできなかった女だからこそ、俺はあいつが好きだった、となつかしむのだろう。結婚していたら離婚していたかもしれないのに、横浜での数少ないお泊りデートも思い出す。ちょっと張り込んだホテルの窓から、横浜の港が見えていた。

「三十何年生きてきて、いろいろな女も見てきたけど……な、ノアール、あれ? フォーレスじゃなくておまえが膝に来たの? おまえも迷子札をつけてるんだね。名前は別にあるんだろうけど、ノアールって呼ばせて」
「うみゃ」

 いいよ、と返事をしてくれたことにして、俺は続けた。

「今の冒頭の台詞は、俺の好きなGS出身のシンガーの歌にあるんだよ。もと歌では二十何年生きてきて……でさ、はじめて聴いたときには俺は十代だったから、かっこいいと思ったんだよな。だけどさ、二十何年でなにがわかるってんだ。男は三十過ぎてからだよ」

 どこからか忍び笑いが聞こえた? 気のせいだろう。膝にすわったノアールはゴールドの大きな瞳で俺を見上げて、続きを話せ、と言っているようだった。

「だからさ、ノアール、俺は恋多き男ではなくて、その数だけが多い男なんだよな。なんか虚しいよな。結婚したいとは思わないけど、一生の伴侶だと決められる相手がいるってのはいいことかもしれない。俺にはそんな女、出てこないのかな。猫でもいいんだけど、猫は早く死んじゃうからな。んと……やっぱり笑われてない?」

 ノアールのつもりになった黒猫に向かって、俺は小声で喋っていたつもりだった。が、俺は声が高い。店内にいる五人の老人たちのうちには耳の遠い方もいるのだろうが、すべてがそうではなかったようで、一部、聞かれていたようだ。

「兄さん、若いね」
「三十何年生きたぐらいでなにがわかるんだよ」
「そうそう、男は七十からだぜ」

 人生の先輩方の心の声が聞こえてくるような気がする。改めて見てみると、あのおじいさんたちが俺の将来の姿のようにも思える。とすると、ひとりは店の人間だから、残るは俺を入れて五人、フォレストシンガーズじゃないか。

 背が高くてひょろっとした感じ……背が高くて骨太っぽい感じ……細くて小柄な感じ……中肉中背でわりとがっしりした感じ……それから俺。体型からしても、四十年後のフォレストシンガーズに見えてきた。ってことは俺もおじいさんの仲間入り? そりゃないでしょ。

「ノアール、俺、若い?」
「にゅ?」

 見回してみると、むこうのほうに鏡があった。俺はさりげないふうに席を立ち、ノアールを抱いて鏡に写ってみる。三十三歳、若いといえる年頃ではないが、客観的に観察しても中年には見えない細身の男が、猫を抱いている姿だった。

 ああ、よかった。俺はおじいさんにはなっていない。変な錯覚を起こしてしまった。
 想いだけが過去へタイムトラベルして、現在を飛び越えて未来へ行ってしまったんじゃなくてよかった。俺はまだまだこれからさ。な、ノアール? 今、ここにいる黒猫と、蘭子のもとにいるはずのノアールと、両方に話しかけてみた。

「だよな、ノアール?」
「みゅうう」

 そして、俺自身にも。な、幸生?


END








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いろはの「き」part2

ショートストーリィ(FSいろは物語)

フォレストシンガーズいろは物語2

「昨日のように」

 三浪までして入学したい大学なのか? 母校についてのそんな評判は知っていたが、高倉誠はどうしても入りたかったのだ。

 そこには種々、諸々の理由があったのだが、今になって思えば、あのふたりに出会うためだったともいえる。三浪なのだから当然、同級生たちよりも老けていた。ただでさえ、広島の高校時代に女の子に告白して、高倉くんっておっさんみたいじゃけぇ……と言われた経験もあった。

 老けている、おっさんみたい、すなわち、貫録があるという意味だ。その意味で高倉は、大学合唱部男子部でも文句なしにキャプテンに選ばれた。

「そんなご謙遜を……歌って下さいよ」
「フォレストシンガーズの連中の前で、俺が歌えるかよ」

 年齢は本橋や乾の六歳上、学年は三歳上。なのだからフォレストシンガーズの残り三名とは学生時代には触れ合いはなかった。その三人も含めたフォレストシンガーズが、ライヴハウスのステージで歌っている。ピアノ伴奏は金子将一、彼もまた高倉の合唱部での後輩で、金子は本橋や乾より二年年長だ。

「パーティがあるから、ここで待ち合わせして一緒に行こうね」
「なんのパーティ?」
「行けばわかるから」

 妻に言われて、彼女が指定した待ち合わせ場所に出向いた。高倉はレコード会社のプロデューサーであるので、パーティには慣れている。妻の関係の集まりなのかと思っていたのだが、ライヴハウスに連れてこられて足を踏み入れた途端に、祝福の言葉と紙ふぶきを浴びせられた。

「高倉さん、四十歳おめでとうございますっ!!」
「きゃーっ!! 高倉さん、かっこいいっ!!」
「おめでとうございまーすっ!!」

 並んだ顔は主に学生時代の仲間たち。こだわるようだが三浪ゆえに、ほとんどが年下の者ばかりだ。同い年といえば、故郷からやってきてくれたらしい高校時代からの友人が二、三人いるくらいだった。

「いやいやいや、ありがとう。びっくりしたよ。四十歳なんて忘れてたけど、ありがとう。嬉しいよ」

 男が四十歳になってなにがめでたい、とひねくれたい気分もあったのは霧散し、妻のサプライズ企画に感謝した。妻からのプレゼントは続いて、金子将一のピアノ演奏によるフォレストシンガーズの歌。これには高倉以上にゲストたちが大喜びしていた。

「俺が歌わなくても、ここにはシンガーは何人もいるじゃないか」
「徳永さんもいらしてるんですね。俺、実は彼がちょっと苦手です」
「そうなのか? まあ、徳永が得意だって言うのは金子くらいのもんだろ」

 噂には聞いていた、フォレストシンガーズの元メンバー、小笠原英彦。俺までお招きいただきまして……と挨拶に来た小笠原と話しつつ、高倉はステージに目と耳を向ける。高倉がとうに卒業していた時期に、本橋と乾は小笠原、本庄、三沢の三名を誘ってフォレストシンガーズを結成した。

 たやすくデビューはできないでいるうちに、小笠原が脱退した。後に木村が加入し、本橋と乾が二十四歳の年にフォレストシンガーズがメジャーデビューした。三十歳になっていた高倉は現在の仕事に就いていたものの、フォレストシンガーズのために力を貸してやれるほどの地位にはいなかった。

 けれど、フォレストシンガーズは近年になってじわじわっと売れてきている。派手にブレイクするというのではないが、彼らの歌の良さや歌唱力の素晴らしさが認められたのだろう。

 あいつらを見出したのは俺だ、が高倉のひそかな自慢で、つきあいの深い者には口にもしている。妻などは何度聞かされたかもわからないほどだろうから、夫の誕生日にこんな企画を立ててくれたのだろう。多忙な身の後輩たちが高倉のために集まってくれた、それだけでも感激だ。

「俺も本橋さんや乾さんからは聞きましたし、俺が入部したころには伝説に近くなっていたんですけど、高倉さんのお話も聞いてみたいですね」
「伝説って……きみが入部したのは俺が卒業した翌年だろ」
「そうです。高倉さん、ヒデって呼んで下さい。おまえって呼んでやって下さい」
「きみが……おまえがそのほうがいいんなら……すると、ヒデが入部した年のキャプテンは金子か」
「はい」

 卒業していくキャプテンは、次期キャプテンに申し送りをするという伝統があった。実際には春になってから選挙で決定するのだから、卒業していく者には次期キャプテンはわかっていない。それでも敢えて、自らが彼だと目星をつけた後輩に言葉を贈る。高倉は金子将一を選んだのだった。

「高倉さん、金子だったみたいだよ。当たってたね」
「金子しかいないだろ」
「いや、金子じゃなくて皆見って説もあったからさ」
「合唱部のキャプテンには華もあったほうがいい。俺よりはおまえのほうが似合ってたんだけどな」

 そんな会話をかわした相手の、星丈人も来てくれている。金子の代の副キャプテンだった皆見聖司の顔も見える。同窓会のノリで来てくれている者もいるのだろう。

「あれは……何年前かな。二十年近く前だな」

 広島の高校生だった高倉は、東京の大学を受験した。何校か受けた中には合格した学校もあったのだが、どうしてもここに行きたいと願った大学には門戸を閉ざされた。諦めきれずにチャレンジして、三度目の正直ならぬ四度目でようやく、入学できたのである。

 歌が大好きだったから合唱部に入部し、星、渡嘉敷という声の低い男と三人でユニットを組んだ。高倉も声は低いから、一時は女性に加わってもらったこともある。
 その女性を高倉が好きになり、彼女は星が好きで……といった、ありふれた三角関係に陥ったこともある。彼女のほうがつらくなったようで、自ら彼らから遠ざかっていった。

 学校近くのコーヒーショップでアルバイトしていた女性に声をかけられ、淡い期待を抱いていたら、私、星さんが好きなの、との告白をされたこともある。星のようなルックスのいいもてる男と友達でいると、割を食う機会が多かった。

 しかし、渡嘉敷と高倉は結婚したが、星は独身だ。彼こそがもてすぎて結婚できない男なのか? 三沢と木村はともかく、もてまくっていた乾も独身だから、そういうものなのかもしれない。

「ヒデも独身か?」
「ええ、バツイチです」

 後輩たちは知らない、高倉が合唱部の下っ端だったころの話。キャプテンになった年の新入生だった、本橋と乾との出会い、そんな話を、小笠原は興味深く聞いてくれている。近頃は誰に話しても、またぁ……その話、聞き飽きたよ、だったりするので、改めて話せるのは楽しかった。

「おまえはもてるんだろ」
「もてませんよ」
「嘘をつけ」

 初対面同然のような相手でも、先輩後輩の間柄だとわかれば気安い口がきける。小笠原も不快には感じていないようだ。

「この歌は……」
「白い冬……」
「ああ、あれですね」
「知ってるか? あれだよ」

 他の誰かからも聞いたような気がするが、高倉が卒業してからの合唱部の「伝説」。この歌も「伝説」のひとつなのだそうだ。

 十八歳だった本橋と乾が、高倉の前でデュエットした「白い冬」。本橋のバリトンと乾のテナーがからみ合い、こうしてふたりでデュエットするために、彼らは生まれてきたのではないかと高倉に想わせた。今、本橋と乾のふたつの声に、高低のハーモニーがつけられて耳に響く。

 彼らの「はじまりの歌」。フォレストシンガーズは有名になってきたのだから、彼らが合唱部で「伝説」になっていくのは当然なのかもしれないが、そこに高倉誠の名も語られているのかと思うと、全身がむずむずする。

 だから俺はあの大学に入学したんだ。俺が本橋と乾を見出すために、三浪までして入学したんだよ。
 他人にそこまで言うと引かれるであろうから、高倉は心の中で呟く。ステージから男たちが高倉を、一緒に歌いましょうよと呼んでいる。

 いやだいやだとかぶりを振りながらも、いやがってるふりをして、そのうち俺もステージに行くんだろうな、との予感もあった。

END








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FS超ショートストーリィ・四季の歌・幸生「秋の駅」

番外編

フォレストシンガーズ・超ショートストーリィ・四季のうた


「秋の駅」

 紅葉に彩られた無人駅。列車の点検だとかで一時停車するとのアナウンスがあった。降りてすこし歩いてくる時間はありそうだ。

 目的地に向かう電車には相客はまばらで、この区間は単線になるらしい。事故ではなく点検だそうだから、俺ものんびり待っていよう。

 無人駅に降りるのも珍しい経験だし、このごろはそういう駅には動物の駅長がいる場合もあるので、期待しつつ駅の中を歩く。ベストは猫駅長だけど、亀でも山羊でも小鳥でもいい。リスなんかもいいな。蛇だったりしたら……毒を持ってないんだったら、噛まないんだったら挨拶したい。

 相手がなんであってもお喋りをするのが俺だ。おまえは誰と喋ってるんだよ、アホか、幸生は、と章にはたびたび馬鹿にされるが、馬鹿に馬鹿にされてもへっちゃらだもんね。

「いないな」

 ま、いないほうが普通かな。
 
 動物駅長さんはいないようだが、単線の線路のむこうに見える紅葉は見事なまでに美しい。空気が澄んでいるから色づいた葉っぱが鮮やかで、まるで三沢幸生の声みたいに綺麗だ。

「ああ、そうか」

 ひときわ見事なこの樹だ。わりに高い細身の樹で、真っ赤な葉っぱがとてもとても綺麗。この駅は動物駅長ではなくて植物駅長なんだね。この樹、なんて名前なんだろ。ケータイで写真を撮って乾さんに送ると、間もなく返信があった。

「ヤマボウシ駅長さん、おつとめお疲れさまです」

 敬礼してみると、ヤマボウシ駅長がはらっと葉っぱを散らせて応えてくれた。

END









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FS「Clap your hands」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

「Clap your hands」

 出演者たちが全員同じ控室、ということは女性もいるのだから、礼儀正しくしなくてはならない。まずはノックし、おはようございまーす、とにこやかに挨拶をしてからドアを開けた。

「……う? ん?」

 控室の中には、乾と章と女性歌手がいた。
 本日の歌謡ショー……俺たちの歌は歌謡曲じゃないんだけどな、と言いたいのはやまやまだが、世間の認識では歌謡曲だとされてしまう。ここにいる女性歌手、三木本サユリさんにしても、私は歌謡曲シンガーじゃないわよ、であろうが、売れなくなってしまえば、俺たち新人とまとめられてしまう。そんな世界なのだ。

「どうかしましたか? なにかありました?」

 おそろしく機嫌がよくなさそうな三木本さんと、ふてくされた態度の章。そのふたりの間に立って困っているかのような乾。三人を等分に見て俺は尋ねた。章は知らん顔をし、乾は眉根を寄せて首をかしげ、三木本さんは言った。

「失礼」
 そのひとことだけで、三木本さんは出ていってしまう。彼女と入れ替わるようにして別の出演者が入ってきたので、俺は乾と章を促して外に出た。

 歌謡ショーが行われるのは地方都市の小さなホールだ。ここでは講演会や政治家の決起集会や、地元出身の有名人のトークショーなども開催されると聞く。そんなホールで、演歌もアイドルも三木本さんのような、ひと時代を築いたシティポップスというのか、ニューミュージックというのか、そういう音楽も、我々のやっているソウルバラードを中心とした音楽も、なんでもかんでも「歌謡曲」のショーをやるのだった。

 ホールの裏手に回って、乾と章と向き合った。今日はスケジュールの関係で五人がばらばらにホールに来たので、幸生とシゲはまだ到着していないらしい。三木本さんと乾と章は早く来たようで、時間の余裕があるのを確認してから尋ねた。

「なんだよ。章が三木本さんを怒らせたのか?」
「そうらしいんだよ。俺が楽屋に入っていったときには……」

 人気絶頂のころにはサユミンと呼ばれていた、四十代の美人シンガー。彼女は音楽業界人と結婚して主婦になっているので、仕事はたまにしかしなくても平気であるらしい。そのサユミンが、先ほどと同じくらいに不機嫌な顔をしていて、乾は恐る恐る訊いた。

「あのぉ、章がなにかご無礼をしましたか?」
「木村章くんっていうのよね。あなたたち、フォレストシンガーズっていうのよね。ポッと出のちんぴら新人グループよね」
「はい、まあ、その通りです」
「そんなちんぴらがこの私にね……言いたくないわ。章くんに聞いて」
「章?」

 我々は全員が同じ大学、同じ合唱部出身である。五人ともにそうである我々の中では章だけが若干異質で、一年生だけで大学を中退してロックバンドをやっていた。そのため、章にだけはロックバンド時代のファンがいて、無名のちんぴら新人シンガーのわりにはファンが多い。

 そのせいで天狗になっている部分もあるのかもしれないが、章は時おりトラブルを起こす。女に向かって失礼な台詞を言ってのけることもなくはない奴だから、今回もなにを言ったのやら。
 
「それでさ、章、なにをしたんだ? なにか言ったのか? って俺が訊いたんだけど、章は答えないんだよ。サユミンさんはあの調子だし、章も返事をしない。言いたくありません、としか言わないんだ。章、本橋と俺と三人になっても言えないのか」
「俺は本当のことを言ったんですよ」

 いい年して……? たいした美人じゃないくせに……? 過去の栄光にすがってないで、あんたはおとなしく主婦やってろよ? 脳裏をぱぱっとよぎったフレーズは、俺としても言葉にするわけにはいかないしろものだった。

「あのひとの歌、リーダーだって乾さんだって聴いたことはあるでしょ」
「そりゃあもちろん、大ヒット曲だってあるもんな」
「積極的に聴かなくても、耳に入ってくる曲がありましたもんね」

 昔はテレビの歌番組が流行っていたので、俺も父や母が見ているヒット曲番組につきあわされた。俺がガキのころには演歌や歌謡曲や、アイドル青春ポップスみたいな曲がヒットして、自然に覚えてしまったものだ。

 近頃は昔ほどには歌番組がないので、聴きたくない曲が耳に入ってくることは少なくなった。レストランやカフェや酒場などでは日本の歌はあまり流さない。田舎の大衆食堂で有線放送の演歌がかかっていたり、理髪店やタクシーの車内でFMを聴いたり、程度だ。

 余暇に音楽を聴くとしたら、俺たちは自分の好みのものを聴く。章なんぞはロックばかり聴いているらしいから、最近のヒット曲は意外に知らない。そもそも最近は大ヒット曲そのものが少なくて、日本中の誰もが知っている歌手、曲というものも減ってしまった。

 だからなにが言いたいのかと言えば、テレビに出ないと有名になれないってこともなくなった時代で、「有名」というのもどこからをいうのか、と首をかしげざるを得ない場合もあるわけで。
 サユミンさんの時代はそのあたりの過渡期だったのかもしれないが、彼女ならばメロディを聴けば日本人の大部分が、あ、これ、知ってると言いそうなヒット曲を持っている。聴きたくなくても聴いていた曲があるのだ。

 聴きたくなくても……? 意味深な台詞だな。俺の感覚ではそんなふうだったのだが、俺の触覚にだってひっかかったのだから、乾ならばなおさらだったのだろう。

「なるほど、なんとなくはわかったよ」
「ほんとのことでしょ?」
「本当のことを言われるとかちんと来るってのはあるんだよな。言い方ってのもあるだろ。章、なんて言ったんだ?」
「二度も言いたくないんですよ」

 当事者ふたりともに言いたくないと言うのだから、これはもうどうしようもない。三木本サユリに睨まれると我々は仕事がしづらくなるのか? そこは微妙なラインだった。

「乾にはわかったのか」
「なんとなくって言っただろ。まぁね、おまえも聴けばわかるよ。仕事の準備をしよう」
「おまえには、章が言っても仕方ないって台詞だと思えるのか」
「ニュアンスもあるからな、そこまでは聞いてないと不明なんだし」

 こっちはわかったようなわからないような気分で、ステージに出た。特別に音楽が好きでもない人間は、聴いたことのある歌を好むのだろうか。トップに出たのは往年の演歌歌手で、ヒットした持ち歌を歌って喝采を受けていた。

 そのあとは、若い女の子のアイドルがまあまあ受けた程度で、他はそろって討ち死に。トリを取るサユミンさんの歌が聴きたいがために残っているらしき聴衆のあくびの中で、フォレストシンガーズも出番を終えた。

 ラストは三木本サユリオンステージだ。彼女は特別扱いで、三曲をメドレーで歌う。その間は共演者たちは彼女のうしろに立ってリズムを取る。手拍子は邪魔じゃないかと思える曲調でも、一転大盛り上がりの客席とともに手を叩き続けた。

 共演するのは初だし、ライヴを聴きたいとは思わなかったので、サユミンの生歌を聴くのも初だ。
 声が出ていない。音域が狭すぎる。ファルセットの魔術師と呼ばれるセクシーな高音を誇るシンガーもいるが、彼女のは声が出なくて裏声になっているだけだ。音階も怪しい。肺活量もなさそうでブレスが多すぎる。

 なんだ、これ? これが天下のサユミンか。ひでぇ、ひどすぎる。

 できることなら共演は最初で最後にしてほしいなぁ、彼女のステージがラストでよかったなぁ、こんな歌、先に聴いたら調子が狂うぜ、それにしても、ちんぴらアイドルシンガーだったらともかく、かつてはスターであり、現在も有名人であるサユミンがなぜ? なぜこんなのが流行ったんだ? なぜ、俺たちは売れないんだ? 不思議な世界だなぁ。

 そこまで考えてはっとした。

 そっか、やっぱ章、あんたの歌は下手だと言ったんだな。乾も章にきつく言わなかったのは、本当のことすぎて困ったからなんだ。俺だって思うよ。あんたに比べたら……歌唱力ってやつは俺たちのほうがよほど……それだけでは売れないのは知ってるけど、それもなくてどうして売れる奴がいるんだ?

「みんな、ありがとう」

 途中から聴きたくなくなった歌が終わったようで、サユミンが優雅にお辞儀をした。
 きゃーーっ、サユミンっ!! 素敵っ!! 最高っ!! などの歓声も聞こえる中で、俺は自棄半分で盛大に拍手をした。

END













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FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2016/11

forestsingers

2016/10 超ショートストーリィ

 みなさま、こんばんは。
 フォレストシンガーズの乾隆也です。

 と自己紹介して、ああ!! とうなずいて下さる方がどれほどいらっしゃるのか、こころもとないのですが、職業は歌手です。大人の男の恋を歌う、がフォレストシンガーズのコンセプトでして、大人の男が五人で日々、歌っております。

 仕事であっても歌が好き、仕事でなくても歌が好き。我々が歌っている現代音楽の「歌」も大好きなのですが、私は「俳句」「短歌」のたぐいも好きです。大学では万葉集を専攻していました。

 そんな関係で声をかけていただきましたのが、この番組です。

 深夜の短いひととき、ラジオで短歌や俳句を紹介させてもらって、みなさまとともに楽しむ。私のこの声で歌を読ませていただく。歌うのは得意なつもりですが、朗読は勝手がちがっていますので、お耳汚しになりませんよう、全身全霊を賭けてつとめて参る所存です。

 第一回は秋の夜長のこんな歌。現代短歌の範疇に入る歌ですね。

「秋の夜に紫朝を聞けばしみじみとよその恋にも泣かれぬるかな」吉井勇

 説明は不要だと思いますが、柳家紫朝につきまして。
 柳家 紫朝(やなぎや しちょう)は新内、粋曲、音曲、都々逸の名跡です。どどいつなんてのも粋でいいですなぁ。では、そちらもひとふし。

「三千世界の烏を殺し、主と朝寝がしてみたい」

 なんてね。
 高杉晋作が作ったともいわれ、正しくは「主と添い寝がしてみたい」だともいわれていますが、実際には天保年間に江戸の寄席で流行った都々逸だとか。

 ま、なんだっていいんです。いいなぁ、ほんと、粋ですね。
 こんな都々逸などを聴いていると、よそのひとの恋にも泣いてしまう。吉井勇の歌も粋でエンですよね。艶やかの「艶」です。

 こんな感じで進めて参ります、乾隆也の「歌の時間」、今後ともよろしくおつきあいのほどを。

TAKAYA/ 錦秋に

koyo.jpg

一昨年の紅葉です








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163「デッドエンド」

ショートストーリィ(しりとり小説)

しりとり小説

183「デッドエンド」

 副業なのだそうで、ほとんどが女性ばかりのテレフォンアポイントセンターにアルバイトとして入った春明は、同僚たちに人気を博していた。

 本業はIT企業の新入社員で、業績が悪いから高給なんて払えない、金が足りないならバイトしろと社長に言われたのだと本人は言う。そんなのってあるんだろか、ほんとなんだろか? と果子は思うが、果子はIT企業の実態などは知らないから、疑惑を持つほどでもなかった。

「最近、香港支店から転勤してきた上司がいましてね」
「香港に支店なんかあるの?」
「だったらハルくんも出張に行ったりするの? 行くときには教えてね」
「私も、買ってきてほしいものがあるんだ」

 新入社員は海外出張なんかしませんよ、と笑っている彼は、いつの間にか同僚たちにハルくんと呼ばれるようになり、それをいやがってもいない。二十二、三歳であろう春明から見れば、同僚たちは少なくとも十歳は年上だ。独身フリーターと既婚パートが半々程度で、この部署には正社員はいない。

 海外進出は大切だぞ、と社長が言い、香港や台湾やシンガポールに支社を設立した。そのせいで赤字なんだ、と春明は言う。

 仕事はテレアポなので一斉には昼休みは取れない。昼休みだってグループごとのシフト制だ。好きでここに所属したのではないが、果子は春明と一緒のグループになり、全員そろっていれば八人ほどで同時間の昼休みとなる。休憩室の大きなデスクで、手製や市販の弁当、またはサンドイッチやおにぎりなどを広げていた。

「その上司が後輩を紹介してくれるって言うんです」
「ハルくんって彼女はいないんだっけ?」
「いませんよ。俺はもてないもん」

 うっそーっ、などとみんなに突っ込まれていたが、春明はさらっとかわしていた。それから数日後、いつものグループで昼休みになり、四十代の主婦が春明に尋ねた。

「ところで、上司の後輩ってどんな女?」
「ああ、紹介してもらうって言ってた女性ですよね。俺よりはちょっとだけ年上なんで、年上っていやかな? なんて改めて訊かれました。年上はいやだなんてことはないんですよ。だけど、上司は迷ってるみたいです」
「年上かぁ」
「そうだけど、上司と同じアメリカの大学を出た才媛でね、頭がよくて仕事のできる美人だそうです」
 
 全員の学歴までは果子は知らないが、高卒から大学院卒までいるようだ。相当な学歴があってもブランクがあると、パートにしか就けない場合も間々ある。

「アメリカの大学って、日本では入れる大学もないような子が行くこともあるんだよね」
「上司はスタンフォードですよ。後輩も同じです」
「アメリカ大学ランキングでは、ブリンストンやハーバードより下でしょ」
「東大よりは上ですね」

 言われてむっとしたところを見ると、大学発言をしている女性は東大卒だったりするのだろうか。果子も名前だけは知っているアメリカの大学の話題を彼女と繰り広げてから、春明は言った。

「その女性はマスコミ関係だから超多忙らしくてね、もうちょっと待っててって、待ちぼうけを食らってますよ。だけど、楽しみだな」
「そんなのいつになるかもわからないんだから、私で手を打てば?」
「遠慮します」

 既婚女性のひとりが言い、ずばっと断られてふくれっ面になった。

「紹介してもらったの?」

 よほどみんな春明の紹介話に興味があるらしい。それから数日後にまたしても尋ねられ、春明は素直に答えた。

「それがね、やっぱりあの女性は忙しすぎて時間が取れないっていうんで、別の女性を紹介してもらったんです。その女性は大学を卒業して就職したばかりだから、俺よりも二個下なんですね」
「ハルくんも新入社員じゃなかったの?」
「いろいろあって、俺は二十四歳なんです」

 浪人とか留年とかだろうか。いろいろ、の内容は話さず、春明は続けた。

「若くて可愛い子だって言われたんだけど、可愛いだけの女に興味ないな。俺はここでこうして手ごわくも魅力的な女性に囲まれてるせいか、若くて頭がぱーで鈍いような女はお断りなんですよ。その子は脚が太くてセンスもよくないし、一度はデートしてみたら? って言われたんだけど断ったんです」

 わっ、傲慢、などとこちらの女性たちが春明に非難のまなざしを向ける。それからは春明がアルバイトに来るたび、その話題が展開された。
 このグループにはフルタイムパートが多いのだが、春明は週の半分ほどの勤務だ。春明が勤務している日には果子も決まって出勤しているようだった。

「それでね、上司がなぜか俺に悪いことをしたみたいに思ってて、お詫びにごちそうしてあげる、なんていうんですよ。紹介してもらった女性が俺の趣味じゃなかったのは、上司のせいなんかじゃないのにね」
「へぇぇ、上司とデート?」
「デートじゃありませんよ。お詫びに食事ってだけです」
「同じじゃん」
「ちがいますって」

 上司って何歳? 質問され、さあね、みなさんと同じくらいの年齢かな、と春明ははぐらかす。ここには三十代から五十代までの女性がいるのだから、みなさんと同じ、は幅が広すぎるのだが。

「食事? 行ってきましたよ。仕事中の上司はいつだってパンツスーツなんだけど、昨日は用事で外出していて、思い切ってこれ、買っちゃったの、ってフェミニンなワンピースに着替えててね、見違えたな。こんなに女らしくてプロポーションのいい女性だったんだ。脚なんかはじめて見たもんな。すらっとした長い脚なんですよ。彼女、高いヒールのパンプスだと俺と同じくらいの背になってました。モデルみたいにかっこよかったな」

「この間のあの子は後輩のオススメだったから、私は知らない子だったのよ。ごめんね、あんなださいのを紹介して、なんて恐縮されて、いやいや、そりゃしようがないですよね、で、後輩さんのほうとはいつ? って訊き返したら、ちょっと不機嫌になられてしまった」

 やっぱり後輩がいいの? 私じゃ不満?
 そんなことはないけど……こうやって食事してるのはまた別でしょ?
 そうなの? デートだと思ったらいけないの?

「そんな会話になって、なんだかどきどきしてきました。ワインを飲んで、ちょっとだけ酔ったみたい、ほっぺが熱いでしょ? って、上司の頬に手を導かれて……うわぁ、色っぽいなって」

 社内飲み会なんかだったら強いじゃないですか、酔った姿なんか見たことありませんよ。
 そうね。あんなときは気を張ってるからだよ。キミとふたりきりだとリラックスできるんだわ。
 ……嬉しいです。

「あんまりリラックスすると、俺だって男なんですからね、って言いそうになって口を閉ざしました。上司にそんなふるまいをしたらセクハラでしょ」
「セクハラって、逆じゃないの?」

 こういった話のときには果子はただ聞き役に徹しているが、中心になる同僚が数人いる。今日もひとりが発言すると、何人かも言った。

「ハルくんは部下なんだから、上司にセクハラってのはできなくない?」
「でも、俺は男で上司が女性なんだから……」
「ハルくんってセクハラは男から女に、って思い込んでるの? 逆もけっこうあるんだよ」
「そうそう。私の弟だって、上司のセクハラがいやだって言って転職したんだから」
「弟が……ぶっ、情けねえ奴……あ、いえ、失礼」

 吹き出しそうになったのを引き締めたらしい春明を見て、同僚たちが言いつのろうとする。そこで昼休みが終了となり、会話もタイムアップした。

「この間のはただの食事だったんだけど、上司とふたりきりって居心地よかったんですよ。だから今度は、お礼をさせてほしいって俺から誘いました」
「デートに誘ったの?」
「上司をデートに誘うなんて、上から目線じゃありません? 前にはフランス料理のフルコースをごちそうしてもらったんだから、今回は俺からのお礼ですよ。分相応に、俺はリーズナブルな店でね」

 土曜日に休日出勤をするから、その帰りにね、と上司は承諾してくれた。夕方ごろに待ち合わせ、春明はなじみの店に上司を案内した。

「その日は休日出勤だからカジュアルめのファッションでした。ああいうのも似合うんだな。若く見えましたよ。そういえば俺、上司のはっきりした年齢を知らない、訊いてみたんです」

 すこしだけ酔い心地になったころあいで尋ねた。

「女性に年齢を訊くのは失礼なんでしょうけど……」
「そういう配慮のほうが失礼だよ。うん、私は三十三」

 そういう配慮が失礼、その台詞に春明は、さすが、かっこいい、と感じたのだそうだ。

「私が変なことを言い出したばっかりに、キミにつきあわせてばかりで悪かったよね」
「いえ、嬉しいですよ」
「嬉しいの?」
「あなたとプライベートで会って、食事をしたりするのが楽しいです」
「そう? 私も楽しいけどね……」
「ほんとですか?」
「だけど、上司と部下だもの。ここまでしか無理よね」
「無理……なんですか?」
「キミの心情的にも無理だろ?」

 わざと男っぽく言う上司の凛々しい表情に、春明の心は揺れ動いたのだった。

「いけないのかなぁ。上司と部下って禁断の関係なんですかね」
「あのね、ハルくん、あんたはいったいどうしたいの?」
「んんと……言ったらいけないのかな。恋人同士として交際したいって」

 こちらの年上女性たちは、そろってため息をついた。

「見事にはめられちゃってるね」
「キスくらいはしたの?」
「とんでもない。ただ、上司が俺の手に触れたくらいかな。ほっぺが熱いでしょ、って頬に手を持っていかれたり、キミの手は大きいね、背が高いもんね、って手を重ねられたり……そのたびにどきどきするんだ」
「時間の問題かな」
「食われるまでだったらね」

 は? と春明は、こちらの同僚たちを見まわした。

「食うって、男が女を、だったら言いますよね。古い言い回しだけど知ってますよ」
「ハルくんはまさに、その上司に食われかかってるんだよ」
「馬鹿な。俺は男ですよ」
「その女の手練手管に気づいてないの?」
「手練手管ってなんなんですか。その女、だなんて言い方はやめて下さいよ」

 そんな調子で議論をしたあげく、春明は言った。

「女ってのはみんなが自分と同じだと思う傾向があるんですよね。視野が狭いのかな。その点、うちの上司はどことなく男っぽくて、俺のことも部下として目をかけてくれてるんです。そんな生臭い考えは持ってませんよ。俺のほうこそ自分の欲望が……男は罪深いって悩みそうになってるのに」

 今日もそのあたりで昼休みの会話はタイムアップし、ひとりの女性が吐息まじりに果子に耳打ちした。

「ハルくんってエリートなのかしらね。就職した会社はまちがえたのかもしれないけど、世間知らずの坊やだなぁ。どっかしらウブなんだよね。私なんかは親戚のおばさん気分。なんにもわかってない甥を相手にお説教しようとしてももどかしいわ。あれはもう、近いうちにつかまっちゃうね」

 同じグループのメンバーは定時で仕事を終えて帰っていったのだが、果子はちょっとしたトラブルに見舞われて残業になった。ようやく処理が終わって職場から出ていくと、外でスマホを操作していた春明と出くわした。

「終わりました? お疲れさまです」
「あ、ああ、終わりました。ありがとう」
「あなたは無口ですよね。昼休みにみんながぎゃあぎゃあ騒いでても、あなたはひっそり控えめにしている。俺から見ると新鮮だな。果子さん、食事して帰りません?」
「い、いえ、あの……」
「彼氏、いないんでしょ」

 いないのだが、正直に答える気にならなかった。

「います。今夜は遅くなるって電話したら、彼も仕事して待っててくれるって」
「本当? ま、俺はみんなに言い触らしたりしないから大丈夫ですけどね。あなたと食事したって口説こうって気もないから、そっちも大丈夫ですよ」

 だったらなにをしたいの? との疑問を込めて見上げると、春明はふふっと笑った。

「おばさんたちをからかってると面白いよね。あんな類型的な話、あるわけねえだろ。作り話だって気づけよ」
「は?」
「あ、俺、もうここには来ませんから、みなさんによろしく」

 退職するということ? 訊き返す暇も与えず、春明は足早に去っていった。
 だから、退職するから、果子に打ち明けた? 作り話? あんな男と食事なんかしたくもないが、ついていけばもしかしたら詳しい話を聞けたのかもしれない。それだけは果子としても残念だった。

次は「ど」です。









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FS「シゲさん」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

「シゲさん」

 
 帰っても誰もいないと思うと、帰宅拒否症になってしまう。こんなときは仕事で徹夜だとか、ライヴツアーで帰れないとかのほうがいいのに、こんなときに限って早く帰れたりして。

 親戚の結婚式だとかで、妻の恭子は息子たちを連れて里帰りだ。行ってもいい? と訊かれて駄目だと言えるはずもない。駄目ではないのだが、俺は寂しい。本音は言わなかったが、シゲちゃん、寂しいよね、我慢してね、ちゅっ、はーと。というメールをくれたので、恭子には見抜かれているのだろう。

 こんな夜に限ってお誘いもかからない。
 独身三人組、乾さんと幸生と章はデートかな。本橋さんと美江子さんもデートかな。いいなぁ、だなんて、昔の切なかった想い出がよみがえってくる。

 若かりしころ、美江子さんも本橋さんも乾さんも幸生も章も、次から次へと恋をして異性とつきあって、別れてはまた恋をしてつきあって……少なくとも俺にはそう見えていた。
 なんだってそう恋愛ができるんだ? なんだってそう、別れてもまた次が見つかるんだ? 簡単ではないんだろうけど、なんだって、そう、あなたたちには恋人が見つかるんだ?

 恋愛体質ではないらしい上に、もてない男はいつだって不思議がっていた。

 まったく恋をしたことがないわけでもないが、まともな恋人ができたことがない俺が、二十六歳で出会った川上恭子、ラジオでの仕事のパートナーとして、局側が選んでくれた女性だ。

 中背で、アスリートらしくしっかりした身体つきをしていた。テニス選手だと聞いていたので、もっとごついひとかと恐れていたのだが、俺よりも背は低くて可愛い笑顔のひとだった。
 じきにうちとけられたのは、相性もよかったのだろう。可愛い声、可愛い性格、それでいて芯が強くて、頑固者の部分もあった。

 次第に仕事以外のつきあいもするようになって、どちらからともなく好きになって、恭子が俺に告白しようとしているとやっと察した俺が告白して。
 恋人同士としてつきあって、プロポーズらしくないプロポーズをして婚約者になって、結婚します、とみんなに打ち明けた。フォレストシンガーズではもっとももてない俺が、もっとも早く結婚した。

「もてない男は早く結婚したほうがいいんだよね」
「うんうん。ようやく見つけた女を逃したら、二度とつかまらないもんな」

 無礼な後輩ども、幸生と章はそう言っていたが、なんとでも言え、である。
 
 結婚してからはしばらく、恭子はプロとしてのテニスを続けていた。フォレストシンガーズもほとんど売れてはいず、このまんまシゲちゃんが売れない歌手だったら、私が食べさせてあげると恭子は言っていた。

 我々がすこしずつ売れてきたのは、恭子と俺が結婚してからだ。

 ラジオ番組のおかげでフォレストシンガーズの知名度がアップしたのもある。俺は恭子が幸運の女神だったのだと信じているが、いろんな要素がからまって、俺たちはちょっとずつ有名になることができた。

 CDの売り上げもアップし、コンサートホールを満員にできるようになり、ファンクラブの会員数も増え、ついに全国ライヴツアーもできるようになった。

 そうしている間には本橋さんと美江子さんが結婚し、恭子と俺には長男の広大が生まれ、行方不明になっていたヒデが戻ってきた。

 それからそれから、フォレストシンガーズが十周年を迎え、俺たちには次男の壮介も生まれ、フォレストシンガーズってなに? と言うひとが世間から激減し、俺たちをモデルにしたテレビドラマまでができた。フォレストシンガーズは決してスターシンガーズではないが、ここまで来られたら俺は満足だ。公私ともに幸せすぎる。

 三重県から上京してきて大学生になり、本橋さんと乾さんに誘ってもらってフォレストシンガーズのメンバーにしてもらった、二十歳の俺。あれから十五年近くが経って、いろんないろんなことがあったなぁ。もてない俺が最高の妻と、可愛い息子たちのいる一家の大黒柱になれた。

 三十四年の人生を思い起こしながら、ひとりで夜の街を歩く。胸の中は想い出でいっぱいだけど、やっぱりひとりは寂しい。背中が寒い。となりをベビーカーを押した恭子が歩いていて、俺は広大を抱いていて、ベビーカーの中では壮介が笑っていたら……そんな想像をしてしまう。

「腹減ったな。なんか食って帰ろう」

 立ち止まってひとりごとを言うと、小さな川にかかった小さな橋のたもとに、飲み屋らしき店があるのを見つけた。あったかそうで清潔そうな店だ。覗いてみるとほどほどに混んでいて、おでんの匂いがする。ドアを開けると、いらっしゃい、と女性の声が迎えてくれた。

「おでん、大根と卵とこんにゃく……たこもあるんですね。あ、たこ焼きやってるんだ。たこ焼きも下さい。それから、ほうれん草のお浸しと……」

 空腹だったのでたくさん頼んでしまい、日本酒も、と付け加える。お燗をした徳利と料理がテーブルに並び、しばしは寂しいのを忘れた。

 うちの奥さんは料理が大得意だ。自分も食いしん坊だし、夫の俺は無類の大食漢だから、常に我が家の食卓にはうまいものがたくさんたくさん並ぶ。おいしいね、うん、最高だ!! ってふたりでもりもり食べる。広大も大人と同じものが食べられるようになってきた。ママの作ったコロッケやおからの煮付けや、焼き魚やシチューや、好き嫌いもなく広大もよく食べる。

「壮介にはあげないの?」
「壮介はまだ赤ちゃんだから、これくらいしか食べられないんだよ」
「かわいそうだね」
「もうじき食べられるようになるさ」
「おいしいのにね」

 離乳食しか食べられない弟がかわいそうだと言った、広大を思い出すとほろっと来た。
 こんなところでひとりで泣いている中年男……うちのみんなは、俺たちは青年だなんて言うが、俺は中年でしかない。こんなおっさんが涙ぐんでいると不気味がられそうで、鼻をすすって食べるのに集中した。

「あのひとのことなどもう忘れたいよ
 だってどんなに想いを寄せても
 遠くかなわぬ恋なら……」

 切ない歌詞のラヴソングが聴こえてきた。まるで今の俺みたいだ。距離的に遠く離れた家族に想いを寄せる……ちがうか。

「ああ、肩寄せ歩く恋人たち
 すれちがう帰り道
 寂しさ風のように癒されぬ心をもてあそぶ……」

 え? あれ? この歌、乾さんじゃないか。
 もと歌は乾さんではないのでカバーソングだが、乾さんが歌っているのはまちがいない。俺がまちがえるはずもない。CDにはなっていないこんな歌をかけてくれているのか。

「危険な誘いに走り出す人たち
 変わらない毎日にしがみつく人たち
 わけわからずテレビが
 ただ騒がしく響く」

 しみじみと乾さんの声に聴き惚れながら酒を飲み、料理を食し、さて、次の曲は? ええ? 章の声だ。
 これもカバーであり、章が歌っていたのは知っているがCDにはなっていない。レアな曲ともいえる。こうなると次は? 楽しみになってきた。

「もしもあなたと会えずにいたら
 私はなにをしてたでしょうか
 平凡だけど誰かを愛し
 普通の暮らししてたでしょうか」

 幸生だ。幸生が歌っている。そして、次は。

「なつかしい歌のように
 ただ優しく私を愛して
 飾った言葉よりも
 口下手なそのハートで」

 日本語バージョン「LOVE ME TENDER」は本橋さんのソロだ。どれもこれもCDにはなっていないから、音源はラジオかテレビか。

「I've got sunshine on a cloudy day
When it's cold outside I've got the month of May
I guess you'd say
What can make me feel this way?
My girl (my girl, my girl)
Talkin' 'bout my girl (my girl)」

 今度はフォレストシンガーズ全員で歌っている「My girl」が流れてきた。俺のソロはない。これから聴こえてくるのかな? 期待していいのかな? というか、俺のソロ曲だってこの世に一曲も存在しないわけではないが、レア中のレアだからほぼないに等しい。

 本庄繁之ソロがかかるのを待っていたら朝になりそうで、断念するしかないかもしれない。
 すこしだけ残っていた料理を口に運んでいると、次はフォレストシンガーズのオリジナル曲が聴こえてきた。店に入ったときには音楽を意識していなかったが、フォレストシンガーズではなかったはずだ。とすると、現在はFSタイムなのだろうか。

 我々のオリジナル曲だったら、喫茶店やレストランでたまに聴くこともある。だが、レアなカバー曲を続けざまにかけてくれるなんて、フォレストシンガーズのファンの方が経営してくれているのだろうか。

 さりげなく見回しても、俺に気がついているお客はいないようだ。店のひとも俺の顔を見て、あ? といった表情もしなかった。フォレストシンガーズの中でももっとも目立たない奴が俺なのだから、当然である。
 だから、俺もなんにも言わない。

 寂しかった心持ちがすっかりあったまって、腹もいっぱいになった。酒もほどよく回っていい気持ちだ。お勘定をしてもらって、おいしかった、ごちそうさま、と告げたとき、レジにいた女性の表情がちらっと動いた。

「……ありがとうございました。またいらして下さいね」
「はい、また」

 それだけのやりとりで外に出る。大人の男には行きつけの酒場ってのも必要だな。このあたりはなじみのない土地だけど、わざわざやってくる価値のありそうな飲み屋だった。なんて名前だろ。気にもしていなかった店名を確認しようと、歩き出しながら振り向いた。

 その名は「シゲさん」。
 嬉しいような気恥ずかしいような気分になって、レアな上にもレアな、本庄繁之ソロで「片想い」から「激しい雨」から「時の流れに身をまかせ」から、次々に歌いたくなってきた。

END







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FS超ショートストーリィ・四季の歌・章「秋の痛」

番外編

フォレストシンガーズ

四季のうた・超ショートストーリィ

「秋の痛」

 それ、いいじゃん。俺が言うと、幸生は嬉しそうな顔をした。

「いわし雲 飛び乗りたいな 食えるかな」

 窓から外に向かって煙草の煙を吐きつつ、幸生が呟いた俳句のようなもの。

 へぇ、章はこの句が気に入ったのか? なにやら含みがあるような顔で乾さんが問いかける。今日は本橋さんとシゲさんは別の仕事で来ていなくて、スタジオの外の塀の上を猫が通り過ぎていき、空には鰯雲が流れていた。

「今の猫が作った俳句だろ? それにしたらできは悪くないよ」
「猫?」
「あれ? ちがうのか? 猫レベルだからそうなのかと思った。幸生は猫とでも会話ができるんだから、猫の詠んだ句を発表してるのかなって」

 そうなんだろ、と俺。猫ねぇ、と乾さん。章……と乾さんがなにやら言いかける前に、幸生がにこっとした。

「それ、最高の褒め言葉だよ。ありがとう、章」
「そっか。幸生にとっては褒め言葉だよな」
「……」

 しまった、そうだった。懲りない奴、こたえない奴は、猫が作った、と言われても動じないのを忘れていた。どうせだったら、ゴキブリが詠んだのかと思った……とでも言わなくちゃ。

「へぇぇ、俺って天才。ゴキブリの代弁までできちゃうんだ。さすがユキちゃん」

 もしもそう言ったとしても、幸生の反応はこうだろうな。いつだって言い負かされてばかりいるから、たまにはへこませてやろうと思ったのに、言うんじゃなかった。

END









 
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いろはの「さ」part2

ショートストーリィ(FSいろは物語)

フォレストシンガーズ

いろはの「さ」part2

「塞翁が馬」


 お菓子の量販店でアルバイトをしていた高校生のとき、子どものお客が多かったから、前田操は頻繁にこう呼ばれた。

「おばちゃん、はい、これ」
「ありがとうございます。百円です」

「おばちゃん、これいくら?」
「百五十円です」
「……これじゃ買えない?」
「百円玉一個じゃ買えないなぁ。こっちにしませんか?」
「ちぇ、おばちゃんのケチ」

「おばちゃん、ウルトラマンカードの入ったお菓子はある?」
「これとこれには入ってますよ」
「チョコレートじゃないんだ」
「ウルトラマンカード入りのお菓子は、ガムとキャンディしかないんですよ、ごめんね」

 子どもから見れば大人の女性は何歳でも「おばさん」だろう。高校生でもおばちゃんと呼ばれてもしようがないかと達観していたのだが。

「ほら、これ、あのおばちゃんにお金を渡してきなさい」
「おばちゃんに訊いてみたら? あるかもしれないよ」
「あそこにお店のおばちゃんがいるから、取り換えてって頼んでおいで」

 おばあさんもお母さんもお父さんも、操を指さしておばちゃんと呼ぶ。大人だってちゃんと見てはいないのだろうと思っていたのだが。

「あのおばちゃんに……あら、あの人はおばちゃんじゃなくてお姉ちゃんね」

 同じ高校生アルバイトをおばちゃんと呼びかけて訂正した女性やら、おばちゃーんと声をかけて振り向いた二十歳の店員さんを見て、ごめん、お姉ちゃんだね、と言い直した女の子やら、そういうのもいた。

「お姉さん、これじゃなくてあれはないのかね」
「えーっと、前田さん、あったっけ?」
「在庫はあったはずですから倉庫を見てきますね」
「おばさん、早くしてね」

 まちがいなく操よりも年上の店員をお姉さんと呼び、操の顔をしっかり見ておばさんと呼んだ客もいた。

「ねえあれ、駅前のお菓子屋さんで働いてるおばちゃんだよね」
「あ、あのおばちゃんだ」
「嘘。あのおばちゃん、高校の制服着てるよ」
「コスプレしてるんじゃないの?」

 やっだぁ!! と中学生女子の集団に笑いころげられたこともあった。

「奥さん、安いよ、買っていきなよ」
「お母さん、見てってよ、とれとれ新鮮ぴちぴちだよ」

 それでも高校生のころには、制服姿でいれば若い女の子扱いもしてもらえたのだが、大学生になって私服を着るようになってからは、奥さん、おばさん、お母さんとしか呼びかけられなくなった。

「えーと……前田さんは新卒なんですよね」
「はい、来年度、大学を卒業します」
「ああ、そうなんですね。はい、わかりました」

 あからさまには言われなかったが、就職試験の面接でも何度も確認され、まじまじと顔を見られた。我ながらリクルートスーツが似合わない、いや、女子大生らしい若々しいファッションも似合わないとの自覚はあったが。

 きちんと正社員になり、きちんと給料や休暇のもらえる仕事に就ければ贅沢は言わないつもりだったが、堅気の企業にはすべて門前払いを食わされた。ただ一社合格したのが音楽事務所だったので、操はやむなくその事務所に就職した。

「前田さんは二十五歳なんだよねぇ。とてもそんな年には見えな……いやいや、それだけ頭もよくて落ち着いてしっかりしてるからだね。タレントのマネージャーなんてのはそのほうがいいよ。前田さんにミギチャのサブマネージャーをまかせよう」
「ミギチャ? ですか」

 音楽事務所の中では堅いほうの部署で事務職をやっていた操は、そんな理由でミギチャというタレントのマネージャーになった。右田という本名の愛称がミギチャなのだそうで、お笑いタレントである彼女が歌のCDを出し、どうしたわけか売れたことから人気が出てきて、マネージャーが複数つくようになったのだった。

「操は老けてるわよねぇ。あたしよりも年下なんて見えないわよ」
「ずっとそう言われてました」
「だけど操だったらボディガードもやってくれそうで、頼りになりそうだわ」
「私、別に強くはないんですけど……格闘技なんかの心得もありませんし」
「そこにいるだけでボディガードオーラをふりまいてるから、大丈夫だわよ」

 昨今の女性お笑いタレントは毒舌や下ネタで売っている場合も多い。ミギチャは正真正銘の女性であるのだが、品よくふるまって女言葉で話すのが、オネエタレントみたいだと変な人気を得ている。とはいえ、プライベートの彼女は決して上品でも温厚でもなかった。

「そっかあ、あのミギチャのマネージャーだったんだ」
「そうなんですよ」
「どうしてやめたの?」
「やめたというよりも、山崎社長に引き抜かれたのよ」
「ヘッドハンティング?」

 ともいうのかもしれない。
 このたび操は転職した。職種は同じマネージャー業だが、事務所を替わったのである。オフィス・ヤマザキの山崎社長に頼まれて、こちらの若い夫婦デュオ、フルーツパフェのマネージャーを務めることになった。

 夫は栗原準、妻は栗原桃恵。可愛いふたりだ。操とだったら実際は十も年齢差はないのだが、見た目は母と息子夫婦か。もはや諦観してしまっているので、なんと思われてもかまわない気分になっていた。三人でランチに来て、操がモモちゃんと話している横で、クリちゃんはおとなしく食事をしていた。

「へぇぇ、前田さんって俺より若いんだ。びっくり」
「あ、そう。美江子より年下……いやいやいや」
「え? ああ、そうなんですか」

 オフィス・ヤマザキは社長が旧知の仲である杉内ニーナのために設立した事務所だと聞いているが、人材を発掘してきた中にフォレストシンガーズもいた。現在では杉内ニーナがトップ、二番目がフォレストシンガーズ、三番目がフルーツパフェという陣容になっている。

 もっとも、他には人気のあるシンガーはいない。一時はビジュアル系ロックバンドの燦劇が相当に人気を誇っていたらしいが。

「あいつら、私に相談もなく休止するって決めちまったんだよ。だからかわりみたいな感じで、モモクリをデビューさせたんだ」

 フォレストシンガーズの三沢が命名した「モモクリ」というニックネームを社長までが使う。操もクリちゃんもその呼び名は気に入らないのだが、モモちゃんは楽しんでいる。クリちゃんは見た目と中身が同じだが、モモちゃんは外見に似合わず豪胆な女の子だ。

 そのフォレストシンガーズのうちの三人の台詞、びっくりが木村章、マネージャーでもあり妻でもある山田美江子を引き合いに出したのがリーダーの本橋真次郎、え? と驚いた顔をしたのが本庄繁之だった。

「どう見たって前田さんは俺たちより若いですよね、ねぇ、乾さん?」
「そうだよな、幸生」

 あとのふたり、乾隆也と三沢幸生はそう言ったが、操にとってはその台詞のほうが白々しい。
 白々しい男だと思ったのもあって、操は乾と三沢には若干の反感を抱いた。操の担当ではないとはいえ、同じ事務所なのだからフォレストシンガーズとも接触はある。特に乾隆也。優しげに見えて意外に乱暴な言動を取って、操の眉をしかめさせた。

「注意や指摘は先輩として必要かもしれません。でも、クリちゃんは子どもじゃないんですから、荒々しく叱りつけたり、ましてや、ひっぱたくぞ、なんて脅すのはやめていただきます」
「ひっぱたくぞ、と言わずにひっぱたけばいいんですか」
「暴力は言語道断です」
「ひっぱたいたことはありますよ。あいつは男ですからね」

 女のあんたの指図は受けない、とでも言いたいのか。それで乾隆也への反感が決定的になった。

「ああ、そうなのよ。乾くんって外見は男っぽくもないし、表面的にはフェミニストみたいな発言をするんだけど、意外に男女差別主義なのよね。昔の話をすると際限もなく出てくるね」

 見た目は操のほうがひと回り上くらいらしいが、実際は彼女のほうが五つ年上。人は見かけによらない山田美江子とも、操は話した。

「乾くんは頑固だからね、そのたぐいのことは言っても無駄だよ」
「そうなんですか」
「操さんがクリちゃんを守ってあげて」

 山田にそう言われたので、操は今度はクリちゃんのボディガードになろうと決意した。
 しかしまあ、栗原準という青年は、大人に説教や叱責を受けるために生まれてきたのかと思えそうな性格なのだ。社長と乾隆也は説教癖を持っているので、クリちゃんを見ると叱りたくなる。操にも無理はないと思えてきた。

「操さん、今、終わったんですか」
「あ、ああ、乾さん、はい、帰るところです」

 事務的な残業を終えて、ひとりで事務所から出た深夜に近い時刻に、うしろから乾が追いついてきた。フォレストシンガーズの練習スタジオはここからだと近いので、彼はそこでなにかしらしていたのだろう。

「食事は?」
「まだですけど……」
「俺と食事をするってのはおいやですか」
「いえ、乾さんこそ、私なんかと……」
「どうして私なんか、なんですか? おいやじゃなかったらつきあって下さいよ」

 嫌いだと思ってはいたが、ここは大人の対応をせずばなるまい。乾はタクシーを止め、大学の先輩に教えてもらったというレストランに連れていってくれた。

「有名人はお店を選ぶのにも苦労しますよね」
「いや、俺は有名ってほどじゃないですよ。グループの一員は個人でいるとそうは注目されませんしね。モモちゃんのほうがファンの方に騒がれるでしょ」

 向き合うのではなく、窓辺に並んだ席に隣同士で腰かけた。外は暗闇だから窓が鏡のようになっている。すこしだけ疲労の影が顔に差した、美貌とも呼べないがすっきりした顔立ちの男が操の隣にすわっている。ほんのすこし髭がはえかけているのが妙にセクシーに見えた。

 彼に比べて私は……乾さんっておしゃれよね。女性ファッションにも一家言あるみたい。操の口からするっと素直な言葉が出た。

「昔から年より老けてるって言われっぱなしなんですよ。私はなにをしても若く見えるってことはないんでしょうか」
「操さんは若いんだから、髪型や服装や化粧で変わりますよ」
「アドバイスしていただけます?」
「俺でよければ……ええっと……そうだな」

 直接顔を見られているのではなく、黒いガラスに映る姿を見てのアドバイスだからか。性格はともかく、乾さんって外見はかっこいいよね、と思っているからか、彼の言葉は素直に聞ける気がした。

 マネージャーの仕事をしていてよかったことはいくつもあるけど、今夜も役得かしら。フォレストシンガーズの乾さんに若く見せるための助言をもらったのよ、なんて言ったら、うらやましがる女性は大勢いそう。生きていればいいこともあるものよね。

END






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プロフィール

はーい、ユキちゃんでーす。本橋真次郎、乾隆也、本庄繁之、木村章、そして、私、三沢幸生からなる五人のフォレストシンガーズストーリィを、ぜひぜひ読んで下さいませませっ。我々五人と山田美江子、小笠原英彦のメインキャラに加えて、他にもいろんなひとが登場しますが、ストーリィはすべてつながっていますので、どれかから読んでいただいて興味を持ってもらえたら、他のも読んでね。そして、別小説もあります。読んでいただけましたら、コメントなどいただけると最高に嬉しいです。よろしくお願いします。

quian

Author:quian
フォレストシンガーズ
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