茜いろの森

フォレストシンガーズ、本橋真次郎、乾隆也、本庄繁之、三沢幸生、木村章、そして山田美江子、小笠原英彦。メインキャラに加えて、その他大勢登場する連作短編集がメインです。フォレストシンガーズ以外の小説もあります。

はじめていらして下さった方へ❤

内容紹介

ようこそいらっしゃいませ

はじめて「茜いろの森」をご訪問して下さった方、
ありがとうございます。
当ブログのコンテンツのようなものについて、説明させていただきます。

「NOVEL」と番外編はフォレストシンガーズ小説で、
全部がつながっています。
フォレストシンガーズの五人、
本橋真次郎、乾隆也、本庄繁之、三沢幸生、木村章。
及び、山田美江子、小笠原英彦。

メインとなるのはこの七人で、
彼らとどこかしらでつながりのある人々が、
別の物語になって動いていたりもします。

フォレストシンガーズキャラクター相関図」も、お粗末ながら作ってみました。

番外編はフォレストシンガーズ以外のキャラが主役、
のはずだったのが、
いつしか妄想ストーリィメインになりました。

「未分類」は言い訳、ご挨拶、お願いなどなど。
「FOREST SINGERS」には第一部からの完了記念企画やら、
著者が彼らに書かせたエッセイやら(そうなんですよ)を載せています。

「内容紹介」はあらすじ、タイトルの曲名説明、
などなどです。

「ショートストーリィ」は、茜いろの森の小説は長すぎる、とおっしゃる方のため、
はじめてご訪問くださった方に、おためしで読んでいただくための、ごく短い小説を置いています。
ただいまのところ「ショートストーリィ」カテゴリには、musician、しりとり、などがあります。
興味を持って下さったら、メインのフォレストシンガーズノヴェルも覗いてみて下さいね。

「別小説」は同人誌仲間と書いたリレー小説の番外編、友人のクリエストで書いた小説、
私が昔から書いているフォレストシンガーズではない小説もあります。
そっちにもフォレストシンガーズの誰かが顔を出す場合もあるのは、
著者の趣味です。

そこから独立した、グラブダブドリブやらBL小説家シリーズやら、リクエストいただいて書いた小説などもあります。
BLとはそう、あれ、BL小説家の桜庭しおん作の過激な小説が作中作として出てきますので、お嫌いな方はくれぐれもごらんになりませぬよう。

他にもBLがかった物語もありますので、そういう場合は「注意」と赤字を入れておきます。

「共作」はまやちさんとの共作。
「連載」は私も連載をやってみたくてはじめた、ロックバンドの物語です。
ひとつひとつがおよそ1000字ほどですので、お気軽に入っていってやって下さいませ。

「お遊び篇」は、またややこしくて、
えーと、つまり、フォレストシンガーズストーリィのキャラたちが名前はそのままで、
別人になって別世界に生きている物語です。
すみません。

「リレー」カテゴリもあります。
その他、これからも増やしていく予定であります。

こんなアンケートを作りました。同じものがトップページにもあります。
できましたら投票して下さいな。楽しみにしております。














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どれから読もうかな? の方へ・追伸

内容紹介

フォレストシンガーズについて、などなど


四年ほど前に私の頭の中に生まれてきたアキラ。
「俺はもとからいたんだから、生まれてきたんじゃないんだよ」
と、本人は主張しておりますが。
本人の主張はさておき、アキラが生まれてきたおかげでフォレストシンガーズが誕生しました。

凝り性で、そのくせ飽きると離れていってしまうという著者が、唯一、何十年も飽きずに凝りまくっているのが「小説を書く」ということ。

昔は投稿したり、紙の同人誌を作って発表したりしていました。
この時代になって、ホームページを作ろうかと思い、むずかしそうだから避けていて。
そんなころにフォレストシンガーズの小説を書き溜めていましたので、そうだ、ブログで発表しよう!! と決めたのでした。

そうしてフォレストシンガーズメインの「茜いろの森」を創設してから約二年半。
最近はグラブダブドリブ、ジョーカー、しおんとネネのシリーズや連載。
ショートストーリィなども書いてはいますが、やはりメインはフォレストシンガーズです。

「茜いろの森」をご訪問下さった方で、フォレストシンガーズってなに? と興味を示していただけた方は、「内容紹介」、「forestsingers」カテゴリをお開き下さいませ。
All title list(作品数が多いので、2ページになっています)の中にあります。

そのカテゴリの中の「こんなお話です」に目を通していただけると幸いです。

小説でしたら、ショートストーリィ(musician)の中のフォレストシンガーズ物語、一話~七話までをお読みいただけるのが、いちばん最初でしたら最適かと思われます。
フォレストシンガーズストーリィ1-第一話「はじまり」

どれから読もうかな? の方へ
「The Chronicle・ショートバージョン」
もわりあい短めです。

長くてもいいとおっしゃる方には、「The Chronicle」全11話のロングバージョンもございます。
小説200(The Chronicle)第一部

その他にもフォレストシンガーズストーリィはあちこちに散らばっております。
お急ぎでない方は「あらすじ」なども見ていただいて、お好みに合うストーリィを見つけていって下さいませ。

みなさまのアクセスや拍手、コメントなどは著者の最大の喜び、励みでございます。
変なコメント(変というのは種々ありますが)でない限りは必ずお返事させていただきます。
URLを残していただければ、コメントを下さった方のブログにも遊びにいかせてもらいますねー。

さて。
いついつまでもブログを続けていきたい、というのが私の最大の希望でもありますので、今後ともどうぞよろしくお願いします。
こんなミニアンケートにも、よろしかったらお答え下さいね。




2013/8月
津々井茜



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どれから読もうかな? の方へ

内容紹介

2011/5/28

「The Chronicle・ショートバージョン」

**はじめに

 長い「The Chronicle」をブログにアップしてから、考えました。
 はじめてフォレストシンガーズストーリィを読んで下さる方は、「The Chronicle」から読んでいだけるといいな。彼らの大学一年生から三十歳までの物語だから、ちょうどいいな。
 でも、最初に読んでいただくには長すぎるかも。
 ならば、ショートバージョンを書こうと決めて書いたのがこのストーリィです。「The Chronicle」の抜粋ではなく、エッセンスを抽出して短くまとめたものですので、長いのも短いのも両方読んでいただけると嬉しいです。
 このストーリィを読んでフォレストシンガーズに興味を持って下さった方は、「The Chronicle」本編もぜひどうぞ。もちろんその他のたくさんたくさんあるストーリィも、読んでいただけると嬉しくて嬉しくて、著者は舞い上がってしまいまする。

 なお、これでも長いだろ、とおっしゃる方には、さらに短いのもあります。
フォレストシンガーズストーリィ1-第一話「はじまり」
ここからスタートする七つのストーリィも、よろしくお願いします。

 ではでは、ショートバージョン、お楽しみ下さいませ~。



1・真次郎

 七つも年上の兄貴たちに育てられた十八歳の暴れん坊が、桜の花なんて気にしているわけもない。あのころの俺は桜なんて見てもいなかっただろうけれど、この季節になると思い出す。あの日もこうして桜が満開に咲き誇っていた。
 桜吹雪と聞くと遠山の金さんを思い出す俺にも、自分自身の桜吹雪の思い出はある。大学の入学式、俺の運命を決めた日。大仰に言えばそうだったのかもしれない。
 空手家で双生児の兄貴たちに反発したいためもあって、俺はスポーツ嫌いだった。好きなものはたくさんたくさんあれど、中では音楽がもっとも好き。ピアノも好きでクラシック音楽も好きだったのだが、オーケストラなんて俺のガラじゃねえや、だった。
 サークルに入ろうとして迷った末に、俺は合唱部を選んだ。新入生勧誘パフォーマンスで歌っていた女性たちの美しい声や、当時の女子部キャプテンの美しい容姿に魅せられたせいもあった。
 飛びこんでいった合唱部の部室で、先輩の星さんに会った。彼の人柄に惹かれて、入部してから触れ合った男子の先輩たちにも惹かれていって、俺は強く強く合唱部に傾倒していく。歌というものにものめり込んでいく。
 それからもうひとつ、同級生との出会いもあった。東京生まれの俺がこの大学に入学し、合唱部に入部しなかったとしたら、おそらくは会わなかった乾隆也だ。
「乾、本橋、おまえたち、夏のコンサートでデュエットをやれ」
 キャプテン高倉さんのその命令が、俺たちを結びつけた。いや、高倉さんの言葉がなかったとしても、俺たちは特別な仲になっていただろう。男同士で特別とは気持ちが悪いのだが、そうなのだからどうしようもない。
 金沢生まれの乾と俺、運命論も俺のガラではないけれど、そんなこともあるのかなぁ、と今になれば思う。それからそれから、もうひとり、彼女との出会いはまちがいなく、俺の運命を変えた。
「綺麗だねぇ。あれから何年たつんだろ」
「あれから何年なんて振り返るのは、年を食った証拠だぜ」
「だけど、このシーズンには思い出すでしょ」
「うん、まあ、そうだな」
 近所では一番豪壮な邸宅の塀ごしに、ゴージャスな桜が咲きこぼれている。まるで秀吉が愛でた醍醐の桜のよう……俺はそんなものはこの目で見ていないのは当然だが、こんなだったのだろうと思う桜だ。そんな桜を見上げて、俺は妻と会話をかわす。
 あれから何年、その何年とは、おまえとおまえと出会ってからの歳月と一致する。おまえ、とは乾と美江子だ。美江子とは「あれ」がいつなのかをわかり合っている。仲間たちとの出会いと、美江子との出会いがあって、今、俺はここに立っている。


2・美江子

 母校のキャンパスの花壇には、ポピーの花が並んで咲いていた。
「可愛いチューリップの花ですね」
「……あのね、三沢くん」
「はーい」
 咲いた咲いたチューリップの花が、三沢くんが歌う。十八歳の男の子がそんな可愛い声を出す? キミのほうが花よりも可愛くて、声だけだったら幼稚園児の坊やみたい。顔を見ても中学生みたい。ふたつ年下の三沢幸生を見つめていたら、吹き出して笑い出した。
「美江子さん、なにがそんなにおかしいんですか。そんなに笑わないで」
 笑いすぎて涙が出てきたら、三沢くんは私の背中をとんとん叩いてくれた。
「美江子ちゃーん、泣いたら駄目よ。べろべろばー」
 今、ここにいるのは、その三沢幸生、最年少の大学二年生。彼に較べるとずいぶんとお兄さんに見える、本橋真次郎、乾隆也、彼らは私と同い年の大学四年生だ。そして、大学三年生の小笠原英彦と本庄繁之。五人がキャンパスに集まって、本橋くんが私に正式に紹介してくれた。
「フォレストシンガーズだ。決定したよ」
「……うん」
 詳しくなんか言ってくれなくてもわかる。大学の男子合唱部で知り合った五人が、ヴォーカルグループを結成した。私も話は聞いていたけれど、正式に決定したから改めて紹介してくれたのだ。
「三沢くん、覚えてる?」
「覚えてるってどれですか? あの樹の陰で美江子さんとキスしたこと? むふふ」
「おー、三沢? おまえ……美江子さんと……このぉ」
「きゃああ、小笠原さんっ!! 許してっ!! だって、愛し合ってるんだもんっ」
「許さない。待て」
 逃げていく三沢くんを、小笠原くんが追いかけていく。本庄くんはきょろきょろしてから、私にもの問いたげな目を向ける。乾くんは笑っていて、本橋くんが質問した。
「山田、おまえ、ほんとにあんなガキとキスしたのか?」
「そうじゃなくて、この花壇に咲いてた花よ」
「花なんか咲いてたか?」
「春には咲いてたでしょうが」
「そうだったかなぁ」
「あのへんにはどんな花が咲いてたか、覚えてる?」
 冬枯れの花壇には花はなく、本橋くんと本庄くんは悩んでいる。乾くんは言った。
「花壇なんだから花はあるよ。春の花だったら……あのあたり? ポピーだったな」
「さすが乾くん。花の名前も知ってるし、記憶力もいいよね。本橋くんや本庄くんも見習いなさい」
「はい、すみません」
 本庄くんは素直に答え、本橋くんは言った。
「歌詞は覚えないといけないけど、男は花の名前なんか知らなくていいんだよ」
「でも、本橋さん、歌には花が出てくるでしょ」
「俺は出さないからいいんだ」
 ポピーの花が咲いていたころに知り合った、大学一年生だった三沢くん。二年近くがたっても、彼の声は黄色くて、小笠原くんにつかまえられてきゃあきゃあ悲鳴を上げている。
 なんでおまえは花の名前なんか知ってるんだ、と本橋くん。乾さんのおばあさんは、お華の先生だからでしょ、と本庄くん。ポピーくらいは常識だろ、と乾くん。そんな五人で、歌の道を歩き出すんだね。私も一緒に歩いていく。
 きっと近いうちには、あなたたちはプロになる。私はあなたたちのマネージャーになる。目の前にはお花畑が広がっている。未来をそう考えれば、頬を刺す冬の風までが、あたたかく感じられた。


3・隆也

 アマチュアながらも、ノーギャラながらも、仕事をさせてもらって泊まらせてもらった海の家の庭に、朝顔の花が揺れている。青や紫の暗い色ばかりで、朝から俺の気持ちも暗くなりそうだ。
「……暗い色合いだと思うから暗く感じるんだ。暗いんじゃなくて爽やかで清々しい色の花だと思え、隆也、気は持ちようだ。ものは考えようだ」
 山田、本橋、乾が大学を卒業してから一年余り、今年は一年下の本庄シゲ、小笠原ヒデも卒業した。三沢幸生は大学四年生。俺たちはいまだアマチュアだ。
 プロになるための道は険しくて、真夏の朝に海辺にいても心は浮き立たない。一昨年までは別の海辺で大学合唱部の合宿をしていて、あのころはひたむきに楽しかったのに、俺の青春は卒業とともに終わったのか。
 暗くばかり考えてしまうのは、ヒデがいなくなってしまったから。ヒデは結婚するからと言って、梅雨のころにフォレストシンガーズを脱退してしまった。
 一年生の年にだけ合唱部にいて、大学をも中退してロックに走っていた木村章は、幸生とは仲良くしていた。シゲやヒデとも親しくしていたらしいが、本橋や俺は章とはほとんど交流もなかった。その章を幸生が連れてきて、強引にフォレストシンガーズに参加させた。
 であるから、人数的にはフォレストシンガーズはもとに戻っている。それでもそれでも暗いのは、章が俺を嫌っているから? 俺が悪いから? あいつだって悪いだろ。
 章は彼女のスーちゃんと喧嘩ばかりしていると言う。喧嘩はするのが当然だろうが、彼女と彼は暴力沙汰の喧嘩になって、章はスーちゃんに殴られて殴り返すという。そうと聞いて説教したのがはじまりだった。
 もてるらしき章は、女性の母性本能をくすぐるのだろう。綺麗な顔をしていて細くて小柄で、反抗的なロッカー。彼は小さな薔薇なのか。美しい外見に引きつけられて寄っていく女は、刺にさされて傷つく。女性が守ってやりたいと感じる男の章は、時に牙を剥く。
「あいつは弱気で寂しがりなんですよ。そんなところを隠したくて反抗的になったり、女にばっか強く出たり、実は最弱軟弱脆弱柔弱……」
「幸生、そのへんでいいよ」
 弱のつく単語を並べ立てようとする幸生を、途中でさえぎったこともあった。
 女に暴力はふるうし、遅刻はするし、説教するとふてくされるし、リーダーに殴られるとふくれるし、その上にその上に、あろうことか、ファンの方につっけんどんにする。あまつさえ、突き飛ばしたりもする。あのときは俺は章の頬を軽く張り飛ばした。
「あいつはフォレストシンガーズのファンじゃなくて、ジギーのファンだった女ですよ。乾さんには関係ないじゃん」
 ジギーとは、章がヴォーカリストとして加わっていたロックバンドだ。インディズとしては人気があったのだそうで、章にはそのころからのファンがついている。
「なんであろうとも、ファンの方にそんな態度を取ってると癖になるんだよ。俺たちがメジャーデビューして、支持して下さるファンの方におまえがそんなだと、プロのシンガーとしては最悪だろ」
「ファンなんてうぜえんだもん。それにさ、俺たちがメジャーになるなんて……乾さん……わかりましたから。いやだよ」
 手を上げて顔をかばっている章を、きつく殴る気はなかった。説教だってしたくはなかったのだが、彼は本心からそう思っているのかと、おりに触れては説得してきた。章だってわかっているだろうに、ロッカーらしき反逆心なのか、素直にうなずいてはくれない。
 先輩風を吹かせて説教ばかりするうざい奴。章にはそう思われているのはまちがいない。俺の存在に嫌気が差して、章がフォレストシンガーズを脱退したとしたら……そう思うと気持ちが暗澹としてくる。真夏の朝を俺のグレイの吐息が曇らせていると、幸生の声が聞こえた。
「おはよう。隆也さん、ユキちゃん、キスしてあげようか」
 十八番の幸生の女芝居だ。俺が暗くなっていると察してなぐさめてくれようとしているらしいが、こんななぐさめはいらない。強いて荒々しく言った。
「幸生、おまえ、あの花の名前を知ってるか。まちがえたら罰として、あそこに見えてる灯台までランニングだぞ。言ってみろ」
「あの花? ええとええと……チューリップ、桜、薔薇、菊……他に花ってあったっけ。ええとええと……そうだ、ポピー!! きゃーーっ、乾さんっ、なにをなさるのっ?!」
「ランニングだって言っただろ」
「隆也さんもつきあってくれるの? そしたらね、おんぶして走って。きゃわわーっ!! ひとりで走りますっ!! 先輩ったら怖いんだから。ユキちゃん、そんなことされたら疼いちゃうわ」
「……黙って走れ」
「はいっ!!」
 前を走っていく幸生の髪が朝陽に輝いている。朝顔が幸生と俺を見比べて笑っている。くよくよと考えているよりも、俺たちは走らなくっちゃ。


4・英彦


 暑苦しい花だな、と呟くと、恵が言った。
「夾竹桃。ヒデって花の名前を知らないね」
「男は普通はそうだろ」
 乾さんは別として、シゲも幸生も本橋さんも花の名なんて知らなくて、美江子さんが呆れてたよ、とは口の中で呟く。
 遠い遠い昔の友達なんて、思い出すと虚しいだけなのに、今では気軽に親しくできる男友達がいないせいか。妻と子はいても女友達はさらにいない。友達がいても妻や子はいない男だって多いのだから、俺は幸せだ。
 紫陽花を見ると楽しかった学生時代を思い出すから、あの花は嫌いだ。梅雨がすぎて真夏になり、紫陽花は見なくなったと思ったら、今度は暑苦しい花か。
「濃いピンクは暑苦しいかもしれないけど、白いのはよくない?」
「俺は好きじゃないな」
「たしか夾竹桃って、根だか樹だかに毒があるんだって」
「食うと死ぬのか?」
「そうかもね」
 毒のある樹は食ってもまずいだろう。別に死にたくはないのだから、夾竹桃を食う気もないけれど、最悪、あいつを食えばいいんだな、なんて思って苦く笑った。
 数年前にフォレストシンガーズを脱退して結婚し、子供ができて普通の父、普通の夫、普通のサラリーマンになった。フォレストシンガーズがデビューしたとの噂は聞かないし、シンガーズだって普通の人間なんだから、俺とはなんちゃあ変わりもせんちや、ではあるのだが。
 なのになんだって、俺はこうして鬱々している? 夏の陽射しの中、淡い緑のワンピースを着て、白いパラソルを差した妻はけっこう美人で、妻の押すベビーカーの中の瑞穂は、天使のように愛らしい赤ん坊なのに。
「パパ、買いものしてくるから、見ててね」
「ああ。ゆっくり行ってこい」
 ドラッグストアに入っていく妻を、外で待っている。俺はガードレールに腰かけて、ベビーカーを見つめている。瑞穂がほにゃほにゃと笑っている。可愛いな、おまえは俺の娘なんだもんな。けど、おまえがいなかったら俺は……
 ふっとよくない想いが浮かび、頭を振った。赤ん坊は父親の悪心を感じたのか、唐突に泣き出す。抱き上げるといっそう泣く。ドラッグストアから恵が顔を出した。
「パパ、泣かしたら駄目。ちゃんと見ててよ!!」
 怒鳴られて怒鳴り返した。
「赤ん坊ってのは泣くのが仕事だろ。俺のおふくろはそう言ってたぞ。文句があるんだったらさっさと買い物をすませて出てこいよ」
「もうっ、役に立たないんだから」
 これではまた喧嘩になりそうだ。冷戦になるのか舌戦になるのか。せめて明るい喧嘩だといいな。こうなってくると妻も娘もうっとうしくて、俺は夾竹桃に悪態をついた。
「家出したいよ。失踪したいよ。くそっ!!」
 ベビーカーに戻すと、瑞穂は顔を真っ赤にしていっそういっそう泣き出した。
 

5・繁之


 この花だったら知ってるけど、なんて名前だっけ? 幸生だったらチューリップだと言いそうだが、チューリップではないのは知っている。チューリップは春の花だ。
 アマチュア時代にはこの公園で、五人で練習をしてきた。筋トレやキックボクシングごっこや、ランニングもした。議論もした。コンビニで買ってきた夜食やら、美江子さんがさしいれてくれた手作りの豚汁なんかも食った。
 本橋さんが不良にからまれていた高校生を助けたり、乾さんが女の子をかばったり、章がどこかの男に殴られそうになったり、幸生が泣きそうな顔でブランコにすわっていたり、そんな思い出がたくさんたくさんある。
「俺の書いた曲なんです。乾さん、見て下さい」
「お、書けたか……うんうん……ヒデ、これ、駄目だろ、これは」
「なんでですか」
「自分で考えろ。ほら、ここだよ」
 俺にはできないソングライティングについて、乾さんと話していたヒデの声を思い出す。ここんところは盗作だろ、と指摘されたヒデは、あとから言っていた。
「あのときには乾さんを殴りそうになって、辛抱したんだ。俺、えらいだろ」
「アホか。当然だよ。盗作だって言われて怒って、乾さんを殴ったりしたら、俺が許さんからな」
「……おまえにやり返されたら俺は死ぬから、やらんでよかったな」
 がははっと笑った声までも思い出した。
「とうとうデビューしたんだよ。ヒデは知らないだろ? フォレストシンガーズなんて名前、どこにも出てないもんな。でも、もうじき各地のFM放送挨拶回りをするんだ。おまえはFM放送のある地域に住んでるのか? 茨城や高知だったら聴けるよな。おまえがどこにいるのかは知らないけど、元気なんだろ? 幸せなんだろ? 結婚したのかな。子供もできたのかな。恵さんって……うん、まあ、美人だよな。おまえも顔は整ってるんだから、可愛い子供だろうなぁ。会いたいな」
 ヒデの子供よりもヒデ本人に会いたい。この花、なんて名前だ? ヒデに質問したい。ヒデもきっと知らないだろうから、乾さんと美江子さんにも来てもらおう。花の名前はどうでもいいから、本橋さんと幸生も呼ぼう。章は、呼ばないほうがいいんだろうか。
「みんなで言うんだよな。幸生は言うんだよ。チューリップ? あいつの定番だからさ。本橋さんは薔薇だって言うかもな。そしたら美江子さんか乾さんが……あ? コスモス? そうだったかも。自信はないけどそうかもしれない。誰かが教えてくれたんだ。おまえじゃないだろうけど、ありがとう、ヒデ。コスモスだな」
 自信はないがコスモスだと決めた白や薄桃色の花を見ながら、ヒデに話しかける。繊細で可憐な花だ。俺にもこんな彼女ができたらいいな、ヒデのことばかり考えている女々しい自分が腹立たしいのもあって、コスモスに意識を向けていた。


6・幸生

「悲しくったって、苦しくったって
 ステージの上では平気なの
 だけど、涙が出ちゃう
 だって、ユキちゃん、女の子なんだもんっ!!」

 この替え歌を歌うとシゲさんは脱力し、リーダーはげんこつを固め、章はキックをしかけてきて、美江子さんはため息をつく。乾さんは俺の肩を抱いてくれた。
「そういうタイムリーな歌を歌うな。売れなくて悲しくて苦しいなんてのは、もっと長くやってから言うもんだよ」
「身も心もユキちゃんになっていい?」
「心は見えないから、ユキちゃんになってるんだとおまえが言い張れば、俺もうなずかざるを得ない。身は見えるんだぞ。なってみろ、なれるのか、え、幸生? なれるのか」
「そんなご無体な……」
 変身はできそうにないので諦めて、心だけはユキちゃんになろうと乾さんにくっつく。本橋さんとシゲさんはむこうで、俺たちを見ないように必死で無視しようとしている。章は美江子さんと、虫みたいにちっちゃい花のそばでお話していた。
「俺もやっぱ本物の女性とお話したいなぁ……」
「俺に女になれって言ってるのか」
「乾さんが女になったって……俺の趣味は知ってるでしょ」
「小柄でキュートな美少女だろ」
「そうそう。俺を女の子にしたような美少女ね」
「女性は男装すると十歳若く見え、男は女装すると十歳老けて見えるという。肌の差だそうだな。幸生、不精ひげがはえかけてるぞ」 
 人を現実に立ち返らせる無情な発言をしてから、乾さんは公園のベンチにすわった。
 ここは兵庫県の公園。近隣の人々の憩いの場になっているようで、そぞろ歩くカップルや家族連れや友達連れは大勢目につく。けれども、だあれも俺たちに目を留めてはくれない。俺たち、フォレストシンガーズっていうんだよぉ!! って叫ぼうか。パークライヴをやろうよ。無料だよ。俺たちの歌を聴いて、拍手を、歓声を下さい。
 餓えるほどにそう思う。デビューしてから二年がすぎて、今年も秋になって、いろんないろんな仕事をしてきたけれど、俺たちはまったく認められないまんまだ。
 試行錯誤を繰り返し、多種類の歌のジャンルにチャレンジし、テレビのバラエティ番組に出たり、ラジオに単発で出演したり。そのどれもがフォレストシンガーズの糧にはなっただろうけれど、実を結んではいない。
 乾さんの言う通り、悲しむにはまだ早いと知ってはいるけれど、イベントに出演させてもらって主催者にないがしろな扱いを受けると、へこみたくなる。無名のシンガーって人間じゃないの? 猫だったら不細工でももてはやされるのに、ユキちゃんは可愛くても愛してもらえないんだわ。
 なんてね、こうやって自分の中でもひとり芝居をやって、俺はてめえを鼓舞する。乾さんと美江子さん以外は芝居をやると怒るけど、実はちょっぴり癒されていたりするんでしょ。
「乾さん、あの虫みたいな花、なんて名前ですか」
「紅の虫か。あれはおまえには高度だろうな」
「花に高度や低度ってあるんですか」
「あるんじゃないのか。一般的知名度の高い、おまえでも知っているチューリップや桜から、おまえだと知らなくても普通な萩や竜胆やえのころ草、さらに知名度の低い、イタドリ、ベニタデ、ゲンノショウコ、などなど。知名度レベルでも花は多種に分類できるんだよ」
 それってシンガーになぞらえてる? シンガーとはさかさまに、花は知名度が低いほど高度なのか。俺は今、乾さんが言った花の中から、あの虫のようなちっこい花の名前を探した。
「リンドウかなぁ。ちがう? 萩」
「おまえにだったら推理は簡単だろ。覚えないと意味ないんだぞ」
「はあい」
 我々だって覚えられないと意味がない。しかし、公園でフォレストシンガーズの名を連呼するのは、犯罪に近いのかもしれない。そのためにはどうすればいいのかも、模索しながら歩いていく。それが我らの生きる道?
 これからも俺たちは、シンガーとして高級になるために努力する? 高級とひとことで言うべきなのかどうかもわからない暗い道を、みんなで歩いていく。
 ねえ、隆也さん、頼りにしてるからね。俺はあなたの背中を特に見つめて、一生懸命ついていくよ。どこまでも連れていってね、ごろにゃん。


7・章

 デビューしてから六度目のクリスマス。去年にはシゲさんが結婚し、フォレストシンガーズはほんのちょびっと有名になった。有名になったと口にするのもおこがましいが、デビュー当時から二、三年ほどの真っ暗闇からは抜け出しつつある。
 二十二歳でプロのシンガーズの一員となった俺は、二十七歳になった。愛した女もいるけれど、スー以外の女とはすべてが切れた。スー以外の女はどれもこれもがまやかしだったのだから、切れて後悔もしていないが、心に寒い風が吹く。
 クリスマスのイルミネーションやツリーや、音楽で浮き立つ街で俺はひとり。すこしは売れてきたといっても、ちびの俺がひとりで街を歩いていても、ファンに発見されて騒がれるなんてまずない。そのほうが気楽だけど、時にはこんなこと、ないかなぁ。
 女子大生の集団が俺を見つけ、わーっと取り囲み、サインだ握手だ写真だと騒いだあげくに、その中でもとびきり可愛い子が言う。
「あたしたち、これから女の子ばかりでパーティするの。木村さんも来て」
 五、六人の女の子は全員が、俺の好みの小柄で細身の美人ばっかり。俺は迷惑そうなそぶりをしながらも言うのだ。
「ちょっとだけだったらつきあうよ。ケーキでも買っていこうか」
「木村さんが来てくれるだけで嬉しいの」
「そうは行かないだろ。女子大生のパーティに社会人が手ぶらでは行けないよ。これで好きなものを買えよ」
 札を握らせると、女の子たちは感激して、みんなそろって背伸びして、俺にちゅっちゅっのちゅーっ!! ……ああ、虚しい。
 つまんねえからナンパしようかな。スターになっていない現状の利点は、道行く人々のほとんどが俺を知らないこと。ナンパして釣り上げた女もたいていは俺を知らないから、適当にごまかしてホテルに連れていって寝て、適当にバイバイ。
 乾さんに知られたら叱られるだろう……そう考えてから、あんたもやってんだろっ、と胸のうちで叫び返す。可愛い子はいないかと物色していたら、街角にたたずむ女の姿が見えた。ベージュのコートのすらっとした女は、俺と同じくらいの身長だ。小柄ではないけど、まあ、許容範囲。俺は彼女に近づいていった。
「彼女、ひとり? お茶でもどう?」
 顔が見たいのに、彼女はうつむいたまんまだ。どこかで見た女……有名人かな? 気が逸って気もそぞろになっていた。
「誰か待ってんの? ふられたんだろ。俺とお茶しようよ。メシだっておごるよ」
「……」
「すかすなって」
 苛々してきたので、ちょっとだけ怒らせる手段に出た。
「顔を見せてよ。見せられないってのはブスなんだろ」
「……え……」
「いやいや、ブスじゃねえよな。顔を見せて」
 猫撫で声を出して顎を指でそっと持ち上げる。女は顔を上げてにたっと笑った。
「うぎゃっ!!」
「口裂け女じゃないんだから、悲鳴を上げなくてもいいじゃないの」
「口裂けって……古っ」
 ある意味、妖怪よりも悪い。逃げてもはじまらない相手だからなお悪い。開き直った俺は言った。
「そんなコート、見たことないし、美江子さんだなんて気づきませんでしたよ」
「私は声で章くんだって気づいたから、黙ってうつむいてたの。あなたはいつもこういうことをやってるんですか。お話を聞かせていただこうかしら」
「補導の教師みたいに言わないで」
「食事をおごってくれるんじゃなかったの?」
「美江子さんはデートじゃなかったの?」
 ぎろっと睨まれた。図星だったのかもしれなくて、腕を引っ張られるままになった。
「あれは知ってる?」
「あれって?」
 彼女と腕を組んで歩いているというよりも、教師に腕を取られてどこかへ引きずっていかれる中学生気分。我らがおっかないマネージャーと街を歩くなんて、振り切って逃げたら本橋さんや乾さんに告げ口されるから、逃げるに逃げられない。
 情けなくて返事もしたくなかったのだが、あれって? と彼女の声に反応してしまった。美江子さんが指差す先には、赤と緑の花のような葉っぱのようなものがあった。
「飾りですよね。造花? 乾さんに教わったような……クリスマスの花、クリスマスカラー……なんだっけ。忘れたよ」
「ポインセチアだよ。あんなふうに華やかに……見えてくるの」
 目を閉じて、美江子さんが囁いた。
「あなたたちの将来は、ポインセチアカラーに彩られてるのよ」
「へええ、いいね」
 美江子さんがえらい美人に見える。いや、もともと彼女は美人なのだが、いつだっておっかなさが先に立つ。今夜は優しい気持ちになってくれているのか、彼氏にデートをすっぽかされて不機嫌なのを繕おうとでもして、作為的に優しくふるまっているのか。
 どっちにしても、優しい美江子さんだったら好きだ。クリスマスイヴ当日ではないのだから、美江子さんとデートってのもいいだろう。
「メシ食いにいきます? 酒もいいでしょ」
「いいけどね、章くんはお酒を飲むと潰れるんだから、一杯だけにしなさいね」
 こういうことを言うから、デート気分に水を差すのだ。酒を飲んでいても説教されそうで、俺は美江子さんの腕を静かに静かに、と努力して引き離した。
「急用を思い出しました。帰ります」
「そうなの? ナンパなんかしないようにね」
 うるせえんだよっ!! と怒鳴りそうになったのをこらえて、小走りになる。来年こそはポインセチアのように華やかなクリスマスを迎えたい。優しくて可愛い彼女もほしい。
 今年のクリスマスには間に合いそうもないから、来年こそ、来年こそ、と祈る。俺たちフォレストシンガーズは、ポインセチア程度の知名度を持つシンガーズになれるのだろうか。今年のクリスマスコンサートのチケットは初ソールドアウトだったのだから、近々きっとなれるさ。
 そうと信じていなければ、こんな寒空の下、ひとりで歩いてなんかいられるかよ。きっと俺たち、大物になるんだよっ!!

未完
 



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フォレストシンガーズ人物相関図①

内容紹介

フォレストシンガーズを中心とするキャラクター相関図  
(ver1.大学関係)


修整

以前から相関図モトム、とのリクエストをいただいていました。
このたびも大海彩洋さんからリクエストいただきまして、さあ、どうしよう、と悩んだあげく。

家系図を作れる無料ソフト発見。
ただ、無料の分では印刷もできないし、画像として使えない。
うーん、どうしようかとまたもや迷ったあげく、いい方法を考えてもらいました。

ようやくブログにアップできました。
これはテスト版のようなものですので、簡単すぎてわかりにくいかもしれません。
とりあえず、フォレストシンガーズの五人と大学の仲間たちとの相関図です。

ここはこうしたら? などのご意見があれば、どしどし教えて下さいませね。
お待ちしております。





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FSソングライティング物語「Anti-war song」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

ソングライティングシリーズ

「Anti-war song」


 人間は戦争を起こす。
 そして人間は、戦争に反対する歌をつくって歌う

 ひとりの人間は戦争なんて嫌いなはずなのに
 大勢の人間は戦争をしたがる
 戦争を嫌うのも、戦争が好きなのも、同じ人間

 数の波に押し流されるのも人間なのだから
 僕らは歌をつくって歌おう
 
 戦争はいやだ
 戦争はいやだ
 シンブルにそう歌おう。

「乾さん……ずるいよ」
「ずるい?」
「これをやられると反対しにくいじゃないですか」

 口をとがらせているのは章だ。
 こんな曲ができた、乾さん、詞を書いて下さい、と章に譜面を渡された。章にしては静かで穏やかな曲だ。これだったら大人の男女の恋物語かな、と考えつつ、その夜は家に帰って寝た。

「好きだったのよ、今でも好き。ずーっと好き」
「……俺はなんて言ったらいいのか……」
「言ってくれなくてもいいから、乾さんは歌って」
「そうだね」

 その夜の夢に見知らぬ女性が出てきて、日本語ではない言葉で俺に話してくれた。日本語ではなくても理解できた。
 地面に横たわるひとりの男の首を抱いて、彼女は泣いていた。戦で死んだ彼女の愛する男。私は彼を愛していた。彼は死んでしまったけど、永遠に愛し続けていくと。

 そんなとき俺には、彼女にかける言葉は見つけられない。だから、歌詞にした、彼女だけではなく、戦争に関わるすべての人間に向けての詩を書いた。俺は平和な日本に生きているけれど、地球上に戦争がある限り、俺だって無縁ではないのだから。

「このままじゃ歌にはならないから、これは大意だよ。これから練っていくんだ」
「わかりますけど、俺はそんなつもりでこの曲を書いたんじゃないんだよな」
「幸生にラヴソングを書いてもらうか」
「乾さんは変える気はないんですか」
「ないよ」

 たとえばカレーライスが食べたくて、行きつけの店へと出かけていく。ところが、その店は休みだった。連れが、だったらラーメンにしようよ、と言ったとしても、俺は別のカレーショップを探す。気持ちが完全にカレー食いたいモードになっているからだ。

 同じような感覚で、この曲は俺の中ではそういうモードになってしまった。作曲者の章が不満でも俺の中では切り替わらない。

「これもラヴソングなんだよ」
「ラヴソングはいいんだけど、俺はこういうメッセージソングは嫌いなんだよな」
「俺たちらしくないといえばいえるけど、夢のお告げなんだよ」
「……またそういう意味不明なことを……」

 ずるいと章が言ったのは、反戦歌などという大義名分をふりかざされると反対できない、との意味だったのだろう。その気持ちもわかる。

 反戦歌なんてフォレストシンガーズらしくはないけれど、歌うということは俺たちらしいじゃないか。地球や人類のことを考えても、なにひとつできないちっぽけなシンガーたち。この世の中になくても誰も困らない職業のひとつ、シンガー。

 そんな俺たちにできることは、歌を作って歌うことだけ。
 だから、歌おうよ。小さな小さな声で、戦争反対、って歌おうよ。俺たちにできることはそれだけなのだから。

END






 

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花物語2017/10「野葡萄」

ショートストーリィ(花物語)

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2017花物語

11「野葡萄」

 本家の当主などというものは前世紀の遺物のように思われるが、いるところにはいる。早矢香、真美香、亜本気、三姉妹の両親が事故でいちどきに亡くなったとき、三人はその老人の前に並んですわらされた。

「このたびは大変なことになって、私からもお悔やみ申し上げる。これからは姉妹三人で力を合わせて生きていかねばならんな。むろん親族も協力するが、うん、その前に、おまえたちに伝えておかなくてはならないことがあるのだよ。あるいはサヤカなどは薄々気づいていたのかもしれんが、気づいていたかね?」
「なんのことですか?」
「アマジのことだ」
「アマジ? えーっと……」
「気づいてないかね? アマジが生まれたとき、サヤカは四歳……幼すぎたかな。マミカも知らんのだよな」
「なんのこと?」
「アマジは当然知らんわな」

 親戚一同はむろん知っていたのだが、三姉妹には絶対に教えないように、とこの本家の当主が緘口令を敷いたのだそうだ。時期が来たら父親に話させると。

 時期が来るまえに父親は亡くなってしまったのだから、当主が話すしかなくなった。早矢香12歳、真美香10歳、亜本気8歳の秋だった。

「アマジにも理解はできるだろう? おまえたちの両親は、マミカが生まれて間もなく離婚したのだよ。離婚ってわかるな? 三人ともわかるか」

 離婚ならば意味としてはアマジにだってわかるが、初耳だったのでびっくり仰天し、姉たちと顔を見合わせた。

 理由までは話す必要もないだろう、と前置きして、当主は続ける。親戚には口さがない連中も大勢いるし、近隣の住人だって噂話は大好きなのに、三姉妹の耳に入らなかったのもびっくりだ。かの地では当主がさほどに権勢をふるっていて、この老人に睨まれるとあとが怖いからなのではあるまいか。

 結婚し、ふたりの娘を得たあとで、両親は離婚した。親権は母親に渡り、サヤカとマミカは母とともに家を出ていく。父もこの地から出ていき、家族は離れ離れになった。

 次女のマミカが三歳になったときに、父親から元妻に電話がかかってきた。

「故郷に戻ったんだよ。都会にいればひとりでもどうにか生きられたけど、故郷にいるとひとりは寂しい。みんなに責められるんだ。あんなにいい奥さんと可愛い娘たちを捨てて、おまえはなにをやってるんだ、ってね、怒られるんだよ。それもあって後悔している。やり直せないか?」

 覚悟を決めてシングルマザーになった母ではあったが、日々の暮らしに疲れてもいた。母も都会で暮らし、五歳と三歳の娘たちを保育園に預けて日も夜もなく働きづめで生きている。とりたてて資格もない事務員の身では収入も決して潤沢ではなく、父の言葉に心が揺らめいた。

「何度も話し合いをして、サヤカやマミカもまじえて食事をしたり、遊園地に行ったりもした。そのころのことはサヤカやマミカは覚えていないか?」

 姉たちは覚えていないらしく、そろってかぷりを振った。

「そうか……」
「家族みんなで遊園地に行ったことはあるはずだけど、あのときにはアマジもいたような……」
「そうだよね。サヤカちゃんと私とお父さんとお母さん……それって私も覚えてないな」
「マミカはまだ小さかったからな。そして……」

 一度は離婚をした夫婦は、離婚後二年ばかりして復縁した。父も母も故郷のこの地に戻り、ふたりの子どもと四人家族の暮らしが再スタートする。母はこの地の出身ではなかったが、父と父の両親に連れられて親戚筋や近所に挨拶回りをしていたので、皆に好感をもたれていたのだった。

「それから一年もせぬうちに……」

 赤ん坊を抱いた初老の夫婦が、この地にやってきた。

「その夫婦ってのがな、アマジの祖父母だったんだよ」
「え?」
「実は……」

 父は母と離婚してほどなく、再婚していた。実は……母と離婚した原因のひとつは父の不倫だったのではないかと思われるのだが、当主はそのあたりは言葉を濁した。

「できちゃった婚とかいうのだな。おまえたちのお父さんは離婚してすぐに再婚し、アマジが生まれたんだ。ところが、アマジの母親はアマジを置いて失踪した。再婚とはいっても籍を入れていなかったようだが、認知はしていたらしい。そこらへんは子どもにはむずかしいのではしょるとして……」

 新しい妻に子どもを置いていかれた父は、困り果てて妻の両親に子どもを託した。妻の両親もやむを得ず子どもを預かった。その子どもがアマジなのだそうだ。

「自分たちの孫なんだから預かりはしたものの、ふたりともあまり身体が丈夫ではなくて、赤ん坊の世話は難儀だったらしい。そうしているうちに娘の夫が再婚したと聞いた。自分たちの娘も赤ん坊を置いて失踪したという弱みがあるものだから、文句も言えなかったらしいが、ならばとばかりに……」

 再婚というのか事実婚というのか、そういうことをしていたとは父は母には内緒にしていた。むろん子どもがもうひとりできたなどと告げているはずもない。大切なことは隠蔽して元妻と復縁し、のうのうと暮らそうとしていた父は青ざめた。

「そりゃあ、おまえたちのお母さんだって怒るわな。事情をきちんと話して、アマジのことも面倒見てくれと言われたなら、おまえたちのお母さんならば承諾したんだろうが、内緒にされていたんだから許せないとなる。そこで、親族会議が開かれた。アマジを引き取ろうかと言った者もいたよ」

 が、母は言った。

「アマジも私が育てます。ただ、子どもたちにはこんなややこしいことは言わないでいただきたいのです」
「わかった。時期が来ればおまえから話しなさい、いいな」
「……はい」

 恐縮しきりの父は、当主のご託宣にうなだれたままうなずいた。

「というわけだ。なのだから、アマジはサヤカやマミカとは半分しか血がつながっていないのだよ」

 言われてみれば思い当るふしはある。
 字面も読み方も美しい姉たちの名前に対して、末っ子のアマジの名前は少々変である。学校の先生が、ア・マ・ジ? 本気と書いて「マジ」? 本気の名前? と驚いていたことがあったのは、アマジの記憶にも残っていた。

 なんで私だけこんな名前? と両親に尋ねたいのはやまやまだったのだが、父も母も親しみやすい親ではなかったので訊けなかった。両親に親しみにくかったのは姉たちも同じだったようだが、そんな事情があったとは。

「おまえたちの後見人は私がつとめる。三人ともに責任持って学校を終えさせ、嫁に出す。約束はするが、どうかね? サヤカ、おまえはこれからもふたりの妹に分け隔てなく接することができるか?」
「お母さんがしていたように、ですね。できます」
「そうか。では、まかせるよ。おまえたちの家庭では長女のサヤカが家長だ」

 広い広い本家の庭には、野葡萄の蔦があちこちにからまっている。私、野葡萄みたいに生きてきたんだろうか。養母の情けにすがって……? 三人して本家を辞去するときに、八歳のアマジはそんなことを思った。

「野葡萄みたいにからまって? アマジ、野葡萄の花言葉って知ってる?」
「知らない。なに?」
「慈悲、慈愛」

 両親を亡くした姉妹を親戚がバックアップしてくれたのは、田舎ならではの強固な親戚関係だったのだろう。わずらわしくもあり、ありがたくもある絆だ。

 叔母や伯母や従姉妹などが手を貸してくれ、そのうちには自分たちもスムーズにできるようになったから、家事にもさして苦労はしなかった。両親が生きていたころと同様に、三人でもとの家で暮らし、姉妹は成長していく。高校までは地元ですごし、高校を卒業するとそれぞれに別の地方の大学に進学し、卒業して進学した。金銭面でも両親が残してくれたものと、親戚筋の協力でどうにかなった。

 久しぶりに三人そろって本家を訪ねたのは、当主の葬儀のためだった。

 衝撃の事実を知らさせたあの年からだと、二十年近くがすぎている。マミカは結婚して一児の母になったが、サヤカとアマジは独身だ。アマジは二十代だから都会ではまだ未婚でもおかしくないが、サヤカ姉ちゃんは結婚しないのかな、お節介なことを考えているアマジに、サヤカが言った。

「野葡萄……覚えてる?」
「ああ、お姉ちゃんが花言葉を教えてくれたっけね。私がお母さんにからまってたんじゃなくて、お母さんが慈愛を持って、血のつながらない私を育ててくれたんだって意味でしょ」
「そうねぇ。お母さんは私たち三人にわりとそっけなかったけど、差別しないようにって、敢えてそうしていたのかもね。私もお母さんを見習うわ」
「どういうこと?」
「バツイチふたりの子持ちの上司とね……」
「結婚? その子たち、サヤカ姉ちゃんが面倒見るの?」

 そ、とはにかんだように言う姉に、飛びついて祝福するのは躊躇してしまう。母がどれほどに大変だったのか、アマジもわかる年齢になった。実の母、そんなひとはどうでもいい。アマジにとっては育ててくれた母だけが母だ。

 バツイチ男性と結婚して彼の連れ子を育てる、姉の苦労は母の苦労とは別種だろうが、これから姉が歩いていく旅路を想うとアマジの気が遠くなりそうになる。血なのかしらねぇ……と呟く姉。その血は私には流れてないんだよね、と思うと、アマジとしてはちょっとだけ寂しかった。


END







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FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2017/10

forestsingers

フォレストシンガーズ

超ショートストーリィ


 夢の話なんて下らねぇ、と鼻で嗤う奴もいるが、熱心に聞いてくれている人もいるので、美江子としてはちょっと脚色したくなってきた。

「昨日の夢に猫が出てきたの」
「へぇぇ、美江子さんも猫好きになったんですね」
「幸生くんの計略のおかげでね」
「計略だなんて人聞きの悪い、乾さんじゃあるまいし」

 猫となると目を輝かせる幸生と、幸生が話に引っ張り込んだ隆也のふたりに向かって、美江子は話していた。

 とても若かったころ、美江子と幸生が公園で猫を拾ったことがある。仔猫は幸生の両親と妹たちの家に連れていかれ、大人にもなり切れないままトラックに撥ねられて死んでしまったのだが、幸生の実家に行く前に美江子ともすこし触れ合った。

 ぎぇ、猫なんか嫌い、気持ち悪い、怖い、としか思えなかった美江子の気持ちは、あのときの仔猫のおかげで変わった。幸生はそうとたくらんで、美江子と猫を触れ合わせたのだろう。

「ちっちゃい猫が何匹もいて、この子にしようかあの子にしようかって、悩んでるの。てのひらに一匹ずつのせてたんだ。ふわふわもふもふの感覚までがこの手に残ってるみたいだよ」
「美江子さんも猫と暮らしたい?」
「いつか、そうするのもいいなぁ」

 シンガーズのマネージャー稼業は生活が不規則で、ペットと暮らせる境遇ではないのが残念だが、老後あたりにはそうできたらいいとも思うようになった。

「でね」

 ここから脚色。

「この子にしようって決めた仔猫の顔が……」
「顔が?」
「幸生くんにそっくりだったんだっ」
「俺そっくりの猫……」

 きゃああ、実は美江子さんって猫じゃなくて、俺と暮らしたいんでしょっ?! 自分に都合のいい解釈をする幸生の頭を小突く隆也に、美江子は尋ねてみた。

「幸生くんも得意のやつ、やってるんだから、乾くんもやって」
「このシチュエーションにぴったりの俳句か短歌でしょ。乾さん、やってやって」

 しばし閉じていた目を開いて、隆也は口にした。

「掌にのせて子猫の品定め」 富安風生

mie/END



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うちの小梅です。










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「ガラスの靴71」

別小説

「ガラスの靴」

     71・玄人

 この企画をたくらんだひとりの女と、彼女に呼び出されてやってきた三人の女。四人のうちの三人までが名前に「か」がつく。

 各々父親のちがう三人の子を未婚の母として育てている通訳、ほのか。
 キャバクラ嬢、愛花。
 「か」のつかないただひとり、仕事はなにをしているのか知らないが、常にフェロモン満開、男殺しの優衣子。この三人は独身。

 もうひとりの「か」は、夫との取り決めで浮気は公認の既婚者、デザイン事務所勤務の涼夏。彼女が今回の企てをアンヌに持ちかけた。
 その涼夏さんに連れられてきたのが、仮名、太郎。涼夏さんの取引先の社員だそうで、眉目秀麗なエリート青年だ。エリートだから仮名なのか、涼夏さんが太郎くんと呼んでいるので、みんなもそう呼んでいた。

 低く絞った音量でピアノ曲が流れている場所は、我が家のダイニングルームだ。ホームパーティだと言われて涼夏さんに連れられてきた太郎くんは、誰にも愛想よくふるまっていた。

「息子さんは今夜は……?」
「お母さんの家にいるんだ」
「ああ、そうなんですか。お母さんって胡弓くんのおばあちゃんですよね」
「そうだよ」

 四人の女性にアンヌも加えて、女性たちがこちらを見ているのを感じる。僕は接待役なのだから黒子のようなものなのだが、美女たちの視線を送られると落ち着かない。それに引き換え太郎くんは動じず、僕と世間話をしていた。

「僕の母はバリキャリでしたから、僕も祖母に預けられていることが多かったんですよ。僕への肉親の愛情は、祖母と祖父が主に注いでくれました」
「寂しかった?」
「大人が誰も愛してくれなかったら寂しかったかもしれないけど、祖父母が可愛がってくれたから満足でしたよ。僕がなに不自由なく裕福に暮らせたのは、しっかり働いてる両親のおかげだって、祖母にも言い聞かされてましたから」
「ぐれたりもしなかったんだ」
「するわけないですよ」

 男は二十代後半がいい、と言うのが涼夏さんの趣味だそうで、二十三歳の僕なんかはひよこなのだそうだ。アメリカの大学院を卒業して、広告代理店に入社したと聞く太郎くんは僕よりも年上のはずだが、誰を相手にしても敬語で話すのだった。

「あの女のひとたちの中に。好みのタイプっていないの?」
「どの方も綺麗で、好きですよ」
「特別に誰かとつきあいたくない?」
「いえ、別に」

 彼女のフェロモンにはどの男も一発で降参して、彼女がいようが妻がいようが、バツニバツ三であろうが、なびかない者はない、との評判を持つのが優衣子さんだ。彼女はそれとなく太郎くんにアプローチしていたが、するっとかわされていた。

「笙くんも太郎くんも実は……」
「そうかもしれないね」

 実は……なんと言ったのかは知らないが、男を侮辱するフレーズだったにちがいない。僕はこの世では少数派の、優衣子さんのフェロモンにやられない男。それでも僕は優衣子さんの胸の谷間などを見るとどきっとするが、太郎くんはなんにも感じていないようだ。

 気に食わない顔の優衣子さんに話しかけられたのは涼夏さんで、彼女は太郎くんと遊びの恋がしたくて誘いをかけたのだそうだ。そして、言われた。

「女性とプライベートなおつきあいをしたことはありません。友達だったらいーっぱいいますけど、性的な関心はひとかけらもない。男が好きとかロリコンとかってのもありませんよ。セックスの経験もありませんし、したくもないな。頭の中がそういうのでいっぱいで、いやらしい動画を観たりする男は汚らわしい……うーん、そこまで考えてはいませんよ。ただ、暑苦しくっていやなんですよね。やりたい奴は好きにやってればいいけど、僕にはおかまいなくって感じ? なまぐさいのや暑苦しいのは嫌いなんですよ。結婚なんかしたくありません。恋愛にも興味はありません。僕の好きなこと? ガーデニングかな」

 そんな男に涼夏さんの闘志が湧いた。
 悔しいけど、私じゃ駄目みたい。だけど、他の女だったら? 男を惚れさせることには百戦錬磨、一騎当千のつわものたちが、アンヌの周囲には大勢いるでしょ、みつくろって連れてきてよ。私は太郎くんを連れていくから、と言われたアンヌがその気になった。

 休暇が残っていたのもあって、アンヌが涼夏さん所望の女たちを動員したのだが、そんな遊びに加担しているアンヌも、昔は相当なつわものだったはず。

 真面目な男や堅い男、てめえは遊んでいても女には貞淑を求める自分勝手な男、もてない男、固定観念にかたまっている男、などなどには敬遠されるものの、思考が柔軟な僕みたいな男や、強気の美人を好む男にはもてまくっていたアンヌも、今夜は太郎くんにちょっかいを出していた。

「涼夏さんには誘惑されたんだろ」
「そうなんですか。社会人の先輩としていろいろと教わってはいますが、誘惑じゃないでしょ」
「優衣子さんの色気にもなんにも感じない?」
「色気? 色気ってなんなんですか。色気なんか感じたことはないな」
「アンヌみたいなタイプはどう?」
「かっこいいですね」

 同じ男なのだから、彼が内心ではどきどきしているとしたら多少はわかる。が、彼の心も身体も、美女にはぴくっとも動いていない様子だった。

「愛花、ちょっと酔ってきたみたい」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないよぉ。介抱してよ」
「介抱だったら女性同士でお願いします」
「……うん、もうっ、送ってってくれないの?」
「僕は明日は予定がありますので、あまり遅くなりたくないんです。ごめんなさい」

 業を煮やしたのか、愛花さんがなんともストレートなアプローチをこころみたのも、空振りに終わった。
 ぶすっとした顔になった愛花さんは、まるで酔ってはいない態度に戻って、スマホを取り出してむこうに行ってしまった。キャバクラ嬢というと男をたぶらかすことにかけてはプロなのだから、プライドが傷ついたのかもしれない。

「笙さん、料理が上手ですね。これみんなあなたが作ったんですか」
「ほとんどはね。だって僕、専業主夫だもの」
「主夫の仕事のメインは料理ですね。たしかに」
「褒めてくれてるわりには、おいしそうに食べないね」
「いや、僕は食べものに興味ないから」
「なにに興味あるんだよ?」
「ガーデニングですね」

 またガーデニング。がくっとして、僕はチューハイをがぶ飲みした。女のひとたちはむこうにかたまってこそこそ言いながらも、盛大に飲んで食べている。彼女たちはおいしそうに食べているからいいのだが、僕としても苛立ってきた。

「僕とばかり喋ってるって、太郎くんはほんとは男のほうが好きなんだろ」
「いいえ」
「十五歳以上お断りとか?」
「いいえ」
「十五歳未満にだったら色気を感じる?」
「だから、僕は人間には色気を感じないんです」
「なんにだったら感じるの?」
「見事に咲いた薔薇の花とか……」

 けーっ!! と叫びたくなったのは、僕も酔ってきたからだろうか。
 はじめて涼夏さんから話を聞いたときには、太郎くんのたたずまいは理想の老後の姿だと思った。老後だったらいいが、年頃の近い男としてはじれったい。おまえみたいな奴が増殖すると、少子高齢化が進みすぎて、僕らの老後には年金も出ないぞ。

 おまえは稼ぎがいいんだし、妻も子も持つつもりはないからしっかり貯金すればいいと言うんだろ。うちだってアンヌの稼ぎはいいけど、浪費も激しいから貯金はそんなにしていない。アンヌには定年はないけど、ロックヴォーカリストって何歳までやれるんだろ。

 万が一アンヌに捨てられ、胡弓にもつめたくされ、年金ももらえなかったとしたら……僕の老後は真っ暗闇だ。酔っているせいか悲観的になって、太郎くんにからみたくなってきた。

「太郎くんは主夫なんて馬鹿にしてるだろ」
「してませんよ。他人の生き方は尊重します」
「きみは主夫になりたい?」
「僕がなりたいかどうかは、笙さんの生き様とは無関係でしょう?」
「きみの目に侮蔑を感じるんだよ」
「誤解ですよ」

 あくまでもにこやかな太郎くんと押し問答していると、玄関チャイムの音がした。僕が立っていく前に愛花さんが出ていき、数人の女性を伴って戻ってきた。

「もっとお客さん?」
「笙、こっち来い」
「うん、お客が増えたんだったらグラスとか……」

 呼ばれてアンヌのそばに近づいていくと、僕のかわりのように女性たちが太郎くんを取り囲み、アンヌが言った。

「あれは愛花の仲間たちってのか、男をもてなすのが仕事ってプロの女たちだよ」
「愛花さんの手管が通用しなくて、腹が立ったらしいのね」

 言ったほのかさんは、黙ってそこにいるだけで男に恋されるらしい。僕の知り合いにもほのかさんに片想いをしている男がいた。だが、太郎くんはそんなほのかさんにも興味はないようで、一顧だにしない。ほのかさんはそれでもいいらしいが、内心はむっとしていたりして?

「それで、愛花ちゃんが仲間を呼び出したのよ」
「あんなもんでは太郎くんには通用しないと思うけど、お手並み拝見だね」
「だね」

 優衣子さんと涼夏さんがうなずき合い、アンヌが腕組みをする。太郎くんを囲んでいる華やかな女性たちは、銀座のバーのホステスたちだそうだ。二十代から四十代までの美女集団にかかったら、歌舞伎の大物や政治家や経済業界人や、クラシックの指揮者やマエストロや、なんて人種でもひとたまりもないのだそうだが。

「無駄だよ。あいつはそもそも人類の男じゃないんだから」
「異星人?」
「薔薇の妖精王なんじゃないの」

 やや離れたところから観察していても、案の定、太郎くんが動じていないのが見て取れた。銀座のお姉さんたちに取り囲まれているというよりも、学生時代の女友達たちとグループ討論でもしているかのようだ。
  
 ああいう男になったら感情の波立ちがきわめて少なくて、人生、意外と楽なのかもしれない。けれど、僕は僕でいい。僕はこんなだから、こんな笙だからアンヌに愛してもらえるんだ。僕が太郎くんみたいになったら、アンヌに捨てられるかもしれないんだから、僕はこのままでいい。

つづく









 

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FSソングライティング物語「TOKIO」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

「TOKIO」

 抒情演歌の「金沢のひと」、乾隆也。
 本人談によるとしゃれたボサノバ「横須賀たそがれ」、三沢幸生。
 こうしかならないらしい「稚内ブルース」、木村章。

 これだけ出そろうのならば俺は東京だ。東京生まれの本橋真次郎が東京の歌を書こう。
 とは思うのだが。

「空を飛ぶ 街が飛ぶ
 雲を突き抜け星になる
 火を噴いて 闇を裂き
 スーパーシティが舞い上がる
 
 海に浮かんだ光の泡だとおまえは言ってたね
 見つめていると死にそうだと
 くわえ煙草で涙おとした」

 当時、当代一のコピーライターとの名も高き男が書いた詞だ。ものすごく時代をあらわしていて、眩暈がしそうな気がする。この歌はご当地ソングとは呼べないのかもしれないが、日本で一番ヒット曲に頻出する土地の名は「東京」。銀座や有楽町や西麻布や道玄坂といった地名も含めると、他の追随を許さないらしい。

「二位はどこだ?」
「大阪ですね。京都、長崎あたりが続き、神戸は意外に少なく、中部地方と四国はきわめて少ないようです」
「ご当地ソングの嚆矢ってのは?」
「柳ケ瀬ブルースです」
「柳ケ瀬って岐阜だろ。中部地方だよな」

 専門は昭和歌謡、なのだから専門家といっていい大学の後輩、大河内からレクチャーを受ける。彼は幸生がキャプテンだった年に我が母校の合唱部に入部してきたのだから、俺とは在籍がかぶっていない後輩だ。通称はダイちゃん、俺よりは五つ年下だが、老けて見えるので俺のほうが年下に……は見えないだろう。タイプこそちがえ、俺も老けて見えるタチらしい。

 ご当地ソングの話題を肴に酒を飲む。乾と幸生と章が、故郷の名前をつけた歌を書いたんだよ、とも話す。となると、俺は東京だよな。東京の歌はありすぎてやりにくいんだよな。

「横須賀はかなり多いですし、有名な曲もけっこうありますけど、金沢も意外にないんですよね。稚内というと……」
「氷雪の門って稚内が舞台だろ。章が言ってたよ」
「ああ、そうでした」

 スマホでカンニングはナシだぞ、と言いつつも飲む。
 と、俺のスマホにメール着信があった。カンニングじゃないからな、とダイちゃんに断ってメールを開くと、桜田忠弘からだ。スマホだと着メロは流行らないんだってな、寂しいな、とダイちゃんに話しかけながら文面を読んだ。

「明日、俺の地元でイベントをやるんだ。チャリティイベントだよ。
 地元といっても田舎のほうではあるけど、富山県だ。乾は隣の県の出身だからノーギャラで出演依頼をしてみたんだけど、明日は本橋以外は仕事があるんだってな。

 どう? ノーギャラで来てくれない?
 交通費もそっち持ちだけど、うまいものもあるし、明日は天気がいいみたいだから気持ちもいいと思うよ。
 来られるんだったら返事はいいから、直接頼む」

 場所と開始時間も書き添えてあった。

「桜田さんからなんですか? 桜田忠弘とメールのやりとりって、すごいですよね」
「すごい……かもな」

 デビューしてから五、六年の間と比較すれば、たしかに隔世の感はある。フォレストシンガーズはデビューしてから十一年になるのだが、俺が三十になるくらいまではほぼ無名だった。
 二十八くらいの俺、今の俺くらいの年だったはずの桜田さん。当時だったら、俺たちは遠くから桜田忠弘を見て、あんなふうになれたらな、と思っているだけだっただろう。

 現実には桜田さんは気さくに俺たちにも声をかけて、きみらはいいものを持ってるんだからきっと売れるよ、と励ましてくれたが、精神的には憧れたり羨んだりしていただけに近い。

 そんな大スターとこうして友達づきあいのようなことができる。桜田忠弘と本橋真次郎が親しくしていると、すげぇと言われる。昔だったら、俺を誰だか知っていながら、お、桜田くん、新しいマネージャー? 付き人? などとイヤミを言う輩もいた。

 しかし、本橋さん、すげぇと言われるということは、俺のほうが格下だと言われているようなものだ。桜田さんには誰も、フォレストシンガーズと知り合い? すげぇ、とは言わないだろう。ま、そうではあろうが。

「富山のイベントですか。本橋さん、行きます?」
「気分転換にもなりそうだし、誘ってもらってるんだから行こうかな」
「僕もお供していいですか」
「いいよ。富山までの飛行機のチケット、手配してくれたら俺が金は出すから」
「……ええ? 悪いなぁ。いいんですか。では……」

 まったくスマホってのは便利だ。こんな時間なのに、急なことなのに、明日は土曜日だというのに、ダイちゃんはスマホで飛行機の予約をした。イベントに参加するお客さんたちは、夜行バスで今夜から現地に向かっているひとが多いらしい。

 酒はほどほどで切り上げて、翌日早く、ダイちゃんとふたりして富山空港へ飛んだ。

「よっ、本橋くん、来てくれたんだ」
「返事はいらないとメールで言ってらしたから、直接来ました。紹介します。俺の学生時代の後輩で、音楽評論家の大河内くんです」
「はじめまして」
「評論家なんだ。専門家なんだね。じゃあ、このイベントの紹介記事を書いてよ」
「はいっ!! 喜んでっ!!」
「どっかの居酒屋の店員みたいな台詞だな」

 音楽関係者ではなくても、桜田さんにこんな頼みをされたら張り切るだろう。桜田さんの人徳なのか、居酒屋の店員みたいだとの言い方もイヤミっぽくはなかった。

 ダイちゃんは桜田さんのそばに残し、俺はイベント会場を歩き回る。五箇山近くの広々とした場所で、地元の若者たちが主催しているらしい。桜田さんは賛同者で協力者ではあるが、表立っては名前を出していない。なので、彼の名では人は呼べないのであるらしく、それほどの大盛況でもないようだ。

 グルメ、販売、音楽、パフォーマンス。俺たちが売れないころによく呼ばれた、町おこしイベントのような、学園祭のような、なつかしい雰囲気ではある。

「本橋さん、あとで歌ってほしいって、桜田さんからのご要望ですよ」
「もちろん、歌いますよって伝えてくれ」
「了解。それまでは自由にしていて下さいとのことです」

 本人ではなくダイちゃんからのメールに返信して、なおも歩き回っていると腹が減ってきた。富山県B級グルメ!! とのぼりが立っている屋台を覗いてみる。俺の舌は高級ではないのでB級のほうが口に合う。白エビバーガーってのを買ってみた。

「……あの……」
「あとでね。しっ!!」

 売り子は可愛い若い女の子で、俺が秘密めかしてしっ!! と言うと頬を染めた。会場を歩いていると、時々はこんな目で見られる。俺を知ってくれている人もいるんだと思うと、自己顕示欲も満たされた。
 そのくせ、騒がれたくはない。人間ってのは勝手なものだ。

 白エビバーガーと缶コーヒーで早めの昼飯にする。あとで白エビかき揚げどんぶりってのも食いたいな。揚げ物ばっかりだな、と苦笑いしつつ、景色のいい場所でバーガーに食いついた。うん、なかなかうまい。B級でもC級でも低級でも、うまければいいではないか。

 若いころからひとり旅が好きで、あちこちほっつき歩いた。フォレストシンガーズとしてデビューしてからは、仕事で日本各地に出向いた。近頃は日本全市踏破ツアーに挑戦中でもある。

 そんな俺は、けれど、東京っ子だ。
 自然の真っ只中にいて都会を想い、俺の故郷の歌を作るのもいい。緑に包まれた山を見てから目を閉じて、東京の夜景を思い起こしてみた。

END








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FS超ショートストーリィ・四季のうた・隆也「秋の身」

番外編

フォレストシンガーズ

四季のうた・秋

「秋の身」

 芸術の秋、食欲の秋、読書の秋、それからそれから……そうそう、スポーツの秋。

 シンガーは一種の肉体労働であるのだから、身体を鍛えるのも大切だ。筋トレだってやる。フォレストシンガーズの全員で会員になっているジムがあって、年下の若者を連れてきてやったこともあった。

 昔はなにをするにもつるんでたものだな、なつかしく思い起こしながら、隆也はひとりでスポーツジムに足を運んだ。ウォークマンのイアフォンを耳に入れ、スポーツ用に編集したプレイングリストを聴く。音楽の秋、とも言うかもしれないが、彼らにとっては音楽の四季だ。

 音楽を聴きながらエアロバイクを漕ぐ。
 単調で眠くなってくる。眠気を追い払うために、頭の中で曲に合わせて歌う。英語の歌詞を思い出そうとしていれば寝ずにバイクを漕げた。

「ん?」

 視線を巡らせると、女性インストラクターがフロアでバック転をしているのが目に入った。しなやかな長身が跳躍する、躍動する。女性に続いて筋骨隆々の男性インストラクターが空転をしてみせ、見物していた会員たちが拍手した。

 ああいうのを見ていると、俺もやりたくなってくるんだよな。
 昔はああいうの得意だったけど、まだやれるかな? 最近やってないけど、できるよな?
 身体がむずむず。バイクから飛び降りてあそこに参加したくなる。

 それから今、歌っていた曲を、みなさんにも聴いてもらいたい。俺も拍手がほしい。

「乾さんって根っからのエンターティナーなんですよね」
「やれば?」
「やっていいぞ、乾、やれやれ」
「やらないんですか?」

 頭の中でそそのかしている仲間たちに、やらないよ、と舌を出したら、隣のバイクを漕いでいる初老の男性と目が合った。こほっと咳払いをして会釈し、隆也はバイク漕ぎに戻った。

END











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FSソングライティング物語「ザ・演歌」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

ソングライティング物語

「ザ・演歌」

 
 いっぷう変わったご当地ソングといっていいのか。フォレストシンガーズの面々が個々の故郷を描いた歌を書くと言う。
 作詞作曲はできないと公言しているシゲの分も俺が書くとして、他の四人は……

 本橋真次郎、東京。東京は選択肢がありすぎてむしろ迷うかも。ロックでもジャズでも民謡でもクラシックでも、すべてのジャンルのメロディも歌詞も書けそうだ。
 三沢幸生、横須賀。横須賀もどんな歌にもなりそうで、これまた迷いそうだ。

 乾隆也、金沢。乾さんは「金沢のひと」という演歌を書くのだそうで、すでに完成しつつあるらしい。
 木村章、稚内。稚内も演歌的な気がするが、章はブルースにするという。ブルースまたはエレジー。章の故郷との確執、あるいは父親との関係を知る者には、さもありなんである。

 そして、俺。
 ご当地ソングなぁ、高知の印象は誰だって演歌だと答えるだろうなぁ。俺の故郷の高知県にだってフォークデュオやロックバンドもいるのだが、日本人のイメージでは演歌だ。

「荒波砕ける桂浜やろ? 桂浜ロックはどうや?」
「マスターも曲を書いてみて」
「俺は作曲なんかできんって」
「できそうな気がするけどなぁ。やったことあるんやろ?」
「ないない」

 いつものように神戸港のバー、「Drunken sea gull」にいる。マスターの前身はまちがいもなくミュージシャンだったはずだが、とぼけたがる。いくらとぼけたところで、彼のギターの腕はプロだ。作曲だってできるとしか思えないが、俺にはそんなもん、できん、したこともない、といつだって逃げられていた。

「あの……」
「はい?」

 ここでこうして音楽の話をしている俺が、フォレストシンガーズの関係者だということを察する者はいくらもいる。話しかけてきた男にも予備知識があったのか。このバーは俺がブログでたびたび取り上げているので、フォレストシンガーズの元メンバーに会ってみたくて、との理由で来店する客もいるのだった。

「やっぱり小笠原さんなんですね」
「ええ、まあ」

 自己紹介し合ったところによると、彼の名は高橋。関東出身で大阪の会社で働いている。神戸に仕事でやってきたついでに、「Drunken sea gull」に立ち寄ったのだそうだ。

「いつもブログを読ませてもらってます」
「ありがとうございます」
 
 フォレストシンガーズネタを扱っているがゆえに、「HIDEブログ」はけっこう人気がある。ブログを綴っているヒデに興味を示してくれる人も増えていて、フォレストシンガーズの事務所の社長には、ヒデくんもデビューしないかね? と尋ねられた。なんと、俺の弟にまで社長は接触したがっているとか。

 なんでもいいから売れる題材を探している。人気商売の方々は鵜の目鷹の目ってやつになっているのだろう。
 三十四歳の俺とは同年輩に見えるひょろっと痩せた高橋さんも、フォレストシンガーズとはまったくの無関係でもないんですよ、と笑った。

「とはいえ、僕じゃなくて母がね」
「お母さんですか」
「そうなんです。去年でしたか、実家で母とテレビを観ていたら、母が言い出したんですよ」

 大阪で結婚もして関西暮らしの高橋さんは、その日は出張ついでに実家にひとりで遊びにいっていたのだそうだ。

「……あ、そうだ。あれって本当のことなんだよねぇ」
「あれって?」
「もう十年も前になるのかな。あんたが東京の大学に行ってたころだよ。朝早く外に出たら、五人の若いお兄ちゃんたちと会ったの。このへんって朝だとなにか買うにも食べにいくにも、どこの店も開いてないだろ。それで、朝ごはんを食べてなくておなかがすいたって言うお兄ちゃんたちに、おにぎりを作ってごちそうしてあげたんだよ」
「で、なにかだまし盗られたとか? そんな話は初耳だよ」
「忘れてたんだもの。なんで思い出したのかといえば、この人たち」

 母親が指さしたテレビ画面では、フォレストシンガーズが映っていた。

「なにかを盗られたなんて話じゃなくて、おにぎりをごちそうしてあげたお礼にって、フォレストシンガーズが歌ってくれた。特によく覚えてるのは三沢幸生だって、母は言うんです。フォレストシンガーズってそんなにはテレビには出ないでしょ? 母は音楽に興味があるわけでもないんで、積極的に音楽を聴いたりもしません。あの日は僕が歌番組を見てたんで、フォレストシンガーズが出てきて思い出したって言うんです」
「ふむふむ」

 三沢幸生を覚えて下さいね、フォレストシンガーズの、特に三沢幸生、忘れないで下さいね、と幸生本人が繰り返し言っていた。幸生だったらいかにも言いそうだ。

「僕も正直、フォレストシンガーズに興味があったわけでもないんですけど、母に聞いてからヒデさんのブログを読むようになったんです。そしたら、そのエピソードも書いてましたよね」
「ああ。俺も思い出しましたよ」

 この間、あそこを通りかかったんだよ、と俺に話してくれたのはシゲだった。

「悪いけど忘れてたんだよな。だけど、春の小川はさらさらいくよ、の歌の文句通りの場所に立って、デビューした次の年のことを思い出したよ。腹を減らしてここを歩いていたら、知らないおばさんがおにぎりと漬物をふるまってくれた。そのおばさんが女神に見えたなぁ。俺はもう、メシのことしか考えてなかったんだから」

 そのネタを俺はたしかにブログに書いた。

 彼も彼女も忘れていたこと、そんな想い出がふとしたきっかけで蘇ることがある。ブログにはおばさんの名前は書かなかったが、高橋さんだったはず、とシゲが言っていた。高橋さんの息子は俺のブログを読み、ヒデさん行きつけのバーはここだ、と知って入ってきたのだから、偶然ばかりではないけれど。

「すみません、だまし取られたなんて言って」
「いやいや、そう思うのも無理ないですよ。世知辛い世の中なんですから」

 世知辛い世の中で、売れなくてつらい境遇だった青年たちが、あたたかな人の情けに触れた。そのころの俺はどうしていたんだろう。恵と結婚して歌から離れてしまってはいても、まだ幸せな新婚だった時代のはずだ。

「いいなぁ、それもやっぱり演歌かな」
「演歌ですか」
「人情演歌って感じでしょ。ド演歌のメロディにしてフォレストシンガーズが歌ったら、意外性があるんじゃないかな」
「ヒデさんがド・演歌書くんかい?」
 
 黙って聞いていたマスターが口をはさみ、俺は彼に言った。

「書いてみたいな。マスター、手本を聞かせて」
「そのお話を曲にしたら……」

 ギターを取り上げて弾きかけて、マスターは手を止めた。

「この世の中にない曲は、俺には弾けん」
「弾けそうやったんとちゃうんか」
「弾けん」

 この頑固者、とマスターに向かって言っている俺を、高橋さんが怪訝そうに見る。
 桂浜は桂浜で置いておいて、俺は高橋さんと若きフォレストシンガーズの触れ合いを歌にしよう。それだと童謡ふう演歌かな。演歌ったってさまざまな曲調のものがあるのだから、それもいいんじゃないだろうか。

END









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176「クレイジー」

ショートストーリィ(しりとり小説)

しりとり小説

176「クレイジー」

三角関係というのは下世話に盛り上がるネタだ。当時、高須はたいして有名ではなかったが、人気のあるプロハンドボールチームに所属していたのもあり、イケメン選手だと話題になっていたのもあって、週刊誌やテレビでも取り上げられた。

「そりゃあね、較べれば……」
「うん、俺だったらルンちゃんだな」
「でも、紀里さんのほうがいい奥さんになりそうだから、ルンちゃんは浮気相手ってことで……」
「いやいや、ハンドボールは人気が出てきていますから、近い将来には高須選手は世界的スターになりますよ。そうなると奥さんは華やかなほうがいい」
「そしたらルンちゃん?」
「僕は紀里さんのほうがいいな」
「私も断然、紀里さんがいい。ルンって浮ついて見えるもん」
「女性の目にはそう見えそうですね」

 お昼のワイドショーでまで取り上げられて、勝手なことを……と紀里は歯がみした。

「高須くんは先にルンと知り合ったんだよ」
「高須くんは先に紀里とつきあい出したって言ってたわ」
「両方にそう言ってるんだ」
「……ほんとにあなたにそう言ったの?」
「あんたこそ」

 直接対決だってした。高須の本心はわからなくて、どっちも好きなんだよ、どっちも選べないんだよ、このままじゃ駄目? などとたわけたことを言う。紀里とふたりきりだとこう言った。

「紀里のほうが好きなのはたしかなんだけど、ルンって綺麗なだけで頭悪いだろ。俺がなにを言っても納得してくれなくて、変な写真をネットに流すとまで言い出してるんだ。説得するから待って」

 一方、ルンにはこう言っていたらしい。

「ルンのほうが本命に決まってるだろ。ルンのほうが美人なんだから。けど、紀里にも情はあるんだ。もうちょっと待って、そのうちには紀里と別れるよ」

 第三者にはこう言っていたらしい。

「もてる男ってつらいよな。いやぁ、紀里とルンだけじゃないんだけどね……誰かひとり、選ばなくちゃいけないのか? なんで? 結婚はまだ先でいいんだから、彼女だったら五人くらいいてもいいんじゃないの?」

 フリーライターとして高須と知り合い、つきあうようになった紀里。
 さして売れっ子ではないものの、長身と美貌とファッションセンスとで売っているタレントのルン。ルンは日米ハーフであり、芸能界ではそれも売りになっていた。

 人々が言う通りで、華やかさではルンが格段に上だろう。紀里は中肉中背の平凡な外見だ。紀里のほうが学歴と年齢は上だが、他のすべてでルンのほうが勝っていると、無責任な他人は噂していた。

「うん、覚悟を決めるよ。紀里、結婚しよう」
「なんでそんな気になったの?」
「あみだくじで……嘘だよ。よく考えたら結婚相手は紀里のほうだってわかったんだ」
「ルンとは別れた?」
「きちんと別れる……うん、とっくに別れたよ」

 あみだくじでって……本当なんじゃない? これから別れる? それでもいいわ。ちゃんと別れてくれるなら。選ばれたのは私。紀里は勝ち誇った心持ちになった。

 あれから六年。テレビでスポーツ評論家が予言していた通りにはならなかったが、ハンドボールは野球、サッカーに次ぐ人気スポーツになっている。中でも高須の所属しているチームが一番人気なので、給料も上がり、CM出演もし、ゴーストライターに書いてもらったのではあるが、著書も出した。

 おかげで紀里は専業主婦になっている。主婦になるのは大歓迎でもなかったのだが、ただいま三人目妊娠中でもあり、プロスポーツ選手の妻は夫の健康管理も大切な仕事なので、器用でもない紀里には両立はむずかしかった。

「ものすごい請求額……」
「あ、ああ? 当たり前だろ。後輩にはおごってやらなくちゃなんないし、俺の立場でケチケチできないんだから、これくらいしようがないんだよ」
「女の子にも気前よくしてるんでしょ」
「気前はいいって言われてるよ。誘惑もあるけど、俺は紀里ひとすじだから」
「ほんとかなぁ」

 毎月、バーやクラブから莫大な金額の請求書が届く。夫の台詞にもたしかにうなずけるので、浮気されるよりはいいと紀里も達観していた。水商売の女性とちょっとした火遊びをするくらいは、表沙汰にならないのならば大目に見るつもりでいた。

「ルンと会ったよ」
「ルン? ああ、あのルン? どうしてるの?」
「あんまり綺麗でもないバーでホステスやってた」

 数多い夫のモトカノのひとり、ルン。モトカノなんていちいち気にしてはいられないのだが、ルンは結婚前のスキャンダルのライバルだったので、紀里の記憶に鮮やかに残っていた。

 美人でプロポーションのいいハーフでも、タレントにはそんな男女はいくらでもいる。なにかしらの差別化をはかるなり、特別なインパクトを持っているなり、時代の風だか波だかに巧みに乗ったりでもしないことには、スターにはなれないらしい。ルンはいつの間にか、テレビにも出なくなっていた。

「ルンは社交的だし、まだ美人だから楽しそうにやってたよ」
「だからってあなたの妾にしようなんて考えてないよね?」
「俺は妾を持つほどの甲斐性はないさ。そんな暇もないし、女なんておまえひとりでたくさんだ」
「だったらいいよ」

 ひどい言われ方ではあるが、口のわりには高須はいい夫、いい父親であり、生まれてくる三人目の子どもを楽しみにしていた。

「パパ、遅いね」
「今夜は早く帰るって言っていたのにね……」
「おなかすいたよぉ」
「そうだね、あんたたちは先に食べなさい」

 今夜は長女の誕生日だ。紀里は張り切ってケーキを焼き、長男と三人でデコレーションをした。五歳になった長女は生クリームを絞ってウサギの絵を描き、三歳の長男はチョコレートの飾りのはしっこをかじってから、ケーキに乗せた。パーティの支度が整っても夫が帰宅しないので、子どもたちだけ食事をさせてベッドに入れた。

「……あ、あれ?」

 ケータイにかけてもつながらなかった夫から、深夜に電話があった。

「どこにいるのよ。子どもたちは待ちくたびれて寝ちゃった……ん? どうしたの?」
「刺してしまった……」
「さした? なんのこと?」

 荒い息遣いが聞こえてくる。声はたしかに夫なのだが、いつもと様子がちがいすぎる。もしもし、もしもしっ、と紀里が叫んでみても、夫はそのひとことで電話を切ってしまった。そのあとは何度かけ直しても、ケータイはつながらなかった。

「……大変だったね、紀里さん」
「ルンさん?」

 それから三ヶ月ばかりして、紀里のケータイに電話をしてきたのはルンだった。

「高須さんから紀里さんのアドレスも聞いてたんだ。メールでもしようかと思ったんだけど、しにくくてね。赤ちゃん、生まれたんでしょ。紀里さんも赤ちゃんも元気?」
「ええ、ありがとう」

 さしてしまった、との夫のひとことだけの電話があった翌朝から、紀里は怒涛の日々に巻き込まれていった。
 妊娠九か月の身にはこの日常は過酷すぎるとの判断で、医者の指示で早期入院し、マスコミをシャットアウトしてもらえたのは幸いだった。上の子たちは紀里の両親が預かってくれ、紀里は静かにすごせたのだが、精神的には平穏でいられるはずもなかった。

「人気ハンドボールチーム、東京ハルカスの高須健五、愛人を刺殺?!」

 翌々朝にはフライングでスポーツ新聞に誤報が出、それを皮切りに、虚実入り乱れた報道が飛び交う。高須は警察に留置されていたから、紀里の耳に届く情報もどれが真実なのかわかりづらかった。

「知り合いの弁護士さんにお願いして、やっとおよそはわかったよ」

 入院している紀里のもとに、子どもたちを連れた両親がやってきた。子どもたちは祖父と広い病院の庭を散歩に行き、母が話してくれた。

「健五さんは酔っぱらって、バーで喧嘩に巻き込まれたらしいの。ナイフを持っていた若い男がいて、そいつも酔ってナイフを振り回したらしいのね」

 バーの男性従業員たちが止めに入ったのだが、喧嘩をしている当人たちは興奮していてエスカレートする。ナイフを持っていた男は健五の連れだったので、健五も仲裁しようとした。バーにはホステスたちもいて、その中に健五とかなり深い仲の女性がいたらしい。

 酔っ払いの乱闘だったものだから、全員がなにがなにやらわからなくなってしまったらしい。気がついたときには健五がナイフを手にしていて、健五の愛人女性が腹を押さえて倒れていた。

「健五さんも自分が刺したんだって思ってパニックになったみたいなのよ。紀里に電話したときにはちょっとはおさまっていたみたいだけど、もちろん、警察が来るわよね。その場にいた人たちはほとんどみんな酔ってるから、事情聴取も滅茶苦茶だったそうで、やっと話が整理できた段階だって、弁護士さんがおっしゃってたわ」
「健五がその女を刺したのは事実なの?」
「いえ、健五さんではないみたい。健五さんは彼女を刺した別の女から、ナイフを取り上げたみたいなのよ。そこは目撃者がいるんだからたしかみたい。だけどね……まあ、とにかく、健五さんがその女性に重傷を負わせたのではないけど、ややこしいことになるのもまちがいないわね」

 とにかく紀里は無事に出産しなくちゃ。今後のことはそれからよ、と母はため息をついた。

 次男が無事に生まれると、紀里は退院して両親の家に帰ることにした。五歳と三歳の子どもたちには事情は知らされていないが、両親ともに不在だったのだから不安定になっていたのだろう。長女は指しゃぶりをし、長男は弟が飲んでいる母乳を、僕も飲みたいと言って赤ん坊のように泣いた。

 母親が戻ってきて子どもたちがすこし落ち着き、次男の一ヶ月検診もすんだころには、紀里はこれからどうするの? と母に尋ねられた。

「健五さんは直接その女性を刺したわけじゃないわよ。だけど、ナイフで他の女性や男性に軽傷を負わせていて、取り調べ中。重傷の女性が健五さんの愛人だったのはまちがいないみたいだし、そんな喧嘩に加わっていたんだから、チームはクビ。ハンドボール界からも追放されるんじゃないかって言われてるのよ」
「そうかもしれないね」
「戻ってきたら?」
「……考えさせて」

 さらりと母は言う。離婚しなさい、子どもたちを連れて戻ってきなさいと。

 が、父はすでに定年退職していて、ボランティアに近いアルバイトをしている程度だ。両親の家は決して広くもないし、年金や貯金で夫婦ふたりだったら暮らしていけているものの、そこに四人もの人間が増えるのは無理がありすぎる。紀里がフリーライターとして復職するのも、乳飲み子を抱えた今すぐには無理だ。

 フリーライターとしての仕事があるのかどうかも謎。他の仕事を探すしかないかもしれない。こんな理由で離婚したら、慰謝料も養育費もしっかり請求はできるだろうが。

「ルンさんも高須の愛人だったの?」
「愛人ってほどでもないけど、ちょっとはお世話になってたよ」

 まったく彼女の顔を見なくなってからだと、五年ほどになるだろうか。紀里よりは三つ年下のルンは、少々けばいとはいえ、昔の美貌もプロポーションも維持していた。彼女のほうから電話をくれて、紀里がルンの働く店に出かけていったのだった。

「金遣いは荒いけど、浮気はしてないって、嘘ばっかりだったんだね」
「高須さんの浮気は癖ってか性格ってか、私もあんなのと結婚しなくてよかったな、なんて思ったよ。あ、ごめん」
「いいよ。同感だから」

 選ばれたのは私!! 勝ち誇った六年前が夢のようだ。

「普通は離婚でしょ? だったら私、待っててあげようかな。ムショ帰りの高須さんを」
「ムショには入らないんじゃないかと思うんだけど、ルンさん、本気で言ってる?」
「入らないの?」
「弁護士さんはそう言ってるよ。それに、私、離婚しないから」
「ええ? 離婚しないの? なんだ、がっかり」

 どこまで本心なのかは知らないが、ルンはうなだれてみせ、それから言った。

「じゃあ、私も紀里さんに協力してあげる。三人もの子育てにはお金もかかるでしょ。ここは妾の心意気だ。高須さんに援助してもらってた分、今度は私が紀里さんに還元するよ」
「いらないよ、そんなもの。妾ってなんなのよ。愛人ってほどでもなかったって言ったのは嘘?」
「いやいや、言葉の綾だよ。そしたら紀里さん、うちの店で働く?」

 うちの店とは、ルンが雇われママをしている小さなバーだ。もと芸能人のママがいるということで、けっこう繁盛してるとルン本人は言っていた。

「……紀里さんは所帯やつれしたばばあだし、太目だし、ぜんっぜん美人でもないけどさ」
「悪かったね」
「それは悪いんだけど、ここのママは雇われとはいえ私だから、紀里さんに働かせてあげられるよ。高須健五のモトカノとイマツマの店ってウリにしようか」

 ころんでもただでは起きぬ、とはルンみたいな女のことを言うのだろうか。
 無関係な他人が聞けば、爛れていると感じるのかもしれない。けれど、それもいいかなぁ、などと紀里が思うのは、あんな男と結婚して三人もの子供を持ったのだから、精神がタフになったせいだ。

 そうとでも考えなければ、今後も続いていく長い将来を乗り切っていけないのだから。
 子どもたちのためにがんばろう。ルンとふたりして高須の社会復帰を待とう。

次は「ジー」です。







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FSソングライティング物語「乾いた恋」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

ソングライティング物語

「乾いた恋」

 下手な店に足を踏み入れて下手に気づかれて写真を撮られ、店のブログだか個人ブログだかにアップされたら。木村章がこんな店に来ていたよ、と面白おかしく噂されたらまずい。

 ちょっとばかり名や顔が売れてくると不便なことも増えるのだが、時代が便利さをも増やしてくれた。こんなもの、顔の見える対面では買いにくいよな、というようなものも、ためしに買ってみられる。夜中にネットで遊んでいて見つけた、こんなものも。

 差別用語なのだそうで、以前の名称は使われていない。なんとか風呂がソープになったり、なんとか宿がラヴホになったりしたのと同様なのか、現在の名はラヴドール。

「ほんとだ……あったかい」

 技術の進歩なのか、なめらかな肌があたたかいというのも売りのひとつだった。つめたい人形を抱くのは遠慮したいから、これだったらいいかなと思ったのもある。この肌の下には血管が……想像しそうになって、小難しい理屈はどうでもいいかと考え直した。

 いや、別に俺は欲望処理のためにこいつを買ったんじゃないよ。ただの好奇心だ。ネットだからこそ買えた、おもちゃじゃないか。誰に言い訳しているのか知らないが、俺は彼女を抱き上げてベッドにすわらせた。

「章、お姫さま抱っこして」
「いやだ。重い」
「力ないんだなぁ」
「おまえがデブで重いからだろ」
「あたしは細いよ。デブだって?」

 怒った女の子と喧嘩になって、彼女が本当に帰ってしまったこともあった。その点、ラヴドールはほんとに軽い。俺は彼女の隣にすわり、ギターを抱えた。
 彼女、彼女……外見は女なのだから「彼女」でいい。彼女を見て触れて抱いて、そこまでしているうちに頭の中に曲が湧いてきていた。

 近未来の寂しい男と、そのころには一般的になっている高性能のアンドロイド。
 人間の女では絶対にかなえてくれない、男の変態的な望みまでを受け入れてくれる献身的な女。男は彼女に本気で恋をする。

 同じ時代の寂しい女と、男性型アンドロイド。
 頼りなくて草食系の人間男子ばかりの世の中で、女の理想ぴったりに作られたロボット美青年に、いつしか女は本気で恋をする。

 寂しい時代の恋を曲にしたい。
 ありがちかなぁ。

 発想はありがちだとしても、木村章のカラーを出せばいい。

 最近、うちのリーダーはピアノ曲の作曲をしている。従来通りにフォレストシンガーズの持ち歌であるラヴソングの作詞作曲もしているが、趣味みたいにしてクラシックも書く。現代の曲もクラシックと呼ぶのだそうで、知識に乏しい俺にはそれも驚きだった。

「乾、俺、このごろ作詞ができなくてさ」
「それはあれだろ。おまえがラヴソングの詞を書くと、奥さまに捧げていると思われるからだな」
「……そうなのか。この野郎、俺の心理を裏読みするな」

 というような、本橋さんと乾さんの会話を聞いたこともあるが、新婚当時の本橋さんの作詞できない考えすぎ病は治癒したらしい。それとは別にピアノ曲も書き、別方面でプロであるがゆえに、そっちも発表する場がある。

「曲だけで自身の想いを表現する。いいなぁ、憧れるよ」
「乾さんもやりますか」
「俺は文字人間だからな。幸生もやりたいか?」
「やりたいけど、俺も言葉のほうの人間ですからね」

 乾さんと幸生もそんな会話をしていて、シゲさんは、うん、まあ、がんばって下さい、と呟いていた。俺にはシゲさんのように作曲なんてできないというミュージシャンのほうがびっくりなのだが、世間一般ではそっちが多数派なのだろう。

 そうすると、メロディ人間である俺にならできるのでは?
 先輩たちの影響は、若いころからおおいに受けてきた。悔しいと感じたこともある。今でも癪な気分はちょこっとあるが、これは後輩の役得なのかもしれない。年少者は年長者の模倣をして成長していくものなのだから。

 だから、俺も曲だけ書こう。そのこころみは幾度かしているが、自分でも成功しているとは言い難い。
 今回はできるかな。けど、この曲を聴いた幸生あたりが、人間ではない女に恋をした男? とでも言い当てたらどうしよう? あいつはそういった方面の勘が鋭い。

 言い当てられたら俺はどうするかな、なぁ、どうしたらいい?
 邪念を起こしたり、ラヴドールに話しかけたりしながらも、俺はギターをつまびく。俺が本当にこの彼女に恋したら……それはたぶんヤバイだろうけど、その「ヤバイ」にはいろんな意味があったりして。

END










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花物語2017/9「アレチヌスビトハギ」

ショートストーリィ(花物語)

2017花物語

nusubito.jpg

2016/11「胡蝶蘭」の続編です


9月「アレチヌスビトハギ」

 忘れたころに呼び出されて遊びにつれていってくれる母方の祖父、渡辺壮造。遊園地や外食に連れていってくれるのは嬉しかったが、海那としてはだんだん、祖父に会うのが苦痛になってきていた。

「マリちゃん、おじいちゃんからのお誘いよ」
「……いやだなぁ、行きたくないな」
「行きたくないの?」
「行きたくないよ」

 父方の祖母に言われてはじめて難色を示したのは、海那が十歳くらいのときだっただろうか。そんなこと言わずに、連れていってもらいなさいな、と祖母に諌められて、海那は渋々祖父の呼び出しに応じた。

 お母さんは事情があって海那を残して出ていったの、母がいないことについては海那はそれだけしか知らされていない。父が海那とともに自分の実家に戻ったので、海那を育ててくれたのは主に父方の祖母だ。父方の祖父にはたまさか遊んでもらう程度で、父もあまり海那とは関わろうとしなかったが、優しいおばあちゃんが好きなので、海那は特に寂しいとも感じなかった。

「ディズニーランドに行こう」
「ディズニー? うん、行く行く!!」

 自分では理由も判然としないまま、いつしか好きではなくなっていった壮造だが、ディズニーランドとなると胸が躍る。壮造は孫娘を連れて意気揚々と地下鉄に乗り、ディズニーランドって千葉県じゃなかった? と首をかしげている海那を、ビルの屋上に連れていった。

「トクトク屋スーパーマーケット、デズニーランド」

 特設会場のようなものができていて、そこにはそんな看板がかかっていた。しょぼいスペースに、微妙に本物とはちがったディズニーキャラたちがいた。

「ディズニーじゃないじゃん。デズニーって書いてあるよ」
「同じようなものだろ。ほら、マリーナ、こっちにおいで」
「やだよ。こんなだっさいのいらない」

 思春期の入口あたりに到達していた海那は、微妙に本物とはちがっているという貧相さが我慢できなくて、壮造の手を振り払った。

「おまえが行きたいと言ってたから、連れてきてやったんじゃないか」
「私は本物にだったら行きたいって言ったけど、偽物のださいデズニーになんか行きたくないのっ!!」
「変わりないだろ」
「変わるよ」
「……待ちなさい、マリーナ。こら、待て」

 引き留めようとする壮造を振り切ってエレベータに乗る。壮造も必死で追いかけてきて、エレベータの中でもビルから出てからも怒り続けていた。

「まったく生意気な。やっぱりあんな父親とじいさんばあさんに育てられたのがまちがいだったんだな。俺は反対だったんだけど、どうしてもおまえを引き取るとじいさんばあさんが言い張るんだ。まったく、おまえの親父は女房に浮気されて家出されるような甲斐性なしだし、そんな男に育てたじいさんやばあさんもろくでもない。そんな奴らに育てられたら、俺のたったひとりの孫がこうなっても無理ないんだ」

 十歳にはわかりづらい言葉であったが、いくつかのフレーズが胸につきささった。

 二度とあのおじいちゃんとは会いたくない!! と祖母に宣言したものだから、祖父母が壮造と話し合ってくれた。喧嘩のようになって、あんな躾の悪い娘とはこっちも会いたくもない!! と壮造も言ったらしい。

 それから情報収集をした。あちこちから聞こえる噂をつなぎ合わせ、壮造の台詞を思い起こし、中学生になるころには海那もおよその事情を把握した。

 壮造の娘である則子が十七歳、各子が十六歳の年に、壮造の妻であり姉妹の母である女性が亡くなった。則子は高校を中退して主婦になり、各子は同じく高校を中退して遊び人になった。家出をして何人もいた彼氏の住まいに転がり込んだり出ていったりしていた各子は、あるとき妊娠に気づく。

「あんたの子だよ、結婚しよう」
「え、えーっ?!」

 気の弱い男はさからえず、両親に各子を引き合わせた。その男が海那の父である。

「申し訳ございません。うちの息子がおたくのお嬢さんを……息子と各子さんを結婚させて下さい」
「できちまってるんだからしようがないわな」

 取り急ぎ、屋形和夫と渡辺各子は結婚し、海那が生まれた。

「海ってマリンって読むの?」
「読むよ。知らないの?」
「知らないけど……そしたら、海那ってマリンナって読むんじゃないの?」
「マリンナなんて変だから、マリーナだよ」
「マリナのほうが可愛くない?」
「駄目っ!! マリーナ!!」

 母の言い分が通り、海那と書いてマリーナと読む名前になった。

「お父さん、お母さん、各子がマリーナを置いて出ていっちゃったよ」

 父が娘を抱いて両親に泣きついたのは、海那が一歳をすぎたころらしい。父方の祖父母と母方の祖父の壮造が話し合い、海那は父とその両親に育てられると決まった。

「きゃああ、マリーナ?! やだ、おばさんになっちゃって!!」
「どなたですか?」
「忘れたの? あんたの親だよ」

 どの面下げて今さら娘に会いにこられるんだ、ではあったのだが、記憶にはまったく残っていない母が来てくれたのは嬉しくなくもない。焼肉屋でビールで乾杯してから、母は言った。

「うちの父さんとは長く会ってないんだってね」
「二十年くらい会ってないかな」
「そうみたいね。あんな生意気な娘に育ったのは、屋形のじいさんばあさんのせいだって父さんは言ってたよ。そしたら、マリーナは伯母さんにも会ってないの?」
「母さんの姉さん? 話には聞いたけど、会ったことないな」

 くっくと笑いながら、母が話した。

「姉ちゃんってのは私よりひとつ年上だから、五十一になったのね。その年で結婚したんだってよ」
「ふーん。初婚?」
「そうなの。えーっと、マリーナは何歳だっけ?」
「三十二。独身。悪かったね」
「悪いったってしようがないけど、そっか、そしたら……姉ちゃんが結婚した奴はマリーナよりも年下だよ。二十八だって」
「え? ええ? どういうこと?」
「どういうこともこういうことも、姉ちゃんは五十になって二十八の男と結婚したんだよ。すごいよね。やるよね」
「……」

 その話を聞いたときから、海那は伯母の夫に興味を持っていた。
会いたいけど、会いにいくのも変かな。なにか機会ができないだろうか、そう考え続けて数年。ようやくチャンスがめぐってきた。

 年下の伯父。義理の関係なのだから、昔だったらそういうのもよくあったのかもしれない。けれど、五十歳と二十八歳の夫婦は珍しいだろう。逆ならばまだしも、伯母とその夫は妻のほうが二十二歳も年上なのだから、週刊誌かワイドショーのネタにでもなりそうだ。

「はじめまして」
「マリーナさん。お話は聞いていたんですよ」

 こちらとしても話しだけは聞いて、マリーナは間野次郎についての妄想をふくらませていた。
 貧相な小男だとか、人外魔人みたいな巨漢だとか? ニートだとか? そういうのでもなければ、二十八が五十と結婚しないよね。

 まして、則子伯母は清掃パートをしている太目のおばさんだと言うではないか。母の話によるとぽっちゃりしていて若くは見えるらしいが、太ったおばさんが若く見えたって可愛くもなんともないとマリーナは思う。五十が若く見えたところでたかだか四十代だろうし。

 その上に則子にはあのじじいがついている。マリーナにとってはデズニーランドの想い出とつながる、最悪のじじいだ。あんなのと同居するとなれば、則子が二十八で次郎が五十でも次郎のほうから断られるのではないか。

 なのに、次郎はマリーナの妄想を裏切ってくれた。
 髪が薄いせいで老けて見えるとはいえ、清潔感もあって悪くないルックスをしている。細身で長身。アメリカ帰りのエリートサラリーマン。最近は大学で講師もしているのだそうで、収入もかなりいいらしい。

 しまったな、もうちょい早く会っていたら、私が誘惑してやったのに。マリーナは後悔していた。
 が、マリーナももう四十をすぎた。伯母や母譲りなのか太目で、独身のわりには若々しくもない。おばさん体型のせいか、次郎には言われてしまった。

「マリーナさんとうちの奥さんが一緒にいたら、姉妹に見えるでしょうね。則子さんは若いですよ」
「失礼ね」
「そうですか?」

 こういうところがもてない原因で、そんなにも年上の女としか結婚できなかったんじゃないの? マリーナは内心で言った。次郎はデリカシーがなさすぎる。

「へぇぇ、面白そう」
「面白そうだと思う?」
「うん、やってみてもいいよ。私も暇だし」

 五十をすぎて若く見えても無意味だが、世間には本当に驚異的に実年齢よりも若い女がいるものだ。マリーナの高校時代の後輩、ノアンがその代表格である。

 同じ高校とはいえ、マリーナは成績がよくはなかったので短大にしか進学できず、卒業して一般企業の一般職に就いた。ノアンは理系一流大学から大学院に進み、マリーナの勤務先の親会社である一流企業で研究職に就いている。高校時代はそう親しくしていたわけではないが、三十代になってから再開して仲良くなった。

 性格はよくないが、欠点などは霞んでしまうほど、ノアンはすべてに非の打ちどころがない。美人でプロポーションもよく、学歴も収入も最高だ。その昔、男は三高でないともてないと言われていたが、現在の女は三高だとむしろ結婚から遠ざかる傾向がある。よって、ノアンも四十をすぎて独身なのだった。

 高身長、高学歴、高収入の美女は、マリーナのお遊びに乗ってきてくれた。

「話は合うのよ」
「そうだろうね。で、何歳の設定にしたの?」
「三十四」
「十分、ノアンだったらそのくらいに見えるよ。二十九でもよくなかった?」
「だけど、間野さんってあまり若い女には興味なくない? 三十四くらいがいいんだよ」
「そうかもね。で?」
「五十って言ったほうがよかったかもね」
「そうなの?」

 つまり失敗? ノアンは苦笑して言った。

「しまいにははっきり迫ってみたんだけど、ごめんなさい、僕は妻を愛しているんです、だーって」
「……信じられない」
「でしょう? 腹が立つから別の友人をそそのかして口説かせてみたんだけど、結果は同じだったよ」
「へぇぇ……本気であのばばあを愛してるのか」
「なんだかね、私、むしろ感激しちゃったわ。そんな男もいるんだね」

 これだけの美女に恋のゲームを仕掛けられて、その気にならない男がいるのだろうか。ひょっとしたら間野次郎は……?
 いや、そんな悪しき想像をするのはよそう。男なんて……と失望するしかない人生を送ってきたマリーナの義理の伯父は、高潔でストイックないい男なのだ。そう思っておいたほうがいいではないか。

 この世にはそんな男もいるんだな、と感嘆しようとするマリーナの心の裏側に、そんな男がなんであんな伯母の夫なんだよっ、との黒い感情が忍び込んでくる。そんなことを考えるもんじゃないよ、マリーナ。あのおばさんにだっていいところもあるんだよ。と、否定しようとしても止められなかった。

END







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FS超ショートストーリィ・四季のうた・幸生「秋の実」

番外編

フォレストシンガーズ

四季のうた

「秋の実」

 自然のものが好きなきみのために、部屋いっぱいに敷き詰めてあげる。
 その中で一緒にごろごろしようよ。んーーーー、ね、幸せ?

「幸生」
「はい?」

 夢を語る俺に、乾さんが素朴な疑問をぶつけた。

「きみってのはあれだろ」
「そう、あれですよ」
「あれは動くものに反応する。じゃれつく、おいかける」
「その通り」
「すると、だな」

 う、皆まで言ってくれなくともわかるよ。

「……どんぐりを部屋いっぱいに敷き詰めるとなると、いくついるんだろ。ごくごく狭い部屋だとしても相当な数が必要ですよね。でも、彼女は意外と喜ばない」
「彼女、なんだな」
「もちろんですよ」

 そうなると、二十個から三十個くらいのどんぐりを部屋にころがしておいたほうがいいんだ。なんだ、それだったら楽じゃん。さすが先輩、俺の頭から抜け落ちていたことに気づかせてくれて、どもども、です。

END

 







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FSソングライティング物語「MAN OF MIE」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

ソングライティング物語

「MAN OF MIE」

 金沢、横須賀、東京、歌詞に出てくるとたいへんにかっこいい。
 稚内、高知、宇都宮、まぁ、「稚内哀歌」だとか「恋するよさこい橋」だとか「宇都宮の恋人たち」だとか、おさまりは悪くない。

 その点、三重県北牟婁郡ってのは……同郷の方々に悪いので具体的には言わないが、シゲらしい出身地だね、と言われるのもあって俺にとっては大好きな故郷だが……ま、いいか。俺には歌なんか作れないんだから。
 歌詞も作れない、曲も書けない俺だから、故郷の地名を冠してもさまにならないところの出身なのかな、と考えておくことにしよう。

「あいつ、無礼なんだよな」
「おまえにだけは言われたくないってよ、章」
「……幸生はうるせえんだよっ」

 この木村章に無礼だと言われた男、ハッピィプロジェクトの荻原。彼が乾さんに、演歌を書いてほしいと依頼にきた。乾さんの書く歌には古臭い匂いがしていい、と言ったのだそうだが、褒めてはいないよな? 章だったら激怒して追い返しそうだが、乾さんは人間ができているので依頼を受けた。

 そこからはじまった、「ふるさとの歌を作ろう」フォレストシンガーズ内キャンペーン。

「俺は「横須賀たそがれ」を書くんだ」
「幸生、それ、ぱくりだろ?」
「タイトルはぱくってもいいんだよ。ぱくりってか、リスペクトソングね。「そんなアキラにだまされて」ってのも同じだろ。章は?」
「稚内ブルース」
「本橋さんは?」
「俺は……「TOKIO」でいこうかな。いっそリスペクトソング特集にするか」
「そしたら俺も、「金沢の花嫁」なんてのも作ろうかな」

 詞も曲も作れる仲間たちは盛り上がり、俺はひとり、話の輪の外にいた。

「シゲくんは「宇都宮の夜」って歌を書いてよ」
「俺は「月の桂浜」にしようかな? 「月の法善寺横丁」ってあるだろ」
「ヒデくんも参加するんだ。わぁ、楽しみ」

 気を使ったのか、美江子さんがそう言ってくれたが、マネージャーである美江子さんの故郷は歌にしなくてもいいのだから、俺はやはり無関係みたいなものだ。

「シゲさん、元気なくないですか?」
「モモちゃん、おはよう」

 スタジオに集合した、ヒデも含めての仲間たちがソングライティングの話題で盛り上がっている。俺は参加しにくいので外に出たら、フルーツパフェのモモちゃんに会った。

「奥さんと喧嘩でもしました?」
「喧嘩はしてないし、元気なくもないよ。モモちゃんは仕事は?」
「モモちゃんはクリちゃんと喧嘩したんで、今日は休みなんですけどお兄さんたちに慰めてもらいにきました」
「そっか。だったら俺がうまいものをごちそうして慰めてあげるよ」
「わーい、やったー!!」

 栗原桃恵と栗原準、二十代はじめの夫婦デュオは、我々と同じ事務所所属の後輩だ。か弱い植物……いや、植物ってのはか弱く見えて実は強いのだから、イワシみたいと言ったほうがいいのか。イワシは「鰯」と書くのだから、クリは鰯男なのかもしれない。

 そんな夫を持つモモちゃんこそが、それほど強くは見えないが強くあろうとがんばっている、草花のようにけなげな女の子だ。俺は古いと言われようとなんだろうと、夫が妻より弱くてどうする、と歯がゆく思ってしまう。

 ファンの男にからまれているモモちゃんを助けもできずに震えていたというクリ。そばを通りかかった乾さんが助け舟を出してファンには引き取ってもらい、そのあとでクリを叱って頬を張り飛ばしたと聞いた。クリはモモちゃんに抱かれて泣いたとか……なんと情けない。

 あんな亭主がいたら喧嘩もしたくなるよな、恭子、俺はクリよりはよっぽど強い夫だよな? 横でクリがいかに情けないかを話しているモモちゃんとふたり、よく来る喫茶店に入った。

 小柄でほっそりしてはいるが、モモちゃんは高校時代はソフトボール選手だったのだそうで、野球好きの俺とは話も合う。こう見えてけっこうよく食べるモモちゃんはパンケーキセットとサラダ、俺はハンバーガーセットを注文して、早めのランチにした。

「モモちゃんも作曲、してみてるんですよ」
「クリも作曲はするんだっけ?」
「しなくはないけど、作曲してみては、木村さんみたいにかっこいい曲はできないとか、乾さんみたいな深みのある歌詞は書けないとかって落ち込んでるの。当然じゃん」
「どうして当然?」
「乾さんとは人間の深みがちがうんですから」
「……深みかぁ」

 ずきっと刺さったモモちゃんのひとことを頭を振ってはじき飛ばし、ハンバーガーに噛みついた。

「人間の深みって、その人の作品にあらわれるんじゃない? 木村さんの人間性はともかくとして、乾さんや本橋さんの大きな器は書く曲や詩に出てきてると思うの」
「深み、器ね」
「そうですよ。クリちゃんなんてガキなんだもん。深い詩や曲は書けなくて当然なんだよっだ」
「若くてもいい詞や曲を書くソングライターっているよ」
「それはもともとの人間のできがちがうんじゃない?」

 いちいちずきずきずきっ、とくることを言う子だ。

 喧嘩をしたのだからクリを罵りたいのだろう。モモちゃんはクリのことを言っているのであって、深くても浅くても詩も曲も書けない俺にあてこすっているわけではない。わかっていても俺のほうこそ落ち込みたくなった。

「モモちゃんはどんな曲、書いたの?」
「ちょっとだけね」

 口ずさんでくれたメロディは、モモちゃんの可愛い声とあいまってとても可憐で、俺にはいい曲になりそうに思えた。

「いいんじゃない?」
「全然です。どこかで聴いたようなフレーズでしょ」
「そうかなぁ」
「でもね、モモちゃんだってミュージシャンなんだから、作曲くらいできなくっちゃね。作曲もできないミュージシャンなんて、そんなの音楽やってるって名乗る資格はないのかもしれないって思うの。歌うだけだったらカラオケでもいいんだもん。作詞は日本語の読み書きができたらできるけど、曲を書くってそうはいかないでしょ。素敵な曲を書いてみたい。そうできてこそ本物のミュージシャンだよね」
「う、うん、そうだね」

 十も年下なのに、俺よりはよほどしっかりしていると思われる、モモちゃんのミュージシャン論を聞かされて、しっかり食べてスタジオに帰ると、仲間たちはまだ作詞作曲話を続けていた。

 しようがないからお茶でも淹れようかな。
 コンビニでスナック菓子、買ってきましょうか? 幸生じゃないけど、そんなシャレでも言って笑うしかない。ソングライティングの話題になると俺は入れないのが昔からだから、慣れてるけどさ。

「友がみな、我よりえらく見ゆる日よ、花を買いきて妻と親しむ」

 乾さんに教わったこんな短歌が浮かぶ。そうだ、今夜は花を買って帰ろうっと。

END








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FS超ショートストーリィ・四季のうた・全員「四季の女」

番外編

フォレストシンガーズ・四季のうた

「四季の女」

1春

 市中からは遠く離れて……現代ではたいした距離でもないが、その昔は、なにかしらやらかした貴族が島流しのように送られてくる土地でもあった。

「京都大原三千院
 恋に疲れた女がひとり

 結城に塩瀬の素描の帯が
 池の水面に揺れていた」

 建礼門院も、なにかしらやらかした都の貴族のひとりとみなしていいのか。
 そのころには結城の小袖なんかなかったのではないかと思えるが、恋に疲れたどころか人生に疲れた美しい女がひとり。
 塩瀬の帯のうしろ姿、振り向いたその顔が……母に似ているように思えて、隆也は幻想から覚めた。


2夏

「黒潮黒髪 女身愛しゃ
 想い真胸に 想い真胸に
 織る島紬」

 大島が舞台なのだそうだから、想い出の中にいる沖縄の島娘とはちがう。
 いや、別人なのは当然だが、この歌を聴くとどうしても、繁之の心には若き日のあの娘が浮かんでくるのだ。


3秋

 どうして胸がずきっと痛む?

「私が男になれたなら
 私は女を捨てないわ」

 捨てないよ、俺だって、捨てられたのはこっちだろうが。
 ひとりごとを呟きながら、あてもなく夜の街を歩く。ここは新宿、ネオン暮らしの蝶々が舞う街。。演歌の世界にいるみたいだな、と真次郎は肩をすくめた。


4冬

 はーるばる来たぜはーこだてーっ!! 

 お、意外とそんな歌もうまいじゃん、と自分で自分を褒めてみる。

「あとは追うなと言いながら
 うしろ姿で泣いてたきみを
 思い出すたび会いたくて
 とーっても我慢ができなかったよーーーー」

 函館の女……北の女……俺にも北の女との過去がある。別れのときの彼女のうしろ姿は泣いてもいなかった。というか、自然消滅的に別れてしまったのだけど、そんな失恋も男の人生にはあるものだよね、と幸生は笑ってみた。


5そしてまた春

今年もまた桜が咲く。
 小さなてのひらをいっぱいに広げて、花びらを受け止めていた想い出がある。てのひらが小さいのに視線は高かったから、あれは誰かの背中におんぶされていたのだろう。

「She's my red hot Louisiana Mama
 From a town called New Orleans
 Golden hair and eyes of blue
 My real live Dixie queen
 My Louisiana Mama
 From New Orleans 」

 桜を見て思い出す女が「母」だなんてかっこ悪い。
 照れ隠しに歌おう。ママとタイトルについてはいても、可愛いあの娘はルイジアナ……なのだから、地名ではなく人名なのかもしれないが、俺が歌うんだからこのほうが似合うよな、と章はうなずき、いっそう声を張り上げた。

END








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FSソングライティング物語「トウキョウ・シティ・セレナーデ」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

ソングライティング物語

「トウキョウ・シティ・セレナーデ」

 遠くに島影が見える。目を閉じれば、潮風と心地よい空気を感じる。隣にあのひとがいたら最高なのに。ううん、あのひとがいたのは去年のことでしょ。今年の夏はきっと別の彼女ができて、その女性と海で愛をささやいてるよ。私も早く新しい恋をしなくちゃ。

「気持ちいいね、海は」
「うん、そうね」
「どこから来たの?」
「東京」

 心の隙間にするっと入ってきた、新しい恋の予感?

「へぇぇ、東京かぁ。さすが、都会の女? 名前はなんていうの?」
「山田美江子」
「美江子ちゃん……名前はあまり東京っぽくないね」
「東京っぽい名前ってどんなの?」
「サギリとか……」
「サギリってキミのモトカノの名前?」

 初対面なのに話が弾んで、連絡先を交換した彼。本当に好きで好きでたまらなかった人に捨てられてから半年がすぎて、新しい恋がしたいと思っていた矢先だったから、私も突っ走ってしまった。

「俺は群馬県出身だけど、アパートは東京だから」
「私も出身は栃木だよ。だから名前は都会的じゃないんだよね」
「そんなのどっちでもいいけどさ」

 夏休みが終わったら東京で会おう。義実と名乗った彼と約束した。

「美江子ちゃんは大学生なんだろ。なんの勉強してるの?」
「教育学部だから、二年生になってからは教育についてのあれこれを学んでる。どっちかっていうと文系かな。義実くんの学校は?」
「……ごめん、俺、学生じゃないんだ。今日は正直に言おうと思って、美江子ちゃんの学校のことを聞いたんだよ」

 高校を卒業して就職するために東京に出てきた。しかし、仕事がつらすぎて夏にはやめた。二十歳だと言っていた義実くんは本当はまだ十八で、秋には再就職するつもりで夏場は海辺でバイトしていたのだと打ち明けた。

「シンガーソングライターになりたくて、そういう仕事を探してるんだよ。すぐには無理だろうから、ちょっとでも音楽的な仕事、美江子ちゃんには心当たりはない?」
「ライヴハウスの従業員とか、音楽スタジオで働くとか?」
「そういうの、どうやって探すの?」
「求人情報誌に載ってないかな」
「下働きみたいな仕事で、俺の音楽性を認めてもらえることはあるんだろうか」
「義実くん、歌は書けるの?」

 当然だろ、との答えだったから、当然、どんな歌? 聴かせて、とお願いした。

「Once in your life you will find her 

 Someone that turns your heart around 

And next thing you know you're closing down the town 

 Wake up and it's still with you 

 Even though you left her way across town 

 Wondering to yourself, "Hey, what've I found?"」

 あれ? この歌、知ってる。私は訝しい気持ちで義実くんを見返す。彼は得意げに言った。

「英語の歌なんかきみは知らないだろ。実は俺もよくは知らないんだよ。モトカノのサギリが作詞してくれたんだ。彼女は中学生のときから留学してて、英語で詩が書けるほどの英語力だったんだよね。俺は英語の歌なんてひとつも知らなかったから、尊敬しちゃったな。メロディも半分はサギリが教えてくれたんだ」
「そう? 義実くんもこの歌は知らなかった?」
「俺の中から半分は出てきた歌だもん。それまでは知らなかったよ。いい歌だろ」
「うん、そうだね」

 既成の歌だとも知らないで、俺が作った歌だ、半分はモトカノに協力してもらった、なんて言うのね。なんだか哀れに思えてきた。

「ミエちゃん、彼氏ができたって言ってただろ? 彼とは最近はどう?」
「海辺の恋は蜃気楼みたいなものだったのよ」
「……ああ、そっか」
「乾くん、ニューヨークシティセレナーデを歌って」
「いいよ」

 歌唱力も乾くんのほうがはるかにはるかに上。あれれ? でも、ちょっと歌詞がちがわない?

「When you get caught between the Moon and Tokyo City 

 I know it's crazy, but it's true 

 If you get caught between the Moon and Tokyo City 

 The best that you can do ...... 

 The best that you can do is fall in love」

 TOKYOバージョンです、と乾くんが言い、私は納得した。 

 夕方の海辺で出会った彼は、潮風の中で爽やかな好青年に見えた。彼のほうは私を都会の女だなんて勘違いして、日常生活に帰ってからデートをしたら、お互いがっかりして。

 そういうことにしておこう。プライベートなつきあいについては、乾くんにだって本橋くんにだって、女友達にだって詳しくは話したくない。去年のあのひとは合唱部の先輩だったから、乾くんも本橋くんも彼との触れ合いがあったけれど、義実くんは身近なひとではないのだから。

MIE/19/END









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175「イミテーショントーク」

ショートストーリィ(しりとり小説)

しりとり小説

175「イミテーショントーク」


 両親の方針で、亜湖は単身で帰国して日本の大学に入学した。日本人って真面目なんだろうな、話しは合うだろうか、と亜湖は漠然と懸念していたのだが、案ずるより産むがやすし、であって、学校で友達は大勢できた。

「シンガポールにいたの? 私のパパは外交官で、子どものころにはあっちこっちの国で暮らしたんだ。亜湖とは似てるかな? 私、真織、よろしく」
「よろしく」

 法学部の優等生。英語は当然、ドイツ語とロシア語が堪能で、スキーはプロ級の真織と亜湖ではスケールがちがっていたが、誘われてウィンタースポーツサークルに入部した。真織のほうが一年上なので先輩ではあるが、私たちの感覚は日本人じゃないんだもん、マオでいいよ、と真織が言った。ひとつくらい年上だからってへりくだる習慣はないのは亜湖も同様だったので、マオ、アコと呼び合うようになった。

 二年生ながらウィンタースポーツサークルでは中心人物で、ファンクラブまであるスターの真織。彼女の妹分だと周囲からも認められるようになると、二年生女子たちが亜湖を仲間に入れてくれるようになった。

 華やかな女の子たちの周りには、華美な仲間たちが集まる。亜湖はさほどに美人でもなかったのだが、美人集団にまぎれて悪目立ちするような冴えないルックスでもない。むしろ美人に混ざっている亜湖も美人、とみなされるようになっていった。

「マオ、その髪型よりもこれ、よくない?」
「どれどれ? それは嫌いだ。私は今のまんまでいいんだよ」
「いっぺんためしてみたらいいのに。こんな大胆な髪型、マオにしかできないよ」
「いやだね」

 いつだって話題の中心には真織がいる。ひとりの女の子が雑誌を開いて、似合うよと勧める髪型を、真織は遠慮なく拒否した。

「そうかなぁ。徳武さんだってこのヘアスタイル、いいなって言ってたのに」
「徳武の趣味に合せて髪型を変えるつもりはないから」
「そっかぁ。そんなことしなくても愛されてるんだね。マオ、うまく行ってるんだ」
「むこうはうまく行ってると思ってるんだろうけど、飽きてきたかも」
「うわぁ、あんなこと言ってるよ。マオが飽きたんだったら私がアプローチしていい?」
「いいけど、サッコは徳武のタイプじゃなさそう。太目は嫌いだってよ」
「……そ、そう……」
「ああ、めんどくせっ。亜湖、あっち行こ」

 二十歳前後の女の子は美人であっても、太目だと言われると気分が地に落ちる。知ってか知らずか真織はサッコに痛烈な毒舌を浴びせてその場から去って行った。
 それでも真織は女の子たちに嫌われない。マオは特別だとみんなが思っているようだった。

「徳武さんとは別れたの?」
「うるさいからふってやった」
「もったいなーい」
「あんたらもうるさいね。ほっとけよ。亜湖、行くよ」
 
 また別のある日、真織は女の子たちに囲まれて彼氏の話をしていた。徳武という名の四年生はアパレル会社社長令息で、ルックスも相当によい。真織が入学してきたときには徳武には彼女がいたのだそうだが、彼女をふって真織に猛アプローチをし、つきあうようになったのだとの噂があった。

 それから約一年、徳武は真織と婚約したがっているらしいのだが、それがうるさいからいやだと真織は言う。徳武とつきあいたい女の子は学内女子の半数ほどいるのではないか。その女子たちは歯ぎしりして、中には徳武にアタックした者もいたようだ。

「マオは俺と別れるって言ってるよ。もう手遅れかもしれない。だけど、マオと較べりゃ……きみなんか……これ以上はっきり言わせないでくれよ。俺は当分、マオを想って未練に浸るんだ」

 アタックした数人の女子は、同じような台詞をぶつけられて断られたらしい。

「で、マオ、新しい彼氏はできたの?」
「できたよ」

 春になって徳武は卒業していき、誰かが真織に尋ねた。

「ひとりに絞ると束縛したがったり、婚約してほしいって言われたりでめんどくさいから、ふたりとつきあうことにしたの。誰だって? 見てりゃわかるじゃん。男もうるさいけど女もうるせえな。亜湖、行こうぜ」

 実はマオと亜湖はレズ? 男子たちはそんな噂もしていたらしいが、まったくそんな事実はなかった。

 ただ、自分が中心になるのがいつでも当然だと無意識でも思っているらしき真織からすれば、正反対の性格で表に出たくはない亜湖がつきあいやすかったのだろう。友人たちが面倒になってくると、亜湖、行こうぜ、となるのが真織の常套句だった。

 亜湖が三年生のとき、真織から直接聞いた。テレビ局に就職するんだ、女子アナになるんだ、と。真織の大学は地味なほうで、マスコミ業界に就職するとしても新聞社か堅めの出版社がほとんどで、民放の女子アナは初だった。周囲の者たちは大騒ぎしていたが、当の本人は、そう? そんなに珍しい? という態度だった。

 それから一年、亜湖は教授の推薦もあって中規模の商社に就職した。教授のコネであるだけに、大学の先輩も何人もいる。自然、亜湖はその先輩たちのグループに所属した。

「亜湖ちゃんってあの瀬田真織と仲良しだったんだってね」
「ええ、親しくしてもらってました」

 ここにはいない状態でさえも、真織は女たちの話題の中心人物になる。真織と同年の先輩と、さらにもう一年上の先輩とのいるグループで飲みにいくと、酒の席でも真織の話でもちきりになっていた。

「瀬田真織は学生時代からああだったんでしょ」
「ああってのはどれ?」
「二股、三股は普通ってか?」
「ああ、もて話はよく聞いたね。私はもてて当然じゃん、って態度だったよ」
「どんな感じ?」

 好奇心満々になって、二十代の女たちが身を乗り出す。話題は真織であっても、話の主導権は真織と同い年の郁子が握っていた。

「あの男とつきあってたんだけど別れたの、って真織が言い出した途端に、別の男が言いよってくるんだって。それが全部、どこかの大会社の御曹司だったり、スポーツ選手だったり、大物俳優の息子だったりするんだな。真織ってものすごいブランド好きだよ」
「持ってるものも?」
「真織は男自慢はすごかったけど、持ち物とかは無頓着だったみたい。無頓着なふりしてただけかもしれないけどね」

 この先輩、郁子は真織のグループにはいなかった。郁子のような平凡なタイプは真織の取り巻き連中の中では浮いてしまっていただろう。それでも彼女は真織の学生時代には詳しいらしい。

「学生のころって華やかな女の子がもてるんだよね」
「それってもててるって言うのかな。結婚相手とは思われてなかったんじゃない?」
「学生だったら女のほうも遊びでもいいんだろうけど、あんまり度が過ぎるのもね」
「うんうん、派手すぎる女はいざ結婚となると、素行調査とかされて相手の親に難色を示されたり……」
「ありそうだよね」

 したり顔で、他の女たちもうなずく。亜湖は特にどこかのグループに属したいと思っているのではなく、誘われると拒否しないだけだ。そのせいで学生時代と社会人になってからでは、真逆な女たちに囲まれるようになっていた。

「いつか、ひとりの女の子が真織にしつこく、髪型を変えろって勧めてたんだ」

 その記憶は亜湖の中にもあった。

「真織はなんでもメンドクサイっていうんだけど、その女は真織のつきあってる男の名前まで出してしつこく言ってた。真織がいなくなっちゃってから、別の女に言ってたよ」

 あの髪型だけは真織には似合わないだろうと思って勧めたんだ、残念、乗ってくれなかったか。だっさくなって彼氏にふられる真織を見たかったな、と彼女が言う、数人が同意していたと郁子は笑った。

「そういう女って絶対、結婚できないよね。瀬田真織のことだよ」
「そんで、負け犬だとか自己卑下しつつ、ほんとは私のほうが勝ち組なんだよ、って陰では勝ち誇ってるの」
「結婚なんかしたくないもん、出産だってしたくないもん。パートかなんかしながら家事に子育て、なんてしんどいことはごめんだわ、ってね」
「私のほうがそんな主婦よりも高学歴で美人で、自分に投資もしてるし女磨きもしてるから、もてもてで魅力的なんだよ、ってね。主婦のみなさんお疲れさまぁ、って感じ?」
「そんな女にはなりたくないよね。私は結婚してる勝ち犬になりたいな」
「私も、私も」

 この先輩たちは親しくはなかったのだから、悪口も仕方ないのか。そのくせ、有名人の真織のことはなんでも知っている、と吹聴だけはしたがる。郁子が真織について言い散らしているのを聞いていると、亜湖の気分はどよよん、どよよんとしてきていた。

「マオはあいかわらずもててるよね」
「ほんとだね。だけど、まだ結婚しないんだ」
「するわけないじゃん」

 先輩たちが出席すると聞き、真織も来るとも聞いたので、亜湖も同窓会に出かけていった。真織は忙しいようで、遅れてやってくるという。かつての真織の取り巻き連中が話していたので、亜湖はその会話を聞いていた。

「そう? するわけないの? なんで?」
「私はマオだったらとびきり上等の男を捕まえて、すぐに結婚すると思ってたな」
「だって、マオとつきあいたがる男って遊びでしょ? 本気でつきあう男なんかいないよ。あんな尻軽」
「そこまで言う? だって、マオは言ってたよ。男とつきあうと結婚したがってうるさいから、二、三人いたほうがいいって」
「あんなの見栄だよ」

 決めつけたのは、マオ、この髪型はどう? と提案してはねつけられていた先輩だった。

「マオはもててるんじゃないの。遊び相手にちょうどいいからってだけだよ」
「そうかもしれないけどさ」
「若いうちはいいけど、だんだん年を取ってくるとね……」
「たったひとりでいいのよね。たったひとりの男に愛されて、プロポーズされて結婚するのが女の幸せだよ。古くてもいいの。マオみたいに遊ばれてるだけって不幸だもの」
「そうだよねぇ」

 ここでも女たちは、したり顔でうなずき合う。仲間ではなくなったら、親しくしていた女たちでもこうなのか。それとも以前から本音はこうだった? 男たちも言っていた。

「マオとだったらいっぺんは寝たかったな」
「寝るだけでいいのか?」
「それ以外になにがあるんだよ。寝たいだけだよ」
「俺はマオとだったら結婚したいよ」
「物好きだな。あんな……」

 公衆……とその男が言いかけたとき、マオが来たよ、と誰かが囁いた。途端に皆が駆け寄っていき、マオ、マオ、マオ、と呼びかけて歓迎の言葉を口にする。マオはいつもの面倒そうな表情で、おっす、よぉ、などと挨拶している。虚飾の宴……亜湖の脳裏にはそんな言葉が浮かんでいた。

次は「く」です。








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FSソングライティング物語「鳥の歌」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ


「鳥の歌」

 六百年も前のフランスに、ジャヌカンというシャンソンシンガーソングライターがいた。シャンソンというと我々の大学の先輩である金子将一さんの得意分野なので、彼が教えてくれたのだ。

「この歌は珠玉の擬声シャンソンだなんて言われてるんだな。俺の声だけではこれはちょっと無理かとも思う。女性ヴォーカルグループにバックコーラスをつけてもらったらどうかな、と考えていて思いついた。三沢幸生がいるじゃないか」
「俺ですか」
「そうだ、おまえだよ」
「フランス語でしょ? 英語だって中学生以下なのに、フランス語だと幼稚園以下ですよ。俺は外国語会話をしなくちゃいけないとなると無口になりますよ」
「会話じゃないんだ。おまえの担当はここだよ」
 
 と言われて見せられた詞は、日本語だったので読んでみた。

「エ・ファリラリロン エ・ファリラリロン
 フェルリ ジョリジョリ
 フェルリルリ ティティティ
 ピティ ピティ
 シュティ トゥイトゥィ
 テュディー クディテュ
 フリアン タルタルタルタル テュー
 キララ コキコキ キララ
 フィフィ ウィーウィー テオテオ
 キオ キオ キオキオ ヴェルシー
 トゥルルル オワティ
 クックー ククックー クックックー」

 なるほど、鳥だ。

「なんの鳥なんでしょうね」
「なんの鳥でもいいんだよ。彼には鳥の歌がこう聞こえていたんだ。おまえはオノマトペーが上手だろ」
「オノマ?」
「いわゆる声帯模写だよ」
「……はい、上手なはずです」
「それは本橋の声で言ったんだな」
「わかります? じゃ、今のは?」
「乾の声だな。次は木村かな」
「……お見それしました」
「俺の声だろ」

 シンガーなのだから耳がいいのは当然だろう。次々に言い当てられて悔しくなったので、金子さんの知らない人物の声帯模写もやってみた。それですらも半分は当たる。ヤマ勘だけどな、などと笑いながら、うちの親父や乾さんのお父さんのもの真似までをも当ててしまった。

「乾の親父さんとだったら、そう何度も会ったわけじゃないんだろ。おまえのその能力はたいしたもんだよ。じゃあ、頼んだ」
「えと? これを覚えて完璧に歌えるようになって、金子さんのレコーディングでバックコーラスを務めればいいんですね。えーっと、やっぱり声も使い分けないといけないんですよね」
「それぞれの鳥の声にマッチするように、何色でも使い分けてくれ」
「男の色? あれって「だんしょく」とも読むし、「なんしょく」とも読むんですよね」
「そっちじゃなくて何種類もの色だよ。解釈はおまえにまかせる」
「うへ」

 解釈はおまえにまかせる、と言われると、先輩にテストされるみたいな気分だ。大学合唱部では在籍がかぶっていない、四つ年上の大先輩には卑屈になりそうになる。そんな気持ちを励まして闘志を掻き立ててみた。

 ガキのころから歌うのと喋るのは大好きだったから、小鳥と一緒に歌ったり、小鳥とお喋りだってしていた。人間が相手だとうるさがられる場合もあるが、小鳥は俺のお喋りをいつまでだって聴いてくれて、歌声で応えてくれる。時には無視して飛んでいってしまう。綺麗な声の小鳥さんは、気まぐれに優しい女の子のようだった。

 だから俺は小鳥が好き。鳥の性別はわからないので、出会った鳥はすべて女の子だと思うことにしている。古来から人間は鳥の鳴き声を鳥の「歌」だとして、自分たちも鳥をテーマにした歌をいっぱい作ってきた。俺もものごころついたころから、そんな歌をいくつも歌ってきた。

 フォレストシンガーズの三沢幸生としてデビューしてからだって、俺の書いた詞には「小鳥さん」が出てきたりもする。失恋した哀しみを小鳥さんに聴いてもらって、小鳥さんと歌を歌う、そんな歌詞もあった。

「よし、鳥の声の勉強をしよう」

 鳥は好きだが、知識は乏しい。日本野鳥の会あたりに所属している山ガールだか森ガールだか鳥ガールだかが同行して教えてくれたらいいのだが、高確率でおじさんかおじいさんが同行してくれそうだ。そんならひとりのほうがいい。ひとりで鳥さんたちとお喋りに行こう。

 休日にハイキング支度をして深くはない森に出かけていった。我々の大学合唱部に伝わる組曲「森の静寂と喧騒」を思い出す。シンガーになってから面識のできたクラシック作曲家、真鍋草太先生の作品だ。ここにも小鳥の鳴き声がふんだんに使われていた。

 上質なテナーシンガーがいないとステージに上げられない難曲ということで、合唱部でもめったにコンサートでは歌われてこなかった。そんな曲を俺が一年生の年の男子部キャプテン、渡辺さんが一年生中心に歌わせたいと野望を抱いたのは、木村章と三沢幸生がいたからだったのだ。

 驚異のハイトーンヴォイス、ヘヴィメタシャウトが持ち味だからクラシック系には合わないかと思われがちだが、章の歌の才能は特異なものなのだろう。ロックじゃないのか、つまんねえ、とぶちぶち言うわりには、ド演歌だって「第九」だって高水準で歌いこなす。

 三沢幸生のほうは七色の声の持ち主なのだから、鳥の声だってお手のものだ。
 本橋さんと乾さんにとっては、一年生のときに高倉キャプテンと出会ったのが転機だったらしいが、俺にとっても渡辺さんとの出会いが、歌で生きていきたいと思わせた第一歩だったのかもしれない。

 シゲさんは中学生のときからの合唱部育ち。章も中学生のときからのロックキッズ。なのだから、彼らのほうが歌に傾倒した時期は早かったのだが、ああやって大学で出会った五人が、今ではこうやって歌でメシを食わせてもらっている。音楽の神が俺たちを選んだんだよね。

 なんてことも考えながら、森の中に入っていく。初夏の森は緑いろ濃く、鼻孔にも緑の匂いが流れ込んでくる。むせかえりそうな植物の匂い、見上げれば木漏れ日がきらきら。美少女の姿をした妖精があらわれそうな錯覚が起きる。

「ニンフちゃん、フェアリーちゃん、出ておいで。妖精ってのがいないんだったら猫でもいいよ……いないか……出てこないか。出てこられても困るからいいんだけどね」

 口を閉じて耳を澄ませると、小鳥の声だったら聴こえてきた。春から初夏にかけて、森で見られる鳥、インターネットで調べてきた鳥があの声で鳴いているのか。アオバト、イワツバメ、オオルリ、カイツブリ、カッコウ、キビタキ、クロツグミ、コサメビタキ、コムクドリ、アカハラ、それからそれから、なんだっけ?

 ピピピピー ピーヒョロロ
 ギュクククク キュキュー
 キューヒョヒョー ピーキョキョー
 クックルクー クゥクゥクゥ
 ピヨピヨピピー コココッコッ

 細い声や高い声、太い声も濁った声もある。金子さんが教えてくれたところによると、鳥は全種類が異なる声をしているのだそうだ。猫の鳴き声にだって個体差はあるけれど、そんなものは聞き取れない人間も多い。鳥の声は知識の乏しい俺にだって、あ、別の鳥だ。なにかの鳥となにかの鳥がデュエットしてる、喧嘩してたりするのかな? 程度にはわかる。

 初夏の森はこんなにも歌の宝庫だったんだね。鳥ばかりではなく、木々もざわめいている。小川のせせらぎも歌っている。木漏れ日がダンスしている。リスが鳴いていたりもする。こうして真剣な気分で森に身を置いてみて、真鍋先生のあの曲が実感できた。

「じゃあ、俺も歌っていい? どうやら鳥は女の子ばかりじゃないってことも実感できたから、混声大合唱だね。みんなでなにを歌う? ええ? なんだって? 一斉にさえずらないで。ひとりずつ発言して下さい。んんん……?」

 ぴいっ、くくっ、ちぃー、りりっ、なんて言ってる鳥語を判読するには修行不足だ。だったら俺が勝手に決めよう。金子さんがくれた「鳥の歌」の日本語楽譜は覚えてしまったので、歌ってみる。小鳥たちがコーラスしてくれる。俺もこの小鳥たちに遜色ないバックコーラスをつけてみせよう。金子さんに、さすが三沢幸生、参った!! と言わせてみせるんだ。

END









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FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2017/9

forestsingers

フォレストシンガーズ

超ショートストーリィ


 小川に沿って歩いていく。上流から下流へと、小さくて細い川は秋のはじめの風の中を、静かに流れていく。春の小川はさらさらゆくよ、だけど、初秋の小川はどんな音を立てて流れるのだろう。みんなだったらどう表現しますか? と繁之が尋ねようとしたら、隆也が言った。

「濁れる水のながれつつ澄む」
「それ、俳句なんですか?」
「これも俳句だよ。山頭火の自由律俳句だ」

 五七五ではなく、季語もなさそうでも俳句なのか。繁之には不思議な感覚だった。

 けれど、濁った水が流れつつ澄むって、こうして小川のほとりを歩いているせいか、含蓄深い言葉のように思える。秋の小川がどんな音を立てて流れるのかよりも、この俳句の意味のほうが重要になってきて、繁之はなおも歩を進めながら考えていた。

 考えるのはむずかしい。俺の頭では考えがまとまらない。
 でも、先輩に頼ってばかりではいけない。自分で考えなくちゃ。そうすれば考えも澄んでくるかもしれない。この俳句にはそんな意味もあるのかな。あるかもしれない、よな?

END

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FS食べもの物語「アップルパイ」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

食べ物物語

「アップルパイ」

 無人販売所のりんごをふたつパクって歩き出す。行く手にガキがいて睨んでいたが、無視して歩いていった。

「瑠璃、ワンマンライヴ決定!!
 ○○市民ホール、来る十二月十日来場決定!!」

 でかでかと文字が躍っているポスター。瑠璃、おまえ、ドサ回りやってるんだ。こんな田舎でコンサートやって、じいさんやばあさんが聴きにくるのか? 瑠璃はロックシンガーじゃなかったっけ? 演歌歌手に転向したのか? 落ちぶれたもんだね。

 ろくろく学校にも行かないで遊び歩いていた十代のころ、瑠璃と博人は恋人同士だった。
 
「俺、歌手になりたいんだ。歌手になるためには学校なんかいらないだろ」
「ヒロだったら歌もうまいし、顔もいいからきっとなれるよね」
「フォレストシンガーズって知ってるか?」
「知ってるけど……グループだよね」
「そうだよ。その中の乾隆也って奴、俺と声が似てるんだ。瑠璃はよく知らないんだったら、いっぺんコンサートに行ってみるか」
「うん、行く行く」

 当時のフォレストシンガーズはまったく売れてはいなかったから、横浜でのライヴチケットは簡単に買えた。売れてはいないといっても、徐々に人気が出てきていたようで、ライヴが終わったあとに通用口に行ってみると、出待ちのファンがたむろしていた。

「……女ばっかだ」
「まあそうだろ」
「ヒロも待ってるの?」
「ちょっとだけ待とうよ」

 女のファンたちが群れている場所からやや離れて、瑠璃と博人もフォレストシンガーズの誰かが顔を出すのを待っていた。瑠璃は乗り気ではなかったようだが、博人につきあってくれていた。

 小一時間後、出てきたのは博人お目当ての乾隆也。彼はファンにサインをしてあげていて、博人も近づいていこうとした。邪魔な女たちをかき分けて前に進んでいたら、乾に咎められたのだ。そこの坊や、女性に荒っぽいふるまいをするんじゃないよ。

 無視して進もうとしていたら、ガードマンがあらわれて引っ張っていかれてほっぽり出された。はらはらしていたらしき瑠璃が言った。

「ヒロ、大丈夫?」
「大丈夫じゃねえよっ!! なーにが女性たちだ。女ばっかひいきしやがってよ。ブスばばあばっかじゃねえか」
「八つ当たり」
「うるせえんだ」

 あの一件のせいで瑠璃とは別れてしまった。
 別れたって女には不自由しないのだし、瑠璃には未練もなかったのだが、あるとき、博人は見てしまった。

「近々にはブレイクの予感。
 瑠璃のミニアルバムが発売されます。みなさん、買ってね」

 ん? 瑠璃? こんな名前は珍しくないよな。
 歌手になる予定が未定のままで、高校を卒業してもフリーターにしかなれずにいる博人は、金に余裕があれば音楽雑誌を買う。余裕がなくても立ち読みしたいのだが、行きつけのコンビニでは読ませてもらえない。久しぶりで買った音楽雑誌にそんな記事が掲載されていた。

 姉のパソコンを借りて検索してみたら、瑠璃の写真があらわれてきた。大人びて綺麗になっていたが、その写真はまぎれもなく瑠璃。博人に恋してむこうから告白してきて、博人だったら歌手になれる、応援してあげる、と言っていた瑠璃だった。

「おまえが歌手になったの? 歌手になりたいなんて言ってなかったじゃんよ。嘘つき」

 ずるいずるいずるい、博人の胸はその感情ばかりに支配された。
 が、ロックシンガー瑠璃はブレイクするようにもなく、テレビに出るようなこともない。歌手になるだけなったって売れなきゃ意味ないよな、とせせら笑って、博人は安心していた。

 安心してフリーターを続け、博人も二十歳を過ぎた。ひとつ年下の瑠璃ももう十九か。若くもないんだから、これから売れるってこともないだろうな。瑠璃、歌手なんかやめたら? と笑っていたのだが。

「バンドを結成されたんですってね」
「そうなんですよ。不良おじさんズです」
「defective boys……ボーイなんですよね」

 名前だけは博人も知っている、ドラマーの一柳というおじさんのインタビュー記事を、例の音楽雑誌で読んでしまった。

「ボーイのなれのはてのおじさんですからね」
「ヴォーカルは女性だとか?」
「ええ。シンガーの瑠璃ちゃんに歌ってもらいます」

 この瑠璃もあの瑠理か? 嘘だろ、と思ったのだが、あの瑠璃だった。
 ベテランスタジオミュージシャンたちが結成したお遊びバンドとはいえ、実力は申し分ない。マニアックなファンから初心者までに人気が出て、瑠璃も一躍人気者になった。

「瑠璃は俺の娘みたいなものなんだから、手を出すなよ」
「やだ、そんなこと言ったら瑠璃は嫁かず後家になっちゃうじゃん」
「瑠璃、それは差別用語だぞ」
「きゃあ、失言、ごめんなさい」

 おじさんたちとじゃれて可愛がられている瑠璃を見て、猛然と嫉妬したが、博人には瑠璃に対抗する手段の持ち合わせはなかった。

「瑠璃、ラヴラヴボーイズのポンと深夜のデート」
「瑠璃、レイラのレイとお忍び旅行」
「瑠璃、ギタリストの泉沢達巳と焼き肉デート」

 そのようなスキャンダルも頻発するようになり、恋多き美女との浮名も流すようになった瑠璃は、defective boysから離れて独り立ちしていった。

「けど、こんなところにドサ回りだろ。たいしたことないね」

 強がりだとはわかっている。歌手になりたかった博人はそのあてもなくくすぶっているのに、瑠璃はスターになってしまった。フォレストシンガーズの三沢幸生とデュエットしたシングル曲を発売するとの話を聞くと、俺はフォレストシンガーズのせいで瑠璃と別れる羽目になったんだ、との逆恨みも起きる。

「あんたはいつまでフリーターなんかやってるの?」
「夢をかなえるためだよ」
「夢ってなんの?」
「うるせえな。母ちゃんには関係ねえだろ」

 昨夜も母ともめていたら、姉が冷やかに言った。

「歌手になりたいって言ってたのはあたしは知ってるよ。だけど、そのための努力なんかしてないでしょ? 路上ライヴでもやったらいいじゃない」
「そんなのやったら、警察に引っ張られるよ」
「オーディションに応募するとか、デモテープを送るとかって手もあるんじゃないの?」
「やったって無駄だよ」

 オーディションを受けようと応募したことはあるが、書類選考で不合格になった。もしかしたらフォレストシンガーズが邪魔をしたのではないかと思ったが、証拠もないので泣き寝入りするしかなく、それっきり応募するつもりもなくなってしまった。

「だったら、言ってるだけ?」
「姉ちゃんにも関係ねえだろ」
「関係あるんだよ」
 
 目が据わって怖い顔になった姉が迫ってきた。

「あたし、会社に好きなひとがいるの。彼に告白してつきあうようにはなったんだ。一年ほどたつから結婚したいってほのめかしたら、言われたんだよ」

 弟がフリーターなんだろ。うーん、そいつがひっかかるな。そのまんまニートになられて、将来俺たちが面倒見なくちゃならなくならない? 俺はきみと結婚するのはいやじゃないけど、そんな弟がいるんじゃな、だったのだそうだ。

「あんたのせいで、あたしが結婚できないかもしれないんだよ」
「馬鹿じゃねえのか。俺のせいじゃなくて、姉ちゃんがブスであばずれだからだろ。姉ちゃんみたいな女は遊びだったらいいけど結婚したくないから、俺を口実にされてるだけだよ」

 憤怒の形相になった姉に殴られそうになり、よけたついでに姉を蹴飛ばして、母に泣かれた。姉が組み付いてきたので振り払って、昨夜のうちに家を出た。
 家出をしても行くあてもなく、有り金も乏しいので各駅停車の電車に乗って、終着駅で降りた。駅前はそこそこ賑やかだったが、すこし歩くと畑ばかりだ。こんな田舎に瑠璃が来るのか。おまえもたいしたことないね。

 資金がきわめて乏しいので、朝食はかっぱらったりんごだけ。こんなものでは足りなくて、どうしようかと思案していたら、ネットカフェを発見した。

 バイトの給料をおろしてきたのと、時々姉のパソコンを借りてネットなどをするので、データを保存してあるSDカード。それは大事に持ってきた。瑠璃に対抗する手段……たったひとつ、あるのだが。そんなことをしたらとばっちりがあるのでは? とも思う。

 ネットカフェのパソコンに、SDカードを差し込んでみる。動画があらわれてくる。瑠璃と恋人同士だったころにジョークで撮影した、ホテルの部屋でのワンシーンだ。

「ヒロ、なにやってんの? やだ、撮るなよ」
「いい記念になるだろ」
「やめてってば」

 やめてと言いながらも瑠璃も面白がっていて、煙草をふかしたり脱いだ下着をこちらに投げてきたりしてけらけら笑っている。瑠璃のヌードが一瞬写り、動画は終了した。

 これをネットで公開して拡散させるってことはできる。瑠璃は未成年なのだから、喫煙だけでも問題になるだろう。博人の姿は写り込んでいず、瑠璃、おっぱい見せて、などと言っている声だけが入っている。瑠璃は本名なので、顔と名前で見た者にはあの瑠璃だとわかるだろう。

「でもな、そこまで……」

 堕ちたくはないかな、と博人は思う。
 ひとつは食べてしまったが、もうひとつのりんごを取り出してパソコンの横に置いた。りんご、りんご、おまえは毒りんご?

 夢を見ていられて幸せだったころ、夢はかなうと信じていられたころ、この動画と同時期に、瑠璃の家に遊びにいった。両親は留守だからおいでよ、あたしが夕飯を作ってあげると瑠璃は言い、そのくせ、料理を失敗してどれも食べられるしろものではなかった。

「ひでぇ、そんなんじゃおまえと結婚できないな」
「結婚する気なんかないくせにさ……あ、そうだ。アップルパイがあるよ。これは時間がかかるから、昨夜作ったの。ヒロが来てくれたらデザートに出そうと思ってたんだ」
「デザートだけかよ」
「ごめんね」

 ぺろっと舌を出した、素直で可愛かった瑠璃の顔。俺はたしかにおまえが好きだった。
 りんごを見ていると、あのときのアップルパイの味が思い出される。パソコンの横のりんごは、博人の悪だくみを止めようとしているのか。そこまでしたらいけないよ、と言いたいのかどうか。博人にはわからなかった。

END







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FS超ショートストーリィ・四季のうた・幸生「夏の馬」

番外編

フォレストシンガーズ

四季のうた超ショートストーリィ

「夏の馬」

 マ、今年の夏シリーズは全部「マ」でしたね。
 他の読み方をする漢字もあったけど、「マ」とも読めます。

 フォレストシンガーズ小説は超ショートから長めのNOVELや番外編までありまして、このブログも長くなってくるにつれて、初期とは様相を変えているのです。

 ブログスタート当初は、フォレストシンガーズの小説をひとりでもいいからどなたかに読んでもらいたい一心でした。小説1から開始して、そのうちには訪問して下さる方もできて、その方々の助言もあって気づいたのですね。

 書物で読めば短編でも、こうしてPCやスマホで読む場合、空白の少ない長い文章はたいへんに読みにくい。
 
 事実、よそさまの小説ブログでも、よく知らない方の作品だと長いのは敬遠して、まずはショートストーリィを読ませてもらう。長いのは連載という形になさっている方が大半だ。
 私のブログもすこし読んで下さっても、飽きられるのも早い。

 ということで、ショートストーリィ、超ショートストーリィを充実させていくことにしました。
 加えて、フォレストシンガーズ以外の小説もどんどん載せていこうと。

 雑記のたぐいはこちらにありますので、「茜いろの森」はほぼ全部が小説です。
 んで、長いのは読んでもらえなくてもいいつもりで、自己満足のつもりで。

 番外編とforestsingersカテゴリは超ショートストーリィ、と決めてからでも数年。やはりこのカテゴリを読んで下さる方がもっとも多いようで、まことにありがとうございます。
 多いとはいっても辺境の小さな秘湯ですので、novelなどと比較して、ですけど。

 超ショート、四季のうた、は「春の雨」「夏の朝」「秋の月」「冬の猫」というように、季節の○←一文字の漢字。原則、その形でタイトルをつけています。

 全部が動物だった季節もありましたが、今夏は「マ」。
 さて最後の「マ」は、あれれ? 先にタイトルを出してますね。

****** ***** *****

 なんだか知らないけど、うだうだと説明してる奴がいましたね。奴って……僕らのママでした。ママ、ごめんね。

 みなさま、お待たせしました。ここまでは著者がうだうだ言ってたんですけど、ここからはみなさまお待ちかねのユキちゃんですよぉ。待ってないなんて、そんなに褒めないで。僕、照れちゃうわ。

 高原でひとり、俺は口笛を吹く。ミルクいろの靄が流れて、幻想的な景色だ。ミルクいろの靄の中を動くものがある。闇夜に蠢く黒猫は黒と黒だが、これは白に白。なんだろう。俺は口笛の形に口を開いたままで、目を凝らす。

「……ああ、そっか」

 そうだよな、タイトルに合わせないといけないもんな。
 そうとわかっちゃいるけど、白い景色の中の白馬には見とれてしまう。純白の馬にまたがって、どこか遠いところへ行ってしまいたくなるような。

「俺がいなくなったら、全世界の女性が哀しむから駄目。うん、しかし、この手法って二度と使えないだろうな。一回くらいいいかな。ね、白馬さん?」

END










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FS食べもの物語「宇都宮餃子」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

食べ物物語

「宇都宮餃子」

1

 ジャパニーズロックフェスティバル。とはいっても、近頃流行のロックではなく懐メロだ。一昨年に岡山で初開催され、かつてはロック少年やロック少女だった人々に人気を博した。現役の若者の間でもそこそこ話題になり、気を良くした主催者が二度、三度と開催するようになった。

「木村くん、またやろうや」
「あ、またやるんですか。ぜひ」
「次は栃木県の分に、俺たちも出るんだよ」

 初回の岡山公演の際に、木村章はベテランスタジオミュージシャンたちのバンドでヴォーカルをつとめた。あれから幾度かフェスティバルは開催されているが、彼らもそう毎回は集まれないのだろう。ドラマーの一柳が誘ってくれたので、章もスケジュールを合わせた。

 栃木県は宇都宮市、フォレストシンガーズのマネージャーである山田美江子の出身地だ。若いころには章はちょっとひがんでいたことがある。

「あれ、うまかったよなぁ」
「あれってなんだ?」
「宇都宮に来ると思い出す、美江子さんお手製の……」
「ああ、宇都宮名物だな」
「美江子さんのお母さん特製のタレもうまいんだ」
「あ、あれ、また食いたくなってきましたよ」
「あれってなんだよ?」

 行けばわかるよ、と連れていかれたのは餃子の店。アマチュアフォレストシンガーズ時代には、この土地出身の美江子がたびたび手製の餃子をふるまってくれたのだそうだ。

 大学を中退して一時は彼らとは遠ざかっていた章がフォレストシンガーズに加わり、プロになってからも、美江子は餃子を作ってくれる。美江子の母が送ってくれたという特製のタレは、美江子が本橋と結婚してからもふたりのマンションの冷蔵庫に入っている。

 みんなとは立場が違うから、とひがんでいたあのころ。餃子と聞くと思い出す。宇都宮の餃子は章にだけは、ひねくれ気分の味がしそうだ。


2

 単独仕事は数年前から増えてきている。章がフォレストシンガーズのメンバーとなってから初に、別にロックバンドを組んでライヴをやると言い出したときには、三沢幸生は複雑な気分になったものだ。

 まったくもぅ、章ってほんとにロックが好きなんだな。
 ほんとはフォレストシンガーズを脱退して、ロックバンドやりたいんじゃないの? などと思ったが、今ではもうそこまでは思わない。

 ベテランスタジオミュージシャンたちが章に歌ってほしいと依頼してくるのだから、彼のロックヴォーカリストとしての実力はたいしたものなのだ。

「ユキちゃん、一柳のおじさんたちのロック、聴きにいかない? 暇はない?」
「瑠璃ちゃんは行くの? そしたら行こうかな」

 その日は幸生にも仕事があったが、宇都宮ならば夜にライヴを聴きにいき、とんぼ帰りしてくるのは可能だ。瑠璃の乗ったタクシーが幸生の仕事場に迎えにきてくれた。

 ロックヴォーカリストとしてデビューしたものの、売れずにいた瑠璃を抜擢してくれたのが一柳。彼が仲間たちと結成した「defective boys」のヴォーカルとしてCDを出しているうちに、瑠璃も人気者になった。瑠璃はフォレストシンガーズ全員になついていたし、幸生も彼女と仕事をしたことが何度もあった。

 女は大好き、若い女はとりわけ大好き、な幸生ではあるが、瑠璃ほど若いと少々気が引ける。こうしてタクシーの後部座席で隣り合わせですわっているだけで十分だった。

「餃子食べたいな」
「瑠璃ちゃんも宇都宮ってーと餃子を連想するんだね」
「ライヴまでに時間あるから食べたいけど……」
「周りのお客さんに迷惑でしょ」
「言えてるよね」

 おススメの店、ありますよ、と運転手。だったら、と幸生は言った。

「ライヴが終わったらこのタクシーで迎えに来て下さいよ。三人で餃子食ったら誰にも迷惑はかからないでしょ」
「それ、いいですね。私も嬉しいですよ。東京まで往復の仕事なんてめったにないですから」
「うんうん、毒食らわば皿までだね」
「瑠璃ちゃん、それちがうけど……」

 餃子を食べたあとの匂いは、周囲の人々には毒にも近い。瑠璃と共犯者になるみたいな、運転手は邪魔みたいな……瑠璃が幸生を見てうふっと笑う。残念、きみがもうちょっと大人か、俺がもうちょっと若かったらね。


3

「おまえが作ったのか? こんなの食ったら腹をこわさないかな」

 失礼な台詞を吐いて山田に蹴られそうになり、飛びのいたら乾隆也に首を抱え込まれて頭を殴られた。山田美江子が料理が得意なのは知っていたが、それでもいつだって悪口ばかり言い、乾に怒られたっけ。

 想い出に変わると甘ずっぱい、学生時代。
 大学に入学して知り合い、乾と山田と本橋真次郎、三人でずーっと仲良くしていた。友人たちのみならず、真次郎の母親までが、山田さんってカノジョなんでしょ? と言いたがった。

 ことごとく否定してきたその関係が事実になって、カノジョを飛び越えて妻になってしまった。こいつと結婚するなんて、学生時代の俺が知ったら怒るんじゃないかな? と真次郎は思う。

「宇都宮の餃子っていうと、うちの母か私の作ったのがうちでは定番でしょ」
「そうだよな」
「章くんに頼んで、宇都宮ではいちばんおいしいって弟たちが言ってる店の餃子、買ってきてもらうの」
「そんな頼み、よく章が引き受けたな。脅迫でもしたのか」
「なんの脅迫よ? 人聞き悪いね」

 朝の光の中、妻が怒り顔で笑っている。
 今日は幸生と本庄繁之と隆也は仕事だが、真次郎と章は休日だ。章がロックフェスティバルに出たいというので、フォレストシンガーズの仕事はスケジュールからはずした。

「その餃子、通信販売はやってないのか」
「やっていないみたいよ。冷凍のも作ってないの」
「そしたら、俺たちも食いにいこうか」
「え? 今から行くの? そうだね。行こうか」

 素直じゃないね、章くんのステージを聴きにいくって言えば? 美江子の目がそう言っている。彼女の立場ならばジャパニーズロックフェスの当日券は手に入れられるだろう。ソールドアウトはしていないらしいのだから。


4

 午前中に雑誌の撮影が終了した隆也は、近くのカフェに行ってみまた。繁之がその店ででインタビューを受けているのを知っていたからこそだったのだが、うまい具合に彼の仕事も終わったようだ。

「お疲れさん。昼メシか?」
「そうなんですよ。あの、乾さん、仕事は終わりました?」
「終わったよ。シゲはこのあとは予定は?」
「えーっと……実は……」

 ピラフとポークチョップの皿を並べて昼食中の繁之がポケットを探り、隆也も同様にする。ふたりのポケットから出てきたのは同じものだった。

「予定通りに終わるかどうか微妙だったから、買うのは躊躇したんだけどさ……」
「俺もですよ。今からだったら余裕で間に合いますよね。乾さんもなにか食います?」
「俺はむこうで餃子を……あ、そっか、ライヴホールでいやがられるな。餃子は終わってからのお楽しみにして、サンドイッチでも頼むよ」

 長年グループをやっていると、考えることが似てくるのかもしれない。
 宇都宮で開催されるジャパニーズロックフェスティバルのチケットが二枚、テーブルの上に仲良く並んでいた。

END






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FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2017/8

forestsingers

2017/8

 細くて長い脚……サイズとしては長くもないけれど、身長のわりには長いじゃん?
 そんな僕の脚にからみつく、ごつごつした毛深い脚を想う。それって山鳥のしだり尾? 自由で身勝手なケイさんを山鳥にたとえるのは、ふさわしい気もする。

 本当に長いケイさんの脚を想いながら、長々しい夜にひとり。
 山鳥が呼んでくれないだろうか。哲司、と僕の名を呼んで、それ以上はなにも言わずにかたわらに長く伸びてくれないだろうか。

 ケイさんがいないんだからやむなく、ひとりかもネム。
 かも寝むって意味不明だけど、山鳥がいないんだったらひとりはつまらないから、鴨と寝るとか? でも、鴨もいないから仕方なく、ネムネムネム……。

「あしびきの山鳥の尾のしだり尾の長ながし夜をひとりかも寝む」柿本人麻呂

 俳句だの短歌だのが大好きな、乾さんが教えてくれた昔の恋歌。短歌なんかどうでもいいから、乾さん、鴨になってよ。

TETSUSHI/真夏の夜に


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FS食べもの物語「天むす」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

食べ物物語

「天むす」

 エビの天ぷらを中に入れて作ったおむすびを「天むす」という。発祥は三重県だとか岐阜県だとか諸説あるが、現在では名古屋名物とされていた。

「だからって、なんで天むす……」
「テン、ムー、スーって……」
「サイアク……」

 三人で顔を見合わせてから、天を仰いで嘆いた。

 親のつけてくれた名前はもちろんあるが、子どもをターゲットにしたアイドルグループ、名古屋出身の「天むす」の三人は、愛称がテン、ムー、スー。三人ともに教育テレビの子供番組でデビューしたので、子どもたちには見覚えもあって親しみを感じたのだろう。デビューしたらじきに人気者になった。

 本名は典子、ニックネームがテンちゃんだったので、「テン」は本人にも親しみがあっていやではない。スーとムーは本名とはかけ離れた愛称だが、本人たちもなじんできたようだ。

「おはようございまーす」
「よろしくお願いしまーす」
「わー、いい匂い」

 名古屋出身なのだから、名古屋でもっとも人気があるのも当然かもしれない。このたびは天むすが、名古屋に本社のある食品メーカーの、ダイエットラーメンのCMキャラとして起用された。

「はじめまして。営業担任責任者の本庄です」

 もらった名刺には、プロジェクト担当課長、本庄希恵とある。ほんじょうきえ、とひらがなも振ってあった。
 三十代だろうか。この年の女性で課長って、かしこいんだろうな、とテンは思う。同時に、かしこいかもしれないけど脚太いし、ブスだよね、とも心で言っていた。

 小学校に入学すると、母の趣味でテンは児童劇団に入った。顔が可愛かったのもあり、学校ではかなり勉強ができたのもあって、テレビの子供向け番組に出るようになったのだ。あれから十年、高校生になったテンは勉強はほとんどしないが、頭はいいと自覚している。美人で秀才、あたしは最強。

 子ども番組出身という共通点から、大人たちの思惑に従って結成されて売り出されたグループだ。表面上は親しくしているが、典子は他のふたりなどは歯牙にもかけていない。あたしのほうが上、あたしが最強。

 ダイエットラーメンのCMに起用されたのは、ムーとスーがややぽっちゃり体型だからだろう。テンはスリムで長身だが、子どもたちはモデル体型のテンよりもぽっちゃりお姉さんのほうに親しみを覚える傾向にある。典子としては天むすなんて大人のタレントになる前の通過点にすぎないのだから、子どもに人気などなくてもよかった。事実、テンちゃんいいね、という声は大人の男性たちからあがっているらしい。

「うん、よし、私もつきあってあげよう」

 若いOLに扮したテンが、職場の給湯室でカップラーメンを作っている。テンは太目のスーとムーのためにダイエットラーメンを選び、自分もそれを食べるという設定だった。

「おいしいね、これってダイエット麺なの?」
「これだったら続きそう。これからはずっとランチはこれにしよう!!」
「いろんな味があるから、全種類買ってきたんだよ」
「テンちゃん、気が利くぅ」

 スムーズに撮影を終えると、リアルでのランチタイムになった。名古屋AK食品の製品、今回のカップラーメンや冷凍食品やインスタント食品などがテーブルに並び、天むすの三人もそれらで食事を摂ることになった。

「テンちゃんの意地悪ぶりが出てるCMだよね」
「意地悪なの、あれ?」
「ムーちゃんってば天然? 意地悪じゃん」
「テンちゃが意地悪っていうよりも、会社のひとたちが意地悪なんじゃない?」
「広告代理店が意地悪なのかな」

 意地悪、意地悪を連発しながらも、ムーとスーは食欲旺盛だ。こんな安っぽいインスタント食品で太りたくないから、テンは冷凍おにぎりだけにした。

「えーっと、お食事中すみません」

 そこに入ってきたのは、本庄希恵の部下だと名乗った若い男。田中くんと呼ばれていた青年だった。

「本庄って名前で気づきませんでした?」
「なにに?」
「えーっと、スーさん? スーって名前もフォレストシンガーズに関わりがあるらしいんですよ」
「フォレストシンガーズ?」

 それがいったいなに? フォレストシンガーズというおじさんたちのヴォーカルグループがいるのは知っているが、なんの関わりがあるのだろう? 田中は楽しそうに続けた。

「本庄希恵さんは……っと、部外者の前で社内の人間をさん付けにすると怒られるんだけど、あなたたちにだったらいいよね。うちの課長、本庄希恵さんはフォレストシンガーズの本庄繁之さんのお姉さんなんですよ」

 ふーん、以外の感想は、典子には持ちようもなかった。

「それでね、課長がこのプロジェクトの責任者になったときに、僕は提案したんです。フォレストシンガーズにCMソングを作ってもらえないかなって。イメージじゃないんじゃない? って課長は言ったから、そしたら、本庄繁之さんのソロとか……とも言ったんですよね。そしたら、本庄さんは作詞や作曲ができないって。そんな歌手もいるんですね」
「私も作詞や作曲ってできないな。したらできるのかもしれないけど、やったことないし」

 冷淡に典子が応じ、田中は言った。

「あなたたちはアイドルでしょ。アイドルだったらできなくてもいいんだよ。フォレストシンガーズってシンガーソングライター集団だって言ってるのに、ソングライト……ソングライターができない人もいるんだなって。あ、課長には内緒ね」

 三人は曖昧に微笑んでうなずいた。

「だから、フォレストシンガーズにはCMソングは作ってもらえなかったんですよ。僕としては残念なんだけど、あなたたちは可愛いからいいよね。で、もうひとつ、いや、もうふたつ、大事な情報を手に入れた。そのためにサインしてくれない? 課長をびっくりさせたいってか、喜ばせたいってか、協力してくれないかな?」
「サインが大事な情報?」
「そうなんだ、なんと、本庄繁之さんの息子が、天むすの大ファンなんだって。本庄さんはあなたたちにサインをもらいに行きたくて、行きそびれてるらしいんだよ」

 なんと、ともったいつけるようなことだろうか。本庄と言われても、フォレストシンガーズの個々人の顔は知らない。本庄希恵の弟ならば、イケメンでもないだろうとしか思えなかった。

「もうひとつは?」
「スーって、木村章さんのモトカノの名前なんだって。すごいでしょ」

 どこが? と問い返すのも馬鹿馬鹿しくて、典子は田中が差し出した色紙にサインをした。仕事がらみで知り合った誰かにサインをねだられるのは日常茶飯事だ。

「ありがとう。もう一枚、書いてもらえる? これは僕の……」

 えへへと笑って、田中は尋ねた。

「うちのインスタント食品はけっこうおいしいでしょ。あなたたちはいつだって豪華なものばっかり食べてるんだろうから、たまには粗食もいいよね。あ、そうそう、僕が言ったことは全部、課長には内緒ね。これからも天むすのCD買うからね。コンサートがあったらチケットの便宜とかは……ああ、握手してもらっていいかな」

 ひとりで喋りまくっている田中に握手してやると、今日は手を洗わないでおこっと、とベタな台詞を残して、彼はようやく出ていった。

「それがどうした」

 ぽつっと呟いたムーのひとりごとに、今回ばかりは典子も大賛成だった。

「木村章のモトカノ、スーでーす」

 CMの仕事が終わると、天むすは地元のラジオに出演した。天むすの三人と名古屋では有名な男性DJが担当する番組である。早速、DJの馬原が突っ込んだ。

「フォレストシンガーズって?」
「馬原にぃ、知らないの?」
「知ってるけど、スーちゃんってフォレストシンガーズの木村章のモトカノ? 初耳だよ」
「うん、スーも初耳だった」
「……めちゃんこ意味不明でかんわ」

 彼もまた地元出身なので、定番の名古屋弁でしめくくった。
 なんのつもりだ、この女は? 典子はスーの真意を探ろうとしていた。フォレストシンガーズの木村章のモトカノ、スーという名と偶然、天むすのスーが一致しただけだ。それがなにかいいことにでもつながるのか? ならば、フォレストシンガーズつながりで、本庄繁之の息子があたしたちの大ファンなんだって、というのは?

 内緒にしろと田中は言ったが、本庄課長に告げ口するのではないからいいだろう。本庄さんちの坊やによろしく!! と言ってみようか。
 ただし、この放送は名古屋ローカルなので、フォレストシンガーズはおそらく聴いていない。そこが問題だ。

END








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174「頭が高い」

ショートストーリィ(しりとり小説)

しりとり小説

174「頭が高い」

 平凡ではない私に平凡な名前はふさわしくない。女ではあっても女っぽくはなく、さっぱりした気性は男のようなのだから、女の名前もふさわしくはない。かといって同人誌仲間のように、コータローだの良太だの敬助だの、男名前も名乗りたくない。

「綾小路ミツルさまって、誰よ、これ? まちがって届いたのかな?」
「あ、それ、私」
「誰が綾小路ミツル? あんたは小山満代でしょ」
「いいのっ」

 父親の名前をフルネームで、下に家族の名前を並べた表札の横に、「綾小路ミツル」と手書きで作った名刺を張り付けて、母に呆れられたりもした。

 中学生になると部活をしなくてはならないと校則で定められていた。やりたい部活などなくて、かったるいなぁ、と思っていたら、積極的なクラスメイトが同好会を作ると聞きつけた。

「一年生のくせに生意気だとも言われたけど、ボクは漫研がいいんだもん。だから、先生に交渉したの。先生が顧問もしてくれるって。満代も入らない?」
「漫画研究会だよね。入るっ!!」

 それまでは漫画が好きなだけの少女だった満代は、友人と相談してペンネームも決め、描くようにもなった。
 けれど、漫画を描く才能はなかったらしい。絵は下手ではなかったのだがストーリィが作れなくて、小説を書く友達に頼んで彼女の原作を漫画化してみたりしたのだが。

「やおいにしないでよ。私は男同士の恋愛は嫌いなんだから」
「遅れてるね。漫画の王道はやおいだよ」
「そうだそうだ。やおいのほうが人気が出るんだぜ」
「私はいやっ!!」

 かたくなな原作者だったので、その友人とは喧嘩別れしてしまった。

 漫画研究会を作ったほうの友人とは気が合って、長く続いていた。同じ高校に進学し、そこにはもとから漫研があったのでふたりして入部し、友人のほうは先輩に描いた漫画を褒められ、満代は描くに描けなくて友人にお願いした。

「ボクだって絵だったら描けるんだから、ソージのネタをひとつくれよ」
「やだよ。ボクが描くんだから」
「ケチ」
「ネタも自分で考えろよな」

 友人のペンネームはソージ、彼女は新選組マニアで、幕末の志士たちの男同士恋愛漫画を得意としていた。満代はミツル、ふたりともにボクと自称し、少年っぽい言葉で話すのが楽しかった。

「ソージは卒業したら美大に行きたいのか?」
「うーん、美大じゃなくて短大の保育科にしようかなって……」
「保育科? なんでだよ?」
「私の才能くらいじゃ、漫画家にも画家にもなれそうにない。ほんとに才能があったら、雑誌のコンテストに応募してる漫画がとっくに新人賞くらい受賞してるのよね。私よりも年下の子だって、デビューしてるんだもん」
「そんなことないよ。ソージは才能あるって」

 自分は漫画家にはなれそうにないから、せめて友達がプロになれたら……との想いから躍起になりつつ、満代は気づいた。

「私? ソージ、なんか女みたいじゃね?」
「私は女だもん。ソージなんて呼ぶのもやめて。彼に言われたんだ。満代とおまえは痛いって言われてるの知ってるか? 俺はおまえとつきあいたいけど、そんな痛い女だったら友達にも笑われる。ソージなんてのも痛すぎるよ。ボクもやめてくれ。本当のおまえに戻ってくれよって」
「そんで、つきあうの?」

 うなずいた友人の顔が憂いありげな大人の美女に見えて、満代は叫んだ。

「裏切り者!! 男なんか嫌いだって言ってたくせに!!」
「あれはもてない強がりだったのかもね。満代も高校生でいられるのはもうちょっとなんだから、将来のことを真面目に考えたほうがいいよ。彼も作ったら?」
「満代なんて呼ぶな。その名前は大嫌いだ!!」

 裏切り者とは絶交だ。満代は親友のつもりだった友達とはそこで縁を切った。

 なのだから、ソージがその後どうしたのかは知らない。性転換してその彼と結婚したのか。いや、もとから女なのだが、友人が女に戻ると聞くと不潔ったらしく感じて、性転換でもなんでもしろ、気分になったのだ。

 自覚はあったから、満代には美大や芸大進学は無理だとわかっていた。だったらデザイン専門学校にしよう。推薦入学のできる学校に入学すると、そこにもいっぷう変わった女の子が大勢いたので、むしろ拍子抜けしてしまった。高校のときにはボクって言ってたの? 私は男っぽい? そんなのフツーだね、と笑われた。

 まったく才能がなかったわけでもなく、無難に専門学校を卒業して小さなアパレルメーカーに就職した。
 デザイナーになったつもりでいたから、ペンネームのつもりでミツルとだけ名乗るようにもなった。

 流行りものにはアンテナを敏感にしておきたい。ファッションだけではなく風俗的なこともだ。ダイエット、クラブ、レストラン、酒、音楽、などなど。映画もテレビドラマも、興味のあるものがいっぱいで、漫画からは遠ざかっていく。活字を読むのは面倒だから、漫画の文字だってめんどくさくて読んでられないね、だった。

「泥棒猫っ!!」
「は? すっげぇレトロな言葉。そんなの死語じゃないの?」
「死語もなにもないでしょっ!!」

 不倫は文化だ、とどこかの有名人が言ったとテレビで見た。不倫だってトレンドのひとつだし、あたしは結婚なんかしたくもないんだから、彼氏は既婚者のほうがいいさ、軽い気持ちで妻子のある男とつきあっていた。彼がミツルのマンションに来ていたときに、妻が乗り込んできた。こんなにも激怒している妻を見て、ミツルはむしろびっくりしていた。

「奥さん、そんなに怒らないで。私も本気じゃないんだからさ。ああ、コウちゃん、奥さん怖いよ」

 そのときちょうど、彼はシャワーを浴びていた。ミツル、えーっと俺のシャツ……などと言いながら出てきた彼は、妻の姿を見て硬直していた。

「コウちゃんだって本気じゃないよね」
「あ、あああ、ああ、そうだよ。母さん、落ち着いて。本気のはずないだろ。まあ、いうなれば人助けだよ。この彼女、見ろよ。若いだけがとりえのデブだろ。もてないんだよ、全然。今どきの若い男は細い女が好きらしくて、あんなデブ、気持ち悪いとまで言うんだ。俺は別に太った女も嫌いじゃないし、遊ぶだけだったらいいかなって。それだけだよ。本気のはずないよ。うんうん、落ち着いて。母さん、帰ろうな」

 妻を母さんと呼ぶ男は、ミツルをほったらかして帰っていき、翌日には弁解しまくっていた。

「あの場ではああ言うしかないじゃないか。立場としては妻の座って強いんだよ。ミツルちゃんはうちの女房に慰謝料請求される恐れだってあるんだ。女房は興奮していたから落ち着かすためにああ言ったんだよ。でないと刃傷沙汰だってあり得たんだから」
「だったら私とのほうが本気? 奥さんと離婚して私と結婚するの?」
「ミツルちゃんって……そんなダサいこと言う女だったのか?」
「あ、そだね、嘘嘘。言ってみただけ」

 もっとも嫌悪したい女の台詞が口に出てしまった。そんな自分に嫌気がさしたのもあり、彼はまだ私には未練があるのだろうから、こっちから捨ててやろうと決めたのもあって別れた。

 私がもてないって? デブだから若い男に相手にされないって? 冗談じゃないんだよ。彼の言葉が癇に障ったものだから、もてると証明したくて男遊びをするようになった。ミツルちゃんはデブじゃなくてグラマーなんだろ、と言う男も次々にあらわれて、ほら見ろ、もてるじゃん。今のあたしに会ったら後悔するだろうな、とコウちゃんに舌を出していた。

 そしてこうして、ふと気づくと四十歳が目前に迫ってきている。

 いつのころからか、夜の街で男をナンパしても逃げられるようになった。遊ぶだけだったら大歓迎してくれた男たちが、おばあちゃん、家に帰って孫と遊んだら? などと言うようになった。そろそろ私も潮時か。婚活でもすっかな。そのつもりでずいぶんと久しぶりに書店に入ったのは、婚活特集をしている女性雑誌が目当てだった。

 女性雑誌の横には女性向け漫画本のコーナーがある。少女漫画もレディスコミックも、ミツルが夢中になっていたころと変わらぬ隆盛ぶりだ。小型で分厚い少女漫画誌を手に取ったのは、ソージ・土方という漫画家の名前が目についたから。中学から高校にかけて親友だと思っていたソージを思い出したからだ。

「今どきでもこんな名前、つけたがるんだね、新選組ってまだ流行ってるのかな」

 表紙だけを見て帰宅し、婚活特集の雑誌をぱらぱらめくる。婚活はインターネットを駆使したほうがいいということらしいので、ミツルも雑誌で勧めていた婚活サイトを見ることにした。

「三十歳をすぎると不利だ? 古いなぁ。男女差別だな。女性蔑視だな。抗議のメールを送ってやろうか」

 婚活の現実、というようなサイトもある。見ていると気が滅入ってきたので、書店で見たソージ・土方を検索してみた。

「ファンのみなさん、こんにちは。ソージです。
 私は中学生のときから変わってないみたい。ソージってペンネームもずーっと同じなんですよ。
 さすがに、中学生や高校生のときにボクって言ってたのはやめましたけどね。

 漫画は中学生のときから描いています。中学に入学して漫研を創立して、その漫研、ソージの母校だってことでけっこう人気なんだって。ソージ先生と同じ中学校に入って漫研にも入りたい、なんて言ってくれる女の子もいるらしいの。
 公立中学だから校区がちがったら無理だよ。そう言ってくれるのは嬉しいけど、ご両親を困らせたりしないでね。

 同じ趣味の友達がいて、ふたりで切磋琢磨もできました。
 名前、書いていいかな。ペンネームだからいいよね。ミツル、元気にしてる? あなたも結婚してお母さんになってるかな。
 会いたいな。もしもこれを読んでいたら連絡して。

 わたくしごとで失礼しました。さて。

 高校生になって彼ができて、おまえは痛いなんて言われて漫画から遠ざかろうとしたんだけど、やっぱり捨てられなかった。
 短大は保育科に進んで、保育士にもなったんだけど、それでも漫画は捨てられなかった。高校のときの彼とはすぐに別れて、保育士になってからできた彼と結婚して、毎日忙しかったけど、それでも漫画は捨てられなかった。

 保育士を続けながら、主婦として母としても働きながら、夜中に漫画を描いたりもしていました。
 そうやって苦節十五年、三十五歳にして新人漫画家としてデビューしたの。

 その後のことはファンのみなさんだったらごぞんじでしょう? 母として主婦としては永続するんだろうけど、保育士の仕事はやめて専業漫画家になれたのは、ファンのみなさまのおかげです。
 これからも応援してね」

 ソージ・土方のオフィシャルサイトには、ソージのプロフィルというページがあった。読んでいると中学、高校のときの友達を思い出す。彼女と酷似していて、なにやら吐き気までがしてきた。

 嘘だ、嘘。あのソージのはずがない。生年月日からすると私と同年で、知ってるひとは知ってるんだからいいよね、との但し書き付きで紹介されている中学校も高校も私と同じで、本人の写真には少女のころの面影がある。だけど、信じない。ミツルって私? 信じない。あり得ない。

 サイトに公開されたプロフィルの、ソージの若き日はすべて、ミツルの友人だった彼女と一致する。けれど、信じたくなかった。確認なんか、連絡なんかしたくなかった。

「もしもあんたに会うとしたら、婚活に成功してセレブなマダムになってからだな。見てろよ、ソージ、そうなって会ったら言ってやるんだ」

 あんたはたかが漫画家だろ。私は大金持ちの主婦だよ。結局は私の勝ちだね。頭が高い!! 控えろ!! って、言ってやるんだ。

次は「い」です。







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FS食べもの物語「ラーメン」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

食べ物物語

「ラーメン」

 スープをひと口すすった本橋が、ほっと息をつく。俺は麺をひと筋口に入れ、のびかけてるな、と感じる。夏休み明けの学食には学生の姿は少なく、まだ学校に出てきていない奴も大勢いるらしいと思われた。

「学食って久しぶりだな、うまいよな」
「……うまいか。うん、うまいかな」

 金沢の乾家では、料理は祖母が指揮をして家に住み込んでいる女性がこしらえるのがもっぱらだった。
 家に住み込んでるお姉さん? なんだそりゃ? と友達に不思議がられるので、そういうのは一般的ではないと知ったのだが、乾家は華道の家元だから、行儀見習いや修行のために、日本各地から名家のお嬢さまたちがやってきていたのだ。

 華道の家元は母の仕事で、父は和菓子屋のあるじ。ひとり息子の隆也の養育は祖母の仕事。祖母は家事をとりしきる家刀自でもあって、住み込んでいる女性たちの総監督でもあった。

「大奥さま、今夜はなにを……?」
「ブリの脂が乗ってきているころだから、照り焼きじゃなくて塩焼きにしましょうかね。大根を煮て、ほうれん草のゴマ汚しと、あとは卵を……」

 幼児のころには、食卓に出されたものは文句を言わずに全部食べる。食べ物についてあれこれ言うのは、男のすることじゃないからね、との祖母の教えを忠実に守っていた。

「ばあちゃん、僕、ラーメンが食べたいな」
「ラーメン?」
「うん。インスタントラーメンっておいしいんだって。とっくんが言ってたよ。僕も食べたいな」
「ラーメンなんて夕食にはならないし、インスタントなんて絶対に使いたくないね」
「カレーライスは?」
「それだったら土曜日のお昼に作ってあげるよ」

 小学生にもなると恐る恐る言ってみて、洋風は却下されていた。要するに祖母が好まなかったからだろう。
 誕生日にケーキを焼いてもらったり、クリスマスにはチキンソテーを作ってもらったり、たまにはカレーや麻婆豆腐のメニューもあったが、うちの食事は基本和食だった。

 両親は帰りが遅いので、小学生までだったら俺が寝てしまってから食事をしていた。夫婦での食事だと給仕と後片付けは母がしていたようだが、俺はよくは知らない。外食もほぼない家庭だったので、家族四人で食事をした経験はほとんどなかった。

 高校三年の年に祖母がみまかり、俺は翌春には東京に出て大学生になった。あれから三年、今でも行儀見習いの女性はたまにいるようだが、母が食卓を整えて父と差し向かいで食事しているのだろうか。俺にはうまく像が結べない。うちの両親は仲がいいのか悪いのかも想像しにくいのである。

 父の店でのみアルバイトを許可してもらえるようになってからは、俺も友達とだったり彼女とだったりで、外で飲み食いすることを覚えた。コーヒーやホットケーキやサンドイッチは、彼女とふたりで食べるとたいそう美味だった。

 が、金には困窮していた身だから、高校生までは外食経験に乏しい。大学生になってひとり暮らしとなり、昼は学食で食べるのが嬉しくて、けれど、なるべく自炊するようにしている。俺が中学生になると、男も料理はできたほうがいいかしらね、と言うようになった祖母に教わった田舎の和風料理だ。

 一方、東京生まれの東京育ち、本橋真次郎は。

「高校のときは弁当だったのか?」
「そうだよ。本橋はちがうのか」
「弁当も作ってもらったけど、俺らは三人とも大食いだから、弁当だけじゃ足りないんだよ。弁当にプラスして売店でパンを買ったり、学校の近くの店で安い稲荷寿司とかも買ったりしていたな」

 兄がふたり、そのふたりは七歳年上の空手の猛者で双生児。本橋も大柄なほうだが、兄さんたちは巨漢といっていい。そんな息子三人に食わせなければいけなかったのだから、本橋母の料理は質より量だったと思われる。山盛りにしたコロッケやから揚げが、まごまごしていると真次郎の口には二、三個しか入らなかったというのだから、すさまじい食事風景だったのだろう。

「あ、真次郎、ウルトラマンだ!! って兄貴に言われて窓の外を見てる隙に、半分は残ってた俺のチャーハンが空っぽになってたこともあったよ。兄貴が食っちまったんだ」

 なんかいいな、うらやましいな、と応じると、どこがいいんだ、おまえは馬鹿か、と本橋に呆れられた。

 よって、本橋は食えるものならなんでもうまいと感じるようである。のびかけたラーメンがしみじみうまいとは、幸せな奴だ。

 舌が肥えている人はいる。うちの祖母は頑固ではあったが、昔ながらの金沢料理の作り手としてならば達人に近かった。洋風は食べ慣れないので駄目だったにせよ、料理人としても食する側としても舌は磨かれていた。おばあさまに教わった料理、夫に大好評なんですよ、と、うちに修行に来てのちに結婚した女性から幾度も聞いた。

 子どもの舌には合わなかった田舎料理も、二十歳になって再現してみると、それなりにうまく感じるようになった。俺はまだまだ若造だから、中年にでもなれば祖母の味をなつかしむのか。俺にとってはおふくろの味ではなく、祖母の味。

 皮肉ではなく、金持ちではあってもわりあいに庶民的で、ふたりの兄にもみくちゃにされて育った本橋を俺はうらやましく思う。そのおかげで好き嫌いもなく、なにを食ってもうまいとは最高ではないか。俺もいつか結婚したら、本橋家のような家庭を築きたい。

「全然足りないな。もう一杯買ってくるよ。おまえは?」
「俺はもう腹いっぱいだ」
「……それっぽっちしか食わないのかよ、それでも男かよ」

 小食だと男らしくないと、妙な偏見を持つのはやめろ。とは何度も言ったので言い飽きた。本橋真次郎はいい男ではあるのだが、男らしさにこだわりすぎる傾向がある。あればっかりはどうにかならないものだろうか。

TAKA/20歳/END







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FS超ショートストーリィ・四季のうた・隆也「夏の麻」

番外編

フォレストシンガーズ

四季のうた


「夏の麻」

 春は「ひ」で、火、陽、非、否、灯、だったわけです。
 夏は「ま」。著者のお遊びですね。

 でも、「麻」といえば「ま」というよりは「あさ」、リネンですよね。
 麻薬とか快刀乱麻とか、麻酔とか麻痺とかって言葉もたくさんありますが、俺はリネンの話をしたいな。

 いいですよね、麻。

 麻のシャツ、麻のシーツ、麻のスーツ、麻のハンカチ、麻のナプキンやテーブルクロス。
 生成りの麻のスーツに白い麻のシャツを身につけ、麻づくしのテーブルセッティングをした食卓につく。愛するひととふたり、俺の手料理で遅い朝の食事を……「あさ」ちがいでも朝も麻もさわやかなイメージですよね。

 食事を済ませたらふたりでマルシェに買い物に行こうか。昼は屋台で軽く食べて、夜はきみが作ってくれる? 俺はその間、きみのために歌おうかな。

 そして、夜。

 ふたりして入浴してから素肌で麻のシーツにくるまって……なにをするのかって? 内緒。ここから先はふたりだけの世界ですので、では、おやすみなさい。

TAKA/END






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花物語2017/8「母子草」

ショートストーリィ(花物語)

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花物語2017

八月「母子草」

 思いがけなくも、母は反対はしなかった。

 父が亡くなったときには兄もほのかもまだ子どもだったので、母が父に苦労していたのかどうかは知らない。父の悪口を言うような母ではなかった。なのだから、父親なんかいなくてもいいのよ、的思想が母にあるのかどうかも、ほのかは知らないのだが。

 大きくはないがしっかりした会社の経営者三代目、父はその立場で、初代と二代目が亡くなってから、父は母と結婚した。父方は特に男が早逝家系らしく、ほのかの曾祖父も祖父も父も中年の年頃で逝去していた。三代目が潰すこともよくあるらしいが、父は可もなく不可もなくといった程度に会社を存続させ、父亡きあとは母が会社を引き継いだ。

 経営者としての能力は、母のほうが父よりも上だったらしい。金銭的にもまったく困窮することなく、母は息子と娘を育てた。母が多忙ゆえに放任されていた部分はあるが、兄は大学院まで終了して文系の学者になった。ほのかは外国語大学英語科を卒業して通訳になった。

「父親がいなくても、ほのかがひとりでしっかり子どもを育てていけるんだったら、母さんは応援するわよ。それに、あんたは母さんが反対したってやりたいことはやるでしょ。そういうところが頼もしいんだから、あんたは我が道を行きなさい」
「兄さんには言わなくてもいいかな」
「あいつは頭の固いところがあるから、言わなくてもいいんじゃない?」

 ルックスがいいのと金を持っているのとで、兄はけっこうもてる。妻と息子がいるにも関わらず適当に遊んでいるようだが、自分はいいけど妹は駄目、の思想の持ち主だ。それでも同居しているわけでもなし、黙ってやればいいとの母の意見に従って、ほのかはひとりで子どもを産んだ。

 仕事で知り合ったイギリス人と、彼が日本に滞在している間だけの恋をしていた。彼は仕事を終えて帰国し、残したものはほのかの胎内の子どもだけ。ほのかには結婚願望はかけらもないが、子どもはほしかったので好都合だった。

 一年間は産休、育休を取るつもりだったので、もしものために蓄えてあった資金を活用した。金髪の可憐な女の子を出産し、ベビーシッターや保育園の手配もし、家政婦さんを雇って家事をまかせ、長女の華子が一か月後には一歳になる時期に、ほのかは仕事に復帰した。

「ほのか、いつの間に結婚したんだ? もう子どもが生まれたのか? できちゃったってやつか?」
「できちゃったから子どもはいるけど、できちゃった婚じゃないよ」
「ってことは?」
「結婚はしてないから」

 黙っていてもどこからか漏れるもので、平素はつきあいもない兄も妹が出産したと知ったらしい。電話をしてきた兄に正直に告げると、兄は長く長く絶句してから言った。

「不倫なのか?」
「彼は独身だって言ってたけど、本当のことはわからない。彼はイギリスに帰っていってしまったし、私が華子を産んだのも知らないはずよ」
「えーっとえーっと……えーっと……なにからどう訊いていいのかわからないよ。俺はたつ子になんて言えばいいんだ」
「義姉さんには本当のことを言って。迷惑はかけないから」
「迷惑はかかるんだよ。おまえがかけてないつもりでも、そんなふしだらな妹を持ったってだけで、俺たちには迷惑がかかるんだよ」
「そぉ? ごめんね」

 面倒なのでそうあしらっておいたら、兄はそれ以上は言わずに荒々しく電話を切ってしまった。

「華子はきょうだいがほしいよね?」
「おにいちゃんがほしい」
「お兄ちゃんか……お兄ちゃんってのは養子でももらうんだったら可能かな」

 しかし、日本の法律では未婚の母に養子を託してはくれないだろう。弟か妹でもいいよね? と質問すると、ようやくお喋りができるようになってきた、一歳半の華子はこっくりうなずいた。

「あらぁ? ふたり目も産むの? 華子のお父さんと再会したとか?」
「産まれてきたらわかるだろうから言うけど、今度はアフリカ人なのよ。華子のパパはアーティスト、次の子のパパはアスリート。誰かまでは言えないけど、生物としてのこの子たちの父はそういった男性よ」
「来日していた金髪のアーティスト……ブラックのアスリート……そう大勢はいないだろうけど、ま、あんたが決めたことなんだから貫きなさい。華子はきちんと育ててるんだから、できるって立証済みだものね」

 今回も母は、反対意見は述べなかった。

 問題は兄だ。華子の出産時には兄は、唖然茫然愕然だったらしい妻のたつ子をなんとか説得というか、きみは俺の妹には関わらなくていいんだからほっとけ、と言ったらしいが、父親のちがうふたり目の子どもとなると、兄も義姉も逆上するかもしれないと思えた。

 通常、まずは母親が大変だろう。父親がいたら大変さが五倍ほどになりそうな気がする。ほのかは親の問題はクリアしているのだから、兄夫婦なんて軽い軽い、と考えることにした。

「ほのか、また産んだんだって?」
「誰だよ、兄さんにそうやって告げ口してるのは……」
「誰だっていいだろ。しかも、今度は黒人とのハーフだって? おまえはなにを考えてるんだ」
「なにを考えてるにしたって、あなたには関係ないんじゃないの?」
「そうは行くかよ。きっちり話そう。おまえのマンションに行くよ」

 電話で宣言されて、仕方がないから承諾した。

「義姉さんまで一緒? ご苦労さまだね」
「なんでひとこと相談くらいしてくれないの?」
「相談したら反対するでしょ」
「するに決まってるだろ」
「ほのかさんったら、ひどすぎるわ」

 長女のときに経験済みなので、今回は前回よりもスムーズに出産できた。お金の面も人手の面も仕事の工面もクリアして、長女の華子と次女の佳子と、家政婦のおばさんと、育休中のほのかは穏やかに暮らしていた。その平穏を破ったのは、血相を変えて乗り込んできた兄夫婦だ。

「うちの竜弥のことも考えてよ」
「竜弥がどう関係するの?」
「竜弥だって何年かしたら、結婚話も出てくるでしょ? そのときに身辺調査でもされたら、未婚の母のほのかさんの存在が障りになるとも考えられるのよ。ひとりだけだったらともかく、一目で父親がちがうって娘がふたり……この子たちだって、華子ちゃんと佳子ちゃんだって、大きくなったら差別にさらされるわ。あなたは自分さえよかったらいいみたいだけど、竜弥と華子ちゃんと佳子ちゃんの気持ちはどうなるの?」

 綿々とかきくどく義姉の横で、兄も重々しくうなずく。竜弥とは兄夫婦のひとり息子だ。

「差別されるのよ。日本では華子ちゃんや佳子ちゃんは差別されるの」
「義姉さん、その差別や偏見っていいこと?」
「いいこと? 差別や偏見はいいことではないけど、現代の日本には厳然と存在するじゃないの」
「悪いことだとわかってて、あなたがその偏見や差別を口にするんだね。悪いことなんだったら、ご自分の意識から変えていかなくちゃ。世間は差別するかもしれないけど、差別するほうが悪いんだもの」
「……あなた、ほのかさんって宇宙人みたいね」
「まったくだ」

 兄夫婦は肩を落とし、ほのかは言った。

「日本ではルックスのいいハーフはもてはやされるけど、アメリカ南部なんかだと佳子みたいな子は差別されるのよ。正式に結婚している黒人と白人の夫婦だって同じ。だったらその夫婦は子どもを産むなって言うの? 差別されるから産むなって、最低の台詞だよね」
「……だって、現に差別は……」
「だから、差別っていけないことなんだから、私たちからなくしていこうよ。それができないって変じゃない? 結婚してるからいいって言うかもしれないけど、結婚したって夫が浮気でもして離婚することはおおいにある。それだって子供はかわいそうよ。そっちのほうが最悪の家庭になりそうじゃない?」

 義姉さんは知らないみたいだから幸せだけど、実はね……とは言わずに、遊びの浮気などはたびたびやっている兄を見やる。こほんと咳をしてから、もういいよ、無駄だよ、と兄は言い、妻の肩を抱いた。

「おまえの屁理屈には俺たちは太刀打ちできないよ。もういいから、俺たちには迷惑かけるなよ」
「縁を切っていただいてもよろしくてよ」

 言ったほのかを、たつ子は恨めしそうに睨んでいた。

「きょうだいは二歳ちがいがベストなのよね。ちょうどよく妊娠したから、理想的な歳の差で出産できるわ」
「……あの、三人目ですか?」
「そうですよ。子どもが増えると大変だろうから、もちろんお給料はアップします。協力してくれますよね」
「は、はい」

 三人目の子どもの生物学的父は日本人、ミュージシャンだ。言い訳などしなくても、三人の子どもの父親がちがうのは一目瞭然。ほのかはそれを望んでいた。家政婦も戸惑っているようだが、彼女は金のために働いているのだから、少なくとも表立ってはとやかくは言わない。妊娠を告げた翌朝、家政婦が花を活けてくれた。

「これ、母子草?」
「そうです。ご無事な出産をお祈りしています」
「ありがとう」

 ふたり目はものすごくとやかく言った兄たちも、三人目となるとむしろ諦観するかもしれない。今度はぜひとも男の子、ほのかの願いはきっとかなうはずだ。

END







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FS食べもの物語「ミートピザ」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

食べ物物語

「ミート・ピザ」

 住まいにも新しい暮らしにも慣れ、大学というものがすこしずつわかってきている。合唱部に入部して、学部にもサークルにも友達ができた。今日は午後からの授業が休講になったので、合唱部の友人である小笠原英彦と昼メシを食いにいこうと語らって、学校近くの店にやってきた。

「ここ、いっぺん入ってみたかったんだ」
「ペニーレイン、俺は入学式の日に入ったよ」
「そうなんか。メシも食えるんだろ」
「食えるよ。ピザとカレーを食ったんだ。どっちもうまかった」

 ビートルズの曲名を店名にしているのだから、ビートルズファンの店なのか。俺もビートルズは嫌いではないが、よくは知らない。合唱部の先輩たちにはビートルズ好きも大勢いるようで、「ペニーレイン」は時として部室での話題に上がっていた。

「ピザとカレーの両方って、豪勢だな。お父さんと一緒に来たのか」
「いや、親父は先に帰ったから、どこかの中年男性におごってもらったんだ」
「どこかの知らないおっさんに? シゲちゃん、知らんひとについていったらあかんよ、ってお母さんに言われなかったのか?」
「ついていったんじゃなくて……」

 この店で同席した男性だ。彼は俺と同郷だと言って、きみはカレーだけじゃ足りないだろ、もっと食べなさい、とも言ってくれたのだ。話の内容から彼は入学式の来賓、音楽関係者、それだけはわかったのだが、あの中年紳士が何者なのかは不明のままだった。
 
「実はシゲにいかがわしいことをしたかったとか」
「アホ」
「うん、アホじゃのぅ」

 高知県出身のヒデは標準語を身につけてかっこいい都会の男になると宣言している。土佐弁は禁止!! と自らに課していてるくせに、土佐弁どころか、合唱部仲間の大阪弁やら、学部の友達の岡山弁やらを口から出す。三重県出身の俺にしてもなまってはいるものの、ヒデのようには方言は使わなくなっていた。

「……肉のピザか。うまそうだけど高いな。ピザよりも米の飯のほうが食いごたえがあるから、カレーの大盛りにしようかな」
「俺もピラフの大盛りにしようかな」
「シゲはそれだけで足りるんか?」
「足りないかもしれないけど……」

 親の家にいれば食べ物にだけは不自由しなかった。俺が大食いなのは母はよくよく知っているから、いつだってごはんをたくさんたくさん炊いてくれた。おかずはさほどに豊かではなくても、味噌汁と魚と漬物でもあれば、ごはんを何杯でもおかわりできた。

 が、ひとり暮らしになってみると、金がない。我が家は三重県で酒屋を経営していて、三つ年上の姉は名古屋で大学に通っている。俺は東京で大学生になったのだから、親は仕送りに汲々としているはずだ。印刷屋のバイトは見つけたが、それでも生活費は潤沢ではない。

 なのだから、おかずなんて買えない。上京するときに母が持たせてくれた米がなくなりそうになっていて、これがなくなったら俺は飢えてしまう……と考えるとよけいに腹が減るのだった。

「久しぶりの贅沢だからピザもいいと思ってたけど、やっぱり米のほうがいいかな」
「米のほうが腹持ちもいいもんな」
「ヒデは食費、足りてるか?」
「俺はおまえほどには食わんから」

 周囲を見回しても、俺がいちばんの大食漢なのはまちがいない。
 本庄くん、すっごく食べるんだね、それで太らないってうらやましい、と大学の女の子やら、バイト先の女性社員には言われる。シゲ、これも食うか? と合唱部の男友達は、消しゴムを食わせようとしたりする。

 あまりによく食べるのって恥ずかしいかなぁ、とも思うのだが、腹が減っては力も出ない。おまえはよく食う、とみんなに言われるのは甘んじて受けるしかないのだった。

「この曲、なに?」
「さあ? 聴いたことはあるけど……」
「シゲは音楽好きじゃろ? 知らんのか」
「ヒデだって知らないんじゃないか」
「俺は歌うのは嫌いじゃないけど、音楽にはそれほど興味ないきに、ビートルズなんかなんちゃあよう知らん」
「ヒデ、土佐弁全開になってるぞ」

 うるさいんじゃ、シゲは、合唱部のくせに。
 合唱部はヒデもだろ、おまえだってビートルズ知らないくせに、と言い合っていると、視線を感じた。

「きみたち……」

 ○○大学の合唱部? と尋ねた男性は、俺たちよりはだいぶ年上に見えた。

「先輩なんですか」
「うん、俺も合唱部出身だよ。お節介を焼きたくなった。この曲は「ストロベリーフィールズフォーエバー」だ」
「苺の歌ですか」
「ビートルズの故郷、リバプールにある孤児院の名前だよ。「ペニーレイン」がシングルレコードで売り出されたときのカップリング曲だ。当時はB面っていったな」

 詳しい……というよりも、音楽好きならば当然の知識なのかもしれない。この男性だったら知っているか、と思って、俺は入学式の日にこの店でピザをごちそうしてくれた紳士の話をした。

「あ、俺、知ってる」

 思いがけなくもヒデが応じた。

「作曲家の真鍋草太!!」
「呼び捨てにすんなよ」
「あ、すみません」

 軽くたしなめられて首を竦めたヒデと俺に、男性は言った。

「そっか、真鍋先生がピザをおごってくれたんだ。きみたち、ピザが食いたかったんだよな。じゃあ、今日は俺がおごろう。学生は金がないのが当たり前なんだから、遠慮しなくていいよ」
「え、えと、いいんですか」
「いやだったら提案しないよ」

 背が高くて都会的なこの男も、音楽関係者だろうか。東京の音楽関係者ってかっこいいよな、と、俺は俺の知っている数少ないミュージシャンたちを思い浮かべる。合唱部の先輩にもキャプテンの金子さんをはじめとして、かっこいい男は多い。

 真鍋草太さんという音楽家は知らなかったが、クラシックの方だそうだ。ヒデは入学式のときに女の子たちが噂していたから名前を覚えたのだそうで、どんな音楽家なのかは知らなかったらしい。

「合唱部のために曲も残して下さってるんだよ」
「そうなんですか」
「真鍋先生と話せたとは、本庄くん、よかったね」
「はい」

 東京のピザはうまいけど高いから、おごってもらったときにしか食えないかな、なんてさもしいことを考えそうになって、俺も首をすくめる。阿部とだけ名乗った男性がミートピザを二枚オーダーしてくれて、単純にも嬉しくなってしまった。


SHIGE/18歳/END








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FS食べもの物語「トロピカルフルーツ」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

「トロピカルフルーツ」


 ずっとひとりっ子だったから、このままひとりっ子でいるのだろうとは考えたこともなかった。十二歳までの人生はひとりっ子で、それが当然だったから。

「章はひとりっ子だから気が弱くてね」
「兄弟がいたらこんなに自分勝手じゃなかったかもしれないのにね」
「だけど、今さらだよね」

 親戚のおばさんや母が話しているのを聞いて、勝手なことを言ってるのはあんたらじゃないかよ、と思ってはいたが、自分がよもやひとりっ子でなくなる日が来るとは、想像もしていなかった。

「章、赤ちゃんが生まれるのよ」
「誰が産むんだよ?」
「母さんに決まってるじゃないの」

 母が何歳なのかは知らないが、いいおばさんが子どもを産む? かっこ悪い!! と叫んで母を悲しませ、父に殴られた。あれから四年、弟の龍は幼稚な語彙ながらも一人前に喋るようになって、母とも会話をしていた。

「食べたかったな」
「だって、高かったんだもの」
「おいしいんでしょ?」
「母さんも食べたことないから知らないわ。癖があるとか言うね」
「くせって?」
「変わった味とか匂いとかがあるんだよ」
「ふーん」

 食べものの話らしいが、なんだろう? 十六歳になった章と話すときとはまったくちがった穏やかに辛抱強い調子で、母は龍と話している。ふーん、とつまらなさそうに応じて、龍が台所から出てきた。

「買ってほしかったのに、お母さん、ケチ」
「なにがほしかったんだ?」
「えっと、トロ……」
「まぐろのトロ? 魚?」
「ちがうよ、マンゴとかいうの」
「マンゴーか」

 果物には興味がないので、章はマンゴーなんぞを食べたいと思ったことはない。トロというのはトロピカルフルーツだろう。マンゴーってそんなに高かったっけ? うちってそんなに貧乏だったっけ?

「よし、そしたら、兄ちゃんが大人になったら買ってやるよ。バイトでもするようになったら買えるだろ。いや、それよりもトロピカルフルーツが実る南の島に連れていってやろうか」
「南の島? そっちがいい!!」

 指切りだよ、なんて、龍は章の指に指をからませてきた。普段はうるさいほうが勝る小さな弟が、あのときばかりは可愛く思えた。

 小さな弟だった龍は、章が親の家には寄りつかないでいた十二年ばかりの間に、兄を身長で追い抜いてしまっていた。章が三十歳、龍が十八歳。大学受験には全部失敗して、それでも東京に行きたくて……と上京してきた龍が、父の金庫からかっぱらってきたキーを使って章の部屋に入り込んでいたのを発見したときには、泥棒かと思った。

「あいつ、俺よりも乾さんに似てません?」
「顔はおまえに似てるよ。木村家って美男美女家系だろ。おまえのお母さんも美人なんだし、お父さんだって……」
「親父の顔なんて思い出したくもないし……おふくろはばあさんになっちまってるけど、ふたりの若かったころの写真だったら……」

 古臭いファッションをしてはいたが、へぇ、なかなか美男美女だな、と感じた記憶はあった。

「その上に龍は背が高いんだから、もてるだろうな」
「どうせ俺はちびですよ」
「……いやいや……」

 父親は章が大学を中退したと聞いて激怒し、勘当だーっ!! と宣言した。章がフォレストシンガーズのメンバーとして有名になってきていても、あの頑固親父は長男と和解しようとしない。そのくせ次男には甘くて、龍が東京で浪人することを許した。

 一浪の末に章が中退した大学に入学した龍は、仕送りもしてもらい、兄に小遣いももらい、時にはフォレストシンガーズの誰彼におごってもらったりもして優雅な学生生活を送っている。どこが優雅だっ?! と龍は怒るが、少なくとも章の学生時代よりははるかに恵まれていた。

 しかし、最近の龍は就活に疲れている。

「兄ちゃんはいいよなぁ。ちびだけど才能があるんだもん。俺の身長と兄ちゃんの才能、取り換えっこしない?」
「いやだ」
「だろうね。言ってみただけだよ」

 第一、章が承諾したとしても不可能ではないか。では、章も言うだけ言ってみよう。

「おまえを慰労してやるために、おまえがガキだったころの約束、実行してやろうか」
「なんの約束?」
「トロピカルフルーツを食いに、南の島に行く。今の俺にはおまえをタイでもセブでもタヒチでもバリでも、セイシェルにでも連れていってやれるぞ」
「……いらねぇよ。その分、小遣いくれ」

 弟の返答は、あまりにもあまりにも章の予想通りだった。

END







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FS食べもの物語「クレームアンジュ」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

「クレームアンジュ」


 おしゃれな店というのだろうか。外観もお菓子のようだ。
 淡いピンクの壁、ケーキみたいにも見える看板に「Un grand reve」とピンクの生クリームみたいな文字で書いてある。「reve」の「e」の上に「^」な記号がついてるってことは、フランス語だろうか。俺は敦子に尋ねた。

「この喫茶店に入るのか?」
「喫茶店じゃないの。カフェ」
「どうちがうんだ?」
「どうって……喫茶店とカフェはちがうのよ。本橋くん、入ろう」
「うん」

 双生児である兄貴たちの空手の試合を見にいったら、同じ中学校の女の子と会った。敦子の姉さんも空手をやっているのだそうで、兄や姉が空手をやっているという似た境遇だと知って話がはずみ、それからつきあうようになったのだ。

 中学三年生、来年は受験だから、先生や親に知られたら、男女交際なんてやってる場合じゃないだろ、と言われるかもしれない。中学生の男女交際はまだ早いと言う者もいるが、早くはない。俺の友達だって敦子の友達だって、彼女や彼氏がいると知るとうらやましがる。

 受験に専心しなくてはならない時期になったら、交際を一時ストップしてもいいかな、と俺は思う。敦子とそんな相談をしたわけではないが、今はまだ必死で勉強しなくてはならないほどでもないのだから、休日にデートするくらいはいいだろう。

 俺は彼女がいることを兄貴たちにだって親にだって内緒にしているが、敦子は姉さんには喋っているらしい。そのおかげで姉さんが遊園地の入園チケットをくれたというので、ふたりで遊んできた。

 乗り物にも乗り放題のチケットだったから、金がかからずにすんでよかった。昼食のハンバーガーは俺が払い、帰りの喫茶店……ではなくてカフェか、それも俺がおごるつもりで、敦子に行きたい店を選べと言ったら、ここに連れてこられたのだった。

「可愛いね、あれ」
「あの人形? まあな」
「素敵なインテリア。あたしも大人になったらこんな店、やりたいな」
「喫茶店を経営するのか」
「カフェだってば」

 ウェイトレスがメニューを持ってくる。うわ、高っ、と叫びそうになる。俺は女の子とデートするなんてはじめてだから、こんなカフェに入るのもはじめてだ。
 男友達とだったら安くて腹がふくれるものを食える店に入る。親とだったら高そうな店にも行くが、兄貴たちとだってこんな店には入らない。兄貴たちは大食らいの大男だから、喫茶店なんてものにもめったに入らない。連れていかれるのは牛丼屋やファストフードショップばかりだ。

 この値段だったら夕飯代より高いよな。中学生なんだからあまり遅くはなれないから、夕飯じゃなくてお茶にしたけど、こんな値段ってぼったくりだろ。
 それに、このメニューの名前はなんだ? ケーキの名前か? コーヒーや紅茶のコーナーにもややこしい外国語が並んでいて、俺にはなんなのかわからない。「ティラミス」「パンナコッタ」「カヌレ」「クイニーアマン」ってなんだろ?

「あたしはクレームアンジュにしようかな」
「なんだ、それ? 安寿と厨子王?」
「……? そっちこそ、なんだ、それ? 本橋くんったら、クレームアンジュを知らないの?」
「知ってるよ。知ってる」

 軽蔑の目で言われたら、知らないとは言えなくなってしまう。俺は甘いものは嫌いだし、メニューの大半が知らない食いものなので、わかやりやすいものを選んだ。

「俺はアイスコーヒーと、チーズとハムのクレープ」
「お茶の時間なのに、甘いものは食べないの?」
「えーっと……」

 美人のウェイトレスに注目されているのもあって、甘いのは嫌いだとは言えなくなってしまった。クレープに包んであるものは惣菜ふうならば、ツナだの卵だのと見当がつくのだが、甘いほうは名前を飾り立ててあってわかりづらい。
 イヴォンヌのクレープってなんだ? ホットケーキはないのか? シュー・ア・ラ・クレームってシュークリームか? ちがうのかもしれないし、シュークリームは嫌いだし。

「えっと……クレームドカカオにしようかな」
「お客さん、未成年でしょ。クレームドカカオはお酒ですよ」
「もうっ、本橋くんったら、恥ずかしいことを言わないで」
「……ごめん」
「だったらね、クレームアンジュをふたつ。それでいいでしょ」
「うん、いいよ」

 クレームアンジュってなんなのか知らないし、第一、高いし、とも言えなくなって、それでいいよ、と呟くしかなかった。

 出てきたものはチーズとも生クリームともつかないデザートで、赤っぽいジャムのようなソースのようなものがかかっている。おしゃれ、おいしい、と敦子ははしゃいでいたが、俺にはおいしくもない。食いものっておしゃれだったらいいのか? 美味のほうが大切じゃないんだろうか。

 甘いのは嫌いってことは、俺は将来は酒飲みになるのかな。兄貴たちは高校のときから、親父と三人でビールを飲んだりしていた。二十歳をすぎた今はふたりともに酒豪だ。俺もああなるのかな。ビールだったら飲んだことはあるけど、そんなにうまいとも思わなかった。コーヒーのほうがうまいよな。

 そんなことを考えながら白い食いものをつついている俺に、敦子が楽しそうに話しかけてくる。敦子はこのクレームアンジュをたいそうおいしいと思っているようでご機嫌だった。

「あのアトラクション、怖かったけど面白かったよね。本橋くんはジェットコースターとか絶叫マシンとかも平気なんだ。そういうところは男らしいかも」
「あ、そう? そうかもな」
「そうだよ。本橋くんは男らしいって、あたしの友達も言ってる。うん、おいしい」
「うん、よかったな」

 女の子ってわがままで口うるさくて、手のかかる存在だけど、やっぱり可愛いかもな。敦子の機嫌がよければ、なぜか俺も気分がよくなってくるのだった。


真次郎14歳/ END








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FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2017/7

forestsingers

2017/7 フォレストシンガーズ 超ショートストーリィ


 手の中には小さな和菓子がひとつ。汗をかくんだから糖分を補給しなくちゃね、と祖母が言って持たせたものだ。

「あんたは和菓子屋の息子なんだから、甘いものは嫌いだなんて親不孝なことは許されないんだよ」
「汗をかいたら必要なのは、糖分じゃなくて塩分だろ」
「これも持っていけばいいよ」

 もうひとつ、渡されたスポーツドリンクの成分を見れば、ビタミンや塩分の他に糖分も入っている。おばあちゃんの知恵袋とかいうのはまちがってはいないのだろうし、和菓子ひとつくらいは邪魔にもならないので持ってきた。

 金沢の中学一年生、乾隆也。
 夏休みの自由研究の題材を探すために、郊外の森にやってきた。

 自由研究だったら理系じゃなくて、得意な文系のほうがいいな。
 適当な岩に腰かけて、祖母が作ってくれたおにぎりを食べる。和菓子はデザートであろうが、甘いものを最後にすると口の中に甘ったるい味が残りそうで、先に食べてしまうことにした。

「しずけさや岩にしみいる蝉の声」

 そうそう、こっちの研究のほうがいい。

 文字通りというか、俳句通りというか、松尾芭蕉のこの句がぴったりすぎるシチュエーションだ。隆也以外の人間はおそらく誰もいない小さな森の中、静けさに浸る隆也の頭上から蝉の声が降りそそぐ。

「あんたのお父さんは変人だから、このお菓子はね……」

 でこぼこした小豆で覆った水ようかん、見た目が岩に似ているからと、和菓子職人の父がこの菓子に「蝉しぐれ」と命名した。蝉しぐれに包まれて「蝉しぐれ」を食べるのは、中学生には乙すぎて気恥ずかしいような……。

TAKA/12/END



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FS超ショートストーリィ・四季のうた・真次郎「夏の真」

番外編

フォレストシンガーズ

四季のうた

「夏の真」

 脚が四本、砂浜に並んでいる。
 ごつごつしたおのれの脚と並んでいるのは、すらっと長い綺麗な脚。彼女は一般的な意味での美人ではないと真次郎は思う。プロポーションも背が高すぎて細すぎると思うが、着こなしは素晴らしくいい。脚もまっすぐで美しく、さすがモデル、なのだろうとは思えた。

 モデルなんか趣味じゃないのにな。
 シンガーとモデルのカップルなんてありふれすぎてて、恥かしいくらいなのにな。
 でも、彼女がモデルだから好きになったのではなくて。
 好き……好きは好きだけど、ただそれだけで、それよりも。

「なんかちょっと疲れたね。戻らない?」
「そうだな。行こうか」

 ホテルに戻ったら水着をはずしてシャワーを浴びて、それからそれから……それからすることが、俺のいちばんしたいこと。そこに真実なんかあるんだろうか。

 真実の「真」は真次郎の真。俺の名前の中に「真」はあるんだから、俺の想いや行為の中にもあるのかどうかなんて、考えるのはやめておこう。

 陽が翳りはじめている中、長身の彼女の肩を抱いて砂浜を歩いていく。真次郎のしたいこと、彼女もしたがっているはずのこと。それだって「真実」なのはまちがいない。

SHIN/25/END


 







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FS食べもの物語「カツサンド」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

食べもの物語

「カツサンド」

 手をつないでもえいがか? そう訊いてから彼女がうなずいたら手を取る。それが正しい方法なのだろうか。訊くべきかとも思ったのだが、喉にからまったようになって言葉が出てこない。あのときの俺はどうしても訊けなくて、手を伸ばして彼女の指を一本、つまんだ。

「……」
「…………」

 彼女もなにも言わず、赤くなってうつむいていたっけ。

「それが初デート?」
「そうだよ。十二歳のときだったな」

 十二歳なんて純情なのが当たり前だ。変な知識だけは頭の中に詰まっていても、実践はしたことがない。男友達と下ネタで盛り上がったりはしたし、俺には妹がいるので身近に女の子の存在もあったのだが、妹は厳密には女の子ではない。後輩の三沢幸生にも妹がいるので、この感覚は共有できるようだ。

「どこに行く?」
「お母さんが、映画やとかはいかんちゅうて……暗いから……」
「そうか。ほしたら、ハイキングにしよか」
「それやったらえいがかな。うち、お弁当つくるきに」

 四国は高知県の、約十年前の十二歳だ。母親の言いつけを素直に守る女の子、女の子のいやがることはしないと決めていた男の子。

 あの男の子だった小笠原英彦は、成長して大学生になった。高校生で初体験はすませ、最近はすれてしまって、ナンパだってやる。遊びで女の子と寝たりもする。大学の合唱部で知り合い、はじめは喧嘩ばかりしていた柳本恵と、なりゆきでつきあうようになったが、これは遊びではないのか?

 大学生が真剣につきあったところで、普通は結婚までは考えない。恵を好きだからつきあってるんだろ? 恋人なんだろ? と誰かに質問されればうなずくが、情熱のようなものはなかった。

 茨城県の海辺出身の恵と、高知県出身の俺は気性が似ている。どっちも荒い。俺は優しい女の子が好きなはずだったのだが、どうしてだかこんな女につかまってしまった。好都合なのはともにひとり暮らしだから、ホテル代不要。彼女の親の目や耳を気にする必要もないってことか。

 片付いているほどでもないが、俺の部屋よりは整理整頓されている恵のマンションで、ふたりで持ちよりメシ。恵の父親は茨城で水産物会社を経営しているので、上等なスルメや干物なども出てきていた。

 初デートっていつだった? 覚えてる? と言い出したのは恵だ。

「私は高校のときかなぁ。映画を観にいったの」
「俺は中学一年のときだよ」
「ませてたんだね」
「そうかな」

 はじめてのなにか、というのは意外と覚えている。初デート、ファーストキス、初恋、初失恋、ファーストセックス、ファーストナンパ、それらは全部、土佐で高校生の間にすませて東京に出てきた。

「ファーストエッチは?」
「そういうことは訊かないのが礼儀でしょ」
「そうだな」

 ちょっとだけ知りたかったが、しつこくはしないでおこう。
 あら、ヒデとのエッチが初だよ、ととぼけるほどに厚顔無恥ではない女だとわかっただけでも収穫ではないか。

「そんな話題を出したせいで……」
「駄目だよ。食べてから」
「食うのは休憩しようよ」
「ダメダメ」

 こっちは厚顔無恥になってしまって、あの純情な少年はどこに行ったのだ? と苦笑してしまう。十年もたっていないのに、人は変わるものなのだ。

「あ、これも買ったんだった。これ、おいしいよ」
「カツサンド……ますます思い出すよ」

 抱きすくめようとする俺の腕から抜け出して、恵がサンドイッチの箱を差し出した。十二歳のときの彼女が作ってきた弁当もカツサンドだった。

「昨日、お母さんに教えてもらって私が揚げたんぞね」
「うん、上手にできてるな」
「おいしい?」
「うまーい!!」

 見上げた土佐の青空も思い出す。

「まだ初デートの話? 私とおうちデートしてるんだから、そんな大昔のことばかり想い出すなよ」

 自分から初デートの話をはじめたくせに、恵は怒っている。
 怒るってことは、恵はやっぱり俺に惚れてるんだな、とひとりでにやついてみた。

END








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花物語2017/7「段菊」

ショートストーリィ(花物語)

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2017/7 花物語

「段菊」

 面と向かって人にこんなことを言うとは、やはり日本人ではないからなのだろうか。幼いころから祖父母の家にいることが多かった摂子には、謙譲の美徳、人には遠慮を、気遣いを、思いやりを、という教えが身についてしまっていて、ケィティにはむしろ見とれてしまっていた。

「あんたって暗いね」
「そ、そう……? えーっと、ケィティさんって日本語、上手なのね」
「私、語学の天才だから」

 他人を暗いと決めつけるのもだが、自分で自分を天才だと言うのも、摂子には信じられなかった。

 中学生にもなって摂子は字が下手すぎる。幼稚園くらいから習字をやっておくべきだった。摂子のお母さんには余裕がなかったのだから仕方ないし、まだ手遅れではないから、書道教室に通わせよう、そうそう、それがいい。
 本人には相談もせず、祖父母が決めてきた習い事だ。先週、はじめて教室にやってきて、中学生コースの仲間たちとは挨拶だけはかわしていた。

 幼児、小学生、中学生、高校生、成人。
 この書道教室は五つのコースに分かれている。小学生と成人はなかなかに盛況なのだが、幼児のほうは遊びのようなもの。高校生も少ないが、中学生は生徒数がさらに少ない。

 もっとも数の少ない中学生コースには、イギリス人がいるとは聞いていた。先回はケィティという名前だと教わった彼女は欠席だったのだが、摂子についてはケィティも聞かされていたのだろう。イギリス人で摂子と同い年とだけは聞いていたが、摂子は突っ込んだ質問はしなかった。

 イギリス人だったら日本語は得意じゃないんだろうな、と思っていたのだが、ケィティは日本人と変わらない話し方をする。自称天才は本当なのかもしれなかった。

 なんて不躾な子なんだろ、と初対面で感じたケィティとは、それでもじきに雑談だったらする仲になった。ケィティ、セツコ、と呼び合うようになるにつれ、彼女はいくつもの質問をした。

「それでそんなに暗くなったの?」
「きっとそうだね」
「ふぅぅん」

 不審そうな、うさんくさそうな目。ケィティにそんな目で見られて、摂子のほうは目を伏せた。

 起床して身支度をして祖父母の家に送っていかれ、祖母に保育園に連れられていった幼児期。
 小学校にはきっちり戸締りをしてからひとりで登校した。四年生までは学童保育に行き、学童の放課後は祖母の家に帰って夕食と入浴。時にはそのまま泊まることもあった。

「摂子のお父さんは、お母さんが忙しく働きすぎるのが不満なんだって。お母さんの収入がいいからお父さんは楽できたってのもあるはずなのに、結局は家事ができないだとか、摂子の育児を私にまかせすぎだってのが気に入らないみたいだよ。だったらあんたが家事も育児もすればいいんだ」
「おばあちゃん……」
「離婚するらしいけど、摂子は今までとそんなに変わらないから大丈夫」

 たしかに祖母の言う通りで、摂子の生活は両親の離婚後もさして変化しなかった。

 官庁の管理職である母はたいへんに多忙で、だからこそ摂子は母方の祖母に育てられたようなものだ。そうと知るようになったのは、両親が離婚した摂子、小学校五年生のとき。摂子の親権は母が持ち、摂子は母とふたり暮らしになったマンションから小学校に通う。食事や入浴は平日はたいてい祖父母宅でだった。

 離婚にあたって両親がどんな話し合いをしたのかは、摂子は詳らかには聞かされていない。祖母によると、父さんは摂子には別に会いたくもないらしいね、とのことで、事実、父とはあれきり一度も会っていなかった。

「それで傷ついて、摂子は暗い女になったんだ」
「そうかもしれないと思うよ」

 一年ほどの間に、摂子はケィティのさまざまな質問に答えた。ケィティはあまり自分の話をしなかったのだが、摂子からおよその境遇を聴き出してから話してくれた。

「私の親はかなり年取ってるの。摂子のおばあちゃんと変わらない年なんじゃないかな」
「おばあちゃん、六十すぎてるよ」
「うちのパパも五十すぎてるよ」

 中学二年生から見れば、五十代も六十代も似たような年頃である。

「パパもママも何回離婚したかなぁ。私の実のパパは三回、実のママは二回だっけ? 三回だっけ? 離婚しては再婚するから、ステップファーザーやステップマザーも何人も何人もいて、いちいち覚えてらんないの。そのステップの人たちも離婚したり再婚したりしてるから、私と関係のある大人がいーっぱいいるんだよ」
「ほぇぇ」
「もちろんパパやママにもパパやママがいて、生きてたり死んでたりするんだけど、それも覚えてない。だって、グランマやグランパだって何度かは離婚してるよ。一度も離婚したことのない大人なんて、イギリスにはいないんじゃないかな」

 ほぇぇ、へぇぇ、としか摂子には返答できない。これぞまさしくカルチャーショックだ。

「どのパパがどうでどのママがどうで、グランパは? グランマは? ややこしいから覚えてるのもやめたの」
「そうなんだ」
「そうなんだよ。でね、私の親権は実のパパが持ってて、去年、日本人と再婚したのね。三回目だったか四回目だったか忘れたけど、パパは新しい奥さんが大好きで、私を連れて来日したの。パパの新しい奥さんはお喋りだから、私もじきに日本語を覚えたよ」
「パパの新しい奥さん……ケィティの新しいママ……」
「ママってのは世の中にひとりだけだから、あのひとはパパの新しい奥さん。ママじゃないよ」
「そのひと、嫌いなの?」
「ううん。けっこう好き」

 私なんかはそうなのに、明るいでしょ? なんで一回両親が離婚したくらいで暗いの? 馬鹿らしいじゃん、とケィティは言いたかったのだと解釈した。

「摂子、このごろ元気ね。おばあちゃんも安心したわ」
「うん。ケィティのおかげ」

 三年生の夏休みに、摂子はケィティのパパとパパの新しい奥さん、だとケィティの言う女性との家に遊びにいった。庭に咲いていた紫の花を、その女性が摂子にプレゼントしてくれた。

「菊ですか?」
「段菊っていうのよ。シソ科だけど、菊に似てるでしょ。この花の花言葉は、悩みとかわがままとか、あまりよくないんだけど、大人のわがままで悩んでしまう少女のために……なんてね」

 複雑な気分で受け取った摂子を見て、ケィティは笑っていた。

 高校はケィティとは別々になったのだが、淡い茶色の髪にグリーンの瞳の彼女とともに、紫の段菊の花の印象は鮮烈に残った。
 大学を卒業した摂子が一般企業に就職したころには、離婚が珍しかった時代も去って平成の世の中になった。摂子は祖母の友人の紹介で結婚し、子どもが三人できてワーキングマザーとして生きてきた。

 あれっきり一度も父には会っていない。祖父は亡くなったが、祖母と母は摂子の住まいとは近居で元気にしている。母は官庁の重要なポストに就き、祖母が主婦のように家庭の切り盛りをしていた。

「母さん、俺、結婚しようと思うんだ」
「あら、おめでとう。紹介してちょうだいよ」

 三番目の子どもである長男が言い出したとき、摂子は気軽に応じた。

「今どきとしてはちょっと早めだろうけど、いいよね。どんなひと……って、会わせてもらったらわかるから連れておいで」
「彼女……先に言っておくよ。バツ三なんだ。子どもができない体質だからって、一度目は夫に離婚をつきつけられた。二度目と三度目は不妊症だと知ってて結婚したのに、相手に言われたんだそうだよ。やっぱり……子どもがほしいって」
「……そうなの、わかったわ」
「母さん、反対しないの?」
「そんなのするわけないでしょう。彼女が悪いわけじゃなし」

 ありがとう、と息子は言ってくれたが、娘たちは言った。

「えええ? バツ三? あり得ない」
「バツイチだっていやなのに、三回? そんなの、母さん賛成したの? 父さんは?」
「あのね……」

 なぜ三度も離婚を? と夫は言ったが、事情を説明すればわかってくれた。それにしてもな……とぶつぶつぼやいていたのは、もろ手を挙げて賛成というわけでもないのだろう。

 こういう事情で三度の離婚をした女性なのよ、と説明すると、娘たちも納得はしてくれたが、年上なんでしょ? そのひと、男を見る目ないよね、わかるけど、弟がそんな女性と結婚するってのはね、子どもはできないんだよね……と難色を示していた。摂子の母も祖母も、そうと話すとなんとなく渋面を作っていた。

 平成も三十年近くになる現代でも、日本人は離婚に偏見を持っている。息子と彼女はすこしばかり特殊なケースとはいえ、バツ三は相当だろう。摂子だってそんな事情がなければ、いやだなぁと感じたかもしれない。

「母さんだって離婚したくせに」
「私は好きで別れたんじゃないわ。父さんが……」
「彼女も同じよ」
「そうねぇ。でもねぇ、世間がねぇ……」
「ああ、それは私も気になるわ」

 反対したいらしい母の顔を見ながら、摂子は考える。
 中学校を卒業してからは連絡もないケィティは、どこでどうしているのかしら。彼女も結婚して、二度や三度の離婚や再婚を経験しているのだろうか。私は離婚はしなかったけど、息子がそんなことを言い出しているのよ。

 あなたのおかげかしらね。離婚を色眼鏡で見なくなったのは。

 ケィティ、もう一度会いたいわ。あなただったらなんと言うか。息子の結婚についてではなく、周囲の人々の態度についての意見を聴きたい。身内がこうなのだから、他人はなんと噂するのか。それだけは気になって仕方ない私に、あのころのように元気をちょうだい。

 END








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FS食べもの物語「ハンバーグステーキ」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ


「ハンバーグステーキ」

 
 学校から帰ると母は買い物にいっていた。妹たちも幸生よりも早く帰ったようで、母と一緒に出かけていた。幸生は猫のミミとピピをいっぺんに抱き寄せて話しかけた。

「昨日、母さんが言ったんだよ。明日はなにを食べたい? って。だからさ、ハンバーグって言ったんだ。しばらく作ってないからいいかもね、よし、そうしよう、って母さんが言ってた。今夜はハンバーグだぞぉ。ミミとピピも食べたい? ちょっとだけ残しておいてこっそり分けてやるよ」

 ハンバーグが食べられると思うと、口の中がハンバーグモードになる。楽しみにしていたのに、だから宿題も早くすませて、ハンバーグハンバーグやっほー!! と歌いながら二階から降りてきたのに。

「あれぇ? ハンバーグじゃないの?」
「あらっ、そういえば幸生にはそう言ったよね。忘れてたわ」
「ええっ?! そんなぁ……」

 スーパーマーケットで安売りをしていたとかで、今夜はポークステーキなのだそうだ。幸生は心底がっかりして、口をききたくなくなった。

「いっただきまーす」
「ポークステーキだったらりんごとパインも焼いて付け合わせにするといいって、雑誌に載ってたのよ。どう、おいしい、雅美、輝美、幸生?」

 おいしい!! とふたりの妹は叫び、父も、うんうん、うまいな、とにこにこしている。母も満悦の表情になって幸生を見た。

「どうしたの、幸生がごはんのときにお喋りしないなんて、熱でもあるんじゃない?」
「だって、ハンバーグ……口がハンバーグ食べたいって言ってて、お喋りできないんだよ」
「まだ言ってるの?」
「ハンバーグと豚肉なんてよく似たものじゃないか」
「そうだよ。同じお肉だもん」
「お兄ちゃんったらなにをぐだぐだ言ってんの? 男らしくないんだからぁ」

 家族総出で責められて腹が立って、幸生は言い返した。

「こんなのおいしくないよっ。母さんが豚肉食べてたら共食いみたいで、オレは食欲がなくなっちまうんだよっ!!」
「幸生っ!!」
「そんなことを言う子は食べなくていい。二階に行きなさい」

 母は般若の形相になり、父はきびしく言い放つ。こうなれば意地もあるので、幸生としてもあやまる気にもならずに箸を投げ出して二階に上がった。

 階下からは一家団欒の声が聴こえてくる。幸生はひとりぼっちで、猫たちも二階には来てくれない。起きていると泣いてしまいそうだったので、布団にもぐり込んだ。
 が、眠れない。布団の中でぼーっと目を開けていると空腹感がつのる。いつだったか、テレビドラマで見たワンシーンを思い出した。

 小学生の男の子がなにかで父親に叱られて、晩ごはんヌキの罰を言い渡される。おなかがすいたなぁ、としょんぼりしていると、母がそおっと男の子の部屋に入ってきて、お父さんには内緒よ、とおにぎりを置いていってくれるのだ。
 うちの母さんもそうしてくれるかも……と期待していたのだが、ついぞそんな気配もなかった。

「薄情もの。オレって母さんと父さんの実の子じゃないのかも。腹減ったなぁ。ハンバーグ、食べたいなぁ。口の中がまだ、ハンバーグ、ハンバーグって言ってるよ。ポークステーキだったら焼くときの匂いは似てるから、直前までだまされてたんだもんな」

 布団の中でぶちぶち呟いているうちには眠ってしまって、翌日。

「今日はパートに行くからちょっと遅くなるかもしれないの。ごはんの支度はできるように帰ってくるから、お留守番していてね」

 独身時代には銀行員で、父とは職場結婚をして退職した母は、子どもたちが小学生になってからは時たまもとの銀行にパートに行く。そんな日には幸生が妹たちの面倒を見なくてはいけない。もっとも、雅美は幸生とひとつしかちがわないので、輝美の面倒も彼女が見てくれているようなものだ。

「そうだ、よーし」

 貯金箱からとっておきの千円札を出して、幸生は放課後にスーパーマーケットに行った。
 家に帰ると玉ねぎをみじん切りにして、パン粉と合いびき肉と卵を入れて手でぐっちゃぐっちゃとかき混ぜる。大好物のハンバーグの作り方は、母が料理しているのを見て覚えてしまった。

 雅美と輝美はふたりで遊びにいっているから、邪魔される恐れもない。お兄ちゃんったらまだハンバーグって言ってる、男らしくないんだからっ!! とからかわれると怒ってしまって暴力をふるってしまうから、そうすると今夜も父に叱られるから、ひとりでいられてラッキーだった。

「あ、だけど、留守番してるときに火を使ったらいけないって言われてるんだ。ミミ、ピピ、どうしたらいいと思う?」

 いい匂いがするせいなのか、ミミとピピは幸生の足元にいる。ハンバーグのタネを混ぜることはできても、成形して焼き上げる自信がなくて、幸生はボールの中を見つめていた。

「ただいまぁ」
「……父さん、お帰りなさい。早いね」
「今日は母さんが残業だって言うから、父さんが早く帰ってきたんだよ。なにやってんだ?」
「え? えーと……」

 ボールの中でぐちゃぐちゃになっているものを見れば、父にもなにをやっているのかは一目瞭然だったのだろう。呆れたように笑って幸生の頭に手を乗せた。

「一緒に丸めて焼こうか。母さんに頼まれたわけでもないんだろ」
「オレが食べたくて……」
「おかずができてたら母さんも喜ぶかもな。着替えるから待ってろ」
「うん」

 父の足元にすり寄っていく、ミミとピピにも言ってみた。

「おまえたちもハンバーグ、食べたいだろ? オレが作ったんだからちょっとだけあげるよ」
「……馬鹿」
「え? なんで?」
「猫には玉ねぎは厳禁だぞ。知らなかったのか?」
「そうなの?」

 誰も教えてくれなかったのだから、知らないに決まっているではないか。そうなんだって、とミミとピピを見やると、猫たちは不満そうに、にっ、みゃっ、と鳴いた。
 父がエプロンを二枚持ってきて、一枚を幸生につけてくれる。玄関の戸が開いて、ただいまぁ、と妹たちの声がする。幸生は背伸びして父の耳元に素早く囁いた。

「ハンバーグは父さんが作ったんだって言っといて」
「ん? どうして?」
「男らしくないって言われるから」
「……いつまでもこだわってるからってか? ああ、わかった。そう言っておくよ」

 男の気持ちは男同士にしかわかんないんだよね。ウィンクしてくれた父にウィンクを返し、幸生は自分のためには特大ハンバーグを作るつもりで、ボールの中に手を突っ込んだ。

 
幸生10歳/END







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FS超ショートストーリィ・四季のうた・繁之「夏の間」

番外編

フォレストシンガーズ

超ショートストーリィ・四季のうた

「夏の間」

 
 一瞬の沈黙、しらじらーっとした間。
 シラケ鳥飛んでいく……なんて歌があったなぁと、繁之はその場の気まずい空気の中で考えていた。KYなんて言葉もあるよな。俺はこの場の気まずい空気ってやつは読めているけど、KYの「空気」は別の意味なのかな。

 仕事でやってきた夏の海岸。仕事とはいえ若い男女が集まっているのだから、プライベートタイムにはみんなで飲んで食べて騒ごうか、ということになる。

 フォレストシンガーズの仲間たちは、繁之から見ればみんなもてる男だ。次から次へと恋をして、彼女を作っている。そうすることには苦悩もあるのだろうが、そんな苦悩だったら俺もしてみたいよ、である。

 ……これなんだな、俺がもてない理由のひとつは。
 もてない理由はひとつではないだろうが、この白々しい空気を繁之ひとりでは打破できないから、女性を引きつけられないというのはまちがいなくありそうだ。

 理由がわかったからといってどうすることもできず。
 
「ああ、そうそう、それでね……ね、乾さん、この間さ……」
「ん? ああ、そうだった」
「あ、あれですよね。ねぇ、こんな話知ってる?」
「昔々、あるところに……」
「リーダーったら、ちがいますってばっ」

 口火を切ったのは幸生、隆也が振りに乗っかり、章も即座に反応する。「この話」の意味はわかっていないのかもしれないが、真次郎も反応して女の子たちが盛り上がる。

 たったひとり、話題に入っていくこともできなくて、繁之の周りだけ空気がちがっているような。間、間、間だらけみたいな……。

SHIGE/25/END






 


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いろはの「ひ」part2

ショートストーリィ(FSいろは物語)

フォレストシンガーズ

いろは物語2

「飛花落葉」

 教授の助手と学生として出会った彼と恋に落ちた。むろん私のほうが年上だったが、彼は女の外見や年齢にこだわる男性ではなかったので、私の中身だけを見てくれた。

「万葉集を専攻なさってるの? 私も短歌は大好きよ」
「気が合いますね」

 趣味が合って結びついたということは強い。彼とは会うたび、短歌の話題で盛り上がった。

「額田王を卒論のテーマにするの?」
「迷っているんです。俺は古歌も大好きですけど、現代の歌も好きなんですよね。額田王というひとりの歌人にとどまらず、古代の歌と現代の歌について、みたいなテーマにしようかなって」
「それもいいわね」

 いつしかふたりで会うようになって、時を忘れてそんな話をした。

「もうじき卒業ね」
「……そうですね」
「卒業しちゃったら、乾くんとは二度と会うこともないのかしらね」
「そんなの……寂しいですよ。信子さんは俺から見たら目上の方だから、こんなことは言えなかったんだけど、卒業してしまえば対等の男と女になれるって考えてもいいですか」
「私は目上なんかじゃないわよ。今でも対等じゃないの」

 二月のある日、喫茶店で彼が告白してくれた。

「じゃあ、俺が卒業してからもつきあって下さい」
「それって恋人同士としての交際ってこと?」
「もちろんです。俺は若すぎて結婚の申し込みはできないけど、一刻も早くひとり立ちしてみせます。そしたら信子さんと結婚して、幸せにしてみせます」

 何歳の年の差があると思ってるの? なんて訊かなくても、知っていて申し込んでくれているのだ。年齢差だの、彼は若くてすらりと背の高いかっこいい青年で、私はぱっと見はやつれたふうに痩せたおばさんだということだの、いちいち口にしなくても、乾くんは私と向き合っているのだから、見ればわかる。

 下世話なものはすべて取っ払って、私の魂を見てくれている彼。私だって彼が若くてかっこいいから恋をしたのではなく、心と心が引き寄せ合ったから好きになった。

「じゃあ、よろしくお願いします」
「嬉しいです。ありがとうございます」
「じゃあね、敬語はやめてね。信子って呼んで」
「呼び捨てはしにくいな。あなたが年下だとしても俺は呼び捨てにはしませんよ。信子さん、俺のことも乾くんじゃなくて隆也くんって呼んで」
「わかりました」

 結婚はどうでもいい。ソウルフレンドという言葉もあるのだから、彼とは男と女のそれになれればいい。けれど、それでも男と女。セクシャルな関係だって彼が望むのならば結んでもいい。貧相なおばさんだって、彼の腕の中では額田王のような豊満な美女に変身できた。

「隆也くんに恋してた女の子、いたでしょ」
「誰のこと?」
「いっちゃんって言ったかな。告白されたんじゃないの?」
「女性から告白ってのは何度かされてるんだ。だけど俺は、こっちが本当に恋をした女性とでないとつきあう気にはなれない。だからあなたに俺が告白したんだよ」
「……そうね」

 やがて彼は卒業し、私は大学に残った。

「歌は歌でもそっちを仕事に選んだのね」
「そうなんだ。信子さん、これで俺もあなたと結婚するめどが立ったよ。もうすこしフォレストシンガーズが軌道に乗ったら、あなたを連れ去りにくるから」
「待ってるわ」

 俗世間の恋人たちのような俗っぽいことは、私はしなくてもいいのよ。だけど、純粋で若いあなたは、愛する女を結婚して幸せにしたいと願っている。ならば私も応えてあげたい。その気持ちだけで、私は彼に冷水をかけるような言葉は浴びせなかった。

 あれから十年、二十代だった隆也くんが三十五歳ということは、私は五十五歳。光陰矢の如し……大人は誰だってふと立ち止まると、このフレーズを実感するものだ。

「たまには……」

 通りがかった高級スーパーマーケットに、好奇心を起こして入ってみた。フォレストシンガーズは近年になってかなり売れてきているから、この程度のマーケットで買い物をするのは余裕の収入がある。私も教授の地位についているから収入はよくなったが、生活費は俺の給料から出すように、と夫は言う。年下だからこそ多少はいばらせてあげるのも、かしこい妻の夫操縦術だ。

「いっちゃん、苺大好き」
「うん、僕も苺は大好きだよ。苺、買えば?」
「季節外れだからね、高いね」
「高いの、それ?」
「セイさんって買い物にもめったに来ないから、なにが高いのかわかってないでしょ」
「だって、八百円だろ。高くなんかないじゃん」
「苺としては高いんだよ」

 自分をいっちゃんと呼ぶ女、甘ったるい声。ぎくっとしてその声のほうを見ると、三十代に見える若作りカップルがいた。男のほうは脚本家か作家か、ニュース番組にも顔を出している文化人だ。いっちゃんとは……学生時代に乾くんに横恋慕していた女だった。

「前のときにはつわりってあんまりなかったんだけど、ふたり目はわかんないらしいからね」
「つわりってすっぱいものが食べたくなるんだろ」
「そういうのもよくあるけど、変なものが食べたくなったりもするんだって。今はいっちゃんはすごく苺が食べたいの」
「だから、買えばいいじゃん。ムゥだって苺は好きだろ」
「もちろん大好きだよ。セイさんも食べる?」
「うん、食べる。三パック買えば?」

 あの会話からすると、いっちゃんはふたり目の子どもを妊娠している。彼女は乾さんよりもふたつ、三つ年下だったはずだから、三十二、三歳か。二十代で結婚して出産したとしたら、そのくらいでふたり目は順当だ。連れの男は夫なのだろうか。

 小さなパックに苺が五粒で八百円。いくらなんでもね、こんなの買えないわよね、心の中で乾くんに話しかけて、私は特になにも買わずに外に出た。出ると再び、いっちゃんとセイさんに出くわした。

「ムゥってどんな字を書くんだっけ?」
「核爆発の核と夢」
「核夢か、センスいいな」
「でしょ? いっちゃんが考えたの。だけど、モトダンのママ、つまりいっちゃんの元姑は、核だなんて最悪だとか言ってさ、センスないんだから」
「シャレがわかんないんだな。それで別れたわけ?」
「モトダンは泣いてたけど、あんな姑、顔も見たくなかったんだもん」
「俺にはおふくろはいないから、ポイント高いだろ」
「そこだけはね」
「そこだけはってなんだよ」

 外を歩きながらこんなプライベートな話をするとは恐れ入るが、おかげで私もいっちゃんの事情が知れた。姑との確執により離婚したいっちゃんは、セイさんとつきあっている。ふたり目の胎児は誰の子なのだろう? 関係ないけど気になって、駐車場までは尾行することにした。

「けどさ、いっちゃんだったらバツイチでも子持ちでも、引く手あまただよな。今まで誰とつきあった? 俺と知り合うまでに、俺の知ってる奴だったら誰がいる?」
「えーと、いちばんはじめはフォレストシンガーズの乾隆也」
「ああ、そうなんだ」

 嘘ばっかり!! ふられてたくせに!! と言ってやりたい。私はいっちゃんが乾くんにふられる現場を目撃していた。が、言いにいける立場ではないので我慢した。

「大学のときだよ。乾さんがしつこくて、どうしてもつきあってほしいって泣きつかれたの。でも、ほら、いっちゃんってお金のかかる女じゃん? 乾さんはデビューもできなくて貧乏だったから、このままではきみを幸せにできない、ごめん、って別れたの、彼、号泣してたな」
「男泣かせの苺」
「その通り」

 彼女の本名が苺だったのも思い出した。

「そのあとはタケちゃんとか……」
「お笑いの? 年寄りのほう?」
「若いほうだよ」
「いっちゃんは有名人泣かせでもあるんだな。サッカーの誰かともつきあってただろ」
「トーマスとつきあってたよ。外人とは結婚したくなかったから別れたの」
「そんでもって、トクと結婚したんだよな。マーシャルともつきあってなかったっけ?」
「よく知ってるね」

 私の知らない名前も出てきたが、いっちゃんの恋愛遍歴は相当に華やかであるらしい。けれど、そんなの幸せでもないし素敵でもないのよ。女はただひとりの男性と深く愛し合うのがいちばん。

「いちばん好きだったのは乾さんかなぁ。いっちゃんは今はフリーなんだから、教えてあげたら乾さんもその気になるかもね。復縁ってやつ?」
「駄目だよ。いっちゃんは俺と再婚するんだろ」
「まだ決めてないもーん」

 その気になんかなるわけないでしょ。乾さんには私がいるのよ、とは言えない私をそこに置き去りに、いっちゃんとセイさんは車に乗って去っていった。

 学生時代と変わらぬほどに若くて華奢で、私には荒んでいるとしか思えない生活が表にはまったくあらわれていない可愛い顔のいっちゃん。背が高くて奇抜なおしゃれの似合う、ルックスも悪くないセイさん。浮つき加減もお似合いのカップルだった。

「ああやって軽く軽く、世の中渡っていく女もいるのよね。ね、乾さん?」

 ひとりになって歩き出す私の行く手には萩の花。風が花と葉を散らせていた。

「いっちゃんと話をしたかったな。私はあなたが乾さんにふられていたのを見てたのよって言ってやりたかった。あの調子なんだから、いっちゃんの並べ立てた男の名前だって、どこまでが本当なんだか……ええ? あなたも変わりないでしょって? 私は他人には言わないもの。妄想しているだけだもの」

 他人に吹聴するのと、心で妄想しているのとはあまりにもちがう。学生時代の乾さんとほんのひとこと、ふたこと言葉をかわしただけの年上の女は、片想いを続けて楽しい妄想を作り上げただけ。
 片想いという意味では同じようだったいっちゃんも、別の妄想を作って他人に言い触らしている。そこはたいへんにちがっているはずだ。

 所詮、妄想だって花や葉っぱのようなもの。風が吹けば飛んでいってちりぢりになるばかり。

END






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173「ヴァーミリオン・サンズ」

ショートストーリィ(しりとり小説)

しりとり小説

173「ヴァーミリオン・サンズ」

 建国されたのは二十一世紀初頭。
 南欧のどこかにある小さな国、「ヴァーミリオン・サンズ」

 フェミニストの母親に薫陶を受け、英語が好きで小説を書くのが好きで、ヴァーミリオン・サンズに行きたくて着々と準備を進めた本村梢子。英語で小説が書けるようになり、暮らしの目途もたったので日本から移住してきた、ペンネームはショーコ・M。三十歳。

 母は応援してくれているが、父はひとり娘の異国暮らしを心配しまくっていると聞く。けれど、二十一世紀のこの世の中だ。どれだけ距離があっても、そんなに心配しなくても大丈夫だよ、お父さん。

 イングランドのロイヤルファミリーとも血縁のある、ロッカート侯爵の嫡男として生まれた、ディーン・ナイジェル・ロッカート。両親ともに政治家であるので、長男は必然的に跡を継ぐようにと育てられた。それゆえに父の教育がきびしすぎていやけがさし、生来の反逆精神が磨きをかけられ、何度も何度も家出を繰り返し。

 世界中を放浪した若き日を経て、ヴァーミリオン・サンズにやってきた。
 画家と名乗ってはいるが、現在のところはイラストレーターが本職である。二十九歳。

 暴力夫を家からたたき出した母に育てられた、生粋のニューヨーカー、アデルバート・ジョゼフ・ヒューズリー。愛称はバート。

 音楽家というものは幼少期から英才教育を受けていないと、大成などするわけがないとの説はあるが、バートはその説の輝かしき例外だ。十代になってからピアノをはじめ、他の楽器にも手を伸ばし、指揮者としても目覚める。ヴァーミリオン・サンズの新興楽団「ギャラクシアンフィル」からの招聘を受けて渡ってきたバートは三十二歳。

 シャンパンイエローの薔薇が咲き乱れる、冬のない国、ヴァーミリオン・サンズ。
 大柄なイギリス人とアメリカ人と、小柄な日本人の三人はこの国で出会った。

「そりゃあまあね。とやかく言う人間はどこの国にだっているのよ。日本なんてひどいもんなんだから、私は他人の陰口には慣れてるよ。ぜーんぜんへっちゃらだから」

「僕は親の迫害にさらされて生きてきたんだから、他人がなんと言おうとまるっきり平気の平左だよ」
「親の迫害ったら、ディーンは精神的なものだろ。俺は肉体的にちょっと虐待されたけど、おふくろのほうが強かったから、ま、たいしたこともないわな。ああ、俺だって平気だよ」

「そうだよね。当事者の私たちがそうなんだから、これからだって軽やかにあっけらかんと生きていけるよね。ディーン、バート、ずーっとずーっとよろしくね」

「こちらこそ、レディ、この生命つきるまで、あなたにありったけの愛を捧げます」
「……これだからイギリス貴族の息子なんてのはよ……いやいや、なにも言ってないぜ。では、改めて、俺はシンプルに、ショーコ、愛してるよ」

「うん、私も!!」
 

次は「ず」です。



蛇足

ヴァーミリオン・サンズシリーズはここにあります。

http://quianred.blog99.fc2.com/blog-category-22.html

読んで下さった方がほとんどいらっしゃらなくて、寂しいのであまりアップしていないのですが、かなり昔から書いていますので、実はたくさんあるのです。

で、宣伝させていただきました。このような小説です……って、どのような? と思われた方は、どうぞどうぞ読んでみて下さいね。
ではでは、ショーコ&ディーン&バートをよろしく~ 







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FS雨の物語「雨がやんだら」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

雨の物語

「雨がやんだら」


 南の窓を細く開けて、彼が言った。

「雨だな。じきにやみそうだから、もうすこししてから出ていくよ」
「……すぐに出ていってくれる?」
「濡れろって言うのか?」
「寒くもないんだから平気でしょ」

 そしたら傘を、なんて言わない。傘を貸しても返してもらうあてはない。もしも彼が傘を返しにきたら、私は彼を部屋に通してしまう。元気だった? ほんの短い間、会わずにいただけなのに、元気だったよ、って見つめ合って、以前のようにキスをして……そんなこと、二度としたくないから。

「つめたい女だな」

 不機嫌そうに私を見て、彼が部屋から出ていく。さよなら、でもなく、じゃあ、のひとこともなく、彼は出ていく。廊下を足音が遠ざかっていった。

 好きだったひとと別れるのは二度目だ。三十路間近になって一度も結婚もしたこともない女としては、二度は少ないのだろうか。十代から二十代前半までの間にだって、軽く男性とつきあったことはあるけれど、相手の顔も名前も思い出せないくらいなのだから、計算にも入らない。

 ひとり目は鮮やかすぎるほどよく覚えている。

 気まぐれを起こして書道教室に通うようになって、親しくなった人は何人かいた。その中にひとりだけ男性がいて、女性の仲間たちと彼の噂をするようになった。

「乾さんって教室を休む日も多いよね」
「なんの仕事してるんだろ」
「こんな時間に書道教室に来るって、激務のサラリーマンではないはずよね?」
「先生、乾さんのお仕事ってなんですか?」

 生徒さんのプライベートは教えられません、との先生の答えに、私たちは想像をふくらませていった。

「乾さん、今日はお時間あります?」
「あ、ええ、あの……すこしくらいでしたら」
「そしたらお茶に行きましょうよ」
「……はい」
「もちろん、みんなでですよ。私とデートしてほしいとは言ってませんよ」
「みんな? ああ、ええ、じゃあ、お供します」

 図々しい年配の女性が乾さんに直接アタックし、乾さんは私の顔を見てからうなずいた。

「隠してるってほどでもないですし、隠すようなものでもないんですけど、歌手なんですよ。売れてないからみなさんはごぞんじないでしょう? フォレストシンガーズっていいます」
「歌手の方が書道に?」
「好きなんです。子どものころに習っていて、さぼってばかりいたのを後悔してまして、大人になって改めてってわけなんですね。ただ、不規則な仕事なんであいかわらずさぼってて、先生にはご了承いただいてるんですけど心苦しいんです」
「歌手なんだったらしようがないわね」

 売れてないとはいえ、プロの歌手と友達になれた、みたいに、教室の仲間たちはウキウキしていたようにも見える。それからは乾さんに時間のあるときは、みんなでお茶や食事に行くこともあった。

「緋佐子さんとは路線が同じなんですね」
「そうみたいですね」

 同じ路線の電車で帰るのは乾さんと私のふたりだけ。いいなぁ、だとか、ずるぅい、だとか言う女性はいたが、聞き流した。独身者も既婚者も混ざっている女性たちは三十代以上で、二十三歳の私がもっとも若い。乾さんも二十代半ばだそうだから、私以外のおばさんたちは見ていないはず。

 背が高くて細身でセンスがよくて、ハンサムというのでもないけれど清潔感のある都会的な男性だ。歌手だなんて私とは世界がちがいすぎるけれど、ちがいすぎるからこそ興味深い。

 最初から好意を抱いていたのが、恋愛感情に変わっていく。だけど、売れていないとはいえ乾さんは芸能人。綺麗で華やかな女性たちに囲まれて仕事をしているのでしょう? 平凡な会社員なんかにその気になるはずがない。時々、熱い視線を感じるのは勘違いよ。うぬぼれちゃ駄目。

「あとでふたりになれる?」

 何人かで食事にいったとき、乾さんにさりげなく耳打ちされて心臓が跳ね上がった。他の女性たちとは別れ、なにげなくさりげなくふたりになって、電車の駅とは別方向へ歩き出した。

「俺のアパートは歩いてでも帰れるくらい近いんだけど、あなたは電車だよね。ご両親と妹さんがいるんでしょ。早く帰らないといけないよね」
「門限があるわけでもないし、今夜は書道教室の日だって親も知ってるから、終電までに帰れば大丈夫。書道の日はみんなで食事をするから」
「そっか。でも、まだ俺の部屋には誘えないな。俺の部屋に泊まりにきてくれられる仲になりたいって言ったら、OKしてくれる?」
「遊びでしょ」
「どうしてそう思う?」
「だって、乾さんはミュージシャンだから」
 
 まっすぐに私を見つめて、乾さんは言ってくれた。

「俺は遊びの恋はしないんだ。チャコちゃん、つきあって下さい」
「……チャコって呼んで」
「ありがとう」

 そんなふうにしてはじまった恋だから、私はいつでもどこかで乾さんを疑っていた。

 電車に乗って訪ねた乾さんのマンション。マンションよりはアパートの名前がふさわしい小さな部屋に、乾さんは金沢から大学入学のために上京して以来住んでいた。

「こんな部屋で暮らしてる貧乏人なんだから、チャコが想像しているような仕事じゃないんだよ」
「でも……やっばり……」
「チャコを好きになったから、チャコだけが好きだから告白したんだ。信じろよ」
「うん、信じる」

 信じようと決めた。乾さんは女慣れしているようで、私とのつきあいもスムーズでスマートで、私はいったい何人目の女? 現在進行形でも何人目かの女なの? と詰りたくなっては我慢した。

 けれど、やっぱり。

 居酒屋で見てしまった、仕事のできそうな美人と乾さんのツーショット。彼女は俺たちのマネージャーだよ、と乾さんは言ったけれど、そんなふうではなかった。彼女のほうは乾さんを仕事仲間だと思っているだけかもしれないが、乾さんは彼女が好きでしょ?

 それからもう一度。
 駅で乾さんを見た。綺麗な女性を送ってきたのか、彼女が電車に乗ってから乾さんに声をかけた。

「キスされてたね。見ちゃった」
「……いや、仕事の関係者だよ」
「そおお? やっぱりミュージシャンなんてのは……前にだって……」
「前に、なに?」

 怒りたいのか泣きたいのか、わからない気分で私は歩き出し、乾さんが追いかけてきた。

「声優さんたちのアルバムにコーラスで参加するって、話しただろ。彼女は声優さんだよ。キスしてくれたのは送ってくれてありがとう、の意味だろ。彼女には婚約者がいるんだそうだよ」
「声優さんなんてのも、いい加減なんだよね。婚約者は捨てて隆也さんのところへ来たらどうするつもり?」
「俺にはきみがいるから、帰ってもらうよ」
「どうだか。前にもね」

 前にも? 訊き返す乾さんに、早足で歩きながら話した。

「なんで私、隆也さんの見たくないシーンばっかり見るんだろ。私が隆也さんの部屋に泊まって、そのあとで隆也さんたちは島根に行くって言ってたよね。帰ってきた日の夜、私もいたのよ。「花束」に」
「見てたの? 声をかけてくれたらよかったんだ」
「女性と食事してる隆也さんに、声なんかかけられるわけないじゃない」
「彼女はうちのマネージャーだよ」
「マネージャーったって若い女性じゃないの。恋人同士にだってなれるでしょ。いい雰囲気で乾杯してにっこり見つめ合って、そのあとで隆也さんは、彼女の耳元でなにか囁いてた。口説いてるんだろうと思ったから、私は友達との飲み会から抜け出してひとりで帰ったの」
「ちがうよ。仕事の話をしてたんだ」

 堰を切ったみたいに我慢していた諸々があふれ出して、止まらなくなっていた。

「隆也さんってやっぱりもてるんだもの。私はミュージシャンだなんて仕事のひととは……はじめから……ついていけないってわかってたのに」
「俺はきみについてきてほしいんじゃないよ。一緒に歩いていきたいんだ」
「それって結婚したいって意味? ちがうでしょ」
「結婚はまだ……」

 駅の構内をぐるぐる歩いていた。ただ、ぐるぐるぐるぐると。

「結婚はいいんだけど、そうやって女のひとと……そんなのいやなの。私の神経が変になるの。見たくないのに見ちゃって、
苛々もやもやして、やきもちなんか妬きたくないのに」
「チャコ、ごめん。俺んちに行こう」
「いや。行かない」

 走り出した私と、見送っていた乾さんの姿が、ドラマのワンシーンみたいに目に浮かぶ。あのとき、雨が降っていたのだったか。客観的に見ていたシーンではないのに、綺麗な別れの想い出にすりかえているみたい。
 
「雨がやんだらお別れなのね
 ふたりの想い出 水に流して
 二度と開けない南の窓に
 ブルーのカーテン弾きましょう

 濡れたコートで濡れた身体で
 あなたはあなたは
 誰に会いにいくのかしら」

 あのころの私は親元で暮らしていたから、乾さんのマンションに行くことだったらあっても、私の住まいに彼を招いたことはない。乾さんは私の今の住まいなどは知るはずもない。いっときつきあっていた緋佐子なんて、完全に忘れてしまったに決まっているけれど。

 二度目の恋が完全に消えていくまでの間、私は一度目の恋のことばかり考えていた。
 あれからフォレストシンガーズはちょっとだけ有名になったけれど、私はあのまんま、もうじきに独身の三十歳になってしまう。

 雨がやんだら……じゃなくて、雨が降ったらいいのに。
 すべてがかすんでしまうような細雨の中を、むこうからやってくる人がいる。黒い傘のその人は……隆也さん? そんなはずないのに、そんなはず、あったらいいのに。

END








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FS超ショートストーリィ・四季のうた・章「夏の魔」

番外編

フォレストシンガーズ

四季のうた


「夏の魔」

 寝苦しい熱帯夜の夢に忍び込んでくるのは。

 ギターみたいなフォルムをした身体のライン。からみつく長く細い腕。
 おまえを抱いて、おまえに抱かれて、破滅させられてしまいたい。
 蠱惑的な悪女にだまされて翻弄されて、すべてが壊れてもいい。いや、壊れたい。

 もしかしたら根源的な男の願望なのかもしれない。
 なんてさ、それって誰の勝手な妄想だよ。
 からみつく蜘蛛のような腕から、逃れようとする章もいる。けれど、身を任せてしまいたいと願う章もいる。

 目覚めてしまえば、なんて暑苦しい!! やめてくれ、と振り払いたくなるような、真夏の夜の夢。

AKIRA/ある夜に

 







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花物語2017/6「いずれアヤメか」

ショートストーリィ(花物語)

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2017/6 花物語

「いずれアヤメか」

 勉強が大嫌いで、漫画とアニメにばかりうつつを抜かしている。彩夢が息子の二千翔について嘆いているのを聞くたび、重子は言いたくなって困った。そりゃあ、彩夢ちゃんと三千弥さんの子だもの。それで普通じゃない? アヤメ、ミチヤ、ニチカだなんて名前からしても、ヤンキー一家だもんね。

 ものごころついたときから、彩夢は重子のご近所の友達だった。幼稚園から中学校までが同じで、名前は可愛いけど彩夢ちゃんって顔は可愛くないよね、重子ちゃんと名前を取り換えたらいいのに、と誰彼からとなく言われた。

 学力がちがったので高校は別々になり、それでも重子と彩夢は時々は会って話をした。なのだから、互いの人生についても知り尽くしている。

 高校を中退してしまった彩夢は、近くの市場の八百屋で働くようになる。流行っている大きな八百屋なので店員の数も多く、若者も大勢働いていた。彩夢は同じ高校中退の三千弥とできちゃった結婚をした。彩夢の親は反対したので、重子の両親が説得してやったものだ。できちゃったんだから、結婚させるのが一番だよ、と。

 二十歳で結婚した彩夢と三千弥の夫婦は、彩夢の両親と同居していたから、それからだって重子とは交流が続いた。重子は短大を卒業して銀行に就職し、二十五歳で結婚した。当時、すでに幼稚園児だった二千翔は、やがて生まれた重子夫婦の娘、さやかの子守りもしてくれた。

 二千翔が高校生になった年、さやかは十歳。二千翔のほうはさやかにかまいたがったが、あんな不細工なおっさんには近寄ってほしくない、とさやかは言い放ち、二千翔を苦笑させていた。

「ごめんね、二千翔くん。さやかったらひどいんだよね。さやか、二千翔くんにあやまりなさい」
「ごめーん。でもさ、だって、ほんとのことだもん」
「本当のことだからってなんでも言ったらいけないの」

 お母さんだって、二千翔がこうなったのはあの両親の子だからよ、とは言わないでしょ、と重子は心でつけ足した。
 あのころまでは優越感を抱いていられて、重子の心は平穏だったのだ。

 エリート銀行員の夫と、重子とさやかは実家からほど近いマンションで暮らしている。夫の収入はいいほうなので、重子は専業主婦だ。今どきは裕福な専業主婦がもっとも勝ち組なのである。

 八百屋の店員夫婦の彩夢たちは、子どもを彩夢の両親に預けて共働き。いつまでたっても彩夢の両親と同居しているせいか、三千弥は年々やせていく。それに引き換え、彩夢はどっしりと太ってとうてい重子と同い年になど見えない、押しも押されもせぬおばさんだ。

 夫の両親は外国暮らしなので、重子には義理親の苦労もない。二年に一度くらいは親が帰国したり、重子たちが親のもとに遊びにいったりするだけなので、もめごともなく平和だった。

 子どもはひとりずつだから同じだが、できがちがいすぎる。二千翔は工業高校に通っているものの、アニメと漫画にしか興味のないオタク。さやかは中学受験をするために、勉学に励んでいる。小学校の先生からも、さやかちゃんだったら志望校に合格間違いなしと太鼓判を押されていた。

 やっぱりね、生まれつきできがちがうんだし、こうなるのも当然よね。重子は彩夢とわが身を比べては満悦する。重子はダイエットにも気を使い、エステに通ったりもしているので太らない。重子の夫も身ぎれいにしていて、若く見える。重子と彩夢と三千弥が同い年で、重子の夫は四歳年上なのだが、彩夢ばかりが中年に見えていた。

「重子ちゃん、これ、見て」
「なあに?」

 中学校から大学院まで完備している女子校に、さやかが無事に合格して通いはじめ、高校に進学した春、彩夢が重子に漫画雑誌を手渡した。

「面白いペンネームでしょ」
「亀波? カメナミって読むの?」
「カメハメハだって」
「カメハだったらわかるけど、カメハメハなんて読めないじゃないのよ。これがどうかしたの?」
「そのカメハメハって、うちの息子なんだよ」
「二千翔くん?」
「そうなの。その雑誌で新人賞を受賞してデビューしたのよ。近いうちに単行本も出るんだよ」
「そ、そう。おめでとう。よかったね」
「まあね、漫画家なんてどういうものだか、私にはよくわからないけど、ニートやひきこもりよりはいいだろって父さんとも言ってるの」

 かすかに胸がざわめいたあのときから、彩夢と重子の力関係が逆転していったのかもしれない。

 カメハメハの描いた漫画「モエルおたく道」が爆発的に売れ、コミックスとしては前代未聞の大ベストセラーになった。映画化もテレビ化もなされ、あれよあれよという間に二千翔、いや、カメハメハは漫画家の大先生になってしまった。

「引っ越すことになったのよ。重子ちゃんとはずっと近くにいたのに、離れてしまうのは寂しいわ」
「あ、そうなの。どちらにお引っ越し?」
「二千翔が二軒、家を建ててくれたの。二千翔は億ションっていうのか、タワーマンション? そういうマンションでひとり暮らししてるんだけど、おじいちゃんおばあちゃんとお父さんお母さんにって、二軒も豪邸を建ててくれたのよ。そんなには遠くないから、重子ちゃんもぜひ遊びに来てね」
「ええ、ありがとう」

 ひょうきんな持ち味がもてはやされ、二千翔はテレビにまで出ている。高校時代にはさやかに不細工なおっさんと言われていた二千翔は、そうなるとあかぬけてかっこよくなり、芸術家然として見えるようになった。

 時に、二千翔は二十三歳、さやかは十七歳。

「さやか、学校から電話がかかってきたのよ。昨日、学校に行かなかったんだって? なにかあったの? いじめられたりしてるんじゃないの?」
「ガキじゃあるまいし、イジメなんかないよ」
「ガキって、そんな言葉を使うもんじゃないわよ」
「なんにもないから大丈夫。昨日は電車の中で気分が悪くなったから、ちょっとさぼっただけだよ」
「さぼりは駄目よ」

 わかったわかった、とうるさそうに言っていたさやかは、それからちょくちょく学校をさぼるようになった。名門女子校なのだから教師もきっちりしていて、さやかが休むたびに電話がかかってくる。ついに重子はさやかを問い詰めた。

「学校、つまんないんだよ。私には合わないの」
「だから、苛められてるとかじゃないの?」
「いじめられはしない。無視だったらされるけどね。だからさ、学校はやめたいの」
「やめるって、そんなことを軽々しく言うものじゃないわよ」
「軽々しく言ってない。私だってよくよく考えたよ」

 幾度も幾度も、さやかの父親もまじえて家族会議をした。重子の両親もさやかに話してくれ、さやかの父方の祖父母も帰国してさやかに意見をしてくれた。だが、さやかは頑として、中退したいとの意思を覆さなかった。

「彼と同棲するって決めたから。反対したって聞かないから、家は出るね」
「同棲? 彼氏がいるの?」
「いるよ。当たり前じゃん。ママは私がもてないとでも思ってるの? 私、おじさんにだってお兄さんにだってもてもてだよ。エンコーだってしてたんだから」
「さ……や……か……」
 
 あやうく気絶しかけた重子に、さやかは爽やかに微笑んだ。

「エンコーは二回だけだし、それだけでやめたから心配しないで。エンコーなんかしたら駄目だ、って諭してくれた、クラブの黒服のお兄さんとつきあうようになって、本気になったの。同棲して、さやかが二十歳になったら結婚しようって約束したんだから大丈夫だからね」
「なにが、どこが大丈夫よっ?!」

 ママはあんたをそんな娘に育てた覚えはありませんっ!! ヒステリックに叫ぶ重子を、娘はクールに見つめる。さやかの爽やかな微笑は消えなかった。

「まあね、ひきこもりやニートよりはいいんじゃない?」

 なにかにすがりたくて、重子は彩夢の新居に訪ねていった。誰がそんなところに行きたいもんか、豪邸なんか見たくもないよ、と思っていたのだが、彩夢ならばさやかを幼いころから知っている。娘だけではなく、重子のことも幼いころからよく知っている友達なのだった。

「私だって高校を中退してできちゃった結婚をして、ろくでもない息子に悩まされてきたけど、今では息子は立派な漫画家だよ。私たちはそれでも働きたいから、八百屋をすることにしたの。それも二千翔が協力してくれて、デパートの中に店が出せるんだ。今度は店員じゃなくてオーナーだよ。最初はいっぱい苦労もしたけど、息子のおかげでこうなれたんだもの。さやかちゃんだっていいほうにころぶかもしれない。学校だけが人生じゃないよっ!! ものは考えようだよっ」

 彩夢に言われると説得力はあるのだが、なにがどうまちがって、彼我の人生がこんなふうになってしまったのかと考えると、重子は呆然としてしまう。

 いずれアヤメか、カキツバタ。
 この慣用句は、甲乙つけがたい美女に対して用いられるはず。ちょっとずれているのかもしれないが、重子も言いたい。いずれ彩夢か重子花……昔は重子のほうがはるかに上だったはずなのに、なにがどう狂って、彩夢と重子が逆転してしまったのだろうか。

END







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FS雨の物語「はじまりはいつも雨」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

雨の物語

「はじまりはいつも雨」

 美江子……山田美江子。

 どこにでもありそうな、ありふれた名前のように思える。事実、銀行か区役所で名前見本として挙げられていても不思議でもない。

「山田美江子さんか……頭のよさそうな名前だな」
「あいつ、ほんとに頭はいいんだろ?」
「外見的にも頭のよさそうな感じだよな。それだけに……」
「それだけに……? 本橋、はっきり言えよ」

 いやいや、と笑ってごまかしたあのころは、頭がよさそうで気がきつそうで、男をやりこめるのが趣味なんじゃないのか? とは言えなかった。

 山田美江子が本橋美江子に変わっても、美江子の本質は変わってはいない。
 人なんて名前では変わらない。
 
 本橋真次郎がもしも芸名を使ったとしても、本橋真次郎は本橋真次郎だ。俺だって一生変わりそうにないよな。おまえも変わらなくていいから……口には出さず、真次郎は美江子の肩を抱き寄せた。

「きみの名前は優しさくらい、よくあるけれど
 呼べば素敵な とても素敵な
 名前と気づいたよ」

 そっかぁ、優しさくらいによくある名前か。作詞をする人は着眼点がちがうな。と繁之は感心してしまう。
 
 川上恭子もよくある名前だろう。「優しさ」というものと同じくらいによくある名前で、呼べばとても素敵な名前を、俺は呼び捨てにしていいのか? してもいいんだよな?

「……恭子……」
「はあぃ、シゲちゃん?」
「んとんと……」
「どうしたの?」
「いや、雨が降ってきたみたいだよ」
「あ、ほんとだ」

 カーテンを薄く開けて、恭子が窓の外を眺めている。はじめて繁之の部屋に恭子が泊まった日。そしてきみは、近いうちに本庄恭子になる。くすぐったくも嬉しくて、繁之は恭子のいささかたくましいうしろ姿を飽かずに眺めていた。

 既婚のふたりは妻との近い過去の想い出をよみがえらせ、未婚の三人は別れた彼女のことを思い出しつつ歌う。真っ二つに想いが分かれたステージの上。

「僕は上手にキミを愛してるかい 愛せてるかい
 誰よりも誰よりも」

 本名も知らないままに、はじまったあの恋。
 古ぼけたおばあさんみたいな名前だから、教えない!! と怒った顔をして言っていた彼女の名前は末子。半同棲はしていたけれど、それだけだったから、章はスーの苗字は知らないままで終わってしまった。

 はじまりはいつも雨。
 この歌の彼と彼女は、終わらなかったのだろうか。ステージで歌っていて、章はふっとそんなことを思った。

「キミに会う日は不思議なくらい
 雨が多くて
 水のトンネル くぐるみたいに
 幸せになる」

 きみの名前は……というフレーズが印象的なこの歌だから、幸生もかつて、愛した彼女を想う。
 彼女と会う日も雨が多かった。雨の横浜でデートしたり、一泊で小さな旅をしたときも雨だった。

 幸せ真っ只中にいるこの歌のカップルも、いつかはこうして俺みたいに、ああ、あのときは……って思い出すんだね。
 蘭子ちゃん、きみは幸せでいるかなぁ。

 きっとこんな想い出は、誰にだってあるのだろう。ステージで一緒に歌っている他の四人も、誰かのことを記憶の中から引っ張り出して、その彼女に捧げている。隆也だって同じだ。

 愛した女性の名前。
 これから愛することになるかもしれない、女性の名前。
 永遠に愛することができたら、どんなにか幸せな女性の名前。

 その名前はなんていうんだろ? 今夜も雨が降っているみたいだから、ライヴを終えて外に出たら、優しい名前のあなたに会えたらいいだろうな。この歌をあなたに捧げられたら、どんなにか幸せになれそうで。

「はじまりはいつも雨
 星をよけて
 ふたり 星をよけて」

END








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FS超ショートストーリィ・四季のうた・全員「四季の萌」

番外編

フォレストシンガーズ・四季のうた

「四季の萌」



「萌えいづるといえば、春に芽生える植物の子ども。ちっちゃな若緑、若緑の芽生え、春の息吹、目覚めた新芽の緑の息だよ。感じるだろ、ほら」

「乾さんらしいお答えですねぇ。春に萌えるったら猫の恋だな。猫の恋って春の季語だって、乾さん、教えてくれたじゃん。猫が恋をして生まれてくる、ちっちゃなちっちゃな仔猫……ううう、萌え萌え萌え萌えっ!!」

「幸生らしすぎて涙が出るよ……萌え、かぁ。ギターだな。うん、俺はギター」

「ギターに萌えるって、章は変態……いやいやいや、人は好き好きだな。俺が春に萌えるっていえば……いや、俺の場合は萌えるよりは燃えるんだよ。毎年春になると、今年こそ!! って燃えるんだ。シゲは?」

「本橋さんのおっしゃる通り、そういう意味でも春には燃えますよね。萌えるほうは……」

「シゲは食いもんだろ。地面に萌えて出てくる山菜とか? たらの新芽を天ぷらにして一杯。同じ新芽でも乾さんの感覚とは大違いだな」

「ヒデ、よけいなことを言うな」




「燃える太陽……じゃなくて、夏に萌える? 俺は猫路線で行くよ。春に恋をしたママ猫が産んだ仔猫は、夏ごろに可愛い盛りを迎えるんだ。そんなころの仔猫にはもうっ!! 萌え死にっ!!」

「ギターに萌えるほうが、幸生の猫萌えよりは変態度ははるかに低いですよ。そしたら俺も楽器ね。夏はレゲェだな。レゲェで女の子を燃え上がらせて……そして、むふっ」

「しかしやはり、章の顔が変態チックに見えるな。いやいやいや……俺は萌えじゃなくて燃えなんだから、夏といえば真っ赤に燃え盛る太陽」

「真っ赤に燃えた太陽だから、真夏の夜は恋の季節なの、って。
 あ、すみません。シゲらしくない台詞でしたね。俺は食い物担当でした。美江子さん、夏の食べ物の代表は?」

「西瓜、アイスクリーム、焼きとうもろこし、リンゴ飴や綿あめもね。真夏の食べ物ってお祭りや花火大会の屋台だとか、リゾートや海辺って感じだよね。私は夏の恋。恋には燃えも萌えも両方の要素があるよね」




「食い物ならば秋が本番ですね。モエなんだから燃えるってことで、たき火の中に放り込んだ焼き芋。焼き松茸。アウトドアのバーベキューもがんがん火が燃えてますよ」

「シゲさんは食ってりゃ幸せなんだからいいよね。俺も猫がいたら幸せ。あっ、シゲさん、たき火する前に気をつけて。ほらほら葉っぱの山が動いてるよ。わっ!! 猫が飛び出してきたーっ!!」

「凄まじい声を出すなよ、幸生。騒がしいので俺は俺らしく、秋に萌ゆる歌を。
 秋くれて ふかき紅葉は山ひめの そめける色のかざりなりけり 藤原定家」

「長き夜の つれづれなるまま つま弾けば ギターが歌う 情熱歌う 木村章」

「なんだよ、章も乾の真似か? 楽器ネタってそんなにはないもんな。俺が秋に萌える……燃える……モエルものってなんだ? スポーツの秋かな。恭子さん、走りにいこうか」

「私も食べものとランニングの両方に萌えます。みんなで走りにいきましょう。あれれ? 木村さん、逃げていっちゃった」




「冬には掘りごたつの中が燃えてます。こたつといえば猫。猫はこたつで丸くなり、ユキちゃんのハートもまあるく、猫と一緒に萌えてます」

「冬こそ情熱のギター!! 俺もこたつに入って作曲するよ」

「うん、だったら俺はこたつにいる幸生と章のために、あったかい飲み物でも淹れてくるよ。寒い夜にあたたかな飲み物ってのも、ほっこり萌えないか? ストーブも燃やそうか」

「浜の真砂はつきるとも、世に飲み食いの種は尽きまじ、だよな。俺は冬というと受験勉強を思い出すなぁ。十四歳と十七歳の冬には勉強に燃えていたものだよ」

「本橋くんは燃えるものがあると幸せなんだよな。冬に萌える……冬だって恋でしょう? 雪に覆われた地面の下、やがて来る春を待って雌伏している若い芽のように、やがて咲き誇る春を待つかのごとく、ひそかにはぐくまれていく恋……いいなぁ。浪漫だね」

「萌え、と燃えがごっちゃになってしまいましたが、俺だったら酒ですよ。さあ、こたつに入って酒盛りをしましょう。恭子さんも美江子さんもどうぞー。ああ、幸生のみーちゃんもくーちゃんも、たまちゃんもみんな来いよー」

「ヒデさんもそう言ってますので、みなさんもおこたであったまって行って下さいね。おこたの中でおしくらまんじゅう。燃えて萌えてしーあわせ」

END







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FS雨の物語「大阪レイニーディ」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

雨の物語

「大阪レイニーディ」

 まずいことをしてしまった、と母からのメールが届いた。まずいこととはなんだ? 父と喧嘩でもしたか? そんなこと、離れて暮らしている息子に訴えてきても困るだけだ。困るようなメールを読みたくなかったので、途中でケータイを閉じてほったらかしておいた。

 歌手になりたくて、そんなら東京に行かなくてはいけないと決意して、実松弾は東京の大学を受験した。首尾よく合格し、父と母も賛成してくれたから上京して大学生になった。合唱部に入部して熱が入っていたのもあり、金には困窮していたのもあって、大学生の間はほとんど大阪に帰りもしなかった。

 合唱部は男子部と女子部に分かれていたものの、みんな仲が良かった。同級生たちで合同ハイキングに行ったり、映画を観にいったりすると、部外の友達を連れてくる者もいた。

 男どもはもてへん奴が多いみたいやけど、その中でももてない代表、シゲには女友達がいる。
 ヒデは顔がええせいか、これでけっこうもてるみたいや。ええなぁ。
 じゃがいもみたいな顔をした俺も、もてるわけないわな。ええねん、歌手になったらもてるはずやから、それまでは男友達と遊んでいよう。

 そのつもりだったのだが、驚いたことに大学生のときに彼女ができた。ふたつ年下の育子ちゃんと一緒に大阪に行って、母に紹介したのが悪かった。

「私は結婚したんも遅かったし、なかなか子どもがでけへんで、それでも弾が生まれたんやからよかったんやけど、女の子もほしかったんよ。娘のいる友達がうらやましゅうてね。育子ちゃんを娘やと思ってええかしら」
「はい、私も嬉しいです」
「お母ちゃん、育子ちゃんに迷惑やで」
「迷惑なんかじゃないよ」

 優しい育子ちゃんはそう言ってくれ、母は完全にその気になってしまっていた。

「就職、決まったで」
「歌手になりたいて言うてたんは諦めたんやな」
「そらそうや。俺はそんなもんにはなれん。普通のサラリーマンになることにしたわ」
「そのほうがええよ。で、結婚は?」
「まだまだまだまだずーっと先や」

 電話で報告した俺に、母が結婚をせっついていた。やっと社会人になろうとしている二十二歳が、結婚なんか考えられるはずもないだろうに。
 東京で就職を決めた俺に、両親は寂しさもあっただろう。けれど、反対はせず、ただ、育子ちゃんと早く結婚しろとばかり言っていた。親父も同感であるらしかった。

「まだ結婚はせえへんの?」
「……育子ちゃんとは別れた」
「……そうやったんか。そんな気がしてたんや」

 二十五歳の夏、久しぶりで帰省した俺の前で、母がうなだれた。

「この間、育子ちゃんに電話したんやわ。そしたら元気のうて、なんかあったんかなと思っててん。別れたからか」
「そうや。もう育子ちゃんに電話したらあかんで」
「あかんの?」
「当たり前やろ。お母ちゃんは勝手に彼女を娘みたいに思ってたんかもしれんけど、婚約してたわけでもない。別れてしもたらもう他人や。モトカレの母親と仲良くしてる女の子なんて変やろうが」
「そうかなぁ。あかんの?」

 あかんの? と寂しそうに繰り返す母に、あかんあかん、絶対にあかん!! と断言しておいたのだが。

「育子って誰?」
「……え?」

 もてないことにかけてはシゲと張り合うほどだった俺だって、恋はする。大学生からの五年間ほどは育子ちゃん一筋だったのだが、別れてから好きになったひとはいた。二十六歳になって告白した、咲恵さんとようやくつきあってもらえるようになったのだが、どうしてここで育子ちゃんの名前が? 

「あの……」
「お母さんに私のメールアドレス、教えたんでしょ」
「咲恵ちゃん、教えてもええて言うたよな」
「言ったけど……うん、見たほうが早いね」

 両親は俺に彼女ができたと聞くと、結婚結婚と張り切る。だから言いたくないのだが、いないとなるとそれはそれで気をもむので、彼女ができたよ、とは報告していた。
 お話ししたいわぁ、と母にねだられて、咲恵ちゃんに打診してみた。かまわないよ、との答えだったので、母に彼女のメールアドレスを告げた。

 早速、母からメールが来て、咲恵ちゃんのほうも返事を出したらしい。二、三度メールのやりとりをした母から、昨夜、新しい着信があったのだそうだ。

「弾には彼女ができたみたい。弾よりふたつ年上やそうやけど、私とメールもしてくれるええ人やよ。
 彼女のいてないときやったら、育子ちゃんとこうやってメールしててもええと思ってたわ。
 育子ちゃんはとっても優しいから、弾さんとのことは関係なく、母と娘みたいに仲良くしましょって言うてくれるんやもんね。

 そやけど、やっぱりあかんのやろか。
 私は育子ちゃんが大好きで、弾のお嫁さんになってほしいけど、あかんのかなぁ」

 メールを読ませてもらっていると、気絶しそうになってきた。母はまだ育子ちゃんとこんなことをしていたのか。育子ちゃんも育子ちゃんだ。彼女のほうから切ってくれないから、母がいつまでも執着するのだ。

「ねぇ、育子って誰?」
「モトカノって言うたらええんかな」
「モトカノとお母さんが仲いいんだ」
「これは、おふくろが育子ちゃんに送るつもりでまちがえて……」
「そうみたいだけど、それはいいんだよ。弾のお母さんが息子のモトカノとこんなメール、そっちが気持ち悪いの」
「うん、わかるよ」

 軽蔑のまなざしで俺を見る咲恵ちゃん、その表情がすべてを物語っていた。

「マザコンはしようがないと思ってたけど、これはひどすぎるよね」
「うん、俺が悪いんやな」
「気持ち悪いって思ってしまったら駄目なの」
「別れるってこと?」

 うなずいて、咲恵ちゃんは背を向けた。
 母に責任転嫁してどうする。母とつきあってくれた育子ちゃんだって、ちっとも悪くない。俺は知らなかったとはいえ、すっぱり断ち切れなかったのが悪い。なにもかも俺が悪い。

「そうか……母ちゃんのメール、まずいことってそれやったんや。なんか……もてる男の悩みみたいやなぁ」

 大阪人らしくジョークで笑い飛ばして、雨の中に出ていく。こんな歌も歌ってみた。
 
「東京は近くの街で
 御堂筋から青山通りはたしかに続いているよ
 ああ 大阪レイニーディ
 あほらしいといつものように
 笑ってほしい」

 梅雨時だもの、大阪も雨かな。久しぶりに故郷に帰って、大阪の雨に濡れたくなってきた。

END









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172「天下無敵ラヴ」

ショートストーリィ(しりとり小説)

しりとり小説

172「天下無敵ラヴ」

 才色兼備の女子アナ。興梠光信は、大学時代の一年先輩である瀬田真織の悩みを熱心に聴いていた。

 同窓会というのでもないが、時々集まって飲み会を開く。ウィンタースポーツサークルだから、冬以外は学生時代にも飲み会ばかりやっていた。卒業してもOBやOGの結束は強くて、派手な職業に就いた先輩たちもけっこう参加している。その中でもいちばん華やかなのはやはり真織だった。

「まーた告白されちゃったんだ。私は二股してるんだよ、って冗談っぽく正直に言ったのに、三股でもいいから俺も混ぜてくれ、だって。困っちゃうんだよね」
「マオちゃん、ほんと、もてるよね」
「当たり前じゃん」
「もてないほうがおかしいっての」

 口を入れる他のメンバーたちのようには、光信にはできない。

 大学に入学した光信が、こんなサークルは僕には向かないかな、お金がかかるかな、と迷いながらも入部したウィンタースポーツサークル。スキーやスノボが中心ではあったが、近場のスケート場に行ったりするのだったらさほどにお金はかからなかった。

 向かなくてもいいから入りたいと光信が思ったのは、二年生ながらにサークルではすでに中心人物だった真織のそばにいたかったからだ。美人でプロポーションもよく、法学部の優等生。父親は外交官で真織は帰国子女、英語は当然、ドイツ語とロシア語が堪能で、スキーはプロ級の真織。

 今どきはスノボのほうが流行る? スノボなんて遊びじゃん、と笑っている真織を、光信はいつも熱く見つめていた。

 美人であるというだけで、女性は同性の嫉妬を浴びるものだと聞く。しかし、真織は周囲の女子学生たちとレベルがちがいすぎたのか。お嬢さまやお坊ちゃまもうじゃうじゃいる大学でも、真織は嫉妬よりは羨望のまなざしを向けられていた。男子たちは恋人になりたいというよりもファンを自任し、女子もファンクラブに入りたがった。

 難関試験を突破してテレビ局に就職して三年、二十五歳になった真織は美貌と才覚とで人気者になりつつある。サッカー選手とプロ野球選手との二股交際をしているところに、近頃脚光を浴びているラグビー選手からも告白されたのだと悩んでいるらしい。

「はぁ、飲み過ぎた。明日も仕事なんだよ。帰るわ」
「真織ちゃん、送っていこうか」
「男は駄目。私たちが送っていこうか」
「真織先輩、私に送らせて」
「男は駄目って差別じゃないかよ。じゃぁ、僕ら三人で送っていくよ」

 誰が送っていくかで言い争っている同窓生たちを無視して、真織はなぜか光信を指さした。

「キミ、誰だっけ?」
「興梠です」
「コオロギ? ロギくんか。ロギくん、送っていって」

 席を移動する者もいたので、押されて真織の真正面にすわっていた。そのせいだとしか思えないのだが、光信は心から偶然に感謝した。
 その夜はタクシーで真織を送っていっただけだったが、お礼のしるしなのか、電話番号とケータイのメールアドレスは教えてくれた。コオロギという珍しい姓なのも手伝って、真織は光信をしっかり記憶してくれていた。

「ロギくん、今夜は暇なんだ。あそぼ」

 バブル時代のアッシーとかメッシーとかいうやつか? 真織からメールをもらったときには一瞬、そう思ったが、光信は車は持っていない。タクシーを使ってもアッシーだったらやる。メッシーは食事をおごればいいのだろう。真織とデートのようなことができるのならば、なんだってやるつもりだった。

「ロギくんってなんの仕事? 聞いたっけ?」
「いえ、言ってません。僕は製薬関係の業界紙記者です」
「新聞記者なの?」
「業界紙ですから、そんなに忙しくはないんですけどね」
「薬か。そしたらさ、TW製薬の新薬開発情報って入ってくる?」
「入ってくるかもしれませんが、僕は下っ端ですし、もしも知れたとしても情報は漏らせませんから……」
「そんなのあったりまえじゃん。キミにスパイしろなんて言ってねえんだよ」
「あ、すみませんっ!!」

 時として真織の口から出る男言葉も、光信には最高に魅力的だった。
 すべてが魅力的ではあるのだが、ふとしたおりに見せる意外な仕草や言動。祖母が華族階級出身なのだそうで、古風というのか大時代的というのか、そんな所作もたまらなく美しく見えた。

「ああ、このひと、知ってるよ。ガキのころにうちに遊びにきて、お年玉をもらったことがある」

 一ヶ月に一度くらい、真織のほうから誘いがかかる。光信が思い切ってデートに誘うと、忙しいからごめんね、とハートつきの断りメールが届く。光信には誘いを待つしかなかった。

 そうしてデートしていると、高名な画家が祖母の友達だと言ったりする。映画に連れていかれて代金は? と尋ねると、この監督、親父の飲みトモなんだよ。チケットなんかいくらでももらえるから、と言う。隠れ家的バーに連れていかれても、マダムとため口をきいていたりする。あのマダム、遠い親戚なんだ、などと言う。

 なのだから、アッシーでもメッシーでもない。たいていの店は顔パスで、お金? いいのいいの、である。展覧会や映画もチケットを持っていて、光信には払わせないのだった。

「マオちゃん、僕はまったく払ってないから気が引けるんだよね。レンタカーでドライブでもしない? そのときには今までのお礼の意味で、全部僕が払うから」

 敬語はやめろ、マオちゃんと呼べ、と命令されて、光信も従うようになった。一ヶ月に一度ほどは会う関係が続いて約一年が経過していた。

「んなしょぼいの、いらねぇって。ロギくんは気にしなくていいのよ」
「でも……。マオちゃん、彼氏は……」
「去年だったよね。プロスポーツ選手三人につきあってほしいって告白されて、めんどくさいから全部つきあったの。そしたら三人ともがプロポーズしてきたから、めんどくさくなって三人とも断った。マオちゃん、彼氏と別れたんだって? とか言って近づいてきたのが、お笑いの……それから、俳優の……あと、キャスターの……」
「マオちゃん、いつも複数同時進行だよね」
「今まではそうだったけど、なんだかなぁ、ほんと、面倒になってきたよ。私がフリーになると男がほっとかないんだもん」

 面倒だとは光信は決して思わないが、惨めな気分になってきた。
 彼女は光信のことを可愛い後輩だとしか思っていないのだろう。女の子はめんどくさいから、と理由も聞いた。だから男の光信を誘い、金銭的負担を与えないで遊んでくれる。大人同士の遊びではなく学生のままのノリだ。

「僕ももう二十五の大人のつもりなんだけどな……マオちゃんは僕を男として見てはいないの?」
「男? だよね? そか、ロギくんも私と寝たいんだ。だったら行こうか。ホテルカメリアだったら親父の友達が……それとも、私のマンションでもいいよ」
「ホテル代は僕に出させて」
「そぉ?」

 不思議そうな顔をした真織との初体験。その勢いで翌朝にはプロポーズした。

「はぁ? ロギくんが私と結婚したいって?」
「身の程知らずかな、もちろん、断ってもらってもいいんだけど……」
「面白いね。いいかもね」

 スムーズにことが運んだのは意外だったのだが、真織はうなずいてくれた。真織の両親や親せきも、堅実な男性だからいいんじゃないの? 大学時代からの友達と結婚するのはいいことだね、と言ってくれた。むしろ光信の両親のほうが腰が引けていたのだが、真織さんがいいと言うんだったら……と結局は受け入れてくれた。

 なのだから、覚悟は決めていた。

「興梠さん、出てましたね」
「なにが?」
「とぼけちゃって」

 その昔、民放の女子アナには二十五歳定年説があった。そのせいか女子アナは旬の時期に、いい獲物をつかまえて結婚退職してしまう。政治家二世、実業家、俳優、スポーツ選手、料理家、小説家、弁護士や医者。そういった社会的地位も収入も上等な男と結婚して主婦になった女もよくいた。

 二十五歳定年説は影を潜めてはいるものの、女子アナは若さが生命線だ。真織は結婚と同時に局を辞してフリーになり、妊娠出産の時期にはほとんど仕事もしていなかった。

 ふたりの娘ができ、長女が小学生、次女が幼稚園児になった昨年から、真織はぼちぼち仕事を復活させている。今年は世界的な映画祭の仕事を引き受けて、目下はその準備で忙しいようだ。子どもたちはほぼ真織の親の家で暮らしていて、幼稚園や小学校から直接車で送迎してもらっている。

 父親の光信は仕事を終えると真織の実家に行って子どもたちと触れ合い、休みの日には遊園地に連れていったりする。もうじきに真織は海外に発つので、しばらくはともに単身赴任予定だった。

「とぼけちゃってるということは、あれは嘘なのかな。そうですよね。いくらなんでもあんな年寄りと」
「ああ、あれね」
 
 つい先日、週刊誌にスキャンダルが載った。興梠真織、大物俳優のJと深夜の密会?! 

「そうですよね」
「そうだね」

 女性の部下に質問されたことについては、ただとぼけておいた。が、こんなことは今までにだって何度も何度もあったのだ。

「久しぶりに仕事をしたら疲れちゃったよ。パパ、マッサージして」
「ああ、いいよ」

 長女が一歳になり、次女を妊娠するまでのわずかな時期に、真織は頼まれて新装開店したレストランのリポートという仕事をした。長女はベビーシッターに預け、光信が帰宅してからはベビーシッターを帰らせてふたりで留守番していたのだった。帰ってきた真織はシャワーを浴び、光信にマッサージさせながら言った。

「久しぶりに他の男とキスしたわぁ」
「……あ、そ、そう」
「キスだけだよ。心配しないで」

 プロデューサーに口説かれた、人妻になると色っぽさが増したね、いっぺんだけどう? と言われたけど断った。あんなハゲオヤジ、嫌いだもんね。でも、レストランのオーナーは渋い二枚目で、こっちからキスしちゃったんだ。彼も嬉しそうに抱きしめてくれて、ディープキスまでしちゃった。

 楽し気に話す真織に相槌を打ちつつ、このひとは常人とは倫理観がちがうんだから、僕が譲歩するしかないと光信はおのれに言い聞かせていた。

 次女の妊娠中にも一度だけ仕事をし、スポンサーとホテルに行ったらしき痕跡を光信が見つけた。

「妊娠してるのにそれは……」
「妊娠していたら他の男の子はできないからちょうどいいって。嘘だよ。なんにもしてないよ」

 そちらのほうが嘘だとは思ったのだが、遊びだったら許すしかなかった。

 その調子で、仕事を復活してからの真織はちょくちょく遊んでいる。三十代になって若さに翳りは出てきているものの、男たちは真織に人妻の色気を感じるようで、いっそう彼女はもてる。光信としても魅力的な妻は嬉しいのだから、他の男に本気になって離婚すると言い出さなかったらよしとしよう。

「あれ、ほんとみたいじゃないですか」
「いいからさ、あなたに関係ないでしょ」
「興梠さんは腹が立たないんですか」

 明日には真織が帰国するという日、再び俳優と真織のスキャンダルが出た。ワイドショーも取り上げていたので、真織の母親も見たかもしれない。真織はいつもうまくやっているので、世間に名前が出るのははじめてだ。今度ばかりは母親が諌めてくれると決め込んで、光信としてはまかせるつもりだった。

「奥さんが浮気するなんて最低」
「だから、あなたには関係ないでしょうに」

 部下の女性が怒っている。彼女は独身で彼氏もいないと言っていた。たしかに、もてそうにはないタイプだ。すると、マオちゃんがうらやましいのかな? そこまで言うと部下がいっそう怒りそうなので、光信はその場を離れた。

 それよりも、今夜には真織に会える。娘たちもママが帰ってくるのを楽しみにしているだろうから、迎えにいって連れて帰ってこなくちゃ。マオちゃん、ちょっとくらいの遊びはいいけど、娘たちの前でだけはいい母の顔をしていてね、とは、真織の母親が言ってくれるだろうからおまかせしよう。

次は「ヴ」です。








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FS雨の物語「時雨茶屋」

ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ

雨の物語

「時雨茶屋」

「通りすがりのしもた屋に「小唄教えます」との小さな看板がかかっていた。高杉晋作といえば有名な小唄があったのではなかったか? シンガーとしては「歌」のすべてに関心があるので、真次郎はその家の玄関チャイムを押した。

「あら……えーっと……」
「あ、あの、本橋真次郎です」
「そうですよね。フォレストシンガーズの?」
「そうです」

 部屋に通してくれた三十代くらいの和服の女性は、フォレストシンガーズを知っていた。

「最近は歌手もドラマに出ないといけないみたいな風潮なんですよね。高杉晋作をやってほしいってオファーがありまして」
「高杉晋作? 本橋さんだったら坂本龍馬のほうが似合いそう」
「龍馬はもっと似合う奴がいますけどね」

 フォレストシンガーズは知っていても、坂本龍馬と同郷で龍馬に似ていると言われ、本人はやめろと言うものの、まんざらでもなさそうな奴のことは、彼女は知らないだろう。だから真次郎は別のことを言った。

「高杉にも有名な小唄がありますよね?」
「三千世界の烏を殺し、ぬしと朝寝がしてみたい」
「そうそう、それ」
「これは小唄じゃなくて都都逸ですけど、高杉が詠んだのかしら。馬関の芸者あたりが口ずさんだのかもしれませんね」
「ああ、そうなんですか」

 小唄と都都逸のちがいなど、真次郎にはわからない。ただ、宇多と名乗った小唄の先生に、時間のあるときに手ほどきしてもらう約束をした。

「三味線ですよね」
「小唄三味線です。本橋さん、心得は?」
「ゼロです。俺はピアノとギターだけです」
「音楽家なんですもの。すこし練習すれば弾けますよ」
「そうかなぁ」

 時間があれば、というのは真次郎のだ。宇多は多忙な身でもないようで、いつも和服姿でゆったり微笑んでいる。逆行した時代の中にいる昭和の女……大正の女? 宇多にはそんな風情がある。

 手取り足取り、みたいに、宇多は真次郎に三味線も小唄も教えてくれた。真次郎も熱心に通う。高杉晋作に端を発した習い事だったが、スケジュールを合わせにくかったのもあり、宇多が似合わないと笑ったのもありで、オファーは断った。仕事とは無関係になっても小唄をやめる気はなかった。

「この家も古くなってきたから、修繕しなくちゃいけないんですけど、お金がね」
「古いのがいい感じの家ですけどね、築何年なんですか?」
「五十年くらいになるかしら。昭和の時代には料理屋だったんですよ。私は芸者だったから、奥のお座敷で仕事をさせてもらっていたの」
「昭和の時代に芸者って、宇多さん、そんな年じゃないでしょ」
「私、六十八よ」
「嘘ばっかり」

 稽古がすめばお茶を飲んで、世間話もするようになった。

「宇多さん、ほんとは何歳ですか」
「本橋さんよりは年上」
「俺、三十六ですよ。俺より年上には見えないな」
「だから言ってるでしょ。六十八だって」
「嘘がすぎますよ」

 だんだん腹が立ってきた。落ち着いて考えれば腹を立てる筋ではない。女性にはっきり年齢を言えと迫る俺が野暮なのだ。宇多が何歳であっても真次郎には無関係なのに。

「年を多くサバを読む女性はいないはずだけど、四十くらいにはなってるんですか」
「六十八よ。昭和生まれだもの」
「俺だって昭和生まれですよ。宇多さん、正直に言って下さい」
「いやです」

 何度もそんな会話を繰り返し、何度もはぐらかされ、言えよ、いやだ、と言葉遣いも崩れていく。ふと気がつくと、宇多は真次郎の腕の中にいた。

「俺には妻がいるんだけど……」
「知ってるわ。一度だけね」

 一度だけ、ふたりは思いを遂げた。
 その夜、真次郎が宇多におさらいをしてもらっていたのはこんな小唄。

「ひとりの人に 二夜とは
 契らぬものと思えども
 残る未練の朝時雨
 濡らす葦辺の芝木戸や
 その名も粋な 時雨茶屋」」

 おい、おいおいおいっ、香川厚樹!! 怒鳴りそうになって、俺は彼に手渡された用紙の束を閉じた。

「なんだ、これは」
「いやぁ、いっぺん、古風な小唄の師匠の不倫恋愛小説なんか書いてみたくてね」
「なんで相手役が本橋真次郎なんだ。俺がおまえのオファーを断った腹いせか」
「あれぇ? 駄目でした? 本橋さん、喜んでくれるかと思ったんだけどな」
「……誰がっ!!」
「そうですか。原稿はパソコンに残ってますから、本橋真次郎って名前を変換したら、本橋さんではなくなりますよ。誰にしようかな。本庄繁之とか……いや、失礼」

 言っておいて香川はくっくと笑っている。本庄繁之……似合わない。俺だって似合わないが、シゲはもっと似合わない。乾隆也だったら似合いそうだが、あいつは独身なので不倫にならない。宇多に夫がいれば不倫になるのか?

「馬鹿らしい。架空の男にしろ」
「そうですかぁ? 実在の男のほうが、書いてて楽しいんだけどな」
「小唄の師匠は実在の女なのか?」
「そうだとしたら、本橋さん、会いたいですか」
「え……」

 大学の後輩である香川厚樹は、映研のメンバーとして在学中に俺たちに接触してきた。こっちはすでにフォレストシンガーズとしてデビューしていたものの、最悪に売れない時期だった。

 そこで知り合った香川とはけっこう長いつきあいになる。現在の香川はアニメを主に扱っている映像会社で働いていて、個人的にもショートフィルムを撮ったりもしている。フォレストシンガーズも被写体になったし、麻田洋介と戸蔵イッセイを使ったリメイク映画の撮影もしている。

「本橋さん、高杉晋作、やりません?」
「映画か?」

 このオファーだけは事実だ。スケジュールが合わない、俺には役者をやりたいって気はない、高杉だったら章のほうが似合うぜ、俺もそんなのやりたくない、というようないきさつもあって断った。

 素直に引きさがったくせに、それをネタにこんな小説を書くとは、香川はとんでもない奴だ。俺をおもちゃにして遊ぶな。
 しかし、このシチュエィションには引き込まれた。過度に怒ってしまったのは、こういうのもいいかもな、とよろめきそうになったからだ。いや、精神的にだけだが。

「で、宇多って本当は何歳なんだ?」
「へ?」

 いや、いいよっ、と俺は自分で自分を遮った。

「本橋真次郎バージョンは破棄しろよ」
「わかりました。先輩に迷惑はかけないように書きます」
「ああ、そうしろ」

 書くのは自由なのだから、そこまでは止められない。
 香川をカフェに残して外に出ると、こういうのが時雨なんだな、って感じの雨が降っていた。あの角を曲がれば、宇多という名の色っぽい女が小唄教室を開いている家がある。

 そんな錯覚に包まれそうな、梅雨どきの細かい雨。

END









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FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2017/6

forestsingers

FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2017/6


「人はいさ心も知らずふるさとは 花ぞ昔の香に匂ひける」紀貫之

 古典だったか現国だったかの教師の声が聞こえる気がする。これって中学校で習うのだったか? 小学校かな? ま、どっちでもいいや。

「こういう場合の「花」は桜ですね。最初は日本では「花」といえば梅だったのですが、いつのころからか桜になったのです。ですから、短歌や俳句では「花」は桜です。覚えておいて下さいね」

 覚えてはいるが、では、いつから「花」が桜になったのか。なぜ「梅」が「桜」に変わったのかは教わっていなかったのか。大学生になった國友の記憶にはその部分はなかった。

「奈良時代までは梅だったらしいよ」
「平安時代から桜になったんですか。なにかきっかけがあったんですか」
「日本文芸不毛の時代ってのがあって、その後で、中国から渡ってきた「梅」ではなく、日本古来の花である「桜」が日本を代表する「花」になったんだね」

 菅原道真公が……と國友に講義してくれたのは、日本文芸に造詣の深い先輩だった。

 だからね、乾さん、和歌なんてものには門外漢の僕だけど、日本では「花」といえば「桜」なのは知ってるんです。でもでも、紀貫之さんのこの「花」を「ベニバナ」だとしてもいいでしょう?

 花そのものがふるさとの香りを連れてくる。
 大学に入学するために上京してきた、國友の故郷は山形県。山形県の県花は紅花だ。

「ベニバナって別名を末摘花っていうんだよな」
「そうなんですか? 末摘花って源氏物語に出てくる、かわいそうな容貌の女性でしょ?」
「そうだよ」

 なんでベニバナが末摘花? 紅花に失礼なような……と感じたのも思い出す。

「末摘花の鼻の先が赤いからだとか、紅花は茎の末のほうから摘み取るからとか」
「末?」
「先のほうだな」
「へぇぇ。なるほど」

 思いがけなく出会った一面の紅花を見て、自然にふるさとを思い出す。自然に有名なこの歌も思い出す。国語教師の教えを思い出していたはずが、いつしかその声が乾隆也に変わっていた。

kunitomo/20/END

KIMG0206shiba.jpg
紅花ではなく、芝桜ですが。










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プロフィール

はーい、ユキちゃんでーす。本橋真次郎、乾隆也、本庄繁之、木村章、そして、私、三沢幸生からなる五人のフォレストシンガーズストーリィを、ぜひぜひ読んで下さいませませっ。我々五人と山田美江子、小笠原英彦のメインキャラに加えて、他にもいろんなひとが登場しますが、ストーリィはすべてつながっていますので、どれかから読んでいただいて興味を持ってもらえたら、他のも読んでね。そして、別小説もあります。読んでいただけましたら、コメントなどいただけると最高に嬉しいです。よろしくお願いします。

quian

Author:quian
フォレストシンガーズ
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